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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 G01V
管理番号 1374426
審判番号 不服2021-1160  
総通号数 259 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-07-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2021-01-27 
確定日 2021-06-15 
事件の表示 特願2016- 32504「人検知システム」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 8月31日出願公開、特開2017-150910、請求項の数(8)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成28年2月23日の出願であって、同年9月26日に手続補正書が提出され、平成30年10月22日に手続補正書が提出され、令和元年10月17日付けで拒絶理由が通知され、同年12月23日に意見書及び手続補正書が提出され、令和2年2月26日付けで拒絶理由が通知され、同年7月2日に意見書及び手続補正書が提出され、同年10月14日付けで拒絶査定されたところ、令和3年1月27日に拒絶査定不服審判が請求され、その審判の請求と同時に手続補正がなされたものである。

第2 原査定の概要
原査定(令和2年10月14日付け拒絶査定)の概要は次のとおりである。
本願の請求項1ないし8に係る発明は、以下の引用文献1?3に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

<引用文献等一覧>
1.特開平6-3366号公報
2.特開平5-312966号公報
3.特開2010-256045号公報

第3 本願発明
本願の請求項1ないし8に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」ないし「本願発明8」という。)は、令和3年1月27日提出の手続補正書により手続補正された特許請求の範囲の請求項1ないし8に記載された事項により特定される発明である。
本願発明1は以下のとおりであり、本願発明2ないし8は、本願発明1を減縮した発明である。

「 【請求項1】
検知空間からの赤外線の受光強度の変化に応じた信号を出力する受光素子を有する受光部と、
前記受光部の出力信号に基づいて、前記検知空間の状態が、前記検知空間に人が存在する存在状態と、前記検知空間に人が存在しない不在状態とのいずれであるかを判定する判定部とを備え、
前記判定部の動作モードは、前記検知空間への人の進入の有無を検知する進入検知モードと、前記検知空間からの人の退出の有無を検知する滞在検知モードとを含み、
前記判定部は、
前記進入検知モードでは、前記受光部の出力信号を基にして、第1の判定条件を満たすか否かで前記検知空間への人の進入の有無を検知し、
前記滞在検知モードでは、前記受光部の出力信号を基にして、第2の判定条件を満たすか否かで前記検知空間からの人の退出の有無を検知し、
前記第1の判定条件と前記第2の判定条件とは、互いに異なり、
前記滞在検知モードにおける前記第2の判定条件として、人の呼吸の周期以上での前記受光部の出力信号の時間積分値に関する判定条件が用いられる
人検知システム。」

第4 引用文献、引用発明等

1 引用文献1について

(1)引用文献1の記載
原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献1には、図面とともに次の事項が記載されている。(下線は当審において付与した。以下同じ。)

(引1ア)
「【0011】
【実施例】以下、本発明の実施例について図面を参照して説明する。図1は本発明に係る赤外線式人体検知器Kのハード構成の一例を示すブロック図である。同図に示す赤外線式人体検知器Kは、フレネルレンズ等の集光器1を介して赤外線を受光する赤外線検知素子2、この赤外線検知素子2から出力される赤外線の検知信号を増幅させる増幅部3、この増幅部3で増幅された検知信号のうち不要な周波数成分を除去する帯域フィルタ回路4を備えている。また、それら以外として、帯域フィルタ回路4の後段には、比較回路5、引延し回路6、出力制御部7、2つの閾値を設定可能な閾値設定回路8a、8b、及び閾値選択処理部9等も具備している。
【0012】上記各部のうち、赤外線検知素子2の一例としては、赤外線受光によって電圧値が変化する焦電素子を使用したタイプのものが適用され、赤外線の受光量の変化分に応じた出力レベルの検知信号を出力するように構成されている。赤外線検知素子2及び集光器1は、検知領域内に多数の検知ビームが幅狭のピッチで得られるように構成されることが好ましい。
【0013】閾値設定回路8a、8bは、出力レベルが高低異なる2種類の閾値H、Lを設定するためのもので、高出力レベル側の閾値Hとしては、赤外線検知素子2の検知ビームを人体が遮ったときに帯域フィルタ回路4から出力される赤外線の検知信号の出力レベルよりもやや低いが、検知領域内の急速な温度変化等に原因して出力される検知信号の出力レベルよりは高い値が適用される。一方、低出力レベル側の閾値Lとしては、前記高出力レベル側の閾値Hよりも低い値が適用されるが、人体が同一箇所に留まった状態で適当な動作を行った際に出力される検知信号の出力レベルよりもやや低い値が適用さる。閾値設定回路8a、8bは、このような2種類の閾値H、Lとして所望の具体的な値が任意に設定でき、また好ましくはその値が適宜増減変更できるように構成されている。
【0014】比較回路5は、前記閾値設定回路8a、8bに設定された2種類の閾値のうち、切換スイッチ10で切換出力される何れか一方の閾値と、帯域フィルタ回路4から出力される赤外線の検知信号の出力レベルとを比較するものである。引延し回路6は、比較回路5における比較の結果、赤外線の検知信号が所定の閾値を超える場合には、その検知信号を予め設定された一定時間Tだけ引き延して出力させるためのものである。出力制御部7は、引延し回路6から所定の出力信号を受信したときには、制御対象の一例としての照明器具を点灯させるためのリレー信号を出力する一方、引延し回路6からの継続した出力信号の受信が途絶えたときには、その時点で照明器具を消灯させるためのリレー信号を出力するものである。即ち、本実施例に係る赤外線式人体検知器Kは、引延し回路6から継続した信号出力があるときには人体が検知領域に存在するものと判断するが、その信号出力が中断すると、その時点で人体が検知領域から退出し、人体が不在になったものと判断するように構成されている。
【0015】閾値選択処理部9は、2つの閾値設定回路8a、8bから何れか一方の適当な側の閾値H、Lを比較回路5に入力させるように選択するものである。即ち、この閾値選択処理部9は、先ず検知領域内に人体が不在と判断されている通常設定状態時には、一方の閾値設定回路8a側に設定された高出力レベル側の閾値Hを選択するものの、かかる状態時においてその閾値を超える赤外線の検知信号の出力があったときには、その時点で他方の閾値設定回路8b側に設定された低出力レベル側の閾値Lを選択するように切換スイッチ10を切換制御するものである。また、他方の閾値設定回路8b側に設定された低出力レベル側の閾値Lを選択している状態において、引延し回路6からの継続した信号出力が中断されたときには、元の閾値設定回路8a側に設定された高出力レベル側の閾値Hを選択するように切換制御するように構成されている。」

(引1イ)図1


(引1ウ)図2


(引1エ)図3


(2)引用文献1に記載された発明
上記(1)の記載事項及び図面から、引用文献1には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「 集光器1を介して赤外線を受光する赤外線検知素子2、この赤外線検知素子2から出力される赤外線の検知信号を増幅させる増幅部3、この増幅部3で増幅された検知信号のうち不要な周波数成分を除去する帯域フィルタ回路4を備えており、また、それら以外として、帯域フィルタ回路4の後段には、比較回路5、引延し回路6、出力制御部7、2つの閾値を設定可能な閾値設定回路8a、8b、及び閾値選択処理部9等も具備している、赤外線式人体検知器Kであって、
赤外線式人体検知器Kは、引延し回路6から継続した信号出力があるときには人体が検知領域に存在するものと判断するが、その信号出力が中断すると、その時点で人体が検知領域から退出し、人体が不在になったものと判断するように構成されており、
赤外線検知素子2は、赤外線の受光量の変化分に応じた出力レベルの検知信号を出力するように構成され、赤外線検知素子2及び集光器1は、検知領域内に多数の検知ビームが幅狭のピッチで得られるように構成され、
閾値設定回路8a、8bは、出力レベルが高低異なる2種類の閾値H、Lを設定するためのもので、高出力レベル側の閾値Hとしては、赤外線検知素子2の検知ビームを人体が遮ったときに帯域フィルタ回路4から出力される赤外線の検知信号の出力レベルよりもやや低いが、検知領域内の急速な温度変化等に原因して出力される検知信号の出力レベルよりは高い値が適用され、一方、低出力レベル側の閾値Lとしては、前記高出力レベル側の閾値Hよりも低い値が適用されるが、人体が同一箇所に留まった状態で適当な動作を行った際に出力される検知信号の出力レベルよりもやや低い値が適用され、
比較回路5は、前記閾値設定回路8a、8bに設定された2種類の閾値のうち、切換スイッチ10で切換出力される何れか一方の閾値と、帯域フィルタ回路4から出力される赤外線の検知信号の出力レベルとを比較するものであり、
引延し回路6は、比較回路5における比較の結果、赤外線の検知信号が所定の閾値を超える場合には、その検知信号を予め設定された一定時間Tだけ引き延して出力させるためのものであり、
閾値選択処理部9は、先ず検知領域内に人体が不在と判断されている通常設定状態時には、一方の閾値設定回路8a側に設定された高出力レベル側の閾値Hを選択するものの、かかる状態時においてその閾値を超える赤外線の検知信号の出力があったときには、その時点で他方の閾値設定回路8b側に設定された低出力レベル側の閾値Lを選択するように切換スイッチ10を切換制御するものであり、また、他方の閾値設定回路8b側に設定された低出力レベル側の閾値Lを選択している状態において、引延し回路6からの継続した信号出力が中断されたときには、元の閾値設定回路8a側に設定された高出力レベル側の閾値Hを選択するように切換制御するように構成されており、
出力制御部7は、引延し回路6から所定の出力信号を受信したときには、制御対象の照明器具を点灯させるためのリレー信号を出力する一方、引延し回路6からの継続した出力信号の受信が途絶えたときには、その時点で照明器具を消灯させるためのリレー信号を出力するものである、赤外線式人体検知器K。」

2 引用文献2について

(1)引用文献2の記載
原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献2には、図面とともに次の事項が記載されている。

(引2ア)
「【0040】図1は本発明の在席検出装置の第1の実施例におけるブロック図である。6は人体の生命活動に基づく体動特性を検出する体動検出手段、7は体動検出手段6の出力信号に基づき人体が在席かどうかを判定する判定手段である。
【0041】上記構成により、人体の生命活動に基づく体動特性、すなわち心拍活動や呼吸活動或はまばたき等により生じる体表面上の体動を体動検出手段6が検出し、上記のような体動があれば在席、上記のような体動がなければ不在と判定手段7が判定する。
【0042】従来は人と物との区別ができなかったが、上記作用により、人体の生命活動に基づく体動特性、すなわち心拍活動や呼吸活動或はまばたき等により生じる体表面上の体動を検出して在席かどうかを判定するので、人と物との区別を行なうことができ、より確実に人体の有無を検出することができるといった効果がある。」

(引2イ)
「【0043】本発明の在席検出装置の第2の実施例を以下に説明する。本実施例が上記実施例と相違する点は、体動検出手段6が図2に示すように、圧電材8と、圧電材8の出力信号を導出する電極9とから構成される点にある。圧電材8はポリフッ化ビニリデン(PVDF)等の高分子圧電材料を薄膜状にしたもので、その両面に可とう性の電極9が付着され、さらにその表面を絶縁材10で覆いテープ状に成形してある。圧電材8、電極9等からなる体動検出手段6は座席の表布下に配設される。この圧電材8は一般的なセラミック系の圧電材ではなく可とう性に富み材質自体が強靱なため、衝撃によって破壊することもなく座席への配設といった点でもなじみ易いといった利点を有している。
【0044】上記構成による作用を以下に説明する。人体が着座すると圧電材8が変形を受け、圧電効果により電圧が発生し、この発生電圧は電極9より導出することができる。このときの出力信号波形を図4に示す。図4のように、この発生信号には、着座の衝撃により一時的に大きな信号が現われるが、人体が安静にしていると人体の心拍活動や呼吸活動による細かな体動信号が現れる。人体が居なければ出力信号はゼロとなる。座席に物が置かれた場合は、置いた瞬間には一時的に大きな信号が現われるが、物には人体のような心拍活動や呼吸活動による体動はないので出力信号はゼロとなる。判定手段7では上記のような圧電材8の出力信号に基づき、人体の心拍活動や呼吸活動による体動信号が現れた場合のみ人体が在席しているとの判定が行なわれる。
【0045】判定手段7での実用上の信号処理を図3に基づいて示す。圧電材8からの信号は積分部12により単位時間積分され、その積分値が所定の値以上であるかどうかが判定部13により判定され、その判定結果が表示部14に表示される。図5は積分値Svの計時変化を示したものである。同図より人体が在席していれば上記のような心拍活動や呼吸活動による体動があるので積分値Svは図中のSa以上となるし、不在の場合はSvはゼロとなる。座席11に物を置いた場合は、一時的にSa以上の出力がでるが、その後ゼロとなる。従って判定部13はSv≧Saの状態がある一定時間To以上続けば在席との判定を行い、それ以外は不在と判定する。表示部14では在席と判定された座席に対応する部分のランプ14i(図中斜線部)が点灯する。【0046】上記以外の信号処理としては、例えばFFT等の演算を行って圧電材8の出力信号を周波数分析することにより、所定の周波数におけるパワーがある一定値以上かどうかを比較することにより在席判定を行うこともできる。これは、人体在席時の圧電材8の出力信号を周波数分析してみると約5?6Hz付近にピークのある周波数特性が得られることに基づくもので、圧電材8により検出された人体の心拍活動による体動の周波数成分が上記の周波数なのである。
【0047】上記作用により、人体生命活動に基づく体動特性として、人体の心拍活動や呼吸活動による体動信号を可とう性を有した高分子圧電材により検出して在席を判定するので、衝撃に強く座席に配設しやすい実用的な在席検出装置を提供することができる。」

(引2ウ)図1

(引2エ)図2

(引2オ)図3

(引2カ)図4

(引2キ)図5


(2)引用文献2に記載された技術事項
したがって、上記(1)の記載事項及び図面から、引用文献2には、次の技術事項(以下「技術事項2」という。)が記載されていると認められる。

「 人体の生命活動に基づく体動特性を検出する体動検出手段6と、体動検出手段6の出力信号に基づき人体が在席かどうかを判定する判定手段7と、を備える在席検出装置であって、
体動検出手段6が、圧電材8と、圧電材8の出力信号を導出する電極9とから構成され、
判定手段7では圧電材8の出力信号に基づき、人体の心拍活動や呼吸活動による体動信号が現れた場合のみ人体が在席しているとの判定が行なわれ、
判定手段7での実用上の信号処理として、圧電材8からの信号は積分部12により単位時間積分され、判定部13により、積分値Sv≧所定の値Saの状態がある一定時間To以上続けば在席との判定を行い、それ以外は不在と判定する、在席検出装置。」

3 引用文献3について

(1)引用文献3の記載
原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献3には、図面とともに次の事項が記載されている。

(引3ア)
「【0032】
先ず、図1乃至図3を参照して、本発明の広域・高精度人体検知センサの実施例のシステム構成とその機能について説明する。
≪システム構成≫
この広域・高精度人体検知センサは、2面以上からなる多面反射ミラーあるいは多面レンズと3素子以上からなるサーモパイルアレイにより構成される赤外線検出部と、防塵用のカバーや筐体の表面温度あるいはセンサ設置場所周辺の空気温度を計測する補正用温度センサと、それらアナログ信号の処理を行う信号処理部と、処理された信号を取り込みオフィス向け人体検知アルゴリズムによるデータ解析により人体検知信号や熱源判別信号(OA機器判別信号)などの情報を演算判定する演算処理部(CPU)と、外部機器との情報の送受信を行う入出力部とから構成される。」

(引3イ)
「【0038】
≪システムの機能≫
本発明の広域・高精度人体検知センサは、図6、7に示すように、進入状態と退去状態を検知するのみならず、静止した滞在状態をも検知し続けることができるものである。
この結果、検知エリア内で人が長い間全く動かないで完全に静止状態を続けていても、滞在していると判断することができる。
そしてこの広域・高精度人体検知センサは、空調制御などによる短時間(数分?数十分単位)での温度変化の影響、外部環境やエリア全体における長時間(1?数時間単位)での温度変化の影響、ペリメータゾーンにおける日射の影響を除去する。
このため、人体とPC(パーソナルコンピュータ)・複写機・FAXなど他の熱源との判別及び人体と椅子や机などに残る人体の余熱との判別をすることができ、人体の不在/滞在/進入/退去状態及び人体動作検知状態を判別し、静止人体の長時間にわたる検出および完全静止人体の検出ができ、検知エリア内に滞在する人数が一人か複数かを把握でき、人体温度が周囲温度や床面温度より低い場合の非定常時において人体を検出できるものである。
【0039】
本発明の広域人体検知センサは、図8に示すように、不在状態/進入状態/滞在状態/人体動作検知状態/退去状態の間で状態遷移することをひとつの特徴としている。
【0040】
ここで、各状態の意味するところと各状態からの遷移の態様について説明する。
不在状態とは、検知エリア内に人体が存在しない状態を意味し、退去状態より移行し、進入状態に移行する。
進入状態とは、不在状態から検知エリア内に人体が進入した状態を意味し、不在状態より移行し、滞在状態または不在状態に移行する。
滞在状態とは、検知エリア内に人体が滞在し、静止または大きな動きのない状態を意味し、進入状態/退去状態/人体動作検知状態より移行し、人体動作検知状態へ移行する。
人体動作検知状態とは、上記滞在状態にあり、かつ、人体が動いている状態を意味し、滞在状態より移行し、退去状態または滞在状態へ移行する。
退去状態とは、滞在状態にあった人体が検知エリアから退去した状態を意味し、人体動作検知状態から移行し、滞在状態または不在状態へ移行する。
【0041】
以上の状態遷移の態様から理解できるように、滞在状態から直接不在状態へ状態遷移することはない。
滞在状態から不在状態へ状態遷移するためには、図8に示すように、人体動作検知状態、退去状態の状態遷移を経て、初めて不在状態と判定し遷移する。
このため、検知エリア内で人が長い間全く動かない完全静止状態を続けていても、滞在していると判断する、換言すれば不在とは判断しないことができる。
この点において、焦電型赤外線センサが一定時間静止していると、滞在状態を判定できないものと著しく異なり、誤判断することはない。
【0042】
以下、基本アルゴリズムである人体の状態判別方法について、状態遷移の形態ごとに説明する。
なお、この状態遷移メインルーチンは、不在状態が基本状態(初期状態)であり、不在状態に遷移した時点で、それまでのルーチンは一旦終了し、図9の冒頭に復帰して、センサの出力値の変化判定基準を満たすまで無限ループを循環する。
その後、再び人体が進入した際は、進入状態に遷移する直前の不在状態における値が、各判定に使用する基準値とされる。
以下においては、説明の都合上分割されて示されているが、実際のルーチンは連続していると理解すべきである。
【0043】
<不在状態から進入状態への移行(遷移)>
図9を参照して、不在状態において、CPUが、各パラメータがそれぞれの判定基準を満たし(変化がしきい値以上)、さらに一定時間待機後にも、継続して各パラメータが判定基準を満たしていると判断した場合は、不在状態における各パラメータの検出値を上記記憶部に保存して、不在状態から進入状態へ移行する。
ここで用いたパラメータは、検出値の変化量、変化が見られる素子(主素子と副素子の区分)、変化が見られる素子の数、各素子間の変化開始時刻の差異、各素子間の変化量の差異の5つである。
【0044】
<進入状態から滞在状態/不在状態への移行(遷移)>
図10に示されるように、CPUは、サーモパイルの検出信号が安定(変化がしきい値以内)した後、各パラメータの記憶部から読み出された不在状態における検出値と現在の検出値を比較し、その差異がしきい値(判断基準値)以内であると判断したときは、記憶部に保存されている各パラメータの値をクリアして不在状態へ、また、しきい値以上であると判断したときは、滞在状態へ移行する。
【0045】
このように、一旦人が検知エリアに進入してすぐに退去した場合、焦電型赤外線センサではタイマーで設定された時間滞在状態を擬制して、例えば照明をし続けるのに対し、本実施例の広域・高精度人体検知センサによれば、即座に不在状態を判別し、例えば照明、空調等の負荷を削減して省エネに資することができる。
【0046】
<滞在状態から人体動作検知状態への移行(遷移)>
図11を参照して、滞在状態において、CPUは、各パラメータの検出値の変化量がしきい値以上であると判断したときは、変化前の各パラメータの値を記憶部に保持して人体動作検知状態へと移行する。
一方、滞在状態において各パラメータの検出値の変化量がしきい値以下であると判断したときは、CPUは、環境変化の影響があるか否か、及び、他の熱源の影響があるか否か確認し、環境変化や他の熱源の影響があると判断したときは、人以外の熱源を検出するとともに各パラメータの補正判定値を補正して、記憶部に保持されている補正判定値を書き換えて滞在状態へ戻る。
つまり、滞在状態において各パラメータの検出値に変化がみられないときは、無限ループを循環することとなって、人体動作検知状態に、したがって後述する不在状態に、移行することはない。
よって、人が滞在しているにも拘らず、不在状態であるとする誤動作をすることはない。
【0047】
<人体動作検知状態から滞在状態/退去状態への移行(遷移)>
図12を参照して、CPUは、サーモパイルの検出信号が安定(変化がしきい値以内)したと判断した後、記憶部から読み出した各パラメータの人体動作検知前における値と現在の検出値を比較し、検出値がしきい値(判断基準値)以上増加したと判断したときは、想定人数を減少して退去状態へ移行する。
また、検出値がしきい値以上減少したと判断したときは、想定人数を増加する。なお、想定人数については、後で詳述する。
この場合は、いずれにもあてはまらないと判断したときと同様、各パラメータの判定基準値(しきい値)を補正して滞在状態へ移行する。
ここで、図11と図12を通してみると、滞在状態から人体動作検知状態に遷移し、再び滞在状態にリターンする大きな無限ループが形成されていることが理解できる。
【0048】
CPUが、滞在状態から人体動作検知状態に移行しても、検出値がしきい値以上増加したと判断しない以上、退去状態には移行しないから、滞在している人に動きがなくても滞在状態に戻ってその状態を維持し得る。この点、従来の焦電型人体検知センサとは大きく異なる。
【0049】
<退去状態から滞在状態/不在状態への移行(遷移)>
図13を参照して、本実施例は、退去状態から滞在状態または不在状態のいずれに移行するかを判断する手法であり、次の3つの手順からなっている。
第1の手順は、記憶部から読み出した各パラメータの不在時における判定基準値またはその値を補正した補正判定値と、現在の検出値の差異が、しきい値以内であるか否か、すなわち、各パラメータが不在状態時の値に戻ったか否か、
第2の手順は、各パラメータの検出値が、想定人数や各素子間の検出値の差異などの判定基準を満たしているか否か、
第3の手順は、椅子や机などの余熱であるか否か、
を順にCPUに判断させ、これら手順の退去判定条件を満たすと判断したときは、各パラメータの保存を解除して不在状態へ移行する。
【0050】
また、CPUは、上記した手順の退去判定条件のすべてを判断し、いずれの条件をも満たさないときは、各パラメータの変化がしきい値以上であるか否かを判断し、以上であると判断したときは想定人数を減少し、以下であると判断したときは想定人数を減少することなく、各パラメータの判定基準値を補正して滞在状態へ移行する。」

(引3ウ)図8

(引3エ)図9


(引3オ)図10


(引3カ)図11


(引3キ)図12


(引3ク)図13


(2)引用文献3に記載された技術事項
したがって、上記(1)の記載事項及び図面から、引用文献3には、次の技術事項(以下「技術事項3」という。)が記載されていると認められる。

「 不在状態/進入状態/滞在状態/人体動作検知状態/退去状態の間で状態遷移する広域人体検知センサであって、
不在状態において、各パラメータがそれぞれの判定基準を満たし(変化がしきい値以上)ていると判断した場合は、不在状態から進入状態へ移行し、
ここで用いたパラメータは、検出値の変化量、変化が見られる素子(主素子と副素子の区分)、変化が見られる素子の数、各素子間の変化開始時刻の差異、各素子間の変化量の差異の5つであり、
進入状態では、不在状態における検出値と現在の検出値を比較し、その差異がしきい値(判断基準値)以内であると判断したときは、不在状態へ、また、しきい値以上であると判断したときは、滞在状態へ移行し、
滞在状態において、各パラメータの検出値の変化量がしきい値以上であると判断したときは、人体動作検知状態へと移行し、
人体動作検知状態では、各パラメータの人体動作検知前における値と現在の検出値を比較し、検出値がしきい値(判断基準値)以上増加したと判断したときは、退去状態へ移行し、
よって、滞在状態から人体動作検知状態に移行しても、検出値がしきい値以上増加したと判断しない以上、退去状態には移行しないから、滞在している人に動きがなくても滞在状態に戻ってその状態を維持し得、
退去状態では、各パラメータの不在時における判定基準値と、現在の検出値の差異が、しきい値以内であるか否かを判断させ、退去判定条件を満たすと判断したときは、不在状態へ移行する、広域人体検知センサ。」

第5 対比・判断

1 本願発明1について

(1)対比
本願発明1と引用発明とを対比する。

ア 引用発明の「赤外線検知素子2」は、本願発明1の「受光素子」に相当する。
そして、引用発明では、「赤外線検知素子2は、赤外線の受光量の変化分に応じた出力レベルの検知信号を出力するように構成され、赤外線検知素子2及び集光器1は、検知領域内に多数の検知ビームが幅狭のピッチで得られるように構成され」ているところ、引用発明の「集光器1を介して赤外線を受光する赤外線検知素子2、この赤外線検知素子2から出力される赤外線の検知信号を増幅させる増幅部3」は、本願発明1の「検知空間からの赤外線の受光強度の変化に応じた信号を出力する受光素子を有する受光部」に相当する。

イ 引用発明の「赤外線式人体検知器K」が「引延し回路6から継続した信号出力があるときには人体が検知領域に存在するものと判断」し、「その信号出力が中断すると、その時点で人体が検知領域から退出し、人体が不在になったものと判断する」ための、「帯域フィルタ回路4」と「出力制御部7」の間にある「比較回路5、引延し回路6、」「2つの閾値を設定可能な閾値設定回路8a、8b、及び閾値選択処理部9等」が、本願発明1の「前記受光部の出力信号に基づいて、前記検知空間の状態が、前記検知空間に人が存在する存在状態と、前記検知空間に人が存在しない不在状態とのいずれであるかを判定する判定部」に相当する。

ウ 引用発明の「赤外線の検知信号の出力レベルよりもやや低」く「検知領域内の急速な温度変化等に原因して出力される検知信号の出力レベルよりは高い値」である「高出力レベル側の閾値H」が「適用され」る場合が、本願発明1の「前記検知空間への人の進入の有無を検知する進入検知モード」に相当する。
また、引用発明の「前記高出力レベル側の閾値Hよりも低い値」で「人体が同一箇所に留まった状態で適当な動作を行った際に出力される検知信号の出力レベルよりもやや低い値」である「低出力レベル側の閾値L」が「適用され」る場合が、本願発明1の「前記検知空間からの人の退出の有無を検知する滞在検知モード」に相当する。
よって、引用発明の、「高出力レベル側の閾値H」が「適用され」る場合と、「低出力レベル側の閾値L」が「適用され」る場合が、本願発明1の「前記判定部の動作モードは、前記検知空間への人の進入の有無を検知する進入検知モードと、前記検知空間からの人の退出の有無を検知する滞在検知モードとを含」むことに相当する。

エ 引用発明の「高出力レベル側の閾値H」は、本願発明1の「第1の判定条件」に相当する。
よって、引用発明の「高出力レベル側の閾値H」「を超える赤外線の検知信号の出力があったとき」、「人体が検知領域に存在するものと判断する」ことは、本願発明1の「前記進入検知モードでは、前記受光部の出力信号を基にして、第1の判定条件を満たすか否かで前記検知空間への人の進入の有無を検知」することに相当する。

オ 引用発明の「人体が検知領域に存在するものと判断」した後の「低出力レベル側の閾値L」は、本願発明1の「第2の判定条件」に相当する。
よって、引用発明の「人体が検知領域に存在するものと判断」した後に、「低出力レベル側の閾値L」を「超える赤外線の検知信号の出力があったとき」、「人体が検知領域に存在するものと判断」し、「その信号出力が中断」したとき、「人体が不在になったものと判断する」ことは、本願発明1の「前記滞在検知モードでは、前記受光部の出力信号を基にして、第2の判定条件を満たすか否かで前記検知空間からの人の退出の有無を検知」することに相当する。

カ 引用発明の「2種類の閾値H、L」が「高低異なる」ことは、本願発明1の「前記第1の判定条件と前記第2の判定条件とは、互いに異な」ることに相当する。

キ 引用発明の「赤外線式人体検知器K」は、本願発明1の「人検知システム」に相当する。

すると、本願発明1と引用発明とは、次の点で一致し、次の各点で相違する。

(一致点)
「検知空間からの赤外線の受光強度の変化に応じた信号を出力する受光素子を有する受光部と、
前記受光部の出力信号に基づいて、前記検知空間の状態が、前記検知空間に人が存在する存在状態と、前記検知空間に人が存在しない不在状態とのいずれであるかを判定する判定部とを備え、
前記判定部の動作モードは、前記検知空間への人の進入の有無を検知する進入検知モードと、前記検知空間からの人の退出の有無を検知する滞在検知モードとを含み、
前記判定部は、
前記進入検知モードでは、前記受光部の出力信号を基にして、第1の判定条件を満たすか否かで前記検知空間への人の進入の有無を検知し、
前記滞在検知モードでは、前記受光部の出力信号を基にして、第2の判定条件を満たすか否かで前記検知空間からの人の退出の有無を検知し、
前記第1の判定条件と前記第2の判定条件とは、互いに異なる、
人検知システム。」

(相違点)
前記滞在検知モードにおける前記第2の判定条件として、本願発明1では、「人の呼吸の周期以上での前記受光部の出力信号の時間積分値に関する判定条件が用いられる」のに対し、引用発明では、「前記高出力レベル側の閾値Hよりも低い値」で「人体が同一箇所に留まった状態で適当な動作を行った際に出力される検知信号の出力レベルよりもやや低い値」である点。

(2)判断
上記相違点について検討する。

ア 引用発明は、「出力レベルが高低異なる2種類の閾値H、L」を用いて「人体検知」するものである。また、技術事項2(上記第4の2(2)参照。)は、「体動検出手段6の出力信号」の「積分値Sv≧所定の値Saの状態がある一定時間To以上続けば」、「人体の心拍活動や呼吸活動による体動信号が現れた」と判断して「在席との判定を行い、それ以外は不在と判定する」ものであって、「在席との判定」を「所定の値Sa」という1種類の閾値で判定しているものである。
ここで、引用発明の人体検知に、引用文献2における在席判定の手法を適用することを考えると、閾値として「高低2種類の閾値」に代えて、「1種類の閾値」を採用することになるから、そもそも本願発明1における2種類の判定条件を用いる構成にはならない。

イ 仮に、引用発明の人体検知において、「出力レベルが高低異なる2種類の閾値H、L」のうち低い閾値Lを用いる場合だけに、引用文献2の技術を適用することを考えてみると、出力信号と比較する高い閾値Hを用いる場合と、人体の心拍活動や呼吸活動による体動を判断するために、出力信号の積分値と比較する閾値を用いる場合とを含むことになる。
しかしながら、引用発明において、低い閾値Lを用いる場合だけに引用文献2の技術を適用し、わざわざ、出力信号と比較する高い閾値Hを用いる場合と、出力信号の積分値と比較する閾値を用いる場合とを併用する動機もなければ、上記アのとおり、出力信号と比較する高低2種類の閾値を用いた点が引用文献1(【0007】、【0009】参照。)における課題解決手段でもあることから、引用発明においてこの点を変更することの阻害要因すら存在するといえる。

ウ そして、本願の請求項6及び7に係る発明に関して、原査定の理由で引用されている引用文献3は、技術事項3(上記第4の3(2)参照。)によれば、人体検知センサにおいて、検出信号に対して所定のしきい値を用いて、不在状態/進入状態/滞在状態/人体動作検知状態/退去状態の間で状態遷移を検知するものである。
しかしながら、本願発明1は、受光部の出力信号を基にして人の進入の有無を検知し、人の呼吸の周期以上での受光部の出力信号の時間積分値を基にして人の退出の有無を検知するものであり、引用文献3には、受光部の出力信号と受光部の出力信号の時間積分値を併用した人検知システムについて記載も示唆もされていない。

エ なお、原査定では、本願の請求項1に係る発明に関して、「引用文献1記載の発明では、検知信号は、赤外線検知素子2から出力される赤外線の検知信号に基づき、検知信号のうち不要な周波数成分を帯域フィルタ回路4で除去等して形成している。
信号処理の分野において、ランダムなノイズを除去するために、時間積分した信号値を用いることは、極めて周知の技術である。
帯域フィルタ回路4等で行う信号処理に上記周知の時間積分等を採用し請求項1の如くすることは、当業者が容易に想到し得ることである。」とも述べている。
しかしながら、仮に、検知信号を時間積分して不要な周波数成分を除去することが周知であったとすると、引用発明において、「出力レベルが高低異なる2種類の閾値H、L」と比較する検知信号が、いずれも時間積分したものとなることから、本願発明1の構成にはならない。

オ 以上のことから、上記相違点に係る本願発明1の構成は、引用発明、引用文献2及び3に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に想到し得ることでない。

(3)小括
したがって、本願発明1は、当業者であっても引用発明、引用文献2及び3に記載された技術事項に基づいて容易に発明できたものであるとはいえない。

2 本願発明2ないし8について
本願発明2ないし8は、本願発明1を引用する発明であり、本願発明1の上記相違点に係る発明特定事項を備えるものであるから、本願発明1と同じ理由により、当業者であっても、引用発明、引用文献2及び3に記載された技術事項に基づいて容易に発明できたものであるとはいえない。

第6 原査定について
上記「第5」で検討したように、本願発明1ないし8は、引用発明、引用文献2及び3に記載された技術事項に基づいて容易に発明できたものとはいえないから、拒絶査定において引用された引用文献1?3に基づいて当業者が容易に発明できたものとはいえない。
したがって、原査定を維持することはできない。

第7 むすび
以上のとおり、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。

 
審決日 2021-05-31 
出願番号 特願2016-32504(P2016-32504)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (G01V)
最終処分 成立  
前審関与審査官 多田 達也佐野 浩樹  
特許庁審判長 福島 浩司
特許庁審判官 森 竜介
▲高▼見 重雄
発明の名称 人検知システム  
代理人 特許業務法人北斗特許事務所  

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