• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 判定 同一 属さない(申立て成立) A62B
管理番号 1370054
判定請求番号 判定2020-600020  
総通号数 254 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許判定公報 
発行日 2021-02-26 
種別 判定 
判定請求日 2020-08-04 
確定日 2021-01-14 
事件の表示 上記当事者間の特許第5174984号の判定請求事件について、次のとおり判定する。 
結論 イ号写真及びその説明書に示す「クリマスク」(以下「イ号物件」という。)は、特許第5174984号発明の技術的範囲に属しない。 
理由 第1 請求の趣旨
本件判定の趣旨は、イ号写真及びその説明書に示す「クリマスク」(イ号物件)は、特許第5174984号発明の技術的範囲に属しない、との判定を求める。

第2 本件特許発明
1 手続の経緯
本件特許発明に係る特許出願は、2009年(平成21年)1月3日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2008年1月8日(KR)韓国)を国際出願日として、シム キュソンによって特願2010-530943号として出願されたものの一部を、平成24年5月31日に新たに特許出願された特願2012-124577号として出願されたものの一部を、平成24年9月19日にさらに新たに特許出願されたものであって、平成25年1月11日にその特許権の設定登録がされ、同年4月3日に特許公報が発行されたものである。そして、令和2年8月4日に本件判定請求がされ、同年9月28日に被請求人らにより答弁書が提出されたものである。

2 本件特許発明について
本件特許第5174984号発明は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲及び図面の記載からみて、特許請求の範囲の請求項1に記載された、次のとおりのものである(なお、便宜上、構成要件に分説し、符号A?Eを付加した。)。

「【請求項1】
A 着用者の口と鼻を含む呼吸器を露出させた状態で、前記呼吸器からの異物の飛散を遮断する衛生マスクにおいて、
B 前記着用者の顎に沿って“U”型に湾曲して成型され、前記呼吸器を覆うことなく前記顎に沿って装着される下部ボディと、
C 前記下部ボディの前方上側に一体に構成され、前記下部ボディにより湾曲した状態で支持され、前記呼吸器から離隔して前記呼吸器の周辺前方をカバーする呼吸器前方カバー体と、
D 前記下部ボディの両側端に設けられ、前記下部ボディを前記着用者に固定するための支持手段と、を含み、
E 前記下部ボディの前方内面には、前記着用者の顎を把持する顎把持部が前記顎に向けて突出形成されることを特徴とする、衛生マスク。」

第3 当事者の主張
1 請求人の主張
請求人は、判定請求書において、概ね次の理由により、イ号物件は本件特許発明の技術的範囲に属しないものである旨主張している。
(1)上記3)(上記Cに相当)の「前方上側」について、段落0019の「・・・下部ボディ100の前方上側に結合撓部101を形成し、・・・」の記載、図6および図7の記載を参酌すると、「前方上側」は、U字中央の上側と解するのが妥当である。
・・・つまり、上記3)(上記Cに相当)では、U字中央の上側である「前方上側」であり、イ号物件の『マスク』では、「U字内側」であり、位置が異なる。
(2)上記5)(上記Eに相当)の「顎を把持する顎把持部」の「把持する」の意味は、段落0020の「・・・着用者の顎に容易に把持されるように、顎把持部110を更に突出形成することもできる。」の記載、段落0031の「・・・この顎把持部110に着用者の顎が緊密に密着されるので、着用が容易であり、着用後には、密着力が良いので、着用感が良く、顎把持部100下側に異物質が落下、飛散することが防止され、顎から下部ボディ100が容易に遥動及び離脱できないようになる。」の記載、図4、図6および図9の記載を参酌すると、「顎をつかむように保持する保持力が生じる」ように解するのが当業者にとって妥当である。」
(3)均等論について、本件特許発明の本質的な部分がどこにあるかを検討する必要がある。
ここで、本件特許発明の出願段階で平成24年9月19日に提出された上申書の内容をみると、本件特許発明の本質的な部分は、「前記下部ボディの前方内面には、前記着用者の顎を把持する顎把持部が前記顎に向けて突出形成される」点であり、これにより、「下部ボディ100」と顎との間に隙間が生じるため、通気性に優れ、着用感がよく、化粧崩れや汗による蒸れの問題もないという効果や、顎から下部ボディ100が容易に遥動・離脱しないという効果を奏すると解する。
そうであるとすると、本件特許発明の本質的な部分は、特許発明の要件5)(上記Eに相当)であると解する。
したがって、少なくとも均等論の第1の要件(置換された要件が特許発明の本質的な部分でないこと)を満たさないため、均等論が認められる余地はないと言える。」

2 被請求人の主張
被請求人は、判定事件答弁書において、イ号物件が本件特許発明の技術的範囲に属する理由を概ね次のように主張している。

(1)「前方上側」について
ア 「前方上側」の技術的意義
「前方上側」の文言は、そもそも日本語として「前方上側」とは位置関係を意味するところ、本件特許発明の特許請求の範囲の記載からも、「前方上側」にかかる文脈が「下部ボディの前方上側に一体に構成され・・・る呼吸器前方カバー体」となっていることから、「前方上側」とは、「下部ボディ」と「呼吸器前方カバー体」との衛生マスクにおける構成上の位置関係を表している。
イ 「前方上側」の解釈について
請求人は、判定請求書において、「『前方上側』について、・・・U字中央の上側と解するのが妥当である。」と解釈している。しかしながら、上記アで説明したとおり、「前方上側」は「下部ボディ」と「呼吸器前方カバー体」との衛生マスクにおける構成上の位置関係を意味するものである。したがって、請求人による「前方上側」の解釈は、誤りである。

(2)「位置が異なる」(請求人の主張)について
「前方上側」の意義は、「下部ボディ」と「呼吸器前方カバー体」との衛生マスクにおける構成上の位置関係を表すものであって、取付け位置を意味するものではないため、かかる取付け位置であることは、関係がない。

(3)「呼吸器前方カバー体」について
「呼吸器前方カバー体」は、特許請求の範囲に記載されている文言のとおり「前記下部ボディにより湾曲した状態で支持され、前記呼吸器から離隔して前記呼吸器の周辺前方をカバーする呼吸器前方カバー体」であって、「下部ボディ」のU字に沿って湾曲した「呼吸器前方カバー体」であることだけが要件である。「呼吸器前方カバー体」が、「すでに湾曲した形状」でなければならないとか、元々「平らなシート」であるから異なるとかは、関係がない。

(4)「顎把持部」について
ア「顎把持部」の技術的意義
「顎把持部」は、段落0020に記載されているように、「突出形成する」ものである。さらに、「顎把持部」は、「着用者の顎が緊密に密着される」ものであることから、「顎把持部」とは、突出形成され、顎に緊密に密着する部材であると理解することができる。
イ「顎を把持する顎把持部」に対する解釈について
請求人は、「顎把持部」について、「『顎をつかむように保持する保持力が生じる』ように解するのが当業者にとって妥当である」と主張しているが、「顎把持部」とは、突出形成され、顎に緊密に密着する部材であると理解することができる。

(5)イ号物件の「接触部」について
請求人は、「顎把持部」について、「顎をつかむように保持する保持力が生じる」という解釈をした上で、「イ号物件の『マスク』の『接触部』は、単に、顎と接触する限りであり、上記要件5(上記Eに相当)の「顎把持部」と機能が異なる。」と主張しているが、ウェブサイトに掲載されているイ号物件及び入手したイ号物件を検討すると、「接触部」は、顎に対して、緊密に密着して固定されており、「顎把持部」としての機能を有していることは明らかである。

(6)「および下方」(請求人の主張)について
請求人の主張によれば、イ号の構成における「ベース部のU字内側においてU字内側面からU字内側および下方へ突出して形成されてユーザーの顎と接触し、ユーザーの口および鼻とカバー部との間に隙間を保つ接触部とを備えていることを特徴とするマスク。」であるところ、上記「および下方」の文言は、直接的には関係がなく、必要な要件は、「突出形成され、顎に緊密に密着する」ことである。

第4 イ号物件について
1 請求人によるイ号物件の特定
請求人は、判定請求書においてイ号物件は以下のものであると主張する。
「【イ号物件】
a´ ユーザーの口と鼻とを隙間を空けた状態で覆うマスクであって、
b´ ユーザーの顎に沿ってU字状に湾曲し、ユーザーの口より下側に装着されるベース部と、
c´ ベース部のU字内側面から上方を向かってシート状に形成されてベース部に沿って湾曲し、ユーザーの口と鼻とを隙間を空けて覆うカバー部と、
d´ ベース部の両側に設けられ、伸縮性を有して、一端側がベース部の端と係合し、他端側がユーザーに耳と係合するループ状部材と、
e´ ベース部のU字内側においてU字内側面からU字内側および下方へ突出して形成されてユーザーの顎と接触し、ユーザーの口および鼻とカバー部との間に隙間を保つ接触部とを備えていることを特徴とするマスク。」

2 当審によるイ号物件の特定
判定請求書におけるイ号物件の特定及びイ号写真に基づき、被請求人が提出した判定事件答弁書、判定事件答弁書に添付した乙1の1?乙3の3号証の記載を参酌して、イ号物件の構成について検討する。
なお、以下の写真における記号a乃至eは、判定請求書3ページの「(4)イ号物件の説明」に倣って名称を記入したものである。
また、イ号写真【内側拡大】において、「ベース部b」の前方内側面から突出形成され「接触部e」を支持する部材(水平に設けられた板状部材)について便宜上「板状部材」とした。

イ号写真【左側】


イ号写真【内側拡大】


イ号写真【上面】


イ号写真【正面(外側)】


イ号写真【接触部】


イ号写真【三和製作所ウェブサイト】


(1)イ号物件は、イ号写真【左側】及び【内側拡大】を参照すると、「ベース部b」は、着用者の顎に沿ってU字状に湾曲した形状からなることが看取される。また、イ号写真の【三和製作所ウェブサイト】に掲載されている、ユーザーがマスクを装着している写真を参照すると、「ベース部b」は、ユーザーの口より下側に装着されていること、及び、マスクがユーザーの口と鼻とを隙間を空けた状態で覆っていることが看取される。
(2)イ号物件は、イ号写真【左側】、【内側拡大】及び【上面】を参照すると、「カバー部c」が、「ベース部b」の全体に亘って、「ベース部b」の上側面ではなく内側面に一体に構成されていることが看取される。
(3)イ号物件は、イ号写真【左側】、【内側拡大】、【正面(外側)】、及び【接触部】を参照すると、「ベース部b」の前方内側面には「板状部材」が突出形成され、「接触部e」は、「板状部材」を介して、突出形成された「板状部材」先端(着用者に向かう方向)の下方位置に形成されていることが看取される。
また、【三和製作所ウェブサイト】に掲載されている、ユーザーがマスクを装着している写真を参照すると、「ベース部b」の下部において、ユーザーの顎と「接触部e」とが接触していることが看取される。
(4)イ号物件は、【三和製作所ウェブサイト】に掲載されている、ユーザーがマスクを装着している写真、及びイ号写真【左側】等を参照すると、使用時には、「ループ状部材」がユーザーの耳と係合することによって一定の張りをもってマスクを支持し、及び、不使用時には縮む様子から、「ループ状部材」は伸縮性を有していることが看取される。
上記検討結果を踏まえた上で、当合議体は、次のようにイ号物件を特定した。
「【イ号物件】
a ユーザーの口と鼻とを隙間を空けた状態で覆うマスクであって、
b 前記ユーザーの顎に沿ってU字状に湾曲し、前記ユーザーの口より下側に装着されるベース部と、
c 前記ベース部の内側面に全体に亘って一体に構成され、前記ベース部に沿って湾曲した状態で支持され、前記ユーザーの口と鼻とを隙間を空けて覆うカバー部と、
d 前記ベース部の両側に設けられ、伸縮性を有して、一端側が前記ベース部の端と係合し、他端側が前記ユーザーの耳と係合するループ状部材と、
e 前記ベース部の前方内側面には、板状部材がユーザーに向けて突出形成され、前記板状部材のユーザー側端部の下方位置には、前記ユーザーの顎と接触する接触部が形成される、マスク。」

第5 イ号物件と本件特許発明との対比・判断
1 イ号物件の充足性について
ア 構成aについて
構成aは「ユーザーの口と鼻とを隙間を空けた状態で覆うマスク」であるから、呼吸器を露出させた状態で、異物の飛散を遮断する衛生マスクということができ、構成要件Aを充足する。

イ 構成bについて
構成bの「ベース部」は「下部ボディ」ということができることから、構成要件Bを充足する。

ウ 構成cについて
構成要件Cは「前記下部ボディの前方上側に一体に構成され、前記下部ボディにより湾曲した状態で支持され、前記呼吸器から離隔して前記呼吸器の周辺前方をカバーする呼吸器前方カバー体」である。
ここで「上側」とは「上になっている側。表面。外面」(広辞苑第六版)を示すこと、及び、本件特許公報の段落【0019】の「図3から図5に示されているように、前記下部ボディ100の前方上側に、呼吸器前方カバー体200を一体に成型して構成することもでき」、「図6から図7に示されているように、前記下部ボディ100の前方上側に結合撓部101を形成し、この結合撓部101に結合されるように、前記呼吸器前方カバー体200の下側端には、結合突部201を形成し、下部ボディ100の前方上側に、呼吸器前方カバー体200が着脱可能なように成型して構成することもできる」との記載、並びに【図3】、【図4】及び【図6】を参酌すると、「前記下部ボディの前方上側に一体に構成され」は、「呼吸器前方カバー体」が「下部ボディ」の前方上側の面に一体に支持することを構成要件とするものであると解される。また、本件特許公報の【図4】、【図6】等を参照すると、下部ボディの内側面には「顎把持部110」が設けられていることからも、「呼吸器前方カバー体」は「下部ボディ」の内側面と一体に構成されていないことは明らかである。
それに対し、構成cは、「カバー部」が、下部ボディに相当する「ベース部」の前方上側面ではなく、内側面に全体に亘って一体に構成されるものであることから、「下部ボディの前方上側に一体に構成され」とはいえない。

なお、被請求人は、判定事件答弁書において「『(3)本件特許発明の主要技術的特徴』で説明したとおり、『前方上側』は『下部ボディ』と『呼吸器前方カバー体』との衛生マスクにおける構成上の位置関係を意味するものである。したがって、請求人による『前方上側』の解釈は、誤りである」(4ページ8ないし15行)と主張し、「(3)本件特許発明の主要技術的特徴」において、「ア『前方上側』の技術的意義」として「そもそも日本語として『前方上側』とは位置関係を意味するところ、本件特許発明の特許請求の範囲の記載からも、「前方上側」にかかる文脈が「下部ボディの前方上側に一体に構成され・・・る呼吸器前方カバー体」となっていることから、『前方上側』とは、『下部ボディ』と『呼吸器前方カバー体』との衛生マスクにおける構成上の位置関係を表している。」(3ページ13ないし17行)と述べている。
確かに、被請求人の主張するように「前方上側」との記載は、位置関係を意味する用語ともいえるが、本件特許発明の請求項1における「前方上側に一体に構成され」との記載について、「一体」とは「同一体。一つになって分けられない関係にあること。」(広辞苑第六版)を意味するものであるから、対象となる2つの部材を一体とすることを表しており、本件特許発明においては「下部ボディの前方上側」及び「呼吸器前方カバー体」とを一体とすることを構成要件とするものであると解される。
したがって、イ号物件は、構成要件Cを充足しない。

エ 構成dについて
構成dの「ループ状部材」は「支持手段」ということができることから、構成要件Dを充足する。

オ 構成eについて
構成要件Eは「前記下部ボディの前方内面には、前記着用者の顎を把持する顎把持部が前記顎に向けて突出形成されることを特徴とする、衛生マスク。」である。「内面」とは「内部に向いた面。うちがわの面」(広辞苑第六版)を意味することから、構成要件Eは、「顎把持部」が「下部ボディ」のうちがわの面に突出して形成されることを示している。
また「顎把持部」を突出形成することについて、本件特許公報の段落【0020】には「ここで、前記下部ボディ100の前方内面には、着用者の顎に容易に把持されるように、顎把持部110を更に突出形成することもできる。」と記載され、【図4】、【図5】、【図6】、【図7】及び【図9】を参酌すると、下部ボディ100の前方内面に突出して形成された顎把持部110が示されている。
一方、イ号物件の構成eは、構成要件Eの「顎把持部」と一見類似する「接触部」を備えているが、イ号物件において、ベース部の前方内側面に突出形成されているのは、接触部を支持する機能を備えた「板状部材」であり、当該「板状部材」は、顎を把持する機能は備えておらず、専ら「接触部」を支持する機能を有する部材といえる。
そして、「接触部」は「ベース部」の前方内側面に突出形成されておらず、「ベース部」の前方内側面に突出形成された「板状部材」を介して、「板状部材」先端から下方位置に設けられる構造となっている。
ここで、本件特許明細書の段落【0031】を参照すると、「顎把持部」について「前記下部ボディ100の前方内側に顎把持部110を形成した場合は、・・・(略)・・・、顎から下部ボディ100が容易に遥動及び離脱できないようになる。」と、「顎把持部」が「下部ボディ」の前方内側に形成されていることによる効果が記載されているが、イ号物件の構成eは、「接触部」が「ベース部」の前方内側に突出形成された「板状部材」を介して設けられており、「接触部」と「下部ボディ」との間に一定の距離が生じることから、ある程度の遥動は生じ得る構造になっていると考えられ、本件特許発明のように下部ボディが「容易に遥動」できない構成になるとはいえず、本件特許発明とイ号物件との構成の違いによる効果も異なると考えられる。

なお、被請求人は判定事件答弁書において、「『および下方』の文言は、直接的には関係なく、例えこれが『上方』であっても関係がない。必要な要件は、『突出形成され、顎に緊密に密着する』ことである。」と主張している(上記第3 2(5)を参照)。
しかし、構成要件Eの「顎把持部」に相当する部位は、構成eにおける「接触部」であり、「顎把持部」が下部ボディの前方内面に突出形成されることと、「接触部」がベース部の前方内側面に突出形成される「板状部材」を介して、板状部材のユーザー側端部の下方に形成されることとは、上記で述べたとおり異なるものということができ、よって、構成要件Eとイ号物件の構造とは異なるものである。
したがって、イ号物件は、構成要件Eを充足しない。

2 小括
そうすると、イ号物件の構成は、本件特許発明の構成要件C及びEを充足しない。
よって、イ号物件の構成は、少なくとも文言上、本件特許発明の構成要件を充足しない。

第5 均等論について
本件特許発明と、イ号物件との間に異なる部分が存する場合であっても、(1)当該部分が本件特許発明の本質的部分ではなく(第1要件)、(2)当該部分をイ号物件におけるものと置き換えても、本件特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって(第2要件)、(3)そのように置き換えることに、当業者が、イ号物件の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(第3要件)、(4)イ号物件等の構成が、本件特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者が当該出願時に容易に推考できたものではなく(第4要件)、かつ、(5)イ号物件等が本件特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(第5要件)は、当該対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解される(最高裁平成6年(オ)第1083号 平成10年2月24日第三小法廷判決、最高裁平成28年(受)第1242号 平成29年3月24日第二小法廷判決)。
そこで、以下、各要件について検討する。

1 本質的部分(第1要件)
イ号物件の構成が充足しない本件特許発明の構成要件Eが本質的部分であるか否かについて検討する。なお、請求人は「前記下部ボディの前方内面には、前記着用者の顎を把持する顎把持部が前記顎に向けて突出形成される」点について、均等論が認められる余地はない旨主張している。
本件特許発明の解決しようとする課題は、本件特許公報の段落【0014】に「使用途中には、その構造が堅固に保持され、所期の目的を更に確実に達成できるようにした他者保護用の衛生マスクを提供することにその目的がある。」と記載され、衛生マスクを堅固に保持するものとなっている。
そして、段落【0031】には「その他にも、前記下部ボディ100の前方内側面に顎把持部110を形成した場合は、この顎把持部110に着用者の顎が緊密に密着されるので、着用が容易であり、着用後には、密着力が良いので、着用感が良く、顎把持部100下側に異物質が落下、飛散することが防止され、顎から下部ボディ100が容易に遥動及び離脱できないようになる。」と記載されているように、顎把持部110により着用者の顎を緊密に密着されることで、顎から遥動及び離脱できないように堅固に保持する機構を備えている。
また、本件特許出願人が平成24年9月19日に提出した上申書において「引用例1の『顎当て部30』は、マスク本体20の下部側自体を成すものであり、マスク本体20の内面から突出形成されるものではなく、本願発明の下部ボディ100から顎に向けて突出形成される『顎把持部110』とは全く相違します。この観点から、本願発明では、『前記下部ボディの前方内面には、前記着用者の顎を把持する顎把持部が前記顎に向けて突出形成される』旨を明確に特定しております。」と述べており、従来技術との比較からも、「前記下部ボディの前方内面には、前記着用者の顎を把持する顎把持部が前記顎に向けて突出形成される」との事項を備える構成要件Eは、本件特許発明の特有の作用効果を生じるための部分、換言すれば、他の構成要件に置き換えられるならば、全体として当該発明の技術思想とは別個のものと評価されるような部分であり、本件特許発明の本質的部分に関するものといえる。

2 まとめ
したがって、本件特許発明とイ号物件とは、発明の本質的な部分において相違する。
そうすると、他の要件を検討するまでもなく、イ号物件の構成が、本件特許発明の構成要件と均等なものであるということはできない。

第6 むすび
以上のとおり、イ号物件は、本件発明の技術的範囲に属しない。
よって、結論のとおり判定する。
 
判定日 2020-12-21 
出願番号 特願2012-205583(P2012-205583)
審決分類 P 1 2・ 1- ZA (A62B)
最終処分 成立  
前審関与審査官 大山 健  
特許庁審判長 金澤 俊郎
特許庁審判官 北村 英隆
西中村 健一
登録日 2013-01-11 
登録番号 特許第5174984号(P5174984)
発明の名称 他者保護用の衛生マスク  
代理人 加藤 来  
代理人 黒田 博道  
代理人 戸田 常雄  
代理人 中野 浩和  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ