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審決分類 審判 全部無効 特123条1項8号訂正、訂正請求の適否 無効とする。(申立て全部成立) F04B
審判 全部無効 2項進歩性 無効とする。(申立て全部成立) F04B
管理番号 1049375
審判番号 審判1995-20944  
総通号数 25 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1985-09-09 
種別 無効の審決 
審判請求日 1995-09-26 
確定日 2001-11-12 
事件の表示 上記当事者間の特許第1711111号「容量可変型斜板式圧縮機」の特許無効審判事件についてされた平成11年11月24日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成12年(行ケ)第3号平成13年1月31日判決言い渡し)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 特許第1711111号発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 I.手続の経緯

(1)特許第1711111号発明(以下、「本件発明」という。)の特許は、昭和59年2月21日に出願された昭和59年特許願第29654号に係るものであって、平成2年12月20日の出願公告(平成2年特許出願公告第61627号)を経て、平成4年11月11日に特許権の設定の登録がされたものである。
(2)これに対し、平成7年9月26日に、カルソニック株式会社より、本件発明の特許を無効にすることについて審判請求がされ、平成7年審判第20944号事件として審理された結果、平成8年8月30日に「本件審判請求は、成り立たない。」との審決がされた。
(3)この審決に対し、東京高等裁判所において、「特許庁が平成7年審判第20944号事件について平成8年8月30日にした審決を取り消す。」との判決[平成8年(行ケ)第227号、平成10年9月8日判決言い渡し]がされた。
(4)平成10年9月18日に、本件発明の特許の願書に添付された明細書を訂正することについて審判請求がされ、平成10年審判第39065号事件として審理された結果、平成11年3月23日に同訂正を認める旨の審決がされた。
(5)その後、平成7年審判第20944号事件について再び審理された結果、平成11年11月24日に「本件審判請求は、成り立たない。」との審決がされた。
(6)この審決に対し、東京高等裁判所において、「特許庁が平成7年審判第20944号事件について平成11年11月24日にした審決を取り消す。」との判決[平成12年(行ケ)第3号、平成13年1月31日判決言い渡し]がされた。
そして、当該判決書が平成13年1月31日に原告及び被告(サンデン株式会社)に送達され、当該判決は、平成13年2月15日に確定した。


II.当事者の主張

1.請求人の主張
請求人は、「本件発明に係る特許を無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする。」との審決を求め、その理由として、次の「理由1」又は「理由2」を主張している。

(1)理由1
本件発明は、甲第1号証ないし甲第3号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第1号(同条第1項第2号の趣旨と解される。)により、無効とすべきである(平成7年9月26日付けの無効審判請求書第1頁第29行〜第2頁第3行参照)。
<証拠方法>
甲第1号証:米国特許第4,425,837号明細書
甲第1号証の1:米国特許第4,425,837号明細書の翻訳文
甲第2号証:米国特許第4,073,603号明細書
甲第2号証の1:米国特許第4,073,603号明細書の翻訳文
甲第3号証:オーストラリア特許公開第15,629号明細書
甲第3号証の1:オーストラリア特許公開第15,629号明細書の翻訳文
(2)理由2
平成10年審判第39065号事件に係る訂正後の本件発明は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、当該訂正は、特許法第126条第4項の規定に違反したものであり、その特許は同法第123条第1項第7号(同条第1項第8号の趣旨と解される。)により、無効とすべきである(平成11年8月24日付けの弁駁書第1頁第18〜23行及び同第9頁第10〜21行参照)。

2.被請求人の主張
被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は、請求人の負担とする。」との審決を求めた。


III.当審の判断

まず、上記理由1について検討する。

1.本件発明
本件発明の要旨は、平成10年審判第39065号事件に係る訂正後の特許の願書に添付された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
「クランク室に配置された斜板と、シャフト軸と平行に配置された複数のシリンダーに摺動可能にそれぞれ配置された複数の中空円筒状のピストンと、該ピストンを前記斜板に連結するための連結機構と、前記斜板の傾斜角が予め定められた範囲で変化可能に前記斜板を前記シャフト軸に支持するためのヒンジ機構と、前記クランク室圧力を調整するための調整手段とを有し、前記斜板の両面に球面を有する一対のスライディングシューをその球面を外側にして該斜板の円周に沿って摺動可能な状態に当接して前記連結機構を構成し、上記シリンダー内で摺動可能に前記ピストンに設けたピストンロッドの先端部を2又にし、当該2又の先端部の一方を前記シャフト軸の軸線方向において前記斜板と前記ヒンジ機構との間に配置し、上記ヒンジ機構のヒンジ部と略同じ半径方向位置において上記2又で前記一対のスライディングシューを挟持して、前記ピストンを前記斜板に連結し、前記シャフト軸の回転によって上記ヒンジ機構を介して前記斜板を回転させ、前記ピストンを前記シリンダー内で往復運動させ、前記調整手段によって前記クランク室圧力を調整することによって前記斜板の傾斜角を変化させて、前記ピストンのストローク量を変化させるようにしたことを特徴とする容量可変型斜板式圧縮機。」

2.甲第1号証に記載された発明
甲第1号証(米国特許第4,425,837号明細書)には、次のような記載があることが認められる。
イ.「第1図を参照すれば、自動車の空調用圧縮機として使用する…可変容量アキシャルピストン機械の好適実施例が示されている。この場合の…圧縮機は、…二分割シリンダブロック10、12を備えたハウジングから構成されている。」(第2欄第3〜9行)
ロ.「第1図、第2図及び第3図に見られる如く、…左側分割片12は、軸18の中心線29と平行に…作動ピストンアキシャルシリンダを備えている。右側のシリンダブロック分割片10は、…直径が小さく且つそれぞれの作動ピストンアキシャルシリンダ28と軸方向に心を合わせて並ぶ相補的数のピストン案内アキシャルシリンダ30を備えている。」(第2欄第16〜25行)
ハ.「作動ピストンシリンダ28には、…従来型の吸排気弁装置が備えられている一方、他方のガイドシリンダ30は、…シリンダブロックのクランクケース内部42に開かれている。」(第2欄第43〜48行)
ニ.「斜板44は、斜板44の直径線上の向かい合う位置に圧入され且つ内端部が軸のそれぞれの平坦な側面上で軸方向に伸びた案内溝62に案内される1対の半径方向旋回支軸ピン60で軸中心線29に沿い移動可能な軸中心線29と直角に交差した軸58を中心として旋回する。軸58を中心として旋回すると同時に行う斜板44の軸方向移動は、斜板44の側面46に固定され且つそれから突出して、軸中心線29に直角で且つそれから半径方向に間隔を空けたピン66と近接側端部が連結された1対のアーム64から構成されたピン及びガイド装置によって案内されている。」(第3欄第4〜16行)
ホ.「案内ピン66は、軸18に形成された弧状の長穴68内で案内され、そして斜板が…移動すると斜板がピン60及び案内溝62によって強制的に…動かされ且つ一緒に全部のピストン32を変位させて作動シリンダ28内の一定隙間容積(ヘッド隙間)を維持するようにしてピン66及びそれによって斜板44を案内する作動を行う。斜板44は、側板45及び46がピストン32と滑動自在に駆動且つ旋回する状態で相互接続されて軸の回転時に往復運動を行う。この機能は、ピストンヘッド34及びピストンガイド端部36とは反対側の各ピストンの内側空間に側板45及び46が配置されるように斜板44の外周上を超えるブリッジ70を各ピストンに設けることによって得られる。」(第3欄第16〜31行)
ヘ.「ピストンヘッド側には、ブリッジ70一方側のピストンのソケット76及び斜板側面45と滑動自在に係合した摺動部材79のソケット78の両者と係合するボール74が各ピストンに備えられている。次に、斜板反対側において、ブリッジ70反対側のピストンのソケット82及び斜板側面46と滑動自在に係合した摺動部材86のソケット84の両者と係合するボール80が同様に各ピストンに備えられている。」(第3欄第32〜40行)
ト.「上述の可変角度斜板装置の場合では、斜板の角度は、本明細書にも参照して組み込まれている前述の米国特許第4,108,577号及び第4,073,603号に開示された如きサーボ機構又は被制御クランクケース圧力によって制御できるであろう。」(第3欄第54〜58行)
チ.第1図及びその説明から、「ブリッジ70の2又の一方の内側が軸18の軸線方向において斜板44と案内ピン66との間に位置すること」が看取できる。
これらの記載事項と図面第1図の記載を総合すれば、甲第1号証には、次のような発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「クランクケース内部42に配置された斜板44と、軸18と平行に配置された複数の作動ピストンシリンダ28に摺動可能にそれぞれ配置された複数のピストンヘッド34と、該ピストンヘッド34を前記斜板44に相互接続する接続機構と、前記斜板44の傾斜角が予め定められた範囲で変化可能に前記斜板44を前記軸18に支持するための案内ピン66が弧状の長穴68に案内される旋回補助機構とを有し、前記斜板44の両面にボール74,80と摺動部材79,86の一対の摺動組合体をその球面を外側にして該斜板44の円周に沿って摺動可能な状態に当接して前記接続機構を構成し、上記作動ピストンシリンダ28内で摺動可能に前記ピストンヘッド34に設けたブリッジ70の下端部を2又にし、当該2又の下端部の一方を前記軸18の軸線方向において前記斜板44と前記旋回補助機構の支点である案内ピン66との間に配置し、上記旋回補助機構の支点である案内ピン66より離れた半径方向位置において上記2又で前記一対の摺動組合体を挟持して、前記ピストンヘッド34を前記斜板44に連結し、前記軸18の回転によって上記旋回補助機構を介して前記斜板44を回転させ、前記ピストンヘッド34を前記作動ピストンシリンダ28内で往復運動させ、前記斜板44の傾斜角を変化させて、前記ピストンヘッド34のストローク量を変化させるようにした可変容量アキシャルピストン機械。」

3.本件発明と引用発明との対比・判断
本件発明と引用発明とを対比すると、引用発明の「クランクケース内部42」は、その技術的意義からみて、本件発明の「クランク室」に相当し、同様に、「斜板44」は「斜板」に、「軸18」は「シャフト軸」に、「作動ピストンシリンダ28」は「シリンダー」に、「ピストンヘッド34を前記斜板44に相互接続する接続機構」は「連結機構」に、「案内ピン66が弧状の長穴68に案内される旋回補助機構」は「ヒンジ機構」に、「旋回補助機構の支点である案内ピン66」は「ヒンジ機構のヒンジ部」に、「ブリッジ70の下端部」は「ピストンロッドの先端部」に、「可変容量アキシャルピストン機械」は「容量可変型斜板式圧縮機」に、それぞれ相当すると認めることができる。
また、本件発明の「ピストンヘッド34」と引用発明の「中空円筒状のピストン」は、「ピストン主部」の限度で一致し、本件発明の「ボール74,80と摺動部材79,86の一対の摺動組合体」と引用発明の「球面を有する一対のスライディングシュー」は、「球面を含む一対の摺動体」の限度で一致していると認めることができる。
したがって、本件発明と引用発明の対比における一致点及び相違点は、以下のとおりであると認めることができる。
<一致点>
クランク室に配置された斜板と、シャフト軸と平行に配置された複数のシリンダーに摺動可能にそれぞれ配置された複数のピストン主部と、該ピストン主部を前記斜板に連結するための連結機構と、前記斜板の傾斜角が予め定められた範囲で変化可能に前記斜板を前記シャフト軸に支持するためのヒンジ機構とを有し、前記斜板の両面に球面を含む一対の摺動体をその球面を外側にして該斜板の円周に沿って摺動可能な状態に当接して前記連結機構を構成し、上記シリンダー内で摺動可能に前記ピストン主部に設けたピストンロッドの先端部を2又にし、上記2又で前記一対の摺動体を挟持して、前記ピストン主部を前記斜板に連結し、前記シャフト軸の回転によって上記ヒンジ機構を介して前記斜板を回転させ、前記ピストン主部を前記シリンダー内で往復運動させ、前記斜板の傾斜角を変化させて、前記ピストン主部のストローク量を変化させるようにした容量可変型斜板式圧縮機。
<相違点>
(1)ピストン主部の構成について、本件発明では、「中空円筒状のピストン」としているのに対し、引用発明では、「ピストンヘッド34」としていて、中空円筒状か否か不明である点(以下、「相違点1」という。)。
(2)斜板の傾斜角を変化させる態様について、本件発明では、「クランク室圧力を調整するための調整手段を有し、当該調整手段によって前記クランク室圧力を調整することによって斜板の傾斜角を変化させる」としているのに対し、引用発明では、どのように斜板の傾斜角を変化させるか不明である点(以下、「相違点2」という。)。
(3)連結機構の構成について、本件発明では、「斜板の両面に球面を有する一対のスライディングシューをその球面を外側にして該斜板の円周に沿って摺動可能な状態に当接して連結機構を構成し」としているのに対し、引用発明では、「斜板44(斜板)の両面にボール74,80と摺動部材79,86の一対の摺動組合体をその球面を外側にして該斜板44(斜板)の円周に沿って摺動可能な状態に当接して接続機構(連結機構)を構成し」としている点(以下、「相違点3」という。)。
(4)ピストンと斜板の連結の位置について、本件発明では、「ピストンロッドの先端部を2又にし、当該2又の先端部の一方をシャフト軸の軸線方向において斜板とヒンジ機構との間に配置し、上記ヒンジ機構のヒンジ部と略同じ半径方向位置において上記2又で一対のスライディングシューを挟持して、ピストンを前記斜板に連結し」としているのに対し、引用発明では、「ブリッジ70(ピストンロッド)の下端部(先端部)を2又にし、当該2又の下端部(先端部)の一方を軸18(シャフト軸)の軸線方向において斜板44(斜板)と旋回補助機構(ヒンジ機構)の支点である案内ピン66(ヒンジ部)との間に配置し、上記旋回補助機構(ヒンジ機構)の支点である案内ピン66(ヒンジ部)より離れた半径方向位置において上記2又で一対の摺動組合体を挟持して、ピストンヘッド34を前記斜板44(斜板)に連結し」としている点(以下、「相違点4」という。)。
次いで、これらの相違点について検討する。
<相違点の検討>
(1)相違点1について
圧縮機のピストンにおいて、ピストンを中空円筒状とすることは、従来周知の技術的事項であって(例えば、甲第2号証の第1図の記載参照)、また、引用発明において、ピストンヘッド34を中空円筒状とすることを妨げる特段の事情も見当たらない。
してみると、相違点1に係る本件発明の構成は、引用発明の採用に際し、当業者が必要に応じ適宜実施できた単なる設計的事項というべきである。
(2)相違点2について
甲第1号証には、上記記載事項トに照らせば、クランクケース圧力を調整することによって斜板の傾斜角を変化させることを強く示唆されていて、かつ、引用発明が、斜板の傾斜角を変化させる態様として、これと別異の手段を必須としているものでもない。
そして、容量可変型斜板式圧縮機において、クランク室圧力を調整するための調整手段を設け、当該調整手段によってクランク室圧力を調整することによって斜板の傾斜角を変化させるようにすることは、従来周知の技術的事項である(例えば、甲第2号証の記載参照)。
してみると、相違点2に係る本件発明の構成は、引用発明の採用に際し、当業者が必要に応じ適宜実施できた単なる設計的事項というべきである。
(3)相違点3について
本願発明の「球面を有するのスライディングシュー」は、引用発明の「ボール74,80」と「摺動部材79,86」の揺動許容関係をなくしたものに相当し、引用発明において、このように「ボール74,80」と「摺動部材79,86」の揺動許容関係をなくしても、他の面が揺動許容関係を維持するので引用発明の稼動が不可能になるわけでもない。
しかも、斜板の両面に球面を有する一対のスライディングシューをその球面を外側にして該斜板の円周に沿って摺動可能な状態に当接して連結機構を構成することは、従来周知の技術的事項である(例えば、米国特許第3746475号明細書参照)。
してみると、相違点3に係る本件発明の構成は、引用発明の採用に際し、当業者が必要に応じ適宜実施できた単なる設計的事項というべきである。
(4)相違点4について
引用発明において、相違点4に係る本件発明の構成とするには、旋回補助機構(ヒンジ機構)の支点である案内ピン66(ヒンジ部)の位置を、軸18(シャフト軸)の軸線よりさらに半径方向外方になるように変更することを要する。
確かに、旋回補助機構(ヒンジ機構)の支点である案内ピン66(ヒンジ部)の位置を、軸18(シャフト軸)の軸線よりさらに半径方向外方になるように変更すれば、斜板に作用する力による案内ピン66(ヒンジ部)を支点としたモーメントの大きさが変わることになる。
しかしながら、このような案内ピン66(ヒンジ部)の位置の変更に伴うモーメントの大きさの変化は、当業者にとってたやすく予測できることであって、斜板の傾斜角を調整する手段の大きさ等の決定も、ピストンの数、配置、大きさ及び圧力等の必要な要因を考慮して、当業者が実施に際して行う通常の実験等を通して容易に決定することが可能であると認められる。
ただ、引用発明の実施例を示す第1図のような態様において、旋回補助機構(ヒンジ機構)の支点である案内ピン66(ヒンジ部)の位置を、軸18(シャフト軸)の軸線よりさらに半径方向外方になるように変更するには、往復運動するピストン32のピストンガイド36と回転運動する案内ピン66(ヒンジ部)等が干渉しないように配慮する必要があるから、直ちにその変更が可能なわけではないと解される。
しかしながら、引用発明の第1図で示された実施例においても、ピストンシリンダ28と案内シリンダ30の大きさや中心の位置が異なることからみて、ピストンガイド36及び案内シリンダ30の大きさを小さくすると共に、中心の位置を軸18(シャフト軸)の軸線よりさらに半径方向外方になるように変更して、往復運動するピストン32のピストンガイド36と回転運動する案内ピン66(ヒンジ部)等が干渉しないように設計することは、当業者にとって容易に実施可能である。
なお、この相違点4に関して、『本件発明は、当該相違点4に係る本件発明の構成により、「圧縮側ピストンの圧縮反力による負荷の合力によって生ずるヒンジ部(ヒンジピン11)を中心とするモーメントM1は同図中右方向に、すなわち、斜板の傾斜を増大させる方向に作用し、他方、ブローバイガスによりクランク室1a内の圧力が上昇することに伴ってクランク室1aと吸入室27の間の圧力差が増大することにより生ずるヒンジ部(ヒンジピン11)を中心とするモーメントM3は同図中左方向に、すなわち、斜板の傾斜を減少させる方向に作用して、これらの両モーメントの強弱関係によって斜板の傾斜角度が制御される」といった顕著な作用効果を奏するが、引用発明は、このような作用効果を奏することができない。』といった考え(以下、「考えA」という。)があるかもしれない。
これに対し、甲第1号証には、そこに記載された発明の斜板の傾斜の制御につき、上記記載事項トのとおりの記載があり、この記載によれば、引用発明につき被制御クランクケース圧力による制御、すなわち、圧縮側ピストンの圧縮反力による負荷の合力によって生ずる案内ピン66(ヒンジ部)を中心とするモーメントと、ブローバイガスによりクランクケースの圧力が上昇することに伴って生ずる案内ピン66(ヒンジ部)を中心とするモーメントとの強弱関係によって斜板の傾斜を制御する態様も記載されていることは明らかである。そうすると、これらの両モーメントの強弱関係によって斜板の傾斜を制御すること自体が、相違点4に係る本件発明の構成によってのみ奏することができる作用効果であるということはできないので、上記考えAは失当である。
また、『引用発明について、複数のピストンの圧縮反力の合力によるヒンジ部を中心とするモーメントの方向が、クランクケース室圧の合力によるヒンジ部を中心とするモーメントと同じ方向、すなわち、引用例1の第1図において右回りとなる斜板の傾斜を減少させる方向となって、両モーメントがバランスし合う関係にない。』といった考え(以下、「考えB」という。)があるかもしれないが、甲第1号証には、これを根拠付ける記載は見当たらないのみならず(同第1図によっても、複数のピストンの圧縮反力の合力が案内ピン66の上部に作用すると断定することはできない。)、前示のとおり、そこに記載された引用発明につき被制御クランクケース圧力によって制御する態様が記載されているのであるから、上記考えBは失当である。
また、『本件発明の「複数のシリンダー」との構成につき、3本のシリンダーを等間隔に配置したものを想定して、圧縮側ピストンの反力による負荷の合力Fの作用点がピストンP1(ヒンジピン11)の位置からシャフト軸側にややずれた位置(短い距離の位置)にあるとし、これを前提として、負荷の合力FによるモーメントM1が比較的小さいから、クランク室の圧力の合力は比較的小さくて足り、相違点4に係る本件発明の構成により比較的小さなモーメントM1の下で斜板の傾斜角度が適切に制御され、かつ、斜板の傾斜角度の調整動作が軽く、円滑に行われる効果を奏する。』といった考え(以下、「考えC」という。)があるかもしれないが、本件発明の「複数のシリンダー」との構成において、シリンダーの数が3本よりもさらに多いものを想定すれば、圧縮側ピストンの反力による負荷の合力Fの作用点がシャフト軸側に移動することは技術常識であり、そうすると、シリンダーの数につき「複数のシリンダー」とのみ規定する本件発明において、負荷の合力Fの作用点がピストンP1(ヒンジピン11)の位置から短い距離にあるとは必ずしもいえないから、当該距離が短いことを前提とする上記考えCは失当である。
また、『ヒンジ機構の位置が各ピストンを通過する際の負荷の転換によって生ずる斜板の振動や歪みが、当該負荷の作用点とヒンジ部との半径方向間隔が大きいほど大きくなるとした上で、本件発明がヒンジ部の位置を負荷の作用点とほぼ同じ半径方向位置とすることにより、この局部的な振動、歪みを低減して、ピストンの往復動の円滑性、斜板の回転、傾動の円滑性を向上させている。』といった考え(以下、「考えD」という。)があるかもしれないが、本件訂正後の特許明細書に、そのような作用効果を奏する旨の記載はないのみならず、当該負荷の転換によって生ずる斜板の振動や歪みの大きさが、当該負荷の作用点と耳部が斜板を連結支持する点との間隔が大きいほど大きくなるとしても、上記本件訂正後の特許明細書の特許請求の範囲には、当該耳部についても、これが斜板を連結支持する位置についても記載がないから、ヒンジ部の位置自体が斜板に生ずる当該振動や歪みの低減と直接関係するものということはできないので、上記考えDは失当である。。
また、『ヒンジ部の半径方向位置がピストンロッド先端の2又による斜板挟持位置とほぼ同じ位置にあることにより、ヒンジ部と回転軸心との間の半径方向長さが大きくなって、斜板に回転トルクを伝達するヒンジ機構のヒンジ部にかかる駆動力が比較的小さくなる結果、ヒンジ機構の摩耗、損傷が比較的小さくなるとの作用効果を奏する。』といった考え(以下、「考えE」という。)があるかもしれないが、本件訂正後の特許明細書に、ヒンジ部の半径方向位置をピストンロッド先端の2又による斜板挟持位置とほぼ同じ位置とする構成によってそのような作用効果を奏する旨の記載はなく、上記考えEは明細書の記載に基づかないものといわざるを得ない。
さらに、『引用発明につき、ヒンジ機構が斜板44に回転トルクを伝達するものではないから、ヒンジ部にかかる駆動力を小さくするため、その半径方向位置をピストンの軸線の位置に近付けるように変更する必要はない。』といった考え(以下、「考えF」という。)があるかもしれないが、上記のとおり、ヒンジ部にかかる駆動力を小さくすることに伴う作用効果の有無の点で、本件発明と引用発明とが異なるものとの考えは失当である。

以上によれば、本件発明の相違点4に係る構成は、引用発明との対比において、特段の技術的意義を有するものではなく、単なる設計的事項であるといわざるを得ない。

したがって、本件発明は、引用発明及び従来周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

(なお、請求人は、平成13年8月8日付けで、「本件の特許明細書の記載を訂正する機会を求める」旨の上申書が提出されたが、訂正のできる時期は特許法に明確に規定されていて、当該規定をこのような上申書のみを契機として訂正請求をできる機会を権利者に与えることが職権にてできるように規定されていると解することはできないし、また、本件においても、訂正審判により特許明細書の記載の訂正を求めることが可能であったことにかんがみれば、請求人の上記要請に応えることはできない。)

4.むすび
以上のとおりであるから、本件発明は、本件発明の出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであって、本件発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるので、特許法第123条第1項第2号の規定に該当し、他の理由2を検討するまでもなく、無効とすべきべきである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 1996-07-31 
結審通知日 1996-08-20 
審決日 1996-08-30 
出願番号 特願昭59-29654
審決分類 P 1 112・ 121- Z (F04B)
P 1 112・ 831- Z (F04B)
最終処分 成立  
前審関与審査官 石橋 和夫桜井 義宏  
特許庁審判長 舟木 進
特許庁審判官 栗田 雅弘
氏原 康宏
清田 栄章
西野 健二
登録日 1992-11-11 
登録番号 特許第1711111号(P1711111)
発明の名称 容量可変型斜板式圧縮機  
代理人 池田 憲保  
代理人 後藤 洋介  
代理人 山本 格介  
代理人 三好 秀和  
代理人 園田 敏雄  
代理人 栗原 聖  

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