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審決分類 審判 全部無効 1項1号公知 無効としない H01F
審判 全部無効 2項進歩性 無効としない H01F
審判 全部無効 1項2号公然実施 無効としない H01F
管理番号 1040942
審判番号 審判1999-35048  
総通号数 20 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1988-06-04 
種別 無効の審決 
審判請求日 1999-01-26 
確定日 2001-02-28 
事件の表示 上記当事者間の特許第1693897号発明「巻鉄心」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由
1.手続きの経緯
本件特許第1693897号発明は、昭和61年11月22日に特許出願され(特願昭61-277816号)、平成4年9月17日に設定の登録がなされ、平成11年1月26日に電気鉄芯工業株式会社より無効審判の請求がなされ、平成11年4月27日付けで被請求人北村機電株式会社より無効審判事件答弁書が提出され、平成12年7月8日付けで請求人より口頭審理陳述要領書が提出され、平成12年7月12日に口頭審理が行われた後、平成12年7月19日付け及び平成12年7月31日付けで請求人より、平成12年7月19日付けで被請求人より、それぞれ上申書が提出されたものである。

2.本件発明
本件特許に係る発明の要旨は、願書に添付した明細書及び図面の記載よりみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである。(以下、「本件発明」という。)
「(a) 巻線を巻回するための円筒状のコイルボビンが適用される巻鉄心において、
(b) 該巻鉄心の巻始めおよび巻終り部分の両方もしくは一方の断面形状を楕円形状とし、
(c) 他の部分の断面形状を円形形状とし、
(d) これにより、前記コイルボビンを該巻鉄心に適用した場合に該巻鉄心の楕円形状と前記コイルボビンとの間に空隙ができるようにした
(e) ことを特徴とする巻鉄心。」
なお、分節記号は当審で便宜上付与したものである。

3.当事者の主張

〔3-1〕請求人の主張
(3-1-1) 請求人の主張の概要
請求人電気鉄芯工業株式会社は、平成11年1月26日付け審判請求書、平成12年7月8日付け口頭審理陳述要領書、平成12年7月12日の口頭審理、平成12年7月19日付け及び平成12年7月31日付け上申書において、甲第1号証ないし甲第3号証をもとに、本件発明は、その特許出願前に日本国内において公然実施をされ、かつ公然知られた発明と同一、もしくは当業者がこの発明に基づいて容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第1項第1号ないし第2号又は同条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件発明の特許は同法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきである旨主張し、以下の証拠を証拠方法として提出している。
証拠方法
甲第1号証:事実実験公正証書
甲第2号証:証明書(東静工業株式会社の代表取締役福島二三男)
甲第3号証:東京地裁平成5年(ワ)第15802号特許権にもとづく差止請 求事件判決(平成10年8月28日言渡)
(3-1-2) 請求人の主張の理由の概要
請求人は、本件特許を無効にすべき理由として概略次のように主張する。
(1) 先実施について
甲第1号証には、次の事項が示されている。
イ) 株式会社日立製作所のプリンタ(HT4371-21)に使用されているトランスの巻鉄心に関するものであること。
ロ) 上記トランスの寸法は資料2のとおりであること。
ハ) 上記トランスのコイルボビン、巻鉄心の寸法は資料3、4のとおりであること。
ニ)上記巻鉄心を切断し、各帯材を剥がしてその枚数、厚さを測定し、さらにその切断面から5mmの位置で各帯材の幅を測定した結果は資料5、6のとおりであること。
ホ)この巻鉄心の販売行為が昭和58年8月28日以前になされたこと。
(2) 巻鉄心の断面形状について
この巻鉄心が上記2.「本件発明」における構成要件のうち(a)、(e)を満たす、すなわち巻線を巻回するための円筒状のコイルボビンが適用されるものであり、かつ巻鉄心であることは明らかである。
そこで、この巻鉄心が本件発明における構成要件(b)、(c)、(d)を満たすものであることについて検討する。
甲第1号証(事実実験公正証書)の上記資料4、5に基づいてこの巻鉄心の断面形状を図面にした。
図1:資料4、5をそのまま表したもの(なお、この図において、帯材の厚さは完成した巻鉄心の厚さを枚数76枚で割った0.2916mmを採用し、かつ巻ずれを生じていない状態として作図)
図2:図1にコイルボビンを書き加えたもの
図3:図1に外形を示す円形及び楕円形を書き加えたもの。巻終り側の楕 円断面部分は、1枚目から26枚目であり、円形断面部分は28枚目 から59枚目までであり、巻始めの楕円断面部分は60枚目から76 枚目までである。27枚目は、楕円と円形の中間に位置している。
図4:図3における円形の中心位置と半径、各楕円形の中心位置と長短径 を示したもの。各帯材の角に、半径0.1mmの小円を示している。
図5:図4の上半部を拡大して示したもの。
これらの図について検討すると、上記巻鉄心の27枚目以外は、きわめて良好に円形または各楕円形に合致しており、その誤差は帯材の厚さの半分以下に過ぎない。そして、27枚目は丁度円形と楕円形の中間に位置するから、製造時に必然的に生じる楕円形と円形とに変化する中間部分に対応する。
したがって、この巻鉄心は、巻始め及び巻終わり部分の両方の断面形状を楕円形状とし、他の部分の断面形状を円形形状としたものであるから、本件発明における構成要件(b)、(c)を満たすものである。
また、図2、3を参照すれば、前記形状により、コイルボビンを巻鉄心に適用した場合に巻鉄心の楕円形状とコイルボビンとの間に空隙ができるようになっていることが明らかであるから、本件発明における構成要件(d)を満たすものである。
(3) 以上のように、本件発明のうち、巻始め及び巻終り部分の両方の断面形状を楕円形状としたものについては、本出願前に公然実施もしくは公知となった巻鉄心と同一である。
また、巻始め及び巻終り部分の一方の断面形状を楕円形状としたものは、前記公然実施もしくは公知となった巻鉄心から当業者が容易に想到できたものである。
よって、本件特許は、特許法第29条第1項第1号ないし第2号又は同条第2項に違反しているので、無効とされるべきである。

〔3-2〕被請求人の主張
被請求人は、平成11年4月27日付け審判事件答弁書、平成12年7月12日の口頭審理、及び平成12年7月19日付け上申書において、概略次のように主張する。
(3-2-1) 証拠の成立
請求人が提出した甲第1〜3号証の成立は認める。
(3-2-2)請求人の主張に対して
(1) 請求人が主張する上記(3-1-2)の(1)の理由に対して
本件特許出願前に流通していた商品について
被請求人は、請求人が今回入手して測定した巻鉄心(カットレストランスモデル番号564-135でロット番号808501)が被請求人製造の巻鉄心であるかどうかを明確に判断することはできないが、その可能性が十分にあることは認める。
(2) 請求人が主張する上記(3-1-2)の(2)の理由に対して
請求人が入手した巻鉄心の断面形状について
イ) 請求人が提出した甲第1号証の資料5のデータをコンピュータ処理し、外接円および近似曲線とともに描いたものを図1および図3〜図6に示す。
図1:甲第1号証の資料5の各帯材(全76枚)の幅の測定値から得た巻 鉄心Aの断面形状を外接円とともに長さで約6倍に拡大して示した もの
図2:審判請求書に添付された図5をそのまま写したもの(但し、参照符 号P1〜P4を追加)
図3:巻鉄心の断面形状を示す曲線Cに対して請求人が巻始め部分並びに 巻終り部分に当てはめた楕円D並びに楕円E、および、本来の中心 位置で巻始め部分と巻終り部分との中間部分に当てはめた円(真円 )Fの上半分を長さで約9倍に拡大して示したもの
図4:外接円とともに図3の請求人の当てはめを太線Gで追加して描いた もの
図5:図1に対して被請求人が当てはめた楕円Gを追加して描いたもの
図6:巻鉄心の断面形状を示す曲線Cに対して被請求人が当てはめた楕円 G、および、外接円Bの上半分を長さで約9倍に拡大して示したも の
ロ) 図1に示されるように、請求人が入手した巻鉄心は、昭和58年当時の技術がそのまま反映されており、その断面形状Aは不規則にばらついたものとなっている。図1において、外接円Bは、半径が12.07mmで中心位置がX軸方向に+0.12mmとなる巻鉄心の最外側(半径が最大となる位置)に接する真円である。なお、外接円Bの中心位置がX軸方向に+0.12mmずれているのは、巻始め側の最端および巻終り側の最端における各帯材の幅が一致せず(外側から1枚目の帯材の幅4.60mmと外側から76枚目の帯材の幅6.5mmとが異なる)、帯材の厚さ方向における巻鉄心の断面の中心が外接円の中心とは異なっており、実際の巻鉄心に外接する真円の中心位置を巻始め側にずらす(X軸方向に+0.12mm)必要があったためである。
具体的に、請求人が入手した巻鉄心の断面形状は、巻始め部分と巻終り部分との間の中間部分において、巻始めに近い部分P3がかなりの範囲で窪んでおり、また、巻終わりに近い部分P4がかなりの範囲で出っ張っている。さらに、この巻鉄心の断面形状は、中間部分と巻始め部分との繋がり部分P1は大きく窪んでおり、また、中間部分と巻終り部分との繋がり部分P2も部分P1ほどではないにせよ窪んだ形状となっている。
このように、請求人が入手した巻鉄心は、その断面形状が非常に不規則にばらついたものであり、ある程度の帯材の切り抜き精度を前提とする本件特許発明とは比較の対象になり得ないものである。請求人が入手した巻鉄心は、帯材の切り抜き形状自身が大きくばらついており、その断面形状がある程度の切り抜き精度の下に部分的な制御が行われて製造されたものとは到底考えられない。
ハ) 図2に示すように、請求人は、請求人が入手した巻鉄心の断面形状を半径0.1mmの小円で示し、巻始め部分として長軸の長さが21.40mmで短軸の長さが17.12mmそして中心位置がX軸方向に+2.85mmとなる楕円Dを当てはめ、巻終り部分として長軸の長さが23.02mmで短軸の長さが20.23mmそして中心位置がX軸方向に-1.08mmとなる楕円Eを当てはめている。さらに、請求人は、審判請求書に添付した図3ないし図5において、外形を示す円(巻始め部分と巻終り部分との間の中間部分に当てはめた真円)として、直径が23.96mm(半径が11.98mm)で中心位置がX軸方向に-0.09mm(審判請求書に添付された図4における「主要部分の円の中心」が左側(巻終り側)の直線を指し、「積層の中心」が右側(巻始め側)を指しているものと解する)となる真円を当てはめている。しかし、上記ロ)に示したように、外側から1枚目の帯材の幅4.60mmが外側から76枚目の帯材の幅6.50mmよりも小さく、巻鉄心の断面の中心はX軸方向に+0.12mmの位置であり、少なくとも「主要部分の円の中心」が「積層の中心」よりも巻始め側にこなければならない。
すなわち、請求人が巻鉄心の中間部分に当てはめた主要部分の円の中心位置は、図1の外接円Bの中心位置の説明で述べたX軸方向に+0.12mmの位置ではなく、X軸方向に-0.09mmだけ偏心させた位置としている。
しかし、このような手法により描いた図においても、中間部分の窪み部分P3および出っ張り部分P4は、請求人が当てはめた円からかなりの長さに渡ってずれており、また、中間部分と巻始め部分との繋がり部分P1および中間部分と巻終わり部分との繋がり部分P2も十分に近似されているとはいえない。
ニ) 図3では、巻始め部分と巻終わり部分との間の中間部分に近似する円として、半径が11.98mmで中心位置がX軸方向に+0.12mmとなる真円Fを描いている。
図3から明らかなように、本来、審判請求書に添付された図3に示す巻始め側の楕円断面部分と円形断面部分との繋がり部分に相当するP1は、かなりの長さに渡って楕円Dにも真円Fにも近似されておらず、また、審判請求書に添付された図3に示す巻終わり側の楕円断面部分と円形断面部分との繋がり部分に相当するP2も、巻始めの部分P1程ではないにせよ楕円Eにも真円Fにも近似されていない。これらの部分P1およびP2は、巻始めの楕円断面部分および巻終わりの楕円断面部分から円形断面部分への単なる段差とは到底認められないものである。すなわち、請求人が入手した巻鉄心は、部分P1および部分P2において、本件特許発明の「コイルボビンに対する巻鉄心の占積率を確保しつつ巻始め部分や巻終わり部分で巻回中心位置からのずれが生じてもコイルボビンの内面の引っかかりを防止せんとする巻鉄心」に存在しうる合理的な意味での『単なる段差』(本件特許発明で許容しうる段差)ではなく、コイルボビンに対する巻鉄心の占積率が大幅に低減されてしまうような『単なる段差とは到底認められない段差』が存在するものである。
さらに、審判請求書に添付された図3で請求人が円形断面部分であると主張する範囲においても、図3の部分P3およびP4は、それぞれかなりの長さに渡って真円Fからずれている。
また、図4から明らかなように、請求人が当てはめた曲線(太線)Rは、部分P5において外接円Bから大きくずれており、全く不自然なものである。曲線Rにおける巻始めの楕円断面部分と円形断面部分との間の段差および巻終わりの楕円断面部分と円形断面部分との段差の形状からも、請求人が当てはめた曲線Rは本件特許発明の巻鉄心の断面形状を論じることができるようなものではない。
ホ) 図5に示されるように、請求人が入手した巻鉄心の断面形状は、1つの楕円Gにより近似される。この楕円Gは、長軸の長さが24.01mmで短軸の長さが22.69mmそして中心位置がX軸方向に+0.12mmとなる楕円である。なお、楕円Gの中心位置はX軸方向に+0.12mmとなっている。
ヘ) 図2および図3と図6との比較から明らかなように、請求人が入手した巻鉄心の断面形状は、請求人が主張するような巻始め部分および巻終り部分が楕円形状で中間部分が円形形状とはなっておらず、1つの楕円Gによりほぼ近似することができるものである。
ト) このように、請求人が入手した巻鉄心は、その断面形状がある程度の切り抜き精度の下に制御が行われて製造されたものではなく、また、請求人が巻鉄心の断面に当てはめた円形形状および楕円形形状(当てはめ曲線)は、巻鉄心の中心を本来の位置から大きくずらすとともに不合理な段差を除くことができないものであり、コイルボビンに対する巻鉄心の占積率を確保しつつ巻乱れが生じ易い巻始め部分や巻終り部分の断面形状を楕円とするという本件特許発明の特徴を備えたものではない。あえてその断面形状の当てはめを行うとしても、1つの楕円Gにより近似されるだけのものである。
チ) 以上のように、本件特許発明は、請求人が入手した巻鉄心とは全く異なるものであり、また、当業者といえども請求人が入手した巻鉄心に基づいて容易に発明をすることができたものでもない。

4.当審の判断

〔4-1〕 先実施について
請求人が提出した甲第1号証に示される巻鉄心(以下、「先実施の巻鉄心」という。)が本件特許出願前に公然実施もしくは公知となったことについて、被請求人は、上記(3-2-1)で示したように上記甲第1号証の成立を認め、平成11年4月27日付け審判事件答弁書、平成12年7月12日の口頭審理、及び平成12年7月19日付け上申書において特にこれを争っていないので、この点については当事者間に争いがない。

〔4-2〕 本件発明
本件発明は上記2.「本件発明」において示したとおりのものである。本件の特許査定時の明細書には、次の事項が記載されている。
(i) 「〔産業上の利用分野〕
本発明は円筒状のコイルボビンが適用される変圧器の巻鉄心に関する。」
(公告公報第1欄第11〜13行目を参照。)
(ii)「〔従来の技術〕
円筒状のコイルボビンが適用される変圧器の巻鉄心として、超薄型、小型、軽量等の利点を有する円形断面鉄心が最近用いられるようになった。・・・すなわち、第4図に示す巻鉄心1は幅方向が予め第5図A、Bに示す所定の形状に切り抜かれている磁気特性が優れた帯状材料を型に合わせて巻回して得られ、その断面は円形形状をなしている。この巻鉄心1に対して、予め2つに分割されている円筒状のコイルボビン2が圧接面3において圧接され、このコイルボビン2が巻鉄心1に対して回転させることによりコイルボビン2に巻線を施すようにしてある。」(公告公報第1欄第14行目〜第2欄第1行目を参照。)
(iii)「〔発明が解決しようとする問題点〕
しかしながら、第4図に示す巻鉄心1においては、帯状材料の巻始めおよび巻終り部分は巻回装置または端末処理作業によっては、その巻回中心位置からずれ易く、たとえば、第6図の矢印X、Yに示すごとくずれることがある。この結果、コイルボビン2を圧接して回転すると、コイルボビン2の内面特にその圧接部分が引っかかって巻線の巻回作業が不可能となったり、あるいは、最悪な場合、コイルボビン2の圧接作業が不可能となるという問題点があった。
従って、本発明の目的は、たとえ巻鉄心の巻始めおよび巻終り部分がその巻回中心位置からずれても、コイルボビン2の内面の引っかかりおよびコイルボビン2の圧接不可能を防止できる巻鉄心を提供するにある。」(公告公報第2欄第5〜20行目を参照。)
(iv)「〔問題点を解決するための手段〕
上述の問題点を解決するために本発明は、第1図に示すごとく、巻鉄心の巻始め及び巻終り部分の断面形状を楕円形状とし、他の部分の断面形状を従来のごとく円形形状としたものである。・・・
〔作用〕
上述の手段によれば、コイルボビンの内面の引っかかりおよびコイルボビンの圧接不可能が防止され、この場合、巻鉄心とコイルボビンとの間の空隙は増加するも、その量は最小限である。」(公告公報第2欄第21行目〜第3欄第6行目を参照。)
(v) 「〔発明の効果〕
・・・本発明によれば、たとえ帯状材料の巻始めおよび巻終り部分の両方もしくは一方がその巻回中心位置からずれても、コイルボビンの内面の引っかかりおよびコイルボビンの圧接不可能を防止できる。」(公告公報第4欄第7〜12行目を参照。)
上記記載事項(i)〜(v)によると、本件発明は、従来、円筒状のコイルボビンが適用される巻鉄心として、所定形状に切り抜かれた帯状磁性材料を型に合わせて巻回して得られる円形断面のものが用いられていたところ、帯状材料の巻始め部分及び巻終り部分が巻回中心位置からずれることがあり、コイルボビンの内面が引っかかって巻線の巻回作業が不可能となったり、コイルボビンの圧接作業が不可能となるという問題点を解決するために、巻鉄心の巻始め及び巻終り部分の両方もしくは一方の断面形状を楕円形状とし、他の部分の断面形状を従来のように円形形状としたものであり、これにより、コイルボビンを巻鉄心に適用した場合に巻鉄心の楕円形状とコイルボビンとの間に空隙ができるようにしたものである。

〔4-3〕 先実施の巻鉄心
請求人及び被請求人の主張並びに証拠を総合勘案すると、次の(1)〜(3)の事項が認められる。
(1) 先実施の巻鉄心は、その切断面の一方を構成する76枚の帯材の幅の測定値は請求人が提出した資料5のとおりである。
(2) 従来の巻鉄心は全体として真円に近似する断面形状となるように帯材を巻回して形成していたものであるから、上記(1)の巻鉄心の厚さ方向をX軸、幅方向をY軸とし、巻鉄心の各帯材の中央がX軸に一致するように、すなわち各帯材がすべて巻回中心位置からずれることなく巻回されるものとした場合、巻始め側の最端つまり外側から1枚目の帯材の幅4.60mmが巻終り側の最端つまり外側から76枚目の帯材の幅6.50mmより小さいことより、帯材の厚さ方向における巻鉄心に近似する真円の中心位置は巻始め側つまりX軸方向にずれるものであることは明らかである。そして、被請求人の主張によればこの真円は外接円Bとして表され半径が12.07mmで中心位置がX軸方向に+0.12mmとなる巻鉄心の最外側(半径が最大となる位置)に接する円である。
(3) 請求人が提出した資料5に示されるように、先実施の巻鉄心の帯材の板厚は、外側から10枚目で0.288mm、20枚目で0.286mm、30枚目で0.288mm、そして、40枚目で0.286mmとなっており、先実施の巻鉄心の帯材の板厚が本件出願前に被請求人が使用していた素材の規格値より薄いものであることを考慮すると、先実施の巻鉄心は真円の断面形状を目的として帯材を巻回して形成したものであるが、結果的にその断面形状は上記中心位置を中心とする一つの楕円で近似されるような形状となったものと解することが技術的にみると合理的である。そして、先実施の巻鉄心に近似する真円の中心位置は上記(ii)に示したとおり巻始め側つまりX軸方向にずれるものであり、被請求人の主張によれば上記一つの楕円は上記中心位置を中心とする一つの楕円G(長軸の長さが24.01mm、短軸の長さが22.69mm)である。
なお、先実施の巻鉄心の断面形状に関し、請求人は、資料4、5に基づいて先実施の巻鉄心の断面形状を図1のように表し、図1に外形を示す円形及び楕円形を書き加えて図3を示している。これによると、巻終り側の楕円断面部分は1枚目から26枚目であり、円形断面部分は28枚目から59枚目までであり、巻始めの楕円断面部分は60枚目から76枚目までであり、27枚目は楕円と円形の中間に位置している。請求人はこれらの図について検討し、上記巻鉄心の27枚目以外は、きわめて良好に円形または各楕円形に合致しており、その誤差は帯材の厚さの半分以下に過ぎず、27枚目は丁度円形と楕円形の中間に位置するから、製造時に必然的に生じる楕円形と円形とに変化する中間部分に対応するので、先実施の巻鉄心は、巻始め及び巻終り部分の両方の断面形状を楕円形状とし、他の部分の断面形状を円形形状としたものである旨、また、被請求人が当てはめた楕円形状を図6に表し、この楕円形状が、25、57、60、63、64、65枚目の6点において、半径0.1mmの円から外れていることをもって、請求人が主張する形状の方がより妥当である旨主張する。
しかし、請求人が当てはめた円形プラス楕円の断面形状は、不規則な形状の巻鉄心の断面を分割し単によりよい近似のために複数の曲線を当てはめたものに過ぎず(なお、ある曲線を近似するために、該曲線を複数の部分に分割しそれぞれに単純な曲線を当てはめて近似すること自体は幾何学的な常識である。)、巻鉄心自体の断面の中心を全く考慮していないものである。先実施の巻鉄心は真円の断面形状を目的として帯材を巻回して形成したものであり、巻鉄心の厚さ方向をX軸、幅方向をY軸とし、巻鉄心の各帯材の中央がX軸に一致するように、すなわち各帯材がすべて巻回中心位置からずれることなく巻回されるものとした場合、巻始め側の最端つまり外側から1枚目の帯材の幅4.60mmが巻終り側の最端つまり外側から76枚目の帯材の幅6.50mmより小さいことを考慮すると、帯材の厚さ方向における巻鉄心に近似する真円の中心位置は巻始め側つまりx軸(正)方向にずれるものであることは明らかであるところ、請求人が当てはめた巻鉄心の外形を示す円形形状はその中心位置を巻鉄心自体の中心位置より原点からx軸(負)方向にずらして描かれている。本件発明における構成要件(c)「他の部分の断面形状を円形形状とし」における「他の部分」とは巻鉄心の巻始めおよび巻終り部分の中間部分のことであり、「円形形状」とはこの場合目的とした真円の断面形状のことであることは本件明細書の記載より明らかである。したがって、請求人が当てはめた円形形状である円(直径が23.9mm、中心位置がX軸方向に-0.09mm)を本件発明における「円形形状」を表すものであるとすることはできない。また、被請求人の示す「外接円」とは、巻鉄心製造の際目的とした上記真円を意味するものであることは明らかである。 この真円と先実施の巻鉄心の断面形状とを対比すると、被請求人が提出した答弁書の図1に示されるように、巻始め部分と巻終り部分との間の中間部分において、巻始めに近い部分P3がかなりの範囲で窪んでおり、また、巻終わりに近い部分P4がかなりの範囲で出っ張っている。さらに、この巻鉄心の断面形状は、中間部分と巻始め部分との繋がり部分P1は大きく窪んでおり、また、中間部分と巻終わり部分との繋がり部分P2も部分P1ほどではないにせよ窪んだ形状となっている。さらに、答弁書の図3から明らかなように、審判請求書に添付された図3に示す巻始め側の楕円断面部分と円形断面部分との繋がり部分に相当するP1は、かなりの長さに渡って楕円Dにも真円Fにも近似されておらず、また、審判請求書に添付された図3に示す巻終わり側の楕円断面部分と円形断面部分との繋がり部分に相当するP2も、巻始めの部分P1程ではないにせよ楕円Eにも真円Fにも近似されていない。
そして、これらの部分P1およびP2は、巻始めの楕円断面部分および巻終わりの楕円断面部分と円形断面部分は明らかに大きくずれており、単なる段差とは到底認められないものである。すなわち、先実施の巻鉄心は、部分P1および部分P2において、本件特許発明の「コイルボビンに対する巻鉄心の占積率を確保しつつ巻始め部分や巻終わり部分で巻回中心位置からのずれが生じてもコイルボビンの内面の引っかかりを防止せんとする巻鉄心」に存在しうる合理的な意味での『単なる段差』(本件発明で許容しうる段差)ではなく、コイルボビンに対する巻鉄心の占積率が大幅に低減されてしまうような『単なる段差とは到底認められない段差』が存在するものである。
さらに、審判請求書に添付された図3で請求人が円形断面部分であると主張する範囲においても、図3の部分P3およびP4は、それぞれかなりの長さに渡って真円Fからずれている。
また、答弁書の図4から明らかなように、請求人が当てはめた曲線(太線)Rは、部分P5において外接円Bから大きくずれている。曲線Rにおける巻始めの楕円断面部分と円形断面部分との間の段差および巻終りの楕円断面部分と円形断面部分との段差の形状からも、請求人が当てはめた曲線Rは本件特許発明の巻鉄心の断面形状とは異なるものである。

〔4-4〕 本件発明は特許法第29条第1項第1号及び第2号に該当するとの 主張について
先実施の巻鉄心が上記2.「本件発明」における構成要件のうち(a)、(e)を満たす、すなわち巻線を巻回するための円筒状のコイルボビンが適用されるものであり、かつ巻鉄心であることは明らかである。
そこで、この巻鉄心が本件発明における構成要件(b)、(c)、(d)を満たすものであるかどうかについて検討する。
先実施の巻鉄心は、上記〔4-3〕に示したように帯材の厚さ方向における巻鉄心に近似する真円の中心位置が巻始め側つまりx軸方向にずれるものであり、その断面形状は上記中心位置を中心とする一つの楕円で近似されるような形状であるから、該巻鉄心の巻始め及び巻終り部分の両方の断面形状は楕円形状であるといえるが他の部分の形状も楕円形状であるから、他の部分の断面形状を円形形状とする本件発明の構成要件(c)を備えるものであるということはできない。
したがって、本件発明は、特許法第29条第1項第1号及び第2号に該当するとすることはできない。

〔4-5〕 本件発明は特許法第29条第2項に該当するとの主張について
先実施の巻鉄心が上記2.「本件発明」における構成要件のうち(a)、(e)を満たす、すなわち巻線を巻回するための円筒状のコイルボビンが適用されるものであり、かつ巻鉄心であることは明らかである。
先実施の巻鉄心は、上記〔4-3〕(3)に示したように、真円の断面形状を目的として帯材を巻回して形成したものであるが、結果的にその断面形状は上記中心位置を中心とする一つの楕円で近似されるような形状となったものと解されるので、本件発明における構成要件(b)、(d)を備えるものであるといえるが、本件発明における構成要件(c)を備えていない点で相違する。
そこで、検討する。先実施の巻鉄心は帯材の厚さ方向における巻鉄心に近似する真円の中心位置が巻始め側にずれ、その断面形状は上記中心位置を中心とする一つの楕円で近似されるような形状を示すのみで、円筒状のコイルボビンを巻鉄心に適用した場合、コイルボビンの内面が引っかかって巻線の巻回作業が不可能となったり、コイルボビンの圧接作業が不可能となるという従来技術の問題点を解決するために、巻鉄心の巻始め及び巻終り部分の両方もしくは一方の断面形状を楕円形状とし、他の部分の断面形状を従来のように円形形状とすることにより、コイルボビンを巻鉄心に適用した場合に巻鉄心の楕円形状とコイルボビンとの間に空隙ができるようにするという本件発明の技術思想まで示唆するものとは到底いうことができず、また、この点を当業者が容易に想到できたものとする技術的根拠も見出せない。したがって、本件発明における構成要件(c)を先実施の巻鉄心の発明に基づいて当業者が容易に想到できたものとすることはできない。
よって、本件発明は、特許法第29条第2項に該当するとすることはできない。

5.むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件発明についての特許を無効とすることはできない。
また、審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2000-12-12 
結審通知日 2000-12-22 
審決日 2001-01-12 
出願番号 特願昭61-277816
審決分類 P 1 112・ 111- Y (H01F)
P 1 112・ 112- Y (H01F)
P 1 112・ 121- Y (H01F)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 吉村 宅衛  
特許庁審判長 片岡 栄一
特許庁審判官 田口 英雄
下野 和行
登録日 1992-09-17 
登録番号 特許第1693897号(P1693897)
発明の名称 巻鉄心  
代理人 土屋 繁  
代理人 西山 雅也  
代理人 寺田 正美  
代理人 石田 敬  
代理人 戸田 利雄  
代理人 樋口 外治  
代理人 寺田 正  

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