• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 一部無効 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備 無効としない A61K
審判 一部無効 1項3号刊行物記載 無効としない A61K
審判 一部無効 特36 条4項詳細な説明の記載不備 無効としない A61K
審判 一部無効 2項進歩性 無効としない A61K
管理番号 1079201
審判番号 無効2001-35361  
総通号数 44 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1992-02-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2001-08-20 
確定日 2003-05-29 
事件の表示 上記当事者間の特許第2948246号「リポソーム類」の請求項5に係る発明の特許無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 審判費用は,請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯・本件発明
本件特許第2948246号の請求項5に係る発明(出願日:平成元年10月20日(国際出願による),優先権主張:1988年10月20日(英国),設定登録:平成11年7月2日)(以下「本件特許発明」という。)は,本件特許明細書及び図面の記載からみて,その特許請求の範囲の請求項5に記載された次のとおりのものである。
「リピッド二重層を崩壊させることなくリポソーム類の外部表面上にポリエチレングリコール(PEG)部分を共有結合的に結合させることを特徴とするリポソーム類の生体内循環寿命を延ばす方法。」

なお,審判請求書の副本を被請求人に送達したところ,被請求人から答弁書及び平成14年3月26日付け上申書が提出され,この両書面の副本を請求人に送達したところ,請求人から平成14年9月27日付け上申書(以下,「請求人上申書」ということがある。)が提出された。この請求人上申書は被請求人に送付済みである。

2.請求人の主張
本件特許発明について,請求人は,請求項5に記載された発明の構成のうち「リポソーム類の外部表面上にポリエチレングリコール(PEG)部分を共有結合的に結合させる」との構成要件については,以下の2つの異なる解釈が成り立ち得るとしている。(請求人上申書2頁17行〜3頁8行,審判請求書8頁19行〜10頁13行)

○第1の解釈
反応性の基を有するPEG部分(活性化されたPEG)を,予め形成されたリポソームと反応させることによって,リポソームの外部表面にのみ共有結合的に結合したPEG部分を有するリポソームを生じさせる,というもの。

○第2の解釈
リピッドに既に結合したPEG部分を有するリピッド(PEG-リピッド)を,リポソームを形成し得る脂質と混合することによって,リポソームの内部表面及び外部表面の両方に共有結合的に結合したPEG部分を有するリポソームを生じさせる,というもの。

そして,請求人は,本件請求項5に係る特許は,上記第1の解釈に従うと下記第2の無効理由により,また,上記第2の解釈に従うと下記第1の無効理由及び第2の無効理由の各々によって無効とされるべきである,と主張している。(請求人上申書4頁9〜13行,18頁2行。なお,下記第1の無効理由が上記第2の解釈に従う場合のものであることは,審判請求書においては明確にされていなかったが,請求人自身が上申書においてその旨明示したものである。)

○第1の無効理由(請求人上申書2頁6〜9行,審判請求書2頁10〜13行,同2頁21行〜3頁6行)
本件特許発明は,その範囲が不当に広く〔特許法第36条第4項第2号及び第5項違反〕,本件出願の審査段階において引用された文献に対する新規性及び進歩性がなく〔同法第29条第1項第3号及び第2項違反〕,かつ,実施可能要件を満たさず〔同法第36条第3項違反〕,したがって,無効とすべきである。〔同法第123条第1項第2号及び第4号に該当〕

○第2の無効理由(請求人上申書2頁10〜14行,審判請求書2頁14〜19行,同7頁22行〜8頁1行)
本件特許発明は,その範囲が不明瞭であり〔特許法第36条4項第2号及び第5項違反〕,そして本件特許明細書は,当業者が本件特許発明を容易に実施できる程度に記載されていない〔同条第3項違反〕。また,本件特許発明は,引用文献に記載される発明と同一であるか,及び/または引用文献に基づいた場合に容易になし得るものであり〔同法第29条第1項第3号及び第2項違反〕,したがって,無効とすべきである。〔同法第123条第1項第2号及び第4号に該当〕

3.証拠方法
請求人は以下の証拠を提出している。

甲第1号証:特公昭63-20436号公報
甲第2号証:特願昭63-198915号の願書に最初に添付した明細書
甲第3号証:特開平2-149512号公報(甲第2号証に係る出願に基づき優先権主張したもの)
甲第4号証:特開平1-249717号公報
甲第5号証:特開昭59-204198号公報
甲第6号証:英国特許第2185397号明細書
甲第7号証:米国特許第4,179,337号明細書
甲第8号証:Nature, 288, 1980, pp.602-604
甲第9号証:Biochemistry, 20 [14], 1981, pp.4229-4238
甲第10号証:Journal of Immunological Methods, 62 [2], 1983, pp.155-162
甲第11号証:Med. Phys., 9 [2], 1982, pp.149-175
甲第12号証:M. Ostro編, "Liposomes", 1983, Marcel Dekker. Inc., pp.27-48 p.50
甲第13号証:特許第2667051号公報
甲第14号証:特許第2889549号公報
甲第15号証:細胞工学,2 [9], 1983, pp.1136-1150
甲第16号証:Ann. Rev. Biophys. Bioeng., 9, 1980, pp.467-508
甲第17号証:特表平5-505173号公報
甲第18号証:Biochimica et Biophysica Acta, 541, 1978, pp.321-333
甲第19号証:Biochimica et Biophysica Acta, 647, 1981, pp.196-202

また,被請求人は以下の証拠を提出している。

乙第1号証:請求人の出願に係る米国特許出願Serial No.425,224の審査段階で請求人が米国特許商標局に提出した1990年9月26日付回答書
乙第2号証:本件特許に対応する米国特許出願Serial No.08/459,822について米国特許商標局に提出されたDr. Gillian Francisによるデクラレーション
乙第3号証:本件特許に対応する米国特許出願Serial No.08/459,822について米国特許商標局に提出されたDr. Christopher Kirbyによるデクラレーション
乙第4号証:請求人の出願に係る米国特許出願Serial No.07/624,548の審査段階で請求人が米国特許商標局に提出した1991年10月18日付回答書
乙第5号証:本件特許に対応する米国特許第6,132,763号明細書
乙第6号証:本件特許に対応する欧州特許第572,049号明細書

4.当審の判断
(1) 本件特許発明についての解釈
本件特許発明の構成における「リポソーム類の外部表面上にポリエチレングリコール(PEG)部分を共有結合的に結合させる」との構成要件について,請求人は上記したように2つの解釈が成り立ち得ると主張する。
この点について,検討する。

本件特許発明は,上記認定のとおり「リピッド二重層を崩壊させることなくリポソーム類の外部表面上にポリエチレングリコール(PEG)部分を共有結合的に結合させることを特徴とするリポソーム類の生体内循環寿命を延ばす方法。」というものであるが,この構成のうち,「リピッド二重層を崩壊させることなくリポソーム類の外部表面上にポリエチレングリコール(PEG)部分を共有結合的に結合させる」との構成要件は,以下に示す理由により,「リポソーム類と活性化されたPEGとの反応により,リポソーム類のリピッド二重層を崩壊させることなく,リポソーム類の外部表面上にのみPEG部分を共有結合的に結合させる」ことを意味することが明白であるから,請求人の主張する上記第1の解釈を採用すべきものであり,上記第2の解釈は採用し得ない。

○理由1:請求人は,本件特許発明が上記第1の解釈に従う場合,「請求項5には,PEG部分が形成されたリポソームと反応するという限定を記載しておらず,また,請求項5には,PEG部分がリポソームの外部表面にのみ結合するという限定も記載されていない。」(審判請求書9頁5〜7行)と主張している。しかし,上記構成要件は,「リポソーム類の外部表面上」に「PEG部分」を「共有結合的に結合させる」というものであるから,活性化されたPEGが,予め形成されたリポソーム類の外部表面で反応し,「PEG部分が,形成されたリポソーム類の外部表面上に共有結合的に結合される」としか解し得ない。すなわち,この反応形態では,活性化されたPEGが予め形成されたリポソーム類のリピッド二重層を通過してリポソーム内の空間に侵入することができず,そのため活性化されたPEGがリポソーム類の内部表面で反応することは不可能であることから,「PEG部分がリポソーム類の外部表面上にのみ共有結合的に結合する」もの以外のPEG部分の結合態様を想定することはできない。したがって,請求人の主張する上記限定は必要がないものである。
ところで,被請求人は,「リポソーム類の内部表面上に結合したPEG部分が存在するかどうかを問うものではない」(答弁書9頁5〜9行)と述べた上で,上記第1の解釈が誤っている旨主張するが(同10頁13〜15行),本件特許発明においては,上記したように,その構成自体から,リポソームの内部表面上にPEG部分を結合させる手法が存在しない,すなわち「リポソーム類の内部表面上に結合したPEG部分が存在し得ない」ことは明らかであるから,被請求人の主張は採用できない。

○理由2:上記第2の解釈に従えば,上記構成要件中の「リピッド二重層を崩壊させることなく……PEG部分を共有結合的に結合させる」との文理上の整合性がとれないことから,上記第2の解釈は全く採用し得ないものである。なぜなら,この構成要件は,「リポソーム類の外部表面上にPEG部分を共有結合的に結合させる」際に「リピッド二重層を崩壊させることがない」ことを要件とするものであって,(i)まだリポソームを形成していないリピッドにPEG部分を共有結合的に結合させる際に「リピッド二重層を崩壊させることがない」ことをいうものではなく,また,(ii)PEG-リピッドを使用してリポソームを形成する際に「リピッド二重層を崩壊させることがない」ことをいうものでもないからである。(このいずれの場合も,その時点においてまだ「リピッド二重層」は形成されていないのであるから,「リピッド二重層を崩壊させることがない」ことは論理的にあり得ないはずである。)請求人は,「第2の解釈において,『リポソーム類の外部表面上にポリエチレングリコール(PEG)部分を共有結合的に結合させる』工程は,リン脂質とリン脂質-PEGとの混合物からリポソームを形成することによって達成される。」(審判請求書9頁19〜21行)と主張しているが,これは,「リピッド二重層を崩壊させることなく」との文言を無視した上で,「リポソームを形成させる」工程を「PEG部分を結合させる」工程であると主張するものでしかなく不当である。結局,上記第2の解釈は,「リピッド二重層を崩壊させることなく」の要件と「リポソーム類の外部表面上にPEG部分を共有結合的に結合させる」の要件との関連を一切考慮しない解釈であり,採用し得る余地は全くない。
ちなみに,請求人は,「第2の解釈において,当業者は,請求項5に係る発明は,上記のPEG結合方法を包含するものであると理解する一方で,請求項5の記載からはなお,この第2の解釈を導き出すことができず」(審判請求書10頁1〜3行)と述べており,この主張自体不明瞭な部分はあるが,「請求項5の記載からは,第2の解釈を導き出すことができない」ことは請求人自身も認めていることである。

したがって,本件特許発明は,請求人及び被請求人の主張にかかわらず上記第1の解釈が採用し得ると認められる。

なお,本件特許明細書には,「リポソーム類の外部表面上へのPEG部分の共有結合的結合」について,以下のとおり上記第1の解釈に従う記載は存在するが,上記第2の解釈に従う記載は一切存しないことも上記第1の解釈を採用すべきことを裏付けるものであり,この点からも上記第2の解釈をとり得る余地がないことは明らかである。

○本件特許明細書の記載事項
・「本発明は,外部表面に共有結合的に結合しているポリエチレングリコール(PEG)部分を有しているリポソーム類に関する。」(特許公報2欄7〜9行)
・「我々は,驚くべきことに,リピッドの二重層を崩壊することなしにリポソーム類の外部表面にPEGを共有結合的に結合させると,このリポソーム類の循環寿命が引き伸ばされ得ることを見い出した。従って,本発明は,外部表面で共有結合的に結合しているPEG部分を有するリポソーム類を提供する。」(同3欄33〜38行)
・「好適には,このPEG部分は,リポソームを形成する少なくとも1種のリン脂質種の頭基中のアミノ基に対して結合している。」(同3欄39〜41行)
・「このリポソーム類は,リン脂質種の少なくとも1つがPEGと結合するための適切な頭基を有していることを条件として,いかなる適切なリン脂質またはリン脂質混合物(これらの多くは文献中で既に公知である)から形成されていてもよい。」(同3欄44〜48行)
・「本発明は更に,ポリエチレングリコールの反応性を示す誘導体……でリポソーム類を処理することを含む方法を提供する。」(同4欄13〜16行)
・「好適には,反応性を示すPEG誘導体とリポソーム類との反応は,周囲温度または生理学的温度の水溶液中で行われる。……リポソーム類に対する反応性PEG誘導体の比率を調節することによって,該リポソーム類と結合するPEG部分の数が調節できる。」(同4欄19〜25行)
・「我々は,外側と内側の表面の両方が暴露されているPEのアミノ基を有するリピッドベシクルを得るため,PE/PC混合物からリポソームを調製した。外側のPE分子のみがトレシル-PEGに近づくことができ,それゆえ,修飾は非対称である。」(同5欄1〜6行)
・「PEG部分を外部表面上に導入するため,本発明に従ってリポソーム類を処理すると,驚くべきことに,血清とリポソームとの相互作用が減少し,そして驚くべきことに,静脈内投与した後の循環寿命が向上する。」(同5欄22〜26行)
・実施例1〜5には,いずれもリポソーム類(MLVs,SUVsまたはLUVettes)をトレシル化モノメトキシPEG(TMPEG)でPEG化することについてのみ記載されている。(同6欄35行〜13欄37行)

(2) 第1の無効理由について
請求人の主張する上記第1の無効理由は,本件特許発明の解釈について上記第2の解釈に基づくものであるところ,上記のとおり,本件特許発明の解釈については上記第1の解釈を採用するのであるから,その前提としての本件特許発明の解釈を誤るものであり,理由がない。

(3) 第2の無効理由について
請求人の主張する上記第2の無効理由には,次の3つの理由が含まれている。(審判請求書8頁2〜12行)
(i) 本件特許発明について複数の解釈が成り立ち,その結果,当該発明の技術的範囲が不明瞭となっている。〔特許法第36条4項第2号及び第5項違反〕
(ii) 本件特許発明は,本件出願前に頒布された刊行物に記載される発明と同一及び/または本件出願前に頒布された刊行物に記載される発明から当業者が容易に到達し得る発明である。〔同法第29条第1項第3号及び第2項違反〕
(iii) 本件特許明細書は,本件特許発明の一部についてしか,当業者が容易に実施できる程度に記載していない。本件特許発明の範囲は,本件特許明細書の開示の範囲を超えている。〔同法第36条第3項違反〕

(A) 明細書の記載不備について
上記第2の無効理由のうち,(i)の理由は,具体的には上記第1の解釈と上記第2の解釈の2つの解釈が可能であるということに基づくものであるところ(審判請求書8頁19行〜10頁13行),既に述べたとおり,本件特許発明については第1の解釈しか採用することができないので,当該(i)の理由は受け入れられない。
また,(iii)の理由は,上記第2の解釈を前提とするものであるところ(審判請求書18頁14行〜19頁19行),上記したとおり,本件特許発明については上記第1の解釈しか採用し得ないので,当該(iii)の理由は認める余地がない。

また,(iii)の理由に関し,請求人は上申書にて,「このリポソーム類の外部表面上にポリエチレングリコール(PEG)部分を共有結合させる手段として,本件特許明細書において詳細に開示されている方法は,トレシルクロライドを使用する表面グラフト方法のみである。……上記課題を解決するための手段として,トレシルクロライドを用いる手段以外は,本件特許明細書には開示されていない。」(請求人上申書14頁3〜10行,同26頁6〜9行)と述べ,上記第1の解釈に従う場合にも(iii)の理由に該当する旨主張する。
しかし,以下に摘記する本件特許明細書の記載にあるとおり,本件特許明細書に記載されたトレシルクロライドを使用する態様及び実施例は,単に本件特許発明が実施可能であることを支持するための一例にすぎず,本件特許発明の本質である「リポソーム類の生体内循環寿命を延ばすために,リピッド二重層を崩壊させることなくリポソーム類の外部表面上にPEG部分を共有結合的に結合させる」ことは,本件特許に係る出願の優先権主張日当時の技術常識として存在する,「PEGと結合するための適切な頭基(例えばアミノ基を有する頭基)を有しているリン脂質種」と「MPEGの反応性を示す誘導体」との反応を用いることによって(請求人は本件特許に係る出願の優先権主張日当時の技術常識としてそのような反応系が存在しなかったことまで主張しているわけではない。),例示されたトレシルクロライドを使用する場合と同様に本件特許発明を当業者が容易に実施できることは明らかである。したがって,本件特許明細書に請求人の主張するような記載不備はなく,請求人の上記主張は採用できない。

○本件特許明細書の記載事項
・「本発明は,外部表面に共有結合的に結合しているポリエチレングリコール(PEG)部分を有しているリポソーム類に関する。」(特許公報2欄7〜9行)
・「我々は,驚くべきことに,リピッドの二重層を崩壊することなしにリポソーム類の外部表面にPEGを共有結合的に結合させると,このリポソーム類の循環寿命が引き伸ばされ得ることを見い出した。従って,本発明は,外部表面で共有結合的に結合しているPEG部分を有するリポソーム類を提供する。」(同3欄33〜38行)
・「好適には,このPEG部分は,リポソームを形成する少なくとも1種のリン脂質種の頭基中のアミノ基に対して結合している。この頭基中にアミノ基を有している適切なリン脂質には,ホスファチジルエタノールアミン(PE)及びホスファチジルセリン(PS)が含まれる。このリポソーム類は,リン脂質種の少なくとも1つがPEGと結合するための適切な頭基を有していることを条件として,いかなる適切なリン脂質またはリン脂質混合物(これらの多くは文献中で既に公知である)から形成されていてもよい。」(同3欄39〜48行)
・「本発明は更に,ポリエチレングリコールの反応性を示す誘導体,好適には2,2,2-トリフルオロエタンスルホニル(トレシル)モノメトキシPEGでリポソーム類を処理することを含む方法を提供する。」(同4欄13〜16行)
・「好適には,反応性を示すPEG誘導体とリポソーム類との反応は,周囲温度または生理学的温度の水溶液中で行われる。この反応は,中性に近いpH,例えば生理学的緩衝液中で生じるが,pH9〜10でより速くそしてより広範である。」(同4欄19〜23行)
・「PEG類を,種々の化学的方法により蛋白質に共有結合させることができる。我々は,モノメトキシPEG5000(MPEG)の単一の遊離ヒドロキシル基を活性化させるためにトレシルクロライド(2,2,2-トリフルオロエタンスルホニルクロライド)を用いたが,他のトレシルハライド類及びMPEGの他の反応性を示す誘導体も使用できる。」(同4欄33〜39行)

(B) 新規性/進歩性違反の理由について
(a) 第2の解釈に基づく理由について
請求人は,(ii)の新規性/進歩性違反の無効理由として,上記第1の解釈に基づく理由(審判請求書10頁17行〜15頁11行,請求人上申書4頁14行〜13頁3行)及び上記第2の解釈に基づく理由(同15頁12行〜18頁13行,請求人上申書17頁23行〜25頁17行)を述べているが,上記したとおり,本件特許発明については上記第1の解釈しか採用し得ないものであるので,上記第2の解釈に基づく理由は認めることができない。

(b) 第1の解釈に基づく理由について
請求人は,上記第1の解釈に基づく場合,本件特許発明は,甲第6号証刊行物に記載された発明であるか,甲第7〜10号証刊行物を考慮すると当業者が甲第6号証刊行物に記載された発明に基づいて容易に発明することができた旨を主張している(審判請求書10頁17行〜15頁11行,請求人上申書4頁14行〜13頁3行)。

(ア) 甲第6号証刊行物に記載された発明
甲第6号証刊行物に記載された発明は,リポソームなどのコロイド粒子に疎水性ドメインと親水性ドメインを有するコーティング材料により表面コーティングを施すことによって,肝臓及び脾臓内に存在する細網内皮系以外に粒子を方向付けすることを可能とする方法に関し(1頁1行〜3頁12行),その実施例1及び2には,ポロキサミン908によってコーティングしたポリスチレンミクロスフェア(実施例1)またはポロキサミン908を使用して調製されたエマルジョン(実施例2)の肝臓または脾臓への取り込みの回避,結果として,循環寿命の延長について確認したことが記載されている。(8頁下から8行〜14頁31行)
さらに,甲第6号証刊行物には次の記載がある。
(1)「ポロキサマー及びポロキサミンシリーズの他のメンバーは,選択された材料が立体的な安定化のために十分大きな親水性ドメインを有すれば,類似の効果を有する。約100オングストローム以上の厚さの吸着された層が必要である。このことは,ポロキサマーシリーズにおいて,60以上のエチレンオキシド単位を示す。」(3頁12〜18行)
(2)「材料の作用機序は,コーティング剤の構造において存在する,すなわち,コーティング剤は,親水性ドメイン及び疎水性ドメインを有する。疎水性ドメインは,コーティングを粒子表面に固着し,そして血漿タンパク質による置換を妨げる。このドメインの適切な分子量は,4000〜5000ダルトンである。疎水性ドメインとしては,ポリオキシプロピレン基,並びにポリマー鎖中に取り込まれ得る疎水性部分が挙げられる。例えば,エステル化マレイン酸基である。」(3頁19〜28行)
(3)「実施例は,モデルとして非分解性粒子であるポリスチレンを主に言及したが,同様の概念は,生体内において生分解される粒子についても同等に機能するであろう。例としては,……エマルジョン及びリン脂質ベシクルもまた含まれる。」(17頁29行〜18頁1行)
(4)「コーティング剤は,必ずしも,実施例に示されるようなポリオキシエチレン-ポリオキシプロピレン基を含むブロックコポリマーでなければならないことはない。同じタイプの効果を提供する他の物質もまた,使用され得る。」(18頁2〜5行)
(5)「粒子が最初に生成される重合過程の間の表面グラフト技術,または紫外線及びガンマ線照射などのエネルギー源を用いるその粒子生成後のグラフト方法のいずれかによって,その粒子への適切な親水性基の付着が達成される。」(18頁24〜29行)

(イ) 新規性違反について
請求人は,本件特許発明と甲第6号証刊行物中の実施例の記載とを対比し,「その相違点は,(a)本件特許発明は,リポソームを記載しているが,甲第6号証の実施例は,ポリスチレンミクロスフェアを開示すること,(b)本件特許発明は,PEGを記載しているが,甲第6号証の実施例は,ポリオキシエチレン-ポリオキシプロピレンコポリマーを開示すること,及び,(c)本件特許発明は,共有結合を記載しているが,甲第6号証の実施例は,表面吸収(表面吸着の誤記と認められる)を開示することの3点である」旨述べた上で(審判請求書11頁末行〜12頁16行,請求人上申書5頁4〜11行),「甲第6号証の全ての記載を検討すると,(a)のポリスチレンミクロスフェアをリポソームに代えること,(b)のポリオキシエチレン-ポリオキシプロピレンコポリマーをPEGに代えること,及び,(c)の2つの成分をリピッド二重層を破壊することなく共有結合を解して結合させることは全て甲第6号証に教示されている」旨主張している。(審判請求書12頁21行〜末行,13頁6〜10行,同頁18行〜末行,請求人上申書5頁15行〜6頁21行)
しかし,請求人の指摘する上記摘記事項(3)の記載から,(a)の点については,実施例に記載されたポリスチレンミクロスフェアの代わりにリポソーム(リン脂質ベシクル)を使用することが可能であるとしても,請求人の指摘する上記摘記事項(1)及び(4)には,(b)の相違点のポリオキシエチレン-ポリオキシプロピレンコポリマーをPEGに代えることが記載されているとはいえない。すなわち,摘記事項(4)の記載中のポリオキシエチレン-ポリオキシプロピレンコポリマーと「同じタイプの効果を提供する他の物質」がどのようなものであるかは甲第6号証刊行物中に具体的に何ら記載されておらず,また,摘記事項(1)の記載中「60以上のエチレンオキシド単位を示す」とは,ポロキサマーまたはポロキサミンシリーズ(これらは,ポリオキシエチレン-ポリオキシプロピレンコポリマーである。)のメンバーが種々の長さのエチレンオキシド単位を有するものであることから,その中でも「60以上のエチレンオキシド単位を示す」ものを選択する必要があることを述べるにすぎないものであって,「疎水性ドメイン」であるポリオキシプロピレン単位を有さないコーティング材料までをも定義付けようとする記載ではない。そもそも,甲第6号証刊行物に記載された発明は,基本的にはポリオキシエチレン-ポリオキシプロピレンコポリマーのようなコーティング材料中のポリオキシプロピレン単位に代表される「疎水性ドメイン」により,粒子表面に該コーティング材料を固着させることを必須とするものであるから(上記摘記事項(2)),ポリオキシプロピレン単位のような疎水性ドメイン有さないPEGが甲第6号証刊行物に記載された発明において使用可能であることの記載はないものと認められる。
さらに,(c)の相違点に関し,請求人は上記摘記事項(5)の記載から「粒子生成後のグラフト方法で共有結合が形成される」と主張するが,この摘記事項(5)の記載は,「粒子が最初に生成される重合過程の間の表面グラフト技術」及び「その粒子生成後のグラフト方法」との記載からポリスチレンミクロスフェアの形成を前提とする記載であり,そしてそのグラフト方法によって何をグラフトするかについては何ら記載していないのである。そして,甲第6号証刊行物には,PEGについては一切記載がないことは先に述べたとおりであるから,このグラフト方法によりPEGをリポソーム類に対して結合させることについての記載があるとはいえないことは明らかである。
そうすると,本件特許発明は甲第6号証に記載された発明であるということはできない。

(ウ) 進歩性違反について
まず,上記相違点(a)については,既に述べたように,甲第12号証刊行物を参酌するまでもなく甲第6号証刊行物に記載された事項であると認められる。
請求人は,上記相違点(b)及び(c)における置換は,甲第7〜10号証刊行物の開示を鑑みれば,当業者が容易になし得るものであり,その置換に何らの困難性も伴わない旨主張している。(審判請求書13頁11〜16行,14頁1〜10行,請求人上申書12頁5行〜13頁3行)より具体的には,請求人の主張は,甲第6号証に基づいて,リポソーム類をPEG化するように動機付けられた当業者は,甲第7号証に例示されているような周知技術を使用して,リポソーム類の外部表面上にPEG部分を共有結合的に結合させ得,それによって,リポソーム類の生体内循環寿命を延ばすことができたというものである。(請求人上申書12頁19行〜末行)
しかし,甲第6号証刊行物の上記摘記事項(5)の記載は,先に述べたように,ポリスチレンミクロスフェアに対するものであって,また,何をグラフトするかについても一切開示のないものである。甲第6号証刊行物に開示された事項からすると,ポリオキシエチレン-ポリオキシプロピレンコポリマーか,あるいは「疎水性ドメイン」としてエステル化マレイン酸基を有するもの(上記摘記事項(2))をグラフトすることが当然に想定され,「疎水性ドメイン」を有さないPEGをグラフトすることを示唆するものではないと認められる。また記載されたグラフト方法が紫外線またはガンマ線照射という特殊な方法によるものであることから,このグラフト方法を直ちにリポソームに対して適用できるかについても明らかではなく,そのような示唆があるとは到底いえない。
したがって,甲第6号証刊行物に基づいては,リポソーム類をPEG化することの動機付けは得られないのである。
そうすると,甲第7〜10号証刊行物が「PEG部分を共有結合的に結合させる方法の例を示している」ものであったとしても,これらを甲第6号証刊行物に記載された発明と組み合わせることが容易であるとはいえない。
したがって,本件特許発明は,甲第7〜10号証刊行物の記載を参酌しても甲第6号証刊行物の記載に基づいて当業者が容易に発明できたものではない。

5.むすび
以上のとおりであるから,請求人の主張及び証拠方法によっては,本件特許の請求項5に係る発明の特許を無効とすることができない。
審判に関する費用については,特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2002-12-25 
結審通知日 2003-01-06 
審決日 2003-01-17 
出願番号 特願平1-511013
審決分類 P 1 122・ 121- Y (A61K)
P 1 122・ 531- Y (A61K)
P 1 122・ 113- Y (A61K)
P 1 122・ 534- Y (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 星野 紹英  
特許庁審判長 竹林 則幸
特許庁審判官 松浦 新司
小柳 正之
登録日 1999-07-02 
登録番号 特許第2948246号(P2948246)
発明の名称 リポソーム類  
代理人 山本 秀策  
代理人 小田嶋 平吾  
代理人 小田島 平吉  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ