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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性 無効とする。(申立て全部成立) B09B
管理番号 1069985
審判番号 無効2000-35303  
総通号数 38 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1994-01-11 
種別 無効の審決 
審判請求日 2000-06-06 
確定日 2003-01-17 
事件の表示 上記当事者間の特許第2782399号発明「遮水構造物」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第2782399号の請求項に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 I.本件の経緯の概要
本件特許第2782399号についての手続きの経緯の概要は以下のとおりである。
平成4年6月22日 特許出願
平成10年5月22日 特許権の設定登録
平成12年6月6日 無効審判請求
平成12年9月12日 答弁書提出
平成12年12月12日 請求人陳述要領書提出
平成13年1月16日 被請求人陳述要領書提出
平成13年1月22日 第2請求人陳述要領書提出
平成13年1月22日 口頭審理
平成13年2月21日 第2答弁書提出
平成13年4月18日 弁駁書提出

II.本件発明
本件の請求項1ないし9に係る発明は、特許査定時の本件明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された以下のとおりのものである。
「【請求項1】底面と側面に敷設した熱可塑性ポリウレタン遮水シート、該遮水シートに取り付けた該遮水シートの破損検知センサー、該破損検知センサーの信号を測定する測定器により構成した、遮水構造物。
【請求項2】遮水構造物が、廃棄物処理場である、請求項1記載の遮水構造物。
【請求項3】熱可塑性ポリウレタンが、1分子中に2個以上の活性水素原子を有するポリエステルポリオール、ポリアミドポリエステルポリオール、ポリカーボネートポリオール、ポリエーテルポリオール及び低分子量ポリオールからなる群より選ばれたポリオールの1種又は2種以上の混合物と、多官能イソシアネートとを等モルに近い割合で反応させて得られる原則的に直線状の熱可塑性ポリウレタンであり、熱可塑性ポリウレタンシートの厚さが0.3〜3.0mmである、請求項1又は2に記載の遮水構造物。
【請求項4】ポリオールが、ポリエステルポリオール、ポリカーボネートポリオール又はポリエーテルポリオールである、請求項3に記載の遮水構造物。
【請求項5】多官能イソシアネートが、ジフェニルメタン-4、4´-ジイソシアネートまたは水素添加ジフェニルメタン-4、4´-ジイソシアネートである、請求項3又は4に記載の遮水構造物。
【請求項6】ポリオールが、ポリエステルポリオール、ポリカーボネートポリオール又はポリエーテルポリオールと低分子量ポリオールが混合されたものであり、多官能イソシアネートが、ジフェニルメタン-4、4´-ジイソシアネート又は水素添加ジフェニルメタン-4、4´-ジイソシアネートである、請求項3に記載の遮水構造物。
【請求項7】ポリオールが、ポリオキシテトラメチレングリコール又はポリプロピレングリコールと低分子量ポリオールの混合物であり、多官能イソシアネートが、ジフェニルメタン-4、4´-ジイソシアネート又は水素添加ジフェニルメタン-4、4´-ジイソシアネートである請求項3に記載の遮水構造物。
【請求項8】ポリオールが、ポリオキシテトラメチレングリコールと低分子量ポリオールの混合物であり、多官能イソシアネートがジフェニルメタン-4、4´-ジイソシアネートである請求項3に記載の遮水構造物。
【請求項9】低分子量ポリオールが、エチレン、プロピレン又はブチレンのグリコールである請求項3、6、7又は8に記載の遮水構造物。」

III.請求人の請求の趣旨及び理由の概要
請求人(三ツ星ベルト株式会社)は、「特許2782399号はこれを無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、証拠方法として下記の甲第1号証乃至甲第8号証、参考資料1ないし4、及び実験証明書A及びBを提示し、概ね、以下の1ないし3の理由により、本件の請求項1及び2に係る発明は、本件出願の前に頒布された刊行物である甲第1号証ないし甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、また、本件の請求項3ないし9に係る発明は、本件出願の前に頒布された刊行物である甲第1号証ないし甲第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項により特許を受けることができないものであるから、本件の請求項1ないし9に係る特許は、同条同項の規定に違反して特許されたものであり、よって、本件の請求項1ないし9に係る特許特許は、特許法第123条第1項第2号により無効にすべきものであると主張している。

甲第1号証 特開平1-178843号公報
甲第2号証 実願昭61-192785号(実開昭63-100597 号)のマイクロフィルム
甲第3号証 実願昭59-187181号(実開昭61-102520 号)のマイクロフィルム
甲第4号証 Benjamin M. Waler and Charles P. Rader Ed.
「HANDBOOK OF THERMOPLASTIC ELASTOMERS」1988、第2 24〜257頁
甲第5号証 岩田啓治著「ポリウレタン樹脂(7版)」日刊工業新聞社
昭和49年5月30日、第162〜168頁
甲第5号証の1 Thermoplastic Elastomers
甲第5号証の2 岩田啓治編「ポリウレタン樹脂ハンドブック」日刊工業新 聞社、昭和62年9月25日、第368〜369及び37 8〜380頁
甲第5号証の3 「Polyurethane Handbook」1985年、第404〜41
1頁
甲第5号証の4 Bayer社「Thermoplastic Elastomers Proccessing
of Desmopan」の、87年10月発行のカタログ、第4
頁及び第28〜30頁
甲第5号証の5 日本エラストラン株式会社が発行した商品カタログ「エラ ストラン 熱可塑性ポリウレタン」第19〜20頁
甲第6号証 「廃棄物最終処分場しゃ水工」社団法人全国都市清掃会議
廃棄物処理技術開発センター、昭和62年12月8日、第
183〜187頁
甲第7号証 特開平6-346424号公報
甲第8号証 1995年10月16〜18日、於・神戸国際会議場「廃 棄物学会第6回研究発表会講演論文集」第620〜622 頁“しゃ水シートの補修方法に関する実用化研究”
参考資料1 「特許実用新案 審査基準」特許庁編、社団法人発明協会
平成5年7月20日、第17頁
参考資料2 昭和51年(行ケ)第19号判決
参考資料3 昭和61年(行ケ)第51号判決
参考資料4 「特許実用新案 審査基準」特許庁編、社団法人発明協会 2001年3月30日、第12頁
実験証明書A BASFポリウレタンエラストマー株式会社代表取締役・ 工学博士 安田 清が作成した、「遮水シートの補修実験 証明書」と題した実験証明書
実験証明書B 三ツ星ベルト株式会社の作成した、「熱可塑性ポリウレタ ンしゃ水シートの屋外暴露劣化と熱溶着性の関係」と題し た実験証明書

1.請求項1に係る発明について
(1)甲第1号証記載の発明との対比
請求項1(及び請求項2)に係る発明と、甲第1号証に記載された発明と比較すると、底面と側面に敷設した遮水シート、該遮水シートに取り付けた該遮水シートの破損検知センサー、及び該破損検知センサーの信号を測定する測定器により構成した遮水構造物(廃棄物処理場)である点で一致しており、遮水シートの材料として熱可塑性ポリウレタンを採用した点においてのみ相違している。
(2)甲第2号証との組み合わせ容易性について
(2-1)甲第2号証には、地山もしくは一次覆工コンクリートと二次覆工コンクリートとの間に配設される防水シートに関し、不透水性シートとしてポリウレタンエラストマーシートを用いることにより、従来の塩化ビニル樹脂やエチレン酢酸ビニル共重合体を不透水性シートとした場合に比較して、耐突き刺し強度、耐衝撃性が高く、伸張性が大きいので、防水シートに加えられる外力に対して十分耐え、損傷が防止されると共に、熱接着性等のトンネル内の防水施工上必要とされる特性を有する防水シートを提供できることが記載されており、該号証でいうところの「ポリウレタンエラストマー」は熱溶着が可能なものであるから、熱硬化性ではあり得ず、熱可塑性ポリウレタンと同義のものであることは自明である。
なお、甲第2号証記載の防水シートがあくまでこのシートによる遮水を目的として使用されるものであってドレイン作用は遮水に伴う副次的なものにすぎないことは、甲第2号証の「従来より、地山もしくは一次覆工コンクリートと二次覆工コンクリートとの間に防水シートを配設し、地山もしくは一次覆工コンクリートからの湧水が二次覆工コンクリートに流れ込んでトンネル内部に漏水するのを防止することが行われている。」という記載から、明らかである。
このように、本件発明のような遮水構造物に係る技術分野において、遮水シーの破損を防止するという課題を解決するためにシート材料として熱可塑性ポリウレタンシートを使用することは、既に公知であったのであるから、甲第1号証記載のプラスチックの遮水シートに、熱可塑性ポリウレタンを選択することに格別の困難性はない。
(2-2)本件明細書には、本件の各請求項に係る発明は、
A 破損箇所が外部から検知して補修できる。したがって、万一シートが破 損しても、すみやかな補修ができ、周囲の環境を破壊することがない。
B 良好な補修が可能である。
C 接着性が極めて良好であるから、各種の電極を取り付ける場合にも簡単 に確実な固定が出来る。
という効果を奏すると記載されている。
しかし、上記A、B、Cの効果のうち、Aは、甲第1号証記載の発明が有する効果であり、B及びCは、熱可塑性ポリウレタンのシート自体が有する性質から当然に導かれるものであって、甲第1号証と甲第2号証とを組み合わせたことによって得られる特有の効果ではない。
すなわち、甲第2号証の第7頁8〜10行には、「熱接着が確実に行われ、防水シート相互の接合部が完全に密着されてこの部分からの漏水が防止される。」という効果Bを示唆する記載がある。また、甲第5号証及び甲第5号証の1ないし5に記載されているように、熱可塑性ポリウレタンが、接着剤として使用可能であり、良好な接着性や溶着性を有すること、及び熱可塑性ポリウレタンのシートが良好な接着性や溶着性を有することは周知である。
(2-3)被請求人が主張する「汚れやシート材質の劣化が発生しても、熱可塑性ポリウレタンの遮水シートは、容易かつ確実に破損個所を補修できる。」という効果は、新たな効果の主張である。
たとえ、そうでないとしても、熱可塑性ポリウレタンのシートはそれ自体が本来有する材料特性として良好な接着性や溶着性を有しているのであるから、これに水などが付着した場合にも当然に良好な接着性や溶着性を示すことは技術的な自明事項又は自然に想像できる範囲内の事項であって特記すべき事項ではない。例えば、被請求人が提出した平成10年2月5日付意見書6頁の第1表と、平成13年1月22日付陳述要領書に添付した乙第1号証の第5頁の表5とを比較すると、水濡れの有無とそのまま対応している。
(2-4)よって、構成及び効果のいずれの点から考察しても、本件請求項1に係る発明が、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであることは極めて明白である。
(3)甲第3号証との組み合わせ容易性について
甲第3号証には、甲第2号証と同様に、遮水シートの材料として熱可塑性ポリウレタンを用いることが明示されている。
そして、上述したように、甲第1号証の遮水構造物において遮水シートの材料として熱可塑性ポリウレタンを用いても、これらそれぞれが奏する効果の総和を超える顕著な効果を生じるものではない。
よって、請求項2に係る発明は、甲第1号証及び甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

2.請求項2に係る発明について
(1)甲第1号証には、遮水構造物が廃棄物処分場であることが記載されている。
したがって、請求項2に係る発明は、請求項1に係る発明と同じく、甲第1号証及び甲第2号証、または、甲第1号証及び甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(2)被請求人は、熱可塑性ポリウレタンからなる遮水シートの破損個所にまで達する孔を設け、その孔に熱可塑ポリウレタンを注入することによって遮水シートの容易かつ確実な補修が可能であると主張している。
しかしながら、該工法は、熱可塑性ポリウレタンを材料とした遮水シートを有する廃棄物処理場だけに適用可能なものではなく、合成ゴムやプラスチックを材料とした遮水シートを有する甲第1号証に記載の廃棄物処理場にも適用可能なものに過ぎない。なぜなら、甲第7号証には、上記の工法による廃棄物処理場の遮水シートの補修方法が記載されており、該補修方法が適用可能な遮水シートの材料として、熱可塑性ポリウレタンだけでなく、多くのプラスチックや合成ゴムが例示されている。

3.請求項3ないし9に係る発明について
(1)甲第2号証には、
(a)ポリウレタンエラストマーの厚さを0.4〜3mm程度とすることが記載されている。
また、甲第4号証には、
(b)熱可塑性ポリウレタンが、ジイソシアネート、長鎖ジオール、及び 短鎖ジオールから合成されること、
(c)熱可塑性ポリウレタンを合成する為に多官能イソシアネートが必ず 用いられること、
(d)熱可塑性ポリウレタンの直鎖状ポリマーは、ジイソシアネートと短 鎖ジオールとポリエステルジオール若しくはポリエーテルジオール(ポ リオール)との縮合によって合成されること、
(e)イソシアネート対水酸基の比(NCO/OH)がおよそ1であるこ と、
(f)最も一般的なジイソシアネートは、ジフェニルメタン-4,4´- ジイソシアネート(MDI)であること、
(g)長鎖ジオールとして、ポリプロピレングリコールが用いられるこ と、
(h)長鎖ジオールとして、ポリオキシテトラメチレングリコールが用い られること、及び
(i)短鎖ジオールとして、エチレングリコール、1,4-ブタンジオー ルなどが用いられること、
が明記されている。
(2)請求項9に記載されているように「低分子量ポリオール」は、エチレングリコールを含む概念であり、上記(i)から判断すると甲第4号証でいう「短鎖ジオール」と同じ概念である。
(3)したがって、請求項3〜4と同等の構成は(a)〜(c)に示されており、請求項5〜6と同等の構成は(a)〜(f)に示されており、請求項7〜8と同等の構成は(a)〜(h)に示されており、請求項9と同等の構成は(a)〜(f)、(i)に示されている。
そして、甲第4号証から明らかなように、請求項3〜9に記載されているような材料を用いることは熱可塑性ポリウレタンを合成する際には極めてありふれた選択事項に過ぎず、このような材料の限定によって既知の効果以外に何等の効果をも生じるものではない。
よって、請求項3〜9に係る発明は、甲第1、2及び4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

IV.被請求人の主張の概要
これに対し、被請求人(大成建設株式会社及び協和醗酵工業株式会社)は、「本件審判請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め、証拠方法として下記の乙甲第1号証ないし乙第第4号証の4を提示し、概ね、以下の1ないし5の理由により、本件発明は、甲第1号証乃至甲第5号証に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきものではないと、反論している。

乙第1号証 遮水シートの補修実験証明書
乙第2号証 背景技術の説明書-本件特許出願当時の「当業者」着想
乙第3号証 発明者インタビュー 特許第2782399号の発明当時 の当業者の技術水準について 平成13年1月25日 回 答者:大成建設株式会社エコロジー本部環境技術グループ グループリーダ 工学博士 押方利郎、質問者:弁理士 山口朔生
乙第3号証の1 朝日新聞 昭和61年1月25日の記事
乙第3号証の2 トータル遮水システム工事経歴書(三ツ星ベルト)昭和4 年7月〜平成12年3月、環境保全、三ツ星ベルト株式会 社
乙第3号証の3 朝日新聞 1992.3.17(夕)の記事
乙第3号証の4 「AREA」1995.6.26、第60〜61頁
乙第3号証の5 工業新聞 1995年(平成7年)7月12日の記事
乙第3号証の6 平成7年4月13日の記事
乙第3号証の7 朝日新聞 1995年6月9日の記事
乙第3号証の8 読売新聞 1995年8月18日の記事
乙第3号証の9 朝日新聞 1995年9月21日の記事
乙第3号証の10 多摩読売 平成7年7月24日の記事
乙第3号証の11 読売新聞 1995年8月18日の記事
乙第3号証の12 朝日新聞 平成7年7月14日の記事
乙第3号証の13 中日新聞 1998.07.04の記事
乙第3号証の14 読売新聞 平成6年11月29日の記事
乙第3号証の15 多摩読売 平成6年12月1日の記事
乙第3号証の16 読売新聞 平成7年6月7日の記事
乙第4号証の1 特開昭54-83117号公報
乙第4号証の2 特開昭59-99196号公報
乙第4号証の3 特開昭61-109816号公報
乙第4号証の4 特開平2-279811号公報

1.本発明の特徴
(1)本件発明は、供用期間中に、万一、遮水シートが破損しても、直ちに破損を検知し、箇所を容易かつ確実に補修できる遮水構造物を提供するものである。
(2)本件発明は、物の発明であり、補修方法の発明ではないので、どのように補修しようと補修できれば、本件発明の効果が得られるものである。
本件発明では、熱可塑性ポリウレタンを液状にして破損個所に注入することにより、容易かつ確実に破損個所を補修できるものであり、このような注入孔から補修剤を注入する方法は、乙第4号証の1ないし4に記載されているょうに、本件出願前に土木技術分野においてよく知られている。なお、本件出願後に公知になったものであるとして提出された、甲第8号証(文献4)及び甲第7号証(文献5)に記載のものは、補修方法に特徴があるのではなく、重合体組成物を用いる点に特徴がある。
(3)供用期間中に遮水シートに汚れやシート材質の劣化が発生するが、水という典型的な汚れがあっても補修できる、という遮水構造物にとって重要な効果を有しており、この効果については、請求人が提出した補修実験証明A及び被請求人が提出した乙第1号証から明らかである。
甲第8号証(文献4)には、「清掃装置を使用し、シート面上の砂、灰等の水洗除去後、シート面を拭き取る」とあるが、拭き取るだけでは水は残っており、乙第1号証の水を噴霧した実験と同じ状況にあり、水で汚れていた状態にある。
なお、甲第8号証(文献4)も甲第7号証(文献5)も、重合性組成物からなる補修剤を用いるものであって、単に補修剤を注入するものではない。
2.請求項1に係る発明と甲第1〜3号証との対比
(1)甲第1号証について
(1-1)甲第1号証は、幅広い雑多な材料を列挙しているにすぎず、本件発明の「破損箇所を、容易かつ確実に補修できる。」という効果については示されていなく、また自明なものではない。
(1-2)本件発明は、遮水シートに水などの汚れがあっても、破損箇所を容易かつ確実に補修できるという効果は自明ではない。
(1-3)これらの効果は、乙第1号証の実験結果に示されるように、熱可塑性プラスチック(PVA、HDPE)であるからといって補修できる訳ではなく、熱可塑性ポリウレタンを遮水シートに使用することにより発揮できるものである。
(2)甲第1号証と甲第2号証の組み合わせ
(2-1)甲第2号証の防水シートは、ドレイン材(排水材)として使用されるもので、水を貯めるものではない。
また、甲第2号証記載のものは、トンネル壁の一部を破壊しない限り、シートの破損個所を修理することができないものであるから、破損を検出して、その破損を補修する点は、何も示されていない。
この両者の違いは、甲第2号証がトンネルの工事中という主に短期間における湧き水を排水するものであるのに対して、本件発明が廃棄物処理場のような遮水構造物において長期間に亘って有害な液を排出できないものという根本的な際に関係する。
したがって、発明の課題と解決手段とその作用効果の点で異なっているので、組み合わせることは容易ではない。
(2-2)請求人は、熱可塑性ポリウレタン自体が有する特性に基づく効果であると主張するが、「熱可塑性ポリウレタン自体が有する特性に基づく効果」は、遮水シートの敷設の際の遮水シート同士を接合する際に予測される効果(つまり、シートの汚れや材料の劣化がない状態のシート同士を接合する際に予測される効果)に過ぎず、供用中の遮水構造物の遮水シートの補修の際は、シートの汚染や劣化のために、遮水シートの敷設の際の遮水シート同士の接合方法を適用できるとは限らない。
すなわち、甲第6号証には「現場接合時点での欠陥はそれほど問題にならないが、施設の供用中の欠陥ではシートが汚れているだろうし、素材がかなり劣化していることが予想されるので、接合時に用いた方法がそのまま使えるかどうかは問題になる。」という記載があり、長期供用中の破損対策では、供用を中止と記載している。
したがって、「熱可塑性ポリウレタン自体が有する特性に基づく効果」から長期に亘る供用期間中に良好な補修が可能であることが予想されるとは言えない。
(2-3)乙第1号証の第1実験及び第1実験では、熱可塑性ポリウレタンの遮水シートにおいては、シートが水に濡れていても、濡れていなくても良好に補修できるが、高密度ポリエチレンの遮水シートにおいては、シートが水に濡れている場合は、濡れていない場合と異なり、良好な補修ができず、「接合時に用いた方法がそのまま使えるかどうかはわからない」という裏付けるものであり、更には、「樹脂自体の、従来知られていた特性から、供用中の遮水シートの補修ができるかどうかは予想ができない」ことの裏付けになる。
したがって、本件発明は、甲第2号証の防水シートと甲第1号証記載の発明の組み合わせからは予測できない格別な効果を有している。
(3)甲第1号証と甲第3号証の組み合わせ
甲第3号証記載の発明は、異種シートを接続するための接続シートに関する発明である。甲第3号証には、熱可塑性ポリウレタン樹脂が、約20種類の基盤シートの中の1種として列挙してあるに過ぎない。そして熱可塑性ポリウレタンを遮水シートに使用した効果については、何も記載してない。
本件発明は、甲第3号証記載の発明と甲第1号証記載の発明の組み合わせからは予測できない格別な効果を有している。

3.請求項2に係る発明と甲第1〜3号証との対比
廃棄物処理場において、無人での補修、長期使用中における補修という、特有の効果を有するものである。
しかも、廃棄物処理場は、供用期間中に遮水シートは汚れてシート材質の劣化が発生することがあるが、熱可塑性ポリウレタンの遮水シートを使用することにより、容易かつ確実に補修できるという、重要な効果を有している。

4.請求項3〜9に係る発明について
請求項3〜9に係る発明は、請求項1、2の構成要件を有しており、請求項1、2に係る発明と同様、当業者が容易に成し得ることはできるものではない。

5.本件出願当時の当業者の技術レベルについて
(1)乙第2号証として提出した、請求人の発明及び考案の経緯から明らかなように、請求人の殆どのテーマはゴミシートである。
(2)乙第3号証として提出した、発明者インタビュー、及び乙第3号証の1ないし16として提出した各種報道記事等の記載から明らかなように、廃棄物処理場の殆どは、ゴムシートを用いており、ゴムシート以外はまったく着想できなかったのが、当業者のレベルであった。

V.当審の判断
1.甲号各証に記載された発明
甲第1号証:
(1-1)「電気的に高抵抗の遮水層を備えた遮水構造物において、前記遮水構造物の遮水層付近に多数の計測用電位電極と基準用電位電極とを設置し、・・・測定した電位差の分布状況から漏水を検知する、遮水構造物における漏水の検知方法。」(特許請求の範囲)
(1-2)「管理型の最終処分場は各種廃棄物から発生する環境汚染物質の地山浸透を防止するため、最終処理場の全域に遮水層が形成される。遮水層に用いられる低透水性材料としては、コンクリート、合成ゴム、プラスチックなどの遮水シートの他、粘土、アスファルトを単独で或はこれらを積層して用いられている。最近では図示するように遮水シート1を用いるのが主流である。」(第2頁右下欄第10〜18行)
(1-3)「ダムや貯水槽に採用した場合、漏水位置を正確に検知できるだけでなく、漏水個所の補修を正確に行え、水資源を有効に活用できる。」(第3頁右下欄第2〜4行)
(1-4)「廃棄物の最終処理場や各種の有害物を貯蔵する施設に採用すると、有害物質の漏出位置を正確に検知できるので、対策も早期に行える。従って、環境汚染を最小に抑えることができる。」(第3頁右下欄第5〜9行)

甲第2号証:
(2-1) 「ポリウレタンエラストマーよりなるシートを不透水性シートとして用いたことを特徴とする防水シート」(実用新案登録請求の範囲第1項)
(2-2)「本考案はトンネル工事用として好適に用いられる防水シートに関する。」(明細書第1頁下から第6〜5行)
(2-3)「従来より、地山もしくは一次覆工コンクリートと二次覆工コンクリートとの間に防水シートを配設し、地山もしくは一次覆工コンクリートからの湧水が二次覆工コンクリートに流れ込んでトンネル内部に漏水するのを防止することが行われている。」(明細書第1頁下から第3行〜第2頁第3行)
(2-4)「この場合、従来のNATM工法に使用する防水シートとしては、平板状の不透水性プラスチックシートからなる単体シート、更に湧き水の通過を容易ならしめるために一方の面に突条を形成して表面をコルゲート状にした不透水性プラスチックシートからなる単体シート、或いはこの不透水性のプラスチックシートに対し緩衝性を付与するため不織布等を積層した複合シートが使用されており、不透水性プラスチックシートとしては塩化ビニル樹脂やエチレン酢酸ビニル共重合体が用いられてきた。」(明細書第2頁第4〜14行)
(2-5)「しかしながら、これらの塩化ビニル樹脂やエチレン酢酸ビニル共重合体を不透水性シートとして用いた防水シート、特に不透水性シートの単体構成からなる防水シートは、地山あるいは一次覆工コンクリートの凹凸、コンクリートの打設に使用するロックボルト、鉄筋の突出部、二次覆工コンクリート作業のためのセントルの移動、コンクリート打設用の妻板の設置作業やコンクリート打設時の衝撃に対して耐性が乏しく、不透水性シートが容易に破損して穴があき、防水シートとしての機能を喪失してしまう問題があった。」(明細書第2頁第16行〜第3頁第6行)
(2-6)「本考案は上記事情を改善するためになされたもので、突起物に対する耐突刺し強度、耐衝撃性が高く、伸張度が大きいので、上述した如きトンネル工事に際して防水性シートに加えられる外力に対し十分耐え、損傷が防止されるともに、熱接着性等のトンネル内の防水施工上必要とされる特性を有する不透水性シートを用いた防水シートを提供することを目的とする。」(明細書第3頁第7〜14行)
(2-7)「本考案は、上記目的を達成するため、防水シートに用いる不透水性シートをポリウレタンエラストマーシートより構成したものである。この場合、ポリウレタンエラストマーシートの厚さは、0.4〜3mm程度とすることができ、また破断時の伸張度が300〜1000%程度であるものが好適である。また、このポリウレタンエラストマーシートからなる不透水性シートは、トンネル内に施工する際、一の防水シートの不透水性シートの端部を多の防水シートの不透水性シートの端部と熱接着して順次連結していくものであるが、」(第3頁下から第5行〜第4頁8行)
(2-8)「本考案のポリウレタンエラストマーを用いた防水シートは伸張度が大きいので、地山や一次覆工コンクリートの凹凸、ロックボルト等の突起物に対して優れた耐性を示し、また熱接着も可能であるため接合も容易であって、接合部分からの漏水も防止し得、従ってトンネル工事用防止シートとして非常に有用である。」(明細書第8頁下から第3行〜第9頁第4行)

甲第3号証:
(3-1)「従来、主として土木用分野において遮水または止水することを目的とした、例えば廃棄物処理場及び貯水池等のライニング用、河川堰堤および護岸等の洗堀防止用、ならびに防砂板用として材質の異なる合成樹脂や合成ゴムシートが接続されて用いられている。」(明細書第2頁第7〜12行)
(3-2)「基盤シートAまたは基盤シートBは、それぞれ、塩化ビニル樹脂、塩化ビニリデン樹脂、ポリスチレン、アクリロニトリル-スチレン共重合体、ABS樹脂、アクリル樹脂、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアミド、アセタール樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂等で代表される熱可塑性樹脂、ブタジエン-スチレン系ゴム、ブタジエン-アクリロニトリル(以上ジエン系)、チオコール(多硫化物系)、エチレン-プロピレンゴム、クロロスルホン化ポリエチレン(以上、オレフィン系)、有機ケイ素化合物、ウレタンゴム(ウレタン系)等で代表される合成ゴムからなり、基盤シートA及びシートBはそれぞれ材質が異なっている。」(明細書第5頁第1〜14行)

甲第4号証:
(4-1)「熱可塑性ポリウレタン(TPU)の基本成分は、ジイソシアネートと長鎖ジオールと短鎖ジオールである」(第224頁下から第11〜10行)
(4-2)「ポリウレタン化学の基本は、イソシアネートと、様々な活性水素含有混合物との反応である。しかしながら、2官能または高次官能イソシアネートおよび活性水素含有混合物は高分子量ポリウレタンを得るために必ず使用される必要がある。多数のウレタン群からなる主なTPU直線状ポリマーは、ジイソシアネートと短鎖ジオールとポリエステルジオール若しくはポリエーテルジオール(ポリオール)との縮合によって合成される。TPUの3つの基本成分は、ジイソシアネートと短鎖ジオールと長鎖ジオールであって、これらについては以下の3つのサブセクションで詳述する。」(第225頁第12〜20 行)
(4-3)「場合によってジイソシアネートも用いられるが、ジフェニルメタン-4,4′-ジイソシアネート(MDI)はTPUを合成するのに用いられる最も一股的なジイソシアネートである。」(第225頁下から第14〜12行)
(4-4)「通常用いられる短鎖ジオールは、エチレングリコール、1,4-ブタンジオール、1,6-へキサンジオール、および、1,4一ジーβ-ハイド口キシエトキシベンゼン(ハイドロキノン・ジ(ベータハイドロキシエチル),エーテル)を含んでいる。」(第225頁下から第3〜1行)
(4-5)「場合によってはポリプロピレングリコールも用いられるが、TPUを調合する際にはポリエーテルポリオールとしてポリテトラメチレングリコールが最もよく用いられる。」(第226頁第19〜20行)
(4-6)「PUを調合する際、イソシアネート対水酸基の比(NCO/OH)が分子量を制御する上で重要な役割を果たす。TPUの初期分子量は、図7-1に示されているように、」(第227頁下から16〜14行)と記載され、第228 頁の表7-1には、イソシアネート対水酸基の比(NCO/OH)がおよそ1であることが示されている。
(4-7)「レッドマンのそれに類似した結果が、ボリオキシテトラメチレングリコール(分子量1000)、MDIおよび1,4一ブタンジオールに基づいたTPUについての研究において観測された。」(第228頁第3〜5行)
(4-8)「ジメチルホルムアミド、テトラヒドロフラン、N-メチルピロリドン、ジメチルセトアミド、および、ジメチルスルフオオキサイドは、TPUの良好な溶剤であると考えられている。」(第237頁第2〜3行)

甲第5号証:
(5-1)「(3)パラプレン 保土谷化学で開発された完全熱可塑性エラストマで、22‐S,26‐S,の2種のペレットで供給されるほか、各種の溶液タイプで市販されている。 パラプレンは特定の溶剤たとえばジメチルホルムアミド、ジメチルスルフオオキサイド、テトラヒドロフラン、ジオキサンなどに溶解する。これらの10〜30%溶液は100〜10,000cps/25℃のドープとしてコーティング剤、接着剤として広く利用することもできる。」(第163頁下から第3行〜第164頁下から第1行)
(5-2)「5・6 ポリウレタンエラストマの用途と今後の方向 わが国の生産量は・・・、注型品が70%、熱可塑性20%、混練10%とみられる。ポリウレタンエラストマはすぐれた特性すなわち広域の硬度、高弾性モジュラス、耐磨耗性、低温特性、耐引裂強度、耐油性、振動吸収性があり、液体のまま注型できるのも加工上のメリットといえる。図5・30にポリウレタンエラストマと他のゴムとの機械的強度を比較した。図5・31にポリウレタンエラストマの用途とその成形法および利用される特性についてまとめた。・・・価格については他の汎用樹脂に比べ割高であり、・・・新形のエラストマも開発されやすくなると思われる。今後は電子機器、車両部品、土木建築用、航空機材料、繊維処理分野など将来性が期待される分野の進出に希望をもつものである。」(第167頁第2行〜第168頁下から第5行)
(5-3)「ポリウレタンエラストマと他のゴムとの機械的強度の比較」と題する表5・30には、硬度、抗張力、伸び、引裂強度、磨耗度においてポリウレタンエラストマが天然ゴムなどの他のゴムよりも優れていることが、示されている。(第167頁)
(5-4)「ポリウレタンエラストマの用途」と題する表5・31には、熱可塑性ポリウレタンエラストマが、少なくともシート、フィルム、接着剤、ベルトチューブ、靴底、コーティング、人工皮革として用いられることが、示されている。(第167頁)

甲第5号証の1:
熱可塑性ポリウレタンシート(TPUシート)が、耐引き裂き性などとともに、接着性(bondability)及び溶着性(weldability)に優れた特性を有することが記載されている。(第40頁第10〜25行)

甲第5号証の2:
熱可塑性PUエラストマーのフィルムに関し、「耐摩耗・低柔軟性・屈曲性・耐油性・耐ガソリン性が良好で、接着加工も容易であり、風合いがよいため広範囲の用途が期待される。」と記載されている。(第379頁下から第8〜3行)

甲第5号証の3:
「接着性/溶着性」の項で、TPU同士が熱融着で適切に接合できると記載されている。(第411頁下から第23〜11行)

甲第5号証の4:
「溶着性」の項で、Desmopn(登録商標)という熱可塑性ポリウレタンが、熱溶着等の多数の溶着法により溶着できることが記載されている。(第29頁中央欄第13〜29行)

甲第5号証の5:
エラストラン(熱可塑性ポリウレタンレジン)の接着に関し、「加熱溶融接着 この方法は機械設備が簡単でエラストラン同士の接着に効果があり、ベルトやフィルム、シート等の接着に多く用いられています。」(第19頁右欄下から19〜16行)、及び「接着剤による接着 ・・・エラストランの接着には、エポキシ系またはウレタン系の接着剤が多く使用されています。」(第20頁左欄第1〜7行)と記載されている。

甲第6号証:
(6-1)「補修検査によってシートに欠陥箇所が見つかればそれを補修しなければならない。欠陥が単なる接合不良による剥離ならば接合しなおせばよいが、穴が空いた場合にはパッチなどで穴を修繕しなければならない。パッチ材はシートと同じ素材を用いるのが、また、接合方法はシートの現場接合時に採用した方法を用いるのが一般的である。」(第185頁下から第5〜1行)
(6-2)「しかし、欠陥を発見して補修するのがいつの時点であるのかによってその補修作業留意すべき点が異なる。例えば、現場接合時点での欠陥はそれほど問題にならないが、施設の供用中の欠陥ではシートが汚れているだろうし、素材がかなり劣化していることが予想されるので、接合時に
用いた方法がそのまま使えるかどうかは問題となる。このような観点から表8-23にはシートの損壊とその発見時期に応じた補修対策方法を整理した。」(第185頁末行〜第186頁第5行)
と記載され、第186頁の表8-23には、
(6-3)シートの種類として、「エチレンプロピレンゴム、ブチルゴム、ネオプレン、クロロスルフォン化ポリエチレンなど」、「塩化ビニル、塩素化ポリエチレン、クロロスルフォン化ポリエチレンなど」及び「ポリエチレンなど」の3つの種類が、
(6-4)短期及び長期供用中の損壊内容として、接合部の剥離、薄層剥離、引裂、穿孔、環境ストレスよるクラック、疲労破壊などが、
(6-5)短期使用中の補修方法として、清浄乾燥後の、パッチ、重ね張りあるいは詰物による修繕、
がそれぞれ記載されている。

甲第7号証:
重合体組成物からなる補修剤を注入して遮水シートを補修する、遮水構造物の補修工法(特許請求の範囲参照)に関し、重合体組成物からなる補修剤としては、樹脂、エラストマー、ゴム等が用いられること(段落【0017】)、及び、遮水シートとしては、熱可塑性エラストマー製シート、塩化ビニル樹脂製シート、加硫ゴム製シート、エチレン-プロピレン-ジエンのターポリマー(EPDM)製シート、高密度ポリエチレン製シート、低密度ポリエチレン製シート等が使用できること(段落【0012】)が記載されている。

甲第8号証:
「しゃ水シートの補修方法に関する実用化研究」と題し、手順として、廃棄物堆積層を掘削した後、清掃装置を使用し、シート面上の砂、灰等の水洗除去後、シート面を拭き取り、重合投入装置を使用し、投入装置内でウレタン樹脂を重合後、シート破損部へ投入することが記載されている。(第620頁下から第16〜6行及び第1図参照)

2.対比・判断
(1)請求項1に係る発明について
(i)甲第1号証に記載された発明との対比
甲第1号証には、「電気的に高抵抗の遮水層を備えた遮水構造物において、前記遮水構造物の遮水層付近に多数の計測用電位電極と基準用電位電極とを設置し、測定した電位差の分布状況から漏水を検知する、遮水構造物における漏水の検知方法。」が記載されており、該遮水層に用いられる低透水性材料としては、コンクリート、合成ゴム、プラスチックなどの遮水シートの他、粘土、アスファルトを単独で或はこれらを積層して用いられているが、最近では、遮水シートを用いるのが主流であること(摘記事項(1-2)参照)が記載されている。
また、ダムや貯水槽に採用した場合、漏水位置を正確に検知できるだけでなく、漏水個所の補修を正確に行えること(摘記事項(1-3)参照)、及び廃棄物の最終処理場や各種の有害物を貯蔵する施設に採用すると、有害物質の漏出位置を正確に検知できるので、対策も早期に行えること(摘記事項(1-4)参照)も記載されており、こうした、ダムや貯水槽、及び廃棄物の最終処理場や各種の有害物を貯蔵する施設においては、遮水シートは底面と側面に敷設されていることは明らかである。
そこで、請求項1に係る発明と、甲第1号証に記載された発明と比較すると、両者は「底面と側面に敷設した遮水シート、該遮水シートに取り付けた該遮水シートの破損検知センサー、該破損検知センサーの信号を測定する測定器により構成した、遮水構造物。」である点で一致しており、両者は以下の点で相違しているだけである。
相違点:
請求項1に係る発明では、遮水シートを「熱可塑性ポリウレタンからなる」と特定しているのに対し、甲第1号証に記載の発明では、「合成ゴム、プラスチックなどの遮水シート」としているだけで、プラスチック材料を特定する記載はない点。
なお、両者の相違点が、上記相違点だけであることについては、当事者間に争いはない。(口頭審理の調書第2頁第14〜17行参照)

(ii)相違点について
甲第1号証に記載された発明に甲第2号証に記載された発明を組み合わせることに関し、被請求人は、「甲第2号証の防水シートは、ドレイン材(排水材)として使用されるもので、水を貯めるものではなく、また、トンネル壁の一部を破壊しない限り、シートの破損個所を修理することができないものであるから、両者は、発明の課題と解決手段とその作用効果の点で異なっているので、組み合わせることは容易ではない。」旨主張しているので、以下に順に検討する。
(ii-1)甲第2号証に記載された発明について
上記摘記事項(2-1)ないし(2-8)から明らかなように、甲第2号証には、地山もしくは一次覆工コンクリートと二次覆工コンクリートとの間に配設される防水シートに関し、不透水性シートとしてポリウレタンエラストマーシートを用いることにより、従来の塩化ビニル樹脂やエチレン酢酸ビニル共重合体を不透水性シートとした場合に比較して、突起物に対する耐突き刺し強度、耐衝撃性が高く、伸張性が大きいので、防水シートに加えられる外力に対して十分耐え、損傷が防止されると共に、熱接着性等のトンネル内の防水施工上必要とされる特性を有する防水シートを提供できることが記載されている。なお、甲第2号証には、ポリウレタンエラストマーからる防水シートが熱溶着が可能なものであると記載されているから、該「ポリウレタンエラストマー」は、熱可塑性ポリウレタンであることは明らかである。
してみれば、甲第2号証には、不透水性シートとしての熱可塑性ポリウレタンシートは、突起物に対する耐突き刺し強度、耐衝撃性が高く、伸張性が大きいので、防水シートに加えられる外力に対して十分耐え、損傷が防止されると共に、熱接着性が優れた防水シートを提供できることが記載されているといえる。
(ii-2)課題の共通性について
甲第1号証には、遮水シートの「破損」とあるだけで、具体的な破損原因については明記されていない。
しかしながら、被請求人が提出した乙第3号証の1の「トラック5万台のゴミ底の遮水シート破損?」と題した昭和61年1月25日付の新聞記事には、「埋め立て場所には、汚水の地下浸透を防ぐため、厚さ一・六ミリのゴムシートを敷きつめ、さらに五十〜百センチの覆土がしてある。・・・五十七年から稼働しているが、汚水は昨年夏、突然、流出し始めた。金属製のゴミがシートを突き破ったか、ゴミを埋め立てるまで使っていた雨水抜き穴のキャップが外れたためとみられ、・・・」と記載され、また、同乙第3号証の3の「汚水遮断シート破損」と題した92年(平成4年)3月17日付の新聞記事には「ゴムシートは厚さ一・五ミリ。処理場の底や側面の土砂の上に敷き詰めてあり、廃棄物を浸透した雨水などの汚水が地下水に混じらないよう遮断する。・・・破損の原因について、組合では『下の土砂がでこぼこで、伸びたシートに石が当たるなど、局所的に予想を上回る強い力がかかったのではないか』と見ているが、はっきりとはつかんでいない。」と記載され、さらに、甲第6号証の表8-23の損壊内容の項には「引裂」、「穿孔」が挙げられている(上記摘記事項(6-4)参照)。
これらの記載から明らかなように、廃棄物処理場の遮水シートの供用中の破損原因として、硬いゴミや、遮水シートの下にある土砂のでこぼこ等の突起物による、遮水シートの引裂、穿孔があることは、本件出願前に既に周知である。
一方、前述のように、甲第2号証には、「従来より、地山もしくは一次覆工コンクリートと二次覆工コンクリートとの間に防水シートを配設し、地山もしくは一次覆工コンクリートからの湧水が二次覆工コンクリートに流れ込んでトンネル内部に漏水するのを防止することが行われている。」(上記摘記事項(2-3)参照)と記載されていることから明らかなように、甲第2号証記載のポリウレタンエラストマーシートはトンネル工事に用いられるものではあるが、不透水性シートによる遮水を目的として、地山或いは一次復工コンクリートに配設されるものであって、従来の塩化ビニル樹脂やエチレン酢酸ビニル樹脂に穴があく原因の一つに、地山の凹凸も挙げられており(上記摘記事項(2-5)参照)、該「地山の凹凸」は、上述の「遮水シートの下にある土砂のでこぼこ」に相当するものである。
(ii-3)課題解決手段の適用容易性について
甲第2号証では、地山の凹凸等により防水シートに穴があくという課題を、従来の塩化ビニル及びエチレン酢酸ビニル樹脂に代えて、耐突刺強度、耐衝撃性が高く、伸張度が大きい、熱可塑性ポリウレタンエラストマーをもちいることによって、解決するものである。
一方、甲第1号証には、単に「合成ゴム、プラスチックなどの遮水シート」とあるだけで、遮水シートの具体的な素材に関する記載はない。
しかしながら、甲第3号証には、土木用分野において遮水または止水することを目的として、廃棄物処理場及び貯水池等のライニング用、河川堰堤および護岸等の洗堀防止用、ならびに防砂板用として、合成樹脂や合成ゴムが用いられることが記載され、その具体的な例として、塩化ビニル樹脂、塩化ビニリデン樹脂、ポリスチレン、アクリロニトリル-スチレン共重合体、ABS樹脂、アクリル樹脂、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアミド、アセタール樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂等で代表される熱可塑性樹脂、ブタジエン-スチレン系ゴム、ブタジエン-アクリロニトリル(以上ジエン系)、チオコール(多硫化物系)、エチレン-プロピレンゴム、クロロスルホン化ポリエチレン(以上、オレフィン系)、有機ケイ素化合物、ウレタンゴム(ウレタン系)等で代表される合成ゴムなどが記載されている。すなわち、土木分野における遮水シートまたは止水シートの一例として、廃棄物処理場や貯水池に用いられるシートが記載されると共に、その1例として、熱可塑性ポリウレタンシートも記載されている。
なお、甲第2号証には、ゴムとの比較において、熱可塑性ポリウレタエラストマーが、耐突刺強度、耐衝撃性が高く、伸張度が大きいという記載はないが、甲第5号証(上記摘記事項(5-3)参照)の「ポリウレタンエラストマと他のゴムとの機械的強度の比較」と題する表5・30に記載されているように、硬度、抗張力、伸び、引裂強度、磨耗度においてポリウレタンエラストマが天然ゴムなどの他のゴムよりも優れていることは、本件出願前にすでに周知のところである。
してみれば、廃棄物処理場等の遮水構造物の技術分野においてすでに知られているところの、供用中の遮水シートの穿孔という問題を解決するために、甲第1号証記載の遮水シート材料として、甲第3号証に例示された樹脂シートあるいは合成ゴムシートの中から、甲第2号証に記載の、突起物に対する耐突き刺し強度、耐衝撃性が高く、伸張性が大きいので、防水シートに加えられる外力に対して十分耐え、損傷が防止されると共に熱接着性が優れているという効果を有していることが明らかな、熱可塑性ポリウレタンシートを選択することは、当業者であれば容易になし得ることに過ぎない。
そして、甲第3号証に記載されているように、遮水または止水シートは、土木用分野において、廃棄物処理場及び貯水池のみならず、種々の用途に用いられるものである以上、甲第1号証に記載された発明に甲第2号証に記載された熱可塑性ポリウレタンシートを適用するに際し、甲第2号証に記載された防水シートがトンネル工事用であることは、何ら阻害要因となるものでもない。
(iii-4)効果の予測性について
本件明細書(段落【0026】【発明の効果】)には、
〈イ〉廃棄物の下に埋まった遮水シートの破損箇所を外部から検知して補修できる。したがって、万一シートが破損しても、すみやかに補修ができるので、周囲の環境を破壊することがなく、安全な管理を行うことができる。
〈ロ〉遮水シートが上記したような材料によって構成しているから、良好な補修が可能である。
〈ハ〉上記した遮水シートは接着性がきわめて良好であるから、各種の電極を取り付ける場合にも簡単に確実な固定を行うことができる。
と記載されている。
しかし、甲第1号証には、「ダムや貯水槽に採用した場合、漏水位置を正確に検知できるだけでなく、漏水個所の補修を正確に行え、水資源を有効に活用できる。」及び「廃棄物の最終処理場や各種の有害物を貯蔵する施設に採用すると、有害物質の漏出位置を正確に検知できるので、対策も早期に行える。従って、環境汚染を最小に抑えることができる。」と記載されており、上記効果〈イ〉、〈ロ〉及び〈ハ〉のうち、効果〈イ〉は、甲第1号証記載の発明が有する効果である。
次に、効果〈ロ〉及び〈ハ〉について検討する。
甲第1号証には、「補修を正確に行える」と記載するだけで、具体的な補修方法についての記載はない。
しかしながら、請求人が提出した甲第6号証の「シートの破損と補修」と題する表8-23の「補修方法」の項に、「清掃乾燥後、パッチ、重ね張りあるいは詰め物による修繕」と記載されているように、遮水シートの破損個所の補修方法として「パッチ」、「重ね張り」あるいは「詰め物」等の方法を用いることは、本件出願前に既に周知であって、これらの補修方法による補修が良好に行えるということは、用いるシート素材の接着性の良さに他ならないことは、自明の事項である。
なお、「パッチ」或いは「重ね張り」による補修方法は、本件明細書の段落【0018】に記載の(応用例2)、すなわち「遮水シートを破損部位の大きさに切断したものを用意し、その片面の全面に、市販のポリウレタンを溶解できる溶剤(テトラヒドロフラン/ジメチルホルムアミドの混合溶剤)を塗布した。その溶剤を塗布した面を、上記した遮水シートの破損部位に張り付けて補修を行った。」という補修方法に該当し、また、該「詰め物」による補修方法は、同じく段落【0017】に記載の(応用例1)、すなわち「2液タイプのポリウレタン防水剤を、破損部位が塞がるように塗布して補修を行った。」という補修方法に該当するものである。
してみれば、甲第5号証及び甲第5号証の1ないし5に記載されているように、熱可塑性ポリウレタン自体が接着剤として用いられることは周知であるうえ、熱可塑性ポリウレタンシートが、接着性(bondability)及び溶着性(weldability)に優れた特性を有し、熱溶着、溶剤接着或いは接着剤による接着が容易であることは、本件出願前に周知のところであるから、効果〈ロ〉及び効果〈ハ〉は、熱可塑性ポリウレタンのシート自体が有する性質から当業者が当然に予期し得るものであって、甲第1号証と甲第2号証とを組み合わせたことによって得られた格別な効果ではない。

なお、被請求人は、上記効果〈イ〉ないし〈ハ〉以外に、以下の効果を有すると主張している。
・本件発明では、熱可塑性ポリウレタンを液状にして破損個所に注入することにより、容易かつ確実に破損個所を補修できる。(以下、「効果〈ニ〉」とする。)
・長期供用期間中に遮水シートに汚れやシート材質の劣化が発生するが、請求人が提出した補修実験証明書A及び被請求人が提出した乙第1号証から明らかなように、本件発明では、水という典型的な汚れがあっても補修できる、という遮水構造物にとって重要な効果を有する。(以下、「効果〈ホ〉」とする。)
そこで、これらの効果について、本件明細書の記載を検討すると、遮水シートの補修方法については、前述のとおり、(応用例1)の「2液タイプのポリウレタン防水剤を、破損部位が塞がるように塗布して補修を行った。」(段落【0017】)という方法、及び(応用例2)の「遮水シートを破損部位の大きさに切断したものを用意し、その片面の全面に、市販のポリウレタンを溶解できる溶剤(テトラヒドロフラン/ジメチルホルムアミドの混合溶剤)を塗布した。その溶剤を塗布した面を、上記した遮水シートの破損部位に張り付けて補修を行った。」(段落【0018】)という方法が記載されているだけで、効果〈ニ〉のような、熱可塑性ポリウレタンを液状にして破損個所に注入することについては、何等示唆する記載もない。
また、効果〈ホ〉について、乙第1号証の第2実験において、水を噴霧した部分を補修した場合、TPU(熱可塑性ポリウレタン)の遮水シートは水漏れがないが、HDPE(高密度ポリエチレン)の遮水シートは水漏れがあったことから明らかであるとしているが、本件明細書には該効果を示唆する記載は全くない。すなわち、本件明細書には、(応用比較例1)として、市販のEPDM(エチレン-プロピレン-ジエンモノマー共重合体)材製遮水シートを超瞬間接着剤アロンアルファを用いて、上記応用例2と同様に補修を行ったこと、及び(応用比較例1)として、市販の塩化ビニル樹脂材製遮水シートを市販の2液タイプのポリウレタン系接着剤を用いて、上記応用例2と同様に補修を行ったこと、が記載され、その結果を示す表2には、実施例1の遮水シートが、従来の遮水シートに比較して、完全な補修が出来ることが記載されているだけで、補修の際の、シートの汚れや水の存在に関しては何等示唆する記載もない。
してみると、被請求人の主張する効果〈ニ〉及び効果〈ホ〉については、本件明細書には記載されていない事項であることは明らかである。
したがって、被請求人の、効果〈ニ〉及び〈ホ〉についての主張は、採用できない。

なお、被請求人は、乙第4号証の1ないし4を提出し、注入孔から液状注入剤を注入して欠陥を補修方法は、土木技術においては、本件出願前から既に知られている方法であると主張しているので、以下に触れておく。
たとえ注入孔から液状注入剤を注入する補修方法が周知であっとしても、前述のとおり、熱可塑性ポリウレタン自体が接着剤として用いられること、及び熱可塑性ポリウレタンシートの接着剤には、ポリウレタン系接着剤が用いられることが周知であることを考慮すれば、当業者であれば、ポリウレタンを液状にして注入することにより補修できるという効果は、熱可塑性ポリウレタン自体の特性から、容易に予期し得る効果にすぎない。また、樹脂を液状にして注入するという方法が、熱可塑性ポリウレタンシート特有の補修方法ではないことは、甲第7号証(本件出願から約1年後に被請求人から出願された特許出願の公開特許公報)の記載、すなわち、補修剤を注入して遮水シートを補修する遮水構造物の補修工法に関し、重合体組成物からなる補修剤としては、樹脂、エラストマー、ゴム等が用いられるという記載、及び、遮水シートとしては、熱可塑性エラストマー製シート、塩化ビニル樹脂製シート、加硫ゴム製シート、エチレン-プロピレン-ジエンのターポリマー(EPDM)製シート、高密度ポリエチレン製シート、低密度ポリエチレン製シート等が使用できるという記載から明らかである。

(ii-5)当業者のレベルについて
被請求人は、乙第2号証として請求人が出願している発明及び考案のリスト、乙第3号証として発明者インタビュー、及び乙第3号証の1ないし16として各種報道記事等を提出して、これらの乙号証から明らかなように、廃棄物処理場の殆どは、ゴムシートを用いており、ゴムシート以外はまったく着想できなかったのが当業者のレベルであった旨主張している。
しかしながら、乙第2号証が、請求人の発明及び考案の経緯を示すものであっても、それは、請求人が、熱可塑性ポリウレタンに言及した出願をしていないというだけのことであり、また、乙第3号証の1ないし16として提出された新聞等の掲載記事は、その当時既に長期に亘り使用されていた廃棄物処理場においてはゴムシートを用いてていたことを示しているだけで、甲第1号証及び甲第3号証に記載された発明に基づいて、当業者であれば容易に発明をすることができたとする判断に何等影響を与えるようなものではない。
そして、前述のとおり、甲第3号証には、土木用分野において遮水または止水することを目的として、廃棄物処理場及び貯水池等のライニング用、河川堰堤および護岸等の洗堀防止用、ならびに防砂板用として、合成樹脂や合成ゴムが用いられることが記載され(摘記事項(3-2)参照)、その具体的な例として、熱可塑性ポリウレタン樹脂が記載されている。
また、甲第6号証には、廃棄物処理場の遮水シートとして、ゴム以外の各種樹脂シートが記載されている(摘記事項(6-3)参照)。
これらのことを考慮すると、出願当時の当業者にとって、ゴムシート以外にはまったく着想できなかったという、被請求人の主張は、根拠がなく、採用することはできない。
なお、被請求人が提出した乙第3号証の「発明者インタビュー」の第4頁には、「シートに関しては素人のゼネコンの我々が、技術の背景を無視して熱可塑性ポリウレタンの提案をしました。最初は共同出願人になる協和醗酵にさえ『採用になるはずがない』と反対されました。価格差も、ゴムシートと比較して2倍以上もあったから当然でしょう。当然社内からも、そんな物誰が買うのか、と反対されました。・・・」と記載されており、熱可塑性ポリウレタンが遮水構造物に用いられなかった理由は、高価な熱可塑性ポリウレタンを広大な廃棄物処理場に敷き詰めることは採算上不利であるという価格上の問題であり、技術的に困難性があったわけではないことは明らかである。

(iii)まとめ
以上のとおり、本件の請求項1に係る発明は、甲第1ないし3号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(2)請求項2に係る発明について
請求項2に係る発明は、遮水構造物が、廃棄物処理場であるというものであるが、甲第1号証には、遮水構造物の例として、廃棄物処理場が記載されているから、請求項2に係る発明と、甲第1号証に記載された発明との相違点は、前記相違点と同じであって、同様の理由により、請求項2に係る発明も、甲第1ないし3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)請求項3ないし9に係る発明について
請求項3ないし9に係る発明は、請求項1または請求項2に係る発明の構成に加えて、シートの厚さを0.3〜3.0mmとするとともに、熱可塑性ポリウレタンの原料を特定している。
しかしながら、甲第2号証には、ポリウレタンエラストマーの厚さを0.4〜3mm程度とすることが記載されている。
また、甲第4号証には、
熱可塑性ポリウレタンが、ジイソシアネート、長鎖ジオール、及び短鎖ジオールから合成されること、
熱可塑性ポリウレタンを合成する為に多官能イソシアネートが必ず用いられること、
熱可塑性ポリウレタンの直鎖状ポリマーは、ジイソシアネートと短鎖ジオールとポリエステルジオール若しくはポリエーテルジオール(ポリオール)との縮合によって合成されること、
イソシアネート対水酸基の比(NCO/OH)がおよそ1であること、
最も一般的なジイソシアネートは、ジフェニルメタン-4,4´- ジイソシアネート(MDI)であること、
長鎖ジオールとして、ポリプロピレングリコールが用いられること、
長鎖ジオールとして、ポリオキシテトラメチレングリコールが用いられること、及び
短鎖ジオールとして、エチレングリコール、1,4-ブタンジオールなどが用いられること、
が明記されている。
さらに、請求項9に記載されているように「低分子量ポリオール」は、エチレングリコールを含む概念であり、甲第4号証でいう「短鎖ジオール」と同じ概念である。
してみれば、甲第4号証から明らかなように、請求項3〜9に記載されているような材料を用いることは熱可塑性ポリウレタンを合成する際には極めてありふれた選択事項に過ぎず、このような材料の限定によって既知の効果以外に何等の効果をも生じるものではない。
なお、請求項3ないし9に係る発明についての、請求人の主張については、被請求人も認めるところである。(口頭審理調書第2頁第18〜19行参照)
よって、請求項3ないし9に係る発明は、甲第1ないし4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

3.まとめ
よって、本件の請求項1ないし9に係る発明は、本件出願前に頒布された刊行物である甲第1ないし4号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

VI.結び
以上のとおり、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるから、特許法第123条の規定により、本件特許は無効にすべきものである。
また、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、審判費用は、被請求人の負担とする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2001-06-19 
結審通知日 2001-06-25 
審決日 2001-06-29 
出願番号 特願平4-185658
審決分類 P 1 112・ 121- Z (B09B)
最終処分 成立  
前審関与審査官 斉藤 信人  
特許庁審判長 江藤 保子
特許庁審判官 野田 直人
加藤 孔一
登録日 1998-05-22 
登録番号 特許第2782399号(P2782399)
発明の名称 遮水構造物  
代理人 山口 朔生  
代理人 梶 良之  
代理人 山口 朔生  
代理人 須原 誠  

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