ポートフォリオを新規に作成して保存 |
|
|
既存のポートフォリオに追加保存 |
|
関連判例 | 平成10年(行ケ)28号審決取消請求事件 |
---|
PDFをダウンロード |
審決分類 |
審判 査定不服 特36 条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 A01H 審判 査定不服 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 A01H |
---|---|
管理番号 | 1067324 |
審判番号 | 審判1995-14416 |
総通号数 | 36 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 1994-02-22 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 1995-07-03 |
確定日 | 2001-09-03 |
事件の表示 | 平成3年特許願第140379号「外部から誘導し得るプロモーター配列を用いた小胞子形成の制御」拒絶査定に対する審判事件(平成6年2月22日出願公開、特開平6-46697)について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
I. 本願は、平成3年6月12日(優先権主張1990年6月12日、米国)の出願であって、その明細書の請求項1〜13には下記のように記載されている。 【請求項1】植物に、外部から制御し得る遺伝性の雄性不稔を提供する方法であって、以下のa、b、c、d、およびeの工程を包含する方法: a)該植物の小胞子形成が依存する遺伝子産物をコードする遺伝子を選択する工程; b)該選択された遺伝子をクローニングする工程; c)外部の制御に応答する誘導可能なプロモーターを有する発現配列に該クローン化した遺伝子をつなぐ工程; d)該クローン化した遺伝子の遺伝子産物をコードする遺伝子を、該植物の本来の核ゲノムから取り除く工程; および e)該植物の核ゲノムに発現配列を挿入する工程。 【請求項2】外部から制御し得る遺伝性の雄性不稔を有する植物を再生産する方法であって、 該雄性不稔が、小胞子形成が依存する遺伝子産物をコードする遺伝子を、同じ遺伝子産物をコードするが、外部の制御に応答する誘導可能なプロモーターを有する発現配列に連結された遺伝子に置き換えた結果生じ、 該方法が以下のa、b、c、およびdの工程を包含する、方法: a)成長する雄性不稔植物を提供するために該植物の種子を植える工程; b)該ブロモーターを誘導する条件下で該植物を育てることによって、小胞子形成が依存している遺伝子産物を生産する遺伝子を発現させ、該成長する植物が雄性稔性へ変換するのを誘導する工程; c)種子を生産するために、隔離したところで該成長する植物を自然受粉させる工程; および d)種子を収穫する工程。 【請求項3】雑種種子を製造する方法であって、以下のa、b、c、およびdの工程を包含する方法: a)選択した雄性稔性の雄の親の系からの第1種子と、選択した雄性不稔の雌の親の系からの第2種子とを他家受粉できるように並列に植える工程、ここで該雄性不稔は、小胞子形成が依存している遺伝子産物をコードする遺伝子を、同じ遺伝子産物をコードし、外部の制御に応答する誘導可能なプロモーターを有する発現配列に連結された遺伝子に置き換えた結果生じる: b)該遺伝子の発現を誘導しない条件下で、該種子を成熟植物に成長させる工程; c)雄性不稔の植物体を雄性稔性の植物体からの花粉で他家受粉させる工程;および d)該雄性不稔の雌の植物体から雑種の種子を収穫する工程。 II. 原査定の拒絶の理由の概要は、「この出願の明細書中には具体的な実施例が何ら開示されておらず、当業者が発明を容易に実施できる程度に明細書が記載されていないので、この出願は、特許法第36条第4項又は第5項及び第6項に規定する要件を満たしていない。」というものである。 III. (1)まず、請求項1の記載について検討する。 請求項1に記載された「植物に、外部から制御し得る遺伝性の雄性不稔を提供する方法」に係る発明が当業者にとって容易に実施できる程度に明細書に記載されているとするためには、請求項1に記載されるa)〜e)の各工程がいずれも当業者にとって容易に実施できる必要がある。 しかしながら、明細書を詳細に検討してみるに、明細書中にはこれらいずれの工程についても、具体的な実施例はないので、当業者が実施例を追試することによって実施することはできない。 そこで、以下、明細書中にそれぞれの工程について、実施例に代る具体的な記載があって、その記載に従えば当業者が容易に実施できるか否かを検討する。 (2)工程a)について: (イ)明細書中には、植物の小胞子形成が依存する遺伝子産物をコードする遺伝子(以下、雄性稔性遺伝子という。)を選択するための手法としてトランスポゾン標識法、及びその他の手法としてmRNAを取得する方法が例示されているので、これらについて検討する。 (ロ)トランスポゾン標識法; 明細書には、選択するための手法としてトランスポゾン標識法を用いることができることは記載されているが、転位因子としてAc等7種類のトウモロコシの転位因子が例示されているだけで、どの植物に対しどの転位因子をどのように用いて目的とする雄性稔性遺伝子を取得するのかについては何ら具体的に記載されていない。 そして、トランスポゾン標識法は未知有用遺伝子の分離同定のためには最も有望視される方法の1つであるとはいえ、目的遺伝子の配座がトランスポゾンの標的となる頻度は一般的には10-5から10-6までの範囲であるから、たとえその頻度が少しくらい高い転位因子を選択したとしても、多数の個体を交雑し栽培して選抜しなくてはならない点は同じで、目的とする雄性稔性遺伝子を取得するためには多大な時間と労力を要するものである。 なるほど、トウモロコシでは変異遺伝子のコレクションとして雄性不稔(ms)遺伝子が知られていることが明細書中に記載されていることから、トウモロコシの雄性稔性遺伝子についてはms遺伝子に対応するものが容易に取得できる可能性はあるが、他の植物においてはその雄性稔性遺伝子が必ずしもms遺伝子の塩基配列と高い相同性を有するわけではないから、ms遺伝子を用いたハイブリダイゼーション法を適用したからといって他の植物の雄性稔性遺伝子を容易に取得できるものではない。 そして、内在性の転移因子が発見されていない植物においては、形質転換法の研究が進んだタバコなど双子葉植物ですら、本出願後の1991年になってもやっとトランスポゾン転移が確認されたのみで、トランスポゾン標識法を用いて未知有用遺伝子が分離同定された例は1例もなく、そもそも未知有用遺伝子を分離同定する手法としてトランスポゾン標識法が適用できるか否かも不明であったといえる(例えば、山田康之等編「現代化学増刊20 植物バイオテクノロジー」(株)東京化学同人 (1991年9月20日発行)p.242右欄)。 そうであるから、本件の明細書には、ms遺伝子の存在が知られていることが記載されていることを勘案しても、トランスポゾン標識法を用いた植物の雄性稔性遺伝子を選択する工程が当業者にとって容易に実施できる程度に記載されているとはいえない。 (ハ)その他の選択するための手法; 明細書中の【0030】には、トランスポゾン標識法以外の雄性稔性遺伝子選択法として、花粉の発達の時にのみ存在するmRNAを分離してそのcDNAを構築してプローブとして用い、ゲノムライブラリーから花粉の発達に必要な遺伝子を同定することができる旨が記載されているので、この点についても検討する。 本出願前にこの手法を用いて得られる具体的な雄性稔性遺伝子に関する記載はなく、雄性稔性遺伝子が花粉の発達時にmRNA産生量が多くなるとしても他の時期と比較して顕著な差があるとは限らず、反対に、花粉の発達時に顕著に産生量が多くなるmRNAが存在したとしても、そのmRNAが直ちに雄性稔性遺伝子であるとはいえない。 そうであるにもかかわらず、明細書にはどのように目的とする雄性稔性遺伝子に対応するmRNAであるかを確認し、どのように分離するのかについて具体的に記載されていない。 してみれば、上記の可能性を示す記載のみからでは、当業者が雄性稔性遺伝子に対応するmRNAを容易に取得することはできないといえるから、本件の明細書中には、植物の雄性稔性遺伝子を選択するためのトランスポゾン標識法以外の手法に関しても、当業者にとって容易に実施できる程度に記載されているとはいえない。 (ニ)したがって、本願明細書において、工程a)を当業者が容易に実施できるように記載されていない。 (3)工程b)について: (イ)ここで、「選択された遺伝子をクローニングする」とは、次の工程c)で誘導可能なプロモーターを有する発現配列に直接繋ぐことができるような、雄性稔性遺伝子自体を取得することを表現するものであり、本件発明の目的からみて、雄性稔性遺伝子本来のプロモーターが働いては困るので、雄性稔性遺伝子の本来のプロモーターの活性を有する部分は除去されている必要がある。 しかして、本出願前には、植物遺伝子のプロモーターについて、その位置もプロモーター活性を呈するための必須の配列も明らかであったとはいえず、また、雄性稔性遺伝子の発現産物が得られていないのであるから、発現産物の分子量、N末端アミノ酸配列などの情報はなく、配列決定された類似遺伝子が存在するわけでもないので、たとえ選択されたフラグメントの全塩基配列を決定したとしても、当該配列のみからではフラグメント中のプロモーター活性部分も、雄性稔性遺伝子の両末端も正確に決定できるものではない。これらを決定するためには、多大な時間及び労力を有する実験的確認作業を要するものである。 もちろん、本件発明の目的を達成するために、プロモーター、及び雄性稔性遺伝子のそれぞれの塩基配列を正確に決定する必要はないとはいえ、上述の如く、少なくとも雄性稔性遺伝子本来のプロモーター部分は確実に除去され、かつ雄性稔性遺伝子は無傷で残っていなくてはならない。結局、その点を確認するための実験も試行錯誤を伴うものであり、当業者にとって容易に実施できる範囲内のものではない点は同様である。 したがって、たとえ工程a)で雄性稔性遺伝子を含むフラグメントを選択できたとしても、本件明細書の記載からでは当業者が容易に雄性稔性遺伝子をクローンニングすることも、本来のプロモーターを除去することもできないから、本件明細書は、当業者が工程b)を容易に実施できるように記載されていない。 (4)工程c)について: 工程c)を実施するためには、「外部の制御に応答する誘導可能なプロモーター(以下、誘導プロモーターという。)」を取得することが必要であるが、当該誘導プロモーターとしては、本件発明の目的からみて、誘導物質を添加することなどにより、雄性稔性遺伝子を発現させ、植物体に雄性稔性を取戻すことができるものでなくてはならないことは明らかである。 そうであるにもかかわらず、本件明細書には、これらのことが可能な誘導プロモーター自身を具体的に記載していない。 なるほど、トウモロコシのグルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)システムを利用することができ、GST反応性遺伝子からプロモーターを取出すことができること、及びN,N-ジアリル-2-2-ジクロロアセトアミドなどGST-誘導性化合物を用いればGSTプロモーターを誘導できることは記載されている。 しかしながら、そもそもGSTは発芽前除草剤に対する解毒作用が知られている除草剤耐性に直接関連した酵素であることからみて、GST反応性遺伝子のプロモーターに雄蘂細胞特異性があるとは考えられないから、たとえGST反応性遺伝子からプロモーターを取出すことができ、雄性稔性遺伝子に結合できたとしても、該プロモーターが雄蘂細胞中で選択的に働くことはない。しかも、挿入される染色体の位置を特定することもできないのであるから、当該GSTプロモーターが誘導物質を添加した際に、植物に雄性稔性を取戻させるほど有効に雄性稔性遺伝子を発現させることができるか否かは実験的に確認してみなければわからないといえる。即ち、本件明細書の記載のみからでは、GSTプロモーターが、雄性稔性遺伝子を必要に応じ確実に誘導できる本件発明の目的に適う誘導プロモーターとして用いることができるとはいえない。 特に、GSTの由来植物であるトウモロコシ以外の植物においては、誘導物質を作用させてもGSTプロモーターの活性が誘導されるか否かも不明である。 そして、GSTプロモーター以外の誘導プロモーターについては、どのような遺伝子のプロモーター領域が誘導プロモーターとなる可能性があるか、また、どのように取得できるかに関する一般的な記載すらない。 してみれば、明細書の記載からでは、工程c)で用いることのできる誘導プロモーターを当業者が容易に取得することができないといえるから、本件明細書の記載は、工程c)を当業者が容易に実施できる程度に記載していない。 (5)工程d)について: この工程に関し、明細書中には、目的とする遺伝子を植物核ゲノムからいかなる手法で取除くことができるのかについての一般的な記載もない。 そして、本出願前に、植物生体の核ゲノム中の目的遺伝子を確実に除去するかもしくは不活性化するための手法が存在していたとはいえない。 なお、請求人は、平成7年8月2日付意見書において、工程d)として「相同的組換え」法を用いることができる旨主張しているが、「相同的組換え」法は細菌類などのゲノム遺伝子においては複数の成功例があるとはいえ、植物においては「非相同性組換え」によって外来遺伝子が高頻度に染色体に組込まれることが知られていることから、むしろ「相同組換え」を起こさせること自体に困難性があるといえる。たとえ、本出願日当時植物の核ゲノム中の遺伝子への適用が議論されていたことが事実であったとしても(但し、請求人が上記意見書中でこの点を立証するために提示した文献は1990年発行のものであり本願の優先権主張日前のものであるか否かは不明である。)、そのことをもって植物における「相同組換え」法が確立された技術であったとはいえない。 しかも、「該クローン化した遺伝子」については、上述の如く、明細書の記載からでは雄性稔性遺伝子を選択し、クローン化することができず、その遺伝子産物についても開示されていないから、「該クローン化した遺伝子の遺伝子産物をコードする遺伝子」は、その塩基配列に関する何らの情報もなく、存在する染色体上の位置もわからないものであるから、そもそも「相同組換え」法のようなターゲッティングの技法を適用しようとすることに無理がある。 そうであるから、「相同組換え」法を用いても、「クローン化した雄性稔性遺伝子の遺伝子産物をコードする遺伝子を、該植物の本来の核ゲノムから取り除く」ことを、当業者が容易にかつ確実に行うことはできない。 したがって、本件明細書には、当業者が工程d)を容易に実施できるように記載されていない。 (6)工程e)について: 本件明細書中には、植物のゲノム中に発現配列を挿入する手法としてエレクトロポーレーション、ポリエチレングリコール処理、微小発射体による注入法(パーティクルガン法)について記載されているが、いずれの手法を用いてもその染色体の位置を特定することはできないから、これら手法を用いて取込まれた目的の遺伝子を発現させたい組織で有効な量発現したものであって、かつ植物本来の必須の機能・性質を決定する遺伝子を損っていないものを選抜しなくてはならないといえるから、できるだけ多くの個体を取扱ってその中から選抜するという過度な実験的負担を強いるものである。 しかも、これらDNA導入法を適用できる植物として、トウモロコシについては、明細書の【0026】にこれら各技術を用いてトウモロコシ中に外来DNAを導入する方法が文献を挙げて記載されており、双子葉植物についても多数の成功例が知られていたとはいえる。 しかしながら、トウモロコシ以外の小麦、大麦など単子葉植物に対しても上記DNA導入法が適用できるか否か不明であり、また、トウモロコシ、及び双子葉植物など、細胞中にDNAを取込ませることは容易にできるといえる植物であっても、必ずしも細胞を植物体にまで再生させる技術、及び植物が再分化する際に、導入した外来DNAが所望の組織中で適切に発現させる技術が確立していたとまではいえない。 してみれば、トウモロコシ以外の単子葉植物をも包含する植物に対して、その核ゲノムに発現配列を挿入することが、当業者にとって容易に実施できることとはいえないから、本件明細書には、工程e)について当業者が容易に実施できる程度に記載していない。 (7)したがって、本件明細書には、工程a)〜e)いずれの工程に対しても、当業者が容易に実施できる程度に記載されていないから、請求項1の記載事項を必須の構成とする発明について明細書に当業者が容易に実施できる程度に記載されていない。反対に、請求項1の記載事項を必須の構成とする発明自体が、明細書中に実質的に記載されていたとすることもできない。 IV. 以上のとおりであるから、請求項2及び請求項3における記載事項を必須の構成とする発明に関する明細書中の記載を検討するまでもなく、本願は、特許第36条第4項、又は第5項及び第6項に規定する要件を満たしていないから、拒絶されるべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 1997-08-05 |
結審通知日 | 1997-08-22 |
審決日 | 1997-08-29 |
出願番号 | 特願平3-140379 |
審決分類 |
P
1
8・
534-
Z
(A01H)
P 1 8・ 531- Z (A01H) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 郡山 順 |
特許庁審判長 |
酒井 雅英 |
特許庁審判官 |
佐伯 裕子 鈴木 恵理子 |
発明の名称 | 外部から誘導し得るプロモーター配列を用いた小胞子形成の制御 |
代理人 | 山本 秀策 |