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審決分類 |
審判 全部申し立て 2項進歩性 F16D |
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管理番号 | 1071896 |
異議申立番号 | 異議2002-71627 |
総通号数 | 39 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 1999-06-08 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2002-07-05 |
確定日 | 2003-01-20 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第3243438号「駆動力伝達装置」の請求項1ないし7に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第3243438号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。 |
理由 |
1.本件特許発明1ないし7 本件特許第3243438号(平成9年11月21日出願、平成13年10月19日設定登録。)の請求項1ないし7に係る特許発明(以下、「本件特許発明1」ないし「本件特許発明7」という。)は、特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし7に記載された事項により特定される次のとおりのものである。 「【請求項1】互いに同軸的かつ相対回転可能に位置する内外両回転部材間に配設された摩擦クラッチと、通電により作動して前記摩擦クラッチを摩擦係合させる電磁式の制御手段を備え、同制御手段を、前記外側回転部材の内側に位置して前記摩擦クラッチと対向するアーマチャと、前記外側回転部材の外側に位置して同外側回転部材の側壁を挟んで前記摩擦クラッチと対向する電磁石を備えた構成とし、同電磁石への通電により前記アーマチャを吸引して前記摩擦クラッチを摩擦係合し、同摩擦クラッチの摩擦係合力にて前記両回転部材をトルク伝達可能な連結状態とする駆動力伝達装置であって、前記電磁石への通電時に同電磁石と前記アーマチャ間に磁路を形成する磁路形成部材は前記外側回転部材と一体に回転するもので回転可能に支持される筒状の摺接部を備え、同磁路形成部材は低炭素の磁性材料にて構成されていて、前記摺接部は高硬度の表面を備えていることを特徴とする駆動力伝達装置。 【請求項2】請求項1に記載の駆動力伝達装置において、前記磁路形成部材は車体の一部に回転可能に支持されるもので、同磁路形成部材の摺接部は表面硬化処理により高硬度の表面に形成されていることを特徴とする駆動力伝達装置。 【請求項3】請求項2に記載の駆動力伝達装置において、前記磁路形成部材の摺接部に施される表面硬化処理は浸炭処理および焼入れ処理の両者であり、前記磁路形成部材の摺接部の表面のみを浸炭処理しかつ焼入れ処理して表面硬化されていることを特徴とする駆動力伝達装置。 【請求項4】請求項2に記載の駆動力伝達装置において、前記磁路形成部材の摺接部に施される表面硬化処理は浸炭処理および焼入れ処理の両者であり、前記磁路形成部材の表面全体を浸炭処理し、同磁路形成部材の摺接部を除く浸炭された表面部を切削し、非切削部を焼入れ処理して表面硬化されていることを特徴とする駆動力伝達装置。 【請求項5】請求項1,2,3または4に記載の駆動力伝達装置において、前記磁路形成部材は前記外側回転部材の側壁であることを特徴とする駆動力伝達装置。 【請求項6】請求項5に記載の駆動力伝達装置において、前記外側回転部材は非磁性材料からなる有底筒状のフロントハウジングと、同フロントハウジングの後端開口部に螺着されて同後端開口部を覆蓋する磁性材料からなるリヤハウジングとにより構成されて、同リヤハウジングが前記外側回転部材の側壁を形成していることを特徴とする駆動力伝達装置。 【請求項7】請求項1,2,3,4,5または6に記載の駆動力伝達装置において、前記両回転部材間に、摩擦係合によりこれら両回転部材間のトルク伝達を行うメインクラッチ機構と、通電により作動して摩擦係合する電磁式のパイロットクラッチ機構と、前記メインクラッチ機構と前記パイロットクラッチ機構間に位置し同パイロットクラッチ機構の摩擦係合力を前記メインクラッチ機構に対する押圧力に変換するカム機構を備え、前記パイロットクラッチ機構が前記摩擦クラッチと前記制御手段にて構成されていることを特徴とする駆動力伝達装置。」 2.特許異議の申立ての理由の概要 特許異議申立人森山泰行は、証拠方法として下記の甲第1号証ないし甲第11号証を提出するとともに、概略、「本件発明1ないし本件発明5は甲第1号証ないし甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明6は甲第1号証ないし甲第7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明7は甲第1号証ないし甲第8号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、いずれも特許法第29条第2項の規定に該当するので、本件発明1ないし本件発明7についての特許は、同法第113条2号の規定により取り消されるべきである。」旨主張している。 〈証拠方法〉 甲第1号証;特開昭64-6525号公報 甲第2号証;実願平3-1676号(実開平4-99433号)のマイクロフィルム 甲第3号証;「日経メカニカルNIKKEI MECHANICAL1992.11-30」(日経BP社、1992年11月30日発行、第72頁〜第79頁) 甲第4号証;和田稲苗外6名著「機械要素設計」(実教出版株式会社、1992年9月25日第10刷発行、第145頁〜149頁) 甲第5号証;社団法人金属表面技術協会編「金属表面技術便覧」(日刊工業新聞社、昭和45年2月28日6版発行、第1247頁〜第1248頁、第1253頁〜第1267頁) 甲第6号証;特開平2-209628号公報 甲第7号証;特公昭52-20626号公報 甲第8号証;実願平5-44966号(実開平7-14229号)のCD-ROM 甲第9号証;実願平5-73313号(実開平7-41074号)のCD-ROM 甲第10号証;久松潜一・佐藤謙三編「角川国語辞典」(株式会社角川書店、昭和52年1月20日164版発行、第123頁、第523頁) 甲第11号証;社団法人日本機械学会著「機械工学便覧」(社団法人日本機械学会、1991年9月30日発行、B4-63) 3.甲第1号証ないし甲第11号証の記載事項 甲第1号証(特開昭64-6525号公報)には、湿式多板クラッチ装置に関して、下記の事項ア、イが図面とともに記載されている。 ア;「以下図示実施例について本発明を説明する。第1図は本発明をカークーラ用コンプレッサのクラッチ機構に適用した実施例である。ハウジング11には、コンプレッサに連なる被動軸12が回転自在に支持されており、この被動軸12の端部にホブ13がキー結合されて一体に結合されている。 他方ハウジング11には、軸受14を介して、被動軸12の外周部に位置するプーリ15が回転自在に支持されている。このプーリ15とホブ13の間には、オイルシール16が設けられている。 プーリ15には、固定ねじ18を介してカバー20が固定されており、このカバー20と、プーリ15と、上記ホブ13とでオイル室21が形成されている。カバー20には、このオイル室21の密閉栓19が着脱可能に設けられている。 以上の構成から明らかなように、プーリ15およびカバー20は原動側部材を構成し、被動軸12およびホブ13は被動側部材を構成する。そしてこの原動側と被動側の部材に、オイル室21内に位置する湿式クラッチ装置が設けられている。 すなわちプーリ15には、そのカバー20側の端部内周に複数の軸方向溝22が形成され、この軸方向溝22に環状の原動側クラッチ板23が軸方向移動可能に支持されている。この原動側クラッチ板23は、回転方向にはプーリ15と一体に回転する。他方ホブ13には、そのカバー20側の端部外周に、同様に複数の軸方向溝24が形成されていて、この軸方向溝24に環状の従動側クラッチ板25が軸方向移動可能に支持されている。この従動側クラッチ板25は、回転方向にはホブ13と一体に回転する。ホブ13は、従動側クラッチ板の保持部材である。 そしてこれらの原動側クラッチ板23と従動側クラッチ板25は、交互に重ねられ、その外端部に、軸方向溝24に移動可能に支持されたアマチュア26が位置している。27は、アマチュア26の抜け止めリングである。 プーリ15には、これら原動側クラッチ板23、従動側クラッチ板25、およびアマチュア26の周方向位置に合致させて、ハウジング11側が開放された環状溝28が形成されており、この環状溝28内に、ハウジング11にブラケット29を介して固定したコイル30が位置している。プーリ15には、このコイル30による磁束が原動側クラッチ板23、従動側クラッチ板25を経てアマチュア26に至るように、磁路形成孔31が穿けられている。この磁路形成孔31は、非磁性体からなる封止材32によって閉塞され、オイル室21の密閉性を確保している。なおクラッチ板23および25にも、磁路形成孔31と位置の合致する磁路形成孔23a、25aは穿けられている。」(第2頁右上欄2行〜右下欄16行) イ;「さらに第4図は、シール位置を異ならせた本発明の別の実施例を示す。カークーラ用コンプレッサは一般に、被動軸12とハウジング11との間にシール手段35を持つ場合が多い。よってこの場合には、プーリ15とホブ13の間をシールするオイルシール36を軸受14の内側に設けることができる。第一、第二の実施例では、オイルシール16が軸受14の外側に設けられていた。そしてこの位置にオイルシール36を設ければ、オイル室21内に封入したオイルによって軸受14の潤滑を行なうことができるという利点が得られる。」(第3頁4行〜15行) 甲第2号証(実願平3-1676号(実開平4-99433号)のマイクロフィルム)には、電磁クラッチに関して、下記の事項ウ、エが図面とともに記載されている。 ウ;「図1に示すように、トランスファケース1の内部には回転ケース3が右端をベアリング5により、左端を他のベアリングにより支承されている。」(段落【0012】) エ;「エンジンからの駆動力はインターナルギヤ11から各ピニオンギヤを介して左のピニオンキャリヤ19とサンギヤ13とに分割され、ピニオンキャリヤ19からフロントデフを介して左右の前輪を駆動し、サンギヤ13からリヤデフを介して左右の後輪を駆動する。・・・中略・・・ サンギヤ13のハブ25の外周にはクラッチリング35がスプライン連結されており、右のピニオンキャリヤ21に一体に設けられたクラッチドラム37とリング35との間には多板クラッチ39(クラッチ)が設けられている。この多板クラッチ39が締結されるとピニオンキャリヤ19,21とサンギヤ13との差動回転が制動され、前輪と後輪との差動制限が行われる。 多板クラッチ39の左側にはリング状のアーマチャ41が軸方向移動自在に配置されている。又、回転ケース3の右方ではリング状の電磁石43がトランスファケース1に圧入されて固定されている。電磁石43はコイル45とヨーク47とからなり、アーマチャ41を吸引して多板クラッチ39を締結させる。コイル電流は路面条件や操舵条件などに応じて自動又は手動で制御され、多板クラッチ39の締結力(差動制限力)の制御が行われる。 回転ケース3の凸部49,51とヨーク47との間にはエアギャップ53,55が形成され、磁力線57で示したように電磁石43の磁気回路はこれらのエアギャップ53,55を通って形成される。回転ケース3の右側壁には磁束の短絡を防ぐために非磁性体のリング59が埋め込まれている。 ヨーク47と回転ケース3の円筒部27及び凸部49の間にはそれぞれシール61,63が配置されトランスファケース1内のギヤ噛合い部や摺動部などから発生する異物がエアギャップ53,55へ侵入するのを防止している。シール61,63は支持部材65,67とシール部69,71とリング状のバネ73,75とからなり、バネ73,75は永久磁石で作られている。従って、異物中の鉄粉は各バネ73,75に吸着されシール61,63の摺動面には至らないから摺動面に傷が付かない。」(段落【0015】〜【0019】) 甲第3号証(「日経メカニカルNIKKEI MECHANICAL1992.11-30」(日経BP社、1992年11月30日発行、第72頁〜第79頁))には、トルク増幅機構に関して、下記の事項オ、カが図面とともに記載されている。 オ;「実際のEMCDの構造と作動 リヤデフ用として設計したEMCD(図6)を例にして具体的構造について説明する。 電磁石(1)は,ブラシを不要として信頼性を確保するために,回転しない構造とした。このため,電磁石はデフケースにボールベアリング(2)を介して取り付けた。 デフケース(3)の電磁石と隣接する部分は,低炭素鋼と非磁性体のステンレス鋼を組み合わせて磁路を形成してある(図7)。 デフケースの中央部には差動装置を組み込んである。 ・・・中略・・・ 差動部分は,インターナルギア(ケース)が入力,プラネタリキャリア(4)およびサンギア(5)が出力軸になっている。出力軸からドライブシャフトを通して左右のホイールを駆動する。 プラネタリギヤ-セットの左側に,メインクラッチ(6)を組み込み,前記のように出力軸同士を結合して差動制限トルクを出す構成だ。 電磁コイルに電流を流すと吸引力が働き,パイロットクラッチ(7)が作動する(図8)。パイロットクラッチが内蔵されたハブと入力軸を結合する。カムのもう一方はボール(8)を介して,プラネタリキャリアとつながっている。 左右輪に回転差があってデフが作動していると,入力軸とプラネタリキャリアに回転差が生まれるのでカムが作動して,カムスラスト力を発生する。このスラスト力が,プラネタリキャリアを介してメインクラッチを押し付ける。 メインクラッチは前記したように,出力軸同士(プラネタリキャリアとサンギアの間)を結合しているので,この押し付け力に応じた差動制限トルクを生み出す。」(第77頁左欄7行〜第78頁右欄14行) カ;「EMCDは当初,図6のようなデフの差動制限装置として開発した。しかしこの機構を応用すると,小型で大容量の電磁クラッチとしても使用できる(図11)。この例では,駆動系の中にパイロットクラッチとメインクラッチの組み合わせを直列に組み込んで,電流で伝達トルクを制御している。」(第79頁左欄21行〜右欄2行) 甲第4号証(和田稲苗外6名著「機械要素設計」(実教出版株式会社、1992年9月25日第10刷発行、第145頁〜149頁)には、オイルシールに関して、下記の事項キが図面とともに記載されている。 キ;「図3・58にオイルシールの使用例を示す.使用上の注意としては,オイルシールの向きを間違えないこと,リップよりも軸のほうが摩耗しやすいので軸は原則として炭素鋼や合金鋼を熱処理して硬くして用いること,寿命の観点からリップと軸の間には必ず潤滑油などの密封流体があるようにすることなどである.」(第149頁2行〜6行) 甲第5号証(社団法人金属表面技術協会編「金属表面技術便覧」(日刊工業新聞社、昭和45年2月28日6版発行、第1247頁〜第1248頁、第1253頁〜第1267頁))には、鋼の表面硬化法に関して、下記の事項ク〜コが記載されている。 ク;「表面硬化法(・・・)とは,その熱処理法の一環であって,普通焼入レ,焼モドシなどの単なる熱処理操作と異なり,被処理鋼の表面層のみをなんらかの方法で硬化し,その内部はジン性のまま保持する方法である.したがって,多くの場合表面硬化用素材には低炭素鋼または低炭素合金鋼が用いられるため,部品成形の際における切削性が良好であって,量産化が容易であるということができる. 表面硬化処理が,望まれる応用例を示してみると,たとえば自動車部品,自転車,ミシンその他一般機械部品など広範囲にわたるものがあり,いずれもその表面層のみを強化して耐摩耗性とし,内部はジン性を保持せしめることが要求される部品に施されている.」(第1247頁7行〜14行) ケ;「浸炭を部品の一部にのみ行なう場合がよくある.このとき浸炭不要部に余肉をつけて,全面浸炭後削り取ることもあるが,切削がかなり困難である.」(第1259頁22行〜23行) コ;「浸炭後の熱処理は鋼の種類および使用目的により多少異なる.ハダ焼鋼の焼入レは普通2回行なう.すなわち一次焼入レによって浸炭の際粗大化した心部の組織を微細化し,二次焼入レにより浸炭層を硬化すると同時に微細化する.」(第1264頁6行〜8行) 甲第6号証(特開平2-209628号公報)には、動力伝達機構に関して、下記の事項サ、シが図面とともに記載されている。 サ;「しかして、動力伝達機構10はアウタケース11およびインナシャフト12からなる環状の作動室内に作動力発生手段10aおよび摩擦係合力発生手段10bを備えている。 アウターケース11は所定長さの筒部11aの一端に内向フランジ部11bを備えてなり、筒部11aの他端が開口していて他端側内周にネジ部11cが形成されている。インナシャフト12は所定長さの段付きの筒部12aの中間部外周に外向フランジ部12bを備えてなり、フランジ部12bの外周には軸方向へ延びる外スプライン部12cが形成され、かつ筒部12aの一端側内周には軸方向へ延びる内スプライン部12dが形成されている。かかるインナシャフト12においては、その筒部12aの一端がアウタケース11の内向フランジ部11bの内孔内に液密的かつ回転可能に嵌合されていて、筒部12aの他端側外周に組付けた後述の作動力発生手段10aの構成部材を介してアウタケース11に回転可能に支持されている。インナシャフト12はその内スプライン部12dにて第2プロペラシャフト26の先端部のスプライン26aに嵌合して固定され、かつアウタケース11は第1プロペラシャフト25の後端に固定されている。 作動力発生手段10aは作動ピストン13、ロータ14およびリテーナ15からなり、かつ摩擦係合力発生手段10bは湿式多板クラッチ式のもので、多数のクラッチプレート16およびクラッチディスク17とからなる。各クラッチプレート16はその外周のスプライン部をアウタケース11の内周に設けた内スプライン部11dに嵌合されて、同ケース11に一体回転可能かつ軸方向へ移動可能に組付けられている。各クラッチディスク17はその内周のスプライン部をインナシャフト12の外スプライン部12cに嵌合されて各クラッチプレート17間に位置し、同シャフト12に一体回転可能かつ軸方向へ移動可能に組付けられている。これらのクラッチプレート16およびクラッチディスク17の収容室R1にはクラッチ用オイルと気体とが所定量封入されている。」(第3頁右下欄20行〜第4頁右上欄19行) シ;「しかして、当該動力伝達機構10Bにおいてはアウタケース11のネジ部11eが軸方向に長く形成さていて、同ネジ部11eの一端側に第2リテーナ19が螺着されている。第2リテーナ19はリテーナ15に対してロックナットとして機能し、リテーナ15のアウタケース11に対する弛みを強固に強制する。」(第6頁左上欄16行〜右上欄2行) 甲第7号証(特公昭52-20626号公報)には、デイスクパック型のクラッチに関して、下記の事項ス〜ツが図面とともに記載されている。 ス;「この発明のクラッチ10は、ハウジング12と、軸14の形の入力部材と、出力部材16とを備えている。トルクは、電磁アクチュエータすなわちパイロットクラッチ20を作動するとき、入力軸14からデイスクパック組立体18を介して出力部材16へ伝達される。・・・略・・・ 中空円筒ボス24は、軸14とともに回転するようにその軸を包囲して26でキー止めされている。第1図および第2図に例示するように、ボス24の右端には直径が大きくなった部分28が形成され、その周辺に複数のスプライン30がある。デイスクパック組立体18は、スプライン30と噛み合うスプライン34が内周に形成された複数の環状駆動デイスク32を備えている。各環状デイスク32間に環状被動デイスク36が介在している。」(第2頁3欄21行〜38行) セ;「電磁パイロットクラッチ20は環状コイル54を備え、そのコイルは、複数巻回の導電線であり、その線を通って直流が選択的に流れ磁界を生ずる。コイル54はボビン56の周囲に巻かれ、かつ電流は適当な導線(図示していない)を介して供給される。ボビン56は溝型断面形状を有する環状のコイル箱58に取りつけられ、その箱は軸受60に取りつけられている。軸受60の左方への動きは保持リング62によって阻止されている。半径方向に離れている突出部を有するコイル箱58に磁極片補助組立体63が配置され、その補助組立体にはスペーサリング70により半径方向に離れて設けられた外側磁極片66と内側磁極片68があり、更に環状摩擦面72の余地を設けている。その磁極片補助組立体は軸受74によって、ボス24上に自由に回転するよう取りつけられている。スラストワッシャ76は軸受60と軸受74との間に介在している。第1図に例示されているように、磁極片補助組立体の右方への動きは保持リング78によって制限されている。パイロットクラッチ組立体20は、頭付ねじ(図示していない)によって力増幅装置22へゆるく固定された環状接極子80を備えている。」(第2頁4欄20行〜42行) ソ;「力増幅機構22は、更に、支持リング82より小さくかつ内周がボス部分28のスプライン30から離れている環状支持リング84を有している。リング82,84はキャリヤ83を形成する。そのキャリヤ83のリング82と84との間には複数の円周方向に隔てられたボールねじユニット85が配置されている。」(第3頁5欄8行〜14行) タ;「コイル54が励磁されると、磁極片補助組立体63は、第1図に例示されている外れた位置から、第2図に例示されている係合された位置へ軸方向右方へ動く。接極子80と磁極片組立体63とが係合すると、接極子80とキャリヤ83との間が接続しているため、力増幅機構とボス24との間に相対回転が起る。キャリヤ83は、実際に制動され、ボス24は回転し続ける参この回転が起るとナット92はスプライン30上を進むとともに、もちろん、ナット32とねじ88との間で相対回転が生じ、かつナット92が右方に動いて支持リング84、スラスト軸受112および圧力リング48を介してデイスクパック組立体18上に軸方向圧力を加える。この圧力が加わると、トルクは、軸14からデイスクパック組立体18を介して出力部材16へ伝達される。 コイル箱58、外側磁極片66、内側磁極片68および接極子80は磁気回路を構成し、かつ高透磁率の材料から作られている。磁気回路の1部を形成しないが、それに近接している軸受60,74と他の全部品は、望ましくは、磁束の漏洩を最小にする低透磁率の材料から形成されている。」(第3頁5欄43行〜6欄20行) チ;「力増幅機構22が作用するためには、接極子80と磁極片補助組立体63との間に積極的抵抗トルクが存在しなければならない。この目的のため、磁極片組立体が円周方向に隔てられているねじ114aによって固定されるハウジング12には、第1図および第2図に例示されるようにその右端で、複数の周辺に離れている溝穴があり、それらの溝穴は複数の周辺に離れているフィンガを画定する。」(第3頁6欄31行〜39行) ツ;「この実施例において、クラッチ部品は磁気インゴット鉄から作られ、回路以外の部品は真鍮から作られた。」(第4頁8欄28行〜30行) 甲第8号証(実願平5-44966号(実開平7-14229号)のCD-ROM)には、電磁クラッチに関して、下記の事項テが図面とともに記載されている。 テ;「図1のように、断続装置19は固定ケース31に収納され、固定ケース31はリヤデフ21を収納するデフキャリヤ33の前端に固定されている。固定ケース31の内部には回転ケース35が配置されており、回転ケース35は連結軸37と一体に溶接されている。連結軸37は固定ケース31の前部側壁39を貫通しベアリング41を介して支承されており、プロペラシャフト17側に連結されている。エンジン1の駆動力はトランスミッション3とフロントデフ5のデフケース43とプロペラシャフト17とを介して回転ケース35を回転駆動する。 回転ケース35の後部には後部側壁部材45が円筒部47(径方向部分)にスプライン連結され、止め輪49で位置決めされている。又、回転ケース35の内部にはハブ51が配置されており、後端部を側壁部材45の軸支部53に支承され、前端部をブッシュ55を介してボス部57に支承されている。ハブ51はドライブピニオンシャフト59にスプライン連結されている。・・・中略・・・ 回転ケース35とハブ51との間には多板式のメインクラッチ67が配置されており、その前側には押圧部材69が配置され、ハブ51にスプライン連結されている。押圧部材69の前側にはカムリング71が配置され、これらの間にはボールカム73が設けられている。回転ケース35の前部側壁75とカムリング71との間にはボールカム73のカム反力を受けるベアリング77とワッシャ79とが配置されている。又、カムリング71と回転ケース35との間には多板式のパイロットクラッチ81(摩擦クラッチ)が配置され、その後側にはアーマチャ83が配置され、止め輪85で位置決めされている。 ボス部57にはベアリング87,87を介してリング状の電磁石89が支承されている。電磁石89には回り止め部材91(保持部材)が溶接されており、回り止め部材91は図2に示すように固定ケース31の凹部93に係合して電磁石89の回り止めをしている。前部側壁75には電磁石89の磁束の短絡を防いでアーマチャ83へ導くステンレス鋼のリング95が配置されている。 電磁石89がアーマチャ83を吸引するとパイロットクラッチ81が締結されてエンジン1の駆動力がボールカム73に掛り、カムスラスト力により押圧部材69を介してメインクラッチ67が押圧されて締結し、断続装置19は連結される。エンジン1の駆動力は両クラッチ67,81を介して後輪側に伝達され、車両は4輪駆動状態になる。・・・中略・・・」(段落【0012】〜【0016】) 甲第9号証(実願平5-73313号(実開平7-41074号)のCD-ROM)には、電磁スプリングクラッチに関して下記の事項トが図面とともに記載されている。 ト;「さらに詳述すると、出力軸2は、樹脂、銅合金、アルミ合金、オーステナイト系ステンレス鋼等の非磁性材料で作られており、また軽量化や電磁スプリングクラッチを取り付ける軸(不図示)にセットし易くするためにパイプ状に形成している。・・・中略・・・」(段落【0016】) 甲第10号証(久松潜一・佐藤謙三編「角川国語辞典」(株式会社角川書店、昭和52年1月20日164版発行、第123頁、第523頁)には、黄銅と真鍮の用語の意味が記載されている。 甲第11号証(社団法人日本機械学会著「機械工学便覧」(社団法人日本機械学会、1991年9月30日発行、B4-63))には、非鉄金属材料としての銅およびその合金の種類について記載されている。 4.特許異議の申立てについての当審の判断 【本件特許発明1について】 甲第1号証に記載された上記記載事項ア、イからみて、甲第1号証に記載された発明の「原動側クラッチ板23及び従動側クラッチ板25」、「カバー20」、「アマチュア26」、「コイル30」及び「クラッチ装置」は、夫々、本件特許発明1の「摩擦クラッチ」、「外側回転体」、「アーマチャ」、「電磁石」及び「動力伝達装置」に相当し、刊行物1に記載された発明のクラッチ装置にもコイル30を通電制御してアマチュア26を作動するための制御装置が備えられていることは自明の事項であり、さらに、固定部材側をオイルシールの支持部とし、回転部材側をオイルシールとの摺接部とすることは、クラッチ装置において本件の出願前普通に採用されている技術事項(例えば、甲第2号証の記載事項エ参照)にすぎないものであるから、本件特許発明1の用語を使用して本件特許発明1と甲第1号証に記載された発明とを対比すると、両者は、「互いに同軸的かつ相対回転可能に位置する内外両回転部材間に配設された摩擦クラッチと、通電により作動して前記摩擦クラッチを摩擦係合させる電磁式の制御手段を備え、同制御手段を、前記外側回転部材の内側に位置して前記摩擦クラッチと対向するアーマチャと、前記外側回転部材の外側に位置して同外側回転部材の側壁を挟んで前記摩擦クラッチと対向する電磁石を備えた構成とし、同電磁石への通電により前記アーマチャを吸引して前記摩擦クラッチを摩擦係合し、同摩擦クラッチの摩擦係合力にて前記両回転部材をトルク伝達可能な連結状態とする駆動力伝達装置であって、前記電磁石への通電時に同電磁石と前記アーマチャ間に磁路を形成する磁路形成部材は前記外側回転部材と一体に回転するもので回転可能に支持される筒状の摺接部を備えた駆動力伝達装置。」で一致しており、下記の点で相違している。 相違点;本件特許発明1では、磁路形成部材は低炭素の磁性材料にて構成されていて、筒状の摺接部は高硬度の表面を備えているものであるのに対して、甲第1号証に記載された発明では、磁路形成部材は磁性材料で構成されるものではあるが、低炭素の磁性材料であるかどうかは不明であり、さらに摺接部には高硬度の表面を備えていない点。 上記相違点につて検討するに、磁性材料として、低炭素の磁性材料(例えば、低炭素鋼)を採用することは、甲第3号証にも記載(記載事項オ)されているように、本願出願前普通に採用されているものであるから、磁性材料として低炭素の材料を使用することは、当業者が適宜採用することができる事項にすぎないものと認める。 しかしながら、磁性材料に低炭素鋼等を使用した場合に、本件特許発明1のよう表面を高硬度のものにする処理を施した場合には、低保磁力性を損なうものとなることから、クラッチ装置の低保磁力の磁性材料部材に低保磁力を損なうような表面の硬化処理を施すことは本件出願前当業者において知られていた事項とは認めることができない。 ところで、特許異議申立人は、甲第4号証及び甲第5号証を提示して摺接部に表面硬化処理を施すことは本件の出願前に知られていた事項であるから本件特許発明1のように摺接部に高硬度の表面を備えることは容易である旨主張しているが、甲第4号証及び甲第5号証に記載された事項は、低保磁力を保持する必要のある磁性材料についてのものではなく、一般的な機械要素部材(軸等)の摺接部の表面硬化処理を記載したにすぎないものであって、当業者であれば、通常、本件特許発明1のような低保磁力を保持する必要のある磁性材料に対しては、甲第4号証及び甲第5号証に記載されたような低保磁力を損なう高硬度の表面処理を施すことを採用することはしないものと認められる。 そして、提出された甲第1号証ないし甲第11号証の記載を総合したとしても、低保磁力を保持する必要のある部材に高硬度の表面を備えるような処理を施すことについては、記載されておらず、示唆する事項も認めることができない。 そうすると、本件特許発明1の上記相違点については、当業者が想到するための契機がないものであるから、当業者が容易に想到することができたものとは認めることができない。 そして、本件特許発明1は、上記相違点に係る技術事項によって、低炭素鋼の低保磁力性を損なうことなく耐熱性、耐摩耗性、耐食性を要求される摺接部の表面硬度のみを高めるという格別な作用効果を奏するものと認める。 よって、本件特許発明1は、甲第1号証ないし甲第11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認めることができない。 【本件特許発明2ないし7について】 本件特許発明2ないし7は、本件特許発明1の技術事項を引用するとともにさらに構成を限定したものである。 そして、本件特許発明1が甲第1号証ないし甲第11号証に記載された発明から容易に発明をすることができないことは上記【本件特許発明1について】の項で判断したとおりである。 よって、本件特許発明2ないし7も、同様の理由により甲第1号証ないし甲第11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認めることができない。 5.むすび 以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、本件特許発明1ないし7の特許を取り消すことができない。 また、他に本件特許発明1ないし7の特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2002-12-27 |
出願番号 | 特願平9-321519 |
審決分類 |
P
1
651・
121-
Y
(F16D)
|
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 原 泰造 |
特許庁審判長 |
村本 佳史 |
特許庁審判官 |
前田 幸雄 常盤 務 |
登録日 | 2001-10-19 |
登録番号 | 特許第3243438号(P3243438) |
権利者 | トヨタ自動車株式会社 豊田工機株式会社 |
発明の名称 | 駆動力伝達装置 |
代理人 | 大槻 清壽 |
代理人 | 長谷 照一 |
代理人 | 長谷 照一 |