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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性 無効とする。(申立て全部成立) A01M
管理番号 1033694
審判番号 審判1994-18122  
総通号数 18 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1988-10-06 
種別 無効の審決 
審判請求日 1994-10-24 
確定日 2000-12-20 
事件の表示 上記当事者間の特許第1849510号「加熱蒸散装置」の特許無効審判事件についてされた平成10年7月1日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成10(行ケ)年第272号平成11年11月29日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 特許第1849510号発明の特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 【1】手続の経緯及び本件発明の要旨
本件特許第1849510号は、昭和57年10月20日に出願された実願昭57-159944号の実用新案登録出願を、その後、特許法第46条第1項の規定により昭和62年8月10日に出願変更した特許出願(特願昭62-200619号)に係り、平成4年2月27日に出願公告された後、平成5年10月26日付手続補正書による補正がなされた後、平成6年6月7日に設定の登録がなされたものである。
そして、その発明(以下、「本件発明」という。)の要旨は、平成1年10月6日付け及び平成3年4月13日付け(平成3年5月13日差出)手続補正書(以下、「平成3年5月13日付け手続補正書」という。)により補正がなされ、出願公告後の平成5年10月26日付け手続補正書により補正がなされ、設定登録後の平成11年2月3日付けの訂正請求(平成11年審判第39005号)に対し平成11年9月13日付けで訂正が認められ、訂正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの以下のものと認める。
「吸液芯を具備する薬液容器、該薬液容器を収納するための器体、器体に収納された薬液容器の吸液芯の上部の周囲を周隙を存して取り囲むように、器体に備えられた電気加熱式の筒状ヒーター、該ヒーターの上方を覆うように器体の上部に備えられた天面及び上記周隙の上方で開口するように上記天面に設けられた蒸散口とを具備する加熱蒸散装置において、
イ 器体に器体内空間から上記周隙を経て蒸散口に通ずる上昇気流を発生させる為の外気取り入れ口が設けられ、
ロ 蒸散口と上記ヒーターとの間に0.5〜2.5cmの距離が設けられ、
ハ 蒸散口は、周隙と略々等しいかこれより大きい口径で開口している、
ニ 蒸散口には手指の進入防止のための保護バーが備えられている、
ことを特徴とする加熱蒸散装置。」
【2】当事者の主張等
(1)請求人の主張及び提示した証拠方法
請求人は、第1849510号特許(以下、「本件特許」という。)はこれを無効にする、審判費用は請求人の負担とすることを求め、本件特許は、以下の旨の理由1、2又は3により、特許法第123条第1項第1号の規定により無効とされるべきであると主張している。
理由1:
本件特許について出願公告前に平成3年5月13日になされた手続補正は、明細書又は図面の要旨を変更するものであり、本件特許の出願日は、特許法第40条の規定により上記補正がなされた日である平成3年5月13日とみなされる。そして、本件発明は、その出願前に頒布された甲第2号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができない。
理由2:
本件発明は、下記甲第3〜9号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
理由3:
本件発明は、本件出願前公然と知られたバルサン電気蚊取り器(下記甲第4〜7号証)と実質的に同一であり、特許法第29条第1項第1号の規定に該当し、又はそれと下記甲第8〜10号証の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 記
甲第1号証の1:特開昭63-240738号公報(本件特許の公開公報)
甲第1号証の2:本件特許に関する平成3年4月13日付手続補正書
甲第1号証の3:特公平4-11172号公報(本件特許の公告公報)
甲第1号証の4:本件特許に関し、出願公告後に提出された平成5年10月26日付け手続補正書
甲第2号証:実願昭59-13778号(実開昭60-125876号)のマイクロフィルム
甲第3号証:実公昭45-29244号公報
甲第4号証の1:「中外会ニューズ」(昭和41年7月8日、中外製薬株式会社中外会事務局荒木正三発行)
甲第4号証の2:「中外会ニューズ」(昭和42年5月1日、中外製薬株式会社中外会事務局能与志雄発行)
甲第5号証の1:中外製薬株式会社より市販されたバルサン電気蚊とり器本体を撮影した写真
甲第5号証の2:中外製薬株式会社より市販されたバルサン電気蚊とり器の薬液容器を撮影した写真
甲第5号証の3:請求人が作成した上記バルサン電気蚊とり器の断面図
甲第6号証:実公昭44-8361号公報
甲第7号証:意匠登録第283566号公報
甲第8号証:実願昭53-42577号(実開昭54-145670号)のマイクロフィルム
甲第9号証:実公昭43-25081号公報
甲第10号証:特開昭56-81101号公報
甲第11号証:「薬務公報」第1428号、(第1,7,8,32頁、昭和63年11月1日、薬務公報社発行)
甲第12号証:「薬務公報」第1434号、(第1,6,7,25,26頁、平成元年2月21日、薬務公報社発行)
疎第1号証:東京高等裁判所平成7年(行ケ)第231号事件判決
疎第2号証:最高裁判所平成9年(行ツ)第110号事件判決
(2)被請求人の答弁及び提示した証拠方法
被請求人は本件平成6年審判第18122号の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とすることを求め、請求人の主張はいずれも理由がないと答弁し、以下の証拠方法を提出している。
乙第1号証:意匠登録第259096号公報
乙第2号証:意匠登録第283802号公報
乙第3号証:特公昭52-45768号公報
乙第4号証:特公昭55-15442号公報
乙第5号証:特公昭55-16402号公報
乙第6号証:特開昭57-4904号公報
乙第7号証:特願平3-107140号(特公平5-63441号)「加熱蒸散殺虫方法」に対する特許異議の申立てにおいて申立人である本件請求人が「バルサン電気蚊とり器」の実測図面を別件甲第9号証の5として提出した図面
乙第8号証:乙第7号証から、被請求人がヒーター内径と吸液芯の寸法とを平面視にて対比させた図面
参考資料1:平成7年8月3日付け平成6年審判第18122号審決
参考資料2:平成7年(行ケ)第231号審判取消請求事件判決
【3】当審の判断
(1)理由1について
(1-1)本件特許について出願公告前の平成3年5月13日付け手続補正書によりなされた補正が、明細書又は図面の要旨を変更するものであるか否かについて検討する。
(1-2)請求人は、該補正は、以下の(a)〜(e)の点で明細書又は図面の要旨を変更するものであると主張している。
(a)蒸散口と筒状ヒーターとの距離についての規定及び実験例の導入
補正により、特許請求の範囲に、蒸散口とヒーターとの距離を0.5〜2.5cmにするとの規定を導入したが、願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「当初明細書」という。)には、ヒーターと安全カバーの距離を0.5〜2.5cmにすることは記載されているものの、「蒸散口とヒーターとの距離」と「ヒーターと安全カバーとの距離」とは異なるから、当初明細書及び図面には、蒸散口とヒーターとの距離を0.5〜2.5cmにすることは記載されていない。
また、補正により表1の実験結果を含む実験例1を導入して該要件の効果を追加している。
(b)周隙に対する蒸散口の口径の拡張
当初明細書では、蒸散口の口径は「周隙の直径と略々等しいか或いはこれよりも若干大きい」とされていたが、補正により特許請求の範囲には「蒸散口は、周隙と略々等しいか或いはこれよりも大きい口径で開口している」と記載され、補正により追加された実験例では、蒸散口の口径が周隙の直径の1.5〜2.5倍のものまで本件発明の例としている。
このように、補正後の特許請求の範囲は、当初明細書及び図面に記載のない範囲まで拡張変更されている。
(c)器体に対する外気取り入れ口の設ける位置の拡張
当初明細書及び図面では、通気口(外気取り入れ口)の設ける位置について、器体胴部が示されているだけだったが、補正後の特許請求の範囲には「器体に・・・外気取り入れ口が設けられ」とされ、外気取り入れ口を胴部位以外の器体部分に設ける場合も含むようになった。
(d)薬液の拡張
補正により、当初明細書には記載されておらず、出願当時には使用されていない(製造販売が未承認)薬液であるプラレトリンを追加し、薬液が拡張されている。
(e)「安全カバー」の「天面」への拡張
当初明細書に記載された「安全カバー」を、当初明細書に記載されていない、それよりも広範囲の概念である「天面」に拡張した。
(1-3)次にこれらの点について検討する。
(a)について
当初明細書には、蒸散口は安全カバーに設けられているものであることが記載されており、また「周隙(4)と蒸散口(12)が上下に一致して形成されていることと相挨って蒸散された薬液が安全カバー(11)の内面に付着しロスすることがきわめて少なくなる。」(当初明細書第5頁第6〜9行)とあるように薬液の付着によるロスは安全カバーに設けられた蒸散口の位置と関係するものであることが記載されているから、当初明細書の「蒸散薬液の付着防止効果は、ヒータ(3)と安全カバー(11)の距離があまりあきすぎると低下する傾向となるので、この距離は2cm程度以内にすることが望ましく」(甲第1号証の1、第252頁左下欄第9〜12行)という距離に関する記載は、ヒーターと安全カバーに設けられた蒸散口の存する位置との距離についてのものであると解することができる。そうすると、当初明細書において「安全カバーとヒーターとの距離」とは、「蒸散口とヒーターとの距離」を意図していることは明らかであり、「蒸散口とヒーターとの距離を0.5cm〜2.5cm」と補正することは、当初明細書に記載された事項から自明のことである。
また、追加された実験例1は、新たな効果を追加するものではなく、出願時に記載された「蒸散薬液が安全カバー(11)の表面に付着することが少なく、薬液のロスを実質的になくし得る利点がある。また、安全カバー(11)の表面に蒸散薬液が大量に付着するとこれが凝縮滴下して器内を汚染したり、接点不良などの電気系統の故障原因となるが、本発明ではこのような問題も一掃できる。」(甲第1号証の1、第252頁左下欄第16行〜右下欄第5行)という効果を確認するものにすぎず、当初明細書の範囲内の補正と認められる。
(b)について
当初明細書に添付された図面の第4図及び第5図には、蒸散口直径が周隙直径よりも明らかに大きいものが記載されており、また、当初明細書に記載されたような安全カバーへの薬液の付着を防止するという観点(甲第1号証の1、第252頁左下欄第9〜12行、及び、第252頁左下欄第16行〜同頁右下欄第5行を参照)からは、蒸散口直径は周隙直径よりも大きければよいことは明らかであるから、この点は当初明細書に記載された事項、あるいはそれから自明な事項である。
(c)について
電気蚊とり器において、器体胴部の底側ないしは底側近辺に外気取り入れ口を設けたものは周知であり(乙第1号証及び乙第2号証参照)、また、本件発明では、外気取り入れ口は器体外から器体内に外気が取り入れられ、周隙を経て蒸散口に至る上昇気流を発生させるものであれば、どの位置に設けられたものであっても発明の所期の目的を達成し得るものであることは明らかであるから、この点は当初明細書の記載からみて自明な事項である。
(d)について
当初明細書には、「本発明に於て、薬液の有効成分としては従来より害虫駆除に用いられている各種薬剤を使用でき」(甲第1号証の1、第252頁右下欄第6〜7行)と記載されており、揮発性の薬液であれば本件発明の加熱蒸散装置において利用可能であることは当業者であれば当然理解できることであり、また、プラレトリンはピレスロイド系殺虫剤として周知のものである(乙第3〜6号証参照)から、この点は当初明細書の記載からみて自明な事項である。
(e)について
当初明細書には「安全カバー」はヒーターの上方を覆うものであって器体の上面に設けられたものであることが記載されており、それが「天面」に相当するものであることは明らかであるから、この点は当初明細書の記載からみて自明な事項である。
(1-4)以上のように、上記(a)〜(e)の補正は、いずれも当初明細書の範囲内のものであり、前記補正が明細書の要旨を変更するものであるということはできず、本件特許の出願日は平成3年5月13日であるとの請求人の主張は採用できない。
したがって、請求人の提出した甲第2号証刊行物は、本件特許の出願前に頒布された刊行物であるということはできず、理由1についての請求人の主張は採用できない。
(2)理由2について
(2-1)甲第3号証
甲第3号証には、下記の事項が記載されている。
「本考案は電気発熱体を使用し、この発熱体に直接に接触し、若しくは空間をおいて対設したる蒸発芯を発熱体の直接伝導熱によるか熱射熱によって加熱して、上記蒸発芯に含浸する薬剤を蒸散して蝿、蚊、其他諸虫類の駆除や殺虫を行う殺虫器、所謂電気蚊とり器に関する」(第1欄第18〜23行)、
「蒸発芯4の頂端を囲んでこれに接し、若しくは接しないで馬てい形、円筒形、火屋形(中間のふくらんだランプのほや形)等の断面形を有する電気発熱体5・・・上記発熱体を容器2若しくは外筺1若しくはその他の器枠などに設けた支持体によって支持させる」(第2欄第1〜9行)。
さらに、第1図には、蒸発芯4と電気発熱体5の間に、下端が解放された空間が記載されているとともに、外筺1の上部に天面に相当するものが一点鎖線で記載されていると認められる。
以上のことから、甲第3号証には「蒸発芯を具備する容器、該容器を収納するための外筺、外筺に収納された容器の蒸発芯の上部の周囲を取り囲むように外筺に備えられた円筒形の電気発熱体、該電気発熱体の上方を覆うように外筺の上部に備えられた天面を具備する殺虫器」が記載されているものと認める。
(2-2)対比
本件発明と甲第3号証に記載された発明とを対比すると、甲第3号証記載の「外筺」「円筒形の電気発熱体」「蒸発芯」「容器」は、それぞれ本件発明の「器体」「電気加熱式の筒状ヒーター」「吸液芯」「薬液容器」に相当する。
また、甲第3号証記載の発明において、電気発熱体の形状として円筒形のものがあり、これを採用した場合、円筒形の電気発熱体に、蒸発芯の周囲に空間を形成する大きさに貫通穴が形成されることは、前記第1図の記載から明らかであり、甲第3号証記載の発明は、本件発明の「吸液芯の上部の周囲を周隙を存して取り囲むように器体に備えられた電気加熱式の筒状ヒーター」に相当する構成を有するものと認める。
さらに、甲第3号証記載の発明は、加熱蒸散装置に係るものであり、蒸散した薬剤が外筺から外部に出なくては、その機能が全く奏されないことから、外筺に、本件発明の「蒸散口」に相当するものが設けられていることは当業者において自明な事項である。そして、加熱蒸散装置においては、加熱蒸散した薬液がヒーター上方に上昇することから、その蒸散口を本件発明の天面に相当する位置に設けることが周知慣用されており、(甲第8,9号証、実公昭43-26272号公報、実公昭46-8113号公報等)、前記薬液の蒸散方向及び加熱蒸散装置における前記慣用されている技術的事項を考慮すれば、甲第3号証記載の発明において設けられている蒸散口は、ヒーターの上方を覆うように器体の上部に備えられた天面に開口されていると認められる。
以上のことから、本件発明と甲第3号証記載の発明は「吸液芯を具備する薬液容器、該薬液容器を収納するための器体、器体に収納された薬液容器の吸液芯の上部の周囲を周隙を存して取り囲むように器体に備えられた電気加熱式の筒状ヒーター、該ヒーターの上方を覆うように器体の上部に備えられた天面及び上記周隙の上方で開口するように上記天面に設けられた蒸散口とを具備する加熱蒸散装置。」である点で一致し、次の(イ)乃至(ニ)の点で構成が相違している。
(イ)本件発明が、器体に器体内空間から上記周隙を経て蒸散口に通ずる上昇気流を発生させる為の外気取り入れ口が設けられているのに対して、甲第3号証記載の発明は、その点が記載されていない点。
(ロ)本件発明が、蒸散口と上記ヒーターとの間に0.5〜2.5cmの距離が設けられているのに対して、甲第3号証記載の発明は、その点が記載されていない点。
(ハ)本件発明が、蒸散口は、周隙と略々等しいかこれより大きい口径で開口しているのに対して、甲第3号証記載の発明は、その点が記載されていない点。
(ニ)本件発明が、蒸散口に、手指の進入防止のための保護バーを備えているのに対して、甲第3号証記載の発明は、その点が記載されていない点。
(2-3)判断
上記相違点について検討する。
相違点(イ)
甲第3号証には、「本考案は電気発熱体を使用し、この発熱体に直接に接触し、若しくは空間をおいて対設したる蒸発芯を発熱体の直接伝導熱によるか幅射熱によって加熱して、上記蒸発芯に含侵する薬剤を蒸散して蝿、蚊、其他諸虫類の駆除や殺虫を行う殺虫器、所謂電気蚊とり器に関する」(第1欄第18〜23行)と記載されている。また、その第1図には、蒸発芯4と電気発熱体5との間に、下端が解放された周隙が記載されていることが認められる。これらの記載によれば、甲第3号証記載の殺虫器は、電気発熱体との間に周隙をおいて配設した蒸発芯を加熱することによって蒸発芯に含浸されている薬剤を蒸発させ殺虫を行うものであるが、電気発熱体と蒸発芯との間の周隙はその下端が開放されているので、電気発熱体の加熱によって周隙の下端から上端へと向かう上昇気流が発生しているものと理解することができる。
甲第3号証には、その外筺1(本件発明における「器体」に相当)に外気取り入れ口を設けることに関する記載は存在しないが、上記のとおり電気発熱体の加熱によって容器の内部(具体的には「周隙」)に上昇気流が発生する以上、その容器は完全密閉状態ではなく電気発熱体による加熱時には、外気が容器の内部に流入する構成のものであることは当業者において疑いの余地がない。そして、電気蚊とり器において器体胴部の底側あるいは底側近辺に外気取り入れ口を設ける構成は、本件発明の特許出願前に周知の技術的事項(乙第1号証、乙第2号証、甲第8号証、甲第9号証参照)にほかならないから、甲第3号証記載の殺虫器についても、加熱時における外気の流入をさらに効率のよいものにするために、その器体の適所に外気取り入れ口を設けることは、当業者ならば容易に想到し得る事項にすぎない。
相違点(ロ)
相違点(ロ)のように特定したことについて、本件特許明細書においては、「蒸散薬液の付着防止効果は、ヒーター3と安全カバー11の距離があまりにありすぎると低下する傾向となるので、この距離は2cm程度以内にすることが望ましく、通常安全カバー11の加熱劣化などを考慮して、0.5〜2.5cm程度の距離に設定される。」(本件公告公報第4欄第38〜43行)と記載されている。
そこで、まず「蒸散口とヒーターの距離を2.5cm以下にした」点について検討する。
蒸散口すなわち蒸散口が形成される安全カバー11とヒーター3の距離を2.5cm以下にしたことは、本件特許明細書の前記記載事項からみると、蒸散液の付着防止効果の観点から、ヒーター3と安全カバー11の距離があまりにありすぎると前記効果が低くなるため、その限度を決めたものと認められる。ところで、ヒーター3により加熱気化した蒸散液は、はじめ上昇気流に乗って上昇するが、徐々に上昇速度が低下し拡散することは、当業者が容易に認識することである。そして、上昇速度が低下し、この蒸散液が拡散するような高さ位置において、そこに物体があればこれに付着し易い状態になることも当業者において技術常識である。そうすると、安全カバー11をヒーター3との関係でどこに位置させるかを考えた場合、当業者であれば、この付着が起こる前の高さ位置に配置しようとすることは、前記技術常識から当業者が容易に想到できたことである。そして、本件発明において2.5cm以下とすることに格別な効果は認められないから、2.5cm以下としたことは、良好な高さをその実験等で求めた結果にすぎない。
次に、蒸散口とヒーター3の距離を0.5cm以上としたことについて検討する。
この、0.5cm以上としたことについて、本件特許明細書の前記記載事項によれば、通常安全カバー11の加熱劣化を考慮して決められたものと認められる。そこで、上記安全カバー11の加熱劣化を考えると、これは、安全カバー11がヒーターに接近しすぎるとヒーターにより加熱され劣化することに他ならない。そうすると、安全カバー11の配置においてヒーター3にあまり接近しない位置に配置することは、当業者が当然配慮するべき事項であり、前記0.5cm以上にしたことは、この配慮に基づき設定した数値にすぎず、このことにより格別の効果を奏するようになったものということはできない。
なお、本件特許明細書に記載された実験例1及びその実験結果をまとめた第1表(本件公告公報第7欄第17行〜第9欄第18行)をみると、本発明9の供試装置(ヒーターの口径1.0cm、外気取入れ口有り、蒸散口の直径1.5cm、ヒーターと蒸散口の距離0.5cm)においては、10日後の付着率0.1%、30日後の付着率0.2%、殺虫効力試験(10日後の抑転%)30分で28%、60分で56%、90分で82%、120分で100%の結果を得ているのに対して、比較試験4の供試装置(ヒーターの口径1.0cm、外気取入れ口有り、蒸散口の直径1.5cm、ヒーターと蒸散口の距離0.4cm)では、10日後の付着率2.8%、30日後の付着率5.7%、殺虫効力試験(10日後の抑転%)30分で10%、60分で30%、90分で52%、120分で68%の結果となっている。そして、本件発明9と比較試験4の供試装置とでは、ヒーターと蒸散口の距離が0.1cm異なるのみで他の条件は一致することから、当該ヒーターと蒸散口の距離が0.1cmの違いにより、その結果に差が生じるものと認められる。しかしながら、前記0.1cmの差によって、本発明9と比較試験4とにおいて前記のような付着率等の相違が認められるからといって、これをもって直ちに前記0.5cm以上としたことにより本件発明の構成(前記特許請求の範囲に記載された構成)のみから生じる効果とは信じ難い。すなわち、前記付着率を考える場合、蒸散口とヒーターの距離だけではなく、本件明細書の「特許請求の範囲」の項において何等特定されていない蒸散口の口径、ヒーターの温度、周隙の大きさ等も考慮に入れる必要があり、これらがある特定された条件下によって上記効果が奏されるものと考えることが自然であって、特許請求の範囲に記載されていな前記蒸散口の口径等が、いかなる場合でも前記0.5cm以上で格別の効果が奏されるとは認められない。
したがって、上記実験結果は、特許請求の範囲に記載された構成と対応する作用効果の裏付けとなるものとは認められない。
相違点(ハ)
一般的に加熱蒸散式の殺虫装置において、器体は、ヒーター等の熱源に身体が触れないようにするための安全カバーとしての機能やデザイン的な機能を有するものであり、その形状・構造は、当然殺虫装置としての機能が損なわれないように設計において配慮されるものである。
そして、薬液はヒーターから上部に向かって上昇し、拡散するものであって、もし、安全カバーの蒸散口を前記周隙より小さくすると、薬液の上昇が妨げられ、薬液は、充分に安全カバーから外側へ放出されず、殺虫装置の機能が損なわれることは当業者にとって自明のことである。
してみると、相違点(ハ)は、当業者であれば、甲第3号証記載の発明において、器体に蒸散口を設ける際に前記自明のことを考慮した設計的事項にすぎない。
相違点(ニ)
電気加熱手段により、薬剤を発生散布させ蝿、蚊、其他諸虫類の駆除や殺虫を行う殺虫装置において、その薬剤が散布される開口に、手指の進入防止を図るための保護バーを設けることは、実公昭57-6154号公報(平成12年5月16日付け意見書に添付された甲第20号証)、実願昭53-152888号(実開昭55-69989号)のマイクロフィルム(同甲第21号証)、実願昭52-103317号(実開昭54-30069号)のマイクロフィルム(同甲第22号証)、意匠登録第281320号の類似第1号公報(同甲第24号証)等にみられるとおり、従来から周知の技術にすぎない。これらの周知技術は主にマットに含浸させた薬剤を加熱することにより殺虫成分を揮散させて蚊等の殺虫を行う、いわゆる「マット式」の殺虫装置であるが、加熱された部分に手指が触れて火傷することを防止するという点において、本件発明のものとその目的は同じであり、これら周知技術を本件発明に適用することに何等困難性は認められない。
そして、本件発明において、上記相違点(イ)乃至(ニ)を組み合わせたことによる格別な作用効果は認められず、これらの相違点それぞれ別個に前述した作用効果が認められるもので、これらの作用効果は甲第3号証記載のもの、前記した周知の事項、技術常識、及び、自明の事項から当業者において予期し得る範囲のものである。
被請求人は、平成10年3月31日付け、及び平成12年8月18日付け答弁書において、以下の旨の主張をしている。
「高裁判決(平成7年(行ケ)第231号)においては、甲第3号証に外気取り入れ口を設けること(相違点(イ))の容易性を肯定しただけであり、本件発明における相違点(イ)乃至(ハ)の組み合わせについて進歩性を否定したものではない。本件特許発明は、蒸散口とヒータとの間隔を特定することにより、器体天面への過熱を避け、保温構造を形成しないようにしていること、また蒸散口により殺虫成分を拡散性に影響しないように通過させるのに適するよう蒸散口の大きさを著しく大きくしないで、充分な拡散性の維持をはかり、蒸散口を周隙より小さくしないで保温構造をなくせるようにした点に相違点(イ)乃至(ハ)を組み合わせた大きな意義があり、明細書記載の発明の効果を裏付ける試験結果を得たもので、この種の加熱蒸散装置として新規性のみならず充分進歩性をも具有していることは明らかである。」
しかし、「蒸散口とヒータとの間隔を特定することにより、器体天面への過熱を避け、保温構造を形成しないようにしている」との上記主張について、上記理由2の相違点(ロ)で言及したように、この点に進歩性は認められない。
また、「蒸散口により殺虫成分を拡散性に影響しないように通過させるのに適するよう蒸散口の大きさを著しく大きくしないで、充分な拡散性の維持をはかり、蒸散口を周隙より小さくしないで保温構造をなくせるようにした」との上記主張については、上記理由2の相違点(ハ)で言及したように、この点も進歩性は認められない。
そして、被請求人は、相違点(イ)乃至(ハ)を組み合わせた意義を主張するものの、上記のとおり、相違点(イ)乃至(ニ)を組み合わせたことによる格別な作用効果が認められない以上、相違点(イ)乃至(ハ)の組み合わせによる格別な作用効果は当然認められない。
したがって、上記被請求人の主張は採用できない。
また、被請求人は、平成12年8月18日付け答弁書において、以下の旨の主張をしている。
「本件特許に係る訂正審判(平成11年審判第39005号)の審決は、相違点(ハ)(ニ)の相乗効果を認めて訂正が認められたものであり、少なくともこの点において、本件特許は、進歩性を有するものである。」
しかし、上記訂正審判の審決は、甲第3号証及び本件特許における「保護バー」に相当する部分を有しない実開昭55-160181号公報を組み合わせたものと、本件特許とを対比したものであり、該「保護バー」が上記のとおり、本件出願前周知のものにすぎない以上、相違点(ハ)(ニ)の相乗効果は認められず、また、上記のとおり、相違点(イ)乃至(ニ)を組み合わせたことによる格別な作用効果も認められない。
さらに、被請求人は上記答弁書において、相違点(ニ)に関して、以下の主張をしている。
「(上記)甲第20号証は、香料マットを起立状態に支持するためのホルダー3であり、甲第21号証のブリッジ8は、マットに直接触れるのを防止すると記載されているが、クリアランスが大きいその構成からして指が入り込んだりするおそれは充分にあるものであり、甲第22号証の格子の場合も、マットの露出を防いで火傷を防ぐというものであって、格子間のクリアランスの大きさからして指が入り込まないかどうかの安全性まで追求したものとは想定しがたい。」
しかし、甲第20号証には、「上記ホルダ3を第9図に示すように格子型とすることにより、熱板(熱伝導板1)の保護カバーとして兼用できる。」(第4欄第11〜13行)との記載があり、この保護カバーが火傷防止のため手指の侵入防止機能を有するものであることは当業者において自明である。また、明細書に添付された図面がその寸法関係を正確に記載したものではないことは広く知られており、「なお8は開口部4を横断するよう設けられたブリッジで、発熱体6や発熱体6上に載置された図示しないマットに直接触れて火傷などをするのを防止するためのものである。」(甲第21号証第2欄第23〜26行)、「格子7a,7b,7cは載置部22を覆うようにして設けられているため、指等の進入を阻止することができ」(甲第22号証第4欄第11〜13行)と明確に記載されている以上、これらのものが「指が入り込むおそれがあるものである」旨の上記主張は、到底採用できない。
よって、本件特許発明は、甲第3号証記載の発明、上記周知の技術事項、技術常識及び自明の事項から当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
【4】むすび
以上のとおりであるから、理由3について検討するまでもなく、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第123条第1項第2号の規定に該当し、無効とすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 1995-07-20 
結審通知日 1995-07-28 
審決日 1995-08-03 
出願番号 特願昭62-200619
審決分類 P 1 112・ 121- Z (A01M)
最終処分 成立  
前審関与審査官 築山 敏昭本郷 徹星野 浩一  
特許庁審判長 山田 忠夫
特許庁審判官 鈴木 寛治
佐藤 昭喜
木原 裕
村山 隆
登録日 1994-06-07 
登録番号 特許第1849510号(P1849510)
発明の名称 加熱蒸散装置  
代理人 加藤 勉  
代理人 赤尾 直人  
代理人 亀井 弘勝  
代理人 中村 壽夫  
代理人 稲岡 耕作  
代理人 宮崎 嘉夫  
代理人 萼 経夫  
代理人 深井 敏和  

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