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審決分類 審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C09D
審判 一部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C09D
審判 一部申し立て 2項進歩性  C09D
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  C09D
管理番号 1368143
異議申立番号 異議2020-700575  
総通号数 252 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-12-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-08-07 
確定日 2020-11-30 
異議申立件数
事件の表示 特許第6648360号発明「無機粒子分散液、無機粒子含有組成物、塗膜、塗膜付きプラスチック基材、表示装置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6648360号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6648360号(以下「本件特許」という。)の請求項1?6に係る特許についての出願は、2014年9月29日〔優先権主張:平成25年9月30日(JP)日本国〕を国際出願日とする特願2014-559976号の一部を、平成26年12月26日に特願2014-265515号として新たに特許出願したものであって、令和2年1月20日にその請求項1?6に係る特許権の設定登録がなされ、同年2月14日に特許掲載公報が発行され、その請求項1?3に係る特許に対し、令和2年8月7日に特許異議申立人である本多眞治(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがなされたものである。

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1?3に係る発明は、その特許請求の範囲の請求項1?3に記載された次の事項により特定されるとおりのものである(以下、特許異議の申立てがなされた本件特許の請求項1?3に係る発明を「本件特許発明1」?「本件特許発明3」と略記する場合がある。)。
「【請求項1】
無機粒子が、加水分解性基を有する分散剤で表面修飾され、分散媒に分散されてなる分散液であって、
水と混合した場合に水素イオン指数(pH)が7より大となる塩基性物質を含み、
カールフィッシャー水分計で測定された水の含有量が0.7質量%以下であり、
前記無機粒子が、金属酸化物粒子であり、吸着水を含み、
前記分散剤が、シランカップリング剤またはテトラアルコキシシランであり、
前記分散媒が、脂肪族炭化水素類、芳香族炭化水素類、アルコール類、ハロゲン化炭化水素類、ケトン類、エステル類、セロソルブ類、エーテル類、アミド系溶媒、エーテルエステル系溶媒、樹脂モノマーおよび樹脂オリゴマーからなる群から選ばれる少なくとも1種であり、
前記塩基性物質が、アミン類であり、
前記分散媒に分散した前記無機粒子の粒度分布の累積体積百分率が50%のときの粒径(D50)は、1nm以上かつ45nm以下であり、
粒度分布の累積体積百分率が90%のときの粒径(D90)を、D50で除した値が、1以上かつ4以下であることを特徴とする無機粒子分散液。
【請求項2】
請求項1に記載の無機粒子分散液と、バインダー成分とを含有してなることを特徴とする無機粒子含有組成物。
【請求項3】
請求項2に記載の無機粒子含有組成物を用いて形成されたことを特徴とする塗膜。」

第3 特許異議申立理由の概要
本件特許発明1?3に対して、申立人が申し立てた申立理由の概要は、次のとおりである。

1.申立理由1(新規性)
甲第1号証(特開2011-148661号公報)には、本件特許発明1-3に相当する発明である甲1発明が開示されている。本件特許発明1-3は、甲1発明と同一の発明であるか、相違があったとしても軽微なものであるから、特許法第29条第1項第3号(同法第113条第2号)の発明に該当する。

2.申立理由2(進歩性)
本件特許発明1-3は、甲1発明と相違があったとしても当業者であれば容易に想到しうる相違であるから、特許法第29条第2項(同法第113条第2号)の規定により特許を受けることができない発明である。

3.申立理由3(実施可能要件違反)
請求項1は、種類に関わらず無機粒子であれば発明の範囲に含んでいるが、実施例では、酸化ジルコニウム及び酸化亜鉛しか実績がない。請求項1では、無機粒子についてはD50、D90/D50、水分量のそれぞれについて数値範囲が設定されているが、粒度分布を制御してD90/D50の値、更には水分量を制御することは非常に困難である。よって、請求項1及び請求項1を引用する請求項2及び3に係る発明はどのように製造したら良いか明らかではないから、本件特許明細書の記載は、特許法第36条第4項第1号(同法第113条第4号)に規定する要件を満たさない。

4.申立理由4(明確性要件違反)
請求項1は、種類に関わらず無機粒子であれば発明の範囲に含んでいるが、実施例では、酸化ジルコニウム及び酸化亜鉛しか実績がない。無機粒子についてはその種類によって性質が異なることは技術常識であり、実施例で記載された材料以外の無機粒子においてまで同様の効果が予測できるとは言い難い。よって、請求項1及び請求項1を引用する請求項2及び3に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。したがって、本件特許発明1?3の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たさない。

第4 当審の判断
1.申立理由1(新規性)及び申立理由2(進歩性)について
(1)甲第1号証及びその記載事項
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第1号証(特開2011-148661号公報)には、次の記載がある。

摘記1a:請求項1?2
「【請求項1】乾式法で製造された金属酸化物粉末に対して、非希釈状態のアミノアルキルアルコキシシランを添加する工程、及び該添加終了後にヘキサメチルジシラザンを添加する工程を有する表面処理金属酸化物粉末の製造方法であって、
(1)アミノアルキルアルコキシシランの添加量を、用いるアミノアルキルアルコキシシランの最小被覆面積と金属酸化物粉末の比表面積とから下記式により算出される理論添加量の0.2?0.5倍とし、
理論添加量(g)=金属酸化物粉末の量(g)×金属酸化物粉末の比表面積(m^(2)/g)/最小被覆面積(m^(2)/g)
且つ、
(2)アミノアルキルアルコキシシランの金属酸化物粉末への添加を、該金属酸化物粉末が205?245℃の範囲の温度に保持された状態で行う
ことを特徴とする前記表面処理金属酸化物粉末の製造方法。
【請求項2】アミノアルキルアルコキシシランの金属酸化物粉末への添加を、噴霧により行う請求項1記載の製造方法。」

摘記1b:段落0001
「【0001】本発明は、新規な表面処理金属酸化物の製造方法に関する。詳しくは、乾式法で製造された金属酸化物粉末を非希釈のアミノシランカップリング剤で表面処理するに際し、凝集物の少ない表面処理金属酸化物を得る方法を提供するものである。得られた表面処理金属酸化物は、表面がプラスに帯電する性質が付与されており、例えば電子写真用トナー外添剤(以下、外添剤ともいう。)として有用である。」

摘記1c:段落0051
「【0051】さらに本発明の製造方法で得られる表面処理金属酸化物粉末は、トナー外添剤以外にも、粉体塗料の外添剤として使用することもできるし、さらにはその適度な疎水性とアミノ基の反応性とを有効に利用し、エポキシ樹脂やアクリル樹脂等の各種樹脂材料の充填材などとして使用することもできる。」

摘記1d:段落0054?0055
「【0054】(表面シラノール基量の測定)
試料を25℃、相対湿度80%の雰囲気中に45日間放置した後、試料を120℃で12時間乾燥した。この試料をメタノール溶媒中に分散し、京都電子工業社製カールフィッシャー水分計MKS-210を使用して、水分量を測定した。滴定試薬には、「HYDRANAL COMPOSITE 5K」(Riedel-deHaen社製)を使用した。
【0055】表面シラノール基量は、上記の方法で測定された水分量から下記の式により算出した。
表面シラノール基(個/nm^(2))=668.9×H_(2)O(wt%)÷比表面積(m^(2)/g)
(比表面積の測定)
金属酸化物粉末、及び表面処理金属酸化物の比表面積は、柴田科学器械工業性(当審注:製の誤記と認められる。)比表面積測定装置SA-1000を用い、窒素吸着量によるBET1点法により測定した。」

摘記1e:段落0060?0061
「【0060】実施例1
比表面積90m^(2)/gのヒュームドシリカ(株式会社トクヤマ製レオロシールQS-09;表面シラノール基量5.0個/nm^(2))を原料金属酸化物粉末として使用した。容積20Lのミキサーに、上記ヒュームドシリカ400gを入れ、攪拌し、窒素雰囲気下に置換すると同時に、230℃に加熱した。10L/分の速度で窒素の流通を15分間継続した後、ミキサーを密閉して、攪拌状態のヒュームドシリカへ、アミノアルキルアルコキシシランとして3-アミノプロピルトリエトキシシラン21.5g(最小被覆面積は354m^(2)/gであり、式(1)で計算される理論添加量は101.7gであるから、理論添加量の0.21倍量となる)を、非希釈で一流体ノズルを使用し噴霧した。噴霧後、そのまま60分間攪拌を継続した。
【0061】その後、ミキサーを開放し、雰囲気を窒素ガスで置換した。更に、ミキサーを密閉し、水蒸気をミキサー内の分圧で60kPa導入した。次にヘキサメチルジシラザン(HMDS)120g(30質量部)を一流体ノズルで噴霧し、そのまま60分間攪拌を継続することにより、疎水化処理を行った。その後、ミキサーを開放し、雰囲気を窒素ガスで置換した後に、表面処理金属酸化物を取り出した。」

(2)甲第1号証の刊行物に記載された発明
摘記1aの「乾式法で製造された金属酸化物粉末に対して、非希釈状態のアミノアルキルアルコキシシランを添加する工程、及び該添加終了後にヘキサメチルジシラザンを添加する工程を有する表面処理金属酸化物粉末の製造方法」との記載、及び
摘記1cの「本発明の製造方法で得られる表面処理金属酸化物粉末は、トナー外添剤以外にも、粉体塗料の外添剤として使用することもできるし、さらにはその適度な疎水性とアミノ基の反応性とを有効に利用し、エポキシ樹脂やアクリル樹脂等の各種樹脂材料の充填材などとして使用することもできる。」との記載からみて、甲第1号証には、
『乾式法で製造された金属酸化物粉末に対して、非希釈状態のアミノアルキルアルコキシシランを添加する工程、及び該添加終了後にヘキサメチルジシラザンを添加する工程を有する製造方法で製造された、トナー外添剤、粉体塗料の外添剤、エポキシ樹脂やアクリル樹脂等の各種樹脂材料の充填材などとして使用できる表面処理金属酸化物粉末。』についての発明(以下「甲1発明」という。)が記載されているといえる。

(3)対比
本件特許発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「金属酸化物粉末」は、本件特許発明1の「無機粒子」及び「前記無機粒子が、金属酸化物粒子であり」に相当する。
甲1発明の「アミノアルキルアルコキシシラン」は、本件特許発明1の「加水分解性基を有する分散剤」及び「前記分散剤が、シランカップリング剤またはテトラアルコキシシランであり」に相当する。
甲1発明の「非希釈状態のアミノアルキルアルコキシシランを添加する工程、及び該添加終了後にヘキサメチルジシラザンを添加する工程を有する製造方法で製造された…表面処理金属酸化物粉末」は、本件特許発明1の「無機粒子が、加水分解性基を有する分散剤で表面修飾され」に相当する。

してみると、本件特許発明1と甲1発明は『無機粒子が、加水分解性基を有する分散剤で表面修飾され、前記無機粒子が、金属酸化物粒子であり、前記分散剤が、シランカップリング剤またはテトラアルコキシシランである。』という点において一致し、次の(α)?(ζ)の点で相違する。

(α)本件特許発明1は、無機粒子が「分散媒に分散されてなる分散液」という「無機粒子分散液」に関するものであるのに対して、甲1発明は、金属酸化物粉末が「トナー外添剤、粉体塗料の外添剤、エポキシ樹脂やアクリル樹脂等の各種樹脂材料の充填材などとして使用」されるものであって、分散液の形態として利用するものではない点。

(β)本件特許発明1は、分散液が「水と混合した場合に水素イオン指数(pH)が7より大となる塩基性物質」を含み「前記塩基性物質が、アミン類」であるのに対して、甲1発明は、分散液の形態になく、分散液にアミン類を含むものではない点。

(γ)本件特許発明1は、分散液が「カールフィッシャー水分計で測定された水の含有量が0.7質量%以下」であるのに対して、甲1発明は、分散液の形態になく、分散液の水の含有量を特定するものでもない点。

(δ)本件特許発明1は、無機粒子が「吸着水を含」むのに対して、甲1発明は、表面処理金属酸化物粉末が吸着水を含むものとして特定されていない点。

(ε)本件特許発明1は、分散液の分散媒が「脂肪族炭化水素類、芳香族炭化水素類、アルコール類、ハロゲン化炭化水素類、ケトン類、エステル類、セロソルブ類、エーテル類、アミド系溶媒、エーテルエステル系溶媒、樹脂モノマーおよび樹脂オリゴマーからなる群から選ばれる少なくとも1種」であるのに対して、甲1発明は、分散液の形態になく、分散媒を用いるものではない点。

(ζ)本件特許発明1は、分散媒に分散した無機粒子の粒度分布が「粒度分布の累積体積百分率が50%のときの粒径(D50)は、1nm以上かつ45nm以下であり、粒度分布の累積体積百分率が90%のときの粒径(D90)を、D50で除した値が、1以上かつ4以下である」のに対して、甲1発明は、分散液の形態になく、表面処理金属酸化物粉末を分散媒に分散した場合の粒度分布を特定するものではない点。

(4)判断
ア.(α)の相違点について
甲第1号証には、甲1発明の「表面処理金属酸化物粉末」を、トナー外添剤や粉体塗料の外添剤として使用することが記載されているものの本件特許発明1のような「分散媒に分散されてなる分散液」の形態として利用することについては記載も示唆もない。
そうすると、当業者は、甲第1号証の記載に基づき、甲1発明の「表面処理金属酸化物粉末」をトナー外添剤や粉体塗料の外添剤として使用することを動機づけられるのであって、あえて、甲第1号証に記載も示唆もない分散液の形態で利用することを動機付けられるとはいえない。
申立人は、特許異議申立書の第8頁において『甲第1号証には、表面処理金属酸化物について、「さらに本発明の製造方法で得られる表面処理金属酸化物粉末は、トナー外添剤以外にも、粉体塗料の外添剤として使用することもできるし、さらにはその適度な疎水性とアミノ基の反応性とを有効に利用し、エポキシ樹脂やアクリル樹脂等の各種樹脂材料の充填材などとして使用することもできる。」と開示されている(0051段落)。熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂中に分散させる際には、硬化前のエポキシ樹脂(本件特許発明1における樹脂モノマー又は樹脂オリゴマーに相当)中に充填材を分散した後に硬化させることは技術常識である。』と主張する。
しかしながら、甲1発明の「粉体塗料の外添剤」として使用される場合の「粉体塗料」は、本件特許発明1の「分散液」のような「液」としての形態にないことは明らかであり、甲1発明の「各種樹脂材料の充填材」として使用される場合の「樹脂材料」も「分散液」のような「液」としての形態にないことは明らかであるから申立人の主張は採用できるものではない。
したがって、上記(α)の相違点に係る構成を導き出すことが、当業者にとって容易想到であるとはいえない。

イ.(β)の相違点について
上記アのとおり、甲第1号証には、甲1発明の「表面処理金属酸化物粉末」を、本件特許発明1のような「分散媒に分散されてなる分散液」の形態として利用することについて記載も示唆もない。また、分散液に混合する材料に関する記載(「水と混合した場合に水素イオン指数(pH)が7より大となる塩基性物質」に関する記載を包含する)や、当該塩基性物質の具体例に該当する「アミン類」に関する記載もない。
したがって、甲第1号証の記載に接した当業者が、甲1発明において「水と混合した場合に水素イオン指数(pH)が7より大となる塩基性物質」を含ませることとするとともに、当該塩基性物質を「アミン類」とすることを動機付けられるとはいえない。
申立人は、特許異議申立書の第7?8頁において『ヒュームドシリカを表面処理する3-アミノプロピルトリエトキシシランは、いわゆるシランカップリング剤の1種であり、水中に投入することでpHが7以上になる塩基性物質であり、アミン類である。』と主張する。
しかしながら、甲1発明の「アミノアルキルアルコキシシラン」は、表面処理のためのシランカップリング剤であって、分散液の中に含まれるアミン類ではないから申立人の主張は採用できるものではない。
したがって、上記(β)の相違点に係る構成を導き出すことが、当業者にとって容易想到であるとはいえない。

ウ.(γ)の相違点について
上記アのとおり、甲第1号証には、甲1発明の「表面処理金属酸化物粉末」を、本件特許発明1のような「分散媒に分散されてなる分散液」の形態として利用することについて記載も示唆もない。そして、本件特許発明1の「カールフィッシャー水分計で測定された水の含有量」は、本件特許明細書の段落0078の「得られた無機粒子分散液の水分率を…測定した結果、水の含有量は0.3質量%であった。」との記載にあるように、分散液に含まれる水分量を指すものであって、無機粒子そのものに含まれる水分量を指すものではないところ、甲第1号証の刊行物には、分散液の「カールフィッシャー水分計で測定された水の含有量」を「0.7質量%以下」にすることについて示唆を含めて記載がない。
したがって、甲第1号証の記載に接した当業者が、甲1発明において、分散液の「カールフィッシャー水分計で測定された水の含有量」を「0.7質量%以下」にすることを動機付けられるとはいえない。
申立人は、特許異議申立書の第7頁において『甲第1号証には、ヒュームドシリカに含まれる水分量はカールフィッシャー法により測定したことが記載されている(0054及び0055段落)。…その実測値は記載されていないものの、…ヒュームドシリカの水分量は、…0.67%と算出される。』と主張する。
しかしながら、甲1発明の金属酸化物粉末(ヒュームドシリカ)に含まれる水分量が0.67%と算出されたとしても、本件特許発明1の「カールフィッシャー水分計で測定された水の含有量」は、無機粒子そのものに含まれる水分量を指すものではないから申立人の主張は採用できるものではない。
したがって、上記(γ)の相違点に係る構成を導き出すことが、当業者にとって容易想到であるとはいえない。

エ.(δ)の相違点について
甲第1号証には、無機粒子が「吸着水を含」むことについて示唆を含めて記載がない。そして、甲第1号証の記載に接した当業者が、甲1発明において無機粒子が「吸着水」を含んでいると認識できるといえる技術常識の存在は見当たらず、甲1発明において「吸着水」を含む構成にすることを動機付けられるとはいえない。
申立人は、特許異議申立書の第7頁において『ヒュームドシリカは、ケイ素化合物を炎中で分解して生成するシリカ粒子であり、乾式にて製造されるシリカ粒子である。なお、湿度が0でない雰囲気中に粒子材料の表面を曝すと、表面に吸着水が付着することは技術常識である。』と主張する。
しかしながら、当該「表面に吸着水が付着することは技術常識である」との主張に関して、粒子材料の表面に吸着水が付着することが「技術常識」であることを裏付ける具体的な証拠は、申立人の証拠方法に見当たらないから申立人の主張は採用できるものではない。
したがって、上記(δ)の相違点について、実質的な差異がないとは認められず、上記(δ)の相違点に係る構成を導き出すことが、当業者にとって容易想到であるとも認められない。

オ.(ε)の相違点について
上記アのとおり、甲第1号証には、甲1発明の「表面処理金属酸化物粉末」を、本件特許発明1のような「分散媒に分散されてなる分散液」の形態として利用することについて記載も示唆もない。また、分散液の分散媒が「脂肪族炭化水素類、芳香族炭化水素類、アルコール類、ハロゲン化炭化水素類、ケトン類、エステル類、セロソルブ類、エーテル類、アミド系溶媒、エーテルエステル系溶媒、樹脂モノマーおよび樹脂オリゴマーからなる群から選ばれる少なくとも1種」であることに関する記載もない。
したがって、甲第1号証の記載に接した当業者が、甲1発明において分散媒を「脂肪族炭化水素類」等の一種とすることを動機付けられるとはいえない。
申立人は、特許異議申立書の第8頁において『甲第1号証には、表面処理金属酸化物について、「さらに本発明の製造方法で得られる表面処理金属酸化物粉末は、トナー外添剤以外にも、粉体塗料の外添剤として使用することもできるし、さらにはその適度な疎水性とアミノ基の反応性とを有効に利用し、エポキシ樹脂やアクリル樹脂等の各種樹脂材料の充填材などとして使用することもできる。」と開示されている(0051段落)。熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂中に分散させる際には、硬化前のエポキシ樹脂(本件特許発明1における樹脂モノマー又は樹脂オリゴマーに相当)中に充填材を分散した後に硬化させることは技術常識である。』と主張する。
しかしながら、甲第1号証の段落0051(摘記1c)に記載の「エポキシ樹脂」と「アクリル樹脂」が、本件特許発明1の分散媒としての「樹脂モノマー」又は「樹脂オリゴマー」に相当するといえる具体的な根拠は見当たらないから申立人の主張は採用できるものではない。また、甲第1号証の「エポキシ樹脂」及び「アクリル樹脂」が「分散媒」としての位置づけの材料として実質的に記載されているといえる具体的な根拠も見当たらないから申立人の主張は採用できるものではない。
したがって、上記(ε)の相違点について、実質的な差異がないとは認められず、上記(ε)の相違点に係る構成を導き出すことが、当業者にとって容易想到であるとも認められない。

カ.(ζ)の相違点について
上記アのとおり、甲第1号証には、甲1発明の「表面処理金属酸化物粉末」を、本件特許発明1のような「分散媒に分散されてなる分散液」の形態として利用することについて記載も示唆もない。そして、本件特許発明1の「粒度分布」は、無機粒子を「分散媒に分散」したときの「粒度分布」を指すものであるから、分散液の形態について示唆を含めて記載がない甲第1号証の刊行物の全記載を精査しても、無機粒子を「分散媒に分散」したときの「粒度分布」に関連する事項が記載されていないことは明らかである。
したがって、甲第1号証の記載に接した当業者が、甲1発明において「分散媒」に無機粒子を分散した場合に「粒度分布の累積体積百分率が50%のときの粒径(D50)は、1nm以上かつ45nm以下であり、粒度分布の累積体積百分率が90%のときの粒径(D90)を、D50で除した値が、1以上かつ4以下である」とすることを動機付けられるとはいえない。
申立人は、特許異議申立書の第7頁において『ここで、「ヒュームドシリカ」は、粒径が7-40nm程度の一次粒子が緩く凝集しているシリカ粒子であり液体等への分散性に優れている。』と主張し、同第8頁において『要件J…については、ヒュームドシリカの製造方法から粒度分布がシャープであることが気体でき、D90/D50が4以下である蓋然性は高い。』と主張する。
しかしながら、本件特許発明1の「粒度分布」は、無機粒子が「分散媒に分散」したときの「粒度分布」を指すものであるから申立人の主張は採用できるものではない。
したがって、上記(ζ)の相違点に係る構成を導き出すことが、当業者にとって容易想到であるとも認められない。

キ.本件特許発明1の新規性及び進歩性のまとめ
以上総括するに、本件特許発明1と甲1発明は、上記(α)?(ζ)の6つの相違点を有し、これらの相違点が技術的に無意味な構成要件の付加に相当すると解すべき事情も見当たらないから、本件特許発明1が、甲第1号証の刊行物に記載された発明であるとはいえず、特許法第29条第1項第3号に該当するとはいえない。
また、上記ア.?カ.に示したように、上記(α)?(ζ)の相違点に係る構成を導き出すことが、当業者にとって容易想到であるとは認められないから、本件特許発明1が、甲第1号証の刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず、特許法第29条第2項により特許を受けることができないとはいえない。

(5)本件特許発明2及び3について
本件特許発明2及び3は、本件特許発明1を直接又は間接的に引用し、さらに限定したものであるから、本件特許発明1の新規性及び進歩性が甲第1号証の刊行物によって否定できない以上、本件特許発明2及び3が、特許法第29条第1項第3号に該当するとはいえず、また、特許法第29条第2項により特許を受けることができないともいえない。

2.申立理由3(実施可能要件違反)について
本件特許明細書には、無機粒子として「酸化ジルコニウム」又は「酸化亜鉛」の粒子を用いた実施例が記載されており、実施例に記載された調製方法で用いられている「無機粒子」の種類を「酸化ジルコニウム」等から「酸化鉄」や「酸化銅」等に置き換える操作が、当業者にとって困難であるとはいえないので、申立人の『種類に関わらず無機粒子であれば発明の範囲に含んでいるが、実施例では、酸化ジルコニウム及び酸化亜鉛しか実績がない。』との主張によっては、本件特許明細書が実施可能要件を満たさない記載であるとは認められない。
また、本件特許明細書の段落0019の「無機粒子分散液の水の含有量は、…0.7質量%以下であることが好ましく、…水を、1質量%を超えた量を含有すると、シャープな粒度分布を有する分散液が得られない」との記載、及び同段落0039の「無機粒子分散液が塩基性物質を含有することにより、水の含有量が1質量%以下と少量であっても、…粒径が揃った状態で無機粒子を分散媒に分散させることができる」との記載により、無機粒子の「D50」と「D90/D50」の粒径分布を制御するためには、分散液の水分量を1質量%以下とし、アミン類などの塩基性物質を用いることが肝要であることが理解でき、同段落0098の「比較例2」のように、塩基性物質として水を多く含むもの(水酸化ナトリウム水溶液3質量%)を用いなければ、水分量を0.7質量%以下に制御できることも明らかなので、申立人の『粒度分布を制御してD90/D50の値、更には水分量を制御することは非常に困難である。』との主張によっては、本件特許明細書が実施可能要件を満たさない記載であるとは認められない。
したがって、本件特許発明1?3に係る特許は、特許法第36条第4項第1号の規定を満たさない特許出願に対してなされたものであるとはいえない。

3.申立理由4(明確性要件違反)
申立人の『請求項1及び請求項1を引用する請求項2及び3に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。』との主張は、明細書のサポート要件に関するものと解され、特許請求の範囲の記載の明確性要件に関するものとはいえないので、申立人の主張によっては、本件特許発明1?3に係る特許が、特許法第36条第6項第2号(明確性要件)の規定を満たさない特許出願に対してなされたものであるとはいえない。
なお、本件特許発明1?3の解決しようとする課題は、本件特許明細書の段落0008の記載からみて『シャープな粒度分布を有し、かつ水含有量が少ない無機粒子分散液の提供』にあるものと認められるところ、この課題は、本件特許明細書の段落0019及び0039を含む発明の詳細な説明の記載からみて「アミン類」の塩基性物質を含み、分散液の水の含有量が「0.7質量%以下」であれば、他の要件に関係なく解決可能であると認識され、無機粒子の材質が「酸化ジルコニウム」等であるか否かによって、その課題解決の可否が大きく左右されると解すべき技術的な根拠は見当たらない。このため、本件特許発明1?3に係る特許が、特許法第36条第6項第1号(サポート要件)の規定を満たさない特許出願に対してなされたものであるともいえない。

第6 まとめ
以上のとおり、特許異議申立人が申し立てた理由及び証拠によっては、本件特許発明1?3の特許を取り消すことができなない。
また、他に本件特許発明1?3の特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2020-11-17 
出願番号 特願2014-265515(P2014-265515)
審決分類 P 1 652・ 121- Y (C09D)
P 1 652・ 536- Y (C09D)
P 1 652・ 537- Y (C09D)
P 1 652・ 113- Y (C09D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 仁科 努  
特許庁審判長 蔵野 雅昭
特許庁審判官 木村 敏康
門前 浩一
登録日 2020-01-20 
登録番号 特許第6648360号(P6648360)
権利者 住友大阪セメント株式会社
発明の名称 無機粒子分散液、無機粒子含有組成物、塗膜、塗膜付きプラスチック基材、表示装置  
代理人 西澤 和純  
代理人 萩原 綾夏  
代理人 佐藤 彰雄  

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