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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C21D
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C21D
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C21D
管理番号 1375880
異議申立番号 異議2021-700318  
総通号数 260 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-08-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-03-30 
確定日 2021-07-01 
異議申立件数
事件の表示 特許第6763876号発明「二相ステンレス鋼管の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6763876号の請求項1?15に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6763876号(請求項の数15。以下,「本件特許」という。)は,2016年(平成28年)4月8日(パリ条約による優先権主張外国庁受理:2015年4月10日,欧州特許庁(EP))を国際出願日とする特許出願(特願2017-552813号)に係るものであって,令和2年9月14日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は,令和2年9月30日である。)。
その後,令和3年3月30日に,本件特許の請求項1?15に係る特許に対して,特許異議申立人である谷口充弘(以下,「申立人」という。)により,特許異議の申立てがされた。

第2 本件発明
本件特許の請求項1?15に係る発明は,本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1?15に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下,それぞれ「本件発明1」等という。また,本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。

【請求項1】
重量%で,以下の組成:
C 最大0.06;
Cr 21?24.5;
Ni 2.0?5.5;
Si 最大1.5;
Mo 0.01?1.0;
Cu 0.01?1.0;
Mn 最大2.0;
N 0.05?0.3;
P 最大0.04;
S 最大0.03;
任意選択的に,Al,V,Nb,Ti,O,Zr,Hf,Ta,Mg,Ca,La,Ce,Y及びBからなる群から選択される1種以上の元素 1.0以下;並びに
残部のFe及び不可避的不純物
からなり,
少なくとも23.0のPRE値を有する
二相ステンレス鋼の管を製造する方法であって,
以下の工程:
a) 二相ステンレス鋼の溶融物を提供すること;
b) その溶融物から二相ステンレス鋼の本体を鋳造すること;
c) 本体の棒を形成すること;
d) 棒の管を,その中に穴を生成することにより,形成すること;
e) 熱間押出しによって,管の直径及び/又は壁厚を減少させること;
f) 冷間変形によって,管の直径及び/又は壁厚をさらに減少させること;及び
g) 冷間変形された管をアニールすること
を含み,
工程g)の後,得られた管の二相ステンレス鋼が40?60%のオーステナイトと40?60%のフェライトとからなり,ここで工程g)が,前記管を950℃?1060℃の範囲の温度に0.3?10分間供することと,1?6vol%の窒素ガスを含み,残部がH2又は不活性ガスであるガス混合物からなる雰囲気に供することとを含む方法。
【請求項2】
前記温度範囲が970℃?1040℃である,請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記温度範囲が1000℃?1040℃である,請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記アニール工程が前記管を前記温度に0.5?5分間供することを含む,請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記不活性ガスがアルゴン若しくはヘリウム又はそれらの混合物である,請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記ガス混合物中の窒素ガスの含有量が4vol%以下である,請求項1から5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記ガス混合物中の窒素ガスの含有量が1.5vol%以上である,請求項1から6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
工程eが,管を1100℃?1200℃の範囲の温度で前記熱間押出しに供することと,断面積の92?98%減少に供することとを含む,請求項1?7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
工程fが,管を予熱なしに冷間変形に供することを含む,請求項1から8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
工程fが,管を50?95%の範囲における断面積減少に供することを含む,請求項1から9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
冷間変形がピルガリングである,請求項1から10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記ピルガリング工程において,管の壁厚減少と外径縮小の関係が,以下のQ値:
Q値=(Wallh-Wallt)*(Odh-Wallh)/Wallh((Odh-Wallh)-(Odt-Wallt))
[上式中,
Wallh=中空壁=ピルガリング前の壁厚
Wallt=管壁=ピルガリング後の壁厚
Odh=中空OD=ピルガリング前の管の直径
Odt=管OD=ピルガリング後の管の直径]
として表され,Qは0.5?2.5の範囲である,請求項11に記載の方法。
【請求項13】
Qが0.9?1.1の範囲である,請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記二相ステンレス鋼が,重量%で,
C 0.01?0.025;
Si 0.35?0.6;
Mn 0.8?1.5;
Cr 21?23.5;
Ni 3.0?5.5;
Mo 0.10?1.0;
Cu 0.15?0.70;
N 0.090?0.25;
P 0.035以下;
S 0.003以下;
任意選択的に,Al,V,Nb,Ti,O,Zr,Hf,Ta,Mg,Ca,La,Ce,Y及びBからなる群から選択される1種以上の元素 1.0以下;並びに
残部のFe及び不可避的不純物
からなる,請求項1から13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
管が内燃機関の燃焼室に燃料を噴射するための燃料噴射システムにおける燃料の導通のための管である,請求項1から14のいずれか一項に記載の方法。

第3 特許異議の申立ての理由の概要
本件特許の請求項1?15に係る特許は,下記1?4のとおり,特許法113条2号及び4号に該当する。証拠方法は,下記5の甲第1号証?甲第16号証(以下,単に「甲1」等という。)である。
1 申立理由1-1(進歩性)
本件発明1?15は,甲3に記載された発明並びに甲4?9及び12?16に記載された事項に基いて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下,「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?15に係る特許は,同法113条2号に該当する。
2 申立理由1-2(進歩性)
本件発明1?15は,甲8に記載された発明並びに甲3及び10?16に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?15に係る特許は,同法113条2号に該当する。
3 申立理由2(サポート要件)
本件発明1?15については,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものではないから,本件特許の請求項1?15に係る特許は,同法113条4号に該当する。
4 申立理由3(委任省令要件)
本件発明1?15については,発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に適合するものではないから,本件特許の請求項1?15に係る特許は,同法113条4号に該当する。
5 証拠方法
・甲1 特開2016-3377号公報
・甲2 特開2015-196894号公報
・甲3 特開平11-100613号公報
・甲4 ANNUAL BOOK OF ASTM STANDARDS 2012, SECTION 1 Iron and Steel Products, VOLUME 01.01, Steel-Piping, Tubing, Fittings, Standard Specification for Seamless and Welded Ferritic/Austenitic Stainless Steel Tubing for General Service, Designation: A 789/A789M-10a, p.580-584
・甲5 「溶接・接合選書11 ステンレス鋼の溶接」,産報出版株式会社,平成13年11月1日,p.246-247
・甲6 「技術資料 2相ステンレス鋼の耐食性」,日本金属学会会報,1978年,第17巻,第8号,p.657-665
・甲7 「集まれエンジニア! スーパー2相ステンレス鋼溶接材料」,溶接学会誌,2011年,第80巻,第2号,p.142-146
・甲8 特開昭61-56267号公報
・甲9 特開2010-222695号公報
・甲10 特開2004-353041号公報
・甲11 特開2012-224904号公報
・甲12 特開2012-139693号公報
・甲13 特開2004-167585号公報
・甲14 "Sandvik introduces stronger, lighter Pressurfect^(TM) tubing for gasoline direct injection(GDI)", [on line], SANDVIK HP,[2021年3月15日検索],インターネット
< https://www.materials.sandvik/ja-jp/news-media/news-and-stories/4/2014/03/sandvik-introduces-stronger-lighter-pressurfect-tubing-for-gasoline-direct-injection-gdi/>
・甲15 "Powered by pressure Pressurfect^(TM) Seamless stainless tube for gasoline direct injection." , Sandvik Materials Technology, 2013.12
・甲16 国際公開第2010/082395号

第4 当審の判断
以下に述べるように,特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?15に係る特許を取り消すことはできない。

1 申立理由1-1(進歩性)
(1)甲3に記載された発明
甲3には,2相ステンレス鋼の光輝焼鈍方法について記載されているところ(【0001】),具体的には,2相ステンレス鋼を光輝焼鈍する方法において,焼鈍雰囲気中の窒素ガス濃度が(9N-0.5)?(9N+0.5)体積%(Nは,重量%で表示した鋼の窒素含有量を表す。),残部が実質的に水素ガスからなり,露点が-30℃以下である雰囲気ガス中で,1000?1200℃で焼鈍する方法について記載されている(請求項1)。
甲3には,上記の光輝焼鈍方法が対象とする鋼は,オーステナイト相とフェライト相の混合組織で構成される2相ステンレス鋼であることが記載されている(【0018】)。そして,甲3に記載される実施例(【0026】?【0041】,表1,表2)において,「試番13」は,ASTMに規定される鋼種「UNS No.S31803」に相当する化学組成の鋼である試料記号Cの鋼を用いたものであるが,「試番13」は「本発明例」とされていることから,試料記号Cの鋼は,オーステナイト相とフェライト相の混合組織で構成される2相ステンレス鋼であるといえる(この点,ASTMの規定に関する甲4(580頁の表題,581頁の表1「S31803」)からも明らかである。)。
また,甲3には,試料記号Cの鋼を用いた「試番13」において,鋼管を製造したことが記載されている(【0028】,表1,表2)。
さらに,甲3においては,鋼の化学組成を表す%は,重量%を意味するものである(【0014】)。
甲3の上記記載によれば,特に,試料記号Cの鋼を用いた「試番13」に着目すると,甲3には,以下の発明が記載されていると認められる。

「重量%で,C:0.018%,Si:0.40%,Mn:1.48%,P:0.020%,S:0.0003%,Ni:5.20%,Cr:22.1%,Mo:2.75%,W:0.01%,N:0.15%を含む化学組成の2相ステンレス鋼を常法に従って溶製し,造塊した後,条鋼圧延機によって鋼片とし,この鋼片を,常法に従って,ユジーンセジュルネ式製管機を用いて熱間仕上げの継目無鋼管とし,冷間圧延後冷間抽伸して,外径:19?35mm,肉厚:1?3mmの2相ステンレス鋼管にし,この2相ステンレス鋼管に通常の光輝焼鈍炉を用いて光輝焼鈍を施し,光輝焼鈍に際しては,焼鈍雰囲気中の窒素ガス濃度が1.5vol%,残部が実質的に水素ガスからなり,露点が-35℃である雰囲気ガス中で,1040℃で3分間焼鈍する,2相ステンレス鋼管の製造方法。」(以下,「甲3発明」という。)

(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲3発明とを対比する。
(ア)甲3発明における「2相ステンレス鋼管の製造方法」は,本件発明1における「二相ステンレス鋼の管を製造する方法」に相当する。
(イ)本件発明1における二相ステンレス鋼の組成と,甲3発明における2相ステンレス鋼の化学組成とは,少なくとも,C,Cr,Ni,Si,Mn,N,P,Sを含む点で共通し,これらの各成分の含有量も重複一致する。
また,甲3発明における2相ステンレス鋼は,上記各成分を含むほかは,MoとWを含むだけであるから,本件発明1における「任意選択的に,Al,V,Nb,Ti,O,Zr,Hf,Ta,Mg,Ca,La,Ce,Y及びBからなる群から選択される1種以上の元素 1.0以下」を含む(すなわち,これらの各成分を含まない)との条件を満たすものである。
(ウ)甲3発明においては,所定の「化学組成の2相ステンレス鋼を常法に従って溶製し,造塊した後,条鋼圧延機によって鋼片とし」ているが,2相ステンレス鋼の溶鋼を鋳造し,条鋼(棒状の鋼片)としていることは明らかであるから,本件発明1において,「二相ステンレス鋼の溶融物を提供すること」,「その溶融物から二相ステンレス鋼の本体を鋳造すること」,「本体の棒を形成すること」に相当する。
甲3発明においては,上記「鋼片を,常法に従って,ユジーンセジュルネ式製管機を用いて熱間仕上げの継目無鋼管とし,冷間圧延後冷間抽伸して,外径:19?35mm,肉厚:1?3mmの2相ステンレス鋼管にし」ているが,ユジーンセジュルネ式製管機を用いた継目無鋼管の製造において,棒状の鋼片に穴をあけて管とし,熱間押出しにより継目無鋼管とすることは,技術常識であり(甲12【0002】?【0005】),また,熱間押出しや冷間抽伸によって,管の直径や壁厚が減少することは明らかであるから,本件発明1において,「棒の管を,その中に穴を生成することにより,形成すること」,「熱間押出しによって,管の直径及び/又は壁厚を減少させること」,「冷間変形によって,管の直径及び/又は壁厚をさらに減少させること」に相当する。
甲3発明において,「2相ステンレス鋼管に通常の光輝焼鈍炉を用いて光輝焼鈍を施し,光輝焼鈍に際しては,焼鈍雰囲気中の窒素ガス濃度が1.5vol%,残部が実質的に水素ガスからなり,露点が-35℃である雰囲気ガス中で,1040℃で3分間焼鈍する」ことは,本件発明1において,「冷間変形された管をアニールすること」,「前記管を950℃?1060℃の範囲の温度に0.3?10分間供することと,1?6vol%の窒素ガスを含み,残部がH_(2)又は不活性ガスであるガス混合物からなる雰囲気に供する」ことに相当する。
(エ)以上によれば,本件発明1と甲3発明とは,
「重量%で,以下の組成:
C 最大0.06;
Cr 21?24.5;
Ni 2.0?5.5;
Si 最大1.5;
Mn 最大2.0;
N 0.05?0.3;
P 最大0.04;
S 最大0.03;
任意選択的に,Al,V,Nb,Ti,O,Zr,Hf,Ta,Mg,Ca,La,Ce,Y及びBからなる群から選択される1種以上の元素 1.0以下
を含む,
二相ステンレス鋼の管を製造する方法であって,
以下の工程:
a) 二相ステンレス鋼の溶融物を提供すること;
b) その溶融物から二相ステンレス鋼の本体を鋳造すること;
c) 本体の棒を形成すること;
d) 棒の管を,その中に穴を生成することにより,形成すること;
e) 熱間押出しによって,管の直径及び/又は壁厚を減少させること;
f) 冷間変形によって,管の直径及び/又は壁厚をさらに減少させること;及び
g) 冷間変形された管をアニールすること
を含み,
ここで工程g)が,前記管を950℃?1060℃の範囲の温度に0.3?10分間供することと,1?6vol%の窒素ガスを含み,残部がH_(2)又は不活性ガスであるガス混合物からなる雰囲気に供することとを含む方法。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点1
本件発明1では,二相ステンレス鋼が,それぞれ所定量のC,Cr,Ni,Si,Mn,N,P,Sを含むほかは,「Mo 0.01?1.0」%を含み,「Cu 0.01?1.0」%を含み,Wを含まず,「残部」が「Fe及び不可避的不純物からなり」,「少なくとも23.0のPRE値を有する」ものであるのに対して,甲3発明では,2相ステンレス鋼が,それぞれ所定量のC,Cr,Ni,Si,Mn,N,P,Sを含むほかは,「Mo:2.75%」を含み,Cuを含まず,「W:0.01%」を含むものであり,残部が「Fe及び不可避的不純物」からなるかどうかは不明であり,PRE値が「33.575」(=22.1+3.3×2.75+16×0.15)である点。
・相違点2
本件発明1では,「工程g)の後,得られた管の二相ステンレス鋼が40?60%のオーステナイトと40?60%のフェライトとからな」るのに対して,甲3発明では,光輝焼鈍の後,製造された鋼管の2相ステンレス鋼が「40?60%のオーステナイトと40?60%のフェライトとからな」るかどうか不明である点。

イ 相違点1の検討
(ア)甲3には,光輝焼鈍方法が対象とする鋼が,オーステナイト相とフェライト相の混合組織で構成される2相ステンレス鋼であることは記載されているものの(【0018】),そのような2相ステンレス鋼として,本件特許の特許請求の範囲の請求項1(以下,「本件請求項1」という。)に記載の所定の組成の2相ステンレス鋼,すなわち,それぞれ所定量のC,Cr,Ni,Si,Mn,N,P,Sを含むほかは,「Mo 0.01?1.0」%を含み,「Cu 0.01?1.0」%を含み,Wを含まず,任意選択的に,所定量のAl,V,Nb,Ti,O,Zr,Hf,Ta,Mg,Ca,La,Ce,Y及びBからなる群から選択される1種以上の元素を含み,「残部」が「Fe及び不可避的不純物からなり」,「少なくとも23.0のPRE値を有する」2相ステンレス鋼は記載されていない。

(イ)甲3には,光輝焼鈍方法が対象とする鋼が,オーステナイト相とフェライト相の混合組織で構成される2相ステンレス鋼であることが記載され,例えば,ASTMに規定されるA789,A789Mなどがあることが記載されている(【0018】)。
ここで,甲4は,A789/A789Mに関するASTMの規定が記載されたものであるが,甲4の表1には,「UNS S32304」として,C:0.030%以下,Mn:2.50%以下,P:0.040%以下,S:0.040%以下,Si:1.00%以下,Ni:3.0?5.5%,Cr:21.5?24.5%,Mo:0.05?0.60%,N:0.05?0.20%,Cu:0.05?0.60%を含むものが記載されている。
本件発明1における二相ステンレス鋼の組成と,上記「UNS S32304」の組成とは,少なくとも,C,Cr,Ni,Si,Mo,Cu,Mn,N,P,Sを含む点で共通し,これらの各成分の含有量も重複する部分があるといえる。
しかしながら,甲3,4のいずれにも,「PRE値」を「少なくとも23.0」とすることについては記載されていない。
また,上記「UNS S32304」について,Cr,Mo,Nの各含有量の最小値から「PRE値」を計算すると,22.465(=21.5+3.3×0.05+16×0.05)となり,「少なくとも23.0」とはならないから,上記「UNS S32304」であれば,必ず,「少なくとも23.0のPRE値を有する」との条件を満たすということもできない。
以上によれば,上記「UNS S32304」は,本件請求項1に記載の所定の組成の2相ステンレス鋼とは異なるものである。
そうすると,甲3の記載から,甲3発明において,所定の化学組成の2相ステンレス鋼(試料記号Cの鋼)に代えて,上記「UNS S32304」を用いることは動機付けられるとしても,本件請求項1に記載の所定の組成の2相ステンレス鋼を用いることが動機付けられるとはいえない。

(ウ)甲3には,光輝焼鈍方法が対象とする鋼として,オーステナイト相の比率が30?70%の範囲の2相ステンレス鋼であれば,光輝焼鈍方法は有効であり,また,窒素を0.08%以上含有する2相ステンレス鋼に光輝焼鈍方法を適用するのが効果的であることが記載されている(【0018】)。
これに対して,甲8には,C:0.06%以下,Si:1.5%以下,Mn:4.0%以下,Cr:21?24.5%,Ni:2?5.5%,Mo:0.01?1.0%,Cu:0.01?1.0%,N:0.05?0.3%,残部鉄と通常の不純物の各成分を含有し,フェライト含有量が35?65%である,複ステンレス鋼であるフェライト-オーステナイト鋼合金について記載されている(特許請求の範囲,2頁左下欄下から5行?右下欄10行)。
また,甲8の実施例(第1表)において,「合金No.1」として,C:0.02%,Si:0.5%,Mn:1.5%,P<0.035%,S<0.010%,Cr:22.2%,Ni:3.3%,Mo:0.25%,Cu:0.25%,N:0.15%,残部Fe(と通常の不純物)であるものが記載され,また,「合金No.2」として,C:0.02%,Si:0.5%,Mn:1.5%,P<0.035%,S<0.010%,Cr:22.4%,Ni:3.5%,Mo:0.03%,Cu:0.02%,N:0.14%,残部Fe(と通常の不純物)であるものが記載されている。
本件発明1における二相ステンレス鋼の組成と,上記「合金No.1」,「合金No.2」の組成とは,いずれも,C,Cr,Ni,Si,Mo,Cu,Mn,N,P,Sを含み,残部がFe及び不可避的不純物からなる点で共通し,これらの各成分の含有量も重複一致する。
また,「PRE値」についても,上記「合金No.1」では,25.425(=22.2+3.3×0.25+16×0.15)となり,上記「合金No.2」では,24.739(=22.4+3.3×0.03+16×0.14)となるから,いずれも,本件発明1における「少なくとも23.0のPRE値を有する」との条件を満たす。
そして,上記「合金No.1」,「合金No.2」は,いずれも,「窒素を0.08%以上含有する」ものであるから,甲3において光輝焼鈍方法を適用するのが効果的であるとされている2相ステンレス鋼に該当するといえる。
しかしながら,甲8には,上記「合金No.1」,「合金No.2」からなる複ステンレス鋼であるフェライト-オーステナイト鋼合金の製造方法として,溶解し,約1600℃で鋳造し,1200℃に加熱し棒に鍛造し,約1175℃での押出しによって熱間加工し,最終的に1000℃から急冷することが記載されているだけであり(5頁右上欄1?6行),上記「合金No.1」,「合金No.2」は,いずれも,光輝焼鈍を施すものではなく,また,鋼管を製造するものでもない。
そうすると,上記「合金No.1」,「合金No.2」が,いずれも,「窒素を0.08%以上含有する」ものであるため,甲3において光輝焼鈍方法を適用するのが効果的であるとされている2相ステンレス鋼に該当するとはいえ,光輝焼鈍を施すことが予定されているものではない以上,光輝焼鈍を施して鋼管を製造する甲3発明において,所定の化学組成の2相ステンレス鋼(試料記号Cの鋼)に代えて,上記「合金No.1」,「合金No.2」を用いることが動機付けられるとはいえない。

(エ)甲3には,光輝焼鈍方法が対象とする鋼として,オーステナイト相の比率が30?70%の範囲の2相ステンレス鋼であれば,光輝焼鈍方法は有効であり,また,窒素を0.08%以上含有する2相ステンレス鋼に光輝焼鈍方法を適用するのが効果的であることが記載されている(【0018】)。
これに対して,甲9には,質量%で,C:0.06%以下,Si:0.1?1.5%,Mn:0.1?6.0%,P:0.05%以下,S:0.005%以下,Ni:0.25?4.0%,Cr:19.0?23.0%,Mo:1.0%以下,Cu:3.0%以下,N:0.15?0.25%,Al:0.003?0.050%,O:0.007%以下を含有し,残部がFe及び不可避的不純物である組成を有する二相ステンレス鋼材について記載され(請求項1),また,上記二相ステンレス鋼材において,さらに,Ti:0.003?0.05%,Nb:0.02?0.15%,V:0.05?0.5%のうちの1種または2種以上を含有する二相ステンレス鋼材について記載されている(請求項2)。
また,甲9の実施例(【0038】,表1)において,「鋼No.3」として,C:0.033%,Si:0.66%,Mn:0.71%,P:0.033%,S:0.0018%,Ni:3.35%,Cr:22.22%,Mo:0.25%,Cu:0.44%,Al:0.011%,N:0.163%,V:0.071%,O:0.0045%,残部がFe及び不可避的不純物であるものが記載されている。
本件発明1における二相ステンレス鋼の組成と,上記「鋼No.3」の組成とは,いずれも,C,Cr,Ni,Si,Mo,Cu,Mn,N,P,Sを含み,さらに,Al,V,Oを含み,残部がFe及び不可避的不純物からなる点で共通し,これらの各成分の含有量も重複一致する。
また,「PRE値」についても,上記「鋼No.3」では,25.653(=22.22+3.3×0.25+16×0.163)となるから,本件発明1における「少なくとも23.0のPRE値を有する」との条件を満たす。
そして,上記「鋼No.3」は,「窒素を0.08%以上含有する」ものであるから,甲3において光輝焼鈍方法を適用するのが効果的であるとされているものに該当するといえる。
しかしながら,上記「鋼No.3」は,以下に述べるとおり,光輝焼鈍を施すものではなく,また,鋼管を製造するものでもない。
すなわち,甲9には,二相ステンレス鋼材の製造方法として,請求項1,2に記載の組成を有する二相ステンレス鋼の鋳片もしくは鋼片を再加熱後熱延し,その後溶体化熱処理する工程において,溶体化熱処理温度t(℃)を,930℃以上かつ鋳片もしくは鋼片の再加熱温度より150℃低い温度以下とし,溶体化熱処理時間T(hr)をLMP=(t+273)×(20+log_(10)T)≦25200(tは熱処理温度(℃),Tは熱処理時間(hr))で示す範囲とすることが記載されている(請求項5)。
また,甲9の実施例においては,上記「鋼No.3」の組成を有する鋼を真空誘導炉によりMgOるつぼ中で溶製し,扁平鋼塊に鋳造し,鋼塊の本体部分より熱間圧延用素材を加工し,この素材を1180℃で1?2h再加熱後,仕上温度約950℃の条件にて圧延し,圧延直後の鋼材温度が800℃以上の状態より200℃以下までスプレー冷却を実施し,熱間圧延鋼板を得て,その後,溶体化熱処理として,1000℃,20分の条件で均熱後,水冷したことが記載されている(【0038】,表2)。
以上のとおり,甲9には,二相ステンレス鋼材の製造方法として,所定の条件で鋳片もしくは鋼片を再加熱後熱延し,その後溶体化熱処理することが記載されているだけであり,上記「鋼No.3」は,光輝焼鈍を施すものではなく,また,鋼管を製造するものでもない。
そうすると,上記「鋼No.3」が,「窒素を0.08%以上含有する」ものであるため,甲3において光輝焼鈍方法を適用するのが効果的であるとされているものに該当するとはいえ,光輝焼鈍を施すことが予定されているものではない以上,光輝焼鈍を施して鋼管を製造する甲3発明において,所定の化学組成の2相ステンレス鋼(試料記号Cの鋼)に代えて,上記「鋼No.3」を用いることが動機付けられるとはいえない。

(オ)また,甲5?7及び12?16にも,甲3発明において,所定の化学組成の2相ステンレス鋼(試料記号Cの鋼)に代えて,本件請求項1に記載の所定の組成の2相ステンレス鋼を用いることを動機付ける記載は見当たらない。

(カ)以上によれば,甲3発明において,所定の化学組成の2相ステンレス鋼(試料記号Cの鋼)に代えて,本件請求項1に記載の所定の組成の2相ステンレス鋼を用いることは,当業者が容易に想到することができたとはいえない。

ウ 小括
したがって,相違点2について検討するまでもなく,本件発明1は,甲3に記載された発明並びに甲4?9及び12?16に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明2?15について
本件発明2?15は,本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが,上記(2)で述べたとおり,本件発明1が,甲3に記載された発明並びに甲4?9及び12?16に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2?15についても同様に,甲3に記載された発明並びに甲4?9及び12?16に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)まとめ
以上のとおり,本件発明1?15は,甲3に記載された発明並びに甲4?9及び12?16に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって,申立理由1-1(進歩性)によっては,本件特許の請求項1?15に係る特許を取り消すことはできない。

2 申立理由1-2(進歩性)
(1)甲8に記載された発明
甲8の記載(特許請求の範囲,2頁左下欄下から5行?右下欄10行,4頁右下欄10行?5頁右上欄6行,第1表)によれば,特に,第1表の「合金No.1」,「合金No.2」にそれぞれ着目すると,甲8には,以下の発明が記載されていると認められる。

「重量%で,C:0.02%,Si:0.5%,Mn:1.5%,P<0.035%,S<0.010%,Cr:22.2%,Ni:3.3%,Mo:0.25%,Cu:0.25%,N:0.15%,残部鉄と通常の不純物からなる複ステンレス鋼であるフェライト-オーステナイト鋼合金を溶解し,約1600℃で鋳造し,1200℃に加熱し棒に鍛造し,約1175℃での押出しによって熱間加工し,最終的に1000℃から急冷する,複ステンレス鋼であるフェライト-オーステナイト鋼合金の製造方法。」(以下,「甲8発明1」という。)

「重量%で,C:0.02%,Si:0.5%,Mn:1.5%,P<0.035%,S<0.010%,Cr:22.4%,Ni:3.5%,Mo:0.03%,Cu:0.02%,N:0.14%,残部鉄と通常の不純物からなる複ステンレス鋼であるフェライト-オーステナイト鋼合金を溶解し,約1600℃で鋳造し,1200℃に加熱し棒に鍛造し,約1175℃での押出しによって熱間加工し,最終的に1000℃から急冷する,複ステンレス鋼であるフェライト-オーステナイト鋼合金の製造方法。」(以下,「甲8発明2」という。)

(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲8発明1及び甲8発明2とを対比する。
(ア)甲8発明1及び甲8発明2における「複ステンレス鋼であるフェライト-オーステナイト鋼合金」は,本件発明1における「二相ステンレス鋼」に相当する。
そうすると,本件発明1における「二相ステンレス鋼の管を製造する方法」と,甲8発明1及び甲8発明2における「複ステンレス鋼であるフェライト-オーステナイト鋼合金の製造方法」とは,いずれも,「二相ステンレス鋼を製造する方法」である限りにおいて共通する。
(イ)本件発明1における二相ステンレス鋼の組成と,甲8発明1及び甲8発明2における複ステンレス鋼であるフェライト-オーステナイト鋼合金の組成とは,いずれも,C,Cr,Ni,Si,Mo,Cu,Mn,N,P,Sを含み,残部がFe及び不可避的不純物からなる点で共通し,これらの各成分の含有量も重複一致する。
また,甲8発明1及び甲8発明2における複ステンレス鋼であるフェライト-オーステナイト鋼合金は,上記各成分からなるものであるから,本件発明1における「任意選択的に,Al,V,Nb,Ti,O,Zr,Hf,Ta,Mg,Ca,La,Ce,Y及びBからなる群から選択される1種以上の元素 1.0以下」を含む(すなわち,これらの各成分を含まない)との条件を満たすものである。
さらに,甲8発明1及び甲8発明2における複ステンレス鋼であるフェライト-オーステナイト鋼合金について,「PRE値」を計算すると,甲8発明1では,25.425(=22.2+3.3×0.25+16×0.15)となり,甲8発明2では,24.739(=22.4+3.3×0.03+16×0.14)となるから,いずれも,本件発明1における「少なくとも23.0のPRE値を有する」との条件を満たす。
(ウ)甲8発明1及び甲8発明2において,所定の「複ステンレス鋼であるフェライト-オーステナイト鋼合金を溶解し,約1600℃で鋳造し,1200℃に加熱し棒に鍛造」することは,本件発明1において,「二相ステンレス鋼の溶融物を提供すること」,「その溶融物から二相ステンレス鋼の本体を鋳造すること」,「本体の棒を形成すること」に相当する。
(エ)以上によれば,本件発明1と甲8発明1及び甲8発明2とは,
「重量%で,以下の組成:
C 最大0.06;
Cr 21?24.5;
Ni 2.0?5.5;
Si 最大1.5;
Mo 0.01?1.0;
Cu 0.01?1.0;
Mn 最大2.0;
N 0.05?0.3;
P 最大0.04;
S 最大0.03;
任意選択的に,Al,V,Nb,Ti,O,Zr,Hf,Ta,Mg,Ca,La,Ce,Y及びBからなる群から選択される1種以上の元素 1.0以下;並びに
残部のFe及び不可避的不純物
からなり,
少なくとも23.0のPRE値を有する
二相ステンレス鋼を製造する方法であって,
以下の工程:
a) 二相ステンレス鋼の溶融物を提供すること;
b) その溶融物から二相ステンレス鋼の本体を鋳造すること;
c) 本体の棒を形成すること;
を含む方法。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点3
本件発明1では,さらに,「d)棒の管を,その中に穴を生成することにより,形成すること」,「e)熱間押出しによって,管の直径及び/又は壁厚を減少させること」,「f)冷間変形によって,管の直径及び/又は壁厚をさらに減少させること」,「g)冷間変形された管をアニールすること」の工程d)?g)の各工程を含み,「工程g)が,前記管を950℃?1060℃の範囲の温度に0.3?10分間供することと,1?6vol%の窒素ガスを含み,残部がH_(2)又は不活性ガスであるガス混合物からなる雰囲気に供する」ものである,二相ステンレス鋼の「管」を製造する方法であるのに対して,甲8発明1及び甲8発明2では,さらに,「約1175℃での押出しによって熱間加工し,最終的に1000℃から急冷する」,複ステンレス鋼であるフェライト-オーステナイト鋼合金の製造方法であって,「管」を製造する方法ではない点。
・相違点4
本件発明1では,「工程g)の後,得られた管の二相ステンレス鋼が40?60%のオーステナイトと40?60%のフェライトとからな」るのに対して,甲8発明1及び甲8発明2では,製造された複ステンレス鋼であるフェライト-オーステナイト鋼合金が,「40?60%のオーステナイトと40?60%のフェライトとからな」るかどうか不明である点。

イ 相違点3の検討
甲8発明1及び甲8発明2は,甲8の第1表の「合金No.1」,「合金No.2」にそれぞれ着目して認定したものである。
甲8には,「合金No.1」,「合金No.2」からなる複ステンレス鋼であるフェライト-オーステナイト鋼合金を溶解し,約1600℃で鋳造し,1200℃に加熱し棒に鍛造し,約1175℃での押出しによって熱間加工し,最終的に1000℃から急冷することが記載されているだけであり(5頁右上欄1?6行),「合金No.1」,「合金No.2」は,いずれも,光輝焼鈍を施すものではなく,また,鋼管を製造するものでもない。
そうすると,たとえ,2相ステンレス鋼に対して必要に応じて光輝焼鈍を行うことが広く知られているとしても(例えば,甲3【0003】,甲10【0003】,甲11【0004】),また,甲3に,本件請求項1に記載の工程a)?g)に相当する工程を行うことにより,2相ステンレス鋼管を製造することが記載されているとしても(上記1(2)ア),甲8発明1又は甲8発明2において,「約1175℃での押出しによって熱間加工し,最終的に1000℃から急冷する」ことに代えて,本件請求項1に記載の工程d)?g)の各工程を行うこととし,複ステンレス鋼であるフェライト-オーステナイト鋼合金の「管」を製造する方法とすることが動機付けられるとはいえない。
この点,甲3,10及び11のほか,甲12?16の記載を考慮しても変わるものではない。
以上によれば,甲8発明1又は甲8発明2において,「約1175℃での押出しによって熱間加工し,最終的に1000℃から急冷する」ことに代えて,本件請求項1に記載の工程d)?g)の各工程を行うこととし,複ステンレス鋼であるフェライト-オーステナイト鋼合金の「管」を製造する方法とすることは,当業者が容易に想到することができたとはいえない。

ウ 小括
したがって,相違点4について検討するまでもなく,本件発明1は,甲8に記載された発明並びに甲3及び10?16に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明2?15について
本件発明2?15は,本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが,上記(2)で述べたとおり,本件発明1が,甲8に記載された発明並びに甲3及び10?16に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2?15についても同様に,甲8に記載された発明並びに甲3及び10?16に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)まとめ
以上のとおり,本件発明1?15は,甲8に記載された発明並びに甲3及び10?16に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって,申立理由1-2(進歩性)によっては,本件特許の請求項1?15に係る特許を取り消すことはできない。

3 申立理由2(サポート要件)
(1)任意選択元素を含む実施例がないことについて
ア 申立人は,本件明細書には,本件発明1の課題が,「二相ステンレス鋼の管を製造する方法であって,前記二相ステンレス鋼の管の製造によって,耐食性(一般的な腐食及び孔食に対する耐性)に対する高度な要件並びに所定の衝撃靱性,所定の引張強度及び所定の疲労強度が存在するような用途に適した特性を管が示すようになる方法を提供する」ことであると記載されているところ(【0005】),本件明細書の実施例には,二相ステンレス鋼の化学組成について,番号1及び番号2のわずか2種類の化学組成しか記載がなく,Al,V,Nb,Ti,O,Zr,Hf,Ta,Mg,Ca,La,Ce,Y及びBからなる群から選択される1種以上の元素を1.0重量%以下で含む具体的な二相ステンレス鋼の開示がないが,鋼の分野においては,化学組成が異なれば鋼の性質が大きく変わることは技術常識であるため,出願時の技術常識に照らしても,本件明細書に開示された内容から,任意選択的に上記群から選択される1種以上の元素を1.0重量%以下で含む場合に,本件発明1の課題が解決できることを当業者は理解できないと主張する。また,本件発明2?15についても同様に主張する。(申立書15?17頁)
以下,検討する。

イ(ア)本件明細書の記載(【0007】?【0013】,【0028】?【0046】,表の「番号1」,「番号2」)によれば,本件発明1の課題は,本件請求項1に記載のとおり,二相ステンレス鋼の管を製造する方法において,それぞれ所定量のC,Cr,Ni,Si,Mo,Cu,Mn,N,P,Sを含み,残部がFe及び不可避的不純物からなり,少なくとも23.0のPRE値を有する二相ステンレス鋼を対象として,工程a)?g)の各工程を行うことによって,解決できることが理解できる。
(イ)また,本件発明1においては,上記の二相ステンレス鋼において,さらに,「任意選択的に,Al,V,Nb,Ti,O,Zr,Hf,Ta,Mg,Ca,La,Ce,Y及びBからなる群から選択される1種以上の元素 1.0以下」を含むことが特定されている。
上記の任意選択元素について,本件明細書には,以下の記載がある。
「先又は以下に記載の二相ステンレス鋼は,Al,V,Nb,Ti,O,Zr,Hf,Ta,Mg,Ca,La,Ce,Y及びBの群から選択される1種以上の元素を場合によって含んでいてもよい。これらの元素は,例えば脱酸性,耐食性,熱間延性又は機械加工性を高めるために,製造プロセス中に添加される。しかし,当該技術分野で知られているように,これらの元素の添加は,どの元素が存在するかによって制限されなければならない。したがって,これらの元素が添加される場合の合計含有量は,1.0wt%以下である。」(【0039】)
本件明細書の上記記載によれば,本件発明1における任意選択元素は,二相ステンレス鋼において,例えば,脱酸性,耐食性,熱間延性又は機械加工性等の各種特性を改良するために,必要に応じて含有させる元素であり,これらの元素を,いかなる特性を改良するものであるかにかかわらず,ひとまとめにして列挙し,その合計含有量を特定するものであることが理解できる。
二相ステンレス鋼において,上記の各元素を含有させることにより得られる効果や,その含有量については,当業者に広く知られており,例えば,Bについては,甲1【0033】,甲2【0043】に記載されるとおりである。当業者であれば,上記の任意選択元素の群から目的に応じて元素の種類を選択し,その含有量を設定することは,適宜なし得ることといえる。
そして,そのようにして選択された元素を二相ステンレス鋼に含有させた場合であっても,これらの元素が任意選択元素であって,付加的に各種特性を改良するにすぎないものと解される以上,上記(ア)で述べた,任意選択元素を含有しない場合と同様に,本件発明1の課題が解決できることが理解できるといえる。
また,このことは,本件明細書に,任意選択元素を含有させた場合の具体例(実施例)が記載されていないとしても,変わるものではない。
(ウ)この点,申立人は,本件発明1のうち,任意選択元素を含有させた場合について,実際に本件発明1の課題が解決できないことを具体的な根拠を示して主張するものではない。
(エ)以上のことは,本件発明2?15についても同様である。
よって,申立人の主張は採用できない。

(2)実施例においてアニール条件が少ないことについて
ア 申立人は,本件発明1においては,「工程g)が,前記管を950℃?1060℃の範囲の温度に0.3?10分間供することと,1?6vol%の窒素ガスを含み,残部がH_(2)又は不活性ガスであるガス混合物からなる雰囲気に供する」ことが特定されているところ,本件明細書には,アニール温度が950℃未満,1060℃超の比較例がなく,アニール時間が0.3分未満,10分超の比較例がなく,雰囲気中の窒素含有量が1vol%未満,6vol%超の比較例がないため,本件明細書の【0010】?【0012】にそれぞれ示唆された事項が客観的証拠とともに立証されておらず,また,本件明細書には,窒素と残部がアルゴンガスであるガス混合物からなる雰囲気の実施例しか記載されていないから,上記工程g)を備えた本件発明1であれば,本件発明1の課題が解決できることを当業者は認識できないと主張する。また,本件発明2?15についても同様に主張する。(申立書17?20頁)

イ しかしながら,申立人が指摘するような比較例等の客観的証拠がないとしても,本件明細書の【0010】?【0012】にそれぞれ示唆された事項の内容は,当業者であれば,当該記載のみからでも十分に理解できるといえる(例えば,アニール温度についていえば,本件明細書の【0010】の記載のみからでも,アニール温度が低ければフェライト含有量が低くなり,アニール温度が高ければフェライト含有量が高くなることが理解できる。)から,上記工程g)を備えた本件発明1であれば,本件発明1の課題が解決できることを当業者は認識できる。
また,本件明細書に,窒素と残部がアルゴンガスであるガス混合物からなる雰囲気の実施例しか記載されていないとしても,本件明細書の【0008】の記載(最適な材料特性に到達するためには,雰囲気は1?6vol%の窒素と、H_(2)又は不活性ガスから選択される残部とからなるガス混合物を含んでいる必要がある旨の記載)から,上記工程g)を備えた本件発明1であれば,本件発明1の課題が解決できることを当業者は認識できる。
以上のことは,本件発明2?15についても同様である。
よって,申立人の主張は採用できない。

(3)実施例において効果が立証されていないことについて
ア 申立人は,本件明細書の実施例においては,製造された二相ステンレス鋼管について,耐食性,衝撃靱性,引張強度,疲労強度が測定されておらず,また,オーステナイトとフェライトの相の特定,面積率,体積率が測定されていないから,当業者は,本件発明1によって本件発明1の課題が解決できるか理解できず,また,適切な相バランスの二相ステンレス鋼管が得られるか理解できないと主張する。また,本件発明2?15についても同様に主張する。(申立書20?21頁)

イ しかしながら,本件明細書の実施例においては,「内燃機関の燃焼室内に噴射される燃料を導通させるための燃料噴射システム内でGDIレールとして使用することができる。」(【0045】),「内燃機関の燃焼室内に噴射される燃料を導通させるための燃料噴射システム内で燃料ラインとして使用された。」(【0046】)との記載があり,製造された二相ステンレス鋼管が,これらの用途に必要とされる耐食性,衝撃靱性,引張強度及び疲労強度等の各種特性を有していることが示唆されているといえる。
また,実施例において製造された二相ステンレス鋼管について,上記の各測定がなされていないとしても,本件発明1の課題が解決できることが理解できることは,上記(1)イで述べたとおりである。
さらに,本件明細書の「工程g)」に関する記載(【0008】,【0010】,【0012】)のほか,二相ステンレス鋼の組成に関する記載(【0028】?【0040】)によれば,当業者であれば,適切な相バランスの二相ステンレス鋼管が得られることが理解できる。
以上のことは,本件発明2?15についても同様である。
よって,申立人の主張は採用できない。

(4)まとめ
したがって,申立理由2(サポート要件)によっては,本件特許の請求項1?15に係る特許を取り消すことはできない。

4 申立理由3(委任省令要件)
(1)申立人は,本件発明1は,特定の化学組成の二相ステンレス鋼管に対し,所定の二相ステンレス鋼管の製造方法を適用し,さらに特定の条件のアニールを実施することで,「二相ステンレス鋼の管の製造によって,耐食性(一般的な腐食及び孔食に対する耐性)に対する高度な要件並びに所定の衝撃靱性,所定の引張強度及び所定の疲労強度が存在するような用途に適した特性を管が示すようになる方法を提供する」という本件発明1の課題を解決するものであるところ,上記3(3)アで主張したとおり,本件明細書の実施例においては,製造された二相ステンレス鋼管について,耐食性,衝撃靱性,引張強度,疲労強度が測定されていないため,当業者は,特定の化学組成の二相ステンレス鋼管に対し,所定の二相ステンレス鋼管の製造方法を適用し,さらに特定の条件のアニールを実施した場合に,二相ステンレス鋼管の組織や特性が具体的にどのように変化するのか理解できないから,当業者は,本件発明1の課題に対して,その解決手段として,本件発明1によってどのように課題が解決されたか認識できず,当業者は,本件明細書及び出願時の技術常識に基づいて,本件発明1の課題の解決手段を理解することができないと主張する。また,本件発明2?15についても同様に主張する。(申立書21?22頁)

(2)しかしながら,上記3(3)イで述べたとおり,本件明細書の実施例における【0045】,【0046】の記載から,製造された二相ステンレス鋼管が,耐食性,衝撃靱性,引張強度及び疲労強度等の各種特性を有していることが示唆されているといえる。
本件明細書には,内燃機関の燃焼室内に噴射される燃料を導通させるためのGDIレールのような用途には,耐食性(一般的な腐食及び孔食に対する耐性),衝撃靱性、引張強度及び疲労強度が必要とされ,実質的に中間相(特にシグマ相及び窒化クロム)がない微細構造を呈している必要があることが記載され(【0005】,【0006】),最適な材料特性に到達するためには,アニーリング温度は950から1060℃の範囲でなければならず、雰囲気は1?6vol%の窒素と、H_(2)又は不活性ガスから選択される残部とからなるガス混合物を含んでいる必要があることが記載されている(【0008】)。
また,本件明細書には,アニーリング温度及び時間と,中間相,再結晶化,結晶粒成長,フェライト含有量,耐食性及び機械的特性との関係について記載され(【0009】?【0011】),アニーリングにおける窒素を含む雰囲気と,二相ステンレス鋼の表面の窒素含有量,耐食性,機械的特性及びオーステナイトの形成との関係について記載され(【0012】),さらに,各合金元素と,二相ステンレス鋼の組織や特性との関係についても記載されている(【0028】?【0040】)。
本件明細書の上記記載によれば,当業者であれば,特定の化学組成の二相ステンレス鋼管に対し,所定の二相ステンレス鋼管の製造方法を適用し,さらに特定の条件のアニールを実施した場合に,二相ステンレス鋼管の組織や特性が具体的にどのように変化するのか理解できるといえる。
以上のことは,本件発明2?15についても同様である。
よって,申立人の主張は採用できない。

(3)まとめ
したがって,申立理由3(委任省令要件)によっては,本件特許の請求項1?15に係る特許を取り消すことはできない。

第5 むすび
以上のとおり,特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?15に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件特許の請求項1?15に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2021-06-23 
出願番号 特願2017-552813(P2017-552813)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (C21D)
P 1 651・ 537- Y (C21D)
P 1 651・ 121- Y (C21D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鈴木 毅  
特許庁審判長 亀ヶ谷 明久
特許庁審判官 井上 猛
渡部 朋也
登録日 2020-09-14 
登録番号 特許第6763876号(P6763876)
権利者 サンドビック インテレクチュアル プロパティー アクティエボラーグ
発明の名称 二相ステンレス鋼管の製造方法  
代理人 園田・小林特許業務法人  

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