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審決分類 審判 全部無効 特36 条4項詳細な説明の記載不備 無効としない F16J
審判 全部無効 2項進歩性 無効としない F16J
管理番号 1046339
審判番号 無効2000-35665  
総通号数 23 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1994-02-18 
種別 無効の審決 
審判請求日 2000-12-11 
確定日 2001-10-05 
事件の表示 上記当事者間の特許第2055326号発明「軸封装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯
本件特許2055326号の発明(以下、「本件特許発明」という。)についての出願は、平成4年2月26日に特許出願(特願平4-39621号)に係り、平成7年7月26日に出願公告(特公平7-69018号)がされた後、平成8年5月23日にその特許の設定の登録がされた。
これに対し、平成12年12月11日に、請求人:イーグル工業株式会社より特許の無効審判の請求がされ、平成13年4月6日付けで、被請求人:日本ピラー工業株式会社より答弁書が提出された。
その後、当審において、平成13年5月15日付けで両当事者に対して審尋を行い、平成13年6月14日付けで請求人及び被請求人の両者から審尋に対する回答書が提出され、平成13年6月14日には口頭審理が行われ、この際、平成13年6月14日付けで請求人から口頭審理陳述要領書が提出されたものである。

2. 請求人の主張
(1)請求人は、平成12年12月11日付け審判請求書において、証拠として以下に示す甲第1号証ないし甲第12号証を提示し、
本件特許発明は、甲第1号証から甲第12号証に記載された周知な発明に基づいて容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規程により特許を受けることができないものである(詳細は、「(第29条第2項違反)において(その1)ないし(その5)」として後記。)、と共に、
本件特許明細書の発明の詳細な説明には記載不備があり、その発明の属する技術分野における通常の知識を有するもの(以下、「当業者」という。)がその実施をすることができる程度に明確且つ十分に記載されているとはいえず、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないものである(詳細は、「(記載要件違反)」として後記。)から、
本件特許発明は、平成5年法改正前の特許法第123条第1項第1号あるいは同第3号の規定により、無効とすべきである、
と請求人は、主張している。

(第29条第2項違反)

請求人が主張する本件特許発明の特許法第29条第2項に係る特許要件違反は、以下に示す「その1」ないし「その5」のものである。

(その1)
本件特許発明は、本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定された以下のものである。

特許請求の範囲
「A.シールケーシング(5)及びこれを洞貫する回転軸(16)の一方に第1密封環(12,22)を固定保持すると共に他方に第1密封環(12,22)へと押圧附勢させた第2密封環(13,23)を軸線方向摺動可能に保持させてなる2組のメカニカルシール(11,21)により、
B.両メカニカルシール(11,21)間に形成されたパージ流体領域(C)を介して、被密封流体領域(A)と大気領域(B)とを遮蔽シールするように構成された軸封装置において、
C.被密封流体領域(A)側の第1メカニカルシール(11)を第2密封環(13,23)に被密封流体領域(A)の流体圧力が背圧として作用する接触型シールに構成すると共に、
D.大気領域(B)側の第2メカニカルシール(21)を、第2密封環(13,23)にパージ流体領域(C)の流体圧力が背圧として作用する非接触型シールに構成し、
E.且つパージ流体領域(C)に被密封流体より低圧の窒素ガス等のパージガス(G)を注入させた
F.ことを特徴とする軸封装置。」

そして、本件特許発明は、その構成要件により、「高圧条件下や液体アンモニア等の揮発性流体ないし低沸点流体に対しても、良好且つ安定したシール機能を発揮しうる信頼性の高い軸封装置を提供することができる。しかも、パージ流体の循環を行うための周辺機器を必要とせず、装置構造を簡素化することができる。」という効果を奏すると記載されている。

なお、以下、本件特許発明の構成要素は、AないしFの分説記号をもって特定する。

そこで、本件特許発明と、甲第1号証に記載された図2のタンデムシールとを対比すると、両者は、各構成要素A+B+C+(D-m)+(E-t)+Fを有する点で一致し【但し、m=「動圧発生溝」であり、t=「窒素ガス等」である。】、
他方、
(イ)本件特許発明の構成要素Dに記載の「非接触型シール」が、甲第1号証の図2に示すタンデムシールでは「接触型シール」に構成された点と、
(ロ)本件特許発明の構成要素Eに記載の「窒素ガス等のパージガス」が、甲第1号証の図2に示すタンデムシールでは「パージ流体」に構成された点で、両者は相違している。

そこで、これら(イ)、(ロ)の相違点について検討する。

甲第1号証の図面には、図1から図4のタンデムシールが多数記載されており、設計的事項としてチャンバS内におけるパージ流体の圧力状態を各種変更した実施例や、必要に応じて接触型シール及び非接触型シール(R、S)を簡単に被密封流体型又は大気側に目的に応じて任意に置換できることが説明されている。
そして、この図2と図4は、本件特許発明と同様に昔からタンデムシール(各流体を密封環の背圧として作用するように密封環を配列したタイプ)と呼ばれているものである。
甲第1号証の図2は、本件特許発明の構成要素に対応する分説記号を用いれば、A+B+C+(D-m)+E+Fとなり、又、同号証の図4は、A+B+C+D+E+Fとなる。
そこで、甲第1号証の図2(又は図4)におけるタンデムシールA+B+C+(D-m)+E+Fの接触型シール(D-m)に、同じタンデムシールである従来技術を記載する甲第2号証の図11、又は甲第3号証の図1、又は甲第4号証のタンデムシールの写真図、又は甲第6号証の図3、又は甲第7号証の図1の各構成要素A+B+(C+m)+D+E+Fにおける構成要素Dを置換することは簡単なことであり、本件特許発明は、これらの文献に記載される事項に基づいて容易に発明をすることができたものである。
(審判請求書第34頁第9行〜第36頁第17行及び平成13年6月14日付け回答書第2頁第20行〜第3頁第27行参照。)

(その2)
本件特許発明と、甲第2号証、甲第3号証、甲第4号証、甲第6号証、又は甲第7号証に記載のタンデムシールは、各構成要素がA+B+(C+m)+D+E+Fから構成されている点で一致している(但し、mはCに付加した「動圧発生溝」の技術である。)。
他方、(イ)本件特許発明の構成要素Cに記載されている被密封流体側の第1メカニカルシールが「接触型シール」であるのに対し、甲第2号証、甲第3号証、甲第6号証及び甲第7号証に記載されたものでは、「非接触型シール」である点で相違している。

そこで、(イ)の相違点について検討する。

甲第2号証、甲第3号証、(甲第4号証)、甲第6号証及び甲第7号証に記載された発明は、いずれも、被密封流体側の第1非接触型シールに有する螺旋溝(動圧発生溝)の深さ寸法が浅く形成されている。
一方、大気側の第2非接触型シールに有する螺旋溝の深さ寸法は、第1非接触型シールに有する螺旋溝の深さ寸法よりも深く形成することが発明とされている。
つまり、本件特許発明の被密封流体側から接触型シール+非接触型シールと二個配列されたタンデムシールの構成は、上記甲各号証に開示されたタンデムシールにおいて、被密封流体側の非接触型シールに有する螺旋溝の深さ寸法を浅くした構成と実質的に同一である(甲第9号証における「溝あり」と、「溝なし」の漏れ量を参照すると、両者に差がないことが認められる。)から、同甲各号証のタンデムシールは、本件特許発明と同じ配列である接触型シール+非接触型シールに構成されたものと実質的に同一となる。
なお、甲第3号証及び甲第7号証には、被密封流体側の非接触型シールの螺旋溝は、「シールされた流体の剪断熱(shear heating)を創出する」と記載されているように、本件特許発明における被密封流体と同一な揮発性流体や、低沸点流体のために用いるものであって、実質的には接触型シールに属するものである。
したがって、甲第3号証及び甲第7号証には、実質的に本件特許発明の構成要素と同一のA+B+C+D+E+Fの構成要素が開示されているのであり、同甲各号証には、本件特許発明と同一の実施態様が記載されている。

さらに、(1)甲第9号証に開示されているように、最近の研究では、接触型シールと非接触型シールとにより機能の区別が生じるのではなく、シール効果を目的とするシール面に配置される平面的な溝の形状によって奏するシール効果が異なるのであって、接触型シールと非接触型シールとの間には区別がないことが実験上認められるのである。
さらに又、(2)接触型シールから非接触型シールに改良開発された歴史的経過は、接触型シールが開発された後に、接触型シールに螺旋溝の技術を付加して非接触型シールが開発されたものであり、非接触型シールとは、接触型シールに螺旋溝(動圧発生溝)の技術を付加したものといえるのである。

なお、接触型シールと、非接触型シールとは、名称が異なるとしても、接触型シールに比べて高速回転時のみに摺動面に形成された溝の巻き込む流体によって微少な間隙が生じることから非接触型シールと呼んでいるに過ぎない。
よって、接触型シールであっても、回転時に摺動面(シール面間)に流体が介在すれば隙間が生じるので、実質的に、接触型シールでも非接触型シールに機能変化するのである。
そして、回転軸が停止時又は低回転時には、接触型シールも非接触型シールも摺動面が密接しているので、同一機能を有しており、何ら相違するものとはいえない。

してみると、上記(1)、(2)の観点からみて、被密封流体側の非接触型シールを接触型シールに置換することは、当業者が必要に応じて選択する設計変更的な技術事項に属するのであり、本件特許発明は、前記甲各号証に記載される被密封流体側の非接触型シールを接触型シールに単に置換することで容易に推考できたものである。

また、前記甲各号証に記載されたものは、液化軽炭素化水素、高蒸気圧流体等の被密封流体を用途するものであって、同じ流体を用途とする甲第4号証に記載のタンデムシールと応用技術分野が同一であり、甲第4号証に記載の窒素ガス等のパージガスと甲各号証記載のタンデムシールの構成とを組み合わせることは、当業者であれば容易になし得たことである。
(審判請求書第36頁第24行〜第38頁第26行及び平成13年6月14日付け回答書第3頁第28行〜第5頁第8行参照。)

(その3)
本件特許発明と、甲第2号証、甲第3号証、甲第4号証、甲第6号証、又は甲第7号証に記載のタンデムシールは、各構成要素がA+B+(C+m)+D+E+Fから構成されている点で一致している(但し、mはCに付加した「動圧発生溝」の技術である。)。
他方、(イ)本件特許発明の構成要素Cに記載されている被密封流体側の第1メカニカルシールが「接触型シール」であるのに対し、甲第2号証、甲第3号証、甲第6号証及び甲第7号証に記載されたものでは、「非接触型シール」である点で相違している。

そこで、(イ)の相違点について検討する。

非接触型シールは、前述したように、接触型シールから非接触型シールに改良開発された歴史的経過があり、先に開発されて存在していた接触型シールに対して、螺線溝(動圧発生溝)の技術を付加されたものである。
そして、前記甲各号証には、構成要素(C)と動圧発生溝(m)との二つの技術が開示されている。
してみるに、前記甲各号証においては、構成要素C+mに明らかなように、本件特許発明の構成要素Cを開示している以上、被密封流体側の接触型シールの技術に倣って、解決する課題の共通する甲第1号証の図2又は図4に示される被密封流体側の接触型シールを、前記甲各号証に記載される非接触型シールに置換することは、当業者であれば容易になし得た程度のことである。
更に、甲第3号証に、「各シールモジュールは、・・・それらのうちの一つ(一方のシールモジュール)は螺線ポンプ溝を有している。」と記載されているように、タンデムシールの一方を非接触型シールにすると共に、他方を接触型シールにすることは周知技術である。
なお、甲第3号証には、3個のモジュールシールが下流側シールモジュールは補助的に設けるとの記載、或いは当該図1では下流側シールを削除したシール・システム装置にしてもよいとの記載があることからして、当該甲第3号証においても、シール2個を組み合わせたタンデムシールの技術が開示されているといえる。

また、窒素ガス等のパージガスの要件については、前記甲各号証からも読みとれるが、甲第4号証には明記されており、本件特許発明の構成要素Eは、これらのものに開示されているといえる。

従って、本件特許は上記の各号証から極めて容易に案出できたものです。
(審判請求書第38頁第27行〜第40頁第6行及び平成13年6月14日付け回答書第5頁第12行〜第6頁第12行参照。)

(その4)
「その4」の無効理由については、甲第1号証の図4に示すタンデムシールを判断の基本とする。
この図4のタンデムシールは、各構成要素がA+B+C+D+E+Fに構成されているので、本件特許の構成要件A+B+C+D+E+Fと同一構成のものであり、
同号証の図4では、大気側気体シールの回転リング(R)は、図5と同様に周面に沿って等配にバイアス32が設けられて摺動面を押圧しているものである。
この図4ではバイアス32の見えない部分を断面にしたに過ぎない。
そして、審判請求書の第10頁(1-9)項の欄に記載したように、この大気側シールは「ガスシール」であり、このことは、この製品を製作しているBorg-Waner社の技術カタログを確認すれば明白である。
なお、この大気側のシールが一般に非接触型シールであることをより明確に示すために、甲第10号証の第4図、甲第11号証の第4図及び甲第12号証の第4図を提示した。
尚、甲第1号証の図4において、チャンバC内の圧力が低いのは、図示省略のドレン用のタップが大気開放されているためで、このドレン用の通孔を容器に連通すれば、本件特許と同一になるものであり、このタップはタンデムシールとしては付加的事項であるから、この同号証の図4に示すタンデムシールにより本件特許の請求項1の構成要件はきわめて容易に案出されたものといえるのである。
(審判請求書第40頁第7行〜第42頁第4行及び平成13年6月14日付け回答書第6頁第13行〜第7頁第8行参照。)

(その5)
「その5」の無効理由については、甲第1号許の図5を判断の基本とする。
甲第1号証の図5に示すタンデムシールの構成はA+B+C+m+D-m+E′+Fである。
そして、甲第1号証の図4又は甲第8号証の図1に示すタンデムシールの構成は被密封流体側の第1メカニカルシールが接触型シールであって、2段目の第2メカニカルシールが非接触型シールに配置されているのであり、この各号証の記載内容から、このメカニカルシールをどのように配置するかは、被密封流体のシール目的に応じて設計する際に、自由に選択される事項であることが分かる。
なお、甲第8号証に示すタンデムシールは、図示右側の海水側が被密封流体と説明されているので、機外面封じ14が本件特許の第1メカニカルシール11に相当するわけであり、甲第1号証の図4については「その4」において説明した通り、本件特許のメカニカルシール11,21の配置と同一となる。
してみると、甲第1号証の図5に示すタンデムシールのC+m+D-mの構成を甲第1号証の図4のタンデムシールにおける各シールの配置又は甲第8号証に於ける図1のタンデムシールに於けるC+Dの配列構成を参考にしながら、目的に応じ本件特許の請求項1に係わる構成要件と同じC+D(+m-m=0)に配置替えすることは容易に成し得ることである。
したがって、本件特許発明は、甲第1号証の図5を基にして、同号証の図4及び甲第8号証の図1から容易になし得たものである。
(審判請求書第42頁第5行〜第43頁第28行及び平成13年6月14日付け回答書第7頁第9行〜第8頁第5行参照。)

(へ) 本件特許のシールの組合せについて
本件特許発明の各シールの組合せ(システム)は、甲第1号証の図1から図5、特に図4、甲第2号証の図11、甲第3号証の図1、甲第4号証のタンデムシールの写真図、甲第6号証の図3、甲第7号証の図1、甲第8号証の図1、3、5にシステムとして開示されている。
このように多くの例の組合せが存在しており、また、以下の(記載要件違反)で指摘するように、本件特許発明が奏する発明の効果は、本件特許発明の構成要素とは無関係に記載されていることからしても、シールの組合せに進歩性があるものとはいえない。
(平成13年6月14日付け回答書第8頁第6行〜第16行参照。)

なお、請求人は、平成13年6月14日に行った口頭審理において、前記「その1」ないし「その5」は、提示された甲各号証の内で基本となる該当甲号証を中心とした場合には、後記の「5.当審の判断」における「(3)請求人の主張する特許法第29条第2項に係る無効理由についての当審の判断」に記載する平成13年6月14日に行われた口頭審理において再構成された無効理由(1)及び(2)に集約されることについて同意しており、又、被請求人もこれに同意している(平成13年6月14日実施の口頭審理調書参照。)。

(記載要件違反)

本件特許明細書の段落番号〔0025〕の〔発明の効果〕には、
マル1「本発明によれば、高圧条件下や液体アンモニア等の揮発性流体ないし低沸点流体に対しても、良好且つ安定したシール機能を発揮しうる信頼性の高い軸封装置を提供することができる。」
マル2「しかも、パージ流体の循環を行うための周辺機器を必要とせず装置構造を簡素化することができる。」と記載されているが、上記マル1の発明の効果が、本件請求項1のどの構成要素から生起するのか全く不明である。

つまり、「液体アンモニア等・・・シール能力を発揮しうる」というこの第1メカニカルシール11の接触型シールは、本件請求項1にこの被密封流体としての液体アンモニアの記載がされずに効果のみにおいて強調されている。
また、周知技術の接触型シールは、本件請求項1に記載の特許発明の構成要件と同じく構成されて、通常の液体アンモニアの圧力下では今までに多用されており、多用されている接触型シールが通常使用の液体アンモニアと協働するシール効果は、従来より優れた何たる効果も生起するものとはいえない。例えば、甲第7号証に、上流シールモジュールに設けられた特定のらせん溝の形状が高蒸気圧流体(アンモニアと類似)との作用効果で詳細な記載がある。
本件請求項1に係る発明においては、動圧発生溝としか記載されておらず発明の効果とどのように関連するかが不明である。
また、パージガスを「窒素ガス等の」と修飾しているものの、窒素ガスを選択する上で関連する筈の被密封流体が特定されていないのであるから、パージガスのみを特定することに何の意味もないこととなる。

更に、マル2に記載された効果も、何故をこのような効果が起きるのかが、本件請求項1の構成要件では、単にパージ流体領域に低圧のガスを充填するとされるのみで、それ以外は不明であり、詳細な説明においても、段落番号〔0016〕に「端面にスパイラル形状等の動圧発生溝22aを形成して、」なる簡単な記載がある以外、具体的な説明が記載されておらず、パージガスの循環装置が何故に不要となるのかが明かでない。
甲第9号証に記載されるように、動圧発生溝は、その各種形状の構成により種々の機能が生じるものであるが、本件請求項1の構成要件及び詳細な説明のいずれにも、この動圧発生溝によりどのような機能を備えるのか具体的記載があるものとはいえない。

したがって、その発明の属する技術分野に於ける通常の知識を有するものが発明を容易に理解し、その発明を実施することができる程度に明確且つ十分に記載されているものとはいえない。
(審判請求書第43頁第29行〜第45頁第13行参照。)

(2)請求人が提示した証拠方法
甲第1号証: 米国特許第4,290,611号
甲第2号証: 米国特許第5,039,113号
甲第3号証: 特開平3-153967号公報
(米国特許第5,217,233号)
甲第4号証: 社団法人 日本産業機械工業会 発行人
「産業機械」(第494号 平成3年11月号)
平成3年11月20日発行
甲第5号証: 特公平1-22509号公報
甲第6号証: 米国特許第5,058,905号
甲第7号証: 米国特許第4,889,348号
甲第8号証: 米国特許第3,894,741号
甲第9号証: 特公昭61-14388号公報
甲第10号証: 実願昭63-125654号(実開平2-47476号)
のマイクロフィルム
甲第11号証: 実願昭63-117866号(実開平2-40163号)
のマイクロフィルム
甲第12号証: 実願平2-17275号(実開平3-108972号)
のマイクロフィルム
なお、甲第6号証と甲第7号証の記載は、審判請求書における表記と異なるが、上記のものとすることで、両当事者間で争いはない(平成13年6月14日実施の口頭審理調書参照。)。

3.被請求人の主張
被請求人の主張は、平成13年4月6日付け被請求人答弁書及び平成13年6月14日付け回答書における主張を参酌するに、本件特許明細書に係る記載不備はなく、請求人が主張する新規性進歩性がないとする主張は理由がないものであるから、「本件審判請求は成り立たない、審判請求費用は請求人の負担とする、との審決を求める。」というものである。
被請求人の主張の詳細は、以下のとおりである。

(1)甲各号証の記載内容について
(甲第1号証について)
甲第1号証の図1に示されたものは、二組の接触型シール間に被密封流体より高圧の緩衝流体を充満させることによりシールするように構成されたダブルシールであり、本件特許発明が特に提案する構成要素CないしEをすべて具備しない(構成要素Cについては、被密封流体が第2密封環に背圧として作用しない構成である点、構成要素Eについては、緩衝流体が被密封流体より高圧である点。)ものである。

甲第1号証の図2に示されたものは、二組の接触型シールにより高圧側(被密封流体側)から低圧側(大気側)へと段階的に減圧させつつシールするように構成されたタンデムシールであり、本件特許発明の構成要素D、Eの構成を具備しないものである。

甲第1号証の図3に示されたものは、被密封流体側の非接触型シールと大気側の接触型シールとの間に被密封流体より高圧の油を充満させたものであり、本件特許発明の構成要素CないしDをすべて具備しない(構成要素Eについては、両シール間にガスを充満させない点、充満流体(油)が被密封流体より高圧である点)ものである。

甲第1号証の図4に示されたものは、被密封流体側に接触型シールを配設すると共に、大気側にメカニカルシールでないか或いはメカニカルシールであるとしても接触型シールと推察されるガスシールを配設したものであり、本件特許発明の構成要素CないしEをすべて具備しないものである。

甲第1号証の図5に示されたものは、被密封流体側の非接触型シールと大気側の接触型シールとの間に、被密封流体より低圧の液体を充満させるようにしたものであり、本件特許発明の構成要素CないしEをすべて具備しないものである。
特に、前記構成要素Eについては、甲第1号証における図5についての説明(請求人により翻訳文の第5頁参照。)において「シール16は・・・緩衝チャンバからシールの上流高圧側に流体をポンピングする。以下に示すように、このポンピング作用は、シール面を潤滑し・・・」とあるところからして、緩衝チャンバ内の流体が液体(ガスであれば潤滑効果は発揮されない)であることは明らかであり、パージ流体としてガスを使用する構成要素Eとは明らかに異なる。

甲第2号証の図11に示されたものは、基本的に甲第1号証の図2に示されたものと同様のものであり、同一タイプのメカニカルシール(甲第1号証の図2に示されたものと異なって非接触型シールである)により高圧側(被密封流体側)から低圧側(大気側)へと段階的に減圧させつつシールするように構成されたタンデムシールであり、構成要素C及びEを具備しないものである。
なお、甲第2号証における図11についての説明(請求人による翻訳文の第13頁参照)において「シール間に緩衝ガスを注入してもよい」旨の示唆があるが、緩衝ガスを被密封流体より高圧とするか低圧とするかの言及はなく、構成要素Eを示唆するものとはいえない。

甲第3号証には、図1に示される如く、三組の非接触型シールにより高圧側(被密封流体側)から低圧側(大気側)へと段階的に減圧させつつシールするように構成されたトリプルシールが開示されており、これを二組の非接触型シールによるタンデムシールとして構成することができる旨が示唆されている。
しかし、このようなタンデムシールとして構成したものは、基本的に甲第2号証の図11に示されたものと同様に、構成要素C及びEを具備しないものである。
また、かかる点は、甲第4号証の第53頁にタンデムシールとして図示(写真)されたもの、甲第6号証の図3に示されたもの及び甲第7号証の図1に示されたものについても同様である。

甲第8号証の図1に示されたものは、高圧流体側(油)の非接触型シールと低圧流体側(水)の接触型シールとの間に高圧流体と低圧流体との中間圧の油を充満させるようにしたものであり、構成要素CないしEのすべてを具備しないものである。

また、甲第5号証、甲第6号証の図1及び甲第9号証ないし甲第12号証に示されたものは、シングルシールによる軸封装置であり、構成要素CないしEは勿論、本件特許発明の前提要件である構成要素A及びBをも具備しないものである。
(平成13年6月14日被請求人回答書第2頁第15行〜第5頁第21行)

(「その1」に対する反論)
甲第1号証の図2、甲第2号証の図11、甲第3号証の図1、甲第4号証のタンデムシールの写真図及び甲第7号証の図1に示されたものは、何れも、同一タイプの二組のメカニカルシール(二組の接触型シール又は二組の非接触型シール)により高圧側から低圧側へと段階的に減圧させることによりシールするように構成されたタンデムシールである。
そして、これらのタンデムシールは、二組のメカニカルシールを同一タイプのものとすることによって、所定のシール機能を発揮するように構成されたものであり、シール条件に応じて二組のメカニカルシールを接触型シールとするか非接触型シールとするかの選択を行うことはあっても、二組のメカニカルシールを異なるタイプのものに構成しておくことはあり得ない。
仮に、この種のタンデムシールにおいて、二組のメカニカルシールをタイプの異なるものとした場合、高圧側から低圧側への段階的に減圧させるというシール形態が成立しなくなり、前記甲各号証に開示された発明が成立しないこととなる。

なお、甲第1号証の図4に示されたものについては、ガスシールと称せられる大気側シールがメカニカルシールを構成しないものである場合及び接触型のものである場合の何れにおいても、両シール間を大気圧に保持するようなシール形態をとるものであるから、高圧側から低圧側へと段階的に減圧させるシール形態をとる前記甲各号証に示されたタンデムシールとは異質なものであり、当該ガスシールに対して、かかるタンデムシールに係る技術を適用する余地はないものである。
(平成13年6月14日被請求人回答書第5頁第22行〜第7頁第3行)

(「その2」ないし「その5」に対する反論)
甲第1号証の図1に示されたダブルシールは、本件特許明細書に従来技術として記載されたものであり、本件特許発明は当該ダブルシールにおける問題点を解決することを目的として提案されたものである。
すなわち、当該ダブルシールでは、パージ流体領域(チャンバC)に被密封流体より高圧のパージ液が充満しており、その液圧が各接触型シールの第2密封環(軸線方向に摺動可能なリングR)に背圧として作用することになる。
したがって、被密封流体が固形成分を含むスラリ等であるときにも、そのシールを確実に行い得て、漏れを許容する非接触型シールを使用した場合のように固形成分が非接触状態にある密封環間に侵入、堆積してシール機能が損なわれるようなことがない。
しかし、当該ダブルシールは、このような利点がある反面、次のような欠点を有するものである。例えば、被密封流体が液体アンモニアのような揮発性流体、低沸点流体である場合には、その気化、蒸発を防止するために被密封流体領域が高圧に保持されるが、このような高圧条件下においては、パージ液による背圧が必要以上に高くなり、特に大気側の第2メカニカルシールにおける密封環の接触面圧が異常に高くなる。さらに、密封流体領域が圧力変動するような条件下では、パージ液圧をかかる圧力変動を考慮して設定しておく必要があり(予測される圧力変動の上限値を基準としてパージ液圧を設定しておく必要があり)、パージ液圧を必要以上に高く設定しておかざるを得ない(けだし、パージ液圧が被密封流体圧より低くなると、両密封環の適正な接触状態を維持できず、スプリング(バイヤスB)力を必要以上に高くしなければならなくなるからである)ところから、上記接触面圧は更に上昇することになる。
したがって、各接触型シールにおける異常発熱による流体潤滑膜の破壊等によるシール機能の低下、喪失が生じる虞れがあり、且つ軸封装置全体の負荷も極めて高くなる。また、パージ流体として油等の液体を使用することから、その冷却を行うためのパージ流体循環機器を必要とし、装置構造が徒に複雑化する。
本件特許発明は、当該ダブルシールにおける上記したような利点を担保しつつ、その欠点を排除すべく、特に構成要素CないしEのように構成しておくことを提案するものである。
すなわち、構成要素Cのように構成しておくことにより、構成要素Eのように構成しても(パージ流体を被密封流体より低圧としても)、被密封流体側の第1メカニカルシールにおける密封環の適正な接触圧が確保でき、当該ダブルシールの利点を担保することができる。
さらに、構成要素D、Eのように構成することにより、高圧条件下においても、第2メカニカルシールの第2密封環に背圧として作用するパージ流体圧が被密封流体より低圧であることから、第2メカニカルシールにおける密封環の接触圧を適正に維持し得て、良好なシール機能を発揮させることができる。しかも、第2メカニカルシールが構成要素Dのように非接触型シールであることとも相まって、装置全体による負荷を当該ダブルシールに比して大幅に低減させることができる。さらに、パージ流体としてガスを使用していることから、油等の液体を使用する場合のような冷却のための循環機器を必要とせず、装置構造の簡略化を図ることができる。

これに対して、甲各号証に開示された構成要素A、Bの構成をなすFの軸封装置のうち、甲第1号証の図3、同号証の図5、甲第2号証の図11,甲第3号証の図1、甲第4号証のタンデムシール写真、甲第6号証の図3、甲第7号証の図1及び甲第8号証の図1に示されたもの(以下「第1軸封装置」という)は、被密封流体側シールとして非接触型のものを使用しており、構成要素Cを具備しないものであるため、次のような欠点がある。
例えば、被密封流体が固形成分を含むスラリ状のものである場合、非接触状態にある密封環間に固形成分が侵入、堆積する等により、良好なシール機能を発揮し得ない。また、液体アンモニアの如き揮発性流体等をシールさせる場合のように被密封流体領域を高圧条件下に保持しておく必要がある場合、漏れを許容する非接触型シールではかかる高圧条件を維持し難く、液体アンモニア等の気化、蒸発を確実に防止できない。
勿論、構成要素Cを具備しない場合にも、甲第1号証の図5に示される如く、シール間に充満させた液体を非接触型シールにより被密封流体領域側へとポンピングさせるように工夫しておくことにより、上記した固形成分の侵入、堆積を防止することが可能となるが、かかるポンピングによる被密封流体領域への液侵入は、被密封流体が液体アンモニア等である場合には問題があり、液体アンモニア等のシールを良好に行い難い。
これに対して、構成要素Cのような接触型シールを使用した場合には、それが非接触型シールのように漏れを許容しないものであることから、固形成分の侵入等を確実に阻止し得て、上記したような問題を生じない。
そして、第1軸封装置のうち、甲第1号証の図3、同号証の図5及び甲第8号証の図1に示されるもの(以下「第1軸封装置の1」という)では、低圧側ないし大気側のシールとして接触型のものを使用していることから、被密封流体側シールとして接触型のものを使用することを提案する甲号証の技術を如何に適用しても、本件特許発明を導き出し得ない。けだし、第1軸封装置の1において、被密封流体側シールを接触型シールとなした場合、構成要素Cを得ることができても、構成要素Dを得ることができないし、構成要素C、Dを得るためには、両メカニカルシールを全面的に変更しなければならず、第1軸封装置の1に係る発明そのものが成立しないからである。
一方、第1軸封装置のうち、甲第2号証の図11、甲第3号証の図1、甲第4号証のタンデムシール写真、甲第6号証の図3及び甲第7号証の図1に示されたもの(以下、「第1軸封装置の2」という)については、被密封流体側シールとして接触型のものを使用することを提案する甲号証の技術を適用することによって、構成要素C、Dを導き出し得る。
しかし、第1軸封装置の2は、2組のシールによって高圧側から低圧側へと段階的に減圧させるシール形態をとるものであるから、高圧側を漏れを許容しない接触型シールでシールし且つ低圧側を漏れを許容する非接触型シールでシールさせる構成(C、D)となすことは、減圧シール機能がアンバランスとなり、軸封装置全体としてのシール機能が良好に発揮されなくなる。
したがって、第1軸封装置の2については、これに他の甲号証の技術を適用したとしても、そこから構成要素C、Dを導き出すことはできない。
また、甲各号証に開示された構成要素A、Bの構成をなすFの軸封装置(甲第1号証の図4に示されたもの(被密封流体側のガスシールを上述した如く接触型シールと解した場合)を含む)のうち、甲第1号証の図1、図2及び図4に示されたもの(以下「第2軸封装置」という)は、両シールに接触型のものを使用しており、構成要素Dを具備しないものであるため、両シールにおいて密封環同士が相対回転摺接(摩擦係合)することから、装置全体としての負荷が本件特許発明のものに比して高くなる。
而して、第2軸封装置の被密封流体側シールに、当該シールとして非接触型のものを使用している甲号証の技術を適用したとしても、そこからは構成要素CないしEを導き出すことはできない。すなわち、甲第1号証の図1に示されたものにおいて、被密封流体側シールを非接触型のものとすると、被密封流体より高圧のパージ流体が非接触型シールから大量に漏れることになり、特に、高圧条件下では使用できない。また、甲第1号証の図2及び図4に示されたものでは、これらが本質的にパージ流体を使用しないシール形態をとるものであることから、Dに加えてEの構成要素をも加味することは、当該図2又は図4に示される技術そのものが成立しないことになる。
したがって、第2軸封装置についても、これに他の甲各号証の技術を適用しても、構成要素CないしEの構成をなす本件特許発明はこれを到底導き出し得ないものと思料する。

なお、構成要素Cにいう接触型シール及びDにいう非接触型シールは、請求人が主張するような動圧発生溝mの有無で区別されるものに限定されるのではなく、甲第4号証の第51頁の「2.ドライガスシール」に記載される如く定義されるものをいう。
(平成13年6月14日被請求人回答書第7頁第8行〜第11頁第11行)

4.請求人が提示した証拠の記載内容
(甲第1号証: 米国特許第4,290,611号)
「高圧上流ポンピングシールの組合せ(HIGH PRESSURE UPSTREAM
PUMPING SEAL COMBINATION)」に関する。
なお、以下における記載内容摘示は、翻訳文をもって行う。

第1欄第1行〜第2欄第18行
「発明の背景
本発明は、ハウジング内において高圧力の下にある流体の損失に対して回転軸とハウジングとの間の空間を密封するための二重シールである。この種のシールは、一般に、ポンプ及びコンプレッサにおいて用いられ、放射状端面タイプである。
二重シールは、この種の環境において既に使用されている。これらの先行技術によるシールは、形が異なり、異なる方法で作動する。先行技術によるシールを添付図面の図1から4までに例証する。これらのシールの下に示す圧力曲線は、これらシールの動作を理解する一助となる筈である。点線矢印は漏洩流の方向を示し、実線矢印はシール面を横断する意図的なポンピングの方向を表す。
通常の二重シールは、図1の「ダブルシール」配列構造である。この種のシールは、ハウジング(H)内の駆動軸(DS)に沿って背中合わせ方向に配置された2個の放射状端面シールを有する。各面シールは、静止リング(S)、及び、Aバイアス(B)と接触するように偏向(バイアス)された放射面(F)を備えた回転リング(R)を有する。これらのシールは、外部の供給源(図示せず)から加圧される緩衝流体を含むハウジング内のチャンバCの中に取付けられている。本配置は、一方の回転リング(R)の背面がもう一方の回転リングの背面に対面しているので、背中合わせ配列と称する。圧力図に示すように、密封されるべき流体圧力はシールの左側にあり、大気は右側にある。正常作動期間中、潤滑剤は、一般に密封圧力上5〜20PSIの圧力において、このタンデム(縦並び)シールのチャンバ内を循環する。チャンバ圧力は、内側シールを閉じた状態に保持するようにバイアス(B)を助けるために必要である。腐食性液体を密封する場合には、シールの金属部分は非腐食性緩衝液内で隔離されるので、この配置が最も望ましい。この配置において、外側シールは、システム圧力以上の圧力に適応しなければならない。
他のタイプの二重シールは、図2の「タンデムシール」である。この場合、シールは同一方向に取付けられる。密封されたチャンバと緩衝チャンバ(図示せず)との間の制限された相互接続は、密封された圧力の半分までの圧力で密封流体が緩衝チャンバに流入できるようにするために用いることができる。従って、圧力チャートに示すように、各コンポーネントシールは、全圧力の半分を許容して密封することができる。タンデムシールは、各シールが保持しなければならない圧力が低くなるという利点を持つが、ダブルシールの場合と異なり、タンデムシールの金属部分は密封流体に露出される。
二重シールの第3のタイプを、米国特許No.3,894,741の開示を例証する図3に示す。前記特許は、特殊用途、即ち、水中ポンプ用を意図することを明示している。密封ハウジングの外側は水中に浸される。外側シールは、油で満たされた緩衝チャンバC内に取付けられている。内側シールは、同様に油内に取付けられ、油を緩衝チャンバ内に、更に、水漏れに対抗する外側シールを通って密封ポンプハウジング内にポンピングする螺線状ポンピング溝を有する。
他のタイプの二重シールは、「タイプGUメカニカルシール」の名称でBorg-Warner社によって販売されている(添付広告参照)。この二重シールにおいて、内側シールは液体シールであり、外側シールはガスシールである。内側シールは、液体の漏洩を防止又は制限する。内側シールを通って漏れる液体は、タップ(図示せず)によってチャンバCから排出される。外側シールは、ガスシール及びバックアップシールとして作用する。内側液体シールが故障した場合には、特定の限定時間中は、外側ガスシールが液体シールとして作用することが可能であるが、長時間に亘って液体での作動するようには設計されていない。
本発明者の理解する限り、上記の例証は二重シールの用途の一般的なタイプである。更に、包括的な開示に関しては、米国特許No.3,894,741を参照されたい。
二重シールのこれら一般的なタイプの各々は、ハウジングの外側に向かう方向に漏洩又はポンピング作用を有する。これらは、第1の主要シールが故障するまで負荷又は摩耗なしに流体媒体内で作動する真の第2の安全シールは備えていない。」

第3欄第16行〜第56行(1-10)
「端面シール16と18は、僅かに加圧された流体の中において作用する。チャンバ20への圧力は、外部のポンプから、或いは、図に示すように、シール合わせの上流又は圧力側から供給することができる。緩衝流体がハウジング圧力から供給される場合には、緩衝チャンバを密封された液体と相互接続するために導管25を使用することができる。導管は、圧力を減少するために、フィルタ及びフローリストリクタ(図に示す)を備えなければならない。
作動状態において、シール18は、通常、緩衝流体の大気への漏洩に対してチャンバを密封する。この流体は低圧であるので、シール18にかかる負荷は小さく、摩耗は極めて少ない。ただし、シール18は、全システム圧力に対して密封するように設計されることが好ましい。これは、シール16が故障した場合に、安全シールとして使用することを可能にする。
シール16は、螺線状溝ポンピングシールである。このシールは、全ハウジング圧力を許容する。更に、それ(このシール)は、緩衝チャンバからシールの上流高圧力側に流体をポンピングする。以下に示すように、このポンピング作用は、シール面を潤滑し、密封されるべき流体の損失を防止する。
この背景の下に、シールの作用を理解することができる。最初に、緩衝流体は、低圧力でチャンバ20に供給される。シール18は、チャンバ20からこの流体が失われることを防止する。シール16は、空間14を介してハウジング内から高圧が失われることを防止する。圧力チャートに示すように、シール16は、更に、緩衝ゾーン20からその放射状面を横断して、ハウジングの高圧側に流体をポンピングする。
両シール16と18は、機械的な端面タイプである。各々は、図に示すように、Oリングによってハウジング内に密封的に取付けられ、回転に対して拘束された環状静止シールリング26を有する。各シールは、更に、駆動軸10に密封的に取付られたリテーナ30を介して駆動軸10を囲み、その回転を拘束する回転リング28を有する。回転リング28と関連リテーナとの間のバイアス32は、回転リングを押して静止リングと接触させる。個々の端面シールの各々のこれら一般的な態様は、当該技術分野において周知である。」

第4欄第5行〜第14行(1-11)
「シール16の回転リング28とそのリテーナ30との間の密封相互接続も、シール18の場合とは異なる。シール16のリテーナ30は、リング28の外側円周を越えて伸延する前方伸延環状フランジ31を有する。外側円周における凹部29は、リングとリテーナとの間からの漏洩を防ぐOリングシール46を備える。Oリングをこの位置に設置することにより、高圧流体が、リング28の後退に対抗して作用し、放射状密封面の接触を維持するバイアス32を助けることを可能にする。」

第4欄第26行〜第33行(1-12)
「当該技術分野における熟達者は、私の発明の修正を正しく評価するであろう。シール16は、流体がその面を横断してどちらの方向にでもポンピングされるように設計可能な筈である。主要必要条件は、上流シールの高圧側に緩衝流体をポンピングするために溝がチャンバ20内に伸延するように、シールが配置構成されることである。同様に、シール18は、機械的な端面シールの形と異なる形であっても差し支えない。」

(甲第2号証: 米国特許第5,039,113号)
「らせん溝付きガス潤滑シール(SPIRAL GROOVE GAS LUBLICATED
SEAL)」に関する。
なお、以下における記載内容摘示は、翻訳文をもって行う。

第5欄第40行〜第6欄第9行
「図1のガスシールにおいて、ロータリーシールアッセンブリー16はロータリーシールリング38とそのシールリングを保持するためのロータリーシールキャリア40を有する。ロータリーシールリングは典型的にはシリコンカーバイド製である。図3にみられるように、ロータリーシールリングアッセンブリー内のロータリーシールリングの面はその上に形成されたらせん溝42を有する。その溝はシール面を分離するための静水力学的及び流体力学的の両方の力を提供するように働く。圧搾ガスに露出されると、そのガスは溝内に入り込み、そして開力を提供する。この開力は、シール面を閉じる傾向があるシールリングの背面に働くガス圧力により平衡が保たれる。図4はシール面間の間隙の機能として非回転シール上の静水力学的力を示す。シャフトが一度回転し始めると、溝はシール面上の圧力及び圧力変動を増加させるポンプ機能を形成するので、静水力学的の場合と比較して開力を増加させる。図5は異なるシール面間隙に対する典型的な流体力学的圧力断面を示す。
図4と図5に示されるように、シール面間の間隙を閉じると、面を分離するために有効な力と圧力は増加する。その間隙を開くと、その面を分離するために有効な力と圧力は減少する。故に、シール面は開力と閉力間の力の平衡のために必要とされる間隙周辺で振動する間隙を保持する。典型的力対分離曲線が図6に示されている。シールの動作中に得られる安定状態の間隙は、開力(実線)と閉力(破線)の曲線が交差する点で示されている。図6に示されるように、交差が発生する間隙はシャフトの増加回転速度と共に増加する。更に、安定状態間隙を越えるシール面の閉に抵抗するために有効な力は安定状態間隙を越えるシール面の開に抗するための有効な力よりも遥かに大きい。」

第8欄第24行〜第47行
「本発明によれば、優れた密封性が、本発明の多重ガスシールを組み合わせることにより達成されるかもしれない。図11は圧力が第1シールから第2シールに段階的に圧力が下がるタンデムガスシールを示す。タンデムガスシール内で分かれる良好な圧力を得るために、高圧ガスに隣接するシール内に非常に薄いガス膜を、そしてそのシールにおける低圧ガスのため第2シール内に幾分厚いガス膜を有することが望まれる。故に、低静水力学的開力がシール面接触をさせることができる。例として、第1ガスシール88は7度程度の低溝角度を使用し、そして第2シール90は15度程度の僅かに大きな溝角度を使用する。これらの溝のパターンは実施例1と2として詳細に説明された。
圧力分割タンデムシールが使用される時には、シール間のガス圧力が処理ガス圧力を越えないことを保証するためのボールチェックバルブが提供されるべきである。更に、図11のタンデムガスシールにおいては、分割カーボンシール92が洩れコントロールシールとして提供される。」

(甲第3号証: 特開平3-153967号公報
(米国特許第5,217,233号))
「高圧ガスをシールするための螺旋溝シール・システム」に関する。

第3頁右下欄第11行〜第4頁右下欄第15行
「この発明に先行して、例えば1200重量ポンド毎平方インチ・ゲージ(pounds per square inch gauge(p.s.i.g.))を越える高圧で、水素のようなガスをシールするためのメカニカルシールは、二つの間隔を開けて分離された、メカニカルシール端面シールを使用するタイプのものであった。このシステムは、二つの間隔を開けられたメカニカルシールの間に注入された緩衝用液体によって、冷却されるとともに潤滑されることになる、「湿式」接触タイプのものである。緩衝用液体(しばしば、オイルであるが)を循環するためのシステムは、複雑性と費用とを増加させるポンプ、冷却機及び貯蔵器を含んでいた。さらにメカニカルシールは、複雑な支援システムを有していても、しばしば耐用期間が短かった。システムの完全な機能停止は、シールを交換することを必要とする。
メカニカル端面シールの乾式で作動するガスシールは、如何なる潤滑もなしで作動する、このタイプのシールは、ジョゼフ・セディ(Josef Sedy)に発行されるとともに、現在の譲受人に譲渡された米国特許第4,212,475号に示されるとともに記載されており、参考のために、ここに組入れられるものとする。
他のタイプのシールは、液化低比重炭化水素(liquefied light hydrocarbons)のような高圧下の液体を取り扱う装置におけるシールを創造するために、米国特許第4,212,475号の教えを利用する。このタイプのシールは、米国特許第4,212,475号に記載された、螺旋溝を有するタイプのシール・モジュール(sealing module)のシール面の間で、シールされた流体の剪断熱(shear heating)を創出する。
本発明の一つの目的は、例えば、1800p.s.i.g.を越すような極めて高い圧力の下で、低比重ガス(light gases)を取り扱う装置内で使用するのに特に適している、乾燥ガス端面シール装置を提供するとともに、外部圧力制御装置の必要なしに、二つあるいはそれ以上のそのようなシールに渡って、圧力を分化したり、分岐させることによってこれを達成することである。ここで、発明によって提案される解決策は、各々が一対のシール面を有する一連のモジュールであり、一対のシール面のうちの一つは、螺旋溝タイプのものであって、それを超えて、各々のモジュール内の変形された面の形状(例えば、溝の寸法)によって達成される、予測された(計算された)割合の圧力降下がある。かくして、例えば、圧力降下は、二つあるいはそれ以上の分離されたモジュールに渡って、ほぼ等しい割合で分配されるかもしれず、それによって、外部制御の必要なしで、シール圧力や過負荷を減少する。
本発明の他の目的は、連続した段階の圧力逓減を与えるために、類似の外形のリングをエッチングすることで、溝の深さや堰の幅の寸法についてのみ異なる、実質的に同じ外形の螺旋溝シール・リングを使用することによって簡単に達成され、簡易かつ安価に、圧力の分化あるいは分岐を可能にすることである。二つほどのモジュールがあれば可能であり、縦列をなして三つ、四つ、あるいは五つでもよい。
〔発明の要旨〕
本発明は、極めて高い圧力下のガスを取り扱うコンプレッサのために特に適している、メカニカル端面シール・システムを指向している。これは、好ましくは、高圧上流モジュールと、中間及び下流シール・モジュールの両方を有し、各々は、コンプレッサあるいはポンプと連携される軸及びハウジング上に取付けされている。しかしながら、発明の原理は、二つのモジュールのみを有する端面シール装置に組み込まれてもよい。各シール・モジュールは、ハウジングに取り付けられた主リングと、軸に取り付けられた噛み合いリングとを有する。リングは、対抗する径方向に延長する面を有し、それらのうちの一つは、その一方の周囲から延長する、径方向に向かって周囲に間隔を開けて配設された複数の螺旋ポンプ溝を有している。最も高い圧力に曝された上流のモジュールの溝は、溝の寸法の観点からすると、最適条件であると考えられる予め決定された溝の条件を有しており、その一方で各下流モジュールの溝は、上流モジュールより、より大きな溝の寸法を有していて、それによって、より少ない条件を負わせている。
好ましい形態においては、減少された条件は、下流モジュールの溝の深さを増加することによって、達成される。」

第5頁左上欄第3行〜第8行
「本発明は時々、流体として水素を参照して説明しているが、極めて高い圧力下の他のガスや流体を、基本的なパラメータをシールされる流体に合わせるように、システムに適正な変更や調節をして、取り扱われることができることが、理解されるべきである。」

第6頁左下欄第19行〜第7頁右上欄第1行
「さらに、下流シール・モジュール24は、室23から漏れるかもしれない少量のガスを、シールするために作動する。しかし、室23内のガスの低圧さのために、シール・モジュール24からの漏れは、通常には無視できるであろう。かくして、このシール・モジュール24の堰を越えて移動するガスの量は、ほとんどなく(集めることができない)、そして内径部(I.D.:アイ・ディー)における最終圧力は、零に近いかもしれない。この意味では、第三のシールは、例えば抜け口が遮られた場合の安全装置として役立つ。抜け口通路68-70を介する抜け口くぼみ23の有利点は、前記モジュール24の軸の下流の周りの、集めることのできない漏れを最小にすることである。
リテーナ54及び55のI.D.及び傾斜した径方向面は、フランジ支持部50の対向する面から、間隔を置かれていて、それによって、シール・モジュール20の堰を越えて室21内に(吸い込み上げられる)ガス漏れ流と、シール・モジュール22の堰を越えて室23内に(吸い上げられる)ガス漏れ流とのための、移動通路21P及び23Pを提供するということが認められるであろう。室21への通路72は、室21内の圧力を読むことができるゲージに取付けられるようにして設けられてもよい。
噛み合いリング30A、30B、30Cはそれぞれ、第2図を参照して詳細に説明されるように、(第1図において破線でしめされた)一連の螺旋溝92を有する。かくして第2図は、主リングに対向した、噛み合いリングの噛み合い面の部分を示す。説明の目的のために、噛み合いリング30Aの面32Aが、第2図に示されている。面は、面32Aの外周側における開口端部から、径方向幅を中途まで横切って径方向に延長する、周辺に間隔を置いた多数の螺旋溝92を有する。溝を形成されてない表面94は、主シール・リングの対向する面と共同して、軸16が回転しないとき、流体静力固定用シールを提供する、シール堰、あるいはランド(land)を形成する。シール・モジュール22及び24の面32B及び32Cは同様に、符号92として示されるポンプ溝とランド94を呈するように形成されている。」

第7頁右上欄第20行〜左下欄第17行
「第二シールの堰を越える流体の吸い込み上げられた実容量(漏れ)は、第一シールより大きいという一方で、モジュールの実圧力においては、各シールの境界面を越える質量流量割合は、いつでも一定であるということは、忘れるべきでない。
中間シール22自体は、相対的に回転するシール面を越えて、最大圧力の約二分の一から、大気圧より僅かに上の圧力へのさらなる圧力降下を提供する。好ましくは、室23は、大気圧を越えた約9から15p.s.i.gの圧力を有していて、そしてそれは、大気圧に曝された抜け口通路68-70によって呈された制限の結果である。実際のところ、第三シールがもし使用されるならば、たんに少容量のもれ収集装置としてのみもたらされるかもしれない。上記したように、このガスは、ある形態あるいは他の形態で処理されるために、抜け口68を通って出ていく。」

第8頁左上欄第19行〜右上欄第3行
「このシステムのさらなる性質は、これまで、複雑かつ精巧な外部圧力制御システムを使用しないとともに、大きなシール形態のために可能であったものより、より高い圧力のガスをシールするための能力である。」

(甲第4号証: 社団法人 日本産業機械工業会 発行人)
「産業機械」(第494号 平成3年11月号)
平成3年11月20日発行
第51頁左欄下から4行目〜第53頁左欄第2行
「2.ドライガスシール
軸封装置は,軸とともに回転する部分と回転せずに静止している部分とで成立っている。この回転する部分と静止している部分とが接触して回転すれば”接触型”であり,離れて接触せずに回転すれば”非接触型”であり,二種に大別される。
(1) 接触型では接触して回転する部品同志の物性が大きく影響し,高圧や高速と言う厳しい条件では,シールの摩耗(寿命)が問題である。
(2) 非接触型では文字通り非接触状態で運転されるため高圧や高速条件でも充分問題なく使用できる。この非接触型でも,溝型,オリフィス型,ステップ型,その他と各種あるが回転部分と静止部分との間に生じる非常に狭い隙間に介在するガス膜の剛性の高さは溝型が優れているので、溝型特にスパイラル溝型が実用化されている。
3.スパイラル溝型ドライガスシールの原理
現在大型遠心コンプレッサーを中心に多用されているスパイラル溝型ドライガスシール(以下ガスシールと呼ぶ)は,図1に示すような概略構造を持っていて,基本的には液体用軸封装置として主に使用されているメカニカルシールと同じ構造である。異なる点は,シール面に極めて浅いスパイラル溝が図2に示すように設けられている。この溝は外径側から内径側へ向かって伸びているが、途中で行き止まりになっている。そのため,軸の回転に伴ない溝の外径側から流入して来たガスは内径側の行き止まり部分で圧力上昇が起り,この圧力によってシール面が押し広げられてシール環が非接触状態に維持される。この非接触状態での隙間は3ミクロン程度(人間の髪が30ミクロン位だから極めて小さな隙間)である。
実際に回転機器が運転されていると各種の機器攪乱要因のため,ガスシールのシール面は接触しようとする条件,隙間が広がりすぎる条件等が作用する。このような条件下でのシール面の状況,シール面に作用する力の状況を示したのが図3,4,5である。図3は理想的な状態(隙間=ギャップが平衡にある状態)を示している。即ち、シール面を閉じる力(FC)はガスの持つ系内圧力+スプリング力であり,シール面を開く力(FO)は溝部分でガスの圧縮によって得られる圧力上昇による力と溝のない部分での圧力による力との総和(=動圧力)で,この両者の力が均衡状態にあることを示している。しかし,実際の回転機器では攪乱要因があるため上記の均衡状態がいつも維持される訳ではない。たとえば,シール面が閉じる作用が生じた場合は,図4に示すようにシール面間ギャップが狭くなり,動圧が急激に上昇する。このためシール面を開く力が大きくなりギャップが広くなり、シール面の接触が防止される。一方,シール面が開く作用が生じた場合は,図5に示すようにシール面間ギャップが広くなり動圧が急激に低下する。このためシール面間を閉じる力が大きくなりギャップが狭くなり,シール面が大きく開き続けることが防止される。これらの攪乱要因以外にも,シール面同志の平行度の変動やシール面の平面度の狂い等もあるが,これらの攪乱要因も補償され満足な性能が得られる。」

第53頁左欄下から6行〜第54頁右欄第21行
「5.ガスシールの組み合せ
具体的にガスシールを使用する場合,取り扱うガスの種類によって組合せが変るが,基本的には液体用メカニカルシールの場合と同じように,
(1) シングルシール(ガスシール1個)
(2) ダブルシール(ガスシール2個)
(3) タンデムシール(ガスシール2個が同一方向に並んでいる)
(4) トリプルシール(ガスシール3個が同一方向に並んでいる)
等が主に採用される。これらの使用分類について図とともに示した。
最も多く採用されるのはタンデムシールである。理由はプロセス側ガスシールが圧力を受け,大気側のガスシールはプロセス側ガスシールをバックアップ(プロセス側ガスシールに万一不都合が生じた場合の予備シール)する安全構造となっている為である。特にプロセス側の微量な漏れも避けたい場合,大気側シール部に内部ラビリンスを設け窒素などの不活性ガス注入により,大気側シールからの極微量の漏れは全て窒素ガスとする方法も採用される。
6.ガスシール監視システム
ガスシールの保護および監視目的で,通常回転機器の高圧側からプロセスガスを一部分岐して5ミクロン・フィルターを通してプロセス側ガスシール室へ注入する。このガス注入によりプロセス側からの異物(固形物や液状ミスト)の混入を防止し,ガスシールを保護する。ガスシール監視システムの一例を図6に示した。注入されたガスはプロセス側ガスシールの狭い(約3ミクロン)のシール面間のギャップを通って大気側ガスシール室へ微量漏れる。このガスはオリフィス,流量計を通って安全地帯へ導かれる。このオリフィスの上流側に圧力スイッチを取り付け,プロセス側ガスシールからの漏れ量の増加を感知し警報発信や機器の運転停止を行なう。
また,大気側ガスシールの外側から油などがガスシール周辺に来て,大気側ガスシールのシール面に付着し油の高粘性のため異常発熱を生じ不具合を生じる懸念がある。これを防ぐため空気などを注入し油の混入を避ける方法が採用されている。この例は監視システムの簡単なものであり、これ以外に各種の計器をつけたシステムも考えられている。図6より明らかなように,従来の液体シール使用時に比較して機器周辺がスッキリとし,作業性も容易になる。
7.応用分野
回転機器としてガスを取り扱うコンプレッサー,ブロワ,スチームタービンなどが主な機器であり,最初は人里離れた天然ガスパイプラインのブースターコンプレッサーや海上プラットフォームに設けられたコンプレッサーに組み込まれた。
その後,高圧水素ガス,メタン,エチレン,プロピレン,プロパン,ブタンなどの炭化水素や一酸化炭素,炭酸ガス,アンモニア,塩素,塩化水素などに主に使われて来ている。」

(甲第5号証: 特公平1-22509号公報)
回転軸とそのハウジングとの間の空間をシールするための端面シールに関する。

第2頁第3欄第26行〜第40行
「この特許に示されているシールは機械的な端面シールであり、この場合、シールは対向した、相対的に回転する。半径方向の面の間で行なわれる。前記特許は2つの面がギャップによって分離されているものであり、そこでは冷却を行なうために十分ではあるがしかし制御されたリークを許すようになっている。この特許は静止リングの変形を中立状態にしなければならないことを教示している。このことを達成するために発明者は流体圧力を配管を介して静止リングおよびそのバックアップリングよりも後方にあるチャンバーに対して送り、これが前面にかかる圧力と対抗することにしている。このような方法で圧力を平衡させることにしている。このような方法で圧力を平衡させることにより、発明者は変形を防ぎ、リークギャップを一定に保持できるといっている。」

第3頁第5欄第5行〜第27行
「本発明は空間14内の高い圧力を大気Aに漏洩させないように密封するために用いられる。
図示した実施例においては、環状の主シールリング20は、環状のメートリング26の半径方向面24に対してシール関係になった半径方向の面22を有している。
前記主リングは環状の保持装置30によって所定位置に保持され、前記保持装置は好ましくは図示した形状を有している。前記保持装置の一端はハウジングの直径減少部分あるいは肩部32に接触し、他方、固定スリーブ34が他の端部と接触して、本装置の軸方向運動を拘束している。前記保持装置30の外周にはOリングシール36がのびていて、ハウジング10と保持装置30との間のリークを防いでいる。前記保持装置30と前記主リング20との間には、複数個のばね38が、保持装置30の外周に沿って等間隔配置された穴40の中に着座している。これらのばねは環状のディスク44に対して作用して、主リング20を前記メートリング26に係合させている。前記主リング20とその保持装置との間はOリング45がシールしている。」

第3頁第6欄第17行〜第23行
「メートリングを回転すると、これらの溝はシール面間に流体を強制流入させるためポンプとして作用する。そのような流体は前記シール面を分離させて、望みのリークを許す。らせん溝状のギャップ型シールに関する一般的な設計概念はよく知られており、前述した先行技術の中でも議論されている。」

(甲第6号証: 米国特許第5,058,905号)
シール装置に関する。
なお、以下における記載内容摘示は、翻訳文をもって行う。

第4欄第64行〜第5欄第11行
「図3に示すように第2の実施態様では、潤滑スライドリングガスシールがタンデム型構造に配置されている。このため、2つのシール装置8,8’はシャフト2と中間スリーブ10に対する仕切部4,4’との間をシールする。このために、外方チャンバ36内は、p1>p2>p3として表される全圧力状態の中で低い圧力p3を形成する。スペーサを介在して挿入される圧力スリーブ32”は、Oリングが取り付けられる径方向に突起したカラー30’を有し、2つのシール装置に有する第1のシール部材(一対の内の一方部材)も、共通する中間スリーブに取り付けられている。その結果、正規の回転方向と反対側の回転方向1”にシャフト2が回転するとき、全てのスライドシール面は破損されるのが防止される。」

(甲第7号証: 米国特許第4,889,348号)
高蒸気圧液体用のらせん溝シールシステムに関する。
なお、以下における記載内容摘示は、翻訳文をもって行う。

第2欄第12行〜第41行
「図1は、本発明の好ましい実施態様に従って構成されたシール装置を示すものである。このシール装置によって液体天然ガス(LNG)やメタン、エチレン、エタン、プロパン、ブタン及びペタンを含む液化石油ガス(LPG)のような液化軽炭化水素その他の高蒸気圧液体を、ポンプハウジング内に封入する。このハウジング12によって、ポンプ内部14が囲まれており、シャフト16は、このハウジング12に設けた開口18をシャフト16が貫通し、外部20まで延在している。
更に、このシール装置10は、各々がハウジング12及びシャフト16が装着されて、スパイラル溝付き接触式端面シールをタンデムに配列している。このシールは上述で引き合いに出した特許にある一般的な型式のものである。
このタンデム型のシールは、シャフト16に沿って内側に位置する上流シールモジュール22と、外側に位置する下流シールモジュール24とを有し、それらの間には環状チャンバ25が画成されている。
各シールモジュール22,24の主要部は、嵌合リング30A、30Bと主リング26A、26Bとで構成されている。上流シールモジュール側の主リング26A、下流シールモジュール側の主リング26Bは、半径方向に延在する面28A、28Bを有し、これら主リングの半径方向の延在面28A、28Bに対面して、半径方向に延在する面32A、32Bを有する1対の環状の嵌合リング30A、30Bが設けられている。尚、この嵌合リング30A、30Bは、スリーブアセンブリによってシャフト16に回転自在に固着される。
図示のシール装置は、シール部品の半径方向外径部でシールすべき流体と接触する。しかし、本発明の原理は相対回転シール面の半径方向内径部で高圧によりシールしうることにある。」

第3欄第3行〜第6行
「ディスク60とバネ58の作用によって主リング26A、26Bをシャフトの軸方向に移動可能にする。ディスク60とリテーナ54、56との間にOリング61を設けることにより2次シールを可能にする。」

第3欄第30行〜第49行
「上流及び下流シールモジュール22、24のリングの合わせ面に設けられた各スパイラル溝の深さは、軽炭化水素のような高蒸気圧液体シールする際に許しうる性能に対し臨界的となるようにする。特に、上流シールモジュール22側のスパイラル溝72の深さは、上述したジョゼフ セディ特許で規定された乾式運転ガスシールに対して好ましい深さよりも十分浅くする必要があり、100マイクロインチ以上としてはならないことを確認されている。特に下流シールモジュール24側のリングに設けられたスパイラル溝の深さは、上流シールモジュール22のそれよりも浅くしてはならず、しかも200マイクロインチ以上としてはならない。
シャフトが回転しない場合、加圧流体は前記シーリングダム73で嵌合リング30Aと主リング26Aとの間の接触によって気密に保持される。しかし、シャフトが回転を開始すると前記スパイラル溝72は各リングのシール面間に流体を流入せしめて主リング26Aをシャフト軸方向に僅かに動かすようにする。そしてその流体の一部が形成されたギャップ内に入り、ここで高い剪定断応力を受けて液体の温度を高め、液相から気相への変化を生じさせる。」

(甲第8号証: 米国特許第3,894,741号)
自己加圧式回転軸シールに関する。
なお、以下における記載内容摘示は、翻訳文をもって行う。

第1欄第32行〜第36行
「同様に、渦巻きポンプ軸の回転速度を利用して油を軸方向の機外位置から機内の封じに圧送し、ポンプのガス漏洩を制限することにより、このような軸封じも提案されている。」

第2欄第60行〜第3欄第13行
「面封じ12の一方の平面状の面、図1では低地の部材34の面32内に螺旋溝22があって、ランナ28が定置の部材34に対して回転したときに、モータから油を圧送する。この溝は、図2に更に明りょうに示してあるが、その幾何学的な形及び密度は面封じに要する圧送量に関係する(詳しくは後で説明する)。この溝が定置の環状部材34の終縁から、外部材を軸方向に通り抜ける中心孔40から溝を隔てる環状ランド38まで半径方向に延びることが望ましい。機外面封じ14の故障でモータを停めた場合、環状ランド38は、螺旋溝付き面封じ12を通って水が逆流するのを阻止する有利な作用がある。」

第3欄第27行〜第31行
「機外面封じ14は、通常の設計のもので、螺旋溝付き面封じ12に対し従属に取り付けられる。油室26内の油圧でカーボンのランナ56をそれと対面する定置のセラミックの部材58に対して押圧するようにする。」

第4欄第55行〜第66行
「このとき、油室26の最適圧力は、モータ内への水の吸い込みを防ぐのに望まれる高い油圧と、機外面封じに於ける油の吸い出し速度を制限するために望まれる低い油圧との中間で選ばれる。
環状油室26に望まれる圧力が一旦選ばれれば、この圧力を生じるのに必要な螺旋溝付き機内面封じの幾何学的な形は、1966年にフィリップス・テクニカル・ライブラリから出版された螺旋溝軸受と言う表題のE.A.ムイデルマンの論文に示す所に従って決めることができる。」

(甲第9号証: 特公昭61-14388号公報)
メカニカルシールに関する。

第2頁第3欄第7行〜第10行
「また本発明の次の目的には、密封手段を構成する摺接面に設定すべき糸条溝について、それの適切な形態、位置等の設定条件を提供することにある。」

第2頁第4欄第11行〜第3頁第5欄第42行
「しかしながら、上記のものいずれも、このままでは自動車用クーラのコンプレッサとしての振動、温度変化等が加わる過酷な条件下において、メカニカルシール部からの流体漏れは完全に避け得られないところである。然るに、本発明者等の提案によれば、第5図に示すように、従動リング10の摺接面10aに糸条溝15を穿設することにより極めて良好な密封効果を挙げ得ることが解明されるにいたった。・・・これら第6図々示のものの油漏れを、・・・実験した結果をそれぞれ第7図および第8図に示している。これによれば、上記A、B、Cはいずれも溝なしの場合よりは漏れ量が多く、D、E、F特にE、Fについてはほゞ完全なシール結果が得られ、溝数の増加によっても更にシール効果が上がることが判明した。・・・また、第6図D、E、Fにおけるシール効果の差は、内端部を内周の大気側に開口させた糸状溝15の数に影響されるものと考えられる。すなわち、内端部を内周の大気側開口させた糸条溝15は空気を摺接面に引込むように作用し、外周側からの洩れ流の圧力に平衡して両摺接面間に環状の薄い空気層を、望ましい状態では上記糸条溝15を形成している両摺接面間に環状に連続した空気層を形成するようになる。・・・」

(甲第10号証:実願昭63-125654号(実開平2-47476号)
のマイクロフィルム)
(甲第11号証:実願昭63-117866号(実開平2-40163号)
のマイクロフィルム)
高速回転機械の軸封装置に適用されるメカニカルシールに関する。

(甲第12号証:実願平2-17275号(実開平3-108972号)
のマイクロフィルム)
タービン、ブロワ、遠心分離器等の主として高圧気体を扱う回転機器において使用される非接触シール装置に関する。

これら甲第10号証ないし甲第12号証には、シール面に溝を設けた非接触型シールの構造が、開示されている。

5.当審の判断
請求人は、本件特許明細書の記載が、その発明の属する技術分野における通常の知識を有するものが容易にその実施をすることができる程度に明確且つ十分に記載されていないとして特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないと主張しているので、まず、これについて検討する。

(1)本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載
A.シールケーシング(5)及びこれを洞貫する回転軸(16)の一方に第1密封環(12,22)を固定保持すると共に他方に第1密封環(12,22)へと押圧附勢させた第2密封環(13,23)を軸線方向摺動可能に保持させてなる2組のメカニカルシール(11,21)により、
B.両メカニカルシール(11,21)間に形成されたパージ流体領域(C)を介して、被密封流体領域(A)と大気領域(B)とを遮蔽シールするように構成された軸封装置において、
C.被密封流体領域(A)側の第1メカニカルシール(11)を第2密封環(13,23)に被密封流体領域(A)の流体圧力が背圧として作用する接触型シールに構成すると共に、
D.大気領域(B)側の第2メカニカルシール(21)を、第2密封環(13,23)にパージ流体領域(C)の流体圧力が背圧として作用する非接触型シールに構成し、
E.且つパージ流体領域(C)に被密封流体より低圧の窒素ガス等のパージガス(G)を注入させた
F.ことを特徴とする軸封装置。
なお、上記分説及び分説記号と添字記載は、請求人が付したものをそのまま用いて記載する。

(2)請求人の主張する特許法第36条第4項違反についての当審の判断
請求人は、前記「2.請求人の主張」における「(記載要件違反)」に示したように主張しているので、これについて検討する。
請求人の主張内容は、以下の2点に集約されるものである。

ア:本件特許明細書において、高蒸気液体、特に液体アンモニアを用いた際の作用効果が記載されているが、特許請求の範囲に特定されていない技術事項に基づくものであるから、その作用効果は不明である。
これに付随して、パージガスの特定に技術的意味があるものとはいえない。
イ:本件特許明細書においては、「動圧発生溝22aを形成して」と記載されるのみで、動圧発生溝の詳細が明らかではなく、当該動圧発生溝により奏する作用効果が不明である。

上記アの点に関して、確かに、現在の請求項1に係る記載には、被密封流体が液体アンモニアであることを特定されているものとはいえないものの、同時に、被密封流体が液体アンモニアであることが排除されているものでもない。
してみるに、本件請求項1に係る発明の奏する作用効果は、単に、被密封流体を漏洩させないものであるとされるのみであって、漏洩したとしても格別危険がないと想定される場合においても、被密封流体の漏洩がないものであると理解することが技術常識に照らして、矛盾する記載であるともいえない以上、より作用効果がある状況を示すべく、液体アンモニアである場合に使用された場合に得られる作用効果を記載したとしても、記載不備があるものとまではいえない。
なお、パージガスに関する本件請求項1に係る記載「窒素ガス等の」は、被請求人が、答弁書第11頁第23行〜第29行「・・・パージガスとして極く一般的に使用される窒素ガスを代表例として挙げているにすぎない」と答えているように、本件特許発明の構成要件をなすものではないのであり、この点は、請求人の主張のとおりである。

次に、イの点について検討する。
確かに、本件特許明細書の中で、動圧発生溝の詳細は明らかにされてはいない。
しかしながら、このような螺旋溝を用いた動圧発生溝を施すことで、非接触シール機能を達成すること自体は、甲第4号証或いは甲第6号証ないし甲第10号証にみられるように、メカニカルシールの技術分野において周知の事項である。
そして、当該螺旋溝の各種形状の構成により種々の機能が生じるものであることも、技術常識である。
してみるに、本件特許発明において、特定の螺旋溝構成を必須とするものであれば、その詳細が特定されていないのであるから、記載不備があることとなるものの、当該本件特許発明は、単に2組あるメカニカルシールの内の第2メカニカルシールとして用いられるものが、螺旋溝を有するものであることを特定しているに過ぎず、この螺旋溝構成の詳細を特定すべき必然性はなく、その意味からして記載不備があるものとすることはできない。

なお、請求人は、総じて、本件請求項1に係る記載では、本件特許発明の詳細が把握できず、それにより達成される作用効果も、従来技術に照らして不明であると主張しているので、本件特許明細書を再度検討する。

本件特許明細書では、従来技術として、1組の接触型メカニカルシールを逆向きに配置した所謂ダブルシールを掲げている。
そして、当該ダブルシールの場合には、両メカニカルシールの間に被密封流体領域と大気領域とを遮蔽シールするパージ流体が供給されており、この場合には、第1のメカニカルシールの密封環にパージ流体圧力が背圧して作用することから、パージ流体圧は被密封流体圧よりも高く設定されていることが指摘される。
また、上記のようにパージ流体圧力が設定されることから、大気領域側とを遮蔽する第2のメカニカルシールでは大気圧との差圧が極めて高くなるために、シール機能が損なわれるおそれが指摘される。
そして、これらの先行技術としてのダブルシールにおいて認識された課題を解決すべく、本件請求項1に係る発明では、上記ダブルシールにおける解決課題を前提として、2組のメカニカルシールを同方向に配置して、被密封流体より低圧のパージガスを注入すること、及び、第1メカニカルシールは接触型シールに、第2メカニカルシールは非接触型シールに構成することが特定されている。
本件請求項1に係る発明は、このような構成特定により、各々のメカニカルシールに作用する背圧を高圧とすることなく、良好なシール機能が得られることを期待するものである。

してみると、本件請求項1に係る発明は、メカニカルシールとして良好なシール機能を得るべく、各構成要件が採用されており、これらにより得られる作用効果についても、上記のように把握可能なものである。
確かに、第1メカニカルシールに接触型シールを、第2メカニカルシールに非接触型シールを採用している点については、本件特許明細書中の記載のみでは、その組合せの必然性が明らかとはいえない。
しかし、請求人自身が提示した甲第4号証では「ドライガスシール」の定義について「軸封装置は、軸とともに回転する部分と回転せずに静止している部分とで成り立っている。この回転する部分と静止している部分とが接触して回転すれば”接触型”であり、離れて接触せずに回転すれば”非接触型”であり、二種に大別される。」(甲第4号証第1頁左欄下から3行〜右欄第3行)と記載されており、「接触型シール」と「非接触型シール」とが機能的に別のものであることは、当業者が認識していることである。
そして、請求人も平成13年6月14日の口頭審理において、このことを認めている。

また、接触型シールを採用することに関して、接触型シールは密封機能上から非接触型シールには期待できない漏れの制御ができ、大気へ漏れると不都合がある被密封流体を扱う場合に好適であることも、当業者において周知である。
そして、本件請求項1に係る発明において、被密封流体側に配置される第1メカニカルシールとして、接触型シールを選択したのは、被密封流体が液体アンモニア等の揮発性流体や低沸点流体であることを想定した場合により有効であることを前提としているのであり、大気領域側に配置される第2メカニカルシールとして、非接触型シールを選択したのは、特定したガス形態のパージ流体である場合には、ドライ運転であることからシール面の焼き付きが発生する不都合があるからであり、更に、大気側に放散しても問題のないガスをパージ流体として選択することは技術常識であることに鑑みて、パージガスを循環させる必要がなく、単に供給することのみで足りることから、大型化する一因である循環設備を必要としないので、装置構造を簡素化することができるのであるとの被請求人の主張(平成13年4月6日被請求人答弁書第3頁第17行〜第4頁第23行)は、十分な裏付け説明を行っているものといえる。

してみると、請求人が指摘している記載不備は、先行技術が奏する作用効果と比較して差異がないとするものであり、進歩性においては検討を要するものであるとしても、前記のように、本件特許明細書においては、ひとまず、解決すべき課題と、それを解消すべく採用した構成要件とが対応したものとして説明がなされており、また、明記されていないとしても技術常識からみて十分に把握できることに鑑みれば、本件特許明細書に特許法第36条でいう記載不備があるとまではいえないので、請求人の特許法第36条第4項違反の主張は採用できない。

したがって、本件特許発明は、前記の「(1)本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載」に示されるものであると認める。

ただ、本件請求項1に係る記載における第1メカニカルシールに関して、本件特許明細書中に、動圧発生溝を有するか否かについての明確な特定がないことからして、第1メカニカルシールにおいて動圧発生溝を有するものとして解釈することを疎外するところは、請求人が主張するように存在しない。
しかしながら、被請求人は、平成13年6月14日に行われた口頭審理における当審の質問に対し、当該第1メカニカルシールに関し、「本件特許の接触型シールは、接触するシール面をフラットな面とするもので、らせん溝を有するものではない。」と答えている(平成13年6月14日口頭審理調書参照)。
そして、前記したように一般的に接触型シールと非接触型シールとは機能的に別のものと認識されることが技術常識であることに鑑みれば、当初から第1メカニカルシールは接触型シールとして定義されており、ことさらに「らせん溝を有しない」の記載がされていないことをもって、本件請求項1に係る記載が、動圧発生溝を有するものと認識できるとすることは妥当ではない。

以上のとおりであるから、本件特許発明の第1メカニカルシールにおいて動圧発生溝が存在するものとして認識することは困難であるので、本件請求項1に係る発明における第1メカニカルシールには動圧発生溝がないものとして、以下、検討する。

(3)請求人の主張する特許法第29条に係る無効理由についての当審の判断
請求人の主張する特許法第29条に係る無効理由は、前記2.の「その1」ないし「その5」に係るものであるが、平成13年6月14日に行われた口頭審理において、これらの無効理由は、提出された証拠を中心に再構成する場合、
「(1)接触型シールを複数組み合わせた甲第1号証に示される
先行技術において、大気側に位置する接触型シールを
非接触型シールに置換することの容易性
(「その1」「その4」に相当する)
(2)非接触型シールを複数組み合わせた甲第2号証、甲第3号証、
甲第4号証、甲第6号証、甲第7号証及び甲第8号証に示される
先行技術において、密封流体側に位置する非接触型シールを
接触型シールに置換することの容易性
(「その2」「その3」「その5」に相当する)」
に集約されることについて、請求人及び被請求人のいずれも同意している。

なお、
「(3)残りのその他の甲号証は、シール技術における周知技術を
表すものである。」
ことについても、請求人及び被請求人のいずれもが同意している。

したがって、以下の検討は、この観点に基づいて進めることとする。

(3-1)甲第1号証に示される接触型シールを複数組み合わせた
先行技術を中心とする検討
(大気側に位置する接触型シールを非接触型シールに
置換することの容易性)
甲第1号証の記載を検討するに、当該甲第1号証では、図1〜図4に示される先行技術における不都合点を解消すべく図5をもって示される「高圧上流ポンピングシールの組合せ」を開示するものである。
そして、甲第1号証に示される各図には、以下の技術内容が開示されている。

図1には、2組の接触型シール間に被密封流体より高圧の緩衝流体を充満させることによりシールするように構成されたダブルシールが開示されている。
そして、腐食性液体を密封する場合には、シールの金属部分が非腐食性緩衝液内で隔離されるので、この配置が好ましい、と指摘されている。
また、この配置を採用した場合に、外側シールは、システム圧力(「被密封流体圧力」と解される。)以上の圧力に適応するものを用いなければならないことも指摘されている。
そして、このような圧力が作用するものであることは、図面に付された圧力曲線からも窺える。
したがって、当該図1に記載される構成からは、2組の接触型シールを用いたタンデムシールに関して、被密封流体より高圧のパージ流体を作用させる技術思想が把握できる。
なお、腐食性液体を密封する場合と限定されるものの、このシール配置を好適なものとして位置付けていることからして、被密封流体側の接触型シールの背圧作用方向をタンデムシールのようにすることの示唆はない。

図2には、2組の接触型シールにより高圧側(被密封流体側)から低圧側(大気側)へと段階的に減圧させつつシールするように構成されたタンデムシールが開示されている。
そして、この場合には、密封されたチャンバと緩衝チャンバ(図示されていない)との間の制限された相互接続は、密封された圧力の半分までの圧力で密封流体が緩衝チャンバに流入できるように用いることができ、各コンポーネントシールは、被密封流体の全圧力の半分の圧力に耐えるもので有ればよい利点があることが指摘されている。
そして、このような圧力が作用するものであることは、図面に付された圧力曲線からも窺える。
ただし、文表現からして、緩衝チャンバに流入するのは被密封流体であって、それとは異なるいわゆるパージ流体を流入することまでは記載されていない。

図3には、被密封流体側の非接触型シールと大気側の接触型シールとの間に被密封流体より高圧の油を充満させたものが開示されている。
当該図3に示されるものは、特殊な用途と記載される水中ポンプ用を意図するものであり、大気中で使用されるものと比較した場合には、被密封流体を緩衝チャンバに導いて水が該チャンバ内に侵入することを防止するものとして記載されている。
したがって、文表現からして、緩衝チャンバに流入するのは被密封流体であって、それとは異なるいわゆるパージ流体を流入することまでは記載されていない。

図4には、被密封流体側に接触型シールを配設すると共に、大気側にガスシールを配設したものが開示されている。
そして、ここに記載されているものは、「タイプGUメカニカルシール」の名称でBorg-Warner社により販売されているものと記載されており、被密封流体側である内側シールとして液体シールが用いられ、液体の漏洩を防止又は制限する機能を有するものであって、一方、大気側である外側シールとしてガスシールが用いられている。
この外側シールについては、ガスシールとして作用するのに加えて、バックアップシールとして作用するものとされ、内側液体シールが故障した場合には、特定の限定された時間内で、液体シールとして作用するものの、長時間に亘ってその作用を継続するものとしては設計されていないことも記載されている。

図5には、被密封流体側の非接触型シールと大気側の接触型シールとの間に、システム圧としての被密封流体圧より低圧とされた被密封流体を充満させるようにしたものが開示されている。
そして、このような構成を採用したのは、大気側への漏洩を防止するためであることが記載されている。

ここで、「タンデムシール」及び「ダブルシール」の用語は、両者とも1組のシールを用いるものであるものの、シール背圧を加える方向が異なることで区別されるものであることについて、請求人及び被請求人の双方で争いはなく、一般的に接触型シールと非接触型シールとは、メカニカルシールとして別の態様のものであって、甲第4号証の「2.ドライガスシール」の記載とおりであることについて、請求人及び被請求人の双方で争いはない(平成13年6月14日口頭審理調書参照)。

以下、甲第1号証に記載された各発明を示す際には、図番号を用いて「図1の発明」ないし「図5の発明」として特定する。

そこで、本件特許発明と甲第1号証に記載された各発明とを比較する。
甲第1号証に記載された各発明の内、図1の発明は、本件特許発明の構成要件A,B,D及びFは備えると共に、2組の接触型シールを用いるものであるが、被密封流体側である被密封流体より高圧の緩衝流体によりシールを作用させていることからして、本件特許発明の構成要件C及び構成要件Eを備えるものとはいえない。

次に、甲第1号証図2の発明は、タンデムシールであることからして、本件特許発明の構成要件A,C及びFを備えるものの、シールを作用させる背圧を発生する流体が被密封流体であることからして、本件特許発明の構成要件B,D及びEを備えるものとはいえない。

次に、甲第1号証図3の発明は、接触型シールと非接触型シールの軸方向配置が本願特許発明とは逆であり、又、シールを作用させる背圧に関しても、被密封流体或いは水圧よりも高い圧力で油を導入しており、これがパージ流体であると解釈したとしても、前記甲第1号証図1の発明と同様に、本件特許発明の構成要件C及び構成要件Eを備えるものとはいえない。

次に、甲第1号証図4の発明は、被密封流体側には接触型シールが配されること、被密封流体の圧力が接触型シールの背圧として作用することからして、本件特許発明の構成要件C及びFを備えている。
当該図4の発明に関しては、甲第1号証の記載では、その詳細は定かではない。
そこで、請求人は、平成13年6月14日の口頭審理において陳述要領書として、当該図4の発明を説明する参考資料を提出しているので、その記載を検討する。

当該参考資料には、請求人の翻訳によれば、以下のような説明がある。
(1)「TYPE GU MECHANICAL SEAL」
「GU型メカニカルシール
GU型メカニカルシールはU型一次シールとGS型二次シールからなるタンデム構造となっています。U型シールはポンプ液をシールすることに使用され、GS型二次シールは通常のフランジブッシュの代わりにバックアップとして使用されます。GS型シールは40psiまでのガスをシールするように設計されており、一次シールが壊れた場合にはスタフィンボックス内の流体圧力をフルに受ける構造となっています。・・・
この配管には通常の漏洩には十分な穴径のオリフィスが設けてあります。もう一つのタップ穴は圧力スイッチが環状スペースに接続できるために設けられてあります。・・・
U型一次シールが故障の場合、漏洩量が増大するが、オリフィスにより量は制限され、その結果シール間の環状スペース内の圧力が増大します。圧力が圧力スイッチのトリップ値に到達すると、スイッチが働き警報を鳴らすか、ポンプを止めるか、あるいはその両方を行います。
GS型シールはスタフィンボックス圧力に対応して設計されていますので、圧力スイッチとそれにつながる配管もスタフィンボックス圧力にフルに耐えられる設計とすべきです。圧力スイッチはシール間の環状スペース内の圧力が25psiに達した時にトリップするように設定して下さい。」

(2)「TYPE GS MECHANICAL SEAL」
「Borg-Warner ガスシールは潤滑特性をまったく持たないヘリウム、窒素、酸素等のドライガスを密封するために設計、開発されたものです。」
図5に関して、
「波打ち状態の摺動面がテーパーシュー状態のベアリングを形成し、出口面積が小さくなることから、シューの後方側から出ていくよりも多くの流体が先頭側から流れ込むという原理で作動します。流体圧力が摺動面間で発生し回転側摺動面を静止側摺動面から引き離します。」
さらに、
「回転側摺動面のメカニカルシール部分はフラットのままなので、摺動面のベアリング部分に作用する熱歪みの影響を受けません。」とも記載されている。

この訳文を参照するに、甲第1号証に記載されているGU型メカニカルシールが、タンデムシールに位置付けられることは理解できる。
そして、被請求人は、平成13年6月14日の口頭審理において、当該GU型メカニカルシールにおける右側のシールであるGS型シールがメカニカルシールであるか不明であるとする(口頭審理調書参照。)が、前記摘示のようにこれは誤りである。
しかしながら、当該GU型メカニカルシールにおいて、ガスシールとされるGS型シールは、常にシール作用を期待されているものでなく、一次シールとして備えられているGU型シールが破損した場合に、それまでシールしていたシステム側の被密封流体の全圧力を受けて作用することが意識されたものであり、その意味からして、パージ流体を用いてシール作用を得るものとはいえない。
この点について、請求人は、平成13年6月14日の口頭審理において、甲第1号証の図4の発明において、パージの有無は不明、と認めている(口頭審理調書参照。)。
この甲第1号証の図4の発明の技術は、同号証の図2の発明における技術に近いものと理解される。

したがって、これら甲第1号証に記載される先行技術に係る図1から図4の発明には、本件特許発明の構成要件の全てを備えたものが、存在しないとするのが妥当である。

次に、請求人は、甲第1号証の図2の発明には、タンデムシールが記載されており、被密封流体の圧力であるシステム圧に対して緩衝チャンバ内の圧力が、少なくとも中間圧とされることが把握できるのであるから、パージを行うことが認知できる、と主張している(口頭審理調書参照。)。
しかしながら、当該図2の発明は、前記摘示した「高圧側(被密封流体側)から低圧側(大気側)へと段階的に減圧させつつシールするように構成されたタンデムシール」にみられるように、緩衝チャンバに作用するのは、あくまで被密封流体である。
また、甲第1号証に記載されるパージを行っていることが把握できる図1及び図3の発明におけるパージ圧力は、被密封流体によるシステム圧力よりも高くされており、被密封流体を漏洩させない目的からして、パージ圧力をこのように高くすることは必然的と理解される。
してみると、前記に指摘したように図4の発明における右側の二次シールの作用は、一次シールが壊れた場合に対処すべく、被密封流体による背圧を前提とするものであって、常に作用させるための構成として採用するものとして把握することは困難である。
更に、他の発明において示唆されるパージ技術は、パージ圧力を被密封流体によるシステム圧力よりも高くすることが前提であり、これにおいてシステム圧力よりも低い圧力を選択することは、当業者といえども直ちになし得るものとはいえない。

なお、請求人は、平成13年6月14日付け回答書における特許無効の理由「その1」において、「甲第1号証の図面には、図1から図4のタンデムシールが多数記載されており(ただし、図1はダブルシールであり請求人には錯誤がある。)、設計変更的な事項としてチャンバS内に於けるパージ流体の圧力状態を各種変更した実施例や、必要に応じて接触型シール及び非接触型シール(R、S)を簡単に被密封流体側又は大気側に目的に応じて任意に置換できることを説明しております。」(同回答書第2頁第23行〜第3頁第27行)と主張している。
しかしながら、前記に検討したように、甲第1号証の図1ないし図5の発明は、各種の状況に応じて最適な形態を選択すべきであり、その選択に応じた設計が行われることは説明されているものの、いずれのものも単独に提示されているものであり、これらを通じて、『必要に応じて接触型シール及び非接触型シール(R、S)を簡単に被密封流体側又は大気側に目的に応じて任意に置換できること』までも示唆されているものとまではいえない。

かりに、請求人が主張するとおりであるとするならば、甲第1号証における図5の発明は、少なくとも示唆されているタンデムシールが採用されるか、或いはパージ流体が被密封流体でないものを採用したものであるべきとも推察されるが、当該図5の発明は、いわゆるダブルシールであって、接触型シール及び非接触型シールの配置が明らかに本件特許発明とは逆の配置であるとともに、シールは被密封流体により作用するものである。
この点からみても、当該甲第1号証に提示された各先行技術を組み合わせることが示唆されており、当業者が本件特許発明を容易に発明することができる、とする請求人主張は、採用できない。

さらに、請求人は、同回答書における特許無効の理由「その1」において、「そこで、同号証の図2(又は図4)に於けるタンデムシールA+B+C+(D-m)+E+Fの接触型シール(D-m)に、同じタンデムシールである従来技術の甲第2号証の図11、又は甲第3号証の図1、又は甲第4号証のタンデムシールの写真図、又は甲第6号証の図1、又は甲第7号証の図1の各構成要素A+B+(C+m)+D+E+FのDの構成要素を、簡単に置き換える(甲第1号証の図1から図4と上記各号証の図のタンデムシールを同列にして対比すると明確になります)ことができますから、本件特許は容易に案出できたものです。」(同回答書第3頁第10行〜第17行)と主張している。

確かに、この甲第2号証の図11及び甲第7号証の図1には、非接触型シールの構造及びこれをタンデムシールとして用いたものが開示されており、又、甲第6号証の図1には非接触型シールの構成が開示されている。
甲第1号証の図2の発明においては、被密封流体の漏洩により二次シールが作用するものであることは、前記したとおりである。
そして、このような一次シールが壊れた際の、バックアップ用として機能することを前提とした構成である場合、通常の使用においては、一次シールが十分に機能しているものであるから、バックアップ用に代えて常時シール機能を発揮するものとする必要性があると直ちにいえるものではない。
まして、再三指摘しているように、本件特許発明は、被密封流体よりも低圧のパージ流体を用いることをも要件とするものであって、第1メカニカルシールが接触型シールであることと相俟って良好なシール機能を担保するものである以上、メカニカルシールの配置自体の選択にも工夫があるものとして認識すべきものである。
してみると、たとえ、従来技術の甲第2号証の図11、又は甲第6号証の図1、又は甲第7号証の図1に螺旋溝付き非接触型シールの構造が開示されているとしても、これを甲第1号証の図2(又は図4)に於けるタンデムシールに常時シール機能を奏するものとして適用する際に、パージ流体を用いる上での工夫を加えている本件特許発明を当業者が想定し得るとする請求人の主張は採用できない。

さらに、請求人は、同回答書における特許無効の理由「その4」において、「「その4」の無効理由についての証拠資料は、甲第1号証の図4に示すタンデムシールが判断の基本です。この図4のタンデムシールは、各構成要素がA+B+C+D+E+Fに構成されているので、本件特許の構成要件A+B+C+D+E+Fと同一構成のものです。同号証の図4では、大気側気体シールの回転リング(R)は、図5と同様に周面に沿って等配にバイアス32が設けられて摺動面を押圧しているものです(・・・)。この図4ではバイアス32の見えない部分を断面にしたに過ぎません(バイアス32のないメカニカルシールが機能しません・・・)。そして、審判請求書の第10頁(1-9)項の覧に記載してあるように、この大気側シールは「ガスシール」なのです。この製品を製作しているBorg-Waner社の技術カタログを今回提示しましたので、確認すれば明白です。この大気側のシールが一般に非接触型シールであることをより明白に示すために、甲第10号証の第4図、甲第11号証の第4図および甲第12号証の第4図を提示したものです。
尚、図4において、チャンバC内の圧力が低いのは、図示省略のドレン用のタップが大気開放されているためで、このドレン用の通孔を容器に連通すれば、本件特許と同一になるものです。このタップはタンデムシールとして付加的事項ですから、この同号証の図4に示すタンデムシールにより本件特許の請求項1の構成要件は極めて容易に案出されたものです。」(同回答書第6頁第17行〜第7頁第8行)と主張している。
しかしながら、甲第1号証の図4に示されるタンデムシールが本件特許の構成要件を全て備えた同一構成であるとはいえないことは、既に前記した通りである。

次に、同図4に示されるタンデムシールの内、大気側のメカニカルシールが接触型シールとして把握すべきか、非接触型シールとして把握すべきかについて、請求人と被請求人において争いがある(口頭審理調書参照)ので、この点について検討する。
同図4に示されるGU型メカニカルシールがタンデムシールであり、Borg-Waner社の製作によるものであることは、甲第1号証に明記されていることから確認できる。
当該Borg-Waner社の技術カタログにおいて、大気側のメカニカルシールであるGSメカニカルシールは、「波打ち状態の摺動面がテーパシュー状態のベアリングを形成し、出口面積が小さくなることから、シューの後方側から出ていくよりも多くの流体が先頭側から流れ込むという原理で作動します。流体圧力が摺動面間で発生し回転側摺動面を静止側摺動面から引き離します。」(平成13年6月14日付け請求人陳述要領書に添付された同Borg-Waner社の技術カタログの訳文参照)と記載されており、当該記載からは接触型シールとみるよりも、非接触型シールとして把握する方が妥当と推察される。
この意味からして、被請求人の「仮に、当該ガスシールが、バネ等のメカニカルシール構成部材を一部省略して図示されたメカニカルシールであるとしても、甲第1号証のFIG-4に示された形態からみて、それは上記甲第10号証等に記載されたものとは明らかに異なり、接触型シールであるとするのが相当と思料する。」(平成13年6月14日付け被請求人回答書第3頁第11行〜第15行)の主張の内、「接触型シールであるとするのが相当」なる主張は、少なくとも妥当なものとはいえない。
しかしながら、当該GSメカニカルシールが、請求人の主張通りに、当該GSメカニカルシールが非接触型シールであると認識した場合であっても、これにおけるシールの原理は甲第10号証等の非接触型シールと異なるものであり、「ガスシール」として非接触型シールが一般的に採用されていることを前提としたとしても、この非接触型シールには、当該GSメカニカルシールや、甲第10号証等の動圧発生溝を有するもの等の各種のものが存在するのであり、これらが直ちに置換可能なものか否かは、他の構成要件をも加味して検討されるべき事項である。

いずれにしても、本件特許発明におけるタンデムシールの内、大気側の非接触型シールは、常時シール機能を発揮するべく、システム圧力よりも低いパージ流体を用いることをも構成要件としているのであり、当該パージ技術を採用することについて進歩性を否定できる証拠を請求人は提示していないのであり、請求人の特許無効の理由「その4」の主張は採用できない。

(3-2)甲第2号証ないし甲第4号証、甲第6号証ないし甲第8号証
に記載される非接触型シールを複数組み合わせた先行技術を
中心とする検討
(密封流体側に位置する非接触型シールを接触型シールに
置換することの容易性)

甲第2号証ないし甲第4号証、甲第6号証ないし甲第8号証には、請求人が主張するように、確かにタンデムシールに関するものであって、被密封流体側の第1シールと、大気側の第2シールのいずれもが非接触型シールのものが開示されている。

そして、請求人は、平成13年6月14日付け回答書における特許無効の理由「その2」において、「「その2」の無効理由についての証拠資料は、甲第2号証、又は甲第3号証、又は甲第4号証、又は甲第6号証、又は甲第7号証を判断の基本とするものです。
この各号証に記載のタンデムシールは、各構成要素がA+B+C+m+D+E+Fと構成されています。そして、いずれも被密封流体側の第1非接触型シールに有する螺旋溝(動圧発生溝)の溝の深さが大気側の第2非接触型シールに有する溝の深さよりも浅く形成されているのです。従って、被密封流体側の第1非接触型シールに於ける溝の深さと大気側の第2非接触型シールに於ける溝の深さを平行に浅くして行くと、第1非接触型シールの溝の深さがゼロに近づいても第2非接触型シールの溝は残っているわけですから、本件特許と同一の構成になります。つまり、本件特許は、上記甲各号証の1実施態様にしか過ぎません。尚、この深さというのは50とか100マイクロインチ以下なのです。つまり、外見的には甲各号証も本件特許もほぼ同一形状なのです。
そして、接触型シールとか、非接触型シールとは、名称が違うので技術が大きく異なると思われるかもしれませんが、初等的な流体力学で理解できますように接触型シールに比べて高速回転時のみに摺動面に形成された溝に巻き込む流体によって微少な間隙が生じるわけです(特に、気体の被密封流体では、この間隙が大きくなれば被密封流体の漏洩に繋がるので溝の深さは微少な深さにするのです)。このことのみで単に非接触型シールと呼んでいる訳です。」(同回答書第4頁第2行〜第22行)と主張すると共に、これに続いて「一方、接触型シールでも、回転時に摺動面間(シール面間)に流体が介在すれば間隙が生じるので、実質的に、接触型シールでも非接触型シールに機能変化するのです。
そして、回転軸が停止時又は低速回転時には、接触型シールも非接触型シールも摺動面が密接していますから同一機能を有して何ら相違するものではないのです。高速回転につれて非接触に移行する時期が早いか遅いかだけなのです。このことは当業者であれば周知の事実です。つまり、非接触型シールは、接触型シールに於ける摺動面の内周側又は外周側の1部(甲第5号証に於ける図2の溝の形状及びその内周摺動面に注目して下さい。この溝は特許図面として拡大して適当に書いてありますが、内周摺動面は接触型シールになっています)に溝を付加した単なる設計的事項です(空気軸受けなどの技術を転用した技術です)。
従って、本件特許の構成要素Cは、上記各号証に於ける被密封流体側の螺旋溝の深さをゼロにしたタンデムシールの一形態にしか過ぎません(甲第1号証の図2を考えれば明白です)。」(同回答書第4頁第23行〜第5頁第8行)と主張している。

さらに、請求人は、同回答書における特許無効の理由「その3」において、「「その3」の無効理由についての証拠資料は、甲第2号証の図1、又は甲第3号証の図1、又は甲第4号証の図1、又は甲第6号証の図3、又は甲第7号証の図1を判断の基本とするものです。この各号証のタンデムシールの構成要件は、A+B+C+m+D+E+Fとなっております。
そして、前述しましたように、非接触型シールは、接触型シールにおける摺動面の内外周の1部に微細な溝(m)を設けたものです。元々、接触型シールでも高速回転状態で摺動面間に流体が介在すれば摺動面間は離間するから非接触状態となります。一方、非接触型シールでは、この摺動面に、空気軸受けと同様に溝を設けて積極的に微細な間隙を発生させたに過ぎません。
従って、本件特許の発明よりも摺動抵抗を小さくするために、接触形シール(C)の技術に動圧発生溝(m)の技術を付加したのが甲各号証ですから、甲各号証のタンデムシールから摺動抵抗を無視して動圧発生溝を削除すれば、本件特許の構成要素Cとなるのです(しかし、シール能力は向上します)。この関係は当業者であれば周知の事実ですから、必要に応じて、A+B+C+m+D+E+Fを、A+B+C+D+E+Fに設計変更することは極めて容易に成し得ることです。つまり、タンデムシールの構成に於いて、被密封流体側のシールを接触型シールにするか、非接触型シールにするかは接触型シールが公知であって、この技術に公知の動圧発生溝(m)の技術を付加するか否かの設計に於ける選択事項なのです。」(同回答書第5頁第15行〜第6頁第6行)と主張する。

これらの請求人主張は、いずれも本件特許発明における被密封流体側の第1メカニカルシールが非接触型シール、すなわち動圧発生溝を有するものと認識できることを前提とするものである。

また、これに付随して、請求人は、審判請求書において、
「更に、甲第3号証の証拠として、(3-9)項に、「各シールモジュールは、・・・それらのうちの一つ(一方のシールモジュール)は螺旋ポンプ溝を有している。」と記載されているように、タンデムシールの一方を非接触型シールにすると共に、他方を接触型シールとすることは周知技術である。」(審判請求書第39頁第21行〜第24行)と主張している。

そこで、当該甲第3号証の該当個所の記載及び対応する特許として提示されている米国特許第5,217,233号明細書の相当箇所の記載を検討する。
しかしながら、これらの記載箇所には、あくまでも、タンデムシールとして用いる場合において、総てを螺旋溝を有する形態のシールを用いるものとして記載されるのみであって、請求人主張のように、「タンデムシールの一方を非接触型シールにすると共に、他方を接触型シールとする」ことが直ちに周知技術とする記載は見当たらない。
しいて、関連する記載箇所としては、以下の2箇所が存在する。

(甲第3号証第4頁右上欄第10行〜第17行)
「ここで、発明によって提案される解決策は、各々が一対のシール面を有する一連のモジュールであり、一対のシール面のうちの一つは、螺旋溝タイプのものであって、それを超えて、各々のモジュール内の変形された面の形状(例えば、溝の寸法)によって達成される、予測された(計算された)割合の圧力降下がある。」

(米国特許第5217233号明細書第1欄第43行〜第48行)
「The solution proposed by the inventors herein is a series of modules each having a pair of sealing faces, of which one seal face is of the spiral groove type, across which there is a pressure drop of predictable (caluculated) proportion achieved by altered face geometry (e.g. groove dimension) in each module.」

しかし、これらの記載箇所には、一つのモジュールを構成している一対のシール面に関して、対面する二つのシール面の内の一方のシール面に螺旋溝が施されていること(すなわち、対面する他方のシール面には螺旋溝が施されていないこと)が記載されているに過ぎず、二つ以上用いられる前提のモジュールの個々が、螺旋溝を有するものと、有しないものであることを記載しているものとはいえない。

また、本件特許発明の被密封流体側の第1メカニカルシールにおいて動圧発生溝を有するものと認識することが、本件特許明細書の記載からみて妥当なものでないことは、前記したとおりである。
このように、請求人の主張は、前提において誤りがあり、これを採用することはできない。

さらに、又、請求人は、同回答書における特許無効の理由「その5」において、「甲第1号証の図4又は甲第8号証の図1に示すタンデムシールの構成は被密封流体側の第1メカニカルシールが接触型シールであって、2段目の第2メカニカルシールが非接触型シールに配置されているのです。この各号証の記載内容から、このメカニカルシールをどのように配置するかは、被密封流体のシール目的に応じて設計する際に、自由に選択される事項であることが分かります。」(同回答書第7頁第17行〜第22行)と主張している。
しかしながら、たとえ甲第1号証の図4のタンデムシールの2段目の第2メカニカルシールが非接触型シールであるとしても、本件特許発明は被密封流体よりも低圧のパージ流体を用いることをも要件とするものであって、第1メカニカルシールが接触型シールであることと相俟って良好なシール機能を担保するものである以上、メカニカルシールの配置を適用する際に、パージ流体を用いる上で工夫を加えているものとして認識すべきであって、単に組み合わせた構成要件単体に類似があることのみをもって進歩性を否定することに妥当性があるとはいえない。

同主張においては、甲第8号証に記載されるタンデムシールの場合には、機器外部の海水が被密封流体であると説明されており、少なくとも被密封流体側のシールは接触型であって、他の機器内部側であるシールは非接触型シールであるから、本件特許発明とメカニカルシール配置が類似していると主張されているものと推察される。
確かに、請求人が主張するように、当該甲第8号証においては、機器内外の関係が他の甲各号証とは逆の関係のものである(甲第1号証の図3は甲第8号証と同じ水中ポンプの例である。)。
しかしながら、この甲第8号証では、その第3欄第27行〜第31行に「機外面封じ14は、通常の設計のもので、螺旋溝付き面封じ12に対し従属に取り付けられる。油室26内の油圧でカーボンのランナ56をそれと対面する定置のセラミックの部材58に対して押圧するようにする。」と記載されており、また、第4欄第55行〜第66行に「このとき、油圧室26の最適圧力は、モータ内への水の吸い込みを防ぐのに望まれる高い油圧と、機外面封じに於ける油の吸い出し速度を制限するために望まれる低い油圧との中間で選ばれる。
環状油室26に望まれる圧力が一旦選ばれれば、この圧力を生じるのに必要な螺旋溝付き機内面封じの幾何学的な形は、1966年にフィリップス・テクニカル・ライブラリから出版された螺旋溝軸受と言う表題のE.A.ムイデルマンの論文に示す所に従って決めることができる。」と記載されているように、モータ内へ水を吸い込まないようにすることが前提とされている。
そして、機器外部からの海水侵入を防ぐためのシールは接触型シールであるが、定置のセラミックの部材58に対して油室26内の圧力で押圧するものであって、機器外の海水圧力は専ら油室26内への侵入圧力として作用するものであり、シール作用に寄与するものとして、言い換えれば、シール機能を担保するために作用する圧力を成しているとはいえない。
したがって、甲第8号証に記載されるタンデムシールが、本件特許発明と類似するとしても、シール作用を担保する圧力の関係が異なり、甲第1号証に記載される各発明に直ちに適用可能なものとはいえない。

(3-3)まとめ
請求人は、前記に検討した特許無効の理由「その1」ないし「その5」に加えて、
「本件特許の請求項1に係わる特許発明は、甲第1号証から甲第12号証に記載された周知な発明に基いて、上記した特許無効の理由の「その1」、「その2」、「その3」、「その4」、「その5」、と多数項の特許無効の理由が成立する。このように多数の特許無効の理由が成立する証拠は、本件特許の請求項1に係わる特許発明が周知技術の寄せ集めたにすぎないことを、証明するものであると言わなければならない。
よって、請求項1に係わる特許発明は、いわゆる当業者が容易に発明できたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、上記請求項1に係わる本件特許は平成5年法改正前特許法第123条第1項第1号に規定により、無効とすべきである。」(審判請求書第45頁第15行〜第24行)、或いは
「(ヘ)本件特許のシールの組合せについて
本件特許の各シール組合せ(システム)は、甲第1号証の図1から図5、特に図4、甲第2号証の図11、甲第3号証の図1、甲第4号証のタンデムシールの写真図、甲第6号証の図3、甲第7号証の図1、甲第8号証の図1、3、5にシステムとして開示されております。従って、これだけ多くの例の組合せが存在して、その組合せに進歩性があるとは、発明の効果から判断して常識ではありません。それは、本件特許により奏するとの発明の効果が、本件特許の構成要件と無関係な効果が記載されていることからも明かです。
本件特許が認められるのは、各シールのみが知られており、タンデムシールのような組合せが存在しない数十年前の技術水準の時です。」(回答書第8頁第6行〜第16行)
等の主張を行っている。
これらの請求人主張は、本件特許発明の構成要件AないしFのいずれもが個別に周知のものであって、それらの組合せたとしても格別な発明と認識できないことを指摘するものと解される。

しかしながら、請求人の主張は、本件特許発明の第1メカニカルシールが「動圧発生溝を有しない」との明記がないことから、ひとまず、この「動圧発生溝」を有するものと認識し得るともいい得ることに起因し、接触型シールと非接触型シールとが同等なものとする観点に立って主張するものであるが、被請求人は平成13年6月14日の口頭審理において「本件特許の接触型シールは、接触するシール面をフラットな面とするもので、螺旋溝を有するものではない。」と明言しており、また、シール技術において、このような「動圧発生溝」を有するものを非接触型シールとして把握すること自体は、通常の分類として認識されている以上、単に、接触型シールであることを特定する上で、本件特許発明の第1メカニカルシールは「動圧発生溝を有しない」との明記がないことを、特許明細書の記載不備といえるものともいえない。

なお、前記(3-1)及び(3-2)で検討した以外にも甲第5号証、甲第9号証ないし甲第12号証が提示されており、これらの甲各号証には、いずれも、非接触型シールとしてシール摺動面に動圧発生溝を有するものが開示されている。
そして、請求人が主張するように、これら甲各号証からは、たとえシール摺動面に動圧発生溝を有するものであっても、設けられた動圧発生溝の仕様によりシール機能には各種のものが存在すること、また、非接触型シール構成に特徴を有するものとされる場合には、その動圧発生溝の構造を詳細に定義しなければ、それにより得られる作用効果が定かに特定されたものとはいえないこと等が把握される。
しかしながら、これらの甲各号証においては、あくまでもシール作用を奏するべく与えられた背圧状態に関しての考察が詳細に説明されるものの、パージ技術との関係を明示するところは具体的な記載も示唆もないものであって、単に、非接触型シールの構造及び作動原理を説明するものでしかない。
してみるに、前記(3-1)及び(3-2)で検討したように、パージ技術を適用する上で本件特許発明が特定しているシステム圧との関係において、背圧をいかに加えるかの観点を検討する上で、参考とし得るものはないこととなる。
この意味からして、これらの甲各号証は、シール技術における非接触型シールの周知技術を説明するものでしかないものと判断せざるをえない。

また、請求人は、パージ技術とは、被密封流体以外の流体をシール機能のために作用させるものとして広義に解釈し、シール・システムとしてパージ技術を組合せる際に、要求される仕様を満たすために工夫することを、すべて設計事項と位置付けているが、前記に検討したように、この工夫を否定するのであれば、被密封流体に比較して低圧のパージ流体圧を用いる例が提示されるべきであるところ、これを提示する文献が提示されているわけではない。

してみると、請求人主張は、現在提示されている文献において、例え、タンデムシールの組合せが周知であるとしても、被密封流体に比較して低圧のパージ流体圧を用いることに関しては裏付けを欠くものであって、「その1」ないし「その5」のいずれも採用することはできない。

本件特許発明は、タンデムシールにおける接触型シールと非接触型シールの組合せに加えてパージ技術の構成要件をも備えるものであって、高蒸気圧流体において用いられる場合をも想定して、被密封流体の漏洩を防止すべく接触型メカニカルシールを採用し、機器の大型化を避けるべく上記被密封流体の圧力であるシステム圧力よりも低圧のパージ流体を採用することで、小型化をも可能とするものであって、先行技術とは異なる格別な作用効果を奏するものといえるものである。

よって、本件特許発明は、甲第1号証ないし甲第12号証に記載された発明のいずれとも同一あるいはこれらの甲各号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることもできない。

6.むすび
したがって、請求人が主張する理由及び提示した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。
また、他に本件特許を無効とすべき理由を発見しない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2001-08-23 
出願番号 特願平4-39621
審決分類 P 1 112・ 121- Y (F16J)
P 1 112・ 531- Y (F16J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 大槻 清寿千葉 成就  
特許庁審判長 酒井 進
特許庁審判官 船越 巧子
長屋 陽二郎
登録日 1996-05-23 
登録番号 特許第2055326号(P2055326)
発明の名称 軸封装置  
代理人 杉本 丈夫  

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