ポートフォリオを新規に作成して保存 |
|
|
既存のポートフォリオに追加保存 |
|
PDFをダウンロード |
審決分類 |
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 C12N 審判 全部申し立て 2項進歩性 C12N |
---|---|
管理番号 | 1062785 |
異議申立番号 | 異議2001-71708 |
総通号数 | 33 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 1996-12-17 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2001-06-18 |
確定日 | 2002-06-12 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第3118164号「新規酵母及び当該酵母を利用するパン類の製造法」の請求項1ないし6に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 |
結論 | 訂正を認める。 特許第3118164号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 |
理由 |
1.手続の経緯 特許第3118164号の請求項1ないし6に係る発明についての出願は、平成7年6月9日に特許出願され、平成12年10月6日にその特許権の設定登録がなされ、その後、鐘淵化学工業株式会社より特許異議の申立てがなされ、取消しの理由が通知され、その指定期間内である平成14年2月18日に訂正請求がなされたものである。 2.訂正の適否についての判断 (1)訂正の内容 ア.訂正事項a 特許請求の範囲の請求項1に「【請求項1】冷凍耐性能及び低温発酵抑制能を有する酵母が、サッカロミセス・セレビシエであることを特徴とする新規酵母。」とある記載を、 「【請求項1】小麦粉100部に対して砂糖が5部ないし25部の各種配合の生地185gの、5℃、24時間後の生地膨張量が50ml以上、135ml以下である低温での発酵が停止することのない性質を有し、サッカロミセス・セレビシエであることを特徴とする、冷凍耐性能及び低温発酵抑制能を有する新規酵母。」と訂正する。 イ.訂正事項b 特許請求の範囲の請求項2に「【請求項2】冷凍耐性能及び低温発酵抑制能を有するサッカロミセス・セレビシエが、サッカロミセス・セレビシエPー626(FERM Pー14962)、サッカロミセス・セレビシエPー627(FERM Pー14963)、サッカロミセス・セレビシエPー628(FERM Pー14964)、サッカロミセス・セレビシエPー629(FERM Pー14965)、サッカロミセス・セレビシエPー630(FERM Pー14966)であることを特徴とする新規酵母。」とある記載を、 「【請求項2】サッカロミセス・セレビシエPー626(FERM Pー14962)、サッカロミセス・セレビシエPー627(FERM Pー14963)、サッカロミセス・セレビシエPー628(FERM Pー14964)、サッカロミセス・セレビシエPー629(FERM Pー14965)、サッカロミセス・セレビシエPー630(FERM Pー14966)であることを特徴とする、請求項1に記載の新規酵母。」と訂正する。 ウ.訂正事項c 明細書の段落【0034】の記載について、「【0034】【図1】」とある記載を削除する。この削除に伴って、以降、段落の通し番号を繰り上げる。 エ.訂正事項d 明細書の段落【0038】(訂正後の【0037】)中の【表2】を【表3】と訂正する。 オ.訂正事項e 明細書の段落 【0039】及び【0040】の記載について、「【0039】【図2】【0040】【図3】」とある記載を削除する。 この削除に伴って、以降、段落の通し番号を繰り上げる。 カ.訂正事項f 明細書の段落【0041】(訂正後の【0038】)中の「図3及び図4」を「図2及び3」と訂正する。 キ.訂正事項g 明細書の最終段落の【表3】を削除する。 (2)訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否 上記訂正事項aは、請求項1に記載された「冷凍耐性能及び低温発酵抑制能を有する酵母」の低温発酵抑制能を明細書の実施例に記載の具体的なデータに基づいて限定したものであり、上記訂正事項bは、訂正後の請求項1を引用する発明に限定したものであるから、そのいずれも特許請求の範囲の減縮を目的とした明細書の訂正に該当し、また、上記訂正事項c〜gは、誤記の訂正を目的とした明細書の訂正に該当する。 そして、「小麦粉100部に対して砂糖が5部ないし25部の各種配合の生地185gの、5℃、24時間後の生地膨張量が50ml以上、135ml以下である低温での発酵が停止することのない性質」については、明細書の表1及び表2に記載されていることから、特許請求の範囲の請求項1及び2を上記の如く限定することは、新規事項の追加に該当しない。 また、上記訂正事項a〜gは、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (3)むすび 以上のとおりであるから、上記訂正は、特許法第120条の4第2項及び同条第3項において準用する第126条第2、3項の規定に適合するので、当該訂正を認める。 3.特許異議の申立てについての判断 (1)異議申立ての理由の概要 異議申立人 鐘淵化学工業株式会社は、下記の甲第1号証〜甲第10号証を提出して、本件の請求項1に係る発明は、甲第1、2、7、8又は9号証に記載された発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号に掲げる発明に該当し、また、当該発明はこれらの各号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであり、更に、本件の請求項2ないし6に係る発明は、甲第1、2、7及び9号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである、旨主張している。 記 甲第1号証 特開平4-234939号公報 甲第2号証 特開平8-196197号公報 甲第3号証 橋谷義孝編「酵母学」岩波書店、1967年12月15日発 行、第490〜491頁 甲第4号証 ダイヤイーストFRZのカタログ(協和醗酵(株)) 甲第5号証 ダイヤイーストFRZの技術資料(協和醗酵(株)) 甲第6号証 ダイヤイーストFRZに係わる実験報告書 甲第7号証 特開平7-79767号公報 甲第8号証 特表平7-500006号公報 甲第9号証 特開平6-245687号公報 甲第10号証 平成12年3月10日付けの意見書 (2)本件請求項1ないし6に係る発明 上記2.で示したように上記訂正が認められるから、本件の請求項1ないし6に係る発明は、上記訂正に係る訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された事項により特定されるとおりのものと認められるところ、その請求項1に係る発明は、次のとおりのものである。 「【請求項1】小麦粉100部に対して砂糖が5部ないし25部の各種配合の生地185gの、5℃、24時間後の生地膨張量が50ml以上、135ml以下である低温での発酵が停止することのない性質を有し、サッカロミセス・セレビシエであることを特徴とする、冷凍耐性能及び低温発酵抑制能を有する新規酵母。」 (以下、請求項1に係る発明を「本件発明」という。) (3)対比、判断 <29条1項3号違反について> 甲第1号証には、サッカロミセス属に属し低温感受性かつ冷凍耐性の性質を有するパン酵母が記載され、その具体例としてサッカロミセス・セレビシエAJ14654(FERM Pー11937)及び サッカロミセス・セレビシエAJ14655(FERM Pー11938)が挙げられている。 しかしながら、甲第1号証の「低温感受性変異株を取得するには、……………〔中略〕……………この4℃のレプリカプレート上で生育できないコロニーをマスタープレートよりひろいあげることにより、低温感受性変異株(FERM Pー11937、FERM Pー11938)を取得した。」(段落0009参照)との記載からみて、甲第1号証に記載の上記パン酵母は、4℃では発酵が完全に停止する性質を有するものと認められる。 そうだとすれば、甲第1号証のパン酵母は、5℃において「発酵が完全に停止した状態」と極めて近い状態にあると考えるのが自然であり、本件発明において特定する「小麦粉100部に対して砂糖が5部ないし25部の各種配合の生地185gの、5℃、24時間後の生地膨張量が50ml以上、135ml以下である低温での発酵が停止することのない性質」を有するものと認めることはできない。 甲第2号証は、本件出願後に頒布された刊行物であるので、甲第2号証によって本件発明の新規性を否定することはできない。 なお、甲第2、3、4、5及び6号証に基づく異議申立人の主張を検討すると、異議申立人は、「甲第2号証に記載されているダイヤイーストFRZ〔協和醗酵工業(株)〕のパン酵母は、本件特許の出願前に実際に市販されていたものであり、該パン酵母は本件発明において特定する性質を満足するものであるから、本件発明は、本件特許出願前に日本国内において公然知られた発明である」旨主張しているものと認められるので、以下この点について検討する。 甲第6号証の表3には、ダイヤイーストFRZの生地膨張量(生地185g、5℃、24時間後)は、食パン、バターロール及び菓子パンにおいて、それぞれ15ml、25ml及び10mlであるという実験結果が示されているが、生地膨張量に関するこれら数値は、本件発明において特定する「生地185gの、5℃、24時間後の生地膨張量が50ml以上、135ml以下である」という条件を満たしておらず、かつ、ダイヤイーストFRZの特徴に関する甲第4及び5号証の記載、すなわち、甲第4号証に「生地冷蔵中に発酵せず、発酵能力は低下しません。」及び「低温域(0〜5℃)においては発酵を休止します。」、甲第5号証に「ダイヤイースト FRZは低温で発酵を休止する性質(低温感受性)と、冷凍耐性とを併せ持っています。」及び「5℃以下ではほとんど発酵を休止し、………」と記載されていることを考えると、上記ダイヤイーストFRZ〔協和醗酵工業(株)〕は、本件発明において特定する「小麦粉100部に対して砂糖が5部ないし25部の各種配合の生地185gの、5℃、24時間後の生地膨張量が50ml以上、135ml以下である低温での発酵が停止することのない性質」を有するものではないと認めるのが相当である。 したがって、甲第3号証の記載に基づいて、上記ダイヤイーストFRZ〔協和醗酵工業(株)〕が、サッカロミセス・セレビシエに属する菌株であることが裏付けられ、また、甲第2、4及び5号証の記載に基づいて、上記ダイヤイーストFRZ〔協和醗酵工業(株)〕が、本件特許の出願前に実際に市販されていたという事実が立証できたとしても、本件発明は、本件特許の出願前に日本国内において公然知られた発明であるということはできない。 甲第7号証には、冷蔵耐性および/または冷凍耐性を有するパン酵母が記載され、その具体例として、サッカロミセス・セレビシエRー55(FERM Pー13756)、同Rー321 (FERM Pー13756)、同Rー2401(FERM P-14350)、同Rー5704 (FERM P-14353)、同Rー5799 (FERM P-14354)、同Rー5947(FERM P-14355)、同Rー5982(FERM P-14356)、同Rー6724(FERM Pー14357)、同Aー3364(FERM Pー14391)、同Aー3373 (FERM Pー14392)、同Aー3417(FERM Pー14393)、同Rー6180(FERM Pー14395)、及び同RMー4862 (FERM Pー14396)が挙げられている。 しかしながら、甲第7号証の表1〜5の記載によれば、上記菌株のうちサッカロミセス・セレビシエRー55及び同Rー6180を除く他の菌株は、本件発明において特定する「小麦粉100部に対して砂糖が5部配合の生地185gの、5℃、24時間後の生地膨張量が50ml以上、135ml以下である」という条件を満足するものではない。 甲第7号証の表1の記載によれば、サッカロミセス・セレビシエRー55及び同Rー6180は、低糖生地(小麦粉100部に対して砂糖を5部配合)の場合、「生地185gの、5℃、24時間後の生地膨張量が50ml以上、135ml以下である」という条件を満足するものと認められるが、高糖生地(小麦粉100部に対して砂糖を25部配合)の場合、どの程度の発酵力があるのか甲第7号証の記載からは不明である。 そこで、この点についてさらに検討すると、甲第7号証の特許請求の範囲において、用いる酵母の性質について「高糖生地での5℃、24時間の発酵力が10ml以下であり、」(請求項1、2、7、8及び9参照)と特定していることからみて、発明の詳細な説明に具体的に示されているサッカロミセス・セレビシエRー5799及び同Rー6724を含む上記菌株は、そのいずれも「高糖生地での5℃、24時間の発酵力が10ml以下であり、」という性質を有するものと解するのが自然である。 そうだとすると、上記サッカロミセス・セレビシエRー55及び同Rー6180は、高糖生地において「生地185gの、5℃、24時間後の生地膨張量が50ml以上、135ml以下である低温での発酵が停止することのない性質」を有するものと認めることはできない。 第8号証には、冷蔵温度で実質的に不活性であるサッカロミセス・セレビシエ種に属するパン酵母が記載され、その具体例としてIts1、Its2、Its3、Its4、 Its5、Its6、Its7、及びIts8で示される菌株が挙げられているが、甲第8号証に「本明細書で使用される、酵母に適用される術語「不活性」は、冷蔵温度においてねり粉中で非常に微量の二酸化炭素が発生するか又は二酸化炭素が発生しないという事実により示されているように、酵母の膨張作用が実質的に中止していることを意味する。」(3頁右下欄13行〜17行)と定義されていることからみて、甲第8号証に記載の上記酵母菌株は、本件発明において特定する「小麦粉100部に対して砂糖が5部ないし25部の各種配合の生地185gの、5℃、24時間後の生地膨張量が50ml以上、135ml以下である低温での発酵が停止することのない性質」を有するものではないことは明らかである。 甲第9号証には、低温において生育と発酵力とが欠如しているかまたは著しく抑制されているパン酵母を用いたパン生地、及び製パン方法が記載され、パン酵母としてサッカロミセス・セレビシエ Kー56(生命工学研受託番号 FERM 第Pー13386号)が示されている。 そして、甲第9号証の表3には、Kー56株は低糖生地(小麦粉100部に対して砂糖を5部配合)の場合、体積比1.6の生地膨張力(5℃、24時間後)を有することが記載されているが、前記Kー56株が中糖生地あるいは高糖生地(小麦粉100部に対して砂糖を25部配合)において、本件発明で特定する「生地185gの、5℃、24時間後の生地膨張量が50ml以上、135ml以下である低温での発酵が停止することのない性質」を有することを教示する記載は甲第9号証のどこにもない。 してみると、甲第9号証に記載のサッカロミセス・セレビシエ Kー56株は、本件発明において特定する「小麦粉100部に対して砂糖が5部ないし25部の各種配合の生地185gの、5℃、24時間後の生地膨張量が50ml以上、135ml以下である低温での発酵が停止することのない性質」を有する菌株であると認めることはできない。 以上の点を踏まえると、甲第10号証(平成12年3月10日付けの意見書)の記載を参考にするも、本件発明は、甲第1、2、7、8又は9号証に記載された発明と同一であるとすることはできない。 <29条2項違反について> 本件発明の酵母は、食パンのような低糖生地、バターロールのような中糖生地、菓子パンのような高糖生地の、低糖(小麦粉100部に対して砂糖5部配合)から高糖(小麦粉100部に対して砂糖25部配合)の幅広い範囲の各種配合において「生地185gの、5℃、24時間後の生地膨張量が50ml以上、135ml以下である」という低温発酵抑制能を示す、点に特徴を有するものと認められるが、先に記載したとおり、甲第1、2、7、8又は9号証には、本件発明において特定する上記低温発酵抑制能を有するパン酵母について記載もないし、示唆もない。 そして、本件発明は、「小麦粉100部に対して砂糖が5部ないし25部の各種配合の生地185gの、5℃、24時間後の生地膨張量が50ml以上、135ml以下である低温での発酵が停止することのない性質」を有する酵母を用いることにより、特許明細書に記載されたとおりの効果を奏するものである。 したがって、本件発明は、甲第1、2、7、8又は9号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。 また、訂正後の本件請求項2ないし6に係る発明は、訂正後の請求項1を引用する発明であるから、請求項1に係る発明(本件発明)と同様の理由により、甲第1、2、7及び9号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。 (4)むすび 以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び提出した証拠方法によっては、本件請求項1ないし6に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件請求項1ないし6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(54)【発明の名称】 新規酵母及び当該酵母を利用するパン類の製造法 (57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 小麦粉100部に対して砂糖が5部ないし25部の各種配合の生地185gの、5℃、24時間後の生地膨張量が50ml以上、135ml以下である低温での発酵が停止することのない性質を有し、サッカロミセス・セレビシエであることを特徴とする、冷凍耐性能及び低温発酵抑制能を有する新規酵母。 【請求項2】 サッカロミセス・セレビシエP-626(FERM P-14962)、サッカロミセス・セレビシエP-627(FERM P-14963)、サッカロミセス・セレビシエP-628(FERM P-14964)、サッカロミセス・セレビシエP-629(FERM P-14965)、サッカロミセス・セレビシエP-630(FERM P-14966)であることを特徴とする、請求項1に記載の新規酵母。 【請求項3】 パンに利用される原料と水と酵母が配合され、混捏されたパン生地を冷蔵及び/又は冷凍保管した後、常温に戻して、発酵及び/又は加熱処理して、パン類を製造する方法において、請求項1及び2記載の新規酵母を用いてなるパン生地を利用すること特徴とするパン類の製造方法。 【請求項4】 前記したパン生地が冷凍及び/又は冷蔵生地である請求項3記載のパン生地であることを特徴とするパン生地。 【請求項5】 請求項1及び2記載の新規酵母を1種又は2種以上含有してなる冷凍パン生地であることを特徴とするパン生地。 【請求項6】 請求項1及び2記載の新規酵母を1種又は2種以上含有してなる冷蔵パン生地であることを特徴とするパン生地。 【発明の詳細な説明】 【0001】 【産業上の利用分野】 本発明は、新規酵母及び当該酵母を利用したパン類の製造方法に関するものである。更に詳しくは全ての種類のパン類における冷凍生地や冷蔵生地に有用な新規な酵母、当該酵母を含有するパン生地及び当該酵母を利用したパン類の製造方法に関するものである。 【0002】 【従来の技術】 近年、製パン業界においては、省力化による製パン工程の合理化、労務管理の合理化を図るための製パン法の検討が進んでいる。また一方では、消費者ニーズの多様化に応え、フレッシュなパンをよりおいしい状態で提供し、更には消費者の要望するパン製品の品種のバラエティー化を達成するために、冷凍生地製パン法及び冷蔵生地製パン法の検討が進み、これらの製パン法が盛んに行われるようになってきた。 【0003】 従来の冷凍生地用酵母は、冷凍耐性が非常に強く、長期間の冷凍保管後でも、冷凍前と変わらないフレッシュな、かつ品質の安定したパンを製造できるようにはなってきたが、パン生地の保管条件の不良などによる温度上昇で、凍結したパン生地が部分的に解凍してしまい、パン生地中の酵母の活性が復活し、パン生地が膨張して、最終製品のパンの品質が著しく低下するということがあるため、パン生地の保管時あるいは流通時の冷凍庫の温度管理は非常に厳密にしなければならず、一定の温度を保つために膨大なエネルギーを必要とする。また、使用時に一旦解凍してしまえば、酵母の活性は復活しているため、残ったパン生地を再度冷凍あるいは冷蔵保管し、再度利用しようとすれば、パンの表皮に火膨れが発生し、パンの品質は著しく低下してしまう、などの問題点を抱えているのが実状である。 【0004】 このような課題に関連して、特開平6-245687では、冷凍耐性酵母に由来し、低温感受性を有するパン酵母が開示されているが、低糖生地(5〜6%配合)での冷凍耐性及び低温感受性についてだけであり、また、解凍(昇温)後再冷凍後の発酵力は冷凍前の60%程度であり、すべての種類の配合の冷凍生地での実用性という面で問題がある。 【0005】 ペストリーの製造では、ロールイン油脂を層状に折り込むために、生地を予め低温処理するリタード法が取り入れられている。通常のパン酵母を用いた場合には、低温下でも発酵は停止せず、生地が膨張してしまい、ロールイン油脂がきれいに折り込まれず、できたパンの層がきれいにならないことが多く、発酵が比較的止まりやすい0℃付近まで温度を下げて低温処理を行っているのが実状である。 【0006】 このような課題を解決すべく、特開平5-76348、特開平5-284896、特開平5-336872、特開平7-79767、及び特表平7-50006には、冷蔵などの低温中では発酵しない、又は発酵が停止し、一定温度以上で発酵する酵母いわゆる低温感受性酵母が開示されているが、いずれも低温下で発酵が速やかに停止することが特徴であり、ロールイン油脂折り込みの際の低温処理時には、発酵は停止し、生地は膨張せず、きれいな油脂の層が形成されるという課題は解決されている。しかし、冷蔵生地製パン法において、低温で発酵が停止してしまう性質の酵母を利用した場合、生地温度がある程度上昇するまで生地を放置するなどの工夫をしないと、通常のパン酵母を用いた場合に比べ、生地膨張量が不足し、ボリュームのある良質のパンができない。また、低温下で発酵が完全に停止することにより、酵母の発酵代謝物による生地の熟成も停止してしまい、風味や食感の良好なパンが製造できない等の問題点が残されている。 【0007】 【発明が解決しようとする課題】 冷蔵生地製パン法とは、混捏したパン生地を直ちに又は発酵させた後、冷蔵保管した後、発酵及び/又は加熱処理を行いパンを製造する方法である。通常のパン酵母のパン生地中で活発に発酵する温度域は25〜35℃であり、5℃程度の冷蔵温度にさらされた生地中では、発酵が活発な状態から弱い発酵状態へと移行していく。従って、冷蔵期間が長期間の場合には、冷蔵されたパン生地中でも発酵が進行し、生地は過剰に発酵した状態となり、最終製品のパンの品質の低下を招くことになる。これを解決するために、冷蔵温度をパン生地が凍結しない温度まで下げる方法も行われているが、冷蔵に関わるエネルギーコストが上昇する不具合を生じている。 【0008】 一方、パン酵母の改良も行われ、低温感受性を備えた各種の冷蔵用酵母が市販されてはいるが、低温下での発酵が完全に停止することが大きな特徴であるため、先に記した通常のパン酵母で見られた課題は、概ね解決されてはいるが、発酵が停止し過ぎてしまい、冷蔵保管された生地を常温域まで戻さなければ発酵が回復せず、従来の製パン工程に適合しない。あるいは、発酵が停止し過ぎて、冷蔵保管時の生地が未熟になり、パンの品質が低下する等の課題を抱えているのが実状である。 【0009】 また、冷凍生地製パン法においては、パン生地の冷凍保管時の期間による酵母の死滅あるいは活性の低下が問題となるが、冷凍生地用酵母として市販されているものを利用することにより、ある程度の課題の解決が可能になってきた。しかし、パン生地を冷凍状態で保管する場合、流通する場合、及び生地解凍の温度管理が不十分な場合には、この限りではなくなる。つまり、温度管理が不適切で、生地温度が上昇して部分的な解凍、あるいは生地解凍時の温度上昇による酵母の活性化が、生地中の酵母の死滅、発酵力・生地膨張力の低下、死滅酵母から漏洩した細胞内容物によるガス保持力の低下が起こり、最終パン製品の内相及び外観の劣化、あるいは風味や食感の低下を引き起こすことになる。 【0010】 本発明は、従来の生地配合及び製パン工程を変更せずに、冷凍及び/又は冷蔵によるパン生地への悪影響のない、低コストで品質の安定したパンを製造するための酵母を提供することにある。つまり、長期間の冷凍生地保管が可能な強い冷凍耐性を有し、かつ低温下での発酵が通常のパン酵母に比べ抑制されるものの、停止することはなく、更には冷蔵生地製法及び通常の冷凍生地製法においても、ホイロ発酵時間に遅延を来さない程度の低温感受性いわゆる低温発酵抑制能を有した酵母を提供することを目的になされたものである。 【0011】 更に、本発明は前記酵母を利用することによって、パン生地冷凍時の温度管理を徹底することなく、フレッシュで美味しい各種の配合のパン類を製造する方法を提供することをも包含するものである。 【0012】 【課題を解決するための手段】 本発明は、上記の目的を達成するためになされたものであって、従来のように、自然界から、あるいは保存菌株からスクリーニングまたは変異処理、あるいは交雑等の育種操作により、冷凍耐性を有し、かつ低温で発酵が完全に停止するいわゆる低温感受性酵母を取得したが、この酵母を利用した場合、冷蔵生地製パン法においては、低温下での生地の熟成が進まず、ホイロ時間の遅延も認められ、満足できる結果には到らなかった。また、冷凍生地製パン法においては、パン生地は冷凍されているため、通常の解凍条件ではパン生地の温度は10℃以下と低く、酵母の活性が停止しているために、冷蔵生地と同様に、生地温度が上昇するまでは、生地の膨張はほとんどなく、その結果、ホイロ発酵時間が著しく遅延し、満足の出来るパンとはならなかった。 【0013】 そこで、本発明者らは発想を根本的に転換して、強い冷凍生地耐性を持ち、かつ低温での発酵が従来のパン酵母よりもさらに緩慢にはなるものの、停止することのない低温発酵抑制能に着目した。 【0014】 本発明者らは、数多くの保存菌株の中からから冷凍耐性の優れた菌株を選抜し、これらの選抜菌株を親株として、変異処理及び交雑等による育種操作を行い、造成された菌株について、幅広く目的酵母のスクリーニングを行った結果、強い冷凍耐性を有し、かつ低温下での発酵が抑制されることはあっても、停止することのない低温発酵抑制能を有した目的とする酵母を取得することに成功した。 【0015】 本発明は、このような有用新知見を基礎とし、更に研究の結果、完成されたものであって、その詳細は以下に述べるとおりである。 【0016】 本発明に用いる酵母は、パン酵母として使用しうるものであれば良いが、特にサッカロミセス・セレビシエに属する酵母が好ましく、性質として冷凍耐性及び低温発酵抑制能を有していることが不可欠である。ここで言う冷凍耐性とは、パン生地中の酵母がパン生地を冷凍処理を行った後、解凍後の生地膨張力が、冷凍・解凍処理を行わないパン生地と同等の生地膨張力を発揮する能力を言う。つまり、冷凍・解凍処理を行っても、生地中での酵母の生残率及び発酵力の低下が普通のパン酵母に比べて著しく少ない性質を示すものである。また、低温発酵抑制能とは、パン生地を低温下で冷蔵保管した場合に、普通のパン酵母を使用したパン生地に比べ、生地の膨張が緩慢となるが、生地の膨張は微かに続く性質を言う。つまり、低温感受性を有した酵母であるが、通常のパン酵母に比べ、低温下での発酵が抑制され、緩慢になることはあっても、発酵が停止したり、欠如したり、あるいは不活性な状態になるものとは根本的に異なる性質である。 【0017】 本発明では、上記した冷凍耐性を有するサッカロミセス・セレビシエに属する保存菌株から、特に冷凍耐性の優れた菌株を選抜し、親株として使用した。選抜された親株について、変異処理及び交雑による育種操作を行い取得された造成株から、20〜35℃での常温域では、発酵力が親株と同等以上である、及び-20℃で2週間保管した後の生地の膨張力が親株に比べ同等以上である、更には0〜10℃以下の低温域での発酵力が、親株に比べ緩慢又は抑制されてはいるが、低温の温度に関わらず発酵が停止することのない低温発酵抑制能を有する菌株だけを選択した。 【0018】 このような性質を有する酵母としては、以下の番号で示される酵母が挙げられる。サッカロミセス・セレビシエP-626(FERM P-14962)、サッカロミセス・セレビシエP-627(FERM P-14963)、サッカロミセス・セレビシエP-628(FERM P-14964)、サッカロミセス・セレビシエP-629(FERM P-14965)、サッカロミセス・セレビシエP-630(FERM P-14966)。 【0019】 変異処理の方法は、エチルメタンスルホネート処理、ニトロソグアニジン処理、紫外線照射等が公知であり、これらの方法を用いることが出来る。変異誘導された菌株の中から、低温域で発酵が抑制される菌株を選択するには、親株と常温域で同等に発酵し、低温域で発酵が抑制されている菌株を分離することにより可能である。 【0020】 本発明の酵母を利用することによって、低温域でのパン生地の膨張が緩慢になる理由については明らかではないが、変異を受けた本発明酵母の細胞膜を構成する脂質が変化し、温度によってその流動性が変化し、低温域では糖の取り込みが抑制され、緩慢になっているものと推定している。この考え方を指示する知見として、Biosci.Biotech.Biochem.,59(3)482-486(1995)には、低温で発酵及び増殖が抑制される酵母についての新しい知見が記載されている。つまり、細胞膜の主要構成脂質であるエルゴステロールが、酵母の低温感受性と関係し、その際、低温感受性酵母は、低温下では芳香属系のアミノ酸(例えばトリプトファン)が取り込めなくなり、アミノ酸要求性となる。しかしながら、本発明の酵母は、低温下であっても、アミノ酸要求性にはなっていないため、この酵母の低温感受性とは異なる機構と考えられる。 【0021】 一般的に、温度感受性(Temperature Sensitive:TS)に関与する遺伝子がサッカロミセス属に存在することは公知の事実であるが、この低温感受性は、高温下もしくは低温下において酵母の蛋白質の合成系が停止し、死滅するものであり、本発明に関わる低温発酵抑制能とは基本的に異なる性質である。 【0022】 以下に、本発明の酵母についての取得例を示す。 【0023】 (1).酵母の変異処理方法 ここでは、エチルメタンスルフォネート(以下、EMSと記す)による変異処理法を示す。親株となる冷凍耐性を有した酵母菌株のスラントから、1白金耳、YPD培地(酵母エキス1%、ポリペプトン2%、グルコース2%)5mlに植菌し、30℃、24時間振とう培養する。培養終了後、3,000rpm、5分で遠心分離し集菌し、0.1Mリン酸緩衝液(pH7.0)にて1回洗浄する。洗浄菌体を同じリン酸緩衝液5mlに懸濁し、EMSを0.2ml添加し、30℃で、60分間変異処理を行い、3,000rpm、5分間遠心分離で集菌し、リン酸緩衝液で洗浄後、6%チオ硫酸ナトリウムを加え中和し、EMSを分解する。更に生理食塩水5mlで3回洗浄し、洗浄菌体を5ml生理食塩水に懸濁し、上記のYPD培地に2%の寒天を添加したYPD寒天プレートに、適宜希釈して塗沫する。 【0024】 (2)低温発酵抑制酵母のスクリーニング法 先に変異処理を行いYPD寒天プレートに塗沫したものを、30℃、2日間培養し、出現したコロニーをレプリカ法により、別の2枚のYPD寒天プレートに移して、10℃で5日間、30℃で2日間培養する。30℃では親株と同等の生育を示し、10℃では親株よりも生育が抑制されている(但し、生育してこないものは除く)コロニーを低温感受性酵母として選択する。 【0025】 更に、分離した菌株をYPD寒天培地にて、数代経代培養し、低温感受性が安定した菌株を選抜する。次に、選抜した菌株をYPD培地5mlに、1白金耳、植菌し、30℃で16時間培養後、洗浄し、1×107細胞/mlとなるように、30ppmのブロムクレゾールパープル(BCP)の入った3本のYPD(pH6.5)培地5mlに懸濁し、5℃で2日間、10℃で24時間、及び30℃で3時間静置培養する。培養後、3,000rpm、5分で遠心分離し、菌体を除去した上澄液の590nmでの吸光度を分光光度計にて測定する。BCPはpH指示薬として用いられているもので、pH6.5の場合には青紫色であり、pHの低下とともに黄色に変化し、吸光度は低下する。従って、親株に比べて、各温度域での吸光度の変化の小さい株を選択する。その際、低温感受性株ではあるが、5℃及び10℃においての吸光度が初発に比べてほとんど、あるいは全く変化しない株は、発酵が低温で停止していることになるため、選択の基準から除外する。このようにして、低温発酵抑制能を有した酵母菌株を選択することが出来る。 【0026】 上記のようにして、目的の低温抑制能を有する酵母の取得の1例を示したが、1段階の変異処理だけでは、低温下での発酵が抑制されても、常温域での発酵力や冷凍耐性が低下する傾向にあるため、これを回避する手段の1例として、戻し交配が可能である。戻し交配とは、変異株と野生株の胞子株を分離し、互いに異なる接合型をもった胞子株同士を交雑させて、交雑株をとり、更に交雑株から胞子株をとり、野生株の胞子株と交雑を行うという操作を1回以上行う方法である。これを行うことによって、低温発酵抑制能に関わる遺伝子と、野生株の優れた発酵力及び/又は冷凍耐性の遺伝子を合わせ持つ菌株を造成することが出来る。 【0027】 但し、本発明の酵母の性質である低温発酵抑制能は劣性の遺伝であり、単純に低温発酵抑制能を持った胞子株と野生型の胞子株を交雑しても、低温発酵抑制能は発現せず、交雑株は野生型となってしまう。従って、野生型となった交雑株から胞子株を取得し、先に記述したスクリーニング法により、低温発酵抑制能を有する胞子株を選抜し、元の低温発酵抑制能を有する胞子株と交雑することが必要である。 【0028】 次に実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明を制限するものではない。 【0029】 【実施例1】 1.供試菌株:サッカロミセス・セレビシエP-626(FERM P-14962)、同P-627(FERM P-14963)、同P-628(FERM P-14964)、同P-629(FERM P-14965)、及び同P-630(FERM P-14966)の5株。 【0030】 2.培養:各酵母菌株のスラントから1白金耳、YPD培地5mlに植菌し、30℃で24時間振とう培養したものを、糖蜜培地(糖として3%、窒素源:尿素/硫酸アンモニウム=3/1、リン源:リン酸1ナトリウム)200mlに接種し、30℃で、48時間振とう培養した。これを30L容ジャーファーメンターに接種し、糖蜜を流加しながら30℃、14時間通気撹拌しながら、種培養を行った。種培養で得られた酵母菌体を洗浄し、本培養の種とし、種培養と同様に、糖蜜を流加し、30℃で、通気撹拌し、アルコール制御培養を行った。培養終了後、培養ブロスを分離・水洗・濾過して圧搾生酵母を得た。 【0031】 3.生地試験法:表1に示した各種配合について、各酵母の低温発酵抑制能を比較した。発酵力は、イースト工業界で定められた方法に準じた。対象区として、市販のレギュラーイースト及び冷凍生地用のFD-1イースト(いずれもオリエンタル酵母工業株式会社製)を用いた。その結果を表2に示した。また、5℃におけるFD-1イースト及びP-626株の生地膨張の経時変化について図1に示した。 【0032】 【表1】 【0033】 【表2】 【0034】 表2に見られるように、低温発酵抑制能を有するP-626、P-627、P-628、P-629、P-630の5株はいずれの種類の生地においても、28℃の常温域では対照区のレギュラーイースト及びFD-1イーストと変わらない強さの発酵力を有しているが、5℃という低温域では、対照区に比べ明らかに、発酵が抑制されている。5℃、24時間後の生地膨張量で比較すれば、対照区の生地膨張量の30〜40%程度である。 【0035】 また、図1に見られるように、低温発酵抑制能を有するP-626株の5℃での生地膨張の変化は、24℃に捏上げられた生地が5℃の発酵室に移行し、生地温度が低下するにつれて発酵が弱まるが、発酵は停止せず、12時間以降は5ml/3時間の生地膨張速度で発酵が連続している。一方、低温発酵抑制能のないFD-1イーストの場合には、低温になるにつれて酵母の活性は低下し発酵は抑えられるが、P-626株程ではなく10ml/3時間の膨張速度である。 【0036】 【実施例2】 実施例1で得られた酵母菌体を用いて、表3に示した配合で生地を調製し、28℃でフロアを30分とった後、-20℃で生地を4週間保管し、各酵母の冷凍耐性の経時変化を、室温解凍1時間後の35℃での所定容積に達するまでの適性ホイロ時間を見ることによって比較した。バターロール生地(中糖生地)の結果を図2に、菓子パン生地(高糖生地)での結果を図3に示した。 【0037】 【表3】 【0038】 図2及び図3で明らかなように、冷凍耐性のないレギュラーイーストは、冷凍保管期間が長くなるにつれて、解凍後のホイロ時間が長くなる傾向であるが、冷凍耐性を有する冷凍生地用酵母のFD-1イーストと同様に、低温発酵抑制能を有するP-626〜630の5株とも、解凍後のホイロ発酵時間は、冷凍期間の長短に関わらず、極めて安定しているため、5菌株とも強い冷凍耐性を有していることが分かる。また、低温での発酵が抑制されるために、生地解凍後のホイロ時間は遅延されることが予想されるが、P-626〜630の5株とも、冷凍前の生地でのホイロ発酵時間とほとんど変化なく、低温発酵抑制能を有した酵母を利用することによって、冷凍生地における低温感受性株のデメリットであるホイロ発酵時間の遅延は全く起こらない。 【0039】 【実施例3】 実施例1で得られた酵母菌体のうちP-626及びP-629株の2つの酵母を用いて、表2に示したバターロール配合で生地を調製し、28℃で30分フロアをとった後、-20℃で3週間冷凍保管したパン生地を、冷蔵庫でオーバーナイト解凍後、再冷凍し、1週間後に室温で2時間解凍し、適性ホイロ時間を測定した結果を表4に示した。また、同時にホイロ時間を一定(50分)にした後、焼成しパンを作成し、パンの比容積を測定した。比容積は、なたね置換法により求めた。その結果を表5に示した。 【0040】 更に、-20℃で3週間冷凍保管したパン生地を冷蔵庫でオーバーナイト解凍後、そのまま冷蔵保存した生地を、ホイロ時間を一定(50分)にした後、焼成しパンを作成し、パンの比容積を測定し、パンの品質を評価した。その結果を表6に示した。 【0041】 【表4】 【0042】 【表5】 【0043】 【表6】 【0044】 表4で明らかなように、再冷凍保管した後のホイロ時間は、冷凍耐性の強いFD-1イーストは約10分遅れてしまうが、P-626及びP-629株では1〜2分程度であり、再冷凍もこの酵母の場合には可能である。冷凍耐性の強さが変わらない酵母の間で、表4のような結果がでるのは、低温での解凍中に、FD-1イーストは酵母の活性が復活し、活性化された状態で再凍結されるのに対して、低温で発酵が抑制されるP-626及びP-629株では、解凍後も酵母の活性化が極めて緩慢であるため、再凍結による影響がでにくいのである。 【0045】 この結果を反映するように、表5では、焼成後のパンの状態を比較したが、再冷凍時に活性化された状態のFD-1イーストのパンは、比容積は他と変わらないが、パンの表面に火膨れが多数形成され、同時に冷凍障害も見られた。また、解凍時に発酵が進行している分、風味は酸臭があるものとなっていた。しかし、低温発酵が抑制されるP-626及びP-629株では、再冷凍したパンであっても、通常の冷凍生地保管時と同様でパンの表皮に火膨れは認められず、風味も変化なく良好であった。 【0046】 解凍生地をそのまま冷蔵保管した場合の結果を表6に示した。表6から明らかなように、低温発酵抑制能のないFD-1では生地が冷蔵保管中に発酵してしまい、生地の熟成も過剰に進行するため、保存期間が長くなるにつれて、生地のガス保持力は低下し、比容積は低下し、同時にパンの品質も劣化する。一方、P-626株及びP-629株では生地の発酵が低温域では緩慢であるため、比容積は変化せず、パンの品質も安定している。 【0047】 【発明の効果】 本発明によって、冷凍耐性及び低温で発酵が抑制され緩慢になることはあっても、発酵が欠如したり停止することのない低温発酵抑制能を有する新規な酵母が創製された。このような性質を持つ新規な酵母を利用することによって、従来の通常製パン法、冷蔵生地製法、及び冷凍生地製法が、配合や工程を変更することなく行える他、更には、冷凍生地製パン法において、調製された生地を冷凍保管して実際に使用する場合、従来の使用方法通り、解凍後加熱処理してパンを製造する場合の他に、解凍した生地をそのまま冷蔵保管したり、あるいは再冷凍して保管後使用することが可能となり、受注生産時などに発生する残解凍生地を処分することなく有効に活用できるため、生産性の向上に寄与することができる。 【図面の簡単な説明】 【図1】 冷蔵保管生地の生地膨張量の経時変化を示す。 【図2】 各種酵母のバターロール生地冷凍保管期間と解凍後のホイロ時間の関係を示す。 【図3】 各種酵母の菓子パン生地冷凍保管期間と解凍後のホイロ時間の関係を示す。 |
訂正の要旨 |
<訂正の要旨> ア.訂正事項a 特許請求の範囲の請求項1に「【請求項1】冷凍耐性能及び低温発酵抑制能を有する酵母が、サッカロミセス・セレビシエであることを特徴とする新規酵母。」とある記載を、「【請求項1】小麦粉100部に対して砂糖が5部ないし25部の各種配合の生地185gの、5℃、24時間後の生地膨張量が50ml以上、135ml以下である低温での発酵が停止することのない性質を有し、サッカロミセス・セレビシエであることを特徴とする、冷凍耐性能及び低温発酵抑制能を有する新規酵母。」と訂正する。 イ.訂正事項b 特許請求の範囲の請求項2に「【請求項2】冷凍耐性能及び低温発酵抑制能を有するサッカロミセス・セレビシエが、サッカロミセス・セレビシエPー626(FERM Pー14962)、サッカロミセス・セレビシエPー627(FERM Pー14963)、サッカロミセス・セレビシエPー628(FERM Pー14964)、サッカロミセス・セレビシエPー629(FERM Pー14965)、サッカロミセス・セレビシエPー630(FERM Pー14966)であることを特徴とする新規酵母。」とある記載を、「【請求項2】サッカロミセス・セレビシエPー626(FERM Pー14962)、サッカロミセス・セレビシエPー627(FERM Pー14963)、サッカロミセス・セレビシエPー628(FERM Pー14964)、サッカロミセス・セレビシエPー629(FERM Pー14965)、サッカロミセス・セレビシエPー630(FERM Pー14966)であることを特徴とする、請求項1に記載の新規酵母。」と訂正する。 ウ.訂正事項c 明細書の段落【0034】の記載について、「【0034】【図1】」とある記載を削除する。この削除に伴って、以降、段落の通し番号を繰り上げる。 エ.訂正事項d 明細書の段落【0038】(訂正後の【0037】)中の【表2】を【表3】と訂正する。 オ.訂正事項e 明細書の段落【0039】及び【0040】の記載について、「【0039】【図2】【0040】【図3】」とある記載を削除する。この削除に伴って、以降、段落の通し番号を繰り上げる。 カ.訂正事項f 明細書の段落【0041】(訂正後の【0038】)中の「図3及び図4」を「図2及び3」と訂正する。 キ.訂正事項g 明細書の最終段落の【表3】を削除する。 |
異議決定日 | 2002-05-27 |
出願番号 | 特願平7-167101 |
審決分類 |
P
1
651・
113-
YA
(C12N)
P 1 651・ 121- YA (C12N) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 加藤 浩 |
特許庁審判長 |
田中 久直 |
特許庁審判官 |
近 東明 斎藤 真由美 |
登録日 | 2000-10-06 |
登録番号 | 特許第3118164号(P3118164) |
権利者 | オリエンタル酵母工業株式会社 |
発明の名称 | 新規酵母及び当該酵母を利用するパン類の製造法 |
代理人 | 石井 貞次 |
代理人 | 泉谷 玲子 |
代理人 | 平木 祐輔 |
代理人 | 富田 博行 |
代理人 | 泉谷 玲子 |
代理人 | 社本 一夫 |
代理人 | 社本 一夫 |
代理人 | 富田 博行 |