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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H02K
管理番号 1371078
審判番号 不服2019-14807  
総通号数 256 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-04-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-11-05 
確定日 2021-02-12 
事件の表示 特願2018-113911「誘導電動機」拒絶査定不服審判事件〔平成30年 9月 6日出願公開、特開2018-139494〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
この出願は、平成26年3月26日に出願した特願2014-63102号の一部を平成30年6月14日に新たな出願としたものであって、令和元年5月9日に手続補正書が提出され、令和元年5月16日付けの拒絶理由の通知に対し、令和元年7月26日に意見書及び手続補正書が提出されたが、令和元年7月31日付けで拒絶査定がなされ、これに対して令和元年11月5日に拒絶査定不服審判の請求がされたものである。

第2 本願発明
この出願の請求項に係る発明は、令和元年7月26日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、その請求項1?3に係る発明(以下、「本願発明1」?「本願発明3」という。)は、次のとおりのものである。

「【請求項1】
誘導電動機において、
ステータスロット内の銅線の被膜を除いた素線の断面積を当該ステータスロットのスロット断面積で除して得られるコイル占積率が38%以上とされるとともに、βが0.46?0.56の範囲とされ、
βは、ステータティース幅をWs、ステータスロットピッチをσsとしたとき、β=Ws/σsで与えられ、ステータスロット高さをDsとしたとき、Ds/Wsが3.0?5.5の範囲にあることを特徴とする誘導電動機。
【請求項2】
Ds/Wsが4.0?5.5の範囲にあることを特徴とする請求項1に記載の誘導電動機。
【請求項3】
ステータティースの平均磁束密度が1.7T以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の誘導電動機。」

第3 原査定の拒絶の理由
本願発明1(請求項1に係る発明)?本願発明3(請求項3に係る発明)についての原査定(令和元年7月31日付け拒絶査定)の拒絶の理由(令和元年5月16日付けで通知された拒絶の理由)の概要は、次のとおりである。

(進歩性)この出願の請求項1,2,3に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった以下の引用文献1に記載された発明、引用文献3に記載された事項、引用文献4及び引用文献5に記載されているような周知技術並びに引用文献6?10に記載された事項に基いて、又は引用文献2に記載された発明、引用文献3に記載された事項、引用文献4及び引用文献5に記載されているような周知技術並びに引用文献6?10に記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用文献1:特開平1-129726号公報
引用文献2:特開昭60-39352号公報
引用文献3:特開平10-243618号公報
引用文献4:特開2011-234502号公報
引用文献5:特開平11-187598号公報
引用文献6:特開平4-285444号公報
引用文献7:中国実用新案第202142918号明細書
引用文献8:中国実用新案第203206003号明細書
引用文献9:特開平10-80077号公報
引用文献10:特開2003-319618号公報

第4 引用文献の記載及び引用発明
1.引用文献2
(1)引用文献2の記載
原査定の拒絶の理由で引用された、この出願の出願前に頒布された刊行物である、引用文献2には、図面とともに、次の記載がある(下線は、当審で付与した。以下、同様である。)。
ア.「特許請求の範囲
1.小形コンデンサ誘導電動機用コアにおいて、ロータコアのスロツト開口部の先端部は近から底部にかけて、円弧状もしくは斜辺と円弧を組合せたかどのない三角形状に切欠いて、先端部付近の開口寸法が最も狭くなる形状となして、該開口寸法を0.7?0.3とし、空隙寸法を0.2mm以下とするとともに、ステータコアの各部の寸法比率を、

と定義したとき、内外径比0.5?0.62、歯巾比1.5?1.65、バツクハイト比0.125?0.15、面積比0.45?0.65のそれぞれの範囲内に設定したことを特徴とする小形コンデンサ誘導電動機用コア。」(第1ページ左下欄第3行?右下欄第2行)

イ.「〔発明の利用分野〕
本発明は小形コンデンサ誘導電動機のコアに関する。
〔発明の背景〕
小形コンデンサ誘導電動機は広く使用されているが、さらに小形低コスト化、騒音低減等の要望が大きい。
効率向上および騒音低減を計るためロータコアのスロツト開口部寸法を縮小する試みが行なわれている。
〔発明の目的〕
本発明の目的は高性能でかつ小形化を計り得る小形コンデンサ誘導電動機を提供することにある。」(第1ページ右下欄第4行?第16行)

ウ.「第1図は本発明のステータコアを定義するための形状図である。第1図において、1はステータコア、2はテース、Dは内径寸法、d_(1)は外径の最大部の径、Bはコア巾で、dはコアの平均外径、Hsはバツクハイト寸法、Asはスロツト面積を示す。」(第2ページ左上欄第7行?第12行)

エ.「尚本実施例のコアの寸法は、外径d=φ94、内径D=φ55、スロツト数24である。
本発明の実施例は上記したロータコアの改良結果を基にコアの各部寸法を新たに設定したものである。」(第2ページ左下欄第19行?右下欄第3行)

オ.「空隙の磁束密度を増加させることによりコアの磁路寸法を増加させる必要が生ずるがコアの各部の磁束密度を起磁力の合計が最小となる寸法関係を種々解析実験を行ない、本実施例では内外径比0.585、歯巾比1.620、バツクハイト比0.145、面積比0.50とすることによつて、従来に比し、同一出力時、鉄心材料25%減、銅線量18%低減し、さらに騒音を3dB(A)低減することができた。」(第3ページ左上欄第2行?第10行)

カ.「面積比については従来空隙寸法を小さく出来ないことから銅モータにせざるを得ない問題からφ120以下の小形コンデンサ誘導電動機では0.7?0.9の大きな値が取られていたがコイル挿入時に一回で挿入が難かしく、2回以上のインサータ作業によらなければない問題及び、銅線使用量が多いこと、さらにコイルの成形に多大の時間を要する等の欠点が有つたが本発明によれば励磁電流が減少するため銅線を細くすることができ、スロツト面積の縮小化が可能となるので面積比を0.45?0.65で充分である。」(第3ページ右上欄第3行?第13行)

キ.第1図には、以下の事項が図示されている。

ク.記載事項カ.によると、コイルに銅線が用いられているといえ、この銅線がステータコア1のスロツト内に挿入されていることは明らかであるから、ステータコア1のスロツト内に銅線を備えているといえる。

ケ.記載事項ア.及びオ.によると、ステータコア1の各部の寸法比率について、歯巾比が1.620とされ、歯巾比は、(Ts×N)/Dで与えられているといえる。そして、記載事項キ.の図示内容によると、Tsは歯巾寸法を表しているといえ、記載事項ア.及びウ.によると、Nはスロツト数、Dは内径寸法を表しているから、歯巾比(Ts×N)/Dは、歯巾寸法をTs、スロツト数をN、内径寸法をDとしたときに与えられるものといえる。

コ.記載事項ア.ウ.及びオ.によると、バツクハイト寸法をHs、内径寸法をDとしたとき、バツクハイト比 Hs/Dが、0.145であるといえる。また、記載事項エ.によると、ステータコア1の平均外径dがφ94、内径Dがφ55、スロツト数が24であるといえる。

(2)引用発明
前記引用文献2の記載事項ア.?コ.及び図面の図示内容を総合すると、引用文献2には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「小形コンデンサ誘導電動機において、
ステータコア1のスロツト内に銅線を備えるとともに、ステータコア1の各部の寸法比率について、歯巾比が1.620とされ、
歯巾比は、歯巾寸法をTs、スロツト数をN、内径寸法をDとしたとき、(Ts×N)/Dで与えられ、バツクハイト寸法をHs、内径寸法をDとしたとき、バツクハイト比 Hs/Dが、0.145であり、
ステータコア1の平均外径dがφ94、内径Dがφ55、スロツト数が24である小形コンデンサ誘導電動機。」

2.引用文献3
原査定の拒絶の理由で引用された、この出願の出願前に頒布された刊行物である、引用文献3には、図面とともに、次の記載がある。
(1)「【0007】図3はステータコア50のスロット部の詳細を示す断面図、図4はスロットにおける電線の占積率を示す説明図である。ステータコア50に形成されるスロット60は、放射状に延びる細長い溝状のものであって、入口61の内部の溝幅が拡がる形状を有する。スロット60の内壁面は、絶縁性の部材62により覆われ、電線70が巻き込まれる。電線が巻き込まれたスロット60の入口部61には、絶縁材製のカバー64が装着される。
【0008】電動機の特性は、このスロット60の形状と、スロット60内に占める電線の断面積の割合により影響される。いま、スロット60の断面積をA_(1)とすると、電線が巻き込まれるのに使用できる有効面積Aは、
A=A_(1)-絶縁物62,64の断面積
となる。スロット内に巻かれる電線70の本数をnとし、電線70の最大仕上り外径寸法(電線の外径寸法)をdとすると、占積率SPFは、
SPF=〔(π×d^(2)×n)/4A〕×100(%)
として定義される。
【0009】この占積率SPFは、スロット60の有効面積に対して、電線の導体部分の有効断面積が占める割合を意味する。従来の電動機にあっては、この占積率には、60%?63%の範囲が実用されていた。この占積率を向上させることにより、電動機の出力特性を向上することができる。」

(2)「【0011】本発明の電動機は、スロット内の電線の占積率を、例えば68%以上、好ましくは73%以上に高くすることによって、放熱性を向上するとともに、損失を少くしてある。そこで、ステータコアの積厚寸法Lと外径寸法Dを小さくでき、小型で軽量の電動機を得ることができる。」

3.引用文献8
原査定の拒絶の理由で引用された、この出願の出願前に頒布された刊行物である、引用文献8には、図面とともに、次の記載がある。
(1)「

」(第2ページ第27行?第28行)[当審仮訳:7.請求項6に記載のステータプレート、そのうち、前記固定子コアの歯幅と歯の長さの比率は0.236より小さい。]

(2)「

」(第6ページ第11行)[当審仮訳:1個の好適実施形態において、前記固定子コアの歯幅と歯の長さの比率は0.236より小さい。]

第5 本願発明1について
1.対比
以下、本願発明1と引用発明とを対比する。
(1)引用発明の「小形コンデンサ誘導電動機」及び「ステータコア1のスロット」は、本願発明1の「誘導電動機」及び「ステータスロット」に相当し、引用発明の「歯巾寸法」及び「Ts」は、本願発明1の「ステータティース幅」及び「Ws」に相当する。
また、引用発明の「ステータコア1のスロツト内に銅線を備える」という事項において、銅線の表面には絶縁のための被膜が当然、設けられており、スロツトの断面積に対する、銅線の被膜を除いた導体部分の断面積の割合は所定の値であるといえるから、引用発明の「ステータコア1のスロツト内に銅線を備える」という事項と、本願発明1の「ステータスロット内の銅線の被膜を除いた素線の断面積を当該ステータスロットのスロット断面積で除して得られるコイル占積率が38%以上とされ」るという事項とは、「ステータスロット内の銅線の被膜を除いた素線の断面積を当該ステータスロットのスロット断面積で除して得られるコイル占積率が所定の値とされ」る点において共通する。

(2)引用発明の「歯巾比が1.620とされ、歯巾比は、歯巾寸法をTs、スロツト数をN、内径寸法をDとしたとき、(Ts×N)/Dで与えられ」るという事項において、歯巾比(Ts×N)/Dを円周率πで除したものは、以下のように表すことができる。
歯巾比/π = (Ts×N)/(D×π)
= Ts/{(D×π)/N}------式(A)
ここで、式(A)の右辺における分母の(D×π)/Nは、D×πから求められるステータコア1の内周の長さをスロツト数で除したものであるから、ステータコア1のスロットピッチを表しているといえ、また、分子のTsは歯巾寸法を表しているから、式(A)の右辺は、本願発明1の「ステータティース幅をWs、ステータスロットピッチをσsとしたとき、β=Ws/σsで与えられ」る「β」に相当するものといえる。すると、引用発明の「歯巾比」を円周率πで除すことにより、本願発明1の「β」に相当する値を演算できるといえる。
そして、引用発明の「歯巾比」は、1.620であるから、引用発明における本願発明1の「β」に相当する値は、
β=歯幅比/π=1.620/π=0.516
であることがわかり、この値は、本願発明1の「βが0.46?0.56の範囲」内のものである。
したがって、引用発明の「歯巾比が1.620とされ、歯巾比は、歯巾寸法をTs、スロツト数をN、内径寸法をDとしたとき、(Ts×N)/Dで与えられ」るという事項で表されるステータコア1の寸法は、本願発明1の「βが0.46?0.56の範囲とされ、βは、ステータティース幅をWs、ステータスロットピッチをσsとしたとき、β=Ws/σsで与えられ」るという事項に相当するものである。

(3)引用発明の「歯巾比が1.620とされ、歯巾比は、歯巾寸法をTs、スロツト数をN、内径寸法をDとしたとき、(Ts×N)/Dで与えられ、バツクハイト寸法をHs、内径寸法をDとしたとき、バツクハイト比 Hs/Dが、0.145であり、ステータコア1の平均外径dがφ94、内径Dがφ55、スロツト数が24である」という事項において、本願発明1の「ステータスロット高さ」「Ds」に相当する寸法をShとして、平均外径d、内径D及びバツクハイト寸法Hsを用いて表すと、第1図より、
Sh=(d-D)/2-Hs ------式(B)
であるといえる。また、引用発明において、バツクハイト比は、Hs/Dであるから、
Hs=バツクハイト比×D ------式(C)
と表すことができ、式(B)は、式(C)により、
Sh=(d-D)/2-バツクハイト比×D ------式(D)
と変形できる。
また、本願発明1の「ステータティース幅」「Ws」に相当する引用発明の「歯巾寸法」「Ts」は、歯巾比が、(Ts×N)/Dであるから、
Ts=(歯巾比×D)/N ------式(E)
と表すことができる。
すると、引用発明において、本願発明1の「ステータティース幅をWs」、「ステータスロット高さをDsとしたとき」の「Ds/Ws」に相当する値は、式(D)のShを、式(E)のTsで除した以下の式で演算することができるといえる。
Sh/Ts={(d-D)/2-バツクハイト比×D}/{(歯巾比×D)/N} ------式(F)
そして、引用発明の「平均外径d」はφ94、「内径D」はφ55、「バツクハイト比」は0.145、「スロツト数」は24、「歯巾比」は1.620であるから、引用発明における本願発明1の「Ds/Ws」に相当する値は、
Sh/Ts={(94-55)/2-0.145×55}/{(1.620×55)/24}=3.104
であることがわかり、この値は、本願発明1の「Ds/Wsが3.0?5.5の範囲」内のものである。
したがって、引用発明の「歯巾比が1.620とされ、歯巾比は、歯巾寸法をTs、スロツト数をN、内径寸法をDとしたとき、(Ts×N)/Dで与えられ、バツクハイト寸法をHs、内径寸法をDとしたとき、バツクハイト比 Hs/Dが、0.145であり、ステータコア1の平均外径dがφ94、内径Dがφ55、スロツト数が24である」という事項で表されるステータコア1の寸法は、本願発明1の「ステータティース幅をWs」、「ステータスロット高さをDsとしたとき、Ds/Wsが3.0?5.5の範囲にある」という事項に相当するものである。

したがって、本願発明1と引用発明とは、以下の[一致点]で一致し、以下の[相違点1]で相違する。
[一致点]
「誘導電動機において、
ステータスロット内の銅線の被膜を除いた素線の断面積を当該ステータスロットのスロット断面積で除して得られるコイル占積率が所定の値とされるとともに、βが0.46?0.56の範囲とされ、
βは、ステータティース幅をWs、ステータスロットピッチをσsとしたとき、β=Ws/σsで与えられ、ステータスロット高さをDsとしたとき、Ds/Wsが3.0?5.5の範囲にある誘導電動機。」

[相違点1]
コイル占積率について、本願発明1は、「38%以上」とされているのに対し、引用発明は、ステータコア1のスロツト内に銅線を備えるから、コイル占積率は所定の値であるといえるものの、38%以上であるかは明確でない点。

2.判断
(1)[相違点1]について
引用文献3の前記「第4 2.」の記載事項(1)及び(2)に「従来の電動機にあっては、この占積率には、60%?63%の範囲が実用されていた。」、「スロット内の電線の占積率を、例えば68%以上、好ましくは73%以上に高くする」と記載されているように、通常の回転電機のコイル占積率は38%以上であるから、引用発明のコイル占積率も38%以上であると考えるのが自然である。ここで、引用文献3に記載された占積率SPFは、
SPF=〔(π×d^(2)×n)/4A〕×100(%)
で表され、この計算に用いられる有効面積Aは、スロット60の断面積A_(1)からスロット60の内壁面を覆う絶縁性の部材62の断面積、及びスロット60の入口部61に装着される絶縁材製のカバー64の断面積を差し引いたものであり、また、この計算に用いられるdは、電線の外径寸法であるから、この占積率SPFは、本願発明1における「被膜を除いた素線の断面積を当該ステータスロットのスロット断面積で除して得られるコイル占積率」とは、計算に用いるスロットの断面積や、コイルの断面積のとり方が正確には一致しないものであるが、例えば、引用文献4の段落【0050】、【0051】、図8、及び引用文献5の段落【0052】に記載されているように、ステータスロットのスロット断面積に対して、電線の被膜等、スロット内の絶縁物の断面積が占める割合が限定的であることは、本願の出願前から周知の事項であるから、引用文献3に記載された68%以上、好ましくは73%以上の占積率SPFを、本願発明1と同様に「被膜を除いた素線の断面積を当該ステータスロットのスロット断面積で除して得られるコイル占積率」として算出したとしても、38%未満とならないことは明らかである。
さらに、引用発明において占積率が明示されていないとしても、引用文献3の前記「第4 2.」の記載事項(2)によると、引用文献3には、「この占積率を向上させることにより、電動機の出力特性を向上することができる。」と記載されているから、引用発明におけるコイルの占積率を、誘導電動機の出力特性を向上させるために、可能な限り大きな値にしようとすることは、当業者が容易に想到し得たものである。その際、占積率を具体的にどの程度の大きさとするかは、求められる誘導電動機の出力特性、コスト等の条件に応じて、当業者が最適化し得るものであり、また、「ステータスロット内の銅線の被膜を除いた素線の断面積を当該ステータスロットのスロット断面積で除して得られるコイル占積率が38%以上」という数値範囲自体に臨界的な意義も認められないから、当該数値範囲とすることに格別の困難性はない。

(2)本願発明1の作用効果について
本願発明1の作用効果は、引用発明、引用文献3に記載された事項及び前記周知の事項から当業者が予測できる範囲のものである。

(3)請求人の主張について
ア.請求人は、令和元年11月5日に提出した審判請求書の請求の理由の(3)[2]において、「まず、本願発明は、コイル占積率が38%以上の誘導電動機に特化して(原出願の出願当初の請求項1参照)、効率を向上できるβの範囲を見出したことに技術的意義があります。つまり、「コイル占積率が38%以上である」ことと「βが0.46?0.56の範囲であること」は一体不可分であり、両方が揃って存在して初めて意味があります。それぞれが別々の文献に存在しても意味がありません。」と主張している。
しかしながら、前記(1)に示したように、通常の回転電機のコイル占積率は38%以上であるから、「コイル占積率が38%以上である」ことは、特別な条件であるとはいえない。さらに、請求人は「コイル占積率が38%以上である」こと(以下、「構成A」という。)と「βが0.46?0.56の範囲である」こと(以下、「構成B」という。)が一体不可分であり、両方が揃って存在して初めて意味があると主張するのみで、構成A及び構成Bを一体に備えることにより、どのような技術的意味(相乗効果等)があるのかについて、何ら具体的に説明しておらず、また、本願の明細書の記載をみても、構成A及び構成Bを一体に備えることによる技術的意味について、何ら記載も示唆もされていない。
そうすると、構成Aと構成Bが一体不可分であるという請求人の前記主張は採用することができない。

イ.請求人は、令和元年11月5日に提出した審判請求書の請求の理由の(3)[2]において、「引用文献2に接した当業者が、引用文献2の必須構成である内外径比、バックハイト比および面積比が変化し、目的を達成できなくなるリスクを犯してまで、引用文献2において全く注目されていないDs/Wsの値を改変しようと考えるはずがありません。」と主張している。
しかしながら、前記「1.(3)」に示したように、引用発明のステータコア1の寸法は、本願発明1の「Ds/Ws」に相当する値が3.104であり、「Ds/Wsが3.0?5.5の範囲」内のものである。拒絶査定においては、この点を相違点としているが、この点が仮に相違点であるとしても、原査定の拒絶の理由で引用された引用文献6の図3に歯巾が3.85、スロット高さが13(=(72-46)/2)である固定子鉄心が示され、この固定子鉄心のスロット高さを歯巾で除した値が3.377と計算できること、同じく原査定の拒絶の理由で引用された引用文献8の前記「第4 3.」に示した記載事項(1)及び(2)に「固定子コアの歯幅と歯の長さの比率は0.236より小さい」と記載され、その逆数をとると、固定子コアの歯の長さ(≒ステータスロットの高さ)を歯幅で除した値が、4.237よりも大きいことが示されていること、同じく原査定の拒絶の理由で引用された引用文献10の段落【0024】及び図12に、ティース幅が30mm、ティース高さ(≒ステータスロットの高さ)が100mmであることが記載され、ティース高さをティース幅で除した値が3.333と計算できることを考慮すると、本願発明1の「ステータティース幅をWs」、「ステータスロット高さをDsとしたとき、Ds/Wsが3.0?5.5の範囲にある」という特定は、ステータコアの寸法として、一般的な寸法を特定したものといえるから、Ds/Wsをこのような数値範囲内の値とすることに、格別の困難性はない。
すると、請求人の前記主張は採用することができない。

3.まとめ
したがって、本願発明1は、引用発明、引用文献3に記載された事項及び前記周知の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第6 本願発明2について
1.対比
本願発明2と引用発明とを対比すると、本願発明2と引用発明とは、前記「第5 1.」で示した[一致点]で一致し、前記「第5 1.」で示した[相違点1]の他、以下の[相違点2]で相違する。

[相違点2]
Ds/Wsについて、本願発明2は、「4.0?5.5の範囲にある」のに対し、引用発明は、前記「第5 1.(3)」に示した演算によると、3.104である点。

2.判断
(1)[相違点1]について
前記「第5 2.(1)」に示した理由と同様の理由により、本願発明2の[相違点1]に係る発明特定事項は、引用発明、引用文献3に記載された事項及び前記周知の事項から当業者が容易に想到し得たものである。

(2)[相違点2]について
引用発明は、引用文献2の[発明の実施例]に記載された歯巾比が1.620、バツクハイト比が0.145、ステータコア1の平均外径dがφ94、内径Dがφ55、スロツト数が24という具体的な数値に基づき認定したものである。しかしながら、引用文献2の特許請求の範囲に「内外径比0.5?0.62、歯巾比1.5?1.65、バツクハイト比0.125?0.15、面積比0.45?0.65のそれぞれの範囲内に設定した」と記載されているように、引用文献2には、引用発明のステータコア1の内外径比、歯巾比、バツクハイト比等について、それぞれ所定の範囲内において調整可能であることが示されている。
そこで、引用発明において、これら所定の範囲内の調整により、本願発明2の「Ds/Ws」に相当するSh/Tsが、どのような値をとり得るかについて、以下に検討する。
まず、引用発明において、本願発明2の「Ds/Ws」に相当するSh/Tsを演算するための式は、前記「第5 1.(3)」に示した式(F)である。
Sh/Ts={(d-D)/2-バツクハイト比×D}/{(歯巾比×D)/N} ------式(F)
また、引用文献1の特許請求の範囲によると、内外径比は、D/dであるから、
D=内外径比×d ------式(G)
と表すことができ、式(F)は、式(G)により、
Sh/Ts={(d-内外径比×d)/2-バツクハイト比×内外径比×d}/{(歯巾比×内外径比×d)/N} ------式(H)
と変形できる。そして、式(H)の右辺をdで約分すると、
Sh/Ts={(1-内外径比)/2-バツクハイト比×内外径比}/{(歯巾比×内外径比)/N} ------式(I)
と表すことができる。
そして、具体的な数値として、「内外径比」を引用文献2の特許請求の範囲に記載された下限値である0.5とし、「バツクハイト比」、「スロツト数」及び「歯巾比」を、それぞれ[発明の実施例]に記載された0.145、24及び1.620として、式(I)に代入すると、
Sh/Ts={(1-0.5)/2-0.145×0.5}/{(1.620×0.5)/24}=5.259
となり、この値は、本願発明2の「Ds/Wsが4.0?5.5の範囲」内のものである。
そうすると、引用文献2には、引用発明のステータコア1の各部の寸法比率を所定の範囲内において調整することが示されており、当該所定の範囲内の調整により、引用発明のSh/Tsは「4.0?5.5の範囲」内の値をとり得るといえる。
さらに、引用文献8の前記「第4 3.」に示した記載事項(1)及び(2)に「固定子コアの歯幅と歯の長さの比率は0.236より小さい」と記載され、その逆数をとると、固定子コアの歯の長さ(≒ステータスロットの高さ)を歯幅で除した値が、4.237よりも大きいことが示されているように、Sh/Tsとして、「4.0?5.5の範囲」という数値範囲自体、格別のものとはいえないから、引用発明において、ステータコア1の各部の寸法比率を、引用文献2に記載された所定の範囲内において調整し、Sh/Tsを「4.0?5.5の範囲」内の値とすることに格別の困難性はない。

(3)本願発明2の作用効果について
本願発明2の作用効果は、引用発明、引用文献3に記載された事項、引用文献8に記載された事項及び前記周知の事項から当業者が予測できる範囲のものである。

(4)請求人の主張について
請求人は、令和元年11月5日に提出した審判請求書の請求の理由の(3)[2]において、「引用文献2に接した当業者が、引用文献2の必須構成である内外径比、バックハイト比および面積比が変化し、目的を達成できなくなるリスクを犯してまで、引用文献2において全く注目されていないDs/Wsの値を改変しようと考えるはずがありません。」と主張している。
しかしながら、前記(2)に示したように、引用文献2には、引用発明のステータコア1の内外径比、歯巾比、バツクハイト比等について、それぞれ所定の範囲内において調整可能であることが示されており、当業者であれば、引用発明において、当該所定の範囲内の調整を、当然、試みるものといえる。
そして、当該所定の範囲内の調整により、引用発明のSh/Tsは「4.0?5.5の範囲」内の値をとり得るものであり、また、引用文献8に記載されているように、Sh/Tsとして、「4.0?5.5の範囲」という数値範囲自体、格別のものとはいえない。
すると、請求人の前記主張は採用することができない。

3.まとめ
したがって、本願発明2は、引用発明、引用文献3に記載された事項、引用文献8に記載された事項及び前記周知の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである

第7 むすび
したがって、本願発明1及び本願発明2は、引用発明、引用文献3に記載された事項、引用文献8に記載された事項及び前記周知の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
そうすると、このような特許を受けることができない発明を包含するこの出願は、この出願の他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。

 
審理終結日 2020-11-27 
結審通知日 2020-12-01 
審決日 2020-12-16 
出願番号 特願2018-113911(P2018-113911)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (H02K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 宮崎 賢司  
特許庁審判長 堀川 一郎
特許庁審判官 柿崎 拓
上田 真誠
発明の名称 誘導電動機  
代理人 小島 誠  

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