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審決分類 審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  C01G
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C01G
審判 全部申し立て ただし書き2号誤記又は誤訳の訂正  C01G
審判 全部申し立て 2項進歩性  C01G
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C01G
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C01G
審判 全部申し立て ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  C01G
管理番号 1368040
異議申立番号 異議2018-701076  
総通号数 252 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-12-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-12-28 
確定日 2020-09-03 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6357978号発明「遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6357978号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-5〕〔6-9〕について訂正することを認める。 特許第6357978号の請求項1?5に係る特許を維持する。 特許第6357978号の請求項6?9に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第6357978号(以下、「本件」という。)の請求項1?9に係る特許についての出願は、平成26年8月27日になされ、平成30年6月29日に特許権の設定登録がなされ、同年7月18日に特許掲載公報が発行された。
その後、本件の請求項1?9に係る特許に対し、特許異議申立人 目黒茂(以下「異議申立人」という。)より、平成30年12月28日付けで特許異議の申立てがなされたものであり、その後の経緯は次のとおりである。

平成31年 3月28日付け 取消理由通知
令和 1年 6月 3日付け 意見書の提出及び訂正請求書の提出
(特許権者)
同年 6月14日付け 手続補正書(方式)の提出
(特許権者)(訂正請求書について)
同年 8月 5日付け 意見書の提出(異議申立人)
同年10月17日付け 訂正拒絶理由通知
同年11月22日付け 意見書の提出及び手続補正書の提出
(特許権者)(訂正請求書について)
同年12月11日付け 手続補正書(方式)の提出
(特許権者)(手続補正書について)
同年12月27日付け 取消理由通知(決定の予告)
令和 2年 3月 6日付け 意見書の提出及び訂正請求書の提出
(特許権者)
同年 3月27日 応対記録の作成(特許権者との連絡)
同年 5月28日 応対記録の作成(特許権者との連絡)
同年 7月 3日付け 意見書の提出(異議申立人)
なお、令和 2年 3月27日付けの応対記録は、特許権者からの面接希望に対し、新型コロナウイルス感染症への対応の状況により、面接時期の延期と、面接のための訂正案としていたものを暫定の位置づけとして訂正請求してもらう旨合議体から提案した内容とを含み、同年 5月28日付けの応対記録は、合議体は取消理由が解消している心証を得ていると特許権者へ伝え、さらに訂正をする意思があるか尋ねたところ、特許権者は、審理の続行を希望したという内容を含むものである。

第2 訂正請求について
1 訂正の趣旨
本件の明細書、特許請求の範囲を本件の訂正請求書に添付した、訂正明細書、訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?5、および、6?9について訂正することを求める。

2 訂正の内容
令和 2年 3月 6日付けの訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下の(1)?(22)のとおりである。(当審注:下線を付した部分が訂正箇所である。)
なお、令和 1年 6月 3日付けの訂正請求は取り下げられたものとみなす。

(1)訂正事項1

以下、本件訂正前の請求項1?9に係る発明を、まとめて「本件特許発明」という。

請求項1について、
「晶析反応により、一般式(A):M_(1-a)N_(a)(OH)_(b)(ただし、0<a≦0.2、b=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、Nは添加元素であり、Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Ta、Mo、Wの群から選択される少なくとも1種を含む)で表される遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーを得る晶析工程と、
前記主要金属元素の平均価数を2.15以下に制御した状態で、前記遷移金属複合水酸化物粒子の洗浄を開始する洗浄工程と
を備えることを特徴とする、遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法。」とあるのを、
「晶析反応により、一般式(A):M_(1-a)N_(a)(OH)_(b)(ただし、0<a≦0.2、b=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、NはWである)で表される遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーを得る晶析工程と、
前記主要金属元素の平均価数を2.15以下に制御した状態で、前記遷移金属複合水酸化物粒子の洗浄を開始する洗浄工程と、
を備えることを特徴とする、遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法。」
と訂正する。

(2)訂正事項2
請求項6?9を削除する。

(3)訂正事項3
発明の名称について、「遷移金属複合水酸化物粒子とその製造方法、非水系電解質二次電池用正極活物質および非水系電解質二次電池」とあるのを、「遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法」に訂正する。

(4)訂正事項4
明細書の段落0001について、
「本発明は、遷移金属複合水酸化物粒子とその製造方法に関する。また、本発明は、この遷移金属複合水酸化物粒子を前駆体とする非水系電解質二次電池用正極活物質、および、これを用いた非水系電解質二次電池に関する。」とあるのを、
「本発明は、非水系電解質二次電池用正極活物質の前駆体である遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法に関する。」
と訂正する。

(5)訂正事項5
明細書の段落0013について、
「本発明は、特に、工業規模の量産において、電池特性のばらつきが少ない非水系電解質二次電池を製造可能な遷移金属複合水酸化物粒子およびその製造方法を提供することを目的とする。」とあるのを、
「本発明は、特に、工業規模の量産において、電池特性のばらつきが少ない非水系電解質二次電池を製造可能な遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法を提供することを目的とする。」
と訂正する。

(6)訂正事項6
明細書の段落0014について、
「本発明の遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法は、晶析反応により、一般式(A):M_(1-a)N_(a)(OH)_(b)(ただし、0<a≦0.2、b=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、Nは添加元素であり、Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Ta、Mo、Wの群から選択される少なくとも1種を含む)で表される遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーを得る晶析工程と、前記主要金属元素の平均価数を2.20以下に制御した状態で、前記遷移金属複合水酸化物粒子を洗浄する洗浄工程とを備えることを特徴とする。」とあるのを、
「本発明の遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法は、晶析反応により、一般式(A):M_(1-a)N_(a)(OH)_(b)(ただし、0<a≦0.2、b=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、NはWである)で表される遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーを得る晶析工程と、前記主要金属元素Mの平均価数を2.15以下に制御した状態で、前記遷移金属複合水酸化物粒子を洗浄する洗浄工程とを備えることを特徴とする。」
と訂正する。

(7)訂正事項7
明細書の段落0015について、
「前記晶析工程終了後から前記洗浄工程を開始するまでに長時間を要する場合には、前記晶析工程後洗浄工程前に、前記主要金属元素の平均価数を2.20以下に制御した状態で、前記遷移金属複合水酸化物粒子を保持する保持工程をさらに備えることが好ましい。」とあるのを、
「前記晶析工程終了後から前記洗浄工程を開始するまでに長時間を要する場合には、前記晶析工程後洗浄工程前に、前記主要金属元素Mの平均価数を2.15以下に制御した状態で、前記遷移金属複合水酸化物粒子を保持する保持工程をさらに備えることが好ましい。」
と訂正する。

(8)訂正事項8
明細書の段落0016について、
「前記保持工程において、前記遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーを、酸素分圧が1013Pa以下に制御された非酸化性雰囲気中で保持することが好ましい。あるいは、前記保持工程において、前記遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーを大気雰囲気中で保持する場合には、この間の時間を6時間以下とすることが好ましい。」とあるのを、
「前記保持工程において、前記遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーを、酸素分圧が1013Pa以下に制御された非酸化性雰囲気中で保持することが好ましい。あるいは、前記保持工程において、前記遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーを大気雰囲気中で保持する場合には、この間の時間を4時間以下とすることが好ましい。」
と訂正する。

(9)訂正事項9
明細書の段落0018ー0021を削除する。

(10)訂正事項10
明細書の段落0022について、
「本発明によれば、特に、工業規模の量産において、電池特性のばらつきが少ない非水系電解質二次電池を製造可能な遷移金属複合水酸化物粒子およびその製造方法を提供することができる。また、本発明によれば、このような遷移金属複合水酸化物粒子を前駆体とする非水系電解質二次電池用正極活物質を提供することができる。さらに、本発明は、この非水系電解質二次電池用正極活物質を正極材料として用いた非水系電解質二次電池を提供することができる。このため、本発明の工業的意義はきわめて大きい。」とあるのを、
「本発明によれば、特に、工業規模の量産において、電池特性のばらつきが少ない非水系電解質二次電池を製造可能な非水系電解質二次電池用正極活物質の前駆体である遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法を提供することができる。このため、本発明の工業的意義はきわめて大きい。」
と訂正する。

(11)訂正事項11
明細書の段落0025について、
「本発明者らは、この点についてさらに研究を重ねた結果、晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでの間における遷移金属複合水酸化物粒子から遷移金属複合オキシ水酸化物粒子への変化を抑制し、この遷移金属複合水酸化物粒子を構成する主要金属元素の平均価数を2.20以下に制御した状態で洗浄工程を行うことにより、添加元素の溶出などを抑制することができるとの知見を得た。本発明は、この知見に基づき完成されたものである。」とあるのを、
「本発明者らは、この点についてさらに研究を重ねた結果、晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでの間における遷移金属複合水酸化物粒子から遷移金属複合オキシ水酸化物粒子への変化を抑制し、この遷移金属複合水酸化物粒子を構成する主要金属元素の平均価数を2.15以下に制御した状態で洗浄工程を行うことにより、添加元素の溶出などを抑制することができるとの知見を得た。本発明は、この知見に基づき完成されたものである。」
と訂正する。

(12)訂正事項12
明細書の段落0026について、
「1.遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法
本発明の遷移金属複合水酸化物粒子(以下、「複合水酸化物粒子」という)の製造方法は、(1)晶析反応により、一般式(A):M_(1-a)N_(a)(OH)_(b)(ただし、0<a≦0.2、b=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、Nは添加元素であり、Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Ta、Mo、Wの群から選択される少なくとも1種を含む)で表される複合水酸化物粒子を含むスラリーを得る晶析工程と、(2)この複合水酸化物粒子を、主要金属元素の平均価数を2.20以下に制御した状態で洗浄する洗浄工程とを備えることを特徴とする。以下、工程ごとに、本発明の複合水酸化物粒子の製造方法を詳細に説明する。」とあるのを、
「1.遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法
本発明の遷移金属複合水酸化物粒子(以下、「複合水酸化物粒子」という)の製造方法は、(1)晶析反応により、一般式(A):M_(1-a)N_(a)(OH)_(b)(ただし、0<a≦0.2、b=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、NはWである)で表される複合水酸化物粒子を含むスラリーを得る晶析工程と、(2)この複合水酸化物粒子を、主要金属元素Mの平均価数を2.15以下に制御した状態で洗浄する洗浄工程とを備えることを特徴とする。以下、工程ごとに、本発明の複合水酸化物粒子の製造方法を詳細に説明する。」
と訂正する。

(13)訂正事項13
明細書の段落0028について、
「[晶析条件]
本発明において、晶析工程における条件は特に制限されることなく、目的とする複合水酸化物粒子の組成、粒子構造または粉体特性などに応じて適宜選択する必要がある。たとえば、一般式:(Ni_(1/3)Co_(1/3)Mn_(1/3))_(1-a)N_(a)(OH)_(2)(ただし、0<a≦0.2、Nは添加元素であり、Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Ta、Mo、Wの群から選択される少なくとも1種を含む)で表され、微細一次粒子からなる中心部と、中心部の外側に、この微細一次粒子よりも大きな板状一次粒子からなる外殻部とからなる粒子構造を備えた複合水酸化物粒子を得ようとする場合、特開2012-254889号公報などに記載されるような晶析条件を選択する必要がある。」とあるのを、
「[晶析条件]
本発明において、晶析工程における条件は特に制限されることなく、目的とする複合水酸化物粒子の組成、粒子構造または粉体特性などに応じて適宜選択する必要がある。たとえば、一般式:(Ni_(1/3)Co_(1/3)Mn_(1/3))_(1-a)N_(a)(OH)_(2)(ただし、0<a≦0.2、NはWである)で表され、微細一次粒子からなる中心部と、中心部の外側に、この微細一次粒子よりも大きな板状一次粒子からなる外殻部とからなる粒子構造を備えた複合水酸化物粒子を得ようとする場合、特開2012-254889号公報などに記載されるような晶析条件を選択する必要がある。」
と訂正する。

(14)訂正事項14
明細書の段落0032について、
「このため、晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでに長時間を要する場合には、この間において、主要金属元素Mの平均価数を2.20以下、好ましくは2.15以下、より好ましくは2.11以下に制御することが必要となる。これにより、工業規模の量産において、晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでの間に長時間を要するような場合であっても、スラリー中の複合水酸化物粒子の酸化を抑制し、主要金属元素Mの平均価数を2.20以下に制御した状態で複合水酸化物粒子を洗浄することができるため、洗浄工程中における添加元素Nの溶出を効果的に抑制することが可能となる。なお、本発明において、主要金属元素Mの平均価数とは、複合水酸化物粒子に含まれるニッケル、コバルトおよびマンガンの価数の算術平均値を意味し、たとえば、複合水酸化物粒子を塩酸に溶解した水溶液を酸化還元滴定することにより求めることができる。」とあるのを、
「このため、晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでに長時間を要する場合には、この間において、主要金属元素Mの平均価数を2.15以下、好ましくは2.11以下に制御することが必要となる。これにより、工業規模の量産において、晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでの間に長時間を要するような場合であっても、スラリー中の複合水酸化物粒子の酸化を抑制し、主要金属元素Mの平均価数を2.15以下に制御した状態で複合水酸化物粒子を洗浄することができるため、洗浄工程中における添加元素Nの溶出を効果的に抑制することが可能となる。なお、本発明において、主要金属元素Mの平均価数とは、複合水酸化物粒子に含まれるニッケル、コバルトおよびマンガンの価数の算術平均値を意味し、たとえば、複合水酸化物粒子を塩酸に溶解した水溶液を酸化還元滴定することにより求めることができる。」
と訂正する。

(15)訂正事項15
明細書の段落0034について、
「なお、本発明においては、保持雰囲気として大気雰囲気(酸素分圧:21273Pa)を選択することもできるが、この場合には、晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでの時間を6時間以下、好ましくは5時間以下、より好ましくは4時間以下とすることが必要となる。この点を考慮すると、工業規模の生産において複合水酸化物粒子を大量に生産する場合には、晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでに長時間を要する場合もあるため、保持雰囲気を非酸化性雰囲気とすることが有利である。」とあるのを、
「なお、本発明においては、保持雰囲気として大気雰囲気(酸素分圧:21273Pa)を選択することもできるが、この場合には、晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでの時間を4時間以下とすることが必要となる。この点を考慮すると、工業規模の生産において複合水酸化物粒子を大量に生産する場合には、晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでに長時間を要する場合もあるため、保持雰囲気を非酸化性雰囲気とすることが有利である。」
と訂正する。

(16)訂正事項16
明細書の段落0036について、
「(3)洗浄工程
上述したように、晶析工程で得られた複合水酸化物粒子は、酸素が存在する雰囲気中では、直ちに酸化が進行し、オキシ水酸化物粒子に変化する。特に、酸素を高濃度で含有する雰囲気中や高温雰囲気中では、酸化速度が速く、オキシ水酸化物粒子の割合が急激に増加する。このため、晶析工程終了から洗浄工程を開始するまでに長時間を要する場合はもちろんのこと、晶析工程後、直ぐに洗浄工程を行う場合であっても、洗浄工程を開始する時点において、複合水酸化物粒子を構成する主要金属元素の平均価数を2.20以下、好ましくは2.15以下、より好ましくは2.11以下に制御することが重要となる。これにより、洗浄工程における添加元素Nの溶出を抑制しつつ、ナトリウムなどの不純物を除去することが可能となる。」とあるのを、
「(3)洗浄工程
上述したように、晶析工程で得られた複合水酸化物粒子は、酸素が存在する雰囲気中では、直ちに酸化が進行し、オキシ水酸化物粒子に変化する。特に、酸素を高濃度で含有する雰囲気中や高温雰囲気中では、酸化速度が速く、オキシ水酸化物粒子の割合が急激に増加する。このため、晶析工程終了から洗浄工程を開始するまでに長時間を要する場合はもちろんのこと、晶析工程後、直ぐに洗浄工程を行う場合であっても、洗浄工程を開始する時点において、複合水酸化物粒子を構成する主要金属元素Mの平均価数を2.15以下、好ましくは2.11以下に制御することが重要となる。これにより、洗浄工程における添加元素Nの溶出を抑制しつつ、ナトリウムなどの不純物を除去することが可能となる。」
と訂正する。

(17)訂正事項17
明細書の段落0038について、
「2.遷移金属複合水酸化物粒子
本発明の複合水酸化物粒子は、上述した製造方法により得られ、一般式(A):M_(1-a)N_(a)(OH)_(b)(ただし、0<a≦0.2、b=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、Nは添加元素であり、Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Ta、Mo、Wの群から選択される少なくとも1種を含む)で表され、複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子からなることを特徴とする。なお、本発明の複合水酸化物粒子は、洗浄工程終了時点では、主要金属元素Mの平均価数が2.20以下の範囲にあるが、その後は、経時的に酸化が進行するため、必ずしも平均価数がこの範囲にあるわけではない。」とあるのを、
「2.遷移金属複合水酸化物粒子
本発明の複合水酸化物粒子は、上述した製造方法により得られ、一般式(A):M_(1-a)N_(a)(OH)_(b)(ただし、0<a≦0.2、b=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、NはWである)で表され、複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子からなることを特徴とする。なお、本発明の複合水酸化物粒子は、洗浄工程終了時点では、主要金属元素Mの平均価数が2.15以下の範囲にあるが、その後は、経時的に酸化が進行するため、必ずしも平均価数がこの範囲にあるわけではない。」
と訂正する。

(18)訂正事項18
明細書の段落0043について、
「[添加元素]
本発明の複合水酸化物粒子は、上述した主要金属元素Mのほかに、添加元素Nを含有するように調整される。添加元素Nを含有することで、この複合水酸化物粒子を前駆体とする正極活物質を用いた二次電池の充放電容量や出力特性などを向上させることができる。このような添加元素Nとしては、マグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、カルシウム(Ca)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)の群から選択される少なくとも1種を使用することができる。」とあるのを、
「[添加元素]
本発明の複合水酸化物粒子は、上述した主要金属元素Mのほかに、添加元素Nを含有するように調整される。添加元素Nを含有することで、この複合水酸化物粒子を前駆体とする正極活物質を用いた二次電池の充放電容量や出力特性などを向上させることができる。このような添加元素Nとしては、タングステン(W)を使用することができる。」
と訂正する。

(19)訂正事項19
明細書の段落0047について、
「[オキシ水酸化物粒子]
本発明の複合水酸化物粒子を上述した製造方法で製造した場合であっても、その一部は、一般式(B):M_(a)N_(b)(OOH)_(c)(ただし、0<a≦0.2、c=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)/3、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、Nは添加元素であり、Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Ta、Mo、Wの群から選択される少なくとも1種を含む)で表されるオキシ水酸化物粒子に変化していると考えらえる。しかしながら、後述するように、複合水酸化物粒子の平均価数を2.20以下に制御することにより、オキシ水酸化物粒子への変化を抑制し、添加元素Nの溶出量を低減することができる。」とあるのを、
「[オキシ水酸化物粒子]
本発明の複合水酸化物粒子を上述した製造方法で製造した場合であっても、その一部は、一般式(B):M_(1-a)N_(a)(OOH)_(c)(ただし、0<a≦0.2、c=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)/3、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、NはWである)で表されるオキシ水酸化物粒子に変化していると考えらえる。しかしながら、後述するように、複合水酸化物粒子の主要金属元素Mの平均価数を2.15以下に制御することにより、オキシ水酸化物粒子への変化を抑制し、添加元素Nの溶出量を低減することができる。」
と訂正する。

(20)訂正事項20
明細書の段落0067について、
「(2)非水系電解質二次電池用正極活物質
本発明の正極活物質は、一般式(C):Li_(u)M_(1-a)N_(a)O_(2)またはLi_(u)M_(1-a)N_(a)O_(4)(ただし、0.95≦u≦1.50、0≦a≦0.2、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、Nは添加元素であり、Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Ta、Mo、Wの群から選択される少なくとも1種を含む)で表されるリチウム複合酸化物粒子からなる。」とあるのを、
「(2)非水系電解質二次電池用正極活物質
本発明の正極活物質は、一般式(C):Li_(u)M_(1-a)N_(a)O_(2)またはLi_(u)M_(1-a)N_(a)O_(4)(ただし、0.95≦u≦1.50、0≦a≦0.2、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、NはWである)で表されるリチウム複合酸化物粒子からなる。」
と訂正する。

(21)訂正事項21
明細書の段落0092について、
「晶析反応終了時点において、得られた複合水酸化物粒子の組成を、ICP発光分光分析装置(セイコーインスツル株式会社、Plasma Spectrometer SPS3000)を用いた分析した結果、一般式:(Ni_(0.33)Co_(0.34)Mn_(0.33))_(0.9958)W_(0.0042)(OH)_(2.1263)で表されるものであることが確認された。また、この複合水酸化物粒子を塩酸で溶解した水溶液に対して酸化還元滴定を行ったところ、主要金属元素Mの平均価数は2.11であることが確認された。」とあるのを、
「晶析反応終了時点において、得られた複合水酸化物粒子の組成を、ICP発光分光分析装置(セイコーインスツル株式会社、Plasma Spectrometer SPS3000)を用いて分析した結果、一般式:(Ni_(0.33)Co_(0.34)Mn_(0.33))_(0.9958)W_(0.0042)(OH)_(2.1263)で表されるものであることが確認された。また、この複合水酸化物粒子を塩酸で溶解した水溶液に対して酸化還元滴定を行ったところ、主要金属元素Mの平均価数は2.11であることが確認された。」
と訂正する。

(22)訂正事項22
明細書の段落0118について、
「したがって、洗浄工程の開始時点において、主要金属元素Mの平均価数を2.20以下に制御した状態で複合水酸化物粒子を洗浄することにより、添加元素Nの溶出を抑制することができることが理解される。このため、本発明によれば、添加品位元素のばらつきが少ない複合水酸化物粒子およびこれを前駆体とする正極活物質が得られること、および、この正極活物質を正極材料として用いることで、電池特性のばらつきの少ない二次電池を得ることができることが理解される。」とあるのを、
「したがって、洗浄工程の開始時点において、主要金属元素Mの平均価数を2.15以下に制御した状態で複合水酸化物粒子を洗浄することにより、添加元素Nの溶出を抑制することができることが理解される。このため、本発明によれば、添加品位元素のばらつきが少ない複合水酸化物粒子およびこれを前駆体とする正極活物質が得られること、および、この正極活物質を正極材料として用いることで、電池特性のばらつきの少ない二次電池を得ることができることが理解される。」
と訂正する。

(23) 一群の請求項について
訂正事項1に係る請求項1について、訂正前の請求項2?5が直接的又は間接的に請求項1を引用する関係にあるから、請求項1?5は一群の請求項である。
訂正事項2に係る請求項6?9は、訂正前の請求項7?9が直接的又は間接的に請求項6を引用する関係にあるから、一群の請求項である。
したがって、訂正事項1、2は、一群の請求項〔1-5〕、〔6-9〕に対して請求されたものである。

(24) 明細書の訂正と関係する請求項について
訂正事項6?8、11?20、22は、請求項1?5の記載と明細書の発明の詳細な説明の記載との整合を図るための訂正であり、一群の請求項である請求項1?5についてする訂正である。
訂正事項3?5、9、10は、訂正事項2の訂正に伴って、請求項6?9の削除と明細書の発明の名称及び発明の詳細な説明の記載との整合を図るための訂正であり、一群の請求項である請求項6?9についてする訂正である。
訂正事項21は、誤記を訂正することを目的とするものであり、特許請求の範囲の全ての請求項1?5、6?9と関係しているところ、訂正事項21は、全ての請求項1?5、6?9についてする訂正である。

3 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
(1)訂正事項1について
訂正事項1は、添加元素であるNについて限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また、「NはWである」ことは、訂正前の請求項1における「Nは添加元素であり、Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Ta、Mo、Wの群から選択される少なくとも1種を含む」との記載に基づいているから、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は、請求項6?9を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また、訂正事項2は、請求項の削除に係る以上、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(3)訂正事項3、4、5及び10について
訂正事項3、4、5及び10は、請求項6?9の削除との整合を図るため、明細書の発明の名称、段落0001、0013及び0022において、本件特許発明の対象から「遷移金属複合水酸化物の製造方法」以外の事項を削除するものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、訂正事項3、4、5及び10は、請求項6?9の削除に伴うものである以上、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(4)訂正事項6、11、12、13、16及び22について
訂正事項6、11、12、13、16及び22は、請求項1の訂正との整合を図るものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、訂正事項6、11、12、13、16及び22は、請求項1、明細書の段落0031等の記載に基づくものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(5)訂正事項9について
訂正事項9は、請求項6?9の削除に伴い、対応する内容の、明細書の段落0018?0021を削除するものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、訂正事項9は、請求項6?9の削除に伴うものである以上、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(6)訂正事項7及び14について
訂正事項7及び14は、請求項2との整合を図るものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、訂正事項7及び14は、単に請求項2との整合を図るためのものである以上、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(7)訂正事項8及び15について
訂正事項8及び15は、請求項4との整合を図るものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、訂正事項8及び15は、単に請求項4との整合を図るためのものである以上、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(8)訂正事項17?20について
訂正事項17?20は、請求項1及び2の記載との整合を図るものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、訂正事項17?20は、単に請求項1及び2の記載との整合を図るためのものである以上、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(9)訂正事項21について
訂正事項21は、誤記の訂正を目的とするものである。
また、訂正事項21は、単に誤記の訂正を目的とするものである以上、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

4 独立特許要件について
本件特許の全請求項について特許異議の申立てがされているので、訂正前の請求項1?5、6?9に係る訂正事項1?22については、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第7項の独立特許要件についての規定は適用されない。

5 まとめ
以上のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号、第2号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同条第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?5〕〔6?9〕について訂正することを認める。

第3 本件訂正発明
本件訂正により訂正された請求項1?5に係る発明(これらをまとめて「本件訂正発明」という。)は、次の事項により特定されるとおりのものである(下線部は、訂正箇所を示す)。

「【請求項1】
晶析反応により、一般式(A):M_(1-a)N_(a)(OH)_(b)(ただし、0<a≦0.2、b=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、NはWである)で表される遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーを得る晶析工程と、
前記主要金属元素の平均価数を2.15以下に制御した状態で、前記遷移金属複合水酸化物粒子の洗浄を開始する洗浄工程と、
を備えることを特徴とする、遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法。
【請求項2】
前記晶析工程後洗浄工程前に、前記遷移金属複合水酸化物粒子を、前記主要金属元素の平均価数を2.15以下に制御した状態で保持する保持工程をさらに備える、請求項1に記載の遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法。
【請求項3】
前記保持工程において、前記遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーを酸素分圧が1013Pa以下に制御された非酸化性雰囲気中で保持する、請求項2に記載の遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法。
【請求項4】
前記保持工程において、前記遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーを大気雰囲気中で4時間以下保持する、請求項2に記載の遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法。
【請求項5】
前記晶析工程において、前記遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーのpH値を、液温25℃基準で10.5?13.0の範囲に保持する、請求項1?4のいずれかに記載の遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法。
【請求項6】
(削除)
【請求項7】
(削除)
【請求項8】
(削除)
【請求項9】
(削除)」

第4 取消理由について
1 令和 1年12月27日付けの取消理由通知書(決定の予告)に記載された取消理由について
(1)取消理由の概要
本件訂正前の請求項1?9に係る特許に対して令和 1年12月27日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
ア 取消理由1(特許法第36条第6項第2号について)
(ア)請求項6における「主要金属元素Mの平気価数」とは、主要金属元素Mについてのどのような価数を意味しているのかが、必ずしも、明確ではないため、前記の発明特定事項によって特定される技術内容が明確ではない。
よって、請求項6及びこれを引用する請求項7?9に係る発明は明確でない。
(イ)請求項8において特定されている、「請求項6または請求項7に記載の遷移金属複合水酸化物粒子を前駆体とする遷移金属複合酸化物粒子からなる、非水系電解質二次電池用正極活物質」というのは、主要金属元素Mの平均価数という観点では、従来の遷移金属複合酸化物粒子からなる非水系電解質二次電池用正極活物質とは、明確な区別ができないものである。
よって、請求項8及びこれを引用する請求項9に係る発明は明確でない。

イ 取消理由2(特許法第36条第4項第1号について)
本件特許の請求項1?9に係る発明に係る実施例1?8における晶析反応終了時点では、原料として用いた金属塩などの未反応成分や不純物等が含まれていると認められるが、前記晶析反応終了時点の複合水酸化物粒子の一般式をICP発光分光分析装置を用いた分析により確認するに際し、具体的にどのようにして、上記不純物等の影響、特に未反応成分の影響、を排除したのかが明らかではない。
また、実施例1?8において、晶析反応終了時点の複合水酸化物粒子を塩酸で溶解した水溶液に対して酸化還元滴定を行って、主要金属元素Mの平均価数を確認するに際し、具体的にどのようにして、上述の不純物等の影響、特に未反応成分の影響、を排除したのかも明らかではない。
よって、発明の詳細な説明は、本件特許の請求項1?9に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

ウ 取消理由3(特許法第36条第6項第1号について)
発明の詳細な説明において、主要金属元素Mの平均価数が2.15を超える比較例1?4では、洗浄によって、Wの含有割合が上昇したという実験結果を把握することができる。そうすると、主要金属元素Mの平均価数を2.15以下に制御しない状態で複合水酸化物粒子を洗浄すると、添加元素であるWが溶出するとの事実は認められない。したがって、その平均価数を2.15以下に制御した状態で複合水酸化物粒子を洗浄することにより、添加元素であるWの溶出を抑制することができるという事実があることも理解できない。よって、本件特許発明の作用機序が、発明の詳細な説明の実施例及び比較例により裏付けられているとはいえない。
さらに、二次電池についての電池特性のばらつきを評価しているわけでないから、発明の詳細な説明において、課題を解決できるまでの開示がされているとは認められない。
よって、本件特許の請求項1?9に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものといえない。

(2)取消理由についての判断
ア 取消理由1(特許法第36条第6項第2号について)
訂正事項2により、請求項6?9は削除された。
したがって、取消理由に理由はない。

イ 取消理由2(特許法第36条第4項第1号について)
令和 2年 3月 6日付け意見書(特許権者)において、特許権者は下記のとおり主張する。
「ICP発光分析に関して、「明細書には記載されていませんが、反応槽から採取されたスラリーはそのまま分析工程に送られ、分析工程で必要とされるろ過洗浄を施して、得られた粒子を分析に供したということができます。
したがいまして、未反応成分につきましては、基本的には、ろ過洗浄により除去されます。
不純物であるNaは、晶析工程において晶析物として沈殿することはなく、Naイオンの状態で水溶液中に存在します。したがいまして、複合水酸化物粒子をろ過洗浄により回収する段階で、その大半は未反応成分と同様に除去されます。」(第3頁第8?16行)、「この分野における粉末のICP発光分光分析において通常行われる事項として、当業者には『ろ過洗浄』された粒子が分析に施されることは自明であると思料いたします。」(第3頁下から第2行?第4頁第1行)
酸化還元滴定に関して、「分析のためにスラリーから粒子を採取する際には、同様に、ろ過洗浄が行われます。したがいまして、基本的に、酸化還元滴定において、不純物や未反応成分の影響は生じないといえます。」(第4頁第12?15行)
当該主張を踏まえて検討するに、ICP発光分析により組成を分析するあたって、正確に組成を測定するために不純物を除去することは技術常識であり、ろ過洗浄により不純物の除去を行うことも周知であるから、上記主張は妥当であり、晶析反応終了時点の複合水酸化物粒子の一般式をICP発光分光分析により確認し、酸化還元滴定により主要金属元素Mの平均価数を確認するに際し、ろ過洗浄により未反応成分を含む不純物を除去することにより、その影響を排除したことが当業者にとって明らかであることが明確になった。
したがって、取消理由に理由はない。

ウ 取消理由3(特許法第36条第6項第1号について)

令和 2年 3月 6日付け意見書(特許権者)において、特許権者は下記のとおり主張する。
「比較例1?4について、「比較例1?4における洗浄前の複合水酸化物粒子におけるICP発光分光分析および酸化還元滴定は、上述のとおり、分析のためのろ過洗浄を経て行われますので、表1の一般式では、遷移金属複合水酸化物粒子のオキシ水酸化物化(酸化)によるWの溶出後の結果となっています。一方、W品位は、量産工程における洗浄に相当する、洗浄および固液分離し、乾燥した後の製品について、ICP発光分光分析による組成の特性に基づいてタングステン品位を特定したものです。よって、こちらもWの溶出後の測定結果といえます。
これらの数値は、本来的には一致すべきものと考えられますが、分析のためのろ過洗浄と、量産工程における洗浄および固液分離とによる差異が若干生じたか、単にタングステン品位の算出に誤りがあった…かのいずれかによるものです。」(第6頁第23?39行)(…は当審による省略を表す。以下同様。)
電池特性の測定について、「添加元素がWの場合、主要金属元素Mの組成に変化がない以上、その出力特性のばらつきが、Wの品位のばらつきに起因することは、明確な因果関係があるといえます。
このように、電池特性のばらつきが添加元素品位のばらつきに起因することは明確であり、かつ、添加元素品位のばらつきを抑制することで電池特性のばらつきを抑制できることも明確であったため、…電池特性の評価は行っていません。」(第8頁第6?13行)
当該主張を踏まえて検討するに、上記イに示したのと同様に、比較例1?4において、ICP発光分光分析にあたりろ過洗浄が行われていることは明らかであり、当該洗浄により、Wが溶出することも当業者にとって明らかである。そうすると、上記主張は妥当であって、比較例1?4においてWが洗浄工程において溶出しており比較例1?4の結果が本件訂正発明の作用機序に反しているわけではないことが明らかになった。
また、添加元素としてのWが二次電池の特性を変化させるものであることは、明細書段落0006に「また、リチウム遷移金属複合酸化物粒子に、アルミニウムやタングステンなどの金属元素を微量添加することにより、このリチウム遷移金属複合水酸化物粒子を用いた二次電池の用途や要求される性能に応じた特性を付与することが試みられている。」とあるように当業者に周知である。そうすると、上記主張は妥当であり、電池特性のばらつきが添加元素品位のばらつきに起因することは当業者にとって明確であり、電池特性の測定が行われなくても本件訂正発明の課題が解決できることを当業者が理解することができることが明確になった。
したがって、取消理由に理由はない。

(3)小括
以上のとおり、令和 1年12月27日付けの取消理由通知書(決定の予告)に記載された取消理由取消理由1?3は、いずれも理由がない。

2 その他の取消理由について
(1)取消理由の概要
本件訂正前の請求項1?9に係る特許に対して平成31年 3月28日付けで特許権者に通知した取消理由のうち、上記1以外のものについての要旨は、次のとおりである。

ア 取消理由2(特許法第36条第4項第1号について)
(ア)ICP発光分析におけるOH基のモル数について(取消理由通知書の「取消理由2)?取消理由3)について」(2)2イ.)
本件特許の請求項1?9に係る発明の実施例1?8におけるICP発光分光分析装置を用いた分析によって、OH基のモル数をどのようにして確認し得るのか明らかではない。
よって、発明の詳細な説明は、本件特許の請求項1?9に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

(イ)平均価数の測定について(取消理由通知書の「取消理由2)?取消理由3)について」(2)2イ.)
本件特許の請求項1?9に係る発明に係る実施例1?8において、酸化還元滴定によって、主要金属元素Mの平均価数と添加元素Nの平均価数が、どのようにして区別して求められるのか明らかでない。
よって、発明の詳細な説明は、本件特許の請求項1?9に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

(ウ)オキシ水酸化物について(取消理由通知書の「取消理由2)?取消理由3)について」(2)2イ.)
本件特許の請求項1?9に係る発明の実施例1?8における複合水酸化物粒子は、150℃で12時間加熱することにより乾燥して得られたものであるから、オキシ水酸化物粒子の割合が急激に増加していると認められるにもかかわらず、なぜ、「(Ni_(0.33)Co_(0.34)Mn_(0.33))_(0.9958)W_(0.0042)(OH)_(2.1263)」といった一般式で表され、オキシ水酸化物粒子が確認できなかったのかが明らかでない。
よって、発明の詳細な説明は、本件特許の請求項1?9に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

(エ)タングステン品位について(取消理由通知書の「取消理由2)?取消理由3)について」(2)2イ.)
本件特許の請求項1?9に係る発明の実施例1?8における複合水酸化物粒子の「タングステン品位」は、どのようにして算出されたのか明らかでない。
よって、発明の詳細な説明は、本件特許の請求項1?9に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

(オ)組成と平均価数の関係について(取消理由通知書の「取消理由2)?取消理由3)について」(2)2エ.)
本件特許の請求項1?9に係る発明の実施例3、5?8において、洗浄工程開始時点でICP発光分光分析装置を用いて分析した複合水酸化物粒子の組成は、実施例1?2における洗浄工程開始時点での複合水酸化物粒子の組成と一般式が同一であるにもかかわらず、なぜ、洗浄開始時点での複合水酸化物粒子の主要金属元素Mの平均価数が、実施例1?2における洗浄工程開始時点での複合水酸化物粒子の主要金属元素Mの平均価数2.11と異なる値となっているのか明らかでない。
よって、発明の詳細な説明は、本件特許の請求項1?9に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

イ 取消理由3(特許法第36条第6項第1号について)
(ア)本件特許発明の作用機序の実施例・比較例による裏付けについて(取消理由通知書の「取消理由2)?取消理由3)について」(3)3エ.)
本件特許の請求項1?9に係る発明の解決しようとする課題は、特に、工業規模の量産において、電池特性のばらつきが少ない非水系電解質二次電池を製造可能な遷移金属複合水酸化物粒子およびその製造方法を提供することであると認められる。また、発明の詳細な説明の記載から、晶析工程で得られた遷移金属複合水酸化物粒子について、晶析工程終了後洗浄工程を開始するまでの間の遷移金属複合オキシ水酸化物粒子への変化を抑制することによって、洗浄工程での添加元素の溶出を抑制できるとの本件特許発明の作用機序を把握することができる。しかしながら、実施例1?8及び比較例1?4の記載及び関連する記載は、Mの平均価数が大きくなるほど、最終的に得られる複合水酸化物粒子の添加元素の溶出量が増加し得るという傾向があることを示しているにすぎないから、上記作用機序を裏付けているとまではいえない。
よって、本件特許の請求項1?9に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえない。

(イ)本件特許発明の組成範囲について(取消理由通知書の「取消理由2)?取消理由3)について」(3)3オ.)
実施例を含む発明の詳細な説明の開示によって本件特許の請求項1?9に係る発明の作用機序が具体的に裏付けられているのは、主要金属元素MがNi_(1/3)Co_(1/3)Mn_(1/3)からなり、添加元素NがWの場合である。Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Ta、Moという添加元素Nの群の中には、Wと同様に価数が2?6価となり得る元素は見当たらないし、主要金属元素MにおいてMnが主成分となった場合には結晶構造が変わること等を考慮すると、課題を解決するための手段についての発明の詳細な説明の開示は、主要金属元素MがNi_(1/3)Co_(1/3)Mn_(1/3)からなる場合と同様の結晶構造をなし、かつ、添加元素NがWの場合にとどまる。よって、本件特許の請求項1?9に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえない。

(2)取消理由についての判断
ア 取消理由2(特許法第36条第4項第1号について)
(ア)ICP発光分析におけるOH基のモル数について
OH基のモル数について、令和 1年 6月 3日付け意見書において、特許権者は、以下のとおり主張する。
「本件特許発明では、上述のようにして、ICP発光分光分析装置を用いた分析により、複合水酸化物粒子を構成する主要金属元素Mおよび添加元素Nの定量的な数値に基づいて、組成を特定するとともに、酸化還元滴定により得られた主要金属元素Mの平均価数および添加元素Nの平均価数に基づいて、段落0045に記載されている『b=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)』の式に基づいて算出しています。」(第5頁第20?25行)
当該主張を踏まえて検討するに、ICP発光分光分析においては金属元素の組成が測定されること、OH基の価数が-1であることが技術常識であることからすると、上記主張は妥当であり、上記主張の手順でICP発光分光分析及び酸化還元滴定によりOH基のモル数が算出されることが当業者にとって明らかであることが明確になった。
したがって、取消理由に理由はない。

(イ)平均価数の測定について
令和 1年 6月 3日付け意見書において、特許権者は、以下のとおり主張する。
「添加元素Nの含有量は、0<a<0.2の範囲内であることから、酸化の影響は、主として主要金属元素Mに現れます。このため、添加元素Nは、酸化滴定測定においてFe^(2+)からFe^(3+)への酸化に対する寄与は小さいといえます。従いまして、添加元素Nの平均価数(添加元素Nが単独の場合には、それぞれの最も安定する原子価)で代替することが可能で有り、かかる取り扱いによっても、主要金属元素Mの平均価数が有効数字の範囲内で変動することはありません。実施例では、添加元素NとしてWを採用していますが、Wの原子価は6で安定しており、Wは酸化しがたいこと、および、Wの添加量が少量であることから、添加元素Nの平均価数は6のままであることを前提としています。その結果、得られた測定値(α)は、主要金属元素Mが2価以上に酸化していた分に相当するとして、これらの平均価数(2+α)を求めています。この点は、当業者には本願明細書に記載されているに等しいあるいは当該記載から自明の事項と言うことができます。」(第4頁下から1行?第5頁第6行参照。)
当該主張を踏まえて検討するに、Wの原子価が6で安定であることは技術常識であり、実施例ではWが還元されるような環境ではないこと、Wのモル比は最大でも0.2であり、主要金属元素Mのモル比の4分の1以下の少量であることを参酌すると、上記主張は妥当であり、添加元素NであるWの原子価が6のままであることを前提とすることにより主要金属元素Mの平均価数を酸化還元滴定により算出できることが当業者にとって明らかであることが明確になった。
したがって、取消理由に理由はない。

(ウ)オキシ水酸化物について
令和 1年 6月 3日付け意見書において、特許権者は、以下のとおり主張する。
「基本的に、理論的には複合水酸化物粒子の組成は、一般式M_(1-a)N_(a)(OH)_(2)で表されますが、実際には複合水酸化物粒子はその一部が複合オキシ水酸化物粒子に変化していることから、通常、複合水酸化物粒子の組成は、一般式M_(1-a)N_(a)(OH)_(2+α)で表されています。…このOH基のモル比が2を超えていること自体(あるいは、実施例1において、Mの平均価数が2ではなく2.11となっていること自体)が、複合酸化物粒子の一部が複合オキシ水酸化物粒子に変化していることを示すのであって、ICP発光分光分析装置を用いた分析の結果から、複合オキシ水酸化物粒子の存在が示されることはありません。」(第5頁下から1行?第6頁第9行)
当該主張を踏まえて検討するに、本件明細書の【0047】に、「本発明の複合水酸化物粒子を上述した製造方法で製造した場合であっても、その一部は、…オキシ水酸化物粒子に変化していると考えらえる。」と記載され、その上で、明細書において、本件訂正発明については、実施例を含めて一貫して「一般式(A):M_(1-a)N_(a)(OH)_(b)」の形で表されている。このことから、本件訂正発明は表記上、上記の一般式(A)の形で表されているが、実際にはオキシ水酸化物粒子を一部含みうる複合水酸化物粒子であり、当該オキシ水酸化物の含有量が大きいほど、一般式(A)におけるOH基のモル比Bが2より大きくなるということは、当業者が理解できることといえる。
そうすると、上記主張は妥当であり、実施例に記載された一般式は、単に、複合水酸化物粒子の一部が複合オキシ水酸化物粒子に変化した粒子を表記するためのものであって、オキシ水酸化物が存在しないことを意味するものではないことが、当業者にとって明らかであることが明確になった。
したがって、取消理由に理由はない。

(エ)タングステン品位について
令和 1年 6月 3日付け意見書において、特許権者は、以下のとおり主張する。
「段落0093に記載の通り、洗浄工程後、乾燥した複合水酸化物粒子について、再度、ICP発光分光分析装置を用いた分析により、主要金属元素Mを構成するNi、Co、Mn、およびWの量が定量的に得られます。また、上述と同様に、OH基のモル比を酸化還元滴定により得て、得られた組成…からそれぞれの原子量を用いた計算によりタングステンの品位は得られます。
実際には、2.1263のうちの0.1263の分については、複合オキシ水酸化物であるため…、Hの量が異なりますが、水素の原子量は1であるため、タングステン品位の算出に対する影響はないものと思料いたします。」(第6頁第18?23行)
当該主張を踏まえて検討するに、本件明細書の【0024】に、「すなわち、この添加元素の溶出により、この遷移金属複合水酸化物粒子と遷移金属複合オキシ水酸化物粒子との混合物を前駆体とする正極活物質の添加元素品位が不安定となり、これによって、電池特性にばらつきが生じることを突き止めたのである。」(下線は当審による。)と記載されていること、実施例及び比較例においてタングステン品位の単位が「質量%」又は「wt%」であることからすれば、タングステン品位がタングステンの含有量を表していることは、当業者に明らかである。また、含有量を組成から求めることは技術常識である。そうすると、上記主張は妥当であり、「ICP発光分光分析」及び「酸化還元滴定」によりOH基のモル数を含む組成を求め、当該組成からタングステン品位を求めるという上記主張のとおりの手段で、複合酸化物粒子の組成からタングステン品位が求められることが、当業者にとって明らかであることが明確になった。
したがって、取消理由に理由はない。

(オ)組成と平均価数の関係について
令和 1年 6月 3日付け意見書において、特許権者は、以下のとおり主張する。
「訂正後の明細書においては、Nの平均価数としてWの原子価である6を採用し、実施例4(当審注:実施例3の誤記と解される)のMの平均価数、一般式中のOH基を除く金属のモル比から、実施例4(当審注:実施例3の誤記と解される)のOH基のモル比は、2.1662と計算されます。」(第7頁第22?25行)
「以上から、訂正後の明細書に記載された表1の内容は、技術的に適切なものであり、本件特許発明の基本的な思想と矛盾することなく、かつ、当業者にも自明の事項といえます。そして、訂正後の内容からは、実施例1?8および比較例1?4を考慮すれば、統御車(当審注:当業者の誤記と解される)は本件特許発明を十分に実施できると思料いたします。」(第8頁第5?9行)
上記主張は、令和 1年 6月 3日付け訂正請求書における訂正事項14及び19を前提としているところ、当該訂正請求書は採用されていないから、上記主張は直接的に採用されるものではない。しかしながら、当該主張を踏まえた上で検討するに、実施例1?8および比較例1?4を考慮すれば、洗浄工程開始時のMの平均価数が2.15以下である実施例1?8はW品位が高く、2.15を超える比較例1?4はW品位が低いという傾向を読み取ることができる以上、実施例1?8および比較例1?4について上記(1)イ(オ)で指摘される不備があったとしても、当業者による本件訂正発明の実施を妨げるほどのものではなく、本件の発明の詳細な説明は、当該不備に起因して、本件訂正発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないものということはできない。
したがって、当該取消理由に理由はない。

イ 取消理由3(特許法第36条第6項第1号について)
(ア)本件訂正発明の作用機序の実施例・比較例による裏付けについて
a 令和 1年 6月 3日付け意見書において、特許権者は、以下のとおり主張する。
「表1に示されたMの平均価数および複合水酸化物粒子の一般式におけるOH基のモル比は、複合水酸化物粒子の酸化度合い、すなわち、複合水酸化物粒子中の複合オキシ水酸化物粒子への変化の度合いを示しており、この点は、当業者には十分に理解できるものと思料いたします。
b すなわち、本件発明の本質は、晶析終了後洗浄工程開始までの間において、Mの平均価数が2.15以内に維持できる条件…を採用することにより、複合酸化物粒子の複合オキシ水酸化物粒子への変化を抑制して、その変化の割合を所定範囲に抑えることで、複合水酸化物粒子からの添加元素Nの溶出を抑制している点にあります。そして、これまでの説明より、かかる作用機序は、実施例により、特に、実施例1?3と比較例1?4との比較により十分に裏付けられていることは十分に理解いただけるものと思料いたします。」(第9頁第1?13行)
c 上記主張を踏まえて「Mの平均価数」と「複合オキシ水酸化物粒子への変化」との関係について検討するに、上記ア(イ)で検討したとおり、Wの価数は6とみなしてよいことは当業者に明らかであり、上記ア(ウ)で検討したとおり、OH基のモル比bが複合水酸化物粒子中の複合オキシ水酸化物粒子への変化の度合いを示していることも当業者に明らかである。これらのことと、「b=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)」(本件訂正後の請求項1、本件明細書の【0045】)という関係式から、Mの平均価数が大きいほど、bが大きく、すなわち複合水酸化物粒子中の複合オキシ水酸化物粒子への変化の度合いが大きいことが、当業者に理解できるといえる。
d そして、上記ア(オ)で検討したとおり、実施例及び比較例の試験結果から、洗浄工程開始時のMの平均価数が2.15以下である実施例1?8はW品位が高く、2.15を超える比較例1?4はW品位が低いという傾向を読み取ることができる。上記cから、当該傾向は、複合水酸化物粒子中の複合オキシ水酸化物粒子への変化の度合いが大きいほどW品位が低いという傾向を表していることが、当業者に明らかである。
e よって、当該実施例及び比較例の試験結果は、「晶析工程で得られた遷移金属複合水酸化物粒子について、晶析工程終了後洗浄工程を開始するまでの間の遷移金属複合オキシ水酸化物粒子への変化を抑制することによって、洗浄工程での添加元素の溶出を抑制できる」との本件訂正発明の作用機序と符合するものであり、当該作用機序を裏付けているといえる。
f 以上から、本件訂正発明の作用機序が、実施例及び比較例により裏付けられていることが、当業者に理解できるということが明確になった。
g したがって、取消理由に理由はない。

(イ)本件訂正発明の組成範囲について
本件訂正により、請求項1における添加元素NはWに限定された。よって、添加元素Nの種類についての取消理由は解消した。
また、令和 1年 6月 3日付け意見書において、特許権者は、以下のとおり主張する。
「本件特許発明は、遷移金属複合水酸化物(遷移金属オキシ複合金属水酸化物を含む)の骨格が基本的に主要金属元素Mにより構成され、添加元素Nがその骨格中に取り込まれているという、遷移金属複合水酸化物に一般的な粒子構造を前提にしています。」(第9頁第27?30行)
「上述の通り、本件特許発明は、複合水酸化物粒子は、主要金属元素Mと添加元素Nから構成されるものの、複合水酸化物粒子の酸化によりその一部が複合オキシ水酸化物粒子に変化し、かつ、その変化の割合が所定範囲を超えた場合に、添加元素Nの溶出が組成の変動を生じる程度までに至るとの知見に基づいており、その観点から、添加元素Nの種類や価数変動性、さらに、前駆体を焼成して得られる遷移金属複合酸化物の結晶構造とは、基本的に無関係です。一方で、添加元素Nの溶出が、主要金属元素Mの構成およびモル比、ないしは、添加元素Mの種類によって、上記本件特許発明の特徴が左右されるべき科学的ないしは技術的な理由は、取消理由通知に開示も示唆もされていないものと思料いたします。」(第9頁下から3行?第10頁第7行)
上記主張のとおり、本件訂正発明は、複合水酸化物粒子の酸化によりその一部が複合オキシ水酸化物粒子に変化し、かつ、その変化の割合が所定範囲を超えた場合に、添加元素Nの溶出が組成の変動を生じる程度までに至るとの知見に基づいていると理解できるものであり、かつ、発明の詳細な説明の実施例及び比較例から、主要金属元素MがNi_(1/3)Co_(1/3)Mn_(1/3)のときには、複合水酸化物粒子の酸化によりMの平均価数が2.15以下である実施例ではNの溶出が抑制され、Mの平均価数が2.20を超える比較例ではNの溶出が多くなるという傾向が示され、複合水酸化物がどの程度オキシ複合水酸化物に変化したかという程度と、Nの溶出との間の関連性が示されているところ、当該関連性はオキシ水酸化物の含有量に基づいており、金属元素の種類や結晶構造とは直接関係していない以上、遷移金属複合水酸化物の主要金属元素MがNi_(1/3)Co_(1/3)Mn_(1/3)以外のものである場合にも、当該関連性が成り立つ蓋然性が高いと、当業者は理解するといえる。そして、このことを疑うに足る具体的な根拠や証拠は見出されていない。
そうすると、当業者であれば、本件訂正発明において主要金属元素MがNi_(1/3)Co_(1/3)Mn_(1/3)以外のものである場合にも、上記関連性が成り立ち、発明の課題が解決されると理解できると解される。
よって、本件訂正発明は、実施例及び比較例において主要金属元素MがNi_(1/3)Co_(1/3)Mn_(1/3)である遷移金属複合水酸化物粒子についてしか具体的に開示されていないことに起因して、発明の詳細な説明に記載されたものでないということはできない。
したがって、取消理由に理由はない。

(3)小括
以上のとおり、平成31年 3月28日付けの取消理由通知書に記載された取消理由1?3は、いずれも理由がない。

3 令和 2年 7月 3日付けの意見書による異議申立人の主張について
(1)異議申立人の主張の概要及び検討
ア 取消理由3(特許法第36条第6項第1号について)
異議申立人は、上記意見書において概略下記のように主張するので、当該主張について検討する。
(ア)組成範囲について
「上記の本件特許権者の主張からも、電池の出力のばらつきが、Wの品位のばらつきに起因するのは、主要金属元素Mの組成に変化がないことが前提である。一方で、本件特許明細書の実施例にてWの溶出を抑制することができることが開示されているのは、ニッケル:コバルト:マンガンのモル比が1:1:1の組成のみである。
…ニッケル:コバルト:マンガンのモル比が変われば遷移金属複合水酸化物粒子の結晶構造も変わることが当業者の技術常識といえるので、本件特許発明1?5のようにあらゆる範囲のニッケル:コバルト:マンガンのモル比についてまで実施例と同様の効果を発揮できるとはいえない。」(第2頁下から5行?第3頁第6行)
当該主張について検討するに、まず、上記1(2)ウで検討し判断したとおり、添加元素としてのWが二次電池の特性を変化させるものであることは当業者に周知であることから、電池特性のばらつきが、添加元素品位のばらつきに起因することは当業者にとって明確である。そうすると、電池の出力のばらつきは、本件訂正発明において主要金属元素MがNi_(1/3)Co_(1/3)Mn_(1/3)以外のものである場合にも、添加元素であるWの品位のばらつきに起因すると当業者は理解するといえる。
また、上記2(2)ウ(イ)で検討し判断したとおり、複合水酸化物がどの程度オキシ複合水酸化物に変化したかという程度と、Nの溶出との間には関連性があり、当該関連性は、結晶構造によらず、遷移金属複合水酸化物の主要金属元素MがNi_(1/3)Co_(1/3)Mn_(1/3)以外のものである場合にも成り立つ蓋然性が高いと、当業者は理解するといえる。
一方で、異議申立人は、上記蓋然性を覆して「電池の出力のばらつきが、Wの品位のばらつきに起因するのは、主要金属元素Mの組成に変化がないことが前提」であると当業者が理解したり、「結晶構造」が変わることにより「あらゆる範囲のニッケル:コバルト:マンガンのモル比についてまで実施例と同様の効果を発揮できるとはいえない」と当業者が理解したりするといえる根拠や証拠を示していないし、他にそのような根拠や証拠は見当たらない。
よって、異議申立人の主張は採用できない。

(イ)OH基のモル比について
「さらには、意見書c(当審注:令和 1年 8月 5日付けの意見書(異議申立人))の第11頁にても主張したように、本件特許発明1に対応するNi_(0.85)Mn_(0.10)Al_(0.05)である甲第1号証の実施例2のように、本件特許発明1には、複合水酸化物粒子のOH基のモル比が2.2以上になり得ない組成を有する複合水酸化物粒子も存在し、このような複合水酸化物粒子は、そもそも、OH基のモル比を2.2未満に維持する必要がないので、発明の詳細な説明に記載されているとはいえない。」(第3頁第7?12行)
当該主張について検討するに、本件訂正発明は、「OH基のモル比を2.2未満に維持する」ことが特定されたものではないし、そのことを課題とするものでもない以上、異議申立人の主張は前提を欠き採用できない。

(2)小括
以上のとおり、異議申立人の主張はいずれも採用できない。

4 令和 1年 8月 5日付けの意見書による異議申立人の主張について
(1)異議申立人の主張の概要及び検討
異議申立人は、上記意見書において概略下記のように主張するので、当該主張について検討する。
ア 取消理由2(特許法第36条第4項第1号について)
(ア)不純物について
「本件特許権者は、『ICP発光分光分析の結果、及び酸化還元滴定の結果において、本件特許発明では、その他の不純物と同様に、不純物であるNaの存在を無視している』旨、主張している。Naの存在は無視している以上、不純物の影響は不明なままなので、具体的に、どのようにして不純物の影響を排除したのか、依然として明らかでない。」(第3頁第3?6行)
当該主張については、上記1(2)イにおいて検討し判断したとおり、不純物の影響の排除は、晶析反応終了時点の複合水酸化物粒子の一般式をICP発光分光分析により確認し、酸化還元滴定により主要金属元素Mの平均価数を確認するに際し、ろ過洗浄により未反応成分を含む不純物を除去することにより行ったことが当業者にとって明らかである。そうすると、異議申立人の指摘する不明点は解消している。
よって、異議申立人の当該主張は採用できない。

(イ)平均価数の測定について
「本件特許権者は、添加元素Nの平均価数について、『添加元素Nは酸化還元滴定において寄与は小さく、添加元素Nの平均価数(添加元素Nが単独の場合には、それぞれの最も安定する原子価)で代替することが可能』の旨、主張している。しかし、本件特許明細書の段落0046には、添加元素Nの平均価数について、『主要金属元素Mと同様に、複合水酸化物粒子を塩酸に溶解した水溶液を酸化還元滴定することにより求めることができる。』と記載され、添加元素Nの平均価数について、最も安定する原子価で代替することは記載されていない。従って、本件特許権者の添加元素Nについての主張は、本件特許明細書の記載に反している点で妥当とはいえない。」(第3頁第18?25行)「そもそも、一般式(A)のa値の上限が0.2であるところ、添加元素Nは洗浄工程で溶出するので添加元素Nの価数は変動し得ることから、0.2の含有量にても酸化滴定測定における寄与が小さいとの根拠が全く不明である。例えば、Wの価数が6未満であった場合、酸化還元滴定に際して、低価数のWが主要金属元素Mとの酸化還元反応を起こして、見かけ上、Fe(II)の酸化量を減少させる、すなわち、主要金属元素Mの価数が、実際よりも低く算出されてしまう。」(第4頁第5?10行)
当該主張を踏まえて、上記2(2)ア(イ)で検討した平均価数の測定についての特許権者の主張を再検討するに、本件明細書の段落0046には、「求めることができる。」との記載ぶりからみて、添加元素Nの平均価数の確認方法の一例が記載されていると理解でき、その他の方法をとることが否定されてはいない以上、特許権者の主張のとおりNの平均価数を最も安定する6で代替することは上記記載によって否定されてはいない。また、「添加元素Nは洗浄工程で溶出するので添加元素Nの価数は変動し得る」という点についても、一般的に、溶出に起因して価数が変動するとはいえないから、洗浄工程で溶出することにより添加元素Nの価数は変動するとはいえない。また、添加元素Nがその最大モル比である0.2である場合でも、そのモル比は、主要金属元素Mのモル比0.8の4分の1に過ぎないから、酸化還元滴定における添加元素のNの「寄与が小さい」ということができ、「寄与が小さいとの根拠が全く不明」とはいえない。そして、実施例においては、添加元素Nを還元させるような工程はないから、「Wの価数が6未満であった場合」が生じるおそれがあるといえる具体的な根拠はない。
そうすると、異議申立人の主張を踏まえて再検討しても、平均価数の測定についての本件特許権者の主張は妥当なものであり、平均価数の測定についての取消理由(上記2(1)ア(イ))には依然として理由がない。
よって、異議申立人の主張は採用できない。

(ウ)オキシ水酸化物について
「このように、晶析反応終了時点の複合水酸化物粒子のOH基のモル数と、オキシ水酸化物の粒子の割合が急激に増加しているはずの乾燥処理をした複合水酸化物粒子のOH基のモル比が同じである実施例の結果でありながら、なぜ、乾燥処理をした複合水酸化物粒子が晶析反応終了時点の複合水酸化物粒子よりもオキシ水酸化物の粒子の割合が増加しなかったのかについて、本件特許権者は、一切説明していない。」(第5頁第19?24行)
当該主張について検討するに、まず、オキシ水酸化物粒子が実施例において一般式として表記されていない点については、上記2(2)ア(ウ)において検討し判断したとおり、実施例に記載された一般式は、単に、複合水酸化物粒子の一部が複合オキシ水酸化物粒子に変化した粒子を表記するためのものであって、オキシ水酸化物が存在しないことを意味するものではないことが、当業者にとって明らかである。
また、異議申立人が指摘している、晶析反応終了時点の複合水酸化物粒子のOH基のモル数と、乾燥処理をした複合水酸化物粒子のOH基のモル比が同じであるという点については、確かに特許権者により直接的に説明されていないものの、モル比が全く同じであることからみて、具体的な可能性としてはOH基のモル比についての単なる誤記であると考えられる。そして、実施例1?8には、複合酸化物粒子の作製手順並びにMの平均価数及びW品位の評価方法及び評価結果が、当業者が実施をし、本件発明の効果を確認できる程度に記載されている以上、OH基のモル比について上記誤記があったとしても、当業者が上記実施をし、効果を確認することに支障はない。そうすると、晶析反応終了時点の複合水酸化物粒子のOH基のモル数と、乾燥処理をした複合水酸化物粒子のOH基のモル比が同じであるという疑義があるとしても、当業者が発明の詳細な説明に基づいて本件訂正発明を実施することができないとはいえない。
よって、異議申立人の主張は採用できない。

(エ)複合水酸化物粒子の酸化について
「従って、洗浄工程後は、必ずしも主要金属元素Mの平均価数が2.15以下の範囲にあるわけではないので、本件特許発明6の主要金属元素Mの平均価数が2.15以下である、複合水酸化物粒子が、実施例に記載されているとはいえない。」(第6頁第7?9行)
当該主張について検討するに、当該主張は本件特許発明6に関するものであり、訂正事項2により請求項6?9が削除されている以上、異議申立人の主張は採用できない。

(オ)タングステン品位について
「加えて、ICP発光分光分析及び酸化還元滴定の測定に際しては、スラリー中の固形分が酸化しないように適切な手順を採用する必要がある。しかしながら、本件特許明細書には、そのような事項は一切記載されていない。さらには、ICP発光分光分析においてNaやアンモニア成分が多量に存在する際に金属含有量の分析値に影響を及ぼす可能性があるが、本件特許明細書では、その点について何ら根拠なく、影響が排除されている。また、乾燥試料をICP発光分光分析及び酸化還元滴定分析に供する場合には、乾燥に伴う固形分の酸化を厳密に抑制する必要があるところ、本件特許明細書には、そのような事項も一切記載されていない。」(第6頁下から第7行?第7頁第2行)
当該主張について検討するに、タングステン品位を求めるための酸化還元滴定については、固形分が酸化すれば当然酸化還元滴定の結果も変化するといえるところ、当業者であれば、本件明細書の【0031】の「酸素が存在する雰囲気中では、複合水酸化物粒子は容易に酸化するため、時間の経過とともに主要金属元素Mの平均価数が上昇する。」等の記載から、本件訂正発明の複合水酸化物は容易に酸化することに注意する必要があることを認識できるといえる。そうすると、当業者であれば、洗浄工程中のスラリー中の固形分の酸化や、洗浄工程後の乾燥において過度に酸化が起こることを避けることを意図するものであるといえる。そして、当業者であれば、各工程に不必要に時間を費やさない、又は不活性ガスを用いる等の周知の手段を必要に応じて用いることができるのであるから、本件訂正発明を実施し効果を確認できる程度の平均価数の精度を保って酸化還元滴定を行うことができると解され、また、本件明細書の実施例及び比較例に記載された測定結果も、本件訂正発明の実施及び効果の確認に十分な精度で得られたものであると解される。
また、タングステン品位を求めるためのICP発光分光分析について、不純物があればICP発光分光分析の結果が変化することも当業者にとって明らかである。そうすると、当業者であれば、洗浄工程後に不純物が混入しないよう配慮して最終的な複合水酸化物粒子を作製することを意図するといえる。そして、本件訂正発明の複合水酸化物粒子を製造するにあたっては、洗浄工程後に不純物が不可避的に問題となるような量で混入するような工程はないから、本件訂正発明を実施し、効果を確認できる程度の組成の精度を保ってICP発光分光分析を行うことができると解され、また、本件明細書の実施例及び比較例に記載された測定結果も、本件訂正発明の実施及び効果の確認に十分な精度で得られたものであると解される。
そうすると、異議申立人の主張を参酌しても、ICP発光分光分析及び酸化還元滴定の測定方法の記載に不備があるという理由で、当業者が本件訂正発明を実施することができないということはできない。
よって、異議申立人の主張は採用できない。

(カ)組成と平均価数の関係について
「本件特許権者の説明をもってしても、実施例1、2の平均価数2.11に対し、実施例3では平均価数2.15である理由は明らかではない。」(第7頁下から第5?3行)
当該主張について検討するに、上記2(2)イ(オ)で検討したとおり、実施例1?8および比較例1?4について異議申立人の指摘する不備があったとしても、当業者による本件訂正発明の実施を妨げるほどのものではない。
よって、異議申立人の主張は採用できない。

イ 取消理由3(特許法第36条第6項第1号について)
(ア)本件訂正発明の作用機序の実施例・比較例による裏付けについて
「しかしながら、実施例の総合評価から、洗浄工程で添加元素が溶出しないとの作用機序を裏付けているとまではいえない以上、本件特許権者の上記主張は、段落0117に記載の実施例の総合評価を反映した内容とはいえないので、本件特許権者の上記主張は、本件特許明細書を根拠としたものとはいえない。」(第8頁第17?20行)
当該主張について検討するに、上記2(2)イ(ア)で検討したとおり、実施例及び比較例の試験結果は、「晶析工程で得られた遷移金属複合水酸化物粒子について、晶析工程終了後洗浄工程を開始するまでの間の遷移金属複合オキシ水酸化物粒子への変化を抑制することによって、洗浄工程での添加元素の溶出を抑制できる」との本件訂正発明の作用機序と符合するものであり、当該作用機序を裏付けているといえる。
よって、異議申立人の主張は採用できない。

(イ)本件訂正発明の組成範囲について
「また、添加元素Nがタングステンの場合に、添加元素Nの溶出を抑制することができることは記載されているが、添加元素Nの種類が変われば複合水酸化物粒子の結晶構造も変わることが当業者の技術常識といえるので、本件特許発明1?9の添加元素NであるMg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Ta、Moについてまで実施例と同様の効果を発揮できるとはいえない。」(第9頁第7?12行)
「従って、水への溶出挙動がWとは異なる添加元素Nでは、主要元素の平均価数を2.15以下に制御することでは、必ずしも、添加元素Nの溶出を防止することはできず、または、主要元素の平均価数を2.15以下に制御しなくても、添加元素Nの溶出を防止することができる。すなわち、主要元素の平均価数を2.15以下に制御することで、Wの品位を向上させることは記載されているとしても、W以外の添加元素Nについてまで、その品位を向上させることが記載されているとはいえない。」(第10頁第10?16行)
この点について、本件訂正により本件訂正発明における添加元素NはWに限定されているから、添加元素Nに関する異議申立人の主張は採用できない。

(2)小括
以上のとおり、異議申立人の主張はいずれも採用できない。

5 まとめ
以上のとおりであるから、取消理由1乃至3には理由がない。

第5 取消理由通知で採用されなかった特許異議申立理由について
1 特許法第29条第1項第3号及び同条第2項について
(1)具体的理由
本件訂正前の請求項1-2、4-6、8-9に係る発明は、下記甲第1号証に記載された発明である。また、本件訂正前の請求項1-2、4-6、8-9に係る発明は、当該甲第1号証に記載された発明及び甲第1号証の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。また、本件訂正前の請求項6に係る発明は、甲第2号証に記載された発明である。

(証拠方法)
甲第1号証:特開2006-89364号公報
甲第2号証:特開2003-346795号公報
甲第3号証:特開2002-110154号公報
甲第4号証:特開平11-97008号公報
甲第5号証:分析化学 改訂増補版 1996年10月30日発行
発行所:株式会社培風館
甲第6号証:化学大事典5 縮刷版 昭和44年8月15日
縮刷版第9刷発行 発行所:共立出版株式会社
甲第7号証:化学大事典3 縮刷版 昭和44年8月5日
縮刷版第9刷発行 発行所:共立出版株式会社
甲第8号証:ATLAS OF ELECTROCHEMICAL
EQUILIIBRIA IN AQUEOUS
SOLUTIONS,Second English
Edition 1974,NATIONAL
ASSOCIATION of CORROSION
ENGINEERS

(2)各号証の記載内容及び引用発明
ア 甲第1号証の記載内容
「【請求項1】 次の一般式(1): Ni_((1-x-y))M_(x)Al_(y)(OH)_(2) …(1)(式中、Mは、Co又はMnから選ばれる少なくとも1種の元素を示し、xは、0.01?0.2、及び、yは、0.01?0.15である。)で表されるアルミニウム含有水酸化ニッケル粒子を製造する方法であって、 NiとM元素を含む金属化合物の水溶液、アルミン酸ナトリウム水溶液、水酸化ナトリウム水溶液、及びアンモニウムイオン供給体を含む水溶液を、それぞれ同一の反応槽内に個別にかつ同時に供給して反応させることを特徴とするアルミニウム含有水酸化ニッケル粒子の製造方法。」
「【0043】 また、実施例及び比較例で用いた、得られた水酸化ニッケル粒子からのリチウムニッケル複合酸化物の作製方法、それを用いた電池の作製方法とその評価方法は、下記の通りである。[リチウムニッケル複合酸化物の作製方法] 得られた水酸化ニッケル粒子を温度600℃で焙焼して酸化物を得た。この酸化物と水酸化リチウム1水和物(和光純薬製)とを、Li/(Ni+Co+Al)(モル比)が1.02になるように配合した後、Vブレンダーを用いて混合した。この混合物を電気炉中で酸素雰囲気下にまず500℃の温度で3時間仮焼成をした後、次に765℃で20時間本焼成を行ない、その後室温まで炉内で冷却した。最後に、焼成物を解砕処理してリチウムニッケル複合酸化物を得た。」
「【0047】(実施例1) まず、下記の方法でニッケルとともにコバルトを含む水溶液(ニッケル水溶液(A))、アルミン酸ナトリウム水溶液、及び水酸化ナトリウム水溶液を作製した。(イ)ニッケル水溶液(A):工業用硫酸ニッケル6水和物21.8kgと工業用硫酸コバルト7水和物4.0kgを水に溶解した後、全量を60Lに調整して、硫酸ニッケルと硫酸コバルトの混合溶液を得た。(ロ)アルミン酸ナトリウム水溶液:工業用アルミン酸ナトリウム500gを水に溶解した後、全量を10Lに調整した。(ハ)水酸化ナトリウム水溶液:工業用水酸化ナトリウム12.5kgを水に溶解した後、全量を50Lに調整した。
【0048】 次いで、オーバーフロー口までの容量が9Lである反応槽に水を張った後、50℃に調整した恒温水槽の中に反応槽を入れ保温した。次に、反応槽内を攪拌しながら、上記ニッケル水溶液(A)、アルミン酸ナトリウム水溶液、及び工業用アンモニア水(濃度25重量%)を連続的に反応槽内へ供給した。ここで、供給流量は、ニッケル水溶液(A)が14.8mL/min、アルミン酸ナトリウム水溶液が4.4mL/min、及びアンモニア水が3.3mL/minであった。また、反応槽内の反応液のpHは、反応槽内に設置したpHコントローラーを用いて、上記水酸化ナトリウム水溶液の流量を調整して12.4となるように制御した。なお、反応槽内のpHは、24時間ごとに反応槽内の液をサンプリングし、25℃で測定した際のpHが12.4となるように調整した。
【0049】 この後、反応槽内の反応液のpH、温度、アンモニウムイオン濃度及びスラリー濃度が一定値になるまで、この状態で40時間運転した。さらに、その後、40時間後から60時間後まで反応槽内からの液を回収した。なお、この間の水酸化ナトリウム水溶液の平均流量は、5.8mL/minであった。また、反応槽の容積を、ニッケル水溶液(A)、アルミン酸ナトリウム水溶液、アンモニア水及び水酸化ナトリウム水溶液の合計流量で割った値は、318であった。また、40時間後の反応槽内の液のアンモニウムイオン濃度は、19.8g/Lであった。また、この間に得られた水酸化ニッケル粒子は、湿潤状態で4.2kgであった。回収された水酸化ニッケル粒子を用いて、20Lの水を用いた水洗-ろ過の操作を3回繰り返した後、100℃に設定した大気乾燥機を用いて24時間乾燥した。
【0050】 その後、得られた乾燥後の水酸化ニッケル粒子の平均粒径、形態及び化学組成を求めた。結果を表1に示す。なお、化学組成は、組成式:Ni_((1-x1-x2-y))Co_(x1)Mn_(x2)Al_(y)(OH)_(2)中の組成比で表した。また、前記水酸化ニッケル粒子を用いて、上記[リチウムニッケル複合酸化物の作製方法]、[電池の作製方法]及び[電池の評価方法]にしたがって電池を作製し、初期充放電容量と初期充電した正極合材の発熱ピーク温度を求めた。結果を表2に示す。」

イ 甲第1号証記載の発明

上記アによれば、甲第1号証には以下の発明(以下「甲1-1発明」という)が記載されている。

「晶析反応により、Ni_((1-x-y))M_(x)Al_(y)(OH)_(2) …(1)(式中、Mは、Co又はMnから選ばれる少なくとも1種の元素を示し、xは、0.01?0.2、及び、yは、0.01?0.15である。)で表されるアルミニウム含有水酸化ニッケル粒子を含むスラリーを得る晶析工程と、前記アルミニウム含有水酸化ニッケル粒子の水洗を開始する洗浄工程とを備えることを特徴とする、アルミニウム含有水酸化ニッケル粒子の製造方法。」

ウ 甲第2号証の記載内容
「【請求項1】 アルカリ金属のハロゲン化物の水溶液に、水酸化ニッケル粒を添加して攪拌により水酸化ニッケルスラリーとし、電解酸化によりオキシ水酸化ニッケルへ転換させることを特徴とする、オキシ水酸化ニッケルの製造方法。」
「【0002】
【従来の技術】
オキシ水酸化ニッケルが電池の正極用材料の原料として知られており、その製造法もいくつか知られている。しかし、従来の作業環境およびコストの面には改善の余地があった。」
「【0006】
本発明で使用される原料である水酸化ニッケル粒には特に制限はなく、アルカリ二次電池用正極活物質として通常利用されている水酸化ニッケルであればよい。具体的には、タッピング密度が1.2?2.4g/ccのもの、比表面積が3?40m^(2)/gのもの、平均粒径が3?30μmの範囲のものの使用が好ましい。また、水酸化ニッケル粒には必要に応じて、種々の他の金属を適量含有するものも含まれる。また、本発明にかかる水酸化ニッケルは必要に応じて、種々の他の金属を適量含有するものも含まれる。例えば、B、Ca、Mg、Al、Si、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Cu、Zn、Ga、Y、Zr、Nb、Mo、Ru、Sn、Sb、La、Ce、Pr、Nd、Hf、Ta、W及びPbが挙げられる。上記元素のうち、一つを含有してもよいし、二以上を含有していてもよい。」
「【0010】
本発明のオキシ水酸化ニッケルとは、平均粒径が3?30μm、バルク密度が0.5?1.9g/cc、タッピング密度が1.3?2.6g/ccのオキシ水酸化ニッケルのことである。また、図1で示すようにほぼ球状の形状を有し、比表面積は3?40m^(2)/gの範囲である。本発明にかかる部分酸化オキシ水酸化ニッケル粒子は、微細な一次粒子が集合してなる二次粒子であるものも含む。」
「【0015】
(実施例1)
500mLビーカーに水500mLを入れ、その組成が表1に記載のとおりである原料の球状の水酸化ニッケルを20g、NaClを50g添加した後、攪拌機を用いて液相と固相が均一に混ざるように400rpmで攪拌し、水酸化ニッケルスラリーを作製した。 次に電解酸化を、長さ100mm×幅50mmのPt(Ti)メッシュ電極×1枚とPt線電極を水酸化ニッケルスラリー中に設置し、定電圧直流電源(三社電機製)を用いて、電極間電圧5V、温度18℃で2時間、400rpmで攪拌しながら行った。なお電解開始時点のpHは11であった。攪拌停止後、ビーカー内の粒状物を水洗、濾過し、60℃で24時間乾燥し、黒色乾燥粉末を得た。 生成物の水分含有量は0.31%、BETは8.8m^(2)/g、平均粒径は9.6μm、酸化度は12.3%であった。電子顕微鏡による結果を図1に示した(2000倍)。」
「【0034】
【表1】



エ 甲第2号証に記載の技術的事項
上記ウによれば、甲第2号証には以下の技術的事項が記載されている。
「アルカリ金属のハロゲン化物の水溶液に、水酸化ニッケル粒を添加して攪拌により水酸化ニッケルスラリーとし、電解酸化によりオキシ水酸化ニッケルへ転換させて、電池の正極用材料の原料としてのオキシ水酸化ニッケルを製造する。前記水酸化ニッケルは、例えば、B、Ca、Mg、Al、Si、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Cu、Zn、Ga、Y、Zr、Nb、Mo、Ru、Sn、Sb、La、Ce、Pr、Nd、Hf、Ta、W及びPbのうちの一つ又は二以上などの種々の他の金属を適量含有するものも含まれる。」

オ 甲第3号証の記載内容
「【請求項1】 水酸化コバルトおよび水酸化ニッケル固溶体からなる原料粉末に酸化処理を施し、前記水酸化コバルトをオキシ水酸化コバルトに酸化する第1の工程、および第1の工程で得られた粉末にさらに酸化処理を施し、前記水酸化ニッケル固溶体をオキシ水酸化ニッケル固溶体に酸化する第2の工程を有するアルカリ蓄電池用正極活物質の製造方法。」
「【0040】
実施の形態3(i)原料粉末 本実施の形態では、表面にβ型水酸化コバルトを有する水酸化ニッケル固溶体粉末を原料粉末とする場合について説明する。前記原料粉末は、実施の形態1の原料粉末の水酸化コバルト部分をβ型水酸化コバルトに限定したものであり、一般に市販されている。この粉末も中和晶析法で得られる。ただし、中和晶析法で水酸化ニッケル固溶体粉末を分散させるために用いるアルカリ水溶液のpHは10?13である。
【0041】
(ii)第1の工程 第1の工程では、前記原料粉末を加熱空気を用いて80?160℃で加熱して酸化する。この工程では、β型水酸化コバルトが酸化されて、低次酸化状態のオキシ水酸化コバルトになる。コバルトの酸化数は、加熱の温度や時間を選択することにより、任意に制御できるが、水酸化ニッケル固溶体部分は、酸化されない。加熱温度が80℃未満になると、酸化反応に要する時間が長くなり、160℃をこえると、水酸化コバルトの分解が起こり、Co_(3)O_(4)が生成する。また、例えば115?125℃で原料粉末を加熱する場合、加熱時間は1?3時間がよい。加熱時間が短すぎると、水酸化コバルトの酸化が充分に進行しない。」

カ 甲第3号証に記載の技術的事項
上記オによれば、甲第3号証には以下の技術的事項が記載されている。
「表面にβ型水酸化コバルトを有する水酸化ニッケル固溶体粉末を加熱空気を用いて80?160℃で加熱して酸化したところ、水酸化ニッケル固溶体部分は、酸化されなかった。」

キ 甲第4号証の記載内容
「【0067】
また、図2には示していないが、コバルト酸化物とニッケル酸化物とで異なる点がさらに2つあり、1つは2価コバルト酸化物の濃アルカリ水溶液に対する溶解性、もう1つはスピネル構造Co_(3)O_(4)(四酸化三コバルト)の存在である。前者について、2価コバルト酸化物は、さほど大きな溶解度ではないが、コバルト錯イオン:HCoO_(2)として濃アルカリ水溶液に溶解する。但し、この挙動が、図2中の○3,○4,○5等の反応にどの程度関与しているかは判明できない。後者について、コバルト酸化物に特有のCo_(3)O_(4)は熱力学的に極めて安定である。従って、図2中に示した水酸化物は高温で焼成等を行うといずれもCo_(3)O_(4)に変化するし、また、○5,○6,○7の酸化においては、条件によっては容易に価数2.67のCo_(3)O_(4)が生成し、それより高次な状態への酸化の進行が妨げられる。このように、コバルト酸化物とニッケル酸化物とは、図2の如くかなり類似した分類ができる反面、微妙に異なる点も幾つかある。」(当審注:「○3」等は丸数字を表す。)

ク 甲第4号証に記載の技術的事項
「Co_(3)O_(4)は熱力学的に極めて安定である。」

ケ 甲第5号証の記載内容

「1.水酸化アルカリNaOHまたはKOHにより
Mn^(++) Mn^(++)+ 2OH^(-) → Mn(OH)_(2) (白色)
このものは空気中で徐々に、また、Br_(2),Cl_(2),NaOCl,Na_(2)O_(2),(NH_(4))_(2)S_(2)O_(8)などによりすみやかに酸化させられてMnO(OH)_(2)となる。
2Mn(OH)_(2) + O_(2) → 2MnO(OH)_(2) = 2H_(2)MnO_(3) (かっ色)
Mn(OH)_(2) + 2NaOH + Cl_(2) → 2NaCl + H_(2)O + H_(2)MnO_(3)
」(第106頁第8?13行)

コ 甲第6号証の記載内容

「すいさんかマンガン 水酸化- [英manganese hydroxide 独Manganhydroxyd]
2,3および4価のマンガンの水酸化物と2価および4価マンガンの混合水酸化物がある。[1]水酸化マンガン(II),水酸化第一マンガン、酸化マンガン(II)一水化物 …Mn(OH)_(2)またはMnO・H_(2)O=88.96. 天然にパイロクロアイトとして産する。 製法 空気を断ってマンガン(II)塩溶液に水
酸化アルカリ溶液を加える。性質 白色粉末。空気に触れるとカッ色になる。六方晶系に属する水酸化カドミウム型構造^(*)。…水酸化マンガン(IV)または水酸化マンガン(IV)マンガン(II)を生ずる。空気中で加熱すると酸化マンガン(IV)マンガン(II)を生ずる。」(第37頁右欄下から第7行?第38頁左欄第22行)

サ 甲第7号証の記載内容

「[2]四酸化三マンガン [英trimanganese tetroxide 独Trimangan tetroxyd] Mn_(3)O_(4) - 酸化マンガン(IV)マンガン(II)」(第941頁左欄第6?8行)

シ 甲第8号証の記載内容
(ア)「3.1. ESTABLISHMENT OF THE DIAGRAM
Using the equilibrium relations established in paragraph 2, we have drawn in Fig. 1 a potential-pH equilibrium diagram, taking into account the tungstic ion WO_(4)^(--) and the solid substances W, WO_(2), W_(2)O_(5) and anhydrous WO_(3). The figure represents the conditions of thermodynamic equilibrium of the system tungsten-water, at 25℃, in the absence of complexing substances and substances forming insoluble salts.」
(第282頁第2?7行)
当審仮訳:
「3.1. ダイアグラムの確立
段落2において確立した平衡関係を用いて、図1に、タングステン酸イオンWO_(4)^(--)及び固体材料W、WO_(2)、W_(2)O_(5)及び無水WO_(3)を考慮して電位-pH平衡図を作成した。この図は、25℃における、錯形成性物質、及び、不溶性塩を形成する物質を除いた、タングステン-水の熱力学的平衡の状態を表す。」

(イ)「

」(第282頁)
図の注釈の当審仮訳:
「図1.25℃におけるタングステン-水系の電位-pH平衡図」

(3)甲第1号証記載の発明との対比・判断

ア 本件訂正発明1について

甲1-1発明と本件訂正発明1とを対比すると、甲1-1発明の「アルミニウム含有水酸化ニッケル粒子」、「粒子を含むスラリーを得る晶析工程」及び「粒子の水洗を開始する洗浄工程は、それぞれ、本件訂正発明1の「遷移金属複合水酸化物粒子」、「スラリーを得る晶析工程」及び「洗浄を開始する洗浄工程」にそれぞれ相当する。
そうすると、甲1-1発明と本件訂正発明1との一致点及び相違点は、下記の通りである。

<一致点>
「晶析反応により、遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーを得る晶析工程と、前記粒子の水洗を開始する洗浄工程とを備えることを特徴とする、前記粒子の製造方法。」

<相違点1>
甲1-1発明におけるアルミニウム含有水酸化ニッケル粒子は、「Ni_((1-x-y))M_(x)Al_(y)(OH)_(2) …(1)(式中、Mは、Co又はMnから選ばれる少なくとも1種の元素を示し、xは、0.01?0.2、及び、yは、0.01?0.15である。)で表される」粒子であるのに対し、本件訂正発明1における遷移金属複合水酸化物粒子は、「一般式(A):M_(1-a)N_(a)(OH)_(b)(ただし、0<a≦0.2、b=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、NはWである)で表される」粒子である点

<相違点2>
本件訂正発明1における洗浄工程は「主要金属元素の平均価数を2.15以下に制御した状態で、前記遷移金属複合水酸化物粒子の洗浄を開始する」ものであるのに対し、甲1-1発明における洗浄工程は、この点が特定されていない点

<相違点1>について検討するに、相違点1は、要するに、甲1-1発明の粒子はアルミニウムを含有するのに対し、本件訂正発明の粒子はタングステンを含有する点を含むものであるが、甲第1号証には、アルミニウム含有水酸化ニッケル粒子のアルミニウムをタングステンに置換することは記載も示唆もされていない。また、申立人が提出した甲第2?8号証には、甲1-1発明におけるアルミニウム含有水酸化ニッケル粒子のアルミニウムをタングステンに置換する根拠となる記載はみられない。また、他に当該置換を根拠づける証拠は見あたらない。
してみれば、甲1-1発明において、アルミニウム含有水酸化ニッケル粒子のアルミニウムをタングステンに置換して、本件訂正発明1に係る「一般式(A):M_(1-a)N_(a)(OH)_(b)(ただし、0<a≦0.2、b=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、NはWである)で表される遷移金属複合水酸化物粒子」に変更することは、当業者が容易に想到しえたことであるとはいえない。
そうすると、<相違点2>について検討するまでもなく、本件訂正発明1は、甲第1号証に記載の発明ではないし、甲第1号証に記載の発明から、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

イ 本件訂正発明2?5について
本件訂正発明2?5は、本件訂正発明1を引用するものであり、本件訂正発明1の発明特定事項をすべて備える、遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法の発明である。
そうすると、本件訂正発明2?5は、甲第1号証に記載の発明から、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(5)甲第2号証について
訂正事項2により、本件訂正前の請求項6-9は削除された。したがって、甲第2号証に基づく上記(1)の理由は存在しない。

(6)小括
以上のとおりであるから、特許法第29条第1項第3号及び同条第2項に係る特許異議申立理由は、理由がない。

2 特許法第36条第6項第1号について
(1)経時的な酸化について
ア 具体的理由
「洗浄工程開始時の主要金属元素Mの平均価数が2.15以下であっても、洗浄工程後は、経時的に主要金属元素Mの酸化が進行するため、洗浄工程後は、必ずしも主要金属元素Mの平均価数が2.15以下の範囲にあるわけではないので、本件訂正発明6の主要金属元素Mの平均価数が2.15以下である、遷移金属複合水酸化物粒子が、実施例に記載されているとはいえない。」(特許異議申立書第25頁下から第5行?第26頁第1行)

イ 当審の判断
上記アに係る理由は、本件訂正前の請求項6及びこれを引用する請求項7?9についてのものであるところ、訂正事項2により当該請求項6?9は削除されたので、当該理由は存在しない。

(2)タングステン水酸化物について
ア 具体的理由
「しかし、甲8記載事項から、タングステンは水酸化物の形態を取らずに酸化物の形態としてのみ存在することが当業者の技術常識である。…上記から、本件特許明細書には、M_(1-)aN_(a)(OH)_(b)で表される遷移金属複合水酸化物粒子は記載されていない。」(特許異議申立書第26頁第11?22行)

イ 職権により提示する文献の記載内容
本件に係る出願の出願日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった文献である、特開平7-175417号公報(以下、参考文献9という)には、下記の記載がある。
「【0026】実施例4
ビーカー中に、イソプロピルアルコール500ml、六塩化タングステン4gを入れて撹拌する。28%アンモニア水を150ml滴下した後に、濾過して紫白色の沈澱物を得た。この沈澱物をイソプロピルアルコール200ml中に入れ撹拌する。その中に4lの水を滴下して加水分解を完結させた。得られた緑白色の沈澱物を濾過、乾燥させて3.3gの微粒子粉末を得た。この粉末を機器分析した結果、水酸化タングステンであった。」

ウ 当審の判断
上記1(2)シ(ア)?(イ)によれば、甲第8号証には、タングステン酸イオンWO_(4)^(--)及び固体材料W、WO_(2)、W_(2)O_(5)及び無水WO_(3)を考慮して作成された25℃における電位-pH平衡図が記載されているものの、当該平衡図は水酸化物を考慮して描かれたものではないから、甲第8号証は、タングステンが水酸化物の形態をとらないことを示すものではない。
一方、上記イによれば、参考文献9には、水酸化タングステンがその作製方法とともに明記されている。
してみれば、タングステンが水酸化物の形態をとらないことが技術常識であるということはできず、本件明細書に、本件訂正発明のM_(1-a)N_(a)(OH)_(b)で表される遷移金属複合水酸化物粒子が記載されていないということはできない。
よって、異議申立人の主張は採用できない。

3 まとめ
以上のとおり、令和 1年12月27日付け取消理由通知(決定の予告)及び平成31年 3月28日付け取消理由通知で採用されなかった特許異議申立理由については、いずれも理由がない。

第6 むすび
以上のとおり、請求項1?5に係る特許は、取消理由通知書に記載した取消理由又は特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、取り消すことができない。
また、他に請求項1?5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
請求項6?9は、訂正により削除されたため、これらの請求項に係る特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しないものとなったから、特許法第120条の8第1項で準用する同法135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非水系電解質二次電池用正極活物質の前駆体である遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話やノート型パソコンなどの携帯電子機器の普及に伴い、高エネルギ密度を有する小型で軽量な二次電池に対する要求が高まっている。また、ハイブリット自動車をはじめとする電気自動車の電源として、高出力の二次電池の開発が強く望まれている。
【0003】
このような要求を満たす二次電池として、非水系電解質二次電池の一種であるリチウムイオン二次電池がある。このリチウムイオン二次電池は、負極、正極および電解液などで構成され、その負極および正極の材料として用いられる活物質には、リチウムを脱離および挿入することが可能な材料が使用される。
【0004】
リチウムイオン二次電池については、現在、研究開発が盛んに行われているところであるが、その中でも、層状またはスピネル型のリチウム遷移金属複合酸化物粒子からなる正極活物質を正極材料として用いたリチウムイオン二次電池は、4V級の高い電圧が得られるため、高エネルギ密度を有する材料として実用化が進められている。
【0005】
このような正極活物質として、現在、合成が比較的容易なリチウムコバルト複合酸化物(LiCoO_(2))粒子、コバルトよりも安価なニッケルを用いたリチウムニッケル複合酸化物(LiNiO_(2))粒子、リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物(LiNi_(1/3)Co_(1/3)Mn_(1/3)O_(2))粒子、マンガンを用いたリチウムマンガン複合酸化物(LiMn_(2)O_(4))粒子、リチウムニッケルマンガン複合酸化物(LiNi_(0.5)Mn_(0.5)O_(2))粒子などのリチウム遷移金属複合酸化物粒子が提案されている。
【0006】
ところで、リチウムイオン二次電池が良好な性能、具体的には、高サイクル特性、低抵抗および高出力を得るためには、正極活物質として用いるリチウム遷移金属複合酸化物粒子の平均粒径、粒度分布、比表面積および結晶子径などの粉体特性やその結晶性などを厳密に制御することが要求される。また、リチウム遷移金属複合酸化物粒子に、アルミニウムやタングステンなどの金属元素を微量添加することにより、このリチウム遷移金属複合水酸化物粒子を用いた二次電池の用途や要求される性能に応じた特性を付与することが試みられている。
【0007】
このような正極活物質の製造方法として、さまざまな方法が提案されている。その中でも、晶析反応により得られる遷移金属複合水酸化物質粒子を正極活物質の前駆体として用いる方法は、晶析条件を適切に制御することにより、原子レベルで均一な組成を有し、かつ、粉体特性に優れた正極活物質を得ることができるという利点がある。一方、晶析反応により得られる遷移金属複合水酸化物粒子には、原料として用いた金属塩や中和剤として用いた水酸化ナトリウム水溶液などに起因する不純物が含まれる場合がある。このような不純物の存在は、この遷移金属複合水酸化物粒子を前駆体とする正極活物質に悪影響を及ぼすこととなる。このため、晶析工程で得られた遷移金属複合水酸化物粒子をスラリー化し、洗浄することにより、この遷移金属複合水酸化物粒子に含まれる不純物を除去ないしは低減することが一般的に行われている。
【0008】
たとえば、特開2012-252964号公報には、ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物粒子を高アルカリ(pH値:13?14.5)のスラリーにして保持した後、水洗することにより、このニッケルコバルトマンガン複合水酸化物粒子に含まれる硫酸基(SO_(4))を低減する方法が記載されている。
【0009】
また、特開2013-171743号公報および特開2013-171744号公報には、晶析反応によって得られたニッケルコバルト複合水酸化物粒子を、濾過した後または濾過する前に、遠心機や吸引濾過機などを用いて洗浄することにより、このニッケルコバルト複合水酸化物粒子に含まれる余剰の塩基やアンモニアを除去する方法が記載されている。
【0010】
さらに、特開2014-89848号公報には、晶析反応によって得られた共沈化合物(ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物粒子)に対して、加圧濾過と蒸留水への分散を、蒸留水に分散させたときの上澄み液の伝導度が50mS/m以下となるまで繰り返すことにより、この共沈化合物を洗浄し、遊離アルカリなどの不純物イオンを除去する方法が記載されている。
【0011】
これらの方法によれば、上述した不純物を除去することができ、不純物含有量が少ない遷移金属複合水酸化物粒子およびこれを前駆体とする正極活物質が得られると考えられる。しかしながら、工業規模の量産において、遷移金属複合水酸化物粒子がニッケル、コバルトおよびマンガンなどの主要金属元素以外の添加元素を含む場合、上述した洗浄工程を行うことにより、この遷移金属複合水酸化物粒子を前駆体とする正極活物質を用いた二次電池において、充放電容量や出力特性などのばらつきが生じ、得られる二次電池の特性に大きな影響を及ぼすことが問題となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2012-252964号公報
【特許文献2】特開2013-171743号公報
【特許文献3】特開2013-171744号公報
【特許文献4】特開2014-89848号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、特に、工業規模の量産において、電池特性のばらつきが少ない非水系電解質二次電池を製造可能な遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法は、晶析反応により、一般式(A):M_(1-a)N_(a)(OH)_(b)(ただし、0<a≦0.2、b=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、NはWである)で表される遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーを得る晶析工程と、前記主要金属元素Mの平均価数を2.15以下に制御した状態で、前記遷移金属複合水酸化物粒子を洗浄する洗浄工程とを備えることを特徴とする。
【0015】
前記晶析工程終了後から前記洗浄工程を開始するまでに長時間を要する場合には、前記晶析工程後洗浄工程前に、前記主要金属元素Mの平均価数を2.15以下に制御した状態で、前記遷移金属複合水酸化物粒子を保持する保持工程をさらに備えることが好ましい。
【0016】
前記保持工程において、前記遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーを、酸素分圧が1013Pa以下に制御された非酸化性雰囲気中で保持することが好ましい。あるいは、前記保持工程において、前記遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーを大気雰囲気中で保持する場合には、この間の時間を4時間以下とすることが好ましい。
【0017】
前記晶析工程において、前記遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーのpH値を、液温25℃基準で10.5?13.0の範囲に保持することが好ましい。
【0018】
(削除)
【0019】
(削除)
【0020】
(削除)
【0021】
(削除)
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、特に、工業規模の量産において、電池特性のばらつきが少ない非水系電解質二次電池を製造可能な非水系電解質二次電池用正極活物質の前駆体である遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法を提供することができる。このため、本発明の工業的意義はきわめて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は、実施例および比較例において、洗浄工程の開始時点における主要金属元素(Ni、Co、Mn)の平均価数と、最終的に得られた遷移金属複合水酸化物粒子の添加元素(W)品位との関係を示した図である。
【図2】図2は、実施例および比較例において、洗浄工程の開始時点における主要金属元素(Ni、Co、Mn)の平均価数と、最終的に得られた遷移金属複合水酸化物粒子の添加元素(W)の含有量(mol%)との関係を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明者らは、上述した問題に鑑みて、主要金属元素(Ni、Co、Mn)以外の添加元素を含む正極活物質を用いて二次電池を構成した場合に、その電池特性にばらつきが生じる原因について鋭意研究を重ねた。その結果、晶析工程で得られた遷移金属複合水酸化物粒子は、酸素が存在する雰囲気下では、晶析工程終了後洗浄工程を開始するまでの間に遷移金属複合オキシ水酸化物粒子に変化し、これに伴って、洗浄工程において結晶中から添加元素が溶出することを突き止めた。すなわち、この添加元素の溶出により、この遷移金属複合水酸化物粒子と遷移金属複合オキシ水酸化物粒子との混合物を前駆体とする正極活物質の添加元素品位が不安定となり、これによって、電池特性にばらつきが生じることを突き止めたのである。
【0025】
本発明者らは、この点についてさらに研究を重ねた結果、晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでの間における遷移金属複合水酸化物粒子から遷移金属複合オキシ水酸化物粒子への変化を抑制し、この遷移金属複合水酸化物粒子を構成する主要金属元素の平均価数を2.15以下に制御した状態で洗浄工程を行うことにより、添加元素の溶出などを抑制することができるとの知見を得た。本発明は、この知見に基づき完成されたものである。
【0026】
1.遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法
本発明の遷移金属複合水酸化物粒子(以下、「複合水酸化物粒子」という)の製造方法は、(1)晶析反応により、一般式(A):M_(1-a)N_(a)(OH)_(b)(ただし、0<a≦0.2、b=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、NはWである)で表される複合水酸化物粒子を含むスラリーを得る晶析工程と、(2)この複合水酸化物粒子を、主要金属元素Mの平均価数を2.15以下に制御した状態で洗浄する洗浄工程とを備えることを特徴とする。以下、工程ごとに、本発明の複合水酸化物粒子の製造方法を詳細に説明する。
【0027】
(1)晶析工程
晶析工程は、晶析反応により、上述した一般式(A)で表される複合水酸化物粒子を得る工程である。より具体的には、主要金属元素Mおよび添加元素Nを含む混合水溶液に、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ水溶液およびアンモニア水などの錯化剤を供給することにより反応水溶液を形成し、一般式(A)で表される複合水酸化物粒子を晶析させ、この複合水酸化物粒子を含むスラリーを得る工程である。
【0028】
[晶析条件]
本発明において、晶析工程における条件は特に制限されることなく、目的とする複合水酸化物粒子の組成、粒子構造または粉体特性などに応じて適宜選択する必要がある。たとえば、一般式:(Ni_(1/3)Co_(1/3)Mn_(1/3))_(1-a)N_(a)(OH)_(2)(ただし、0<a≦0.2、NはWである)で表され、微細一次粒子からなる中心部と、中心部の外側に、この微細一次粒子よりも大きな板状一次粒子からなる外殻部とからなる粒子構造を備えた複合水酸化物粒子を得ようとする場合、特開2012-254889号公報などに記載されるような晶析条件を選択する必要がある。
【0029】
ただし、晶析反応中の反応槽内の雰囲気(以下、「反応雰囲気」という)は、酸化性雰囲気を選択する必要がある場合を除き、非酸化性雰囲気とすることが好ましく、窒素雰囲気とすることがより好ましい。具体的には、反応雰囲気中の酸素分圧を1013Pa以下とすることが好ましく、1000Pa以下とすることがより好ましく、990Pa以下とすることがさらに好ましい。このような反応雰囲気で晶析工程を行うことにより、晶析した複合水酸化物粒子が酸化し、遷移金属複合オキシ水酸化物粒子(以下、「オキシ水酸化物粒子」という)に変化することを抑制することができるため、洗浄工程における添加元素の溶出量を低減することが可能となる。なお、反応雰囲気は、反応槽内に、窒素などの不活性ガスを流通させることにより調整することができる。
【0030】
[スラリーのpH値]
晶析工程で得られた複合水酸化物粒子は、これを含むスラリーのpH値が高いほど酸化が進行しやすくなる。このため、スラリーのpH値は、液温25℃基準で13.0以下とすることが好ましく、12.5以下とすることがより好ましく、12.0以下とすることがさらに好ましい。スラリーのpH値をこのような範囲に制御することにより、複合水酸化物粒子の酸化が抑制され、添加元素の溶出量を低減することができる。ただし、スラリーのpH値は、液温25℃基準で10.5以上とすることが好ましく、11.0以上とすることがより好ましい。スラリーのpH値の下限値をこのような範囲に制御することにより、スラリー中の複合水酸化物粒子の損傷を抑制することができる。
【0031】
(2)保持工程
晶析工程終了時点において、晶析した複合水酸化物粒子を構成する主要金属元素Mの平均価数は、概ね2.00?2.15の範囲にあるが、酸素が存在する雰囲気中では、複合水酸化物粒子は容易に酸化するため、時間の経過とともに主要金属元素Mの平均価数が上昇する。この平均価数が2.20を超えると、複合水酸化物粒子はオキシ水酸化物粒子へと変化し、洗浄工程中に、この複合水酸化物粒子を構成する添加元素Nが溶出しやすくなるため、得られる複合水酸化物粒子およびこれを前駆体とする正極活物質の添加元素品位にばらつきが生じる。
【0032】
このため、晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでに長時間を要する場合には、この間において、主要金属元素Mの平均価数を2.15以下、好ましくは2.11以下に制御することが必要となる。これにより、工業規模の量産において、晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでの間に長時間を要するような場合であっても、スラリー中の複合水酸化物粒子の酸化を抑制し、主要金属元素Mの平均価数を2.15以下に制御した状態で複合水酸化物粒子を洗浄することができるため、洗浄工程中における添加元素Nの溶出を効果的に抑制することが可能となる。なお、本発明において、主要金属元素Mの平均価数とは、複合水酸化物粒子に含まれるニッケル、コバルトおよびマンガンの価数の算術平均値を意味し、たとえば、複合水酸化物粒子を塩酸に溶解した水溶液を酸化還元滴定することにより求めることができる。
【0033】
保持工程、すなわち、晶析反応終了後から洗浄工程を開始するまでの間の雰囲気(以下、「保持雰囲気」という)は、非酸化性雰囲気とすることが好ましく、窒素雰囲気とすることがより好ましい。より具体的には、保持雰囲気中の酸素分圧を1013Pa以下に制御することが好ましく、1000Pa以下に制御することがより好ましく、990Pa以下に制御することがさらに好ましい。このような保持雰囲気では、晶析反応終了後から洗浄工程を開始するまでの時間が長時間、たとえば、90時間以上となった場合であっても、主要金属元素Mの平均価数を2.20以下に維持し続けることができる。ただし、この時間は、可能な限り短いほうが好ましく、40時間以下とすることがより好ましく、10時間以下とすることがさらに好ましい。
【0034】
なお、本発明においては、保持雰囲気として大気雰囲気(酸素分圧:21273Pa)を選択することもできるが、この場合には、晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでの時間を4時間以下とすることが必要となる。この点を考慮すると、工業規模の生産において複合水酸化物粒子を大量に生産する場合には、晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでに長時間を要する場合もあるため、保持雰囲気を非酸化性雰囲気とすることが有利である。
【0035】
保持工程中は、スラリー中の複合水酸化物粒子の凝集を抑制するため、晶析工程で得られたスラリーを別途用意した容器に分取し、一定の速度で撹拌することが好ましい。この際の撹拌速度は、複合水酸化物粒子が微粒化しない程度に適宜調整することが必要となる。
【0036】
(3)洗浄工程
上述したように、晶析工程で得られた複合水酸化物粒子は、酸素が存在する雰囲気中では、直ちに酸化が進行し、オキシ水酸化物粒子に変化する。特に、酸素を高濃度で含有する雰囲気中や高温雰囲気中では、酸化速度が速く、オキシ水酸化物粒子の割合が急激に増加する。このため、晶析工程終了から洗浄工程を開始するまでに長時間を要する場合はもちろんのこと、晶析工程後、直ぐに洗浄工程を行う場合であっても、洗浄工程を開始する時点において、複合水酸化物粒子を構成する主要金属元素Mの平均価数を2.15以下、好ましくは2.11以下に制御することが重要となる。これにより、洗浄工程における添加元素Nの溶出を抑制しつつ、ナトリウムなどの不純物を除去することが可能となる。
【0037】
複合水酸化物粒子の洗浄方法は、特に制限されることはなく、たとえば、この複合水酸化物粒子を含むスラリーに適量の洗浄水を加え、撹拌する方法を採用することができる。この際、洗浄水としては、不純物の混入を防止する観点から、可能な限り不純物の含有量が少ないイオン交換水や蒸留水などを用いることが好ましい。また、洗浄は1回のみ行うよりも、複数回に分けて行うことが好ましい。このほか、フィルタープレスなどを用いて複合水酸化物粒子を洗浄することも可能である。いずれの方法を採用する場合も、使用する装置の特性や洗浄する複合水酸化物粒子の量などに応じて、洗浄条件を適宜調整することが必要となる。
【0038】
2.遷移金属複合水酸化物粒子
本発明の複合水酸化物粒子は、上述した製造方法により得られ、一般式(A):M_(1-a)N_(a)(OH)_(b)(ただし、0<a≦0.2、b=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、NはWである)で表され、複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子からなることを特徴とする。なお、本発明の複合水酸化物粒子は、洗浄工程終了時点では、主要金属元素Mの平均価数が2.15以下の範囲にあるが、その後は、経時的に酸化が進行するため、必ずしも平均価数がこの範囲にあるわけではない。
【0039】
(1)組成
[主要金属元素]
本発明の複合水酸化物粒子は、主要金属元素Mとして、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)およびマンガン(Mn)の群から選択される少なくとも1種を含む。本発明は、これらの主要金属元素Mの組成比は制限されることはなく、コバルト複合水酸化物粒子、ニッケル複合水酸化物粒子、ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物粒子、マンガン複合水酸化物粒子、ニッケルマンガン複合水酸化物粒子などの遷移金属複合水酸化物粒子に対して適用することが可能である。たとえば、本発明をニッケルコバルトマンガン複合水酸化物粒子に対して適用する場合、主要金属元素Mの合計原子数(M=Ni+Co+Mn)に対する、各主要金属元素Mの原子数(Ni、Co、Mn)の比を以下のような範囲とすることが好ましい。
【0040】
ニッケルは、電池容量の向上に寄与する元素である。このため、主要金属元素Mの合計原子数に対するニッケルの原子数の比(Ni/M比)は、好ましくは0.30?0.95、より好ましくは0.33?0.90、さらに好ましくは0.33?0.85とする。Ni/M比が0.30未満では、この複合水酸化物粒子を前駆体とする正極活物質を用いた二次電池が高容量なものとならない。一方、Ni/M比が0.95を超えると、コバルトやマンガンの含有量が著しく減少してしまい、その添加効果を得ることができなくなる。
【0041】
コバルトは、サイクル特性の向上に寄与する元素である。このため、主要金属元素Mの合計原子数に対する、コバルトの原子数の比(Co/M比)は、好ましくは0.03?0.98、より好ましくは0.03?0.95、さらに好ましくは0.05?0.92とする。Co/M比が0.03未満では、十分なサイクル特性を得ることができず、容量維持率が低下することとなる。一方、Co/M比が0.98を超えると、初期放電容量が大きく低下するおそれがある。
【0042】
マンガンは、熱安定性の向上に寄与する元素である。このため、主要金属元素Mの合計原子数に対する、マンガンの原子数の比(Mn/M比)は、好ましくは0.03?0.98、より好ましくは0.03?0.95、さらに好ましくは0.05?0.90とする。Mn/M比が0.03未満では、熱安定性を十分に向上させることができない。一方、Mn/M比が0.98を超えると、高温作動時にマンガンの溶出量が増加し、サイクル特性が低下するおそれがある。
【0043】
[添加元素]
本発明の複合水酸化物粒子は、上述した主要金属元素Mのほかに、添加元素Nを含有するように調整される。添加元素Nを含有することで、この複合水酸化物粒子を前駆体とする正極活物質を用いた二次電池の充放電容量や出力特性などを向上させることができる。このような添加元素Nとしては、タングステン(W)を使用することができる。
【0044】
添加元素Nの含有量を示すaの値は、0を超えて0.20以下、好ましくは0を超えて0.15以下、より好ましくは0を超えて0.10以下とすることが必要となる。aの値が0.20を超えると、Redox反応に貢献する金属元素が減少するため、電池容量が低下してしまう。
【0045】
[水酸基]
本発明の複合水酸化物粒子に含まれる水酸基(OH)の含有量を示すbの値は、主要金属元素Mおよび添加元素Nの平均価数によって制御され、下記の式によって求めることができる。
b=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)
【0046】
なお、添加元素Nの平均価数とは、複合水酸化物粒子に含まれる添加元素Nの価数の算術平均を意味し、主要金属元素Mと同様に、複合水酸化物粒子を塩酸に溶解した水溶液を酸化還元滴定することにより求めることができる。
【0047】
[オキシ水酸化物粒子]
本発明の複合水酸化物粒子を上述した製造方法で製造した場合であっても、その一部は、一般式(B):M_(1-a)N_(a)(OOH)_(c)(ただし、0<a≦0.2、c=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)/3、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、NはWである)で表されるオキシ水酸化物粒子に変化していると考えらえる。しかしながら、後述するように、複合水酸化物粒子の主要金属元素Mの平均価数を2.15以下に制御することにより、オキシ水酸化物粒子への変化を抑制し、添加元素Nの溶出量を低減することができる。
【0048】
(2)粒子構造
本発明の複合水酸化物粒子は、複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子から構成される限り、その粒子構造が制限されることはない。しかしながら、この複合水酸化物粒子を前駆体とする正極活物質を用いた二次電池の出力特性をより向上させるためには、複合水酸化物粒子が、微細一次粒子によって構成される中心部と、中心部の外側に、この微細一次粒子よりも大きな板状一次粒子によって構成される外殻部とからなる粒子構造を備えることが好ましい。すなわち、このような粒子構造を備えた複合水酸化物粒子を前駆体とする正極活物質は中空構造を備えたものとなり、二次電池を構成した場合に電解液との接触面積を十分に確保することができるため、その出力特性を大幅に向上させることが可能となる。
【0049】
(3)粉体特性
複合水酸化物粒子の粉体特性は、上述した晶析工程における条件によって調整することができる。また、粉体特性は、この複合水酸化物粒子を前駆体とする正極活物質に引き継がれることとなる。すなわち、複合水酸化物粒子の粉体特性は、目的とする正極活物質に要求される粉体特性に応じて、晶析工程における条件を調整することにより制御することが必要となる。たとえば、平均粒径が3μm?20μmの正極活物質を得ようとする場合、その前駆体である複合水酸化物粒子では、平均粒径を3μm?20μmに制御することが好ましく、3μm?15μmに制御することがより好ましい。これにより、平均粒径が上述した範囲にある正極活物質を容易に得ることができる。なお、本発明において平均粒径とは、体積基準による平均粒径を意味し、たとえば、レーザ回折散乱法により求めることができる。
【0050】
3.非水系電解質二次電池用正極活物質とその製造方法
(1)非水系電解質二次電池用正極活物質の製造方法
本発明の非水系電解質二次電池用正極活物質(以下、「正極活物質」という)の製造方法は、前駆体として、上述した複合水酸化物粒子を用いること以外、従来技術と同様である。すなわち、本発明の非水系電解質二次電池は、上述した複合水酸化物粒子とリチウム化合物を混合した後(混合工程)、得られたリチウム混合物を焼成することにより得られる(焼成工程)。なお、このような正極活物質の製造方法において、上記工程のほかに、必要に応じて、熱処理工程、仮焼工程および解砕工程などを適宜行うことも可能である。
【0051】
[熱処理工程]
熱処理工程は、上述のようにして得られた複合水酸化物粒子を、酸化性雰囲気中、105℃?750℃で加熱することで複合水酸化物粒子に含まれる水分を除去し、熱処理粒子とする工程である。ここで、熱処理粒子には、熱処理工程において余剰水分を除去された複合水酸化物粒子のみならず、熱処理工程によって転換された遷移金属複合酸化物粒子(以下、「複合酸化物粒子」という)、または、これらの混合物も含まれる。
【0052】
このような熱処理工程を行うことにより、粒子中に、焼成工程まで残留する水分を一定量まで減少させることができるため、得られる正極活物質中の金属の原子数やリチウムの原子数の割合にばらつきが生じることを防止することができる。
【0053】
なお、熱処理工程では、正極活物質中の各金属成分の原子数やリチウムの原子数の割合にばらつきが生じない程度に水分を除去できればよいので、必ずしもすべての複合水酸化物粒子を複合酸化物粒子に転換する必要はない。しかしながら、各金属成分の原子数やリチウムの原子数の割合のばらつきをより少ないものとするためには、複合水酸化物粒子の分解条件以上に加熱して、すべての複合水酸化物粒子を、複合酸化物粒子に転換することが好ましい。
【0054】
このような熱処理に用いられる設備は、特に制限されることはなく、複合水酸化物粒子を非還元性雰囲気中で加熱できるものであればよく、ガス発生がない電気炉などが好適に用いられる。
【0055】
[混合工程]
混合工程は、複合水酸化物粒子または熱処理粒子に、リチウム化合物を混合し、リチウム混合物を得る工程である。
【0056】
複合水酸化物粒子または熱処理粒子に加えるリチウム化合物の量は、複合水酸化物粒子または熱処理粒子の組成、特に主要金属元素Mの組成比により適宜調整することが必要となる。たとえば、複合水酸化物粒子または熱処理粒子中のニッケル、コバルトおよびマンガンの組成比が、これらの原子数の比で、Ni:Co:Mn=1:1:1である場合、これらの主要金属元素Mおよび添加元素Nの合計原子数(Me)に対する、リチウムの原子数(Li)の原子数の比(Li/Me)が0.95?1.50、好ましくは1.00?1.35、より好ましくは1.00?1.20となるようにリチウム化合物を混合することが必要となる。なお、焼成工程前後でLi/Meは変化しないため、この混合工程によって得られるリチウム混合物のLi/Meが、目的とする正極活物質のLi/Meとなる。
【0057】
複合水酸化物粒子または熱処理粒子と混合するリチウム化合物は、特に制限されることはないが、入手のしやすさを考慮すると、水酸化リチウム、硝酸リチウム、炭酸リチウムまたはこれらの混合物を好適に使用することができる。これらの中でも、取り扱いの容易さや品質の安定性を考慮すると、水酸化リチウム、炭酸リチウムまたはこれらの混合物を使用することが好ましい。
【0058】
なお、リチウム混合物は、焼成前に十分混合しておくことが好ましい。混合が不十分だと、個々の粒子間でLi/Meがばらつき、十分な電池特性が得られない場合がある。
【0059】
また、混合には、一般的な混合機を使用することができ、たとえば、シェーカミキサ、Vブレンダ、リボンミキサ、ジュリアミキサ、レーディゲミキサなどを用いることができる。いずれの混合機を使用する場合も、複合水酸化物粒子または熱処理粒子の形状が破壊されない程度に、複合水酸化物粒子または熱処理粒子と、リチウム化合物とを十分に混合すればよい。
【0060】
[仮焼工程]
リチウム化合物として、水酸化リチウムや炭酸リチウムを使用する場合には、混合工程後焼成工程前に、リチウム混合物を、焼成温度より低く、かつ、350℃?800℃、好ましくは450℃?780℃、すなわち、水酸化リチウムや炭酸リチウムと複合酸化物粒子との反応温度(仮焼温度)で仮焼してもよい。これにより、複合水酸化物粒子内へのリチウムの拡散が促進され、より均一なリチウム複合酸化物粒子を得ることができる。
【0061】
なお、このような仮焼工程を設けなくても、後述する焼成工程において、焼成温度に到達するまでの昇温速度を遅くすることで、実質的に、仮焼した場合と同様の効果を得ることができる。この場合、仮焼温度付近で保持することで、複合酸化物粒子内へのリチウムの拡散を十分に進行させることができる。
【0062】
[焼成工程]
焼成工程は、混合工程で得られたリチウム混合物を、所定温度で焼成し、リチウム遷移金属複合酸化物粒子(以下、「リチウム複合酸化物粒子」という)からなる正極活物質を合成する工程である。
【0063】
焼成工程における雰囲気は酸化性雰囲気とするが、酸素濃度が18容量%?100容量%の雰囲気、すなわち、大気?酸素気流中で行うことが好ましく、コスト面を考慮すると、空気気流中で行うことがより好ましい。酸素濃度が18容量%未満では、酸化反応が十分に進行せず、正極活物質の結晶性が十分なものとならない場合がある。
【0064】
一方、焼成温度は、リチウム混合物中の複合水酸化物粒子または熱処理粒子の組成、特に主要金属元素Mの組成比により適宜調整することが必要となる。たとえば、複合水酸化物粒子または熱処理粒子中のニッケル、コバルトおよびマンガンの組成比が、これらの原子数の比で、Ni:Co:Mn=1:1:1である場合、焼成温度は、800℃?1100℃とすることが好ましい。また、このような焼成温度での焼成時間は、3時間以上とすることが好ましい。このような焼成温度および焼成時間でリチウム混合物を混合することにより、複合水酸化物粒子または熱処理粒子とリチウム化合物とを過不足なく反応させることができ、結晶性の高い正極活物質を得ることができる。
【0065】
[解砕工程]
焼成工程後の正極活物質は、凝集または軽度の焼結が生じている場合がある。このような場合、正極活物質の凝集体または焼結体を解砕することが好ましく、これにより、正極活物質の平均粒径や粒度分布などを好適な範囲に調整することができる。なお、解砕とは、焼成時に二次粒子間の焼結ネッキングなどにより生じた複数の二次粒子からなる凝集体に、機械的エネルギを投入して、二次粒子自体をほとんど破壊することなく二次粒子を分離させて、凝集体をほぐす操作のことである。
【0066】
解砕の方法としては、公知の手段を用いることができ、たとえば、ピンミルやハンマーミルなどを使用することができる。なお、この際、二次粒子を破壊しないように解砕力を適切な範囲に調整することが好ましい。
【0067】
(2)非水系電解質二次電池用正極活物質
本発明の正極活物質は、一般式(C):Li_(u)M_(1-a)N_(a)O_(2)またはLi_(u)M_(1-a)N_(a)O_(4)(ただし、0.95≦u≦1.50、0≦a≦0.2、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、NはWである)で表されるリチウム複合酸化物粒子からなる。
【0068】
この正極活物質は、本発明の複合水酸化物粒子を前駆体とするものであり、かつ、上述した正極活物質の製造方法によれば、熱処理工程から解砕工程までの間において、添加元素Mが外部に溶出することはない。すなわち、本発明の正極活物質は、洗浄工程後の複合水酸化物粒子の添加元素品位が概ね維持されるため、添加元素品位のばらつきが少ないと評価することができる。
【0069】
[組成]
上述した一般式(C)において、リチウム(Li)の含有量を示すuの値は、0.95?1.50、好ましくは1.00?1.35、より好ましくは1.00?1.20の範囲に制御される。uの値が0.95未満では、この正極活物質を用いた二次電池の正極抵抗が大きくなるため、電池の出力が低くなってしまう。一方、uの値が1.50を超えると、この正極活物質を用いた二次電池の初期放電容量が低下してしまう。
【0070】
なお、本発明の正極活物質において、主要金属元素Mおよび添加元素Nの組成範囲およびその臨界的意義は、上述した複合水酸化物粒子の場合と同様なので、ここでの説明は省略する。
【0071】
[粒子構造]
本発明の正極活物質は、複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子から構成される限り、その粒子構造が制限されることはない。ただし、優れた出力特性を備える二次電池を得ようとする場合、正極活物質の粒子構造を中空構造とすることが好ましい。
【0072】
[粉体特性]
本発明の正極活物質の粉体特性は、目的とする二次電池の用途や要求される性能に応じて調整されるべきものであり、特に制限されることはない。たとえば、高容量の二次電池を得ようとする場合、正極活物質の平均粒径を、3μm?20μmに調整することが好ましく、3μm?15μmに調整することが好ましい。これによって、正極活物質の充填性を高めることができ、高容量の二次電池が実現される。
【0073】
4.非水液電解質二次電池
本発明の非水系電解質二次電池は、正極、負極、セパレータ、非水系電解液などの、一般の非水系電解質二次電池と同様の構成要素により構成される。なお、以下に説明する実施形態は例示に過ぎず、本発明の非水系電解質二次電池は、本明細書に記載されている実施形態を基づいて、種々の変更、改良を施した形態に適用することも可能である。
【0074】
(1)構成材料
[正極]
本発明の正極活物質を用いて、たとえば、以下のようにして非水系電解質二次電池の正極を作製する。
【0075】
まず、本発明により得られる粉末状の正極活物質に、導電材および結着剤を混合し、さらに必要に応じて活性炭や、粘度調整などの溶剤を添加し、これらを混練して正極合材ペーストを作製する。その際、正極合材ペースト中のそれぞれの混合比も、非水系電解質二次電池の性能を決定する重要な要素となる。溶剤を除いた正極合材の固形分を100質量部とした場合、一般の非水系電解質二次電池の正極と同様に、正極活物質の含有量を60質量部?95質量部、導電材の含有量を1質量部?20質量部、結着剤の含有量を1質量部?20質量部とすることが望ましい。
【0076】
得られた正極合材ペーストを、たとえば、アルミニウム箔製の集電体の表面に塗布し、乾燥して、溶剤を飛散させる。必要に応じて、電極密度を高めるべく、ロールプレスなどにより加圧することもある。このようにして、シート状の正極を作製することができる。シート状の正極は、目的とする電池に応じて適当な大きさに裁断などをして、電池の作製に供することができる。ただし、正極の作製方法は、このような方法に制限されることはなく、他の方法によってもよい。
【0077】
導電材としては、たとえば、黒鉛(天然黒鉛、人造黒鉛および膨張黒鉛など)や、アセチレンブラックやケッチェンブラックなどのカーボンブラック系材料を用いることができる。
【0078】
結着剤は、活物質粒子をつなぎ止める役割を果たすもので、たとえば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、フッ素ゴム、エチレンプロピレンジエンゴム、スチレンブタジエン、セルロース系樹脂およびポリアクリル酸を用いることができる。
【0079】
また、必要に応じて、正極活物質、導電材および活性炭を分散させ、結着剤を溶解する溶剤を正極合材に添加することができる。溶剤としては、具体的には、N-メチル-2-ピロリドンなどの有機溶剤を用いることができる。また、正極合材には、電気二重層容量を増加させるために、活性炭を添加することもできる。
【0080】
[負極]
負極には、金属リチウムやリチウム合金など、あるいは、リチウムイオンを吸蔵および脱離できる負極活物質に、結着剤を混合し、適当な溶剤を加えてペースト状にした負極合材を、銅などの金属箔集電体の表面に塗布し、乾燥し、必要に応じて電極密度を高めるべく圧縮して形成したものを使用する。
【0081】
負極活物質としては、たとえば、天然黒鉛、人造黒鉛およびフェノール樹脂などの有機化合物焼成体、およびコークスなどの炭素物質の粉状体を用いることができる。この場合、負極結着剤としては、正極同様、PVDFなどの含フッ素樹脂を用いることができ、これらの活物質および結着剤を分散させる溶剤としては、N-メチル-2-ピロリドンなどの有機溶剤を用いることができる。
【0082】
[セパレータ]
正極と負極との間には、セパレータを挟み込んで配置する。セパレータは、正極と負極とを分離し、電解質を保持するものであり、ポリエチレンやポリプロピレンなどの薄い膜で、微少な孔を多数有する膜を用いることができる。
【0083】
[非水電解液]
非水系電解液は、支持塩としてのリチウム塩を有機溶媒に溶解したものである。
【0084】
有機溶媒としては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ブチレンカーボネートおよびトリフルオロプロピレンカーボネートなどの環状カーボネート、また、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート、エチルメチルカーボネートおよびジプロピルカーボネートなどの鎖状カーボネート、さらに、テトラヒドロフラン、2-メチルテトラヒドロフランおよびジメトキシエタンなどのエーテル化合物、エチルメチルスルホンやブタンスルトンなどの硫黄化合物、リン酸トリエチルやリン酸トリオクチルなどのリン化合物などから選ばれる1種を単独で、あるいは2種以上を混合して用いることができる。
【0085】
支持塩としては、LiPF_(6)、LiBF_(4)、LiClO_(4)、LiAsF_(6)、LiN(CF_(3)SO_(2))_(2)、およびそれらの複合塩などを用いることができる。
【0086】
さらに、非水系電解液は、ラジカル捕捉剤、界面活性剤および難燃剤などを含んでいてもよい。
【0087】
(2)非水系電解質二次電池
以上のように説明してきた正極、負極、セパレータおよび非水系電解液で構成される本発明の非水系電解質二次電池は、円筒形や積層形など、種々の形状にすることができる。いずれの形状を採る場合であっても、正極および負極を、セパレータを介して積層させて電極体とし、得られた電極体に非水系電解液を含浸させ、正極集電体と外部に通ずる正極端子との間、および、負極集電体と外部に通ずる負極端子との間を、集電用リードなどを用いて接続し、電池ケースに密閉して、非水系電解質二次電池を完成させる。
【0088】
このようにして得られる本発明の非水系電解質二次電池は、正極材料を構成する正極活物質の添加元素品位のばらつきが少ないため、充放電容量や出力特性などの電池特性のばらつきが少ないという特徴を有する。
【実施例】
【0089】
以下、実施例および比較例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明は、この実施形態により限定されることない。
【0090】
(実施例1)
はじめに、反応槽(60L)に、その容積の1/3の量の水を供給した後、槽内温度を50℃まで加温した。この状態で、反応槽内に窒素を流通し、酸素分圧を988Paに調整した。同時に、イオン交換水に、硫酸ニッケル、硫酸コバルトおよび硫酸マンガンを、これら含まれるニッケル、コバルトおよびマンガンの原子数比が、Ni:Co:Mn=1:1:1となるように溶解し、2.0mоl/Lの混合水溶液を作製した。また、別のイオン交換水に、タングステン酸ナトリウムを溶解し、0.3mоl/Lのタングステン水溶液を作製した。
【0091】
次に、反応槽内の水を撹拌しながら、反応槽内に、上述した混合水溶液およびタングステン水溶液と、20質量%の水酸化ナトリウム水溶液と、25質量%のアンモニア水の供給することで反応水溶液を形成し、複合水酸化物粒子を晶析させた。この際、反応水溶液のタングステン濃度が0.42mоl%、液温25℃基準におけるpH値が11.8、アンモニア濃度が10g/Lに維持されるように、各水溶液の供給量を調整した。なお、本実施例では、晶析反応を通じて、反応雰囲気を酸素分圧が988Paの不活性雰囲気に、反応水溶液の温度を50℃に保持した。
【0092】
晶析反応終了時点において、得られた複合水酸化物粒子の組成を、ICP発光分光分析装置(セイコーインスツル株式会社、Plasma Spectrometer SPS3000)を用いて分析した結果、一般式:(Ni_(0.33)Co_(0.34)Mn_(0.33))_(0.9958)W_(0.0042)(OH)_(2.1263)で表されるものであることが確認された。また、この複合水酸化物粒子を塩酸で溶解した水溶液に対して酸化還元滴定を行ったところ、主要金属元素Mの平均価数は2.11であることが確認された。
【0093】
上述のようにして得られた複合水酸化物粒子を含むスラリーを、大気雰囲気(酸素分圧:21273Pa)中で、別途用意した容器に分取した後、保持することなく洗浄した。具体的には、複合水酸化物粒子を含むスラリーを、5C定量濾紙を用いてイオン交換水で洗浄しながら固液分離する操作を2回繰り返した。このようにして洗浄および固液分離した複合水酸化物粒子を150℃で12時間加熱することにより乾燥し、粉末状の複合水酸化物粒子を得た。ICP発光分光分析装置を用いた分析の結果、この複合水酸化物粒子は、一般式:(Ni_(0.33)Co_(0.34)Mn_(0.33))_(0.9958)W_(0.0042)(OH)_(2.1263)で表されるものであり、タングステン品位が0.82質量%であることが確認された。以上の結果を表1、図1および図2に示す。
【0094】
(実施例2)
晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでの間において、複合水酸化物粒子を含むスラリーを、大気雰囲気(酸素分圧:21273Pa)中で2時間、撹拌しながら保持したこと以外は実施例1と同様にして、複合水酸化物粒子を得るとともに、その組成およびタングステン品位を評価した。
【0095】
なお、実施例2では、保持工程の終了(洗浄工程の開始)時点において、複合水酸化物粒子の組成を、ICP発光分光分析装置を用いて分析した結果、一般式:(Ni_(0.33)Co_(0.34)Mn_(0.33))_(0.9958)W_(0.0042)(OH)_(2.1263)で表されるものであることが確認された。また、酸化還元滴定の結果、主要金属元素Mの平均価数は2.11であることが確認された。これらの結果を表1、図1および図2に示す。
【0096】
(実施例3)
晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでの間において、複合水酸化物粒子を含むスラリーを4時間、撹拌しながら保持したこと以外は実施例2と同様にして、複合水酸化物粒子を得るとともに、その組成およびタングステン品位を評価した。この結果を表1、図1および図2に示す。
【0097】
なお、実施例3では、保持工程の終了(洗浄工程の開始)時点において、複合水酸化物粒子の組成を、ICP発光分光分析装置を用いて分析した結果、一般式:(Ni_(0.33)Co_(0.34)Mn_(0.33))_(0.9958)W_(0.0042)(OH)_(2.1263)で表されるものであることが確認された。また、酸化還元滴定の結果、主要金属元素Mの平均価数は2.15であることが確認された。これらの結果を表1、図1および図2に示す。
【0098】
(実施例4)
晶析工程で得られた複合水酸化物粒子を含むスラリーを、窒素雰囲気(酸素分圧:988Pa)中で、別途用意した容器に分取した後、保持することなく洗浄したこと以外は実施例1と同様にして、複合水酸化物粒子を得るとともに、その組成およびタングステン品位を評価した。
【0099】
なお、実施例4では、晶析工程の終了(洗浄工程の開始)時点において、複合水酸化物粒子の組成を、ICP発光分光分析装置を用いて分析した結果、一般式:(Ni_(0.33)Co_(0.34)Mn_(0.33))_(0.9958)W_(0.0042)(OH)_(2.1263)で表されるものであることが確認された。また、酸化還元滴定の結果、主要金属元素Mの平均価数は2.11であることが確認された。これらの結果を表1、図1および図2に示す。
【0100】
(実施例5)
晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでの間において、複合水酸化物粒子を含むスラリーを、窒素雰囲気(酸素分圧:988Pa)中で4時間、撹拌しながら保持したこと以外は実施例1と同様にして、複合水酸化物粒子を得るとともに、その組成およびタングステン品位を評価した。
【0101】
なお、実施例5では、保持工程の終了(洗浄工程の開始)時点において、複合水酸化物粒子の組成を、ICP発光分光分析装置を用いて分析した結果、一般式:(Ni_(0.33)Co_(0.34)Mn_(0.33))_(0.9958)W_(0.0042)(OH)_(2.1263)で表されるものであることが確認された。また、酸化還元滴定の結果、主要金属元素Mの平均価数は2.08であることが確認された。これらの結果を表1、図1および図2に示す。
【0102】
(実施例6)
晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでの間において、複合水酸化物粒子を含むスラリーを24時間、撹拌しながら保持したこと以外は実施例5と同様にして、複合水酸化物粒子を得るとともに、その組成およびタングステン品位を評価した。
【0103】
なお、実施例6では、保持工程の終了(洗浄工程の開始)時点において、複合水酸化物粒子の組成を、ICP発光分光分析装置を用いて分析した結果、一般式:(Ni_(0.33)Co_(0.34)Mn_(0.33))_(0.9958)W_(0.0042)(OH)_(2.1263)で表されるものであることが確認された。また、酸化還元滴定の結果、主要金属元素Mの平均価数は2.07であることが確認された。これらの結果を表1、図1および図2に示す。
【0104】
(実施例7)
晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでの間において、複合水酸化物粒子を含むスラリーを32時間、撹拌しながら保持したこと以外は実施例5と同様にして、複合水酸化物粒子を得るとともに、その組成およびタングステン品位を評価した。
【0105】
なお、実施例7では、保持工程の終了(洗浄工程の開始)時点において、複合水酸化物粒子の組成を、ICP発光分光分析装置を用いて分析した結果、一般式:(Ni_(0.33)Co_(0.34)Mn_(0.33))_(0.9958)W_(0.0042)(OH)_(2.1263)で表されるものであることが確認された。また、酸化還元滴定の結果、主要金属元素Mの平均価数は2.08であることが確認された。これらの結果を表1、図1および図2に示す。
【0106】
(実施例8)
晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでの間において、複合水酸化物粒子を含むスラリーを96時間、撹拌しながら保持したこと以外は実施例5と同様にして、複合水酸化物粒子を得るとともに、その組成およびタングステン品位を評価した。
【0107】
なお、実施例8では、保持工程の終了(洗浄工程の開始)時点において、複合水酸化物粒子の組成を、ICP発光分光分析装置を用いて分析した結果、一般式:(Ni_(0.33)Co_(0.34)Mn_(0.33))_(0.9958)W_(0.0042)(OH)_(2.1263)で表されるものであることが確認された。また、酸化還元滴定の結果、主要金属元素Mの平均価数は2.08であることが確認された。これらの結果を表1、図1および図2に示す。
【0108】
(比較例1)
晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでの間において、複合水酸化物粒子を含むスラリーを、大気雰囲気(酸素分圧:21273Pa)中で8時間、撹拌しながら保持したこと以外は実施例1と同様にして、複合水酸化物粒子を得るとともに、その組成およびタングステン品位を評価した。
【0109】
なお、比較例1では、保持工程の終了(洗浄工程の開始)時点において、複合水酸化物粒子の組成を、ICP発光分光分析装置を用いて分析した結果、一般式:(Ni_(0.33)Co_(0.34)Mn_(0.33))_(0.9959)W_(0.0041)(OH)_(2.2355)で表されるものであることが確認された。また、酸化還元滴定の結果、主要金属元素Mの平均価数は2.22であることが確認された。これらの結果を表1、図1および図2に示す。
【0110】
(比較例2)
晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでの間において、複合水酸化物粒子を含むスラリーを24時間、撹拌しながら保持したこと以外は比較例1と同様にして、複合水酸化物粒子を得るとともに、その組成およびタングステン品位を評価した。
【0111】
なお、比較例2では、保持工程の終了(洗浄工程の開始)時点において、複合水酸化物粒子の組成を、ICP発光分光分析装置を用いて分析した結果、一般式:(Ni_(0.33)Co_(0.34)Mn_(0.33))_(0.9960)W_(0.0040)(OH)_(2.4542)で表されるものであることが確認された。また、酸化還元滴定の結果、主要金属元素Mの平均価数は2.44であることが確認された。これらの結果を表1、図1および図2に示す。
【0112】
(比較例3)
晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでの間において、複合水酸化物粒子を含むスラリーを32時間、撹拌しながら保持したこと以外は比較例1と同様にして、複合水酸化物粒子を得るとともに、その組成およびタングステン品位を評価した。
【0113】
なお、比較例3では、保持工程の終了(洗浄工程の開始)時点において、複合水酸化物粒子の組成を、ICP発光分光分析装置を用いて分析した結果、一般式:(Ni_(0.33)Co_(0.34)Mn_(0.33))_(0.9960)W_(0.0040)(OH)_(2.5240)で表されるものであることが確認された。また、酸化還元滴定の結果、主要金属元素Mの平均価数は2.51であることが確認された。これらの結果を表1、図1および図2に示す。
【0114】
(比較例4)
晶析工程終了後から洗浄工程を開始するまでの間において、複合水酸化物粒子を含むスラリーを96時間、撹拌しながら保持したこと以外は比較例1と同様にして、複合水酸化物粒子を得るとともに、その組成およびタングステン品位を評価した。
【0115】
なお、比較例4では、保持工程の終了(洗浄工程の開始)時点において、複合水酸化物粒子の組成を、ICP発光分光分析装置を用いて分析した結果、一般式:(Ni_(0.33)Co_(0.34)Mn_(0.33))_(0.9961)W_(0.0039)(OH)_(2.6730)で表されるものであることが確認された。また、酸化還元滴定の結果、主要金属元素Mの平均価数は2.66であることが確認された。これらの結果を表1、図1および図2に示す。
【0116】

【0117】
(総合評価)
表1、図1および図2より、洗浄工程の開始時点における複合水酸化物粒子を構成する主要金属元素Mの平均価数が大きくなるほど、最終的に得られる複合水酸化物粒子の添加元素品位および添加元素の含有量が、直線的に低下することが確認される。特に、平均価数が2.20を超えると、添加元素品位が0.81質量%を下回るようになることが確認される。
【0118】
したがって、洗浄工程の開始時点において、主要金属元素Mの平均価数を2.15以下に制御した状態で複合水酸化物粒子を洗浄することにより、添加元素Nの溶出を抑制することができることが理解される。このため、本発明によれば、添加品位元素のばらつきが少ない複合水酸化物粒子およびこれを前駆体とする正極活物質が得られること、および、この正極活物質を正極材料として用いることで、電池特性のばらつきの少ない二次電池を得ることができることが理解される。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
晶析反応により、一般式(A):M_(1-a)N_(a)(OH)_(b)(ただし、0<a≦0.2、b=(1-a)×(Mの平均価数)+a×(Nの平均価数)、Mは主要金属元素であり、Ni、CoおよびMnの群から選択される少なくとも1種を含み、NはWである)で表される遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーを得る晶析工程と、
前記主要金属元素の平均価数を2.15以下に制御した状態で、前記遷移金属複合水酸化物粒子の洗浄を開始する洗浄工程と、
を備えることを特徴とする、遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法。
【請求項2】
前記晶析工程後洗浄工程前に、前記遷移金属複合水酸化物粒子を、前記主要金属元素の平均価数を2.15以下に制御した状態で保持する保持工程をさらに備える、請求項1に記載の遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法。
【請求項3】
前記保持工程において、前記遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーを酸素分圧が1013Pa以下に制御された非酸化性雰囲気中で保持する、請求項2に記載の遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法。
【請求項4】
前記保持工程において、前記遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーを大気雰囲気中で4時間以下保持する、請求項2に記載の遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法。
【請求項5】
前記晶析工程において、前記遷移金属複合水酸化物粒子を含むスラリーのpH値を、液温25℃基準で10.5?13.0の範囲に保持する、請求項1?4のいずれかに記載の遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法。
【請求項6】
(削除)
【請求項7】
(削除)
【請求項8】
(削除)
【請求項9】
(削除)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-08-18 
出願番号 特願2014-172806(P2014-172806)
審決分類 P 1 651・ 851- YAA (C01G)
P 1 651・ 853- YAA (C01G)
P 1 651・ 852- YAA (C01G)
P 1 651・ 113- YAA (C01G)
P 1 651・ 121- YAA (C01G)
P 1 651・ 536- YAA (C01G)
P 1 651・ 537- YAA (C01G)
最終処分 維持  
前審関与審査官 手島 理  
特許庁審判長 菊地 則義
特許庁審判官 後藤 政博
岡田 隆介
登録日 2018-06-29 
登録番号 特許第6357978号(P6357978)
権利者 住友金属鉱山株式会社
発明の名称 遷移金属複合水酸化物粒子の製造方法  
代理人 特許業務法人貴和特許事務所  
代理人 特許業務法人貴和特許事務所  

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