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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C09K
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C09K
管理番号 1368140
異議申立番号 異議2020-700013  
総通号数 252 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-12-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-01-10 
確定日 2020-11-19 
異議申立件数
事件の表示 特許第6558465号発明「ノンアスベスト摩擦材組成物、これを用いた摩擦材及び摩擦部材」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6558465号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6558465号の請求項1?8に係る特許についての出願は、平成23年11月7日(優先権主張 平成22年11月19日 日本国)を国際出願日とする特願2012-544187号の一部を、平成28年11月24日に新たな特許出願とした特願2016-228289号の一部を、さらに、平成30年4月11日に新たな特許出願としたものであって、令和元年7月26日にその特許権の設定登録がなされ、同年8月14日にその特許掲載公報が発行されたものである。
その後、その特許についての異議申立ての経緯は、以下のとおりである。

令和2年1月10日 特許異議申立人である柴田秀子による特許異議の申立て
同年6月3日付け 取消理由通知
同年8月6日 意見書の提出(特許権者)

第2 本件発明

特許第6558465号の請求項1?8の特許に係る発明(以下、「本件発明1」、「本件発明2」などといい、まとめて「本件発明」ともいう。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
銅を含まないノンアスベスト摩擦材組成物であって、銅及び銅合金以外の金属繊維の含有量が0.5質量%以下であり、前記摩擦材組成物中に、チタン酸リチウムカリウム及び黒鉛を含有し、前記チタン酸リチウムカリウムの形状が柱状、板状、鱗片状であることを特徴とするノンアスベスト摩擦材組成物。
【請求項2】
銅及び銅合金以外の金属繊維を含有しない、請求項1に記載のノンアスベスト摩擦材組成物。
【請求項3】
前記チタン酸リチウムカリウムの平均粒径が1?10μmである、請求項1又は2に記載のノンアスベスト摩擦材組成物。
【請求項4】
前記チタン酸リチウムカリウムの含有量が、1?30質量%である、請求項1?3のいずれか1項に記載のノンアスベスト摩擦材組成物。
【請求項5】
前記黒鉛の平均粒径が、0.1?100μmである、請求項1?4のいずれか1項に記載のノンアスベスト摩擦材組成物。
【請求項6】
前記黒鉛の含有量が、1?20質量%である、請求項1?5のいずれか1項に記載のノンアスベスト摩擦材組成物。
【請求項7】
請求項1?6のいずれかに記載のノンアスベスト摩擦材組成物を成形してなる摩擦材。
【請求項8】
請求項1?6のいずれかに記載のノンアスベスト摩擦材組成物を成形してなる摩擦材と裏金とを用いて形成される摩擦部材。」

第3 取消理由通知に記載した取消理由

当審が令和2年6月3日付けで通知した取消理由は、以下の取消理由1?3である。また、取消理由3で刊行物として以下の甲1を引用するものである。

<取消理由>
取消理由1
本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないから、本件特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
取消理由2
本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
取消理由3
本件特許の特許請求の範囲の請求項1?8に係る発明は、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、本件特許の出願日前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

<刊行物>
甲1
特開2005-36157号公報(特許異議申立人柴田秀子が提出した甲第1号証。以下、「甲1」という。)

第4 当審の判断
1 取消理由1について

取消理由1は、要するに、本件特許の特許請求の範囲の請求項1には、「銅を含まないノンアスベスト摩擦材組成物であって」(下線は、当審による。)と記載されており、この記載は、銅の含有量が0質量%であること(銅を含むことを許容しないこと)を意味すると解されるが、本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、これと矛盾する記載(銅を4質量%含有する実施例が5つ(実施例1?5)も記載されている点等)があるため、本件発明が明確ではないというものである。
これに対し、特許権者は、意見書(3頁12?16行)において、「本件特許明細書には、「銅を含まない」態様と、「銅を含み、かつ、その含有量は5質量%以下である」態様が、各々記載されていると言えます。本件発明は、そのうちの「銅を含まない」態様に相当する発明です。」と釈明した。
そして、当審は、この釈明が妥当なものであり、当該記載は、その記載のとおり、「銅の含有量が0質量%であること(銅を含むことを許容しないこと)を意味する」と解すべきものであると認める。
したがって、本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載が不明確であるとはいえないので、本件発明に係る特許は、取消理由1によって取り消すべきものとすることはできない。

2 取消理由2について
(1) 取消理由2の概要

取消理由2は、要するに、本件発明の実施例に該当するものが実施例6のみであり、かつ、実施例6以外の態様を含む本件発明の範囲にまで発明の範囲を拡張ないし一般化することができるともいえないので、本件特許の特許請求の範囲の記載にはサポート要件違反があるというものである。

(2) 当審の判断
ア 発明の詳細な説明の記載

「【背景技術】
【0002】
自動車などには、その制動のためにディスクブレーキパッドやブレーキライニングなどの摩擦材が使用されている。摩擦材は、ディスクローターやブレーキドラムなどの対面材と摩擦することにより、制動の役割を果たしている。そのため、摩擦材には、高い摩擦係数と摩擦係数の安定性が求められるだけでなく、対面材であるディスクローターを削り難いこと(耐ローター摩耗性)、鳴きが発生しにくいこと(鳴き特性)、パッド寿命が長いこと(耐摩耗性)などが要求される。また、高負荷の制動時に剪断破壊を起こさないこと(剪断強度)や、高温の制動履歴によって摩擦材に亀裂を生じないこと(耐クラック性)などの耐久性能も要求される。
【0003】
摩擦材には、結合材、繊維基材、無機充填材及び有機充填材などが含まれ、前記特性を発現させるために、一般的に、それぞれ1種もしくは2種以上を組み合わせたものが含まれる。繊維基材としては、有機繊維、金属繊維、無機繊維などが用いられ、耐クラック性、耐摩耗性を向上させるために、金属繊維として銅や銅合金の繊維が一般的に用いられる。さらに、耐摩耗性を向上させるために銅や銅合金のチップや粉末が用いられることもある。また、摩擦材として、ノンアスベスト摩擦材が主流となっており、このノンアスベスト摩擦材には銅や銅合金などが多量に使用されている。 しかし、銅や銅合金を含有する摩擦材は、制動時に生成する摩耗粉に銅を含み、河川、湖や海洋汚染などの原因となる可能性が示唆されている。 そこで、銅や銅合金などの金属を含まずに、摩擦係数、耐摩耗性、ローター摩耗が良好な摩擦材を提供する目的で、繊維基材、結合材及び摩擦調整成分を含むブレーキ用摩擦材として、重金属や重金属化合物を含有せず、酸化マグネシウムと黒鉛を摩擦材中に45?80体積%含有し、酸化マグネシウムと黒鉛の比を1/1?4/1とする方法が提案されている(特許文献1)。」
「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1のブレーキ用摩擦材では、摩擦係数、耐クラック性、耐摩耗性の全てに優れた摩擦材を得ることは困難である。 一方、摩擦材に含まれる銅以外の金属繊維として、スチール繊維や鋳鉄繊維などの鉄系繊維が耐クラック性改善の目的で用いられるが、鉄系繊維は対面材の攻撃性が高いという欠点があり、また亜鉛繊維やアルミニウム繊維などの銅以外で一般的に摩擦材に用いられる非鉄金属繊維は、銅や鉄系繊維と比較して耐熱温度が低いものが多く、摩擦材の耐摩耗性を悪化させるという問題がある。また、摩擦材の耐クラック性を向上するための方法として無機繊維が用いられる。しかし十分な耐クラック性を得るためには、多量の無機繊維を添加する必要があり、多量の無機繊維を用いれば耐クラック性は改善できるものの、耐摩耗性が悪化してしまうという問題が生じる。
【0006】
また、黒鉛を用いると、摩擦材の耐摩耗性を向上できることが知られている。しかし十分な耐摩耗性を得るためには、多量に黒鉛を添加する必要があり、多量の黒鉛を用いれば耐摩耗性は改善できるものの、摩擦係数が大きく低下してしまうという問題が生じる。 前述したように、銅の含有量を少なくした摩擦材は、耐摩耗性や耐クラック性が悪く、摩擦係数、耐クラック性及び耐摩耗性の全てを満足させる優れた摩擦材を得ることは困難であった。
【0007】
このような背景を鑑み、本発明の課題は、河川、湖や海洋汚染などの原因となる可能性のある銅や銅合金の含有量が少なくても、摩擦係数、耐クラック性及び耐摩耗性に優れた摩擦材を与えることができるノンアスベスト摩擦材組成物、さらに該ノンアスベスト摩擦材組成物を用いた摩擦材及び摩擦部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、ノンアスベスト摩擦材組成物において、銅及び金属繊維の含有量を一定以下とし、チタン酸リチウムカリウム及び黒鉛を含有することで、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成した。 すなわち、本発明は、下記のとおりである。」
「【発明の効果】
【0010】
本発明のノンアスベスト摩擦材組成物は、自動車用ディスクブレーキパッドやブレーキライニングなどの摩擦材に用いた際に、制動時に生成する摩耗粉中の銅が少ないことから環境汚染が少なく、かつ優れた摩擦係数、耐クラック性及び耐摩耗性を発現することができる。また、本発明のノンアスベスト摩擦材組成物を用いることにより、上記特性を有する摩擦材及び摩擦部材を提供できる。」
「【0036】[実施例1?6及び比較例1?6]ディスクブレーキパッドの作製 表1に示す配合比率に従って材料を配合し、実施例及び比較例の摩擦材組成物を得た。この摩擦材組成物をレディーゲミキサー((株)マツボー社製、商品名:レディーゲミキサーM20)で混合し、この混合物を成形プレス(王子機械工業(株)製)で予備成形し、得られた予備成形物を成形温度145℃、成形圧力30MPaの条件で5分間成形プレス(三起精工(株)製)を用いて日立オートモティブシステムズ(株)製の裏金と共に加熱加圧成形し、得られた成形品を200℃で4.5時間熱処理し、ロータリー研磨機を用いて研磨し、500℃のスコーチ処理を行って、ディスクブレーキパッド(摩擦材の厚さ11mm、摩擦材投影面積52cm^(2))を得た。 作製したディスクブレーキパッドについて、前記の評価を行った結果を表1に示す。
【0037】
なお、実施例及び比較例において使用した各種材料は次のとおりである。
(結合材)
・フェノール樹脂:日立化成工業(株)製(商品名HP491UP)
(有機充填剤)
・カシューダスト:東北化工(株)製(商品名FF-1090)
・SBR粉
(無機充填剤)
・黒鉛:TIMCAL社製(商品名KS75、人造黒鉛、球体、平均粒径約15μm)
・チタン酸リチウムカリウム:大塚化学(株)製(商品名テラセスL-SS、鱗片状、平均粒径3μm)
・硫酸バリウム:堺化学工業(株)製(商品名硫酸バリウムBA)
・マイカ
・コークス:TIMCAL社製(商品名FC250-1500)
・硫化錫:Chemetall社製(商品名Stannolube)
・水酸化カルシウム
・酸化ジルコニウム
(繊維基材)
・アラミド繊維(有機繊維):東レ・デュポン(株)製(商品名1F538)
・鉄繊維(金属繊維):GMT社製(商品名#0)
・銅繊維(金属繊維):SunnyMetal社製(商品名SCA-1070)
・鉱物繊維(無機繊維):LAPINUSFIBERSB.V製(商品名RB240、平均繊維長300μm)
【0038】
【表1】


【0039】
実施例1?6は、銅を多量に含有する比較例1と同水準の摩擦係数、耐クラック性、耐摩耗性を示した。また、実施例1?6は、チタン酸リチウムカリウム及び黒鉛を含有しない比較例2,3、黒鉛を含有しない比較例4、チタン酸リチウムカリウムを含有しない比較例5と比較して、耐クラック性、耐摩耗性が優れ、さらに銅及び銅合金以外の金属繊維を0.5質量%を超えて含有する比較例6と比較して耐摩耗性に優れることは明らかである。 また、チタン酸リチウムカリウムを1?20質量%及び黒鉛を1?15質量%の範囲で含有することにより、耐摩耗性がさらに向上することが、実施例1?4と実施例5との比較により分かる。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明のノンアスベスト摩擦材組成物は、従来品と比較して制動時に生成する摩耗粉中の銅が少ないことから環境汚染が少なく、かつ優れた摩擦係数、耐クラック性、耐摩耗性を発現できるため、自動車のディスクブレーキパッドやブレーキライニングなどの摩擦材及び摩擦部材に有用である。」

イ 本件発明が解決しようとする課題

本件発明が解決しようとする課題は、発明の詳細な説明の特に【0007】の記載に基づいて、「河川、湖や海洋汚染などの原因となる可能性のある銅や銅合金の含有量が少なくても、摩擦係数、耐クラック性及び耐摩耗性に優れた摩擦材を与えることができるノンアスベスト摩擦材組成物、さらに該ノンアスベスト摩擦材組成物を用いた摩擦材及び摩擦部材を提供すること」であると認められる。

ウ 検討
(ア) 比較例2と、実施例1?5、比較例4、5との比較

比較例2と比較例4を対比する。
比較例2は、黒鉛及びチタン酸リチウムカリウムを含有しない態様であり、比較例4は、比較例2において、硫酸バリウム(41質量%)の一部(10質量%)をチタン酸リチウムカリウムに置換したものであるが、比較例4は、比較例2と比べて、摩擦係数がほぼ変化せず(0.37が0.38に変化)、耐クラック性が劣化し(水準2から3に劣化)、耐摩耗性がほぼ変化していない(100℃において0.12で変化なし、300℃において0.93から0.95に変化)。

比較例2と比較例5を対比する。
比較例5は、比較例2において、硫酸バリウム(41質量%)の一部(8質量%)を黒鉛に置換したものであるが、比較例5は、比較例2と比べて、摩擦係数がほぼ変化せず(0.37が0.36に変化)、耐クラック性が劣化し(水準2から3に劣化)、耐摩耗性がほぼ変化していない(100℃において0.12が0.11に変化、300℃において0.93から0.90に変化)。

比較例2と実施例1?5のそれぞれを対比する。
実施例1?5は、それぞれ、比較例2において、硫酸バリウム(41質量%)の一部を、黒鉛およびチタン酸リチウムカリウム(それぞれ、2?18質量%、および、2?22質量%)に置換したものであるが、いずれの実施例においても、摩擦係数がやや増加するものの(0.37が、0.38?0.42に増加)、耐クラック性が向上し(水準2から1に向上)、耐摩耗性も向上している(100℃において0.12が0.05?0.06に向上、300℃において0.93から0.38?0.65に向上)。

以上によれば、黒鉛またはチタン酸リチウムカリウムの一方を添加した場合には、いずれも摩擦係数、耐摩耗性はほぼ変化がないものの耐クラック性が劣化しているから、黒鉛およびチタン酸リチウムカリウムは、いずれも、全体として評価が劣化する方向に作用する添加剤であることが理解できる。
一方、両者を同時に添加した場合には、添加量がわずか2質量%づつ(実施例1)であっても摩擦係数を微増に止めつつ、耐クラック性と耐摩耗性が向上していることも理解できる。
そして、この黒鉛およびチタン酸リチウムカリウムを同時に添加した場合における、摩擦係数、耐クラック性および耐摩耗性が全体として向上するという効果は、これらの一方のみを添加した場合における評価が劣化する方向に作用する効果の総和として説明することができず、黒鉛およびチタン酸リチウムカリウムを同時に添加することに基づいて奏される効果であると解することが合理的であるといえる。

(イ) 比較例2と比較例3の比較

比較例2は、比較例3において、硫酸バリウム(45質量%)の一部を銅繊維(4質量%)に置換したものであるが、比較例2は、比較例3と比べて、摩擦係数がほぼ変化しないものの(0.36が0.37に変化)、耐クラック性が向上し(水準3が水準2に向上)、耐摩耗性もやや向上している(100℃において0.15が0.12に向上、300℃において1.18から0.93に向上)。
したがって、銅繊維の添加も、耐クラック性や耐摩耗性を向上する効果があるが、黒鉛およびチタン酸リチウムカリウムを同時に添加した場合と比べると、その程度が弱いものであると理解できる。

(ウ) 実施例6と実施例2の比較

実施例2は、黒鉛およびチタン酸リチウムカリウムを含有している実施例6において、さらに、硫酸バリウム(27質量%)の一部を銅繊維(4質量%)に置換したものであるが、実施例2は、実施例6と比べて、摩擦係数がほぼ変化せず(0.41が0.42に変化)、耐クラック性も変化せず(水準1のまま)、耐摩耗性もほぼ変化していない(100℃において0.06が0.05に変化、300℃において0.42から0.39に変化)。
したがって、上記(ア)(イ)によれば、黒鉛およびチタン酸リチウムカリウムの添加と銅の添加は、いずれも、耐クラック性や耐摩耗性を向上する効果を示すものであって、前者の方がより強い向上効果を示すものであるが、これらを同時に添加しても、これらの効果が強めあったり弱めあったりすることはないこと(単により強い効果を示す黒鉛およびチタン酸リチウムカリウムの添加による効果のみが奏されること)が理解できる。

(エ) 実施例6と比較例6の比較

比較例6は、黒鉛およびチタン酸リチウムカリウムを含有している実施例6において、硫酸バリウム(27質量%)の一部を銅繊維(4質量%)および金属繊維(1質量%)に置換したものであるが、比較例6は、実施例6と比べて、摩擦係数がほぼ変化せず(0.41が0.43に変化)、耐クラック性も変化していないが(水準1のまま)、耐摩耗性が劣化している(100℃において0.06が0.15に劣化、300℃において0.42から1.00に劣化)。
また、上記(ウ)によれば、黒鉛およびチタン酸リチウムカリウムを含有している実施例6において銅繊維を添加しても(概ね実施例2に相当する場合)、耐クラック性や耐摩耗性に変化はないと推測できる。
そうすると、比較例6において実施例6よりも耐摩耗性が劣化している理由は、金属繊維(1質量%)が添加されていることによるものであると理解できる。

(オ) 小括

以上によれば、明細書の特に実施例、比較例の記載に基づき、銅や銅合金を含有していなくても、黒鉛およびチタン酸リチウムカリウムを同時に含有していれば、摩擦係数、耐クラック性及び耐摩耗性に優れた摩擦材を与えることができるノンアスベスト摩擦材組成物を提供することが理解できると認められる。

エ 取消理由2についてのまとめ

以上のとおりであるから、本件発明は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであると認められるから、本件発明に係る特許は、取消理由2によって取り消すべきものとすることはできない。

3 取消理由3について
(1) 刊行物に記載されている事項

特開2005-36157号公報(甲1)には、以下の事項が記載されている。

「【請求項1】
補強繊維、摩擦調整材及び結合材とを含む非石綿系摩擦材において、平均粒径0.1?100μm、アスペクト比3以下の非ウィスカー状チタン酸アルカリ金属塩と、無機多孔質充填材とを配合したことを特徴とする摩擦材。【請求項2】 前記無機多孔質充填材を前記非ウィスカー状チタン酸アルカリ金属塩との体積比で5?30%配合したことを特徴とする請求項1記載の摩擦材。
【請求項3】
前記非ウィスカー状チタン酸アルカリ金属塩はシランカップリング剤で表面処理されていることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の摩擦材。
【請求項4】
補強繊維、摩擦調整材及び結合材とを含む非石綿系摩擦材において、平均粒径0.1?100μm、アスペクト比3以下の非ウィスカー状チタン酸アルカリ金属・アルカリ土類金属塩と、無機多孔質充填材とを配合したことを特徴とする摩擦材。
【請求項5】
前記無機多孔質充填材を前記非ウィスカー状チタン酸アルカリ金属・アルカリ土類金属塩との体積比で5?30%配合したことを特徴とする請求項4記載の摩擦材。
【請求項6】
前記非ウィスカー状チタン酸アルカリ金属塩・アルカリ土類金属はシランカップリング剤で表面処理されていることを特徴とする請求項4又は請求項5記載の摩擦材。
【請求項7】
補強繊維、摩擦調整材及び結合材とを含む非石綿系摩擦材において、ウィスカー状チタン酸カリウムを含まず、平均粒径0.1?100μm、アスペクト比3以下の非ウィスカー状チタン酸リチウムカリウムを配合したことを特徴とする摩擦材。
【請求項8】
前記非ウィスカー状チタン酸リチウムカリウムはシランカップリング剤で表面処理されていることを特徴とする請求項7記載の摩擦材。
【請求項9】
非ウィスカー状チタン酸カリウムを前記非ウィスカー状チタン酸リチウムカリウムとの重量比で等量以下配合したことを特徴とする請求項7又は請求項8記載の摩擦材。」
「【0008】
しかしながら、上記特許文献1のチタン酸カリウムウィスカー及び、特許文献2?特許文献5の柱状、板状、鱗片状、フレーク状などの非ウィスカー状チタン酸カリウムは、どれもその融点が相手材である普通鋳鉄の融点よりも高いため、特に高負荷制動時のような摩擦面温度が上昇する場合、相手材に移着し、異音や摩擦材の摩耗の原因となるという問題点があった。
【0009】
本発明は、このような実情よりなされたものであり、柱状、板状、鱗片状などの非ウィスカー状チタン酸カリウムを摩擦材に配合した場合に生じる気孔率の低下を防止し、フェード特性の悪化や高速効力の低下を生じない摩擦材を提供することを第1の目的とする。
本発明はまた、従来のチタン酸カリウムウィスカー及び柱状、板状、鱗片状、フレーク状などの非ウィスカー状チタン酸カリウムを使用した場合と同等の摩擦性能を与えると共に、高負荷制動時における異音や異常摩耗を抑制することができる摩擦材を提供することを第2の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、前記の第1の目的を達成するために鋭意研究を行い、作業環境衛生上好ましくないウィスカー状チタン酸カリウム系を使用することなく、それでいて柱状、板状、鱗片状などの非ウィスカー状チタン酸カリウムを摩擦材に配合した場合に生じる気孔率の低下を生じない摩擦材を得るためには、ゼオライト、けいそう土、活性炭などの無機多孔質充填材を併用すると、フェード特性や高速効力の悪化を防止できることに着目して、本発明に到達した。
【0011】
また、本発明者等は、前記の第2の目的を達成するために鋭意検討を重ね、従来のウィスカー状及び非ウィスカー状チタン酸カリウムを使用した場合と同等の摩擦性能を持ちながら、それでいて相手材を傷つけることなく、高負荷制動時における異音や異常摩耗を抑制できる摩擦材を得るためには、相手材である普通鋳鉄の融点よりも低い融点を有する非ウィスカー状のチタン酸塩を摩擦材成分に用いると、所期の目的を達成できることに着目して、本発明に到達した。
【0012】
すなわち、本発明は、下記の手段により前記の課題を解決した。
(1)補強繊維、摩擦調整材及び結合材とを含む非石綿系摩擦材において、平均粒径0.1?100μm、アスペクト比3以下の非ウィスカー状チタン酸アルカリ金属塩と、無機多孔質充填材とを配合したことを特徴とする摩擦材。
(2)前記無機多孔質充填材を前記非ウィスカー状チタン酸アルカリ金属塩との体積比で5?30%配合したことを特徴とする前記(1)記載の摩擦材。
(3)前記非ウィスカー状チタン酸アルカリ金属塩はシランカップリング剤で表面処理されていることを特徴とする前記(1)又は(2)記載の摩擦材。
【0013】
(4)補強繊維、摩擦調整材及び結合材とを含む非石綿系摩擦材において、平均粒径0.1?100μm、アスペクト比3以下の非ウィスカー状チタン酸アルカリ金属・アルカリ土類金属塩と、無機多孔質充填材とを配合したことを特徴とする摩擦材。
(5)前記無機多孔質充填材を前記非ウィスカー状チタン酸アルカリ金属・アルカリ土類金属塩との体積比で5?30%配合したことを特徴とする前記(4)記載の摩擦材。
(6)前記非ウィスカー状チタン酸アルカリ金属塩・アルカリ土類金属はシランカップリング剤で表面処理されていることを特徴とする前記(4)又は(5)記載の摩擦材。
【0014】
(7)補強繊維、摩擦調整材及び結合材とを含む非石綿系摩擦材において、ウィスカー状チタン酸カリウムを含まず、平均粒径0.1?100μm、アスペクト比3以下の非ウィスカー状チタン酸リチウムカリウムを配合したことを特徴とする摩擦材。
(8)前記非ウィスカー状チタン酸リチウムカリウムはシランカップリング剤で表面処理されていることを特徴とする前記(7)記載の摩擦材。
(9)非ウィスカー状チタン酸カリウムを前記非ウィスカー状チタン酸リチウムカリウムとの重量比で等量以下配合したことを特徴とする前記(7)又は(8)記載の摩擦材。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、柱状・板状・鱗片状などの非ウィスカー状チタン酸アルカリ金属塩又は非ウィスカー状アルカリ金属・アルカリ土類金属塩を非石綿系摩擦材に適用した場合の気孔率低下を、ゼオライト、けいそう土、活性炭等の無機多孔質充填材を併用することで抑えることができ、その結果として耐フェードや高速効力の悪化を改善することができる。
また、本発明によれば、適度な耐熱性と硬さを有し、相手材である普通鋳鉄よりも低い融点を持つチタン酸リチウムカリウムを、摩擦材に配合することにより、従来のチタン酸カリウムウィスカー及び柱状・板状・鱗片状などの非ウィスカー状チタン酸カリウムを配合した摩擦材と同等の摩擦性能を持ちながら、高負荷制動時における異音や異常摩耗を抑制することができる。【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
摩擦材は、補強繊維、摩擦調整材及び結合材などから構成されるが、本発明では、補強繊維として石綿繊維(アスベスト)は勿論のこと、作業環境衛生上好ましくないウィスカー状チタン酸カリウムを使用することはせずに、その代わりに前記ウィスカー状チタン酸カリウムと同一の又は類似の材質を持つ非ウィスカー状チタン酸アルカリ金属塩又は非ウィスカー状アルカリ金属・アルカリ土類金属塩を使用するものである。
【0017】
チタン酸アルカリ金属塩としては、チタン酸カリウム、チタン酸ナトリウム及びチタン酸リチウムカリウムが例示される。そして、チタン酸カリウムの化学的組成として八チタン酸カリウム(K_(2)O・8TiO_(2))、六チタン酸カリウム(K_(2)O・6TiO_(2))、四チタン酸カリウム(K_(2)O・4TiO_(2))等が挙げられるが、前二者が好ましく、八チタン酸カリウムが特に好ましい。また、チタン酸アルカリ金属・アルカリ土類金属塩としては、チタン酸マグネシウムカリウムが例示される。以後、チタン酸アルカリ金属塩及びアルカリ金属・土類金属塩を統合的にチタン酸塩と略称する。
【0018】
非ウィスカー状チタン酸塩は、平均粒径が0.1?100μmで、アスペクト比が3以下であることが必要である。粒径が0.1μmよりも小さいと成形性が悪化し、一方100μmよりも大きいと分散性が悪化すると共に、相手材を傷つけすぎるため、それよりも小さいことが必要である。また、アスペクト比が3を超えると、柱状,板状又は鱗片状などの非ウィスカー状というよりも繊維に近い性質を持つようになり、発癌性の問題が懸念されるようになるため、その使用を避けるべきである。
【0019】
非ウィスカー状チタン酸塩の摩擦材中の使用量は、摩擦材全体の1?30体積%であることが好ましい。1体積%未満では混合撹拌時に均一に分散させることが困難で、所望の摩擦摩耗特性向上効果が得られなく、一方30体積%よりも多いと成形性など他の性能が悪化する。また、この非ウィスカー状チタン酸塩は、シランカップリング剤により表面処理したものを用いることが好ましく、この表面処理したものは摩擦材の製造において他の材料との混合が容易で、熱成形による製品の強度が大きくなる利点がある。シランカップリング剤の使用量は、非ウィスカー状チタン酸塩の0.3?5重量%とすることが好ましい。」
「【0024】
本発明の摩擦材において、補強繊維としては、例えば芳香族ポリアミド繊維、耐炎性アクリル繊維等の有機繊維や銅繊維、スチール繊維等の金属繊維が挙げられる。無機充填材としては、例えば銅やアルミニウム、亜鉛等の金属粒子、硫酸バリウムや炭酸カルシウム等が挙げられる。結合材としては、例えばフェノール樹脂(ストレートフェノール樹脂、ゴム等による各種変性フェノール樹脂を含む)、メラミン樹脂、エポキシ樹脂等の熱硬化性樹脂を挙げることができる。
また、摩擦調整材としては、例えばアルミナやシリカ、マグネシア、ジルコニア、酸化クロム、石英等の金属酸化物、合成ゴムやカシュー樹脂等の有機摩擦調整材を、固体潤滑材としては、例えば黒鉛や二硫化モリブデン等を挙げることができる。摩擦材の組成としては、種々の組成割合を採ることができる。すなわち、これらは、製品に要求される特性、例えば、摩擦係数、耐摩耗性、振動特性、鳴き特性等に応じて、単独でまたは2種以上を組み合わせて配合すればよい。」
「【実施例】
【0026】
以下実施例により本発明を具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
・・・
【0028】
(摩擦材試料の組成)
摩擦材の試料を製造する際の摩擦材の組成として、配合割合を以下の第2表に示すとおりのものとして、実施例1?8を作製した。 なお、比較のために、無機多孔質充填材を併用せずに、上記の非ウィスカー状チタン酸カリウムを使用したもの(比較例1?3)も作製した。 すなわち、比較例1?3は、チタン酸カリウム(板状及び柱状でシランカップリング剤の表面処理無し、並びに板状でシランカップリング剤の表面処理有り)のみを用い、気孔率増加のための無機多孔質充填材を併用しなかった摩擦材である。
・・・
【表2】

・・・
【表4】


「【0041】
本発明は、産業機械、鉄道車両、荷物車両、乗用車などに用いられる摩擦材に使用され、より具体的には前記の用途に使用されるブレーキパッド、ブレーキライニング、クラッチフェーシング等に使用される。」

(2) 甲1に記載された発明

甲1(請求項7及び実施例10)には、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

「補強繊維、摩擦調整材及び結合材とを含む非石綿系摩擦材において、ウィスカー状チタン酸カリウムを含まず、平均粒径0.1?100μm、アスペクト比3以下の非ウィスカー状チタン酸リチウムカリウムを配合したことを特徴とする摩擦材であって、
チタン酸リチウムカリウムを15重量%、黒鉛を8重量%、銅繊維を10重量%含む、
摩擦材。」

(3) 本件発明1について
ア 本件発明1と甲1発明の対比

本件発明1と甲1発明を対比すると、甲1発明の「非石綿系摩擦材」、「チタン酸リチウムカリウム」、「黒鉛」は、それぞれ、本件発明1の「ノンアスベスト摩擦材組成物」、「チタン酸リチウムカリウム」、「黒鉛」に相当する。
甲1発明の「非ウィスカー状」について、甲1(【0009】)には「柱状、板状、鱗片状などの非ウィスカー状チタン酸カリウム」という記載があるので、甲1発明の「非ウィスカー状」は、本件発明1の「形状が柱状、板状、鱗片状であること」に相当する。
甲1発明は、本件発明1の「銅及び銅合金以外の金属繊維の含有量が0.5質量%以下であり」を充足する。

そうすると、本件発明1と甲1発明の一致点、相違点は、以下のとおりである。

<一致点>
「ノンアスベスト摩擦材組成物であって、銅及び銅合金以外の金属繊維の含有量が0.5質量%以下であり、前記摩擦材組成物中に、チタン酸リチウムカリウム及び黒鉛を含有し、前記チタン酸リチウムカリウムの形状が柱状、板状、鱗片状であるノンアスベスト摩擦材組成物。」

<相違点1>
ノンアスベスト摩擦材組成物について、本件発明1は、「銅を含まない」と特定されているのに対し、甲1発明は、「銅繊維を10重量%含む」点

イ 検討

甲1発明は、銅繊維を含むことを必須とする発明ではない。また、銅などが環境を汚染する金属であることは周知であるし、甲1には、ノンアスベスト摩擦材組成物中に含まれている成分について、補強繊維としては、例えば芳香族ポリアミド繊維、耐炎性アクリル繊維等の有機繊維や銅繊維、スチール繊維等の金属繊維が挙げられる(【0024】)とも記載されている。

しかしながら、甲1には、銅繊維に代えて使用することができる補強繊維の例として「スチール繊維等の金属繊維」も記載されており、これを選択した場合には本件発明1の「銅及び銅合金以外の金属繊維の含有量が0.5質量%以下であり」を充足しないものとなる。また、甲1には、補強繊維の例として「スチール繊維等の金属繊維」が記載されているにもかかわらず、これ以外の補強繊維を選択する動機付けとなる記載はない。
また、甲1発明の銅繊維に代えて「芳香族ポリアミド繊維、耐炎性アクリル繊維等の有機繊維」を含むものとした場合には、有機物が一般に熱に弱いことを勘案すれば特に300℃における耐摩耗性が劣化すると予測できる。
一方、本件発明のノンアスベスト摩擦材組成物は、銅を含まないことから環境汚染が少なく、かつ優れた摩擦係数、耐クラック性及び耐摩耗性を発現することができるという効果を奏するものである。
さらに、本件発明1は、銅繊維4質量%と鉄繊維1質量%に代えて、硫酸バリウムを22質量%から27質量%に増量した実施例6と比較例6の試験結果に示されているように、銅や鉄の繊維を用いないことで耐摩耗性を顕著に改善するという予想外の効果を得るに至ったものである。

以上によれば、本件発明1は、甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められない。

(4) 本件発明2?8について

本件発明2?8は、本件発明1を引用しさらに限定したものに該当するか、本件発明1を摩擦材あるいは摩擦部材の形式で記載したものに該当するが、上記(3)のとおり、本件発明1は、甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められないものである。
そうすると、本件発明2?8も、本件発明1と同様の理由により、甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められないものである。

(5) 取消理由3についてのまとめ

以上のとおりであるから、本件発明は、甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められないものである。
したがって、本件発明に係る特許は、取消理由3によって取り消すべきものとすることはできない。

第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について

特許異議申立人が申し立てた取消理由の概要は、以下の取消理由4?7である。また、刊行物として甲1、及び、以下の甲2、3のいずれかを引用するものである。

<取消理由>
取消理由4
本件特許の特許請求の範囲の請求項1?8に係る発明は、本件特許の出願日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物(甲1)に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであり、本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
取消理由5
本件特許の特許請求の範囲の請求項1?8に係る発明は、本件特許の出願日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物(下記の甲2)に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであり、本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
取消理由6
本件特許の特許請求の範囲の請求項1?8に係る発明は、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物(下記の甲2)に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
取消理由7
本件特許の特許請求の範囲の請求項1?8に係る発明は、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物(下記の甲3及び甲1、2)に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

<刊行物>
甲1
特開2005-36157号公報
甲2
特開2007-186591号公報(特許異議申立人柴田秀子が提出した甲第2号証。以下、「甲2」という。)
甲3
特開平2-298575号公報(特許異議申立人柴田秀子が提出した甲第3号証。以下、「甲3」という。)

1 取消理由4について

甲1に記載されている事項及び甲1に記載された発明は、上記第3 3(1)(2)のとおりである。また、上記第3 3(3)のとおり本件発明1と甲1発明を対比すると、両者は、相違点1において相違している。
したがって、本件発明は、甲1に記載された発明ではない。
また、本件発明2?8は、本件発明1を引用しさらに限定したものに該当するか、本件発明1を摩擦材あるいは摩擦部材の形式で記載したものに該当するから、本件発明2?8も、本件発明1と同様の理由により、甲1に記載された発明ではない。
以上のとおりであるから、本件発明に係る特許は、取消理由4によって取り消すべきものとすることはできない。

2 取消理由5、6について

特許異議申立人が主張する取消理由5、6は、要するに、本件発明1を特定するための事項を発明特定事項1A?1Fに分説するとともに、それぞれ、甲2の段落【0014】、【0024】、【0015】、【0021】、【0016】、【0014】等に開示されているから、本件発明1は、甲2発明と同一又は実質的に同一であるか、当業者が容易に発明をすることができたものであり、また、本件発明2?8は、本件発明1を引用しさらに限定したものに該当するが、当該限定も甲2に開示されているか、開示されているに等しいから、本件発明2?8も、甲2発明と同一又は実質的に同一であるか、当業者が容易に発明をすることができたものであるというものである。

検討するに、甲2には、特許異議申立人のいう発明特定事項1A?1Fに対応する記載が一応あるものの、本件発明1が甲2に記載されているといえるためには、当該発明特定事項1A?1Fに対応する記載(事項)を全て同時に備えている発明(例えば実施例)が記載されているといえることを要するものである。
これに対し、特許異議申立人の主張は、単に当該発明特定事項1A?1Fに対応する記載がばらばらに記載されていることを指摘するに止まるものであって、当該発明特定事項1A?1Fに対応する記載を全て同時に備えている発明が記載されているといえる理由の説明を含んでいない。
そして、甲2には、発明特定事項1A?1Fに対応する事項以外の事項も多数記載されているのであって、発明特定事項1A?1Fに対応する記載のみに着目し、かつこれらの記載のみを全て同時に備えるものとすることを当業者が動機づけられるといえる理由を何も見出せない。

一方、本件発明のノンアスベスト摩擦材組成物は、当該発明特定事項1A?1Fを全て同時に備えていることにより、銅を含まないことから環境汚染が少なく、かつ優れた摩擦係数、耐クラック性及び耐摩耗性を発現することができるという効果を奏するものである。
そうすると、本件発明1は、甲2に記載された発明ではないし、甲2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとも認められないものである。
また、本件発明2?8は、本件発明1を引用しさらに限定したものに該当するから、本件発明1と同様の理由により、甲2に記載された発明ではないし、甲2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとも認められないものである。

3 取消理由7について

特許異議申立人が主張する取消理由7は、要するに、本件発明1を特定するための事項を発明特定事項1A?1F(取消理由5、6の場合と同じもの)に分説するとともに、甲3の実施例には「銅」についての記載が皆無であるから、甲3には、発明特定事項1A(銅を含まないノンアスベスト摩擦材組成物であって)、及び、発明特定事項1F(ことを特徴とするノンアスベスト摩擦材組成物)が開示されており、
また、甲3のカラム4?5(2頁右上欄18行?左下欄2行)の「繊維成分として・・非鉄系金属繊維が挙げられる」という記載が、発明特定事項1B(銅及び銅合金以外の金属繊維の含有量が0.5質量%以下であり)に相当する箇所だから、発明特定事項1Bが開示されているとし、
また、発明特定事項1D(黒鉛を含有し)が甲3のカラム5に開示されているとし、
また、甲3にはチタン酸リチウムカリウム自体が記載されていないので、発明特定事項1C(前記摩擦材組成物中に、チタン酸リチウムカリウムを含有し)、及び、発明特定事項1E(前記チタン酸リチウムカリウムの形状が柱状、板状、鱗片状である)、の点で一応相違する(それぞれ、相違点1、2とする)とし、
その上で、相違点1、2は単なる設計事項に過ぎないなどと主張するものである。

検討するに、甲3に記載されていない事項は、不明であるとしか言い様がないのであって、実施例には「銅」についての記載が皆無であるから、甲3には、銅を含まないノンアスベスト摩擦材組成物が開示されているなどという主張は、非論理的で認められないものである。
また、甲3のカラム4?5には繊維成分として非鉄系金属繊維を使用することが記載されているにも関わらず、銅及び銅合金以外の金属繊維の含有量が0.5質量%以下(実質的に含まないことを意味すると解される)とすることが開示されているという主張も、甲3を曲解するものであって、認められない。
これらの主張は、いずれも本件特許発明を見た上で、本件発明に近づけるように甲3の記載を恣意的に解釈していると解さざるを得ない。

さらに、本件発明1が甲3に記載されている発明(以下、「甲3発明」という。)に基づき容易想到であるといえるためには、まず、甲3発明を認定することを要するが、そもそも特許異議申立人がどのような甲3発明を認定したのか不明である。強いて特許異議申立人の主張を善解し、発明特定事項1A、1B、1D、1Fに対応する記載があると主張していることから、これらを同時に備える発明か記載されていると主張しているものとしても、これらの記載は、ばらばらに存在するだけであって、これらを同時に備えている発明として甲3に記載されているわけではない。また、その他にもさまざまな記載があるにも関わらず、発明特定事項1A、1B、1D、1Fに対応する記載のみに着目し、かつこれらの記載(事項)を全て同時に備える発明が記載されているといえる理由についても何も説明をしていない。

一方、本件発明のノンアスベスト摩擦材組成物は、発明特定事項1A?1Fを全て同時に備えていることにより、銅を含まないことから環境汚染が少なく、かつ優れた摩擦係数、耐クラック性及び耐摩耗性を発現することができるという効果を奏するものである。

そうすると、さらに検討するまでもなく、本件発明1は、甲1?3に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められない。
また、本件発明2?8は、本件発明1を引用しさらに限定したものに該当するから、本件発明1と同様の理由により、甲1?3に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められない。

第6 むすび
したがって、取消理由通知に記載した理由並びに特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
別掲

 
異議決定日 2020-11-10 
出願番号 特願2018-76090(P2018-76090)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C09K)
P 1 651・ 121- Y (C09K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 柴田 啓二  
特許庁審判長 天野 斉
特許庁審判官 蔵野 雅昭
木村 敏康
登録日 2019-07-26 
登録番号 特許第6558465号(P6558465)
権利者 日立化成株式会社
発明の名称 ノンアスベスト摩擦材組成物、これを用いた摩擦材及び摩擦部材  
代理人 澤山 要介  
代理人 平澤 賢一  
代理人 大谷 保  

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