• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B01J
審判 全部申し立て 2項進歩性  B01J
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B01J
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B01J
管理番号 1377769
異議申立番号 異議2020-700489  
総通号数 262 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-10-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-07-14 
確定日 2021-07-15 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6646759号発明「イオン交換膜、この製造方法、及びこれを含むエネルギー貯蔵装置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6646759号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1-7、10-12]、[8-9]について、訂正することを認める。 特許第6646759号の請求項1ないし12に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6646759号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし12に係る特許についての出願は、2018年(平成30年)2月28日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理、大韓民国、平成29年4月27日)を国際出願日とする出願であって、令和2年1月15日にその特許権の設定登録(請求項の数12)がされ、同年2月14日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後、その特許に対し、令和2年7月14日に特許異議申立人 特許業務法人朝日奈特許事務所(以下、「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:全請求項)がされ、同年10月16日付けで取消理由が通知され、令和3年1月18日に特許権者 コーロン インダストリーズ インク(以下、「特許権者」という。)より意見書の提出及び訂正の請求がされ、同年2月5日付けで特許法第120条の5第5項に基づく訂正請求があった旨の通知を特許異議申立人に行ったところ、同年3月11日に特許異議申立人より意見書の提出があり、同年4月9日付けで訂正拒絶理由が通知されたところ、同年5月25日に訂正請求書の補正書が提出(以下、訂正請求書の補正書により補正された訂正請求書を「本件訂正請求」という。)されたものである。

第2 訂正の可否についての判断

1 訂正の内容

本件訂正請求による訂正の内容は、以下のとおりである。(下線は、訂正箇所について合議体が付したものである。)

(1) 訂正事項1

特許請求の範囲の請求項1の
「複数の空隙(pore)を含む多孔性支持体と、
前記多孔性支持体の第1の面に位置し、一部が前記多孔性支持体の第1の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第1の面上にて第1のイオン伝導体層を形成する第1のイオン伝導体と、
前記多孔性支持体の第2の面に位置し、一部が前記多孔性支持体の第2の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第2の面上にて第2のイオン伝導体層を形成する第2のイオン伝導体と、
を備え、
前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、親水性繰り返し単位及び疎水性繰り返し単位を含む重合体であり、
前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体とは、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が互いに相違しており、
前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高く、
前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体との厚さの比は、9:1?6:4であるイオン交換膜。」
を、
「複数の空隙(pore)を含む多孔性支持体と、
前記多孔性支持体の第1の面に位置し、一部が前記多孔性支持体の第1の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第1の面上にて第1のイオン伝導体層を形成する第1のイオン伝導体と、
前記多孔性支持体の第2の面に位置し、一部が前記多孔性支持体の第2の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第2の面上にて第2のイオン伝導体層を形成する第2のイオン伝導体と、
を備え、
前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、親水性繰り返し単位及び疎水性繰り返し単位を含む重合体であり、
前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体とは、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が互いに相違しており、
前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高く、
前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体との厚さの比は、9:1?6:4であり、
前記第1のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位とが、互いに等しく、
前記第1のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位とが、互いに等しいイオン交換膜。」
と訂正する。
併せて、請求項1を直接または間接的に引用する、請求項2ないし7及び10ないし12についても、同様に訂正する。

(2) 訂正事項2

特許請求の範囲の請求項8の
「複数の空隙を含む多孔性支持体を用意するステップと、
前記多孔性支持体の第1の面に、一部が前記多孔性支持体の第1の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第1の面上にて第1のイオン伝導体層をなす第1のイオン伝導体を形成するステップと、そして、
前記多孔性支持体の第2の面に、一部が前記多孔性支持体の第2の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第2の面上にて第2のイオン伝導体層をなす第2のイオン伝導体を形成するステップと、を含み、
前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、親水性繰り返し単位及び疎水性繰り返し単位を含む重合体であり、
前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体とは、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が互いに相違しており、
前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高く、
前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体との厚さの比は、9:1?6:4であるイオン交換膜の製造方法。」
を、
「複数の空隙を含む多孔性支持体を用意するステップと、
前記多孔性支持体の第1の面に、第1イオン伝導体溶液を用いて、一部が前記多孔性支持体の第1の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第1の面上にて第1のイオン伝導体層をなす第1のイオン伝導体を形成するステップと、そして、この後、
前記多孔性支持体の第2の面に、第2イオン伝導体溶液を用いて、一部が前記多孔性支持体の第2の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第2の面上にて第2のイオン伝導体層をなす第2のイオン伝導体を形成するステップと、を含み、
前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、親水性繰り返し単位及び疎水性繰り返し単位を含む重合体であり、
前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体とは、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が互いに相違しており、
前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高く、
前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体との厚さの比は、9:1?6:4であり、
前記第1のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位とが、互いに等しく、
前記第1のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位とが、互いに等しいイオン交換膜の製造方法。」
と訂正する。
併せて、請求項8を引用する請求項9についても、同様に訂正する。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び、特許請求の範囲の拡張・変更の存否

(1) 訂正事項1について
訂正事項1に係る請求項1の訂正は、第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体に関し、「前記第1のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位とが、互いに等しく、前記第1のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位とが、互いに等しい」ことを限定するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体の「親水性繰り返し単位」、「疎水性繰り返し単位」として同じものを用いることは、明細書の段落【0198】ないし【0217】の製造例1-1ないし1-6及び段落【0220】ないし【0225】の実施例1-1ないし1-3に記載されている。
してみると、訂正事項1に係る請求項1に係る訂正は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。
請求項1を直接または間接的に引用する、請求項2ないし7及び10ないし12についても、同様である。

(2) 訂正事項2について
訂正事項2に係る請求項8の訂正は、第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体に関し、それぞれ「第1イオン伝導体溶液」、「第2イオン伝導体溶液」を用いて形成すること、及び、「前記第1のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位とが、互いに等しく、前記第1のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位とが、互いに等しい」ことを限定するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、第1のイオン伝導体及び第2のイオン伝導体を形成するにあたり、それぞれ「第1イオン伝導体溶液」、「第2イオン伝導体溶液」を用いること、及び、第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体の「親水性繰り返し単位」、「疎水性繰り返し単位」として同じものを用いることは、明細書の段落【0198】ないし【0217】の製造例1-1ないし1-6及び段落【0220】ないし【0225】の実施例1-1ないし1-3に記載されている。
してみると、訂正事項2に係る請求項8に係る訂正は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。
請求項8を引用する請求項9についても、同様である。

(3) まとめ
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1-7、10-12]、[8-9]について訂正することを認める。

第3 本件発明

上記第2のとおりであるから、本件特許の請求項1ないし12に係る発明(以下、順に「本件発明1」のようにいう。また、本件発明1ないし本件発明12を総称して、「本件発明」という場合がある。)は、令和3年5月25日に提出された補正書により補正された訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし12に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
複数の空隙(pore)を含む多孔性支持体と、
前記多孔性支持体の第1の面に位置し、一部が前記多孔性支持体の第1の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第1の面上にて第1のイオン伝導体層を形成する第1のイオン伝導体と、
前記多孔性支持体の第2の面に位置し、一部が前記多孔性支持体の第2の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第2の面上にて第2のイオン伝導体層を形成する第2のイオン伝導体と、
を備え、
前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、親水性繰り返し単位及び疎水性繰り返し単位を含む重合体であり、
前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体とは、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が互いに相違しており、
前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高く、
前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体との厚さの比は、9:1?6:4であり、
前記第1のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位とが、互いに等しく、
前記第1のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位とが、互いに等しいイオン交換膜。

【請求項2】
前記第1のイオン伝導体は、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が1:2?1:3であり、
前記第2のイオン伝導体は、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が1:3?1:4である請求項1に記載のイオン交換膜。
【請求項3】
前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、各々独立に炭化水素系イオン伝導体であり、
前記多孔性支持体は、炭化水素系多孔性支持体である請求項1に記載のイオン交換膜。
【請求項4】
前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、各々独立に前記多孔性支持体の空隙を満たしている請求項1に記載のイオン交換膜。
【請求項5】
前記第1のイオン伝導体層と前記第2のイオン伝導体層との厚さは、各々独立に、前記多孔性支持体の全体の厚さの10?200%である請求項1に記載のイオン交換膜。
【請求項6】
前記イオン交換膜は、前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体を備える前記多孔性支持体が複数個積層された請求項1に記載のイオン交換膜。
【請求項7】
前記イオン交換膜は、第1の多孔性支持体における第1のイオン伝導体または第2のイオン伝導体が、第2の多孔性支持体における第1のイオン伝導体または第2のイオン伝導体と、互いに向かい合うように積層された請求項6に記載のイオン交換膜。
【請求項8】
複数の空隙を含む多孔性支持体を用意するステップと、
前記多孔性支持体の第1の面に、第1イオン伝導体溶液を用いて、一部が前記多孔性支持体の第1の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第1の面上にて第1のイオン伝導体層をなす第1のイオン伝導体を形成するステップと、そして、この後、
前記多孔性支持体の第2の面に、第2イオン伝導体溶液を用いて、一部が前記多孔性支持体の第2の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第2の面上にて第2のイオン伝導体層をなす第2のイオン伝導体を形成するステップと、を含み、
前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、親水性繰り返し単位及び疎水性繰り返し単位を含む重合体であり、
前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体とは、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が互いに相違しており、
前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高く、
前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体との厚さの比は、9:1?6:4であり、
前記第1のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位とが、互いに等しく、
前記第1のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位とが、互いに等しいイオン交換膜の製造方法。
【請求項9】
前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体を含む前記多孔性支持体を複数個製造するステップと、
前記複数個の多孔性支持体を積層するステップと、
をさらに含む請求項8に記載のイオン交換膜の製造方法。
【請求項10】
請求項1に記載のイオン交換膜を含むエネルギー貯蔵装置。
【請求項11】
前記エネルギー貯蔵装置は、燃料電池である請求項10に記載のエネルギー貯蔵装置。
【請求項12】
前記エネルギー貯蔵装置は、レドックスフロー電池(redoxflowbattery)である請求項10に記載のエネルギー貯蔵装置。」

第4 特許異議申立書に記載された特許異議申立理由について

特許異議申立人が特許異議申立書において、請求項1ないし12に係る特許に対して申し立てた特許異議申立理由の要旨は、次のとおりである。

申立理由1-1(新規性) 本件特許の請求項1ないし5、8、10及び12に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

申立理由1-2(新規性) 本件特許の請求項1、3ないし5、8、10及び11に係る発明は、甲第2号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

申立理由2-1(進歩性) 本件特許の請求項1ないし12に係る発明は、甲第1号証に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

申立理由2-2(進歩性) 本件特許の請求項1ないし12に係る発明は、甲第2号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

申立理由3(実施可能要件) 本件特許の請求項1ないし12に係る発明は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

申立理由3は、概略次のとおりである。

本件発明1は、構成要件1I「前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体との厚さの比は、9:1?6:4である」を必須とする。
しかしながら、本件特許明細書の段落【0159】及び図1に示されているように、第1のイオン伝導体の厚さは、多孔性支持体の内部の空隙に含浸された厚さと第1のイオン電導体層の厚さをあわせたものであり、同様に、第2のイオン伝導体の厚さは、多孔性支持体の内部の空隙に含浸された厚さと第2のイオン電導体層の厚さをあわせたものである。そして、構成要件1Iは、第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体との厚さの比を特定したものである。
多孔性支持体へのイオン伝導体の含浸量を制御し、かつ最終的に得られるイオン交換膜の第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体との厚さを特定の比率に制御するには、多くの条件や要素を考慮する必要があるが、本件特許明細書にはまったく記載されていない。また、上記制御手段は本件特許出願時の技術常識でもない。
したがって、当業者が構成要件1Iを制御、実施することは困難であるか、もしくは過度の試行錯誤を必要とする。
以上より、本件特許発明1?12は、当業者が発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。

申立理由4(サポート要件) 本件特許の請求項1ないし12に係る発明は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

申立理由4は、概略次のとおりである。

本件特許発明1は、構成要件1H「前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高く」を必須とする。
構成要件1Hを具備することによる効果は、【0145】?【0149】の記載から、「イオン交換膜の形態安定性を確保し、バナジウムイオンのクロスオーバーを減少させてイオン交換膜の耐久性能を確保すること」にあると認められる。
ここで、構成要件1Hには、第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体の組み合わせにおいて、上記モル比が僅かに高い組み合わせから大幅に高い組み合わせまで広範囲のものが含まれる。
しかしながら、本件特許発明の具体例である実施例では、上記モル比が1:3.5である第1イオン伝導体と上記モル比が1:2.5である第2のイオン伝導体との組み合わせのみしか、上記効果が確認されていない。
してみると、構成要件1Hで特定される全ての範囲において上記効果が奏されること(すなわち、本件特許発明の課題が解決されること)は、発明の詳細な説明の記載から把握することができない。
また、上記実施例におけるわずかな例に基づいて、構成要件1Hに規定された広範な範囲に関しても同様に、本件特許発明の課題が解決され得ることは、出願時の技術常識にも該当しない。
以上より、本件特許発明1は、発明の詳細な説明に記載された範囲を超えている。本件特許発明2?12についても同様である。

申立理由5(明確性) 本件特許の請求項1ないし12に係る発明は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

申立理由5は、概略次のとおりである。

上記構成要件1Iについて、本件特許明細書の【0159】及び図1に示されているように、第1のイオン伝導体の厚さは、多孔性支持体の内部の空隙に含浸された厚さと第1のイオン伝導体層の厚さを合わせたものであり、同様に、第2のイオン電導体層の厚さは、多孔性支持体の内部の空隙に含浸された厚さと第2のイオン電導体層の厚さを合わせたものであると開示されている。
つまり、構成要件1Iで特定された厚み比率を確定するには、多孔性支持体内部における第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体との界面を確認し、特定する必要がある。
しかし、本件特許明細書には、上記界面の確認方法及び特定方法が記載されていない。
界面の確認方法については、断面観察や元素分析する方法が考えられる。
しかし、本件特許発明の具体例である実施例で使用されている第1のイオン伝導体のポリマーと第2のイオン伝導体のポリマーとは、親水性繰り返し探知と疎水性繰り返し単位とのモル比が異なるのみで分子構造が同一であるので、断面観察や元素分析では界面の存在を確認するのは困難である。
次に、界面の特定方法について検討する。本件特許発明の具体例である実施例における含浸方法は、まず、多孔性支持体の一面に製造例1-2にてせいぞうされた相対的に親水性繰り返し単位のモル比が高いイオン伝導体を含浸させて、多孔性支持体の一面のポアを満たした後、多孔性支持体の一面の表面に第1のイオン電導体層を形成させ、多孔性支持体の他面に製造例1-1において製造された相対的に疎水性繰り返し単位のモル比が高いイオン伝導体を含浸させて、多孔性支持体の他面のポアを満たした後、多孔性支持体の他面に第2のイオン電導体層を形成させるというものである。
ここで、第1のイオン伝導体溶液と第2のイオン伝導体溶液とは、溶媒(DMAc)およびポリマー濃度(20重量%)が同一である。
そうすると、最初に多孔性支持体に含浸させた第1のイオン伝導体溶液と後で含浸させた第2のイオン伝導体溶液とは、毛細管現象によって両溶液が接触する境界付近では互いに拡散して混ざり合うことは明らかであり、第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体との間に明確な界面が存在しないことは容易に理解できる。
以上のとおりであるから、本件特許発明1において、多孔性支持体内部における第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体との界面を特定することは困難である。
その結果、本件特許発明1は、構成要件1Iの厚み比率を、如何にして確定し得るか明確でないため、発明全体が不明確である。本件特許発明2?12についても同様である。

<証拠方法>
甲第1号証:国際公開第2014/034415号
甲第2号証:特開2007-329015号公報
甲第3号証:特開2006-202532号公報
甲第4号証:特開2006-331848号公報
甲第5号証:特開2007-257884号公報
甲第6号証:特開2009-64777号公報
甲第7号証:特開平10-45913号公報
甲第8号証:特開2003-31232号公報

第5 取消理由通知に記載した取消理由について

請求項1ないし12に係る特許に対して、当審が令和2年10月16日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。(なお、特許異議申立理由のうち、申立理由1-2、2-2、3はいずれも、取消理由に包含される。)

取消理由1(実施可能要件) 本件特許の請求項1?12についての特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

なお、取消理由1の具体的理由は次のとおりである。

(取消理由1-1) 第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体との厚さの比について

本件発明1?7、10?12、本件発明8及び9には、イオン交換膜について、「前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体との厚さの比は、9:1?6:4である」ことが特定されている。
この点に関して、本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落【0157】?【0159】には、
「【0157】
前記第1のイオン伝導体20と前記第2のイオン伝導体30とを導入することによって得る効果を考慮するとき、前記イオン交換膜1の全体の厚さに対して、前記第1のイオン伝導体20と前記第2のイオン伝導体30との厚さの比は、9:1?1:9でありうるし、具体的に9:1?6:4でありうるし、より具体的に8:2?6:4でありうる。
【0158】
すなわち、前記イオン交換膜1のイオン伝導度の性能を向上させながら前記イオン交換膜1の形態安定性を得るためには、前記親水性繰り返し単位のモル割合が相対的に高い前記第1のイオン伝導体20の厚さが、前記第2のイオン伝導体30の厚さより厚いことが有利である。
【0159】
ここで、前記第1のイオン伝導体20の厚さは、前記第1のイオン伝導体20が前記多孔性支持体10の内部の空隙に含浸された厚さ、及び、前記第1のイオン伝導体層21の厚さを合わせた厚さである。同様に、前記第2のイオン伝導体30の厚さは、前記第2のイオン伝導体30が前記多孔性支持体10の内部の空隙に含浸された厚さ、及び、前記第2のイオン伝導体層31の厚さを合わせた厚さである。」
と記載されており、ここで、「第1(第2)のイオン伝導体の厚さ」は、第1(第2)のイオン伝導体が多孔性支持体の内部の空隙に含浸された厚さ、及び、第1(第2)のイオン電導体層の厚さをあわせた厚さであるとされる。
そして、本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落【0220】?【0225】には、「[実施例1:イオン交換膜の製造]」として、次の記載がある。
「【0220】
[実施例1:イオン交換膜の製造]
(実施例1-1)
上記製造例1-1において製造した親水性繰り返し単位:疎水性繰り返し単位のモル比が1:3.5であるイオン伝導体と上記製造例1-2において製造した親水性繰り返し単位:疎水性繰り返し単位のモル比が1:2.5であるイオン伝導体とを各々DMAcに20重量%で溶解させてイオン伝導体溶液を製造した。
【0221】
次に、上記製造例2-1において製造した多孔性支持体の一面と他面に各々上記製造例1-1及び上記製造例1-2において製造されたイオン伝導体溶液を含浸させてイオン交換膜を製造した。
【0222】
具体的に、前記含浸方法は、まず、前記多孔性支持体を基準として一面に上記製造例1-2において製造された相対的に親水性繰り返し単位のモル比が高いイオン伝導体を含浸させて、前記多孔性支持体の一面のポアを満たした後、前記多孔性支持体の一面の表面に第1のイオン伝導体層を形成させ、前記多孔性支持体の他面に上記製造例1-1において製造された相対的に疎水性繰り返し単位のモル比が高いイオン伝導体を含浸させて、前記多孔性支持体の他面のポアを満たした後、前記多孔性支持体の他面の表面に第2のイオン伝導体層を形成させた。
【0223】
各面に対して30分間含浸させた後、減圧下で1時間の間放置し、80℃の真空で10時間の間乾燥してイオン交換膜を製造した。
【0224】
このとき、前記イオン伝導体の重量は、65mg/cm^(2)であった。また、前記製造されたイオン交換膜の全体に対して前記親水性繰り返し単位のモル比が相対的に高い上記製造例1-2において製造された第1のイオン伝導体が占める厚さ割合は、70%であり、前記疎水性繰り返し単位のモル比が相対的に高い上記製造例1-1において製造された第2のイオン伝導体が占める厚さ割合は、30%であった。このとき、前記厚さ割合は、前記多孔性支持体に含浸された厚さ及び前記多孔性支持体の表面に形成されたイオン伝導体層の厚さを合わせた厚さである。
【0225】
(実施例1-2及び実施例1-3)
上記実施例1-1において、上記製造例1-1及び製造例1-2において製造したイオン伝導体に代えて、上記製造例1-3及び製造例1-4において製造したイオン伝導体、及び上記製造例1-5及び製造例1-6において製造したイオン伝導体を使用したことを除いては、上記実施例1-1と同様に行ってイオン交換膜を製造した。」
上記実施例では、「前記製造されたイオン交換膜の全体に対して前記親水性繰り返し単位のモル比が相対的に高い上記製造例1-2において製造された第1のイオン伝導体が占める厚さ割合は、70%であり、前記疎水性繰り返し単位のモル比が相対的に高い上記製造例1-1において製造された第2のイオン伝導体が占める厚さ割合は、30%であった。このとき、前記厚さ割合は、前記多孔性支持体に含浸された厚さ及び前記多孔性支持体の表面に形成されたイオン伝導体層の厚さを合わせた厚さである。」と得られた結果が記載されているものの、明細書の発明の詳細な説明の他の記載全体を通じてみても、具体的に第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体の厚さをどのように制御するのかについての具体的な記載はない。
そして、本件実施例1-1で用いているような、ナノ繊維前駆体のウェブから作製される多孔性支持体は多数の空隙がつながっている構造であることからすれば、第1のイオン伝導体溶液を多孔性支持体に含浸させた場合に、多孔性支持体の厚みにおける含浸程度を制御することは通常困難であると考えられるし、また、そのような含浸厚みの制御方法が当業者において技術常識であったということもできない。
してみると、イオン交換膜について、「前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体との厚さの比は、9:1?6:4である」とする本件発明1の特定事項に関し、その厚さの比を範囲内の任意の点にあうように、イオン伝導体溶液を多孔性支持体に任意の厚みまで含浸させる制御ができるものということはできないし、また、当該特定事項を満たすものとするためには、当業者において、過度の試行錯誤を要するものであるといわざるを得ない。
したがって、本件発明1?7、10?12、本件発明8及び9は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしているとはいえない。

(取消理由1-2) 本件発明1?7、10?12、本件発明8及び9の実施例である、実施例1について

本件発明1?7、10?12、本件発明8及び9の具現化例である実施例1では、上記(1)でも摘記したとおり、本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落【0220】?【0225】の記載があり、段落【0224】には、「前記製造されたイオン交換膜の全体に対して前記親水性繰り返し単位のモル比が相対的に高い上記製造例1-2において製造された第1のイオン伝導体が占める厚さ割合は、70%であり、前記疎水性繰り返し単位のモル比が相対的に高い上記製造例1-1において製造された第2のイオン伝導体が占める厚さ割合は、30%であった。このとき、前記厚さ割合は、前記多孔性支持体に含浸された厚さ及び前記多孔性支持体の表面に形成されたイオン伝導体層の厚さを合わせた厚さである。」との記載がある。
ここで、製造例1-1、1-2を参照すると、製造例1-1、1-2で製造されているイオン伝導体は、親水性繰り返し単位と疎水性繰り返し単位は各々同じものであり、その割合が異なるのみである。
そして、段落【0220】の「上記製造例1-1において製造した親水性繰り返し単位:疎水性繰り返し単位のモル比が1:3.5であるイオン伝導体と上記製造例1-2において製造した親水性繰り返し単位:疎水性繰り返し単位のモル比が1:2.5であるイオン伝導体とを各々DMAcに20重量%で溶解させてイオン伝導体溶液を製造した。」との記載からも明らかなように、イオン伝導体溶液とするための溶媒も「DMAc」と同じものを用いている。
つまり、実施例1-1は、親水性繰り返し単位、疎水性繰り返し単位は同じものであって、その割合が異なるだけのものを、同じ溶媒に溶解したものを用い、2つのイオン伝導体を隣接して作製しようとするものであるといえるが、2つのイオン伝導体は、同じ親水性繰り返し単位、同じ疎水性繰り返し単位を有し、その割合が異なるだけで、かつ、同じ溶媒に溶解した溶液同士を接触させることとなるから、化学常識上、その界面は2つの相(層)として明確に分離するものではなく、混ざり合ってしまい、その界面を明確に認識することは困難であるものと考えられる。
すると、界面が不明確となるものであるならば、「第1のイオン伝導体」と「第2のイオン伝導体」の区別が付けられないこととなるから、両者の厚さの比を算出することはできないものとなる。
してみると、界面が不明確な状態となるものと考えられる実施例1-1において、いかにして、第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体の界面を特定し、厚みを算出することができたものか、当業者が実施できる程度に明細書に開示されているということができない。
したがって、本件発明1?7、10?12、本件発明8及び9は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしているとはいえない。

取消理由2(新規性) 本件特許の請求項1、3?5、8、10及び11に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第2号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

取消理由3(進歩性) 本件特許の請求項1?12に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第2号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

第6 当審の判断

1 取消理由についての判断

(1) 取消理由1(実施可能要件)について

ア 取消理由1-1について

本件特許明細書の段落【0218】には、
「[製造例2:多孔性支持体の製造]
(製造例2-1)
ポリアミック酸(polyamic acid)をジメチルホルムアミドに溶解させて480poiseの紡糸溶液5Lを製造した。製造された紡糸溶液を溶液タンクに移送した後、これを定量ギヤポンプを介して、ノズルが20個で構成され、高電圧が3kVで印加された紡糸チャンバに供給して紡糸し、ナノ繊維前駆体のウェブを製造した。この際、溶液供給量は、1.5ml/minであった。製造されたナノ繊維前駆体のウェブを350℃で熱処理して多孔性支持体(多孔度:40体積%)を製造した。」
と、多孔性支持体がいわゆる電界紡糸法で得られたものであり、さらに、段落【0221】?【0223】には、
「次に、上記製造例2-1において製造した多孔性支持体の一面と他面に各々上記製造例1-1及び上記製造例1-2において製造されたイオン伝導体溶液を含浸させてイオン交換膜を製造した。
具体的に、前記含浸方法は、まず、前記多孔性支持体を基準として一面に上記製造例1-2において製造された相対的に親水性繰り返し単位のモル比が高いイオン伝導体を含浸させて、前記多孔性支持体の一面のポアを満たした後、前記多孔性支持体の一面の表面に第1のイオン伝導体層を形成させ、前記多孔性支持体の他面に上記製造例1-1において製造された相対的に疎水性繰り返し単位のモル比が高いイオン伝導体を含浸させて、前記多孔性支持体の他面のポアを満たした後、前記多孔性支持体の他面の表面に第2のイオン伝導体層を形成させた。
各面に対して30分間含浸させた後、減圧下で1時間の間放置し、80℃の真空で10時間の間乾燥してイオン交換膜を製造した。」
と、イオン伝導体溶液を、多孔質支持体のそれぞれの面から含浸させたことが記載されている。
多孔質支持体にイオン伝導体溶液を含浸させるにあたり、イオン伝導体溶液の多孔性支持体への染み込み易さや含浸させる厚み(深さ)に応じて、第1(第2)イオン伝導体溶液の量や粘度等を調整することは、当業者にとって当然のことであるから、実施にあたり、第1(第2)イオン伝導体溶液の量や粘度等を調整し、「前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体との厚さの比は、9:1?6:4」となるように実施することは、当業者にとって過度の試行錯誤を要するものであるとはいえない。

この点について、特許異議申立人は、令和3年3月11日に提出した意見書において、イオン伝導体溶液の多孔性支持体への染み込み易さの程度をどのようにして求めるのか、また、この染み込み易さの程度に応じてイオン伝導体溶液の濃度をどのような範囲に設定するのか具体的に示されていないこと、第1のイオン伝導体の多孔性支持体への含浸程度を制御する技術の特定がないことなどをあげ、本件特許明細書は、本件特許発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではない旨主張する。
しかし、実際に含浸させてみれば当該イオン伝導体溶液の多孔性支持体への染み込み易さ(染み込み速度やその他挙動)は明らかになることであり、これらの知見をもとに、多孔性支持体に対するイオン伝導体溶液の含浸程度を調整し制御することは、当業者ならば過度の試行錯誤を要するものであるとはいえない。
よって、特許異議申立人の当該主張は採用しない。

イ 取消理由1-2について

本件特許明細書の段落【0221】?【0223】に記載(上記アを参照)されているように、第1のイオン伝導体層を形成させた後に、第2のイオン伝導体層を形成する場合、第1のイオン伝導体層は一旦固化される以上、その界面は、当業者であれば当然認識できる。
また、そうでないとしても、2つのイオン伝導体層の界面については、厚み方向の位置ごとに分析(FT-IRなど)することにより、当業者ならば認識することが可能であるといえる。

ウ 取消理由1のまとめ

上記ア、イのとおりであるから、本件発明1ないし12に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たすものであり、特許法第113条第4号の規定により取り消すことはできない。

(2) 取消理由2(新規性)及び取消理由3(進歩性)について

ア 甲第2号証の記載事項等

(ア) 甲第2号証の記載事項

「【請求項1】
イオン導電性を有する第1の電解質層と、イオン導電性を有し、前記第1の電解質層よりも厚い第2の電解質層と、前記第1の電極層と前記第2の電極層の間に形成されるイオン導電性の電解質を含浸させた多孔質層とを有するメタノール燃料電池用電解質膜。
【請求項2】
イオン導電性を有する第1の電解質層と、イオン導電性を有し、前記第1の電解質層よりもイオン交換当量の大きい第2の電解質層と、前記第1の電極層と前記第2の電極層の間に形成されるイオン導電性の電解質を含浸させた多孔質層とを有するメタノール燃料電池用電解質膜。
【請求項3】
イオン導電性を有する第1の電解質層と、イオン導電性を有し、前記第1の電解質層よりも数平均分子量が大きい第2の電解質層と、前記第1の電極層と前記第2の電極層の間に形成されるイオン導電性の電解質を含浸させた多孔質層とを有するメタノール燃料電池用電解質膜。
【請求項4】
前記第1の電解質層が炭化水素系電解質層であり、前記第2の電解質層の化学式が異なる炭化水素系電解質層であることを特徴とする請求項2,3記載の固体高分子電解質膜。
【請求項5】
前記固体高分子電解質膜が、イオン交換基を持つ芳香族炭化水素系高分子電解質であることを特徴とする請求項1?3に記載の固体高分子電解質膜。
【請求項6】
前記固体高分子電解質膜が、イオン交換基を持つポリエーテルスルホンであることを特徴とする請求項1に記載の固体高分子電解質膜。
【請求項7】
前記イオン交換基が、スルホン酸基であることを特徴とする請求項6に記載の固体高分子電解質膜。
【請求項8】
前記固体高分子電解質膜が、前記第1の電解質層の厚みと前記第2の電解質層の電解質層の厚みの比が1:10?4:5であることを特徴とする請求項1に記載の固体高分子電解質膜。
【請求項9】
前記固体高分子電解質膜が、前記第1の電解質層の厚みが5?40μm、前記第2の電解質層の厚みが10?50μmであることを特徴とする請求項1に記載の固体高分子電解質膜。
【請求項10】
前記固体高分子電解質膜において、前記第2の電解質層の電解質層に隣接して空気極触媒層を形成し、前記第1の電解質層に隣接して燃料極触媒層を形成したことを特徴とする請求項1に記載の膜電極接合体。
【請求項11】
前記固体高分子電解質膜において、前記第2の電解質層に隣接して空気極触媒層を形成し、前記第1の電解質層に隣接して燃料極触媒層を形成したことを特徴とする請求項2に記載の膜電極接合体。
【請求項12】
前記固体高分子電解質膜において、前記第2の電解質層に隣接して空気極触媒層を形成し、前記第1の電解質層に隣接して燃料極触媒層を形成したことを特徴とする請求項3に記載の膜電極接合体。
【請求項13】
請求項10?12に記載の膜-電極接合体のいずれかを有する燃料電池。」

「【0024】
以下実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0025】
(電解質複合膜の作製)
数平均分子量4×10^(4),イオン交換当量重量が8×10^(2)g/当量のスルホン化ポリエーテルスルホン(S-PES)をN,N-ジメチルアセトアミドに溶解して30重量%の電解質溶液を作製した。その電解質溶液をガラス基板上に流延塗布し、その上にポリオレフィン多孔質膜を置いて含浸させ、さらにその上から電解質溶液を流延塗布した。その際、電解質の流延量を制御することで高分子層の両面にある電解質層の厚みを変化させた。その後80℃で20分、次いで120℃で20分加熱乾燥して溶液中の溶媒を除去し、一対の電解質層の内側に多孔質層を有する電解質膜で一方の電解質層の厚みが他方の電解質層の厚みよりも大きい固体高分子電解質複合膜を作製した。図1にこの固体高分子電解質複合膜の断面構造図を示す。1が電解質複合膜、2が多孔質層、3が電解質層、4が電解質層3よりも厚みが大きい電解質層である。得られた電解質複合膜の断面観察により電解質複合膜全体の厚さは40μm、電解質層4の厚さが20μm、電解質層3の厚さが5μmであった。
(膜電極接合体の作製)
燃料極およびカーボンブラックにPtとRuをそれぞれ25wt%担持した電極触媒を用い、空気極としてPtを50wt%担持した電極触媒を用いた。この電極触媒にナフィオン溶液を電極触媒対ナフィオンの重量比が1対9となる割合で秤量し、混合して電極触媒ペーストを作製した。この電極触媒ペーストを電解質膜にスプレー塗布して、電極触媒層を形成した。その際、厚みが大きい電解質層に空気極触媒層を形成し、他方に燃料極触媒層を形成した。」

「【実施例4】
【0028】
(電解質複合膜の作製)
数平均分子量9×10^(4),イオン交換当量重量が7×10^(2)g/当量のスルホメチル化ポリエーテルスルホン(SM-PES)をN,N-ジメチルアセトアミドに溶解して23重量%の電解質溶液を作製した。その電解質溶液をガラス基板上に流延塗布し、その上にポリオレフィン多孔質膜を置いて含浸させ、さらにその上から実施例1で作製した電解質溶液を流延塗布した。その後80℃で20分、次いで120℃で20分加熱乾燥して溶液中の溶媒を除去し、一対の電解質層の内側に多孔質層を有する電解質膜で一方の電解質層の平均分子量が他方の電解質層の平均分子量よりも大きい固体高分子電解質複合膜を作製した。得られた電解質複合膜の断面観察により電解質複合膜全体の厚さは40μm、電解質層厚さはそれぞれ12μmであった。
(膜電極接合体の作製)
実施例1と同様の方法により作製した。その際、SM-PES電解質層に空気極触媒層を形成し、他方に燃料極触媒層を形成した。」
(なお、下線は当審で付したものである。他の証拠についても同様。)

(イ) 甲第2号証に記載された発明

(ア)の記載、特に実施例4の記載を中心に整理すると、甲第2号証には以下の発明が記載されていると認める。

「数平均分子量9×10^(4),イオン交換当量重量が7×10^(2)g/当量のスルホメチル化ポリエーテルスルホン(SM-PES)をN,N-ジメチルアセトアミドに溶解して23重量%の電解質溶液を作製し、その電解質溶液をガラス基板上に流延塗布し、その上にポリオレフィン多孔質膜を置いて含浸させ、さらにその上から、数平均分子量4×10^(4),イオン交換当量重量が8×10^(2)g/当量のスルホン化ポリエーテルスルホン(S-PES)をN,N-ジメチルアセトアミドに溶解して30重量%の電解質溶液としたものを流延塗布し、その後80℃で20分、次いで120℃で20分加熱乾燥して溶液中の溶媒を除去し、一対の電解質層の内側に多孔質層を有する電解質膜で一方の電解質層の平均分子量が他方の電解質層の平均分子量よりも大きい固体高分子電解質複合膜を作製したものであって、その電解質複合膜全体の厚さは40μm、電解質層厚さはそれぞれ12μmである、電解質複合膜。」(以下、「甲2複合膜発明」という。)

「数平均分子量9×10^(4),イオン交換当量重量が7×10^(2)g/当量のスルホメチル化ポリエーテルスルホン(SM-PES)をN,N-ジメチルアセトアミドに溶解して23重量%の電解質溶液を作製し、その電解質溶液をガラス基板上に流延塗布し、その上にポリオレフィン多孔質膜を置いて含浸させ、さらにその上から、数平均分子量4×10^(4),イオン交換当量重量が8×10^(2)g/当量のスルホン化ポリエーテルスルホン(S-PES)をN,N-ジメチルアセトアミドに溶解して30重量%の電解質溶液としたものを流延塗布し、その後80℃で20分、次いで120℃で20分加熱乾燥して溶液中の溶媒を除去し、一対の電解質層の内側に多孔質層を有する電解質膜で一方の電解質層の平均分子量が他方の電解質層の平均分子量よりも大きい固体高分子電解質複合膜を作製するものであって、その電解質複合膜全体の厚さは40μm、電解質層厚さはそれぞれ12μmである、電解質複合膜の製造方法。」(以下、「甲2複合膜製法発明」という。また、「甲2複合膜発明」と「甲2複合膜製法発明」を総称して、「甲2発明」という。)

イ 対比・判断

(ア) 本件発明1について

本件発明1と甲2複合膜発明とを対比する。
甲2複合膜発明の「ポリオレフィン多孔質膜」、「電解質複合膜」はそれぞれ、本件発明1の「複数の空隙(pore)を含む多孔性支持体」、「イオン交換膜」に相当する。
また、甲2複合膜発明の「数平均分子量9×10^(4),イオン交換当量重量が7×10^(2)g/当量のスルホメチル化ポリエーテルスルホン(SM-PES)」及び「数平均分子量4×10^(4),イオン交換当量重量が8×10^(2)g/当量のスルホン化ポリエーテルスルホン(S-PES)」は、その具体的な構造式の記載はないものの、技術常識(必要ならば甲第7号証の段落【0024】や甲第8号証の【請求項1】を参照されたい。)からみて、スルホン酸基を有する単位とスルホン酸基を有さない単位を含む重合体であるから、本件発明1の「前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、親水性繰り返し単位及び疎水性繰り返し単位を含む重合体」に相当するとともに、イオン交換当量重量の違いから、「前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体とは、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が互いに相違しており、
前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高」いとの要件を満たすことは明らかである。そして、そのイオン交換当量重量の値から見て、甲2複合膜発明の「数平均分子量9×10^(4),イオン交換当量重量が7×10^(2)g/当量のスルホメチル化ポリエーテルスルホン(SM-PES)」及び「数平均分子量4×10^(4),イオン交換当量重量が8×10^(2)g/当量のスルホン化ポリエーテルスルホン(S-PES)」はそれぞれ、本件発明1の「第1のイオン伝導体」及び「第2のイオン伝導体」に相当する。
さらに、甲2複合膜発明は、「一対の電解質層の内側に多孔質層を有する電解質膜で一方の電解質層の平均分子量が他方の電解質層の平均分子量よりも大きい固体高分子電解質複合膜」であるから、本件発明1の「前記多孔性支持体の第1の面上にて第1のイオン伝導体層を形成する第1のイオン伝導体」及び「前記多孔性支持体の第2の面上にて第2のイオン伝導体層を形成する第2のイオン伝導体」との事項を満たすことも明らかである。

してみると、両者は、
「複数の空隙(pore)を含む多孔性支持体と、
前記多孔性支持体の第1の面上にて第1のイオン伝導体層を形成する第1のイオン伝導体と、
前記多孔性支持体の第2の面上にて第2のイオン伝導体層を形成する第2のイオン伝導体と、
を備え、
前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、親水性繰り返し単位及び疎水性繰り返し単位を含む重合体であり、
前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体とは、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が互いに相違しており、
前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高い、
イオン交換膜。」
で一致し、次の点で相違する。

(相違点1-1)
第1のイオン伝導体、第2のイオン伝導体に関して、本件発明1は、「前記多孔性支持体の第1の面に位置し、一部が前記多孔性支持体の第1の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第1の面上にて第1のイオン伝導体層を形成する第1のイオン伝導体」及び「前記多孔性支持体の第2の面に位置し、一部が前記多孔性支持体の第2の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第2の面上にて第2のイオン伝導体層を形成する第2のイオン伝導体」であるのに対し、甲2複合膜発明では、そのような特定がない点。

(相違点1-2)
第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体との厚さの比について、本件発明1は「9:1?6:4」と特定されるのに対して、甲2複合膜発明では、そのような特定がない点。

(相違点1-3)
第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体について、本件発明1は、「前記第1のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位とが、互いに等しく、前記第1のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位とが、互いに等しい」ものであるのに対し、甲2複合膜発明では、そのような特定がない点。

事案に鑑み、相違点1-2についてまず検討する。

甲2複合膜発明において、電解質複合膜全体の厚さは40μm、電解質層厚さはそれぞれ12μmであるが、電解質複合膜を構成する「ポリオレフィン多孔質膜」中における各電解質層の厚みは明らかではない。そして、ポリエチレン多孔質膜の外側にあたる電解質層厚さがそれぞれ12μmであることからすれば、ポリオレフィン多孔質膜中の厚さも、それぞれ同じ厚さであるとも考えられるから、甲2複合発明において、第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体との厚さの比が「9:1?6:4」であるということはできない。
そうすると、相違点1-2は実質的な相違点であるから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は甲2複合膜発明ではない。
次に、甲第2号証には、第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体との厚さの比について、「9:1?6:4」とすることを示唆する記載はなく、また、特許異議申立人が提示する何れの証拠にも、第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体との厚さの比を「9:1?6:4」とすることについての記載もない。
してみれば、甲2複合膜発明において、相違点1-2に係る本件発明1の特定事項を導くことはできない。
そして、本件発明1は、その特定事項を満たすことにより、明細書の段落【0038】記載の格別顕著な効果を奏するものである。
よって、他の相違点については検討するまでもなく、本件発明1は、甲2複合発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(イ) 本件発明2ないし7及び10ないし12について

本件発明2ないし7及び10ないし12はいずれも、請求項1の記載を直接又は間接的に引用するものである。
そして、本件発明1は、甲2複合膜発明ではないから、本件発明1の全ての特定事項を含む本件発明3ないし5、8、10及び11もまた、甲2複合膜発明ではない。
また、本件発明1は、甲2複合膜発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件特許発明1の全ての特定事項を含む本件特許発明2ないし7及び10ないし12もまた、甲2複合膜発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(ウ) 本件発明8について
本件発明8と甲2複合膜製法発明とを対比する。
甲2複合膜製法発明の「ポリオレフィン多孔質膜」、「電解質複合膜の製造方法」はそれぞれ、本件発明8の「複数の空隙(pore)を含む多孔性支持体」、「イオン交換膜の製造方法」に相当する。
また、甲2複合膜製法発明の「数平均分子量9×10^(4),イオン交換当量重量が7×10^(2)g/当量のスルホメチル化ポリエーテルスルホン(SM-PES)」及び「数平均分子量4×10^(4),イオン交換当量重量が8×10^(2)g/当量のスルホン化ポリエーテルスルホン(S-PES)」は、その具体的な構造式の記載はないものの、技術常識(必要ならば甲第7号証の段落【0024】や甲第8号証の【請求項1】を参照されたい。)からみて、スルホン酸基を有する単位とスルホン酸基を有さない単位を含む重合体であるから、本件発明8の「前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、親水性繰り返し単位及び疎水性繰り返し単位を含む重合体」に相当するとともに、イオン交換当量重量の違いから、「前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体とは、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が互いに相違しており、
前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高」いとの要件を満たすことは明らかである。そして、そのイオン交換当量重量の値から見て、甲2複合膜製法発明の「数平均分子量9×10^(4),イオン交換当量重量が7×10^(2)g/当量のスルホメチル化ポリエーテルスルホン(SM-PES)」及び「数平均分子量4×10^(4),イオン交換当量重量が8×10^(2)g/当量のスルホン化ポリエーテルスルホン(S-PES)」はそれぞれ、本件発明8の「第1のイオン伝導体」及び「第2のイオン伝導体」に相当するとともに、甲2複合膜製法発明の「数平均分子量9×10^(4),イオン交換当量重量が7×10^(2)g/当量のスルホメチル化ポリエーテルスルホン(SM-PES)」を溶解した電解質溶液及び「数平均分子量4×10^(4),イオン交換当量重量が8×10^(2)g/当量のスルホン化ポリエーテルスルホン(S-PES)」を溶解した電解質溶液はそれぞれ、本件発明8の「第1のイオン伝導体溶液」及び「第2のイオン伝導体溶液」に相当する。
さらに、甲2複合膜製法発明は、「一対の電解質層の内側に多孔質層を有する電解質膜で一方の電解質層の平均分子量が他方の電解質層の平均分子量よりも大きい固体高分子電解質複合膜」であるから、本件発明8の「前記多孔性支持体の第1の面上にて第1のイオン伝導体層を形成する第1のイオン伝導体」及び「前記多孔性支持体の第2の面上にて第2のイオン伝導体層を形成する第2のイオン伝導体」との事項を満たすことも明らかである。

してみると、両者は、
「複数の空隙(pore)を含む多孔性支持体を用意するステップと、
前記多孔性支持体の第1の面に、第1イオン伝導体溶液を用いて、第1のイオン伝導体層を形成する第1のイオン伝導体を形成するステップと、
前記多孔性支持体の第2の面に、第2イオン伝導体溶液を用いて、第2のイオン伝導体層を形成する第2のイオン伝導体を形成するステップと、
を備え、
前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、親水性繰り返し単位及び疎水性繰り返し単位を含む重合体であり、
前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体とは、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が互いに相違しており、
前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高い、
イオン交換膜の製造方法。」
で一致し、次の点で相違する。

(相違点8-1)
第1のイオン伝導体、第2のイオン伝導体に関して、本件発明8は、「前記多孔性支持体の第1の面に位置し、一部が前記多孔性支持体の第1の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第1の面上にて第1のイオン伝導体層を形成する第1のイオン伝導体」及び「前記多孔性支持体の第2の面に位置し、一部が前記多孔性支持体の第2の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第2の面上にて第2のイオン伝導体層を形成する第2のイオン伝導体」であるのに対し、甲2複合膜製法発明では、そのような特定がない点。

(相違点8-2)
第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体との厚さの比について、本件発明8は「9:1?6:4」と特定されるのに対して、甲2複合膜製法発明では、そのような特定がない点。

(相違点8-3)
第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体について、本件発明8は、「前記第1のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位とが、互いに等しく、前記第1のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位とが、互いに等しい」ものであるのに対し、甲2複合膜製法発明では、そのような特定がない点。

事案に鑑み、相違点8-2についてまず検討する。
相違点8-2は、実質相違点1-2と同旨である。
よって、上記(ア)における検討と同様に、他の相違点については検討するまでもなく、本件発明8は、甲2複合膜製法発明ではなく、また、甲2複合膜製法発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(エ) 本件発明9について
本件発明9は、請求項8を引用するものである。
そして、本件発明8は、甲2複合膜製法発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件特許発明8の全ての特定事項を含む本件特許発明9もまた、甲2複合膜製法発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

ウ 取消理由2、3のまとめ
以上のとおり、本件発明1、3ないし5、8、10及び11は、甲2発明ではないから、特許法第29条第1項第3号に該当せず、また、本件発明1ないし12は、甲2発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、本件発明1ないし12に係る特許は、特許法第113条第2号の規定により取り消すことはできない。

2 取消理由に採用しなかった特許異議申立理由についての判断

(1) 申立理由1-1(新規性)及び申立理由2-1(進歩性)について

ア 甲第1号証の記載事項等

(ア) 甲第1号証の記載事項

「[0001] 本発明は、イオン交換樹脂と多孔質基材から成るイオン交換膜に関するものであり、特に、バナジウム系レドックス電池に有用である。」

「[0013] そこで、本発明の目的は、かかる事情に鑑み、低抵抗かつ長期充放電サイクルに耐久性に優れたバナジウム系レドックス電池用イオン交換膜を提供することにある。」

「[0041]本発明のバナジウム系レドックス電池用複合イオン交換膜において、多孔質材料による補強効果とイオン交換樹脂層による抵抗低減効果を発現させるためには、親水性構成成分と疎水性構成成分を含有するイオン交換樹脂層が多孔質材料の片面または両面の最外層に配置されていることが好ましく、両面の最外層に配置されていることがより好ましい。イオン交換樹脂層を多孔質材料の片面または両面の最外層に配置させることにより、電解液とイオン交換膜との界面抵抗を十分に下げることができる。
[0042]親水性構成成分と疎水性構成成分を含有するイオン交換樹脂層において、各層の厚みについては、5?50μmであることが好ましく、10?30μmであることがより好ましい。イオン交換樹脂層の厚みを上記範囲内にすることで、複合イオン交換膜の低抵抗化、バナジウムイオンの透過抑制、長期充放電サイクルに対する耐久性をすべて満たすことができる。イオン交換樹脂層の厚みが50μm以上の場合、バナジウムイオンの透過抑制と長期充放電サイクル耐久性は向上するが、複合イオン交換膜の膜抵抗が著しく上昇してしまう。5μm以下でも上記の性能をすべて満たすこともできるが、厚み制御の容易さから、5μm以上であると好ましい。
[0043]多孔質材料中のイオン交換樹脂の充填率については、10?100%であることが好ましく、より好ましくは50?100%である。多孔質材料中に上記範囲内のイオン交換樹脂を充填することにより、多孔質材料と電解液との界面抵抗を下げることで、複合イオン交換膜の膜抵抗を下げることができる。多孔質材料中のイオン交換樹脂の充填率が100%未満の場合、多孔質材料の表面に親水化処理を施す必要がある。
[0044]イオン交換樹脂が充填された多孔質材料層の厚みとしては、5?100μmであることが好ましく、より好ましくは7?70μmであり、さらに好ましくは10?50μmである。イオン交換樹脂が充填された多孔質材料層の厚みを上記範囲内とすることで、複合イオン交換膜の低抵抗化、バナジウムイオンの透過抑制、長期充放電サイクルに対する耐久性をすべて満たすことができる。上記の範囲外にした場合、一方の特性は良くなるが、他方の特性を著しく低下させることになる。
[0045]本発明の複合イオン交換膜においては、スルホン酸基含有量の異なるイオン交換樹脂を層状化し、その数は2層以上5層以下の構造であることが好ましく、より好ましくは、2層以上3層以下の構造である。
[0046]2層構造からなる複合イオン交換膜においては、片面の最外層となるイオン交換樹脂層をA層、多孔質材料に充填されたイオン交換樹脂層をB層とした場合、例えば疎水性構成成分として上記一般式(1)を、親水性構成成分としてスルホン酸基を、上記A層及びB層を構成するイオン交換樹脂に含有する場合において、スルホン酸基含有量がA層<B層となる組成物が好ましい。B層は多孔質材料が絶縁性のため抵抗が増加するが、この増加分についてはスルホン酸基含有量を上げることで相殺させることができる。その際、A層にスルホン酸基含有量の少ないイオン交換樹脂を用いることで、バナジウム透過抑制も両立させることができる。
[0047]前述の通り、用いるポリマー構造に制限はないが、上記親水性構成成分として一般式(2)、疎水性構成成分として一般式(3)の構造を有するポリマーを用いることが好ましい。その際、一般式(2)、一般式(3)において、A層は20≦m≦33、B層は30≦m≦65の範囲にある組成物が好ましい。A層のmを上記範囲内に設定することで、バナジウムイオンの透過を抑制することができる。A層のmが33よりも大きい場合には電解液に対する膨潤性及びバナジウムイオン透過性が大きくなりすぎて電流効率が低下する傾向にある。一方、B層のmを上記範囲内に設定することで、バナジウム系レドックス電池用イオン交換膜として使用したときに十分な低抵抗を示すことができる。mが30よりも少ない場合には、バナジウム系レドックス電池用イオン交換膜として使用したときに高抵抗な傾向がある。なお、スルホン酸基含有量は後述する滴定により求めることができる。より好ましくは、A層は26≦m≦33、B層は35≦m≦55である。
[0048]3層構造からなる複合イオン交換膜においては、親水性構成成分と疎水性構成成分を含有するイオン交換樹脂層で多孔質材料に充填されたイオン交換樹脂層を挟み込んだ構造が好ましい。両面の最外層として配置されたイオン交換樹脂層をA層、多孔質材料に充填されたイオン交換樹脂層をB層とした場合、上記一般式(1)において、スルホン酸基含有量がA層<B層であることが好ましい。用いるポリマー構造やmの範囲については、2層構造の場合と同様である。
[0049] 各層のスルホン酸基のIEC(イオン交換容量)は、A層は0.5meq/g以上2.0以下であり、B層は2.0以上、3.0meq/g以下であることが好ましい。さらに、A層のIECは1.0meq/g以上、2.0以下であり、B層のIECは1.8以上、2.5meq/g以下であることがより好ましい。A層のIECが0.5meq/g以下である場合は、複合イオン交換膜の膜抵抗が高くなる傾向がある。B層のIECが3.0meq/g以上である場合は、電解液に対する膨潤性及びバナジウムイオン透過性が大きくなりすぎて使用に適さなくなる傾向がある。イオン交換容量が異なる層におけるイオン交換容量の差は0.5meq/g以上1.5meq/g以下であることが好ましく、より好ましくは0.8meq/g以上1.3meq/g以下である。
[0050]また、2層以上の構造からなる炭化水素系イオン交換膜は、後で述べる方法により測定した各層のポリマー対数粘度が0.5dl/g以上であることが好ましい。対数粘度が0.5dl/gよりも小さいと、イオン交換膜として成形したときに、膜が脆くなりやすくなる。対数粘度は、0.8dl/g以上であることがさらに好ましい。一方、対数粘度が5を超えると、ポリマーの溶解が困難になるなど、加工性での問題が出てくるので好ましくない。なお、対数粘度を測定する溶媒としては、一般にN-メチルピロリドン、N,N-ジメチルアセトアミドなどの極性有機溶媒を使用することができるが、これらに溶解性が低い場合には濃硫酸を用いて測定することもできる。
[0051]本発明のバナジウム系レドックス電池用複合イオン交換膜を製造する方法としては、公知の任意の方法で行うことができる。まず、多孔質材料中にポリマーを含浸させる方法として特に限定されないが、任意のポリマー溶液またはその溶融物をキャスト後に多孔質材料を置くまたは押し当てた後に再度重ねてキャストする方法、多孔質材料上にポリマー溶液またはその溶融物をキャストする方法、任意のポリマー溶液中またはその溶融物中に多孔質材料を通すことにより含浸する方法などが好ましい。
[0052]多孔質材料中にポリマーを含浸させる際、ポリマー溶液またはその溶融物の粘度は2.0?200000mPa・sであることが必要であり、5.0?150000mPa・sが好ましく、さらに好ましくは10?100000mPa・sである。2.0mPa・s未満であると、含浸した溶液が多孔質材料から流れ落ちてしまうため多孔質材料中へのポリマー充填率が低下してしまう。200000mPa・sを超えると溶液が多孔質材料中に含浸されなくなり、残った空気が複合膜の特性に悪影響を及ぼす。
[0053]スルホン酸基量が異なるイオン交換樹脂を積層する方法は特に限定されないが、接着または重ね合わせによる積層を行うことが好ましい。重ね合わせとは、接着剤などを用いずに複数のイオン交換膜を積層することを言う。接着とは、複数のイオン交換膜を接着性イオン交換樹脂等で貼り合わせることや、多層で溶液キャストすることを言う。重ね合わせる場合は、複数のイオン交換膜を、表面に水や有機溶媒を含ませた状態で重ねてもよい。接着させる場合は、溶液キャストの重ね塗りや多層での溶液キャスト、加熱プレスなどの公知の任意の方法で行うことができる。
[0054] 本発明のバナジウム系レドックス電池用複合イオン交換膜を成形する手法として最も好ましいのは、溶液からのキャストであり、キャストした溶液から溶媒を除去してバナジウム系レドックス電池用イオン交換膜を得ることができる。前述のように多孔質材料にイオン交換樹脂を含浸させた後、親水性セグメントと疎水性セグメントからなるイオン交換樹脂層を重ね合わせまたは接着などで形成させ、2層以上の構造からなる複合イオン交換膜を得ることができる。溶液キャストの重ね塗りや多層での溶液キャストにおける溶媒として、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、N-メチル-2-ピロリドン、ヘキサメチルホスホンアミドなどの非プロトン性極性溶媒や、メタノール、エタノール等のアルコール類から適切なものを選ぶことができるがこれらに限定されるものではない。これらの溶媒は、可能な範囲で複数を混合して使用してもよい。溶液中の化合物濃度は0.1?50質量%の範囲であることが好ましい。溶液中の化合物濃度が0.1質量%未満であると良好な成形物を得るのが困難となる傾向にあり、50質量%を超えると加工性が悪化する傾向にある。溶液から成形体を得る方法は従来から公知の方法を用いて行うことができる。溶媒が、有機溶媒の場合には、加熱又は減圧乾燥によって溶媒を留去させることが好ましい。この際、必要に応じて他の化合物と複合された形で繊維状、フィルム状、ペレット状、プレート状、ロッド状、パイプ状、ボール状、ブロック状などの様々な形状に成形することもできる。溶解挙動が類似する化合物と組み合わせた場合には、良好な成形ができる点で好ましい。このようにして得られた成形体中のスルホン酸基はカチオン種との塩の形のものを含んでいても良いが、必要に応じて酸処理することによりフリーのスルホン酸基に変換することもできる。
[0055]溶媒の除去は、乾燥によることがバナジウム系レドックス電池用イオン交換膜の均一性からは好ましい。また、化合物や溶媒の分解や変質を避けるため、減圧下でできるだけ低い温度で乾燥することもできる。また、溶液の粘度が高い場合には、基板や溶液を加熱して高温でキャストすると溶液の粘度が低下して容易にキャストすることができる。キャストする際の溶液の厚みは特に制限されないが、10?1000μmであることが好ましい。より好ましくは50?500μmである。溶液の厚みが10μmよりも薄いとバナジウム系レドックス電池用イオン交換膜としての形態を保てなくなる傾向にあり、1000μmよりも厚いと不均一なイオン交換膜ができやすくなる傾向にある。溶液のキャスト厚を制御する方法は公知の方法を用いることができる。例えば、アプリケーター、ドクターブレードなどの塗布手段を用いて一定の厚みにしたり、ガラスシャーレなどを用いてキャスト面積を一定にして溶液の量や濃度を調整して厚みを制御することができる。キャストした溶液は、溶媒の除去速度を調整することでより均一な膜を得ることができる。例えば、加熱して溶媒を除去する場合には最初の段階では低温にして蒸発速度を下げることができる。また、水などの非溶媒に浸漬して溶媒を除去する場合には、キャストした溶液を空気中や不活性ガス中に適当な時間放置しておくなどして化合物の凝固速度を調整することができる。
[0056]本発明のバナジウム系レドックス電池用複合イオン交換膜に用いる多孔質材料の空孔率は20?90%であることが好ましく、より好ましくは40?90%である。空孔率が上記範囲内にある多孔質材料を用いることで、ポリマーの充填を効率良く行うことができると共に、膜抵抗を十分に下げることができる。また、多孔質材料の強度については、1.00MPa以上であることが必要であり、2.00MPa以上であることがより好ましい。これにより、多孔質材料にポリマーを充填した際に十分な強度を得ることができる。厚みについては、5?150μmであることが好ましく、10?80μmであることがより好ましく、20?60μmであることがさらに好ましい。厚みを上記範囲内に設定することで、多孔質材料にポリマーを充填した層の膜抵抗を下げることができると共に、製造時の取り扱い性も良好となる。
[0057]本発明のバナジウム系レドックス電池用複合イオン交換膜に用いる多孔質材料の空孔サイズは、0.05μm以上10μm以下であることが好ましく、0.1μm以上7μm以下であることがより好ましい。空孔サイズを上記範囲内に設定することで、多孔質材料へのポリマー充填が容易になると共に、多孔質材料の補強効果が十分発揮できる。
[0058]本発明のバナジウム系レドックス電池用複合イオン交換膜に用いる多孔質材料の形態としては、合成繊維布帛、化学繊維布帛、天然繊維布帛、合成繊維不織布、化学繊維不織布、紙、多孔フィルム、多孔金属板、多孔セラミック板であることが好ましく、合成繊維布帛、合成繊維不織布、化学繊維不織布、多孔フィルムであることがより好ましい。これらの形態の多孔質材料を用いることで、ポリマーの含浸を効率よく行えると共に、製造時の取り扱い性が良好となる。
[0059]本発明のバナジウム系レドックス電池用複合イオン交換膜に用いる多孔質材料の構成成分としては、バナジウム系レドックス電池の使用環境に耐えうるものであれば特に制限はない。具体的には、耐酸性及び耐酸化性を有する構成成分であることが好ましい。より好ましくは、ポリオレフィン、ポリテトラフルオロエチレンやポリビニリデンフルオリドなどのフッ素樹脂、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルイミド、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリベンズイミダゾール、ポリベンズオキサゾール、ポリベンズチアゾールなどからなる多孔質材料である。
[0060] バナジウム系レドックス電池とは、価数の異なるバナジウムの酸化還元反応によって充放電を行う電池である。イオン交換膜は正極・負極内のイオンバランスを調製すると共に、価数の異なるバナジウムの混合を防ぐための隔膜として用いる。本発明の2層以上の構造からなるバナジウム系レドックス電池用炭化水素系イオン交換膜は、水溶液系電解液をポンプの循環によって充放電を行うレドックスフロー電池に用いてもよく、または水溶液系電解液の代わりにバナジウム水和物を炭素電極に含浸したレドックス電池として用いても良い。水溶液系電解液をポンプの循環によって充放電を行うレドックスフロー電池は、例えば間隙を介した状態で対向して配設された一対の集電板間に隔膜が配設され、該集電板と隔膜との間に少なくとも一方に電極材が圧接挟持され、電極材は活物質を含んだ水溶液からなる電解液を含んだ構造を有する電解槽を備える。電池複合体とは、イオン交換膜と電極材からなることを指す(図1の3及び5)。
[0061] 水溶液系電解液としては、前述の如きバナジウム系電解液の他、鉄-クロム系、チタン-マンガン-クロム系、クロム-クロム系、鉄-チタン系などが挙げられるが、バナジウム系電解液が好ましい。本発明の炭素電極材集合体は、特に、粘度が25℃にて0.005Pa・s以上であるバナジウム系電解液、あるいは1.5mol/l以上のバナジウムイオンを含むバナジウム系電解液を使用するレドックスフロー電池に用いるのが有用である。」

「[0079] (実施例1)
3,3’-ジスルホ-4,4’-ジクロロジフェニルスルホン2ナトリウム塩(略号:S-DCDPS)5.000g(0.01012mole)、2,6-ジクロロベンゾニトリル(略号:DCBN)2.2215g(0.01288mole)、4,4’-ビフェノール4.2846g(0.02299mole)、炭酸カリウム3.4957g(0.02529mole)、モレキュラーシーブ2.61gを100ml四つ口フラスコに計り取り、窒素を流した。30mlのNMPを入れて、150℃で一時間撹拌した後、反応温度を195-200℃に上昇させて系の粘性が十分上がるのを目安に反応を続けた(約5時間)。放冷の後、沈降しているモレキュラーシーブを除いて水中にストランド状に沈殿させた。得られたポリマーは、沸騰水中で1時間洗浄した後、乾燥した。ポリマーの対数粘度は1.24dl/gを示し、上記構造式において、m=44、n=56であった。ポリマー構造式を下記に示す(以下構造をポリマー1と称する)。ポリマー1を2M-硫酸で処理後、滴定で求めたIECは2.03meq/gを示した。
[0080][化6]

[0081]3,3’-ジスルホ-4,4’-ジクロロジフェニルスルホン2ナトリウム塩(略号:S-DCDPS)を4.3220g(0.00875mole)、2,6-ジクロロベンゾニトリル(略号:DCBN)を4.1847g(0.02426mole)、4,4’-ビフェノール6.1494g(0.03300mole)、炭酸カリウム5.0171g(0.03630mole)とする以外は、実施例1と同様にして重合を行い、上記構造式において、m=26.5、n=73.5のポリマーを得た。ポリマーの対数粘度は、1.58dl/gを示した。ポリマー構造式を下記に示す(以下構造をポリマー2と称する)。ポリマー2を2M-硫酸で処理後、滴定で求めたIECは1.33meq/gを示した。
[0082][化7]

[0083]得られたポリマー1およびポリマー2について、それぞれ10gをNMP67mlに溶解した。調製したポリマー1の溶液をホットプレート上ガラス板に約330μm厚にキャストした。次に、三井化学社製シンテックスナノ6(厚み110μm、空孔率90%、強度1.14MPa)をキャストした溶液上に置き、80℃で1時間加熱乾燥した。乾燥後、調製したポリマー2の溶液を約330μm厚に重ね塗りし、同様に加熱乾燥後、水中に一晩以上浸漬した。得られたフィルムは、希硫酸(濃硫酸6ml、水300ml)中で1時間沸騰水処理して塩をはずし酸に変換した後、純水でさらに1時間煮沸することで遊離した酸成分を除去した後に乾燥した。断面観察により、イオン交換樹脂層が多孔質材料層の片面に配置され、多孔質材料層内にイオン交換樹脂が充填された複合イオン交換膜であることを確認した(図2)。最外層のイオン交換樹脂層の厚みは20μm、多孔質材料層の厚みは45μmであった。
[0084] 作製した複合イオン交換膜を炭素電極材料(東洋紡社製XF30A)で挟み込み、図1で示したようなセルを組み立てた。上下方向(通液方向)に10cm、幅方向に1cmの電極面積10cm^(2)を有する小型のセルを作り、定電流密度で充放電を繰り返し、イオン交換膜性能の評価を行った。正極電解液には2mol/lのオキシ硫酸バナジウムの3mol/l硫酸水溶液を用い、負極電解液には2mol/lの硫酸バナジウムの3mol/l硫酸水溶液を用いた。電解液量はセル、配管に対して大過剰とした。液流量は毎分6.2mlとし、30℃で測定を行った。
[0085](実施例2)
使用した多孔質材料をLydall社製Solupor3P07A(厚み20μm、空孔率83%、強度12MPa)に変更した以外は、実施例1と同様にして複合イオン交換膜を調製し、電池性能を評価した。断面観察により、イオン交換樹脂層が多孔質材料層の両面に配置され、多孔質材料層内にイオン交換樹脂が充填された複合イオン交換膜であることを確認した(図3)。最外層のイオン交換樹脂層のそれぞれの厚みは30μm、7μmであり、多孔質材料層の厚みは13μmであった。
[0086](実施例3)
使用した多孔質材料を住友電工社製ポアフロンHPW-045-30(厚み30μm、空孔率60%)に変更した以外は、実施例1と同様にして複合イオン交換膜を調製し、電池性能を評価した。断面観察により、イオン交換樹脂層が多孔質材料層の両面に配置され、多孔質材料層内にイオン交換樹脂が充填された複合イオン交換膜であることを確認した(図4)最外層のイオン交換樹脂層の厚みは共に20μmであり、多孔質材料層の厚みは25μmであった。
[0087](実施例4)
S-DCDPSを5.000g(0.01012mole)、DCBNを1.4367g(0.00833mole)、4,4’-ビフェノールを3.6501g(0.01959mole)、炭酸カリウムを2.9800g(0.02155mole)、モレキュラーシーブ2.61gを100ml四つ口フラスコに計り取り、窒素を流した。30mlのNMPを入れて、150℃で一時間撹拌した後、反応温度を195-200℃に上昇させて系の粘性が十分上がるのを目安に反応を続けた(約5時間)。放冷の後、沈降しているモレキュラーシーブを除いて水中にストランド状に沈殿させた。得られたポリマーは、沸騰水中で1時間洗浄した後、乾燥した。ポリマーの対数粘度は1.33dl/gを示し、上記構造式において、m=55、n=45であった。ポリマー構造式を下記に示す(以下構造をポリマー3と称する)。ポリマー3を2M-硫酸で処理後、滴定で求めたIECは2.33meq/gを示した。
[0088][化8]

[0089]
多孔質基材に充填するポリマーをポリマー3とし、ポリマー3のキャスト厚を200μm、ポリマー1のキャスト厚を200μmとした以外は、実施例3と同様にして複合イオン交換膜を調製し、電池性能を評価した。断面観察により、イオン交換樹脂層が多孔質材料層の両面に配置され、多孔質材料層内にイオン交換樹脂が充填された複合イオン交換膜であることを確認した(図5)。最外層のイオン交換樹脂層の厚みは、一方の片面は14μm、もう一方の片面は8μmであり、多孔質材料層の厚みは20μmであった。
[0090](実施例5)
使用した多孔質材料をLydall社製Solupor5P09B(厚み38μm、空孔率83%、強度8MPa)とし、多孔質基材に充填するポリマー及び最外層に配置したポリマーを共にポリマー1とした以外は、実施例2と同様にして複合イオン交換膜を調製し、電池性能を評価した。断面観察により、イオン交換樹脂層が多孔質材料層の両面に配置され、多孔質材料層内にイオン交換樹脂が充填された複合イオン交換膜であることを確認した(図6)。最外層のイオン交換樹脂層の厚みは、一方の片面は18μm、もう一方の片面は7μmであり、多孔質材料層の厚みは13μmであった。
[0091](比較例1)
3,3’-ジスルホ-4,4’-ジクロロジフェニルスルホン2ナトリウム塩(略号:S-DCDPS)を4.4560g(0.00902mole)、2,6-ジクロロベンゾニトリル(略号:DCBN)を3.1583g(0.01831mole)、4,4’-ビフェノール5.0912g(0.02732mole)、炭酸カリウム4.1538g(0.03005mole)とする以外は、実施例1と同様にして重合を行い、上記構造式において、m=33、n=67のポリマーを得た。ポリマーの対数粘度は、1.58dl/gを示した。ポリマー構造式を下記に示す(以下構造をポリマー4と称する)。ポリマー4を2M-硫酸で処理後、滴定で求めたIECは1.71meq/gを示した。
[0092][化9]

ポリマー3からなる単層イオン交換膜(30μm)を炭素電極材料(東洋紡社製XF30A)で挟み込んだ以外は、実施例1と同様にしてイオン交換膜性能を評価した。
(比較例2)
ポリマー1からなる単層イオン交換膜(30μm)を炭素電極材料(東洋紡社製XF30A)で挟み込んだ以外は、実施例1と同様にしてイオン交換膜性能を評価した。
(比較例3)
ポリマー2からなる単層イオン交換膜(30μm)を炭素電極材料(東洋紡社製XF30A)で挟み込んだ以外は、実施例1と同様にしてイオン交換膜性能を評価した。
(比較例4)
米国デュポン社製Nafion115CSを炭素電極材料(東洋紡社製XF30A)で挟み込んだ以外は、実施例1と同様にしてイオン交換膜性能を評価した。
[0093]
実施例1?3及び比較例1?4で作製したイオン交換膜を用いて、100mA/cm^(2)で充放電を繰り返し実施し、その初期性能と充放電サイクル耐久性の測定を行った。その結果、表1のようになった。
[0094][表1]

[0095] 表1の結果から明らかなように、イオン交換樹脂層及び多孔質基材への充填層を、異なるスルホン酸基量を有するものとした場合(実施例1?4)の複合イオン交換膜は、非常に高い電流効率を示すと共に、抵抗も低く、優れたエネルギー効率を示すことがわかった。また、実施例5のように、イオン交換樹脂層及び多孔質基材への充填層を同一のスルホン酸基とした場合でも、未複合膜(比較例1?3)よりも大幅な長期充放電サイクル耐久性も向上した。さらに、実施例1?3においても、同様であった。また、これらの複合膜はパーフルオロスルホン酸膜(比較例4)よりも高いエネルギー効率を示した。このように、多孔質材料と複合化及び最外層を設けることにより、大幅な耐久性向上を確認できた。さらに、最外層のイオン交換樹脂層と多孔質基材への充填層を、スルホン酸基含有量の異なるポリマーとすることにより、耐久性だけでなく、複合イオン交換膜の低抵抗化とイオン透過選択性をも両立できた。」

「[請求項1] 親水性構成成分と疎水性構成成分を含有するイオン交換樹脂層及び多孔質材料層からなる複合イオン交換膜であって、前記イオン交換樹脂層が複合イオン交換膜の片面もしくは両面の最外層として配置され、該イオン交換樹脂層において、少なくとも片面の最外層厚みが5?50μmであることを特徴とするバナジウム系レドックス電池用複合イオン交換膜。
[請求項2] 前記複合イオン交換膜が、少なくともイオン交換容量の異なる2層以上のイオン交換樹脂層を含有することを特徴とする、請求項1に記載のバナジウム系レドックス電池用複合イオン交換膜。
[請求項3] 前記多孔質材料の強度が1.00MPa以上であることを特徴とする、請求項1?2に記載のバナジウム系レドックス電池用複合イオン交換膜。
[請求項4] 前記複合イオン交換膜において、前記多孔質材料中にイオン交換樹脂を充填すると共にイオン交換樹脂層及び多孔質材料中のイオン交換樹脂がいずれも、前記疎水性構成成分として下記一般式(1)及び前記親水性構成成分として酸性イオン性基を含むことを特徴とする請求項1?3に記載のバナジウム系レドックス電池用複合イオン交換膜。
[化1]

(1)
ただし、Xは1価又は2価の基で、ニトリル基、アミド基、エステル基、カルボキシル基のいずれかを、ZはO原子、S原子のいずれかを、Ar’は2価の芳香族基を示す。
[請求項5] 前記複合イオン交換膜において、前記イオン交換樹脂層及び多孔質材料中のイオン交換樹脂がいずれも、親水性構成成分として下記一般式(2)を、疎水性構成成分として下記一般式(3)で表される構成成分を含有することを特徴とする請求項4に記載のバナジウム系レドックス電池用複合イオン交換膜。
[化2]

(2)
[化3]

(3)
m、nは一般式(2)と一般式(3)の共重合比を示し、m+n=100であり、20≦m≦70、30≦n≦80の範囲にある。Yはスルホン基またはカルボニル基を、XはHまたは1価のカチオン種を、ZはO原子、S原子、直接結合のいずれかを、Wは2価の芳香族基を示す。
[請求項6] 前記複合イオン交換膜において、親水性構成成分として下記一般式(4)を、疎水性構成成分として下記一般式(5)で表される構成成分を有することを特徴とする請求項5に記載のバナジウム系レドックス電池用イオン交換膜。
[化4]

(4)
[化5]

(5)
m、nは一般式(4)と一般式(5)の共重合比を示し、m+n=100であり、20≦m≦70、30≦n≦80の範囲にある。XはHまたは1価のカチオン種を示す。
[請求項7] 前記多孔質材料が、多孔質基材が合成繊維布帛、化学繊維布帛、天然繊維布帛、合成繊維不織布、化学繊維不織布、紙、多孔フィルム、多孔金属板、多孔セラミック板からなる群より選択されるいずれかであることを特徴とする、請求項1に記載のバナジウム系レドックス電池用複合イオン交換膜。
[請求項8] 請求項1?7のいずれかに記載のイオン交換膜と電極とを含有することを特徴とするバナジウム系レドックス電池用複合体。
[請求項9] 請求項8に記載の複合体を含有することを特徴とするバナジウム系レドックス電池。」


























(イ) 甲第1号証に記載された発明

(ア)の記載、特に実施例1の記載を中心にまとめると、甲第1号証には以下の発明が記載されていると認める。

「3,3’-ジスルホ-4,4’-ジクロロジフェニルスルホン2ナトリウム塩(略号:S-DCDPS)5.000g(0.01012mole)、2,6-ジクロロベンゾニトリル(略号:DCBN)2.2215g(0.01288mole)、4,4’-ビフェノール4.2846g(0.02299mole)、炭酸カリウム3.4957g(0.02529mole)、モレキュラーシーブ2.61gを100ml四つ口フラスコに計り取り、窒素を流し、30mlのNMPを入れて、150℃で一時間撹拌した後、反応温度を195-200℃に上昇させて系の粘性が十分上がるのを目安に反応を続け、放冷の後、沈降しているモレキュラーシーブを除いて水中にストランド状に沈殿させ、得られたポリマーを、沸騰水中で1時間洗浄した後、乾燥したものであって、[化6]式で表されるポリマー(ポリマー1)を得、
[化6]

3,3’-ジスルホ-4,4’-ジクロロジフェニルスルホン2ナトリウム塩(略号:S-DCDPS)を4.3220g(0.00875mole)、2,6-ジクロロベンゾニトリル(略号:DCBN)を4.1847g(0.02426mole)、4,4’-ビフェノール6.1494g(0.03300mole)、炭酸カリウム5.0171g(0.03630mole)とする以外は、ポリマー1の場合と同様にして重合を行い、[化7]式で表されるポリマー(ポリマー2)を得、
[化7]

得られたポリマー1およびポリマー2について、それぞれ10gをNMP67mlに溶解し、調製したポリマー1の溶液をホットプレート上ガラス板に約330μm厚にキャストし、次に、三井化学社製シンテックスナノ6(厚み110μm、空孔率90%、強度1.14MPa)をキャストした溶液上に置き、80℃で1時間加熱乾燥し、乾燥後、調製したポリマー2の溶液を約330μm厚に重ね塗りし、同様に加熱乾燥後、水中に一晩以上浸漬し、得られたフィルムを、希硫酸(濃硫酸6ml、水300ml)中で1時間沸騰水処理して塩をはずし酸に変換した後、純水でさらに1時間煮沸することで遊離した酸成分を除去した後に乾燥して得られた、断面観察により、イオン交換樹脂層が多孔質材料層の片面に配置され、多孔質材料層内にイオン交換樹脂が充填されたものであって、最外層のイオン交換樹脂層の厚みが20μm、多孔質材料層の厚みが45μmである複合イオン交換膜。」(以下、「甲1複合膜発明」という。)

「3,3’-ジスルホ-4,4’-ジクロロジフェニルスルホン2ナトリウム塩(略号:S-DCDPS)5.000g(0.01012mole)、2,6-ジクロロベンゾニトリル(略号:DCBN)2.2215g(0.01288mole)、4,4’-ビフェノール4.2846g(0.02299mole)、炭酸カリウム3.4957g(0.02529mole)、モレキュラーシーブ2.61gを100ml四つ口フラスコに計り取り、窒素を流し、30mlのNMPを入れて、150℃で一時間撹拌した後、反応温度を195-200℃に上昇させて系の粘性が十分上がるのを目安に反応を続け、放冷の後、沈降しているモレキュラーシーブを除いて水中にストランド状に沈殿させ、得られたポリマーを、沸騰水中で1時間洗浄した後、乾燥したものであって、[化6]式で表されるポリマー(ポリマー1)を得、
[化6]

3,3’-ジスルホ-4,4’-ジクロロジフェニルスルホン2ナトリウム塩(略号:S-DCDPS)を4.3220g(0.00875mole)、2,6-ジクロロベンゾニトリル(略号:DCBN)を4.1847g(0.02426mole)、4,4’-ビフェノール6.1494g(0.03300mole)、炭酸カリウム5.0171g(0.03630mole)とする以外は、ポリマー1の場合と同様にして重合を行い、[化7]式で表されるポリマー(ポリマー2)を得、
[化7]

得られたポリマー1およびポリマー2について、それぞれ10gをNMP67mlに溶解し、調製したポリマー1の溶液をホットプレート上ガラス板に約330μm厚にキャストし、次に、三井化学社製シンテックスナノ6(厚み110μm、空孔率90%、強度1.14MPa)をキャストした溶液上に置き、80℃で1時間加熱乾燥し、乾燥後、調製したポリマー2の溶液を約330μm厚に重ね塗りし、同様に加熱乾燥後、水中に一晩以上浸漬し、得られたフィルムを、希硫酸(濃硫酸6ml、水300ml)中で1時間沸騰水処理して塩をはずし酸に変換した後、純水でさらに1時間煮沸することで遊離した酸成分を除去した後に乾燥して得られる、イオン交換樹脂層が多孔質材料層の片面に配置され、多孔質材料層内にイオン交換樹脂が充填されたものであって、最外層のイオン交換樹脂層の厚みが20μm、多孔質材料層の厚みが45μmである複合イオン交換膜の製造方法。」(以下、「甲1複合膜製法発明」という。また、「甲1複合膜発明」と「甲1複合膜製法発明」を総称して、「甲1発明」という。)

イ 対比・判断

(ア) 本件発明1について

本件発明1と甲1複合膜発明とを対比する。
甲1複合膜発明の「三井化学社製シンテックスナノ6(厚み110μm、空孔率90%、強度1.14MPa)」、「複合イオン交換膜」はそれぞれ、本件発明1の「複数の空隙(pore)を含む多孔性支持体」、「イオン交換膜」に相当する。
また、甲1複合膜発明の「ポリマー1」及び「ポリマー2」は、その構造式(ポリマー1は[化6]、ポリマー2は[化7])からみて、本件発明1の「第1のイオン伝導体」及び「第2のイオン伝導体」に相当し、さらに、本件発明1の「前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、親水性繰り返し単位及び疎水性繰り返し単位を含む重合体」に相当するとともに、「前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体とは、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が互いに相違しており、
前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高」く、「前記第1のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位とが、互いに等しく、前記第1のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位とが、互いに等しい」との要件を満たす。

してみると、両者は、
「複数の空隙(pore)を含む多孔性支持体と、
第1のイオン伝導体層を形成する第1のイオン伝導体と、
第2のイオン伝導体層を形成する第2のイオン伝導体と、
を備え、
前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、親水性繰り返し単位及び疎水性繰り返し単位を含む重合体であり、
前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体とは、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が互いに相違しており、
前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高く、
前記第1のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位とが、互いに等しく、前記第1のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位とが、互いに等しい、
イオン交換膜。」
で一致し、次の点で相違する。

(相違点1-4)
第1のイオン伝導体、第2のイオン伝導体に関して、本件発明1は「前記多孔性支持体の第1の面に位置し、一部が前記多孔性支持体の第1の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第1の面上にて第1のイオン伝導体層を形成する第1のイオン伝導体」と、「前記多孔性支持体の第2の面に位置し、一部が前記多孔性支持体の第2の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第2の面上にて第2のイオン伝導体層を形成する第2のイオン伝導体」とを備えることを特定するのに対し、甲1複合膜発明には、そのような特定がない点。

(相違点1-5)
第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体との厚さの比について、本件発明1は「9:1?6:4」と特定されるのに対して、甲1複合膜発明では、そのような特定がない点。

上記相違点について検討する。
(相違点1-4について)
甲1複合膜発明の複合イオン交換膜は、「調製したポリマー1の溶液をホットプレート上ガラス板に約330μm厚にキャストし、次に、三井化学社製シンテックスナノ6(厚み110μm、空孔率90%、強度1.14MPa)をキャストした溶液上に置き、80℃で1時間加熱乾燥し、乾燥後、調製したポリマー2の溶液を約330μm厚に重ね塗りし、同様に加熱乾燥」により作製されており、断面観察により、「イオン交換樹脂層が多孔質材料層の片面に配置され、多孔質材料層内にイオン交換樹脂が充填された」ものである。
すると、多孔性材料の片面にはイオン交換樹脂層が形成されているものの、多孔性材料の他方の面にはイオン交換樹脂層が形成されていないものとなる。
したがって、当該相違点1-4は実質的な相違点であるといえるから、他の相違点については検討するまでもなく、本件発明1は甲1複合膜発明ではない。

また、甲第1号証の段落[0041]には、「本発明のバナジウム系レドックス電池用複合イオン交換膜において、多孔質材料による補強効果とイオン交換樹脂層による抵抗低減効果を発現させるためには、親水性構成成分と疎水性構成成分を含有するイオン交換樹脂層が多孔質材料の片面または両面の最外層に配置されていることが好ましく、両面の最外層に配置されていることがより好ましい」との記載があるものの、段落[0046]の「2層構造からなる複合イオン交換膜においては、片面の最外層となるイオン交換樹脂層をA層、多孔質材料に充填されたイオン交換樹脂層をB層とした場合、例えば疎水性構成成分として上記一般式(1)を、親水性構成成分としてスルホン酸基を、上記A層及びB層を構成するイオン交換樹脂に含有する場合において、スルホン酸基含有量がA層<B層となる組成物が好ましい」との記載、段落[0048]の「3層構造からなる複合イオン交換膜においては、親水性構成成分と疎水性構成成分を含有するイオン交換樹脂層で多孔質材料に充填されたイオン交換樹脂層を挟み込んだ構造が好ましい」との記載から見れば、多孔性材料の両面にイオン交換樹脂層を形成する場合には3層構造を採用するものであって、2層構造の場合には、多孔性材料の片面にはイオン交換樹脂層が形成されているものの、多孔性材料の他方の面にはイオン交換樹脂層が形成されていないものを企図しており、甲1複合膜発明において、多孔質材料の両面に、それぞれ、「前記多孔性支持体(多孔質材料)の第1の面に位置し、一部が前記多孔性支持体(多孔質材料)の第1の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体(多孔質材料)の第1の面上にて第1のイオン伝導体層(ポリマー1からなる層)」と、「前記多孔性支持体(多孔質材料)の第2の面に位置し、一部が前記多孔性支持体(多孔質材料)の第2の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体(多孔質材料)の第2の面上にて第2のイオン伝導体層(ポリマー2からなる層)」を形成することには阻害要因があるといえる。
したがって、他の相違点については検討するまでもなく、本件発明1は、甲1複合膜発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(イ) 本件発明2ないし7及び10ないし12について

本件発明2ないし7及び10ないし12はいずれも、請求項1の記載を直接又は間接的に引用するものである。
そして、本件発明1は、甲1複合膜発明ではないから、本件発明1の全ての特定事項を含む本件発明2ないし5、10及び12もまた、甲1複合膜発明ではない。
また、本件発明1は、甲1複合膜発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件特許発明1の全ての特定事項を含む本件特許発明2ないし7及び10ないし12もまた、甲1複合膜発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(ウ) 本件発明8について
本件発明8と甲1複合膜製法発明とを対比する。
甲1複合膜製法発明の「三井化学社製シンテックスナノ6(厚み110μm、空孔率90%、強度1.14MPa)」、「複合イオン交換膜」はそれぞれ、本件発明1の「複数の空隙(pore)を含む多孔性支持体」、「イオン交換膜」に相当する。
また、甲1複合膜製法発明の「ポリマー1」及び「ポリマー2」は、その構造式(ポリマー1は[化6]、ポリマー2は[化7])からみて、本件発明1の「第1のイオン伝導体」及び「第2のイオン伝導体」に相当し、さらに、本件発明1の「前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、親水性繰り返し単位及び疎水性繰り返し単位を含む重合体」に相当するとともに、「前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体とは、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が互いに相違しており、
前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高」く、「前記第1のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位とが、互いに等しく、前記第1のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位とが、互いに等しい」との要件を満たす。
さらに、甲1複合膜製法発明の「ポリマー1の溶液」、「ポリマー2の溶液」はそれぞれ、本件発明8の「第1イオン伝導体溶液」、「第2イオン伝導体溶液」に相当する。

してみると、両者は、
「複数の空隙(pore)を含む多孔性支持体を用意するステップと、
第1イオン伝導体溶液を用いて、第1のイオン伝導体層を形成する第1のイオン伝導体を形成するステップと、
第2イオン伝導体溶液を用いて、第2のイオン伝導体層を形成する第2のイオン伝導体を形成するステップと、
を備え、
前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、親水性繰り返し単位及び疎水性繰り返し単位を含む重合体であり、
前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体とは、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が互いに相違しており、
前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高く、
前記第1のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位とが、互いに等しく、前記第1のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位とが、互いに等しい、
イオン交換膜の製造方法。」
で一致し、次の点で相違する。

(相違点8-4)
イオン交換膜の製造方法について、本件発明8は「多孔性支持体の第1の面」に第1のイオン伝導体層を形成するステップと、「多孔性支持体の第2の面上」に第2のイオン伝導体を形成するステップを特定するのに対し、甲1複合膜製法発明では、ポリマー1(「第1のイオン伝導体」に相当)及びポリマー2(「第2のイオン伝導体」に相当)を備えるものの、多孔性支持体のどの面を占めるかについて、本件発明8のような特定事項を有さない点。

(相違点8-5)
第1のイオン伝導体、第2のイオン伝導体に関して、本件発明8は、「前記多孔性支持体の第1の面に、」「一部が前記多孔性支持体の第1の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第1の面上にて第1のイオン伝導体層なす第1のイオン伝導体を形成するステップ」及び「前記多孔性支持体の第2の面に、」「一部が前記多孔性支持体の第2の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第2の面上にて第2のイオン伝導体層をなす第2のイオン伝導体を形成するステップ」を有するのに対し、甲1複合膜製法発明では、そのような特定がない点。

(相違点8-6)
第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体との厚さの比について、本件発明8は「9:1?6:4」と特定されるのに対して、甲1複合膜発明では、そのような特定がない点。

上記相違点について検討する。
(相違点8-4について)
相違点8-4は、実質、相違点1-4と同旨である。
よって、上記(ア)における検討と同様に、他の相違点については検討するまでもなく、本件発明8は、甲1複合膜製法発明ではなく、また、甲1複合膜製法発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(エ) 本件発明9について
本件発明9は、請求項8を引用するものである。
そして、本件発明8は、甲1複合膜製法発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件特許発明8の全ての特定事項を含む本件特許発明9もまた、甲1複合膜製法発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

ウ 申立理由1-1及び申立理由2-1のまとめ
以上のとおり、本件発明1ないし5、8、10及び12は、甲1発明ではないから、特許法第29条第1項第3号に該当せず、また、本件発明1ないし12は、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、本件発明1ないし12に係る特許は、特許法第113条第2号の規定により取り消すことはできない。

(2) 申立理由4について

ア 判断

本件発明の課題は、「イオン伝導度性能に優れ、膜抵抗が減少されてエネルギー貯蔵装置の性能効率と電圧効率とを同時に向上させて、エネルギー貯蔵装置の全体的な効率を向上させることができ、また、前記イオン交換膜は、形態安定性に優れ、バナジウムイオンのクロスオーバー(Crossover)を減少させて、エネルギー貯蔵装置の耐久性能を確保できるイオン交換膜を提供すること」(【0016】)である。
そして、本件特許明細書には、
「前記イオン交換膜は、前記多孔性支持体の一面に位置する第1のイオン伝導体、及び前記多孔性支持体の他面に位置する第2のイオン伝導体を備える」(【0068】)こと、
「第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体とは、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比を互いに異ならせることにより、発現性能の特性を異なるように調節することができる」(【0144】)こと、
「前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が前記第2のイオン伝導体の前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高いイオン伝導体でありうる」(【0145】)こと、
「前記第1のイオン伝導体のように、親水性繰り返し単位のモル比が相対的に高いイオン伝導体を用いてイオン交換膜を製造する場合、高いイオン伝導度効率を発揮でき、エネルギー貯蔵装置の電圧効率V.E(VoltageEfficiency)を高めるという利点がある」(【0147】)こと、
「前記第2のイオン伝導体のように、疎水性繰り返し単位のモル比が相対的に高いイオン伝導体を用いてイオン交換膜を製造する場合、イオン交換膜の膨潤性が減少することで、イオン交換膜自体の形態安定性及び耐久性を確保できる。また、親水性チャンネルを相対的に小さく形成してレドックスフロー電池に適用する場合、バナジウムイオンのクロスオーバー(Crossover)を減少させて、電流効率C.E(CurrentEfficiency)を向上させることができる」(【0148】)こと、
「したがって、前記多孔性支持体の一面には、相対的に親水性繰り返し単位のモル比の高い前記第1のイオン伝導体を導入することにより、イオン伝導度の性能を高め、膜抵抗を減少させてエネルギー貯蔵装置の性能効率を向上させることができ、前記多孔性支持体の他面には、相対的に疎水性繰り返し単位のモル比の高い前記第2のイオン伝導体を導入することにより、イオン交換膜の形態安定性を確保し、バナジウムイオンのクロスオーバーを減少させてイオン交換膜の耐久性能を確保できる」(【0149】)ことがそれぞれ記載され、その具体的例として実施例の記載もある。
これらの記載に接した当業者であれば、イオン交換膜が、「第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体」を有し、「第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体とは、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比を互いに異ならせ」、「前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が前記第2のイオン伝導体の前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高いイオン伝導体」とすることで、「相対的に親水性繰り返し単位のモル比の高い前記第1のイオン伝導体を導入することにより、イオン伝導度の性能を高め、膜抵抗を減少させてエネルギー貯蔵装置の性能効率を向上させることができ、前記多孔性支持体の他面には、相対的に疎水性繰り返し単位のモル比の高い前記第2のイオン伝導体を導入することにより、イオン交換膜の形態安定性を確保し、バナジウムイオンのクロスオーバーを減少させてイオン交換膜の耐久性能を確保できる」こと、すなわち、本件発明の課題を解決するものと認識する。
そして、本件発明1及び8は、イオン交換膜が、「第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体」を有し、「第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体とは、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比を互いに異ならせ」、「前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が前記第2のイオン伝導体の前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高いイオン伝導体」とすることを発明特定事項として有するものであるから、本件発明の課題を解決するものであるといえる。

なお、特許異議申立人は特許異議申立書において、概略、特定のモル比の第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体の組み合わせのみがその効果の確認をされているに過ぎないため、全ての範囲においてその効果が奏されるものであるとはいえない旨主張する。
しかしながら、第1のイオン導電体と第2のイオン導電体はそれぞれ異なる役割を担うことは、本件特許明細書の段落【0147】及び【0148】の記載からも明らかであり、当業者であれば、その効果を定性的に認識できるものである。
したがって、特許異議申立人の当該主張は採用できない。

イ 申立理由4のまとめ

上記アのとおりであるから、本件発明1ないし12に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たす出願に対してされたものであって、第113条第4号の規定により取り消すことはできない。

(3) 申立理由5について

ア 判断

本件発明1は、イオン交換膜を構成する第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体について、
「前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、親水性繰り返し単位及び疎水性繰り返し単位を含む重合体」であって、
「前記第1のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位とが、互いに等しく、
前記第1のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位とが、互いに等し」く、
「前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体とは、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が互いに相違しており、
前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高く」、
「前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体との厚さの比は、9:1?6:4であ」ることを発明特定事項としている。
当該発明特定事項によれば、第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体は、各々のイオン伝導体を構成する親水性繰り返し単位、疎水性繰り返し単位はそれぞれ同じこと、親水性繰り返し単位と疎水性繰り返し単位の比率が第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体で異なること及びその関係、第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体の厚さの関係が明確に特定されているものであるといえる。
同じ発明特定事項を有する、特許発明2ないし12についても同様である。

なお、特許異議申立人は特許異議申立書において、概略、第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体の明確な界面を認識することは困難である旨主張するが、第1のイオン伝導体と第2のイオン伝導体の界面を認識できることは、1(1)イのとおりである。
したがって、特許異議申立人の上記主張は採用できない。

イ 申立理由5のまとめ

上記アのとおりであるから、本件発明1ないし12に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たす出願に対してされたものであり、特許法第113条第4号の規定により取り消すことはできない。

第7 結語

以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由、及び、特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、本件特許の請求項1ないし12に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1ないし12に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の空隙(pore)を含む多孔性支持体と、
前記多孔性支持体の第1の面に位置し、一部が前記多孔性支持体の第1の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第1の面上にて第1のイオン伝導体層を形成する第1のイオン伝導体と、
前記多孔性支持体の第2の面に位置し、一部が前記多孔性支持体の第2の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第2の面上にて第2のイオン伝導体層を形成する第2のイオン伝導体と、
を備え、
前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、親水性繰り返し単位及び疎水性繰り返し単位を含む重合体であり、
前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体とは、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が互いに相違しており、
前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高く、
前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体との厚さの比は、9:1?6:4であり、
前記第1のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位とが、互いに等しく、
前記第1のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位とが、互いに等しいイオン交換膜。
【請求項2】
前記第1のイオン伝導体は、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が1:2?1:3であり、
前記第2のイオン伝導体は、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が1:3?1:4である請求項1に記載のイオン交換膜。
【請求項3】
前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、各々独立に炭化水素系イオン伝導体であり、
前記多孔性支持体は、炭化水素系多孔性支持体である請求項1に記載のイオン交換膜。
【請求項4】
前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、各々独立に前記多孔性支持体の空隙を満たしている請求項1に記載のイオン交換膜。
【請求項5】
前記第1のイオン伝導体層と前記第2のイオン伝導体層との厚さは、各々独立に、前記多孔性支持体の全体の厚さの10?200%である請求項1に記載のイオン交換膜。
【請求項6】
前記イオン交換膜は、前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体を備える前記多孔性支持体が複数個積層された請求項1に記載のイオン交換膜。
【請求項7】
前記イオン交換膜は、第1の多孔性支持体における第1のイオン伝導体または第2のイオン伝導体が、第2の多孔性支持体における第1のイオン伝導体または第2のイオン伝導体と、互いに向かい合うように積層された請求項6に記載のイオン交換膜。
【請求項8】
複数の空隙を含む多孔性支持体を用意するステップと、
前記多孔性支持体の第1の面に、第1イオン伝導体溶液を用いて、一部が前記多孔性支持体の第1の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第1の面上にて第1のイオン伝導体層をなす第1のイオン伝導体を形成するステップと、そして、この後、
前記多孔性支持体の第2の面に、第2イオン伝導体溶液を用いて、一部が前記多孔性支持体の第2の空隙を満たすとともに、満たして残った部分が、前記多孔性支持体の第2の面上にて第2のイオン伝導体層をなす第2のイオン伝導体を形成するステップと、を含み、
前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体は、親水性繰り返し単位及び疎水性繰り返し単位を含む重合体であり、
前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体とは、前記親水性繰り返し単位と前記疎水性繰り返し単位とのモル比が互いに相違しており、
前記第1のイオン伝導体は、前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比が、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位に対する前記親水性繰り返し単位のモル比に比べて高く、
前記第1のイオン伝導体と前記第2のイオン伝導体との厚さの比は、9:1?6:4であり、
前記第1のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記親水性繰り返し単位とが、互いに等しく、
前記第1のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位と、前記第2のイオン伝導体における前記疎水性繰り返し単位とが、互いに等しいイオン交換膜の製造方法。
【請求項9】
前記第1のイオン伝導体及び前記第2のイオン伝導体を含む前記多孔性支持体を複数個製造するステップと、
前記複数個の多孔性支持体を積層するステップと、
をさらに含む請求項8に記載のイオン交換膜の製造方法。
【請求項10】
請求項1に記載のイオン交換膜を含むエネルギー貯蔵装置。
【請求項11】
前記エネルギー貯蔵装置は、燃料電池である請求項10に記載のエネルギー貯蔵装置。
【請求項12】
前記エネルギー貯蔵装置は、レドックスフロー電池(redoxflowbattery)である請求項10に記載のエネルギー貯蔵装置。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-07-02 
出願番号 特願2018-549869(P2018-549869)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (B01J)
P 1 651・ 121- YAA (B01J)
P 1 651・ 113- YAA (B01J)
P 1 651・ 536- YAA (B01J)
最終処分 維持  
前審関与審査官 石塚 寛和  
特許庁審判長 大島 祥吾
特許庁審判官 加藤 友也
植前 充司
登録日 2020-01-15 
登録番号 特許第6646759号(P6646759)
権利者 コーロン インダストリーズ インク
発明の名称 イオン交換膜、この製造方法、及びこれを含むエネルギー貯蔵装置  
代理人 山下 託嗣  
代理人 山下 託嗣  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ