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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性 無効とする。(申立て全部成立) F16H
審判 全部無効 特123条1項8号訂正、訂正請求の適否 無効とする。(申立て全部成立) F16H
管理番号 1034475
審判番号 審判1995-6843  
総通号数 18 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1990-05-23 
種別 無効の審決 
審判請求日 1995-04-04 
確定日 2001-02-21 
事件の表示 上記当事者間の特許第1846491号「トラクタ―シヨベルの作業時迅速変速装置」の特許無効審判事件についてされた平成 9年 6月20日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成9年(行ケ)第187号平成11年3月30日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 特許第1846491号に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 I.手続の経緯

(1)特許第1846491号発明(以下、「本件発明」という。)の特許は、昭和58年1月12日にされた実用新案登録出願(昭和58年実用新案登録願第2941号)を、平成元年9月14日に特許出願に変更した平成1年特許願第239387号に係るものであって、平成3年4月26日の出願公告(平成3年特許出願公告第30024号)を経て、平成6年6月7日に特許権の設定の登録がされたものであり、その後平成6年6月20日に本件発明の特許の願書に添付された明細書を訂正することについて審判請求がされ、平成6年審判第10233号事件として審理された結果、同年10月18日に同訂正を認める旨の審決がされた。
(2)これに対し、平成7年4月4日に、新キャタピラー三菱株式会社(以下、「請求人」という。)より、本件発明の特許を無効にすることについて審判請求がされ、平成7年審判第6843号事件として審理された結果、平成9年6月20日に「本件審判請求は、成り立たない。」との審決がされた。
(3)この審決に対し、東京高等裁判所において、「特許庁が平成7年審判第6843号事件について平成9年6月20日にした審決を取り消す。」との判決[平成9年(行ケ)第187号、平成11年3月30日判決言い渡し]がされた。
なお、この判決に対し、上告及び上告受理の申立てがされたが、最高裁判所において、「本件上告を棄却する。本件を上告審として受理しない。」との決定[平成11年(行ツ)第217号、平成11年(行ヒ)第173号、平成11年10月8日決定]がされた。
(4)平成11年7月1日に、平成6年10月18日の審決により訂正が認められた本件発明の特許の願書に添付された明細書を訂正することについて審判請求がされ、平成11年審判第39052号事件として審理された結果、同年11月5日に同訂正を認める旨の審決がされた。


II.請求人の主張

請求人の主張の概要は、次の(1)ないし(4)を理由として「本件発明の特許は、特許法第123条の規定により無効とされるべきである。」というものある。
(1)理由I
本件特許請求の範囲の記載のうち、「切替スイッチ」及び「連動手段」に係る構成はいずれも不明りょうであり、発明の課題を解決するのに欠くことができない事項のみを記載しているとは到底言えず、また発明の詳細な説明にも対応していないのでそれらの記載から当業者が容易に実施できるものではない。
したがって、本件発明の特許は、特許法第36条第4項又は第5項の規定に違反し、特許法123条第1項第3号の規定により無効とされるべきものである。
(2)理由II
本件発明は、甲第4号証に記載された発明と実質的に同一であり、少なくとも甲第4号証ないし甲第7号証に記載される発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであって、特許法第29条第1項第3号の規定、又は同法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件発明の特許は、特許法第123条第1項第1号の規定により無効とされるべきである。
(3)理由III
平成11年審判第39052号の訂正審判は、制度趣旨からみて、不適法な請求であり、その請求は却下されるべきであり、該訂正審判による訂正は認められるものではないので、本件発明は、東京高等裁判所平成9年(行ケ)第187号の判決で認定されたとおりの内容であり、その判決において判断されたとおりに、甲第4号証ないし甲第7号証に記載される発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件発明の特許は、特許法第123条第1項第1号の規定により無効とされるべきである。
(4)理由IV
本件発明の特許は、平成11年審判第39052号事件の平成11年11月5日の審決において認められた訂正が特許法第126条第4項の規定に違反して行われており、よって特許法第123条第1項第8号の規定により無効とすべきものである。
<証拠方法>
甲第1号証 :本件特許に係る出願経過書類
甲第1号証の1:平成2年9月1日付意見書
甲第1号証の2:平成4年3月10日付特許異議答弁書[対小松メック社]
甲第1号証の3:平成4年3月10日付特許異議答弁書[対小松製作所社]
甲第1号証の4:平成4年3月10日付特許異議答弁書[対川崎重工業社]
甲第2号証 :「マグローヒル科学技術用語大辞典」株式会社日刊工業新聞社昭和54年3月20日発行、内表紙,P677,奥付
甲第3号証 :「新版 電気術語事典」株式会社オーム社昭和46年9月25日発行、内表紙,P45,奥付
甲第4号証 :英国GB第2085535A号公開公報及び翻訳文
甲第5号証 :特公昭46-36731号公報
甲第6号証 :特公昭48-8081号公報
甲第7号証 :特開昭56-16738号公報
甲第8号証 :実願昭50-142181号(実開昭52-54505号)のマイクロフィルム
甲第9号証 :特公昭51-3010号公報


III.当審の判断

請求人は、理由IIIとして、平成11年審判第39052号の訂正審判が不適法な請求であり、その請求は却下されるべきである旨主張していて、その請求が却下されるべきものであれば、審理の対象となる明細書が異なるので、先ず、理由IIIに関する判断を行う。 次いで、請求人は、理由Iとして本件発明の特許に添付された明細書の記載に不備がある旨の主張もしているので、本件発明の要旨の認定が不可欠な他の理由II及びIVの判断に先立ち、この理由Iに関する判断を行う。

1.理由IIIについて
特許法第126条(訂正の審判)第1項に「特許権者は、特許異議の申立て又は第123条第1項の審判が特許庁に係属している場合を除き、願書に添付した明細書又は図面の訂正をすることについて審判を請求することができる。」と規定されている。
そして、本件の特許無効審判は、平成9年6月20日に審決された後、平成11年10月8日に、最高裁判所において、「本件上告を棄却する。本件を上告審として受理しない。」との決定がされるまで、特許庁に係属していなかったことが明らかである。
さらに、平成11年審判第39052号の訂正審判は、平成11年7月1日に請求されたのであるから、本件の特許無効審判が特許庁に係属していないときになされたことも明らかである。
してみると、平成11年審判第39052号の訂正審判は、本件の特許無効審判が特許庁に係属しているときになされたものとして、その請求を却下することができないものである。
なお、請求人は、「訂正の時期を制限した改正の趣旨からすると、無効審判の審決に対する取消訴訟が提訴されているときは、その無効審判は潜在的に特許庁に係属していると見るべきであって、訂正審判は、無効審判の審決が確定するまでの間は、請求できないと解釈すべきである。」(回答書第3頁第24〜27行)と主張しているが、平成5年の改正は、審理が遅延しないように無効審判の中で訂正請求ができるようにすることにより訂正審判と無効審判を一体的に関連づけたものであり、そして、訂正の時期を制限した改正の趣旨は、その改正に伴って、訂正請求ができる時期に訂正審判ができるようにする必要がないことから、無効審判が特許庁に係属している場合に無効審判を請求できないようにしたものと解され、無効審判の審決に対する取消訴訟が提訴されているときは訂正請求ができないので、この時期に訂正審判を請求できるようになっていると解される。
してみると、特許法第126条第1項の規定について、無効審判の審決に対する取消訴訟が提訴されている場合に特許庁に係属しているとか、潜在的に係属していると見なければならない特段の理由があるとは認められないので、請求人の上記主張は採用することができない。
したがって、請求人が主張する理由IIIは、平成11年審判第39052号の訂正審判の請求が不適法なものとして却下されることを前提とするものであって、その前提が前示のように理由のないものであるから、この理由IIIによっては、本件発明の特許を無効とすることができない。

2.理由Iについて
(1)「切替スイッチ」について
特許請求の範囲において、「前進スイッチおよび二速スイッチの動作状態で二速用電磁弁への通電を即座に断ち一速用電磁弁へ即座に通電するよう切替える切替スイッチ」と記載されているから、本件発明の要件である「切替スイッチ」の構成は一義的に明確である。
そして、特許請求の範囲の「切替スイッチ」に係る記載は、該「切替スイッチ」の操作により、発明の詳細な説明に記載されているような回路等によって「二速スイッチの動作状態で二速用電磁弁への通電を即座に断ち一速用電磁弁へ即座に通電するよう切替える」機能を有するものであることを特定するものと解することができ、このような機能を達成することができる回路、リレーやスイッチ等の実施の態様が発明の詳細な説明に記載されていて、かつ、特許請求の範囲と発明の詳細な説明に記載された用語の対応関係が不明りょうなものでもないので、この記載を不明りょうな記載とすることはできない。
なお、請求人は、「特許請求の範囲には、発明の目的となる作用効果を達成することのできる構成のみを記載するのであるから、少なくとも、『切替スイッチ』に係る構成においてはそのような回路を示すべきである」旨主張している(審判請求書第4頁第26行〜第5頁第11行)が、本件発明の「切替スイッチ」に係る構成についての記載は、この記載によって、技術的事項を把握することが容易に可能であるので、実施例に示されるような回路まで記載しなければならない特段の事情があるとは認められないので、請求人の上記主張は採用することができない。
(2)「連動手段」について
特許請求の範囲において、「前進スイッチ、一速スイッチ及び切替スイッチの動作状態で後進スイッチを投入すると一速用電磁弁への通電を即座に断ち二速用電磁弁へ即座に通電するように前記前進スイッチおよび後進スイッチに切替えられる連動手段」と記載されているから、本件発明の要件である「連動手段」の構成は一義的に明確である。
そして、特許請求の範囲の「連動手段」に係る記載は、該「連動手段」の操作により、発明の詳細な説明に記載されているような回路等によって「前進スイッチ、一速スイッチ及び切替スイッチの動作状態で後進スイッチを投入すると一速用電磁弁への通電を即座に断ち二速用電磁弁へ即座に通電するように前記前進スイッチおよび後進スイッチに切替える」機能を有するものであることを特定するものと解することができ、このような機能を達成することができる回路、リレーやスイッチ等の実施の態様が発明の詳細な説明に記載されていて、かつ、特許請求の範囲と発明の詳細な説明に記載された用語の対応関係が不明りょうなものでもないので、この記載を不明りょうな記載とすることはできない。
さらに、本件明細書の発明の詳細な説明には、「前記前進スイッチ12、第二速スイッチ8および切替スイッチ9の閉状態で後進スイッチ11を投入すると一速用電磁弁19への通電を断ち二速用電磁弁20へ通電するように前記前進スイッチ12および後進スイッチ11に切替えられる連動スイッチ12aが設けられている。また、該連動スイッチ12aは、前記前進スイッチ12および後進スイッチ11が互いに開閉が逆になる連動機構Aで該両スイッチ12,11に連動連結されている。」(審決公報:審判平11-39052号第7頁第2〜6行)、「土砂をすくい込み、車両を後退するときは、後進クラッチを接続するために後進スイッチ11に切替えると、その連動機構Aを介して前進スイッチ12と連動スイッチ12aとが開き、リレー16の回路が切れ、A接点17が開き、B接点18が閉じて再び二速に復帰する。」(同審決公報第7頁第18〜20行)と記載されているが、これらの記載によっても、本件発明の要件である「連動手段」の構成とその作用は明確であるということができる。
してみると、「「切替スイッチ」及び「連動手段」に係る構成はいずれも不明りょうであり、発明の課題を解決するのに欠くことができない事項のみを記載しているとは到底言えず、また発明の詳細な説明にも対応していないのでそれらの記載から当業者が容易に実施できるものではない。したがって、本件発明の特許は、特許法第36条第4項又は第5項の規定に違反している」とすることができない。
したがって、請求人が主張する理由Iによっては、本件発明の特許を無効とすることができない。

2.理由IVについて
(1)本件発明
本件発明についての特許の願書に添付された明細書(平成11年審判第39052号事件の平成11年11月5日の審決において認められた訂正に係る訂正明細書。審決公報:審判平11-39052号参照)及び図面の記載からみて、本件発明の概要は次のとおりである。
i.技術的課題(目的)
本件発明は、トラクターショベル作業時の迅速変速装置に関するものである(審決公報第6頁第14行)。
従来のトラクターショベルは、第3図に図示されているように、車体1の後部に設けた機関2の駆動力を伝達する変速機3を車体1の下部中央に設け、この変速機3を制御するコントロールレバー4は、ショベル操作用コントロールレバー5とは離れた位置に設置したものであった(審決公報第6頁第16〜19行)。
ところで、トラクターショベルは、土砂に突っ込む直前までは2速で前進し、突っ込む直前に(大きな突込み力を得るため)2速から1速にシフトダウンすると同時に、ショベル操作用コントロールレバー5を操作しなければならない。また、後進時にも、1速から2速にシフトアップする必要がある。しかしながら、これらの操作は複雑であって、熟練を要するという問題点がある(審決公報第6頁第21〜24行)。
本件発明は、従来技術の上記問題点を解決して、前進突込み時は、シフトダウンしながらショベル操作用コントロールレバーを操作することを可能にするとともに、土砂をすくい込んだ後の後進時は、後進スイッチをオンにするだけでシフトアップするようにして、簡単に運転操作できるトラクターショベルの変速装置を提供することである(審決公報第6頁第25〜27行)。
ii.構成
上記の目的を達成するために、本件発明は、その特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(審決公報第6頁第4〜11行)。
iii.作用効果
本件発明の構成によれば、前進スイッチ及び2速スイッチをオンにすれば、トラクターは2速で土砂に向かって前進するが、その後、ショベル操作用コントロールレバーを握りながら切替スイッチを押せば、車速は2速から1速にシフトダウンする(審決公報第6頁第39〜42行)。すなわち、運転者は、ショベル操作用コントロールレバーを握っている一方の手で、同レバーに付設されている切替スイッチをオンにするだけで、前進2速から即座に前進1速にシフトダウンすることができる(審決公報第7頁第22〜24行)。
また、土砂をすくい終えてトラクターを後進させるときは、後進スイッチをオンにするだけで、車速は2速にシフトアップする(審決公報第6頁43〜44行)。すなわち、ショベル操作が終了したときは、他方の手で後進スイッチをオンにするだけで、即座に後進2速にシフトアップすることができる。
このように、本件発明は、運転者の熟練度に関係なく、簡単な操作で、迅速に必要なギアシフトを可能にするものである(審決公報第7頁第24〜27行)。
iv.本件発明の要旨(特許請求の範囲の記載)
「車速を制御する変速機の手動切替が複数の流体圧クラッチの断続により行われ、各流体圧クラッチをそれぞれ単独に作動する複数の電磁弁が設けられたトラクターショベルにおいて、前記各電磁弁への通電を制御する変速スイッチ群がショベル操作用コントロールレバーとは別設されるとともに、そのスイッチ群のうちの前進スイッチおよび二速スイッチの動作状態で二速用電磁弁への通電を即座に断ち一速用電磁弁へ即座に通電するように切替える押釦形の切替スイッチがショベル操作用コントロールレバーの握り部に付設され、また前記前進スイッチ、二速スイッチおよび切替スイッチの動作状態で後進スイッチを投入すると一速用電磁弁への通電を即座に断ち二速用電磁弁へ即座に通電するように前記前進スイッチおよび後進スイッチに切替えられる連動手段が設けられたことを特徴とするトラクターショベルの作業時迅速変速装置。」
(2)甲号各証に記載された発明等
i.甲第4号証に記載された発明
甲第4号証(英国特許公開第2085535A号公報)には、以下のような技術的事項が記載されている。
イ.「この発明は、駆動用エンジンと駆動車軸との間で動力伝達装置を制御する制御システムに関する。このシステムは、特に、ホイールローダのような建設車輌のトルクコンバータと自動ステップギアボックス(4,7)とからなる。」(要約中欄第14〜21行)
ロ.「車両の速度が二速ギアの作動範囲であることを条件として、駆動ギア制御手段(2)へ強制シフトダウン信号を送信する選択レバー(12)のマニュアル操作により、一速ギアに繋ぐことができる。」(要約右欄15〜21行)
ハ.「このギヤボックスは、駆動軸へ伝達されるトルクを変える少なくとも2つの駆動ギヤ、すなわち、負荷と回転速度などのエンジンパラメーターに基づいて自動的に切り換え制御される駆動ギアと、オペレータのマニュアル操作によって作動する方向選択制御器により逆転制御され駆動車軸の回転方向を変える逆転ギアとを有する。」(明細書第1頁第19〜28行)
ニ.「前記強制ダウンシフト信号送信器は、前記駆動ギヤ制御手段に接続される。そして強制ダウンシフト信号送信器では、オペレータのマニュアル操作により、直ちに強制ダウンシフト信号が発生するよう制御する。この強制ダウンシフト信号が発生すると、その時点で前進信号であれば、最低の駆動ギアに係合させるように、前記駆動ギア制御手段は制御される。」(明細書第1頁第42〜48行)
ホ.「そして、方向指令値信号が反対方向を指示するように切り換えられると、逆転信号を逆転ギア制御手段に送って逆転ギアに切り換えると同時に、駆動ギア制御手段にも逆転信号を送って、前記強制ダウンシフト機能を中止させ、次段の最低段駆動ギアに切り換える。」(明細書第1頁第51〜58行)
ヘ.「1速度ギアは、基本的にバケットの充填時に使用され、その充填作業は、自動制御によってダウンシフト信号がギアボックスに送られるよりも、オペレータの操作によるダウンシフト操作の方が迅速に行える。」(明細書第1頁第67〜71行)
ト.「ホイールローダのような車両の場合の実用的な配置は、ハンドルの近くに、多機能制御として方向選択制御器と強制ダウンシフト信号器とを配置することである。そうすれば、オペレータは片手でハンドルと方向選択制御器と、強制ダウンシフト信号器の働きを行わせることができる。」(明細書第1頁第78〜84行)
チ.「2図は、ローダーのギアボックスTを制御する電気制御装置1を点線で囲んだ矩形枠で示したものである。・・・その制御装置は駆動ギア制御手段2を有し、この駆動ギア制御手段2は・・・ソレノイド等に接続され、そのギアボックスの駆動ギアに接続したカップリング又はブレーキ4を作動させるように仕組まれている。制御装置1はまた、逆転ギア制御手段5を有し、この逆転ギア制御手段5は、・・・ソレノイド等に接続され、そのギアボックス逆転ギアに接続したカップリング及びブレーキ7を作動させる。」(明細書第1頁第110〜121行)
リ.「強制ダウンシフト信号指示器11は、例えばハンドルの近くに設けた選択レバー12の形をしてなる。第三入力部13は所望の走行方向指示器14に接続される。」(明細書第1頁第126〜第2頁第2行)
ヌ.「入力部8におけるセンサー9からの実際速度値は・・・第2比較器26へ送られる。この第2比較器26はまた第1メモリー27に接続された入力部を有する。そのメモリーには、例えば25km/hのように、所定のブロック速度又は制限速度が記憶されるものである。前記第2比較器26は、・・・速度値がブロック速度値未満になると、それが逆転前進信号を・・・逆転ギア制御手段5へ送るように仕組まれている。駆動ギア制御手段2が・・・逆動信号を受信すると、それらの駆動ギア制御手段2は、・・・4速度ギアから3速度ギアへのダウンシフトを行わせる。そうでなければ、・・・ギアはそのままの結合状態に保持される。逆転ギア制御手段5が・・・逆動信号を受信する時、それらの手段は逆転ギアをシフトするため、・・・信号を逆転ギアカップリング7へ送る。その時・・・前進信号がある。・・・第3比較器29においても、・・・方向指令値信号と・・・方向実際値信号とが比較される。方向値がゼロであって、方向コマンド値がゼロではない時、・・・駆動ギア制御手段2へスタート信号が送られる。」(明細書第2頁第22〜50行)
ル.「駆動ギア制御手段2は、・・・スタート信号がある時、2速度段ギアを結合させるため、シフト信号が・・・駆動ギアカップリング4へ送られる。・・・強制的ダウンシフト信号は、・・・駆動ギア制御手段2へ送られる。実速度値信号は、・・・第6比較器38の第一入力部へ送られる。その時、・・・第二入力部は上限速度用第4メモリー39に接続される。その上限速度は、2速度段ギアの範囲の上限と同じになるように適切に選択される。比較器38は、車輌の速度をメモリー39の上限速度と比較し、その車両の速度がその上限速度より小さい時、比較器38はライン40により、実行信号を駆動ギア制御手段2へ送信する。」(明細書第2頁第70〜96行)
ヲ.「運転者は、走行方向を変更したいときは選択レバー12を動かす。・・・第1比較器19は直ちに、逆転信号を、(ライン20,21を経由して)駆動ギア制御手段2と逆転ギア制御手段5の双方へ送る。四速ギアが係合されている状態ならば、駆動ギア制御手段2は、三速ギアへのシフトダウンを行う。また、逆転ギア制御手段5は、第2比較器26からの実行信号が受信されておれば(すなわち、車両の速度が25km未満であれば)、逆転ギアへのギアチェンジを行う。もし上記のような状態でなければ、逆転ギアへのギアチェンジを行わないまま、速度が25km未満になるまで、三速ギアでの減速のみが行われる。・・・四速ギアから三速ギアへのシフトダウンは、四速ギアで長時間減速することによって生ずる、トルクコンバータの加熱を防止するためであって、25km未満の速度においてのみ逆転ギアへのギアチェンジを行うことが、トルクコンバータの加熱を防止するのである。このような減速が行われている間、逆転信号はライン20に保持されているので、駆動ギア制御手段2も、駆動ギアの係合状態をそのまま保持している。すなわち、運転者が逆転信号を発したとき、もし三速ギアあるいは二速ギアが係合しているならば、減速が行われている間は、三速ギアあるいは二速ギアそれぞれの係合状態が保持されるのである。そして、速度が0まで落ちると、・・・第3比較器29が、駆動ギア制御手段2に対し(ライン30を経由して)スタート信号を送る結果、新たな走行方向(逆転方向)へのスタート手順として、二速ギアが係合されるのである。」(明細書第2頁第121行〜第3頁第33行)
これらの記載事項及び第2図の記載によれば、甲第4号証には、次のような発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「負荷と回転速度などのエンジンパラメータに基づいて自動的に切り換え制御される駆動ギアと、該駆動ギアに付設したカップリング及びブレーキ4を作動させるソレノイドを有すると共に、オペレータのマニュアル操作に基づいて、強制ダウンシフト信号を発生させる強制ダウンシフト信号送信器11を有するホイールローダのような車輌において、
バケットを充填させる方向に車輌が進行中に選択レバー12で前記強制ダウンシフト信号送信器11を操作すると強制ダウンシフト信号が駆動ギア制御手段2へ送信され、車輌の速度が二速ギアの作動範囲であることを条件として駆動ギア制御手段2が一速ギアへダウンシフトを行うことになる選択レバー12をハンドルの近くに設け、
また、前記選択レバー12を操作して走行方向を定める指示器14から指令信号を発し、第1比較器19を介して逆転信号を前記駆動ギア制御手段2及び逆転ギア制御手段5を送り、センサー9からの実際速度値と第1メモリー27の制限速度値を第2比較器26で比較し、実際速度値が制限速度値未満の場合、逆転のための実行信号を逆転ギア制御手段5に送り、第3比較器29から方向値がゼロであって方向コマンド値がゼロでないとき前記駆動ギア制御手段2へスタート信号を送り、前記駆動ギア制御手段2は前記スタート信号があるときシフト信号を駆動カップリング4に送って新たな走行方向へのスタート手順として二速ギアを係合させ、一方、前記逆転ギア制御手段5は前記逆転のための実行信号と前記逆転信号があるとき逆転ギアにシフトするために信号を逆転カップリング7へ送り、これにより逆方向の二速スタートが実行されるようになっているホイールローダのような車輌の変速装置。」
ii.甲第5号証に記載された発明
産業用車両用後退機構に関する発明が記載されていて、「ショベル及びバケットを有する形式の車両積込機に関するものである。」(明細書第1欄第25〜26行)、「シリンダ18に21から導入する空気の制御には、レバー11に担持されている押ボタン25を使用する。図示する通り、レバー11はバケット4の上、下動を制御するため運転者が使用する。そのため、運転者は所要のとき押ボタンを押すと同時にバケットの制御も行うことができる。」(明細書第4欄第3〜8行)及び「作動レバー9及び変速機制御弁16を後進から前進位置に動かす。」(明細書第4欄第33〜34行)の記載からみて、
「運転者が所要のとき車両を後進又は前進させる押ボタンを押すと同時にショベルの制御も行うことができるようにするために、ショベルの上、下動を制御するレバー11に変速機を後進又は前進位置にする制御する押ボタン25を担持させたもの」が記載されていると認められる。
(3)本件発明と引用発明との対比
本件発明と引用発明とを対比すると、引用発明の「ホイールローダのような車輌」が本件発明の「トラクターショベル」に相当するので、両者の一致点及び相違点は、次のとおりである。
<一致点>
車速を制御する変速機を有するトラクターショベルにおいて、前記変速機を電気的に制御する機構がショベル操作用コントロールレバーとは別設されるとともに、車両が前進で二速で走行中に、強制的に一速にすることができる手動操作手段を設け、
また車両が前進で二速で走行中に、強制的に一速にした後、進行方向を後進に手動操作により切り換えると、最終的には後方に二速でスタートするようになっているトラクターショベルの変速装置。
<相違点>
i.本件発明は、マニュアル操作型の変速機を前提としていることから、「車速を制御する変速機の手動切替が複数の流体圧クラッチの断続により行われ、各流体圧クラッチをそれぞれ単独に作動する複数の電磁弁が設けられたトラクターショベル」であるのに対し、引用発明は、自動操作型の変速機を前提としていることから、「負荷と回転速度などのエンジンパラメータに基づいて自動的に切り換え制御される駆動ギアと、該駆動ギアに付設したカップリング及びブレーキ4を作動させるソレノイドを有すると共に、オペレータのマニュアル操作に基づいて、強制ダウンシフト信号を発生させる強制ダウンシフト信号送信器11を有するトラクターショベル」である点。
ii.本件発明は、「前記各電磁弁への通電を制御する変速スイッチ群がショベル操作用コントロールレバーとは別設されるとともに、そのスイッチ群のうちの前進スイッチおよび二速スイッチの動作状態で二速用電磁弁への通電を即座に断ち一速用電磁弁へ即座に通電するように切替える押釦形の切替スイッチがショベル操作用コントロールレバーの握り部に付設」されているのに対し、引用発明は、「バケットを充填させる方向に車輌が進行中に選択レバー12で前記強制ダウンシフト信号送信器11を操作すると強制ダウンシフト信号が駆動ギア制御手段2へ送信され、車輌の速度が二速ギアの作動範囲であることを条件として駆動ギア制御手段2が一速ギアへダウンシフトを行うことになる選択レバー12をハンドルの近くに設け」ている点。
iii.本件発明は、「前記前進スイッチ、二速スイッチおよび切替スイッチの動作状態で後進スイッチを投入すると一速用電磁弁への通電を即座に断ち二速用電磁弁へ即座に通電するように前記前進スイッチおよび後進スイッチに切替えられる連動手段が設けられ」ているのに対し、引用発明は、「前記選択レバー12を操作して走行方向を定める指示器14から指令信号を発し、第1比較器19を介して逆転信号を前記駆動ギア制御手段2及び逆転ギア制御手段5を送り、センサー9からの実際速度値と第1メモリー27の制限速度値を第2比較器26で比較し、実際速度値が制限速度値未満の場合、逆転のための実行信号を逆転ギア制御手段5に送り、第3比較器29から方向値がゼロであって方向コマンド値がゼロでないとき前記駆動ギア制御手段2へスタート信号を送り、前記駆動ギア制御手段2は前記スタート信号があるときシフト信号を駆動カップリング4に送って新たな走行方向へのスタート手順として二速ギアを係合させ、一方、前記逆転ギア制御手段5は前記逆転のための実行信号と前記逆転信号があるとき逆転ギアにシフトするために信号を逆転カップリング7へ送り、これにより逆方向の二速スタートが実行される」ようになっている点。
iv.本件発明は、「トラクターショベルの作業時迅速変速装置」であるのに対し、引用発明は、「トラクターショベルの変速装置」である点。
(4)相違点の検討及び判断
以下、上記相違点について検討する。
<相違点i.について>
この相違点に係る構成要件により、本件発明では、特許請求の範囲の「手動切替が複数の流体圧クラッチ・・・、各流体圧クラッチをそれぞれ単独に作動する複数の電磁弁」との記載及び他の記載からみて、少なくとも、一速と二速がスイッチの手動切替により適宜選択できるのに対し、引用発明では、変速機が負荷等に応じて自動的に制御されるものにおいて、第1速のみが手動により選択が可能である。
すなわち、本件発明では、車速を制御する変速機を手動によって複数段に選択的に切替えるための操作手段を有し、引用発明では、このような操作手段が不要であるものと解することができる。この点が他の相違点とどのように関連するかについては、それぞれの相違点の検討の中で検討することとする。
<相違点ii.について>
本件発明においては、「変速スイッチ群」は、上記<相違点i.について>で説示した前提及び他の構成からみて、少なくとも、一速と二速のいずれかを手動切替により電磁弁、流体圧クラッチを介して適宜選択できる「一速スイッチ」及び「二速スイッチ」を含む変速機を手動操作するための複数のスイッチの集合であって、ショベル操作用コントロールレバーとは別設されているものであることは明らかである。
そして、本件発明においては、「切替スイッチ」は、このような変速機を手動操作するための「変速スイッチ群」のうちの「前進スイッチ」及び「二速スイッチ」の動作状態、すなわち、運転者の直接操作により前進二速で運転している状態で、運転者の直接操作により即座に一速に切替えるとき、一速スイッチを直接手で操作することなく、二速用電磁弁への通電を即座に断ち一速用電磁弁へ即座に通電するように切替える機能を有するものであって、さらに、このような機能を有する「切替スイッチ」は、「押釦形」であって、ショベル操作用コントロールレバーの握り部に付設するものであることも明らかである。
これに対し、引用発明では、変速機の変速段が自動的に二速に選択されるものであって、上記<相違点i.について>で説示したように本件発明と前提を異にするものであるから、運転者の直接操作により前進二速で運転するための「前進スイッチ」及び「二速スイッチ」を有するものでもない。
しかしながら、本件発明の「切替スイッチ」は、車両が前進で二速で走行中に強制的に一速にする機能を有するものであって、この点においては、引用発明の強制ダウンシフト信号送信器11を操作する選択レバー12の機能と格別変わるところがない。
そして、甲第2号証には、「運転者が所要のとき車両を後進又は前進させる押ボタンを押すと同時にショベルの制御も行うことができるようにするために、ショベルの上、下動を制御するレバー11に変速機を後進又は前進位置にする制御する押ボタン25を担持させたもの」が記載されていて、これは、トラクターショベルにおいて、ショベル操作用コントロールレバーの操作中でも車両の走行等に関する指令を行うために、ショベル操作用コントロールレバーにその指令のための押釦形のスイッチを設けることを開示するものと認められる。
そうすると、引用発明の変速装置において、「ハンドルの近くに」(あるいは、「ハンドルの隣りに」)配置されている強制ダウンシフト信号送信器11を操作する選択レバー12の機能を、ショベル操作用コントロールレバーの握り部に押釦形の切替スイッチとして付設する程度のことは、当業者ならば容易になしえた設計変更にすぎないというべきである。
さらに、「車速を制御する変速機の手動切替が複数の流体圧クラッチの断続により行われ、各流体圧クラッチをそれぞれ単独に作動する複数の電磁弁を設けること」は、従来周知の技術的事項にすぎない(例えば、甲第9号証、実公昭51-47701号公報、特開昭51-74163号公報参照)。
してみると、上記相違点i.は、当業者が必要に応じ適宜選択できる事項であって、それを前提とした相違点ii.に係る本件発明の構成要件は、引用発明、甲第2号証の刊行物に記載された発明及び従来周知の技術的事項に基いて容易に想到できたものというほかない。
<相違点iii.について>
引用発明は、変速機が自動的に制御されるものであることから、本件発明のように「前進スイッチ、二速スイッチおよび切替スイッチの動作状態で一速用電磁弁への通電」を行うものでなく、本件発明とでは一速を実行する具体的な構成が異なる。
また、引用発明は、強制シフトダウンによりある条件のもとで一速になった後、その走行中に、逆方向に切り換えても、方向値がゼロ、即ち、速度が0にならないと二速にならないものであって、意図的な待ち時間が組み入れているものと解することができる。
これに対し、本件発明における「即座」は、実施例に示されるように意図的な待ち時間を有さないことを意味することは明らかである。
しかしながら、引用発明の上記「意図的な待ち時間」は、変速装置の安全性と緊急な応答の必要性を考慮し、適宜選択されたものと解される。また、このような「意図的な待ち時間」をなくすことに格別な技術力を要するものでもない。
さらに、変速機の制御システムとして、負荷と回転速度などのエンジンパラメータに基づいて自動的に切替え制御を行うことなく、手動操作で切替えるものであれば、一速、二速、前進及び後進等の切替えをスイッチ群で実行するようなことは、当業者であればたやすくなしえる程度のことにすぎない。
してみると、相違点iii.に係る本件発明の構成要件は、引用発明及び従来周知の技術的事項に基いて容易に想到できたものというほかない。
<相違点iv.について>
本件発明における「即座」は、上記相違点iii.の検討で説示したように格別なものでないので、同様に、「トラクターショベルの作業時迅速変速装置」の「迅速」も格別なものでない。
してみると、相違点iv.に係る本件発明の構成要件は、引用発明及び従来周知の技術的事項に基づいて容易に想到できたものというほかない。
そして、本件発明は、これらの相違点i.ないしiv.により、当業者の予測を越えるような格別な作用効果を奏するものでもない。
したがって、本件発明は、引用発明、甲第4号証の刊行物に記載された発明及び従来周知の技術的事項に基いて、当業者が容易に発明できたものであるので、出願の際独立して特許を受けることができる発明ではない。


IV.むすび

以上のとおりであるから、本件発明の特許は、平成11年審判第39052号事件の平成11年11月5日の審決において認められた訂正が特許法第126条第4項の規定に違反して行われたものであるので、理由IIの判断をするまでもなく、特許法第123条第1項第8号の規定により無効とすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 1997-05-28 
結審通知日 1997-06-10 
審決日 1997-06-20 
出願番号 特願平1-239387
審決分類 P 1 112・ 121- Z (F16H)
P 1 112・ 831- Z (F16H)
最終処分 成立  
前審関与審査官 秋吉 達夫後藤 正彦酒井 進鳥居 稔  
特許庁審判長 大森 蔵人
特許庁審判官 常盤 務
舟木 進
和田 雄二
池田 佳弘
登録日 1994-06-07 
登録番号 特許第1846491号(P1846491)
発明の名称 トラクタ―シヨベルの作業時迅速変速装置  
代理人 中澤 直樹  
代理人 吉原 省三  
代理人 溝上 哲也  
代理人 内山 美奈子  
代理人 溝上 満好  

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