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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B29C
審判 全部申し立て 特174条1項  B29C
管理番号 1374883
異議申立番号 異議2020-700555  
総通号数 259 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-07-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-08-05 
確定日 2021-03-29 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6641127号発明「水溶性フィルムの製造方法」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6641127号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項[1-6]について訂正することを認める。 特許第6641127号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6641127号(以下,「本件特許」という。)の請求項1ないし6に係る特許についての出願は,平成27年9月1日(優先権主張日 平成26年9月4日)を出願日とする特許出願であって,令和2年1月7日にその特許権の設定登録がされ(請求項の数6),同年2月5日に特許掲載公報が発行された。
その後,その特許に対し,令和2年8月5日に特許異議申立人 モノソル リミテッド ライアビリティ カンパニー(以下,「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:請求項1ないし6)がされ,同年10月12日付けで取消理由が通知され,特許権者は,取消理由通知の指定期間内である同年12月21日に意見書の提出及び訂正の請求(以下,「本件訂正請求」という。)をし,同年12月25日付けで訂正請求があった旨の通知(特許法第120条の5第5項)がされ,令和3年2月16日に特許異議申立人から意見書が提出されたものである。

第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は,以下の訂正事項のとおりである。なお,下線は訂正箇所を示すものである。
・訂正事項
特許請求の範囲の請求項1の「金型出口をx,シート状組成物とキャスティングローラとの接点をyとした場合,xとyとの直線距離が10mm以上であり」との記載を,「金型出口をx,シート状組成物とキャスティングローラとの接点をyとした場合,xとyとの直線距離が20mm以上であり」と訂正する。
請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項2ないし6についても,同様に訂正する。

2 訂正の目的の適否,新規事項の有無,及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正の目的の適否について
上記訂正事項に係る請求項1の訂正は「金型出口をx,シート状組成物とキャスティングローラとの接点をyとした場合,xとyとの直線距離」について,「10mm以上であり」とされたものを,「20mm以上であり」と訂正するものであり,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項2ないし6についても同様である。

(2)新規事項の有無,特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
新規事項の追加に該当するか否かは,本件特許の願書に添付した明細書又は特許請求の範囲のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものといえるか否かによって決せられるものである。
そして,本件特許の願書に添付した明細書においては,
「【0038】
上記工程(B)において,金型出口をx,シート状組成物とキャスティングローラとの接点をy,キャスティングローラの軸中心をzとした場合,xとyの直線距離が10mm以上である。上記金型出口と上記キャスティングローラ接点間の直線距離を10mm以上とすることで,金型出口天面に付着する上記水溶性樹脂及び水を含有する原料混合物の量を低減することができ,ダイラインのない水溶性フィルムを得ることができる。
上記xとyの直線距離は250mm以下であることが好ましい。上記xとyの直線距離が250mmを超えると,金型出口から押し出されたシート状原料組成物に対する外乱影響が大きくなり,厚みが均一なフィルムが得られないことがある。なお,上記xとyの直線距離は20?150mmであることがより好ましい。」
と記載されている。
してみると,訂正前の「金型出口をx,シート状組成物とキャスティングローラとの接点をyとした場合,xとyとの直線距離が10mm以上であり」なる事項は,「金型出口天面に付着する上記水溶性樹脂及び水を含有する原料混合物の量を低減することができ,ダイラインのない水溶性フィルムを得ることができる。」なる効果を奏するための条件を示すものであり,訂正後の「金型出口をx,シート状組成物とキャスティングローラとの接点をyとした場合,xとyとの直線距離が20mm以上であり」なる事項は,この条件をさらに好ましい条件とするにすぎない。
よって,上記訂正事項は,本件特許の願書に添付した明細書又は特許請求の範囲のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものでもないから,新規事項の追加にあたるということはできない。
また,上記訂正事項に係る請求項1の訂正が,特許請求の範囲の拡張・変更を行うものではないことも明らかである。
請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項2ないし6についても同様である。

3 特許異議申立人の主張について
令和3年2月16日提出の意見書において,特許異議申立人は,「xとyの直線距離」を「20mm以上」とする訂正は,本件特許明細書の「20?150mm」なる数値範囲の記載(【0038】),バキュームチャンバーを用いる例(実施例3)の記載からは新規事項である旨を主張するが,新規事項の追加に該当するか否かの判断は,上記(2)に示したように,本件特許の願書に添付した明細書又は特許請求の範囲のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものといえるか否かによって決せられるものである。
そして,上記訂正事項は,新たな技術事項を導入するものではなく,特許異議申立人の主張は失当である。

4 小括
以上のとおりであるから,上記訂正事項は,特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり,かつ,同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって,本件訂正は適法なものであり,本件特許の特許請求の範囲を,訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項[1-6]について訂正することを認める。

第3 本件発明
上記第2のとおりであるから,本件特許の請求項1ないし6に係る発明(以下,順に「本件発明1」のようにいう。)は,令和2年12月18日提出の訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
水溶性樹脂及び水を含有する原料組成物を金型から押し出してシート状組成物とする工程(A),及び,シート状組成物をキャスティングローラで搬送させる工程(B)を有し,
工程(A)において,金型出口におけるシート状組成物の含水率が20?55重量%であり,
金型出口をx,シート状組成物とキャスティングローラとの接点をyとした場合,xとyの直線距離が20mm以上であり,
前記キャスティングローラの軸中心をzとした場合,x,y及びzで形成される劣角(∠xyz)の角度が100°以上180°未満であり,
工程(B)において,キャスティングローラ表面温度がキャスティングローラ周辺雰囲気の露点温度よりも高い
ことを特徴とする水溶性フィルムの製造方法。
【請求項2】
工程(B)において,キャスティングローラ表面温度(ローラ表面温度)とキャスティングローラ周辺雰囲気の露点温度(雰囲気露点温度)との差[ローラ表面温度-雰囲気露点温度]が3?20℃であることを特徴とする請求項1記載の水溶性フィルムの製造方法。
【請求項3】
工程(B)において,シート状組成物とキャスティングローラとの接点で,外側からタッチローラを圧接することを特徴とする請求項1又は2記載の水溶性フィルムの製造方法。
【請求項4】
工程(B)において,シート状組成物とキャスティングローラとの接点で,外側からエアを吹きつけることを特徴とする請求項1又は2記載の水溶性フィルムの製造方法。
【請求項5】
工程(B)において,シート状組成物とキャスティングローラとの接点で,内側からエアを吸引することを特徴とする請求項1又は2記載の水溶性フィルムの製造方法。
【請求項6】
水溶性樹脂は,ポリビニルアルコール系樹脂を含有することを特徴とする請求項1,2,3,4又は5記載の水溶性フィルムの製造方法。」

第4 特許異議申立書に記載した申立ての理由の概要
令和2年8月5日に特許異議申立人が提出した特許異議申立書において,訂正前の請求項1ないし6に係る発明に対して申立てた特許異議申立理由の要旨は次のとおりである。

本件発明1ないし6は,本件特許の優先日前に日本国内又は外国において,頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の文献等に記載された発明に基いて,その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下,「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明1ないし6に係る特許は,特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり,同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

証拠方法
甲1号証:特開2002-144355号公報
甲2号証:特開2014-59564号公報
甲3号証:特開昭58-168522号公報
甲4号証:特開2000-202842号公報
甲5号証:特開平2-52721号公報
甲6号証:特開2009-90652号公報
甲7号証:特開2009-285941号公報
甲8号証:特表2006-521945号公報
甲9号証:Extrusion: The Definitive Processing Guide and Handbook
甲10号証:特開昭59-106935号公報
なお,甲号証の表記は,特許異議申立書と共に提出された証拠説明書の記載に従った。以下,順に「甲1」等という。

第5 取消理由通知に記載した取消理由の概要
当審が令和2年10月12日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は,次のとおりであり,特許異議申立書に記載した申立理由を全て含むものである。

本件発明1ないし6は,本件特許の優先日前に日本国内又は外国において,頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1に記載された発明に基いて,その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明1ないし6に係る特許は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

第6 甲1に記載された事項等
1 甲1に記載された事項
甲1には,「ビニルアルコール系重合体フィルムの製造法」について,おおむね次の事項が記載されている(下線は当審で付加した。)。
「【請求項1】 ビニルアルコール系重合体を含有する製膜原料をダイから金属ロール上に吐出して製膜する際に,金属ロールの中心軸とダイ吐出部を結ぶ平面と,金属ロールの中心軸と金属ロールの頂点を結ぶ平面とのなす角度が20°以下に設定され,また,ダイ吐出部と金属ロールの表面との間隔が10mm以下に設定されていることを特徴とするビニルアルコール系重合体フィルムの製造法。
【請求項2】 請求項1において,前記金属ロールの中心軸とダイ吐出部を結ぶ平面よりもダイ内部のリップ面が,上流側に10°乃至60°傾斜させてダイが設置されているビニルアルコール系重合体フィルムの製造法。」
「【0011】
【発明の実施の形態】以下,本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。図1は,本発明の製造法に用いるPVAフィルムの製造装置の一例として,含水PVA(有機溶剤を含んでいても良い。以下同じ)を溶融して押し出す溶融押出製膜機の要部を示している。この製膜機は,フラットダイ1の吐出部3から定量の溶融PVA(製膜原料)4を,定速で回転方向2に回転する金属ロール6上に押し出し,この金属ロール6の円周面の一部を通過させて,PVAフィルムを乾燥させる。この後,このPVAフィルムは,図示しないフローティングドライヤーや乾燥用金属ロールや検査機などを通過してワインダーに巻き取られる。」
「【0013】さらに,前記ダイ吐出部3から金属ロール6の表面までの間隔Dは,10mm以下,より好ましくは5mm以下,さらに好ましくは3mm以下に設定される。このとき,前記間隔Dは,フラットダイ1の幅方向(紙面に垂直方向)にわたって均一に保つことが重要である。前記間隔Dが10mmを超える場合は,製膜原料4が金属ロール6に均一に接触しにくくなり,得られるPVAフィルムの厚み均一性が悪化する。」
「【0015】また,前記ダイ1を設置するに際しては,その内部のリップ面が作る平面Cを,前記金属ロール6の中心軸7とダイ吐出部3を結ぶ平面Aに対して所定角度θ2だけ上流側(樹脂吐出方向後方側)に傾斜させることが好ましい。この角度θ2は,10°乃至60°,より好ましくは15°乃至50°,最も好ましくは15°乃至40°である。ここで,前記リップ面が作る平面Cを前記平面Aに対し上流側に10°未満傾斜させたり,上流側に60°を超えて傾斜させたり,また,図1の二点鎖線で示すように,リップ面が作る平面Cを下流側(樹脂吐出方向前方側)に傾けてダイ1の設置を行う場合は,得られるPVAフィルムの表面平滑性が悪化する場合がある。」
「【0037】PVAフイルムを製造する際に製膜原料4が吐出される金属ロール6の温度は,50乃至110℃であることが好ましく,60乃至105℃がより好ましく,70乃至100℃がさらに好ましい。前記金属ロール6の温度が50℃より低いと吐出された製膜原料4の乾燥が不均一になる場合があり,110℃より高いと,溶融PVAが発泡する場合があるため,厚み均一性に優れたPVAフィルムを得ることが困難となる場合がある。」
「【0044】
【実施例】以下,実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが,本発明はこれらにより何ら限定されるものではない。
実施例1
図2に記載した溶融押出製膜機を用いた。この実施例1では,前記ダイ1の吐出部3が金属ロール6の頂点8の真上に配置され,つまり金属ロール6の中心軸7とダイ吐出部3を結ぶ平面Aと,金属ロール6の中心軸7と金属ロール6の頂点9を結ぶ平面Bとのなす角度θ1が0°(A,B=0°)に設定されている。また,前記ダイ1の内部のリップ面が作る平面Cと,前記金属ロール6の中心軸7とダイ吐出部3を結ぶ平面Aとの傾斜角度θ2が20°となるように,前記ダイ1の全体を上流側(樹脂吐出方向後方側)に傾けている。さらに,前記ダイ吐出部3と金属ロール6の表面との間隔Dが3mmに設定されている。このとき,前記ダイ1の内部のリップ面の表面粗さは0.3Sとしている。そして,けん化度99.9モル%で重合度1750のPVA100重量部とグリセリン12重量部および水130重量部を押出機で溶融混練させ,表面の粗さが0.3Sの90℃に加熱された直径2.5mの金属ロール6に押出した。この後90℃の熱風で乾燥させ,続いて15本の加熱金属ロールで表裏を交互に乾燥させて,厚さ75μmの偏光フィルム用PVAフィルムを得た。このPVAフィルムは表面が平滑であり,フィルムの幅方向の厚み斑は1.5μmと良好であった。」
「【図2】



2 甲1発明
甲1の上記記載(主に実施例1)からみて,甲1には,次の発明(以下,「甲1発明」という。)が記載されていると認める。
「PVA100重量部とグリセリン12重量部および水130重量部を溶融混練してなる含水ビニルアルコール系重合体を含有する製膜原料をダイから直径2.5mの金属ロール上に吐出して,この金属ロールの円周の一部を通過させて,PVAフィルムを乾燥させて製膜する際に,金属ロールの中心軸とダイ吐出部を結ぶ平面と,金属ロールの中心軸と金属ロールの頂点を結ぶ平面とのなす角度を0°に設定し,前記ダイの内部のリップ面が作る平面Cと,前記金属ロールの中心軸とダイ吐出部を結ぶ平面との傾斜角度が20°となるように,前記ダイの全体を上流側(樹脂吐出方向後方側)に傾け,前記ダイ吐出部と金属ロールの表面との間隔Dが3mmに設定されている,ビニルアルコール系重合体フィルムの製造法。」

第7 当審の判断
1 本件発明1について(甲1発明との対比,判断)
甲1発明における,「PVA100重量部とグリセリン12重量部および水130重量部を溶融混練してなる含水ビニルアルコール系重合体を含有する製膜原料」,「ダイ」,「金属ロール」及び「ダイ吐出口」は,それぞれ,本件発明1の「水溶性樹脂及び水を含有する原料組成物」,「金型」,「キャスティングローラ」及び「ダイ吐出口」に相当する。
甲1発明における,「PVA100重量部とグリセリン12重量部および水130重量部を溶融混練してなる含水ビニルアルコール系重合体を含有する製膜原料をダイから直径2.5mの金属ロール上に吐出」する工程及び「金属ロールの円周の一部を通過させ」る工程は,本件発明1の「水溶性樹脂及び水を含有する原料組成物を金型から押し出してシート状組成物とする工程(A)」及び「シート状組成物をキャスティングローラで搬送させる工程(B)」に相当する。
甲1発明のダイから吐出された製膜原料は,本件発明1の「シート状組成物」であり,甲1発明の製膜された「ビニルアルコール系重合体フィルム」は,本件発明1の「水溶性フィルム」に相当する。

したがって,本件発明1と甲1発明は下記の点で一致する。
「水溶性樹脂及び水を含有する原料組成物を金型から押し出してシート状組成物とする工程(A),及び,シート状組成物をキャスティングローラで搬送させる工程(B)を有する,水溶性フィルムの製造方法。」

一方,本件発明1と甲1発明は以下の点で相違する。
・相違点1-1
金型出口におけるシート状組成物の含水率について,本件発明1は「20?55重量%」と特定するのに対し,甲1発明はこのように特定しない点。
・相違点1-2
金型出口とキャスティングローラとの位置関係を,本件発明1は「金型出口をx,シート状組成物とキャスティングローラとの接点をyとした場合,xとyの直線距離が20mm以上であり,
前記キャスティングローラの軸中心をzとした場合,x,y及びzで形成される劣角(∠xyz)の角度が100°以上180°未満であり」と特定するのに対し,甲1発明はこのように特定しない点。
・相違点1-3
工程(B)において,本件発明1は,「キャスティングローラ表面温度がキャスティングローラ周辺雰囲気の露点温度よりも高いこと」を特定するのに対し,甲1発明はこのように特定しない点。

事案に鑑み相違点1-2から検討する。
甲1の「ダイ吐出部と金属ロールの表面との間隔D」について,甲1の段落【0013】,【0015】に記載される条件のうち,間隔Dを最大値となる10mm,かつ,ダイ吐出部の角度を最大値となる60°とした場合においては,ダイ吐出口からまっすぐ吐出された製膜原料が金属ロールに接触するまでの距離として20mmを超える(20.24mmと算出される)ものを計算上得ることができる。
しかしながら,甲1の段落【0013】の「さらに,前記ダイ吐出部3から金属ロール6の表面までの間隔Dは,10mm以下,より好ましくは5mm以下,さらに好ましくは3mm以下に設定される。」,「前記間隔Dが10mmを超える場合は,製膜原料4が金属ロール6に均一に接触しにくくなり,得られるPVAフィルムの厚み均一性が悪化する。」との記載,段落【0015】の,「上流側に60°を超えて傾斜させたり,また,図1の二点鎖線で示すように,リップ面が作る平面Cを下流側(樹脂吐出方向前方側)に傾けてダイ1の設置を行う場合は,得られるPVAフィルムの表面平滑性が悪化する場合がある。」との記載からみれば,甲1発明は「ダイ吐出部と金属ロールの表面との間隔D」,「金属ロールの中心軸とダイ吐出部を結ぶ平面との傾斜角度」はともに小さくすることを指向しているものであるといえるから,甲1発明において「ダイ吐出部と金属ロールの表面との間隔D」,「金属ロールの中心軸とダイ吐出部を結ぶ平面との傾斜角度」をそれぞれ10mm,60°と大きくするものではなく,むしろそれぞれの値として大きな値を採用すること,換言すると,本件発明1の「xとyの直線距離」に相当する距離として20mm以上とすること,については阻害要因がある。
そして,本件発明1は,金型出口とキャスティングローラとの位置関係を,「金型出口をx,シート状組成物とキャスティングローラとの接点をyとした場合,xとyの直線距離が20mm以上」とすることによって,金型出口天面に付着する水溶性樹脂及び水を含有する原料混合物の量を低減することができ,ダイラインのない水溶性フィルムを得ることができるという効果(段落【0038】)を奏するものであり,この効果は甲1には記載されていない異質な効果である。
よって,相違点1-2に係る事項については,甲1発明から当業者が容易に想到し得たものではない。

したがって,相違点1-1及び1-3について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

2 本件発明2ないし6について(甲1発明との対比,判断)
本件発明2ないし6はいずれも,請求項1の記載を直接又は間接的に引用するものであり,本件発明1の特定事項を全て含むものである。
そして,本件発明1は,甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件発明1の特定事項を全て含む本件発明2ないし6もまた,甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

第8 むすび
以上のとおりであるから,取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては,本件特許の請求項1ないし6に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件特許の請求項1ないし6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性樹脂及び水を含有する原料組成物を金型から押し出してシート状組成物とする工程(A)、及び、シート状組成物をキャスティングローラで搬送させる工程(B)を有し、
工程(A)において、金型出口におけるシート状組成物の含水率が20?55重量%であり、
金型出口をx、シート状組成物とキャスティングローラとの接点をyとした場合、xとyの直線距離が20mm以上であり、
前記キャスティングローラの軸中心をzとした場合、x、y及びzで形成される劣角(∠xyz)の角度が100°以上180°未満であり、
工程(B)において、キャスティングローラ表面温度がキャスティングローラ周辺雰囲気の露点温度よりも高い
ことを特徴とする水溶性フィルムの製造方法。
【請求項2】
工程(B)において、キャスティングローラ表面温度(ローラ表面温度)とキャスティングローラ周辺雰囲気の露点温度(雰囲気露点温度)との差[ローラ表面温度-雰囲気露点温度]が3?20℃であることを特徴とする請求項1記載の水溶性フィルムの製造方法。
【請求項3】
工程(B)において、シート状組成物とキャスティングローラとの接点で、外側からタッチローラを圧接することを特徴とする請求項1又は2記載の水溶性フィルムの製造方法。
【請求項4】
工程(B)において、シート状組成物とキャスティングローラとの接点で、外側からエアを吹きつけることを特徴とする請求項1又は2記載の水溶性フィルムの製造方法。
【請求項5】
工程(B)において、シート状組成物とキャスティングローラとの接点で、内側からエアを吸引することを特徴とする請求項1又は2記載の水溶性フィルムの製造方法。
【請求項6】
水溶性樹脂は、ポリビニルアルコール系樹脂を含有することを特徴とする請求項1、2、3、4又は5記載の水溶性フィルムの製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-03-15 
出願番号 特願2015-172052(P2015-172052)
審決分類 P 1 651・ 55- YAA (B29C)
P 1 651・ 121- YAA (B29C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 山本 雄一  
特許庁審判長 大島 祥吾
特許庁審判官 植前 充司
神田 和輝
登録日 2020-01-07 
登録番号 特許第6641127号(P6641127)
権利者 積水化学工業株式会社
発明の名称 水溶性フィルムの製造方法  
代理人 松下 満  
代理人 須田 洋之  
代理人 倉澤 伊知郎  
代理人 山本 泰史  
代理人 田中 伸一郎  
代理人 特許業務法人安富国際特許事務所  
代理人 特許業務法人 安富国際特許事務所  

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