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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 G02B
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 G02B
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G02B
管理番号 1374744
審判番号 不服2020-12747  
総通号数 259 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-07-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-09-11 
確定日 2021-06-07 
事件の表示 特願2016-542788「ポリビニルアルコール系フィルム、及び偏光膜」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 1月19日国際公開、WO2017/010251〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続等の経緯
特願2016-542788号(以下「本件出願」という。)は、2016年(平成28年)6月23日(先の出願に基づく優先権主張 平成27年7月16日)を国際出願日とする出願であって、その手続等の経緯の概要は、以下のとおりである。
令和 2年 2月26日付け:拒絶理由通知書
令和 2年 6月17日提出:意見書
令和 2年 6月22日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。)
令和 2年 9月11日提出:審判請求書
令和 2年 9月11日提出:手続補正書


第2 令和2年9月11日にされた手続補正についての補正の却下の決定
[結論]
令和2年9月11日にされた手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。
[理由]
1 本件補正の内容
(1)本件補正前の特許請求の範囲
本件補正前の特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである。
「 厚さ5?60μmのポリビニルアルコール系フィルムであって、25℃の水中で走査型プローブ顕微鏡を用いてナノインデンテーション試験を行なった際のフィルム表面のヤング率が15?40MPaであることを特徴とするポリビニルアルコール系フィルム。」

(2)本件補正後の特許請求の範囲
本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである。なお、下線は当合議体が付与したものであり、補正箇所を示す。
「 厚さ5?30μmのポリビニルアルコール系フィルムであって、25℃の水中で走査型プローブ顕微鏡を用いてナノインデンテーション試験を行なった際のフィルム表面のヤング率が15?40MPaであることを特徴とするポリビニルアルコール系フィルム。」

2 補正の適否について
本件補正のうち請求項1についてした補正は、本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するための必要な事項である「ポリビニルアルコール系フィルム」の「厚さ」の上限値を、本件出願の出願当初の明細書の【0051】等の記載に基づき、「60μm」から「30μm」に限定するものである。また、本件補正前の請求項1に記載された発明と本件補正後の請求項1に記載される発明の産業上の技術分野(【0001】)及び解決しようとする課題(【0006】及び【0007】)が同一である。
したがって、本件補正のうち請求項1についてした補正は、特許法第17条の2第3項の規定する要件を満たしているとともに、同条第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本件補正後発明」という。)が、特許法第17条の2第6項において準用する同法126条第7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について、以下、検討する。

(1)本件補正後発明
本件補正後発明は、上記「1」「(2)本件補正後の特許請求の範囲」に記載したとおりのものである。

(2)引用文献1及び引用発明
ア 引用文献1の記載事項
原査定の拒絶の理由で引用文献1として引用され、先の出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物である特開2012-42929号公報(以下、同じく「引用文献1」という。)には、以下の事項が記載されている。なお、下線は当合議体が付与したものである。

(ア)「【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリビニルアルコール系樹脂水溶液を第1熱ロール(R1)に流延する工程[I]、第1熱ロール(R1)から剥離する工程[II]、複数個の熱ロール(Rn)に、フィルムの表裏面を交互に通過させる工程[III]を含むポリビニルアルコール系フィルムの製造方法において、熱ロール(Rn)の幅方向に対して、両端部よりそれぞれ20%以内のいずれかの部分におけるロール径(β)が中央部のロール径(α)より大きくしてなる熱ロールを用いることを特徴とするポリビニルアルコール系フィルムの製造方法。
・・・省略・・・
【請求項8】
偏光フィルムの原反フィルムとして用いられることを特徴とする請求項5?7いずれか記載のポリビニルアルコール系フィルム。」

(イ)「【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリビニルアルコール系フィルムの製造方法、とりわけ偏光フィルム用のポリビニルアルコール系フィルムの製造方法に関し、更に詳しくは、高透過性、高偏光性を有し、更に偏光性能の面内均一性に優れた偏光フィルムを製造するためのポリビニルアルコール系フィルムの製造方法、及び、それにより得られるポリビニルアルコール系フィルム、並びに偏光フィルム、偏光板に関するものである。
・・・省略・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、近年の液晶ディスプレイの高輝度化、高精細化に伴う更なる偏光フィルムの高透過率化に対応すべく、偏光フィルムの面内均一性の要求はますます高くなっており、上記特許文献1及び2の開示技術をもってしてもまだまだ満足のいくものではなく、更なる改良が求められるものであった。
【0007】
そこで、本発明ではこのような背景下において、高透過性、高偏光性を有し、更に偏光性能の面内均一性に優れた偏光フィルムを得ることができるポリビニルアルコール系フィルムの製造方法を提供すること、更には、かかる製造方法より得られるポリビニルアルコール系フィルム、かかるポリビニルアルコール系フィルムからなる偏光フィルム、並びに偏光板を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
しかるに、本発明者等が上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、ポリビニルアルコール系フィルムの流延製膜方法において、乾燥工程における熱ロールに着目したところ、熱ロールの幅方向に対して、中央部のロール径より端部側のロール径を大きくすることにより、フィルムの乾燥時に幅(TD)方向に張力を付与することができる。フィルムは搬送に際し、機械(MD)方向にもある程度の張力をかける必要があることから、フィルムのMD、TD両方向への張力付与が可能となる。その結果、偏光フィルムの製造に際して MD方向、TD方向に均一な膨潤が可能となり、高透過性、高偏光性を有し、更に偏光性能の面内均一性に優れた偏光フィルムを得ることができるポリビニルアルコール系フィルムが得られることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
即ち、本発明の要旨は、ポリビニルアルコール系樹脂水溶液を第1熱ロール(R1)に流延する工程[I]、第1熱ロール(R1)から剥離する工程[II]、複数個の熱ロール(Rn)に、フィルムの表裏面を交互に通過させる工程[III]を含むポリビニルアルコール系フィルムの製造方法において、熱ロール(Rn)の幅方向に対して、両端部よりそれぞれ20%以内のいずれかの部分におけるロール径(β)が中央部のロール径(α)より大きくしてなる熱ロールを用いることを特徴とするポリビニルアルコール系フィルムの製造方法に関するものである。
【0010】
また、本発明は、前記ポリビニルアルコール系フィルムの製造方法により得られるポリビニルアルコール系フィルム、更に、前記ポリビニルアルコール系フィルムからなる偏光フィルム、偏光フィルムの少なくとも片面に保護膜を設けてなる偏光板も提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の製造方法により得られるポリビニルアルコール系フィルムは、高透過性、高偏光性を有し、更に偏光性能の面内均一性に優れた偏光フィルムを得ることができるといった効果を有するものである。そして、かかるポリビニルアルコール系フィルムは、偏光サングラスや液晶テレビなどの液晶表示装置などに用いられる偏光フィルムの原反フィルムや1/2波長板や1/4波長板に用いられる原反フィルム、液晶表示装置に用いられる位相差フィルムの原反フィルムとして非常に有用である。」

(ウ)「【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明を詳細に説明する。
本発明は、ポリビニルアルコール系樹脂水溶液を第1熱ロールに流延する工程[I]、第1熱ロール(R1)から剥離する工程[II]、複数個の熱ロール(Rn)に、フィルムの表裏面を交互に通過させる工程[III]を含むことにより、ポリビニルアルコール系フィルムを製造する。
【0014】
ポリビニルアルコール系樹脂としては、通常、未変性のポリビニルアルコール系樹脂、即ち、酢酸ビニルを重合して得られるポリ酢酸ビニルをケン化して製造される樹脂が用いられるが、必要に応じて、酢酸ビニルと、少量(例えば、10モル%以下、好ましくは5モル%以下)の酢酸ビニルと共重合可能な成分との共重合体をケン化して得られる樹脂を用いることもできる。酢酸ビニルと共重合可能な成分としては、例えば、不飽和カルボン酸(塩、エステル、アミド、ニトリル等を含む)、炭素数2?30のオレフィン類(エチレン、プロピレン、n-ブテン、イソブテン等)、ビニルエーテル類、不飽和スルホン酸塩等が挙げられる。
【0015】
また、ポリビニルアルコール系樹脂として、側鎖に1,2-グリコール結合を有するポリビニルアルコール系樹脂を用いることもできる。かかる側鎖に1,2-グリコール結合を有するポリビニルアルコール系樹脂は、例えば、(ア)酢酸ビニルと3,4-ジアセトキシ-1-ブテンとの共重合体をケン化する方法、(イ)酢酸ビニルとビニルエチレンカーボネートとの共重合体をケン化及び脱炭酸する方法、(ウ)酢酸ビニルと2,2-ジアルキル-4-ビニル-1,3-ジオキソランとの共重合体をケン化及び脱ケタール化する方法、(エ)酢酸ビニルとグリセリンモノアリルエーテルとの共重合体をケン化する方法、等により得られる。
【0016】
本発明で用いるポリビニルアルコール系樹脂の平均ケン化度は、通常90モル%以上であることが好ましく、特に好ましくは95モル%以上、更に好ましくは98モル%以上、殊に好ましくは99モル%以上、更に好ましくは99.5モル%以上である。平均ケン化度が小さすぎるとポリビニルアルコール系樹脂を偏光フィルムとする場合に充分な光学性能が得られない傾向がある。
ここで、本発明におけるケン化度は、残存酢酸ビニルの加水分解に要するアルカリ消費量で分析することにより得られる。
【0017】
更に、かかるポリビニルアルコール系樹脂の粘度は、20℃にける4重量%水溶液粘度として、通常8?500mPa・sであることが好ましく、特には20?400mPa・s、更には40?400mPa・sが好ましい。4重量%水溶液粘度が小さすぎると偏光フィルム作成時の延伸性が不足する傾向にあり、大きすぎるとフィルムの平面平滑性や透明性が低下する傾向にある。
【0018】
本発明に用いるポリビニルアルコール系樹脂として、上記ポリビニルアルコール系樹脂において、変性種、平均ケン化度、粘度などの異なる2種以上のものを併用してもよい。
【0019】
本発明においては、上記ポリビニルアルコール系樹脂水溶液を用いて、ポリビニルアルコール系フィルムを製造するわけであるが、フィルム製造に当たっては、例えば、ポリビニルアルコール系樹脂水溶液中に可塑剤や界面活性剤などの公知の配合剤を配合し、製造することが好ましい。
【0020】
可塑剤は、一般的に、偏光フィルムを製造する際の延伸性に効果的に寄与するものであり、例えば、グリセリン、ジグリセリン、トリグリセリン等のグリセリン類、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール等のアルキレングリコール類またはポリアルキレングリコール類や、トリメチロールプロパンなどが挙げられる。これらの可塑剤は単独または二種以上組み合わせて使用することができる。中でも特に好ましいものとしてはグリセリン単独、もしくはグリセリンとジグリセリンまたは、グリセリンとトリメチロールプロパンの組み合わせ等が挙げられる。グリセリンとジグリセリンを併用する場合は、通常グリセリン/ジグリセリン(重量比)=20/80?80/20であり、グリセリンとトリメチロールプロパンを併用する場合は、通常グリセリン/トリメチロールプロパン(重量比)=20/80?80/20であることが好ましい。
【0021】
かかる可塑剤の含有量としては、ポリビニルアルコール系樹脂100重量部に対して1?35重量部であることが好ましく、特には3?30重量部、更には7?25重量部であることが好ましい。可塑剤の含有量が少なすぎると偏光フィルムの作成時に延伸性が低下する傾向があり、多すぎると得られるポリビニルアルコール系フィルムの経時安定性が低下する傾向がある。
・・・省略・・・
【0029】
以下、本発明のポリビニルアルコール系フィルムの製造方法について具体的に説明する。
【0030】
本発明においては、ポリビニルアルコール系樹脂の水溶液を調製し、かかる水溶液を第1熱ロール(R1)に流延して製膜、乾燥、熱処理することにより、ポリビニルアルコール系フィルムを製造する。
【0031】
本発明の製造方法において、まず、ポリビニルアルコール系樹脂粉末は、通常樹脂に含有されている酢酸ナトリウムを除去するため、洗浄される。洗浄に当たっては、メタノールあるいは水で洗浄されるが、メタノールで洗浄する方法では溶剤回収などが必要になるため、水で洗浄する方法がより好ましい。
【0032】
次に、洗浄後の含水ポリビニルアルコール系樹脂ウェットケーキを溶解し、ポリビニルアルコール系樹脂水溶液を調製するが、かかる含水ポリビニルアルコール系樹脂ウェットケーキをそのまま水に溶解すると所望する高濃度の水溶液が得られないため、一旦脱水を行うことが好ましい。脱水方法は特に限定されないが、遠心力を利用した方法が一般的である。
【0033】
前記洗浄及び脱水により、含水率50重量%以下、好ましくは30?45重量%の含水ポリビニルアルコール系樹脂ウェットケーキとすることが好ましい。含水率が多すぎると、所望する水溶液濃度にすることが難しくなる傾向がある。
【0034】
次いで、ポリビニルアルコール系フィルムの製膜に用いられるポリビニルアルコール系樹脂の水溶液は、溶解槽に、水、前述した脱水後の含水ポリビニルアルコール系樹脂ウェットケーキ、可塑剤、界面活性剤などを仕込み、加温し、撹拌して溶解させることにより調製される。本発明の製造方法においては、特に、上下循環流発生型撹拌翼を備えた溶解槽中で水蒸気を吹き込んで含水ポリビニルアルコール系樹脂ウェットケーキを溶解させることが、溶解性の点より好ましい。
【0035】
上下循環流発生型撹拌翼を備えた溶解槽中で水蒸気を吹き込んで含水ポリビニルアルコール系樹脂ウェットケーキを溶解させる際には、水蒸気を吹き込み、樹脂温度が40?80℃、好ましくは45?70℃となった時点で、撹拌を開始することが均一溶解できる点で好ましい。樹脂温度が低すぎるとモーターの負荷が大きくなる傾向があり、高すぎるとポリビニルアルコール系樹脂の固まりができて均一な溶解ができなくなる傾向がある。さらに、水蒸気を吹き込み、樹脂温度が通常90?100℃、好ましくは95?100℃となった時点で、缶内を加圧することも均一溶解ができる点で好ましい。樹脂温度が低すぎると未溶解物ができる傾向がある。そして、樹脂温度が130?150℃となったところで水蒸気の吹き込みを終了し、0.5?3時間撹拌を続け、溶解が行なわれる。溶解後は、所望する濃度となるように濃度調整が行なわれる。
【0036】
かくして得られるポリビニルアルコール系樹脂水溶液の濃度は、通常10?50重量%であることが好ましく、さらに好ましくは15?40重量%、特に好ましくは20?30重量%である。濃度が低すぎると乾燥負荷が大きくなり生産能力が低下する傾向があり、高すぎると粘度が高くなりすぎて均一な溶解ができにくくなる傾向がある。
【0037】
次に、得られたポリビニルアルコール系樹脂水溶液は、脱泡処理される。脱泡方法としては、静置脱泡や多軸押出機による脱泡等が挙げられるが、本発明の製造方法においては、生産性の点より、多軸押出機を用いて脱泡する方法が好ましい。
【0038】
脱泡処理が行なわれたのち、多軸押出機から排出されたポリビニルアルコール系樹脂水溶液は、一定量ずつT型スリットダイに導入され、第1熱ロール(R1)に流延されて、製膜、乾燥、熱処理される。
【0039】
T型スリットダイとしては、通常、細長の矩形を有したT型スリットダイが用いられる。T型スリットダイ出口の樹脂温度は通常、80?100℃であることが好ましく、より好ましくは85?98℃である。T型スリットダイ出口の樹脂温度が低すぎると流動不良となる傾向があり、高すぎると発泡する傾向がある。
【0040】
流延に際しては、第1熱ロール(R1)に流延されるが、第1熱ロール(R1)としては、例えばドラム型ロールまたはエンドレスベルトが挙げられ、特に幅広化や長尺化、膜厚の均一性などの点からドラム型ロールで行うことが好ましい。
【0041】
ドラム型ロールで流延製膜するにあたり、例えば、ドラムの回転速度は5?30m/分であることが好ましく、特に好ましくは6?20m/分である。ドラム型ロールの表面温度は70?99℃であることが好ましく、より好ましくは75?97℃である。ドラム型ロールの表面温度が低すぎると乾燥不良となる傾向があり、高すぎると発泡する傾向がある。
【0042】
第1熱ロール上で流延され、乾燥され、フィルム水分率が10?25%、好ましくは12?20%の状態で剥離される。かかる水分率が低すぎると剥離時の張力が高くフィルムが伸びやすくなる傾向があり、高すぎると剥離時に幅方向にムラになり易い傾向がある。
【0043】
第1熱ロールから剥離されたフィルムは、複数個の熱ロール(Rn)に、フィルムの表面と裏面とが交互に通過されるように送られ、乾燥される。
【0044】
本発明においては、かかる熱ロール(Rn)の幅方向に対して、両端部よりそれぞれ20%以内のいずれかの部分におけるロール径(β)が中央部のロール径(α)より大きくしてなる熱ロールを用いることが重要であり、かかる熱ロール(Rn)を用いることにより、フィルムの幅(TD)方向への張力の付与が可能となり、光学異方性のより少ないポリビニルアルコール系フィルムを得ることができるものである。
【0045】
かかる熱ロール(Rn)が、両端部よりそれぞれ20%以内のいずれかの部分におけるロール径(β)と中央部のロール径(α)との関係が下式(1)を満たす熱ロールであることがフィルムの幅(TD)方向への張力の付与の点で好ましい。特に好ましくは下式(2)であり、更に好ましくは下式(3)である。ロール径(β)とロール径(α)との関係がかかる範囲より小さすぎるとフィルムの幅(TD)方向への張力の付与が不十分となる傾向があり、大きすぎるとフィルム通過時に蛇行が発生しやすくなる傾向がある。
【0046】
0.001≦(β-α)/α≦0.1 (1)
0.005≦(β-α)/α≦0.07 (2)
0.010≦(β-α)/α≦0.05 (3)
【0047】
更に、本発明においては、熱ロール(Rn)が、熱ロール(Rn)の幅方向に対して、中央部から両端部に向かって漸次大きくなるように形成された熱ロールであることがフィルム搬送の点で好ましい。ここで、「漸次大きくなるように」とは、中央部から端部に向かって、直線的に大きくなることや、曲線的に大きくなること、それらの組み合わせなどを含むものである。
【0048】
また、熱ロール(Rn)の幅方向に対して、中央部の頂部における水平線と、中央部の頂部と端部の頂部とを結ぶ直線とのなす角度(θ)が0.01?3.00度であることがフィルムの幅(TD)方向への張力の付与の点で好ましく、特には0.02?2.00度、更には0.03?1.00度であることが好ましい。かかる角度(θ)が小さすぎるとフィルムの幅(TD)方向への張力の付与が不十分となる傾向があり、大きすぎるとフィルム通過時に蛇行が発生しやすくなる傾向がある。
【0049】
本発明において、熱ロール(Rn)の表面温度は、通常40?100℃であることが好ましく、特には60?100℃、更には65?95℃であることが好ましい。かかる表面温度が低すぎると乾燥不良となる傾向があり、高すぎると乾燥ムラが生じる傾向がある。
【0050】
また本発明においては、上記乾燥の後、好ましくは熱処理が行われる。
熱処理については、70?140℃というように熱処理としては比較的低温度で行うことが好ましく、特には70?130℃で行うことが好ましい。熱処理温度が上記範囲より低すぎると耐水性が不足したり、熱処理斑が多くなり、光学斑の原因となる傾向があり、高すぎると偏光フィルム製造時の延伸性が低下する傾向がある。また、熱処理方法としては、例えば、(1)表面をハードクロムメッキ処理又は鏡面処理した、直径0.2?2mのロール(1?30本)通過させる方法、(2)フローティング型ドライヤー(長さ:2?30m)にて行う方法等が挙げられる。
【0051】
また、本発明においては、ポリビニルアルコール系樹脂水溶液を流延製膜し、乾燥、熱処理を経てフィルムが巻き取られるわけであるが、この際のドロー比については、好ましく0.9?1.1、特に好ましくは0.95?1.07、更に好ましくは0.98?1.05であり、かかるドロー比が低すぎるとフィルム搬送時にフィルムが弛み皺が入り易くなる傾向があり、高すぎるとリターデーションが高くなる傾向がある。
【0052】
ここでドロー比とは、フィルムの巻き取り速度/第1熱ロールの回転速度で求められる比をいう。なお、ドロー比としては、従来からも0.9?1.1の範囲で行われているが、本発明においては、フィルム幅方向の膨潤ムラ抑制の点から、従来よりも低く設定して行われることが好ましい。
【0053】
かくして上記の製造方法によりポリビニルアルコール系フィルムが得られるが、本発明においては、以下の物性を満足するポリビニルアルコール系フィルムであることが好ましい。
・・・省略・・・
【0062】
また、本発明の製造方法により得られるポリビニルアルコール系フィルムにおいては、30℃での重量膨潤度(W)が190?230%であることが染料の染色性の点で好ましく、特には195?225%、更には195?220%であることが好ましい。かかる重量膨潤度(W)が小さすぎると偏光フィルム作製時における延伸性が低下する傾向があり、大きすぎると延伸性は良くなるが、偏光フィルムの偏光性能が低下する傾向がある。
【0063】
上記の重量膨潤度(W)を上記の範囲にコントロールするには、例えば、ポリビニルアルコール系樹脂を含むフィルム形成材料をドラム型ロールまたはエンドレスベルト、好ましくはドラム型ロールに流延した後、複数の回転加熱ロールにより表裏を交互に乾燥処理して、水分率が5?30重量%のポリビニルアルコール系フィルムを連続的に製膜した後、次いで、フローティングドライヤー又は回転加熱ロールの温度を70?140℃の範囲で熱処理することにより調整される。フィルム中の水分率が高すぎるとポリビニルアルコール系樹脂の結晶化速度が遅くなるため、熱処理効果が得難く、水分率が低すぎて熱処理を行うと、140℃以上の熱処理が必要となるため、フィルムの重量膨潤度が低くなり過ぎたり、黄変し易くなるなど、品質が低下する傾向にある。
【0064】
但し、これらの方法に限られることなく、同一の熱処理条件であれば、可塑剤の種類や添加量によっても調整することが可能であり、一般的に、可塑剤の添加量を多くすればポリビニルアルコール系樹脂の結晶性が低下するため、重量膨潤度は低くなる傾向がある。さらに、可塑剤の添加量が同じであっても、可塑剤の種類によりポリビニルアルコール系樹脂の結晶化度を調整することが可能であり、ポリビニルアルコール系樹脂と相溶性の良い可塑剤は、結晶性を低下させる効果が高いため、添加量を少なくすることにより重量膨潤度の調整が可能となり、逆に、相溶性の悪い可塑剤は、結晶化度を低下させる効果が低いため、可塑剤の添加量を多くすることで、重量膨潤度が調整できる。また、同じ熱処理温度であっても、ポリビニルアルコール系樹脂のケン化度や重合度によっても重量膨潤度は調整することができる。
さらに、フィルム製膜時の乾燥条件、例えば、高温乾燥や低温乾燥、高湿乾燥などフィルム中の水分を乾燥させる条件によっても、重量膨潤度は調整するこことができる。中でも、生産性の点において、フィルム製膜時の水分率が5?30重量%となった後に、熱処理することにより重量膨潤度を調整することが好ましく、可塑剤として主にグリセリンを用い、熱処理温度を70?140℃の範囲で重量膨潤度を調整することがさらに好ましい。」

(エ)「【0087】
<実施例1>
200Lのタンクに、ポリビニルアルコール系樹脂として、4%水溶液粘度64mPa・s、平均ケン化度99.8モル%のポリビニルアルコール系樹脂42kg、水100kg、可塑剤としてグリセリン4.2kg、界面活性剤としてドデシルスルホン酸ナトリウム21g、ポリオキシエチレンドデシルアミン8gを入れ、撹拌しながら加圧加熱にて150℃まで昇温して、均一に溶解した後、濃度調整により濃度26%のポリビニルアルコール系樹脂水溶液を得た。
【0088】
次に、ポリビニルアルコール系樹脂水溶液(液温147℃)を、2軸押出機に供給し、脱泡した。脱泡された水溶液を、T型スリットダイ(ストレートマニホールドダイ)よりドラム型ロール(第1熱ロール(R1))に流延して製膜した。
【0089】
上記流延製膜の条件は下記の通りである。
ドラム型ロール(熱ロール(R1))
直径:3200mm、幅:4.3m、回転速度:10m/分、表面温度:90℃、T型スリットダイ出口の樹脂温度:90℃
なお、ドラム型ロールから剥離する際のフィルム水分率を測定したところ18%であった。
【0090】
得られた膜の表面と裏面とを下記の条件にて乾燥ロール(熱ロール(Rn))に交互に通過させながら乾燥を行った。
・乾燥ロールの形状
幅方向の中央部から両端部に向かって直線的にロール径が大きくなるように形成されたロール(図1参照。)。
幅方向に対して中央部のロール径(α):350mm
幅方向に対して両端部のロール径(β):369mm
幅方向に対して、中央部の頂部における水平線と、中央部の頂部と端部の頂部とを結ぶ直線とのなす角度(θ):0.5度
・乾燥ロールの条件
幅:4.3m、回転速度:10m/分、表面温度:80℃、本数:18本
なお、乾燥後フィルムをサンプリングし、フィルム水分率を測定したところ11%であった。
【0091】
乾燥後、連続して、この膜を両面から温風を吹き付けるフローティング型ドライヤー(長さ18.5m)により、120℃で熱処理を行い、幅4m、フィルム厚さ50μm、長さ4000mの光学用ポリビニルアルコール系フィルムを得た。
得られたポリビニルアルコール系フィルムの各物性を表1に示す。
【0092】
更に、得られたポリビニルアルコール系フィルムについて、以下の通りポリビニルアルコール系フィルムの光学ムラを評価した。
【0093】
(ポリビニルアルコール系フィルムの光学ムラ)
得られたポリビニルアルコール系フィルムをクロスニコル状態の2枚の偏光板(単体透過率43.5%、偏光度99.9%)の間に45°の角度で挟んだ後、輝度15000カンデラの面照明を用いて、透過モードでムラを観察し、以下の基準でポリビニルアルコール系フィルムの光学ムラを評価した。
○・・・何も見えず均一である。
×・・・不連続な濃淡あるいはスジ状の濃淡が確認できる。
【0094】
次に、上記で得られた光学用ポリビニルアルコール系フィルムを用いて、以下の要領で偏光フィルムを得て、以下の評価を行った。評価結果を表1に示す。
【0095】
得られた光学用ポリビニルアルコール系フィルムを、水温30℃の水槽に浸漬しつつ、1.5倍に延伸した。次に、ヨウ素0.2g/L、ヨウ化カリウム15g/Lよりなる染色槽(30℃)にて240秒浸漬しつつ1.3倍に延伸し、さらにホウ酸50g/L、ヨウ化カリウム30g/Lの組成のホウ酸処理槽(50℃)に浸漬するとともに、同時に3.08倍に一軸延伸しつつ5分間にわたってホウ酸処理を行った。その後、乾燥して総延伸倍率6倍の偏光フィルムを得た。
【0096】
(染色ムラの評価)
上記で得られた偏光フィルムの両面にポリビニルアルコール系水溶液を接着剤として用いて、膜厚80μmのトリアセチルセルロースフィルムを貼合し、50℃で乾燥して偏光板を得た。この偏光板について、幅方向より20cm×20cmのサンプルを切り出し、直交透過率を幅(TD)方向に2mmピッチで測定し、最大値と最小値との差を求め、染色ムラを評価した。
なお、直交透過率は、大塚電子(株)製のリターデーション測定装置 「RETS-1100A」を用いて測定した。
【0097】
<実施例2?4、比較例1及び2>
実施例1において、フィルム製膜の条件を表1に示す通りに変更した以外は同様に行い、ポリビニルアルコール系フィルムを得、更に、実施例1と同様に偏光フィルムを得た。
得られたポリビニルアルコール系フィルム、及び、偏光フィルムについて、実施例1と同様の評価を行った。評価結果を表1に示す。
【0098】
【表1】

【0099】
上記実施例及び比較例の結果から、実施例品については、特定形状の乾燥ロール(熱ロール(Rn))を用いているため、ポリビニルアルコール系フィルムの光学ムラがなく、偏光フィルムの作製においても染色ムラの生じないポリビニルアルコール系フィルムとなっていることがわかる。これに対して、比較例品においては、染色ムラ抑制を満足するフィルムが得られないものであった。更に、比較例2においては、クラウンロールを使用しているため、部分的に密着痕が生じ、光学ムラが発生するものであった。
【産業上の利用可能性】
【0100】
本発明の製造方法により得られるポリビニルアルコール系フィルムは、高透過性、高偏光性を有し、更に偏光性能の面内均一性に優れた偏光フィルムを得ることができるものであり、電子卓上計算機、電子時計、ワープロ、パソコン、テレビ、携帯情報端末機、自動車や機械類の計器類などの液晶表示装置、サングラス、防目メガネ、立体メガネ、表示素子(CRT、LCDなど)用反射低減層、医療機器、建築材料、玩具などに用いられる偏光フィルムの原反フィルムや1/2波長板や1/4波長板に用いられる原反フィルム、液晶表示装置に用いられる位相差フィルムの原反フィルムとして非常に有用である。」

イ 引用文献1の【0087】?【0091】には、実施例1として製造されたポリビニルアルコール系フィルムとして、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「 4%水溶液粘度64mPa・s、平均ケン化度99.8モル%のポリビニルアルコール系樹脂42kg、水100kg、可塑剤としてグリセリン4.2kg、界面活性剤としてドデシルスルホン酸ナトリウム21g、ポリオキシエチレンドデシルアミン8gを均一に溶解した後、濃度調整により濃度26%のポリビニルアルコール系樹脂水溶液を得、
次に、ポリビニルアルコール系樹脂水溶液を脱泡し、脱泡された水溶液をT型スリットダイよりドラム型ロールに流延して製膜し、
得られた膜の表面と裏面とを回転速度:10m/分、表面温度:80℃、本数:18本の条件にて乾燥ロールに交互に通過させながら乾燥を行い、
乾燥後、連続して、この膜を両面から温風を吹き付けるフローティング型ドライヤーにより、120℃で熱処理を行って得た、フィルム厚さ50μmのポリビニルアルコール系フィルム。」

(3)対比
本件補正後発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「ポリビニルアルコール系フィルム」は、その文言どおり、本件補正後発明の「ポリビニルアルコール系フィルム」に相当する。

(4)一致点及び相違点
ア 一致点
以上の対比結果を踏まえると、本件補正後発明と引用発明は、以下の点で一致する。
「 ポリビニルアルコール系フィルム。」

イ 相違点
本件補正後発明と引用発明は、以下の点で相違するか、一応相違する。

(相違点1)
「ポリビニルアルコール系フィルム」の「厚さ」が、本件補正後発明は、「5?30μm」であるのに対して、引用発明は、「50μm」である点。

(相違点2)
「ポリビニルアルコール系フィルム」が、本件補正後発明は、「25℃の水中で走査型プローブ顕微鏡を用いてナノインデンテーション試験を行なった際のフィルム表面のヤング率が15?40MPaである」のに対して、引用発明は、そのように特定されていない点。

(5)判断
上記相違点について検討する。
ア 相違点1について
引用発明の「ポリビニルアルコール系フィルム」は、偏光フィルムの原反フィルムとして用いられる(引用文献1の請求項8、【0011】、【0100】等参照。)ところ、偏光フィルムの原反フィルムとして用いられるポリビニルアルコール系フィルムの厚さとして、5?30μmの範囲内とすることは、周知技術(特開平6-347641号公報の【0022】?【0023】、特開2014-109740号公報の【0021】、【0122】参照。)である。
そうしてみると、引用発明の厚さを5?30μmの範囲内とすることは、フィルムの薄型化を検討する当業者にとって適宜選択可能な設計変更にすぎない。
したがって、引用発明において上記相違点1に係る本件補正後発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

イ 相違点2について
引用発明は、「ポリビニルアルコール系樹脂42kg」、「可塑剤としてグリセリン4.2kg」であり、「得られた膜の表面と裏面とを」「表面温度:80℃」「にて乾燥ロールに交互に通過させながら乾燥を行い」、「乾燥後」「この膜を両面から温風を吹き付けるフローティング型ドライヤーにより、120℃で熱処理を行っ」て得たものである。引用発明の上記製造方法から、引用発明は、ポリビニルアルコール系樹脂に対してグリセリンは10重量%(当合議体注:4.2/42重量%)であり、乾燥ロールの表面温度は80℃であり、温風の温度は120℃の各条件にて製造されたものである。
ここで、引用文献1の【0020】、【0021】及び【0050】には、それぞれ、「可塑剤は、一般的に、偏光フィルムを製造する際の延伸性に効果的に寄与するものであり、例えば、グリセリン・・・が挙げられる。」、「可塑剤の含有量としては、ポリビニルアルコール系樹脂100重量部に対して1?35重量部であることが好ましく、特には3?30重量部、更には7?25重量部であることが好ましい。」及び「熱処理については、70?140℃というように熱処理としては比較的低温で行うことが好ましく、特には70?130℃で行うことが好ましい。熱処理温度が・・・高すぎると偏光フィルム製造時の延伸性が低下する傾向がある。また、熱処理方法としては、例えば、(1)表面をハードクロムメッキ処理又は鏡面処理した、直径0.2?2mのロール(1?30本)通過させる方法、(2)フローティング型ドライヤー(長さ:2?30m)にて行う方法等が挙げられる。」と記載されている。
一方で、本件出願の明細書の実施例1?3(【0077】?【0087】)において、グリセリンの配合量(割合)は、ポリビニルアルコール系樹脂に対して6?10重量%、金属加熱ロールの表面温度は、80?120℃、熱風の温度は、100?140℃である。また、本件出願の明細書の発明を実施するための形態において、【0020】、【0047】、【0021】には、それぞれ、「グリセリンの配合量(割合)は、ポリビニルアルコール系樹脂に対して5?15重量%、好ましくは6?12重量%である。」、「金属加熱ロールの表面温度は、通常40?150℃、好ましくは50?130℃、特に好ましくは60?110℃である。」、「熱処理温度としては、80?150℃が好ましく、特に好ましくは80?140℃、更に好ましくは90?140℃である。」と記載されている。
ここで、「25℃の水中で走査型プローブ顕微鏡を用いてナノインデンテーション試験を行なった際のフィルム表面のヤング率」を制御する手法に関して、本件出願の【0019】には、「制御範囲の点で、ポリビニルアルコール系樹脂水溶液の添加剤の成分や配合量を調節する手法(好ましくはグリセリンの配合量を調節する手法)と、ポリビニルアルコール系フィルムの熱処理条件を調節する手法が好ましく、より好ましくは、フィルム表面のヤング率の正確な制御の点から熱処理温度を調節する手法である。」と記載されている。
そうしてみると、引用発明のポリビニルアルコール系樹脂に対するグリセリンの重量%、乾燥ロールの表面温度、温風の温度は、いずれも本件出願の明細書における実施例の範囲内にあるか、少なくとも発明を実施するための形態において記載された、ポリビニルアルコール系樹脂に対するグリセリンの重量%、金属加熱ロールの表面温度、熱処理温度の好ましい範囲内にあることから、引用発明の「ポリビニルアルコール系フィルム」(厚さを5?30μmとしたもの)は、上記相違点2に係る本件補正後発明のヤング率の範囲内にある蓋然性が高い。
仮に、引用発明の「ポリビニルアルコール系フィルム」が上記相違点2の範囲内にないとして以下に検討する。
引用文献1の【0020】、【0021】及び【0050】の上記記載に接した当業者であれば、引用発明において、ポリビニルアルコール系樹脂に対するグリセリンの重量%、乾燥ロールの表面温度、温風の温度を上記記載の範囲内で設計変更し得るものである。
一方で、本件明細書におけるポリビニルアルコール系樹脂に対するグリセリンの重量%、金属加熱ロールの表面温度、熱処理温度の好ましい範囲は、上述したとおりであるから、引用文献1に記載されたポリビニルアルコール系樹脂に対するグリセリンの重量%、乾燥ロールの表面温度、温風の温度の範囲は、いずれも本件明細書におけるポリビニルアルコール系樹脂に対するグリセリンの重量%、金属加熱ロールの表面温度、熱処理温度の好ましい範囲内にある。そうしてみると、引用発明のポリビニルアルコール系樹脂に対するグリセリンの重量%、金属加熱ロールの表面温度、熱処理温度を、引用文献1の上述の範囲内において設計変更したポリビニルアルコール系フィルムの多くは、上記相違点2に係る本件補正後発明のヤング率の範囲内にあるといえる。

したがって、上記相違点2は実質的な差異ではないか、引用発明及び引用文献1に記載された事項に基づいて上記相違点2に係る本件補正後発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

(6)審判請求人の主張について
ア 審判請求人は、令和2年6月17日提出の意見書において、「引用文献1?5における熱ロール(乾燥ロール)温度はいずれも100℃以下であるのに対して、本願発明の熱ロール温度は80?120℃であり、120℃という高温の熱ロールを使用しています。このように、引用文献1?5では高温の熱ロールを使用していないため、本願発明の引用文献との製法は同一ではなく、審査官殿の「その製造条件(添加剤や乾燥条件等)からして、本願請求項1で特定されている範囲内である蓋然性が高い。」とするご指摘は証拠が不足しており妥当ではないと思料いたします。」と主張している(以下「主張1」という。)。
また、審判請求人は、令和2年9月11日提出の審判請求書において、「審査官殿の「引用文献1実施例1のものでは本願実施例と同様、120℃の熱風により乾燥を行っていること等から、依然として、本願請求項1に特定しているヤング率が15?40MPaの範囲内である蓋然性が高い。」とするご指摘は証拠が不足しており妥当ではないものと思料いたします。」と主張している(以下「主張2」という。)。
しかしながら、引用文献1において、「比較的低温で行うことが好ましく」とされつつも開示された熱処理温度の上限値は140℃である。
したがって、審判請求人の上記主張1及び2は、採用することができない。

イ 審判請求人は、令和2年9月11日提出の審判請求書において、「フィルムの厚さが5?30μmであるからこそ、本願発明の課題解決がより難しいところ、表面のヤング率を特定の範囲とすることで、本願発明の課題をはじめて解決できることが分かります」と主張している(以下「主張3」という。)。
しかしながら、本件出願の明細書の記載からは、「30μm」という厚さは薄型化の観点からのものと理解するのが自然である。また、請求人の主張は、実施例において裏付けられたものであるといえない。
したがって、審判請求人の上記主張3は、採用することができない。

(7)小括
したがって、本件補正後発明は、引用文献1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。

3 補正却下の決定のむすび
以上のとおりであるから、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項に規定に違反するので、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、前記「第2 令和2年9月11日にされた手続補正についての補正の却下の決定」[結論]のとおり決定する。


第3 本願発明について
1 本願発明
以上のとおり、本件補正は却下されたので、本件出願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、前記第2[理由]1(1)に記載のとおりのものである。

2 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、概略、本件出願の請求項1に係る発明は、先の出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物である引用文献1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない、また、本件出願の請求項1に係る発明は、先の出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物である引用文献1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、という理由を含むものである。

引用文献1:特開2012-42929号公報

3 引用文献及び引用発明
引用文献1の記載及び引用発明は、前記第2[理由]2(2)ア及びイに記載したとおりである。

4 対比及び判断
本願発明は、前記第2[理由]2で検討した本件補正後発明から、前記第2[理由]1の補正事項に係る「ポリビニルアルコール系フィルム」の「膜厚」の数値範囲を拡張したものである。
そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含み、さらに限定した本件補正後発明も、前記第2[理由]2に記載したとおり、引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、実質的な相違点である「ポリビニルアルコール系フィルム」の「膜厚」の数値範囲を拡張した本願発明は、引用発明と同一であるか、又は、引用文献1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。


第4 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第1項3号に該当し、特許を受けることができないか、又は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本件出願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2021-03-29 
結審通知日 2021-03-30 
審決日 2021-04-15 
出願番号 特願2016-542788(P2016-542788)
審決分類 P 1 8・ 113- Z (G02B)
P 1 8・ 121- Z (G02B)
P 1 8・ 575- Z (G02B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 吉川 陽吾  
特許庁審判長 樋口 信宏
特許庁審判官 井口 猶二
関根 洋之
発明の名称 ポリビニルアルコール系フィルム、及び偏光膜  
代理人 井▲崎▼ 愛佳  
代理人 寺尾 茂泰  
代理人 西藤 優子  
代理人 西藤 征彦  

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