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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1373748
審判番号 不服2019-11131  
総通号数 258 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-06-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-08-23 
確定日 2021-05-06 
事件の表示 特願2016-545301「肝障害の治療方法」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 7月16日国際公開、WO2015/105874、平成29年 1月19日国内公表、特表2017-502056〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2015年(平成27年)1月7日(パリ条約による優先権主張:2014年1月10日、(US)米国)を国際出願日とする特許出願であって、その主な手続の経緯は、次のとおりである。

平成28年 9月16日 手続補正書及び上申書の提出
平成30年 8月17日付け 拒絶理由通知書
平成31年 2月27日 手続補正書、意見書及び手続補足書の提出
同年 4月18日付け 拒絶査定
令和 1年 8月23日 審判請求書及び手続補足書の提出

第2 本願発明
本願の特許請求の範囲の請求項1?6に係る発明は、平成31年2月27日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、次のとおりである。

「【請求項1】
肝肥大に罹患している患者における肝肥大を阻害する薬剤であって、
前記薬剤が、肝肥大を阻害することを必要とする患者に投与するために有効量の活性成分を含み、
前記活性成分が、式(IA)の化合物、又は医薬的に許容されるその塩を含む、薬剤。
【化1】


(IA)


第3 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、概略、この出願の請求項1に係る発明は、その出願前に日本国内又外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である、下記の引用文献1に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、という理由を含んでいる。
引用文献1.特開2013-119550号公報

第4 引用文献1の記載及び引用発明
(1)引用文献1の記載事項
引用文献1には、次の事項が記載されている。なお、下線は、括弧書きにおいて当審注として指摘する場合を除き、当審で付した。

「【特許請求の範囲】
【請求項1】
非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)又は非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)に罹患した患者の処置方法であって、処置を必要とする患者に有効量の式(I)の化合物
【化1】

(式中、mは2?5の整数であり、そしてnは3?8の整数であり、X^(1)及びX^(2)は、X^(1)及びX^(2)が同時に酸素原子でなければ、それぞれ独立して硫黄原子、酸素原子、スルフィニル基又はスルホニル基を表す。)
若しくはその代謝産物、又は式(I)の化合物のエステル若しくはその代謝産物、或いはこれらそれぞれの薬学的に許容可能な塩を投与する工程を含む方法。
【請求項2】
前記式(I)の化合物が、式(IA):
【化2】

(IA)
の化合物である、請求項1に記載の方法。
・・・
【請求項5】
前記患者がNASHに罹患している、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記化合物が経口投与される、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記化合物が錠剤又はカプセルとして投与される、請求項6に記載の方法。
・・・
【請求項10】
前記化合物が、1日当たり100?4000mgの量を1回で又は2回若しくは3回に分けて投与される、請求項1に記載の方法。」
「【0006】
好ましい実施態様では、式(I)の化合物が式(IA)の化合物(又はMN-001)である。
【化2】

(IA)
【0007】
別の好ましい実施態様では、式(I)及び(IA)の化合物の代謝産物が式(IB)の化合物(又はMN-002)である。
【化3】


(IB)

「【0021】
本明細書で使用される化合物の「有効量」は、NAFLD患者又はNASH患者に投与した場合に、目標とされる治療効果、例えば患者の病状の1種以上の徴候の軽減、改善、緩和又は排除を発揮する量である。」
「【0022】
「非アルコール性脂肪性肝炎」、すなわちNASHは一般的な肝疾患であって、アルコール性肝疾患に類似しているが、アルコールをほとんど又は全く飲まない人でも発症する。NASHの主な特徴は、炎症及び損傷に加えて、肝臓内の脂肪である。NASHは肝硬変を引き起こす可能性があり、肝硬変となった場合、肝臓は回復不能なまでに損傷し瘢痕化して、もはや正常に機能できない。米国の人口の2?5%がNASHに罹患している。現在のところ、NASHに関する特異的療法は存在していない。米国民の更に10?20%は、肝臓に脂肪があるが、実質的な炎症又は肝臓障害のない、「非アルコール性脂肪性肝疾患」(NAFLD)と呼ばれる状態にある。肝臓に脂肪があるのは正常ではないが、それだけでは、害を及ぼしたり又は回復不能なまでの損傷を引き起こすことはほとんどないものと考えられる。血液検査結果又は肝臓のスキャン結果に基づいて脂肪の疑いがある場合、この疾患はNAFLDとみなされる。この状況で肝生検を行えば、ある者はNASHに罹患しており、またある者はNAFLDに罹患していることが分かるであろう。
【0023】
定期血液検査パネルに組み込まれている肝臓検査において、例えばアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)又はアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)の上昇が見つかった人では、通常、先ずNASHが疑われる。肝臓疾患のはっきりとした理由(例えば、薬物、ウィルス性感染又はアルコールの過剰摂取)を示す更なる証拠が見つからない場合や肝臓のX線写真又は画像解析で脂肪が認められる場合は、NASHの疑いがある。NASHは、肝生検で診断されて、NAFLDと区別される。肝生検では、皮膚から針を挿入して小さな肝臓片が取り出される。顕微鏡での組織検査によって、脂肪と共に、肝細胞に炎症及び損傷が認められれば、NASHと診断される。組織に脂肪は認められるが、炎症や損傷が認められなければ、NAFLDと診断される。生検で得られる重要な情報は、肝臓に瘢痕組織が発生しているかどうかである。
【0024】
NASHは、徐々に悪化し、肝臓内に瘢痕又は線維症を発現させてそれらを蓄積させる可能性がある。線維症は、悪化すると肝硬変を発症させ、肝臓が激しく瘢痕化して硬化し、そして正常に機能しなくなる。激しい瘢痕化又は肝硬変が発現すると、進行を止めることができる処置はほとんどない。」
「【0036】
理論に束縛されるものではないが、本明細書で使用される化合物は、その抗炎症活性も手伝って、NAFLD及び/又はNASHの治療に有効である。本明細書で使用される化合物は様々なレセプタ部位をブロックすることができると考えられる。もしあったとしても、単一分子内で次の活性部位:1)ロイコトリエン合成、2)ロイコトリエンD-4レセプタ、3)ロイコトリエンE-4レセプタ、4)cAMP PDE III、5)cAMP PDE IV、6)トロンボキサンA-2合成、7)好酸球遊走及び8)20種のリンパ球移動の抑制全てを発現する既知の炎症性疾患阻害薬は少ない。上記機序は、複雑であり、しかも、いわゆる「炎症カスケード」で互いに影響し合う多種多様な細胞間において様々な程度でかつ様々な特異性と協調することで、分裂に似た結果を生む。本明細書で使用される化合物は、多種多様な作用部位をブロックすることによって、NAFLD及び/又はNASHの治療に有効であると考えられる。」
「【0043】
投与及び薬剤処方 (当審注:下線は原文のとおり)
本明細書で使用される化合物は、経口投与されてもよく、又は静脈注射、筋肉注射及び皮下注射によって投与されてもよく、或いは経皮手段によって投与されてもよい。有効な投与量は、例えば1日当たり約100?4000mgまで変化に富む。」
「【0045】
本明細書で使用される化合物は、薬学的に許容可能な形態で調合されてよく、液体、粉末、クリーム、エマルション、ピル、トローチ、座薬、懸濁液、溶液等が挙げられる。本明細書で使用される化合物を含有する治療組成物は、通常、1種以上の薬学的に許容可能な成分を用い、既知の決められた手順に従って調合することができる。」
「【0064】
実施例1:非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)の治療(当審注:下線は原文のとおり)
非アルコール性脂肪性肝炎に罹患した成人250名に、MN-001又はMN-002或いはプラセボをそれぞれ毎日500mg最長6ヶ月間与えるように無作為に割り当てた。脂肪肝、小葉炎症、肝細胞の肥大化及び/又は線維症に関する標準得点の合計を用いて評価したところ、主要な結果は、非アルコール性脂肪性肝炎の組織学的特徴の改善であった。結果は、当業者に周知の方法に従って解析した。」

(2)引用発明
上記(1)の記載、特に、【0064】の実施例1の記載及び、【0006】のMN-001の化合物の化学構造を示す式(IA)の記載によれば、引用文献1には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)に罹患した患者に、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)の治療のために与える式(IA)で示される化合物MN-001であって、
成人患者に、MN-001を毎日500mgの量で最長6ヶ月間与えることで、患者の、小葉炎症、肝細胞の肥大化及び/又は線維症に関する標準得点の合計を用いて評価される非アルコール性脂肪性肝炎の組織学的特徴を改善できるMN-001。


(IA) 」

第5 対比
本願発明と引用発明とを対比する。
(1)引用発明の「式(IA)で示される化合物MN-001」は、本願発明の「式(IA)の化合物」に相当する。
(2)引用発明の「式(IA)で示される化合物MN-001」は、「非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)の治療のために」「非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)に罹患した患者に」「与える」ためのものであって、「成人患者に、MN-001を毎日500mg最長6ヶ月間与えることで、患者の、小葉炎症、肝細胞の肥大化及び/又は線維症に関する標準得点の合計を用いて評価される非アルコール性脂肪性肝炎の組織学的特徴を改善できる」ものであるから、本願発明の「薬剤」に含まれる「活性成分」に相当する。
(3)本願発明の「肝肥大」と引用発明の「非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)」(以下、「NASH」とのみ記載する場合がある。)は、「肝疾患」である限りにおいて一致している。
また、本願明細書の【0070】に「MN-001は、・・・肝細胞の・・・肥大を阻害することによりNASH病態を改善することができることが、意図されている」と記載されているとおり、本願発明における「阻害」は「病態の改善」を意図するものであるところ、引用文献1の【0021】 に「目標とされる治療効果、例えば患者の病状の1種以上の徴候の軽減、改善、緩和又は排除」と記載されるとおり、引用発明の「治療」も、病状つまり病態の改善を意図するものであるから、本願発明の「阻害」と引用発明の「治療」は、「病態の改善」である限りにおいて一致している。
そうすると、本願発明の「薬剤」と引用発明の「化合物MN-001」は、「肝疾患に罹患している患者における肝疾患の病態を改善するもの」であって、「肝疾患の病態を改善することを必要とする患者に投与するための活性成分を含むもの」である限りにおいて一致している。
してみると、本願発明と引用発明とは、以下の一致点で一致し、以下の相違点で相違するといえる。

<一致点>
肝疾患に罹患している患者における肝疾患の病態を改善するものであって、
肝疾患の病態を改善することを必要とする患者に投与するための活性成分を含み、
前記活性成分が、式(IA)の化合物を含む、もの。
<相違点>
肝疾患に罹患している患者における肝疾患の病態を改善するものについて、本願発明では、「肝肥大」に罹患している患者における「肝肥大を阻害する薬剤」であって、活性成分を「肝肥大を阻害」することを必要とする患者に投与するために「有効量」含むものであることが特定されているのに対して、引用発明では、「非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)」に罹患した患者に、「非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)の治療」のために与える「式(IA)で示される化合物MN-001」であって、「成人患者に、MN-001を毎日500mg最長6ヶ月間与えることで、患者の、小葉炎症、肝細胞の肥大化及び/又は線維症に関する標準得点の合計を用いて評価される非アルコール性脂肪性肝炎の組織学的特徴を改善できる」ものであることが特定されている点。

第6 判断
(1)非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)についての本願の優先日当時の技術常識について
ア Journal of Hepatology,2010,Vol.53,No.4,pp.719-723(最終編集フォームのオンラインでの公開2011年10月、doi:10.1016/j.jhep.2010.04.031.)
(請求人が審判請求書の補足として令和1年8月23日に提出した手続補足書における参考文献2である。以下「技術常識を示す文献1」という。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2930100/参照)

技術常識を示す文献1には、以下の記載がある。(技術常識を示す文献1は外国語で記載された文献であるので、当審による和訳で記載した。以下、外国語で記載された文献について同様である。)
・タイトル
「NASHにおける肝細胞肥大(当審注:原文はHepatocellular Ballooningで、本願発明の「肝肥大」に相当する。)」
・要約の背景と目的の1?2行
「肝細胞肥大は、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)の重要な発見である。」
・キーワードの欄の次の欄の1?14行
「肝細胞肥大は、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)の診断における重要な組織学的パラメーターである[1-3]。通常、光学顕微鏡レベルでは、ヘモトキシリンおよびエオシン(H&E)染色に基づいて、細胞質が希薄化した、通常の肝細胞直径の1.5?2倍の細胞肥大として定義されます[4]。NAFLDの初期の分類システムでは、肥大は疾患進行のより大きなリスクを示すNASHの際だった特徴であり、これは、その後の縦断研究で確認された[5-7]。・・・
その定義が記述的であり(descriptive)、大幅なオブザーバ間変動を受けてはいるものの、肝細胞肥大は、Brunt基準とKleinerのNAFLD活動性スコア(NAS)を含む、NASHの分類スキームおよびスコアリングシステムの構成要素である[13-15]。」

イ Clinical Liver Disease,2012,Vol.1,No.4,pp.99-103
(以下「技術常識を示す文献2」という。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6499283/参照)
・タイトル
「非アルコール性脂肪肝疾患:定義、危険因子、及び精密検査」
・p100の表1の「NASH」の欄
「NASH 炎症、肥大した(ballooned)肝細胞、及び/又は線維症(肝硬変に進行する可能性がある)を伴う脂肪肝」
・p100の表2




ウ American Journal of Gastroenterology,1999,Vol.94,No.9,pp.2467-2474
(請求人が審判請求書の補足として令和1年8月23日に提出した手続補足書における参考文献1である。以下「技術常識を示す文献3」という。)
・p2467の要約の目的欄
「非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)のよく認識されている組織病理学的特徴には、肝細胞脂肪症、肥大(ballooning)、急性及び慢性の小葉炎症の混在、並びにゾーン3類洞周囲線維症が含まれる。」

エ 日本消化器病学会誌(2014)、第111巻、第1号、25-34頁
(以下「技術常識を示す文献4」という。J-STAGE公開日2014年1月5日、DOI:https://doi.org./10.11405/nisshoshi.111.25参照)
・p27左欄6行?右欄2行
「現時点ではNASHの確定診断は肝生検によってのみ行われる.肝生検によるNASH診断は,(1)肝細胞の脂肪化(steatosis),(2)炎症細胞湿潤(inflammation),(3)風船様肝細胞(ballooning hepatocyte)の出現, (4)肝臓の線維化(fibrosis)に着目して行う.」
・p31左欄2?5行
「NASHの肝組織像では風船様肝細胞の存在が特徴的であり」
・p32右欄18?20行
「非侵襲的なNASH診断法は肝生検と比較して治療効果判定に用いることが容易であり」

オ 一般財団法人日本消化器病学会 編集「NAFLD/NASH診療ガイドライン 2014」制作 南江堂(2014年4月20日発行) の特に、「4.治療」の項目
(以下「技術常識を示す文献5」という。https://www.jsge.or.jp/guideline/guideline/pdf/NAFLD_NASHGL2_re.pdf参照)
・p90解説の2段落3行
「NAS score改善を提示している」
・p96の解説の3段落(チアゾリジン誘導体)
「両薬剤は肝組織像の評価項目であるsteatosis,ballooning,lobular inflammationをプラセボ群に比較して有意に改善した」
・p102解説の8?10行
「組織上も肝生検施行した33例において、steatosis grade, necroinflammatory grade, ballooning score, NAS scoreが有意に改善している」

カ 技術常識を示す文献1?5の記載から理解できる本願の優先日当時の技術常識
上記ア?オに示す技術常識を示す文献1?5から明らかなとおり、本願の優先日当時、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)の肝組織像では風船様肝細胞(当審注:肝肥大と同義)の存在が特徴的であること、肝細胞肥大(当審注:肝肥大と同義)は、NASHの診断や進行の程度のスコアリングのための組織学的な特徴を表す代表的な指標であり、かつ、NASHの改善指標の1つでもあったことは、技術常識であった。
なお、技術常識を示す文献5は、本願の優先日(2014年1月10日)後の2014年4月20日に発行されたものであるが、文献5の冒頭のix頁に「このガイドラインは、・・・1983年から2012年1月の期間内に出版された文献をもとに作成された」と記載されるとおり、文献5は、本願の優先日前に当業者に知られていた知見に基づいて作成されたガイドラインであるから、文献5に記載されている内容がNASHに関する優先日当時の技術常識を示すものといえることは明らかである。

(2)相違点について
引用文献1には、本願発明の式(IA)の化合物に相当するMN-001を、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)成人患者に与えたところ、患者の、小葉炎症、肝細胞の肥大化及び/又は線維症に関する標準得点の合計を用いて評価される非アルコール性脂肪性肝炎の組織学的特徴が改善したことが記載されている(【0064】)。
そして、引用文献1に記載の「肝細胞の肥大化」は、本願発明の「肝肥大」と同義であるところ、上記(1)で説示したとおり、本願の優先日当時、NASHの肝組織像では風船様肝細胞(つまり、肝肥大)の存在が特徴的であること、肝細胞肥大は、NASHの診断や進行の程度のスコアリングのための組織学的な特徴を表す代表的な指標であり、かつ、NASHの改善指標の1つでもあることが技術常識であった(上記(1)カ)。
そうすると、引用文献1の記載に接した当業者は、引用文献1のNASHの患者の多くが肝肥大を有しており、MN-001によるNASHの改善が、引用文献1に記載されるNASHの組織学的な指標の1つであり、NASHの組織学的な診断における代表的な診断指標・改善指標でもある肝細胞の肥大化の改善を伴うこと、つまり、MN-001により肝肥大を有するNASH患者の肝肥大が阻害できることを当然に期待するといえる。
してみると、引用発明において、MN-001の投与による肝細胞の肥大化の改善効果を確認して、肝肥大を有するNASH患者の肝肥大を阻害するものとすることは当業者が容易に想到し得ることである。
また、引用発明のMN-001は、NASHの治療のためにNASH患者に与えるための活性成分であるところ、治療のために患者に活性成分を投与する際は、引用文献1の【0043】及び【0045】にも記載のとおり、通常、薬学的に許容可能な形態で調合された「薬剤」として与えるのであるし、同【0021】にも記載のとおり、治療をするために投与する薬剤を治療の「有効量」含むものとすることは当然であるから、引用発明の化合物MN-001、つまり、活性成分を、「有効量」含む「薬剤」とすることも当業者が適宜なし得ることである。
よって、引用発明において、MN-001の投与による肝細胞の肥大化の改善効果を確認して、引用発明を、肝肥大を有するNASH患者、つまり、肝肥大に罹患しているNASH患者における肝肥大を阻害する薬剤とし、相違点に係る本願発明の構成を備えたものとすることは当業者が容易になし得ることである。

(3)本願発明の効果について
ア 本願発明の効果に関し、本願明細書には以下の記載がある。
「【0002】
(発明の分野)
本発明は、フェノキシアルキルカルボン酸、例えば、MN-001及びMN-002を投与することによって、非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)及び/又は非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)、それらの1つ以上を引き起こす又はそれらの1つ以上に起因する状態、及び/又は前記したものそれぞれの負の影響を治療する方法に関する。」
「【0023】
本明細書に使用される化合物の「有効量」は、NAFLD又はNASHを有する患者に投与される場合、患者内の医学的疾患のうちの1つ以上の発現に対して意図した治療効果(例えば、緩和、改善、軽減、又は、除去)を有し得る量である。十分な治療効果が、必ず1つの用量(又は 投与量)の投与によって発生するものでなく、一連の用量の投与後に発生することもあり得る。したがって、有効量は、1回以上の用量によって投与されてもよい。」

「【実施例】
【0067】
実施例1:非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)の治療(当審注:下線は原文のとおり)
非アルコール性脂肪性肝炎を有する成人250人は、最大6ヶ月間、500mgの1日用量のMN-001又はMN-002、又はプラセボを、それぞれ受けるように無作為に割り当てられている。主要転帰は、非アルコール性脂肪性肝炎の組織学的特性の改善であり、脂肪症、小葉炎症、肝細胞肥大、及び/又は線維症の標準化点数の合成(当審注:「合成」は、「合計」の誤記と解される。)を使用して評価される。結果は、当業者に周知の方法に従って分析される。」
「【0069】
実施例3:非アルコール性脂肪性肝炎のSTAMモデルにおけるMN-001の治療的に有益な効果(当審注:下線は原文のとおり)
STAM(商標)は、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)、その兆候、及び関連する肝障害のモデルであり、C57BL/6マウスにおける化学的介入及び食事介入の組み合わせによって形成される。テルミサルタンは、STAMマウスにおける、抗NASH、抗線維症及び抗炎症効果を有することが示されており、したがって、本研究における陽性対照として使用した。この研究によれば、以下に記載されるように、テルミサルタンによる治療は、報告されたデータと一致するビークル群と比較して、肝重量、NAS、線維症領域及び炎症領域を著しく減少させて、本発明で利用される化合物の有用性を実証するために、本明細書中で使用されたSTAMマウスモデルの有用性の証拠を提供した。
【0070】
・・・MN-001の高用量での治療はNAFLS活動性点数(NAS)を著しく減少させた。NASの改善は、例えば、小葉炎症及び肝細胞肥大の低減に起因した。特に、MN-001の高用量は肥大の点数を著しく減少させた。肝細胞の肥大は、酸化ストレスによって誘導される肝細胞の損傷に由来し、NASHの疾患の進行と関連しているので(Fujii Hら、J Atheroscler Thromb.、2009年、16:893、Rangwala Fら、J Pathol 2011年、224:401)、MN-001は、理論に縛られることなく、肝細胞の損傷及び肥大を阻害することによりNASH病態を改善することができることが、意図されている。
【0071】
MN-001の低用量での治療は、ビークルと比較して、炎症領域を著しく減少し、MN-001の抗炎症効果を示す。
【0072】
結論として、様々な用量で投与されたMN-001は、本研究において抗NASH、抗線維症及び抗炎症効果のうちの1つ以上を示した。これら及び他の結果は、以下に説明する。
【0073】
[材料及び方法]
[検体]
MN-001は、MediciNove Inc.によって提供された。投与溶液を調製するために、MN-001を計量し、0.2%メチルセルロース(ビークル)に溶解した。テルミサルタン(ミカルディス、登録商標)は、ベーリンガーインゲルハイム社(ドイツ)から購入し、純水に溶解した。
【0074】
[NASHの誘導]
NASHは、50匹の雄マウスで、・・・生後4週後、高脂肪食(・・・)で供給することにより誘導された。・・・
【0075】
[薬物投与の経路]
ビークル、MN-001、及びテルミサルタンは、10mL/kgの容量で経口経路によって投与した。
【0076】
[治療用量]
MN-001は、10、30、及び100mg/kgの用量で一日一回投与した。テルミサルタンは、10mg/kgの用量で一日一回投与した。
・・・
【0082】
[全血及び血漿生化学の測定]
・・・血漿ALT及びASTレベルは・・・によって測定した。
【0083】
[肝生化学の測定]
[肝のヒドロキシプロリンの含有量]
・・・
【0084】
[病理組織学的分析]
HE染色のために、・・・左横肝組織のパラフィンブロックから切片を切断し、リリー・マイヤーのヘマトキシリン(武藤化学、日本)、及びエオシン溶液(和光純薬)で染色した。NASは、クライナーの基準に従って算出した(Kleiner-DEら、Hepatology、2005;41:1313)。・・・
・・・
【0089】
[実験計画及び治療]
[研究群]
群1:ノーマル
10匹の正常マウスは、生後9週まで、任意の治療しなく、自由に通常の食事を摂取した。
【0090】
群2:ビークル
10匹のNASHマウスは、生後6から9週の間、ビークルを10ml/kgの容量で一日一回経口投与した。
【0091】
群3:MN-001-低用量
10匹のNASHマウスは、生後6から9週の間、MN-001を補ったビークルを10mg/kgの用量で一日一回経口投与した。
【0092】
群4:MN-001-中用量
10匹のNASHマウスは、生後6から9週の間、MN-001を補ったビークルを30mg/kgの用量で一日一回経口投与した。
【0093】
群5:MN-001-高用量
10匹のNASHマウスは、生後6から9週の間、MN-001を補ったビークルを、100mg/kgの用量で一日一回経口投与した。
【0094】
群6:テルミサルタン
6匹のNASHマウスは、生後6から9週の間、テルミサルタンを補った純水を、10mgの用量で一日一回経口投与した。以下の表は、治療スケジュールをまとめたものである。
・・・
【0097】
[結果]
[組織学的分析]
[HE染色及びNAFLD活動性点数]
ビークル群から肝切片は、重度のマイクロ及びマクロ脂肪沈着、肝細胞肥大及び炎症性細胞浸潤を示した。これらの観察と一致して、NASは、正常群と比較して、ビークル群で著しく増加した。テルミサルタン群は、ビークル群と比較して、NASの著しい減少とともに、肝細胞肥大及び炎症性細胞浸潤の著しい改善を示した。MN-001の高用量群では、肝細胞肥大の著しい改善及び炎症性細胞浸潤の適度な改善を示した。NASは、ビークル群と比較して、MN-001-高用量群では著しく減少した。MN-001-低用量群及びMN-001-中用量群は、ビークル群と比較して、肝細胞肥大の適度な減少を示した。ビークル群と他の群のいずれかの間にNASに著しい差はなかった(通常:0.0±00、ビークル:5.3±0.5、MN-001-低:4.7±0.5、MN-001-中:4.7±0.5、MN-001-高:3.3±0.8、テルミサルタン:2.6±0.7)。図1から3及び以下の表の参照。
【0098】
【表2】

【0099】
【表3】





「【0100】
[シリウスレッド染色]
ビークル群からの肝切片は、正常群と比較して、肝小葉の周囲領域においてコラーゲン沈着の増加を示した。・・・線維症領域は、ビークル群と比べて、テルミサルタン群とMN-001治療群の両方で著しく減少した(・・・)。・・・
【0101】
[F4/80免疫染色]
・・・ビークル群と他の群のいずれかとの間の炎症領域で著しい差は認められなかった。・・・」
「【0110】
[肝のヒドロキシプロリンの含有量]
・・・肝のヒドロキシプロリンの含有量は、ビークル群と比較して、MN-001-高用量群において減少傾向にある。ビークル群と他の群のいずれかとの間に肝のヒドロキシプロリンの含有量に著しい差はなかった・・・
・・・
【0113】
[CCR2]
・・・CCR2のmRNAの発現レベルは、ビークル群と比較して、MN-001低及び-中用量群に著しく下方制御した。・・・
【0114】
[MCP-1]
・・・MCP-1のmRNAの発現レベルは、ビークル群と比較してMN-001-低用量群で有意下方制御された。・・・
・・・
【0117】
[TIMP-1]
・・・TIMP-1のmRNAの発現レベルは、ビークル群と比較して、MN-001-低及びMN-001-中用量群において著しく下方制御された。・・・
【0118】
結論として、様々な用量で投与されたMN-001は、本研究において抗NASH、抗線維症及び抗炎症効果のうちの1つ以上を示した。」

イ 上記アによれば、本願明細書には、本願が、NASHやそれを引き起こす又はそれに起因する状態等の治療に関するものであること(【0002】)が記載され、実施例3(【0069】?【0118】)には、NASHのモデルであるSTAM(登録商標)マウスを用いて、生後4週後でNASHを誘導し、生後6から9週の間、MN-001を補ったビークルを10、30、及び100mg/kgの用量(それぞれ、低、中、高用量に相当する)で一日一回投与してMN-001の治療効果を確認したところ(【0074】、【0091】-【0093】)、結論として、MN-001は、抗NASH、抗線維症及び抗炎症効果のうちの1つ以上を示したことが記載されている(【0072】、【0118】)。
そして、より詳細な結果として、肝肥大の阻害に関し、以下のことが記載されている。
・MN-001の高用量での治療はNAFLS活動性点数(NAS)を著しく減少させ、特に、MN-001の高用量は肥大の点数を著しく減少させたこと。MN-001は、肝細胞の損傷及び肥大を阻害することによりNASH病態を改善することができることが、意図されていること。(【0070】)
・組織学的分析の結果、ビークル群からの肝切片は、重度のマイクロ及びマクロ脂肪沈着、肝細胞肥大及び炎症性細胞浸潤を示し、これらの観察と一致して、NASは、正常群と比較して、ビークル群で著しく増加したが、MN-001の高用量群では、肝細胞肥大の著しい改善及び炎症性細胞浸潤の適度な改善を示し、NASは、ビークル群と比較して、MN-001-高用量群では著しく減少したこと。MN-001-低用量群及びMN-001-中用量群は、ビークル群と比較して、肝細胞肥大の適度な減少を示したこと。(【0097】、【表2】、【図3】)
すなわち、本願明細書には、本願発明の式(IA)の化合物であるMN-001の投与により、NASHの病態の1つである肝細胞肥大、つまり、肝肥大が、改善したこと、つまり、阻害されたことが記載されているといえる。

ウ 引用文献1の【0064】には、MN-001がNASHの肝細胞の肥大化及び/又は線維症に関する標準得点の合計を用いて評価される非アルコール性脂肪性肝炎の組織学的特徴を改善したことが記載されるのみで、上記肝細胞の肥大化の指標自体の具体的な結果は記載されていない。
しかしながら、上記(2)で記載したとおり、引用文献1の【0064】の記載から、当業者は、MN-001の投与により、肝肥大を有するNASH患者の肝肥大を阻害できることを当然に期待するといえるのであるから、本願発明の効果は当業者の予測を超えたものであるとはいえない。
そして、肝細胞肥大という指標におけるMN-001の改善効果が本願明細書により初めて確認されたものであるとしても、そのことをもって、本願発明の進歩性を肯定するに足るものとすることはできない。

(4)小括
以上によれば、本願発明は、引用発明及び本願優先日当時の技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものといえる。

第7 審判請求人の主張について
(1)審判請求人は、審判請求書の項目3.1において、以下の主張をする。
ア 「引用文献1の記載が述べているのは、あくまでも、非アルコール性脂肪性肝炎に罹患している患者の非アルコール性脂肪性肝炎の治療効果の評価のための複数の評価項目の1つとして、肝細胞の肥大化という評価項目を用いているにすぎない・・・。
この記載は、肝肥大に罹患している患者の肝肥大が、「引用文献1に記載の薬剤によって阻害され得る」ということを述べるものではありません。
確かに、引用文献1に記載の脂肪肝、小葉炎症、肝細胞の肥大化、および/または線維症についての標準得点の合計といった、形態学的特徴のいくつかはNASH患者において観察され得ますが、そのような形態学的特徴の全てがNASH患者において、いつも観察されるというものではありません。
Elizabeth M. Bruntらは、「Nonalcoholic Steatohepatitis: A Proposal for Grading and Staging the Histological Lesions(非アルコール性脂肪性肝炎:組織学的病変の等級付けおよび病期分類のための提案)」(当審注:請求人が審判請求書の補足として令和1年8月23日に提出した手続補足書における参考文献1であり、上記第6(1)に記載した技術常識を示す文献3である。)において、軽度のNASHを有する患者には、たとえあったとしても、肝肥大が最小限にしか存在しないことを見出しております(p.2469、RESULTSを参照されたい。)。さらに、・・・J Hepatol. 2010 October ; 53(4): p.719-723(当審注:請求人が令和1年8月23日に提出した手続補足書における参考文献2であり、上記第6(1)に記載した技術常識を示す文献1である。)には、肝肥大はNASHに特有のものではなく、線維症と相関し、そして損傷に関連するものであることが示されております・・・。
さらに、別の潜在的なNASH薬であるセニクリビロク(CVC)は、肝線維症を軽減することがわかっていますが、NASHの食事誘発マウスモデルでは、脂肪症、炎症、および肝細胞肥大の組織学的スコアに影響を与えません。CVC の臨床第2b相試験では、主要評価項目(NASの2ポイント以上の改善、小葉の炎症または肝細胞肥大の1ポイント以上の減少、および線維症の悪化なし)は満たされていません。(・・・HEPATOLOGY COMMUNICATIONS, VOL. 2, NO. 5, 2018: p.529-545のDiscussion(p.541-543)(当審注:請求人が令和1年8月23日に提出した手続補足書における参考文献3である。)を参照されたい。)しかし、・・・Journal of Clinical and Translational Hepatology 2018 vol. 6: p.264-275(当審注:同手続補足書における参考文献4である。)は、CVCは脂肪性肝炎を悪化させることなく線維化を改善することを示しました。・・・
このように、肝肥大は、NASHと一体不可分であるといえるようなものではなく、肝肥大は必ずしもNASH治療薬で対処される必要はありません。
・・・
また、引用文献1の記載から、MN-001をNASHの治療に使用するだけでなく、肝肥大を阻害するために使用することは、当業者であっても容易に想到することはできません。」

イ 「拒絶査定の備考欄には「・・また、引用文献1において肝肥大に関する具体的データが開示されていない点を相違点と解したとしても、引用文献1の記載をもとに、肝肥大の阻害効果を期待して、実際に確認してみることは、当業者が容易に想到し得たことである。」との見解が記載されています。
しかしながら、この見解は、いわゆる「後知恵」といわれるものです。MN-001の投与と肝肥大の改善についての関連性に着目するという視点がなければ、NASHの治療効果の評価のための項目の一つとして肝細胞の肥大化が用いられている引用文献1の記載に基づいて、MN-001の投与が肝肥大の改善に役立つかどうかを検討しようとはしないといえます。」

(2)上記(1)の審判請求人の主張について検討する。
ア 上記(1)の主張アについては、まず、第6(1)で説示したとおり、NASHの肝組織像では風船様肝細胞(つまり、肝肥大)の存在が特徴的であること、肝細胞肥大がNASHの診断や進行の程度のスコアリングのための組織学的(形態学的)な特徴を表す代表的な指標であり、かつ、NASHの改善指標の1つでもあることは本願優先日当時の技術常識であったから、NASHの組織学的特徴の全てがNASH患者においていつも観察されるものではなく、肝肥大はNASHと一体不可分であるといえるようなものではないとしても、第6(2)で記載したとおり、引用文献1の記載に接した当業者は、MN-001によるNASHの改善が、引用文献1に記載されるNASHの評価指標である肝細胞の肥大化の改善を伴うことを当然に期待するといえるし、NASHの組織学的特徴の改善作用をもたらす引用発明のMN-001が、肝肥大を有するNASH患者における肝肥大の阻害作用を有すると期待するといえる。
また、本願の優先日(2014年1月10日)より4年後の2018年に公知となった参考文献3及び4には、セニクリビロク(CVC)は、NASHの改良マウスモデルであるCDAHFDモデルにおいてCVCは肝線維症を軽減したが、脂肪症、炎症及び肝細胞肥大に影響を与えなかったこと等(参考文献3の要約及びp533右欄2?3段落)が記載されるが、参考文献3及び4の内容は本願優先日当時の技術常識を示すものではないから、これらの文献の記載に基づく主張は採用できない。
仮に、参考文献3及び4に記載の知見が本願の優先日前に公知であったとしても、上記第6(2)で指摘したとおり、本願の優先日当時の技術常識を踏まえれば、当業者は、MN-001により肝肥大を有するNASH患者の肝肥大が阻害できることを期待するといえ、引用発明において、MN-001の投与による肝細胞の肥大化の改善効果を確認して、肝肥大に罹患しているNASH患者における肝肥大を阻害するものとすることを当業者は容易に想到し得るといえるから、進歩性の判断には影響しない。

さらに、審判請求人は、MN-001をNASHの治療に使用するだけでなく、肝肥大を阻害するために使用することは、引用文献1の記載からは当業者であっても容易に想到することはできないから、本願発明は進歩性を有する旨主張する。そして、当該主張は、審判請求書の6頁19?22行の「NASH・・・に起因する異常を対象としているかどうかに関わらず、本願発明の化合物を含む薬剤が、・・・肝肥大の治療に対して良好な結果を示すことは明らかです。」の記載からみて、MN-001をNASH患者の肝肥大以外の肝肥大に使用することは、引用文献1の記載からは当業者は容易に想到することはできないから本願発明は進歩性を有する、との主張を含むものとも解される。
しかしながら、本願明細書に、本願発明の「肝肥大の阻害」に関して記載されているのは、上記第6(3)のア及びイで記載したとおり、本願発明の式(IA)の化合物であるMN-001の投与により、NASHの病態の1つである肝細胞肥大が改善したこと、つまり、肝肥大が阻害されたことだけであり、本願発明の「肝肥大の阻害」が、肝細胞肥大を伴うNASH患者の肝細胞肥大の阻害をその態様として含むことは明らかである。
そして、当該態様の本願発明が、引用発明及び本願優先日当時の技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものといえることは上記第6で説示したとおりであるから、本願発明の「肝肥大の阻害」が、NASH患者における肝肥大以外の肝肥大の阻害を含むとしても、そのことにより、本願発明について、引用発明及び本願優先日当時の技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでない、ということはできない。
よって、上記(1)の主張アはいずれも採用できない。

イ 上記(1)の主張イについては、第6(2)でも説示したとおり、NASHの肝組織像では風船様肝細胞(つまり、肝肥大)の存在が特徴的であり、また、肝細胞肥大は、NASHの代表的な評価指標・改善指標でもあることが技術常識であったから、引用文献1の記載に接した当業者は、MN-001の投与と肝肥大の改善についての関連性に当然に着目するといえるし、また、当業者は、MN-001によるNASHの改善が、肝細胞肥大の改善を伴うことを当然に期待するといえる。
したがって、当業者は、引用文献1の記載に基づいて引用発明のMN-001がNASH患者における肝細胞肥大の改善に役立つかを確認する十分な動機があるといえる。
よって、上記(1)の主張イも採用できない。

第8 むすび
以上のとおり、本願発明(請求項1に係る発明)は、引用文献1に記載された発明及び本願優先日当時の技術常識に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2020-11-26 
結審通知日 2020-12-01 
審決日 2020-12-15 
出願番号 特願2016-545301(P2016-545301)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 澤田 浩平石井 裕美子吉川 阿佳里  
特許庁審判長 藤原 浩子
特許庁審判官 松本 直子
渕野 留香
発明の名称 肝障害の治療方法  
代理人 杉村 憲司  

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