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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性 無効とする。(申立て全部成立) D03D
審判 全部無効 1項1号公知 無効とする。(申立て全部成立) D03D
管理番号 1071559
審判番号 審判1999-35197  
総通号数 39 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1997-03-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 1999-04-27 
確定日 2003-01-27 
事件の表示 上記当事者間の特許第2645645号「生地およびその製造方法」の特許無効審判事件についてされた平成12年11月17日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成13(行ケ)年第0001号平成14年 4月25日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 特許第2645645号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 I.手続の経緯
本件特許第2645645号に係る出願は、平成7年9月2日に特許出願され、平成9年5月9日に設定登録されたものである。
請求人である三共織物株式会社は、平成11年4月27日に本件特許を無効にすることについて審判を請求し、特許庁は、これを平成11年審判第35197号事件として審理し、平成12年11月17日に「本件審判の請求は、成り立たない。審判費用は、請求人の負担とする。」との審決をし、その謄本を当事者に送達した。
請求人はこの審決を不服として提訴し、東京高等裁判所はこれを平成13年(行ケ)第1号事件として審理し、平成14年4月25日に「特許庁が平成12年11月17日に平成11年審判第35197号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を言い渡し、この判決は確定した。

II.本件考案
本件の請求項1〜4に係る発明(以下、「本件発明1」〜「本件発明4」という。)は、本件明細書の請求項1〜4に記載された下記事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】経糸が、生糸または生糸撚糸と、後染によっては染まり難い色糸または黒糸とからなり、緯糸が、強撚の生糸撚糸から、または甘撚の生糸撚糸と強撚の生糸撚糸からなり、生地表に前記経糸の色糸または黒糸と生糸または生糸撚糸および前記緯糸の白による図柄が浮き出たちりめんを後染してなることを特徴とする生地。
【請求項2】経糸が、生糸または生糸撚糸と反応染の色糸または黒糸とからなり、それら生糸または生糸撚糸と反応染の色糸または黒糸が交互に配置され、緯糸が、強撚の生糸撚糸から、または甘撚の生糸撚糸と強撚の生糸撚糸からなり、生地表に前記経糸の反応染の色糸、または黒糸と生糸または生糸撚糸および前記緯糸の白による図柄が浮き出たちりめんを後染してなることを特徴とする生地。
【請求項3】経糸として、生糸または生糸撚糸と、後染によっては染まり難い色糸または黒糸を交互に配置し、緯糸として、強撚の生糸撚糸、または甘撚の生糸撚糸と強撚の生糸撚糸を配置し、松葉刺しの方法により前記経糸の色糸または黒糸を生地表に出して該経糸の色糸又は黒糸と生糸または生糸撚糸および前記緯糸の白により図柄を表現し、精錬してちりめんとし、該ちりめんを後染することを特徴とする生地の製造方法。
【請求項4】経糸として生糸または生糸撚糸と反応染の色糸または黒糸を交互に配置し、緯糸として、強撚の生糸撚糸、または甘撚の生糸撚糸と強撚の生糸撚糸を配置し、松葉刺しにより前記反応染の色糸または黒糸を生地表に出して該経糸の反応染の色糸または黒糸と生糸または生糸撚糸および前記緯糸の白により図柄を表現し、精錬してちりめんとし、該ちりめんを後染することを特徴とする生地の製造方法。」

III.当事者の主張
1.請求人の主張
請求人は、甲第1号証(特公昭63-25113号公報)、甲第2号証(京都府織物指導所昭和49年10月15日発行の「織物指導所だより No.71」の試織見本〔134〕、〔135〕)、甲第3号証(大岡山書店昭和2年4月20日発行の「最新織物組織學」399〜456頁)、甲第4号証(株式会社京都書院昭和56年3月20日発行の「増補織物組織意匠法」34〜35頁)、甲第5号証(実教出版株式会社昭和42年2月25日発行の「機織3」39〜46頁)、甲第6号証(株式会社ワタマサの袋意匠(正倉唐草華紋)に関する平成10年2月9日付証明書)、甲第6号証の1(甲第6号証に添付の平成2年6月7日付仕入伝票)、甲第7号証(株式会社ワタマサの鹿の子に関する平成10年2月9日付証明書)、甲第8号証(株式会社ワタマサのビロード織に関する平成10年2月9日付証明書)、甲第9号証(吉村機業株式会社の36匁ダブルクレープジャガードに関する平成10年2月9日付証明書)、甲第10号証(楠絹織株式会社の経カラーメッシュショールに関する平成10年2月5日付証明書)、甲第11号証(楠絹織株式会社の経カラー袋意匠に関する平成10年2月5日付証明書)、甲第12号証(田寅織物株式会社の先染後練一釜風通三重織に関する平成10年2月5日付証明書)、甲第13号証(株式会社岩波書店1993年9月10日発行の「広辞苑」第4版、1368頁)、甲第14号証(株式会社小学館昭和49年1月10日発行の「日本国語大辞典」第7巻、487頁)、甲第15号証(株式会社小学館昭和49年7月1日発行の「日本国語大辞典」第10巻、83頁)、甲第16号証(大岡山書店昭和2年4月20日発行の「最新織物組織學」163〜177頁及び327〜333頁)、甲第17号証(繊維技術研究社昭和45年8月3日発行の「織物分解設計の実際知識」316〜317頁)、甲第18号証(実教出版株式会社昭和57年(1982年)発行の「繊維・繊維製品」130〜149頁)を提出し、
本件発明1〜4に係る特許は、以下の(1)〜(4)の理由により、特許法第123条第1項第2号の規定によって無効とすべきものである旨主張している。

(1)本件発明1及び2は、本件特許出願前に頒布された甲第1号証、甲第2号証又は甲第3号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に規定された発明に該当し、特許を受けることができない。
(2)本件発明1及び2は、甲第6〜12号証に係る、本件特許出願前に公然知られた織物と同一であるので、特許法第29条第1項第1号に規定された発明に該当し、特許を受けることができない。
(3)本件発明1及び2は、本件特許出願前に頒布された甲第1号証、甲第2号証又は甲第3号証に記載された発明、又は甲第6〜12号証に係る本件特許出願前に公然知られた発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
(4)本件発明3及び4は、本件特許出願前に頒布された甲第1号証、甲第2号証又は甲第3号証に記載された発明、又は甲6〜12に係る本件特許出願前に公然知られた発明に基づいて、慣用手段を適用して当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

2.被請求人の主張
被請求人は、乙第1号証(株式会社主婦の友社昭和43年1月5日発行の「主婦の友実用百科事典 第5巻 和裁 洋裁」258頁)、乙第2号証(婦人画報社1996年10月1日発行の「美しい着物」1996秋号72頁)、乙第3号証(婦人画報社昭和57年4月20日発行の「美しいキモノ・別冊愛蔵版No.9 古典柄の着こなし」(きもの文様選集)183頁)、乙第4号証(本件発明による生地サンプルの写真複写物)、乙第5号証(婦人画報社昭和54年10月1日発行の「美しいキモノ・別冊愛蔵版No.4 きものの着こなし事典」69頁)、乙第6号証(婦人画報社昭和60年12月25日発行の「美しいキモノ・別冊 おしゃれ読本5」71頁)、乙第7号証(婦人画報社昭和54年10月1日発行の「美しいキモノ・別冊愛蔵版No.4 きものの着こなし事典」78頁)、乙第8号(婦人画報社昭和59年5月1日発行の「美しいキモノ・別冊 おしゃれ読本 3」42頁)、乙第9号証(株式会社小学館昭和44年4月25日発行の「大日本百科事典 ジャポニカ」第8巻755頁)を提出し、
請求人の主張する理由及び提出された証拠によっては、本件発明1〜4に係る特許を無効とすることはできないと主張している。

IV.当審の判断
1.本件発明1〜4を特定する「図柄」の技術的意味
(1)甲第13号証(「広辞苑」第4版)によれば、1368頁の「図柄」の説明として、「(1)図案のがら。模様。」との記載があることが認められ、図柄とは、一般的に、図案のがらあるいは模様を意味するものであるとされている。
(2)本件明細書の【発明の詳細な説明】欄には、次の記載があることが認められる。
「【従来の技術】・・・
【0003】また、白生地のちりめんでは浸染や引染のような簡単な後染では図柄が目立たないということから、経糸あるいは緯糸の一部に防染糸を用い、後染の際に防染糸だけが染まらないことを利用して経糸による縞や緯糸による防染模様を得るようにしたものが特公平1-22394号に示されているように従来から提案されている。
【0004】【発明が解決しようとする課題】経糸と緯糸に全て生糸を用いて織り上げた白生地のちりめんは、浸染や引染のような簡単な後染の場合は図柄が引き立たない。また、後染で図柄が引き立つ織物としては、縫取ちりめん,金銀糸混入ちりめん,特公平1-22394号記載のような防染糸を用いた織物等がある・・・。
【0005】また、上記公報に示されたものでは、緯糸の一部に防染糸を用いることによって図柄表現が可能であるが、経糸の方に防染糸を用いても通常は経縞が得られるだけであって、美的深みに欠け、織物美として必ずしも満足のいくものが得られない。
また、緯糸の方の防染糸を多色にして色の表現力で柄表現を美的に向上させようとすると、重量の増大が避けられない。
【0006】本発明はこのような問題点ないしは課題を解決するためのものであって、完全経二重織としなくても図柄が引き立ち、重量制限内で緯糸による図柄表現の自由度が大きくて、かつ、経糸による図柄が後染によって一層引き立ち深みのある織物美を得ることのできる生地及びその製造方法を提供することを目的とする。」
(3)この記載によると、本件明細書では、従来技術に係る特公平1-22394号には、経糸の一部に防染糸を用い、後染の際に防染糸だけが染まらないことを利用して経糸による縞を得るようにしたものが示されているとし、このような縞を有する織物を図柄の引き立つ織物の一例として示している。そして、本件発明は、従来技術に存在していた問題点あるいは課題の解決を目的としたもので、図柄表現の自由度が大きく、図柄が一層引き立ち深みのある織物美を得ることのできる生地及びその製造方法を提供することを目的としており、この目的における図柄は前記従来技術に係る図柄と同じ意味で記載されていることは明らかであるから、結局、本件明細書において、本件発明における「図柄」とは、少なくとも、縞模様を包含する概念で用いられているものと理解することができる。してみると、本件明細書においても、本件発明における「図柄」を、前記(2)で説示したような一般的な意味、すなわち、図案のがらあるいは模様といった意味で使用されているものと認めらることができ、これを他の特別な意味を持つものとして使用していることを認めるべき理由も見いだせない。
したがって、本件発明における「図柄」に地紋である模様が含まれることは明らかであって、該「図柄」を地紋のみとは別の、地紋と重ねて完成されるものに限定して解する理由はない。
(4)もっとも、本件明細書の段落【0002】において、「地紋」と「図柄」とを「及び」の関係で結んだ記載がなされており、これを根拠として「地紋」と「図柄」とが別物であるとする解釈もあり得るのでこれについて検討するに、本件明細書の上記段落【0002】は、以下の記載である。
「【従来の技術】従来の所謂白生地は、経糸(たていと)と緯糸(よこいと)に全て生糸または生糸撚糸(生糸と生糸撚糸は精錬前のものであり、以下、これらを総称して生糸という)を用い紋織等によって地紋および図柄を表現した織物であり、製織時は白一色で、後染で染め上げて柄染または無地染の着物としている。ちりめん(縮緬)はそのような後染用生地の一つであって、緯糸に強撚糸を用い、あるいは甘撚糸と強撚糸を用い、製織後に精練を行う際の強撚糸の縮みによって独特の風合を作り出している。」
確かにこの記載中には、「地紋」と「図柄」とを「および」で結んだ表現があるが、一方の概念が他方の概念を包含したり、あるいは、重なる概念部分がある用語を併記する場合であっても、「および」の用語を用いて表現することも普通に行われていることである。そして、前記(3)における説示のように、本件明細書に「図柄」を図案のがらあるいは模様といった意味で使用していると解することのできる記載があることを考え合わせると、上記段落【0002】の記載から、図柄を、地紋のみとは別の、地紋と重ねて完成されるもの、すなわち、地紋を下の柄とし、それに織りにより上の柄(上紋)を重ねることにより構成されるものに限定して解することはできない。

2.甲第3号証による本件発明1の進歩性判断について
(1)甲第3号証には以下の記載のあることが認められる。
「二 縮緬の織成法
普通縮緬の組織は、平織であって、・・・。緯糸は、撚強き糸を使用し、織成後精錬によって著しく収縮する・・・。
縮緬、その他縮類は、一般に組織は単純な平織りであって、経糸は緯糸に比して、細きものを使用するのである。
縮緬は、これを分類するに、その変化の傾向は左の如くである。
A 原料によるもの
B 各種組織の応用になるもの
C 搦組織を応用したるもの
D 整理によるもの
A原料によるもの
使用する原料によるものは、これを単一な原料によるものと、各種原料の組合せによるものとの二つとなす事が出来る。第一の原料によるものは、普通は、生糸を経緯とするものであるが、観光縮緬(新縮緬)は、経糸に生糸、緯に瓦斯糸を用ひて織成したものである。半紡縮緬は、経に生糸、緯に紡績絹糸を織込んだものである。丸紡縮緬(全紡縮緬)は、経緯に紡績絹糸を使用したものである。
玉製縮緬は、経糸に生糸を用ひ、緯に玉糸を使用したもの、紬紡縮緬は、経に生糸、緯には紡績紬糸を使用したものである。紡経縮緬は、経に紡績絹糸、緯に絹糸、又は紬紡を使用したもの、鬼縮緬(鎖縮緬)は、緯に左右強撚を四-六本を交互にしたものである。壁縮緬は、緯に撚を加へ、更に一條の細糸を搦みたる壁撚糸を織ったものである。
・・・。
普通の経糸中に、特に太き糸を適宜の間隔に配置し、その糸は絹、綿又は金銀糸、山繭糸で、これが緯に強撚糸を織込みて縮緬地としたもの(登録第四八六七号)」(399頁3行〜402頁13行)
(2)この記載によると、「普通の経糸中に、特に太き糸を適宜の間隔に配置し、その糸は絹、綿又は金銀糸、山繭糸で、これが緯に強撚糸を織込みて縮緬地としたもの」(以下「引用ちりめん」と表記。)が公知のものとして存在していたことが認められる。そして、普通のちりめんは生糸を経糸及び緯糸に使用すること、また、普通のちりめんに対するものとして記載されているちりめん、具体的には観光縮緬、半紡縮緬、玉製縮緬や紬紡縮緬においても経糸に生糸を使用することが自然に認められるから、引用ちりめんにおける「普通の経糸」として生糸を、また、「強撚糸」として生糸撚糸を想定するのは自然のことと認められる。そして、前記説示のとおり、本件発明を特定する「図柄」とは、図案のがらや模様といった程度の意味であることと対比するに、引用ちりめんも、ちりめんとなすことにより、生地表に浮き出た、経糸である生糸及び金銀糸並びに緯糸である生糸の白による図柄を有していることは明らかである。
また、本件明細書の発明の詳細な説明【0014】の「なお、経糸wの数の1/2に用いた上記反応染黒糸等の染糸の代わりに、金銀糸,化合繊,箔(金箔,銀箔を巻いた糸)、防染糸等、後染で染のかかり難い糸を使用してもよい。」との記載からみて、引用ちりめんの金銀糸が色糸であることは明らかである。してみると、引用ちりめんは、経糸が生糸又は生糸撚糸と色糸又は黒糸とからなり、緯糸が強撚の生糸撚糸から又は甘撚の生糸撚糸と強撚の生糸撚糸からなり、生地表に前記経糸の色糸又は黒糸と生糸又は生糸撚糸及び前記緯糸の白による図柄が浮き出たちりめんと成したものということができ、本件発明1は、引用ちりめんと対比すると、更に、これを後染したものであって、経糸の色糸又は黒糸が該後染によっては染まり難いものである点において相違しているものと認められる。
しかしながら、本件出願前、ちりめんを含めた織物に染色技術を施すことは、周知慣用の技術であり、引用ちりめんに該染色技術を施すこと、すなわち後染することは容易になし得るものというべきである。そしてその際、該ちりめんにおける金銀糸である色糸が該染色技術の適用によって、それが持つ金属光沢等の装飾機能が損なわれないよう、該染色技術として金銀糸に染めが及ばないようなものを採用すること、すなわち、金銀糸を後染によっては染まり難いものとすることは容易になし得たものと認めるべきであり、当然、従前技術である引用ちりめんに基づき、本件発明1の構成とすべき技術的動機も充分にある。
したがって、本件発明1は、引用ちりめんから容易に想到することができたものというべきである。
(3)まとめ
したがって、本件発明1に係る発明は、甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反し、特許を受けることができない。

3.甲第6号証による本件発明1及び2の新規性判断について
(1)甲第6号証には見本布が示されており、この見本布は、その品名を袋意匠(正倉唐草華紋)とするもので、1990年(平成2年)5月10日に製造されたものと認めることができる。そして、甲第6号証に添付の平成2年6月7日付け仕入伝票である甲第6号証の1に記載の品名・規格の欄には、品番232に対応するものとして「紋意匠カラーシルク黒経入り10m正倉唐草華紋」との記載のあることが認められる。この甲第6号証の1の伝票は、足立織物株式会社が株式会社ワタマサから仕入れたものに関して、株式会社ワタマサが控えとして保管しているものと認められる。
この甲第6号証の1の記載によれば、甲第6号証添付に係る袋意匠(正倉唐草華紋)が、平成2年6月7日ころ、株式会社ワタマサから足立織物株式会社に販売されたものであり、そのころには公知の織物となっていたものと認めることができる。
(2)甲第6号証には、上記見本布の下に「記」として、
「1.製造年月日 1990年5月10日
1.品名 袋意匠(正倉唐草華紋)
2.用途 コート(羽尺)
3.原料及び織物の構成
タテ糸 生糸 31/2 駒 (黒経と白経と交互)
(反応染)
ヨコ糸
生糸 21/4 強撚片
21/6 駒
21/10諸
意見
〇見本、染色済 」
と記載されている。
この「3.原料及び織物の構成」に示されたタテ糸とヨコ糸(以下、「経糸」及び「緯糸」と表記する。)に関する記載からは、経糸として、太さ31の単糸を2本駒撚り(単糸に強撚をかけて引き揃えた後、下撚りと逆方向に強撚;*1)した生糸(白経)と、これを反応染で黒く染色した生糸(黒経)とを交互に並べたものが用いられ、緯糸として、太さ21の単糸を4本強撚片撚り(単糸を引き揃えて強撚;*2)した生糸と、太さ21の単糸を6本駒撚り(*1)した生糸と、太さ21の単糸を10本諸撚り(単糸に下撚りして引き揃えた後、下撚りと逆方向に加撚;*3)とからなる糸が用いられていることが理解できる(*1〜3については、繊維学会編「繊維便覧 加工編」,丸善株式会社,S44.5.30,p398-400 参照)。また、「見本、染色済」との記載は、上記の糸構成で製織された見本布を後染めしたことを示すものと解される。
そして、甲第6号証に示された見本布(以下、単に「引用布」という。)を観察すると、引用布は赤地に黒の図柄が浮き出た意匠を有しており、布の左右端面からは黒糸及び赤糸がはみ出しているが、上下端面からは赤糸のみのはみ出しが認められること、及び、布には赤地のみの領域が存在するところから、当該図柄の黒は経糸のみによるものであり、製織によりこの黒と、残余の経糸の白と緯糸の白による図柄を生地表に浮き出させ、これを赤く後染めすることによって上記のような意匠が形成されたものと自然に理解できるから、「記」の記載内容と見本布自体との間に、特に、齟齬するところはなく、「記」は見本布の技術内容を表したものと認められる。
(3)そこで、本件発明1及び2に係る生地と引用布とを、同号証の「記」の記載内容を参酌して対比する。
引用布において経糸として用いられる「白経」は、本件発明1及び2において経糸を構成する「生糸または生糸撚糸」に相当し、「黒経」は反応染めされたものであるから、本件発明1における「黒糸」、及び、本件発明2における「反応染の色糸」あるいは「黒糸」に相当する。引用布において緯糸として用いられる強撚片撚り生糸と駒撚り生糸はいずれも強撚されたものであるから本件発明1及び2における「強撚の生糸撚糸」に相当し、また、諸撚り生糸は通常の撚りをかけた糸であるから本件発明1及び2における「甘撚りの生糸撚糸」に相当するものであり、このように生糸の強撚糸を緯糸に用いていることから、引用布も本件発明1及び2と同様、シボ付き布即ち「ちりめん」の範疇に含まれる布であるといえる。
また、上記のように、引用布は製織により黒経の黒と、白経と緯糸の白による図柄を生地表に浮き出させ、これを赤く後染めしたものと解される。
そうすると、本件発明1と引用布とは、ともに、
「経糸が、生糸または生糸撚糸と黒糸とからなり、緯糸が、甘撚の生糸撚糸と強撚の生糸撚糸からなり、生地表に前記経糸の黒糸と生糸または生糸撚糸および前記緯糸の白による図柄が浮き出たちりめんを後染してなることを特徴とする生地」
であり、また、本件発明2と引用布とは、ともに、
「経糸が、生糸または生糸撚糸と反応染の色糸または黒糸とからなり、それら生糸または生糸撚糸と反応染の色糸または黒糸が交互に配置され、緯糸が甘撚の生糸撚糸と強撚の生糸撚糸からなり、生地表に前記経糸の反応染の色糸、または黒糸と生糸または生糸撚糸および前記緯糸の白による図柄が浮き出たちりめんを後染してなる生地」
であって、本件発明1及び2における図柄を、地紋のみとは別の、地紋と重ねて完成されるものに限定して解することはできないことは、前記1において判断したとおりであるから、本件発明1及び2と引用布とが、この点で相違するとすることはできない。
(4)まとめ
したがって、本件発明1及び2に係る発明は、甲第6号証に係る公然知られた発明と同一であるから、特許法第29条第1項第1号に規定された発明に該当し、特許を受けることができない。

4.甲第6号証による本件発明3の進歩性判断について
(1)本件発明3は、本件発明1と同様の、「経糸が、生糸または生糸撚糸と黒糸とからなり、緯糸が、甘撚の生糸撚糸と強撚の生糸撚糸からなり、生地表に前記経糸の黒糸と生糸または生糸撚糸および前記緯糸の白による図柄が浮き出たちりめんを後染してなる生地」を製造する方法に係るものであり、その方法は、
a.「生糸または生糸撚糸と黒糸を交互に配置」し、
b.「松葉刺しの方法により経糸の色糸または黒糸を生地表に出して該経糸の色糸又は黒糸と生糸または生糸撚糸および緯糸の白により図柄を表現」し、
c.「精錬してちりめん」とする工程を有するものである。
(2)そこで、これらの点についてみると、まずaについては、引用布においても同様の配置(黒経と白経とが交互配置)となっており、また、cについては、引用布のように緯糸に生糸の強撚糸を織り込んだ織物を精錬してちりめんとするのはごく普通のことにすぎない。
更に、bの点についてみると、松葉刺しの方法は、甲第4、5号証に示されているように、紋織機において効率的に模様を形成するための手法として周知の技術であって、甲第6号証に係る図柄を有する引用布について、当該周知技術の適用を妨げるべき理由はなく、該適用にあたって経糸中の特定の糸を生地表に出して図柄を表現することは意匠効果を勘案して適宜行うべき事項にすぎない。
そして、上記3.で判断したとおり、本件発明1の生地は甲第6号証に係る引用布の発明と同一であり、このような生地を製造するにあたり、b及びcの周知慣用技術を適用することは、当業者が容易に想到し得たものというべきである。
(3)まとめ
したがって、本件発明3に係る発明は、甲第6号証に係る公知の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反し、特許を受けることができない。

5.甲第6号証による本件発明4の進歩性判断について
(1)本件発明4は、本件発明2と同様の、「経糸が、生糸または生糸撚糸と反応染の色糸または黒糸とからなり、それら生糸または生糸撚糸と反応染の色糸または黒糸が交互に配置され、緯糸が、強撚の生糸撚糸から、または甘撚の生糸撚糸と強撚の生糸撚糸からなり、生地表に前記経糸の反応染の色糸、または黒糸と生糸または生糸撚糸および前記緯糸の白による図柄が浮き出たちりめんを後染してなる生地」を製造する方法に係るものであり、
d.「松葉刺しにより前記反応染の色糸または黒糸を生地表に出して該経糸の反応染の色糸または黒糸と生糸または生糸撚糸および前記緯糸の白により図柄を表現」し、
e.「精錬してちりめん」とするものである。
(2)上記4.(2)で述べたように、eの点については、引用布のように緯糸に生糸の強撚糸を織り込んだ織物を精錬してちりめんとするのはごく普通のことにすぎない。
また、dの点についてみると、松葉刺しの方法は、甲第4、5号証に示されているように、紋織機において効率的に模様を形成するための手法として周知の技術であって、甲第6号証に係る図柄を有する引用布について、当該周知技術の適用を妨げるべき理由はなく、該適用にあたって経糸中の特定の糸を生地表に出して図柄を表現することは意匠効果を勘案して適宜行うべき事項にすぎない。
そして、上記3.で判断したとおり、本件発明2の生地は甲第6号証に係る引用布の発明と同一であり、このような生地を製造するにあたり、d及びeの周知慣用技術を適用することは、当業者が容易に想到し得たものというべきである。
(3)まとめ
したがって、本件発明4に係る発明は、甲第6号証に係る公知の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反し、特許を受けることができない。

V.結 論
以上のとおり、本件発明1、3及び4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、また、本件発明1及び2に係る特許は、特許法第29条第1項第1号の規定に違反してされたものであるから、請求人が主張するその余の点について検討するまでもなく、同法第123条第1項の規定により、これを無効にすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2000-10-20 
結審通知日 2000-11-06 
審決日 2000-11-17 
出願番号 特願平7-248672
審決分類 P 1 112・ 121- Z (D03D)
P 1 112・ 111- Z (D03D)
最終処分 成立  
前審関与審査官 山崎 豊  
特許庁審判長 高梨 操
特許庁審判官 井出 隆一
石井 淑久
石井 克彦
須藤 康洋
登録日 1997-05-09 
登録番号 特許第2645645号(P2645645)
発明の名称 生地およびその製造方法  
代理人 進藤 純一  
代理人 吉崎 修司  
代理人 村田 紀子  
代理人 武石 靖彦  

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