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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性 訂正を認めない。無効とする(申立て全部成立) F16C
審判 全部無効 1項3号刊行物記載 訂正を認めない。無効とする(申立て全部成立) F16C
管理番号 1057484
審判番号 審判1999-35104  
総通号数 30 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1995-10-09 
種別 無効の審決 
審判請求日 1999-03-09 
確定日 2002-02-14 
事件の表示 上記当事者間の特許第2795305号発明「すべり軸受」の請求項1ないし3に係る特許に対する無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第2795305号の請求項1ないし3に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 I、手続の経緯
本件特許第2795305号に係る請求項1ないし3に係る発明についての出願は、平成6年3月18日に特許出願され、平成10年6月26日にその発明について特許権の設定登録がなされたものである。
これに対して、無効審判請求人・大同メタル工業株式会社は、平成11年3月9日付けで証拠方法として甲第1号証ないし甲第16号証を提示するとともに、証人尋問の申請をし、さらに明細書の記載上の不備を指摘して本件無効審判を請求し、本件の請求項1ないし3に係る特許は無効とされるべきものであると主張している。
これに対し、被請求人は、平成11年6月28日に答弁書を提出し、請求人は平成11年9月10日に弁駁書を提出している。
そして、平成12年3月22日特許庁審判廷において証人・柴山隆之に対する証人尋問がなされ、その後、被請求人は平成12年4月21日に訂正請求を行い、これに対して平成12年7月31日付けで訂正拒絶理由が通知されたところ平成12年10月10日付けで意見書が提出されたものである。

II、訂正の適否
1、訂正請求の要旨
平成12年4月21日付けで被請求人のした訂正請求の要旨は、特許第2795305号の願書に添付した明細書(以下、「特許明細書」という。)を、特許請求の範囲の減縮及び明りょうでない記載の釈明を目的として、訂正請求書に添付された訂正明細書に記載された次のとおりに訂正しようとするものである。
(1)特許請求の範囲の減縮を目的として、特許明細書における特許請求の範囲の請求項1ないし3の記載中、「摺接面の円周方向に」の前に、「ボーリング加工によって」を挿入し、「軸方向の断面における」の前に、「回転軸側の摺接面とすべり軸受側の摺接面の山部の間隙が小さくなるように、」を挿入し、「上記山形の頂点」を「上記各山形の頂点」と訂正する。
その結果、請求項1ないし3について次のように訂正しようとするものである。
「【請求項1】摺接面の円周方向に伸びる環状の連続した山、あるいは不連続な山を軸方向に多数形成して、軸方向の断面における山形をした各部分の合計の断面積と谷形の凹部となる各部分の合計の断面積とが同一となる位置に各山形の部分と交差して軸心と平行な仮想の基準線を求めて、上記仮想の基準線から上記山形の頂点までの高さをΔCとし、上記谷形の凹部の底部から山形の頂点までの高さをhとしたときに、横軸に上記hをとり、縦軸に上記ΔCをとった直線のグラフにおいて、上記ΔCおよび高さhを、次の4つの数式で示される直線によって囲繞される範囲内に設定したことを特徴とするすべり軸受。
h=ΔC …(1)
h=5/1.9ΔC …(2)
h=8 …(3)
ΔC=1 …(4)
ただし、上記hおよびΔCの寸法単位はμmとする。
【請求項2】摺接面の円周方向に伸びる環状の連続した山、あるいは不連続な山を軸方向に多数形成して、軸方向の断面における山形をした各部分の合計の断面積と谷形の凹部となる各部分の合計の断面積とが同一となる位置に各山形の部分と交差して軸心と平行な仮想の基準線を求めて、上記仮想の基準線から上記山形の頂点までの高さをΔCとし、上記谷形の凹部の底部から山形の頂点までの高さをhとしたときに、横軸に上記hをとり、縦軸に上記ΔCをとった直線のグラフにおいて、上記ΔCおよび高さhを、次の4つの数式で示される直線によって囲繞される範囲内に設定したことを特徴とするすべり軸受。
h=ΔC …(1)
h=2ΔC …(2)
h=8 …(3)
ΔC=1.5 …(4)
ただし、上記hおよびΔCの寸法単位はμmとする。
【請求項3】摺接面の円周方向に伸びる環状の連続した山、あるいは不連続な山を軸方向に多数形成して、軸方向の断面における山形をした各部分の合計の断面積と谷形の凹部となる各部分の合計の断面積とが同一となる位置に各山形の部分と交差して軸心と平行な仮想の基準線を求めて、上記仮想の基準線から上記山形の頂点までの高さをΔCとし、上記谷形の凹部の底部から山形の頂点までの高さをhとしたときに、横軸に上記hをとり、縦軸に上記ΔCをとった直線のグラフにおいて、上記ΔCおよび高さhを、次の3つの数式で示される直線によって囲繞される範囲内に設定したことを特徴とするすべり軸受。
h=ΔC …(1)
h=5 …(2)
ΔC=3 …(3)
ただし、上記hおよびΔCの寸法単位はμmとする。」
を、
「【請求項1】ボーリング加工によって摺接面の円周方向に伸びる環状の連続した山、あるいは不連続な山を軸方向に多数形成して、回転軸側の摺接面とすべり軸受側の摺接面の山部の間隙が小さくなるように、軸方向の断面における山形をした各部分の合計の断面積と谷形の凹部となる各部分の合計の断面積とが同一となる位置に各山形の部分と交差して軸心と平行な仮想の基準線を求めて、上記仮想の基準線から上記各山形の頂点までの高さをΔCとし、上記谷形の凹部の底部から山形の頂点までの高さをhとしたときに、横軸に上記hをとり、縦軸に上記ΔCをとった直線のグラフにおいて、上記ΔCおよび高さhを、次の4つの数式で示される直線によって囲繞される範囲内に設定したことを特徴とするすべり軸受。
h=ΔC …(1)
h=5/1.9ΔC …(2)
h=8 …(3)
ΔC=1 …(4)
ただし、上記hおよびΔCの寸法単位はμmとする。
【請求項2】ボーリング加工によって摺接面の円周方向に伸びる環状の連続した山、あるいは不連続な山を軸方向に多数形成して、回転軸側の摺接面とすべり軸受側の摺接面の山部の間隙が小さくなるように、軸方向の断面における山形をした各部分の合計の断面積と谷形の凹部となる各部分の合計の断面積とが同一となる位置に各山形の部分と交差して軸心と平行な仮想の基準線を求めて、上記仮想の基準線から上記各山形の頂点までの高さをΔCとし、上記谷形の凹部の底部から山形の頂点までの高さをhとしたときに、横軸に上記hをとり、縦軸に上記ΔCをとった直線のグラフにおいて、上記ΔCおよび高さhを、次の4つの数式で示される直線によって囲繞される範囲内に設定したことを特徴とするすべり軸受。
h=ΔC …(1)
h=2ΔC …(2)
h=8 …(3)
ΔC=1.5 …(4)
ただし、上記hおよびΔCの寸法単位はμmとする。
【請求項3】ボーリング加工によって摺接面の円周方向に伸びる環状の連続した山、あるいは不連続な山を軸方向に多数形成して、回転軸側の摺接面とすべり軸受側の摺接面の山部の間隙が小さくなるように、軸方向の断面における山形をした各部分の合計の断面積と谷形の凹部となる各部分の合計の断面積とが同一となる位置に各山形の部分と交差して軸心と平行な仮想の基準線を求めて、上記仮想の基準線から上記各山形の頂点までの高さをΔCとし、上記谷形の凹部の底部から山形の頂点までの高さをhとしたときに、横軸に上記hをとり、縦軸に上記ΔCをとった直線のグラフにおいて、上記ΔCおよび高さhを、次の3つの数式で示される直線によって囲繞される範囲内に設定したことを特徴とするすべり軸受。
h=ΔC …(1)
h=5 …(2)
ΔC=3 …(3)
ただし、上記hおよびΔCの寸法単位はμmとする。」

(2)特許明細書の段落【0004】の記載中、
「【課題を解決するための手段】
このような事情に鑑み、本発明は、摺接面の円周方向に伸びる環状の連続した山、あるいは不連続な山を軸方向に多数形成して、軸方向の断面における山形をした各部分の合計の断面積と谷形の凹部となる各部分の合計の断面積とが同一となる位置に各山形の部分と交差して軸心と平行な仮想の基準線を求めて、上記仮想の基準線から上記山形の頂点までの高さをΔCとし、・・・・」
を、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るため、明りようでない記載の釈明を目的として、
「【課題を解決するための手段】
このような事情に鑑み、本発明は、ボーリング加工によって摺接面の円周方向に伸びる環状の連続した山、あるいは不連続な山を軸方向に多数形成して、回転軸側の摺接面とすべり軸受側の摺接面の山部の間隙が小さくなるように、軸方向の断面における山形をした各部分の合計の断面積と谷形の凹部となる各部分の合計の断面積とが同一となる位置に各山形の部分と交差して軸心と平行な仮想の基準線を求めて、上記仮想の基準線から上記各山形の頂点までの高さをΔCとし、・・・・」
と訂正する。

(3)特許明細書の段落【0006】の記載中、
「・・・・そして、上記仮想の基準線Lから各山部1aの頂点1a’までの高さΔCを1μmないし8μm未満となるようにしている。・・・・」
を、明りょうでない記載の釈明を目的として、
「・・・・そして、上記仮想の基準線Lから各山部1aの頂点1a’までの高さΔCを1μmないし8μm以下となるようにしている。・・・・」
と訂正する。

(4)特許明細書の段落【0006】の記載中、
「・・・・円周に連続する複数の環状溝を摺接面に設けることで、円周方向に不連続の環状の山部を形成しても良い。」
を、明りょうでない記載の釈明を目的として、
「・・・・円周に連続する複数の環状溝を摺接面に設けることで、不連続の環状の山部を形成しても良い。」
と訂正する。

2、訂正の目的の適否及び拡張・変更の存否
(1)上記1、(1)の請求項1ないし3についての訂正事項中の「ボーリング加工によって」を追加する訂正は、特許明細書の段落【0006】中に、「上記螺旋状の溝1Bをボーリング加工によって形成するようにしてあり、」(特許公報第4欄40〜41行参照。)と記載されていたものであり、「環状の連続した山」や「谷形の凹部」が、「ボーリング加工によって」形成されている旨、限定しようとするものである。
また、「回転軸側の摺接面とすべり軸受側の摺接面の山部の間隙が小さくなるように、」を追加する訂正は、特許明細書の段落【0006】中(特許公報第4欄17〜22行参照。)に、「回転軸側の摺接面とすべり軸受側の摺接面の山部の間隙が小さくなるように上記すべり軸受の摺接面の内径寸法を小さく設定しても、回転軸とすべり軸受との実際の間隙は従来のすべり軸受の場合に比較して大きいので、上記両摺接面間の摩擦抵抗を小さくすることができる。」と記載されていたものであり、回転軸側の摺接面とすべり軸受側の摺接面の山部の間隙が小さくなるようにすべり軸受の摺接面の内径寸法を小さく設定する点を限定しようとするものである。
さらに、「上記山形の頂点」を、「上記各山形の頂点」とする訂正は、訂正前の請求項1に「摺接面の円周方向に伸びる環状の連続した山、あるいは不連続な山を軸方向に多数形成して、」及び「各山形の部分と交差して」と記載されていたものであり、ΔCが仮想の基準線から一つの山形の頂点までの高さのみを示すのではなく、全ての山形の頂点までの高さを示すものである点を明らかにするものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とした明細書の訂正に該当する。

(2)上記1、(2)の特許明細書の【0004】欄の【課題を解決するための手段】の記載についてする訂正は、請求項1ないし3についての訂正に伴って必要となった特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るための訂正であるから、明りょうでない記載の釈明を目的とした明細書の訂正に該当する。

(3)上記1、(3)の特許明細書の【0006】欄についてする「8μm未満」を「8μm以下」とする訂正は、特許請求の範囲の請求項1及び2の式(3)の「h=8」との記載、および、【0006】欄の「高さh≦8μm」との記載からみて、「8μm未満」という記載は特許請求の範囲の記載及び【0006】欄の記載と整合せず、不明りょうであった点からみて、明りょうでない記載の釈明を目的とした明細書の訂正に該当する。

(4)上記1、(4)の特許明細書の段落【0006】についてする「円周方向に」を削除する訂正については、特許明細書の段落【0006】中(特許公報第7欄4〜6行参照。)の「円周に連続する複数の環状溝を摺接面に設けることで、円周方向に不連続の環状の山部を形成しても良い。」との記載は、趣旨として、「・・連続する・・溝を・・設けることで、・・不連続の・・山部を形成・・」することとなり不明りょうであったものである。
しかし、その直前の「なお、上記両実施例では、摺接面1Aの円周方向に連続する螺旋状の溝1Bによって山部1aが螺旋状に連続しているが、このような螺旋状の溝の代わりに軸方向所定間隔ごとに、」という記載からみると、この記載は「円周に連続する複数の環状溝を摺接面に設けることで、不連続の環状の山部を形成しても良い。」点を記載しようとしていたものと認められる。
したがって、この訂正は明りょうでない記載の釈明を目的とした明細書の訂正に該当する。

(5)したがって、上記1、(1)〜1、(4)に係る本件訂正は、いずれも、平成6年改正前の特許法第134条第2項ただし書各号のいずれかに掲げる事項を目的としたものに該当し、かつ、特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、同条第5項で準用する平成6年改正前の特許法第126条第1項ただし書き及び第2項の規定に適合する。

3、独立特許要件の判断
(1)訂正発明1について
A、訂正発明1
訂正請求に係る請求項1の発明(以下、「訂正発明1」という。)は、訂正請求書に添付された訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載されたとおりのものと認める。(上記1、(1)参照。)

B、甲第3号証記載の発明
これに対して、上記訂正拒絶理由通知において引用した実願昭61-149345号(実開昭63-53922号)のマイクロフィルム(無効審判請求人の提示した甲第3号証。以下、単に「甲第3号証」という。)の第1頁の実用新案登録請求の範囲の欄には、
「半円弧形状をして内側に摺動面を持つ軸受メタルにおいて、前記摺動面に円周方向に沿って条痕を形成したことを特徴とする軸受メタル。」
と記載されており、
また、その第2頁第3行〜第3頁第8行には、考案が解決しようとする問題点について、
「内燃機関の低振動・低騒音化を図るために、軸径を増すことによりクランクシャフトの剛性を高くしたり、軸受メタルの摺動面上に形成されるオイルクリアランスを小さくしたりすることが試みられている。この他、ペアで用いられている軸受メタルのうち、荷重を受ける側の軸受メタルには、油溝を設けないようにして、摺動面の幅を実質上広げて面圧を少しでも軽減するように工夫がされてきている。けれど、このような低振動・低騒音化のために採られてきた何れの対策も、下記に与えられた関係式から分かるように、機関の出力もしくは燃料消費量に悪影響を及ぼす摩擦損失を増大させる問題がある。
T=knR3LN/C
T:摩擦損失
R:軸半径
L:摺動面幅
k:定数
n:軸受個数
N:回転数
C:オイルクリアランス
従って、本考案の技術的課題は、軸受メタルにおける油膜圧力の発生する面積を減らさずに潤滑油を保持する加工を摺動面に施すことにより、摩擦損失をできるだけ少なくして低振動・低騒音化を図ることにある。」
と記載されており、
また、その第4頁第10〜19行には、第1実施例として、摺動面がアルミニウム合金11からなるペアで用いる軸受メタル4、5について、
「アルミニウム合金11の表面には、円周方向に沿ってボーリング加工により多くの条痕12が施されている。これらの条痕12は、底部が丸みRの形状をしており、軸受メタル4、5の幅Lにわたって規則正しく並んでいる。ここでは、条痕12の幅lは、0.15mm〜0.30mm程度に、そして、条痕12の深さdは、0.003mm〜0.006mm程度に定められているが、幅lは0.1mm〜0.7mm、深さdは0.003mm〜0.015mm程度であっても適用できる。」
と記載されている。
さらに、甲第3号証の第4頁第19〜第5頁第2行には、
「以上のようにして、軸受メタル4、5に供給された潤滑油は、幅Lの方向に洩れ難く、条痕12に保持されやすくなり、摺動面をなすアルミニウム合金11の上に潤滑油膜が形成される。」
と記載されている。
また、第1図には、上記第1実施例に即した、「条痕12は、底部が丸みRの形状をしており、軸受メタル4、5の幅Lにわたって規則正しく並んでいる。」軸受の断面図が記載されていると看取できる。
したがって、甲第3号証には、「軸受メタルにおける油膜圧力の発生する面積を減らさずに潤滑油を保持する加工を摺動面に施す」ことにより「摩擦損失をできるだけ少なくして低振動・低騒音化を図る」ことを技術的課題とした、「ボーリング加工によって摺動面の円周方向に伸びる条痕12を軸方向に多数形成したすべり軸受。」を構成要件とした発明が記載されていると認められる。

C、対比・判断
そこで、訂正発明1と甲第3号証記載の発明とを対比すると、甲第3号証記載の発明の「摺動面」は、訂正された請求項1に係る発明の「摺接面」に相当し、同じく「条痕12」は甲第3号証の第1図からみて谷と山とを形成するものであり、山を有する点からみて「環状の不連続な山」に相当するもの(甲第3号証記載の発明は、半円弧形状の軸受メタルであるから、条痕12は不連続であると認めるのが相当である。)であるから、結局、両者は、
「ボーリング加工によって摺接面の円周方向に伸びる環状の不連続な山を軸方向に多数形成したすべり軸受。」
である点で一致し、
イ、訂正発明1は、「回転軸側の摺接面とすべり軸受側の摺接面の山部の間隙が小さくなるように、」した点を備えているのに対し、甲第3号証にはこれに相当する構成について記載がない点。(以下、「相違点a」という。)
ロ、訂正発明1は、
「軸方向の断面における山形をした各部分の合計の断面積と谷形の凹部となる各部分の合計の断面積とが同一となる位置に各山形の部分と交差して軸心と平行な仮想の基準線を求めて、上記仮想の基準線から上記各山形の頂点までの高さをΔCとし、上記谷形の凹部の底部から山形の頂点までの高さをhとしたときに、横軸に上記hをとり、縦軸に上記ΔCをとった直線のグラフにおいて、上記ΔCおよび高さhを、次の4つの数式で示される直線によって囲繞される範囲内に設定したすべり軸受。
h=ΔC …(1)
h=5/1.9ΔC …(2)
h=8 …(3)
ΔC=1 …(4)
ただし、上記hおよびΔCの寸法単位はμmとする。」
点を備えているのに対し、甲第3号証にはこれに相当する構成について直接の記載がない点。(以下、「相違点b」という。)
で相違する。

以下、これらの相違点について検討する。
ハ、相違点aについて
訂正発明1の相違点aに係る構成は、訂正発明1のすべり軸受とそれに支持される軸との間隙関係であって、摩擦損失や低振動・低騒音化の観点から適宜の間隙とすることは軸受と回転軸の仕上げ寸法精度等から定められる設計事項である。
しかも、甲第3号証には、上記のとおり、「軸受メタル4、5に供給された潤滑油は、幅Lの方向に洩れ難く、条痕12に保持されやすくなり、摺動面をなすアルミニウム合金11の上に潤滑油膜が形成される。」と記載されており、これは潤滑油が回転軸側の摺接面とすべり軸受側の摺接面の山部から洩れ難くする程度にそれらの間隙を小さくすることを示しているから、この記載に基づき、低振動・低騒音化や摩擦損失を考慮して最も妥当な間隙関係として、単に、「間隙が小さくなるように」することに格別の困難性はない。
したがって、相違点aに係る「回転軸側の摺接面とすべり軸受側の摺接面の山部の間隙が小さくなるように、」した点は、甲第3号証記載の発明から当業者が容易に想到できる程度のものにすぎない。

ニ、相違点bについて
甲第3号証に記載された条痕12の深さdは、訂正発明1の谷形の凹部の底部から山形の頂点までの高さhに相当するものであることは、甲第3号証の「アルミニウム合金11の表面には、円周方向に沿ってボーリング加工により多くの条痕12が施されている。これらの条痕12は、底部が丸みRの形状をしており、軸受メタル4、5の幅Lにわたって規則正しく並んでいる。ここでは、条痕12の幅lは、0.15mm〜0.30mm程度に、そして、条痕12の深さdは、0.003mm〜0.006mm程度に定められている」との記載、及び、深さdを示す第1図の記載からみて明らかである。
さらに、甲第3号証の「これらの条痕12は、底部が丸みRの形状をしており、軸受メタル4、5の幅Lにわたって規則正しく並んでいる。」との記載及び第1図の記載からみて、条痕12は半径R、幅l、深さdである円弧として加工する技術思想に係るものとして記載されているものと認められ、そのような形状ではないとする理由は見いだせない。
そして、条痕12が、訂正発明1の実施例と同じh=5μm、p=0.2mm(pは山の間のピッチで、甲第3号証における幅lに相当する。)と同じd=5μm、l=0.2mmの場合における甲第3号証におけるΔC(訂正発明1と同一の定義のもの。)を計算してみると、3.3350μmとなる。(無効審判請求人が審判請求時に提示した別紙1参照。なお、別紙1に記載された式と計算結果については当事者間に争いはない。)
そしてこの値は、訂正発明1に係る4つの数式(1)〜(4)で示される直線で囲まれる範囲内の値である。
したがって、相違点bは、単にΔCという概念を設けて甲第3号証記載の発明を包含する範囲を定めたものにすぎないから、単なる表現上の相違にすぎず、格別の相違ではない。

ホ、以上のとおりであるから、訂正発明1は、上記相違点aについては甲第3号証記載の発明から容易に想到でき、相違点bは単なる表現上の相違にすぎず、甲第3号証に記載されている事項であるから、結局、訂正発明1は甲第3号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(2)訂正発明2、3について
A、訂正発明2、3
イ、訂正請求に係る請求項2、3の発明(以下、それぞれ、「訂正発明2」「訂正発明3」という。)は、訂正請求書に添付された訂正明細書の特許請求の範囲の請求項2、3に記載されたとおりのものと認める。(上記1、(1)参照。)
そして、それらは、横軸に上記hをとり、縦軸に上記ΔCをとった直線のグラフにおいて、上記ΔCおよび高さhを、それぞれ訂正に係る請求項2、3に記載された(1)〜(4)式あるいは(1)〜(3)式で示される直線によって囲繞される範囲内に設定した点でのみ訂正発明1と相違しているものである。
そこで、h=4.5μm、p=0.2mmの場合を想定するとΔC=3.0012μm(上記の無効審判請求人提示に係る別紙1参照。)となって、上記4つ又は3つの数式で示される直線によって囲繞される範囲内のものとなる。
ロ、したがって、上記「(1)訂正発明1について」で述べた理由と同じ理由により、訂正発明2、3に係る発明は甲第3号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

4、訂正の適否についてのむすび
よって、訂正発明1、2、3は、いずれも特許出願の際独立して特許を受けられるものと認めることはできないから、平成6年改正前の特許法第134条第5項で準用する同法第126条第3項の規定に適合しない。
したがって、本件訂正請求に係る訂正は、認めることができない。


なお、訂正請求人は、訂正拒絶理由通知に対する平成12年10月10日付けで意見書において、甲第3号証には、山の高さが揃っている点については何ら記載がなく、ボーリング加工において現実には山の高さが揃うことはない点からみて山の高さが揃っているものではなく、山の高さを揃えるためには慎重な配慮が必要である旨主張し、本件発明の製造時におけるスピンドルの回転むらの減少等のための工夫について説明している。
さらに、甲第3号証の軸受表面は幅方向にうねりがあって全体としては山の高さが揃っていないと主張している。
しかし、甲第3号証記載の発明は、「軸受メタルにおける油膜圧力の発生する面積を減らさずに潤滑油を保持する加工を摺動面に施す」ことにより「摩擦損失をできるだけ少なくして低振動・低騒音化を図る」という技術的課題を解決するものであって、従来の摺動面の加工精度を単に上げてできるだけ平滑にしようとするものではなく、意図的に条痕を設けてそこに潤滑油を保持しようとするものであることは、その第3頁第4〜8行の、「本考案の技術的課題は、軸受メタルにおける油膜圧力の発生する面積を減らさずに潤滑油を保持する加工を摺動面に施すことにより、摩擦損失をできるだけ少なくして低振動・低騒音化を図ることにある。」との記載及び第1図の記載に照らして明らかである。
そして、甲第3号証の、深さdを0.003〜0.006mmがよいとする旨の記載(第3頁第16〜19行)、及び、軸受メタル4、5に供給された潤滑油は、幅Lの方向に漏れ難く、条痕12に保持されやすくなるとの記載(第3頁第19行〜第4頁1行)からみて、甲第3号証記載の軸受も、深さ3〜6μmの条痕が油を保持し、かつ、その油が幅方向に洩れ難く形成される程度の精度は予定しているものと認められ、当業者であれば実施するのに際し、条痕12の加工精度は深さが3〜6μm程度の条痕が第1図のような形状をしていることが識別できる程度の精度を要することが必要であることは明らかである。
また、通常、真直である軸を支持する軸受である点、及び、軸受メタル4、5の幅Lにわたって規則正しく条痕12が並んでいるとの記載(第4頁第13〜14行)からみて、甲第3号証に記載された条痕12は、いわゆるうねりはなく、その幅Lの全長にわたって同じ高さで揃っている山形が連続して続いている軸受け面であると理解することが自然であり、技術思想としてはそのような軸受け面と解する以外、理解することができないものである。
したがって、甲第3号証記載の軸受面は、訂正請求人の主張するように山の高さが揃っていないとも、うねりのあるものとも認めるに足る根拠はない。
さらに、意見書主張の本件訂正発明1〜3は、山の高さを揃えるという意図をもったものであり、その意図を達成するためには数々の「慎重な配慮」が必要とされる旨の主張については、「慎重な配慮」についての記載は特許明細書に何ら記載されているものではなく、特許明細書の記載に基づく主張とは到底認められない。


III、本件発明
被請求人がした平成12年4月21日付け訂正請求に係る訂正は、上記IIのとおりの理由で認めることができないから、本件発明は特許明細書に記載された請求項1ないし3のとおりのものと認める。(上記II、1、(1)参照。以下、請求項1、2、3に係る発明をそれぞれ「本件発明1」「本件発明2」「本件発明3」という。)

IV、請求人の主張
1、請求人は、本件無効審判請求において、以下の主張をしている。
(1)本件発明1は甲第3号証、甲第4号証、甲第7号証、甲第8号証および甲第12〜16号証に記載された発明であり、本件発明2は甲第3号証、甲第15号証、甲第16号証に記載された発明であり、本件発明3は甲第3号証に記載された発明であるから、いずれも、特許法第29条第1項の規定に該当し特許を受けることができない。
(以下、「無効理由1」という。)

(2)本件発明2は甲第7号証記載の発明と甲第2、6、10号証に記載されたような周知の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明3は甲第7号証に記載された発明或いは甲第12〜16号証に記載された発明と甲第2、6、10号証に記載されたような周知の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
(以下、「無効理由2」という。)

(3)本件特許は、その明細書に記載上の不備があるから、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願についてされたものである。
(以下、「無効理由3」という。)

V、被請求人の主張
1、これに対して、被請求人は、以下の反論をしている。
(1)無効理由1、2について
[本件発明1について]
A、乙第1号証の1として、被請求人製造に係る本件発明のすべり軸受の表面の測定結果図、乙第2号証の1として、市販のすべり軸受(訴外エヌデーシー株式会社の製造に係るすべり軸受)の表面の測定結果図を提示し、その測定結果からみて、本件発明に係るすべり軸受の表面は山の高さが揃っているものであるのに対し、市販のすべり軸受の表面は山の高さが揃っておらず、同一形状の山と谷とを揃えることが意図されていない。

B、甲第12号証のすべり軸受の表面の測定結果図は山の高さが揃っておらず、また、山や谷が円周方向に連続しているか否かが明らかでない。
そして、甲第12号証のものは、仕上げ記号が▽▽▽であって、JISで定める十点平均表面粗さは小さいものの、本件発明でいう山の高さhと、山の高さがランダムな十点平均表面粗さ(で規定される山の高さ)は対比できるものではない。

C、甲第15、16号証のすべり軸受も、上記の甲第12号証のものとかわるところはない。

D、甲第13、14号証のすべり軸受については、請求人のみが公然実施販売されたと主張するだけで、本件出願前公知と認められない。

E、甲第3号証のものは、ボーリング加工により円周方向に連続した条痕を形成してそこに潤滑油を貯留させようとする点では本件発明と共通しているが、その条痕の断面形状を円周方向に同一となるようにすることまでは開示されておらず、山の高さhとΔCとの関係を示唆する説明もない。
山の高さhとΔCとの関係について、請求人は、甲第3号証のものは本件発明の範囲内にある旨主張するが、その関係は山と谷の断面形状が円周方向並びに軸方向に揃っていてはじめて意味をなすものであるから、模式的に記載した第1図で山の高さが揃っているように見えても、山の高さを揃えて形成する点について記載がない以上、無意味な主張である。
さらに、甲第3号証において、条痕の深さdが3〜15μmである旨の記載はあるが、これは平均的な深さと解するべきもので、断面形状が同一であることを示しているものではない。

F、甲第4号証には、ボーリング加工において3μmの粗さを得る点が記載されているのみである。

G、甲第7号証には表面粗さが5〜10μである点が記載されているが、隣接する山と谷との断面形状を揃える点については全く言及がない。

H、甲第8号証には、その第2図に、数学的モデルとして深さが2.5μmのボーリング加工による溝形状が開示されている。
しかし、これはツールマークについての理論解析のためのモデルとしての形状であって、現実に上記第2図に示されるようなすべり軸受が存在するものとは解することができず、技術思想として軸受表面に山と谷を設けることも山の高さhとΔCの関係も記載されているものではない。

[本件発明2について]
本件発明2については、上記に述べた本件発明1についての理由と同じ理由により甲第3、15、16号証記載の発明と同一ということはできず、また、甲第7号証には隣接する山と谷との断面形状を揃えて形成する点について全く言及がないから、甲第7号証記載の発明と甲第2、6又は10号証記載の発明とから容易に発明をすることができたものでもない。

[本件発明3について]
本件発明3については、上記に述べた本件発明1についての理由と同じ理由により甲第3号証記載の発明と同一ということはできず、また、甲第7号証には隣接する山と谷との断面形状を揃えて形成する点について全く言及がないから、甲第7号証記載の発明と甲第2、6又は10号証記載の発明とから容易に発明をすることができたものでもない。

(2)無効理由3について
明細書の発明の詳細な説明の欄の記載について、請求人が「実験データは本件特許発明の効果が周知の予想を超えるものであることを立証しなければならないが、そのような周知技術との比較は何らされていない」ので記載不備である旨主張するのは不当である。
本件発明は、特許請求の範囲に記載された新規な構成を特徴とするものであって、かかる構成が公知の技術に対して進歩性を有すればそれだけで特許性を有するものである。
すなわち、明細書の実験データが周知技術の予想を超えるものであることを立証して特許が得られるようになったものではない。
また、請求項の記載について、請求人は、数値限定した範囲が発明の構成に不可欠である根拠が明らかでないと主張するが、各請求項の記載は出願人が任意にその範囲を設定記載できるものであるからそれをもって記載不備ということはできない。

2、被請求人のその他の主張
被請求人は、平成11年9月27日及び平成12年3月22日に行われた口頭審理及び平成11年10月18日付けの上申書において、要旨、次のとおりの主張をしている。
(1)本件発明において、山の高さが円周方向及び軸方向に揃っている根拠について、
[根拠1]
図3において、ΔC=2.5μmの値と、ΔC=3.5μmの値の例が開示されている。
ΔCは請求項1に係る発明において1〜8μmの範囲で適宜定められるものであるが、定めた値が一定でないとしたら図3においてΔC=2.5μmの値と、ΔC=3.5μmの値とが区別できなくなり、また、区別しても意味がなくなる。
したがって、少なくとも、ΔC=2.5μmと、ΔC=3.5μmとが区別できる程度に山の高さは揃っている。
[根拠2]
明細書には、ΔCを1μmないし8μm以下となるようにしていると記載してある。
[根拠3]
明細書には、回転軸の摺接面と滑り軸受の表面との間隙については、「山部1aの頂点1a’からの回転軸2の摺接面2Aまでの寸法である。」と記載され、この記載は該寸法が一定であることが前提である。
[根拠4]
打音の低減を図ることができる旨が記載されている。
[根拠5]
図1、図7には、山部の高さが揃ったものが示されている。

(2)山の先端部の形状について、
山の先端部は尖っていても、若干の丸みがあっても良いと解している。

(3)クリアランスをつめるという技術的意味について、
本件発明においては、山の高さが揃っているのに対し、公知のすべり軸受は山の高さが揃っていない。
したがって、従来公知のすべり軸受においては、最も高い山で回転軸の摺接面と滑り軸受の表面との間隙が制限され、その結果、クリアランスをつめることはできない。
これに対して、本件発明においては、山の高さが揃っているから、高い山がなくクリアランスをつめることができる。

(4)打音低減効果について、
本件発明にあっては、クリアランスをつめることにより打音を減少させている。
これに対して、甲第3号証の発明は、軸受メタル4、5に供給された潤滑油は、幅Lの方向に洩れ難く、条痕12に保持されやすくなり、摺動面をなすアルミニウム合金11の上に潤滑油膜が形成されるので摩擦損失を低減できるとともに、振動を減衰させて低振動・低騒音化を図れるものである。
これは、従来の一般のすべり軸受との対比において奏する効果であって、本件発明のようにクリアランスをつめたことによって生じる作用効果ではない。

(5)甲第3号証の記載内容について、
甲第3号証には、山の高さを揃える点及びクリアランスをつめる点について記載がない。
これらは通常のボーリング加工で得られるものではなく、山の高さを揃えるという意図があってはじめて山の高さを揃えることができるものである。
甲第3号証には「これらの条痕12は、底部が丸みRの形状をしており、軸受メタル4、5の幅Lにわたって規則正しく並んでいる。」との記載があるが、これは底部の形状と底部が規則正しく並んでいることのみ示すものであり、山の高さが揃っていることを記載しているわけではない。
したがって、山の高さを揃える点を甲第3号証の記載から容易に想到できるものではない。
さらに、甲第3号証のすべり軸受は、山の高さが揃っていないからクリアランスをつめることはできず、仮にクリアランスをつめると高い山によって焼き付けの危険が増大するものである。


VI、当審の判断
1、無効理由3についての判断
請求人は、上記IV、1、(3)に記載したとおり、本件特許はその明細書に記載上の不備があるから、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願についてされたものである旨主張しているので、まず、この点について検討する。
請求人は、明細書の発明の詳細な説明の記載について、「実験データは本件特許発明の効果が周知の予想を超えるものであることを立証しなければならないが、そのような周知技術との比較は何らされていない」ので記載不備である旨主張している。
しかし、特許法第36条第4項は、「発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成、効果を記載しなければならない。」と規定されているものであって、実験データが特許発明の効果が周知の予想を超えるものであるかどうかとは別異の観点の規定であり、また、発明の効果が周知の予想を超えるものであることを立証していないことにより、明細書の発明の詳細な説明の記載の実験データが不明りょうであったり、その実験データが示す効果が明らかでないという理由も見いだせない。
また、請求人は、請求項の記載について、数値限定した範囲が発明の構成に不可欠である根拠が明らかでないと主張している。
しかし、請求項の記載は出願人が明細書又は図面に記載した範囲内で記載できるものであるから、数値限定した範囲が発明の構成に不可欠である根拠が明らかでない点をもって請求項の記載不備ということはできず、数値限定した範囲が不明りょうであるとも認められない。
したがって、本件特許は、その明細書に記載上の不備があるから、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願についてされたものとすることはできない。

2、無効理由1についての判断
(1)本件発明1について
A、請求人は、本件発明1は甲第3号証、甲第4号証、甲第7号証、甲第8号証および甲第12〜16号証に記載された発明であると主張している。

B、甲各号証記載の発明
無効理由1において提示された甲第3号証、甲第4号証、甲第7号証、甲第8号証および甲第12〜16号証には、それぞれ、以下のとおりの発明が記載されている。

[甲第3号証]〔実願昭61-149345号(実開昭63-53922号)のマイクロフィルム〕
甲第3号証には、上記II、3、(1)、Bの[甲第3号証記載の発明]の欄に記載されたとおりの事項が記載されている。

[甲第4号証](内燃機関、Vol.6、No.56「平軸受の設計」第47頁、1967年2月発行)
その第47頁右欄の「6.4表面仕上げ」の項には、「軸受面:1.5S(ブローチ)〜3S(ボーリング、メッキ)」と記載されている。
但し、他の記載を参酌してもSなる記号ないし単位が何を示すものか不明である。

[甲第7号証](「自動車工学ハンドブック」第7-19頁、社団法人自動車技術会発行、昭和37年9月15日)
その第7-19頁の「d.軸の硬さと表面あらさ」の欄に、「軸受表面の凹凸度は普通5〜10μ、高速高圧では2〜3μ、超高速用には1μ以下とする。」と記載されている。

[甲第8号証](JOURNAL MECHANICAL ENGINEERING SCIENCE,VOL.14,NO.3「EFFECT OF TRANSVERSE AND LONGITUDINAL SURFACE WAVINESS ON THE OPERATION OF JOURNAL BEARINGS」第169頁、1972年7月発行)
甲第8号証の抄訳によれば、エアロボーリングにより作られた加工面は山と谷の振幅が0.0001in(インチ)で、ピッチが0.004in(インチ)のオーダーのもので、数学的モデルでは加工面の一部がサイン・カーブで近似される波形となる点が記載されている。

[甲第12号証ないし甲第16号証]について
甲第12号証ないし甲第16号証は、以下のとおりのものであって、すべて請求人製造に係る軸受メタルであって、その現物が公然知られ公然実施されていたと請求人が主張するものである。

[甲第12号証]1986年10月 大同メタル工業株式会社が製造しヤンマーディーゼル株式会社に納入した軸受メタルの写真、製作図面、物品測定データ(検査データ)、検査証明書、及び、ヤンマーディーゼル株式会社の購入証明書

[甲第13号証]1980年10月 大同メタル工業株式会社が製造し石川島播磨重工業株式会社に納入した軸受メタルの写真、製作図面、物品測定データ(検査データ)、及び、マスターゲージによる高さ照合表

[甲第14号証]1989年10月 大同メタル工業株式会社が製造し神鋼造機株式会社に納入した軸受メタルの写真、製作図面、物品測定データ(検査データ)、検査証明書、

[甲第15号証]1969年6月 大同メタル工業株式会社が製造し三菱重工株式会社神戸造船所に納入した軸受メタルの写真、製作図面、物品測定データ(検査データ)、検査証明書、及び三菱重工業株式会社神戸造船所の購入証明書

[甲第16号証]1965年5月 大同メタル工業株式会社が製造し株式会社クボタに納入した軸受メタルの写真、製作図面、物品測定データ(検査データ)、検査証明書、及び株式会社クボタの購入証明書

[甲第12〜16号証に係る発明]
これらは何れもその写真や製造図面からみて、明らかにすべり軸受であり、それらの表面(すべり軸受面)はその表面の加工に関し▽▽▽で示される仕上げ精度で加工されるよう指示されているものである。
そして、実際の製品の表面の粗さを検査した検査データによると、Rmaxで示される最大高さ(定義については、後述するJIS規格を示す甲第11号証参照)は、甲第12〜16号証についてそれぞれ順に略4μm、7μm、4μm、6μm、7μmである。
そして、それらの検査データの図表によると、軸受表面の断面形状は、一応周期性があるようにも見える複雑な波形となっているものである。
したがって、甲第12号証ないし甲第16号証には、
「すべり軸受であって、一般の高い平滑度が要求されるその表面が▽▽▽と加工指示される程度に精密に仕上げることが要求されて設計され、かつ、実際には最大高さRmaxが略4〜7μmであり、その断面形状は意図的に設けたものか、いわゆるツールマークといわれるボーリング加工によりやむを得ず生じたものかは不明であるものの一応周期性があるようにも見える複雑な波形をなしているすべり軸受」が記載されているものと認められる。
なお、甲第15、16号証に係る軸受は、証人の証言により本願出願前公然知られたものであると認められる。また、甲第12〜14号証に係る軸受は、本願出願前公然知られたものである旨の立証はなされていないが、以下の対比・判断においては一応本願出願前公然知られたものとして対比・判断を行う。

C、本件発明1についての対比・判断
イ、軸受表面の山の高さに関する被請求人の主張について
対比・判断に先だって、被請求人主張の前提となる山の高さが揃っている点(上記V、2、(1)の[根拠1]ないし[根拠5]参照。)について検討すると、特許明細書には山の高さが揃っているとの直接の記載はないが、すべり軸受の表面の断面形状が図1、図7のように一部でも記載されていれば技術常識として山の高さは揃っているものであって、特段の事情でもない限りその山の高さが揃っていないとか、うねっていると解すべき理由はない。
また、山と隣接の山の間に潤滑油を保持するものであるから、その際、山の高さが揃っていないと潤滑油を保持できない。
以上の点からみて、本件発明1ないし3に係る山の高さは揃っているものと認められる。

ロ、甲第3号証記載の発明について
甲第3号証には、上記II、3、(1)、Bの[甲第3号証記載の発明]に記載した事項が記載されている。
そこで、本件発明1と甲第3号証記載の発明とを対比すると、甲第3号証記載の「摺動面」は、本件発明1の「摺接面」に、同じく「条痕12」は甲第3号証の第1図からみて谷と山とを形成するものであり、山を有する点からみて「環状の不連続の山」に相当するから、本件発明1に係る、
「摺接面の円周方向に伸びる環状の不連続な山を軸方向に多数形成したすべり軸受。」
は甲第3号証に記載されている事項である。
また、本件発明1は、
「軸方向の断面における山形をした各部分の合計の断面積と谷形の凹部となる各部分の合計の断面積とが同一となる位置に各山形の部分と交差して軸心と平行な仮想の基準線を求めて、上記仮想の基準線から上記山形の頂点までの高さをΔCとし、上記谷形の凹部の底部から山形の頂点までの高さをhとしたときに、横軸に上記hをとり、縦軸に上記ΔCをとった直線のグラフにおいて、上記ΔCおよび高さhを、次の4つの数式で示される直線によって囲繞される範囲内に設定したすべり軸受。
h=ΔC …(1)
h=5/1.9ΔC …(2)
h=8 …(3)
ΔC=1 …(4)
ただし、上記hおよびΔCの寸法単位はμmとする。」
点を備えているのに対し、甲第3号証には相当する構成について直接同じ記載はないものの、甲第3号証には上記のように、「条痕12の深さdは、0.003mm〜0.015mm程度であっても適用できる。」と記載され、しかも、この条痕12の深さdは、本件発明1の谷形の凹部の底部から山形の頂点までの高さhに相当するものである。
さらに、甲第3号証の「これらの条痕12は、底部が丸みRの形状をしており、軸受メタル4,5の幅Lにわたって規則正しく並んでいる。」との記載からみて、図1には、条痕12は半径R、幅l、深さdである円弧として加工するものとして記載されているものと認められ、そのような形状ではないとする理由は見いだせない。
そして、条痕12が、本件発明1の実施例と同じh=5μm、p=0.2mm(pは山の間のピッチで、甲第3号証における幅lに相当する。)と同じd=5μm、l=0.2mmの場合における甲第3号証におけるΔC(請求項1に係る発明と同一の定義のもの。)を計算してみると、3.3350μmになる。(無効審判請求人が審判請求時に提示した別紙1参照。なお、別紙1に記載された式と計算結果については当事者間に争いはない。)
そしてこの値は、請求項1記載の4つの数式(1)〜(4)で示される直線で囲まれる範囲内の値である。
したがって、上記の点で規定される範囲内に甲第3号証記載の条痕12は包含されているから、結局、上記の点は甲第3号証に記載されているものである。
以上のとおりであるから、本件発明1は、その構成要件の全てが甲第3号証に記載されているものである。

ハ、甲第4号証記載の発明について
甲第4号証には、「表面仕上げ」として「軸受面:1.5S(ブローチ)〜3S(ボーリング、メッキ)」と記載されているから、すべり軸受の表面を精密加工するかのような示唆はあるが、本件発明1の構成について何らかの関連ある事項については記載がなく、かえって従来はすべり軸受の表面について、できるだけ平滑にすることのみ重視されていたことを示唆するものにすぎず、山を設けるという技術思想について何の記載も示唆もない。
したがって、甲第4号証には、本件発明1が記載されているものとは認められない。

ニ、甲第7号証記載の発明について
甲第7号証の、「軸受表面の凹凸度は普通5〜10μ、高速高圧では2〜3μ、超高速用には1μ以下とする。」との記載からすると従来はすべり軸受の表面を平滑にすることのみ重視されており、山と谷を設けることは考慮されていなかったことを示唆するものにすぎない。
したがって、甲第7号証には、本件発明1について記載されているものとは認められない。

ホ、甲第8号証記載の発明について
甲第8号証には加工面が一部サインカーブで近似されるようなすべり軸受の表面の加工面について記載がある。
しかし、これはエアロボーリングの加工特性についての数学的モデルであって、すべり軸受の表面に山と谷を設け、潤滑油を保持する点については何ら示唆するものではなく、本来望ましくはないが生じてしまう表面形状についての解析にすぎない。
そして、加工した表面をモデル的に表示すれば規則的に並んだ同じ高さの山が甲第8号証の図2のように描かれるが、これがすべり軸受の表面に山と谷を設け、潤滑油を保持するという技術思想を表すものと認めるに足る根拠は見いだせない。
したがって、甲第8号証には、本件発明1について記載されているものとは認められない。

ヘ、甲第12号証ないし甲第16号証記載の発明について
これらは上記「[甲第12号証ないし甲第16号証]について、」で述べたように、何れもすべり軸受であって、その表面が▽▽▽と加工指示される程度に精密に仕上げることを要求する設計がされ、かつ、実際に最大高さRmaxが略4〜7μmであり、その断面形状は一応周期性があるようにも見える複雑な波形をなしているすべり軸受である。
したがって、可能な限り、すべり軸受の表面を平滑に加工しようとしたものではあっても、すべり軸受の表面に山と谷を設けて潤滑油を保持するような技術思想については何ら記載も示唆もないものと認められる。
また、検査データにみられる断面形状は、山と谷の形状が上記のとおり一応周期性があるようにも見える複雑な波形であるにすぎないから、それについてのヒストグラム(甲第12ないし16号証の検査データ参照。)をみても、前提となる形状の相違から本件発明1、2に係る式(1)〜(4)を充足しているとすることができる理由は見出すことができない。
したがって、甲第12号証ないし甲第16号証のすべり軸受は、本件発明1に係るすべり軸受と対比すると、「連続した山を多数形成したすべり軸受」である点のみで共通するにすぎないものである。
したがって、甲第12号証ないし甲第16号証には、本件発明1が記載されているものとも、本件発明1が本件出願前公然知られていた事実が示されているものとも認められない。

ト、上記ハ〜ヘに記載のとおりであるから、本件発明1は、甲第4号証、甲第7号証、甲第8号証および甲第12〜16号証のいずれかに記載された発明ではなく、本願出願前公然知られていた発明であることがこれらの甲各号証に示されているものでもない。
しかし、上記ロのとおり、甲第3号証には本件発明1が記載されているものであって、この点により本件発明1は特許法第29条第1項第3号の規定に該当し、特許を受けることができないものである。

(2)本件発明2、3について
A、請求人は、本件発明2は甲第3号証、甲第15号証、甲16号証に記載された発明であり、本件発明3は甲第3号証に記載された発明であると主張しているところである。
そこで、これらの甲各号証記載の発明と、本件発明2、3を対比・判断する。

B、甲各号証記載の発明
無効理由1において提示された甲第3号証、甲第15号証、甲16号証には、それぞれ、以下のとおりの発明が記載されているものと認める。
[甲第3号証]
上記II、3、(1)、Bの[甲第3号証記載の発明]の欄参照。

[甲第15号証、甲16号証]
上記VI、2、(1)、Bの[甲第12〜16号証に係る発明]の欄の記載参照。

C、本件発明2、3について対比・判断
イ、本件発明2、3と甲第3号証記載の発明とを対比すると、本件発明2、3においては、ΔCとhの範囲が、本件発明1の(1)〜(4)式に比べて狭く、かつ、それに包含される範囲である本件発明2に係る(1)〜(4)式或いは本件発明3に係る(1)〜(3)式に限定されているものであり、その余に相違はないものである。
そこで、本件発明1の場合と同様、条痕12が、本件発明2、3に包含されるh=5μm、p=0.2mm(pは山の間のピッチで、甲第3号証における幅lに相当する。)と同じd=5μm、l=0.2mmの場合における甲第3号証におけるΔC(請求項2、3に係る発明と同一の定義のもの。)を計算してみると、3.3350μmになり、本件発明2の(1)〜(4)式或いは本件発明3の(1)〜(3)式により規定される範囲内に含まれるものである。
したがって、上記の本件発明1についての理由と同じ理由により、本件発明2、3は、その構成要件の全てが甲第3号証に記載されているものである。

ロ、なお、本件発明2、3は、上記VI、2、(1)、C、ヘに記載した理由と同じ理由により甲第15号証、甲第16号証のいずれかに記載された発明とすることはできない

ハ、したがって、上記イのとおり、甲第3号証には本件発明2、3が記載されているものであるから、本件発明2、3は特許法第29条第1項第3号の規定に該当し、特許を受けることができないものである。

3、無効理由2についての判断
(1)本件発明2、3について
A、請求人は、無効理由2において、本件発明2は甲第7号証記載の発明と甲第2、6、10号証に記載されたような周知の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明3は甲第7号証或いは甲第12〜16号証に記載された発明と甲第2、6、10号証に記載されたような周知の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると主張している。

B、甲各号証記載の発明
無効理由2において提示された甲第7号証、甲第2、6、10号証、甲第12〜16号証には、それぞれ、以下のとおりの発明が記載されているものと認める。

[甲第7号証]
上記VI、2、(1)、Bの[甲第7号証]の欄参照。

[甲第2号証](特公昭63-11530号公報)
その特許請求の範囲第1項の欄には、「可動部分を支持する支持面3が、支持面の幅にわたって分布する溝状凹所6をもち、これらの凹所6が可動部分の運動方向5に対して最高20°の角(α)をなして傾斜して、可動部分4と共に最小動液圧の形成を保証する潤滑剤用通路7を形成し、溝条凹所6の中心から隣接する溝条凹所の中心へ測った軸線方向間隔(a)が、10mmの最大値に至るまで、mmで測った軸受直径dを使用してμmで与えられる上限値
a0=200+0.5d+0.006d2
より小さいかこれに等しいことを特徴とする、動液圧すべり軸受。」
が記載されており、また、第1図ないし第6図には上記記載事項により特定される動液圧すべり軸受の断面形状が記載されている。

[甲第6号証](日本機械学会講演論文集「規則的凹凸をつけたすべり面の潤滑」第77〜80頁、1967年)
その第78頁の第3図ないし第5図からみて、回転できる円盤の側面(第3図で試験円盤の図で上方端)に深さが1.3μ〜25μの凹みを直径方向に沿った方向に放射状に設け、潤滑油を供給してその潤滑特性についてした研究について記載され、凹みの深さは最小油膜厚さの1〜3倍がよいことを究明した点が記載されている。

[甲第10号証](「ENGINEERING BULLTIN NO.11-62,BORED BEARING SURFACE」第1頁、Clevite Corporation,Cleveland Graphite Bronze Division発行、1962年11月16日)
甲第10号証の抄訳によれば、「従来より軸受表面の加工にはボーリング加工が用いられてきたが、自動車の分野では加工速度の利点からブローチ加工が用いられている。しかし、いくらかの顧客は、オイル保持機能の維持と回転軸と軸受表面のツールマークのマッチのため、ボーリング加工を要求する。」旨が記載されている。

[甲第12〜16号証]
上記VI、2、(1)、Bの[甲第12〜16号証に係る発明]の欄参照。

C、対比・判断
イ、本件発明2について
甲第7号証の、「軸受表面の凹凸度は普通5〜10μ、高速高圧では2〜3μ、超高速用には1μ以下とする。」との記載は、「d.軸の硬さと表面あらさ」と称した欄の記載であるから、「軸受表面の凹凸度」とは、JISB0601(後述する甲第11号証参照)に定められるような表面粗さを意味しているとしか理解できない。
してみると、甲第7号証の記載は、従来はすべり軸受の表面を平滑にすることのみを課題とするものと認められ、山と谷を設けることは考慮されていなかったことを示唆するものであって、本件発明2における、「摺接面の円周方向に伸びる環状の連続した山、あるいは不連続な山を軸方向に多数形成」するという技術思想については記載も示唆もされていないものである。

また、甲第2号証の発明は、潤滑油を貯留できる溝(溝状凹所6)を軸受表面に設けてある点で本件発明2と共通する点があるが、その軸受表面は平坦な支持面3を有し、その結果、溝状凹所6は、本件発明2の(1)〜(4)式の条件を満たすものではなくなっている。
また、軸受表面と回転軸とが接する摺動面の全幅(摺動面の回転軸と接している軸方向長さを軸方向に全部足し合わせたもの。)が大きいものとなるので、本件発明2のものに比べて摩擦損失が大きいものと認められるものである。

甲第6号証には、回転できる円盤の上面(第3図で試験円盤の図で上方端)に深さが1.3μ〜25μの凹みを直径方向に沿った方向に放射状に設け、潤滑油を供給した場合の潤滑について記載されているが、これは回転軸の軸方向と同じ方向の負荷力を受ける軸受(スラスト軸受)には適用できても、周方向に伸びる環状の山を形成するものではなく、溝部分の端部は開放されていて潤滑油を保持することはできないものである(甲第6号証の第5図から明らかなように常時潤滑油を供給する装置が必要となる。)から、すべり軸受の表面形状にまで適用可能と認めることはできない。

甲第10号証に記載された事項を検討すると、一般には、ブローチ加工でもボーリング加工でもツールマークが生じることは不可避であるところ、回転軸(通常、旋削・研削加工により仕上げ加工されるもので、ツールマークは周方向である。)のツールマークと軸受表面のツールマークの向きを合致させることが望ましいことは、回転軸表面と軸受表面との摺動による摩耗の軽減及び潤滑油の保持機能の観点からみて当業者において明らかである。
したがって、甲第10号証の「オイル保持機能の維持と回転軸と軸受表面のツールマークのマッチのため、ボーリング加工を要求する」旨の記載は、ツールマークの向きを合致させることを意味しているだけで、すべり軸受の表面に山と谷を設けることを意味するものではなく、本件発明2について示唆するところはないものである。

以上のとおりであるから、本件発明2は、「摺接面の円周方向に伸びる環状の連続した山、あるいは不連続な山を軸方向に多数形成」するという技術思想については記載も示唆もされていない甲第7号証記載の発明と、やはり、「摺接面の円周方向に伸びる環状の連続した山、あるいは不連続な山を軸方向に多数形成」する技術思想について記載も示唆もない甲第2、6、10号証に記載されたような周知の発明とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。

ロ、本件発明3について
甲第7号証は、上記「VI、3、(1)、C、イ、本件発明2について」における甲第7号証記載の発明についての検討で述べたように、本件発明3の「摺接面の円周方向に伸びる環状の連続した山、あるいは不連続な山を軸方向に多数形成」するという技術思想については記載も示唆もされていないものである。
また、甲第12号証ないし甲第16号証に係る発明は、何れも、その表面が▽▽▽と加工指示される程度に精密に仕上げることを要求する設計がされ、かつ、実際に最大高さRmaxが略4〜7μmであり、その断面形状は一応周期性があるようにも見える複雑な波形をなしているすべり軸受にすぎず、すべり軸受の表面を平滑に加工しようとしたものではあっても、すべり軸受の表面に山と谷を設けて潤滑油を保持するような技術思想については何ら記載も示唆もないとしか解することができず、また、検査データにみられる断面形状は、山と谷の形状が一応周期性があるようにも見える複雑な波形であるにすぎないから、それについてのヒストグラム(甲第12ないし16号証の検査データ参照。)をみても、前提となる形状の相違から本件発明3に係る式(1)〜(3)を充足しているとする理由は見出すことができないものである。
さらに、甲第2号証記載の発明は、上記「VI、3、(1)、C、イ、本件発明2について」で述べたように、潤滑油を貯留できる溝状凹所6を軸受表面に設けてある点で本件発明3と共通する点があるが、その軸受表面は平坦な支持面3を有し、その結果、溝状凹所6は、本件発明3の(1)〜(3)式の条件を満たすものではなく、また、軸受表面と回転軸とが接する摺動面の全幅が支持面3の幅を積算した値となるので、本件発明3のものに比べて摩擦損失が大きいものと認められるものである。
また、甲第6号証には、回転できる円盤の上面(第3図で試験円盤の図で上方端)に深さが1.3μ〜25μの凹みを直径方向に沿った方向に放射状に設け、潤滑油を供給した場合の潤滑について記載されているが、これは回転軸と同じ方向の負荷力を受けるスラスト軸受には適用できても、周方向に伸びる環状の山を形成するものではないから、すべり軸受の表面形状にまで適用可能と認めるに足る根拠はない。
さらに、甲第10号証の「オイル保持機能の維持と回転軸と軸受表面のツールマークのマッチのため、ボーリング加工を要求する」旨の記載は、ツールマークの向きを合致させることを意味しているだけで、すべり軸受の表面に山と谷を設けることを意味するものではない。

以上のとおりであるから、本件発明3は、「摺接面の円周方向に伸びる環状の連続した山、あるいは不連続な山を軸方向に多数形成」するという技術思想については記載も示唆もされていない甲第7号証記載の発明或いは甲第12〜16号証記載の発明と、「摺接面の円周方向に伸びる環状の連続した山、あるいは不連続な山を軸方向に多数形成」するという技術思想については記載も示唆もなく、本件発明3に係る(1)〜(3)式の条件を満たすものでもない甲第2、6、10号証記載の発明とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。


なお、請求人がすべり軸受の技術的背景の説明のために提示した、甲第1、5、9、11号証についても一応対比・判断しておく。

[甲第1、5、9、11号証記載の発明]
[甲第1号証](特公昭43-9198号公報)
その特許請求の範囲第1項の欄には、「中ぐり棒の運動方向と半円筒軸受の縦軸線との平行間隔を変えることなく、中ぐり棒の軸線とモータの軸線との僅かの不整列を補償するため、モータ装置と第1および第2のカッターを装着した中ぐり棒との間に自在接手を設置したことを特徴とする分割面と平行な縦軸線をもつ半円筒軸受を中ぐりする改良中ぐり盤。」が記載されている。

[甲第5号証](「精密工作法」第121頁、共立出版株式会社発行、昭和44年)
その第121頁の「3.3 仕上げ面粗さと精度」の項には、「・・・精密中ぐりによって得られる仕上げ面の粗さは・・・・・通常は2〜10μの範囲にあるが最もよい仕上を施したときには3.4表の程度にまで上昇する。・・・・特に軟質金属では研削もおよばない程度によくなっているのがわかる。」と記載されており、かつ、3.4表ではアルミニウム合金の仕上げ面粗さが0.4μとなっている点が記載されている。

[甲第9号証](「Current Design Trends of Sleeve Bearing and Thrust Washers in Passenger Car Automatic Transmissions」第17頁、SOCIETY OF AUTOMOTIVE ENGINEERS 発行、1968年)
甲第9号証には抄訳等がないが、請求人の主張によれば、軸受ブッシングの計測された表面形状には山と谷との距離が約200μinches(5μm)となる連続した山形形状が記載されている。

[甲第11号証](JIS「表面粗さの定義と表示 JIS B 0601」日本規格協会発行、平成2年3月)
甲第11号証に記載されたJIS B 0601には、工業製品の表面粗さの定義と表示に関する規定が記載されている。

[本件発明と甲第1、5、9、11号証記載の発明との対比・判断]
a,甲第1号証との対比
甲第1号証記載の発明は、軸受表面を中ぐり盤でボーリング加工する方法において精密な加工をする方法を示唆するに止まるものであって、本件発明1、2、3の構成について何らかの示唆があるものではない。
なお、請求人は、ボーリング加工を行うとその加工面にはツールマークと称する加工痕が不可避的に生じ、本件発明1、2、3の連続した山とは、結局、ツールマークにすぎない旨の主張をしている。
しかし、ツールマークはでき得る限り平滑に加工しようとした場合にも不可避的に生じるものであるのに対し、本件発明1、2、3の連続した山は技術思想からみて、特許明細書の【0005】欄の【作用】の項の、
「このような構成のすべり軸受によれば、上記各山の隣接位置に形成される環状溝内の空間部(谷形の凹部)に潤滑油が貯溜されることで、摺接面に維持される潤滑油の量を増大させることができる。また、回転軸側の摺接面とすべり軸受側の摺接面の山部の間隙が小さくなるように上記すべり軸受の摺接面の内径寸法を小さく設定しても、回転軸とすべり軸受との実際の間隙は従来のすべり軸受の場合に比較して大きいので、上記両摺接面間の摩擦抵抗を小さくすることができる。」
との記載から明らかなように、潤滑油が貯溜できる山と谷を形成しようとしているものであって、不可避的に生じるツールマークとは技術思想上異なるものである。

b,甲第5号証との対比
甲第5号証には、すべり軸受の表面を精密加工する必要がある旨の記載はあるが、本件発明1、2、3の構成について何らかの関連ある事項については記載はない。
かえって、「特に軟質金属では研削もおよばない程度によくなっているのがわかる。」との記載、及び研削が一般には加工表面を平滑にすることを目的の一つとする加工であることを考慮すると、従来はすべり軸受の表面を平滑にすることのみ重視されており、山と谷を設けることは考慮されていなかったことを示唆するものである。

c,甲第9号証との対比
請求人の主張によれば、軸受ブッシングの計測された表面形状には山と谷との距離が約200μinches(5μm)となる連続した山形形状が記載されているとされているが、その図32からみて、いわゆるツールマーク(加工痕)の測定値が記載されているにすぎず、すべり軸受の表面に山と谷を設けて潤滑油を保持するような本件発明1、2、3の技術思想については何ら記載も示唆もないものである。

d,甲第11号証との対比
甲第11号証は「表面粗さの定義と表示」を規定する日本工業規格(JIS B0601)であって、標題どおり、工業製品の表面粗さの定義と表示についての規定にすぎない。
そして、甲第11号証に記載されている工業製品の表面粗さと本件発明1、2、3のすべり軸受の表面に山と谷を設けて潤滑油を保持するような技術思想とは直接的な関係はない。
本件の本件発明1、2、3を実施しようとする場合、高度な加工技術(上記JIS B0601で定義される表面粗さを小さくできる加工技術)がないと、山の高さが数μmであるから表面粗さと山と谷が区別できず、意味がなくなってしまうが、だからといって技術思想たる本件発明1、2、3が成立しないというものではなく、単に加工痕があるものや表面粗さが存在するものと本件発明1、2、3に係る軸受表面の構成とは明りょうに区別され得るものである。
したがって、甲第11号証には本件発明1、2、3に関連する記載があるものとは認められない。

e,甲第1、5、9、11号証記載の発明の組み合わせ
甲第1、5、9、11号証には、上記のとおり、本件発明1、2、3の軸受表面に円周方向に伸びる環状の山を設ける点について記載はなく、これらを如何に組み合わせても本件発明1、2、3が容易に想到できる理由は見いだせない。
また、甲第1、5、9、11号証記載の発明をその余の甲各号証(甲第3号証を除く。)記載の発明に適用することにより本件発明1、2、3が容易に想到できる理由も見いだせない。

VIII、むすび
以上のとおり、本件発明1ないし3は本願出願前に頒布された刊行物である甲第3号証に記載された発明であるから、本件発明1ないし3に係る特許は、いずれも、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものであり、同法第123条第1項第2号の規定に該当し、無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2001-01-29 
結審通知日 2001-02-09 
審決日 2001-02-21 
出願番号 特願平6-73962
審決分類 P 1 112・ 113- ZB (F16C)
P 1 112・ 121- ZB (F16C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 秋月 均  
特許庁審判長 佐藤 洋
特許庁審判官 和田 雄二
舟木 進
登録日 1998-06-26 
登録番号 特許第2795305号(P2795305)
発明の名称 すべり軸受  
代理人 金子 憲司  
代理人 神崎 真一郎  
代理人 浅村 肇  
代理人 浅村 皓  
代理人 吉田 裕  

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