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審決分類 審判 査定不服 特36 条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1074655
審判番号 不服2001-15143  
総通号数 41 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2000-01-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2001-08-27 
確定日 2003-04-09 
事件の表示 平成11年特許願第160290号「ファクターVIIIC組成物」拒絶査定に対する審判事件[平成12年 1月25日出願公開、特開2000- 23670]について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
【1】手続の経緯

本願は、カイロン コーポレーションにより昭和60年1月11日付で特許出願(優先権主張1984年1月12日、US)された特願昭60-2269号をもとの出願として特許法第44条第1項の規定により分割出願された特願平5-92775号、をもとの出願としてさらに分割出願されたものであり、平成13年5月24日付の拒絶査定に対して同年8月27日付で審判請求されたものである。


【2】特許請求の範囲の記載

上記審判請求時に提出された手続補正書の特許請求の範囲には、独立請求項として、第1,9,21,38,49項に、以下のとおり記載されている(以下、一応各々を第1〜5発明という)。

「 1. アミノ酸配列PHE-GLN-LYS-LYS-THR-ARG-HIS-TYR-PHE-ILE-ALA
-ALA-VAL-GLU-ARG-LEU-TRP-ASP-TYR-GLY-METをコードするヌクレオチド配列、またはこれと相補的なヌクレオチド配列を含む、精製された核酸分子であって、該核酸分子が、全長のヒトファクターVIII:Cも、1もしくはそれ以上のアミノ酸の置換、付加、および/または欠失により作製されるその機能的に等価な改変体もコードしない、核酸分子。

9. アミノ酸配列PHE-GLN-LYS-LYS-THR-ARG-HIS-TYR-PHE-ILE-ALA
-ALA-VAL-GLU-ARG-LEU-TRP-ASP-TYR-GLY-METをコードするヌクレオチド配列、またはこれと相補的なヌクレオチド配列を含む精製された核酸分子を含むベクターであって、該核酸分子が、全長のヒトファクターVIII:Cも、1もしくはそれ以上のアミノ酸の置換、付加、および/または欠失により作製されるその機能的に等価な改変体もコードしない、ベクター。

21.アミノ酸配列PHE-GLN-LYS-LYS-THR-ARG-HIS-TYR-PHE-ILE-ALA
-ALA-VAL-GLU-ARG-LEU-TRP-ASP-TYR-GLY-METをコードするヌクレオチド配列、またはこれと相補的なヌクレオチド配列を含む精製された核酸分子を、宿主細胞に導入して組換え宿主細胞を提供し、そして該宿主細胞を増殖することにより調製される、宿主細胞組成物であって、該核酸分子が、全長のヒトファクターVIII:Cも、1もしくはそれ以上のアミノ酸の置換、付加、および/または欠失により作製されるその機能的に等価な改変体もコードしない、宿主細胞組成物。

38. 組換えベクターを調製する方法であって、以下の工程:
(a)アミノ酸配列ARG-HIS-TYR-PHE-ILE-ALA-ALA-VAL-GLU-ARG-LEU-TRP-ASP-TYR-GLY-METをコードするヌクレオチド配列、またはこれと相補的なヌクレオチド配列を含む核酸分子を提供する工程であって、該核酸分子が、全長のヒトファクターVIII:Cも、1もしくはそれ以上のアミノ酸の置換、付加、および/または欠失により作製されるその機能的に等価な改変体もコードしない、工程;
(b)ベクターを提供する工程;
(c)該核酸分子を該ベクターに挿入して、該組換えベクターを提供する工程
、を包含する、方法。

49. アミノ酸配列PHE-GLN-LYS-LYS-THR-ARG-HIS-TYR-PHE-ILE-ALA
-ALA-VAL-GLU-ARG-LEU-TRP-ASP-TYR-GLY-METを含むポリぺプチドを産生するための方法であって、該方法が、該アミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列を含む精製された核酸分子を宿主細胞に導入する工程を包含し、該核酸分子が、全長のヒトファクターVIII:Cも、1もしくはそれ以上のアミノ酸の置換、付加、および/または欠失により作製されるその機能的に等価な改変体もコードしない、方法。 」


また、ここで、第1〜3発明、第5発明で規定されるアミノ酸配列

PHE-GLN-LYS-LYS-THR-ARG-HIS-TYR-PHE-ILE-ALA-ALA-VAL-GLU-ARG-LEU-TRP-ASP-TYR-GLY-MET

を以下「配列1」、第4発明で規定されるアミノ酸配列

ARG-HIS-TYR-PHE-ILE-ALA-ALA-VAL-GLU-ARG-LEU-TRP-ASP-TYR-GLY-MET

を以下「配列2」という。


【3】原査定の内容

一方、原査定の拒絶の理由の概要は、各請求項に記載されたアミノ酸配列をコードする核酸の用途が不明であって、当業者が使用することができないものであるから、特許法第36条第3項に規定される実施可能要件を満たさない、というものである。


【4】当審の判断

[1]第1発明について

1.本願明細書の記載について

[1-A] 請求項の規定

第1発明に係る核酸分子は、その請求項の記載から明らかなように、
・配列1に規定されるアミノ酸配列をコードする縮重オリゴヌクレオチド
またはその相補物を含むものであること、
かつ、
・全長のヒトファクターVIII:Cも、1もしくはそれ以上のアミノ酸の置換
、付加、および/または欠失により作製されるその機能的に等価な改変体
もコードしないものであること、
が規定されているのみであって、例えば、一定の機能を有する特定のタンパク質の全長をコードする旨規定されているわけでもなく、当該特定のタンパク質の一部であることすら規定されているわけでもない。さらに、同核酸分子が例えばプローブとしての用途のものである旨限定されているわけでもなく、勿論、ハイブリダイゼーションによるスクリーニング対象となる特定の遺伝子について限定されているわけでもない。
しかも、同核酸分子においては、その塩基長や、上記以外の特定の機能・作用、用途等といった点についても何等規定されていない。
よって、第1発明に係る核酸分子としては、全体の塩基配列や長さ・用途等が異なる非常に多くの種類のヌクレオチドがこれに該当するものと認められる。

[1-B]発明の詳細な説明の開示

(1) 一方、発明の詳細な説明において、配列1をコードするヌクレオチド配列含有フラグメントとして、

・【0113】でクローニングしたとされるゲノムクローン23D(配
列表Aのゲノムフラグメント)・同クローン11、及びそのいずれか
由来の4.4kdEcoRI断片
・配列表B、及び、同配列表BのcDNAフラグメントの配列決定に用
いられた【0119】〜【0123】記載のクローンC2・クローン
2-11

のみについては一応具体的な例示があり、当該フラグメントをヒトファクターVIII:Cの全長をコードする遺伝子をクローニングするためのプローブとして採用することが記載されているものの、結局、ヒトファクターVIII:Cの全長の遺伝子が実際にクローニングされたことを裏付ける記載は、明細書中のいずれの箇所にも見出すことはできない。また勿論、上記の具体的なフラグメント自体が、「全長のヒトファクターVIII:C」もしくは「その機能的に等価な改変体」をコードするものである旨、明細書中で確認されているわけでもない。
してみれば、本願明細書の記載及び本願第1優先日当時の技術常識からでは、仮に、上記の具体的なフラグメントが、「全長のヒトファクターVIII:C」もしくは「機能的に等価な改変体」をコードする核酸分子をクローニングするためのプローブであることを意図するものであったとしても、それらプローブが「使用できること」について、明細書中で十分に開示されているとすることはできない。
ましてや、上記フラグメント以外の配列1を含有するフラグメントについては、いかなる配列であるかについての例示すらない。
(なお、本(1)項で述べた点については、後述の2.[2-A]〜[2-C]も参照のこと。)

(2) そして、これら明細書中で一応開示されたクローン核酸分子をはじめとする、第1発明に包含される核酸分子のうちの全てのものについて、たかだか21個程度のアミノ酸からなるものでしかない配列1をコードする部分を含んでいさえすれば、「全長のヒトファクターVIII:C」またはその「機能的に等価な改変体」以外の、何等かの共通した機能・作用を奏するペプチド/タンパクをコードする核酸分子たり得ることが、明細書中で合理的に説明されているわけでもない。
また勿論、(1)で述べたヒトファクターVIII:C以外の、何等かの有用な遺伝子をクローニングするためのプローブとしての機能を共有することが説明されているわけでもない。

(3) しかも、第1発明中で規定されている
「全長のヒトファクターVIII:C」もしくは「1もしくはそれ以上のアミノ酸の置換、付加、および/または欠失により作製されるその機能的に等価な改変体」
をコードする核酸分子とはいかなるものであるのか、明細書中には何等具体的に示されているわけではない。
さらに、そもそも本願第1優先日(1984年1月12日)当時、上記「全長のヒトファクターVIII:C」もしくは「1もしくはそれ以上のアミノ酸の置換、付加、および/または欠失により作製されるその機能的に等価な改変体」をコードする核酸分子は公知ではなく、少なくとも当業者にとり技術常識であったとも認められない。
したがって、上記(1)で述べた具体的にクローニングされているフラグメントが、請求人が第1発明に係る「核酸分子」の例と意図するものであるにしても、これらフラグメントはあくまで例に過ぎず、これら以外の、当該「全長のヒトファクターVIII:C」もしくは「1もしくはそれ以上のアミノ酸の置換、付加、および/または欠失により作製されるその機能的に等価な改変体」をコード「しない」任意の核酸分子とは、具体的にどのような核酸分子群をいうのかさえ、当業者にとり技術常識であったともいえない。

[1-C]

結局、第1発明に係る「核酸分子」は、機能の不明なタンパク質の一部断片に対応するものでしかなく、第1発明に包含される核酸分子の全てについて、一以上の共通した技術的に意味のある特定の用途が明細書の記載から確認できるとはいえないから、「使用できること」について明細書中に具体的に記載されているとはいえない。
よって、本願明細書の発明の詳細な説明には、当業者が第1発明を容易に実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。


2.請求人の主張について

上記1.[1-A]〜[1-C]での検討事項を踏まえ、平成13年11月9日付で提出された手続補正書(審判請求の理由の補充書。以下理由補充書という)における請求人の主張について検討する。

[2-A]

(1) 請求人は理由補充書において、
・第1発明で規定される配列1が「67/70kdフラグメントのアミノ酸配列のN末端部分配列」であって、当該配列1について、

「 この配列は、本願明細書中でヒトファクターVIII:Cを得るために使用されたプローブの構築に使用されました。すなわち、本願のDNA配列は、ヒトファクターVIIICを検出するためのプローブとして有用です。
本願のDNA配列を用いて構築されたプローブにより、ヒトファクターVIII:CをコードするDNA配列が得られることは、そのDNA配列をわざわざ発現させてみるまでもなく、本願明細書の記載および本願第1優先権主張日当時の技術水準から、当業者に明らかです。 」 (理由補充書第2頁第18〜25行)

と主張する。
しかしながら、1.[1-B](1)第1段落で述べた、発明の詳細な説明で具体的に得られている核酸分子フラグメントについては、いちおう配列1をコードする部分を含んではいるものの、いずれもヒトファクターVIII:Cをコードする全長のヌクレオチド配列であるとは認められないし、ましてやそれら核酸分子を発現させて組換えヒトファクターVIII:Cタンパクを発現しその活性を確認しているわけでもないことは、既に1.[1-B](1)で述べたとおりである。

(2) また、前項(1)での主張に関し、請求人は以下の甲第1号証:

・甲第1号証: DNA, 4(5): 333-349 (1985)

を提出し、理由補充書において、
「 実際、本願発明の「核酸分子」は、出願後に、明細書の段落【0123】〜【0126】に記載された方法により、その活性が確認されています(甲第1号証)。 」
とも主張している(第5頁第24〜25行)。
しかしながら、当該甲第1号証は、請求人自身述べているように本願の「出願後」のものであって、決して本願の明細書の記載において具体的に活性が確認されていることを裏付けるものでもない。

なお、甲第1号証の記載をいちおう検討するに、なるほど甲第1号証中では、具体的にヒトファクターVIII:Cの全長(シグナル配列含めアミノ酸2351個)をコードするcDNAが、ゲノムクローン23D上の4.3kbEcoRI断片をプローブとしてスクリーニングされており、当該cDNAの発現が確認されてもいる(p.342右欄「 expression of active human factor VIII:C from a recombinant DNA clone 」)。
しかしながら、同甲第1号証には、ヒトファクターVIII:CタンパクのN末端側をコードする配列部分を含む部分のクローニングのために、クローン23Dのクローニング及び4.3kbEcoRI断片の再クローニング及び解析を行ったのみならず、「 internal primer 」を用いてcDNAライブラリーを再構築し、あらたにcDNAプラスミドpF8-100及びpF8-102をクローニングしたことも記載されている(p.336左欄下から第2行〜同頁右欄第2行、p.342左欄〜同頁右欄「 Isolation and sequence of the entire factor VIII:C cDNA 」)。
即ち、甲第1号証においては、全長のヒトファクターVIII:CをコードするcDNAを特定するまでに、本願明細書の開示内容を超えるさらなるクローニング工程を要したことが記載されているのであって、このような、さらなるクローニング工程を付加することが必要な程度の開示しかなされていない本願明細書の記載を以て、全長のヒトファクターVIII:CをコードするcDNAが具体的に単離されたこと、或いは単離されたに等しいこと、が開示されているとは到底いえない。
よって、この点からみても、本願明細書で具体的に採用されたフラグメントが、「全長のヒトファクターVIII:Cまたはその機能的に等価な改変体をコード」する遺伝子をクローニングするためのプローブとしての有用性を有する、という上記(1)の請求人の主張を裏付ける事項が、同明細書の記載から十分に読み取れるということはできない。

(3) 結局、上の請求人の主張は、第1発明で規定されるヒトファクターVIII:Cのごく一部のアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列もしくはその部分配列をプローブとして用いれば、ハイブリダイゼーション試験により全長のファクターVIII:Cをコードする核酸分子の一部としてより長鎖のものが得られ、それを手がかりにさらに同様のスクリーニング、クローニング工程を繰り返せば、いずれはヒトファクターVIII:Cの全長をコードする核酸分子が特定できるであろう、という可能性もしくは希望を述べたものに過ぎないものである。

[2-B]

(1) さらに、請求人は甲第1号証に加え以下の甲第2〜18号証:

・甲第2号証: Genetic Engineering 4, Academic Press (1983)
・甲第3号証: Molecular Cloning - A Laboratory Manual,
Cold Spring Harbor Laboratory (1982)
・甲第4号証: DNA, 2(4): 329-335 (1983)
・甲第5号証: Pro. Natl. Acad. Sci. USA, 78: 3478-3482 (1981)
・甲第6号証: Pro. Natl. Acad. Sci. USA, 80: 4000-4002 (1981)
・甲第7号証: Mol. Cell. Biol., 2: 161-170 (1982)
・甲第8号証: J. Mol. Biol., 98:503-517 (1975)
・甲第9号証: Pro. Natl. Acad. Sci. USA, 72: 3961-3965 (1975)
・甲第10号証:Pro. Natl. Acad. Sci. USA, 74: 5463-5467 (1977)
・甲第11号証:Mol. Cell. Biol., 3: 280-289 (1983)
・甲第12号証:Meth. Enzym., 65: 826-839 (1980)
・甲第13号証:Nucleic Acids Res., 11: 1295-1308 (1983)
・甲第14号証:Thromb. Diasthesis Haemorr., 7: 215-219 (1962)
・甲第15号証:Pro. Natl. Acad. Sci. USA, 77: 3249-3253 (1980)
・甲第16号証:Basic Life Sci., 19: 305-329 (1982)
・甲第17号証:Biochemistry, 22: 3580-3582 (1983)
・甲第18号証:スチーブン ローゼンバーグ博士の
米国特許法第1.132条の規定による宣誓書(2001年)

を提出し、

「 本願第1優先権主張日当時の技術水準に照らせば、当業者は、本願明細書に記載のプローブを用いて、全長ヒトファクターVIIICを容易に得ることができました。 」 (理由補充書第8頁第3〜5行)
「 本願明細書の開示および本願第1優先日当時の技術水準に基づけば、当業者は、全長ヒトファクターVIIICおよびその機能的に等価な改変体を、過度な実験を要することなく得ることが可能でした。 」
(理由補充書第8頁第14〜16行)

とも主張している。

(2) しかしながら、甲第2〜13号証は、いずれも単に一般的な遺伝子のクローニング法が記載されているにとどまり、本願出願後ヒトファクターVIII:Cをコードする遺伝子のクローニングに成功した甲第1号証記載の具体的な各工程と同一の工程が記載されているものではない。
甲第14号証は、ファクターVIII:Cのアッセイ法について開示するものであって、遺伝子のクローニングについて具体的に述べたものではない。
甲第15〜17号証も、いずれもアミノ酸配列の欠失、置換、付加改変の技術について述べたものであり、やはりヒトファクターVIII:Cの機能的に等価な改変体の作製について具体的に言及されたものではない。
また、第1発明に係る、特定の生理活性タンパクをコードする核酸分子のような、物の有する機能・特性等とその物の構造との関連性を予測することが困難な技術分野における物の発明について、全長アミノ酸2351個のうちたかだか50%程度(配列表Bは、N末端から15番目のアミノ酸(Arg)〜C末端のアミノ酸(1284番目:Glu)までの部位において、例えば特許第2799338号(特許権者:ジエネンテク,インコーポレイテツド)の明細書及び図面に開示された全長ヒトファクターVIII:Cアミノ酸配列(第10図のアミノ酸2351個からなる配列S1〜2332(シグナル配列部分S1〜S19含む)参照)中の一部(アミノ酸第700位〜1969位までの1269個)に相当するに過ぎず、全長のヒトファクターVIII:Cを構成するとされるアミノ酸2351個中のたかだか半分程度(1269/2351≒54%)をカバーするに過ぎない)、しかも全長のヒトファクターVIII:Cと同等の機能を有しているとはいえない配列の情報しかない明細書の開示に基づき、全長のコード配列を得るために、甲第1号証に記載されるようなさらなるクローニング工程を課することは、例え甲第2〜17号証に例示される本願出願時の技術常識を考慮したとしても、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤等を課することというべきである。

(3) そして、要するに甲第18号証も、その全容からみて、(1)の請求人の主張及びその根拠がほぼまとめられ繰り返し説明されたものに過ぎず、上の(2)で述べた、当業者にとり過度な試行錯誤等を課するものである点を解消するほどの、十分な釈明を補足するものであるとはいえない。

(4) なお、甲第18号証の宣誓書において、請求人の社員であるローゼンバーグ博士は、以下のように述べている。

「9.'062明細書はゲノムクローン「23D」を提供しています。'062明細書には、クローン23D中に存在するファクターVIII:CゲノムDNAの部分的EcoRI消化により得られる4.3kbEcoRIフラグメントが記載されています…このフラグメントは一本の長いオープンリーディングフレームを含むことが示されました。これは、67kdおよび70kdのファクターVIII:Cポリペプチド…のN末端配列決定により独立に得られたアミノ酸と同じ配列をしています。したがって、当業者は、クローン23Dの4.3kbEcoRIインサートが実際のファクターVIII:Cコード配列を含むことを確信し得ました。

10.…'062明細書を読んだ当業者は、開示された縮重プローブを使用してファクターVIII:CCDNAをクローニングしようとは試みなかったでしょう。カイロン社がこの研究を行う前には、実際のヒトファクターVIII:C配列は入手可能ではありませんでした。したがって、縮重プローブは実際のヒト配列を得るための単なる出発材料に過ぎません。当業者には、このような出発材料を使用して062明細書に報告された実験を繰り返す理由がありません。'062明細書を読めば、当業者は、寄託されたクローン23DのEcoRIインサートをプローブとして使用しました。事実、TruettらがファクターVIII:Cをクローニングするために使用したプローブは、クローン23Dの4.3kbインサートでした(Truettら、DNA 4, 333-49, 1985;証拠1)'062明細書に提供された情報を得るために遭遇した理論的な困難も実際の困難も、'062明細書の教示により完全長ファクターVIII:C DNAのクローニングが可能かどうかには関係ありません。」
(抄訳文第4頁第21行〜第5頁第15行。なお、「'062明細書」は、本願の優先権主張の基となっている出願の一であるUS84/570062(1984年1月12日)の明細書を意味するものである。)

ところが、そもそも第1発明に係る核酸分子は、上のクローン23Dそのものに特定されているわけでもなく、上の1.[1-B](1)で述べた明細書中に一応記載のある各クローン群のいずれかにすら特定されているわけでもなく、配列1をコードするヌクレオチド配列もしくはその相補配列を含む、クローン23D以外にもはるかに多数のヌクレオチド配列もしくはその相補配列が同第1発明に含まれることは既に1.[1-A]で述べたとおりであるし、しかも当該配列1は、明細書【0088】〜【0091】において縮重プローブの作製に利用したとされている、甲第18号証でいうところの上記「67kdおよび70kdのファクターVIII:Cポリペプチド…のN末端」の配列そのものである。
即ち、第1発明は、甲第18号証中で「実際のヒト配列を得るための単なる出発材料」に過ぎないものと自ら主張するところの「縮重プローブ」の基となる配列1を規定したものに過ぎない、ということになる。
よって、上の宣誓書の文言を借りれば、当業者は、第1発明の実施に際し、配列1で規定される情報を基にしてなる縮重プローブを「出発材料」として採用し、当該「出発材料」を使用して「'062明細書に報告された実験を繰り返」し、クローン23Dで開示される以外のような、配列1をコードする部分を含むクローンフラグメントを得る必要があり、さらに、そのようにして得られるクローンフラグメントが23Dであるか否かにかかわらず当該得られたクローンフラグメントを利用して、少なくとも甲第1号証について[2-A](2)で述べたような、さらなるクローニング工程を行う必要があるのである。
このような、「出発材料」の基となる配列情報のみで規定される任意の核酸分子を用いてヒトファクターVIII:Cをコードする遺伝子をクローニングするには、当業者にとり許容し得る程度を超える試行錯誤等が要されることは明らかであり、クローン23Dが明細書中に例示されているからといって、その他のクローンフラグメントを得ることが当業者にとり容易に理解かつ実施できるとは到底いえない。また仮に、たまたまクローン23Dに相当するフラグメントが得られたとしても、上の[2-A](2)で述べた更なる試行錯誤が要されるものである。

そうすると、甲第18号証第21頁第7行において、「単なる出発材料」となる部分アミノ配列を含む旨規定するに過ぎない第1発明規定の核酸分子の全てのものが、宣誓書中でいうような「ヒトファクターVIIICを検出するためのプローブとして有用」であることが、発明の詳細な説明中で十分に説明されているとは到底いえない。
以上の点からみても、甲第18号証に基づく請求人の主張は認容し得るものではない。

[2-C]

しかも、これまた請求人自身、理由補充書中の第6頁第8〜9行で述べているように、そもそも本願明細書において、クローン23Dを用いたさらなるクローニング工程により決定したとされている第2表のアミノ酸配列において、N末端の14個のアミノ酸配列からなる部分は、現実のヒトファクターVIII:C中の対応する部位のアミノ酸配列とは異なるものである。
即ち、具体的には、本願明細書の第2表のN末端のアミノ酸配列が

ValTyrGlyPheTrpGlyAlaThrThrGlnThrPheGlySer

であるのに対し、例えば特許第2799338号明細書及び図面(特許権者:ジエネンテク,インコーポレイテツド)に開示された全長ヒトファクターVIII:Cアミノ酸配列(第10図)の該当箇所(686〜699番目)は

GlyLeuTrpIleLeuGlyCysHisAsnSerAspPheArgAsn

となっている。
この点に関し、請求人は、

「このようなクローニングの途中で取得されるクローンのN末端に存在する誤った配列は、さらにクローニングを続けることによって完全に修正され、完全なヒトファクターVIIICのアミノ酸配列が確実に得られます。」(理由補充書第6頁第9〜14行)

と主張しているが、このような「クローニングを続けることによって完全に修正され」ることを要する配列の核酸分子に係る情報を含む本願明細書の記載から、「全長のヒトファクターVIII:Cまたはその機能的に等価な改変体」をコードするという機能(有用性)を具備する全長の、しかも正しい配列の核酸分子が容易に製造できるとは到底いえない。
よって、この点からみても、同第2表に規定される配列のフラグメントについて、「全長のヒトファクターVIII:Cまたはその機能的に等価な改変体をコード」する遺伝子をクローニングするためのプローブとしての十分な有用性を有する、とする根拠は不十分と言わざるを得ない。


[2]第2〜5発明について

第2,3,5発明は、各々第1発明に規定される核酸分子と同一のものを発明の構成に欠くことのできない事項とするものであるから、上記[1]で述べたと同様の理由により、本願明細書の発明の詳細な説明には、当業者が第2,3,5の各発明を容易に実施することができる程度の明確かつ十分な記載がなされているとはいえない。

また、第4発明に規定される配列2は、明らかに第1発明に規定される配列1の一部であるから、やはり同様の理由により、本願明細書の発明の詳細な説明には、当業者が第4発明を容易に実施することができる程度の十分な記載がなされているとはいえない。

なお、第5発明については、
「全長のヒトファクターVIII:Cも、1もしくはそれ以上のアミノ酸の置換、付加、および/または欠失により作製されるその機能的に等価な改変体もコードしない」核酸分子によってコードされるアミノ酸配列から構成されるペプチド/タンパクであって、上の配列1のアミノ酸配列さえ含んでいれば、その全てのペプチド/タンパクについてヒトファクターVIII:Cに関連する何らかの活性が共通して存在するとは認められないし、またその他の共通の有用性が存在することも確認できない。
結局、第5発明に係る方法によって産生されるポリペプチドの全てのものについては、いかなる用途を有するのか明細書中に何等明らかにされておらず、どのように使用できるかについて明細書中に記載されているとはいえない。
よって、第5発明については、この点においても、当業者が容易に実施できる程度の明確かつ十分な記載がなされているとはいえない。


[3]上申書について

請求人はまた、平成14年10月11日付の上申書中で特許請求の範囲の補正案を提出し、同補正案に基づく補正の機会が与えられることを希望しているが、上記[1]、[2]の判断は同上申書の内容により左右されるものではない。


[4]むすび

以上述べたとおり、本願においては依然として原査定で指摘した明細書の不備が解消していないから、特許法第36条第3項の規定に違反しており、特許を受けることはできない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2002-11-13 
結審通知日 2002-11-14 
審決日 2002-11-28 
出願番号 特願平11-160290
審決分類 P 1 8・ 531- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 鵜飼 健  
特許庁審判長 徳廣 正道
特許庁審判官 佐伯 裕子
大久保 元浩
発明の名称 ファクターVIIIC組成物  
代理人 山本 秀策  
代理人 山本 秀策  

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