• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
異議199773380 審決 特許
審判19984525 審決 特許
不服20002587 審決 特許
不服20024614 審決 特許
審判199920128 審決 特許

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部無効 特36 条4項詳細な説明の記載不備 無効としない C12N
審判 全部無効 2項進歩性 無効としない C12N
審判 全部無効 4項(5項) 請求の範囲の記載不備 無効としない C12N
審判 全部無効 1項3号刊行物記載 無効としない C12N
管理番号 1040939
審判番号 審判1997-21136  
総通号数 20 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1991-02-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 1997-12-15 
確定日 2000-07-07 
事件の表示 上記当事者間の特許第2519561号発明「酸性糖タンパク質」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 I.手続の経緯・本件特許発明の要旨
本件特許第2519561号発明(以下、「本件特許発明」という。)は、昭和58年2月21日を出願日とする特願昭58-26399号を原出願とする特許法第44条第1項の規定による特許出願であるとして、平成2年2月17日に新たに特許出願(特願平2-36690 号)され、平成8年1月31日に特許査定され、平成8年5月17日に設定登録がなされたものであって、本件特許発明の要旨は、特許明細書の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。

「次の(a)〜(e)の性質を有する酸性糖タンパク質;
(a)ソジウム ドデシル サルフェート(SDS)電気泳動を行ったエリスロポエチンで免疫した動物の脾臓細胞とミエローマ細胞とを細胞融合させたハイブリドーマ細胞により得られ、SDS処理をしたエリスロポエチンに結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体を用いて、あらかじめSDS処理を行ったエリスロポエチン含有液を精製することによって得ることができ、
(b)少なくとも約45,000単位/mgタンパク質以上のエリスロポエチン比活性を有し、
(c)SDS-PAGE法で分子量30,000〜40,000を示し、
(d)セファデックス(ファルマシア製)によるゲル濾過法で分子量45,000〜65,000を示し、
(e)逆相カラムを装置した高速液体クロマトグラフィー分析により単一のピークを示す。」

なお、特許請求の範囲第1項に係る酸性糖タンパク質が、要件(a)に記載されたSDS処理によって立体構造が変化したままのエリスロポエチン(以下、「エリスロポエチン」を「EPO」と略称する。)であるのか、その後SDSが解離されて立体構造の回復したEPOであるのかについては、当審の判断を後述する。


II.本件の経緯
1.当審における手続きの主な経緯
【請:請求人(麒麟麦酒株式会社)、被:被請求人(雪印乳業株式会社)、庁:特許庁、参:参加人(扶桑薬品工業株式会社)】

請:H9.12.15 審判請求書(H11.8.13上申書の参考資料1と差し替え)
被:H10.4.3 答弁書
請:H10.8.18 上申書(第2回口頭審理において取下げ)
請:H10.11.12 上申書(第2回口頭審理で特定した一部の主張のみを維持)
庁:H11.5.7 被請求人に対する審尋書
被:H11.7.6 回答書
庁:H11.7.28 両当事者と面接(両当事者に質問)
請:H11.8.13 上申書(参考資料1:審判請求書の差し替え分を含む)
被:H11.9.10 上申書
参:H11.9.13 参加申請書(これについて請求人はH11.9.27付け意見書を提出)
被:H11.9.14 陳述要領書
庁:H11.9.21 第1回口頭審理(被請求人に対する質問書を手交)
被:H11.10.21 上申書(質問書に対する回答を含む)
庁:H11.11.5 参加許否の決定(参加を許可する)
請:H11.12.8 上申書(請求人の主張のまとめ)
庁:H11.12.8 第2回口頭審理
被・参:H11.12.28 上申書(地裁の判決に拘泥すべきではないとの指摘)
被・参:H12.1.31 上申書(被請求人の主張のまとめ)

2.本件特許の審査経緯
S58.2.21 原出願(特願昭58-26399号)
H2.2.17 本件に係る分割出願(特願平2-36690号)
H4.8.25 拒絶理由通知(分割要件違反)
H4.11.24 意見書、補正書
H6.6.2 拒絶理由通知(甲第1号証に基づく新規性進歩性の欠如)
H6.9.5 意見書、手続補正書
H7.9.11 応対記録(審査官から「要旨変更」でない旨の釈明を出願人に求める)
H8.1.31 上申書(「要旨変更」でない旨の釈明)
H8.1.31 特許査定(特許第2519561号)


III.当事者の主張
1.請求人の主張
平成11年8月13日付け上申書に添付された参考資料1において差し替えられた審判請求書によれば、請求人は、本件「特許第2519561号の特許を無効とする」との審決を求め、証拠方法として甲第1号証乃至第33号証を提出して、次の8つの無効理由を挙げて、本件特許は特許法第123条第1項第2又は4号により無効とすべきであると主張している。

無効理由(1)
本件特許発明は、本件出願の原出願(特願昭58-26399号)の出願日より前に頒布された刊行物「The Journal of Biological Chemistry, Vol.252(15), 第5558-5564頁(1977)」(甲第1号証)に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に規定する発明に該当するので特許を受けることができない。
無効理由(2)
本件特許発明は、甲第1号証に記載された発明であると言えない場合でも、甲第1号証に記載の発明に基いて、この発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という)が、容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
加えて、請求人は、本件特許明細書の記載から、本件酸性糖タンパク質が、甲第1号証記載のエリスロポエチンと、抗体との反応性や立体構造において異なると解される場合においても、格別の技術的効果を有するものとは認められないので、甲第1号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであることも主張している。
無効理由(3)
本件特許発明は原出願(特願昭58-26399号)の当初明細書又は図面に記載されていないから、本件特許発明に係る出願は、原出願の時にしたものとみなすことはできず(特許法第44条第1及び2項)、本件特許発明の同法第29条に係る判断は、現実の出願の時を基準としてすべきところ、本件特許発明は、当該現実の出願日(平成2年2月17日)より前に日本国内において頒布された甲第1号証、特開昭60-41614号公報(甲第3号証)、「The Journal of Biological Chemistry, Vol.259(5), 第2707-2710頁(1984))」(甲第4号証)に記載されているから、同法第29条第1項第3号に規定する発明に該当するので特許を受けることができない。
無効理由(4)
上記無効理由(3)に記載したように、本件の出願日は平成2年2月17日であるとすべきところ、本件特許発明は、前記甲第1号証、甲第3号証、甲第4号証、「特開平1-228492号公報」(甲第6号証)及び「J. Immunological Methods, Vol.113, 第261-267頁 (1988)」(甲第7号証)に記載されている発明に基いて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
無効理由(5)
平成6年9月5日付手続補正書による明細書及び図面の補正は、明細書の要旨を変更するものであるから、特許法第40条の規定により、本件出願の出願日は、当該手続補正書が受理された平成6年9月5日とすべきところ、本件発明はこの日より前に頒布された刊行物である前記甲第1号証、甲第3号証及び甲第4号証に記載されているから、同法第29条第1項第3号に規定する発明に該当するので特許を受けることができない。
無効理由(6)
上記無効理由(5)に記載したように、本件の出願日は平成6年9月5日であるとすべきところ、本件発明は、甲第3号証又は前記甲第1号証、甲第3号証、甲第4号証、甲第6号証、及び甲第7号証に記載の発明に基いて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
無効理由(7)
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、発明の目的、構成及び効果が記載されていないから、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。
無効理由(8)
本件特許明細書の特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項が記載されていないから、特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていない。

(請求人から提出された甲号証)
甲第1号証(J. Biol. Chem., Vol.252(15), 第5558-5564頁 (1977年))
記載内容は、IV. 2. に後述する。
甲第2号証(甲第1号証の翻訳文)
甲第3号証(特開昭60-41614号公報)出願人:雪印乳業(株)
本件の原出願の出願日より後であるが、現実の出願日(平成2年2月17日)より前である昭和60年3月5日に出願公開されている。
特開昭60-41614号公報に係る発明は、本件特許出願の原出願を従来技術とするものであり、「前述の方法で得られたEPO標品は、わずかながら不純物質を含有していた。そこで、一層純粋にEPOを取得すべく、さらに検討した結果、抗体吸着カラムによる処理の後に、ゲル濾過による分子量分画操作を加えた」(第2頁右上欄第4〜8行目)ことが記載されている。
甲第4号証(J. Biol. Chem., Vol.259(5), 第2707-2710頁(1984年))著者:本件特許の発明者等
本件の原出願の出願日より後であるが、現実の出願日(平成2年2月17日)より前である昭和59年3月10日に頒布された刊行物である。この文献には、以下の事項が記載されている。
免疫吸着カラムから精製したエリスロポエチンは、SDS-ポリアクリルアミド・ゲル電気泳動上、分子量35,000 の主要バンドとして検出されたが、いくつかの他の蛋白質バンドも認められ、これには分子量 20,000 のものが主要不純物として含まれていた(第2708頁左欄下から第7〜3行目)。
免疫吸着カラムから精製したエリスロポエチンを、セファデックス G-100 カラムで更に精製したところ、2個の蛋白ピークが認められた。上記各ピーク区分をプールした標品の活性を定量したところ、エリスロポエチンの大部分は第2ピークに回収されており、一方、全回収活性の約5%はボイド画分(第1ピーク)に現れた(第2708頁左欄下から第1行目〜同頁右欄第5行)。
甲第5号証(甲第4号証の翻訳文)
甲第6号証(特開平1-228492号公報) 出願人:雪印乳業(株)
本件の原出願の出願日より後であるが、本件出願の現実の出願日より前である平成1年9月12日に出願公開された。
抗エリスロポエチン抗体を用いて精製されたEPOが記載されている。特に、SDSポリアクリルアミド電気泳動法により純度検定を行った結果、不純タンパク質は認められなかったと記載されている(第4頁右下欄下から第5〜1行目)。
甲第7号証(J. Immunological Methods, Vol.113, 第261-267頁 (1988年))
本件の原出願の出願日より後であるが、現実の出願日(平成2年2月17日)より前である1988年(昭和63年)に頒布された刊行物である。
SDS処理していない組換えEPOを抗原として得た2種の抗EPOモノクローナル抗体を用いて免疫吸着カラムを作成し、これによってヒト尿EPOを精製し、76,673U/mgタンパク質の比活性を有し、SDS-PAGE上で観察上均一な、分子量約35,000の精製品を得たことが記載されている(第261頁要約欄下から第4〜1行目及び第265頁右欄最下行〜第266頁左欄第8行)。
甲第8号証(本件特許出願の平成6年9月5日付意見書)
甲第9号証(本件特許出願の平成4年11月24日付意見書)
甲第10号証(Federation Proceedings, Vol.42 (7):第1872頁 (1983年)) 著者:甲第1号証の著者であるゴールドワッサー(Goldwasser)博士等
エリスロポエチンのSDS-PAGE法による分子量を測定し直した結果が記載されており、分子量は34,000であると報告している。
甲第11号証(「薬理と臨床」第3巻第10号 第1667〜1686頁 (1993年))著者:雪印乳業(株)の研究者等
甲第1号証を引用し、尿由来EPOがセファデックスG-100を用いたゲル濾過法でウシ血清アルブミン(分子量62KDa)と卵白アルブミン(分子量43kDa)の間に溶出されると記載されている(第1675頁左欄第4行〜同右欄第2行)。
甲第12号証(Endocrinology, Vol.116 (6), 第2286-2292頁 (1985年))著者:甲第1号証の著者であるゴールドワッサー(Goldwasser)博士等
甲第1号証記載のエリスロポエチンを、TSKgel G3000SWカラムを用いたゲル濾過HPLCで分析し、ウシ血清アルブミンと卵アルブミンの間にピークが出ることが示され(Fig.2Aの破線で描かれたピーク)、これによる分子量は約55,000であると述べられている(第2289頁左欄第6〜9行目)。
甲第13号証(ゴールドワッサー(Goldwasser)博士の宣誓書)
甲第1号証記載のエリスロポエチンについて、甲第1号証の著者の一人であるゴールドワッサー博士(シカゴ大学教授)が行った逆相HPLC分析及びゲル濾過クロマトグラフィー分析の結果に関する宣誓書であり、同画分は、逆相HPLC上で単一ピークとして移動すること、及びゲル濾過により42,700〜65,000の分子量を示すことが記載されている。
甲第14号証(甲第13号証の翻訳文)
甲第15号証(Biomed. Biochim. Acta Vol.42, 第S202-S206頁 (1983年))著者:本件特許の発明者等
免疫吸着カラムにより精製されたヒト尿由来のエリスロポエチン及び該エリスロポエチンをさらにセファデックスG-100カラムクロマトグラフィーによって精製したエリスロポエチンが記載されている(第S205〜S206頁)。
甲第16号証( 昭和60年特許願第505413号:ジェネティックス・インスチチュ-ト社に対する特許異議申立理由補充書(異議申立人:五十嵐齋介氏)に甲第9号証として添付された実験成績証明書:京都大学教授・佐々木隆造博士によるもの)
甲第15号証に記載された方法によって得られるエリスロポエチンについて、逆相HPLCカラムを用いた高速液体クロマトグラフィー分析を行った結果を示した実験成績証明書であり、上記エリスロポエチンは逆相HPLC分析によりピークが2つに割れることが記載されている(実験成績証明書第2頁)。
甲第17号証(被請求人が、本件特許に基づいて請求した特許権侵害禁止請求訴訟事件(平成9年(ワ)第8955号)において提出した「特許請求の範囲の技術用語の説明(I)」(平成9年8月21日付))
SDSによる酸性糖タンパク質の変性は可逆的で、SDSを除去するとタンパク質は元の立体構造に戻ることが記載されている(第7頁最下行〜第8頁第8行)。
甲第18号証(免疫実験操作法XII 1983年増補版 昭和58年12月8日発行、第3797-3805頁)著者:本件特許の発明者等
尿を原料とし、SDS処理をしたエリスロポエチンに結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体を用いて、あらかじめSDS処理を行なったエリスロポエチン含有液を精製することによって得たエリスロポエチンが、SDS-PAGEで検定すると均一ではなく、セファデックスにより精製する必要があり(第3800頁最下行〜第3801頁第4行)、その結果、2つのピークが出現し、ピーク1はEPOと分子量約20,000のタンパク質との複合体であり、この分子がEPO阻害因子である可能性があることが記載されている(第3804頁第13〜17行目)。
甲第19号証(本件特許出願の分割に係るもとの出願(特願昭58-026399号)の出願当初の明細書)
甲第20号証(本件特許出願の平成8年1月31日付上申書)
審査段階の補正が要旨変更でない旨の釈明。
甲第21号証(Biol. Pharm. Bull. Vol.17 (2) 第180-184頁 (1994年))
SDS変性処理したEPOを免疫原として製造されたモノクローナル抗体が、SDS処理EPO及び天然EPOの双方に結合することが記載されている(第180頁右欄第17〜27行)。
甲第22号証(増補版「液体クロマトグラフィーによる分離・精製技術とその応用」、監修:左右田健次(株式会社テクノシステム発行)1991年、第95-123頁)
セファデックスG-1OOの排除限界分子量は150,000であることが記載されている。
甲第23号証(特願平2-142420号(出願人:雪印乳業(株))の審査過程において提出された平成5年11月29日付補正書)
逆相HPLCの溶出パターンを得るための試料の濃度として、出願当初は本件同様に24mg/mlとあったのを、10分の1の2.4mg/mlに補正している(第3頁第11〜12行)
甲第24号証(特許第1999303号の明細書(特公平3-79000号公報))
遺伝子組換えEPOに係る雪印乳業(株)の特許出願である。
甲第25号証(特許第1999303号の出願公告(特公平3-79000号)に対する永井三彦氏による特許異議申立に対する答弁書)(平成4年10月30日付)
甲第24号証に係る異議申立手続において、出願人は、EPO産生細胞培養上清からの精製であるところの組換えEPOの精製へ抗体を利用することは容易ではないと主張し、甲第6号証(特開昭60-041614号公報:本件の甲第3号証に対応)の技術について、「異議申立人が引用している甲第6号証はあくまで蛋白質濃度が薄く抗体精製を適用し易いヒト尿からの精製回収するための技術が開示されているに過ぎない」と述べている(第14頁13〜16行)。
甲第26号証(BIO/TECHNOLOGY, Vol.6, 第67-71頁(1988年))著者:本件特許の発明者等
組換えEPOを含む培養上清(BHK細胞のものとΨ2細胞のものの2例)からEPOを精製する場合、抗体吸着カラムを用いて精製し、さらにゲル濾過を行うという方法では、SDS-PAGEでの均一な標品が得られず、ハイドロキシアパタイトカラムを最終精製工程に使ったことが記載されている(第67頁右欄下から9行目〜第68頁左欄2行目)。
甲第27号証(本件特許公報)
甲第28号証(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, Vol.82, 第7580-7584頁(1985))著者:ゴールドワッサー博士等
尿由来のEPO(甲第1号証に言及)を用いてアミノ酸配列を決定し、そのアミノ酸配列に基づいてEPO遺伝子が単離されたことが記載されている。
甲第29号証(ゴールドワッサー博士の補遺宣誓書)
甲第13号証に係る宣誓書を補遺するもの。甲第13号証で用いられた試料が、甲第1号証で得られた尿由来の精製EPOに間違いないことを説明している。
甲第30号証(甲第29号証の翻訳文)
甲第31号証(実験報告書)
2種のゲル濾過法で組換えEPOの分子量を測定し、甲第13号証と本件特許の測定法が実質的に差異がないことを主張している。
甲第32号証(Blood, Vol.64(2) 第357-364頁(1984))著者:本件特許の発明者等
尿由来のEPOに多数の不純物が存在することが記載されている(第360頁右欄第1〜23行目)。
甲第33号証(本件特許出願の分割に係るもとの出願(特願昭58-26399号)の平成2年12月15日付意見書)


2.被請求人の主張
(1)本件特許発明に係る酸性糖タンパク質の構造(本件特許発明の要旨認定)
被請求人は、乙第7号証に係る本件実施例の追試実験及び参考資料1乃至6に説明された技術常識を参酌すれば、本件特許発明の酸性糖タンパク質がSDS変性EPOではあり得ないことを主張している。

(2)無効理由1及び2に対する反論(甲第1号証記載のエリスロポエチンの純度)
被請求人は、無効理由1及び2に係る主たる引用刊行物である甲第1号証に関して、乙第1乃至3号証を挙げて、甲第1号証に記載された方法で精製したエリスロポエチンには、50%以上の不純物が含まれていることがすでに証明されていると主張している。
すなわち、甲第1号証に記載された方法は、本件発明のようにモノクローナル抗体を用いないで、タンパク質の物理化学的な性質のみによって分離するため、物理化学的に類似する性質の不純物質が含まれている場合にはこの類似不純物質と目的物質とを分離できないことは当業者間では周知の事実であり、従って尿のように複雑な成分を有するものを原料とした場合には、尿中に含まれる物理化学的に類似の性質を有する物質が混入することは当然予想されるから、本件特許発明は、甲第1号証に記載されたものではなく、甲第1号証に記載の発明に基いて当業者が容易に発明することができたものでもないと主張している。

(3)無効理由3乃至6に対する反論
被請求人は、本件出願の原出願(特願昭58-26399号)の出願当初の明細書において、SDSで変性されたEPOを免疫原とするモノクローナル抗体を用いて精製された高純度のEPOが記載されていることから、特許庁編産業別審査基準「応用微生物工業(改訂2版)」(昭和57年8月)の項目4.23を根拠にして、本件が当初明細書の記載において「物質の確認が一応可能と推定されるとき」に該当し、分子量等の物性を明細書に追加しても分割要件違反や要旨変更に該当しないことを主張している。

(4)無効理由7及び8に対する反論
本件特許発明が実施可能であることは、乙第7号証に係る本件実施例の追試実験により証明されていること、並びに特許請求の範囲の記載には不備がないことを主張している。

(被請求人の提出した乙号証)
乙第1号証(特表昭62-501701、出願人:ジェネティックス・インスチチュ-ト社)
甲第1号証に係るミヤケEPOに複数の不純物が含まれていることが記載されている(第2頁右上欄第1〜4行目)。
乙第2号証の1(Nature, Vol.313, 第806-810頁 (1985)、著者:ミヤケ等)
乙第2号証の2(その抄訳文)
乙第2号証の3(その全訳文)
フェノール処理を除いて甲第1号証に記載された精製方法を用いて尿由来のEPOを精製した後に、更に逆相HPLCカラムを用いて精製したところ、全溶出タンパク質の40%がEPOであったことが記載されている(第806頁右欄第1〜11行目)。
乙第3号証の1(米国マサチューセッツ州連邦地方裁判所の判決文、ジェネティックス・インスチチュ-ト社 vs. アムジェン社)
乙第3号証の2(その翻訳文)
甲第1号証の著者であるミヤケの試料のフラクションII又はIIIが均質であることを明確かつ合理的に説明できなかった旨が米国マサチューセッツ州連邦地方裁判所において判示されている(第141頁第25行目〜第142頁第4行目)。
乙第4号証(食品工業 Vol.36 (14) 第57-63頁 (1993) 「凍結溶液中における化学反応」
凍結保存したタンパク質溶液中のアミノ酸残基にトリプトファンが存在する場合、そのトリプトファンが選択的に酸化されてタンパク質としての性質が変化することが記載されている。
乙第5号証の1(Food Protein Deterioration Mechanisms and Functionality, AMERICAN CHEMICAL SOCIETY WASHINGTON D. C. 1982)
乙第5号証の2(その翻訳文)
凍結保存条件下でタンパク質の分子量が変化することが記載されている。
乙第6号証(日経バイオ最新用語辞典 1995)
甲第13及び29号証に係る宣誓書を作成したゴールドワッサー博士がコンサルタントとなっているアムジェン社が請求人の提携先であることが記載されている。
乙第7号証(平成9年7月8日付け実験報告書)
遺伝子組換えEPOにゼラチン加水分解物を加えたEPO製剤に対して、本件特許発明に係る精製方法を再現した結果、比活性約169,000 IU/mgかつ本件特許請求の範囲の要件(c)乃至(e)に相当する物性値を有する精製EPOが得られたことが主張されている。
乙第8号証の1(特公平3-55106、マウスーヒト・ハイブリドーマ)
乙第8号証の2(特公平4-69994、マウスーマウス・ハイブリドーマ)
乙第8号証の3(特公平5-26463、マウスーマウス・ハイブリドーマ)
発明に係るハイブリドーマの寄託が行われずに出願公告された事例。
乙第9号証の1(The Journal of Biological Chemistry, Vol.246 (14) 第4504-4509 (1971))
乙第9号証の2(その翻訳文)
SDSにより変性された複数のオリゴマー酵素タンパク質が、高濃度の尿素液処理とアニオン交換樹脂を用いて、酵素活性が回復されることが記載されている(第4504頁要約)。
乙第10号証(本件発明者:京都大学佐々木隆造教授の陳述書)
抗体カラムに吸着されたSDS処理EPOは、抗体カラムから溶出される過程でSDSが除去されることを陳述している(第2頁第16〜22行目)。
また、精製EPO試料についてセファデックスG100によるゲル濾過を行うと、EPOの活性を有する主要ピークの他に分子量80,000〜120,000のピークが存在していることも陳述している(第3頁第2〜9行目)。
乙第11号証(細胞成長因子 第72〜73頁(1984))
ヒツジ血漿由来のEPO市販品が粗製のものであることが記載されている(第73頁第1行目)。
乙第12号証の1(TOYOBO CO.の商品カタログ)
乙第12号証の2(その翻訳文)
再生不良性貧血患者の尿から部分精製されたEPO市販品の活性が、30〜50単位/mg乾燥重量であることが記載されている。
乙第13号証(和光純薬工業(株)の商品カタログ)
ミヤケ等の方法で製造されたEPO市販品の比活性が、40単位/mg以上であることが記載されている。
乙第14号証の1(Biologicals, Vol.20, 第253-257頁 (1992))
乙第14号証の2(その翻訳文)
組換えEPO類縁体のin vivo生物活性の比較が行われている。
乙第15号証(基礎と臨床 Vol.22 (15) 第5173-5181頁(1988))
組換えEPOの生物学的活性が1.5×105IU以上であることが記載されている(第5180頁右欄第3〜14行目)。
乙第16号証(発明者:京都大学佐々木隆造教授の陳述書)
不純物と思っていた80,000〜120,000の分子量の位置に溶出する物質が、抗エリスロポエチン単クローナル抗体と反応し、電気泳動ゲルから抽出するとEPO活性を回復し分子量35,000となる。よって、これらは不純物ではなく、EPOの会合体であると判断されることを陳述している。
乙第17号証(1999年9月30日平成9年(ワ)8955号特許侵害差止請求事件判決)
乙第18号証(堀尾武一他編「蛋白質・酵素の基礎実験法」南江堂、第33頁、1981)
蛋白質標品から界面活性剤を除去する一般的な方法が記載されている。
乙第19号証(千畑一郎他著「実験と応用アフィニティクロマトグラフィー」講談社、第1〜15頁、1980)
アフィニティクロマトグラフィーを用いて生体物質の精製を行う一般的な方法が記載されている。


3.被請求人に対する審尋、及びその回答について
平成11年5月7日付け審尋書における「一般的に、タンパク質に強く結合しているSDSを除去する適当な方法は現在存在しない」との当審の指摘に対し、被請求人は、平成11年7月6日付け回答書において「SDSは強い界面活性能をもっており、タンパク質と強く結合するが、これはあくまで相対的なもので、尿素やグアニジンなどと比較して強く結合するだけで、除去する方法は公知であり、除去できることが知られています。例えば、1987年10月12日株式会社岩波書店発行「岩波 理化学辞典」第4版第1368頁左欄「硫酸ドデシルナトリウム」の項(参考資料2)には、タンパク質に結合したSDSを除去することができることが明確に記載されており、タンパク質に結合したSDSを除去することができることは当業者間では周知のことであります。」(回答書第4頁下から5行〜第5頁第2行)と回答している。
また、被請求人は、同審尋書で引用された生化学第61巻第2号第109〜111頁(1989年)に対して、「たまたま対象となったタンパク質合成開始因子eIF-2が強いSDS親和性を有していたため、SDSの除去に若干手間取ったというだけのことで、結局、この報告でもSDSの除去に成功しています。」(回答書第5頁第4〜6行)と述べている。
そして、渡邊格博士の意見書(参考資料4)及び佐々木隆造博士の意見書(参考資料5)等を提出して、生物活性を有していることから判断して、本件発明の酸性糖タンパク質がSDSが解離されて立体構造が復元されたEPOであることを述べている。

(平成11年7月6日付け回答書に添付された参考資料)
参考資料1(「生化学辞典」東京化学同人、第772頁「タンパク質の再生」の項目)
変性したタンパク質の三次元構造が再生し得ることが記載されている。
参考資料2(岩波理化学辞典(第4版)第1368頁「硫酸ドデシルナトリウム」の項目)
硫酸ドデシルナトリウム(SDS)により、タンパク質が変性して棒状になることが記載されている。
参考資料3(東京地方裁判所平成9年(ワ)8955号特許侵害差止請求事件の第5準備書面:雪印乳業(株)側)
SDS処理されたままのEPOが生理活性を有するはずがない旨の主張がされている。
参考資料4(渡邊格博士の意見書)
EPO活性があることから、抗体吸着カラムから溶出する際にSDSが除去され、溶出後のEPOが天然のEPOと立体構造において実質的に同じであると考えられる旨の見解が述べられている(答2)。
参考資料5(佐々木隆造博士の意見書)
EPO活性があることから、抗体吸着カラムにSDS処理EPOを吸着した後の精製工程でSDSが除去され、天然のEPOと同じ立体構造に回復したと判断される旨の見解が述べられている。
参考資料6(東京地方裁判所平成9年(ワ)8955号特許侵害差止請求事件の第8準備書面:雪印乳業(株)側)
SDSの除去工程が本件特許請求の範囲に記載されている旨の主張がされている。

さらに、平成11年9月21日に手交した被請求人に対する質問書における「EPOの会合体が不純物の正体であったことを示す具体的な実験手法、データがない」との当審の指摘に対し、被請求人は、乙第16号証を提出して、平成11年10月21日付け回答書において「乙第16号証には、甲第3号証の不純物をEPOの会合体であると結論付けるに至った実験手法とデータを中心に説明がなされている」と回答している。


IV.当審の判断
1.本件特許発明の酸性糖タンパク質について
1-1.当審の認定
本件特許発明の要旨は、前述したように、その特許請求の範囲第1項に記載されたとおりのものと認められるが、そこに特定された酸性糖タンパク質が、要件(a)に記載されたSDS処理によって立体構造が変化したままのEPOであるのか、その後SDSが解離されて立体構造の回復したEPOであるのか、が無効理由の有無の判断において重要な前提となることから、まずこの点について検討する。

本件特許発明に係る酸性糖タンパク質は、
「(a)ソジウム ドデシル サルフェート(SDS)電気泳動を行ったエリスロポエチンで免疫した動物の脾臓細胞とミエローマ細胞とを細胞融合させたハイブリドーマ細胞により得られ、SDS処理をしたエリスロポエチンに結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体を用いて、あらかじめSDS処理を行ったエリスロポエチン含有液を精製することによって得ることができ」(特許請求の範囲第1項)(以下、「要件(a)」という。)るものであって、
「1. SDS処理を行ったエリスロポエチンに対して強い結合性を有し、天然のエリスロポエチンに対してはゆるやかな結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体に強い結合性を有する」(本件特許明細書第14欄第1〜4行目)(この記載は、後述する平成4年11月24日付け意見書の主張に併せて同日付けの手続補正書により追加されたものである。)特性を持つものと説明されている。
そうすると、被請求人が特許請求の範囲に規定した酸性糖タンパク質は、天然EPO或いは立体構造が回復したEPOとは到底いえず、要件(a)に記載されたSDS処理によって立体構造が変化したままのEPOと解するのが最も自然である。
そして、このことは、被請求人が審査手続中において、
「本願発明は、EPOのなかでも特にこのような立体構造が変化し、かつ、EPO活性を有する酸性糖タンパク質を対象とするものであります」(甲第9号証に係る平成4年11月24日付け意見書第4〜5頁)と明確に述べていること、
並びに、「生化学、第61巻、第2号、第109〜111頁(1989)」(平成11年5月7日付け審尋書で指摘)にも記載されているように、タンパク質に強く結合しているSDSを除去する適当な方法は存在しない、又は、たとえ除去できるとしても、別途の処理工程が必要であるというのが本件出願当時の技術常識であったと考えられるにも拘わらず、本件特許明細書中にはSDSが解離されていたことが特段明示されていないこと(被請求人にSDSが解離されたものを規定する意図があったなら、その解離が自明とはいえない以上、特許明細書に何らかの言及がなされてしかるべき)、からも裏付けられている。
結局、上述の特許明細書の記載及び出願経過、出願当時の技術常識を参酌すれば、本件特許請求の範囲に規定された酸性糖タンパク質は、SDS処理によって立体構造が変化したままのEPOであると認定するのが相当である。

1-2.被請求人の反論
もっとも被請求人は、以下(1)乃至(3)の事項を指摘して、本件特許請求の範囲に規定されたタンパク質はSDSが解離されて立体構造が回復したものである旨主張しているので、この点を検討する。
(1)審査官が平成4年11月24日付け意見書を検討した後の平成6年6月2日付け拒絶理由通知において、J. Biol. Chem., 252巻(15号), 5558-5564頁 (1977年)(当審において請求人が提出した甲第1号証)を引用して特許法第29条に規定する拒絶理由を指摘したことから、SDS処理によって立体構造が変化したままのEPOを審査対象としたとは考えられないこと。
(2)乙第7号証に係る平成9年7月8日付け実験報告書によって本件実施例を再現した結果、本件の特許請求の範囲に記載された抗エリスロポエチンモノクローナル抗体吸着カラムから溶出した段階でSDSが取れていることが確認されたこと。
(3)参考資料1乃至6に係る技術常識を考慮すれば、SDS処理したEPOが本件特許請求の範囲第1項の(b)及び(d)に特定された理化学的な性質を取り得ないこと。

((1)についての検討)
本件特許明細書第9欄第25〜34行目には、2%SDS処理によって立体構造を変化させたEPOが比活性(50,000単位/mg蛋白質)を有することが明確に記載されており、さらに、上記した平成4年11月24日付け意見書の記載を参酌すれば、SDS処理によって立体構造を変化させたEPOであっても天然のEPOほどの比活性はないとしてもそれなりの比活性を有することを前提として審査が行われたと考えるのが自然である。そして、本件発明が天然から精製された物に係るものであって、甲第1号証において既に本件発明よりも比活性の高いEPO(70,400単位/mgタンパク質)が得られているのであるから、SDS処理によって立体構造が多少変化していても物の有用性(EPOとしての比活性)に重点をおいて特許法第29条の拒絶理由を通知することは特許審査において通常行われているプラクティスの範囲のことである。そして、何よりも、結果として審査官は当該拒絶理由を撤回し、甲第1号証の存在にも拘わらず特許査定を行ったことは、審査官がSDS処理によって立体構造が変化したままのEPOを審査対象としたことの裏付けともなり得るものである。しかるに、被請求人はその後の審査経過を考慮せずに拒絶理由を通知したことのみを根拠として上記(1)に係る主張を述べており、この点からも被請求人の主張は採用できない。

((2)についての検討)
乙第7号証に係る実験においては、用いた原料が本件のごとく尿ではなく、医薬品として高度に精製された遺伝子組換えエリスロポエチンにゼラチンが加えられたエリスロポエチン製剤「エスポー」であることから、当該実験は本件特許発明に係る実施例を再現したものとは言えない。
また、たとえ原料の相違を問題としないとしても、乙第7号証においては、抗エリスロポエチンモノクローナル抗体吸着カラムから溶出した後、さらに蒸留水に対して透析したものをエリスロポエチン精製標品としていることから、乙第7号証の実験結果から直ちに、「カラムから溶出した段階で既にSDSがとれている」ことを証明したことにはならない。
もっとも、被請求人は、「透析は溶出液あるいは抽出液などに含まれる無機質および酢酸などの低分子化合物を除去する操作であるから、当該アフィニティー・クロマトグラフィーの分離能とは全く関係がない」と述べている(平成12年1月13日付け上申書第32頁)。しかしながら、被請求人は、具体的証拠をもって当該事項を明らかにしている訳ではない。
なお、平成11年5月7日付け審尋書で当審が引用した「生化学、第61巻、第2号、第109頁(1989)」にも記載されているように、透析は、SDSの除去の一般的な方法の1つであるから、上記透析工程でSDSが除去された可能性は否定できない。
そして、EPO比活性に関して、被請求人は「EPO活性の測定に先立って凡そ80万倍に希釈される(乙第7号証参照)。その結果、SDSも希釈されるため、そのタンパク質変性作用が働かなくなり、変性EPOは未変性の状態に復元し活性をもっているのである。従って、測定された比活性約50,000単位/mgタンパク質は、希釈によって立体構造が復元したEPOの活性に基づくものである」(平成11年10月21日付け上申書第49頁)と明言していることからすると、測定の段階でSDSがとれる可能性もあることになる(測定に際して希釈する操作が精製工程といえないことは技術的に明らかである。)。
してみれば、乙第7号証を根拠とした、本件の特許請求の範囲に記載された抗エリスロポエチンモノクローナル抗体吸着カラムから溶出した段階でSDSが取れている旨の被請求人の主張は採用できない。

さらに、被請求人は、乙第7号証の実験結果に関連して、SDS変性(SDS処理によって立体構造が変化したままの)タンパク質が所期の活性や分子量の測定には不適切であることを説明した参考資料1乃至6を提出し、技術常識を参酌すれば、本件特許発明の酸性糖タンパク質がSDS変性EPOではあり得ないことを加えて主張している。
なるほど、参考資料4及び5に係る意見書において渡邊格・佐々木隆造両博士は「生物活性(エリスロポエチン活性)を失っていないことから、天然のエリスロポエチンと実質的に立体構造は変わらないものである」と述べているが、これはSDSを除去すると生物活性が回復するという一般論を前提として推測しているにすぎず、本件のEPOについて実験等をもって具体的に説明しているものではない。また、参考資料1及び2は、タンパク質とSDSの一般的事項が示されているにすぎず、参考資料3及び6は、本件特許に基づく侵害訴訟においても被請求人は同趣旨の主張を行っていることが確認されるに留まる。
結局、参考資料1乃至6はいずれも一般論に係るものであって、被請求人は、この一般論を前提として推測しているにすぎず、本件のEPOについて具体的に説明している訳ではないので、(2)に係る被請求人のこの主張も採用できるものではない。
なお、比活性や分子量が測定の際に所期の値を示す状態となる可能性があることは上述の通りである。

してみれば、乙第7号証及びそれを補足する参考資料1乃至6を根拠とした、本件の特許請求の範囲に記載された抗エリスロポエチンモノクローナル抗体吸着カラムから溶出した段階でSDSが取れている旨の被請求人の主張も採用できない。

((3)についての検討)
本件特許明細書の実施例には、「溶出液として高純度のEPO(本発明目的物の酸性糖タンパク質)を含む液を得た。・・・本液中のEPO比活性は45,000単位/mgタンパク質(実施例2及び3においては、60,000単位/mgタンパク質)であり、・・・」(特許明細書第12欄第6〜12行目、第27〜30行目、第45〜50行目)と記載されており、さらに、
「以上実施例1〜3で得られたEPO(本発明目的物の酸性糖タンパク質)は、いずれも下記の特性を有する。
1. SDS処理を行ったエリスロポエチンに対して強い結合性を有し、天然のエリスロポエチンに対してはゆるやかな結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体に強い結合性を有する。
(中略)
4. セファデックスG100(ファルマシア社製)によるゲルロ過で分子量45,000〜65,000を示す。」(特許明細書第13欄第12行目〜第14欄第10行目)と記載されている。
すなわち、本件特許明細書の実施例1乃至3においては、抗SDS処理エリスロポエチン・モノクローナル抗体に強い結合性を有する本件の酸性糖タンパク質が(b)及び(d)の物性値をとることが記載されているのである。
加えて、(b)に係るEPOの比活性に関しては、本件特許明細書第9欄第25〜34行目には、2%SDS処理によって立体構造を変化させたEPOが比活性(50,000単位/mg蛋白質)を有することが明確に記載されている。
これに対して、被請求人が(3)の主張の根拠に用いている参考資料1乃至6は、前述したように、一般論を言うにすぎず、EPOに関しての実験等による具体的な説明ではないことから前記した特許明細書の記載を否定する証拠とはなり得ない。
してみれば、(3)に係る被請求人の主張は採用できない。

なお、被請求人の提出した乙第7号証に記載された方法を用いて、本件特許発明に係るSDS処理によって立体構造が変化したままのEPOの物性を測定すれば、前述したように、その後の透析工程や活性測定段階においてSDSがとれる可能性が否定できないので、参考資料1乃至6に矛盾することなく、本件特許発明に係るSDS変性EPOについて、特許請求の範囲に記載された(b)及び(d)に係る理化学的な性質の測定が行えたということもできる。

したがって、被請求人の上記(1)乃至(3)に係る主張はいずれも、本件特許発明に係る酸性糖タンパク質がSDS処理によって立体構造が変化したままのEPOであるとの当審の認定を覆すほどの技術的根拠とはなり得ないものである。


2.無効理由(1)及び(2)について
請求人が主張する無効理由(1)及び(2)は、甲第1号証に記載されたEPOに基づく新規性及び進歩性の欠如に係るものである。
ところで、甲第1号証(J. Biol. Chem., Vol.252(15), 第5558-5564頁 (1977年))は、本件出願の原出願の出願日(昭和58年2月21日)より前に頒布された刊行物であり、以下の事項が記載されている。
エリスロポエチンは、酸性糖タンパク質であり、ある種の貧血症に対し補完療法に役立つであろうことから、純粋なエリスロポエチンを十分量採取して、その化学的な性質を明らかにすることは重要であったこと(第5558頁左欄第1〜10行)。
再生不良性貧血患者の尿から得たヒト・エリスロポエチンを、観察上均一となるまで精製したこと(例えば、第5558頁要約欄第1〜3行)。
再生不良性貧血患者の尿から、イオン交換クロマトグラフィー、エタノール沈殿、ゲル濾過、および、吸着クロマトグラフィーを含む7工程から成る手法によって、70,400 単位/mgタンパク質の活性を持つ試料を得たこと(例えば、第5558頁要約欄第3〜6行)。
上記7工程は、詳細には、DEAE-セルロースへの吸着と溶出、フェノール処理、エタノール沈殿、DEAE-アガロース・カラムクロマトグラフィー、スルフォプロピル・セファデックス・カラムクロマトグラフィー、セファデックス G-100ゲル濾過クロマトグラフィー、及びヒドロキシルアパタイトによる吸着クロマトグラフィーからなるものであること(例えば、第5562頁 Table V)。
精製されたエリスロポエチンは、pH7のドデシル硫酸ナトリウムの存在下、あるいは、pH6のトリトンX-100の存在下に、pH9のポリアクリルアミド・ゲルにおいて、単一の電気泳動成分を持つこと(例えば、甲第1号証第5558頁要約欄第7〜10行)。

本件特許発明に係る酸性糖タンパク質と甲第1号証のEPOを比較してみると、前者が、SDS処理をしたEPOに結合性を有するモノクローナル抗体を用いて精製された、SDS処理によって立体構造が変化したままのEPOであるのに対して、後者は、EPOの精製工程においてSDS処理は存在しないことから、SDS処理によって立体構造が変化したEPOではなく、天然に存在する立体構造を有するEPOであると認められる。
加えて、後者においては、タンパク質の物理化学的な性質によるEPOの分離処理(上記7工程)を行っただけであり、前者のようなモノクローナル抗体を用いたアフィニティクロマトグラフィーによる精製工程を経ていない点で相違するところ、モノクローナル抗体を用いたアフィニティクロマトグラフィーは、抗原抗体反応という極めて精緻な物質選択を前提とする精製方法であるから、吸着されるものについての特異性が非常に高いというのが技術常識であると認められる。そうすると、比活性において顕著な差がみられなくとも(比活性の測定法の相違であるかSDSによる立体構造の変化に由来するのかは明らかでないが)、甲第1号証のEPOに比べ、本件特許発明のEPOのほうが、EPOと物理化学的な性質において類似する夾雑物が明らかに少ないと解される。
そして、本件特許発明のSDS処理によって立体構造が変化したままのEPOは、「SDS処理を行ったエリスロポエチンに対して強い結合性を有し、天然のエリスロポエチンに対してはゆるやかな結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体に強い結合性を有する」(本件特許明細書第14欄)ことによって、甲第1号証に記載された精製方法では得ることができない、EPOと物理化学的な性質において類似する夾雑物を除くことが可能であるという顕著な効果を有するものである。
したがって、EPOの立体構造に明らかな相違があり、物理化学的な性質において類似する夾雑物が含まれていない点で、本件特許発明は、甲第1号証に記載された発明であるとは言えず、また甲第1号証に記載された発明から容易に本件特許発明が想到し得たということもできない。
ところで、当該無効理由について、甲第1号証に記載された発明に関連して、請求人は甲第10乃至14、28乃至31号証を、被請求人は乙第1乃至6、11乃至13号証を提出し、さらに本件特許発明に係る酸性糖タンパク質に関連して請求人は甲第3乃至5、8、15、16、18、32号証を提出しているが、これらの証拠は、甲第1号証がSDS処理によって立体構造が変化したEPOを記載したものであることを裏付けるものではなく、また、物理化学的な性質において類似する夾雑物が含まれないという当該立体構造に由来する優れた効果を否定する材料とはなりえないので、更に詳細に検討する必要がないことは明らかである。


3.無効理由(3)及び(4)(分割要件違反)について
請求人が分割要件違反(無効理由(3)及び(4))であると主張する事項について検討する。
ところで、一般に、特許法第44条第2項に規定された「もとの特許出願の時にしたものとみなす」ためには、分割出願の明細書が原出願の出願当初の明細書に記載した事項の範囲内でないものを含まないことが要求されるが、本件特許発明に係る酸性糖タンパク質のような物に関するものの場合、原出願の当初明細書に物が確認できる程度に開示されていれば、物の同一性を担保しつつ、その物の物性等を明細書に追加する程度の補正は、原明細書に記載された範囲内の事項と認められ、分割要件に違反するほどのものではないと言える。
この点をふまえて、請求人の個々の主張を以下に検討する。

(1)SDS-PAGE法やゲル濾過法による分子量を追加した点
「SDS-PAGE法で分子量30,000〜40,000」及び「セファデックス(ファルマシア製)によるゲル濾過法で分子量45,000〜65,000」というエリスロポエチンの分子量に係る記載は、原出願の当初明細書には存在せず本件出願の当初明細書において追加されたものである。
しかしながら、前述したように、本件特許発明に係る酸性糖タンパク質は、SDS処理をしたEPOに結合性を有するモノクローナル抗体を用いて精製されたものであること、一般に、モノクローナル抗体を用いたアフィニティクロマトグラフィーによる精製方法によれば、物理化学的な性質において類似している夾雑物も除去できることが技術常識上明らかであること、並びに、原出願の当初明細書には、当該タンパク質の精製方法及び得られたものの比活性が明記されていることを併せ考えると、原出願の当初明細書には、当該酸性糖タンパク質が物として確認できる程度に開示されていたといえる。

もっとも、請求人は、甲第4及び18号証(甲第22号証により補足)に係る本件発明者により作成された論文等を引用して、本件発明の精製方法では、異なる分子量のものもさらに含む旨主張している。しかしながら、甲第4及び18号証において3.2×2.5 cmのカラムを用いているのに対して、本件実施例1及び2においては0.8×4 cmのカラムを、本件実施例3においては2×6.4 cmのカラムを用いている点で甲第4及び18号証に記載された精製方法と本件実施例に記載されたものとが相違している。そして、一般に、カラムの口径が小さく、カラムが長いほど分離能が向上することが知られていることから、甲第4及び18号証に記載された結果をもって直ちに、上述のように判断することはできない。

してみれば、当該酸性糖タンパク質に係る分子量を本件出願の際に追加しても、原明細書に記載されている物を変更しているわけではないから、当該補正は原明細書に記載された範囲内の事項と認められ、分割要件に違反しているとはいえない。

(2)逆相HPLCによる純粋なEPOであることの確認を追加した点
本件特許発明に係る酸性糖タンパク質の逆相カラムによるHPLC分析結果について、原出願の当初明細書には記載が存在せず、本件出願の当初明細書の[EPOのHPLC]の項目(明細書第29頁第20行目〜第30頁第9行目)において当該HPLC分析によって「ほぼタンパク質として純粋なEPOが得られたことが確認できた」ことが追加され、平成6年9月5日付け補正書により、「逆相カラムを装置した高速液体クロマトグラフィー分析により単一のピークを示す」という記載が特許請求の範囲及び明細書に追加されている。
しかしながら、本件特許発明に係る酸性糖タンパク質が確認できる程度に原出願の当初明細書(原明細書)に開示されていたといえることは前記(1)で述べた通りであり、当該酸性糖タンパク質に係る性質を追加しても、原明細書に記載されている物を変更しているわけではないから、当該補正は、原明細書に記載された範囲内の事項と認められ、分割要件に違反しているとはいえない。

もっとも、請求人は、甲第15号証に係る本件発明者により作成された論文及び当該論文に関連した甲第16号証に係る実験成績証明書を引用して、本件発明の精製方法で得られたエリスロポエチンは「単一ピーク」を示さないことを主張しているので、この点検討すると、本件実施例で用いられた精製方法と甲第15号証のものが同一とは言えないことから、これを試料として用いた甲第16号証の結果を直ちに採用することはできない。

(3)「少なくとも約45,000単位/mgタンパク質」との記載を追加した点
本件出願の当初明細書において、「少なくとも約45,000単位/mgタンパク質」のエリスロポエチン比活性という原出願の当初明細書にない記載が追加されている。
しかしながら、原出願の当初明細書には、比活性45,000及び60,000単位/mgタンパク質に係る実施例が記載されているのであるから、上記記載が原明細書に記載された範囲内の事項でないとはいえない。

(4)SDS-EPOモノクローナル抗体の性質を特定した点
原出願の当初明細書には、上記抗体の性質について、明示的な記載がないにも拘わらず、本件出願の当初明細書第5頁第14行〜第6頁第1行においては、
「(イ)天然EPOとは、ゆるやかな結合性を示す。
(ロ)1)SDS処理EPOに対して強い親和力を有する。
2)SDS-PAGE法で35,000〜25,000に分離し、G100ゲルロ過で80,000〜120,000の分子量の位置に溶出するEPO活性をほとんど示さないものとも結合する。」
と記載されている。
これに対して、請求人は、甲第21及び33号証を提出して、原出願には、本件発明に係る抗体の性質、特に、天然EPOとはゆるやかな結合性を示すという性質が記載されていないこと、及び、SDSで変性したEPOを抗原として抗体を作製しても、天然(SDS処理してない)EPOとも強く結合する抗体が取れる可能性があるから、上記性質を有する抗体は、技術常識からも導き出せないことを主張している。
しかしながら、原出願の当初明細書の実施例1には、2%SDSで処理した後にSDS電気泳動によって精製されたEPOを免疫原として得られたモノクローナル抗体及び当該抗体を用いて得られる酸性糖タンパク質の比活性の数値が記載されており、本件特許発明に係る酸性糖タンパク質が確認できる程度に原出願の当初明細書(原明細書)に開示されていたといえることは前記(1)で述べた通りであり、当該酸性糖タンパク質を得るための材料である当該モノクローナル抗体の性質を明細書に追加しても、原明細書に記載されていた酸性糖タンパク質を変更しているわけではないから、当該補正は、原明細書に記載された範囲内の事項と認められ、分割要件違反を構成するものとは言えない。
このことは、モノクローナル抗体が、その免疫原と強く反応し、それ以外の類似の抗原に対しては親和力がより弱いという免疫学の技術常識と相矛盾するものではなく、加えて、本件に係るモノクローナル抗体の性質は、原出願の当初明細書における実施例2及び3において、2%SDSで処理されたEPOを原料とする免疫吸着カラムに当該モノクローナル抗体を用いることにより、60,000単位/mgのEPO比活性を有するSDS処理EPOが得られていることからも支持されている。
したがって、本件出願の当初明細書において追加された抗SDS処理EPOモノクローナル抗体の結合性に係る性質は、分割要件に違反しているとはいえない。

(5)SDS処理工程を必須にした点
原出願の当初明細書においては、上記抗体を用いてEPOを精製する原料としては、「正常人尿若しくは貧血患者尿又はその各処理物、或は、EPO産生細胞の培養上清液又はEPO産生細胞移植動物の体液、組織抽出液若しくは尿などが挙げられる。例えば、貧血患者尿を濾過、濃縮、脱塩して得た全尿タンパク質又はその含有液が使用される。尿中のプロテアーゼを失活させるため予めフェノール処理又は加熱処理を行ってもよい。また、好ましくはSDS処理を行う。」(甲第19号証に係る原出願明細書第9頁第13行〜第10頁第2行目)と記載されており、本件出願の当初明細書にも同じ記載(明細書第12頁第11〜18行目)があり、EPOのSDS処理は任意の工程とされていたのに対して、平成6年9月5日付け補正書により、前記「また、好ましくはSDS処理を行う。」を「また、SDS処理を行う。」と必須の工程に補正して特許されている。
この点に関し、請求人は、原料のSDS処理を必須の工程と補正したことと、モノクローナル抗体の性質及び上限のない比活性が原出願の当初明細書に明確に記載されていなかったことを組み合わせると、分割要件違反であると主張している。
しかしながら、上記(3)及び(4)に説明したように、SDS-EPOモノクローナル抗体の性質の特定及び比活性の追加事項が分割要件違反とはいえない以上、当該補正は、特許請求の範囲に記載された発明を「SDS処理によって立体構造が変化したEPO」に特定することに伴って、原出願及び本件出願の当初明細書に精製方法の選択肢として記載されていた一方の事項であって、かつ本件の実施例2及び3として具体的な態様としても記載されていた事項に、詳細な説明の記載も限定したものであって、何ら新たな技術的事項を加えるものではないので、分割要件に違反しているとはいえない。

よって、分割要件違反に係る請求人の主張(無効理由(3)及び(4))はいずれも採用することができない。


4.無効理由(5)及び(6)(要旨変更)について
請求人が要旨変更(無効理由(5)及び(6))であると主張する事項について検討する。
ところで、一般に、補正が認められるためには、補正によって出願当初の明細書に記載した事項の範囲内でないものが追加されないことが要求されるが、前述した分割要件違反の判断における考え方と基本的には異なることがなく、本件特許発明に係る酸性糖タンパク質のような物に関するものの場合、当初明細書に物が確認できる程度に開示されていれば、物の同一性を担保しつつ、その物の物性等を明細書に追加する程度のことは、当初明細書に記載された範囲内の事項と認められ、要旨変更に該当するほどのものではないと言える。
この点を踏まえて、請求人の個々の主張を以下に検討する。

(1)逆相HPLCにおいて単一ピークを示すことを追加した点
本件特許発明に係る酸性糖タンパク質の逆相カラムによるHPLC分析結果について、原出願の当初明細書には記載が存在せず、本件出願の当初明細書の[EPOのHPLC]の項目(明細書第29頁第20行目〜第30頁第9行目)において当該HPLC分析によって「ほぼタンパク質として純粋なEPOが得られたことが確認できた」ことが追加され、平成6年9月5日付け補正書により、「逆相カラムを装置した高速液体クロマトグラフィー分析により単一のピークを示す」という記載が特許請求の範囲及び明細書に追加されている。

しかしながら、一般に、モノクローナル抗体を用いたアフィニティクロマトグラフィーによる精製方法によれば、物理化学的な性質において類似している夾雑物も除去できるところ、前述したように、本件特許発明に係る酸性糖タンパク質は、SDS処理をしたEPOに結合性を有するモノクローナル抗体を用いて精製されたものであるから、高度に精製されたSDS処理EPOであるといえる。
請求人は、甲第15号証に係る本件発明者により作成された論文及び当該論文に関連した甲第16号証に係る実験成績証明書を引用して、本件発明の精製方法で得られたエリスロポエチンは「単一ピーク」を示さないことを主張しているが、本件実施例で用いられた精製方法と甲第15号証のものが同一でないことから、これを試料として用いた甲第16号証の結果を直ちに採用することはできない。
したがって、原出願の当初明細書において精製方法及び比活性の確認により既に得られていることが明らかな(物が確認できる程度に開示されている)高度に精製されたSDS処理EPOに係る性質を補正により追加しても、原明細書に記載されている物を変更しているわけではないから、当該補正は原明細書に記載された範囲内の事項と認められ、要旨変更とはいえない。

(2)逆相HPLCにおけるサンプル量を変更した点
平成6年9月5日付け補正書により、逆相HPLCにおけるサンプル量は「24mg/ml」から1000分の1の「24μg/ml」に補正されている。そして、請求人が甲第23号証を提出して指摘するように、被請求人による関連出願(特願平2-142420号)の審査過程においては、出願当初は本件同様に「24mg/ml」とあったのを、10分の1の「2.4mg/ml」に補正しており、被請求人の対応には一貫性がない。そして、請求人が主張するように、2.4mg/mlの試料を用いた実験成績証明書に係る甲第16号証を参酌すれば、本件のようにサンプル量を1000分の1に補正することによって初めて「単一ピーク」になった可能性も完全には否定できない。
しかしながら、本件特許発明は、酸性糖タンパク質に係るものであって、前述したように、当初明細書に開示されていた物がこの補正によって変更されない限り、要旨変更とはいえない。しかるに、この補正は、特許発明に係る酸性糖タンパク質の特定方法の1つである精製度の測定方法の条件の1つについての誤記を補正するものでしかなく、仮に、請求人の主張が正しくても、当初明細書に得られていた物が変更されるものではないことから、このことをもって発明の要旨が変更されるものとはいえない。

(3)SDS処理工程を必須にした点
本件出願の当初明細書第12頁第10〜18行目には、SDS-EPOモノクローナル抗体を用いてEPOを精製する原料としては、「正常人尿若しくは貧血患者尿又はその各処理物、或は、EPO産生細胞の培養上精液又はEPO産生細胞移植動物の体液、組織抽出液若しくは尿などが挙げられる。例えば、貧血患者尿を濾過、濃縮、脱塩して得た全尿タンパク質又はその含有液が使用される。尿中のプロテアーゼを失活させるため予めフェノール処理又は加熱処理を行ってもよい。また、好ましくはSDS処理を行う。」と記載されており、出願当初、EPOのSDS処理は任意の工程とされていたのに対して、平成6年9月5日付け補正書により、前記「また、好ましくはSDS処理を行う。」を「また、SDS処理を行う。」と必須の工程に補正して特許されている。
しかしながら、特許請求の範囲に記載された発明を「SDS処理によって立体構造が変化したEPO」に特定することに伴って、原出願及び本件出願の当初明細書に精製方法の選択肢として記載されていた一方の事項であって、かつ本件の実施例2及び3として具体的な態様としても記載されていた事項に、詳細な説明の記載も限定したものであって、何ら新たな技術的事項を加えるものではないので、要旨変更とはいえない。

(4)実施例1にSDS処理工程を追加した点
平成6年9月5日付け補正書により、実施例1において抗体吸着カラムにかけられる原料に関して「この試料に2%濃度になるようにSDSを加え、100℃、3分間加熱処理後、外液10LのPBSに対し、1夜透析を行い、遠心後、上清液(原料液)10mlを得た」というSDS処理工程を挿入している。
こうしたSDS処理工程は、実施例2及び3に出願当初から記載されていたSDS処理工程と同一であり、実施例1においても実施例2及び3と同様にその後に、SDS処理をしたEPOに結合性を有するモノクローナル抗体を用いて精製を行う工程が記載されていることを考慮すると、実施例1においてもSDS処理を前提にSDS処理EPOに結合性を有するモノクローナル抗体を用いた精製が行われていると考えるほうがむしろ自然である。
したがって、実施例1において、確認的な意味でSDS処理工程を追加したとしても、要旨変更とはいえない。

よって、要旨変更に係る請求人の主張(無効理由(5)及び(6))はいずれも採用することができない。


5.無効理由(7)(実施可能要件)について
(1)本件発明者及び出願人に係るEPOの不純物について
請求人は、本件発明者及び出願人の文献に係る甲第3、4、18号証等を提出して、本件発明に係る精製方法では、高純度のEPOを得ることができないことを主張している。
しかしながら、甲第4及び18号証については、前記「3.(1) SDS-PAGE法やゲル濾過法による分子量を追加した点」の項目で詳説したように、カラムの口径・長さにおいて本件実施例の精製方法を正確に再現したものとはいえないことから、これらの証拠だけをもって本件発明に係る精製方法では、高純度のEPOが得られないということができない。
また、甲第3号証については、確かに発明者が同一であり、本件発明の精製「方法で得られたEPO標品は、わずかながら不純物質を含有していた」(第2頁右上欄第4〜5行目)ことが記載されてはいるが、この「わずか」の程度が具体的に記載されておらず、この記載だけをもって本件発明に係る精製方法では、高純度のEPOが得られないということはできない。
さらに、甲第3号証において不純物と考えられていた分子量80,000〜120,000の物質については、EPOの会合体であることが確認されている(乙第10及び16号証に係る佐々木隆造博士の陳述書)。
したがって、請求人の提出した証拠及びそれに基づく主張のみからは、本件特許発明が当業者において容易に実施をすることができる程度にその発明の詳細な説明中に記載されていないとはいえない。

(2)ハイブリドーマの寄託について
請求人は、本件特許発明を得るために必要な材料として記載された、SDS処理をしたEPOに結合性を有するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマが容易に入手できないことを主張している。しかしながら、被請求人も上申書で釈明しているように、本件特許明細書に記載された方法に従って容易に作成し得るものと認められる。

(3)原料の範囲について
請求人は、甲第24号証に係る異議申立手続で用いられた甲第25号証及び第26号証を提出して、本件の精製方法がEPO産生細胞の培養上清等には適用できないことを主張している。しかしながら、本件特許発明は酸性糖タンパク質自体に係るものであって、それを得るための精製方法に係るものではない。したがって、本件特許明細書に記載された精製方法がEPO産生細胞の培養上清に適用できるか否か(甲第25及び26号証の真偽)に拘わらず、特許明細書の記載から本件特許発明に係る酸性糖タンパク質が取得できることが明らかであるから、本件特許発明が実施可能でないとすることはできない。


6.無効理由(8)(クレームの不明瞭)について
(1)比活性の上限について
請求人は、特許請求の範囲におけるエリスロポエチン比活性が「少なくとも45,000単位/mgタンパク質以上」と記載され、上限が特定されていないことが不備であることを指摘している。
しかしながら、本件実施例に記載された60,000単位/mgタンパク質よりも比活性の高いEPOが本件の精製方法により取得できないとも言えず、かつ本件特許明細書に開示された精製方法及び出願当時の技術常識から自ずとその上限が決定されることも明らかであることから、この点が記載不備とはいえない。
なお、当該技術分野(IPC C07K)においては、上限を特定しない数値限定を用いたクレームにしばしば特許が付与されている。

(2)その他の記載について
前記「1.本件特許発明の酸性糖タンパク質」の項目で詳細に説明したように、特許請求の範囲に記載されたその他の物性等に関して、発明の詳細な説明及び技術常識と矛盾する記載は認められない。


V. まとめ
以上のとおりであるから、請求人が主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2000-04-24 
結審通知日 2000-05-12 
審決日 2000-05-24 
出願番号 特願平2-36690
審決分類 P 1 112・ 121- Y (C12N)
P 1 112・ 531- Y (C12N)
P 1 112・ 113- Y (C12N)
P 1 112・ 532- Y (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 佐伯 裕子内田 俊生關 政立  
特許庁審判長 田中 倫子
特許庁審判官 田中 久直
田村 明照
登録日 1996-05-17 
登録番号 特許第2519561号(P2519561)
発明の名称 酸性糖タンパク質  
代理人 川口 嘉之  
代理人 品川 澄雄  
代理人 藤野 清也  
代理人 岩崎 光隆  
代理人 青山 葆  
代理人 吉利 靖雄  
代理人 北原 潤一  
代理人 小澤 誠次  
代理人 片山 英二  
代理人 岩田 弘  
代理人 林 康司  
  • この表をプリントする

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ