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審決分類 審判 全部無効 発明同一 無効としない B41J
審判 全部無効 1項3号刊行物記載 無効としない B41J
審判 全部無効 2項進歩性 無効としない B41J
管理番号 1006780
審判番号 審判1996-13793  
総通号数
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1994-12-13 
種別 無効の審決 
審判請求日 1996-08-17 
確定日 1999-09-28 
事件の表示 上記当事者間の特許第2000619号発明「サーマルヘッド」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 I.手続の経緯・本件発明の要旨
本件特許第2000619号発明(以下、「本件発明」という。)は、昭和62年7月31日に出願された特願昭62ー193464号(以下、「原出願」という。)の一部を平成3年11月6日に新たな特許出願としたものであって、平成7年3月22日に特公平7ー25178号として出願公告され、同7年12月20日に特許権の設定の登録がなされたものであって、その発明の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
「ヘッド基板の上面に、発熱抵抗体と、該発熱抵抗体に対するコモンリードとを、略平行に延びるように形成したサーマルヘッドにおいて、前記コモンリードを、下層の金による配線パターンと、上層の金と同程度か或いはそれより小さいシート抵抗の金属による配線パターンとの二重構造にし、上層の配線パターンにおける幅方向の一部を、前記ヘッド基板の上面のうち下層の配線パターンが形成されていない領域に形成したことを特徴とするサーマルヘッド。」
II.請求人の主張
これに対して、請求人は、
(1)本件発明に係る出願は適法な分割出願とはいえず出願日の遡及は認められないから、本件発明は、原出願の公開公報である特開昭64ー36467号公報(甲第1号証)に記載された発明に他ならず、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。
(2)また、本件発明は、特開昭64ー18649号公報(甲第2号証)に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、あるいは同法第29条の2の規定により、特許を受けることができないものである。
(3)さらにまた、本件発明は、甲第1号証および甲第2号証、甲第5号証ないし甲第10号証に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。
以上の通り、本件発明の特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第123条第1項第2号の規定に該当し無効とされるべきでものである、と主張している。
そして、証拠方法として甲第1号証〜甲第10号証及び参考資料1〜参考資料7を提出している。
甲第1号証:特開昭64ー36467号公報
甲第2号証:特開昭64ー18649号公報
甲第3号証:実開平3ー106045号公報
甲第4号証:特開平3ー161361号公報
甲第5号証:特開昭57ー24273号公報
甲第6号証:実開昭62ー38155号公報
甲第7号証:実開昭62ー43748号公報
甲第8号証:実開昭62ー50950号公報
甲第9号証:実開昭61ー183652号公報
甲第10号証:実開昭61ー186446号公報
参考資料1:平成3年7月10日付け早期審査に関する事情説明書
参考資料2:特公平4ー17795号公報
参考資料3:平成6年5月31日東京高民一八判・平成3年(行ケ)135号、判例工業所有権法第2期版、第1423の47〜第1424頁
参考資料4:特願昭62ー193464号の平成5年2月19日付け手続補正書
参考資料5:最高裁・平成2年2月23日判決・昭和62年(行ツ)20号、判例工業所有権法第2期版、第1423の12頁
参考資料6:最高裁・平成2年4月24日判決・昭和62年(行ケ)97号、判例工業所有権法第2期版、第1423の12〜第1423の19頁
参考資料7:最高裁・昭和53年3月28日判決・昭和49年(行ツ)2号、判例工業所有権法第2期版、第1422頁
III.被請求人の主張
一方、被請求人は、請求人の主張に正当な理由はない旨答弁し、乙第1号証〜乙第7号証を提出している。
乙第1号証:特公平7ー25178号公報(本件発明の公告公報)
乙第2号証:原出願の願書に最初に添付した明細書
乙第3号証:昭和58年5月発行の特許庁の「出願の分割(改訂)」の審査基準〔1〕ー16ー1頁〜9頁
乙第4号証:特許庁編審査基準 第V部特殊な出願第1章11頁
乙第5号証:昭和62年特許庁発行「審査基準の手引き」(改訂等21版)82頁
乙第6号証:特許庁編審査基準 第II部特許要件第4章13頁〜14頁
乙第7号証:特許庁編審査基準 第II部特許要件第4章8頁〜9頁
IV.〔当審の判断〕
そこで、請求人の主張する各無効の理由について検討する。
1.無効の理由(1)について
請求人は、『特許法第44条第1項の「二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる」に規定する分割のための要件は、(甲)原出願の明細書又は図面の記載において二以上の発明が包含されていて、分割出願に係る発明が上記二以上の発明の一部であること、(乙)分割出願に係る発明と分割後の原出願の発明とが同一でないこと、の二つの要件を充足する必要がある。しかしながら、本件発明に係る出願は上記二つの要件(甲)、(乙)のいずれをも満たしていない。すなわち、
(A)本件発明に係る出願は、本件発明が分割直前のもとの出願の明細書又は図面に記載されている発明でないものに相当するから、「原出願の明細書または図面の記載において二以上の発明が包含されていて、分割出願に係る発明が上記二以上の発明の一部であること」の分割のための要件(甲)を満たしていない不適法な分割出願である。
(B)また、本件発明に係る出願は、本件発明が原出願の当初明細書および図面(以下、「当初明細書」という。)に記載されていない事項を包含しているものに相当し、「原出願の明細書又は図面の記載において二以上の発明が包含されていて、分割出願に係る発明が上記二以上の発明の一部であること」の分割のための要件(甲)を満たしていない不適法な分割出願である。
(C)本件発明は分割後の原出願の発明を包含するものであり、分割のための要件(乙)を満たしていない。』と主張する。
以下、理由(A)〜(C)について検討する。
1)理由(A)について
請求人の主張するところは、原出願に係る発明が、分割直前の平成3年10月30日になされた手続補正により補正され、限定された発明となっているにも拘わらず、本件発明は、補正して限定することにより含まれなくなった態様をも含む発明を上記限定された発明から分割したものであって、分割直前の原出願の明細書又は図面(以下、「基準明細書」という。)に記載されている発明でないものに相当するから、本件発明に係る出願は、分割のための前記要件(甲)を満たしていない、というものである。
ところで、特許出願の分割について、特許法第44条第1項(昭和45年法律第91号)は「二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる。」と規定しているだけであり、分割前に原出願から削除されている発明に関しては何ら規定していない。
しかし、分割出願の規定を設けた趣旨が、特許法のとる一発明一出願の原則のもとにおいて、特許出願の中には、一発明一出願の原則に反する出願や、特許請求の範囲には記載されていないが明細書の「発明の詳細な説明」又は図面に記載されている発明を包含する出願もあって、このような発明も公開されるので、公開の代償として独占権を与えるという特許制度の趣旨からすればできるだけ保護の途を開くことにあることを考慮すると、分割前に原出願から削除されている発明(原出願の当初明細書に記載された発明であって、出願の分割の際に原出願の基準明細書に記載されていない発明)は、原出願の公告決定前であれば、出願の分割の際に補正により原出願の明細書又は図面に記載することができるものであるから、出願の分割の対象となる発明になり得る、と解するのが相当である。そして、このことは、分割出願時の補正について特許法施行規則第30条に定めた補正手続を省略したからといって何ら変わるものではない。
したがって、本件発明に係る出願は適法な分割出願であり、請求人の主張は採用できない。
2)理由(B)について
請求人の主張するところは、原出願の当初明細書の特許請求の範囲に記載の「基板上でコモンリードと個別リードとの間に発熱抵抗体を形成したサーマルヘッドにおいて、コモンリードの一部を二重構造にし、下層を金による配線パターン、上層を金と同程度かあるいはそれより小さいシート抵抗の金属による配線パターンで構成するとともに、上層の配線パターンの一部を下層の配線パターンの形成されていない領域に形成したことを特徴とするサーマルヘッド。」(甲第1号証参照)と本件発明の構成とを比較し、本件発明は、「基板上でコモンリードと個別リードとの間に発熱抵抗体を形成したサーマルヘッド」以外のタイプのサーマルヘッド(審判請求理由補充書第10頁第2図及び甲第3、4号証参照)、及び、接続端子部分の「幅方向の一部」でない「一部」を一層構造にした例を含むから、原出願の当初明細書に記載されていない構成要件を包含しており、また、基準明細書(参考資料2参照)に記載された「二重構造」において技術的に意義のある「金」と「銀」の組合わせ、及び、「このずらせた非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくした」という当初明細書に記載されていない技術的に意義のある構成要件を包含しているから、本件発明に係る出願は、分割のための前記要件(甲)を満たしていない、というものである。
そこで、原出願の当初明細書(甲第1号証参照)をみるに、それには、「従来の一般的なサーマルヘッドの構造を第4図と第5図に示す。」(甲第1号証第1頁左下欄最下行〜右下欄1行)、「ところが、このような従来のサーマルヘッドにおいて、特にコモンリードの配線距離が長くなる場合に、コモンリードによる電圧降下が問題となる。すなわち第4図に示したようにコモンリードの両端5b,5cを介して駆動電流を供給した場合、発熱抵抗体に印可される実際の電圧は中央部ほど低くなる。このため、中央部ほど発熱抵抗体の発熱量が低下し、記録結果に濃度差が生じることとなる。」(同第1頁右下欄最下行〜第2頁左上欄7行)との記載がなされており、これらの記載からみて、原出願の当初明細書に記載された発明は、コモンリードの配線距離が長くなる場合における電圧降下の問題を解決することを目的としているから、要は、コモンリードの配線距離が長いサーマルヘッドであれば、従来の一般的なサーマルヘッドの構造を示すものとして記載された「基板上でコモンリードと個別リードとの間に発熱抵抗体を形成したサーマルヘッド」に限られるものでないことは明らかである。また、「金」と「銀」の組合せ自体は、原出願の当初明細書に記載されている。
そして、請求人が指摘するようなタイプのサーマルヘッド(審判請求理由補充書第10頁第2図及び甲第3、4号証参照)、接続端子の「幅方向の一部」でない「一部」を一層構造にする点、および当初明細書に記載されていない技術的に意義がある構成要件は、本件発明に係る出願の明細書には記載されていないものである。
したがって、請求人の主張は採用できない。
3)理由(C)について
請求人の主張するところは、本件発明と分割後の原出願の発明(特公平4ー17795号公報、参考資料2参照)とを対比すると、両者は、「このずらせた非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくした」という限定の有無で一応相違するが、しかし、本件発明の「前記コモンリードを、下層の金による配線パターンと、上層の金と同程度か或いはそれより小さいシート抵抗の金属による配線パターンとの二重構造にし、上層の配線パターンにおける幅方向の一部を、前記ヘッド基板の上面のうち下層の配線パターンが形成されていない領域に形成した」構成は、下層を金による配線パターン、上層を銀による配線パターンで構成する場合には、下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きい態様となり、上記「このずらせた非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくした」という限定された分割後の原出願の発明が、本件発明の唯一の実施例に該当することになるから、本件発明は、分割後の原出願の発明と実質的に相違することなく、同一であり、本件発明に係る出願は、前記要件(乙)を満たしていない不適法な分割出願である、というものである。
確かに、本件発明は、下層を金による配線パターン、上層を銀による配線パターンで構成する場合を含むものである。しかしながら、分割後の原出願の発明が、「非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくした」という構成に限定した点に技術的な意義があるものであるのに対し、本件発明は、かかる構成に限定したものではなく、しかも、その明細書には、かかる技術的な意義について何ら記載されていないのであるから、下層を金による配線パターン、上層を銀による配線パターンで構成する場合でも、「非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくした」ものを、唯一の実施例とするものでないばかりでなく、実施例の一つとするものでもないから、分割後の原出願の発明と同一でない。
したがって、本件発明に係る出願は適法な分割出願である。
なお、請求人は、理由(C)に関して、被請求人が早期審査に関する事情説明書(参考資料1)において記述した内容や、原出願の当初明細書に「非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくした」ことの技術的な意義が記載されていないことを指摘しているが、それは、分割後の原出願おける明細書の記載の問題であって、本件発明の分割要件の適否の問題とは直接関係のないものである。
以上のとおり、本件発明は、適法に分割出願されたものであり、その出願日は原出願の出願日まで遡及するものであるから、原出願の出願後に頒布された刊行物である甲第1号証に記載された発明であるとすることはできない。
2.無効の理由(2)について
請求人が甲第2号証(特開昭64-18649号公報)として提出した本件発明の出願の日前の出願であって、その出願後に出願公開された特願昭62-175685号の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下、「先願明細書」という。)には、「基板と、この基板上に形成された本体部およびこの本体部から延びる複数の接続部とから成る共通電極と、前記基板上に形成された個別電極と、前記共通電極及び個別電極とを接続する抵抗体とを具備する厚膜型サーマルヘッドにおいて、前記共通電極の本体部は、前記接続部と一体で金(Au)から成る第一層と、この第一層上に一部が重ね合わせられ銀・パラジウム合金(Ag/Pd合金)から成る第二層と、この第二層上に一部が重ね合わせられ銀(Ag)から成る第三層とを有することを特徴とする厚膜型サーマルヘッド。」(特許請求の範囲第1項)に係る発明が記載されており、そして、「共通電極を特に厚くするためには高価な・・・金の厚膜を用いるので、・・・コストが高くなるという問題点があった。コストを低くするためには銀あるいは卑金属導体を共通電極の本体部として用いればよいが、銀を用いた場合、接続部や個別電極には金が用いられるためこれらの金との相互作用が問題となる。即ち、共通電極の本体部の銀と接続部の金との相互拡散により抵抗が大きくなること、また銀のマイグレーション等により・・・不都合が生じる。・・・また銀以外の卑金属導体を用いた場合には厚膜工程に適する低抵抗の厚膜導体が得られないという欠点があった。従って、本発明の目的は低コストのサーマルヘッドを得るために適した共通電極の構造を提供するものである。」(第2頁右上欄3行〜左下欄5行)、「前記目的を達成するため、本発明は厚膜型サーマルヘッドの共通電極の本体部を、接続部と一体で金から成る第1層と、この第1層上に一部が重ね合わせられ銀・パラジウム合金から成る第2層と、該第2層と一部が重ね合わせられた銀から成る第3層との3層構造としたものである。この3層構造とすることにより特に厚く構成される共通電極の本体部として安価な材料を用いることが出来るとともに接続部の金と銀の間に銀・パラジウム合金を介在させたため、銀の拡散、マイグレーションを防止することが出来る。」(第2頁左下欄7〜最下行)との記載がなされ、さらに、第1図(a)及び(b)には、三層構造に形成された共通電極の本体部(5)において、第二層(=中層)の銀・パラジウム合金層(5ー2)と第三層(=上層)の銀電極層(5ー3)との幅方向の一部が、それぞれ重ね合わせ部分(A)及び(B)を除き、第一層(=下層)の金電極層(5ー1)の形成されていない領域に形成されていることが示されている。
そこで、本件発明と先願明細書に記載の発明とを比較するに、コモンリードが、前者においては下層の金による配線パターンと、上層の金と同程度か或いはそれより小さいシート抵抗の金属による配線パターンとの二層構造であるのに対し、後者においては金(Au)から成る第一層(=下層)と、この第一層上に一部が重ね合わせられ銀・パラジウム合金(Ag/Pd合金)から成る第二層(=中層)と、この第二層上に一部が重ね合わせられ銀(Ag)から成る第三層(=上層)との三層構造である点で、両者は相違している。
そして、先願明細書に記載の発明において、コモンリードを金(Au)から成る第一層と、この第一層上に一部が重ね合わせられ銀・パラジウム合金(Ag/Pd合金)から成る第二層と、この第二層上に一部が重ね合わせられ銀(Ag)から成る第三層との三層構造とした点は、前記摘記した「この3層構造とすることにより特に厚く構成される共通電極の本体部として安価な材料を用いることが出来るとともに接続部の金と銀の間に銀・パラジウム合金を介在させたため、銀の拡散、マイグレーションを防止することが出来る。」という記載からも明らかなように、当該発明の目的を達成するために発明の構成に欠くことのできない事項であり、しかも、「コモンリードを、下層の金による配線パターンと、上層の金と同程度か或いはそれより小さいシート抵抗の金属による配線パターンとの二層構造にすること」を何ら示唆するものではない。
してみると、本件発明と先願明細書に記載の発明とは、コモンリードの構造を異にする発明であることは明らかである。
したがって、本件発明は、先願明細書に記載された発明と同一であるとすることはできない。
請求人は、先願明細書に記載の発明の第二層と第三層とで本件発明と同じ「上層の金と同程度か或いはそれより小さいシート抵抗の金属による配線パターン」を構成することは明らかである旨主張するが、しかし、先願明細書に記載の発明の銀・パラジウム合金から成る第二層が、銀と金を接触させた場合に起こる銀の拡散とマイグレーションを防ぐため、金から成る第一層と銀から成る第三層との間に介在されたものであるのに対し、本件発明の「上層の金と同程度か或いはそれより小さいシート抵抗の金属による配線パターン」は、明細書の記載からみて銀の拡散とマイグレーションを防ぐ機能を果たすものでないことは明らかであるから、このような機能上の差異を看過したところの上記主張は、採用できない。
3.無効の理由(3)について
甲第5号証には、「一列に配列され、各一端が共通接続された複数の発熱抵抗体と、これらの発熱抵抗体の各他端に個別に接続され、これら発熱抵抗体を記録情報信号に応じて並列に駆動する駆動回路とを備えたサーマルヘッドにおいて、前記発熱抵抗体の各一端を共通接続するための共通電極が、前記発熱抵抗体とこの共通電極および前記駆動回路との間を接続する個別電極より厚く形成され、かつこの共通電極の表面に保護膜が被覆されていることを特徴とするサーマルヘッド。」(特許請求の範囲第1項)に関する発明が記載されており、そして、「この発明は、・・・共通電極を個別電極より厚くしてその電気抵抗を下げることにより、共通電極での電圧ドロップによる記録濃度のムラを少なくし・・・たサーマルヘッドを提供するものである。」(第2頁右下欄3〜11行)、「薄膜導体19の下側に新たに帯状導体18を設けて共通電極6を個別電極8,9等より厚く形成している。これにより、共通電極6の電気抵抗が減少し、発熱抵抗体4が同時に多数駆動される場合でも、共通電極6での電圧ドロップは少なくなる。従って、発熱抵抗体4は常に一定の電圧が印加されて均一な温度で発熱するため、感熱紙上の記録濃度のムラを少なくすることができる。」(第3頁左上欄14行〜右上欄2行)と記載されている。
甲第6号証には、「厚さが1μm以下の薄い金薄膜で電極導体が形成されているサーマルヘッドにおいて、コモン電極導体を構成している導体のうち少なくとも共通の導体部分を当該電極部分に比べて十分に厚く抵抗値が小さい導体に形成してなることを特徴とするサーマルヘッド。」(実用新案登録請求の範囲)に関する発明が記載されており、そして、「この考案は、・・・印字濃度むらが生じることなく、駆動電力の小さいサーマルヘッドを得ることを目的とする。」(第4頁最下行〜第5頁3行)、「コモン電極の導体部分を厚い金薄膜で構成してその抵抗値を小さくすると、大きな記録電流が流れても、抵抗値が小さいので電圧降下も小さくなり、サーマルヘッドの両端部分と中央部分の電極間に印加される電圧差が小さくなり、したがって、印字濃度のむらも小さくなる。」(第5頁9〜14行)と記載されている。
甲第7号証には、「(1)高抵抗基体と、この高抵抗基体上に配置された複数個の発熱抵抗体と、複数個のこの発熱抵抗体の一端を共通接続した共通電極とを少なくとも具備したサーマルヘッドにおいて、前記共通電極の少なくとも一部は導電ペーストで被覆されていることを特徴とするサーマルヘッド。」(実用新案登録請求の範囲第1項)に関する発明が記載されており、そして、「本考案は、・・・ヘッドを大型化せず安価にかつ高い印字品質があり高速印字を可能とする同時駆動方式のサーマルヘッドを提供することを目的とするものである。」(第5頁10〜14行)、「導電ペーストである銅系のレジンペースト(8a)を共通電極(3)上にスクリーン印刷により印刷・・・することにより本考案のサーマルヘッドが得られる。」(第6頁15〜17行、第1図参照)と記載されている。
甲第8号証には、「基板と、この基板上に列状に配置された多数の発熱抵抗体と、これらの発熱抵抗体の側方の前記基板上に搭載された各発熱抵抗体に印字パルスを供給する集積回路素子と、前記各発熱抵抗体の一方の端子と集積回路素子の出力端子とを電気接続するリード電極と、発熱抵抗体の列に平行に帯状に設けられ全部又は一部の発熱抵抗体の他方の端子が共通に電機接続される共通電極と、この共通電極の長手方向の導電率を改善するためにこの共通電極上に積層された補助導体とから構成されたことを特徴とするサーマルヘッド。」(実用新案登録請求の範囲第1項)に関する発明が記載されており、そして、「各共通電極15上には、・・・銅板22が導電ペースト等によって接着されている。本考案において、この銅板に相当するものを補助電極と呼ぶ。」(第8頁12〜16行、第1図参照)、「共通電極151の上面には、補助電極22が積層されている。これによって、共通電極151の長手方向の導電率が大幅に改善される。」(第9頁4〜7行、第2図参照)と記載されている。
甲第9号証には、上記甲第5号証と同様の事項が記載されている(甲第9号証の出願は、甲第5号証の出願の変更出願である)。
甲第10号証には、「ガラス蓄熱層が形成されたアルミナ等の基板上に電極としての導体層および発熱抵抗体を形成し、記録信号に応じて前記発熱抵抗体に通電し、その発熱により感熱記録紙の発色、あるいはインクドナーフイルムによる転写を行なわせるサーマルヘッドにおいて、前記導体層は、メタロオーガニック金ペーストを用いて形成した第1層と、該第1層の少なくとも前記発熱抵抗体の下部およびその近傍を除く下部に金のパターンメッキによるメッキ膜の第2層を有することを特徴とするサーマルヘッド。」(実用新案登録請求の範囲)に関する発明が記載されており、そして、「本考案は・・・高密度配設をローコストに実現できるようにするため、メタロオーガニック金ペーストを用いて形成した配線導体の表面に金のパターンメッキするようにした・・・ものである。」(第3頁9〜13行)、「本考案のサーマルヘッドによれば、メタロオーガニック金ペーストを用いて形成した配線抵抗を低減することができ、抵抗体による発熱を一様にすることができ、印字品質を向上させることができる。」(第6頁9〜13行)と記載されている。
そこで、本件発明と甲第5号証ないし甲第10号証に記載された発明とを対比するに、これら甲第5号証ないし甲第10号証には、コモンリードを二層構造にすることが記載されているものの、本件発明の必須の構成要件である「上層の配線パターンにおける幅方向の一部を、前記ヘッド基板の上面のうち下層の配線パターンが形成されていない領域に形成したこと」については記載されておらず、これを示唆する記載もない。
そして、本件発明は、上記構成要件を備えることにより、明細書に記載された特有の作用効果を奏するものである。
したがって、本件発明は、甲第1号証および甲第2号証、甲第5号証ないし甲第10号証に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。
V.〔むすび〕
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由および提出した証拠方法によっては、本件特許発明の特許を無効とすることはできない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 1997-11-21 
結審通知日 1997-12-09 
審決日 1997-12-17 
出願番号 特願平3-290120
審決分類 P 1 112・ 121- Y (B41J)
P 1 112・ 113- Y (B41J)
P 1 112・ 161- Y (B41J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 畑井 順一中村 和夫  
特許庁審判長 松島 四郎
特許庁審判官 小沢 和英
青山 待子
登録日 1995-12-20 
登録番号 特許第2000619号(P2000619)
発明の名称 サーマルヘッド  
代理人 須藤 阿佐子  
代理人 伊原 友己  
代理人 澁谷 孝  
代理人 石井 暁夫  
代理人 長尾 達也  

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