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審決分類 審判 訂正 4項(134条6項)独立特許用件 訂正しない C07D
審判 訂正 発明同一 訂正しない C07D
管理番号 1065295
審判番号 訂正2000-39009  
総通号数 35 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1996-04-16 
種別 訂正の審決 
審判請求日 2000-01-26 
確定日 2002-09-24 
事件の表示 特許第2716952号に関する訂正審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1,請求の要旨
本件特許第2716952号は、昭和62年3月30日(優先権主張:昭和61年3月31日、昭和61年9月24日)に出願した特許出願(特願昭62-76892号)の一部を、平成2年6月12日に新たな特許出願(特願平2-153306号)をして、さらにその一部を平成6年3月28日に新たな特許出願(特願平6-56950号)をして、またその一部を平成7年9月8日に新たな特許出願(特願平7-231343号)としたものであり、本件審判請求の要旨は、本件特許第2716952号の明細書を、本件審判請求書に添付された訂正明細書のとおりに訂正しようとするものであり、その請求項1に係る発明は次のとおりである。
「一般式(XXXIII)

(式中、Y2はフッ素原子を示し、R11は水素原子または低級アルキル基を示す)で表される化合物。」
2.訂正拒絶の理由
本件特許に係る発明は、設定登録がされた後、特許異議申立がされ(平成10年異議第73765号)、本件請求項1に係る発明は、その優先権主張の利益を享受し得ないものであり、本件特許に係る出願の日前の出願である特願昭61-220149号に係る特許出願の願書に最初に添付した明細書(以下、「先願明細書」という。特開昭62-252772号公報参照)に記載の発明と同一であって、しかも出願人及び発明者のいずれもが同一でないので、特許法第29条の2の規定に違反して特許されたものであるとして取消決定がなされた。
この取消決定に対して訴えがあり、東京高等裁判所に係属中であるところ、請求人は、「両発明が同一であることは認める。」とし、本件特許に係る出願のほうが先願である旨を主張してきたが、本件訂正審判では、実験成績証明書等を提示し、先願明細書に記載された製造方法を追試しても本件特許発明に係る目的化合物の中間原料が得られないことを見出したとし、さらに、先願明細書の出願時の技術常識を参酌しても当該化学物質を製造できないとして、先願明細書は、特許法第29条の2の引例になり得ないと主張をしている。
これに対して、平成12年8月24日付けで通知した訂正拒絶の理由の概要は、以下のものである。
[上記訂正により請求項1の一般式中Y2がハロゲン原子からフッ素原子に限定されるが、その限定された化合物は、上記取消決定で既に指摘した先願明細書の参考例2に記載の化合物と同一のものであり、上記限定によっても、依然として区別できるものではなく、本件請求項1に係る発明は、先願明細書に記載された発明と同一である。
また、請求人は、請求人が提出した平成11年12月3日付けの実験成績証明書(以下、「実験成績証明書A」という。)及び平成12年2月18日付けの実験成績証明書(以下、「実験成績証明書B」という。)では、先願明細書の参考例1の追試をして、参考例2記載の製法における製造原料である3-メトキシ-2,4,5-トリフルオロ安息香酸(以下、「MTFBA」という。)が得られない結果が示されたとして、先願明細書の出願時の技術常識を参酌しても、当該化学物質を製造することが当業者にとって可能であるとはいえないから、上記一般式で示される1-シクロプロピル-6,7-ジフルオロ-1,4-ジヒドロ-8-メトキシ-4-オキソ-3-キノリンカルボン酸(以下、「DFQ」という。)及びそのエステルは上記先願明細書に記載された発明とはいえない、と主張する。
そこで検討すると、先願明細書の参考例1における「シアノ体からアミド体」への反応工程は、芳香族ニトリルを加水分解して対応するアミド体を得るものであって、形式的には、単なる加水分解反応であり、周知の反応といえるものであるし、また、該参考例1には、該芳香族ニトリルに特定の置換基が結合しているために、通常の加水分解条件とは異なる特別の加水分解条件が必要とされる等の格別の記載はない。
また、下記刊行物1〜3の記載等からみて、ニトリルを加水分解して対応するアミド体を得る反応において97〜80%硫酸を使用することは通常採用されている程度の方法であり、このことは技術常識の範囲内のものといえる。
してみると、参考例1では、該反応工程において「・・・濃硫酸8.5ml及び水40mlを加え・・・」と記載されており、これは明らかに97〜80%硫酸程度のものではないが、芳香族ニトリルを加水分解してアミド体を得ようとする反応であることは明らかであるから、この種の反応で通常使用されている97〜80%硫酸を使用する程度のことは技術常識の範囲内であるといえる。
一方、請求人が提出した実験成績証明書の上記硫酸濃度についてみると、上記 実験成績証明書Aでは「濃硫酸0.66ml、水3.1ml」であり、実験成績証明書Bでは「濃硫酸(0.6ml)および水(2.8ml)」であって、上記参考例1の「・・・濃硫酸8.5ml及び水40mlを加え・・・」に対応するものにすぎず、この種の反応において通常使用される市販の97%硫酸或いはこれに少量の水を加えた場合のもの、即ち、上記97〜80%硫酸程度のものを使用した場合の試験は示されていない。
したがって、先願明細書中の上記参考例1のシアノ体からアミド体への加水分解反応において、技術常識を参酌して、上記97〜80%硫酸程度のものを使用した場合に該反応が進行しないとは、上記実験成績証明書A及び実験成績証明書Bの内容からは認めることができない。
さらに、上記先願の出願人は、平成12年7月28日付けの回答書において、先願明細書の参考例1中の上記シアノ体からアミド体への加水分解反応について「濃硫酸8.5ml及び水40mlを加え」とした記載における、「水40mlを加え」の記載は誤記であったと述べており、先願の出願人自身が 誤記であるというような記載を追試して、その反応が進行しないことを確認したことをもって、上記参考例1中の上記シアノ体からアミド体への加水分解反応が、技術常識を参酌しても進行しないものであるなどということはできない。
結局、請求人の提出した実験成績証明書をみても、先願明細書の参考例2の製造原料である3-メトキシ-2,4,5-トリフルオロ安息香酸が、「先願明細書の出願時の技術常識を参酌しても、当該化学物質を製造することが当業者にとって可能であるとはいえない」という場合に該当するものではない。
したがって、上記DFQ及びそのエステルは、先願明細書の参考例2に該化合物の融点及び元素分析値が示されており、その参考例2記載の方法で該化合物が製造できないとはいえないのであるから、請求人の主張によっては、上記訂正後の請求項1に係る発明が、先願明細書の参考例2に記載の上記DFQ及びそのエステルの発明と同一でないとすることはできず、訂正後の請求項1に係る発明は、依然として、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないものである。
以上のとおりであるから、訂正後の請求項1に係る発明は、特許出願の際に独立して特許を受けることができないのものであって、上記訂正は、平成6年法律第116号付則第6条の規定により、なお従前の例によるとされ、平成5年法律第26号により改正された特許法第126条第3項の規定に違反するものであり、上記訂正請求は認めることができない。

1,「新実験化学講座14 有機化合物の合成と反応II」、社団法人日本化学会編、昭和52年12月20日、丸善株式会社発行、第1134〜1135、1150〜1157頁、
2,「官能基別 有機化合物合成法[I]」、昭和51年3月25日、株式会社廣川書店、第312〜313頁
3,「Tetrahedron」、23巻、(1967年)、4719〜4727頁、 」
3.検討・判断
(1)先願明細書の参考例1,2の記載
上記先願明細書には、以下の参考例1,2が記載されている(公開公報第11頁上右欄〜第12頁下左欄)。
(i)、「参考例1 3-メトキシ-2,4,5-トリフルオロ安息香酸の合成
1,2,3,4-テトラフルオロベンゼン50gをバードンらの方法[テトラヘドロン22 2541(1966)]に準じてブロム化及びメトキシ化を行ない無色油状の1-ブロモ-3-メトキシ-2,4,5-トリフルオロベンゼンを 22.21g得た。得られた油状物22gの無水N-メチル-2-ピロリドン37ml溶液を耐圧管に仕込みシアン化第一銅10gを加え、140〜150℃で4.5時間加熱した。冷後反応液に塩化第二鉄・6水和物44g及び濃塩酸11mlの水溶液60mlを加え、50〜60℃に加温し20分間攪拌した。反応液をエーテルで抽出し、有機層は希塩酸水溶液で洗浄後水洗し、さらに飽和食塩水で洗浄した。芒硝乾燥後濃縮し、残渣を減圧蒸留して無色油状の3-メトキシ-2,4,5-トリフルオロベンゾニトリルを14.25g得た。沸点94℃/8mmHg」
(ii)、「得られた油状物14.2gに濃硫酸 8.5ml及び水40mlを加え110℃で1時間攪拌した。冷後反応液を氷水50ml中に注ぎ析出晶を濾取して水洗し、得られた結晶を塩化メチレン-n-ヘキサン混液から再結晶して白色針状晶の3-メトキシ-2,4,5-トリフルオロベンツアミドを11.59g得た。融点 130-133℃」
(iii)、「次いで、この結晶に18規定硫酸150mlを加え3.5時間100℃に加熱した。冷後水400mlを加え析出晶を濾取し、得られた結晶をn-ヘキサンより再結晶して無色針状晶の目的物を9.61g得た。
融点98〜101℃
元素分析値:C8 H5 F3 O3
計算値:C;46.62, H;2.45
分析値:C;46.68, H;2.48」
(iv)、参考例2 1-シクロプロピル-6,7-ジフルオロ-1,4-ジヒドロ-8-メトキシ-4-オキソ-3-キノリンカルボン酸の合成
3-メトキシ-2,4,5-トリフルオロ安息香酸9.4gに塩化チオニル50mlを加え3時間還流した。塩化チオニルを留去後残渣を減圧蒸留して黄色油状の3-メトキシ-2,4,5-トリフルオロベンゾイルクロライド8.86gを得た。 沸点108-112℃/20mmHg 」
(v)、「マグネシウムエトキサイド5.9gにマロン酸ジエチル7gの無水トルエン35ml溶液を滴下し50〜60℃で2時間加温した。次に-10℃に冷却後先の酸クロライド8.86gの無水トルエン10ml溶液を15分間で滴下した。-5℃〜0℃で1時間攪拌後濃硫酸8mlを含む氷水30mlを加えトルエン層を分取した。有機層は飽和食塩水で洗浄後無水芒硝で乾燥して濃縮し、かっ色油状のジエチル-3-メトキシ-2,4,5-トリフルオロベンゾイルマロネート13.64gを得た。 」
(vi)、「得られた油状物13.55gに水20ml及びp-トルエンスルホン酸14mgを加え9時間還流した。冷後反応液を塩化メチレンで抽出し、有機層を7%炭酸水素ナトリウムで洗い、次いで飽和食塩水で洗った。有機層を無水芒硝で乾燥後濃縮し黄色油状の3-メトキシ-2,4,5-トリフルオロベンゾイル酢酸エチルを10.29g得た。」
(vii)、「得られた酢酸エチル体9.79gに無水酢酸9.6g及びオルトギ酸エチル8.4gを加え、3時間還流した。更に無水酢酸3.2g及びオルトギ酸エチル8.8gを追加し8時間還流した。反応液を濃縮し茶かっ色油状の2-(3-メトキシ-2,4,5-トリフルオロベンゾイル)-3-エトキシアクリル酸エチルを9.73g得た。」
(viii)、「得られた油状物9.73gをエタノール20mlに溶かし氷冷下シクロプロピルアミン20gを滴下した。室温で2時間攪拌後濃縮し残渣をシリカゲルカラムクロマト[溶媒;n-ヘキサン:酢酸エチル=5:1]で精製をおこない黄白色結晶の2-(3-メトキシ-2,4,5-トリフルオロベンゾイル)-3-シクロプロピルアミノアクリル酸エチルを7.52g得た。
融点56〜58℃
元素分析値:C16 H16 F3 NO4
計算値:C;55.98 , H;4.70, N;4.08
分析値:C;56.07 , H;4.66, N;4.07」
(ix)、「得られた結晶6.68gを無水ジメチルホルムアミド26mlに溶かし、フッ化ナトリウム1.31gを加え5時間還流した。冷後反応液を氷水100ml中に注ぎ、析出晶を濾取して水洗し、これを酢酸エチルから再結晶して無色針状晶の1-シクロプロピル-6,7-ジフルオロ-1,4-ジヒドロ-8-メトキシ-4-オキソ-3-キノリンカルボン酸エチルを4.53g得た。
融点 178〜180℃
元素分析値:C16 H15 F2 NO4
計算値:C;59.44 , H;4.68, N;4.33
分析値:C;59.34 , H;4.59, N;4.33」
(x)、「次いで、この結晶4.5gに酢酸30ml、濃硫酸4ml及び水22mlの混液を加え1時間還流した。冷後氷水100mlを加えて析出晶を濾取し、水洗後乾燥して無色粉末の目的物を4g得た。
融点185〜186℃
元素分析値:C14 H11 F2 NO4
計算値:C;56.95, H;3.76, N;4.74
分析値:C;56.68, H;3.70, N;4.74 」

そして、上記(x)工程の生成物が、本件請求項1における一般式中のR11が水素原子である場合の化合物(DFQ)であり、(ix)工程の生成物が、上記一般式中のR11が低級アルキル基であるエチル基の場合の化合物(DFQのエチルエステル)であるから、DFQ及びDFQのエチルエステルは、上記(i)〜(x)で示されるように、各工程の操作条件や、各工程での生成物の物性等の具体的な記載を伴って、その製造方法が具体的に記載されているものであり、また、DFQ及びそのエチルエステルの物性等について、上記(x)及び(ix)をみると、DFQについては、「無色粉末」であることと融点、元素分析値が示され、DFQのエチルエステルについては、「無色針状晶」であることと融点、元素分析値が記載されている。
してみると、本件請求項1に係る発明の化合物である、DFQ及びDFQのエチルエステルは、先願明細書にその物性等と共に具体的に記載されているし、その製造方法も具体的に示されているといえる。
(2)、先願明細書に基づくDFQ及びそのエチルエステルの製造の可否について。
(2-1)、請求人の主張
請求人は、下記の甲第1〜15号証を提示して、平成11年12月3日付けの実験成績証明書(実験成績証明書A)及び平成12年2月18日付けの実験成績証明書(実験成績証明書B)の実験結果を根拠にして、「先願明細書には、DFQの製造について参考例2に記載されているが、その出発物質として出願時に新規物質であった3-メトキシ-トリフルオロ安息香酸(MTFBA)を用いており、先願明細書の参考例1には、そのMTFBAの製造方法が一応記載されているが、参考例1及びその中で参照された方法・操作を誠実かつ正確に追試しても、参考例1の第3工程であるシアノ体からアミド体への反応は全く進行せず、収率がゼロであるという結果を得ている。したがって、参考例1の方法では、DFQの出発原料であるMTFBAが合成できないから、DFQは、参考例2に製造方法が一応記載されていても合成できない。
結局、先願明細書の記載からは、当業者がDFQの出発物質であるMTFBAが入手又は製造できないのである。」(審判請求書第4頁下7行〜第5頁10行)旨を述べ、
次いで、「シアノ体からアミド体への反応は、形式的には、単なる加水分解であるが、シアノ体の加水分解を選択的に行い、MTFBAを合成することは容易ではない。芳香族ニトリル体は、一般に加水分解反応が、脂肪族のものに比べて進行し難く、反応条件を強くして行われるのが通常であるが、条件を厳しくすると、MeO基が開裂するおそれもあり、その設定は難しいから、種々の条件を試みて、MTFBAを合成できたとしても、当業者に過度の実験を強いることになる。
したがって、先願時の技術水準を参酌しても、当業者は、先願明細書の記載に基づいてDFQの出発物質であるMTFBAを容易に製造できない。」(審判請求書第5頁11行〜26行)旨の主張をしている。

甲第1号証[特開昭62-252772号公報(引用先願の公開公報)の写し]
甲第2号証[特許庁編 特許実用新案審査基準、第2章第9頁及び第3章第1〜3頁の写し]
甲第3号証の1 [宇部興産株式会社の研究者による平成11年12月3日付け実験成績証明書]
甲第3号証の2 [山口大学工学部野口三千彦教授らによる平成12年2月18日付け実験成績証明書]
甲第4号証[テトラヘドロン 22 2541 (1966)(先願明細書の参考例1で引用された刊行物) 及び部分訳]
甲第5号証[特許2716952号公報(本件特許公報)の写し]
甲第6号証[平成11年審判第39101号に係る審尋書の写し]
甲第7号証[平成11年審判第39101号に係る回答書の写し]
甲第8号証[平成11年(行ケ)第207号判決の写し]
甲第9号証[Journal of American Chemical Society,73,5610〜5614、(1951)の写し]
甲第10号証[Journal of Organic Chemistry.32,1269-1270 (1967) の写し]、
甲第11号証[Journal of American Chemistry Sciety,74,4262-4263 1952年 の写し]、
甲第12号証[The Chemistry of The Ether Linkage ,(1967),24〜27頁 の写し]、
甲第13号証[薬学雑誌75巻第755〜756頁(1955年)の写し]、
甲第14号証[上記刊行物2と同じ:「官能基別 有機化合物合成法[I]」、昭和51年3月25日、株式会社廣川書店、第312〜317頁 の写し]、
甲第15号証[第十二改正 日本薬局方解説書 B-419〜B-425 の写し]

(2-2)、アミド体の製造の可否等
そこで検討すると、上記実験成績証明書A及び実験成績証明書Bには、先願明細書の参考例1に示された条件で追試したことが示され、実験成績証明書Aでは、「・・・反応物を抽出し、分析したところ目的のベンズアミドは得られず、」として、また、実験成績証明書Bでは、「反応液が完全に2層になり反応は全く進行しなかった。」として、いずれも、参考例1のアミド化工程の反応が進行しなかった追試結果が示されている。
ところで、実験成績証明書A,Bで反応が進行しなかったというアミド化工程は、上記「(1)先願明細書の参考例1,2の記載」で述べた(i)〜(x)の工程のうちの
[(ii)「得られた油状物14.2gに濃硫酸 8.5ml及び水40mlを加え110℃で1時間攪拌した。冷後反応液を氷水50ml中に注ぎ析出晶を濾取して水洗し、得られた結晶を塩化メチレン-n-ヘキサン混液から再結晶して白色針状晶の3-メトキシ-2,4,5-トリフルオロベンツアミドを11.59g得た。融点130〜133℃]の工程であり、この「シアノ体からアミド体」への反応工程は、芳香族ニトリルを加水分解して対応するアミド体を得るものであって、形式的には、単なる加水分解反応であるし、また、該参考例1に関して、該芳香族ニトリルに特定の置換基が結合しているために、通常の加水分解条件とは異なる特別の加水分解条件が必要とされる等の格別の説明は先願明細書に記載されていない。
また、上記訂正拒絶理由通知で示した上記刊行物1〜3の記載をみると、まず、刊行物1には、「5・7 酸アミドおよび酸イミド」の項に、「e.ニトリルからの合成 ニトリルは加水分解により第一酸アミドになる。この場合、反応条件によっては生成する酸アミドがさらに加水分解を受けてカルボン酸になるので、反応物質に応じた適切な条件を用いることが必要である。(i)酸加水分解 塩酸、硫酸などの鉱酸のほかにPPA、ギ酸あるいはLewis酸が用いられる(表5・31)。」と記載され、表5・31には、「ニトリルの酸加水分解による第一酸アミドの合成」のタイトルの下に「97%H2SO4」、「80%H2SO4」を使用した例が他の酸を使用した場合と共に示されており、
刊行物2には、「4.ニトリルへの水の付加 ニトリルの酸による水和反応は、生成するアミドが加水分解されて遊離の酸となることを極力押さえるため、わずかの量の水の存在下に行われる。水の濃度を調節する一方法としては、組成にしてだいたい硫酸-水和物(84.5%H2SO4)に相当する程度に、硫酸に水を加えた溶液を用いることがある。」(第312頁)と記載され、
刊行物3には、2-アミノ-3,4,5,6-テトラフルオロベンゾニトリルからのアミド化について、「アミノニトリル(4.75g)を36規定硫酸(10ml)とともに100℃で1時間加熱することにより2-アミノ-3,4,5,6-テトラフルオロベンズアミド(XXII);(4.3g)、水からの再結晶の融点140〜141℃、が得られる。」(第4725頁下3〜下1行)と記載され、2-ブロモ-3,4,5,6-テトラフルオロベンゾニトリルからのアミド化について、「ブロモニトリル(5.1g)を36規定硫酸(10ml)とともに100℃で1時間加熱することにより2-ブロモ-3,4,5,6-テトラフルオロベンズアミド(XXV);4.3g)、水からの再結晶の融点118〜119℃、が得られる。」(第4726頁17〜19行)と記載され、また、2,3,4,5-テトラフルオロ-6-ニトロ-ベンゾニトリルからのアミド化について、「ニトロニトリル(2.2g)を36規定硫酸とともに100℃で1時間加熱することにより2,3,4,5-テトラフルオロ-6-ニトロ-ベンズアミド(XXIV);1.6g)、クロロホルムからの再結晶の融点124〜125℃、が得られる。」(第4725頁下9〜下7行)と記載されている。
してみると、先願時よりかなり以前である昭和42年から昭和52年に既に公知であった上記刊行物1〜3の記載等からみて、ニトリル体を加水分解して対応するアミド体を得る反応において、例えば、上記刊行物1に例示された80%硫酸と同程度の濃度の硫酸、或いはそれよりも高濃度の硫酸、つまり、80%程度以上の高濃度の硫酸を使用することが広く知られており、先願時には、この種の反応において通常採用されている方法として技術常識であったといえる。
これに対して、先願明細書におけるアミド化工程では、上記(1)(ii)に示した「・・・に濃硫酸 8.5ml及び水40mlを加え・・・白色針状晶の3-メトキシ-2,4,5-トリフルオロベンツアミドを11.59g得た。融点 130-133℃」と記載されており、濃硫酸に大量の水が加えられ、その硫酸濃度は、20%にも満たない硫酸濃度になっている。
そして、請求人が提出した実験成績証明書の上記硫酸濃度についてみると、実験成績証明書Aでは「濃硫酸0.66ml、水3.1ml」を使用し、実験成績証明書Bでは「濃硫酸(0.6ml)および水(2.8ml)」を使用するものであって、先願明細書の上記アミド化反応における「濃硫酸8.5ml及び水40mlを加え」に対応するものにすぎず、この種の反応において通常使用される、市販の97%硫酸或いはこれに少量の水を加えたもの、即ち、上記97〜80%程度の濃度の硫酸を使用した場合の試験は示されていない。
してみると、先願明細書の上記(i)〜(x)の工程のうちの(ii)の工程であるシアノ体からアミド体への加水分解反応の説明に、「濃硫酸8.5ml及び水40mlを加え」として、20%にも満たない濃度の硫酸を使用することが示されており、上記実験成績証明書A及び実験成績証明書Bでは、その20%にも満たない濃度の硫酸を使用した場合の追試を行って、該反応が進行しないというものに止まり、この種のシアノ体からアミド体への加水分解反応における技術常識である、上記97〜80%程度の濃度の硫酸を使用した場合の試験は示されていないのであるから、上記実験成績証明書A及び実験成績証明書Bの追試結果をもって、当業者が、先願時の技術常識を参酌しても、先願明細書の記載に基づいて該加水分解反応の生成物であるアミド体が得られないとは、直ちにはいえない。
さらに、先願明細書の参考例1,2に記載されたDFQ及びそのエチルエステルの製造方法は、上記3.(1)の(i)〜(x)で示されるように、各工程の操作条件や、各工程での生成物の物性等の記載を伴って具体的に記載され、その一連の製造工程の結果として得られるDFQについては、「無色粉末」で融点185〜186℃であることと、元素分析値が示され、DFQのエチルエステルについては、「無色針状晶」で融点178〜180℃であることと元素分析値が記載されている。そして、これら化合物の物性等について本件特許明細書の記載をみると、DFQについて、「無色粉末状結晶」で融点184〜185℃であり(実施例6)、DFQのエチルエステルについては、「無色針状結晶」で融点180〜182℃である(実施例5)。つまり、先願明細書及び本件特許明細書の両者に記載された新規物質であるDFQ及びそのエチルエステルの物性等が一致しているといえるのである。
結局、先願明細書及び本件特許明細書におけるDFQ及びそのエチルエステルの製造工程の記載が同様に具体的に記載され、その最終生成物の物性等が一致しているのであるから、先願明細書におけるDFQ及びそのエチルエステルの製造工程である、上記3.(1)の(i)〜(x)の各工程の操作条件や、各工程での生成物の物性等の記載は、本件特許明細書における製造工程と同様に、実際に製造できた事実に基づいている記載であるというべきである。
なお、先願の出願人は、当審からの審尋に対する平成12年7月28日付けの回答書において、先願明細書の上記シアノ体からアミド体への加水分解反応についての「濃硫酸8.5ml及び水40mlを加え」の記載に関して、「参考例1に記載されているシアノ体からアミド体への反応は、単純な加水分解反応であり、それは強酸下(例えば濃硫酸〜80%硫酸等)において反応が進行することは広く知れ渡っていた。・・・水40mlを誤って記載挿入した」旨を述べて(第7頁下6行〜第8頁下6行)、先願明細書の上記「濃硫酸8.5ml及び水40mlを加え」の記載が、適切でないことを認めている。
してみると、先願明細書の上記シアノ体からアミド体への加水分解反応の工程について、「濃硫酸8.5ml及び水40mlを加え」という、20%にも満たない濃度の硫酸を使用するという記載があり、これを追試した上記実験成績証明書A及び実験成績証明書Bでは、該反応が進行しないとされているとしても、上記刊行物1〜3の記載等からみて、ニトリル体を加水分解して対応するアミド体を得る反応においては、80%程度以上の高濃度の硫酸を使用することが通常採用されている方法として技術常識であったといえるし、該アミド体生成物の融点130〜133℃が示されているから、当業者であれば、「濃硫酸8.5ml及び水40mlを加え」の記載のとおりに追試して、その反応が進行しなかったとしても、その20%にも満たない濃度の硫酸の記載が、この種の反応における技術常識からみて、適切でないものであることを理解して、高濃度硫酸を適宜使用することにより、該アミド体生成物の融点の記載を確認データとしつつ、過度の実験を要することなく該アミド体を製造することができたといえる。
したがって、先願明細書は、DFQ及びDFQのエチルエステルの製造方法における上記3.(1)の工程(ii)のシアノ体からアミド体への加水分解反応の記載において、「濃硫酸8.5ml及び水40mlを加え」という一部の記載が適切でないものの、当業者であれば、該工程(ii)の記載に基づいて、先願時の技術常識を参酌することにより、そのアミド体を得ることができたといえるから、当業者にとって先願明細書に示されたDFQ及びDFQのエチルエステルの製造方法における製造原料を入手できないとはいえず、DFQ及びDFQのエチルエステルを製造することが先願明細書の記載に基づいて当業者が実施できないというものではなく、依然として、本件特許発明は、先願明細書に記載された発明と同一であるというべきである。
(3)その他の請求人の主張について、
(3-1)、請求人は、甲第8号証(平成11年(行ケ)第207号判決の写し)を提示して、「この事件は、先願の優先権主張の基礎出願(特願昭61-10880号)の出願当初明細書には、4,5-ジフルオロ-2-ハロゲノ-3-メトキシ安息香酸の製造方法が記載されておらす、後になされた国内優先権主張出願(問題となっている「先願」)の明細書中にその製造方法が追加されたことが問題となった事案である。」として、判決中の「化学物質につき特許が認められるためには、それが現実に提供されることが必要であり、単に化学構造式や製造方法を示して理論上の製造可能性を明らかにしただけでは足りず、化学物質が実際に確認できるものであることが必要であると解すべきである。なぜなら、化学構造式や製造方法を机上で作出することは容易であるが、そのことと、その化学物質を現実に製造できることとは、全く別の間題であって、机上で作出できても現実に製造できていないものは、未だ実施できない架空の物質にすぎないからである。そして、ある化学物質に係る特許出願の優先権主張の基礎となる出願に係る明細書に、その化学物質が記載されているか否かについても、同様の基準で判断されるべきことは明らかである。」(第6頁下から9行〜第7頁2行)の箇所を指摘して、「理論上の製造方法ではなく、現実に製造可能な方法が記載され、現実にその化合物が提供されなくてはならない旨を明確に判示している。」(意見書第3頁22行〜第4頁13行)と主張する。
しかし、本件で問題となっている上記先願明細書は、請求人も述べているように、優先権主張の基礎出願の明細書に記載されていない、参考例1,2の上記(i)〜(x)の具体的な製造方法の記載が追加記載されているものである。
しかも、上記先願明細書の上記(i)〜(x)の記載では、各工程の操作条件や、各工程での生成物の物性等の記載を伴って、その製造方法が具体的に記載されており、この先願明細書の該(i)〜(x)の記載は、「単に化学構造式や製造方法を示して理論上の製造可能性を明らかにしただけ」ではなく、「化学物質が実際に確認できる」程度に記載されており、「理論上の製造方法ではなく、現実に製造可能な方法が記載され、現実にその化合物が提供され」得るものといえる。
してみると、本件における上記先願明細書は、上記(i)〜(x)の具体的な製造方法が追加されている点で、その前の上記判決で指摘された明細書とは全く異なり、同一視できないものであるし、また、上記先願明細書は、上記判決において化学物質が記載されているか否かの基準として挙げられた上記事項をみても、その目的生成物であるDFQ及びDFQのエチルエステルが記載されていないとされるものではない。
結局、請求人の上記主張は、「依然として、本件特許発明は、先願明細書に記載された発明と同一である。」とする上記3.(2-2)の判断を左右するものではない。
(3-2)、アミド体への加水分解で考慮すべき他の条件について
請求人は、意見書において、
(a)、「確かに、参考例1における「シアノ体からアミド体」への反応工程は、形式的には、単なる加水分解反応であり、酸を用いて加水分解を行うこと自体は周知の反応といえるものである。」(第4頁18〜21行)と述べると共に、「どのような化学構造を有するシアノ体でも単に97〜80%硫酸を用いさえすれば(すなわち他の条件を検討しなくとも)アミド体に加水分解される、及び、3-メトキシ-2,4,5-トリフルオロベンゾニトリルを97〜80%硫酸程度のもので加水分解すれば高収率で最終産物になる、とする認識は誤りである」旨を指摘し(第4頁22行〜第5頁5行)、
(b)、さらに、「上記のような認識は誤りであり、本件ニトリル化合物は特異な化学構造を有するため、反応条件の設定が極めて難しいことを、以下(ア)〜(ウ)の理由を挙げて説明する。」旨を述べ(第5頁5行〜第5頁7行)、
「(ア)、「シアノ体からアミド体」への加水分解反応で考慮すべき条件は、硫酸濃度だけではない。
(イ)、メトキシ基等のアルコキシ基は97〜80%硫酸下で開裂する。
(ウ)、本件発明化合物(DFQ)の原料化合物と刊行物1〜3記載の原料化合物は、化学構造が全く異なるので、本件発明化合物の原料化合物の加水分解の反応条件を決定する上で、殆ど参考にならない。」の点について主張している(第5頁5行〜第9頁23行)。
そこで、まず、請求人の指摘(a)について検討する。
先願明細書の上記シアノ体からアミド体への加水分解反応における、「濃硫酸8.5ml及び水40mlを加え」という記載に対して、本件訂正拒絶の理由で指摘しているのは、上記刊行物1〜3の記載等からみて、20%にも満たない濃度の硫酸ではなく、80%程度以上の高濃度の硫酸が通常採用されている方法として技術常識であったといえるから、当業者であれば、該記載が適切でない記載であることを理解できるとするものであって、単に、「酸を用いて加水分解を行うこと自体は周知の反応といえる」ことを理由に、当業者が「80%程度以上の高濃度硫酸」を適宜使用して、目的のアミド体を生成できるとしているのではない。
また、先願明細書の上記アミド体への加水分解反応の記載は、上述したように、該アミド体生成物の物性等の記載を含めて、本件特許明細書と同様に具体的に記載されているから、高濃度硫酸を適宜使用して、本件特許明細書の記載に基づく場合と同様に、過度の実験を要することなく該アミド体を製造できたとしているのであって、請求人がいうような、「単に97〜80%硫酸を用いさえすれば(すなわち他の条件を検討しなくとも)アミド体に加水分解される」などということは、該アミド体が生成できる理由としていない。
なお、請求人は、「・・・高収率で最終産物になる」として、該アミド体が「高収率」で得られるか否かを問題とするが、該アミド体は中間原料であり、中間原料としての必要量が得られるならば、「高収率」でなくとも、その目的物であるDFQ及びDFQのエチルエステルを製造できるといえるから、より「高収率」で該アミド体を製造できる条件が他に存在し得るとしても、中間原料としてのアミド体の製造方法が先願明細書に記載されていないことにはならない。
してみると、請求人の上記(a)の指摘は、本件で訂正拒絶の理由としていないものを、本件で訂正拒絶の理由としているとするものであり、上記3.(2-2)の判断を左右するものではない。
上記(b)の主張は、請求人が指摘する上記(a)のような認識は誤りであるとするものであり、その指摘(a)が本件で訂正拒絶の理由としていないものであり、上述のように上記3.(2-2)の判断を左右するものではないが、念のため、上記(b)の(ア)〜(ウ)について検討する。
まず、(ア)についてみると、請求人は、「引用した刊行物1〜3において、該「シアノ体からアミド体」への加水分解を硫酸存在下に行う場合には、原料化合物の構造上の差異により、反応条件(原料化合物と硫酸との比率、硫酸濃度、反応温度、反応時間等)が異なる。」として、上記刊行物1〜3に示されたシアノ体からアミド体への加水分解反応の3つの例を示して、「反応時間は、それ程差異はないが、合議体が述べているように硫酸濃度に差異があり、硫酸/原料化合物及び反応温度に大きな差異がある」旨を主張する。
しかし、請求人が示した3つの例の硫酸濃度は、97%、85%、97%であり、いずれの例も、80%程度以上の高濃度硫酸を使用するものであるから、技術常識を参酌して、80%程度以上の高濃度硫酸を適宜使用することの困難性の根拠になるものではない。
次に(イ)についてみると、請求人は、上記甲第10〜14号証を提示して、「これらの文献には、以下の反応が示されている(なお、甲第13号証の反応において、シアノ基はカルボキシル基まで加水分解され、さらに、脱炭酸されているものと考えられる)」と述べ、甲第10〜13号証記載の4つの反応例を示し、さらに、「合議体が「シアノ体からアミド体」への加水分解の際に用いることが技術常識の範囲内であるとする97〜80%硫酸で芳香族メチルエーテルや芳香族エチルエーテルのような芳香族アルキルエーテルを処理した場合にはそのエーテル結合が開裂してしまう、という技術常識が存することか明らかである。そして、この技術常識を踏まえると、メトキシ基を有する本件ニトリル化合物の「ニトリル」部分のみを加水分解させるためには、単に技術常識の範囲内の濃度の硫酸を用いただけでは、メトキシ基が切断してしまうおそれがあるので、高収率で目的化合物が得られず、何か特別な反応条件を設定しなくてはならない、と当業者ならば考える。・・・因みに、甲第13号証は、合議体が技術常識として挙げた刊行物1〜3のうちの刊行物2中に、参考文献として挙げられたものであることを付言する(甲第14号証の第317頁参照。59番目に挙げられているものが甲第13号証である)。」と主張する。

しかし、上記4例のうち、甲第10〜12号証に記載された3例は、97〜80%硫酸で芳香族アルキルエーテルを処理した例であり、そのエーテル結合は開裂しているものの、これらの例は、いずれもニトリル基を有しない場合の反応であり、メトキシ基を有するニトリル化合物の「ニトリル」部分のみを加水分解させる際に、高濃度の硫酸を用いると、メトキシ基が開裂してその収率が低下するおそれがあるに止まり、より高収率で目的化合物のアミド体を得ようとする場合に、さらに別異の反応条件を設定しなくてはならないと考えるとしても、先願明細書の上記3.(1)(ii)の工程の記載に基づいて、該アミド体生成物の物性等の記載を確認データとしつつ、過度の実験を要することなく該アミド体を得ること自体が困難であるとする根拠になるものではない。
また、甲第13号証には、「・・・アルカリ及び過酸化水素を用いる Radiziszwsky鹸化法(以下R法と記す)・・・)」(第755頁本文1〜2行)、及び「なお、2,6-Dimethoxybenznitril (IX)は、R法で処理するも変化なく、原料回収に終わった。又、Mauther は(IX)を濃硫酸で鹸化して、2,6-Dimethoxybenzamidを得ているが、この方法を(I)に応用すると脱メチル及び脱炭酸を起こしてm-NitroPhenolに変化する。」(第755頁反応式下5〜7行)の記載があり、この記載からみると、2,6-位にメトキシ基を有するベンゾニトリルは、濃硫酸で処理したときに、メトキシ基が開裂しないで、2,6-ベンズアミドを生成し、そのメトキシ基の1つがニトロ基に置換した化合物を濃硫酸で処理したものが、請求人が示すところの脱メチル及び脱炭酸を起こしてm-ニトロフェノールとなる例である。
してみると、甲第13号証には、濃硫酸を使用して、メトキシ基が開裂することなく、ニトリル基をアミド基に処理できることが示されているし、先願明細書の上記3.(1)(ii)の工程のシアノ体は、ニトロ基を含むものではないから、甲第13号証の記載についても、技術常識を参酌して、80%程度以上の高濃度硫酸を適宜使用して、先願明細書の上記記載に基づいて、該アミド体の物性等の記載を確認データとしつつ、該アミド体を製造することが困難であったといえる根拠になるものではない。
次に(ウ)についてみると、請求人は、「本件発明化合物(DFQ)の原料化合物は、ベンゼン環に直接結合した、i)メトキシ基とii)ニトリル基とiii)フッ素原子とを同時に有している特殊な新規化合物に係わるものである。他方、刊行物1〜3のいずれにも、ニトリル基とメトキシ基がベンゼン環に直接結合している、本件発明化合物(DFQ)の原料化合物に類似する化合物は記載されていない。・・・つまり、本件ニトリル化合物のような特殊な化合物の加水分解反応に関する反応条件は、硫酸濃度、原料化合物と硫酸の比率、反応温度等が必須なもので、これらを適切に設定しなければ、目的のアミド化合物が収率良く得られないということが技術常識であり、この技術常識は、本件の加水分解反応の反応条件を決定する上で、殆ど参考にならないというべきである。」旨を主張する。
しかし、これらの主張は、より「高収率」で該アミド体を製造できる条件が他に存在し得ることを主張するものにすぎない。既に述べたように、該アミド体は中間原料であり、中間原料としての必要量が得られるならば、「高収率」でなくとも、その目的物であるDFQ及びDFQのエチルエステルを製造できるといえるのであって、より「高収率」で該アミド体を製造できる条件が他に存在し得ることを主張しても、そのことが、技術常識を参酌しても、先願明細書の記載に基づいて該アミド体を製造することが困難であるとする根拠になるものではない。
(3-3)、「及び水」と特許法上の誤記について、
請求人は、先願明細書の上記3.(1)(ii)の工程の記載中の「濃硫酸8.5ml及び水40ml」の記載は特許法上の「誤記」とは言い得ないとして、「訂正審判(及び訂正請求)で認められる「誤記」とは、当業者が一見して誤記であることが明白に認められるもので、・・・何人も「濃硫酸85ml及び水40ml」とあるのが「濃硫酸8.5ml」の誤りであり、その誤った記載を訂正すれば反応は問題なく進行するという結論(審判請求人は、この結論については承知であるが、百歩譲って、出願人の説明を信用するとして)を、先願明細書の記載のみから、たやすく結論し得ないことは多言を要しない。」旨を主張する(意見書第9頁下5行〜第13頁7行)。
しかし、先願明細書の上記3.(1)(ii)の工程の記載中の「濃硫酸8.5ml及び水40ml」の記載が、「濃硫酸8.5ml」の誤りであるか、或いは、[濃硫酸8.5ml及び水「x」mL]の誤りであるか等について審理することは、本件訂正審判で必要とされるものではないし、本件に係る訂正拒絶の理由において、「濃硫酸8.5ml及び水40ml」の記載が、特許法上の「誤記」である等としていない。
なお、請求人は、[「濃硫酸8.5ml」の誤りであり、その誤った記載を訂正すれば反応は問題なく進行するという結論(審判請求人は、この結論については承知であるが、・・・]と述べ、上記3.(1)(ii)に記載のような反応では80%程度以上の高濃度硫酸の使用により、その反応が進行することを請求人も認めているような主張をしているが、いずれにしても、本件の訂正拒絶の理由では、この種の反応に20%にも満たない濃度の硫酸を使用することが、技術常識に沿ったものでなく、80%程度以上の高濃度硫酸を使用することが広く知られていたとするものであり、先願の出願人自身も上記「濃硫酸8.5ml及び水40mlを加え」の記載が適切でないと認めていることを指摘しているにすぎない。
結局、本件訂正審判において、その訂正拒絶の理由に、先願明細書の上記3.(1)(ii)の工程の記載中の「濃硫酸8.5ml及び水40ml」の記載が、「濃硫酸8.5ml」の誤記であることなどを根拠とするものでなく、請求人の上記主張は、上記3.(2-2)の判断を左右するものではない。
(3-4)、MTFBAの融点について
請求人は、「MTFBA」の正しい融点は、115〜117℃であり、これと先願明細書に記載の融点(98〜101℃)との間には、15℃程の差がある」旨を述べ、さらに、甲第15号証の「第十二改正日本薬局方」記載の表を示して、「約300もの化合物の融点が記載されているが、融点に幅のある約170化合物の平均の温度幅をとってみてもせいぜい5℃以内である」として、「当業者が、過度の実験の結果として正しいMTFBAの合成方法を見出せた場合でも、正しい融点の値と15℃程度も離れているため、誤差を考慮しても(98〜101)±5℃の範囲内には入り得ず、結果、その方法では製造できなかったと判断するはずである。」旨の主張をしている。
しかし、請求人が実験成績証明書A及Bの実験結果に基づいて、反応が進行しなかったとする工程は、シアノ体からアミド体を得る工程であって、該アミド体生成物の「融点130〜133℃」が明記され、この融点は、本件特許明細書の実施例3に記載されている「融点131〜133℃」と一致するものである。
そして、先願明細書の上記3.(1)(ii)のシアノ体からアミド体を製造する記載に基づいて、該アミド体生成物の融点130〜133℃の記載を確認データとすることにより、過度の実験を要することなく該アミド体を製造することができたといえることは、既に述べたとおりである。
してみると、請求人が主張する融点の記載の相違は、該アミド体が得られた後の工程に関するものであるから、該アミド体の製造が困難であったとする根拠になり得ないものである。
請求人が主張するMTFBAの製造工程は、上記3.(1)(ii)のシアノ体からアミド体を得る工程で既に、過度の実験を要することなく該アミド体を得た後、これを原料として、アミド体からカルボン酸を製造する上記3.(1)(iii)の工程である。
この工程についてみると、請求人は、先願明細書の記載に基づいて、アミド体からカルボン酸を製造することができないことは、実験に基づく根拠は示しておらず、その融点の記載が相違していると述べているに止まる。
ところで、先願明細書の上記3.(1)(iii)及び本件特許明細書の実施例4のMTFBAの製造工程における両者の物性等の記載をみると、先願明細書では、「・・・無色針状結晶・・・ 融点98〜101℃・・・ 元素分析値:・・・」としており、本件特許明細書では、「・・・無色針状結晶・・・融点115-117℃・・・MSスペクトル・・・NMRスペクトル・・・」としており、両者の物性等として、「無色針状結晶」の点では一致している。
また、本件特許明細書におけるMTFBAから、順次、中間原料を製造して上記DFQ及びDFQのエチルエステルを製造する際の中間原料の物性等についてみると、「3-メトキシ-2,4,5-トリフルオロ安息香酸クロリド・・・を得た。」、「3-メトキシ-2,4,5-トリフルオロベンゾイルマロン酸ジエチルエステル・・・を褐色油状物として得た。」、「3-メトキシ-2,4,5-トリフルオロベンゾイル酢酸エチルエステル・・・を淡褐色油状物として得た。MSスペクトル・・・」、「3-シクロプロピルアミノ-2-(3-メトキシ-2,4,5-トリフルオロベンゾイル)アクリル酸エチルエステル・・・淡褐色油状物として得た。」として、「褐色油状物」、「淡褐色油状物」のようなデータを物性等としているものが認められる。
してみれば、先願明細書のMTFBAについての「無色針状結晶」は、本件特許明細書で確認データとしている程度の物性等の記載であるといえる。
さらに、先願明細書では、このMTFBAを使用して、次工程の上記3.(1)(iv)では、「黄色油状」の「沸点108-112℃/20mmHg」である3-メトキシ-2,4,5-トリフルオロベンゾイルクロライドを得たとして、物性等を伴って生成物が記載されており、これを参考にすれば、上記MTFBAの製造工程で得られた生成物を使用して、次工程を行ない、その物性等の記載に基づいて、その生成物を確認できるといえる。
また、請求人も、[刊行物1の第1151頁の「e..ニトリルからの合成」の欄でも、「ニトリルは加水分解により第一酸アミドになる。この場合、反応条件によっては生成する酸アミドがさらに加水分解を受けてカルボン酸になるので、反応物質に応した適切な条件を用いることか必要である」と述べられている。](意見書第6頁7〜11行)と指摘しているように、そのアミド体からカルボン酸への反応は、比較的容易に進行されるとされているものである。
結局、先願明細書において、MTFBAは、融点の他に、「無色針状結晶」と元素分析値が記載されており、その「無色針状結晶」は、本件特許明細書に記載のものと一致するし、その製造工程は、上記3.(1)(i)〜(x)の、生成物の物性等の記載を伴った具体的一連の各工程の一部として示されており、MTFBAの製造工程の前の工程では、融点が本件特許明細書における記載と一致しており、次工程にも、生成物の「黄色油状」、「沸点108-112℃/20mmHg」の物性等が明記されており、さらに、そのMTFBAの製造工程自体が、比較的容易に進行されるとされているものであることを考慮すると、請求人のいうように、「MTFBA」の正しい融点が115〜117℃であり、先願明細書にこれを「融点98〜101℃」と記載しているとしても、その融点の相違をもって、先願明細書の記載に基づいて、「MTFBA」を製造することが当業者にとって困難であったとすることはできない。
してみると、先願明細書におけるMTFBAの融点の記載が適切でないとしても、そのことによって、先願明細書におけるDFQ及びDFQのエチルエステルを製造する工程における中間原料である上記アミド体及びMTFBAが、先願明細書の記載に基づいて、当業者が容易に製造できないものであったとすることはできない。
したがって、上記請求人の主張はいずれも採用できない。
4,むすび
以上のとおりであるから、訂正後の請求項1に係る発明は、特許出願の際に独立して特許を受けることができないのものであって、上記訂正は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)付則第6条第1項の規定により、なお従前の例によるとされる、平成6年法律第116号による改正前の特許法第126条第3項の規定に適合しないので、上記訂正請求は認めることができない。
 
審理終結日 2001-03-23 
結審通知日 2001-03-26 
審決日 2001-04-06 
出願番号 特願平7-231343
審決分類 P 1 41・ 161- Z (C07D)
P 1 41・ 856- Z (C07D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 佐野 整博  
特許庁審判長 加藤 孔一
特許庁審判官 谷口 浩行
深津 弘
登録日 1997-11-07 
登録番号 特許第2716952号(P2716952)
発明の名称 8-メトキシキノロンカルボン酸誘導体の製造中間体  
代理人 津国 肇  
代理人 伊藤 温  
代理人 津国 肇  
代理人 伊藤 温  

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