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審決分類 審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  C09K
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C09K
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C09K
管理番号 1368142
異議申立番号 異議2019-700166  
総通号数 252 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-12-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-02-28 
確定日 2020-11-09 
異議申立件数
事件の表示 特許第6381619号発明「研磨用組成物、及び研磨用組成物の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6381619号の請求項1ないし8、9ないし10に係る特許を取り消す。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6381619号(以下「本件特許」という。)の請求項1?10に係る特許についての出願は、平成24年8月23日に特願2012-184507号として特許出願したものの一部を、平成28年12月13日に特願2016-241515号として新たに特許出願したものであって、平成30年8月10日に特許権の設定登録がなされ、同年8月29日に特許掲載公報が発行され、その特許に対し、平成31年2月28日に特許異議申立人である林ヶ谷健(以下「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがなされたものである。
特許異議の申立て後の手続の経緯は次のとおりである。
平成31年 4月25日付け 取消理由通知
令和 元年 7月12日 意見書・訂正請求書(特許権者)
同年 7月18日付け 訂正請求があった旨の通知
同年 8月21日 意見書(特許異議申立人)
同年 9月19日付け 取消理由通知(決定の予告)
同年11月15日 面接
同年11月25日 意見書・訂正請求書(特許権者)
同年12月20日 上申書(特許権者)
同年12月25日付け 訂正請求があった旨の通知
令和 2年 2月 5日 意見書(特許異議申立人)
同年 4月 2日付け 訂正拒絶理由通知
同年 5月 8日 意見書(特許権者)

第2 訂正の適否
1.訂正請求の趣旨及び内容
令和元年7月12日付けの訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなされるところ、
令和元年11月25日付けの訂正請求による訂正(以下「本件訂正」という。)の「請求の趣旨」は『特許第6381619号の明細書、特許請求の範囲を、本訂正請求書に添付した訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?10について訂正することを求める。』というものであり、その内容は、以下の訂正事項1?15からなるものである(なお、訂正箇所に下線を付す。)。

(1)訂正事項1
本件訂正前の請求項1の「二酸化ケイ素と水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物であって、
前記二酸化ケイ素の含有量は0.5質量%以下であり、
前記二酸化ケイ素には前記水溶性高分子を含む吸着物が吸着され、
研磨用組成物における前記吸着物の炭素換算濃度が4質量ppm以上であり、且つ研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率が37.2%以上かつ71.3%以下であり、
シリコン基板に適用されることを特徴とする研磨用組成物。」との記載を、
本件訂正後の請求項1の「コロイダルシリカと水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物であって、
前記コロイダルシリカの含有量は0.5質量%以下であり、
研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記水溶性高分子の炭素換算濃度の百分率が85%以上であり、
前記コロイダルシリカには前記水溶性高分子を含む吸着物が吸着され、
研磨用組成物における前記吸着物の炭素換算濃度が5.5質量ppm以上であり、且つ研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率が37.2%以上かつ71.3%以下であり、
シリコン基板に適用されることを特徴とする研磨用組成物。」との記載に訂正する。

(2)訂正事項2
本件訂正前の請求項5の「請求項1?4のいずれか一項に記載の研磨用組成物の製造方法であって、
二酸化ケイ素と水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物原液を調製する原液調製工程と、前記研磨用組成物原液を水又は塩基性水溶液により希釈して、二酸化ケイ素に水溶性高分子を含む吸着物を吸着させる希釈工程とを有し、
前記希釈工程により得られた研磨用組成物における前記吸着物の炭素換算濃度を4質量ppm以上とするとともに、研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率を37.2%以上かつ71.3%以下とすることを特徴とする研磨用組成物の製造方法。」との記載を、
本件訂正後の請求項5の「請求項1?4のいずれか一項に記載の研磨用組成物の製造方法であって、
コロイダルシリカと水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物原液を調製する原液調製工程と、前記研磨用組成物原液を水又は塩基性水溶液により希釈して、コロイダルシリカに水溶性高分子を含む吸着物を吸着させる希釈工程とを有し、
前記希釈工程により得られた研磨用組成物における前記吸着物の炭素換算濃度を5.5質量ppm以上とするとともに、研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率を37.2%以上かつ71.3%以下とすることを特徴とする研磨用組成物の製造方法。」との記載に訂正する。

(3)訂正事項3
本件訂正前の請求項6の「前記原液調製工程は、二酸化ケイ素と塩基性化合物との混合物に、更に水溶性高分子を混合し、得られた混合物をろ過する工程を有することを特徴とする請求項5に記載の研磨用組成物の製造方法。」との記載を、
本件訂正後の請求項6の「前記原液調製工程は、コロイダルシリカと塩基性化合物との混合物に、更に水溶性高分子を混合し、得られた混合物をろ過する工程を有することを特徴とする請求項5に記載の研磨用組成物の製造方法。」との記載に訂正する。

(4)訂正事項4
本件訂正前の請求項7の「前記研磨用組成物原液における前記二酸化ケイ素の含有量を1質量%以上20質量%以下とするとともに、前記塩基性化合物の含有量を0.01質量%以上1質量%以下とすることを特徴とする請求項6に記載の研磨用組成物の製造方法。」との記載を、
本件訂正後の請求項7の「前記研磨用組成物原液における前記コロイダルシリカの含有量を1質量%以上20質量%以下とするとともに、前記塩基性化合物の含有量を0.01質量%以上1質量%以下とすることを特徴とする請求項6に記載の研磨用組成物の製造方法。」との記載に訂正する。

(5)訂正事項5
本件訂正前の請求項8の「前記研磨用組成物原液における前記二酸化ケイ素の単位表面積あたりの塩基性化合物のモル数を8.5×10^(-6)mol/m^(2)以上とすることを特徴とする請求項6又は請求項7に記載の研磨用組成物の製造方法。」との記載を、
本件訂正後の請求項8の「前記研磨用組成物原液における前記コロイダルシリカの単位表面積あたりの塩基性化合物のモル数を8.5×10^(-6)mol/m^(2)以上とすることを特徴とする請求項6又は請求項7に記載の研磨用組成物の製造方法。」との記載に訂正する。

(6)訂正事項6
願書に添付した明細書の段落0073の「実施例1?13及び比較例2?8では」との記載部分を「実施例1?13及び比較例2?8(比較例3を除く、以下同じ)では」との記載に訂正する。

(7)訂正事項7
願書に添付した明細書の段落0075の「実施例1?17及び比較例1?8の」との記載部分を「実施例1?17及び比較例1?8(比較例3を除く、以下同じ)の」との記載に訂正する。

(8)訂正事項8
願書に添付した明細書の段落0083の表2の「比較例3」の行を削除して訂正する。

(9)訂正事項9
願書に添付した明細書の段落0084の表3の「比較例3」の行を削除して訂正する。

(10)訂正事項10
本件訂正前の請求項9の「二酸化ケイ素と水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物であって、
前記二酸化ケイ素の含有量は、0.5質量%以下であり、
前記水溶性高分子の含有量は、0.032質量%以下であり、
前記二酸化ケイ素には前記水溶性高分子を含む吸着物が吸着され、
研磨用組成物における前記吸着物の炭素換算濃度が4質量ppm以上であり、且つ研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率が15%以上であり、
シリコン基板に適用されることを特徴とする研磨用組成物。」との記載を、
本件訂正後の請求項9の「コロイダルシリカと水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物であって、
前記コロイダルシリカの含有量は、0.5質量%以下であり、
前記水溶性高分子の含有量は、0.032質量%以下であり、
研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記水溶性高分子の炭素換算濃度の百分率が85%以上であり、
前記コロイダルシリカには前記水溶性高分子を含む吸着物が吸着され、
研磨用組成物における前記吸着物の炭素換算濃度が5.5質量ppm以上であり、且つ研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率が19.3%以上かつ71.3%以下であり、
シリコン基板に適用されることを特徴とする研磨用組成物。」との記載に訂正する。

(11)訂正事項11
本件訂正前の請求項10の「請求項9に記載の研磨用組成物の製造方法であって、
二酸化ケイ素と水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物原液を調製する原液調製工程と、前記研磨用組成物原液を水又は塩基性水溶液により希釈して、二酸化ケイ素に水溶性高分子を含む吸着物を吸着させる希釈工程とを有し、
前記希釈工程により得られた研磨用組成物における前記吸着物の炭素換算濃度を4質量ppm以上とするとともに、研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率を15%以上とすることを特徴とする研磨用組成物の製造方法。」との記載を、
本件訂正後の請求項10の「請求項9に記載の研磨用組成物の製造方法であって、
コロイダルシリカと水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物原液を調製する原液調製工程と、前記研磨用組成物原液を水又は塩基性水溶液により希釈して、コロイダルシリカに水溶性高分子を含む吸着物を吸着させる希釈工程とを有し、
前記希釈工程により得られた研磨用組成物における前記吸着物の炭素換算濃度を5.5質量ppm以上とするとともに、研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率を19.3%以上かつ71.3%以下とすることを特徴とする研磨用組成物の製造方法。」との記載に訂正する。

(12)訂正事項12(訂正事項6に重複)
願書に添付した明細書の段落0073の「実施例1?13及び比較例2?8では」との記載部分を「実施例1?13及び比較例2?8(比較例3を除く、以下同じ)では」との記載に訂正する。

(13)訂正事項13(訂正事項7に重複)
願書に添付した明細書の段落0075の「実施例1?17及び比較例1?8の」との記載部分を「実施例1?17及び比較例1?8(比較例3を除く、以下同じ)の」との記載に訂正する。

(14)訂正事項14(訂正事項8に重複)
願書に添付した明細書の段落0083の表2の「比較例3」の行を削除して訂正する。

(15)訂正事項15(訂正事項9に重複)
願書に添付した明細書の段落0084の表3の「比較例3」の行を削除して訂正する。

(16)一群の請求項及び明細書の訂正と関係する請求項について
訂正事項1?5に係る訂正前の請求項1?8について、その請求項2?8は請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから、訂正前の請求項1?8に対応する訂正後の請求項1?8は特許法第120条の5第4項に規定される一群の請求項である。
また、訂正事項10?11に係る訂正前の請求項9?10について、その請求項10は請求項9を引用するものであるから、訂正前の請求項9?10に対応する訂正後の請求項9?10は特許法第120条の5第4項に規定される一群の請求項である。
そして、訂正事項6?9及び12?15による明細書の訂正に係る請求項は、訂正前の請求項1?8及び9?10であるから、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第4項に適合する。

2.訂正の適否
(1)訂正事項1について
訂正事項1は、本件訂正前の請求項1の「二酸化ケイ素と水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物であって、前記二酸化ケイ素の含有量は0.5質量%以下であり」との記載部分を「コロイダルシリカと水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物であって、前記コロイダルシリカの含有量は0.5質量%以下であり」との記載に改める訂正を含むものである。
そして、令和元年11月25日付けの訂正請求書の第11頁において、特許権者は『訂正事項1の「コロイダルシリカ」は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。』と主張している。
ここで、本件特許明細書の段落0018の「使用される二酸化ケイ素としては、例えば、コロイダルシリカ、フュームドシリカ、ゾルゲル法シリカ等が挙げられる。…これらの二酸化ケイ素は…二種以上を組み合わせて用いてもよい。」との記載がなされているところ、本件訂正後の請求項1の「コロイダルシリカと水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物」は、その「含有する」との記載にあるように、コロイダルシリカ以外の二酸化ケイ素(フュームドシリカ、ゾルゲル法シリカ等)を含む態様が何ら除外されていない。
そうすると、例えば、コロイダルシリカ(A)0.5質量%と、フュームドシリカ(B)0.6質量%と、ゾルゲル法シリカ(C)0.3質量%を含む研磨用組成物の態様(以下「態様A」という。)は、その二酸化ケイ素の合計量がA+B+C=1.4質量%になることから、本件訂正前の請求項1の「二酸化ケイ素の含有量は0.5質量%以下であり」との要件を満たさないものであったのに対して、本件訂正後の請求項1の「コロイダルシリカの含有量は0.5質量%以下であり」との要件を満たすものとなっている。
してみると、本件訂正前の請求項1の「二酸化ケイ素と水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物であって、前記二酸化ケイ素の含有量は0.5質量%以下であり」との記載部分を「コロイダルシリカと水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物であって、前記コロイダルシリカの含有量は0.5質量%以下であり」との記載に改める訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当するとは認められない。
また、当該訂正が、同項第2号に掲げる「誤記又は誤訳の訂正」を目的とする訂正の場合に該当するとも、同3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに該当するとも、同項第4号に掲げる「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものに該当するとも認められない。
したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項に掲げる事項を目的とするものに該当しない。

さらに、当該訂正は、本件訂正前の請求項1に含まれなかった「態様A」などを、本件訂正後の請求項1の範囲に含ませるものであるから、当該訂正は実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものである。
したがって、訂正事項1は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないとはいえないから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合するものではない。

この点に関して、令和2年5月8日付けの意見書の第2頁において、特許権者は『審判便覧の38-03P訂正要件(…)に記載されるように、「上位概念から下位概念への変更」は、特許請求の範囲の減縮に該当する具体例として示されている(…)。また、訂正前の「二酸化ケイ素」を訂正後に「コロイダルシリカ」に訂正した意図は、「研磨用組成物内の二酸化ケイ素がコロイダルシリカからなる」ことを明確にしたものであり、本拒絶理由通知において指摘されているような発明を拡張する態様、つまりコロイダルシリカ以外の二酸化ケイ素を研磨用組成物内に含むことを許容する態様を本件特許請求の範囲内に含めることを意図したものではない。したがって、訂正事項1の1における「二酸化ケイ素」を「コロイダルシリカ」への訂正は、令和1年11月25日付け訂正請求書で述べた通り訂正要件を満たすものである。なお、訂正事項1の1は、上述した通り審判便覧の38-03P訂正要件の具体例に該当するものであるが、一方、訂正事項1の1が実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるとする上記判断又は解釈の具体的根拠(判例、審判便覧、審査基準等)は何ら示されておらず、理由にかけるものと思料する。』と主張している。
しかしながら、訂正事項1は、単に本件訂正前の「二酸化ケイ素」を、本件訂正後の「コロイダルシリカ」に訂正することのみならず、上記のとおり「態様A」を含むものとするなど、結果としてコロイダルシリカ以外の二酸化ケイ素(フュームドシリカ、ゾルゲル法シリカ等)の含有量を無制限に拡大させるものであるから、訂正事項1(訂正事項1の1)の訂正が「上位概念から下位概念への変更」に該当するとは認められない。
また、訂正事項1による本件訂正後の請求項1の「…とを含有する研磨用組成物」との記載は、結果としてコロイダルシリカ以外の二酸化ケイ素を「含有」する場合をも包含することになるから、上記「コロイダルシリカ以外の二酸化ケイ素を研磨用組成物内に含むことを許容する態様を本件特許請求の範囲内に含めることを意図したものではない」との主張は妥当しない。
さらに、訂正事項1が「実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものである」とする具体的根拠は、上記「態様A」を例に挙げて示したとおりである。
したがって、上記意見書の主張は採用できない。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は、本件訂正前の請求項5の「二酸化ケイ素に水溶性高分子を含む吸着物を吸着させる希釈工程とを有し、前記希釈工程により得られた研磨用組成物における前記吸着物の炭素換算濃度を4質量ppm以上とする」との記載部分を「コロイダルシリカに水溶性高分子を含む吸着物を吸着させる希釈工程とを有し、前記希釈工程により得られた研磨用組成物における前記吸着物の炭素換算濃度を5.5質量ppm以上とする」との記載に改める訂正を含むものである。
そして、令和元年11月25日付けの訂正請求書の第13頁において、特許権者は『訂正事項2の「コロイダルシリカ」は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。』と主張している。
しかして、本件訂正後の請求項1?4を引用する請求項5の「コロイダルシリカと水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物原液」は、その「含有する」との記載にあるように、コロイダルシリカ以外の二酸化ケイ素(フュームドシリカ、ゾルゲル法シリカ等)を含む態様が何ら除外されていない。
そのため、例えば、コロイダルシリカ(A)0.5質量%に5.5質量%の吸着物が吸着し、フュームドシリカ(B)0.6質量%とゾルゲル法シリカ(C)0.3質量%の各々に0.1質量%の吸着物が吸着している態様(以下「態様B」という。)は、その二酸化ケイ素に対する吸着物の合計量が(0.5×5.5+0.6×0.1+0.3×0.1)÷(0.5+0.6+0.3)=2.0質量%になることから、本件訂正前の請求項5の「二酸化ケイ素…4質量ppm以上」という要件を満たさないのに対して、本件訂正後の請求項5の「コロイダルシリカ…5.5質量%以上」という要件を満たすものになっている。
そうである以上、訂正事項2は、上記訂正事項1と同様の理由により、特許法第120条の5第2項に掲げる事項を目的とするものに該当しないし、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合するものでもないというほかない。

(3)訂正事項4、5について
訂正事項4、5についても同様のことがいえる。
すなわち、訂正事項4は、訂正前の請求項7の「前記二酸化ケイ素の含有量を1質量%以上20質量%以下とする」との記載部分を「前記コロイダルシリカの含有量を1質量%以上20質量%以下とする」との記載に改める訂正を含むものであるところ、例えば、コロイダルシリカ(A)20質量%と、フュームドシリカ(B)24質量%と、ゾルゲル法シリカ(C)12質量%を含む研磨用組成物原液の態様(以下「態様C」という。)は、その二酸化ケイ素の合計量がA+B+C=56質量%になることから、本件訂正前の請求項7の「二酸化ケイ素の含有量を1質量%以上20質量%以下とする」との要件を満たさないものであったのに対して、本件訂正後の請求項7の「コロイダルシリカの含有量を1質量%以上20質量%以下とする」との要件を満たすものとなっている。
また、訂正事項5は、本件訂正前の請求項8の「前記二酸化ケイ素の単位表面積あたりの塩基性化合物のモル数を8.5×10^(-6)mol/m^(2)以上とする」との記載部分を「前記コロイダルシリカの単位表面積あたりの塩基性化合物のモル数を8.5×10^(-6)mol/m^(2)以上とする」との記載に改める訂正を含むものであるところ、例えば、上記「態様A」の場合に、二酸化ケイ素の単位表面積あたりの塩基性化合物のモル数が、コロイダルシリカ(A)では「8.5×10^(-6)mol/m^(2)」であり、フュームドシリカ(B)とゾルゲル法シリカ(C)では各々「1.0×10^(-6)mol/m^(2)」である態様(以下「態様D」という。)は、その二酸化ケイ素の単位表面積あたりの塩基性化合物のモル数が(8.5×5.5+0.6×1.0+0.3×1.0)÷1.4=3.7になることから、本件訂正前の請求項8の「二酸化ケイ素…8.5×10^(-6)mol/m^(2)以上」という要件を満たさないのに対して、本件訂正後の請求項8の「コロイダルシリカ…8.5×10^(-6)mol/m^(2)以上」という要件を満たすものになっている。
したがって、訂正事項4、5は、特許法第120条の5第2項に掲げる事項を目的とするものに該当しないし、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合するものでもない。

(4)訂正事項10、11について
訂正事項10は、本件訂正前の請求項9の「二酸化ケイ素と水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物であって、前記二酸化ケイ素の含有量は0.5質量%以下であり」との記載部分を「コロイダルシリカと水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物であって、前記コロイダルシリカの含有量は0.5質量%以下であり」との記載に改める訂正を含むものである。
そして、令和元年11月25日付けの訂正請求書の第30頁において、特許権者は『訂正事項1の「コロイダルシリカ」は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。』と主張している。
しかして、本件訂正後の請求項9の「コロイダルシリカと水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物」は、その「含有する」との記載にあるように、コロイダルシリカ以外の二酸化ケイ素(フュームドシリカ、ゾルゲル法シリカ等)を含む態様が何ら除外されていない。
そうすると、上記「態様A」と同様のものは、その二酸化ケイ素の合計量がA+B+C=1.4質量%になることから、本件訂正前の請求項9の「二酸化ケイ素の含有量は0.5質量%以下であり」との要件を満たさないものであったのに対して、本件訂正後の請求項9の「コロイダルシリカの含有量は0.5質量%以下であり」との要件を満たすものとなっている。
してみると、本件訂正前の請求項9の「二酸化ケイ素と水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物であって、前記二酸化ケイ素の含有量は0.5質量%以下であり」との記載部分を「コロイダルシリカと水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物であって、前記コロイダルシリカの含有量は0.5質量%以下であり」との記載に改める訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当するとは認められない。
また、当該訂正が、同項第2号に掲げる「誤記又は誤訳の訂正」を目的とする訂正の場合に該当するとも、同3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに該当するとも、同項第4号に掲げる「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものに該当するとも認められない。
したがって、訂正事項10は、特許法第120条の5第2項に掲げる事項を目的とするものに該当しない。

さらに、当該訂正は、本件訂正前の「二酸化ケイ素」を本件訂正後の「コロイダルシリカ」に改めることによって、本件訂正前の請求項9に含まれなかった「態様A」と同様のものなどが本件訂正後の請求項9の範囲に含まれることになるから、当該訂正は実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものである。
したがって、訂正事項10は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないとはいえないから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合するものではない。
訂正事項11についてみても同様である。

3.まとめ
以上総括するに、一群の請求項1?8に関連する訂正事項1?2及び4?5、並びに一群の請求項9?10に関連する訂正事項10?11は、特許法第120条の5第2項に掲げる事項を目的とするものに該当せず、また、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合するものではないから、その余の訂正事項について検討するまでもなく、請求項1?8に係る一群の請求項に係る訂正及び請求項9?10に係る一群の請求項の訂正、すなわち本件訂正全体を認めることができない。

第3 本件発明
本件訂正は上記のとおり認められないことから、本件特許の請求項1?10に係る発明(以下「本1発明」?「本10発明」ともいい、これらをまとめて「本件発明」ともいう。)は、設定登録時の特許請求の範囲の請求項1?10に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】二酸化ケイ素と水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物であって、
前記二酸化ケイ素の含有量は0.5質量%以下であり、
前記二酸化ケイ素には前記水溶性高分子を含む吸着物が吸着され、
研磨用組成物における前記吸着物の炭素換算濃度が4質量ppm以上であり、且つ研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率が37.2%以上かつ71.3%以下であり、
シリコン基板に適用されることを特徴とする研磨用組成物。
【請求項2】前記水溶性高分子の重量平均分子量が300000以下であることを特徴とする請求項1に記載の研磨用組成物。
【請求項3】前記水溶性高分子の重量平均分子量が200000以下であることを特徴とする請求項1に記載の研磨用組成物。
【請求項4】前記水溶性高分子の重量平均分子量が100000以下であることを特徴とする請求項1に記載の研磨用組成物。
【請求項5】請求項1?4のいずれか一項に記載の研磨用組成物の製造方法であって、
二酸化ケイ素と水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物原液を調製する原液調製工程と、前記研磨用組成物原液を水又は塩基性水溶液により希釈して、二酸化ケイ素に水溶性高分子を含む吸着物を吸着させる希釈工程とを有し、
前記希釈工程により得られた研磨用組成物における前記吸着物の炭素換算濃度を4質量ppm以上とするとともに、研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率を37.2%以上かつ71.3%以下とすることを特徴とする研磨用組成物の製造方法。
【請求項6】前記原液調製工程は、二酸化ケイ素と塩基性化合物との混合物に、更に水溶性高分子を混合し、得られた混合物をろ過する工程を有することを特徴とする請求項5に記載の研磨用組成物の製造方法。
【請求項7】前記研磨用組成物原液における前記二酸化ケイ素の含有量を1質量%以上20質量%以下とするとともに、前記塩基性化合物の含有量を0.01質量%以上1質量%以下とすることを特徴とする請求項6に記載の研磨用組成物の製造方法。
【請求項8】前記研磨用組成物原液における前記二酸化ケイ素の単位表面積あたりの塩基性化合物のモル数を8.5×10-6mol/m2以上とすることを特徴とする請求項6又は請求項7に記載の研磨用組成物の製造方法。
【請求項9】二酸化ケイ素と水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物であって、
前記二酸化ケイ素の含有量は、0.5質量%以下であり、
前記水溶性高分子の含有量は、0.032質量%以下であり、
前記二酸化ケイ素には前記水溶性高分子を含む吸着物が吸着され、
研磨用組成物における前記吸着物の炭素換算濃度が4質量ppm以上であり、且つ研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率が15%以上であり、
シリコン基板に適用されることを特徴とする研磨用組成物。
【請求項10】請求項9に記載の研磨用組成物の製造方法であって、
二酸化ケイ素と水溶性高分子と水とを含有する研磨用組成物原液を調製する原液調製工程と、前記研磨用組成物原液を水又は塩基性水溶液により希釈して、二酸化ケイ素に水溶性高分子を含む吸着物を吸着させる希釈工程とを有し、
前記希釈工程により得られた研磨用組成物における前記吸着物の炭素換算濃度を4質量ppm以上とするとともに、研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率を15%以上とすることを特徴とする研磨用組成物の製造方法。」

第4 取消理由の概要
令和元年9月19日付けの取消理由通知(決定の予告)で特許権者に通知した取消理由の概要は、次の理由2及び3を含むものである。
なお、当該理由2及び3は、平成31年4月25日付けの取消理由通知においても通知されている。

〔理由2〕本件特許の請求項1?10に係る発明は、発明の詳細な説明の記載が下記(あ)の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。
よって、本件特許の請求項1?10に係る発明に係る特許は、同法第36条第4項第1号の規定を満たさない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。
(あ)機能・特性等で特定された物の点

〔理由3〕本件特許の請求項1?10に係る発明は、特許請求の範囲の記載が下記(い)?(お)の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
よって、本件特許の請求項1?10に係る発明に係る特許は、同法第36条第6項の規定を満たさない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。
(い)実験結果による裏付けの点
(う)吸着物の炭素換算濃度及びその百分率の範囲の点
(え)二酸化ケイ素と水溶性高分子の範囲の点
(お)水溶性高分子を含む吸着物の点

第5 当審の判断
当審は、上記の特許権者が提出した意見書の内容を参酌しても、上記取消理由の理由2及び理由3については、依然として妥当なものであると判断する。その理由は以下のとおりである。

1.理由2(実施可能要件)について
(1)実施可能要件の判断手法について
本件発明は、本件特許の請求項1の「研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率が37.2%以上かつ71.3%以下であり」という発明特定事項、又は同請求項9の「研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率が15%以上であり」という発明特定事項を有するものであり、これらは研磨用組成物の特性について特定したものであるから、本件発明は「研磨用組成物」という物の発明を特性により特定したものといえる。
そして、一般に『物の有する機能・特性等からその物の構造等を予測することが困難な技術分野(例:化学物質)において、機能・特性等で特定された物のうち、発明の詳細な説明に具体的に製造方法が記載された物(及びその具体的な物から技術常識を考慮すると製造できる物)以外の物について、当業者が、技術常識を考慮してもどのように作るか理解できない場合(例えば、そのような物を作るために、当業者に期待しうる程度を越える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要があるとき)は、実施可能要件違反となる。』とされている。
そこで、本件特許の請求項1及び9に記載された「研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率」という「機能・特性等」で特定される「所望の数値範囲」を満たす「研磨用組成物」を作るために『当業者に期待しうる程度を越える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要』があるか否かについて検討する。

(2)本件特許明細書の記載について
ア.「研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率(A/B)」の調整方法や測定方法について
本件訂正による訂正後の本件特許明細書の発明の詳細な説明には「研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率(A/B)」(以下「相対百分率(A/B)」ともいう。)に関して、次の記載がある。

摘示a:段落0037
「【0037】…上記吸着物の炭素換算濃度、及び研磨用組成物の全炭素濃度に対する吸着物の炭素換算濃度の百分率は、例えば、二酸化ケイ素と水溶性高分子の種類の組み合わせ、二酸化ケイ素の含有量に対する水溶性高分子の含有量の比率を変化させることによって調整することができる。」

摘示b:段落0075?0078
「【0075】…実施例1?17及び比較例1?8…
【0076】表2に各例の研磨用組成物原液及び研磨用組成物の詳細を示す。二酸化ケイ素としてはコロイダルシリカを用いた。水溶性高分子としては、ヒドロキシエチルセルロース(HEC)、加水分解処理を施したヒドロキシエチルセルロース(加水分解HEC)、ポリビニルアルコールとポリビニルピロリドンのグラフトポリマー(PVA-g-PVP)、ポリビニルアルコール(PVA)、カチオン化処理を施したポリビニルアルコール(カチオン化PVA)を用いた。塩基性化合物としてはアンモニアを用いた。界面活性剤としては、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレン共重合体(PEO-PPO-PEO)、ポリオキシエチレンデシルエーテル(C-PEO)を用いた。塩としては、クエン酸三アンモニウム、炭酸アンモニウムを用いた。なお、界面活性剤及び塩の含有量はそれぞれ0.0005質量%である。また、表2中、二酸化ケイ素の粒径欄は、マイクロメリテックス社製の“Flow SorbII 2300”を用いて比表面積の値から算出した平均一次粒子径を示す。
【0077】次に、実施例1?17及び比較例1?8の研磨用組成物について、二酸化ケイ素に吸着した吸着物の炭素換算濃度(A)、及び研磨用組成物の全炭素濃度(B)を測定した。具体的には、各研磨用組成物のそれぞれに対して、二酸化ケイ素を含まない点のみが異なる測定用の含炭素組成物を調製した。その含炭素組成物について、島津製作所社製の“TOC-5000A”を用いてTOC値を測定し、測定された含炭素組成物のTOC値を研磨用組成物の全炭素濃度(B)とした。
【0078】また、実施例1?17及び比較例1?8の研磨用組成物に対して遠心分離処理(20000rpm、30分)を行うことにより研磨用組成物を、二酸化ケイ素を含む沈降物と上澄液とに分離した後、上澄液のTOC値を測定した。そして、二酸化ケイ素に吸着した吸着物の炭素換算濃度(A)を、含炭素組成物のTOC値と上澄液のTOC値との差として算出した。さらに、研磨用組成物の全炭素濃度(B)に相当する含炭素組成物の炭素濃度に対する吸着物の炭素換算濃度(A)の百分率(A/B)を算出した。それらの結果を表3に示す。」

摘示c:段落0083?0084
「【0083】【表2】

【0084】【表3】



イ.実施例6?8並びに比較例3?4及び6の実験結果について
実施例6?8並びに比較例3?4及び6は、いずれも二酸化ケイ素(コロイダルシリカ)の濃度が0.46質量%であり、水溶性高分子が重量平均分子量が25万のHEC(ヒドロキシエチルセルロース)であり、塩基性化合物(アンモニア)の濃度が0.012質量%であって、その水溶性高分子であるHECの濃度のみが異なる具体例であって、次の表のとおりに整理される。
──────────────────────────────────
吸着物の炭素 全炭素濃度
HEC濃度 換算濃度(A) (B) A/B 撥水距離
〔質量%〕 〔質量ppm〕 〔質量ppm〕 〔%〕〔mm〕
比較例3 (注1) 0.7 2.4 29.7 85
比較例4 0.001 3.0 4.9 61.8 85
実施例6 0.005 17.4 24.3 71.3 40
実施例7 0.018 45.9 87.7 52.3 5
実施例8 0.032 57.0 153.4 37.2 15
比較例6 0.100 57.0 487.0 11.7 85
──────────────────────────────────
ここで、上記(注1)について、令和元年7月12日付けの意見書の第4頁では、実験成績証明書(乙第1号証)により、比較例3のHEC濃度の値が、正しくは「0.0005」(質量%)であることが釈明されている。
そして、これらの具体例から、HEC濃度を、0.0005質量%、0.001質量%、0.005質量%、0.018質量%、0.032質量%、0.100質量%の順に増加するよう変化させた場合に、その相対百分率(A/B)の値は、29.7%、61.8%、71.3%、52.3%、37.2%、11.7%の順に、増加したり、減少したりしながら、変化することが見てとれる。

ウ.実施例5、7及び9?10並びに比較例8の実験結果について
実施例5、7及び9は、水溶性高分子としてのHEC(ヒドロキシエチルセルロース)の重量平均分子量(Mw)が、実施例5が12万であり、実施例7が25万であり、実施例9が50万である以外は同じ条件の具体例であり、実施例10は、実施例5、7及び9の半分の量のHECを用いた具体例であり、比較例8は重量平均分子量が7万5千のPVA(ポリビニルアルコール)を少なめの量の0.008質量%で用いた具体例であって、次の表のとおりに整理される。
──────────────────────────────────
水溶性 吸着物の炭素 全炭素濃度 重量
高分子濃度 換算濃度(A) (B) A/B 平均
〔質量%〕 〔質量ppm〕 〔質量ppm〕 〔%〕 分子量
実施例5 0.018 14.0 72.5 19.3 12万
実施例7 0.018 45.9 87.7 52.3 25万
実施例9 0.018 45.0 74.5 60.4 50万
実施例10 0.009 49.3 87.7 56.2 25万
比較例8 0.008 0.0 785.9 0.0 7.5万
──────────────────────────────────
そして、これらの具体例から、その相対百分率(A/B)の値は、HECの重量平均分子量が12万から25万に倍増した場合に約2.71倍の増加を示すのに対して、25万から50万に倍増した場合に約1.15倍の微増を示すにとどまり、HECの量を実施例5、7及び9のものよりも半減させた実施例10の場合に、全炭素濃度(B)が同等かそれ以上の値に増大し、水溶性高分子の種類を「HEC」と異なる「PVA」に変更すると、吸着物の炭素換算濃度(A)が「ゼロ」になり、水溶性高分子濃度が低くても全炭素濃度(B)が「785.9ppm」になり、その相対百分率(A/B)の値が「0.0%」になることが見てとれる。

エ.実施例7、10及び14?15の実験結果について
実施例14及び15は、界面活性剤として、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレン共重合体(PEO-PPO-PEO)又はポリオキシエチレンデシルエーテル(C-PEO)を0.0005質量%の量で、実施例7の組成〔二酸化ケイ素0.14質量%、水溶性高分子(HEC)0.018質量%、塩基性化合物(アンモニア)0.012質量%、及びイオン交換水〕に更に添加した具体例であり、実施例10は、実施例7の半分の量の水溶性高分子(HEC)0.009質量%を用いたものであって、次の表のとおりに整理される。
──────────────────────────────────
Mw=250000 吸着物の炭素 全炭素濃度
HEC濃度 換算濃度(A) (B) A/B 添加剤
〔質量%〕 〔質量ppm〕 〔質量ppm〕 〔%〕
実施例7 0.018 45.9 87.7 52.3
実施例10 0.009 49.3 87.7 56.2
実施例14 0.018 47.3 87.7 54.0 PEO-PPO-PEO
実施例15 0.018 52.6 87.7 60.0 C-PEO
──────────────────────────────────
そして、これらの具体例から、炭素源となる炭素原子を有する添加剤を追加して配合した場合、及び水溶性高分子(HEC)の使用する量を半分にした場合に、その全炭素濃度(B)の値は全く変化せず、その相対百分率(A/B)の値は変化することが見てとれる。

(3)判断
ア.相対百分率(A/B)の調整方法
上記(2)ア.の摘示aのとおり、本件特許明細書の段落0037には、相対百分率(A/B)を調整する方法として、
(α)二酸化ケイ素と水溶性高分子の種類の組み合わせを変化させることによって調整する方法、
(β)二酸化ケイ素の含有量に対する水溶性高分子の含有量の比率を変化させることによって調整する方法、という二つの方法が例示されている。
しかしながら、本件特許明細書をみても、当該(α)について、二酸化ケイ素の種類や、水溶性高分子の種類(化学構造や分子量)によって、相対百分率(A/B)の値がどのような傾向で変化するかなどの具体的な指針は明示されておらず、当該(β)についても、各成分の含有量をどの程度の範囲で変化させれば、相対百分率(A/B)の値が所望の範囲に収まるようになるかなどの具体的な指針は明示されていない。
そこで、本件特許明細書の実験結果に基づき『当業者に期待しうる程度を越える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要』なく、相対百分率(A/B)の値を調整できるか否かについて、以下に検討する。

イ.上記(α)の方法について
上述のとおり、二酸化ケイ素の種類や、水溶性高分子の種類(化学構造や分子量)によって、相対百分率(A/B)の値がどのような傾向で変化するかなどの具体的な指針は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に明示されておらず、当該「相対百分率(A/B)」という「機能・特性等」で特定される「所望の数値範囲」を満たす「研磨用組成物」を作ることができる「二酸化ケイ素と水溶性高分子の種類の組み合わせ」の種類ないし範囲が、本件特許の出願時に技術常識として知られていたといえる根拠も見当たらない。
そして、例えば、甲第1号証(特開2000-313815号公報)の段落0031?0032及び0037には、研磨液組成物全体に対し、砥粒(ヒュームドシリカ)が15重量%、水溶性高分子化合物が0.05%、アンモニア水でpHが11、残分が水になるように仕込んだ研磨液組成物における吸着率の値が、水溶性高分子が「ポリ(100)エチレングリコール」の場合に「95重量%」になることが示されているのに対して、特許権者の令和元年7月12日付けの意見書の第15頁で言及されている平成30年5月30日付けの意見書に添付された参考資料1に記載の追加比較例1では、二酸化ケイ素として「コロイダルシリカ」を用い、水溶性高分子として甲第1号証の表1にある「ポリ(100)エチレングリコール」を用いた場合の相対百分率(A/B)が「3.0%」にしかならないことが示されている。
してみると、上記(α)の調整方法について、二酸化ケイ素の種類が異なるなどの各種の条件の違いにより、その相対百分率(A/B)の値が予想外に変動することが示されているので、上記(α)の調整する方法は、その組み合わせごとに、各種の条件などを試行錯誤しなければ、当業者といえども調整できないといわざるを得ない。
さらに、二酸化ケイ素の種類が「ヒュームドシリカ」であるか「コロイダルシリカ」であるかによって、その相対百分率(A/B)の値が大きく変動することが示されているので、本件特許明細書の段落0018の「使用される二酸化ケイ素としては、例えば、コロイダルシリカ、フュームドシリカ、ゾルゲル法シリカ等が挙げられる。」との記載にある各種の二酸化ケイ素の全般にわたり、実際に試験をしなければ、その相対百分率(A/B)を所望の値に調整ないし制御できるとはいえない。
また、水溶性高分子の種類が「ポリ(100)エチレングリコール」である場合に、これと組み合わせて用いられる二酸化ケイ素の種類によって、その相対百分率(A/B)の値が大きく変動することが示されているので、本件特許明細書の段落0022の「水溶性高分子としては、例えば、セルロース誘導体、ポリビニルピロリドン、ポリビニルピロリドンを含む共重合体が挙げられる。」との記載に例示されてない上記「ポリ(100)エチレングリコール」などを含む広範な種類の水溶性高分子の全般にわたり、実際に試験をしなければ、その相対百分率(A/B)を所望の値に調整ないし制御できるとはいえない。
そして、二酸化ケイ素の種類は「ヒュームドシリカ」や「コロイダルシリカ」などの多種にわたり、水溶性高分子の種類も「ポリ(100)エチレングリコール」や「ヒドロキシエチルセルロース」など非常に多種にわたるので、両者の組み合わせの数は膨大になるところ、これらの組み合わせの相対百分率(A/B)がどのような値になるかは、当業者といえども個々の組み合わせごとに非常に多くの試験を実際にしてみなければ予測できないものと認められる。
したがって、上記(α)の調整方法において、二酸化ケイ素の全般、及び水溶性高分子の全般にわたり、本件特許の請求項1の「37.2%以上かつ71.3%以下」及び同請求項9の「15%以上」の「所望の数値範囲」に調整するためには、過度の試行錯誤を要するものというべきである。

ウ.上記(β)の方法について
本件特許明細書の段落0077(摘示b)の「その含炭素組成物について、島津製作所社製の“TOC-5000A”を用いてTOC値を測定し、測定された含炭素組成物のTOC値を研磨用組成物の全炭素濃度(B)とした。」との記載(及び技術常識)からみて、本件特許の請求項1及び9の「研磨用組成物の全炭素濃度」の値は、試料を完全燃焼した時に発生するCO_(2)の量を測定して決定されるものと認められ、炭素源となる炭素原子を有する含炭素化合物(水溶性高分子など)の量ないし濃度(含有量)に比例して「全炭素濃度」の値が増えるものと理論的には理解される。
これに対して、上記(2)ウ.の実験結果では、水溶性高分子(HEC)の濃度(含有量)を実施例5、7及び9よりも半減させた実施例10の場合に、その「全炭素濃度(B)」の値が、同等又はそれ以上の値に増大している。
また、上記(2)エ.の実験結果では、炭素源となる炭素原子を有する添加剤を追加して配合した場合(実施例14及び15)や水溶性高分子の濃度を増やした場合(実施例10に対する実施例7の場合)に、理論的には増加することが期待される「全炭素濃度(B)」の値が、全て「87.7質量ppm」で、実際に測定してみると全く変化しなかったことが示されている。
してみると、本件特許明細書の具体例の記載内容は、炭素源となる炭素原子を有する添加剤や水溶性高分子の含有量を変動(減少又は増大)させた場合に、その変動に比例して「全炭素濃度(B)」の値が増減すると、理論的には予測されるべきなのに、このような挙動が示されていないという点において「正しい記載内容」になっているとは認められない。
このため、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載によっては、当業者といえども「全炭素濃度(B)」という発明特定事項を備える本件特許の請求項1及び9並びにその従属項に係る発明の内容を正しく理解して、その実施をすることができると認めることはできない。
また、本件特許明細書の具体例の記載が「正しい記載内容」になっているものと仮定しても、炭素源となる炭素原子を有する添加剤を追加して配合した場合に、理論的には増加することが期待される「全炭素濃度(B)」の値が、実際に試験してみると全く変化しなかったことが示されているので、このような予想外の挙動を示す「全炭素濃度(B)」及び当該(B)を分母とする「相対百分率(A/B)」の値は、実際に試験をしなければ当業者といえども容易に予測することができないと結論づけざるを得ない。
したがって、上記(β)の調整方法において、二酸化ケイ素の全般、及び水溶性高分子の全般にわたり、本件特許の請求項1の「37.2%以上かつ71.3%以下」及び同請求項9の「15%以上」の「所望の数値範囲」に調整できるものを見出すためには、過度の試行錯誤を要するものというべきである。

エ.従属項の実施可能要件について
本件特許の請求項2?8に係る発明は請求項1の記載を直接又は間接的に引用するものであり、請求項10に係る発明は請求項9の記載を直接的に引用するものであるところ、本件特許の請求項1又は9に記載された「研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率」に関する発明特定事項は、本件特許の請求項2?8及び10の記載において更に限定されるものではない。
してみると、上記ア.?ウ.に示した理由と同様な理由により、本件特許明細書の実験結果に基づき『当業者に期待しうる程度を越える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要』なく、本2?本8及び本10発明の相対百分率(A/B)の値を調整できるとはいえない。

オ.実施可能要件のまとめ
以上総括するに、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、発明の詳細な説明に具体的に製造方法が記載された物(及びその具体的な物から技術常識を考慮すると製造できる物)以外の物について、当業者が本1?本10発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しているものではないから、特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。

(4)実施可能要件に関する特許権者の主張について
特許権者は、令和元年11月25日付けの意見書の第2?5頁の『5(3)(c)』の項で「コロイダルシリカのシラノール基に吸着する水溶性高分子としては、本件明細書の段落0022に記載されるようにヒドロキシエチルセルロース等のエーテル結合(-O-)を有する水溶性高分子、ポリビニルピロリドン等の含窒素水溶性高分子が例示される。…一方、ポリアクリル酸等のカルボキシル基のような解離する基を有する水溶性高分子は、コロイダルシリカのシラノール基と結合しない。また、ポリビニルアルコールのような水酸基を有し、エーテル結合を有していない水溶性高分子は、本件実施例に示されるような塩基性化合物が共存する環境下においてはコロイダルシリカのシラノール基と水素結合や静電結合は生じず、コロイダルシリカに吸着しない(本件比較例8参照)。…以上により、従来の技術常識に基づけば、コロイダルシリカの表面上に存在するシラノール基と水溶性高分子の表面基が結合するため、化学的な構造を見れば、その水溶性高分子が使用環境下において、コロイダルシリカに吸着するか否かを判断することができる。」と主張している。
しかしながら、本件特許明細書の比較例7では、水溶性高分子として「カチオン化PVA」を塩基性化合物の共存する環境下で用いて12.7ppmの「吸着物の炭素換算濃度(A)」を示すとされており、甲第1号証の段落0031の表1の「

」との記載にある比較試料mでは、水溶性高分子として「ポリアクリル酸」を用いて、二酸化ケイ素(ヒュームドシリカ)に対して、10重量%の吸着率で吸着すると示されているので、エーテル結合を有さない「カチオン化PVA」や「ポリアクリル酸」などの水溶性高分子が、シラノール基を有する二酸化ケイ素(コロイダルシリカやヒュームドシリカなど)に対して、どのような条件下でも「全く吸着しない」と解することはできない。
そして、本件特許の請求項1?10に係る発明の「水溶性高分子」の範囲は、上記「カチオン化PVA」や「ポリアクリル酸」などの『コロイダルシリカのシラノール基と結合せず或いは結合し難い水溶性高分子』を含む概念となっているので、このような非常に広い概念を含む「水溶性高分子」の中から、コロイダルシリカやヒュームドシリカなどを含む各種の「二酸化ケイ素」に対して、本件特許の請求項1の「37.2%以上かつ71.3%以下」及び同請求項9の「15%以上」という「所望の数値範囲」の相対百分率(A/B)に調整できるものを見出すためには、過度の試行錯誤を要するものというべきである。
このため、上記意見書の主張は採用できない。

2.理由3(サポート要件)について
(1)サポート要件の判断手法について
一般に『特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許出願人(…)が証明責任を負うと解するのが相当である。…当然のことながら,その数式の示す範囲が単なる憶測ではなく,実験結果に裏付けられたものであることを明らかにしなければならないという趣旨を含むものである。』とされている〔平成17年(行ケ)10042号判決参照。〕。

(2)本件発明の解決しようとする課題について
本件特許明細書の段落0006の記載を含む発明の詳細な説明の全ての記載からみて、本件発明の解決しようとする課題は『基板に生じる微小な表面欠陥を抑制することが容易な研磨用組成物、及び研磨用組成物の製造方法の提供』にあるものと認められる。

(3)実験結果による裏付けの点
ア.具体例の試験結果及び表3の試験項目について
本件特許明細書の段落0083?0084(摘示c)には、実施例1?17及び比較例1?10の具体例が記載され、その表3の実施例と比較例との対比結果では、その評価項目として「撥水距離」と「洗浄性」の2種類が示されている。
しかしながら、上記1.(3)ウ.に示したように、本件特許明細書の具体例の記載内容は、例えば、実施例7、10及び14?15における「全炭素濃度(B)」の値が全て「87.7質量ppm」となっている等の点において「正しい記載内容」になっていると認められないので、このような試験結果によっては、本件発明が上記課題を解決できると認識できる範囲のものであると直ちに認めることができない。
また、表3の評価項目は「基板に生じる微小な表面欠陥を抑制」するか否かを直接評価するものではないし、これらの評価項目の試験結果と「基板に生じる微小な表面欠陥を抑制」することとの関係も不明であるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明の「試験結果」の記載により、本件発明が上記課題を解決できると認識できる範囲のものであると直ちに認めることができない。

イ.表3の「撥水距離」の試験結果について
特許権者は、令和元年11月25日付けの意見書の第6?7頁の『5(4-1)(b)』の項で『本件明細書中において「その結果、基板表面に付与される親水性を効果的に高めることができる。その結果、基板に生じる微小な表面欠陥を抑制することが容易となる。」と記載する(段落0033参照)。…例えば、甲第2号証(国際公開第2011/142362号)において「研磨終了後のウェーハ表面の親水性を高くすることにより、研磨後に行う洗浄工程までの間にシリコーンウェーハ用研磨組成物や研磨雰囲気中のダストがシリコンウェーハに付着することを防止し、パーティクル抑制効果を高める。」(段落0033参照)と記載する。また、甲第4号証(特開2010-34509号公報)は、「半導体基板表面の濡れ性が不足し、表面に付着する微小なパーティクルが増加する傾向にある。」(段落0016参照)と記載する。つまり、基板表面の親水性とパーティクルの付着との関係は、従来より知られている。…例えば、直径200mmのウェーハを用いて研磨を行い、欠陥マップにより表面欠陥を目視化することができれば直接的ではある。しかしながら、コスト的、時間的に常に容易に行うことができる評価方法ではない。そのため、60mm角の基板及び小型研磨機を用いて研磨試験を行い、表面の親水性の状態を撥水距離により置き換えて評価を行っている。参考までに、乙第5号証(参考資料1:撥水距離と表面欠陥との関係を示す資料)において、(A)撥水距離が長くなる研磨用組成物(本件比較例相当)と(B)撥水距離が短い研磨用組成物(本件実施例相当)について、シリコーンウェーハに対して研磨処理を行い、表面欠陥を可視化した写真を示す。…そして、本件発明の発明者は、「撥水距離」が上限値45mmの範囲で表面欠陥が従来よりも抑制できる範囲と定め、かかる範囲が得られる研磨用組成物を実施例と定めている。』と主張する。
しかしながら、以下に述べるとおり、本件特許明細書の試験例のように「表面の親水性の状態を撥水距離により置き換えて評価」することに合理性があるとはいえない。
まず、本件特許明細書の段落0003の「基板に生じる微小な表面欠陥の一つとして、基板表面に吸着した異物に起因する表面欠陥がある。上記異物は…洗浄工程において除去しきれなかったものである。」との記載からみて、同段落0084の表3における「洗浄性」の評価は「基板に生じる微小な表面欠陥」についての指標を与えるものと解されるところ、表3の試験結果においては、撥水距離が1mmの実施例9の洗浄性の評価がCであり、撥水距離が5mmの実施例1の洗浄性の評価がAであり、撥水距離が15mmの実施例8の洗浄性の評価がBである。そうすると、同段落0080に説明される「撥水距離」の値が、微小パーティクル数(LPD)などの「基板に生じる微小な表面欠陥」に直結した指標として正しく機能していると認めることはできない。
さらに、乙第5号証(参考資料1)では「(A)撥水距離が長いもの(本件比較例相当)」と「(B)撥水距離が短いもの(本件実施例相当)」の2つの「欠陥マップ」の写真が示されているが、これら2つの事例における「撥水距離」の具体的な値や測定方法は明らかにされておらず、その「研磨後のシリコンウェーハを第1の洗浄槽に4分、その後超純水によるリンス槽を経て、第2の洗浄槽に4分浸漬し、その後DIWに浸漬し、引き上げてスピンドライヤーで乾燥させた。」という「洗浄条件」は、本件特許明細書の段落0080の「研磨後、シリコン基板の表面を流量7L/分の流水で10秒間洗浄した。シリコン基板を垂直状態として静置し、30秒後、シリコン基板のコーナ部からの撥水距離を測定した。その結果を表3に示す。」との記載にある「洗浄条件」と一致せず、その「撥水距離」の意味するところが同じであるとは解せない。このため、乙第5号証の「撥水距離と表面欠陥との関係を示す資料」によっては、表3の「撥水距離」の値が「基板に生じる微小な表面欠陥」に直結した指標として有効に機能するとは認められない。
また、上記「本件発明の発明者は、「撥水距離」が上限値45mmの範囲で表面欠陥が従来よりも抑制できる範囲と定め、かかる範囲が得られる研磨用組成物を実施例と定めている。」との主張について、当該「上限値45mm」を「表面欠陥が従来よりも抑制できる範囲」の境界値に設定することの技術的な根拠(具体的な実験データによる裏付けなど)は本件特許明細書の発明の詳細な説明に見当たらないので、当該「上限値45mm」を境界として、上記『基板に生じる微小な表面欠陥を抑制することが容易な研磨用組成物、及び研磨用組成物の製造方法の提供』という課題が解決できる範囲になると直ちに認めることはできない。
以上のことを総括するに、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載を精査しても、本件発明の「撥水距離」が短い範囲にあれば、表面欠陥の原因物質となる「水溶性高分子等の異物」を十分に除去できるという作用機序が「単なる憶測」ではなく「実験結果に裏付けられたものである」といえる具体的な根拠は見当たらず、そのような「実験結果」がなくとも、本件発明の課題を解決できると認識できる範囲にあるといえる「作用機序」についての説明の記載や、本件特許の出願時における「技術常識」の存在も見当たらないので、本件特許の請求項1及び9並びにその従属項の記載が明細書のサポート要件を満たしていると認めることはできない。

ウ.表3の「洗浄性」の試験結果について
本件特許明細書の段落0003には「基板に生じる微小な表面欠陥の一つとして、基板表面に吸着した異物に起因する表面欠陥がある。上記異物は、砥粒等の研磨材、水溶性高分子等の添加剤、研磨パッド屑、研磨により除去された基板の切り粉、空気中の塵及びその他の異物が基板表面に吸着したものであって、洗浄工程において除去しきれなかったものである。」との「作用機序」についての記載がなされているところ、水溶性高分子等の異物が基板表面に吸着していないものは、上記『基板に生じる微小な表面欠陥を抑制することが容易な研磨用組成物、及び研磨用組成物の製造方法の提供』という課題を解決できると認識できる範囲にあるものといえる。
また、同段落0081の「比較例1?8に関しては、…研磨後のシリコン基板の表面に水溶性高分子が吸着していないと考えられるため、洗浄性の評価の実施を不要と判断した。」との記載にあるように、比較例1?8のものは「研磨後のシリコン基板の表面に水溶性高分子が吸着していない」という点において「基板に生じる微小な表面欠陥」が抑制されているものと解される。その一方で、同段落0081の「洗浄操作の回数が…7回以上を「C」として評価した。」との記載からみて、実施例9の「C」の評価のものは「基板に生じる微小な表面欠陥」が十分に抑制されていないものと解される。
この点について、特許権者は、令和2年5月8日付けの意見書の第11?12頁の『5(3)(g)』の項で「『「撥水距離が短」ければ「洗浄性が高められ」て「微小な表面欠陥の低減効果が期待」される』とは、本件特許明細書の段落0055に基づいて主張している。段落0055において「研磨後の基板表面の親水性を高めることができる。その結果、基板表面の洗浄性が高められて、基板表面に吸着した異物に起因するナノオーダーの微小な表面欠陥を低減させることが容易となる。」と記載する。また、表3の洗浄性は、水溶性高分子の洗浄性(除去容易性)を評価したと記載する(段落0081)。表3の洗浄性は、段落0055とは異なる段落0056の水溶性高分子の除去容易性を示すことは明らかであり、整合性が不明であるとは認められない。」と主張する。
しかしながら、本件特許明細書の段落0055の「基板表面に吸着した異物」とは、同段落0003の「基板表面に吸着した異物…は…水溶性高分子等の添加剤」との記載にあるように「水溶性高分子」等の異物を意味しており、同段落0056の「基板表面に付着した水溶性高分子を除去する際の洗浄性(除去容易性)が高められる」との記載にある「除去」の対象は「基板表面に付着した水溶性高分子」であると解されるから、同段落0055と同段落0056の「水溶性高分子」という異物が異なるものとは解せず、上記主張は採用できない。
そして、本件特許明細書の実施例9のものは、水溶性高分子の重量平均分子量が50万であるという点において、本件特許の請求項2に記載された「水溶性高分子の重量平均分子量が300000以下である」という発明特定事項、同請求項3に記載された「水溶性高分子の重量平均分子量が200000以下である」という発明特定事項、及び同請求項4に記載された「水溶性高分子の重量平均分子量が100000以下である」という発明特定事項を満たすものではないところ、本件発明の「洗浄性」の評価が「C」の実施例9の場合を包含する、本件特許の請求項1及び5?8並びに請求項9?10に記載された発明は、表面欠陥の原因物質となる「水溶性高分子等の異物」を十分に除去できると認識できる範囲にあるとは認められないので、本件特許の請求項1及び5?10の記載が明細書のサポート要件を満たしていると認めることはできない。

(4)吸着物の炭素換算濃度及びその百分率の範囲の点
本件特許の請求項1及び9に記載された「研磨用組成物における前記吸着物の炭素換算濃度が4質量ppm以上であり」という発明特定事項における「吸着物の炭素換算濃度」の「4質量ppm以上」という広範な数値範囲、並びに本件特許の請求項1に記載された「研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率が37.2%以上かつ71.3%以下であり」という発明特定事項、及び同請求項9の「研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率が15%以上であり」という発明特定事項における「吸着物の炭素換算濃度の百分率」の「37.2%以上かつ71.3%以下」又は「15%以上」という広範な数値範囲について、例えば、本件特許明細書の段落0084の「比較例4」の「吸着物の炭素換算濃度(A)」の「3.0ppm」を若干増やした「4.0ppm」のものや、同段落0084の「比較例7」の「A/B」の「14.3%」を若干増やした15%(14.5%)のものが、上記課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる「試験結果」や「作用機序」や「技術常識」などの根拠は見当たらないので、上記広範な数値範囲のもの全てが課題を解決できると認識できる範囲にあるとは認められない。
したがって、本件特許の請求項1及び9並びにその従属項の記載が明細書のサポート要件を満たしていると認めることはできない。
この点について、特許権者は、令和元年11月25日付けの意見書の第8頁の『5(4-2)(b)』の項で「本件発明1,9(併せて本件発明5,10)について「吸着物の炭素換算濃度(A)」を実施例3に対応させ「5.5質量ppm以上」に訂正した。…したがって、本指摘に関する取消理由は、解消したものと思料する。」と主張する。
しかしながら、本件訂正は認められないから、上記主張は採用できない。

(5)二酸化ケイ素と水溶性高分子の範囲の点
ア.二酸化ケイ素の範囲について
本件特許の請求項1及び9に記載された「二酸化ケイ素」という広範な発明特定事項について、本件特許明細書の段落0018には「二酸化ケイ素として…コロイダルシリカを使用した場合には、研磨により基板表面に発生するスクラッチが減少する」との記載がなされているところ、研磨用組成物に用いられる「二酸化ケイ素」の有用性がその種類によらず同程度であるといえる技術常識の存在は見当たらないので、本件特許明細書の実施例1?17の具体例で用いられている「コロイダルシリカ」で課題を解決できることが裏付けられているとしても、当該「コロイダルシリカ」以外の「二酸化ケイ素」を用いた場合に、本件発明の所定の課題を解決できると直ちに認識することはできない。
したがって、本件特許の請求項1及び9並びにその従属項の記載が明細書のサポート要件を満たしていると認めることはできない。
この点について、特許権者は、令和元年11月25日付けの意見書の第10頁の『5(4-3)(b)』の項で「本件発明1?10について、同日付の訂正請求書において「二酸化ケイ素」の発明特定事項を「コロイダルシリカ」に特定する訂正を行った。したがって、二酸化ケイ素の構成に関する本取消理由は、解消したものと思料する。」と主張する。
しかしながら、本件訂正は認められないから、上記主張は採用できない。

イ.水溶性高分子の範囲について
本件特許の請求項1及び9に記載された「水溶性高分子」という広範な発明特定事項について、甲第4号証の段落0009?0010及び0015には、水溶性高分子の粘度や分子量の違いで「微小欠陥の発生原因」となる「異物」の除去性が異なり、洗浄性の観点からすると「ポリビニルアルコール」などよりも「ヒドロキシエチルセルロース」が好ましい旨が記載されており、甲第1号証の段落0031には、水溶性高分子の吸着率が「ポリエチレングリコール」等と「ポリアクリル酸」等とで大きくことなることが記載されているので、研磨用組成物に用いられる「水溶性高分子」の有用性がその種類によらず同程度であるとはいえない。
このような技術常識に照らすと、本件特許明細書の実施例1?17の具体例で用いられている「ヒドロキシエチルセルロース(HEC)」等で課題を解決できることが裏付けられているとしても、それ以外の種類の「水溶性高分子」を用いた場合に、本件発明の所定の課題を解決できると直ちに認識することはできない。
そして、水溶性高分子の種類(及び重量平均分子量)が異なる以外は、条件が同じ実施例5、7、9、12及び13の具体例を、その「相対百分率(A/B)」のパラメータの順に並べてみると、次の表のとおりに整理される。
──────────────────────────────────
水溶性 吸着物の炭素 水溶性高分子
高分子濃度 換算濃度(A) A/B 撥水距離 の種類
〔質量%〕 〔質量ppm〕 〔%〕 〔mm〕
実施例5 0.018 14.0 19.3 10 HEC(Mw=12万)
実施例13 0.018 51.9 50.8 25 PVA-g-PVP
実施例7 0.018 45.9 52.3 5 HEC(Mw=25万)
実施例9 0.018 45.0 60.4 1 HEC(Mw=50万)
実施例12 0.018 25.6 61.5 10 加水分解HEC
──────────────────────────────────
ここで、撥水距離の値が10mmという同程度の有用性を得るための「相対百分率(A/B)」の値は、実施例5の場合は「19.3%」となるのに対して、実施例12の場合は「61.5%」となることが、具体的な試験結果によって裏付けられているといえる。
また、相対百分率(A/B)の値が近似する実施例13(50.8%)と実施例7(52.3%)の「撥水距離」の値を比べると、実施例13(PVA-g-PVP)の場合に「25mm」となるのに対して、実施例7(HEC)の場合に「5mm」となり、同程度の有用性が得られないことが、具体的な試験結果によって裏付けされているといえる。
してみると、本1発明の「研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記吸着物の炭素換算濃度の百分率が37.2%以上」という相対百分率(A/B)の下限値は、重量平均分子量が25万のHECを用いた実施例8を根拠に設定されているところ、水溶性高分子の種類(及び重量平均分子量)が異なる場合に、実施例8と同程度の有用性を得るための相対百分率(A/B)の下限値が、実施例8の「37.2%」と同程度の値になると類推できない。
したがって、本1発明の「37.2%以上」という相対百分率(A/B)の下限値を、実施例8の「重量平均分子量が25万のHEC」以外の水溶性高分子にまで一般化できるとはいえず、同様に本9発明の「15%以上」という相対百分率(A/B)の下限値を、実施例12で用いられている加水分解処理を施したヒドロキシエチルセルロース(加水分解HEC)や、実施例13で用いられているポリビニルアルコールとポリビニルピロリドンのグラフトポリマー(PVA-g-PVP)などを含む広範な「水溶性高分子」の全般にまで拡張ないし一般化できるとはいえない。
したがって、本件特許の請求項1及び9並びにその従属項の記載が明細書のサポート要件を満たしていると認めることはできない。
この点について、特許権者は、令和元年11月25日付けの意見書の第12?13頁の『5(4-4)(d)』の項で「本件特許記載の技術では、水溶性高分子のコロイダルシリカへの吸着比を制御することで研磨後ウェーハ表面の親水性が制御可能となる。それは、シリカがキャリアとなり、シリカ表面に吸着した水溶性高分子をシリコーンウェーハ表面に吸着させ得ることに基づく。シリカによりウェーハ表面にこすり付けられた水溶性高分子は、その構造がストレッチし、ウェーハ表面と多点吸着することで、好適なウェーハ表面への吸着維持特性を有し、研磨後のウェーハ表面の親水性に寄与すると考え得る。」と主張する。
しかしながら、コロイダルシリカへの「吸着比」である「相対百分率(A/B)」の値を、本1発明の「37.2%以上」や本9発明の「15%以上」に制御しても、水溶性高分子の種類(及び重量平均分子量)が異なる場合に得られる有用性が同程度にならないことは、上記「実施例5、7、9、12及び13の具体例」の実験データによって裏付けられているので、当該「考え得る」との仮説ないし憶測に基づく主張は採用できない。

(6)水溶性高分子を含む吸着物の点
本件特許明細書の0025には「他成分を含有する場合には、炭素換算濃度において、研磨用組成物中における水溶性高分子の占める割合を高くすることが好ましい。具体的には、研磨用組成物の全炭素濃度に対する水溶性高分子の炭素換算濃度の百分率が50%以上であることが好ましく、より好ましくは70%以上であり、更に好ましくは85%以上である。」との記載がなされているところ、本件特許の請求項1及び9には、当該「水溶性高分子の占める割合」や、吸着物に占める水溶性高分子の割合(又は「他成分」の割合)は特定されていない。
そして、本件特許の請求項1及び9に記載された「水溶性高分子を含む吸着物」について、水溶性高分子を除いた他成分(不純物)が、水溶性高分子と同様に機能して、本件発明の所定の課題に関する有用性を示すといえる根拠は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に実験結果や作用機序の説明による裏付けがなされておらず、そのような裏付けがなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし本件発明の課題を解決できるといえる根拠も見当たらないので、当該「吸着物」の広範な範囲の全て(特に上記「他成分」が大半を占めるような態様)が、明細書のサポート要件を満たす範囲にあるとは認められない。
したがって、本件特許の請求項1及び9並びにその従属項の記載が明細書のサポート要件を満たしていると認めることはできない。
この点について、特許権者は、令和元年11月25日付けの意見書の第14?15頁の『5(4-5)(b)』の項で「本件発明1,9について「研磨用組成物の全炭素濃度に対する前記水溶性高分子の炭素換算濃度の百分率が85%以上」の発明特定事項を加入する訂正を行った。…以上により、「吸着物」に関する本取消理由の指摘はすべて説明し、解消したものと思料する。」と主張する。
しかしながら、本件訂正は認められないから、上記主張は採用できない。

(7)サポート要件のまとめ
以上総括するに、先に示した〔理由3〕の(い)?(お)の不備について、上記(3)?(6)に示したように、その(い)?(お)の不備は、依然として解消されているとはいえない。
したがって、本1?本10発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められず、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められないので、本件特許の請求項1?10の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。

第6 むすび
以上のとおり、本件特許の請求項1?8及び9?10に係る発明の特許は、特許法第36条第4項第1号及び第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2020-09-28 
出願番号 特願2016-241515(P2016-241515)
審決分類 P 1 651・ 536- ZB (C09K)
P 1 651・ 537- ZB (C09K)
P 1 651・ 851- ZB (C09K)
最終処分 取消  
前審関与審査官 櫛引 智子  
特許庁審判長 日比野 隆治
特許庁審判官 木村 敏康
蔵野 雅昭
登録日 2018-08-10 
登録番号 特許第6381619号(P6381619)
権利者 株式会社フジミインコーポレーテッド
発明の名称 研磨用組成物、及び研磨用組成物の製造方法  
代理人 恩田 博宣  
代理人 恩田 誠  

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