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審決分類 審判 全部無効 1項3号刊行物記載 訂正を認める。無効としない H01C
審判 全部無効 特36 条4項詳細な説明の記載不備 訂正を認める。無効としない H01C
審判 全部無効 2項進歩性 訂正を認める。無効としない H01C
管理番号 1080498
審判番号 無効2000-35089  
総通号数 45 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1985-10-05 
種別 無効の審決 
審判請求日 2000-02-15 
確定日 2002-05-07 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第1865273号発明「有機質正特性サ-ミスタ」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由
1.手続の経緯
本件特許第1865273号の特許請求の範囲に記載された発明は、昭和59年3月19日に特許出願(特願昭59-52823号)され、平成5年2月8日付けで出願公告(特公平5-9921号)され、平成6年8月26日付けで設定登録(発明の数1)されたものである。
これに対し、平成12年2月15日付けでタイコ エレクトロニクス レイケム株式会社(以下、「請求人」という。)より特許無効審判の請求がなされ、平成12年5月9日付けで請求人より上申書が提出され、平成12年7月10日付けで被請求人株式会社村田製作所(以下、「被請求人」という。)より審判事件答弁書及び訂正請求書が提出され、さらに、平成12年11月10日付けで請求人より審判事件弁駁書が提出されたものである。その後、請求人に対し被請求人提出の訂正請求書及び意見書を送付して審尋したところ、請求人より平成13年6月8日付けで審尋に対する回答書が、また、平成13年9月10日付け、及び平成13年12月19日付けで上申書が提出され、被請求人より、平成13年3月2日付け、平成13年5月11日付け、平成13年7月10日付け、及び平成13年9月26日付けで上申書が提出されたものである。

2.訂正の適否について

〔2-1〕訂正の内容
被請求人が求めている訂正の内容は次のとおりである。
(1) 訂正事項a
本件特許明細書の特許請求の範囲1に係る記載
「重合体と該重合体に分散された導電性粉末とからなる正の抵抗温度係数を有する素子の表面に、該素子の表面と接する面を粗面化した金属板を接合し、これを電極としたことを特徴とする有機質正特性サーミスタ。」を、
「重合体と該重合体に分散された導電性粉末とからなる正の抵抗温度係数を有する素子の表面に、該素子の表面と接する面を電解質で粗面化した金属板を接合し、これを電極としたことを特徴とする有機質正特性サーミスタ。」と訂正する。
(2) 訂正事項b
本件特許明細書の実施例における記載(公告公報の実施例の欄第5〜6行目)
「得られた架橋済みの有機化合物を厚み1cmの板状に成型し、」を、
「得られた架橋済みの有機化合物を厚み1mmの板状に成型し、」と訂正する。

〔2-2〕 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・ 変更の存否
(1) 訂正事項aについて
特許請求の範囲において、「素子の表面と接する面を粗面化した金属板」としていたのを、その粗面化手段について、「電解質で粗面化」と限定することによって、その粗面状態を明確にしたものであり、特許請求の範囲の減縮、及び明りょうでない記載の釈明を目的とした訂正に該当する。
また、この訂正は、本件特許の公告公報第1頁第2欄第24〜25行目に、実施例の説明として「片面を電解質で粗面化したCu箔」と、同公報第2頁第3欄第5〜6行目には 「比較試料として、片面を電解質で粗面化していないCu箔」と示されていたものであるから、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
(2) 訂正事項bについて
この訂正は、実施例における測定用試料である架橋済みの有機化合物の厚みを「1cm」と記していたのを「1mm」とその単位を訂正するものであり、誤記の訂正を目的とした訂正に該当する。
すなわち、本件公告公報第2欄第19行以下には、「結晶性ポリエチレン88部に、ケッチェンブラック(カーボンブラック)12部をよく混合し、・・・オゾン(O3)を吹き込んだ。得られた架橋済みの有機化合物を厚みlcmの板状に成型し、その素子の両面に、片面を電解質で粗面化したCu箔(35μ)を熱間プレスにより150℃、30分の条件で接合し、電極を形成した。その後1cm角の大きさに切断し、Cu箔の表面にCuからなるリード線を半田浸漬で接続した。」と記載されており、この記載によれば、「その後lcm角の大きさに切断し」とは、板状体の素材に電極となる粗面化銅箔を熱間プレスで貼着したのち、右の電極貼着面を「幅1cm×長さ1cm」に切断して切り分けたものであることは明らかである。
しかも、上記試料の原材料はオゾン架橋されたとはいえ、本質的に熱可塑性の結晶性ポリエチレンであり、これは、一定厚みの板状体に成型された後、「素子の両面に、片面を電解質で粗面化したCu箔(35μ)を熱間プレスにより150℃、30分の条件で接合」され(第2欄第23〜26行)、その結果、熱可塑性の有機化合物は熱間プレスの際に厚み方向に必ず塑性変形し、加工前よりも更に薄い薄膜シートとなっている。
ところで、素体の比抵抗と抵抗値とは、
Rv(抵抗値)=ρ(比抵抗)×L(素体の厚さ)/S(素体の断面積)
という数式で関連付けられる。
ここで、発明の詳細な説明における第2表及び第3表の各試験に用いられた試料が、「幅×長さ」が厳密に「1cm×1cm」のものであったとの前提で、各実験に用いられた試料の厚みを逆算すれば、数式
L(素体の厚さ)=Rv×S/ρ(但し、S=1)
により、熱間プレス後の試料の厚みが0.409ないし0.431mmであったことが、第3表の「抵抗初期値」の最小(0.215Ω)・最大(0.227Ω)のものを第2表の「比抵抗(5.261Ω・cm)」で除することにより求められる。
したがって、上記試算値を前提とすれば、さらに、電極銅箔(1枚あたりの厚さを厳密に35μmとすれば、35μm×2=0.07mm)を除いた有機質素子のみの厚みは、0.339ないし0.361mmに加工されているものと試算される。
ところが、厚みが「1cm」の板状有機化合物(結晶性ポリエチレン)を熱間プレスにより「0.339ないし0.361mm」に圧縮することは、理論的には不可能ではないにしても実際的とはいえない。
したがって、当業者の技術常識および明細書の記載全体からみれば、本件公告公報第2欄第23行の記載(「厚み1cm」)は、誤記であることが明らかである。 しかも、有機質正特性サーミスタにおける厚みが1mm以下といったオーダーで成型されることは当業者の技術常識である(請求人の提出した甲第3号証(米国特許第4,314,230号明細書(1982年))に記載された有機正特性サーミスタの素子においても、「厚み0.021インチ(約0.5mm)の板状ZTC及びPTC素子を準備し」と記載されており、同様のオーダーであるものが示されている(第5欄第48〜49行を参照。))ことを考慮して、原材料たる有機化合物板状体の厚みを「1mm」とみた場合、これを適宜の加重をもって150℃、30分間加圧すれば、略半分以下の厚みとされることは、ポリエチレン等の有機材料を扱う当業者にとっては自明である。そして、上記のとおり、実施例の欄の発明試料は、熱間プレスの結果「0.339ないし0.361mm」という略半分以下の厚みとされている。
このように、原材料の初期厚みを「1cm」ではなく「1mm」と理解することによって、熱間プレスを経て作成される最終試料の開示(平面寸法および第2表、第3表のデータ)との関係が明確な整合性をもって理解され、かつ、これが当業者の技術常識に合致することからみて、本件特許の公告公報第2欄第23行における板状体の厚みは「1mm」であり、「1cm」はその誤記に過ぎないことは明らかである。
また、上記のとおり、本訂正は、明細書に記載された事項の範囲内でなされたものである。
さらに、本訂正は、単に試験用の試料の作成工程に関するものであり、これが特許請求の範囲を実質上拡張し、又は変更するものに当たらないことは明らかである。

〔2-3〕むすび
以上のとおりであるから、上記訂正事項a、bは、特許法第134条第2項ただし書の規定、及び同法同条第5項で準用する第126条第2項及び第3項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

3.本件発明
上記2.で示したように上記訂正が認められるので、本件特許発明の要旨は、上記訂正請求に係る訂正明細書の特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである。(以下、「本件発明」という。)
「重合体と該重合体に分散された導電性粉末とからなる正の抵抗温度特性を有する素子の表面に、該素子の表面と接する面を電解質で粗面化した金属板を接合し、これを電極としたことを特徴とする有機質正特性サーミスタ。」

4.審判請求人の主張

〔4-1〕無効とすべき理由の概要
本件審判請求人は、以下の証拠方法を提出するとともに、次のように主張する。
<主張1>(特許法第29条第1項第3号)
本件発明は、甲第2号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものであり、特許法第123条第1項第1号(昭和62年法律第27号による改正前のもの)の規定により無効とすべきものである。
<主張2>(特許法第29条第2項)
本件発明は、甲第2号証に記載された発明、及び周知技術ならびに甲第3号証及び甲第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、特許法第123条第1項第1号の規定により無効とすべきものである。
<主張3>(特許法第36条第4項)
本件発明の特許は、その明細書の記載が不備であって、当業者が容易にその発明を実施することができる程度に記載されていない。したがって、本件発明の特許は、特許法第36条第4項の規定により特許を受けることができないものであるから、特許法第123条第1項第3号の規定により無効とすべきものである。

<証拠方法1(審判請求書)>
甲第1号証:特公平 5-9921号公報(本件の特許公告公報)
甲第2号証:英国特許第604,695号明細書(完全明細書受理日 1948年7月 8日、昭和40年2月15日付けで日本国特許庁資料館に受け 入れ)、及び、その日本語翻訳文
甲第3号証:米国特許第4,314,230号明細書(1982(昭和57)年2月2日発 行)、及び、その日本語翻訳文
甲第4号証:米国特許第4,426,633号明細書(1984(昭和59)年1月17日 発行)、及び、その日本語翻訳文
甲第5号証:木原研三代表編集「ニューセンチユリー英和辞典」株式会社 三省堂1994(平成6)年11月1日第14刷発行、p.1008“plate ”の項
甲第6号証:「ブリ夕二力・ワールド・ランゲージ・ディクショナリ第一 巻(Britannica World Language Dictionary,Volume One)」エンサ イクロペディア・ブリ夕二力社(Encyclopaedia Britannica,Inc .)1960(昭和25)年発行、p.968“plate”の項
<証拠方法2(弁駁書)>
甲第7号証:中山信弘編著「注解特許法[第三版]下巻」株式会社青林書 院 平成12年8月30日第三版第1刷発行、p.1372〜1373
甲第8号証:特開昭62-85401号公報
甲第9号証:大阪地裁平成11年(ワ)第11907号特許権に基づく差止等 請求事件の被告第一回準備書面第29頁乃至第34頁
甲第10号証:上記事件の原告第三回準備書面第19頁乃至第21頁
甲第11号証:東京工業大学大学院理工学研究科電子物理専攻の岩本光正 教授の鑑定書
甲第12号証:呂戊辰著「新版金属表面加工概論」株式会社地人書院 昭和 51年11月30日第1刷発行、p.206
甲第13号証:金属表面技術協会編「金属表面技術講座4-被覆形成技術 」株式会社朝倉書院 昭和44年9月25日初版発行、p.34
甲第14号証:特開昭58-154164号公報
甲第15号証:特開昭53- 43497号公報

〔4-2〕具体的無効理由
本件審判請求人は、審判請求書等において、具体的理由を概要以下のとおり主張する。

(4-2-1) 審判請求書における主張
【本件特許発明】
構成要件に分節した本件特許発明
特許査定時の明細書の特許請求の範囲に記載された本件特許発明を構成要件に分節して示すと、以下のようになる。
「(X1)重合体と
(X2)該重合体に分散された導電性粉末とからなる
(X3)正の抵抗温度特性を有する素子
(X4)(該素子)の表面に、該素子の表面と接する面を粗面化した金属 板を接合し、
(X5)これを電極としたことを特徴とする
(X6)有機質正特性サーミスタ。」

【主張1】(特許法第29条第1項第3号について)
(1)証拠の説明
甲第2号証:英国特許第604,695号明細書(1948年)
甲第2号証の英国特許明細書は日本国特許庁万国工業所有権資料館(現在の特許庁工業所有権情報館の前身)に昭和40年2月15日に受け入れされたものであって、これには以下の記載がある。
i)「本発明は、抵抗素子に関するものであり、更に詳しくは、正の温度/抵抗特性を有する抵抗素子に関する。」(甲第2号証第1頁第7〜11行)
ii)「本発明の目的は、現在までに入手可能とされてきた温度/抵抗特性よりも急峻な温度/抵抗特性を有する抵抗素子を提供することであり、本発明によれば、この抵抗素子は、粉末化電気伝導性材料と熱可塑性材料との混合物から成る。本発明の好ましい態様では、電気伝導性材料は黒鉛、熱可塑性材料はポリエチレンから成ることができる。」(甲第2号証第1頁第12〜23行)
iii)「好ましい材料が使用される場合には、ポリエチレンが塑性状態とされる約150℃の温度で、カレンダー上で混合される。」(甲第2号証第1頁第27〜32行)
iv)「混合後には、この生産物は、金型成形、ロール成形又は押出成形によって、棒状体とすることもできる所望の形状にされる。さらに、この棒状体との電気接続を行うための手段が取り付けられる。この接続を行うにあたっては、混合物が塑性状態にあるときに混合物に接続手段を取り付ける際に、十分な接触面積と接合力とが得られるように注意を払わなければならない。サンドブラスト仕上げが施された表面を有するエンドプレート用ディスク又はカップを用いることができる。カップを用いた場合、カップ壁部の深さ方向の全部分にわたって粗い鋸歯状の切り込みを複数形成することにより、カップと棒状体との間の接合力を向上させることができる。」(甲第2号証第1頁第35〜49行)
v)「上述した温度範囲では抵抗が素早く増加するという観点から、この抵抗素子は多くの用途に使用することができる。例えば、電流及び電圧の安定化のために使用でき、或いは電気モータの速度調整器の一部分を形成することもできる。この抵抗素子は、熱電子管のフィラメント電流の制御、或いは例えば火災警報システムにおける温度上昇の遠隔報知用にも使用することができる。さらに、この抵抗素子は給湯機を制御するためにも使用でき、実際に給湯機素子として大きな抵抗素子を使用することができる。この場合、ヒーター周りの水の温度が上昇するにつれてヒーターの抵抗が大きくなるとともに、ヒーターによって消費される電力が減少させられる。また、この抵抗素子は、電気信号技術、特に電話装置に多くの用途を有している。例えば、この抵抗素子を継電器と直列に接続することにより継電器の開放を遅らせたり、或いはこの抵抗素子を継電器と並列に接続することにより継電器の動作を遅らせたりするために、この抵抗素子を使用することができる。これら何れの場合にも通常の抵抗素子に対して直列に接続される。この抵抗素子は、特にステッピングスイッチに採用される電磁石の過熱防止のための電磁石用保護装置としても使用することもできる。これによれば、過熱後の数秒以内に電磁石の動作を停止させることができることが確認されている。最後の例示として、電話自動交換装置に採用されている最終セレクタにおけるベル用抵抗としてこの抵抗素子を使用することが挙げられる。最終セレクタが地絡を形成する線上にある場合、ベル用抵抗の存在によりバッテリ上のドレインが減少させられ、これにより、他のコネクターへと供給されるベル用電流の強度が減少させられることを回避することができる。」(甲第2号証第1頁第66行〜第2頁第11行)
vi)「また、ポリエチレンに対する黒鉛の比率を変化させることにより、温度に対する抵抗の変化が最も明確に表れる範囲を変更することができ、同時に、抵抗の実際の値をも変更することができることが認められる。」(甲第2号証第2頁第16〜第22行)
vii)「本発明によれば、この抵抗素子は、適切な形状の固体を形成するよう加工された、ポリエチレンと粉末化黒鉛との密な混合物から成る。」(甲第2号証第2頁第58〜62行)

甲第5号証:木原研三代表編集「ニューセンチュリー英和辞典 第2版」 株式会社 三省堂 1994(平成6)年11月1日第14刷発行 、p.1008 “plate”の項
「1 金属板」

甲第6号証:「ブリタニカ・ワールド・ランゲーン・ディクショナリ第一 巻(Britannica World Language Dictionary,Volume One)」エンサ イクロペディア・ブリタニカ社(Encyclopaedia Britannica,Inc .)1960(昭和25)年発行、p.968“p1ate”の項
「2 シート状金属(Metal in sheets)」

(2)本件特許発明の新規性欠如の理由
(2-a) 構成についての判断
甲第2号証には、「正の温度/抵抗特性を有する抵抗素子」が記載されている(甲第2号証第1頁第9〜11行)。甲第2号証でいう「正の温度/抵抗特性」とは、本件特許発明の構成要件(X3)の『正の抵抗温度特性』と同一の特性を指し、また構成要件(X6)の『正特性』を指すことは明らかである。したがって、甲第2号証には本件特許発明の構成要件(X3)が記載されている。構成要件(X6)については後にさらに言及する。
また、本件特許発明でいう『サーミスタ』(構成要件(X6))とは正又は負の抵抗温度特性を有する抵抗素子を指すのであり、甲第2号証には「正の温度/抵抗特性を有する抵抗素子」が記載されているのであるから、甲第2号証には本件特許発明の構成要件(X6)の『正特性サーミスタ』が記載されているといえる。
甲第2号証には、「本発明によれば、この抵抗素子は、粉末化電気伝導性材料と熱可塑性材料との混合物から成る。」と記載されている(甲第2号証第1頁第16〜19行)。さらに、「本発明の好ましい態様では、電気伝導性材料は黒鉛、熱可塑性材料はポリエチレンから成ることができる。」とも記載されている(甲第2号証第1頁第19〜23行)。「ポリエチレン」は、『重合体』(構成要件(X1))の範疇に属するものであり、「粉末化黒鉛」は、電気伝導性材料として用いられているのであるから、『導電性粉末』の範疇に属するものである。また甲第2号証では、ポリエチレン及び黒鉛は、「ポリエチレンが塑性状態とされる約150℃の温度において、カレンダー上で混合され」(甲第2号証第1頁第27〜32行)、このことを完全明細書では、「ポリエチレンと粉末化黒鉛との密な混合物から成る。」とも表現している(甲第2号証第2頁第59〜61行)。したがって、粉末化黒鉛はポリエチレンに分散されている、すなわち、導電性粉末は重合体に分散されている(構成要件(X2))。
以上のとおり、甲第2号証には、本件特許発明の構成要件(X1)及び(X2)が記載されている。
甲第2号証では、上記混合物について、「この生産物は、金型成形、ロール成形又は押出成形によって、棒状体とすることもできる所望の形状にされる。」と記載されている(甲第2号証第1頁第35〜37行)。棒状体等の所望の形状とされた物は、その後で電気接続を行う手段が取り付けられるのであるから(甲第2号証第1頁第37〜39行)、本件特許発明の構成要件(X3)の『素子』に該当するものである。したがって、甲第2号証には、『正の抵抗温度特性を有する素子』が記載されている、すなわち、本件特許発明の構成要件(X3)について記載されている。また、甲第2号証に記載されているポリエチレンは有機材料であるから、甲第2号証の素子は、『有機質』(構成要件(X6))のものである。したがって、甲第2号証には、結局のところ本件特許発明の構成要件(X6)も記載されている。
甲第2号証では、正の抵抗温度特性を有する素子に電気接続を行うための手段が取り付けられる。電気接続を行うための手段の一例として、甲第2号証では「エンドプレート用ディスク」が用いられる(甲第2号証第1頁第44行)。この「電気接続を行うための手段」とは、明らかに電流が流れ込み、流れ出す導体であるから、『電極』(構成要件(X5))を意味する。したがって、甲第2号証には、本件特許発明の構成要件(X5)が記載されている。
また、「プレート」とは『金属板』(構成要件(X4))を意味する。したがって、「エンドプレート用ディスク」とは「金属端板となる円板」を意味する。なお、ここで「プレート」が「金属板」を意味することについて、補足説明をする。「プレート」は“plate”の日本語訳として用いたが、本来、英語のplateには「金属板」の意味があり、このことは甲第5号証として引用する「ニューセンチュリー英和辞典」では、“plate”の訳語として「金属板」を冒頭に掲げており、著名な英英辞典である甲第6号証の「ブリタニカ・ワールド・ランゲージ・ディクショナリ(第ー巻)」にも“plate”を「シート状金属(Metal in sheets)」と説明しているところである。しかも、サーミスタのような電子部品では、電極として、銅、ニッケルの他に、銀、金、アルミニウム等の金属をその性質、コスト、用途を加味して使用することが慣用されている。このようなことを考慮すれば、「エンドプレート用ディスク」が「金属端板となる円板」を意味することは明白であり、したがって「エンドプレート用ディスク」は、『金属板』(構成要件(X4))の範疇に属するものである。
ところで、甲第2号証では、エンドプレート用ディスク、すなわち金属板にはサンドブラスト仕上げが施される(甲第2号証第1頁第44〜45行)。サンドブラストとは砂吹き、すなわち金属、ガラスなどの表面を粗くするために砂を吹き付けることをいい、したがって甲第2号証のエンドプレート用ディスク、すなわち金属板の表面は『粗面化』(構成要件(X4))されている。甲第2号証では、「さらに、この棒状体との電気接続を行うための手段が取り付けられる。この接続を行うにあたっては、混合物が塑性状態にあるときに混合物に接続手段を取り付ける際に、十分な接触面積とと接合力とが得られるように注意を払わなければならない。」と記載して(甲第2号証第1頁第37〜44行)、金属板にはサンドブラスト仕上げを施す理由が「十分な接触面積と接合力を得」るためであることを明らかにしている。サンドブラスト仕上げにより金属板の表面が粗面化されれば、金属板と素子との接触面積が大となることは明らかであり、またこのことにより接合力が増大することも明らかである。そして、甲第2号証では、このようにして粗面化した面を有する金属板は、その粗面化した面が素子の表面と接合するようにして素子に取り付けられる。したがって、甲第2号証には、本件特許発明の構成要件(X4)が記載されている。
以上詳述したように、甲第2号証には本件特許発明の構成要件(X1)乃至(X6)がすべて記載されており、しかもこれらの構成要件は一体となってサーミスタを構成している。したがって、本件特許発明の構成は、甲第2号証に記載されている。
(2-b) 目的、効果についての判断
発明は目的、構成、効果の三要素からなるが、目的及び効果は一般に表裏一体のものであるから、その判断をするには何れか一つを判断すれば十分である。したがって、ここでは効果についての判断を専ら行う。
既述のように、甲第2号証には本件特許発明の構成要件(X1)乃至(X6)がすべて記載されており、しかもこれらは一体となって甲第2号証記載の有機質正特性サーミスタを構成している。したがって、本件特許発明に係る有機質正特性サーミスタと甲第2号証記載の有機質正特性サーミスタとは同一の構成を有している。両者の構成が同一であれば、両者の効果も当然のこととして同一である。
さらに、本件特許発明の効果の検討を以下で詳細に行う。
・接合強度の向上(甲第1号証第1欄第10行、第2欄第7行、第3欄第7行、第8行、第4欄第28行、同欄第31行)
甲第2号証には、既述のように、金属板の面を粗面化した面とすることにより、素子との十分な接合力が得られると記載されている(甲第2号証第1頁第37〜44行)。したがって、甲第2号証には、本件特許発明の接合強度の向上の効果が記載されている。
・低抵抗(甲第1号証第2欄第8行、第4欄第37行)
低抵抗は正特性サーミスタが当然に具備する効果である。甲第2号証では、十分な接触面積と接合力を得るために電極の面を粗面化している。接触面積が増大し、接合力が向上すれば、素子と電極との接触抵抗が小さくなることは明らかであり、このことからも、甲第2号証では有機質正特性サーミスタが通常状態で低抵抗であることが明らかである。また、甲第2号証には、「また、ポリエチレンに対する黒鉛の比率を変化させることにより、温度に対する抵抗の変化が最も明確に現れる範囲を変更することができ、同時に、抵抗の実際の値をも変更することができることが認められる。」と記載されている(甲第2号証第2頁第16〜22行)。したがって、甲第2号証では、素子(ポリエチレンと黒鉛との混合物)を低抵抗とすることも含むものであるから、このことからも甲第2号証の有機質正特性サーミスタが低抵抗であるといえる。
・優れた寿命特性(甲第1号証第2欄第8行、第3欄第39行、第4欄第24行、第 32行)
寿命特性に優れていることは、商用に供することが可能な正特性サーミスタが当然に具備する効果である。甲第2号証では、その発明に係るサーミスタを用いることの可能な用途を多数掲げており、「モーターの速度調整器」、「電子管のフィラメント電流の制御」、「火災警報システムの遠隔報知」、「給湯器素子」、「電話装置」、「電磁石保護装置」、「電話交換装置のベル用抵抗」が挙げられている(甲第2号証第1頁第66行〜第2頁第11行)。これらの用途に用いられることのできる甲第2号証の正特性サーミスタが寿命特性に優れていることは明らかである。
・良好なオーム性接触(甲第1号証第3欄第36〜37行)
良好なオーム性接触を示すことは、正特性サーミスタが当然に具備する効果である。この点を詳述すると、甲第2号証では、素子はポリエチレンとこれに分散した導電性粉末である粉末化黒鉛から成り、電気伝導性を示す。すなわち、この素子は電気的に導体である。したがって、甲第2号証でこの素子に金属板を接合すれば、その接合は当然にオーム性接触になり、しかも既述のとおりに低抵抗である。さらに、十分な接合力が得られているということは、接合が完全なのであるから、良好なオーム性接触を呈することになる。甲第2号証では、正特性サーミスタが良好なオーム性接触を呈することは明らかである。
・高い耐電圧(甲第1号証第4欄第37行)
有機質正特性サーミスタに求められる耐電圧の値は、用途によって種々に異なる。ある用途では、求められる耐電圧は比較的に低く、ある用途では、求められる耐電圧は比較的に高い。甲第2号証では、その発明に係るサーミスタを用いることの可能な用途を多数掲げている。その中には、比較的に高い耐電圧が要求されるものもある。例えば、甲第2号証に記載の電話装置がその一例である。もっとも、耐電圧は高ければ高い程良いというものではなく、その他の性能の実現との兼ね合いで、適切な耐電圧のものに設計、設定することが現場では行われる。しかも、耐電圧を高くするには、基本的には素子の厚さを大きくすればよく、一方、本件特許明細書の発明の詳細な説明の欄では.寿命試験での24ボルトの印加電圧を挙げているに過ぎず、その他には具体的な電圧値の記載がないところ、この24ボルトは高い耐電圧とはとてもいえない。したがって、どのような耐電圧のものに設定するかは単なる設計的事項に属することなのであり、単に高い耐電圧ということは、甲第2号証に記載されているといえる。
したがって、このようなことを考慮すると、本件特許発明の目的、効果は格別のものではなく、それらは甲第2号証に記載されたものと同じであるといえる。
(2-c) 結び
以上のとおりであるから、甲第2号証には、本件特許発明と目的、構成、効果を同じくする同一の発明が記載されている。
したがって、本件特許発明は、甲第2号証の内容に鑑みると、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、特許法第123条第1項第1号の規定により無効とされるべきものである。

【主張2】(特許法第29条第2項について)
(1)証拠の説明
甲第3号証:米国特許第4,314,230号明細書(1982(昭和57)年2月2日発 行)
甲第3号証の米国特許明細書には、正温度係数(PTC)を示す導電性ポリマー組成物を具備する電気デバイスについて記載されているが、これには以下の記載がある。
i)「導電性ポリマー組成物[正温度係数(PTC)又は負温度係数(NTC)特性を示すこのような組成物を含む]及びこれらを備える電気デバイスは公知である。」(甲第3号証第1欄第12行〜16行)
ii)「本発明者等は、金属(又は最大5×10-2オーム・cmの抵抗率を有する他の材料)を、導電性ポリマー素子を具備するデバイスの表面に対して焔熔射し、そうして少なくとも1ミル厚さであり、導電性ポリマー素子と電気的接触状態にある層を形成すると、得られる焔熔射層は、それに電気リード線をはんだ付け(又は他の方式)によって容易に取り付けることができ、温度サイクリングに付したときでもデバイスとの優れた物理的及び電気的接触を維持することができるものであることを発見した。同様に、価値のある結果を、適当なキャリヤー部材の上にこのような焔熔射層を形成し、次いでこの層をデバイスに積層することによって得ることができる。」(甲第3号証第2欄第66〜第3欄第11行)
iii)「別の面に於いて、本発明は、導電性ポリマー組成物から構成された素子を備えるデバイスの表面に高導電性層を設ける方法であって、
(a)25℃で最大5×10-2オーム・cmの抵抗率を有する材料を、キャリヤ一部材の表面上に焔熔射して、少なくとも1ミル厚さである該材料の層を形成すること、及び
(b)該キャリヤー部材上の該焔熔射層と該デバイスの表面とを、熱及び圧力の条件下で接触させて、該素子と電気的接触状態にある該材料の層を形成するこを含む方法を提供する。」(甲第3号証第3欄第26〜38行)
iv)「実施例2
下記の表に示す成分を、バンバリーミキサー内で混合し、ペレット化ダイを通して水浴中に押し出し、ペレットに細断した。このべレットを乾燥し、次いで約10ミル厚さのブラックに圧縮成形した。このブラックに20Mradまで照射し、約4ミル厚さのバビットメタル(0.25%Pb、3.5%Cu、7.5%Sb及び88.75%Sn)の皮膜で両側に焔熔射し、次いで1×1cm正方形に切断した。20AWG SnメッキしたCu線を、正方形のそれぞれの側の中にはんだ付けした。

重量 重量% 体積%
EEA455 4687g 29.7 38.3
Marlex6003 3756g 23.8 29.7
Furnex N765 7022g 44.5 29.7
酸化防止剤 316g 2.0 2.3
EEA455(Dow Chemicalから入手可能)は、エチレンとアクリル酸とのコポリマーである。
Marlex6003(Phillips Petroleumから入手可能)は、0.3のメルトインデックスを有する、高密度ポリエチレンである。
Furnex N765(City Services Co.から入手可能)は、60ミリミクロンの粒子サイズ及び32m2/gの表面積を有するカーボンブラックである。
酸化防止剤は、米国特許第3,986,981号に記載されているような、3〜4の平均重合度を有する4,4-チオビス(3メチル-6-t-ブチルフェノール)のオリゴマーであった。」(甲第3号証第6欄第36〜65行)

甲第4号証:米国特許第4,426,633号明細書(1984(昭和59)年1月17日 発行)
甲第4号証の米国特許明細書には、PTC導電性ポリマー組成物を含有するデバイスについて記載されており、特に次の記載がある。
i) 「導電性ポリマー素子、好適にはPTC素子と少なくとも1種の金属箔電極を備える電気デバイスに関する。好適なデバイスは回路保護デバイスである。このデバイスは、制御した時間、温度、圧力の条件下で、箔を導電性ポリマー素子に積層することにより製造することができる。」(甲第4号証第1頁右欄要約の項)
ii)「一態様において、本発明は、電気デバイスの製造方法を提供するものであり、前記デバイスは、
(a)(i)ポリマー成分と、
(ii)該ポリマー成分に分散された粒子状導電性フィラーと、
を含む導電性ポリマー組成物から構成される素子と、
(b)金属箔の第1の電極と、
(c)第2の電極と、
を備え、
前記第1と第2の電極は電源に接続可能とされかつ接続された時に前記素子を通して電流が流れるようにされており;
この方法は、
(1)前記導電性ポリマー組成物を成型素子に成型し、
(2)工程(1)で得た成型素子を直接又は間接的に金属箔と対面接触させ、
(3)前記成型素子と前記金属箔とを加熱加圧し、
(4)前記成型素子と前記金属箔とに十分な圧力をかけた状態でこれら成型 素子及び金属箔を冷却して、冷却完了した後に成型素子と金属箔を強固 に接着接触させる
ことを特徴とするものである。」(甲第4号証第2欄第61行〜第3欄第16行)
iii)「他の態様において、本発明は、
(a)導電性ポリマー組成物から構成される素子と、
(b)該導電性ポリマー素子と電気的に接触しかつ金属箔である例えば平面 、曲面又はしわ状面を有する層状電極と;
を備え、
前記導電性ポリマー素子と前記金属箔は、互いに直接又は間接的に対面接触しかつ互いに強固に接合された電気デバイスを提供するものである。」(甲第4号証第3欄第20〜29行)
iv) 「(4)前記デバイスは、23℃で、1000Ω未満、好適には100Ω未満、より好適には1Ω未満の抵抗値を有する。例えば0.1Ω未満とされ、さらに低い抵抗値、例えば0.01Ω未満とされた非常に低い抵抗値を有するデバイスを形成することができ、当該デバイスは、高い正規操作電流が流れる回路における回路保護デバイスとして有効である。」(甲第4号証第3欄第47〜53行)
v) 「(9)以下の試験手順で前記デバイスを試験した時、デバイスの23℃における抵抗値は、多くて3倍、好適には多くて2倍に増加する。試験手順は、23℃の静止空気中において、前記デバイスが試験回路の一部とされた、デバイス、24ボルトのDC電源及びスイッチから本質的に構成された試験回路を用い、Nが200とされたN試験サイクルにより行われる。各試験サイクルは、30秒間試験回路のスイッチを閉じ、これによりデバイスが高温度高抵抗状態とされ、そしてスイッチを開いてデバイスを23℃に冷却した後、次の試験サイクルを開始するというものである。」(甲第4号証第4欄第4〜16行)

(2)本件特許発明の進歩性欠如の理由
本件特許発明の進歩性欠如を判断するに当たっては、甲第2号証を主引用例として用い、その他に甲第3号証及び甲第4号証を補助引用例として用いる。甲第2号証、甲第3号証及び甲第4号証には有機質正特性サーミスタが記載されており、したがってこれらの引用例に記載されたものは同一の技術分野に属する。
(2-a) 構成についての判断
甲第2号証の英国特許明細書では、本件特許発明と目的、構成、効果を同じくする発明が記載されていることは、既に、「【 主張1】(特許法第29条第1項第3号について)(2)本件特許発明の新規性欠如の理由」の欄において説明したとおりである。すなわち、構成については、甲第2号証に記載のものは本件特許発明の構成要件(X1)〜(X6)の組み合わせを備えている。また、甲第2号証では、十分な接触面積と接合力を得るという目的の下に、エンドプレート用ディスクの素子と接する面を粗面化している。
そしてその際には、甲第2号証の「プレート」とは「金属板」を意味し、「エンドプレート用ディスク」とは「金属端板となる円板」を意味すると述べた。
しかし、仮に、「プレート」が金属板を意味するとまでは読めないとしても、すなわち甲第2号証では本件特許発明の構成要件(X4)を備えていないとしても、プレートが板状体であることは明らかであり、そして電子部品の電極材料として金属を用いることは周知、慣用の技術であって、しかも甲第3号証及び甲第4号証では有機質正特性サーミスタの電極の材料として金属を用いているのであるから(甲第3号証第2欄第66〜第3欄第3行、甲第4号証第1頁右欄要約の項)、甲第2号証のエンドプレート用ディスクの材料として金属を用いることは当業者が容易に想到しうることである。
したがって、甲第2号証に記載の有機質正特性サーミスタにおいて、周知の技術並びに甲第3号証及び甲第4号証の教示に従って電極として金属板を採択し、甲第2号証の教示に従ってその面を粗面化して、その面が素子の表面と接するように両者を接合することは、当業者が容易に想到できたことである。
(2-b) 目的、効果についての判断
本件特許発明の効果として記載の「接合強度の向上」、「低抵抗」、「優れた寿命特性」、「良好なオーム性接触」、「高い耐電圧」は、いずれもが甲第2号証に記載の有機質正特性サーミスタが奏する効果であることは既述のとおりである。しかも、これらの効果は、1)重合体と該重合体に分散された導電性粉末とからなる素子を用いることと、2)素子の表面に、該素子の表面と接する面を粗面化した電極板を接合することにより奏される筈のものである。したがって、これらの効果は、電気接続を行う手段、すなわち電極の材料として金属を採択することによっても、阻却されないことは明らかである。
このことは次のようにもいえる。甲第3号証および甲第4号証には有機質正特性サーミスタが記載されているところ、甲第3号証には、温度サイクルに付したときでも優れた物理的および電気的接触を維持できること、電極と素子との接触が許容できるオーム性接触となることが記載されている。この効果は、本件特許明細書の発明の詳細な説明の欄に記載の、接合強度が向上し、寿命特性に優れ、良好なオーム性接触を示すという効果と同じものである。また、甲第4号証には、導電性ポリマーと電極とが強固に接着されて、非常に低い抵抗値を有し、しかも(24ボルト印加時において)良好な温度サイクル特性を維持できることが記載されている。この効果は、接合強度が向上し、寿命特性に優れ、耐電圧が高いという効果と同じものである。このように、本件特許発明の効果は、有機質正特性サーミスタが奏することが当然に期待され、そして当然のこととして奏する効果に過ぎない。
そうすると、本件特許発明の効果には格別顕著なものがなく、当業者が予測し得るものである。
(2-c) 結び
以上のとおり、本件特許発明は、甲第2号証の発明に周知技術並びに甲第3号証及び甲第4号証を加味すると、当業者が容易に発明をすることができたものであるといえる。したがって、本件特許発明は、特許法第29条第2項に該当し、特許を受けることができないものであるから、特許法第123条第1項第1号の規定により無効とされるべきものである。

【主張3】(特許法第36条第4項について)
(1)粗面化について
本件特許明細書発明の詳細な説明の欄の冒頭では、有機質正特性サーミスタにおいて、素子と電極となる金属板との接合強度を向上させることを主たる目的に掲げている(甲第1号証第1欄第8行〜11行)。そして、重合体と該重合体に分散された導電性粉末とから成る正の抵抗温度特性を有する素子を備える有機質正特性サーミスタは公知であると説明をして(甲第1号証第1欄第12行〜16行)、その従来例として2件の米国特許を挙げている(甲第1号証第1欄第16〜18行)。次に、従来例の欠点として、素子本体に網状金属を埋め込み、これを電極としたものでは、全体の抵抗が高くなってしまうという欠点があること、ステンレス等の金属板を素子本体の表面に接合し、これを電極としたものでは、素子本体との密着性が悪く、寿命試験を行うと抵抗値の大幅な増加があり、しまも僅かな外力によって金属板が剥がれるという欠点があることを挙げている(甲第1号証第1欄第19行〜第2欄第4行)。
続けて、本件特許明細書の発明の詳細な説明の欄では、上記従来技術の欠点を克服することを目的として、本件特許発明がなされたと説明をしている(甲第1号証第2欄第5〜15行)。
このように、本件特許明細書では、本件特許発明における「素子」の構成は公知のものであり、「金属板」を「電極」として用いることも公知であると説明されている。そうすると、「素子の表面に、該素子の表面と接する面を粗面化した金属板を接合し、これを電極とした」点が本件特許発明の特徴なのであり、ここが重要といえる。要するに、金属板の「粗面化した」面という点が本件特許発明の本質的部分なのである。
しかし、本件特許発明の発明の詳細な説明の欄では、粗面化の程度、粗面化した面の形状がどのようなものであるかといった「粗面化した」面についての説明が全くない。しかも、このような粗面化の程度・形状と、素子の接合強度との関係についての説明もない。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明の欄は記載不備である。
さらに、本件特許明細書の発明の詳細な説明の欄、実施例の項では、「電解質で粗面化した」と記載している。しかし、その他には粗面化の方法の記載は一切ない。
ところで、この粗面化方法については、電解質として具体的に何を用いるのかという例示が全くないし、その粗面化方法がどういう操作過程を含むものか、その条件設定がどのようなものか、ということの記載が全くない。
ところで、単に電解質といっても、電解質がどのようなものかは一義的かつ明確には定まらない。それどころか、「電解質で粗面化する」という方法自体は、本件特許発明の技術分野、特に有機質正特性サーミスタの分野において、何らの説明を要しない周知、慣用の方法ではない。それどころか不明の粗面化方法といわざるを得ないものである。
したがって、この点からも、本件特許明細書の発明の詳細な説明の欄は記載不備である。
したがって、本件特許発明は、その明細書の記載が不備であって、当業者が容易にその発明を実施することができる程度に記載されていないものである。

(2)実施例における比較試験及び効果の記載(甲第1号証第2頁第3欄第 20行〜同頁第4欄第42行)について
(2-a) 第2表に示す測定に用いた試料については、「オーミック性について、上述した例で得られた各試料について測定した」(甲第1号証第2頁第3欄第20〜21行)とあることから、「lcm角の大きさに切断」(同第1頁第2欄第27行)した試料を用いていることは明らかである。つまり、一辺がlcmの立方体の試料である。したがって、第2表の比抵抗(Ω・cm)はすなわち抵抗値(Ω)であり、第2表の測定結果は、「この発明」に対して5.261(Ω)、「比較試料」に対して7.639Ωとなる。
第3表の結果をみると、「この発明」の初期値における抵抗値は0.215〜0.227Ωであり、「比較試料」は0.237〜0.246Ωとなっている。
第3表に示された測定結果は、「さらに、得られた各試料について寿命試験を実施し、その結果を第3表にした」(甲第1号証第2頁第3欄第39〜40行)とあることから、試料は第2表の場合と同様に明らかにlcm角のはずである。同じlcm角の試料なら、第2表のように抵抗値は約5〜7Ωといったオーダーの数値でなければならないはずである。ところが、第3表の試験結果は、その約1/20である約0.2Ω程度である。
要するに、第2表の測定と第3表の測定とは同じlcm角の試料に基づいて行われたはずなのに測定結果に整合性がない。
(2-b) 第3表の初期値における抵抗値を、「この発明」と「比較試料」とで比較してみると、せいぜい10%程度の差しかない。
これに対して、第2表に記載された「この発明」と「比較試料」との比抵
抗(本実施例の試料では抵抗値)は45%もの差がある。
つまり、第2表で示された程のオーミツク性の違いが第3表にはみられない。同一の試料を用いているはずなのに何故これ程までに差があるのかが不明である。
したがって、第2表の結果のみを用いて、「良好なオーミツク性接触が得られている」(甲第1号証第2頁第3欄第36〜37行)と結論づけている記載は信頼性がない。
(2-c)「耐電圧が高く」(甲第1号証第2頁第4欄第37行)とあるが、その根拠が不明である。寿命試験では24Vの場合の結果(第3表の試験1及び試験2)しか記載されておらず、他の比較データがない。したがって、本発明により耐電圧が高くなったという裏付け及び理論的な説明がない。
(2-d)「0.05Ωという低い抵抗値のものが得られ」(甲第1号証第2頁第4欄第40行)とあるが、実施例に記載された抵抗値は一番低いものでも、第3表にある0.215Ωである。つまり、0.05オームという抵抗値を有する有機質正特性サーミスタが本発明によりどのように実現されたのかという記載がない。
要するに、「0.05Ωという低い抵抗値」という記載は、根拠のない記載といえ、とても本件特許発明の効果とはいえない。
上記(2-a)〜(2-d)で説明したように、実施例において本件特許発明の効果を、測定結果を用いて説明しているが、その測定結果に整合性がない。さらに、本件特許発明の効果を裏付けるデータや理論的説明さえない。したがって、本件特許発明の有機質正特性サーミスタは、明細書に記載されているような効果を奏するとはいえない。

(3)結び
以上(1)及び(2)において説明したように、本件特許明細書には本件特許発明を当業者が容易に実施できる程度に記載されているとはいえず、本件特許は特許法第36条第4項に違反し、特許法第123条第1項第3号に該当することは明らかである。

(4-2-2) 弁駁書における主張

【1】 訂正請求について
(1) 訂正事項aについて
(1-a)形式上は特許請求の範囲を減縮するものであっても、却って、実質 上特許請求の範囲を変更するものであることについて
i)本件特許明細書発明の詳細な説明の欄の記載について
本件特許明細書の発明の詳細な説明の欄では、実施例の項において、「片面を電解質で粗面化したCu箔」との記載がある。したがって、特許請求の範囲の「粗面化した金属板」を「電解質で粗面化した金属板」と訂正する特許請求の範囲の訂正は、形式的には、「粗面化」したという点に「電解質で」という技術的要件を付加したものであるから、形式上は特許請求の範囲を減縮するものであるように見える。しかし、以下で説明をするように、このことは正しくないのである,
被請求人は、本件答弁書において、次のように主張した。
(1) 甲第2号証のサンドブラストの粗面化では、単純な凹部の繰り返しで ある粗面化形状が得られるに過ぎないが、訂正事項aを組み入れた発明 の「電解質で粗面化された」状態では、アンダーカットと称される横方 向への孔腔が形成され、例えば積乱雲にも癒え得る様な、或いは樹氷に も喩え得る様な外観からなるアンダーカットのある粗面が形成される。
(2) サンドブラストによる粗面状態は本件答弁書添付の参考資料1(A)に 示すとおりであり、これに対して、「電解質で粗面化された」粗面状態 は同参考資料1(B)に示すとおりであって、両者はアンダーカットの有 無を以て識別できる。
(3)「電解質で粗面化された」アンダーカットのある粗面状態を有する金 属板を用いることによって、素子表面と金属板表面が互いに噛み合うよ うに入り組んだ噛み合い接合が形成される。
しかし、本件特許明細書には、被請求人の主張する上記(1)、(2)、(3)の点は記載されていない。
審判請求人が上記(4-2-1)【主張3】(特許法第36条第4項について)において既に主張したように、本件特許明細書の発明の詳細な説明の欄では、粗面化の程度、粗面化した面の形状がどのようなものであるかといった「粗面化した」面についての説明が全くないし、このような粗面化の程度・形状と、素子の接合強度との関係についての説明もないし、実施例の項では、「電解質で粗面化した」と記載しているものの、その他には粗面化の方法の記載は一切ないし、電解質として具体的に何を用いるのかという例示が全くなし、その粗面化方法がどういう操作過程を含むものか、その条件設定がどのようなものか、ということの記載が全くないのである。
被請求人の主張する上記(1)の粗面とは、横方向への孔腔が形成されたアンダーカットを有する粗面であり、単純な凹部の繰り返しである粗面化形状とは区別されるものである。上記(2)の被請求人の主張は、このような差別化の点を図面を用いて、視覚に訴えて、さらに強調するものである。また、上記(3)の主張に係る噛み合い結合の点も自明なものではない。したがって、このような積乱雲にも喩え得る様な、或いは樹氷にも喩え得る様な外観からなるアンダーカットのある粗面というものは、特異な粗面であると言わなければならない。また、この粗面は、本件特許明細書発明の詳細な説明の欄に記載がないのであるから、新たな粗面である。
したがって、被請求人は、訂正事項aによって、「粗面化」という点に「電解質で」という技術的要件を付加することで、実は、特異な粗面を有する新たな構成を導入しようとしているのである。それ故に、訂正事項aの訂正請求は、形式上は特許請求の範囲を減縮するものであっても、却って、実質上特許請求の範囲を変更するものである。
ii)発明者の認識について
特許権者である被請求人は、既述のように、訂正事項aの訂正請求により、特異な粗面を有する新たな構成を何らの根拠もなく導入しようとしている。もちろん、訂正事項aの「電解質で粗面化」したという点は、訂正事項aを繰り入れた発明の本質的部分である。
本件特許発明の発明者がこのような特異な粗面を有する新たな構成を本件特許出願時に認識していたとの証拠ももちろんない。
iii)審査過程での主張
被請求人は、本件答弁書において、「電解質で粗面化」したという点は、本件特許明細書において詳細に述べる必要のないものであるとか、当業者であれば容易にその技術内容を理解できる程度に知られた技術であるとかと主張し、その証拠として特公昭50-40109号公報(乙第4号証)を提出する。
しかし、乙第4号証の記載を以て本件特許明細書発明の詳細な説明の欄の記載の一部とすることは、もちろん許されないことである。
しかも、本件特許発明の技術分野は有機質正特性サーミスタであるところ、特公昭50-40109号公報(乙第4号証)には印刷回路用銅箔の表面処理法が記載されており、その技術分野は有機質正特性サーミスタの技術分野とは相違する。したがって、乙第4号証をもって、「電解質で粗面化」するという方法が当業者であれば容易にその技術内容を理解できる程度に知られた技術であるとする請求人の主張は、技術分野の相違する証拠を持ってきているのであるから、そもそも当を得ないものである。さらに、乙第4号証には、積乱雲にも喩え得る様な、或いは樹氷にも喩え得る様な外観からなるアンダーカットのある粗面についての記載は全くないのである。
さらに、被請求人は、本件特許発明の審判での審理において平成5年11月26日付けで特許異議答弁書を提出したが、その第9頁第19行〜第10頁第2行において、特公昭50-40109号公報に記載の印刷回路用銅箔について、「したがって、本願発明のような有機質正特性サーミスタの電極として使用可能か否かは一切不明であり、本願発明に記載の効果が得られるか否かも全く不明である。」と主張して、その関連性を全面的に否定しているのである。
したがって、特許権者である被請求人が審査において乙第4号証との関連性を全面的に否定しながら、権利化後は、本件特許明細書の記載不備を有利に補うために、乙第4号証との関連性を全面的に肯定して援用することは不当である。
iv)結び
以上のとおりであるので、訂正事項aを目的とする訂正請求は、形式上は特許請求の範囲を減縮するものであっても、却って、実質上特許請求の範囲を変更するものである。

(1-b)明りようでない記載の釈明でもなく、仮に、明りようでない記載の 釈明であったとしても、却って、実質上特許請求の範囲を変更するもの であることについて
i)本件特許の特許請求の範囲の記載に係る「粗面化した」の点が明りょうでない記載であることは、被請求人の認めるところである。そこで、訂正事項aの訂正請求が明りようでない記載の釈明を目的とするものではないことを以下に説明する。
ii)訂正事項aの訂正請求は、特許請求の範囲の「粗面化」したという点に「電解質で」という技術的要件を付加したものである。
被請求人は、このことにより、特異な粗面を有する新たな構成を主張している。しかし、このような点は、本件特許明細書発明の詳細な説明の欄には記載も示唆もされていないし、また本件特許発明の出願前において、自明のことではない。
訂正事項aを繰り入れた発明について、本件特許明細書発明の詳細な説明の欄の記載は不備なのであり、訂正事項aは依然として不明瞭である。
したがって、訂正事項aを目的とする訂正請求は、明りようでない記載の釈明ではない。
iii)仮に、訂正事項aを目的とする訂正請求が明りようでない記載の釈明であったとしても、この訂正請求は実質上特許請求の範囲を変更するものである。
iv)したがって、訂正事項aを目的とする訂正請求は、明りょうでない記載の釈明でもなく、仮に、明りようでない記載の釈明であったとしても、却って、実質上特許請求の範囲を変更するものである。

(1-c)結び
以上のとおり、訂正事項aは実質上特許請求の範囲を変更するものであるから、訂正事項aに関する訂正請求は、特許法第134条第5項で準用する同法第126条第3項の規定によって認められないものである。

(2)訂正事項bについて
訂正事項bは、発明の詳細な説明の欄の実施例の記載の訂正に関するものであり、実施例の「得られた架橋済みの有機化合物を厚みlcmの板状に成型し、」
を「得られた架橋済みの有機化合物を厚みlmmの板状に成型し、」と訂正するものである。
(2-a)誤記の訂正といえるか
i) 被請求人は、熱間プレスを行っていること、および、本件明細書の第2表および第3表のデータから逆算して得られる試料の厚み、を拠り所として、上記訂正は誤記であることが明白であるとしている。
本件明細書には「Cu箔(35μ)を熱間プレスにより・・・接合し」と記載されている。ここでいう「熱間プレス」はあくまでもCu箔を接合することを目的に行われているものである。確かにプレスをすれば押圧方向に圧縮されて塑性変形することはあるが、どこまで塑性変形するかについての記載は本件明細書にはなく、押圧力がどれほどかについての記載さえもない。しかも、明細書のその他の記載をみても試料の厚みに関する記載がどこにもないのだから、当業者であれば、たとえ塑性変形したとしても微々たるもので、試料はlcmの厚さのままであると理解する。したがって、熱間プレスは、あくまでもCu箔を接合するためのものであって、積極的に押圧方向に塑性変形させるためのものではないと理解するのが当然の解釈である。よって、「lcm角」(本件明細書第2欄第27行)との記載から、素子は“1cmの立方体”であるとする請求人の理解は極めて当然のことである。
したがって、仮に「1mm」を認めたとしても、熱間プレスの目的があくまでもCu箔を接合することなのだから、被請求人が主張するように「0.339ないし0.361mm」(訂正請求書第10頁第14行)まで、つまり厚さが1/3程度まで塑性変形するということまでは解釈できない。
以上から、「熱間プレス」により塑性変形したという被請求人の主張は到底採用できない。

さらに、請求人は、本件明細書でいう「熱間プレス」は積極的に塑性変形させるためのものではないという上記論点を、特開昭62-85401号公報(甲第8号証)を用いて明らかにする。
この甲第8号証にかかる特許出願は、本件特許の出願日から約1年半後に出願されたものであり、しかもその発明者は、本件特許と同じ人物である。(以下、この出願を「後願」という。)
後願に記載された発明は、電極をスパッタリングによって形成する点が特徴となっている。その他の構成は基本的に本件特許と同様となっている。
スパッタリングは、当該後願の第2頁右上欄下から3行目以降に説明されているように、真空中で金属を陰極として放電させ、該金属からなるスパッタ粒子を発生させ、加速された該金属を、素子表面に打ち込む方法をいう。
この後願の実施例は、本件特許明細書の実施例と殆ど同じ書き方となっている。しかも、比較試料のデータは全く同一となっている。
上述したように後願実施例に記載された「当発明」は、スパッタリングにより電極を形成しており、熱間プレスは行っていない。したがって、厚さは1cmのままである(第2頁右上欄下から第6行)。
被請求人が主張するように、熱間プレスにより素子が塑性変形するというのなら、後願実施例における「比較試料」も塑性変形されて圧縮されているはずである(第2頁左下欄第6〜9行に「Cu箔を、熱間プレスにより、・・・接合して電極とした」とある。)。ということは、後願実施例における「当発明」の厚さは1cm、そして「比較試料」の厚さは1cmよりも圧縮された寸法すなわち0.3mm程度(被請求人の訂正請求書の論法に従えば当該寸法になる。)、ということになる。
すると、第3表の寿命試験は、厚さの異なる試料どうしを比べていることになるから、比較試験とはなりえない。なぜなら、厚さが異なればポリマー部分の膨張の程度も異なるわけで、したがって寿命に及ぼす影響も異なり、比較試験となり得ないからである。
以上を考慮すると、熱間プレスにより素体が圧縮されたと解釈すること自体がおかしいという事になる。
したがって、「熱間プレス」という言葉のみを捉えて、素体が圧縮されていると解釈できるという被請求人の主張は、この後願を考慮すれば無理がある。つまり、後願実施例における「比較試料」は圧縮されておらず、厚さは1cmと考えなければ整合しない。あくまでも「比較試料」は厚さ1cmなのである。
次に、本件特許および後願実施例における「比較試料」のデータに目を向けると、上述したように、全く同一となっている。ということは、両出願において同一の「比較試料」が用いられたといえる。上述のように後願の記載を解釈すれば後願実施例における「比較試料」は厚さ1cmといえるから、本件明細書の実施例における「比較試料」も厚さ1cmということになる。
そして、本件明細書の実施例における「この発明」も「比較試料」も熱間プレスを用いた同一の条件で製造されているから、「比較試料」の厚さが1cmというのなら必然的に「この発明」の厚さも1cmという結論が導かれる。
ここで、本件明細書の実施例における「比較試料」については熱間プレスにより製造されていることが明記されていないから、この「比較試料」は圧縮されておらず、「この発明」と同一の厚さではないという反論もあるかもしれない。しかし本件明細書の第1表は、粗面と粗面でないものとの接合強度を比べているわけだから、同一の条件で接合しなければ比較試験にならない。したがって、「比較試料」も同1条件の熱間プレスにより製造されているといえるから、このような反論は意味がない。
故に、熱間プレスによって素子が塑性変形し、しかも1/3程度まで圧縮されたという被請求人の主張には無理がある。

ii) 被請求人は「1cm」が「1mm」の誤記であったと主張している。はたして、この「1mm」と記載すべきであったはずが「1cm」と記載してしまったことに、発明者の錯誤があったのか。
本件明細書と上記後願とを検討すると、「厚み1cm」という点で共通している。したがって発明者は当時、1cmの板状体を使うことが実験の常套手段だったと考えられる。つまり発明者の内心の意思も「1cm」なのである。
また、被請求人は、「実用品の有機質正特性サーミスタにおける厚みが1mm以下といったオーダーで成形されるのが技術常識でもある」(訂正請求書第10頁下から2行目〜最終行)と述べている。
しかしながら、本件明細書では、有機質正特性サーミスタの用途としては先ず、「ヒータ」を挙げている(本件明細書第4欄第34行乃至第35行)。ヒータとして使用する場合は、その用途に応じて要求される発熱量が異なるので、厚みはlmmに限定されるものではない。大きな発熱量を得たい場合は1mm以上はもちろんのこと、1cmのオーダーも大いにあり得る。したがって、発明者の内心の意思はあくまでも厚み1cmであると考えるのが自然であり、明細書の記載による表示との間に錯誤があるとは考えにくい。
故に、誤記の訂正という目的から考えても、到底上記訂正は許されるものではない。

(2-b)明りようでない記載の釈明といえるか
「厚み1cm」という記載は、技術的にみてこれ以上ないほど明らかな記載であり、それ自体意味の明りょうな記載といえる。したがって、「厚み1cm」を明りょうでない記載として訂正をすることは許されない。
また、本件明細書の実施例は、そもそも第2表および第3表のデータ自体不合理であって信頼性がないのであり、明細書との関係で不合理が生じているのではない。それなのに、この信憑性のないデータに対して、「1cm」よりも「1mm」のほうが辻棲が合うからといって訂正をしている。これは単なる釈明以上のものであり、特許明細書の記載自体を変更するものである。このような訂正が、明りょうでない記載の釈明という名を借りて行われることは許されない。

(2-c)願書に最初に添付した明細書に記載した事項の範囲内のものである といえるか
たとえ当業者にとって自明の事項であるとしても、新規事項(特許明細書等に記載した事項の範囲内のものでない事項)であれば認められないのである。
被請求人は、訂正請求書第10頁下から第2行乃至最終行では、「実用品の有機質正特性サーミスタにおける厚みが1mm以下といったオーダーで成形されるのが業界常識でもある」と述べている。(さらに答弁書第26頁第9〜10行では、「実用品の半導体装置の厚みは1mm以下といったオーダーであることが本件出願日当時の業界常識でもある」とまで述べている。)
しかしながら、上記したように、業界常識から自明であるという理由だけでは訂正は認められないのだから、被請求人の主張は失当である。
また、「1cm」から「1mm」を直接的に導き出すことはできず、一義的に導き出すこともできない。
以上から、上記訂正は新規事項を追加するものである。

【2】 新規性要件不備について
(1) 被請求人は、本件特許発明は「電解質で粗面化した金属板」を用いるが、甲第2号証発明では「サンドブラスト仕上げが施された表面を有するエンドプレート用ディスク」を用いている点で相違していると述べている(答弁書第5頁20行〜末行)。
(2) 訂正後の本件特許発明は甲第2号証に記載された発明であることの 理由
(2-a)構成X4、X5、X6、とx4、x5、x6とについて
被請求人は、本件特許発明の構成X4、X5、X6の夫々と、甲第2号証発明の構成x4、x5、x6の夫々の同一を争うとしている(答弁書第5頁第11〜13行)ので、まず構成X4と構成x4について述べる。
被請求人は「甲第2号証にサンドブラストの結果について何も記載されていないのに、金属などの表面を粗くするために砂を吹き付けることをいうと独善的に主張しているので、この点を争う。」(答弁書第6頁第1〜7行)としたうえで、乙第1号証及び乙第2号証を挙げ、甲第2号証におけるサンドブラスト処理は粗面化目的であったかも知れないし、清浄化目的であったかも知れないのであって、請求人が「サンドブラストによる粗面化」なる概念を生じると断定し、これを前提とした請求人主張は、その出発点において重大な過ちを含んでいると主張している(答弁書第7頁第15行〜第8頁第3行)。
しかし、サンドブラストによる処理の目的の1つに粗面化が含まれていることは、被請求人も認めているところであり、甲第2号証発明における「サンドブラストによる処理」は粗面化の目的で行われていることが東京工業大学大学院理工学研究科電子物理専攻の岩本光正教授の鑑定書(甲第11号証)によって明白である。すなわち、同鑑定書の第6頁第2段落によれば、「要するに、ディスクを用いた場合は、カップのように内側面がないのだから、カップを用いた場合のように内側面と棒状体との接触を考慮する必要がなく、したがって『粗い鋸歯状の切り込み』は不必要であり、ディスクはサンドブラストによって粗面化されているのだから、このサンドブラストのみで十分な接触面積及び接着は確保されていると解釈できる」と述べられているのである。
また、該鑑定のみならず、「サンドブラスト」の技術的意味ないし効果が、単に金属表面の清浄化だけでなく粗面化もその重要な効果として含んでいることは本件特許出願前に頒布された以下の刊行物の摘出した記載事項によっても明白である。
a)呂戊辰著「新版金属表面加工概論」昭和51年発行第206頁(甲第12号証)における、「結合の密着性を向上させるには、…適当な凹凸を用意することが重要である。この凹凸の粗面を作る方法にはサンドブラスト法、・・・・・ある。」との記載。
b)金属表面技術協会編「金属表面技術講座4-被覆形成技術」昭和44年発行第34頁(甲第13号証)における、「ブラスチングは素材表面の清浄化と粗面化とを同時に行いえて便利である。」との記載。
以上のことから、サンドブラストとは、砂吹き、すなわち金属、ガラスなどの表面を粗くするために砂を吹き付けることをいう。したがって、サンドブラスト仕上げが施されたエンドプレート用ディスクの表面が粗面化されていることは明らかであるといえる。

続いて被請求人は、甲第2号証のサンドブラストによる粗面は、例えば擂り鉢にも喩えられるが、本件特許発明に係る「電解質で粗面化された」状態はアンダーカットと称される横方向への孔腔が形成されるものであって、両者は異なる旨主張している(答弁書第8頁第4〜15行)。
しかし、「電解質で粗面化された」状態が乙第3号証の写真1一IIに示されているようなアンダーカットと称している横方向への孔腔が形成されるものであるとも、また、「電解質」で粗面化すればそのような状態になるとも、明細書には何ら記載も示唆もされておらず、このような主張は、明細書に記載のない事項に基づく主張であり、不当なものであって認められない。
被請求人は、電解質で粗面化すれば積乱雲のようなアンダーカットのある凸面が形成されるものであることを前提に主張しているが、「電解質で粗面化した」とは、具体的にどのような方法により行うか、及びその結果いかなる形状の粗面が形成されるのかについては、訂正前の明細書はもとより.訂正後の明細書のどこを見ても記載がなく、そのような状態の粗面ができるといえない。
ところで、今回の訂正請求によって訂正された特許請求の範囲における「電解質で粗面化した」とは、プロダクトバイプロセスの表現であって、その製法によって形成される粗面形状が明確でない以上、該記載に含まれる粗面は、被請求人がいう擂鉢状の単純な凹部の繰り返しである粗面も含むと解さざるを得ず、甲第2号証の粗面形状は被請求人も認めているように橿鉢状の凹部が多数形成されている粗面であることから、訂正後の本件特許発明は、依然として甲第2号証発明と同一である,

また、被請求人は、答弁書第10頁第8〜19行において、本件特許発明では、
a) 訂正により金属板の表面が電解質処理により粗面化された(正確には「電解質で粗面化された」である)ものである。
b) 電解質による粗面化は、殊更詳細に述べなくとも当業者であれば容易にその技術内容を理解できる程度に知られた技術であり、例えば乙第4号証が存在する。
としたうえで、「同号証(乙第4号証のこと)に記載されているような電解質による電気化学的或いは化学的作用を受けて金属表面が原子レベルまたは分子レベルで微細且つ徐々に変容していくものである。より具体的に述べれば・・・乙第3号証の写真1-IIに示される様に、例えば積乱雲にも喩え得る様な、或いは樹氷にも喩え得る様な外観からなるアンダーカットのある粗面が形成されるものである。」と主張している。
しかし、本件特許明細書には、ただ1ヶ所「片面を電解質で粗面化したCu箔(35μ)」と記載があるだけであり、具体的な製法またはそれによって形成される粗面がいかなる状態にあるかについては何らの説明も示唆もなく、製法及びその表面形状は不明である。したがって、これが乙第4号証に示されたごとき処理により形成される粗面を意味するとは到底言えない。そもそも、被請求人が主張するように乙第4号証のごとき粗面化手段が、本件特許出願前に本件特許の技術分野において周知であったとすれば、訂正された「電解質で粗面化」は、甲第2号証発明のサンドブラストによる粗面化手段を周知技術に単に置換しただけのものであって、この点に技術的意義はないはずであり、この点からも訂正事項を繰り入れた発明は甲第2号証の発明と同一である。
更に、金属表面を「電解質で粗面化」することについての本件特許の出願前の周知技術としては、特開昭58-154164号公報(甲第14号証)及び特開昭53-43497号公報(甲第15号証)がある。
甲第14号証に記載された発明は、電解質の一種である硝酸や硫酸などを溶解した酸溶液を用いて電極端子(ニッケル板)の表面を粗面化し、樹脂膜との密着性を向上させることを目的としたものであり、その第2頁第1欄第5〜8行には、「電極端子の表面を粗面化する方法としては、硝酸、硫酸、塩酸、フッ素、クロム酸、リン酸等の各種酸溶液によるエッチングやサンドブラスト等がある。」の記載があり、ニッケル板の電極端子の粗面化手段として酸溶液によるエッチングやサンドブラストによる手段があることが明示されている。つまりここでは、硝酸や硫酸などの電解質溶液を用いたエッチングによる粗面化手段とサンドブラストによる粗面化手段は、金属電極端子の表面を粗面化させる手段としては置換可能な同等手段として記載されているのである。
また、甲第15号証に記載された発明は、つや消しされた電極を得ることを目的としており、その第1頁右欄下から第3〜2行目には「自己制限的な化学処理により電極の表面を粗面化することにより達成され」との記載及び、具体的な実施例が第2頁左下欄〜第3頁左上欄にかけて示されている。それには、酸化物食刻液による金属板の粗面化技術が記載されている。
このように、金属表面の「電解質による粗面化」の技術としては、電解質(酸、アルカリ、塩)で処理することによる粗面化手段が本件特許出願前に知られており、その中には、サンドブラストによる粗面化と全く同一効果を発揮するものもある。従って、訂正事項aを繰り入れた発明もまた、甲第2号証発明(Frydman)における粗面化手段であるサンドブラスト法を周知の粗面化手段に置き換えただけであって、新規性はない。
被請求人は、訂正事項を繰り入れた本件特許発明は、粗面化形状が乙第3号証の写真1-IIに示される様に積乱雲や樹氷に喩えられる様な外観からなるアンダーカットのある粗面になるから新規性進歩性を備えると主張するが、明細書にはそのような記載はないし、そのような形状になるものでもない。さらに、乙第4号証には、銅箔表面に微細な粉状銅を析出させ粗面を形成する(同号証第2頁右欄18〜22行)ことは記載されているものの、それによって形成される粗面が積乱雲や樹氷に喩えられるアンダーカットのある粗面であるとの記載はどこにもない。
以上のように、被請求人の主張は事実に基づかない主張であって、認められない。

次に本件特許発明の構成X5,X6と甲第2号証発明の構成x5、x6とについて述べる。これらの各点間の相違については被請求人は答弁書で単にX4とx4との非同一が明りようになったから、この要件を受ける本件特許発明の構成X5、X6についても、甲第2号証発明の構成x5、x6と夫々同一でなくなったと述べている。
しかし、上記したように、本件特許発明の構成X4と甲第2号証発明の構成x4とは実質的に何ら変わらないものであるから、これを受ける本件特許発明のX5、X6についても甲第2号証発明の構成x5、x6と夫々と依然として同一である。
上述したように、これら被請求人の主張は、明細書の記載及び事実に基づかない主張であり、根拠がない。

(2-b)効果の同一性についての反論
被請求人は、甲第2号証の抵抗素子は、用途が単に羅列的に記載されているに止まり、具体的数値をもってその特性及び具体的適用可能性を示しているものではないことなどを述べ、
1)接合性の向上
2)低抵抗
3)優れた寿命特性
4)良好なオーム性接触
について、本件特許発明と甲第2号証発明の記載事項を比較し、本件特許発明の効果の優位性を述べている。しかし、それらの効果は甲第2号証発明の効果と同様であって、格別の効果であるとは言えない。
そして、「本件特許発明の意図する電解質処理によるアンダーカット付き粗面は・・・・・接触面積が飛躍的に向上するものであり、両者は本質的に相違するものである。」(答弁書第12頁第27行〜第13頁第1行)との主張は、「電解質で粗面化された」金属板の表面形状を何の根拠もなくアンダーカット付き粗面と独善的に解釈したことによる主張であって、到底認められるものではない。

(3)むすび
上記のとおり、本件特許発明は、その訂正が認められたとしても、甲第2号証発明における粗面化手段を周知のものと置き換えただけであり、実質的には両者は同一であり特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、本件特許は無効とされるべきものである。

【3】 進歩性要件不備について

被請求人は、答弁書第16頁第7〜20行において、甲第3号証や甲第4号証が公知であっても、本件特許発明は「電解質で処理するという方法によって、粗面化された金属板」を用いるという構成を採用したことによって、接合性の向上、低抵抗、優れた寿命特性、良好なオーム性接触、高い耐電圧という甲2〜4号証の何れにも記載乃至示唆のない優れた工業的効果を有した、真に実用性のある有機質正特性サーミスタを現出した点に本件特許発明の新規性及び進歩性が存在する旨述べている。
しかし、「電解質で粗面化した金属板」という構成では、金属板の表面が被請求人が主張しているような積乱雲や樹氷に喩えられるアンダーカットが存在する粗面になるとは言えないことは、上記(4-2-2)【1】(1)(1-a)、及び(4-2-2)【2】(2)(2-a)で述べたとおりであり、本件特許発明が甲第2〜4号証には記載も示唆もない優れた効果を有するとは言えない。
訂正事項を繰り入れた特許請求の範囲における、「電解質で粗面化した」という記載は、プロダクトバイプロセスによる表現であり、その粗面形状が明確でなく、甲第2号証、甲第3号証及び甲第4号証の発明に示されている金属板の表面形状と明確な区別ができないものであり、両者は同一といえないまでも、これら甲第2〜4号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものである。
すなわち、金属板の表面を「電解質で粗面化」する技術(この記載は不明りょうであるが、被請求人の主張するように解釈できるとしても)は、上記(4-2-2)【2】(2)(2-a)で示した甲第14、15号証に記載されているように、本件特許出願前に周知のものであり、何ら新しいものではない。それゆえ、仮に訂正が認められたとしても本件特許発明は、甲第2号証に記載された発明における粗面化手段としてのサンドブラスト法に代えて前記周知の電解質を溶した溶液による粗面化手段に置き換えただけであり、このようなことは当業者が容易になし得る周知技術の置換にすぎないものであって、特許法第29条第2項の規定により、拒絶されるべきものである。
上記のとおり、訂正が認められたとしても本件特許発明は、甲第2号証の発明に本件特許出願前に周知の刊行物である甲第14、15号証に示されたごとき技術を組み合わせることにより、本件特許出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項に該当し、特許を受けることができないものであるから、本件特許は無効とされるべきものである。
【3】 特許法第36条第4項違反について
(1) 訂正事項aに係る特許法第36条第4項違反について
i) 本件特許明細書の発明の詳細な説明の欄では、粗面化の程度、粗面化した面の形状がどのようなものであるかといった「粗面化した」面についての説明が全くなく、このような粗面化の程度・形状と、素子の接合強度との関係についての説明もなく、実施例の項では、「電解質で粗面化した」と記載しているものの、その他には粗面化の方法の記載は一切なく、電解質として具体的に何を用いるのかという例示が全くなく、その粗面化方法がどういう操作過程を含むものか、その条件設定がどのようなものか、ということの記載が全くない。 本件特許発明の本質的部分である「粗面化した」面は総括的、上位概念的記載であるから、その概念に包含させようと意図する具体的な例示を挙げることによって、本件特許明細書において意図された総括概念の内容を明らかにすべきなのに、その記載はない。
したがって、本件特許明細書発明の詳細な説明には、本件特許発明の構成、特にその本質的部分の構成の記載が欠けている。
また、本件特許発明の目的は総括的には説明されていると言えるが、発明の効果については、本件特許明細書発明の詳細な説明の欄には実質的に記載されているとは言えない。
それ故に、本件特許明細書発明の詳細な説明の欄には本件特許発明の構成、効果が実質的に記載されておらず、明細書の記載が不備であって、当業者が容易にその発明を実施することができないのである。

ii) 本件訂正請求について言うと、仮に、訂正事項aに係る訂正請求が特許請求の範囲の減縮及び明りようでない記載の釈明に相当し、かつ特許請求の範囲を実質上変更するものでもないから認められるべきものであっても、本件特許明細書、発明の詳細な説明の欄の記載は、依然として記載が不備であって、訂正事項aを繰り入れた発明は、当業者が容易にその実施することができる程度に記載されていない。このことを次に説明する。

iii)訂正事項aの訂正請求に係る特許発明では、「粗面化」したという点に「電解質で」という技術的要件を付加し、そのことによって「電解質で粗面化」した点が訂正事項aを繰り入れた発明の本質的部分となっている。したがって、訂正事項aを繰り入れた発明の目的は、総括的、上位概念的なものではなくて、付加された技術的要件に対応する特異なものでなければならない。
しかし、本件特許明細書発明の詳細な説明の欄には、そのような特異な目的についての記載も示唆もない。
また、本件特許明細書発明の詳細な説明の欄には、電解質で粗面化したことによる粗面化の程度、粗面化した面の形状がどのようなものであるかといったことの説明が全くないし、粗面化の程度・形状と、素子の接合強度との関係についての説明もないし、実施例の項では、「電解質で粗面化した」と記載しているものの、その他には粗面化の方法の記載は一切ないし、電解質として具体的に何を用いるのかという例示が全くないし、その粗面化方法がどういう操作過程を含むものか、その条件設定がどのようなものか、ということの記載も全くない。したがって、電解質で粗面化したという点に関して、従来技術の問題点を解決するためどのような手段を講じたかをその作用とともに記載すべきであるのに、本件特許明細書発明の詳細な説明の欄にはその記載がないことになる。また、「電解質で」粗面化したとはプロダクトパイプロセスの表現であるが、しかしその裏付けとなる製造方法についても、本件特許明細書発明の詳細な説明の欄には十分な記載がない。
さらに、訂正事項aを繰り入れた発明は、「粗面化」という点に「電解質で」という技術的要件を付加したものではあるが、それは依然として総括的、上位概念的記載である。したがって、当該特許発明の構成が実際上どのように具体化されるかを示す実施例が記載されなければならない。
したがって、本件特許明細書発明の詳細な説明の欄には、訂正事項aを繰り入れた発明の構成が記載されていない。
また、本件特許明細書発明の詳細な説明の欄には、訂正事項aを繰り入れた発明の特有な効果が実質的に記載されていない。
それ故に、本件特許明細書発明の詳細な説明の欄には、訂正事項aを繰り入れた発明の目的、構成、効果が実質的に記載されておらず、明細書の記載が不備であって、当業者が容易にその発明を実施することができないのである。

iv)被請求人は、本件答弁書において、甲第2号証のサンドブラストの粗面化では、単純な凹部の繰り返しである粗面化形状が得られるに過ぎないところ、本件特許発明の「電解質で粗面化された」状態では、アンダーカットと称される横方向への孔腔が形成され、例えば積乱雲にも喩え得る様な、或いは樹氷にも喩え得る様な外観からなるアンダーカットのある粗面が形成される、と主張する。
このことは、「電解質で粗面化」するという製造方法によって製造された生産物である金属板の表面が、単純な凹部の繰り返しである粗面化形状とは区別されるところの、例えば積乱雲にも喩え得る様な、或いは樹氷にも喩え得る様な外観からなるアンダーカットのある粗面であるとの定義乃至説明をするものである。
しかし、このような定義乃至説明が本件特許明細書には記載も示唆もされていない。

v)さらに、本件被請求人は、本件答弁書において、「電解質による電気化学的或いは化学的作用を受けて金属表面が原子レベルまたは分子レベルで微細且つ徐々に変容していくものである。より具体的に述べれば、金属板表面に金属原子が付着する等することによって不規則な方向性をもった突出成長が進行するものであり、しかもその成長方向が経時的且つランダムに変化することにより、・・・例えば積乱雲にも喩え得る様な、或いは樹氷にも喩え得る様な外観からなるアンダーカットのある粗面が形成されるのである。」と主張している。 しかし、このような「電解質で」粗面化したという点の作用についての説明は、本件特許明細書発明の詳細な説明の欄には全くない。
しかも、被請求人は、電解質による電気化学的作用を受けること、および電解質による化学的作用を受けることの2つの態様を挙げている。しかし、その点の記載は本件特許明細書発明の詳細な説明の欄にはない。さらに、被請求人は、この2つの態様のいずれによっても、またどの操作過程によっても、どのような条件設定によっても、必然的にアンダーカットのある粗面が形成されると主張していると解されるが、このような記載も本件特許明細書、発明の詳細な説明の欄にはない。
いずれにせよ、被請求人の上記主張は、本件特許明細書、発明の詳細な説明の欄の記載によって裏付けられていないものである。

vi)被請求人は、本件答弁書において、「電解質で粗面化」するという方法は本件特許明細書において詳細に述べる必要のないものであるとか、当業者であれば容易にその技術内容を理解できる程度に知られた技術であるとかと主張し、その証拠として特公昭50-40109号公報(乙第4号証)を提出する。
しかし、問題は、訂正事項aによって、「電解質で粗面化」するという点が訂正事項aを繰り入れた発明の本質的部分となったところ、本件特許明細書の発明の詳細な説明の欄には、この本質的部分となった点の説明が全くされていないことである。
被請求人は「電解質で粗面化」するという方法は本件特許明細書において詳細に述べる必要のないものであると主張するのであるが、このことは、本件特許明細書が記載不備であって、特許法第36条第4項の規定に違反することを自認するものと言わなければならない。
また、本件特許発明の技術分野は有機質正特性サーミスタであるところ、特公昭50-40109号公報(乙第4号証)には印刷回路用銅箔の表面処理法が記載されており、その技術分野は有機質正特性サーミスタの技術分野とは相違する。したがって、乙第4号証をもって、「電解質で粗面化」するという方法が当業者であれば容易にその技術内容を理解できる程度に知られた技術であるとする請求人の主張は、技術分野の相違する証拠を持ってきているのであるから、そもそも当を得ないものである。
さらに、乙第4号証には、積乱雲にも喩え得る様な、或いは樹氷にも喩え得る様な外観からなるアンダーカットのある粗面についての記載は全くない。

vii)以上のとおり、本件特許明細書発明の詳細な説明の欄には、訂正事項aを繰り入れた発明の目的、構成、効果が実質的に記載されておらず、明細書の記載が不備であって、当業者が容易にその発明を実施することができないもののである。したがって、訂正事項aを繰り入れた発明は本件特許明細書の発明の詳細な説明の欄に当業者が容易に実施をすることができる程度に記載されていないから、特許法第36条第4項に違反し、本件特許は無効とされるべきものである。

(2)答弁書第18頁第16行乃至第23頁第25行に対して
被請求人は、「1cm」から「1mm」への訂正を前提として反論している。しかしながら、上記訂正は上述したとおり、認められるものではないので、上記訂正を前提とする被請求人の反論は意味がない。
仮に、上記訂正が認められたとしても、以下の理由により、なお第36条4項違反である。
(2-a)被請求人は、1mmの素子は熱間プレスにより圧縮されて、0.3mm程度まで塑性変形したのだから、第3表のデータは説明がつくとしている。しかし、そのように圧縮されたのなら、比較試料も同様に0.3mm程度に圧縮されているはずである。したがって、第2表で示された45%程度の比抵抗の違いが第3表にも表れていなければおかしい。しかし、第3表の抵抗値の違いはせいぜい10%程度である。このことから、lmmの素子を熱間プレスにより0.3mm程度まで圧縮されたと理解すれば第3表のデータは説明がつくとしている被請求人の論理は破綻しているといえる。
もしも、第3表における抵抗値の違いが10%程度しか表れていない理由として、試料製造上の公差に基づくものというのなら、それこそ第3表の試験の意義を無視した議論である。
第3表の試験は、電圧の印可により熱膨張を繰り返す試料の寿命を測定したものである。つまり、熱膨張の程度が異なれば試験結果も自ずと変わってくる。素子の厚さが異なれば素子の体積が異なるので熱膨張の程度も異なるわけだから、素子の厚さは同程度にしておかなければならない。同等のサイズ(体積)の試料を選ばなければ比較試験にならないのである。ゆえに、「負荷の前後で常法によりナマの抵抗値が測定可能であれば良く、この場合には試料のサイズ(延いては、比抵抗)を知っておく必要は無く、ましてサイズが完全に同一である必要性など全く存在しないのである。」(答弁書第23頁第4〜7行)という被請求人の見解は当を得ていない。
なお、試料製造上の公差を理由とするのなら、これもまた当を得ていない 「この発明」と同等の抵抗値を有する「比較試料」の厚さは、第2表のデータから計算すると、「この発明」よりも3割ほど薄くなければならない。3割もの厚さの違いはとても試料製造上の公差では説明がつかない(このような差は公差とはいわない。)。
(2-b)また、被請求人は第3表において「この発明」と「比較試料」との抵抗値が近似している理由として、「なお、比較のために各試験の試料について初期値を合わせて示した。」という明細書の記載を根拠としている(答弁書第23頁第13行〜14行)。しかし、明細書の「合わせて」という記載は、「併せて」の誤記である。つまり、比較のために近似させた(合わせた)初期値を示したのではなく、比較試料のデータを「併記した」と理解すべきである。なぜなら、本件明細書第4欄第6〜7行には「参考のために素子本体の比抵抗も合わせて示した」とあり、この記載は明らかに「併せて」の誤記であることからも容易に想像がつく(第2表で比抵抗の値が合っていてはおかしい。)。したがって、本件明細書の作成者は「併せて」と書くべきものを「合わせて」と書き間違えたと理解できる。ゆえに、「なお、比較のために各試験の試料について初期値を合わせて示した。」という明細書の記載を根拠として、初期値のデータが近似していることを説明することには無理がある。

(3)答弁書第23頁第26行以降に対して
「1cm」から「1mm」への訂正は、特許法第134条第2項第2号および第3号、並びに第134条第5項で準用する第126条第2項に違反している。

【5】 結論
(1)以上詳述したように、本件訂正事項a、bに係る訂正請求は認められてはならないものであり、そうすると、本件特許発明は、甲第2号証の内容に鑑みると特許法第29条第1項第3号に該当するものであるから、本件特許は無効とされるべきものである。
また、本件特許発明は、甲第2号証の発明に周知技術並びに甲第3号証及び甲第4号証を加味すると、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項に該当し、本件特許は無効とされるべきものである。
また、本件特許明細書にはその発明を当業者が容易に実施できる程度に記載されているとは言えず、本件特許は特許法第36条第4項に違反してされたものであり、無効とされるべきものである。

(2)また仮に、本件訂正事項a、bに係る訂正請求が認められた場合であっても、訂正事項aを繰り入れた発明は、依然として甲第2号証の発明と同一であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、本件特許は無効とされるべきものである。
また仮に両発明は同一でないとしても、訂正事項aを繰り入れた発明は、甲第2号証発明に対して周知技術並びに甲第3号証及び甲第4号証に記載された発明を組み合わせると、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項に該当し、本件特許は無効とされるべきものである。
また、仮に訂正請求が認められた場合の本件特許明細書には、その発明を当業者が容易に実施できる程度に記載されているとはいえず、本件特許は特許法第36条第4項に違反してされたものであり、本件特許は無効とされるべきものである。

(3)以上により、本件特許は、訂正請求が認められると否とにかかわらず無効理由を有するものであり、無効とされるべきものである。

5.被請求人の主張
被請求人(特許権者)は、訂正請求書により特許請求の範囲を減縮するとともに、答弁書等において、概要以下のとおり答弁している。

〔5-1〕答弁の概要
請求人の主張はいずれも理由がなく、本件特許発明は無効とすることができない。

<証拠方法>
乙第1号証:「アグネ 金属術語辞典」(1965年)抜粋 株式会社アグネ 乙第2号証:WEBSTER'S NEW INTERNATIONAL DICTIONARY(ウェブ スター・新国際辞典)1934年 抜粋
乙第3号証:株式会社村田製作所知的財産部 石田外志夫の作成に係る写 真撮影報告書
乙第4号証:特公昭50‐40109号公報

〔5-2〕答弁の具体的理由
【1】 特許法第29条第1項第3号新規性要件不備の指摘に対して
(1)訂正請求書において、本件特許の特許請求の範囲を次のように訂正した。
『重合体と該重合体に分散された導電性粉末とからなる正の抵抗温度特性を有する素子の表面に、該素子の表面と接する面を電解質で粗面化した金属板を接合し、これを電極としたことを特徴とする有機質正特性サーミスタ。』
(2)審判請求書第3〜4頁の表には、本件特許発明の構成(X1〜X6に分解)と証拠の対応部分(甲第2号証xl〜x6)が対比され、且つ無効主張の理由の要点が記載されている。請求人は本件特許発明における上記X1〜X6の各構成が甲第2号証xl〜x6の各構成と同一であると主張し、且つ本件特許発明において達成される効果の全てが甲第2号証においても既に達成されていた(効果の同一)と述べている。
しかし被請求人としては、構成の同一及び効果の同一について、いずれもこれを争う。

(2-a)構成の同一について
(i)本件特許の構成要件X1〜X6が甲第2号証のxl〜x6と同一であるとの主張について、X1,X2,X3の夫々とxl,x2,x3の夫々の同一を認め、X4,X5,X6の夫々とx4,x5,x6の夫々の同一を争う。
争う理由は、本件特許発明のX4が訂正請求によって一層明らかにされて甲第2号証のx4との非同一が明瞭になったからであり、またその結果X4の要件を受けるx5,x6についても甲第2号証のx5,x6と夫々同一のものではなくなったからである。以下本件特許のX4と甲第2号証のx4の非同一を中心に述べる。
訂正請求後の本件特許発明のX4と甲第2号証のx4を対比すると、次のとおりである。
本件特許発明
X4.(該素子)の表面に、該素子の表面と接する面を電解質で粗面化し た金属板を接合し、
証拠(甲第2号証のx4)
x4.「サンドブラスト仕上げが施された表面を有するエンドプレート用デ ィスク」(甲第2号証第1頁第44〜45行)
請求人は甲第5号証や甲第6号証等の辞典類を引用し、甲第2号証に記載されたエンドプレート用ディスクにおける「プレート」は、これら辞典類から「金属板」であると主張する。このことは争わない。しかし問題は次の(ii)で述べる「粗面化」についての相違である。
(ii)「サンドブラスト仕上げが施された」という点に関しては、甲第2号証にサンドブラストの結果について何も記述していないのに、また「サンドブラスト」の意味解釈については、前記「プレート」の意味解釈において先に請求人が主張展開したような辞典類等の記載に基づくのではなく、即ち何の根拠も無しに、「サンドブラストとは砂吹き、即ち金属、ガラスなどの表面を粗くするために砂を吹き付けることを言い」(審判請求書第9頁下から第5〜3行)と独断的に主張している。被請求人はまずこの点について争う。
サンドブラストによって表面が粗面化される場合があることは被請求人もこれを認めるに吝かではないが、請求人の主張は到底容認できない。即ち元々「サンドブラスト」は、第一義的に「粗面化技術」と理解されるべきものではなく、通常の解釈では、まずは「清浄化技術」と理解されるべきものである。このことは、例えば当分野における代表的技術辞典である乙第1号証(アグネ・金属術語辞典 1965年抜粋)及び世界的に著名な英語辞書である乙第2号証(ウェブスター・新国際辞典 WEBSTER'S NEW INTERNATIONAL DICTIONARY 1934年抜粋)を見れば明らかである。
◎乙第1号証:「加工物の表面に砂を吹き付けて砂や不用の付着物、バリ などを除く加工法。」
◎乙第2号証:「ガラスや石その他の硬い材料を刻んだり切削するために 、ヤスリを磨いたり鋭くするために、金属からスケール( 垢、酸化膜など)を取り除くために、空気あるいは蒸気に よって射出される砂の力の流れ。また、それを適用する為 に用いられる装置。」
即ち甲第2号証の「サンドブラスト」を、請求人が断定的に主張する様に、一義的に粗面化技術であると理解するのは正しいことではなく、むしろ上記各乙号証、特に乙第2号証の下線部に記載されたような通常の理解にしたがって、一般に物体の表面を清浄化する技術、特に金属表面に対して用いられる場合には一層上記の意義であると理解する方が素直な解釈と言うべきなのである。
ところで物体表面のゴミなどが払拭されて清浄化されれば該物体に対する接合力が向上することは、当業者ならずとも誰もが日常的に体験していることである。従って甲第2号証発明において、抵抗素子とエンドプレート用ディスクの接合強度がディスクのサンドブラスト処理によって向上することが期待され、あるいは仮に達成されていたとしたとしても(接合強度が現に向上したとのデータは一切開示されていない)、当業者としては、それを断定的且つ画一的に「ディスクの粗面化による接合力向上効果が期待され、あるいは達成されていた」と解釈するのは誤りであって、むしろ「ディスクの表面が清浄化されることによる接合力向上効果が期待され、あるいは達成されていた」と解釈することの方が高い妥当性をもって首肯され得るのである。
なお更に言えば、甲第2号証においては、その訳文第2頁第2〜4行に「カップを用いた場合、カップ壁部の深さ方向の全部分にわたって粗い鋸歯状の切り込みを複数形成することにより、カップと棒状体との間の接合力を向上させることができる。」との記載があり、結局甲第2号証では、「カップに鋸歯状の切り込み」を設けることにより、「接合面積と接合力の向上」を達成するとの技術思想が開示されているに止まり、金属板表面の粗面化による接合力の向上なる思想を甲第2号証から導くことは、この意味でも妥当性を欠くのである。
サンドブラストによって被処理物の表面が清浄化されるか、或は粗面化されるか、即ち乙第1号証及び乙第2号証に記載された様に清浄化されるか、或は請求人が述べる様に粗面化されるかは、被処理物の硬度、弾性、表面性状、表面構造、及び吹付け物体の種類(例えば砂粒・金属粒・セラミック粒など)、その大きさ、形状、吹付け速度、吹付け量等によって種々変わるものであり、これらの相対性を無視して、単純に「サンドブラスト」=「粗面化」という短絡的理解に結び付けたことを基礎とする請求人の主張は正しくない。甲第2号証にはサンドブラストの条件及び結果についての記載が一切存在しないのであって、粗面化されたのか、或は清浄化されたのかすら、これを断定的に解釈し得る記載は何も開示されておらない。甲第2号証のサンドブラストは粗面化目的であったかも知れないし、清浄化目的であったかも知れないのである。
請求人は『サンドブラストによる処理』という文言から『サンドブラストによる粗面化』なる概念が生じ、本件特許発明の粗面化と同一であると主張するが、『サンドブラストによる処理』という文言からは、むしろ『サンドブラストによる清浄化』なる概念の方がより一層高い妥当性をもって生じるのである。よって一義的に『サンドブラストによる粗面化』なる概念を生じると断定し、これを前提として展開される請求人主張は、その出発点において重要な過ちを含んでいるのである。
一方、甲第2号証のサンドブラストが、条件次第で被処理物であるディスクの表面を粗面化している場合もあり得るであろう。唯そういう場合があるとしても、そこで得られた粗面化状態とは、高速で吹付けられた砂粒などが被処理物表面を強く押し潰し、次いで反発されて飛散した跡に残される痕跡としての凹部が形成されることに基づくものである。
従ってこの様に形成された凹部は、凹部の谷底より上に向けて例えば擂り鉢にも喩え得る様に断面積が広がる単純なへこみ形状を示すのである。このへこみ形状を概念図を用いて説明すれば、添付した参考資料1の(A)に示す様なものとなる〔なお、参考資料1の(B)として示すのは、追って更に述べる本件特許発明に係る『電解質で粗面化された』状態を示す概念図であり、ここでは一般にアンダーカットと称される横方向への孔腔が形成されるが、サンドブラストによって形成されるへこみ形状ではこの様なアンダーカットが存在しない〕。
このへこみ形状は、甲第2号証の前記訳文「サンドブラスト仕上げが施された表面を有するエンドプレート用ディスク又はカップを用いることができる。カップを用いた場合、カップ壁部の深さ方向の全部分にわたって粗い鋸歯状の切り込みを複数形成する」と表現されている部分と類似する。即ち甲第2号証のサンドブラスト処理を、仮にディスクの粗面化を意図するものである旨読み取ろうとすれば、そこで得られる粗面化形状とは単純な凹部の繰返しに過ぎないものと理解されるのである。
被請求人はサンドブラストによる被処理物表面のへこみ形状についての上記理解が正しいことを立証するために、乙第3号証の写真1-Iを引用する。
乙第3号証は株式会社村田製作所知的財産部石田外志夫の作成に係る写真撮影報告書で、
写真1-I:金属板1の表面にサンドブラスト処理を施したときの金属板 表面を光学顕微鏡により断面観察したもの、
写真1-II:金属板1の表面に電解処理を施したときの金属板表面を光学 顕微鏡により断面観察したもの、
写真2-I:上記で得られたサンドブラスト処理金属板1の処理面側に有 機ポリマーからなる素子2を接合したときの接合界面をSEM 観察したもの(素子2中に白く見えるのはNi粉3)、
写真2-II:上記で得られた電解処理金属板1の処理面側に有機ポリマー からなる素子2を接合したときの接合界面をSEM観察したも の(素子2中に白く見えるのはNi粉3)
である。
これらの写真の内、本項で引用する写真1-Iのサンドブラスト処理面を見ると、金属板1の表面には前記の如く擂り鉢状と喩え得る様な凹部が多数形成されているだけの粗面であることが分かる。
即ち甲第2号証のディスクは、仮にサンドブラストによる粗面化が行われていたとしても、その粗面化形状とはアンダーカットのない擂り鉢状の単純なへこみの形成に基づくものである。
(iii)この様なアンダーカットのない摺り鉢状へこみに、X1〜X3の素子を熱間プレスにより接合したとしても、乙第3号証の写真2-1(サンドブラスト処理金属板1の処理面側に有機ポリマーからなる素子2を接合したときの接合界面をSEM観察したもの)から明らかである様に、素子2の表面が凹部形状に沿って僅かに変形し、金属板1と素子2が凹凸の波線に沿って唯向い合って接触しているに過ぎない構造であることが理解されるであろう。従って仮に擂り鉢状へこみが深く形成されたとしても、金属板と素子の接触面積がその深みに応じて若干増大している程度であるから、接触面積(乙第3号証の写真2-Iでは両者の接触線長さとして現れる)の増大による接合力の増加も僅かであり、その結果剥離力に対する抵抗の増大もさしたるものではなく、接合強度として余り強いものは期待されない。現に甲第2号証を見ても、接合力がどの様に増大したかのデータが全く示されておらない。
また乙第3号証の写真2-Iでは、導電性粉末として電子顕微鏡観察に適したNi粉3を素子2内に微細に分散させているが、写真から分かる様にNi粉3と金属板表面との接触度合乃至近接度合は、金属板表面が波線状凹凸となって直線状に比べて若干長くなっているにもかかわらず、さして増大している様には見えない。この傾向は金属板表面に形成した波線状凹凸がこの写真2-Iより更に深いものになったとしても、さして変わるとは期待されない。即ち金属板表面をサンドブラスト処理で粗面化しても、粗面化しない場合に比べて、金属板と接合したときの接触部のオーミック性がさほど高まるとは期待されないのである。現に甲第2号証を見ても、オーミック性がどの様に改善されたかを示すデータは一切示されていない。
(iv)これに対し、本件特許発明では、上記訂正によって明らかにしたとおり、金属板の表面が電解質処理により粗面化されたものである。電解質による粗面化処理は殊更詳細に述べなくとも当業者であれば容易にその技術内容を理解できる程度に知られた技術であり、例えば本件特許の審査過程で引用された特公昭50‐40109号公報(乙第4号証)が存在する。即ち同号証に記載されているような電解質による電気化学的或いは化学的作用を受けて金属表面が原子レベルまたは分子レベルで微細且つ徐々に変容していくものである。より具体的に述べれば、金属板表面に金属原子が付着等することによって不規則な方向性をもった突出成長が進行するものであり、しかもその成長方向が経時的且つランダムに変化することにより、乙第4号証の写真1-IIに示される様に、例えば積乱雲にも喩え得る様な、或は樹氷にも喩え得る様な外観からなるアンダーカットのある粗面が形成されるのである。
電解質によって形成される上記アンダーカットのある粗面形態を有する金属板に対して、この粗面側にX1〜X3の素子を熱間プレスにより接合すると、素子材料がこのアンダーカットの存在によって形成される孔腔内へ圧入されるように食い込み、乙第3号証の写真2-IIに示される様に、素子表面と金属板表面が互いに噛み合う様に入り組んだ状態の接合構造が形成されるのである。この様な噛み合い接合が形成されるので、これらを剥離させようとする外力に対しては物理的に大きな抵抗を示すことが期待され、現に本件特許の公告公報の第1表では本件特許発明の場合の接合強度が極めて高くなっていることが示されている。
また乙第3号証の写真2-IIでは、導電性粉末であるNi粉末が素子内に微細に分散している様子を見ることができるが、素子と金属板表面との接触部は前記比喩で示した積乱雲の様な或は樹氷の様な外観からなるアンダーカット部において非常に長い接触線を有しているため、素子中のNi粉末は金属板表面に対して非常に数多く接触または近接し、それによって優れたオーミック性を期待できることが理解できる。現に本件特許の公告公報の第2表では本件特許発明の場合の比抵抗が大幅に低くなっていることが分かる。なお本件特許発明における上記オーミック性向上の知見は上記乙第4号証の公知文献などには一切開示のない本件特許発明固有のものである。
以上述べたように、本件特許発明の構成要件X4『(該素子)の表面に、該素子の表面と接する面を電解質で粗面化した金属板を接合し、』は、甲第2号証のx4『サンドブラスト仕上げが施された表面を有するエンドプレート用ディスク』と相違し、従ってこの様な構成要件X4を受ける本件特許発明の構成要件X5,X6は、甲第2号証の構成要件x5,x6とも相違するのである。

(2-b) 効果の同一について
(i) 請求人は本件特許発明の効果は甲第2号証発明において全て達成されており、両発明の効果は同じであるという。
審判請求書第10頁第19〜25行において、本件特許発明の構成と甲第2号証の構成は同一であるから、効果も同一であり、両発明は同一であると述べている。(上記「4.(4-2-1)【主張1】(特許法第29条第1項第3号について)(2)(2-b)目的、効果についての判断」の項を参照。)
しかしながら先に述べた通り、両発明は構成要件X4,X5,X6 対 x4,x5,x6において相違するから、効果も当然に異なるのである。
(ii) 請求人は上記とは別に、本件特許発明の効果を個別に掲げて甲第2号証と対比し、本件特許発明の効果は全て甲第2号証のそれと同一であると主張している。
しかしながら甲第2号証の発明については、以下の点が注意されなければならない。
1)甲第2号証の抵抗素子については、その考え得る限りの種々の用途が単に羅列的に記載されているに止まり、具体的数値をもってその特性及び具体的適用可能性を示しているのではないこと。
2) 甲第2号証は1945年11月16日(第2次世界大戦直後)に特許出願されたものであり、有機質正特性サーミスタが実用化される30年以上も前であること。
3) 当時有効であった英国特許法の規定に従い(参考資料2参照)、まず同日に仮明細書(Provisional Specification)が提出され、その後12月(場合により更に1月を超えない期間の延長が可能)以内である1946年6月14日に完全明細書(Complete Specification)が提出されたものであるが、この二つの明細書を比べてみると、参考資料3に対比して示すように、実体的には殆ど変更がない(実質的な相違点は、完全明細書の段階で、従来技術の記載とクレームの記載が追加されたに止まる)。即ち仮明細書の提出から完全明細書提出まで少なくとも12月の猶予が認められているにもかかわらず、実質的にアイデアが記載されているに過ぎないと考えられる程に実証的内容の空虚な当初の仮明細書について、完全明細書提出の機会に拘らずその実体的補正をなさなかったばかりか、実施例の追加や効果の確認データが一切提出されていないのである。よって甲第2号証発明は仮明細書提出から完全明細書提出までの猶予の間、実質上発展・進行されていないこと、実用化に向けて進展された形跡が無いこと、等から終始机上のアイデアの域を出ないものであったと評価すべきものなのである。
(iii) 次に、本件特許発明において実験的に確認された特性の個々が、甲第2号証においては如何様に認識・開示されていたかを検証する。
・接合強度の向上(審判請求書第10頁下から第2行〜第11頁第4行)
請求人は甲第2号証第1頁第37〜44行を引用し、『金属板の面を粗面化した面とすることにより、素子との十分な接合力が得られると記載されている・・・・したがって、甲第2号証には、本件特許発明の接合強度の向上の効果が記載されている。』と述べている。しかしながら請求人が引用する上記個所は、正しくは、「十分な接触面積と接合力とが得られる様に」・・・・と記載されているのであり、「接触面積と接合力」は並列的な課題として把握されており、請求人の言う『粗面化して接合力を高める』との因果思想の開示は見出されない。
なお仮に、接触面積の増大と接合力の向上の間に因果関係があるとの意図が甲第2号証発明者にあったとの第1の仮定を置き、更に接触面積の増大を意図してサンドブラストが行われたとの第2の仮定を置いたとしても、サンドブラストは表面の波線状凹凸による接触面積の増大効果の域を出ず、一方本件特許発明の意図する電解質処理によるアンダーカット付き粗面は、その特徴的な表面形状によって単位面積当たりの接触面積が飛躍的に向上するものであり、両者は本質的に相違するものである。より重大には、甲第2号証発明では最終的に接合力の向上効果を確認するに至っていないのに対し、本件特許発明では、公告公報第1表に示した様に、電解質で粗面化した金属板では、該処理をしていないものに比べて実に16〜34倍(2400/150〜850/25)の接合強度が得られることが示されているのである。甲第2号証で得られる有機質正特性サーミスタにおけるサンドブラスト処理金属板と素子間の接合強度が、非サンドブラスト処理金属板と素子間の接合強度の16〜34倍にも向上しているであろうことを推察し得る根拠は、同号証から到底導き得ないのである。
従って『甲第2号証には、本件特許発明の接合強度の向上の効果が記載されている。』との請求人主張は、根拠を欠くものと言わなければならない。
・低抵抗(審判請求書第11頁第5〜16行)
請求人は甲第2号証における低抵抗について、同号証の記載の中から、素子と電極との接触抵抗を小さくする(両者の接触面積が増大することによる)との記載と、素子自体の抵抗を小さくする(ポリエチレンと黒鉛との混合比率を変化させることができる)との記載、の2点を抽出し、『このことからも甲第2号証の有機質正特性サーミスタが低抵抗であると言える。』と述べている(なお、本件特許発明は素子と金属板の接合面における接触抵抗の低減を意図するものであるから、素子自体の低抵抗化を図る部分の同号証の示唆は本件特許発明と全く無縁の技術である)。
しかしながら甲第2号証のどこを見ても、現にそこで得られた有機質正特性サーミスタが低抵抗であることを示す具体的データは一切述べられていない。本件特許発明は電解質処理によって粗面化された金属板を用いてこれを素子と接合することにより、本件特許の公告公報の第2表に示す様に、素子本体の比抵抗と実質的に同一と言える程に上記接合面間の接触抵抗が低減することを見出した(換言すれば、優れたオーミック性接触を実現せしめ得た)のである。これに対して甲第2号証で得られる有機質正特性サーミスタにおけるサンドブラスト処理金属板と素子間の接触抵抗が本件特許発明と同一と言い得るほど、即ち、素子自体の比抵抗と殆ど同程度になるであろうと推察し得る根拠は、同号証から到底導き得ないことである。
従って、『甲第2号証の有機質正特性サーミスタは低抵抗である』との請求人主張は、根拠を欠くものと言わなければならない。
・優れた寿命特性(審判請求書第11頁第17〜26行)
請求人は、商用に供することが可能な正特性サーミスタは当然に優れた寿命特性を有するとの独善的前提に立って、甲第2号証に、同号証のサーミスタを用いることの可能な用途が多数掲げられていることをもって、『これらの用途に用いられることのできる甲第2号証の正特性サーミスタが寿命特性に優れていることは明らかである』と述べている。
しかし、本号証に掲げられた種々の用途は、正特性サーミスタ自体に対して一般的に適用可能と期待される用途を単に羅列しただけのものであって、この様な単なる適用期待分野を開示するのみの記載から、当該分野での現実的使用に際して求められる寿命特性を有している筈であるとの断定的主張をなすことに対しては、到底これを容認する訳には行かない。
また、甲第2号証の正特性サーミスタがこの様な商用用途に現実に用いられたとの立証も無く、また本件特許の公告公報の第3表に示された様な寿命特性データも一切知られていない。
従って、『甲第2号証の有機質正特性サーミスタが寿命特性に優れていることは明らかである』との請求人主張は、何ら具体的根拠を有しているものではない。
・良好なオーム性接触(審判請求書第11頁第27行〜第12頁第6行)
請求人は、ここでも独善的前提を置いて独断に満ちた主張を展開している。ここでの前提は、『良好なオーム性接触を示すことは正特性サーミスタが当然に具備する効果である』との決め付けである。具体的データを伴わない、55年以前の甲第2号証を、『良好な特性を示すことは当該対象製品が当然に具備する効果である』等ということはできない。
甲第2号証のどこにも完全な接触が得られるとの記載は一切無く、ましてオーム性接触が得られることを推察せしめ得るデータも一切見当たらないのである。仮明細書から完全明細書を通じて一切データのない甲第2号証を、『当然に良好な特性を有している』などと推論し得る蓋然性はどこをみても出てこない。
・高い耐電圧(審判請求書第12頁第7〜27行)
請求人は、耐電圧の値は用途によって高かったり、低かったりするものであり、本件特許の公告公報に記載された24ボルトはとても高いとは言えない旨述べている。24ボルトが一体どの様な根拠で『とても高いと言えない』のであろうか。そもそも甲第2号証には耐電圧の値が記載されていないだけでなく、耐電圧に優れているという記載さえないことを改めて指摘しておく。請求人の『どのような耐電圧のものに設定するかは単なる設計的事項に属することなのであり、単に高い耐電圧ということは甲第2号証に記載されている』との主張は、根拠がない。
(3)以上述べた所を纏めると、本件特許発明と甲第2号証の発明は構成要件においてX4、X5、X6 対 x4、x5、x6で相違し、また本件特許発明は甲第2号証の発明では達成されたとの立証がない諸効果(接合強度の向上、低抵抗、優れた寿命特性、良好なオーム性接触、高い耐電圧)を全て実証的データをもって明らかにしたものである。
よって、本件特許発明と甲第2号証の発明は、発明の構成、効果において明瞭に相違し、本件特許発明は特許法第29条第1項第3号に規定される特許要件を具備しないとの請求人の主張は全く理由が無い。

【2】 特許法第29条第2項進歩性要件不備(甲第2号証記載発明に周知 技術及び甲第3、4号証を加味すれば、当業者にとって容易想到)の 指摘に対して
(1)請求人は甲第2号証のプレートが金属板と読めない場合があることに備えて甲第3号証及び甲第4号証を提出し、甲第2号証のエンドプレート用ディスクの材料として金属を用いることは当業者にとって容易に想到できると主張している。
(2)しかしながら、甲第3号証で採用されている技術は『焔熔射』である。この技術は金属粒子を溶融状態で吹き付ける所謂溶射技術であり、甲第3号証が甲第2号証の公表された1945年から実に35年を経た1980年に特許出願されたという事実は、金属と合成樹脂製素子の電気的接触を得る為に当業者が如何に苦心していたかを物語る格好の資料として位置付けられるものであり、甲第3号証発明は本件特許発明と直接対比し得べきものではないのである。
(3)次に、甲第4号証は金属板の使用について触れている。しかし、本件特許権者は金属板を用いる点に新規性進歩性があるなどと主張しているのではない。金属板をそのまま用いるのではなく、電解質で処理するという方法によって粗面化された金属板を用いるという構成を採用し、それによって接合強度の向上、低抵抗、優れた寿命特性、良好なオーム性接触、高い耐電圧という甲第2〜4号証の何れにも記載乃至示唆のない優れた工業的効果を有した、真に実用性ある有機質正特性サーミスタを現出した点に本件特許発明の新規性及び進歩性が存在する。
(4)結局、本件特許発明は甲第2号証に周知技術及び甲第3、4号証に記載された発明を組合せることによって当業者が容易になし得たものであるとの請求人の主張は全て理由が無く、本件特許発明は特許法第29条第2項に規定された特許要件を十分に満足するものである。

【3】 特許法第36条第4項の記載要件不備(粗面化の意義、実施例におけ る比較試験及び効果において、当業者が容易にその発明を実施すること ができる程度に記載されていない)の指摘に対して
(1)粗面化の意義については、その対極である『平面化』という概念と対比して明瞭である様に、技術的に何ら不明瞭なところは無く、『粗面化』とは文字通り、『粗い面にする』という当業者にとって疑い様のない技術的に明瞭な概念である。
本件特許発明の意義をより明瞭なものにするという意図に基づいて、先に述べた様に、特許請求の範囲第1項を次の様に訂正した。
『重合体と該重合体に分散された導電性粉末とからなる正の抵抗温度特性を有する素子の表面に、該素子の表面と接する面を電解質で粗面化した金属板を接合し、これを電極としたことを特徴とする有機質正特性サーミスタ。』
この訂正は、訂正前が単に『粗面化』であったものを、訂正によって『電解質で粗面化』である旨減縮、且つ明りよう化したものであり、また『電解質で粗面化』という文言については、例えば、本件特許の公告公報第1頁第2欄第24〜25行に、実施例の説明として「片面を電解質で粗面化したCu箔」と示し、また同公報第2頁第3欄第5〜6行には、「比較試料として、片面を電解質で粗面化していないCu箔」と示している。従って本件訂正は、特許法第134条第2項ならびに同条第5項で準用される第126条第1項第1、3号及び同条第2項、第3項及び第4項の各規定をを充足するものである。
本件特許発明の粗面化とは、上記訂正によって明らかにした通り、「金属板の表面が電解質処理により粗面化されたもの」であるが、この概念は、「金属板の表面がサンドブラスト処理により粗面化されたもの」に対応するもので、何れの表現形式も特許出願における特許請求の範囲の記載における所謂プロダクト・バイ・プロセス表現あるいは物体の性状・特性などのー表現形式として広く認められているところである。
請求人は審判請求書第20頁第3〜13行に、実施例として「電解質による粗面化」が記載されていることを認めているが、その具体的条件について、電解質がどのようなものかは一義的かつ明確には定まらないと述べ、更に電解質で粗面化するという方法自体本件特許発明の技術分野、特に有機質正特性サーミスタの分野において、何らの説明を要しない周知、慣用の方法ではない、等と主張している。しかし、電解質がどの様なものであるかは当業者にとっては技術常識に属することであり、先に提示した乙第4号証はその一例である。
(2)請求人は、審判請求書20頁下から第3行〜第21頁第17行において、実施例の記載は不整合であり正確に試験をした測定結果とは言えず、本件特許発明の効果を立証するとは言えないとの論旨を展開する。
すなわち、請求人は、第2表の測定用試料について「『1cm角の大きさに切断』した試料を用いていることは明らかである。つまり、一辺が1cmの立方体の試料である」との見解を述べ、一方、「第3表に示された測定結果は『さらに、得られた各試料について寿命試験を実施し、その結果を第3表にした』とあることから、試料は第2表の場合と同様に明らかに1cm角のはずである」などと主張し.このような認識を前提に「第2表の比抵抗の測定結果(単位:Ω・cm)と第3表の初期抵抗値(単位:Ω)は同一オーダーの値でなければならないにも関わらず約20分の1の値となっており不整合である」などと主張するものである。
しかしながら、請求人が本件発明効果を否定したいというのであれば、明細書に記載された実験条件を採用したうえで、さらに、明細書で省略されている諸条件(有機化合物に対する予熱の有無・程度、結晶性ポリエチレンとカーボンブラックの攪拌方法・時間、架橋用のオゾン吹込み時間・量、プレス圧、電解質の種類等の粗面化条件、試料の冷却の有無・温湿度、比抵抗測定時の周辺温湿度等)をどのように設定したとしても、明細書のような測定結果あるいは比較試料との対比における特性傾向を一切示しえないということを、客観的証拠をもって主張立証すべきである。請求人の主張には何らの実体的・客観的データを伴っていない。
さらに、右の論旨は、「第2表及び第3表に示されたデータが何れも『一辺が1cmの立方体』を用いた測定結果である」との認識を絶対条件とするものであるところ、この認識は、本件特許明細書の誤読に基づくものであり、当を得ない。
すなわち、本件特許の公告公報第2欄第19行以下には、
「結晶性ポリエチレン88部に、ケッチェンブラック(カーボンブラック)12部をよく混合し、・・・吹き込んだ。得られた架橋済みの有機化合物を厚み1cmの板状に成型し、その素子の両面に、片面を電解質で粗面化したCu箔(35μ)を熱間プレスにより150℃、30分の条件で接合し、電極を形成した。その後1cm角の大きさに切断し、Cu箔の表面にCuからなるリード線を半田浸漬で接続した。」
と記載されているのである。この記載を素直に読み下せば、「その後lcm角の大きさに切断し」とは、板状体の素材に電極となる粗面化銅箔を熱間プレスで貼着したのち、右の電極貼着面を「幅1cm×長さ1cm」に切断して切り分けたものであることは明らかである。しかして、請求人は、前後の脈絡を無視して、「各試験試料は『1cm角の大きさに切断』した試料を用いていることは明らかである。つまり、一辺が1cmの立方体の試料である」と述べ、各試料が、まるで有機化合物の塊から「一辺1cmの立方体」として切り出されたものであるかのように理解している。このような請求人の推論は、明細書の記載内容からかけ離れている(切り出し前に貼着された電極銅箔の存在を無視して「一辺が1cmの立方体」の試料を切り出すことなど、各試験の性格上、到底考えられない。)。
しかも、上記試料の原材料は熱可塑性の結晶性ポリエチレンであり、これは、一定厚みの板状体に成型された後、「素子の両面に、片面を電解質で粗面化したCu箔(35μ)を熱間プレスにより150℃、30分の条件で接合」され(第2欄第23〜26行)、その結果、熱可塑性の有機化合物は熱間プレスの際に厚み方向に必ず塑性変形し、加工前よりも更に薄い薄膜シートとなっているのである。請求人は、明細書から明らかな常識的事実すら、看過してしまっているのである。
さらに言えば、当業者の知見をもって本件明細書を読めば、本件発明の構成を採用することにより、接合強度の向上、低抵抗(オーミック特性の向上)、寿命特性の安定化という本件発明の目的(効果)の面で一定の傾向が得られ、且つ、右傾向が従来技術と比較した有利な効果として表れていることを、何ら特別な知識を要することなく理解できる。すなわち、本件特許明細書には、当業者が本件特許発明を容易に実施できる程度に発明の目的、構成、効果が記載されている。

以下、第1表〜第3表のデータの開示に関連付けて説明する。
I) 第1表は、接合強度試験である。
ここで、当業者は、第1表を含む本件特許明細書の開示に基づき、有機質素 子の表面に「該素子の表面と接する面を電解質で粗面化した金属板を接合」することにより、「粗面化していない」金属箔を接合したものと比べて接合強度を向上させうることを、明確に理解できる。
II)第2表は、オーミック性に関する比抵抗の測定試験である。すなわち、電極を接合した素体の比抵抗(固有抵抗)が、素子そのものの比抵抗との比較においてどのような値で示されるかを、常法に基づく個々の試料の抵抗値の測定結果から導き出すものである。
ここで、当業者は、第2表を含む本件明細書の開示に基づき、有機質素子の表面に「該素子の表面と接する面を電解質で粗面化した金属板を接合」することにより、「粗面化していない」金属箔を接合したものと比べ、素子と電極との間の導電性を良化させることにより良好なオーミック性接触を得られることを、明確に理解できる。
ところで、請求人は、第2表および第3表の試験に用いられた試料が全て「一辺が1cmの立方体」であったとの思い込みのもと、この前提では辻棲が合 わなくなったため、右のデータの開示が「本件特許発明の効果を立証するものとは言えない」などと述べる。すなわち、請求人は、各試験試料の寸法の絶対値が動かし難いとの前提を置いて本件明細書を読み進んでいる。
しかしながら、このような第2表の見方は、本件発明の実施をしようとす る当業者による読み方とは程遠いものである。
すなわち、素体の比抵抗は、数式
Rv(抵抗値)=ρ(比抵抗値)×L(素体の厚さ)/S(素体の断面積)により、抵抗値、厚さ、断面積(いずれも常法により測定可能)と関連付けて把握される、単位長さ・単位断面積に換算した物質の抵抗値(単位は「Ω・cm」あるいは「Ω・mm」)である。
この際、第2表の試験は比抵抗を求めるものであるから、最終的に上記数式に当てはめて換算することさえ可能であれ良く、そのためには試料片の厚みや断面積をノギス等で測定しておく必要はあるが、その絶対値自体は、別段大きくても小さくても差し支えないのである。もとより、比抵抗の測定のために試料のサイズを「一辺が1cmの立方体」にしなければならないという慣行など存在しないし、試験結果の公表にあたりサイズまで書かないことは慣例である。最終的に「Ω・cm」あるいは「Ω・mm」の単位で比抵抗が分かりさえすれば、当業者にとっては、当該試料の抵抗に関する特性が容易に理解できる。
III) 第3表は、寿命試験である。すなわち、様々な過酷条件を負荷した場合に試料が特性を維持できるか、すなわち、抵抗値の増減の少ない安定した値を示すかを、負荷の前後の変化率から把握しようとするものである。
ここで、当業者は、第3表を含む本件明細書の開示内容に基づき、有機質素子の表面に「該素子の表面と接する面を電解質で粗面化した金属板を接合」することにより「粗面化していない」金属板を接合したものと比べて素子と電極との間の接触が安定的に維持され、変化率の小さな安定特性が得られることを明確に理解できる。
ところで、請求人は、第3表の初期値における「この発明」と「比較試料」の比率と第2表における「この発明」と「比較試料」の比抵抗の比率を比較したうえで、「第2表で示された程のオーミック性の違いが第3表にはみられない。同一の試料を用いているはずなのに何故これ程までの差があるのかが不明である。したがって、第2表の結果のみを用いて『良好なオーミック性接触が得られている』と結論づけている記載は信頼性がない。」などと述べる(審判請求書第21頁第18〜27行)。
このような請求人の主張は、本件明細書に示された各試験の意義を無視して「第2表と第3表の各試験が全て同一の(一辺が1cmの立方体の)試料により実施された」との独善的解釈に基づいてなされたものであり、当を得ない。
言うまでもなく、本件明細書に記載された試験用試料は、「この発明」と「比較試料」の双方とも複数個作成されている(第1表の接合強度がばらつきをもって示されていることから、また、たとえば第1表の接合強度試験で用いた試料を他の試験に流用できるはずもなく、複数の試料がなければ本件明細書の試験はそもそも成立しないことから理解できる。)。且つ、第3表の試験もまた、「この発明」の試料と比較試料の夫々について別異の過酷条件を負荷するものであるため、複数の試料につき、異なった保存条件下で変化率を見るものである。
ここで、本件試験に用いられた試料は、基本的に「幅×長さ」が「1cm×1cm」を狙い値として切断されたものである(本件公告公報第2欄第26〜27行参照)が、現実の切断工程においては切り出し寸法に公差が生ずること、あるいはプレス過程で厚みに差が出ることはあり得る。さらに言えば、素子と電極の接合状況の微妙な違いにより、個々の素体について比抵抗にも若干の差異が生じることも現実問題として想定可能である。したがって、右公差等の範囲内で、比抵抗が略同一であっても(また、比抵抗にばらつきがある場合にはその部分も寄与することによって)抵抗値そのものに偏差を生じうるのであり、このこと自体、当業者にとって自明事項である。
この際、寿命試験は負荷条件の相違によって抵抗値がどのように変化するかを知るためのものであるため、初期値(Ω)と100時間後の値(Ω)を対比できること(例えば試験1の「この発明」では変化率3.2%、「比較試験」では変化率53.6%)が重要であり、そのためには、負荷の前後で常法によりナマの抵抗値が測定可能であれば良く、この場合には試料のサイズ(延いては、比抵抗)を知っておく必要は無く、ましてサイズが完全に同一である必要性など全く存在しない。
このように、第3表の試験は負荷条件の前後における変化率の把握が重要であるため、本件明細書においては変化値を比較する際の利便性を考慮して、「この発明」と「比較試料」の夫々「試験1」ないし「試験4」についてできるだけ初期値が近似したもの(初期抵抗値0.215〜0.246Ωのもの)をここでは選択して、データを採っているのである。このことは、本件公告公報第4欄第6〜7行に、「なお、比較のために各試験の試料について初期値を合わせて示した。」と端的に表現されている。これにより、当業者は、より明確に本件発明の効果を認識できるよう、配慮がなされているのである。
しかして、請求人の主張は、上記の各自明事項、経験則、明細書の記載を全く無視して、「第2表と第3表は全て同一の試料(一辺が1cmの立方体)が用いられた」との誤った理解に依拠するものであって、当を得ない。
以上詳述したとおり、請求人の特許法第36条第4項に関する主張は各試験例に用いた試料の絶対寸法を「1cm立方」と見ることによってのみ成立するものであるが、具体的寸法は本件発明の実施可能性を担保するうえでの本質的要請ではありえず、その記載がないからと言って、何ら本件特許の有効性が左右されるものではない。
したがって、請求人の実施例の開示に関する特許法第36条第4項違反の主張は、全く理由がないものである。

6.当審の判断

〔6-1〕本件発明
本件発明は、上記「3.本件発明」において示したとおり訂正された特許請求の範囲に記載されたとおりのものである。

〔6-2〕特許法第29条第1項第3号違反について
(6-2-1)甲第2号証に記載された発明であるか否かについて
(A)甲第2号証(英国特許第604695号明細書(1948年))の記載乃至開 示事項
甲第2号証には、以下の技術事項が記載乃至開示されている。
i) 「本発明は、抵抗素子に関するものであり、更に詳しくは、正の温度/抵抗特性を有する抵抗素子に関する。」(第1頁第7〜11行)
ii)「本発明の目的は、現在までに入手可能とされてきた温度/抵抗特性よりも急峻な温度/抵抗特性を有する抵抗素子を提供することであり、本発明によれば、この抵抗素子は、粉末化電気伝導性材料と熱可塑性材料との混合物から成る。本発明の好ましい態様では、電気伝導性材料は黒鉛、熱可塑性材料はポリエチレンから成ることができる。」(第1頁第12〜23行)
iii)「好ましい材料が使用される場合には、ポリエチレンが塑性状態とされる約150℃の温度で、カレンダー上で混合される。」(第1頁第27〜32行)
iv)「混合後には、この生産物は、金型成形、ロール成形又は押出成形によって、棒状体とすることもできる所望の形状にされる。さらに、この棒状体との電気接続を行うための手段が取り付けられる。この接続を行うにあたっては、混合物が塑性状態にあるときに混合物に接続手段を取り付ける際に、十分な接触面積と接合力とが得られるように注意を払わなければならない。サンドブラスト仕上げが施された表面を有するエンドプレート用ディスク又はカップを用いることができる。カップを用いた場合、カップ壁部の深さ方向の全部分にわたって粗い鋸歯状の切り込みを複数形成することにより、カップと棒状体との間の接合力を向上させることができる。」(第1頁第35〜49行)
v)「上述した温度範囲では抵抗が素早く増加するという観点から、この抵抗素子は多くの用途に使用することができる。例えば、電流及び電圧の安定化のために使用でき、或いは電気モータの速度調整器の一部分を形成することもできる。この抵抗素子は、熱電子管のフィラメント電流の制御、或いは例えば火災警報システムにおける温度上昇の遠隔報知用にも使用することができる。さらに、この抵抗素子は給湯機を制御するためにも使用でき、実際に給湯機素子として大きな抵抗素子を使用することができる。この場合、ヒーター周りの水の温度が上昇するにつれてヒーターの抵抗が大きくなるとともに、ヒーターによって消費される電力が減少させられる。また、この抵抗素子は、電気信号技術、特に電話装置に多くの用途を有している。例えば、この抵抗素子を継電器と直列に接続することにより継電器の開放を遅らせたり、或いはこの抵抗素子を継電器と並列に接続することにより継電器の動作を遅らせたりするために、この抵抗素子を使用することができる。これら何れの場合にも通常の抵抗素子に対して直列に接続される。この抵抗素子は、特にステッピングスイッチに採用される電磁石の過熱防止のための電磁石用保護装置としても使用することもできる。これによれば、過熱後の数秒以内に電磁石の動作を停止させることができることが確認されている。最後の例示として、電話自動交換装置に採用されている最終セレクタにおけるベル用抵抗としてこの抵抗素子を使用することが挙げられる。最終セレクタが地絡を形成する線上にある場合、ベル用抵抗の存在によりバッテリ上のドレインが減少させられ、これにより、他のコネクターへと供給されるベル用電流の強度が減少させられることを回避することができる。」(第1頁第66行〜第2頁第11行)
vi)「また、ポリエチレンに対する黒鉛の比率を変化させることにより、温度に対する抵抗の変化が最も明確に表れる範囲を変更することができ、同時に、抵抗の実際の値をも変更することができることが認められる。」(第2頁第16〜22行)
vii)「本発明によれば、この抵抗素子は、適切な形状の固体を形成するよう加工された、ポリエチレンと粉末化黒鉛との密な混合物から成る。」(第2頁第58〜62行)

(B)対 比
本件発明と甲第2号証に記載されたものとを対比する。甲第2号証に記載されたものが対象とする「正の温度/抵抗特性を有する抵抗素子」は、粉末化電気導電性材料と熱可塑性材料(ポリエチレン)との混合物から成るものである(記載事項 i)、ii)を参照)から、本件発明が対象とする「有機質正特性サーミスタ」に相当する。甲第2号証に記載された抵抗素子は、上記熱可塑性材料として好ましくはポリエチレンが用いられ(記載事項 ii)、iii)を参照)、この「ポリエチレン」は、本件発明における「重合体」に相当するものであることは明らかである。甲第2号証に記載された抵抗素子において、ポリエチレン及び粉末化黒鉛はポリエチレンが塑性状態とされる約150℃の温度で、カレンダー上で混合されるものであり(記載事項 iii)を参照)、しかも、ポリエチレンと粉末化黒鉛の密な混合物から成るものである(記載事項 vii)を参照)から、上記「粉末化黒鉛」は電気伝導性材料として用いられているものであって、本件発明における「導電性粉末」に相当し、ポリエチレンに分散している、すなわち「重合体に分散された」ものであることは明らかである。さらに、甲第2号証に記載されたものにおいては、上記混合物は棒状体(素子)とされこの棒状体との電気接続を行う手段が取り付けられ(記載事項 iv)を参照)、この「電気接続を行う手段」は本件発明における「電極」に相当する。甲第2号証に記載された「エンドプレート用ディスク」は、この「電気接続を行う手段」として用いられるものであることより、電気伝導性を有する金属板であることは明らかである(なお、甲第2号証に記載された「エンドプレート用ディスク」における「プレート」が金属板に相当することについては当事者間に特に争いがないところである(平成12年7月10日付け被請求人提出に係る答弁書第5頁下段参照))。そうすると、本件発明と甲第2号証に記載されたものとは、次の点で一致する。
<一致点>
重合体と該重合体に分散された導電性粉末とからなる正の抵抗温度特性を有する素子の表面に、該素子の表面と接する面を金属板を接合し、これを電極としたことを特徴とする有機質正特性サーミスタ。
そして、次の点で相違する。
<相違点>
電極を形成する金属板に関し、本件発明においては、電解質で粗面化した金属板であるのに対し、甲第2号証に記載されたものにおいては、サンドブラスト仕上げが施された表面を有するエンドプレート用ディスク(金属板)を用いるものである点。

(C)判 断
上記相違点について検討する。
甲第2号証に記載された抵抗素子は、「粉末化電気導電性材料(粉末化黒鉛)と熱可塑性材料(ポリエチレンの重合体)との混合物は、金型成形、ロール成形又は押出成形によって、棒状体(素子)とすることもできる所望の形状にされ、この棒状体(素子)との電気接続を行うための手段(電極)が取り付けられる。この接続を行うにあたっては、混合物が塑性状態にあるときに混合物に接続手段(電極)を取り付ける際に、十分な接触面積と接合力とが得られるように注意を払わなければならない。サンドブラスト仕上げが施された表面を有するエンドプレート用ディスク(金属板)を用いることができる。」(記載事項 iv)を参照。)ものであり、甲第2号証には、エンドプレート用ディスク(金属板)の表面は、棒状体(素子)を取り付ける際に十分な接触面積と接合力とが得られるようにサンドブラスト仕上げが施されるものであることは開示されているが、上記「サンドブラスト仕上げ」がどのような手段であるのかが具体的に示されていない。また、「サンドブラスト仕上げが施された表面」がサンドブラストによってどのような表面に仕上げられたものなのかについても具体的に示されていない。

一方、「サンドブラスト」処理の技術的意義については、本件特許出願前に頒布された刊行物に以下のような技術事項が記載乃至開示されている。
(1) 「ガラスや石その他の硬い材料を刻んだり切削するために、ヤスリを磨いたり鋭くするために、金属からスケール(垢、酸化膜など)を取り除くために、空気あるいは蒸気によって射出される砂の力の流れ。また、それを適用する為に用いられる装置。」(乙第2号証:「ウェブスター・新国際辞典 WEBSTER'S NEW INTERNATIONAL DICTIONARY」 1934年)
(2) 「加工物の表面に砂を加圧加速して吹付けて砂や不用の付着物、バリなどを除く加工法」(乙第1号証:「アグネ・金属術語辞典」 1965年))
(3) 「素材の表面に各種の被覆を行う際にはまず素材表面の前処理を行わなければならない。前処理として・・・いろいろあるが、表面処理用としては広くブラスチングが採用されている。
ブラスチングとは角ばった研削材(砂、グリット、アランダムなど)を高速度で素材の表面に衝突させ、研削材の角で、異物と一緒に素材を削りとる手荒な方法である。
・・・・・
ブラスチングに使う研削材は、わが国ではケイ砂ならびにグリットがおもに用いられている。ヨーロッパではケイ砂の使用は禁止され、アメリカでは・・・・細かい砂の使用を禁止している。いずれも衛生的な見地からである。ブラスチングは素材表面の清浄化と粗化とを同時に行いえて便利である。しかし、サンドブラスチングの前に各種の処理を行う必要がある。
・・・・・
ブラストを終えた面の検査はきわめて重要であるが、現在のところ確立した方法は定められていない。しかし、つぎの二点が最も重要であるといえよう。
(i) 異物(油、水、研削材、ごみ、さびなど)が付着していないこと。
(ii)適切な表面粗度であること。
・・・・・
ブラストを終えた面のあらさの程度と、凹凸の形状が重要である。しかし、これに対する規格などが全くないので、きわめて漠然たる表現しかない。フランスあたりがこの規格化にかなり熱心で、あらさ標準片が市販されている。」(甲第13号証(請求人提出の資料7):「金属表面技術講座4 被覆形成技術」昭和44(1969)年 p.33〜37)
(4) 「溶射層の形成および結合の機構は・・・・・単なるからみ合いによる機械的結合によるものであるから、その溶射目的の物体表面の清浄化はもちろんであるが、さらに結合の密着性を向上させるには目的物質表面に適当な凹凸を用意することが重要である。この凹凸の粗面をつくる方法にはサンドブラスト法、グリッドブラスト法、機械工作法、溶着法、モリブデン合金溶射法がある。・・・・・
(A) サンドブラスト法 サンドブラスト用砂は硬いケイ砂を用いるため、素地表面にケイ砂粒子が食い込み、ケイ砂質表面をつくり、密着度を低下せしめる傾向があり、また砂に混入している粘土質が表面に付着するなどの欠点があるが、コストが安く、小形のものに対しては便利である。」(甲第12号証(請求人提出の資料6):「新版金属表面加工概論」昭和51(1976)年 p.205〜206)
(5) 「ライニングされるべき素地の表面は施工に先立って清浄にしなければならない。金属の表面は多少なりとも必ず酸化皮膜で覆われており、その程度と種類によってはライニング皮膜の接着を阻害することが多いので、それらの酸化皮膜(さび)を除去することが行われている。その方法としては化学的方法(酸洗いなど)、物理的方法(グラインダ・ワイヤブラシ・サンドペーパー・サンドブラストなど)、電気的方法(電解研磨など)があるが、小物物品は別として、一般の缶体ではサンドブラストが最も多く採用されており、その効果も最高である(ホワイトメタル状にする)。このサンドブラストにも各種の方法(図14・70)があるが、ライニング用として現場で施工されているものの大部分は直圧式といわれている方法である。これはサンドボックスにも圧力をかけて砂を噴出させるもので、サンドブラストといっても研削材としてはケイ砂のほかに山砂・・・などが用いられている。
サンドブラストの利点は、さび以外の素地表面の汚れ(たとえば旧塗膜など)や油分なども同時に取り除かれること、凹凸のある物体でも完全にさびが除かれること・・・、素地の表面に砂を噴射するので微細な凹凸が多数でき、有効接着面積は少なくとも10〜100倍以上に増加し、適当な投錨効果も得られること、作業の能率が他の方法よりも大きいこと、酸洗いなどのように、処理後の中和や水洗や乾燥を必要としないこと、ブラストにより活性力の大きい新表面が露出するからライニング皮膜との化学的親和力も大きくなるなどである。」(請求人提出の資料5:「金属表面技術便覧(改訂新版)」昭和51(1976)年 p.1041〜1042)

上記各技術事項は金属の表面処理としてのサンドブラスト法に関するものである(なお、上記(4)、(5)は甲第2号証の頒布日以降のものであるが、参考のために示した。)が、いずれも甲第2号証に記載されたもののような小形電気(電子)部品に使用される金属板に関するものではない。上記各技術事項を勘案すると、金属の表面処理としてのサンドブラスト法は、甲第2号証の頒布当時(1948年当時)までは、単に金属表面に砂を吹き付けて該表面からスケール(垢、酸化膜など)を取り除く(清浄化)手段として用いることが技術常識であったものが、その後、金属表面に被覆層を形成することを容易にするために金属表面の清浄化と併せて粗面化をも意図して用いられるようになったものであると解することができる(なお、この点に関し、請求人の平成12年5月9日付け上申書の資料1〜4に記載のものも、サンドブラスト法により処理して表面の粗化を図るものであるが、前記資料1〜4はいずれも甲第2号証の頒布日以降のものである)。そうすると、甲第2号証の頒布時における技術常識を参酌すれば、甲第2号証に記載されたものにおける「(エンドプレート用ディスクの)サンドブラスト仕上げ」とは、エンドプレート用ディスク表面からスケール(垢、酸化膜など)を取り除いて清浄化するとともに該ディスク表面に適当な粗度を与えるために砂を吹き付けることを意味するものと解することが技術上妥当である。
したがって、甲第2号証に記載されたものにおける「(エンドプレート用ディスクの)サンドブラスト仕上げ」について、(結果としてディスク表面に凹凸が形成されていても)該ディスク表面を粗面化する手段として(のみ)示されたものと理解することは技術的にみて困難である。すなわち、金属表面を清浄化するとともに粗面化するという場合、単に表面に凹凸が形成されることを指すのではなく、金属表面に形成される(清浄化とともに粗面化のために必要な)所望の凹凸の程度、状態をいうものであることは明らかであり、サンドブラスト法で処理された金属表面に単に凹凸が形成されているというだけでは、そのことを以て直ちに粗面化(を目的とした)したディスク表面ということにはならない。なお、金属板表面の粗面化に関し、請求人が提出した平成13年9月10日付け上申書の参考資料13には、合成樹脂との接合力を向上させるために、金属板に対してサンドブラストを施しその表面を粗荒面とすることが開示されているが、この参考資料13は甲第2号証とほぼ同一時期(1947年)に発行されたものであり、金属板とはいえ飛行機体又は翼等に使用されるものを対象とするものであって、甲第2号証に記載されたもののように小形電気(電子)部品に使用されるものとはその対象が大幅に異なり、甲第2号証の頒布当時において、サンドブラスト法が電気(電子)部品に使用される金属板の粗面化の技術として常識的なものであったとすることはできない。
一方、本件発明は、素子本体と電極となる金属板との接合強度を向上させるとともに、低抵抗でしかも寿命特性にすぐれた有機質正特正サーミスタを提供することを目的とするものである(本件公告公報第2欄第5〜9行)から、後述するように、本件発明における金属板電極表面に形成される「粗面」は、本件明細書の第1表に示されるようなきわめて大きい接合強度を有する粗面であり、単に凹状のへこみ形状の面を指して粗面というのではなく、素子本体と金属板との接触面積が著しく大きく両者が入り組んだ複雑な形状の面を指して粗面というものと解するのが技術的にみて妥当である。

したがって、甲第2号証に記載されたものにおける「サンドブラスト仕上げが施された表面を有するエンドプレート用ディスク(金属板)」は、本件発明における「粗面化した金属板」に相当するとすることは技術的にみて妥当でない。

また、甲第2号証に記載されたものにおいて、「サンドブラスト仕上げが施された表面を有するエンドプレート用ディスク(金属板)」が「粗面化した金属板」に相当すると解したとしても、本件発明は、「電解質で」粗面化したものであり、甲第2号証に記載された「サンドブラスト仕上げ」が施されたものとは、金属表面の処理手段として全く異なるものであり、その結果得られる電極表面の粗面形状も、以下に示すとおりそれに伴って全く異なるものである。

本件公告公報第2欄第19行以下には、「結晶性ポリエチレン88部に、ケッチェンブラック(カーボンブラック)12部をよく混合し、・・・オゾン(O3)を吹き込んだ。得られた架橋済みの有機化合物を厚みlcm(上記「2.訂正の適否」において示したとおり1mmと訂正。)の板状に成型し、その素子の両面に、片面を電解質で粗面化したCu箔(35μ)を熱間プレスにより150℃、30分の条件で接合し、電極を形成した。その後1cm角の大きさに切断し、Cu箔の表面にCuからなるリード線を半田浸漬で接続した。」と記載されているものの、具体的な製法またはそれによって形成される粗面の状態については説明されていない。

そこで、電解質による金属の粗面化に関し、その技術的意義について検討する。本件特許出願前に頒布された以下の刊行物には次のような技術事項が記載乃至開示されている。

特開昭58-154164号公報(甲第14号証)
密閉式電池に関し、エポキシ樹脂の溶射膜と電極端子とを漏液防止のために密着することを目的として、電極端子の表面を硝酸、硫酸、塩酸、フッ酸、クロム酸、リン酸等の各種酸溶液によるエッチングやサンドブラストで粗面化すること(第2頁左上欄第5〜7行)。

特開昭53-43497号公報(甲第15号証)
表示電極に関し、酸化物食刻液により電極表面を粗面化すること。

特公昭49-25539号公報(平成13年6月8日付けで請求人の提出した回答 書に添付の参考資料1)
金属、特に銅箔または銅合金箔と有機材料、特に電気絶縁性良好なプラスチックとの接着性を向上させることを目的として、金属箔表面をワイヤーブラシ、サンドペーパ、液体ホーニング等により機械的に粗面化させるかあるいは化学薬品による浸漬処理、更には金属箔を陽極として該箔表面を一部溶解させる陽極処理法等の各種表面処理法が提案されていること(第1頁)。

特公昭54-12620号公報(平成13年6月8日付けで請求人の提出した回答 書に添付の参考資料2)
電気化学二重層キャパシターに関し、電極と集電体との接触を向上させるための手段としては、接触面積を大にすること、集電体と電極材料をよくかみ合わせておくことである。この発明の表面の粗な集電体は、先ず電解液として・・・電解エッチングにより製造したこと(第1頁右欄)。

特公昭50-40109号公報(乙第4号証)
印刷回路用銅箔の表面処理に関し、合成樹脂基板に対し強大な接着力を持たせることを目的として、酸性銅電解浴を用い、該電解浴中で銅箔を陰極となし該銅箔に水素ガスの発生を伴う如き限界電流密度以上の電流を短時間流して電解処理し、陰極とせる銅箔表面に強固な固着性を有する微細な粉状銅を緻密に析出せしめることにより、該銅箔表面に緻密微細な粗面を形成せしめた電気化学的表面処理銅箔を得ること(第2頁)。
より具体的には、電解質によって形成される上記粗面は被請求人提出の乙第3号証の写真1-IIに示されるように、例えば積乱雲にも喩え得るような、或いは樹氷にも喩え得るような外観からなるアンダーカットのある粗面であること。

CONDUCTIVE POLYMERS, PLENUM PRESS, p.23〜38(平成13年6月8日付 けで請求人の提出した回答書に添付の参考資料3)
電磁波遮蔽シールド(EMIシールド)用等の導電性高分子複合材料(導電性ポリマー)に関し、複合材料は、プリント回路用銅箔のシート間に挟んで成形した:この銅箔の接着面には、積層境界に押し入ると共に電気的接触を改善するノジュラー面(nodular surface)が形成されていること(第26頁下から第6〜4行)。

特開昭58-164797号公報(平成13年6月8日付けで請求人の提出した回答 書に添付の参考資料4)
プリント配線において銅のシート又は箔の表面を処理して樹脂基板に対する該シート又は箔の接着能力を改良することに関し、金属箔表面上に主として銅又は酸化銅の粒子であるノジュラー(小節状)粉状銅層を電着により被覆すること(第2〜3頁)。

米国特許第4,348,584号明細書(1982年)(平成13年6月8日付けで請求 人の提出した回答書の参考資料5)
ヒータに関し、電気導体の表面は、密着性を改善し、接触抵抗を低減するために、ノジュール状、たとえば顕微鏡的にみてノジュール状にされてもよいこと(第5欄第10〜13行)。

甲第14号証は密閉式電池の電極に関するもので、本件発明のように有機質正特性サーミスタを対象とするものではなく、しかも、化学的エッチングによって粗面化した電極表面に対して樹脂を溶射するという本件発明とは全く異なる密着の仕方を採用するものである。
甲第15号証は表示装置の電極に関するもので、本件発明のように有機質正特性サーミスタ素子を対象とするものではなく、化学的エッチングによって電極表面を粗面化するものである。
請求人提出の参考資料3は本件出願前に頒布されたものかどうか明確でなく、電磁波シールド等に関するもので、本件発明のように有機質正特性サーミスタを対象とするものではなく、ノジュラー面が形成されることについては示されているものの、粗面化の手段について示されていない。
請求人提出の参考資料5における電気導体は非PTCラバーに接触するものであり直接PTC材に接触しておらず、また、電気導体の表面に形成されるノジュールがどのような手段によって形成されるのか何ら示されていない。

一方、銅箔の粗面化処理について請求人、被請求人ともに写真撮影報告書を提出している(平成13年6月8日付けで請求人の提出した回答書に添付の参考試料6、平成12年7月10日付けで被請求人の提出した答弁書に添付の乙第3号証)。請求人提出の参考資料6によると銅箔表面を電解エッチングすることが、被請求人提出の乙第3号証によると乙第4号証に示される電解処理を施すことが、それぞれ開示されており、いずれも化学的手段による粗面化については言及されていないところである。

以上のことを勘案すると、本件発明における「電解質で粗面化」の技術的意義を理解する上で、化学的エッチングに関する甲第14、15号証、また、粗面化の手段が明記されていない請求人提出の参考資料3、5は直接検討の対象とする必要がないものである。本件発明における「電解質で粗面化」の技術的意義は、電解エッチングに関する請求人提出の参考資料1、参考資料2、及び被請求人提出のプリント配線の銅箔の電気化学的表面処理に関する乙第4号証、請求人提出の参考資料4の技術内容を勘案して理解することが技術的にみて妥当であり、結局、本件発明における「電解質で粗面化」とは、電解エッチング、電着等の電気化学的手段に係る電解質により粗面化することであると解される。

そして、「電解質で粗面化」した金属板(本件発明の実施例ではCu箔)を接合して電極としたものと電解質で粗面化していないCu箔を接合して電極としたもの(比較試料)との接合強度の測定結果が本件明細書の第1表に示されており、これによると、本件発明の実施例は比較試料よりはるかに大きい(少なくとも10倍以上の)接合強度を有しており、この接合強度の差は粗面化の程度によるものであるから、本件発明における粗面は比較試料よりも著しく粗面化されたものであるといえる。
請求人提出の参考資料6の写真1には、電解エッチングにより粗面化された金属(銅箔)表面が示されており、その断面形状は金属表面が浸食され、原表面に対して凹状の多数の微細なへこみ形状を有する面となっている。一方、被請求人提出の参考資料9の図2をみると、電極となる金属(Al)箔を電解エッチングした場合のエッチング面が示されており、その断面形状は深さ方向のみならず平面方向にも食刻を生じている。後者の方が粗面化の程度が大きく接合強度が大きいことは明らかである。
被請求人提出の乙第3号証の写真1-II、写真2-IIには、乙第4号証による電解処理を施すことにより粗面化された金属(銅箔)表面が示されており、その断面形状は例えば積乱雲にも喩え得るような、或いは樹氷にも喩え得るような外観からなるアンダーカットのある粗面である。この粗面は上記被請求人提出の参考資料9の図2に示されたものとよく類似していることが分かる。
本件発明は、素子本体と電極となる金属板との接合強度を向上させるとともに、低抵抗でしかも寿命特性にすぐれた有機質正特正サーミスタを提供することを目的とするものである(本件公告公報第2欄第5〜9行)から、本件明細書の第1表に示されるようなきわめて大きい接合強度を有する粗面は、単に凹状のへこみ形状の面を指して粗面というのではなく、素子本体と金属板との接触面積が著しく大きく両者が入り組んだ複雑な形状の面を指して粗面というものと解するのが技術的にみて妥当である。

これに対し、「サンドブラスト仕上げ」が施された金属表面の形状に関して、請求人提出の参考資料6の写真2には、その断面形状は金属表面が削られ、原表面に対して凹状の多数の微細なへこみ形状を持つ面が示され、被請求人提出の乙第3号証の写真1-I、写真2-Iには、単純なへこみ形状を持つ面が示されており、両者はほぼ同様の形状を有する面であることが分かる。

したがって、本件発明における「電解質で粗面化した金属板」表面の(粗面)形状と甲第2号証に記載されたものにおける「サンドブラスト仕上げが施された表面を有するエンドプレート用ディスク(金属板)」表面の(粗面)形状とは異なるものというべきである。

以上のとおりであるから、本件発明における「電解質で粗面化した金属板」という構成は甲第2号証に記載されているものとはいえず、また、甲第2号証の頒布時における技術常識を参酌することにより当業者が導き出せる事項であるともいえない。
よって、本件発明は、甲第2号証に記載された発明であるとすることはできない。

(6-2-2)甲第4号証に記載された発明であるか否かについて
(A)甲第4号証の記載乃至開示事項
甲第4号証(米国特許第4426633号明細書(1984年))には、以下の技術事項が記載乃至開示されている。
PTC導電性ポリマー組成物を含有するデバイスに関し、特に次の記載がある。
i) 「導電性ポリマー素子、好適にはPTC素子と少なくとも1種の金属箔電極を備える電気デバイスに関する。好適なデバイスは回路保護デバイスである。このデバイスは、制御した時間、温度、圧力の条件下で、箔を導電性ポリマー素子に積層することにより製造することができる。」(甲第4号証第1頁右欄要約の項)
ii)「一態様において、本発明は、電気デバイスの製造方法を提供するものであり、前記デバイスは、
(a)(i)ポリマー成分と、
(ii)該ポリマー成分に分散された粒子状導電性フィラーと、
を含む導電性ポリマー組成物から構成される素子と、
(b)金属箔の第1の電極と、
(c)第2の電極と、
を備え、
前記第1と第2の電極は電源に接続可能とされかつ接続された時に前記素子を通して電流が流れるようにされており;
この方法は、
(1)前記導電性ポリマー組成物を成型素子に成型し、
(2)工程(1)で得た成型素子を直接又は間接的に金属箔と対面接触させ、
(3)前記成型素子と前記金属箔とを加熱加圧し、
(4)前記成型素子と前記金属箔とに十分な圧力をかけた状態でこれら成型 素子及び金属箔を冷却して、冷却完了した後に成型素子と金属箔を強固 に接着接触させる
ことを特徴とするものである。」(甲第4号証第2欄第61行〜第3欄第16行)
iii)「他の態様において、本発明は、
(a)導電性ポリマー組成物から構成される素子と、
(b)該導電性ポリマー素子と電気的に接触しかつ金属箔である例えば平面 、曲面又はしわ状面を有する層状電極と;
を備え、
前記導電性ポリマー素子と前記金属箔は、互いに直接又は間接的に対面接触しかつ互いに強固に接合された電気デバイスを提供するものである。」(甲第4号証第3欄第20〜29行)
iv) 「(4)前記デバイスは、23℃で、1000Ω未満、好適には100Ω未満、より好適には1Ω未満の抵抗値を有する。例えば0.1Ω未満とされ、さらに低い抵抗値、例えば0.01Ω未満とされた非常に低い抵抗値を有するデバイスを形成することができ、当該デバイスは、高い正規操作電流が流れる回路における回路保護デバイスとして有効である。」(甲第4号証第3欄第47〜53行)
v) 「(9)以下の試験手順で前記デバイスを試験した時、デバイスの23℃における抵抗値は、多くて3倍、好適には多くて2倍に増加する。試験手順は、23℃の静止空気中において、前記デバイスが試験回路の一部とされた、デバイス、24ボルトのDC電源及びスイッチから本質的に構成された試験回路を用い、Nが200とされたN試験サイクルにより行われる。各試験サイクルは、30秒間試験回路のスイッチを閉じ、これによりデバイスが高温度高抵抗状態とされ、そしてスイッチを開いてデバイスを23℃に冷却した後、次の試験サイクルを開始するというものである。」(甲第4号証第4欄第4〜16行)

(B)対比・判断
本件発明と甲第4号証に記載されたものとを対比する。甲4号証に記載されたものにおける「導電性ポリマー組成物から構成されるPTC素子」は、本件発明における「重合体と重合体に分散された導電性粉末とからなる正の温度特性を有する素子」に相当し、甲第4号証に記載されたものにおける「金属箔であるしわ状面を有する層状電極」は、該「しわ」が一種の粗面状を呈するものと考えると本件発明における「粗面化した金属板」に相当するといえるので、本件発明と甲第4号証に記載されたものとは、重合体と該重合体に分散された導電性粉末とからなる正の抵抗温度特性を有する素子の表面に、該素子の表面と接する面を粗面化した金属板を接合し、これを電極としたことを特徴とする有機質正特性サーミスタである点では一致するものの、甲第4号証に記載されたものにおける電極を形成するしわ状面を有する金属板は本件発明におけるもののように電解質で粗面化したものではない点で相違する。そして、この「しわ状面」が呈する粗面は、本件発明における「電解質で粗面化した金属板」表面の(粗面)形状とは異なるものであることは明らかである。
したがって、本件発明における「電解質で粗面化した金属板」という構成は甲第4号証に記載されたものとはいえず、また、甲第4号証の頒布時における技術常識を参酌することにより当業者が導き出せる事項であるともいえない。
よって、本件発明は、甲第4号証に記載された発明であるとすることはできない。
(なお、請求人の甲第4号証に基づく新規性欠如の主張は、平成13年12月9日付け上申書中で初めてなされた(無効理由3)もので、審判請求時、本件訂正請求に対する請求人答弁の機会(平成12年11月10日付け弁駁書)にはなされなかったものである。)

(6-2-3)その他
なお、請求人は、平成13年12月19日付け上申書中で請求人提出の参考資料5(米国特許第4348584号明細書(1982年))に基づく新規性欠如についても主張するところである(無効理由2)が、該参考資料5は平成13年6月8日付け上申書提出とともに提出されたものであって、上記主張は、審判請求時、本件訂正請求に対する請求人答弁の機会(平成12年11月10日付け弁駁書)にはなされなかったものであり、無効理由たる事実を証明する証拠の差し替えに相当し、請求の理由の要旨を変更するものに該当すると認められるが、以下に補足的に検討する。
(A)請求人の提出に係る参考資料5の記載乃至開示事項
請求人が提出した参考資料5には、本件発明と関連して以下の技術事項が記載乃至開示されている。
i) ヒータに関し、電気導体の表面は、密着性を改善し、接触抵抗を低減するために、ノジュール状、たとえば顕微鏡的にみてノジュール状にされてもよいこと(第5欄第10〜13行)。
ii) 離隔して配置された2本の銅導体1aは、それぞれがコア1上にスパイラル状に巻回されており、コア1とともに接触抵抗を減少させるための非PTC導電ラバー2によって覆われており、該非PTC導電ラバー2は正の温度係数を有するポリエチレン材3により一体化されていること(FIG.1、FIG.1A、第7欄第37〜第8欄第5行)。
(B)対比・判断
本件発明と参考資料5に記載されたものとを対比する。参考資料5に記載されたものにおける「正の温度係数を有するポリエチレン材」は、本件発明における「正の抵抗温度特性を有する素子」に相当するものであるが、電気導体(銅導体)は非PTC導電ラバー面に接触するもので、「正の温度係数を有するポリエチレン材」に直接接触するものではなく、電気導体(銅導体)の表面はノジュールにより粗面化されているとしても、このノジュールがどのような手段により形成されるものなのか何ら示されていないので、本件発明における「(正の抵抗温度係数を有する)素子の表面と接する面を電解質で粗面化された金属板を接合」するという構成を備えるものではない。また、この構成が参考資料5の頒布時における技術常識を参酌することにより当業者が導き出せる事項であるともいえない
したがって、本件発明は、請求人提出の参考資料5に記載された発明であるとすることはできない。

〔6-3〕特許法第29条第2項違反について
(6-3-1)甲各号証の記載乃至開示事項
甲第2号証:英国特許第604695号明細書(1948年)
上記(6-2-1)(A)に示した事項が記載乃至開示されている。

甲第3号証:米国特許第4,314,230号明細書(1982(昭和57)年2月2日発 行)
正温度係数(PTC)を示す導電性ポリマー組成物を具備する電気デバイスに関し、次の記載がある。
i)「導電性ポリマー組成物[正温度係数(PTC)又は負温度係数(NTC)特性を示すこのような組成物を含む]及びこれらを備える電気デバイスは公知である。」(甲第3号証第1欄第12行〜16行)
ii)「本発明者等は、金属(又は最大5×10-2オーム・cmの抵抗率を有する他の材料)を、導電性ポリマー素子を具備するデバイスの表面に対して焔熔射し、そうして少なくとも1ミル厚さであり、導電性ポリマー素子と電気的接触状態にある層を形成すると、得られる焔熔射層は、それに電気リード線をはんだ付け(又は他の方式)によって容易に取り付けることができ、温度サイクリングに付したときでもデバイスとの優れた物理的及び電気的接触を維持することができるものであることを発見した。同様に、価値のある結果を、適当なキャリヤー部材の上にこのような焔熔射層を形成し、次いでこの層をデバイスに積層することによって得ることができる。」(甲第3号証第2欄第66〜第3欄第11行)
iii)「別の面に於いて、本発明は、導電性ポリマー組成物から構成された素子を備えるデバイスの表面に高導電性層を設ける方法であって、
(a)25℃で最大5×10-2オーム・cmの抵抗率を有する材料を、キャリヤ一部材の表面上に焔熔射して、少なくとも1ミル厚さである該材料の層を形成すること、及び
(b)該キャリヤー部材上の該焔熔射層と該デバイスの表面とを、熱及び圧力の条件下で接触させて、該素子と電気的接触状態にある該材料の層を形成するこを含む方法を提供する。」(甲第3号証第3欄第26〜38行)
iv)「実施例2
下記の表に示す成分を、バンバリーミキサー内で混合し、ベレット化ダイを通して水浴中に押し出し、ペレットに紬断した。このべレットを乾燥し、次いで約10ミル厚さのブラックに圧縮成形した。このブラックに20Mradまで照射し、約4ミル厚さのバビットメタル(0.25%Pb、3.5%Cu、7.5%Sb及び88.75%Sn)の皮膜で両側に焔熔射し、次いで1×1cm正方形に切断した。20AWG SnメッキしたCu線を、正方形のそれぞれの側の中にはんだ付けした。

重量 重量% 体積%
EEA455 4687g 29.7 38.3
Marlex6003 3756g 23.8 29.7
Furnex N765 7022g 44.5 29.7
酸化防止剤 316g 2.0 2.3
EEA455(Dow Chemicalから入手可能)は、エチレンとアクリル酸とのコポリマーである。
Marlex6003(Phillips Petroleumから入手可能)は、0.3のメルトインデックスを有する、高密度ポリエチレンである。
Furnex N765(City Services Co.から入手可能)は、60ミリミクロンの粒子サイズ及び32m2/gの表面積を有するカーボンブラックである。
酸化防止剤は、米国特許第3,986,981号に記載されているような、3〜4の平均重合度を有する4,4-チオビス(3メチル-6-t-ブチルフェノール)のオリゴマーであった。」(甲第3号証第6欄第36〜65行)

甲第4号証:米国特許第4,426,633号明細書(1984(昭和59)年1月17日 発行)
上記(6-2-2)(A)に示した事項が記載乃至開示されている。

(6-3-2)対 比
本件発明と甲第2号証に記載されたものとの対比は、上記「(6-2-1)(B)対比」の項で示したとおりのものであり、両者の間には、上記「(6-2-1)(B)対比」の項で示したとおりの一致点及び相違点が存在するものである。

(6-3-3)判 断
上記相違点について検討する。
甲第2号証には、素子本体と電極となる金属板との接合強度を向上させるとともに、低抵抗でしかも寿命特性にすぐれた有機質正特正サーミスタを提供すること上記「(6-2-1)(C)判断」の項で示したとおり、甲第2号証に記載されたものにおける「サンドブラスト仕上げが施された表面を有するエンドプレート用ディスク(金属板)」は、本件発明における「粗面化した金属板」に相当するとすることは技術的にみて妥当でなく、また、甲第2号証に記載されたものにおいて、「サンドブラスト仕上げが施された表面を有するエンドプレート用ディスク(金属板)」が「粗面化した金属板」に相当すると解したとしても、本件発明は「電解質で」粗面化したものであり、甲第2号証に記載された「サンドブラスト仕上げ」が施されたものとは、金属表面の処理手段として全く異なるものであり、その結果得られる電極表面の粗面形状もそれに伴って全く異なるものである。さらに、甲第2号証には、素子本体と電極となる金属板との接合強度を向上させるとともに、低抵抗でしかも寿命特性にすぐれた有機質正特正サーミスタを提供するという本件発明の目的を示唆する記載が存在しない。これらのことを前提として、上記相違点に関し甲各号証の組合せ、適用の可能性を以下に検討する。
(イ)甲第2号証と甲第3、4号証の組合せについて
甲第3号証、及び甲第4号証には、有機質正特性サーミスタの電極材料として金属を用いるものであることが開示されているので、甲第2号証に記載されたものに甲第3号証、甲第4号証に記載されたものを適用すれば、甲第2号証のエンドプレート用ディスクの材料として金属を用いることが想到される(なお、甲第2号証に記載された「エンドプレート用ディスク」における「プレート」が金属板に相当することについては当事者間に争いがないところである(平成12年7月10日付けの被請求人提出の答弁書第5頁下段参照))だけで、該ディスク(金属板)を本件発明のように「電解質で粗面化」することは導き得ない。
また、本件発明と甲第4号証に記載されたものとを対比すると、甲4号証に記載されたものにおける「導電性ポリマー組成物から構成されるPTC素子」は、本件発明における「重合体と重合体に分散された導電性粉末とからなる正の温度特性を有する素子」に相当し、甲第4号証に記載されたものにおける「金属箔であるしわ状面を有する層状電極」は、該「しわ状面」を一種の粗面を呈するものと考えると本件発明における「粗面化した金属板」に相当するといえるので、甲第2号証に記載されたものに甲第4号証に記載されたものを適用すれば、甲第2号証に記載されたものにおけるディスク(金属板)にしわ状面を形成(粗面化)することが想到されるとしても、該ディスク(金属板)を本件発明のように「電解質で粗面化」することまでは導き得ない。
したがって、本件発明は、甲第2〜4号証に記載されたものに基づいて当業者が容易に想到できたものとすることはできない。
(ロ)甲第2号証と甲第14、15号証の組合せについて
甲第14、15号証には上記(6-2-1)(C)において示したとおりの事項が記載乃至開示されている。甲第14号証は密閉式電池の電極に関するもので、本件発明のように有機質正特性サーミスタを対象とするものではなく、化学的エッチングによって粗面化した電極の相手方は「80メッシュのエポキシ樹脂粉末を30〜50m/secの速度で溶射し、膜厚0.2mmの溶射膜を設けた」もので(第2頁左下欄第11〜12行)有機質正特性サーミスタ素子ではなく、しかも、粗面化電極表面に対して樹脂を溶射するという本件発明とは全く異なる密着の仕方を採用するものであり、甲第15号証は表示装置の電極に関するもので、本件発明のように有機質正特性サーミスタを対象とするものではなく、化学的エッチングによって電極表面を粗面化するものである。甲第14、15号証には粗面化電極を有機質正特性サーミスタに適用可能である旨の示唆が存在せず、本件発明における「電解質で粗面化」とは、上記(6-2-1)(C)で示したように電解エッチング、電着等の電気化学的手段に係る電解質により粗面化することであると解されるので、甲第2号証に記載されたものに単に化学エッチングを用いるに過ぎない甲第14、15号証に記載されたものを適用したとしても本件発明の構成を得られないことは明らかである。
したがって、本件発明は、甲第2号証、甲第14、15号証に記載されたものに基づいて当業者が容易に想到できたものとすることはできない。
(ハ)甲第2号証と乙第4号証の組合せについて
乙第4号証には、上記(6-2-1)(C)に示したとおりの技術事項が記載乃至開示されている。乙第4号証に記載されたものは、印刷用回路基板(金属箔貼着積層板)における銅箔の接着性を改善するために該銅箔表面を電着により粗面化するものであるが、この粗面化銅箔が接合される相手方は「紙基材フェノール樹脂積層板或いはガラス布基材エポキシ樹脂積層板などの合成樹脂基板」(第1欄第36行〜第2欄第1行)、「ガラスエポキシ基材からなる印刷配線基板」(第6欄第23〜24行)、「エポキシ樹脂含浸クロス」(第6欄第36〜37行)等の電気的絶縁材料からなる基板であって、有機質正特性サーミスタ素子ではない。一方、有機質正特性サーミスタは素子の抵抗温度特性を利用して例えば電流制限用の回路保護素子として用いるものであり、素子と電極とのオーミック性、寿命特性等の向上が要求されるものであり、接合の相手方が単なる絶縁性基板である印刷回路基板に関する乙第4号証の技術を有機質正特性サーミスタに関する甲第2号証に記載されたものに適用することはできない。
したがって、本件発明は、甲第2号証、及び乙第4号証に記載されたものに基づいて当業者が容易に想到できたものとすることはできない。
(ニ)甲第2号証と請求人提出の参考資料1〜5の組合せについて
請求人が提出した参考資料1〜5には、上記(6-2-1)(C)において示したとおりの技術事項が記載乃至開示されている(なお、請求人提出の参考資料1〜5は、審判請求書、本件訂正請求に対する答弁の機会(平成12年11月10日付け弁駁書)には提出されなかったものである)。
請求人提出の参考資料1は、金属、特に銅箔または銅合金箔と有機材料、特に電気絶縁性良好なプラスチックとの接着に関するもので、粗面化される金属箔が接合される相手方は「フェノール樹脂からなる積層板」であって(第1欄第30〜31行)有機質正特性サーミスタ素子ではなく、上記(ハ)で示したように有機質正特性サーミスタに関する甲第2号証に記載されたものに適用することはできない。
請求人提出の参考資料2は、電気化学キャパシター(電解コンデンサ)における集電体金属と電極との接触性を改善するために集電体金属を電解エッチングにより粗面化するものであるが、粗面が形成される集電体が接合される相手方は「分極電極材料(大部分がカーボン)」であって(第1欄第32行、第2欄22〜24行)有機質性特性サーミスタ素子ではなく、甲第2号証に記載されたものに適用することはできない。
請求人提出の参考資料3は本件出願前に頒布されたものかどうか明確でなく、電磁波シールド等に関するもので、本件発明のように有機質正特性サーミスタを対象とするものではなく、ノジュラー面が形成されることについては示されているものの粗面化の手段について示されておらず、甲第2号証に記載されたものに適用することはできない。
請求人提出の参考資料4は、プリント配線において銅のシート又は箔の表面を処理して樹脂基板に対する該シート又は箔の接着能力を改良するために、金属箔表面上に主として銅又は酸化銅の粒子であるノジュラー(小節状)粉状銅層を電着により被覆して粗面化するものであるが、粗面化された銅箔が接合される相手方は樹脂基板であって有機質正特性サーミスタ素子ではなく、上記(ハ)で示したように有機質正特性サーミスタに関する甲第2号証に記載されたものに適用することはできない。
請求人提出の参考資料5における電気導体は非PTCラバーに接触するものであり直接PTC材に接触しておらず、また、電気導体の表面に形成されるノジュールがどのような手段によって形成されるのか何ら示されておらず、甲第2号証に記載されたものに適用することはできない。
以上のとおりであるから、本件発明は、甲第2号証、及び請求人提出の参考資料1〜5に記載されたものに基づいて当業者が容易に想到できたものとすることはできない。
(なお、甲第2号証と請求人提出の参考資料1〜5に基づく進歩性欠如の主張は、審判請求時、本件訂正請求に対する答弁の機会(平成12年11月10日付け弁駁書)にはなされなかったものである。)
(ホ)なお、甲第4号証と請求人提出の参考資料5の組合せについても検討する。
甲第4号証には、上記(6-2-2)(A)において示した技術事項が記載乃至開示されている。本件発明と甲第4号証に記載されたものとを対比すると、甲4号証に記載されたものにおける「導電性ポリマー組成物から構成されるPTC素子」は、本件発明における「重合体と重合体に分散された導電性粉末とからなる正の温度特性を有する素子」に相当し、甲第4号証に記載されたものにおける「金属箔であるしわ状面を有する層状電極」は、該「しわ状面」を一種の「粗面」状態と考えると本件発明における「粗面化した金属板」に相当するといえるので、本件発明と甲第4号証に記載されたものとは、重合体と該重合体に分散された導電性粉末とからなる正の抵抗温度特性を有する素子の表面に、該素子の表面と接する面を粗面化した金属板を接合し、これを電極としたことを特徴とする有機質正特性サーミスタである点では一致するものの、甲第4号証に記載されたものにおける電極を形成するしわ状面を有する金属板は本件発明におけるもののように電解質で粗面化したものではない点で相違する。
この相違点に関し、請求人の提出した参考資料5には、上記(6-2-1)(C)において示したとおりの技術事項が記載乃至開示されている(なお、請求人提出の参考資料5は、審判請求時、本件訂正請求に対する答弁の機会(平成12年11月10日付け弁駁書)には提出されなかったものである)。上記参考資料5における電気導体は非PTCラバーに接触するものであり直接PTC材に接触しておらず、また、電気導体の表面に形成されるノジュールがどのような手段によって形成されるのか何ら示されていないので、甲第4号証に記載されたものに適用することは困難であり、甲第4号証に記載されたものに適用したとしても、電極を形成するしわ状面を有する金属板を本件発明におけるもののように電解質で粗面化したものとすることは導出されない。
したがって、本件発明は、甲第4号証、及び請求人提出の参考資料5に記載されたものに基づいて当業者が容易に想到できたものとすることはできない。
(なお、甲第4号証と請求人提出の参考資料5に基づく進歩性欠如の主張は、審判請求時、本件訂正請求に対する答弁の機会(平成12年11月10日付け弁駁書)にはなされなかったものである。)

〔6-4〕特許法第36条第4項違反について
本件発明における「電解質で粗面化」についての技術的意義は、上記(6-2-1)(C)で示したとおり、電解エッチング、電着等の電気化学的手段に係る電解質により粗面化することであると解され、このようにして金属板表面に形成された粗面は、単に凹状のへこみ形状の面を指して粗面というのではなく、素子本体と金属板との接触面積が著しく大きく両者が入り組んだ複雑な形状の面を指して粗面というものと解するのが技術的にみて妥当である。
そして、電解質による粗面化技術に関し、本件明細書にはその具体的手段等は特に記載乃至開示されていないとしても、本件出願前に頒布された刊行物である被請求人が提出した乙第4号証(特公昭50-40109号公報)には上記(6-2-1)(C)に示したような印刷回路用銅箔の電解処理法が具体的に記載されており、被請求人が提出した参考資料1(「プリント配線の設計と製作」誠文堂新光社、昭和39年 p.74〜75、p.112〜113)、同参考資料2(「プリント配線材料の加工技術」株式会社シーエムシー、昭和39年 p.78〜79)にもプリント回路用の電解銅箔の表面処理法が具体的に記載されており、さらに、請求人が提出した参考資料4(特開昭58-164797号公報)にも上記(6-2-1)(C)に示したように樹脂基板に接着する銅箔の電気化学的(電着)処理が具体的に記載されているところからみて、当業者は本件特許出願時におけるこれらの技術常識を考慮して本件発明における「電解質で粗面化」することの技術内容を十分に理解することができるというべきであり、当業者が本件発明を容易に実施することができないとすることはできない。
したがって、本件明細書の記載に不備があるとすることはできない。

7.むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件発明についての特許を無効とすることはできない。
また、審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
有機質正特性サーミスタ
(57)【特許請求の範囲】
(1)重合体と該重合体に分散された導電性粉末とからなる正の抵抗温度特性を有する素子の表面に、該素子の表面と接する面を電解質で粗面化した金属板を接合し、これを電極としたことを特徴とする有機質正特性サーミスタ。
【発明の詳細な説明】
この発明は有機質正特性サーミスタ、特に該有機質正特性サーミスタを構成している素子と電極となる金属板との接合強度を向上させたものに関する。
有機質正特性サーミスタは、たとえばポリエチレン、ポリプロピレンなどの重合体にカーボンなどの導電性粉末を分散させたものであり、ある特定の温度に達すると抵抗が増大する正の抵抗温度特性を有するものとして知られている。この種の技術に関してはたとえば米国特許第3591526号、米国特許第3673121号などがある。
このような有機質サーミスタには、その素子本体に網状金属を埋め込み、これを電極としたものや、あるいはステンレス等の金属板を素子本体の表面に接合し、これを電極としたものなどがある。
しかしながら、前者の場合には良好なオーミック接触が得られるが、素子本体の比抵抗の割りには全体の抵抗が高くなってしまうという問題がみれられる。また、後者の場合には素子本体との密着性が悪く、寿命試験を行うと抵抗値の大幅な増加があり、実用性の点で問題が残る。しかも僅かな外力によって金属板が剥がれるという問題もあった。
したがって、この発明は上述した問題を解決することを目的としたものであり、素子本体と電極となる金属板との接合強度を向上させるとともに、低抵抗でしかも寿命特性にすぐれた有機質正特性サーミスタを提供することを目的とする。
すなわち、この発明の要旨とするところは、重合体と該重合体に分散された導電性粉末とからなる正の抵抗温度特性を有する素子の表面に、該素子の表面と接する面を粗面化した金属板を接合し、これを電極としたことを特徴とする有機質正特性サーミスタである。
以下、この発明を実施例に従って詳細に説明する。
実施例
結晶性ポリエチレン88部に、ケッチエンブラック(カーボンブラック)12部をよく混合し、120〜150℃で混練したのち、これを架橋するため100℃付近でオゾン(O3)を吹き込んだ。
得られた架橋済みの有機化合物を厚み1mmの板状に成型し、その素子の両面に、片面を電解質で粗面化したCu箔(35μ)を熱間プレスにより150℃、30分の条件で接合し、電極を形成した。その後1cm角の大きさに切断し、Cu箔の表面にCuからなるリード線を半田浸漬で接続した。さらに周囲をエポキシ樹脂で被覆して試料を作成した。
得られた試料のリード線を引っ張り、電極と素子との接合強度を測定した。
なお、比較試料として、片面を電解質で粗面化していないCu箔を接合して電極としたものについても、同様にして接合強度を測定した。
第1表は接合強度の測定結果を示したものである。

第1表から明らかなように、この発明によるものは、金属板を粗面化していないCu箔を接合した比較試料にくらべて接合強度の大きなものが得られている。
また、オーミック性について、上述した例で得られた各試料について測定した。第2表はその測定結果を示したものである。
測定方法は試料のCu箔に端子を4点接触させ、4探針法で測定した。端子間の距離は1mmとした。なお、参考のために素子本体の比抵抗も合わせて示した。

第2表から明らかなように、この発明のものは素子本体の比抵抗とほとんど同程度であり、良好なオーミック性接触が得られていることを示している。
さらに、得られた各試料について寿命試験を実施し、その結果を第3表に示した。
試験1は24Vの電圧を100時間印加したときの抵抗値の変化を測定したものである。
試験2は24Vの電圧を1分間ON、5分間OFFのサイクルで100時間印加したときの抵抗値の変化を測定したものである。
試験3は100℃の温度に100時間放置したのちの抵抗値の変化を測定したものである。
試験4は120℃の温度に100時間放置したのちの抵抗値の変化を測定したものである。
なお、比較のために各試験の試料について初期値を合わせて示した。

第3表から明らかなように、この発明にかかるものは各寿命試験においても変化率が小さく、安定した特性を有している。
なお、上述した実施例では電極としてCu箔を用いた例について説明したが、この他Ni箔についてはCu箔にくらべて大きな接着強度と良好な寿命特性を示すことが確認された。
以上の説明から明らかなように、この発明によれば、大きな接合強度が得られ、また良好なオーム性接触を示し、さらには寿命試験に対しても安定な特性を示すものである。たとえば、この発明にかかる有機質正特性サーミスタをヒータとして使用する場合、面状ヒータとして大きさに制限のないものが供給できる。また電流制限用として使用する場合、耐電圧が高く、より低抵抗という特性を十分に活用できる。たとえば、いままでセラミックの正特性サーミスタの特性では0.2Ωが限界であったのが、0.05Ωという低い抵抗値のものが得られ、電流制限用として多用途の活用ができる。
 
訂正の要旨 訂正の要旨
(1) 訂正事項a
本件特許明細書の特許請求の範囲1に係る記載
「重合体と該重合体に分散された導電性粉末とからなる正の抵抗温度係数を有する素子の表面に、該素子の表面と接する面を粗面化した金属板を接合し、これを電極としたことを特徴とする有機質正特性サーミスタ。」を、
「重合体と該重合体に分散された導電性粉末とからなる正の抵抗温度係数を有する素子の表面に、該素子の表面と接する面を電解質で粗面化した金属板を接合し、これを電極としたことを特徴とする有機質正特性サーミスタ。」と訂正する。
(2) 訂正事項b
本件特許明細書の実施例における記載(公告公報の実施例の欄第5〜6行目)「得られた架橋済みの有機化合物を厚み1cmの板状に成型し、」を、
「得られた架橋済みの有機化合物を厚み1mmの板状に成型し、」と訂正する。
審理終結日 2002-03-04 
結審通知日 2002-03-07 
審決日 2002-03-26 
出願番号 特願昭59-52823
審決分類 P 1 112・ 531- YA (H01C)
P 1 112・ 121- YA (H01C)
P 1 112・ 113- YA (H01C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 高橋 武彦  
特許庁審判長 片岡 栄一
特許庁審判官 下野 和行
吉村 宅衛
登録日 1994-08-26 
登録番号 特許第1865273号(P1865273)
発明の名称 有機質正特性サ-ミスタ  
代理人 井上 裕史  
代理人 若林 元伸  
代理人 村林 隆一  
代理人 藤田 考晴  
代理人 畑 郁夫  
代理人 小谷 悦司  
代理人 小谷 悦司  
代理人 志賀 正武  
代理人 植木 久一  
代理人 村林 隆一  
代理人 井上 裕史  
代理人 船山 武  
代理人 茂木 鉄平  
代理人 高橋 詔男  
代理人 岩坪 哲  
代理人 岩坪 哲  
代理人 植木 久一  
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