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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 B23B
管理番号 1378199
審判番号 不服2020-7380  
総通号数 263 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-11-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-06-01 
確定日 2021-10-05 
事件の表示 特願2016-81095「表面被覆切削工具およびその製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成29年10月19日出願公開、特開2017-189847、請求項の数(7)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成28年4月14日の出願であって、その後の手続の概要は、以下のとおりである。

令和 元年 8月26日付け:拒絶理由通知(発送日同年9月3日)
令和 元年10月17日 :意見書及び手続補正書の提出
令和 2年 3月31日付け:拒絶査定(発送日同年4月7日)
令和 2年 6月 1日 :審判請求及びそれと同時に手続補正書の提出
令和 2年 8月 3日 :上申書の提出

第2 原査定の概要
原査定(令和2年3月31日付け拒絶査定)の概要は次のとおりである。

1 本願請求項1、3-4、7に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された以下の引用文献1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

2 本願請求項1、3-4、7に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された以下の引用文献1に記載された発明に基いて、また、本願請求項2-4、7に係る発明は、以下の引用文献1-3に記載された発明に基いて、さらに、本願請求項5-7に係る発明は、引用文献1-3に記載された発明及び引用文献4にて例示される周知技術に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用文献等一覧
1.国際公開第2016/047581号
2.特開2008-307615号公報
3.特開2007-203447号公報
4.特開2016-3369号公報(周知技術を示す文献)

第3 本願発明
本願請求項1-7に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」-「本願発明7」という。)は、審判請求時の補正(以下、「請求時補正」という。)で補正された特許請求の範囲の請求項1-7に記載された事項により特定される発明であり、このうち、本願発明1は、以下のとおりの発明である。(下線は、請求時補正による補正箇所である。)

【請求項1】
基材と、該基材上に形成された被膜とを備える表面被覆切削工具であって、
前記被膜は、硬質層を含み、
前記硬質層は、塩化ナトリウム型の結晶構造を有する複数の結晶粒を含み、
前記結晶粒は、Al_(x)Ti_(1-x)の窒化物または炭窒化物からなる第1層と、Al_(y)Ti_(1-y)の窒化物または炭窒化物(ただしx≠y)からなる第2層とが交互に積層された積層構造を有し、
隣り合う前記第1層と前記第2層との厚みの合計は、3nm以上40nm以下であり、
前記硬質層のうち前記基材の表面に平行な面に対し、電子線後方散乱回折装置を用いて前記複数の結晶粒の結晶方位をそれぞれ解析することにより、前記結晶粒の結晶面である(111)面に対する法線方向と前記基材の表面に対する法線方向との交差角を測定した場合に、前記交差角が0度以上10度未満となる前記結晶粒の面積比率が40%以上であり、かつ
前記電子線後方散乱回折装置を用いて前記複数の結晶粒の結晶方位を解析することにより得られる撮影画像において、観察される前記複数の結晶粒が占める総面積に対する粒径0.5μm以下の前記結晶粒が占める面積の割合は、70面積%以上100面積%以下であり、
前記xと前記yとの差の最大値は、0.26以上0.5以下である、表面被覆切削工具。

本願発明2-6は、請求項1を引用し、本願発明1の発明特定事項の全てを含む表面被覆切削工具である物の発明であり、本願発明7は、請求項1-6のいずれか1項を引用する本願発明1-6の表面被覆切削工具の製造方法の発明である。

第4 引用文献
原査定の拒絶の理由に引用された引用文献1(国際公開第2016/047581号)には、図面とともに次の事項が記載されている(下線は当審で付与したもの。)。
1 引用文献1の記載事項
(1)「[0006] ・・・(略)・・・
発明が解決しようとする課題
[0007] ・・・(略)・・・
そこで、本発明が解決しようとする技術的課題、すなわち、本発明の目的は、合金鋼等の高速断続切削等に供した場合であっても、すぐれた靭性を備え、長期の使用に亘ってすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する被覆工具を提供することである。
課題を解決するための手段
[0008]・・・(略)・・・
[0009] 即ち、従来の少なくとも1層の(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))層を含み、かつ所定の平均層厚を有する硬質被覆層は、(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))層が工具基体に垂直方向に柱状をなして形成されている場合、高い耐摩耗性を有する。その反面、(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))層の異方性が高くなるほど(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))層の靭性が低下し、その結果、耐チッピング性、耐欠損性が低下し、長期の使用に亘って十分な耐摩耗性を発揮することができず、また、工具寿命も満足できるものであるとはいえなかった。
そこで、本発明者らは、硬質被覆層を構成する(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))層について鋭意研究したところ、(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))層のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒粒内にTiとAlの周期的な組成変化を形成させるという全く新規な着想により、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒内に歪みを生じさせ、硬さと靭性の双方を高めることに成功し、その結果、硬質被覆層の耐チッピング性、耐欠損性を向上させることができるという新規な知見を見出した。

(2)「[0019] ・・・(略)・・・
さらに、NaCl型の面心立方構造を有する結晶を組成式:(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))で表した場合、結晶粒内にTiとAlの周期的な組成変化が存在するとき、結晶粒に歪みが生じ、硬さが向上する。しかしながら、TiとAlの組成変化の大きさの指標である前記組成式におけるxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.03より小さいと前述した結晶粒の歪みが小さく十分な硬さの向上が見込めない。一方、xの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.25を超えると結晶粒の歪みが大きくなり過ぎ、格子欠陥が大きくなり、硬さが低下する。そこで、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒内に存在するTiとAlの組成変化は、周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxを0.05?0.25とした。」

(3)「[0022] ・・・(略)・・・
発明の効果
[0023] 本発明は、工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、硬質被覆層は、化学蒸着法により成膜された平均層厚1?20μmのTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、組成式:(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合XavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Yavg(但し、Xavg、Yavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦Xavg≦0.95、0≦Yavg≦0.005を満足し、複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する結晶粒中にNaCl型の面心立方構造を有するものが存在し、該結晶粒の結晶方位を、電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から解析した場合、工具基体表面の法線方向に対する前記結晶粒の結晶面である{111}面の法線がなす傾斜角を測定し該傾斜角のうち法線方向に対して0?45度の範囲内にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計し傾斜角度数分布を求めたとき、0?10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0?10度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の45%以上の割合を示し、また、複合窒化物または複合炭窒化物層について、該層の縦断面方向から観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅Wが0.1?2.0μm、平均アスペクト比Aが2?10である柱状組織を有し、複合窒化物または複合炭窒化物層の層厚方向に沿って、前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒内に、組成式:(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))におけるTiとAlの周期的な組成変化が存在し、周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.03?0.25であるという本発明に特有の構成を有していることによって、立方晶構造を有する結晶粒内に歪みが生じるため、結晶粒の硬さが向上し、高い耐摩耗性を保ちつつ、靭性が向上する。その結果、耐チッピング性が向上するという効果が発揮され、従来の硬質被覆層に比して、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮し、被覆工具の長寿命化が達成される。
・・・(略)・・・」

(4)「[0030] また、NaCl型の面心立方構造の結晶粒内にTiとAlの周期的な組成変化が存在していることが、透過型電子顕微鏡(倍率200000倍)を用いて、エネルギー分散型X線分光法(EDS)による面分析により確認された。さらに詳しく解析した結果、TiとAlの周期的な組成変化xの極大値と極小値の差が0.03?0.25であることが確認された。」

(5)「[0033] ・・・(略)・・・
また、本発明被覆工具1?9、比較被覆工具1?9および参考被覆工具10について、工具基体に垂直な方向の断面方向から走査型電子顕微鏡(倍率5000倍及び20000倍)を用いて、工具基体表面と水平方向に長さ10μm、法線方向に該複合窒化物または複合炭窒化物層の膜厚未満の範囲に存在する複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))層中のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒について、基体表面と平行な方向の粒子幅w、基体表面に垂直な方向の粒子長さlを測定し、各結晶粒のアスペクト比a(=l/w)を算出するとともに、個々の結晶粒について求めたアスペクト比aの平均値を平均アスペクト比Aとして算出し、また、個々の結晶粒について求めた粒子幅wの平均値を平均粒子幅Wとして算出した。さらに、立方晶構造を有する個々の結晶粒からなる柱状組織の粒界部に存在する微粒結晶粒の平均粒径Rについても算出した。その結果を、表7および表8に示した。
また、硬質被覆層の傾斜角度数分布については、TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層からなる硬質被覆層の工具基体表面に垂直な方向の断面を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットし、前記研磨面に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、前記断面研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に照射し、電子後方散乱回折像装置を用いて、工具基体表面と水平方向に長さ100μm、工具基体表面と垂直な方向の断面に沿って膜厚以下の距離の測定範囲内の該硬質被覆層について0.01μm/stepの間隔で、基体表面の法線(断面研磨面における基体表面と垂直な方向)に対して、前記結晶粒の結晶面である{111}面の法線がなす傾斜角を測定し、この測定結果に基づいて、前記測定傾斜角のうち、0?45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計することにより、0?10度の範囲内に存在する度数のピークの存在を確認し、かつ0?10度の範囲内に存在する度数の割合を求めた。その結果を、同じく、表7および表8に示す。 図4に、一例として、本発明被覆工具について測定した傾斜角度数分布を示し、また、図5に、比較被覆工具について測定した傾斜角度数分布グラフを示す。
・・・(略)・・・
さらに、透過型電子顕微鏡(倍率200000倍)を用いて、複合窒化物または複合炭窒化物層の微小領域の観察を行い、エネルギー分散型X線分光法(EDS)を用いて、断面側から面分析を行ったところ、前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒内に、組成式:(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))におけるTiとAlの周期的な組成変化が存在することを確認した。また、該結晶粒について電子線回折を行うことで、TiとAlの周期的な組成変化がNaCl型の面心立方構造の結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在することを確認し、その方位に沿ったEDSによる線分析を行い、TiとAlの周期的な組成変化の極大値の平均と極小値の平均の差をΔxとして求め、さらに極大値の周期をTiとAlの周期的な組成変化の周期として求め、その方位に直交する方向に沿った線分析を行い、TiとAlの合量に占めるAlの含有割合xの最大値と最小値の差をTiとAlの組成変化XOとして求めた。
その結果を、同じく、表7および表8に示す。」

(6)「[0040]
[表7]



(7)「[0041]
[表8]



(8)「[請求項1] 炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、化学蒸着法により成膜された平均層厚1?20μmのTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、組成式:(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))で表した場合、前記複合窒化物または複合炭窒化物層のAlのTiとAlの合量に占める平均含有割合XavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Yavg(但し、Xavg、Yavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦Xavg≦0.95、0≦Yavg≦0.005を満足し、
(b)前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも含み、
(c)また、前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、電子線後方散乱回折装置を用いて、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の結晶方位を、前記複合窒化物または複合炭窒化物層の縦断面方向から解析した場合、工具基体表面の法線方向に対する前記結晶粒の結晶面である{111}面の法線がなす傾斜角を測定し、該傾斜角のうち法線方向に対して0?45度の範囲内にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計し傾斜角度数分布を求めたとき、0?10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0?10度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の45%以上の割合を示し、
(d)前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、該層の縦断面方向から観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅Wが0.1?2.0μm、平均アスペクト比Aが2?10である柱状組織を有し、
(e)また、前記複合窒化物または複合炭窒化物層の前記NaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒内に、組成式:(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))におけるTiとAlの周期的な組成変化が該結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在し、周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.03?0.25であることを特徴とする表面被覆切削工具。」

(9)「[請求項2] 前記複合窒化物または複合炭窒化物層中のTiとAlの周期的な組成変化が存在するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒において、TiとAlの周期的な組成変化が該結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在し、その方位に沿った周期が3?100nmであり、その方位に直交する面内でのAlのTiとAlの合量に占める含有割合XOの変化は0.01以下であること特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。」

(10)

[図3]



(11)そして、上記記載事項から、引用文献1の記載内容について、次のことがいえる。
ア 上記記載事項(8)における特に請求項1の「・・・おいて」の部分及び(a)-(c)の部分の記載からみて、引用文献1記載の表面被覆切削工具は、工具基体と、該工具基体上に形成された硬質被覆層とを備える表面被覆切削工具であって、前記硬質皮膜層は、複合窒化物層または複合炭窒化物層を含み、前記複合窒化物層または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する複数の結晶粒を含むものであることが認められる。

イ 上記記載事項(8)における特に請求項1の(e)、及び記載事項(9)には、個々の前記結晶粒内に、組成式:(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))におけるTiとAlの周期的な組成変化が該結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在すること、及びその方位に沿った周期が3?100nmであることが記載されている。また、上記記載事項(10)には、TiとAlの周期的な組成変化においてxが極大値と極小値の間で周期的に変動することが図示されている。

ウ 上記記載事項(5)、記載事項(6)、記載事項(7)及び記載事項(8)における特に請求項1の(c)には、複合窒化物または複合炭窒化物層の縦断面方向から、電子線後方散乱回折装置を用いて、個々の結晶粒の結晶方位を解析したときの、工具基体表面の法線方向に対する前記結晶粒の結晶面である{111}面の法線がなす傾斜角を測定した場合に、該傾斜角のうち法線方向に対して0?45度の範囲内にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計し傾斜角数分布を求めたとき、0?10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0?10度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の45%以上の割合を示すことが記載されている。

エ 上記記載事項(5)、記載事項(6)、記載事項(7)及び記載事項(8)における特に請求項1の(d)には、複合窒化物または複合炭窒化物層について、該層の縦断面方向から走査型電子顕微鏡により観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅Wが0.1?2.0μm、平均アスペクト比Aが2?10である柱状組織を有することが記載されている。
オ 上記記載事項(2)及び記載事項(8)における特に請求項1の(e)、には、組成式:(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))におけるTiとAlの周期的な組成変化に関し、TiとAlの組成変化の大きさの指標である前記組成式におけるxは周期的に変化しxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.03?0.25であることが記載されている。

2 引用文献1に記載された発明(引用発明1)
したがって、引用文献1には、次の発明が記載されていると認められる。
「 工具基体と、該工具基体上に形成された硬質被覆層とを備える表面被覆切削工具であって、
前記硬質皮膜層は、複合窒化物層または複合炭窒化物層を含み、
前記複合窒化物層または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する複数の結晶粒を含み、
個々の前記結晶粒内に、組成式:(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))におけるTiとAlの周期的な組成変化が該結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在し、TiとAlの周期的な組成変化においてxは極大値と極小値の間で周期的に変動し、
その方位に沿った周期が3?100nmであり、
前記複合窒化物または複合炭窒化物層の縦断面方向から、電子線後方散乱回折装置を用いて、個々の結晶粒の結晶方位を解析し、工具基体表面の法線方向に対する前記結晶粒の結晶面である{111}面の法線がなす傾斜角を測定した場合に、該傾斜角のうち法線方向に対して0?45度の範囲内にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計し傾斜角度数分布を求めたとき、0?10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0?10度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の45%以上の割合を示し、
前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、該層の縦断面方向から走査型電子顕微鏡により観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅Wが0.1?2.0μm、平均アスペクト比Aが2?10である柱状組織を有し、
周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.03?0.25である、表面被覆切削工具。」(以下、「引用発明1」という。)

第5 対比・判断
1 本願発明1について
(1)引用発明1との対比
本願発明1と引用発明1とを対比すると、次のことがいえる。
ア 引用発明1の「工具基体」、「硬質被覆層」、「複合窒化物層または複合炭窒化物層」、及び「NaCl型の面心立方構造」は、それぞれ、本願発明1における「基材」、「被膜」、「硬質層」、及び「塩化ナトリウム型の結晶構造」に相当する。

イ 引用発明1の「個々の前記結晶粒内に、組成式:(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))におけるTiとAlの周期的な組成変化が該結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在し、TiとAlの周期的な組成変化においてxは極大値と極小値の間で周期的に変動」することは、結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って、(Ti_(1-x)Al_(x))におけるxが極大値となる層と極小値となる層が交互に繰り返し積層されることであるから、本願発明1の結晶粒が、「Al_(x)Ti_(1-x)の窒化物または炭窒化物からなる第1層と、Al_(y)Ti_(1-y)の窒化物または炭窒化物(ただしx≠y)からなる第2層とが交互に積層された積層構造」を有することに相当し、引用発明1の「その方位に沿った周期が3?100nm」の範囲は、本願発明1の「隣り合う第1層と第2層の厚みの合計が3nm以上40nm以下」の範囲を含む一方で、この範囲でない「40nmより大きく100nm以下」の部分も含む。

ウ 引用発明1の「工具基体表面の法線方向に対する前記結晶粒の結晶面である{111}面の法線がなす傾斜角を測定」することは、本願発明1の「結晶粒の結晶面である(111)面に対する法線方向と前記基材の表面に対する法線方向との交差角を測定」することに相当する。
また、この引用発明1の傾斜角の測定と、本願発明1の交差角の測定に関し、引用発明1の傾斜角の測定については、傾斜角のうち法線方向に対して「0?45度の範囲内にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計し傾斜角度数分布を求める」ことが引用文献1(上記記載事項(8)における請求項1の(c))に記載されているのに対して、本願発明1の交差角の測定については、「そして、以下のような交差角範囲毎にピクセルを区分けして、グループ1?18を構築する。・・・グループ1:交差角が0度以上5度未満 グループ2:交差角が5度以上10度未満・・・次に、グループ1?18のそれぞれにおいてピクセルの数の和である度数を算出して、交差角の度数分布を算出する。すなわち「度数」は、測定対象面に表れた全ての結晶粒を交差角毎にグループ1?18に区分けした場合の、各グループの結晶粒の面積の和に相当する。・・・交差角の度数分布を表したグラフの一例を図3に示す。このグラフの横軸は、結晶粒を区分けした18のグループを表し、縦軸は度数である。図3に示す例では、グループ1?2の度数の合計は、全グループの度数の合計の59.8%となる。」と本願の発明の詳細な説明(段落【0054】-【0058】)と記載されているものである。
これらの記載からみて、引用発明1のグループに区分けされた交差角毎に表れた結晶粒の度数は、本願発明1の各グループの結晶粒の面積の和に相当することが認められる。
したがって、引用発明1の傾斜角の「前記0?10度の範囲内に存在する度数の合計」の「傾斜角度数分布における度数全体」に対する割合は、本願発明1の交差角の「0度以上10度未満となる前記結晶粒の面積比率」に相当する。そして、前者の割合が45%以上(上記記載事項(8)における請求項1の(c))であり、後者の面積比率が40%以上であることは、前者の面積比率が45%以上である範囲において共通している。

よって、本願発明1と引用発明1は、以下の(2)の点で一致し、(3)の点で相違する。

(2)一致点
「 基材と、該基材上に形成された被膜とを備える表面被覆切削工具であって、
前記被膜は、硬質層を含み、
前記硬質層は、塩化ナトリウム型の結晶構造を有する複数の結晶粒を含み、
前記結晶粒は、Al_(x)Ti_(1-x)の窒化物または炭窒化物からなる第1層と、Al_(y)Ti_(1-y)の窒化物または炭窒化物(ただしx≠y)からなる第2層とが交互に積層された積層構造を有し、
前記硬質層のうち前記基材の表面に平行な面に対し、電子線後方散乱回折装置を用いて前記複数の結晶粒の結晶方位をそれぞれ解析することにより、前記結晶粒の結晶面である(111)面に対する法線方向と前記基材の表面に対する法線方向との交差角を測定した場合に、前記交差角が0度以上10度未満となる前記結晶粒の面積比率が45%以上である、
表面被覆切削工具。」

(3)相違点
<相違点1>
本願発明1においては、「隣り合う前記第1層と前記第2層との厚みの合計は、3nm以上40nm以下」であるのに対して、引用発明1は、当該厚みの合計が3?100nmであって、上記3nm以上40nm以下の範囲を含むものの、それ以外の範囲も含む点。

<相違点2>
本願発明1においては、「硬質層のうち前記基材の表面に平行な面に対し、電子線後方散乱回折装置を用いて前記複数の結晶粒の結晶方位をそれぞれ解析」するものであるのに対して、引用発明1においては、「複合窒化物または複合炭窒化物層の縦断面方向から、電子線後方散乱回折装置を用いて、個々の結晶粒の結晶方位を解析」するものの、本願発明1のように「基材の表面に平行な面」に対して解析するものであるか明らかでない点。

<相違点3>
本願発明1においては、「電子線後方散乱回折装置を用いて複数の結晶粒の結晶方位を解析することにより得られる撮影画像において、観察される複数の結晶粒が占める総面積に対する粒径0.5μm以下の前記結晶粒が占める面積の割合は、70面積%以上100面積%以下」であるのに対して、引用発明1においては、複合窒化物または複合炭窒化物層について、該層の縦断面方向から走査型電子顕微鏡により観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅Wが0.1?2.0μm、平均アスペクト比Aが2?10である柱状組織を有している点。

<相違点4>
硬質層が含む結晶粒の積層構造に関し、本願発明1においては、Al_(x)Ti_(1-x)の窒化物または炭窒化物からなる第1層と、Al_(y)Ti_(1-y)の窒化物または炭窒化物(ただしx≠y)からなる第2層について、「前記xと前記yとの差の最大値は、0.26以上0.5以下」であるのに対して、引用発明1においては、TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層の組成式:(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))について、周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.03?0.25である点。

(4)相違点についての判断
事案に鑑みて、相違点4から検討する。
ア まず、引用発明1における「周期的に変化するx」は、「組成式:(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))におけるTiとAlの周期的な組成変化」において「極大値と極小値の間で周期的に変動」するものであることから、当該極大値及び極小値をとるxの一方は、本願発明1における「Al_(x)Ti_(1-x)の窒化物または炭窒化物からなる第1層」における「x」に対応し、他方は、同「第2層」における「y」に対応するものである。

イ そして、引用発明1における「周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差Δx」に関して、上記記載事項(2)(段落[0019])には、「さらに、NaCl型の面心立方構造を有する結晶を組成式:(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))で表した場合、結晶粒内にTiとAlの周期的な組成変化が存在するとき、結晶粒に歪みが生じ、硬さが向上する。しかしながら、TiとAlの組成変化の大きさの指標である前記組成式におけるxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.03より小さいと前述した結晶粒の歪みが小さく十分な硬さの向上が見込めない。一方、xの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.25を超えると結晶粒の歪みが大きくなり過ぎ、格子欠陥が大きくなり、硬さが低下する。そこで、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒内に存在するTiとAlの組成変化は、周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxを0.05?0.25とした。」と記載されている。
同じく上記記載事項(3)(段落[0023])には、「・・・組成式:(Ti_(1-x)Al_(x))(C_(y)N_(1-y))におけるTiとAlの周期的な組成変化が存在し、周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.03?0.25であるという本発明に特有の構成を有していることによって、立方晶構造を有する結晶粒内に歪みが生じるため、結晶粒の硬さが向上し、高い耐摩耗性を保ちつつ、靭性が向上する。その結果、耐チッピング性が向上するという効果が発揮され、従来の硬質被覆層に比して、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮し、被覆工具の長寿命化が達成される。」と記載されている。
そうすると、上記記載事項(3)(段落[0023])からみて、0.03?0.25の範囲にあるΔxは、引用発明1に特有な構成の一部を成し、該構成を有していることによって、「硬さと靭性の双方を高め」て、上記記載事項(1)(段落[0007])における「合金鋼等の高速断続切削等に供した場合であっても、すぐれた靭性を備え、長期の使用に亘ってすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する被覆工具を提供する」という課題を解決するものであると認められる。そして、これに対して、引用発明1において、仮に、Δxが0.25を超えるように変更すれば、上記記載事項(2)(段落[0019])からみて、結晶粒の歪みが大きくなり過ぎ、格子欠陥が大きくなり、硬さが低下することから、上記課題を解決し得ないものとなるため、引用発明1において、0.03?0.25の範囲にあるΔxを、本願発明1のように、この数値範囲を超える0.26以上0.5以下の範囲に変更するような動機は認められず、むしろ、それは阻害されるものといえる。もっとも、このΔxは、xの極大値の平均と極小値の平均の差であるが、xの極大値自体と極小値自体の差、すなわち本願発明1におけるxとyとの差の最大値に対応する値をこの範囲に変更することについても動機は認められず、当然に同様の阻害要因が存在するものである。

ウ 次に、引用発明1における「周期的に変化するxの極大値の平均と極小値の平均の差Δx」の範囲は「0.03?0.25」であるが、Δxはxの極大値の平均と極小値の平均の差であり、極大値及び極小値にはそれぞれ実際の数値にバラツキがあることを考慮すれば、そのバラツキの程度によっては、xの個々の極大値と極小値の差の最大値(極大値のうちの最大値と極小値のうちの最小値との差)が本願発明1のように0.26以上となる可能性、すなわち当該最大値に対応する本願発明1における「xとyとの差の最大値」(本願の発明の詳細な説明の段落【0045】における「xの最大値とyの最小値との差」に相当。)の「0.26以上0.5以下」という範囲に入る可能性は一応存在する。
しかしながら、引用文献1において、上記記載事項(5)(段落[0033])には、「TiとAlの周期的な組成変化の極大値の平均と極小値の平均の差をΔxとして求め」と記載され、上記記載事項(10)([図3])には、xの「極大値5点の平均」と「極小値5点の平均」の差を「Δx」とすることが図示されてはいるものの、そのバラツキの程度や個々の極大値及び極小値の具体的な数値については記載がなく、同記載事項([図3])に図示されたものでは、Δxの値は0.2すら超えないことが明らかであり、たとえΔxが最大値の0.25となる場合でも、xの個々の極大値と極小値の差の最大値が0.26以上となることをうかがわせる根拠は見出せない。また、xの極大値の平均と極小値の平均の差であるΔxが、0.05?0.25でありながら、xの個々の極大値と極小値の差の最大値が0.26以上となる程度のバラツキが必然的に存在する旨の事情も存在しない。

エ 以上より、引用発明1のxの極大値の平均と極小値の平均の差Δxが0.05?0.25の範囲である結晶粒を含む表面被覆切削工具について、このΔxを0.26以上の範囲に変更することにより(上記イ)、あるいはxの極大値と極小値のバラツキを考慮することにより(上記ウ)、本願発明1のxとyとの差の最大値の範囲の0.26以上0.5以下である結晶粒を含む表面被覆切削工具とすることは、当業者が容易に想到し得たものとは認められない。
また、他の引用文献についてみても、上記相違点4に係る構成を示すものではない。
したがって、上記相違点1-3について判断するまでもなく、本願発明1は、当業者であっても、引用文献1-4記載に記載された発明に基いて、容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

2 本願発明2-7について
本願発明2-7も、本願発明1の特定事項の全てを含むものであるから、本願発明1と同じ理由により、当業者であっても、引用文献1-4に記載された発明に基いて、容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

第6 原査定について
1 原査定の理由1(特許法第29条第1項第3号)について
上記請求時補正により、本願請求項1、3-4、7に係る発明は、上記第3の内容のとおり補正されており、引用文献1に記載された発明とはいえない。
したがって、原査定の理由1を維持することはできない。

2 原査定の理由2(特許法第29条第2項)について
上記請求時補正により、本願発明1-7は、上記第3の内容のとおり補正されており、当業者であっても、拒絶査定において引用された引用文献1-4に記載された発明に基いて、容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって、原査定の理由2を維持することはできない。

第7 むすび
以上のとおり、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。



 
審決日 2021-09-16 
出願番号 特願2016-81095(P2016-81095)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (B23B)
最終処分 成立  
前審関与審査官 村上 哲  
特許庁審判長 河端 賢
特許庁審判官 刈間 宏信
田々井 正吾
発明の名称 表面被覆切削工具およびその製造方法  
代理人 特許業務法人深見特許事務所  

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