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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1367812
審判番号 不服2018-6313  
総通号数 252 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-12-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-05-09 
確定日 2020-11-04 
事件の表示 特願2016- 5172「ナロキソンを含む鼻腔内医薬剤形」拒絶査定不服審判事件〔平成28年 7月14日出願公開、特開2016-128453〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2012年5月11日(パリ条約による優先権主張 2011年5月13日(EP)欧州特許庁)を国際出願日とする特願2014-509762号の一部を、平成28年1月14日に新たな出願としたものであって、その後の手続の概要は、以下のとおりである。

平成28年 2月10日 :手続補正書及び上申書
平成28年 9月30日付け:拒絶理由通知
平成29年 4月10日 :手続補正書及び意見書
平成29年 8月14日付け:拒絶理由通知
平成29年11月22日 :手続補正書及び意見書
平成29年11月24日 :手続補足書(受付日)
平成29年12月27日付け:拒絶査定
平成30年 5月 9日 :審判請求書及び手続補正書
平成30年 6月 7日 :手続補正書(方式)
平成30年 6月11日 :手続補足書
平成30年12月 4日 :上申書
令和 1年 8月 5日付け:拒絶理由通知(当審)
令和 2年 2月 5日 :手続補正書及び意見書

第2 本願発明
本願の請求項1?7に係る発明は、令和2年2月5日付け手続補正書で補正された特許請求の範囲の請求項1?7に記載された事項により特定されたとおりのものと認められ、そのうち請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりである。

「オピオイド過量投与および/または少なくとも1つのその症状の治療のための、ナロキソンまたは薬学的に許容されるその塩が流体中に溶解された適用流体を含む鼻腔内医薬製剤であって、
前記適用流体は、1mlにつき20mgナロキソンHClに相当する濃度で前記ナロキソンまたは薬学的に許容されるその塩を含み、100μlの前記適用流体が、鼻腔内に投与される、前記医薬製剤。」

第3 拒絶の理由
令和1年8月5日付けで当審が通知した拒絶理由のうちの理由2は、概略、次のとおりである。

この出願の請求項1?7に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である、下記の引用文献1に記載された発明、及び、優先日当時の周知技術に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
<引用文献>
1.Addiction(2009)、Vol.104、pp.2067?2074
2.中国特許出願公開第1575795号明細書(周知技術を示す文献)
5.特表2002-541921号公報(周知技術を示す文献)

第4 引用文献の記載及び引用発明
1 引用文献1、2、5の記載
(1)引用文献1の記載
引用文献1には、以下の記載がある。なお、引用文献1は外国語で記載された文献であるので、当審による日本語訳で記載した。また、下線は、当審で付した。以下この審決において同様である。
1a (タイトル及びABSTRACT)
「ヘロイン過剰摂取の疑いの治療のための、鼻腔内ナロキソン及び筋肉内ナロキソン処置の有効性と安全性を比較する無作為化試験」
「目的 従来、アヘン拮抗薬のナロキソンは非経口投与されてきた:しかしながら、鼻腔内(i.n.)投与は針刺し損傷のリスクを減らす可能性がある。これは、高い血液媒介ウイルス感染の有病率集団と働く時に重要である。予備的研究は、鼻腔内投与が有効である可能性を示唆したが、そこでは、準最適のナロキソン溶液が使用された。この研究では、オピオイド過剰摂取の疑いのある者の治療のための、筋肉内投与と比較した、濃縮された(2mg/ml)ナロキソンの鼻腔内投与の有効性を比較した。方法 この無作為化比較試験には、入院前に麻薬の過剰摂取が疑われたて処置された患者が含まれていた。患者は、鼻腔内または筋肉内のいずれかの経路でナロキソン2mgを受け取った。主たる結果は10分以内に反応した患者の割合であった。2次的な結果は、十分な応答までの時間と補足的なナロキソンの必要性を含んでいた。・・・ 結果 合計172人の患者が研究に登録された。・・・10分以内の反応率はほぼ同じであった:鼻腔内ナロキソン(60/83、72.3%)が筋肉内ナロキソン(69/89、77.5%)と比較された[差:-5.2%、95%信頼区間(CI)-18.2?7.7]。平均応答時間に差は見られなかった(鼻腔内で8.0、筋肉内で7.9分:差0.1、95%CI -1.3?1.5)。補足的なナロキソンは、筋肉内ナロキソンでは、より少ない患者で投与された(鼻腔内18.1%;筋肉内:4.5%)(差:13.6%、95%CI 4.2-22.9)。結論 濃縮された鼻腔内ナロキソンはヘロイン過剰摂取を患者の82%で回復に向かわせた。十分な応答までの時間が両方の経路で同じであったことは、ヘロインの過剰摂取の第一選択治療として、鼻腔内経路での投与は、筋肉内経路における投与と同等に有効であることを示唆する。

1b (INTRODUCTION)
「ヘロインの過剰摂取は、いくつかの国々においては主要な死因となっている。ほとんどの例において、オピエートアンタゴニストであるナロキソンを用いた適時の処置は、オピオイド毒性を逆転させる。地域環境においては、オピオイド過剰摂取の疑いがある場合、救急隊員は日常的に筋肉内(i.m.)及び/又は静脈内経路(i.v.)でナロキソンを投与する[5-7]。注射薬使用者のような集団へのこれらの経路による投与は、ある程度のリスクを伴う。注射薬使用者は、しばしばヒト免疫不全ウイルス(HIV)、B型肝炎(HBV)及びC型肝炎(HCV)のような血液媒介ウイルスに感染させられる[8-10]。そして、医療従事者における針刺し事故を最小化するよう設計された最良の実施ガイドラインにもかかわらず、針刺し事故は発生し、血液媒介ウイルス感染の可能性が生じている。医療従事者において、4%のHIV感染並びに40%のHBV及びHCV感染は、職業環境に曝された後に発生している[11]。
ナロキソンの鼻腔内投与(i.n.)に対する関心が高まっている[12-17]。鼻腔内投与は、扱いが容易で、針刺し事故のリスクを大きく減少し、身の回りの者や非医療専門家による投与を可能とするという利点を有する。急性過剰摂取におけるその利用は、多数の小規模なコホート研究によって支持されている[18-22]。現在までに、鼻腔内投与と筋肉内投与を比較した無作為試験は1件のみである[22]。これにより、筋肉内投与は鼻腔内投与よりも応答時間が短い(平均で6分に対し8分)ことが示されたが、鼻腔内投与は74%の患者で成功した。この研究で鼻腔内投与に使用された製剤(2mg/5ml)は、鼻孔当たり1ml未満の容量を指定する鼻腔内投与薬剤の推奨をはるかに超えていた[12]。しかしながら、それはその研究の時点で利用可能な唯一の製剤であった。このことから、濃縮された小容量での投与がナロキソンの鼻腔内投与の有効性を改善するかどうかという疑問が提起された。
本研究の目的は、入院前環境におけるオピオイド過剰摂取の疑いの治療のための、筋肉内投与と比較した、濃縮された(2mg/ml)ナロキソンの鼻腔内投与の有効性及び安全性を判断することにあった。具体的には、この研究は、応答時間、副作用、ナロキソンの2度目の投与の必要性、及び最終結果に関し、2つの製剤の比較を試みた。」

1c (METHODS、p2068右欄下から15行?p2069左欄4行)
「筋肉内注射による投与は、ナロキソン溶液(2mg/5ml)を含む包装済みの‘min-i-jet’^(TM)を用いた基本的なMAS手順によるものであった。鼻腔内投与のためのナロキソンは、1ml中2mgの製剤として不正な開封が防止されたバイアルに入れられたものであり、研究用に特別に製造され、国内医薬品の品質及び安全基準に準拠したものであった。現場では、バイアルの中身がルアーロックシリンジに引き込まれ、次いで、シリンジは、粘膜上霧化装置装置(MAD(登録商標))に取り付けられた。救急隊員は、十分な噴化を達成するように、投与中にシリンジを素早く押し下げるよう指示された。研究の参加者は、各鼻孔に対し1mg(0.5ml)投与された。
・・・いずれかのナロキソン治療で10分後に反応しなかったすべての患者は、’救出’投与としての0.8mgナロキソンの筋肉内投与の対象とした。」
(なお、上記において「(登録商標)」は、原文では○の中にRが記載された上付き文字であるが、この審決では表示できないため記載を変更した。)

1d (DISCUSSION、p2072左欄8?21行)
「本研究では、濃縮溶液を用いた、入院前環境におけるオピオイド過剰摂取の疑いのある患者に対する鼻腔内経路でのナロキソンの投与が、筋肉内投与と同様の反応率、反応時間及び副作用プロファイルを伴う、安全で効果的な治療の選択肢であることを示した。
以前の研究では、ナロキソンの鼻腔内投与における成功率は74から91%であったと報告されていた[18,19,22]。これらの研究では、治療の成功を、2度目のナロキソン投与を必要としない鼻腔内投与への十分な反応と定義していた。本研究と合わせて、これらはナロキソンの鼻腔内投与が地域社会におけるヘロイン過剰摂取の初期治療に有効であるという強力な証拠を提供する。」

1e (DISCUSSION、p2072右欄1?29行)
「本研究においては、筋肉内投与への反応(8分)は、以前の研究(6分)[22]と比較して遅かった。両研究における筋肉内投与のための製剤及びプロトコルは同一であり、その理由は明確ではないが、過剰摂取に先だって参加者が使用した薬剤のタイプや量について、両研究で相違があるかもしれない。鼻腔内投与への反応は、濃度の違いにもかかわらず、以前の報告[22]と同様であった。
濃縮されたナロキソン製剤については以前に調査されていない。最適な吸収及び有効性のため、鼻腔内投与用の薬剤については鼻孔あたり1ml未満の量で調製することが勧められている[12]。本研究で使用されたものと同用量の鼻腔内投与のための適切な製剤(鼻孔あたり<1ml)は、現在オーストラリアでも海外でも利用できない。鼻腔内投与のためのナロキソンは、登録された臨床試験として法制度の下で本研究のために特別に製造されたものである。希釈製剤を用いた以前の研究では、成功率は74から91%であったと報告されていた[18,19,22]。本研究における成功率は、これらと比較して非常に良いものではないので、濃縮溶液はより効果的であると結論づけることはできない。とはいえ、容量が小さいほど、投与が容易となり、より効率的にパッケージデバイス化される。さらに、以前の研究で見られたような、研究対象における鼻からの過剰な溶液の放出や咳き込みについては、本研究においては報告されなかった[22]。」

(2)本願優先日当時の周知技術を示す引用文献2には、以下の記載がある。なお、引用文献2は外国語で記載された文献であるので、当審による日本語訳で記載し、一部は括弧書きの原文で記載した。

2a (権利要求書第1/1頁の1?2行及び18?19行)
「1.浸透圧調節剤、浸透促進剤、防腐剤および水を含む、ナロキソン塩酸塩の鼻腔噴霧剤。
・・・
9.ナロキソン塩酸塩の単回(単次)で投与される薬剤の量が0.1?10mgである請求項1?4のいずれかに記載の鼻腔噴霧剤。」

2b (説明書第1/2頁6?18行)
「背景技術
ナロキソン塩酸塩はモルヒネ拮抗剤であり、モルヒネに類した薬物の中毒の緊急手当や急性アルコール中毒の応急処置に用いられる。この薬物の臨床応用については注射剤や舌下タブレットがあるが、注射剤は通常病院又は診療所まで行って使用されるものであり、また両者共に使用が不便であって遵守性に劣るという問題がある。これにより、薬効、吸収性、生物学的利用度が低下し、影響される。
発明内容
本発明の目的は、ナロキソン塩酸塩の注射剤及び舌下タブレットの両製剤が有する欠点を克服し、吸収が速く、生物学的利用率が高く、使用しやすく、特定の条件が不要であり、自身で使用できる、代替となる新しいナロキソン塩酸塩の単回投与量(単剤量)及び複数回投与量(多剤量)である鼻腔噴霧剤の開発である。
本発明者は鋭意検討によって、既に知られているナロキソン塩酸塩に、所定の防腐剤、浸透調節剤、浸透促進剤及び水を混合して、新しい鼻腔噴霧の剤形を調製した。」

2c (説明書第2/2頁8?12行)
「本発明は、噴霧剤薬液重量で、ナロキソン塩酸塩を0.1?10重量%の含有量、浸透調節剤、防腐剤及び水を94.0?99.9重量%の含有量とし、噴霧粒度を5?200μmとする。
本発明の鼻腔噴霧剤は単回投与量(単剤量)あるいは複数回投与量(多剤量)で使用され、毎回(毎次)の鼻腔噴霧投与量は20?200μlとする。」

2d (説明書第2/2頁15?21行)
「実施例1 ナロキソン塩酸塩鼻腔噴霧剤の調製
エチルパラベン0.03gを秤量して100mlメスフラスコ中に置き、適量の注射用の水を加え、温水浴にて溶解し、室温まで冷却し、さらにナロキソン塩酸塩の乾燥品1.0g、塩化ナトリウム0.9gを加え、浸透して溶解し、目盛付近まで注射用の水を加え、均一に振り混ぜ、0.1mol/L塩酸でpHを3.8±0.8に調節し、再度目盛まで注射用の水を加え、均一に振り混ぜ、0.25μmフィルターで濾過して透明な薬液とし、ナロキソン塩酸塩鼻腔噴霧剤薬液を得た。その後、鼻スプレー装置中に単回投与量及び複数回投与量として分注し、予備包装した。」

(3)本願優先日当時の周知技術を示す引用文献5には、以下の記載がある。
5a (【0001】?【0003】)
「この発明は、オピオイド衰弱の復帰におけるスプレイによる塗布のための組成物に関する。さらに詳しくは、オピオイドの過剰投与を被った患者の治療のための、口腔または鼻腔投薬用の組成物が提供される。
ヘロイン等のオピオイド薬剤の常用者は、ときに、オピオイド薬剤の過剰投与量の投薬の結果、呼吸不全を被る。オピオイド拮抗物質は、重大なオピオイド呼吸衰弱を復帰させるために付与されるが、基準投薬法は、医学的に未熟な者が、特に救急状況の緊張状態ではうまく実行することが難しい静脈注射によって行われている。
本発明は、迅速にかつ確率高くオピオイドの過剰投与を被った患者を成功裏に蘇生させるために未熟者であっても実施できるオピオイド拮抗物質の投薬システムを提供することを求めたものである。」

5b (【0006】)
「スプレイ塗布器は、口の中にその溶液を分配するように、例えば、副舌的に、設計されてもよく、この目的のために突出送出部が設けられてもよい。しかし、好ましい実施態様としては、塗布器は、投薬が鼻腔の通路内に直接スプレイされるよう、鼻孔内に導入される形状、寸法の送出部を有する。後者の投薬法がより便利であり、蘇生が連続的かつ同時に適用されることを可能とする。また、このような突出送出部を有する器具は、適当であれば、口の中に直接適用されることもできる。」

5c (【0009】)
「この発明において使用に好ましいオピオイド拮抗物質はナロクソン、すなわち、17-アルキル-6-デオキシ-7,8-ジヒドロ-6-オクソ-17-ノルモルフィンである。」

5d (【0011】?【0012】)
「・・・好ましくは、ナロクソンはスプレイ可能な液体組成物として使用され、ナルトレクソンは、通常、鼻投薬用に、望ましくはパウダー化された固形組成物の形態で使用される。
拮抗物質が液体組成物の形態の場合、それは、エタノール、例えば約5%エタノールを含有する水溶液のような、薬剤的に許容可能なキャリアまたは水やアルコールのような共同溶媒中における溶液であってもよい。ナロクソンおよびナルトレクソンは、ともに、塩酸塩のような塩の形態のとき、水およびアルコール水溶液中に自由に溶解する。あるいは、オピオイド拮抗物質は、希釈塩水、例えば、適当な等張塩溶液に溶解されてもよい。純水中約0.9重量/体積NaCl濃度が好適である。組成物は、オピオイドを溶液中で塩の形態に保つために緩衝剤を含んでいてもよく、例えば、溶液をやや酸側のpHに保つためにリン酸水素ナトリウムのようなリン酸塩緩衝剤を含んでいてもよい。拮抗物質の溶液は、通常、塩酸塩の形態で、約0.5?5重量%の濃度、好ましくは約1?2重量%の濃度にて、鼻腔または口腔投薬用に用いられる。液体組成物は、ポンプまたは推進剤を使用して、計量投与スプレイ塗布器内に封入されてもよい。好適な投与単位は、0.2?5mg、好ましくは0.2?2mg、とくに0.4?1.6mgの範囲である。例えば、ショット容量が20μlと100μlの間で可変であれば、それとともに、ショットによる投与量は好ましくは200μgと1200μgの間で可変する。」

5e (【0018】)
「実施例1
鼻腔用塗布器のためのスプレイ可能な水溶液の組成物である。
ナロクソン塩酸塩が、0.8重量/体積%ナロクソンを含有する溶液を形成するために、純水溶液中に溶解された。その塩酸塩溶液に、塩化ベンザルコニウムが防腐剤として0.025重量/体積%の量添加された。その溶液は、リン酸塩緩衝剤(リン酸水素ナトリウムまたはリン酸水素カリウム)を用いてpH約6.5に緩衝されてもよい。その溶液が、ショット当たり400μg(マイクログラム)の単位投与量に相当する50μl(マイクロリッター)のショット量を付与しながら、図に示されるようなディスペンサに封入された。」

(なお、上記における「ナロクソン」は「ナロキソン」と同義であるので、この審決中においては摘記をのぞき「ナロキソン」と記載する。)

2 引用発明について
上記1(1)1a?1dの記載によれば、特に、1cの記載から、引用文献1には、以下の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているといえる。

「1ml中2mgの製剤として製造された、各鼻孔に対し1mg(0.5ml)で鼻腔内投与される、オピオイド過剰摂取の疑いの治療のための、ナロキソン溶液」

第5 対比
本願発明と引用発明を対比すると、以下のとおりとなる。

(1)引用発明の治療対象である「オピオイド過剰摂取の疑いの治療」は、本願発明の「オピオイド過量投与および/または少なくとも1つのその症状の治療」に相当する。
(2)引用発明の「ナロキソン溶液」は、本願発明の「ナロキソンまたは薬学的に許容されるその塩が流体中に溶解された適用流体」に相当する。また、引用発明のナロキソン溶液は、「製剤として製造された」ものであり、「治療」のために「鼻腔内投与」されるものであるから、本願発明1の「鼻腔内医薬製剤」に相当する。
(3)本願明細書の以下の記載によれば、本願発明における「100μl」とは、一方の鼻孔のみに投与するか双方の鼻孔に分割して投与するかを問わず、全体として鼻腔内に投与される総量を示すものと解される。なお、以下の記載においては「製剤」との記載はないが、平成29年11月22日提出の手続補正書において、請求人は、特許請求の範囲における「剤形」を「製剤」に補正している。
「【0074】
一般的に、医薬剤形は、特定の効果を達成するために、活性剤を特定の量で含む。・・・当然ながら、鼻腔内投与される活性剤の最終的な量は、投与レジメンが1つの鼻孔のみへの単一の投与ステップを含むのか、2つの鼻孔への2つの連続投与ステップを含むのかに関係なく、常に治療的に活性な量である。単一の投与ステップでも、2つの連続投与ステップでも、どちらの方式も、所望される治療的に活性な量・・・を供給するという意味で、本明細書においては「1つの適用ステップ」と呼ぶ。」
「【0090】
オピオイド過量投与および/またはその症状を治療する場合、ナロキソンの静脈内投与用の特に好ましい標準的な開始量は約0.4mgIVに相当する(本願の実施例2も参照)。驚くべき本発見(たとえばナロキソンの鼻腔内投与時のバイオアベイラビリティに関する)によると、オピオイド過量投与および/または少なくとも1つのその症状の治療において使用するための、鼻腔内投与されるナロキソンの最も好ましい開始量は、したがって、約1.3mgナロキソンHClと約1.6mgナロキソンHClとの間に相当する量に該当する(前記量が1つの鼻孔への投与によって供給されるか、または前記量が2つの鼻孔への投与によって供給される)。・・・
【0091】
有効量のナロキソンの別の標準的な開始点は、1つの適用ステップで鼻腔内投与される約1.2mgナロキソンHClに相当する量とすることができる。
・・・
【0095】
有効量の別の標準的な開始点は、1つの適用ステップで鼻腔内投与される約1.6mgナロキソンHClに相当する量とすることができる。
【0096】
したがって、1.6mgの量のナロキソンHClを供給するために、ナロキソンを投与流体1mlにつき8mgナロキソンHClに相当する濃度で含む体積200μlの適用流体を1つの鼻孔内に投与することができる。または、ナロキソンを投与流体1mlにつき8mgナロキソンHClに相当する濃度で含む体積100μlの適用流体を第1の鼻孔内に投与してから、ナロキソンを投与流体1mlにつき8mgナロキソンHClに相当する濃度で含む別の100μlの適用流体を第2の鼻孔内に投与することができる。
【0097】
または、1.6mgの量のナロキソンHClを供給するために、ナロキソンを投与流体1mlにつき10.7mgナロキソンHClに相当する濃度で含む体積150μlの適用流体を1つの鼻孔内に投与することができる。または、ナロキソンを投与流体1mlにつき10.7mgナロキソンHClに相当する濃度で含む体積75μlの適用流体を第1の鼻孔内に投与してから、ナロキソンを投与流体1mlにつき10.7mgナロキソンHClに相当する濃度で含む別の75μlの適用流体を第2の鼻孔内に投与することができる。
【0098】
他に、1.6mgの量のナロキソンHClを供給するために、ナロキソンを投与流体1mlにつき16mgナロキソンHClに相当する濃度で含む体積100μlの適用流体を1つの鼻孔内に投与することができる。または、ナロキソンを投与流体1mlにつき16mgナロキソンHClに相当する濃度で含む体積50μlの適用流体を第1の鼻孔内に投与してから、ナロキソンを投与流体1mlにつき16mgナロキソンHClに相当する濃度で含む別の50μlの適用流体を第2の鼻孔内に投与することができる。
【0099】
有効量のさらに別の標準的な開始点は、1つの適用ステップで鼻腔内投与される約2.4mgナロキソンHClに相当する量とすることができる。
・・・
【0103】
有効量のさらに別の標準的な開始点は、1つの適用ステップで鼻腔内投与される約3.2mgナロキソンHClに相当する量とすることができる。
・・・
【0108】
当然のことながら、上記の第2の投与ステップ、すなわち第2の鼻孔への連続投与は、本発明において、力価測定のための反復投与とはみなされない。正確に言うと、上記のとおり、第1の鼻孔への投与と第2の鼻孔への投与とは1つの適用ステップとみなされる。
【0109】
概して好ましいとすることができるのは、各投与ステップが100μlの適用流体を含む、2つの鼻孔への2つの連続投与ステップからなる1つの適用ステップで、ナロキソンを投与することである。さらに、好ましいとすることができるのは、かかる適用ステップでは、適用流体中のナロキソンまたは薬学的に許容されるその塩の濃度が、・・・最も好ましくは適用流体1mlにつき20mgナロキソンHClと適用流体1mlにつき50mgナロキソンHClとに相当する濃度間であるということである。この構成において、適用流体中のナロキソンまたは薬学的に許容されるその塩の特に好ましい濃度は、適用流体1mlにつき18mgナロキソンHClと適用流体1mlにつき20mgナロキソンHClとに相当する濃度間である。」

(4)引用発明における「ナロキソン」がどのような形態に基づくものであるかは不明であるものの、溶液として使用する際のナロキソンは通常塩形態である(優先日当時の周知技術として、例えば、上記1(3)5d参照)ことを踏まえると、少なくとも、引用発明におけるナロキソン溶液は、文字通りの「ナロキソン」の形態あるいは「薬学的に許容されるその塩」の形態を含むものであると解される。そうすると、引用発明においては、これらのいずれかの形態のナロキソンを2mg含むナロキソン溶液が鼻腔内投与されることになる。
一方、本願発明では「1mlにつき20mgナロキソンHClに相当する濃度で前記ナロキソンまたは薬学的に許容されるその塩を含」む「100μl」の「適用流体」が鼻腔内投与されるので、2mgのナロキソンHClに相当する「ナロキソンまたは薬学的に許容されるその塩」を含む適用流体が鼻腔内投与されることになる(以下、「ナロキソンまたは薬学的に許容されるその塩」を、「ナロキソン等」ともいう。)。
そうすると、本願発明と引用発明の鼻腔内に投与される適用流体は、「2mgの前記ナロキソンまたは薬学的に許容されるその塩を含む適用流体」である限りにおいて一致している。

以上によれば、本願発明と引用発明とは、以下の点で一致し、以下の点で相違する。
<一致点>
オピオイド過量投与および/または少なくとも1つのその症状の治療のための、ナロキソンまたは薬学的に許容されるその塩が流体中に溶解された適用流体である鼻腔内医薬製剤であって、
2mgの前記ナロキソンまたは薬学的に許容されるその塩を含む前記適用流体が、鼻腔内に投与される、前記医薬製剤。

<相違点1>
適用流体に含まれる2mgのナロキソン等の含有量について、本願発明では「ナロキソンHClに相当」する量であることが特定されているのに対し、引用発明では「ナロキソンHClに相当」する量であることは特定されていない点。

<相違点2>
2mgのナロキソン等を含む適用流体及びその投与について、本願発明では、適用流体が「1mlにつき20mgナロキソンHClに相当する濃度で前記ナロキソンまたは薬学的に許容されるその塩を含」むこと、及び、「100μl」の前記適用流体が鼻腔内に投与されることが特定されている、すなわち、上記適用流体が「20mg/mlの濃度」であること、及び、「100μl」の適用流体が鼻腔内に投与されることが特定されているのに対し、引用発明では、ナロキソン溶液(適用流体)が「1ml中2mgの製剤として製造」されたものであること、及び、ナロキソン溶液が「各鼻孔に対し1mg(0.5ml)」で鼻腔内投与されること、すなわち、溶液が「2mg/mlの濃度」であること、及び、(両鼻孔あわせて)「1ml」の溶液が鼻腔内に投与されることが特定されている点。

第6 判断
上記相違点について、判断する。
1 相違点1について
上記第4 1(2)2d及び(3)5dに記載のとおり、オピオイド過量投与の治療のための鼻腔内投与ナロキソン溶液におけるナロキソンとしては、一般的にナロキソン塩酸塩が使用されていたのであるから、引用発明においてナロキソン溶液製剤に含まれる「ナロキソン」の量である「2mg」を、前記一般的なナロキソン塩酸塩の相当量として設定して、引用発明のナロキソン溶液を調製することは、当業者が適宜なし得ることである。

2 相違点2について
(1)引用文献1には、鼻腔内投与用薬剤は、鼻孔当たり1ml未満の容量が推奨されていることが記載され(第4 1(1)1b及び1e)、また、容量が小さいほど投与が容易となり、より効率的にパッケージデバイス化されること、さらには、以前のより希薄な(大容量の)溶液を用いた研究で見られたような、鼻からの過剰な溶液の放出や咳き込みについては報告されなかったことも記載されている(第4 1(1)1e)。
(2)引用文献2及び5に以下のことが記載されているとおり、本願の優先日当時、ナロキソンHCl(ナロキソン塩酸塩)として2mgを投与可能な鼻腔内投与製剤において、薬液(適用流体)の濃度を本願発明の範囲である「20mg/mlの濃度」を含む範囲とすること、及び、薬液鼻腔内への投与容量を100μlを含む範囲とすることは、周知の技術であった。
・引用文献2
鼻腔内投与のための噴霧剤において、噴霧剤薬液中のナロキソン塩酸塩を0.1?10重量%の含有量、つまり、1?100mg/mlの濃度とすること、及び、単回投与量(単剤量)あるいは複数回投与量(多剤量)で使用される場合の毎回(毎次)の鼻腔噴霧投与量を20?200μlとすること(第4 1(2)2c)。
・引用文献5
オピオイド拮抗物質がナロキソンおよび/またはナルトレクソンであり、好ましくは、ナロキソンはスプレイ可能な液体組成物として使用されること、拮抗物質の溶液は、通常、塩酸塩の形態で、好ましくは約1?2重量%の濃度(つまり、10?20mg/mlの濃度)にて、鼻腔または口腔投薬用に用いられること、好適な投与単位は、好ましくは0.2?2mgの範囲であり、ショット容量が20μlと100μlの間で可変であること(第4 1(3)5d)。

(3)上記(1)及び(2)によれば、投与容量1mlである引用発明において、投与やパッケージデバイス化がより容易となり、また過剰溶液の放出や咳き込みをより確実に防ぐことができるように、より濃縮された、投与容量のより小さい製剤とすること、その際に、優先日当時の周知技術であったといえる投与濃度の範囲内である20mg/mlの濃度とし、引用発明における投与量である2mgを投与可能な、周知の投与容量の範囲内の100μlの投与容量とすることは、当業者が適宜なし得ることと認められる。

3 本願発明の効果について
(1)本願明細書には、本願発明の効果に関し、以下の記載がある。
「【0013】
・・・本発明の1つの目的は、ナロキソンのバイオアベイラビリティがかなり高く、迅速な作用発現および比較的長時間の作用を伴う、ナロキソンを含む医薬剤形を提供することである。」
「【0059】
本発明は、・・・ナロキソンまたは薬学的に許容されるその塩を体積≦250μlの適用流体中に溶解して含む鼻腔内医薬剤形が、かなりのバイオアベイラビリティ、迅速な作用発現および比較的緩慢な排出パターンを示すという驚くべき発見に属する。
【0060】
したがって、オピオイド過量投与における使用のために、かかる鼻腔内剤形は、投薬単位中にオピオイドの作用を相殺するのに有効な量のナロキソンを含むことができ、当該剤形は、上記の薬物動態パラメーター、すなわちかなりのバイオアベイラビリティ、迅速な作用発現および比較的緩慢な排出パターンを備えた使いやすく安全な剤形である。」
「【0084】
本発明者らは、驚くべきことに、本明細書に記載する鼻腔内医薬剤形は、投与されると 、短いtmaxで示されるとおり体循環中に早期に出現し、これに加えて体循環中のナロキソンの血漿半減期が比較的長いということを発見した。さらに、本発明による剤形は、約25%と約35%との間の範囲の適度に高いバイオアベイラビリティも示す。
【0085】
科学的な理論に縛られるものではないが、本発明者らは、現在のところ、早期tmax および/もしくは比較的長い排出半減期(すなわちナロキソンの持続作用)ならびに/またはかなり高いバイオアベイラビリティという前記顕著な効果は、血管分布の度合いが高い鼻粘膜でナロキソンの全量が迅速に吸収されるためであろうと考える。この効果を達成するためには、ナロキソンを小体積で投与し、それにより、嚥下(これはバイオアベイラビリティが低い経口投与に該当することになる、上記を参照)、鼻孔からの漏出などによる損失を回避することが必須であると思われる。したがって、好ましくは0.5ml未満 の小体積の適用流体、より好ましくは0.25ml未満の小体積の適用流体が投与に使用されるべきである。」

また、本願明細書の実施例1(【0161】?【0221】)には、健常な被験者に対して、1mgの静脈内投与(IV)したナロキソンと比較して、8mgおよび16mgの鼻腔内投与(IN)したナロキソンおよび16mgの舌下投与したナロキソンの絶対バイオアベイラビリティを評価したこと(【0162】)、鼻腔内投与では、ナロキソン8mgおよび16mgを、400μl(1つの鼻孔当たり2噴霧で200μl)として、つまり、前者では、濃度20mg/mlの溶液400μl、後者では、濃度40mg/mlの溶液400μlを鼻腔内に投与したことが記載され(【0166】、【0170】及び【0212】)、その薬物動態の結果に関し、以下のとおり記載されている。
「【0220】
薬物動態:ナロキソンの鼻腔内投与後、体循環中に薬物がきわめて早期に出現し、投薬後6分もの速さでピーク血漿中濃度に達した(中央値は18分)。平均絶対バイオアベイラビリティは、8mgおよび16mgの用量でそれぞれ32%および27%と記録され、これは鼻腔内用ナロキソンのAUCを、基準とする静脈内用ナロキソンのAUCで除算し、100%を乗じて得た。基準とする静脈内用では排出半減期が短い(<1h)のとは対照的に、平均半減期は、8mgおよび16mgの鼻腔内用用量でそれぞれ数時間が記録された。これらのデータは、鼻腔内経路によりナロキソンの吸収が相当なレベルであることと、適度に緩慢な排出パターンとが備わっていることを示している。これに対し、舌下経路で投与した場合、ナロキソンの平均絶対バイオアベイラビリティは静脈内用の基準に対してほぼ2%であった。これは以前経口投与後に記録されたものと類似している。」

さらに、実施例の記載に関連して、本願明細書には以下の記載もある。
「【0117】
本発明の実施例の部分から推論することができるとおり、小体積中に溶解したナロキソンを含む鼻腔内剤形のtmaxは短く、バイオアベイラビリティは高く、排出半減期は比較的長い。
【0118】
ナロキソンを含む経口剤形と比較して、本発明の鼻腔内剤形が示すバイオアベイラビリティは、少なくとも約10倍高いようである。さらに、tmaxは経口剤形のtmaxと比較してより短いようである。
【0119】
静脈内投与したナロキソンのバイオアベイラビリティを100%とし(基準として使用する)、これと比較すると、本発明の剤形のバイオアベイラビリティは適度に高いようである。静脈内投与したナロキソンは、約1?2分以内に迅速な作用発現をするが、本発明の剤形による作用発現よりわずかに速いだけのようである。
【0120】
本発明の実施例の部分に記載する試験によって立証されたとおり、静脈内投与したナロキソンの排出半減期は約60?90分である。静脈内投与したナロキソンの排出半減期がこのようにやや短いため、オピオイド過量投与の症状、たとえば呼吸抑制などの再発を回避するために、反復投与または持続注入が必要となる。
【0121】
明らかに、この静脈内の再投与または持続注入には、繰り返される針刺し損傷の危険を扱うのに適格な医療関係者の必要性またはかかる関係者による持続注入の監視の必要性などの欠点が伴う。本発明の鼻腔内剤形の排出半減期は約数時間であるため、このような欠点は本発明の剤形によって克服することができる。」

(2)本願明細書の以上の記載によれば、本願明細書には、本願発明の鼻腔内医薬製剤は、(i)投与容量が小体積であることで、嚥下や鼻孔からの漏出がなく、鼻粘膜でナロキソンの全量が迅速に吸収されるものであり、(ii)経口投与より早期に体循環中に出現し、投薬後6分程度の速さでピーク血漿中濃度(tmax)に達するものであって、作用発現が迅速であり、(iii)静脈投与よりも長い排出半減期であってナロキソンの作用が持続し、(iv)平均絶対バイオアベイラビリティも、8mg及び16mgの用量でそれぞれ32%および27%とかなり高いという効果が奏される旨記載されているといえる。

(3)本願発明の効果について検討する。
まず、(2)で記載した(ii)及び(iii)の効果については、投与経路の違いに基づくものであるところ、引用発明におけるナロキソン溶液製剤の投与経路は、本願発明と同じ鼻腔内投与であることから、(ii)及び(iii)の効果は、引用発明に対して本願発明が奏する有利な効果を示すものではない。

また、(i)及び(iv)の効果については、引用文献1には、濃縮溶液の場合には、以前のより希薄な溶液を用いた研究で見られたような、鼻からの過剰な溶液の放出や咳き込みについては報告されなかったことが記載されている(第4 1(1)1e)し、請求人が令和2年2月5日提出の意見書(以下、単に「意見書」という。)に添付して提出した、「ヒトボランティアにおける静脈内、筋肉内、および鼻腔内投与ナロキソンの集団薬物動態」(タイトル)についての結果を記載する参考資料1(Therapeutic Drug Monitoring,2008,30(4),pp.490?496)の491頁左欄の「Patient Data」の2段落目に、着席でも仰向けでも、通常の生理食塩水の鼻腔内投与では、鼻からの漏出や被験者による嚥下によりかなりの量が失われたことから、45度にリクライニングさせ、少なくとも1分は嚥下したり、口で息をしないように指示をしたことが記載され、また、495頁左欄12?14行に、鼻腔内ナロキソン投与に関連して、「鼻咽腔におけるより高濃度のナロキソンは、飲み込みによる薬剤の損失容量の減少に起因して、薬剤のより大きな経粘膜吸収に帰結することになるであろう。」と記載されている。
すなわち、ナロキソンの鼻腔内投与では、容積が大きいと鼻孔からの漏出や嚥下による損失が起こりやすいことは従来から知られていたことであり、また、鼻腔内投与を、より高濃度の溶液として、より小容量で行えば、鼻からの漏出や嚥下による薬剤の損失容量が減少することも当業者が予測していたことであったといえる。
そうすると、引用発明において、従来の製剤よりもより高濃度にナロキサンを含有させ、小容積で鼻腔内投与するものとすることで、従来よりも鼻からの漏出や嚥下による薬剤の損失容量が減少し、より多くの薬剤が体内に取り込まれること、その結果、作用発現に有効な量のナロキソンがより早期に体循環系に出現し、より作用発現が迅速となること、よりバイオアベイラビリティが高くなること、作用が持続することは、当業者が予測し得ることに過ぎない。

また、本願発明の鼻腔内投与製剤は、ナロキサン溶液1mlにつき20mgナロキソンHClに相当する濃度で前記ナロキソン等を含み、100μlの前記適用流体が、鼻腔内に投与されるものであり、また、結果として、2mgのナロキサン等が投与されるものであるところ、本願明細書には、実施例1として、適用流体の鼻腔内への投与容量が400μlであり、ナロキサンHCl自体の投与量が、8mgまたは16mgである鼻腔内投与製剤についての具体的な薬物動態が示されるのみで、本願発明の鼻腔内投与製剤の効果は示されていない。そうすると、本願明細書の記載には、本願発明で特定される濃度及び投与容量とする点の数値限定の臨界的意義はみあたらない。

さらに、参考資料1のDISCUSSIONの項目の2段落目(493?494頁)に、ラットにおける研究ではあるが、中咽頭を閉塞し、ナロキソン投与後に鼻の穴を接着剤で封止して、鼻咽頭からのナロキソンの損失がないようにして鼻腔内投与したところ、バイオアベイラビリティが静脈投与と同等であったとの従来既知の試験結果を受けて、参考資料1の著者が、参考資料1の研究では鼻咽頭を閉塞しなかったことからナロキソンが嚥下された可能性について言及していることからすると、本願明細書の実施例1に記載のバイオアベイラビリティの数値(8mgナロキソンの場合で32%)自体が、当業者が全く予期できない程度の格別のものとはいえない。

なお、本願明細書の実施例2及び3(【0222】?【0248】)には、実施例1で得られた1mgIVナロキソン、8mgINナロキソンおよび16mgINのAUC値に基づいて比例により推定される、ナロキソンの静脈内投与の標準的な開始点である約0.4mgIV用量に対応する、1.2?1.6mgの範囲のIN用量のナロキサンに関して、ノンコンパートメント解析した結果や、コンパートメント薬物動態モデルに当てはめて濃度のシミュレーションを行った結果が記載されているのみであり、本願発明の、「1mlにつき20mgナロキソンHClに相当する濃度で前記ナロキソンまたは薬学的に許容されるその塩を含み、100μlの前記適用流体が、鼻腔内に投与され」ことによる2mgの用量についての結果は記載されていない。

以上のとおり、本願明細書の記載からは、引用発明の鼻腔内投与製剤を、ナロキサン溶液1mlにつき20mgナロキソンHClに相当する濃度で前記ナロキソン等を含み、100μlの前記適用流体が、鼻腔内に投与されるようにすることで、従来技術から当業者が格別予期し難い効果が奏されるとはいえない。

4 請求人の主張について
意見書において、請求人は、以下の主張をする。
・インビボの実験が全く記載されていない引用文献2または5に基づいて、引用文献1に記載の1mlの剤形からさらに適用体積を小さくすることは動機づけられない(主張1)。
・引用文献1の剤形を、引用文献2または5の適用容量と組み合わせるために、引用文献1からの動機づけが当業者にとって必要であったと考えられるところ、引用文献1では1mlの剤形を「小容量」であると既に見なしているから、適用体積を小さくすることは動機付けられない(主張2)。
そして、主張2に関し、以下のことを指摘する。
引用文献1の2072頁右欄1?29行の記載(上記第4 1(1)1e参照)における、「濃縮溶液」が、引用文献1の研究で使用された剤形、すなわち1mlの適用流体中2mgのナロキソンのことを指すことは明らかであり、また、同文献のINTRODUCTIONにおける「このことから、濃縮された小容量での投与がナロキソンの鼻腔内投与の有効性を改善するかどうかという疑問が提起された。本研究の目的は、・・・濃縮された(2mg/ml)ナロキソンの鼻腔内投与の有効性及び安全性を判断することにあった。」との記載(同1bの2段落目の最後の文及び3段落目の最初の文参照)によれば、2mg/mlの「濃縮溶液」は引用文献1の「小容量」としての製剤を指すといえる。そして、先行研究で使用された容量が2ml(上記引用文献1における参考文献[18])および5ml(同参考文献[22])の大容量であったとの前提からすると、引用文献1の2072頁右欄24?26行の「容量が小さいほど、投与が容易となり、より効率的にパッケージデバイス化される。」との記載は、引用文献1の研究における濃縮溶液を意味している。そうすると、最適化をさらに行わなくても、既に引用文献1の濃縮溶液は「小容量」であるから、当業者は、引用文献1に基づいて、適用体積をさらに小さくすることを動機づけられない。

請求人の上記主張1及び2について検討する。
まず、主張1に関しては、引用文献2及び5は、鼻腔内投与ナロキソン製剤における投与容量として、100μlを含む範囲とすることが優先日当時における周知技術であったことを示すために引用したものであるところ、本願の優先日当時、100μlを含む範囲の小容積での薬剤の生体への鼻腔内投与自体が一般に広く行われていたのであるから(必要なら、特表2008-525455号公報の【0019】等の記載、特開2008-44951号公報の【0025】、【0026】、【0145】等の記載、特開2010?516696号公報の【0065】、【0079】等の記載等参照)、引用文献2及び5にインビボでの実験が記載されていない場合であっても、当業者は引用文献2及び5の記載から、ナロキサン溶液が100μl程度を含む小容積の範囲で投与可能であることを認識できるといえる。
よって、主張1は採用できない。

次に、主張2について検討する。
請求人の主張するように、引用文献1の「容量が小さいほど、投与が容易となり、より効率的にパッケージデバイス化される。」との記載が、先行研究における5ml等の容量と比べた引用文献1の研究における1mlの容量についての記載であるとしても、第6 2(1)で記載したとおり、引用文献1には、鼻腔内投与用薬剤の推奨容量が鼻孔当たり1ml未満であることが記載されている(第4 1(1)1b及び1e参照)し、鼻腔内に投与される容量が、1mlの容量より小容量であるほど効率的にパッケージデバイス化可能であることは当業者にとって自明の事項である。そして、引用発明のナロキサン溶液は、具体的には粘膜に噴霧されるものであるところ(第4 1(1)1c参照)、鼻腔内投与製剤において、鼻腔内へ噴霧される薬液の投与容量を100μlを含む範囲とすることは、本願の優先日当時周知の技術であった(第6 2(2)参照)。
そうすると、かかる周知技術を踏まえて引用文献1の記載に接した当業者は、第6 2(3)おいて相違点2についての判断で記載したとおり、投与やパッケージデバイス化がより容易となるように、引用発明のナロキソン溶液製剤を、より濃縮された、投与容量のより小さい製剤とすることを動機付けられるといえる。
よって、主張2も採用できない。

さらに、請求人は意見書(4頁の最下段落?6頁1段落)において、本願発明の目的は「0.4mgナロキソンの治療での最低限度の標準として作用するIN(鼻腔内)用剤形を提供すること」であること、平成30年6月11日付け手続補足書と共に既に提出した参考資料2(本願の出願後の2016年9月8日付けのナロキサン塩酸塩の鼻腔内投与に関する第1相臨床試験の報告書)の特に5頁2段落の記載によれば、本願発明の2mg鼻腔内投与(IN)では、「初期部分的曝露(AUCp)」において参照治療の0.4mg筋肉内投与(IM)と同様の暴露を示すし、また、参考資料3(出願後に提出された、各投与における治療時間毎の平均ナロキソン血漿濃度を示す図)によれば、両者の投与では、ナロキソン投与後の重要な最初の数分で、曲線の勾配が極めて近似していることが示されており、「100μlの適用体積と、適用流体1mlにつき20mgナロキソンHClとの特定の組合せによって、0.4mgIM(筋肉内)参照治療と同様に、オピオイド過量投与に対して迅速で有効な治療が提供される」点で、本願発明の目的が達成されるといえること、上記の本願発明の目的が達成されることは、引用文献1、2または5のいずれにも示唆されていないことを主張する(主張3)。
そこで検討すると、本願明細書には、請求人が、参考文献2,3において示されたとする、「0.4mgIM(筋肉内)参照治療と同様に、オピオイド過量投与に対して迅速」な治療が提供されること、つまり、「ナロキソン投与後に0.4mgIM(筋肉内)と同程度の「AUCp」(最初の数分間におけるAUC)が達成出来る程度に迅速であること」についての記載はない。
本願明細書【0013】によれば、本願発明が「迅速な作用発現」を解決すべき課題の一つとしていたことは理解できるし、請求人の指摘する本願明細書の【0055】及び【0223】等の記載によれば、ナロキソンの静脈内投与あるいは筋肉内投与の標準的な最低投与量が約0.4mgであり、本願発明の2mgの鼻腔内投与製剤が、この静脈内投与等における最低投与量と用量比例する1.2?1.6mgの範囲に近い鼻腔内投与製剤を提供するものであることは理解できる。
しかしながら、本願明細書でいうところの「迅速な作用発現」とは、上記第6 3(2)で記載したとおり、経口投与より早期に体循環中に出現することを意図する記載であると解され、請求人の主張する意味であると理解することはできない。
また、仮に、本願発明が0.4mg静脈内投与等の作用と同等の早い「迅速な作用発現」を課題としていたと仮定した場合であっても、体循環中に出現するナロキサンの量は、上記第6 3(3)で記載したとおり、鼻腔内に投与されるナロキサン溶液の容積の違いに応じて鼻からの漏出や嚥下による薬剤の損失容量が変化することに起因して、鼻粘膜からの吸収量が変化し、作用発現までの時間も変化すると解されるところ、本願明細書には、「100μl中の適用流体1mlにつき20mgのナロキソンHClという特定の濃度の組み合わせの製剤」を具体的に記載している箇所はないのであるし、具体的な実施例1における投与量(最低でも8mg)は、本願発明の2mgとは異なっており、用量の違いにより、体循環に出現するナロキソンの量も変化するのであるから、結局、本願明細書に、請求人がいうところの「迅速な作用発現」が記載されていたとはいえない。
したがって、請求人がいうところの「迅速な作用発現」は、本願明細書の記載に基づくものとはいえない。
よって、請求人の主張3も採用できない。

5 以上のことから、本願発明は、引用発明並びに引用文献1の記載及び優先日当時の周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第7 むすび
以上のとおり、本願発明(請求項1に係る発明)は、引用文献1に記載された発明並びに引用文献1の記載及び優先日当時の周知技術に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。

 
別掲
 
審理終結日 2020-05-28 
結審通知日 2020-06-02 
審決日 2020-06-16 
出願番号 特願2016-5172(P2016-5172)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 鈴木 理文  
特許庁審判長 滝口 尚良
特許庁審判官 渕野 留香
穴吹 智子
発明の名称 ナロキソンを含む鼻腔内医薬剤形  
代理人 小林 浩  
代理人 大森 規雄  
代理人 鈴木 康仁  
代理人 杉山 共永  

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