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審決分類 審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  G02B
審判 一部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  G02B
審判 一部申し立て 2項進歩性  G02B
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  G02B
管理番号 1368076
異議申立番号 異議2019-700623  
総通号数 252 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-12-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-08-05 
確定日 2020-09-23 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6470456号発明「偏光膜,偏光板,および偏光膜の製造方法」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6470456号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-5〕,〔6-10〕について訂正することを認める。 特許第6470456号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続等の経緯
特許第6470456号の請求項1?請求項10に係る特許(以下「本件特許」という。)についての出願(特願2018-120369号)は,平成30年4月27日(先の出願に基づく優先権主張 平成29年9月13日)に出願された特願2018-86711号の一部を新たな特許出願としたものであって,平成31年1月25日に特許権の設定の登録がされたものである。
本件特許について,平成31年2月13日に特許掲載公報が発行されたところ,発行の日から6月以内である令和元年8月5日に,本件特許のうち請求項1?請求項5に係る特許に対して,特許異議申立人 奥村 一正(以下「特許異議申立人」という。)から,特許異議の申立てがされた。
その後の手続等の概要は,以下のとおりである。
令和元年10月 8日付け:取消理由通知書
令和元年11月26日付け:訂正請求書
令和元年11月26日付け:意見書(特許権者)
令和元年12月23日付け:意見書(特許異議申立人)
令和2年 2月28日付け:取消理由通知書(決定の予告)
令和2年 4月30日付け:訂正請求書(以下「本件訂正請求書」という。)
令和2年 4月30日付け:意見書(特許権者)
令和2年 6月26日付け:意見書(特許異議申立人)
なお,令和元年11月26日にした訂正の請求は,特許法120条の5第7項の規定により,取り下げられたものとみなす。

第2 本件訂正請求について
令和2年4月30日にされた訂正の請求を,以下「本件訂正請求」という。
1 訂正の趣旨
本件訂正請求の趣旨は,特許第6470456号の特許請求の範囲を,本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1?10について訂正することを求める,というものである。

2 訂正の内容
本件訂正請求において特許権者が求める訂正の内容は,以下のとおりである。なお,下線は訂正箇所を示す。
(1) 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に,
「厚みが8μm以下であり,」
と記載されているのを,
「厚みが8μm以下であり,
単体透過率が41.5%以上43.5%以下であり,偏光度が99.990%以上99.998%以下であり,」
に訂正する(本件訂正請求による訂正後の請求項2?請求項5についても,同様に訂正する。)。

(2) 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項6に,
「請求項1から4のいずれかに記載の偏光膜の製造方法であって,」
と記載されているのを,
「 偏光膜の製造方法であって,
該偏光膜は,ヨウ素を含むポリビニルアルコール系樹脂フィルムで構成され,厚みが8μm以下であり,
波長550nmにおける直交吸光度A_(550)と波長210nmにおける直交吸光度A_(210)との比(A_(550)/A_(210))が1.4?3.5であり,
波長470nmにおける直交吸光度A_(470)と波長600nmにおける直交吸光度A_(600)との比(A_(470)/A_(600))が0.7?2.00であり,かつ,
直交b値が-10より大きく+10以下であり,
該製造方法は,」
に訂正する(本件訂正請求による訂正後の請求項7?10についても,同様に訂正する。)。

(3) 本件訂正請求は,一群の請求項である,請求項1?請求項10を対象として請求されたものである。

3 訂正の適否
(1) 訂正事項1について
ア 訂正の目的
訂正事項1による訂正は,請求項1に記載された「偏光膜」を,「単体透過率が41.5%以上43.5%以下であり,偏光度が99.990%以上99.998%以下であり」という要件を満たすものに限定する訂正である。また,これは,請求項1を引用する請求項2?請求項5についてみても,同じである。
そうしてみると,訂正事項1による訂正は,特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮)を目的とするものである。

イ 新規事項
偏光膜の単体透過率について,本件特許の明細書の【0012】には,「好ましくは41.5%以上であり,より好ましくは42.0%以上であり,さらに好ましくは42.5%以上である。」と記載されている。また,【0076】には,実施例2-3として,単体透過率が43.5%の偏光膜が開示されている。
加えて,偏光膜の偏光度について,本件特許の明細書の【0012】には,「好ましくは99.990%以上であり,好ましくは99.998%以下である。」と記載されている。

以上勘案すると,訂正事項1による訂正は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者によって,願書に添付した明細書,特許請求の範囲及び図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものではない。
したがって,訂正事項1による訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でしたものである。

ウ 拡張又は変更
前記アで述べた訂正の内容からみて,訂正事項1による訂正により,訂正前の特許請求の範囲には含まれないこととされた発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれることにはならないことは明らかである。
したがって,訂正事項1による訂正は,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものには該当しない。

(2) 訂正事項2について
訂正事項2による訂正は,請求項1の記載を引用する請求項6の記載を,請求項1の記載を引用しないものとする訂正である。
そうしてみると,訂正事項2による訂正は,特許法120条の5第2項ただし書4項に掲げる事項(他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること)を目的とする訂正に該当する。また,訂正事項2による訂正が,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でしたものであること,及び実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものには該当しないことは明らかである。

4 独立特許要件について
訂正事項2による訂正は,請求項1?請求項4を引用する請求項6のうち,請求項1を引用する請求項6のみを訂正後の請求項6とする訂正である。そうしてみると,訂正事項2による訂正は,特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮)を目的とするものといえなくもない。
そこで,請求項6?請求項10に係る発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるかについても検討すると,以下のとおりである。
すなわち,請求項6?請求項10に係る発明は,いずれも,その発明特定事項として,「長尺状の熱可塑性樹脂基材の片側に,ヨウ化物または塩化ナトリウムとポリビニルアルコール系樹脂とを含むポリビニルアルコール系樹脂層を形成して積層体とする」工程,及び「長手方向に搬送しながら加熱することにより,幅方向に2%以上収縮させる乾燥収縮処理」の工程を具備する。そして,このような工程を具備する発明は,本件特許の審査及び本件特許異議申立事件において挙げられた引用文献のいずれかに記載された発明に該当せず,また,当該発明に基づいて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものでもない。また,他に,請求項6?請求項10に係る発明が,特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるとする理由も発見しない。
したがって,請求項6?請求項10に係る発明は,特許出願の際独立して特許を受けることができるものである。

5 まとめ
以上のとおりであるから,本件訂正請求による訂正は,特許法120条の5第2項ただし書,同法同条9項において準用する同法126条5項?7項の規定に適合する。
よって,結論に記載のとおり,特許第6470456号の特許請求の範囲を,本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-5〕,〔6-10〕について訂正することを認める。

第3 本件特許発明
前記「第2」のとおり,本件訂正請求による訂正は認められた。
そうしてみると,特許異議の申立ての対象となっている,請求項1?請求項5に係る発明(以下,それぞれ「本件特許発明1」などという。)は,本件訂正請求による訂正後の特許請求の範囲の請求項1?請求項5に記載された事項によって特定されるとおりの,以下のものである。
「【請求項1】
ヨウ素を含むポリビニルアルコール系樹脂フィルムで構成され,厚みが8μm以下であり,
単体透過率が41.5%以上43.5%以下であり,偏光度が99.990%以上99.998%以下であり,
波長550nmにおける直交吸光度A_(550)と波長210nmにおける直交吸光度A_(210)との比(A_(550)/A_(210))が1.4?3.5であり,
波長470nmにおける直交吸光度A_(470)と波長600nmにおける直交吸光度A_(600)との比(A_(470)/A_(600))が0.7?2.00であり,かつ,
直交b値が-10より大きく+10以下である,
偏光膜。
【請求項2】
厚みが5μm以下である,請求項1に記載の偏光膜。
【請求項3】
前記比(A_(550)/A_(210))が1.8以上である,請求項1または2に記載の偏光膜。
【請求項4】
単体透過率が42.5%以上である,請求項1から3のいずれかに記載の偏光膜。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の偏光膜と,該偏光膜の少なくとも一方の側に配置された保護層とを有する,偏光板。」

第4 取消しの理由及び証拠
1 取消しの理由
令和2年2月28日付け取消理由通知書により通知した取消しの理由は,(進歩性)本件特許発明1?本件特許発明5は,先の出願前に日本国内又は外国において,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった特開2016-148830号公報(以下「甲1」という。)に記載された発明に基づいて,先の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない,というものである。

2 証拠について
特許異議申立人が提出した証拠は,以下のとおりである。
甲1:特開2016-148830号公報
甲2:特開2011-227450号公報
甲3:特開2015-106052号公報
甲4:特開2014-206719号公報
甲5:特開2015-36729号公報
甲6:平成30年10月4日付け意見書
(当合議体注:本件特許についての出願の審査において,出願人(特許権者)から提出された書類である。)
甲7:特許第6470457号公報
甲8:済木雄二,「LCD用偏光板の技術動向」,日本ゴム協会誌,社団法人 日本ゴム協会,2011年8月,第84巻8号(2011),237?241頁

第5 当合議体の判断
1 甲号証の記載及び甲1発明
(1) 甲1の記載
甲1は,先の出願前に日本国内又は外国において,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった文献であるところ,そこには,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。
ア 「【技術分野】
【0001】
本発明は,偏光フィルム及びそれを含む偏光板に関する。
【背景技術】
【0002】
偏光板は,液晶表示装置を代表とする画像表示装置等に広く用いられている。
…(省略)…
【0003】
特開2013-182162号公報(特許文献1)には,偏光フィルム(偏光子層)の厚みが10μm以下である偏光板の製造方法が記載されている。」

イ 「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
偏光フィルムは,その厚みが小さくなるほど表面から侵入する水分の影響が大きくなって,湿熱環境下に置いたときや温水に暴露又は浸漬したときに,偏光特性の低下や色抜けなどの特性劣化を生じやすい傾向にある。
…(省略)…
【0007】
本発明の目的は,偏光フィルムそれ自体の耐水性を向上させることにある。また本発明の他の目的は,耐水性に優れる偏光板を提供することにある。
…(省略)…
【発明を実施するための形態】
【0015】
<偏光フィルム>
本発明に係る偏光フィルムは,視感度補正単体透過率Tyに対するヨウ素元素含有率W_(I)の比W_(I)/Tyが0.145以上であることを特徴とする。
…(省略)…
【0019】
a)偏光フィルム中においてヨウ化物イオンは,PVA-ヨウ素錯体の形成に大きく影響しており,経験的に,偏光フィルム中では下記式(1):
【0020】
【化1】


【0021】
の平衡が成り立っている。
…(省略)…
【0022】
c)偏光フィルムにおいて,「PVA-ヨウ素錯体の含有量」に対して「ヨウ化物イオンの含有量」を過剰にしておくことにより,上記式(1)の平衡をあらかじめ右に傾いた状態にしておくことができるので,ヨウ化物イオン(I^(-))の抜けが少々生じても上記式(1)の平衡が簡単には左側に傾きにくくなり,PVA-I_(3)錯体の含有量を十分な量で安定化させることができる。これにより青抜け及び偏光度の低下を抑制することができる。
…(省略)…
【0025】
…(省略)…ヨウ化物イオン(I^(-))の含有量があまりに大きくなると,PVA-I_(3)錯体とPVA-I_(5)錯体との量バランスが歪み(すなわち,上記式(1)の平衡が右に傾きすぎ,長波長(赤色)側の吸収帯を形成するPVA-I_(5)錯体の量が不足して),偏光フィルム及び偏光板の初期色相をニュートラルに保てなくなる。
…(省略)…
【0028】
偏光フィルムの視感度補正単体透過率Tyは,当該偏光フィルムやこれを含む偏光板が適用される液晶表示装置等の画像表示装置において通常求められる値であることができ,具体的には40?47%の範囲内であることが好ましい。Tyは,より好ましくは41?45%の範囲内であり,この場合,TyとPyとのバランスがより良好となる。Tyが高すぎるとPyが低下して画像表示装置の表示品位が低下する。Tyが過度に低い場合,画像表示装置の輝度が低下して表示品位が低下するか,又は輝度を十分に高くするために投入電力を大きくする必要が生じる。
【0029】
なお,偏光フィルムの耐水性を向上させるための他の手段として,例えばヨウ素の吸着量を高め,Tyを小さくすることが考えられる。しかしこの方法は,上述のように輝度を低下させてしまう。一方,本発明によれば,十分に高いTyを維持しながら偏光フィルムの耐水性を向上させることができる。
【0030】
偏光フィルムの視感度補正偏光度Pyは,99.9%以上であることが好ましく,99.95%以上であることがより好ましい。
…(省略)…
【0031】
偏光フィルムのTy及びPyは,それが単体として存在する場合(単独で存在する場合)には,それ自体を測定サンプルとして測定される。一方,偏光フィルム上に保護フィルムが貼合された偏光板として存在する場合には,偏光板から保護フィルム及び接着剤層を除去し,偏光板に含まれる偏光フィルムを単離して,これを測定サンプルとするか,又は偏光板自体を測定サンプルとしてTy及びPyを測定し,これらを偏光フィルムのTy及びPyとする。偏光板を測定サンプルとして測定されるTy及びPyと,単離した偏光フィルムを測定サンプルとして測定されるTy及びPyとは実質的に同じである。
【0032】
本発明に係る偏光フィルムは,二色性色素としてヨウ素を吸着配向させたものであり,好ましくはポリビニルアルコール系樹脂を含むもの,より具体的には,一軸延伸されたポリビニルアルコール系樹脂で構成されるフィルム(ポリビニルアルコール系樹脂フィルム)にヨウ素を吸着配向させたものである。
【0033】
偏光フィルムの厚みは例えば30μm以下,さらには20μm以下であることができるが,偏光板の薄型化の観点から10μm以下であることが好ましく,8μm以下であることがより好ましい。
…(省略)…
【0040】
<偏光板>
(1)偏光板の層構成
図1は,本発明に係る偏光板の層構成の一例を示す概略断面図である。図1に示される偏光板1のように本発明の偏光板は,偏光フィルム5と,その一方の面上に積層される第1保護フィルム10とを備える片面保護フィルム付偏光板であることができる。第1保護フィルム10は,第1接着剤層15を介して偏光フィルム5上に積層することができる。
…(省略)…
【0043】
(2)偏光フィルム
本発明に係る偏光板は,偏光フィルム5として,上述の本発明に係る偏光フィルムを含む。
…(省略)…
【0064】
<偏光フィルム及び偏光板の製造方法>
本発明の偏光フィルム及び偏光板は,図3に示される方法によって好適に製造することができる。図3に示される製造方法は,下記工程:
(1)基材フィルムの少なくとも一方の面にポリビニルアルコール系樹脂を含有する塗工液を塗工した後,乾燥させることによりポリビニルアルコール系樹脂層を形成して積層フィルムを得る樹脂層形成工程S10,
(2)積層フィルムを延伸して延伸フィルムを得る延伸工程S20,
(3)延伸フィルムのポリビニルアルコール系樹脂層をヨウ素で染色して偏光フィルム(偏光子層)を形成することにより偏光性積層フィルムを得る染色工程S30,
(4)偏光性積層フィルムの偏光フィルム上に保護フィルムを貼合して貼合フィルムを得る第1貼合工程S40,
(5)貼合フィルムから基材フィルムを剥離除去して片面保護フィルム付偏光板を得る剥離工程S50,
をこの順で含む。
…(省略)…
【0083】
積層フィルム100の延伸倍率は,所望する偏光特性に応じて適宜選択することができるが,好ましくは,積層フィルム100の元長に対して5倍超17倍以下であり,より好ましくは5倍超8倍以下である。延伸倍率が5倍以下であると,ポリビニルアルコール系樹脂層6’が十分に配向しないため,偏光フィルム5の偏光度が十分に高くならないことがある。一方,延伸倍率が17倍を超えると,延伸時にフィルムの破断が生じ易くなるとともに,延伸フィルム200の厚みが必要以上に薄くなり,後工程での加工性及び取扱性が低下するおそれがある。
…(省略)…
【0118】
<実施例1>
(1)プライマー層形成工程
ポリビニルアルコール粉末(日本合成化学工業(株)製の「Z-200」,平均重合度1100,ケン化度99.5モル%)を95℃の熱水に溶解し,濃度3重量%のポリビニルアルコール水溶液を調製した。得られた水溶液に架橋剤(田岡化学工業(株)製の「スミレーズレジン650」)をポリビニルアルコール粉末6重量部に対して5重量部の割合で混合して,プライマー層形成用塗工液を得た。
【0119】
次に,基材フィルムとして厚み90μmの未延伸のポリプロピレン(PP)フィルム(融点:163℃)を用意し,その片面にコロナ処理を施した後,そのコロナ処理面に小径グラビアコーターを用いて上記プライマー層形成用塗工液を塗工し,80℃で10分間乾燥させることにより,厚み0.2μmのプライマー層を形成した。
【0120】
(2)積層フィルムの作製(樹脂層形成工程)
ポリビニルアルコール粉末((株)クラレ製の「PVA124」,平均重合度2400,ケン化度98.0?99.0モル%)を95℃の熱水に溶解し,濃度8重量%のポリビニルアルコール水溶液を調製し,これをポリビニルアルコール系樹脂層形成用塗工液とした。
【0121】
上記(1)で作製したプライマー層を有する基材フィルムのプライマー層表面にダイコーターを用いて上記ポリビニルアルコール系樹脂層形成用塗工液を塗工した後,70℃で4分間乾燥させることにより,プライマー層上にポリビニルアルコール系樹脂層を形成して,基材フィルム/プライマー層/ポリビニルアルコール系樹脂層からなる積層フィルムを得た。
【0122】
(3)延伸フィルムの作製(延伸工程)
上記(2)で作製した積層フィルムに対し,フローティングの縦一軸延伸装置を用いて160℃で5.3倍の自由端一軸延伸を実施し,延伸フィルムを得た。延伸後のポリビニルアルコール系樹脂層の厚みは5.1μmであった。
【0123】
(4)偏光性積層フィルムの作製(染色工程)
上記(3)で作製した延伸フィルムを,ヨウ素とヨウ化カリウムとを含む30℃の染色水溶液(水100重量部あたりヨウ素を0.6重量部,ヨウ化カリウムを10.0重量部含む。)に約180秒間浸漬してポリビニルアルコール系樹脂層の染色処理を行った後,10℃の純水で余分な染色水溶液を洗い流した。
【0124】
次いで,ホウ酸を含む78℃の第1架橋水溶液(水100重量部あたりホウ酸を10.4重量部含む。)に120秒間浸漬し,次いで,ホウ酸及びヨウ化カリウムを含む70℃の第2架橋水溶液(水100重量部あたりホウ酸を5.7重量部,ヨウ化カリウムを12.0重量部含む。)に60秒間浸漬し,さらにホウ酸及びヨウ化カリウムを含む10℃の第3架橋水溶液(水100重量部あたりホウ酸を3.0重量部,ヨウ化カリウムを15.0重量部含む。)に約10秒間浸漬して架橋処理を行った。その後ただちに,エアブロワーを用いて両面に付着した液体を取り除き,偏光フィルムを含む偏光性積層フィルムを得た。
【0125】
(5)片面保護フィルム付偏光板の作製(第1貼合工程,剥離工程)
上記(4)で作製した偏光性積層フィルムの偏光フィルム上に,紫外線硬化性接着剤(ADEKA(株)製の「KR-75T」)からなる接着剤層を介して,保護フィルム〔トリアセチルセルロース(TAC)からなる透明保護フィルム(コニカミノルタオプト(株)製の「KC-2UAW」)〕を貼合した。次いで,高圧水銀ランプを用いて紫外線を照射することにより接着剤層を硬化させて,保護フィルム/接着剤層/偏光フィルム/基材フィルムの層構成からなる貼合フィルムを得た(第1貼合工程)。その後,得られた貼合フィルムから基材フィルムを剥離除去して,片面保護フィルム付偏光板を得た(剥離工程)。
【0126】
(6)評価用サンプルの作製
得られた片面保護フィルム付偏光板の偏光フィルム側の面にコロナ処理をしながら,(メタ)アクリル樹脂系の粘着剤(リンテック(株)製の「P-3132」)を貼合した。得られた粘着剤層付偏光板をその粘着剤層を用いてガラスに貼合し,評価用サンプルを得た。
【0127】
<実施例2>
第3架橋水溶液におけるヨウ化カリウムの含有量を,水100重量部あたり6重量部とし,また,エアブロワーの代わりに吸水ロールを用いて両面の液体を取り除いたこと以外は実施例1と同様にして片面保護フィルム付偏光板,次いで評価用サンプルを作製した。
…(省略)…
【0130】
〔Ty,Py及び単体色相bの測定〕
得られた評価用サンプルの偏光板について,積分球付き吸光光度計(日本分光(株)製の「V7100」)を用い,得られた透過率,偏光度に対してJIS Z 8701の2度視野(C光源)により視感度補正を行い,視感度補正単体透過率Ty及び視感度補正偏光度Pyを測定した。また,同吸光光度計を用いて単体色相bを測定した。測定にあたっては,ガラス側に入射光が照射されるように評価用サンプルをセットした。得られた視感度補正単体透過率Ty,視感度補正偏光度Py及び単体色相bをそれぞれ,偏光フィルムの視感度補正単体透過率Ty,視感度補正偏光度Py及び単体色相bとした。結果を表1に示す。
…(省略)…
【0132】
〔波長217nmにおける吸光度の測定〕
得られた片面保護フィルム付偏光板から保護フィルム及び接着剤層を除去して偏光フィルムを単離し,これを測定サンプルとして,吸光光度計((株)島津製作所製:UV2450)により190?800nmの波長域にわたる吸光度を測定した。装置に起因する偏光の影響を避けるため,測定サンプルの吸収軸を装置に対して水平にして測定した吸光スペクトルと,90度回して測定した吸光スペクトルの平均値を偏光フィルムの吸光スペクトルとして採用した。この吸光スペクトルから,ヨウ化物イオン(I^(-))に由来する波長217nmにおける吸光度を求めた。結果を表1に示す。
…(省略)…
【0135】
(2)耐温水性の評価
4cm角の評価用サンプルを60℃の水中に30分浸漬した後に,サンプルを引き上げ,約12時間,23℃55%RHの環境下で静置してから,上と同じ方法で単体色相bを測定した。また,試験後のサンプルの色相を目視で確認し,試験後もニュートラルグレーを維持している場合をA,青抜けが生じている場合をBとした。結果を表1に示す。
【0136】
【表1】




ウ 図1





エ 図3





(2) 甲1発明
ア 甲1発明A
甲1の【0118】?【0126】には,実施例1の「偏光フィルム」が記載されている。ここで,【0130】及び【0136】の【表1】の記載からみて,実施例1の偏光フィルムは,「偏光板としたときの視感度補正単体透過率Ty,視感度補正偏光度Py,単体色相b,及びヨウ化物イオン(I^(-))に由来する波長217nmにおける吸光度が,それぞれ,40.56%,99.989%,3.042及び3.96である」と理解される。また,【0135】及び【0136】の【表1】の記載からみて,実施例1の偏光フィルムは,(耐温水性の試験前後において)偏光板としたときの「色相がニュートラルグレーを維持し,青抜けが生じない」ものと理解される。
そうしてみると,甲1には,次の「偏光フィルム」の発明が記載されている(以下「甲1発明A」という。)。
「 プライマー層を有する基材フィルムのプライマー層表面にダイコーターを用いてポリビニルアルコール系樹脂層形成用塗工液を塗工した後,70℃で4分間乾燥させることにより,プライマー層上にポリビニルアルコール系樹脂層を形成して積層フィルムを得,
積層フィルムに対し,フローティングの縦一軸延伸装置を用いて160℃で5.3倍の自由端一軸延伸を実施し,延伸フィルムを得,ここで,延伸後のポリビニルアルコール系樹脂層の厚みは5.1μmであり,
延伸フィルムを,ヨウ素とヨウ化カリウムとを含む30℃の染色水溶液(水100重量部あたりヨウ素を0.6重量部,ヨウ化カリウムを10.0重量部含む。)に約180秒間浸漬してポリビニルアルコール系樹脂層の染色処理を行った後,10℃の純水で余分な染色水溶液を洗い流し,
次いで,ホウ酸を含む78℃の第1架橋水溶液(水100重量部あたりホウ酸を10.4重量部含む。)に120秒間浸漬し,次いで,ホウ酸及びヨウ化カリウムを含む70℃の第2架橋水溶液(水100重量部あたりホウ酸を5.7重量部,ヨウ化カリウムを12.0重量部含む。)に60秒間浸漬し,さらにホウ酸及びヨウ化カリウムを含む10℃の第3架橋水溶液(水100重量部あたりホウ酸を3.0重量部,ヨウ化カリウムを15.0重量部含む。)に約10秒間浸漬して架橋処理を行い,その後ただちに,エアブロワーを用いて両面に付着した液体を取り除いて得た,
偏光板としたときの視感度補正単体透過率Ty,視感度補正偏光度Py,単体色相b,及びヨウ化物イオン(I^(-))に由来する波長217nmにおける吸光度が,それぞれ,40.56%,99.989%,3.042及び3.96であり,色相がニュートラルグレーを維持し,青抜けが生じない,
偏光フィルム。」

イ 甲1発明B
甲1の【0127】の記載からみて,甲1には,次の「偏光フィルム」の発明も記載されている(以下「甲1発明B」という。)。
「 プライマー層を有する基材フィルムのプライマー層表面にダイコーターを用いてポリビニルアルコール系樹脂層形成用塗工液を塗工した後,70℃で4分間乾燥させることにより,プライマー層上にポリビニルアルコール系樹脂層を形成して積層フィルムを得,
積層フィルムに対し,フローティングの縦一軸延伸装置を用いて160℃で5.3倍の自由端一軸延伸を実施し,延伸フィルムを得,ここで,延伸後のポリビニルアルコール系樹脂層の厚みは5.1μmであり,
延伸フィルムを,ヨウ素とヨウ化カリウムとを含む30℃の染色水溶液(水100重量部あたりヨウ素を0.6重量部,ヨウ化カリウムを10.0重量部含む。)に約180秒間浸漬してポリビニルアルコール系樹脂層の染色処理を行った後,10℃の純水で余分な染色水溶液を洗い流し,
次いで,ホウ酸を含む78℃の第1架橋水溶液(水100重量部あたりホウ酸を10.4重量部含む。)に120秒間浸漬し,次いで,ホウ酸及びヨウ化カリウムを含む70℃の第2架橋水溶液(水100重量部あたりホウ酸を5.7重量部,ヨウ化カリウムを12.0重量部含む。)に60秒間浸漬し,さらにホウ酸及びヨウ化カリウムを含む10℃の第3架橋水溶液(水100重量部あたりホウ酸を3.0重量部,ヨウ化カリウムを6重量部含む。)に約10秒間浸漬して架橋処理を行い,その後ただちに,吸水ロールを用いて両面に付着した液体を取り除いて得た,
偏光板としたときの視感度補正単体透過率Ty,視感度補正偏光度Py,単体色相b,及びヨウ化物イオン(I^(-))に由来する波長217nmにおける吸光度が,それぞれ,41.00%,99.986%,2.946及び2.57であり,色相がニュートラルグレーを維持し,青抜けが生じない,
偏光フィルム。」

(3) 甲8の記載
甲8は,先の出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物であるところ,そこには,以下の記載がある。
ア 239頁右欄下から8行?240頁左欄3行
「Figure 8に紫外可視分光光度計で測定した市販の偏光板の単体透過率と偏光度との関係を示す。偏光板の光学特性は,k_(1)=100%,k_(2)=0%が理想であり,単体透過率は50%(表面反射を除く),偏光度100%が理論的な最大値となる。単体透過率の向上はLCDの輝度に影響し,偏光度は明暗比(コントラスト)に大きく影響する為,両者の改善が求められている。しかし,一般に単体透過率を上げると偏光度が低下し,偏光度を上げると単体透過率が下がり,単体透過率と偏光度は互いにトレードオフの関係にある。単体透過率-偏光度曲線を,いかに最大値に近づけるのかが技術課題となる。」
(当合議体注:k_(1)は透過軸方向の透過率,k_(2)は吸収軸方向の透過率である。)

イ Figure 8



2 対比及び判断
(1) 対比
甲1発明Bの「偏光フィルム」の製造工程は,前記1(2)イに記載のとおりである。
ここで,甲1発明Bの「偏光フィルム」の製造工程及び偏光フィルムの製造に関する技術常識からみて,甲1発明Bの「偏光フィルム」は,ヨウ素を含むポリビニルアルコール系樹脂フィルムで構成されたものといえる(甲1の【0032】の記載からも確認できる事項である。)。また,甲1発明Bの「偏光フィルム」は,その文言が意味するとおり,「偏光」性を示す,フィルム(膜)状のものである。加えて,甲1発明Bにおいて,「延伸後のポリビニルアルコール系樹脂層の厚みは5.1μm」であるから,「偏光フィルム」となった後の厚みが8μm以下であることは,明らかである。
そうしてみると,甲1発明Bの「偏光フィルム」は,本件特許発明1の「偏光膜」に相当する。また,甲1発明Bの「偏光フィルム」は,本件特許発明1の「偏光膜」における,「ヨウ素を含むポリビニルアルコール系樹脂フィルムで構成され,厚みが8μm以下であり」という要件を満たす。

(2) 一致点及び相違点
ア 一致点
本件特許発明1と甲1発明Bは,次の構成で一致する。
「 ヨウ素を含むポリビニルアルコール系樹脂フィルムで構成され,厚みが8μm以下である,
偏光膜。」

イ 相違点
本件特許発明1と甲1発明Bは,以下の点で相違する,又は,一応,相違する。なお,相違点1及び相違点2に係る本件特許発明1の構成は,本来,ひとまとまりのものであるが,判断の便宜上,分けて記載する。
(相違点1)
「偏光膜」が,本件特許発明1は,「単体透過率が41.5%以上43.5%以下であり,偏光度が99.990%以上99.998%以下」という要件を満たすものであるのに対して,甲1発明Bは,この要件を満たさない(視感度補正単体透過率Tyは41.00%,視感度補正偏光度Pyは99.986%である)点。

(相違点2)
「偏光膜」が,本件特許発明1は,「波長550nmにおける直交吸光度A_(550)と波長210nmにおける直交吸光度A_(210)との比(A_(550)/A_(210))が1.4?3.5」,「波長470nmにおける直交吸光度A_(470)と波長600nmにおける直交吸光度A_(600)との比(A_(470)/A_(600))が0.7?2.00」及び「直交b値が-10より大きく+10以下」という要件を満たすものであるのに対して,甲1発明Bは,これら値が不明である(測定されていない)点。

(3) 判断
甲1発明Bの「視感度補正単体透過率Ty」に関して,甲1の【0028】には,「偏光フィルムの視感度補正単体透過率Tyは,当該偏光フィルムやこれを含む偏光板が適用される液晶表示装置等の画像表示装置において通常求められる値であることができ,具体的には40?47%の範囲内であることが好ましい。」と記載されている。また,甲1発明Bの「視感度補正偏光度Py」に関して,甲1の【0030】には,「偏光フィルムの視感度補正偏光度Pyは,99.9%以上であることが好ましく,99.95%以上であることがより好ましい。」と記載されている。
これら記載からみて,甲1発明Bの「視感度補正単体透過率Ty」及び「視感度補正偏光度Py」を,相違点1に係る本件特許発明1の要件を満たすものとすることは,甲1の記載が許容する範囲内の事項ではある。
しかしながら,甲1発明Bの「偏光フィルム」の「視感度補正偏光度Py」は「99.986%」であり,【0030】において「より好ましい」とされる「99.95%」を既に上回っている。また,甲1発明Bは,「偏光フィルムそれ自体の耐水性を向上させること」(【0007】)を目的とした発明である。
そうしてみると,甲1発明Bの「視感度補正偏光度Py」を,相違点1に係る本件特許発明1の「99.990%以上99.998%以下」にまで高めようとすることに,動機付けがあるとはいえない。

また,甲1には,甲1発明Bの「視感度補正偏光度Py」を,「99.990%以上99.998%以下」にまで高める方法について,記載されておらず,示唆もない。
すなわち,甲1の【0083】には,偏光フィルムの偏光度を十分に高めるためには延伸倍率を5倍以上にすれば良いことが記載されている。しかしながら,【0030】の記載に照らして「十分」と理解される「99.986%」にまで高められている甲1発明Bの「視感度補正偏光度Py」を,さらに高める方法は,甲1に記載されておらず,示唆もない(当合議体注:例えば,延伸倍率を高めると配向度は高くなる傾向にあるが,そのような偏光フィルムは染色がより困難となるから,「視感度補正偏光度Py」が高くなるとは,直ちにはいえない。さらに,単に延伸倍率を高めたとしても,甲1発明Bの「偏光フィルム」が,相違点2をも満足するような調整が当業者において容易にできるとは必ずしもいえない。)。

加えて,甲1発明Bの「視感度補正単体透過率Ty」及び「視感度補正偏光度Py」は,その双方の値が,本件特許発明の「単体透過率」及び「偏光度」の値を下回っている。そうしてみると,甲1発明Bの「偏光フィルム」を前提として,相違点1に係る本件特許発明1の構成を具備したものとするためには,その「視感度補正単体透過率Ty」及び「視感度補正偏光度Py」がより高性能となるように,その製造工程を相当程度見直すことが必要となる。
しかしながら,偏光フィルムの製造方法においては,一般に,単体透過率を上げると偏光度が低下し,偏光度を上げると単体透過率が下がり,単体透過率と偏光度は互いにトレードオフの関係にある(甲8)ことは技術常識である。この点は,甲1発明Aと甲1発明Bを比較することからも,理解することができる(甲1発明Aの「視感度補正単体透過率Ty」及び「視感度補正偏光度Py」は,それぞれ「40.56%」及び「99.989%」であり,甲1発明Bの「視感度補正単体透過率Ty」及び「視感度補正偏光度Py」は,それぞれ「41.00%」及び「99.986%」である。)。
以上によれば,甲1発明Bの「視感度補正単体透過率Ty」及び「視感度補正偏光度Py」を,双方とも,相違点1の程度にまで高めることは,製造方法の見直しに関して具体的な手がかりが記載されていない以上,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえはない。

(4) 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は,令和2年6月26日付け意見書(以下「意見書」という。)の4.(4-4)において,当業者ならば,甲2?甲4の記載を参酌して,偏光膜の製造方法を調整することができると主張する。
(当合議体注:甲2?甲4には,「視感度補正単体透過率Ty」及び「視感度補正偏光度Py」が,相違点1に係る本件特許発明1の要件を満たす偏光板が開示されている。)
しかしながら,特許異議申立人は,甲1発明Bにおいて,偏光膜の製造方法をどのように調整すればよいか,具体的な主張をしていない。また,仮に,甲1発明Bにおいて,何らかの製造方法の調整を行った結果として,相違点1に係る本件特許発明1の要件を満たす「偏光フィルム」が得られたとして,それが相違点2に係る本件特許発明1の要件をも満たすかは不明である。
かえって,甲1の【0022】には,偏光フィルムにおいて,「PVA-ヨウ素錯体の含有量」に対して「ヨウ化物イオンの含有量」を過剰にしておくことが記載されている。そして,この技術的思想は,本件特許発明1のものと逆のものである(当合議体注:本件特許の明細書の【0009】には,「紫外に吸光を有し,偏光性能に寄与しないヨウ素イオンを減らし,可視領域に吸光を有するPVA^(-)ヨウ素錯体の比率を向上させることで,高い偏光性能と偏光膜の薄型化を両立することが可能になる。言い換えると,比(A_(550)/A_(210))を大きくすることにより,薄型で高い光学特性を達成することが可能となる。」と記載されている。)。
甲1発明Bの製造方法の調整を行う当業者ならば,【0022】の記載も考慮してヨウ化物イオンの含有量を過剰にするはずであり,そのようにしてなる「偏光フィルム」が「波長550nmにおける直交吸光度A_(550)と波長210nmにおける直交吸光度A_(210)との比(A_(550)/A_(210))が1.4?3.5」という要件を満たすかは,不明である。
そうしてみると,たとえ甲1発明Bにおける「偏光フィルム」の製造方法を,甲2?甲4に記載された製造方法に基づいて調整したとしても,本件特許発明1の構成に到るとまではいえない。

したがって,特許異議申立人の主張は採用できない。

(5) 甲1発明Aについて
甲1発明Bに替えて,甲1発明Aに基づいて検討しても,同様である。

(6) 小括
本件特許発明1は,たとえ当業者といえども,甲1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるということはできない。

(7) 本件特許発明2?本件特許発明5について
本件特許発明2?本件特許発明5は,本件特許発明1に対してさらに他の発明特定事項を付加したものである。
これら発明についても,当業者が,甲1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるということはできない。

第6 取消しの理由において採用しなかった特許異議申立ての理由について
1 36条4項1号
(1) 特許異議申立ての理由
特許異議申立人は,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,当業者が,実施例に記載されている以外の方法で本件特許発明1?本件特許発明5を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているということができないとしている。

(2) 当合議体の判断
まず,当業者ならば,本件特許の請求項1?請求項5に記載された事項によって特定されるとおりのものとして,本件特許発明1?本件特許発明5を明確に認定することができる。

次に,本件特許の明細書の【0016】には,「本発明の偏光膜の製造方法は,長尺状の熱可塑性樹脂基材の片側に,ハロゲン化物とポリビニルアルコール系樹脂とを含むポリビニルアルコール系樹脂層を形成して積層体とすること,および,上記積層体に,空中補助延伸処理と,染色処理と,水中延伸処理と,長手方向に搬送しながら加熱ロールを用いて加熱することによる乾燥収縮処理と,をこの順に施すことを含む。」こと,そして,「PVA系樹脂層を液体に浸漬した場合において,PVA系樹脂層がハロゲン化物を含まない場合に比べて,ポリビニルアルコール分子の配向の乱れ,および配向性の低下が抑制され得る。」こと,及び「乾燥収縮処理により積層体を幅方向に収縮させることにより,光学特性を向上させることができる。」ことが記載されている。
すなわち,本件特許の明細書には,「PVA系樹脂層がハロゲン化物を含むこと」及び「乾燥収縮処理」という,従来にない製造方法によって,偏光膜の光学特性を向上できることが,その機序とともに開示されている。
そして,本件特許の明細書には,本件特許発明1?本件特許発明5の偏光膜(偏光板)を作ることができることが,具体的な実施例(【0065】?【0077】)とともに記載されている。

最後に,当業者ならば,本件特許発明1?本件特許発明5の偏光膜(偏光板)を,液晶表示装置に好適に用いること(【0078】)により,使用することができる。

したがって,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,当業者が,本件特許発明1?本件特許発明5を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものである。

(3) 意見書の主張について
特許異議申立人は,意見書の4.(4-2)において,本件特許発明1?本件特許発明5における,「波長550nmにおける直交吸光度A_(550)と波長210nmにおける直交吸光度A_(210)との比(A_(550)/A_(210))が1.4?3.5であり」及び「波長470nmにおける直交吸光度A_(470)と波長600nmにおける直交吸光度A_(600)との比(A_(470)/A_(600))が0.7?2.00であり」という構成は,当業者が通常用いないパラメータであるので,当業者に過度の試行錯誤を強いるものであると主張する。
しかしながら,当業者ならば,市販の紫外可視分光光度計を用いて,波長210,470,550及び600nmにおける直交吸光度を測定し,確認することができる。
したがって,特許異議申立人の主張は採用できない。

2 29条1項3号
(1) 特許異議申立ての理由
特許異議申立人は,本件特許発明1?本件特許発明3及び本件特許発明5は,甲1?甲4に記載された発明であるとしている。

(2) 甲1について
甲1に記載された発明と,本件特許発明1?本件特許発明3及び本件特許発明5を対比すると,少なくとも,前記相違点1の点において相違する。
本件特許発明1?本件特許発明3及び本件特許発明5は,甲1に記載された発明と同一ではない。

(3) 甲2?甲4について
甲2に記載された発明と,本件特許発明1?本件特許発明3及び本件特許発明5を対比すると,少なくとも,前記相違点2の点において相違する。
本件特許発明1?本件特許発明3及び本件特許発明5は,甲2に記載された発明と同一ではない。
甲3及び甲4についてみても,同様である。

3 29条2項
(1) 特許異議申立ての理由
特許異議申立人は,本件特許発明1?本件特許発明5は,甲2?甲4に記載された発明に基づいて,先の出願前の当業者が容易に発明することができたものであるとしている。

(2) 当合議体の判断
甲2には,波長210,470,550及び600nmにおける直交吸光度に関する知見について,記載されていない。まして,甲2には,これら直交吸光度と,偏光膜の単体透過率及び偏光度の関係についての記載もない。
そうしてみると,当業者が,甲2に記載された偏光子層を,相違点2に係る本件特許発明1の構成を具備するものとする動機付けがない。
この点は,特許異議申立人が挙げた他の証拠を考慮しても変わらない。

甲3には,短波長側の吸収帯が非常に大きく,紫外可視分光光度計では飽和してその強度を把握できない偏光板を前提とした発明が記載されている(【0018】)。
そうしてみると,当業者が,甲3に記載された偏光子を,相違点2に係る本件特許発明1の構成を具備することには阻害要因がある。

甲4には,波長210nmにおける直交吸光度に関する知見について,記載されていない。まして,甲4には,波長210nmにおける直交吸光度と,偏光膜の単体透過率及び偏光度の関係についての記載もない。
そうしてみると,当業者が,甲4に記載された偏光板を,相違点2に係る本件特許発明1の構成を具備するものとする動機付けがない。
この点は,特許異議申立人が挙げた他の証拠を考慮しても変わらない。

4 36条6項1号
(1) 特許異議申立ての理由
特許異議申立人は,[A]本件特許の明細書の比較例2(【0074】)において,「波長550nmにおける直交吸光度A_(550)と波長210nmにおける直交吸光度A_(210)との比(A_(550)/A_(210))」が0.86と低いにもかかわらず,薄型で高い偏光性能が達成されていることを指摘して,[B]「波長550nmにおける直交吸光度A_(550)と波長210nmにおける直交吸光度A_(210)との比(A_(550)/A_(210))」の技術的意義を理解することができないから,[C]本件特許発明1?本件特許発明5は,発明の詳細な説明に記載されている範囲を超えるものであるとしている。
また,特許異議申立人は,本件特許発明1?本件特許発明5は,従来の製造方法で得られた偏光膜をも含む広い範囲を規定する内容となっているため,発明の詳細な説明に記載されている範囲を超えるものであるとしている。

(2) 当合議体の判断
本件特許発明1?本件特許発明5の,発明が解決しようとする課題は,本件特許の明細書の【0004】の記載からみて,「薄型でありながら優れた光学特性を有する偏光膜(偏光板)を提供すること」にある。
ここで,本件特許の明細書の【0009】には,「紫外に吸光を有し,偏光性能に寄与しないヨウ素イオンを減らし,可視領域に吸光を有するPVA-ヨウ素錯体の比率を向上させることで,高い偏光性能と偏光膜の薄型化を両立することが可能になる。言い換えると,比(A_(550)/A_(210))を大きくすることにより,薄型で高い光学特性を達成することが可能となる。さらに,比(A_(470)/A_(600))を所定値以上に維持することにより,可視光全域にわたって良好な偏光性能を実現することができる。」と記載されている。
そして,本件特許発明1?本件特許発明5の「偏光膜」は,「厚みが8μm以下」(請求項1)や「厚みが5μm以下」(請求項2)と薄型であることを前提としつつ,「波長550nmにおける直交吸光度A_(550)と波長210nmにおける直交吸光度A_(210)との比(A_(550)/A_(210))が1.4?3.5」及び「波長470nmにおける直交吸光度A_(470)と波長600nmにおける直交吸光度A_(600)との比(A_(470)/A_(600))が0.7?2.00」という構成を具備するものとされている。
以上勘案すると,本件特許発明1?本件特許発明5は,発明の詳細な説明において,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えないものと理解される。
したがって,本件特許発明1?本件特許発明5は,発明の詳細な説明に記載したものである。
(当合議体注:発明が解決しようとする課題を解決するための手段として,他のもの(比較例2-1)が存在することは,本件特許発明1?本件特許発明5の課題解決手段の技術的意義が理解できないとする根拠にならない。また,従来の製造方法で得られる偏光膜(偏光板)をも含むからといって,本件特許発明1?本件特許発明5が,発明の詳細な説明において,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えることにはならない(新規性又は進歩性の問題であり,36条6項1号の問題ではない。)。)

(3) 意見書の主張について
特許異議申立人は,意見書の4.(4-1)において,[A]「単体透過率が41.5%以上43.5%以下」かつ「偏光度が99.990%以上99.998%以下」である実施例の偏光膜は,実施例2-1,実施例2-2,実施例2-3及び実施例3-1のみであり,[B]これら偏光膜の厚みは4.6μm又は5μmであるから,[C]「厚みが8μm以下」という範囲との関係においてサポート要件違反であると主張する。
しかしながら,特許異議申立人の計算結果によると,実施例2-3の「偏光膜」は,単体透過率が43.5%,偏光度が99.99986%と優れたものである。実施例2-3を前提として検討すると,厚みに応じて染色条件を変えることにより,「単体透過率が41.5%以上43.5%以下」かつ「偏光度が99.990%以上99.998%以下」の偏光膜(偏光板)が得られると認められる。

第7 まとめ
以上のとおりであるから,当合議体が通知した取消しの理由及び特許異議申立ての理由によっては,請求項1?請求項5に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に請求項1?請求項5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
なお,請求項6?請求項10に係る特許については,特許異議申立ての対象となっていない。
よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヨウ素を含むポリビニルアルコール系樹脂フィルムで構成され、厚みが8μm以下であり、
単体透過率が41.5%以上43.5%以下であり、偏光度が99.990%以上99.998%以下であり、
波長550nmにおける直交吸光度A_(550)と波長210nmにおける直交吸光度A_(210)との比(A_(550)/A_(210))が1.4?3.5であり、
波長470nmにおける直交吸光度A_(470)と波長600nmにおける直交吸光度A_(600)との比(A_(470)/A_(600))が0.7?2.00であり、かつ、
直交b値が-10より大きく+10以下である、
偏光膜。
【請求項2】
厚みが5μm以下である、請求項1に記載の偏光膜。
【請求項3】
前記比(A_(550)/A_(210))が1.8以上である、請求項1または2に記載の偏光膜。
【請求項4】
単体透過率が42.5%以上である、請求項1から3のいずれかに記載の偏光膜。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の偏光膜と、該偏光膜の少なくとも一方の側に配置された保護層とを有する、偏光板。
【請求項6】
偏光膜の製造方法であって、
該偏光膜は、ヨウ素を含むポリビニルアルコール系樹脂フィルムで構成され、厚みが8μm以下であり、
波長550nmにおける直交吸光度A_(550)と波長210nmにおける直交吸光度A_(210)との比(A_(550)/A_(210))が1.4?3.5であり、
波長470nmにおける直交吸光度A_(470)と波長600nmにおける直交吸光度A_(600)との比(A_(470)/A_(600))が0.7?2.00であり、かつ、
直交b値が-10より大きく+10以下であり、
該製造方法は、
長尺状の熱可塑性樹脂基材の片側に、ヨウ化物または塩化ナトリウムとポリビニルアルコール系樹脂とを含むポリビニルアルコール系樹脂層を形成して積層体とすること、および
該積層体に、空中補助延伸処理と、染色処理と、水中延伸処理と、長手方向に搬送しながら加熱することにより、幅方向に2%以上収縮させる乾燥収縮処理と、をこの順に施すことを含む、製造方法。
【請求項7】
前記ヨウ化物がヨウ化カリウムである、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記ポリビニルアルコール系樹脂層における前記ヨウ化カリウムの含有量が、該ポリビニルアルコール系樹脂100重量部に対して5重量部?20重量部である、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
前記乾燥収縮処理が、加熱ロールを用いて行われる、請求項6から8のいずれかに記載の製造方法。
【請求項10】
前記加熱ロールの温度が60℃?120℃である、請求項9に記載の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-09-07 
出願番号 特願2018-120369(P2018-120369)
審決分類 P 1 652・ 536- YAA (G02B)
P 1 652・ 113- YAA (G02B)
P 1 652・ 537- YAA (G02B)
P 1 652・ 121- YAA (G02B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 小西 隆菅原 奈津子  
特許庁審判長 里村 利光
特許庁審判官 河原 正
樋口 信宏
登録日 2019-01-25 
登録番号 特許第6470456号(P6470456)
権利者 日東電工株式会社
発明の名称 偏光膜、偏光板、および偏光膜の製造方法  
代理人 籾井 孝文  
代理人 籾井 孝文  

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