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審決分類 審判 査定不服 特36 条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1085823
審判番号 不服2002-19181  
総通号数 48 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2001-10-16 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2002-10-03 
確定日 2003-10-20 
事件の表示 特願2001- 63448「マルチチェインポリペプチドまたは蛋白質」拒絶査定に対する審判事件[平成13年10月16日出願公開、特開2001-286291]について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明
本願は、昭和59年3月23日に出願した特願昭59-501609号の分割出願である特願平6-228332号のさらに分割出願である特願平9-104862号の一部を、平成13年3月7日に新たな特許出願としたものである(パリ条約に基づく優先権主張1983年3月25日、英国)。そして、本願の発明は、その特許請求の必須要件項である第1、6、7、8、9、及び10項に記載された次のとおりのものと認められる。

「【請求項1】 完全な軽鎖、及び重鎖のVHドメインに加えて少なくともCH1ドメインを含む組換えIg分子または断片であって、前記Ig分子または断片は所望の特異性を有するモノクローナル抗体に由来するものに同等な可変ドメイン(VH及びVL)及び、異なるモノクローナル抗体に由来する不変ドメインを有し、この不変ドメインがヒト適合性を付与することを特徴とする組換えIg分子またはその断片。」(以下「本願発明1」という。)

「【請求項6】 請求項1乃至5のいずれか1項に記載の組換えIg分子またはその断片の重鎖をコードするDNA配列。」(以下「本願発明2」という。)

「【請求項7】 請求項1乃至5のいずれか1項に記載の組換えIg分子またはその断片の軽鎖をコードするDNA配列。」(以下「本願発明3」という。)

「【請求項8】 請求項6もしくは請求項7に記載のDNA配列、または請求項6及び請求項7に記載のDNA配列の両者を含むベクター。」(以下「本願発明4」という。)

「【請求項9】 請求項8に記載のベクターにより形質転換された宿主細胞。」(以下「本願発明5」という。)

「【請求項10】 請求項1乃至5のいずれか1項に記載のIg分子またはその断片、及び医薬的に許容される担体を含んでなる治療用組成物。」(以下「本願発明6」という。)

2.原査定の理由
一方、原査定の拒絶の理由の概要は、次の通りである。
「(1)この出願の特許請求の範囲第1-5、6-7、8,9,10項に記載された発明は、下記の点で特許法第29条第1項柱書に規定する要件を満たしていないので、特許を受けることができない。
(2)この出願は、明細書及び図面の記載が下記の点で、特許法第36条第3項及び第4項に規定する要件を満たしていない。

[理由(1),(2)に関し]
明細書には、キメラ抗体については、「たとえば、望む特異性を有するモノクローナル抗体よりのものと同じ可変ドメイン(VH およびVL )を有しそして望む性質、たとえばヒトへの適合性または補体結合サイトを提供するような、別のモノクローナル抗体よりの不変ドメインを有するIg分子を生成させうる。」と記載されているだけであり、具体的な記載はおろか概要さえ記載されておらず、特許請求の範囲第1項に記載される組換えIg断片分子を製造するにあたり、可変領域をコードするDNAと、ヒト適合性を付与する定常領域をコードするDNAを結合してキメラ遺伝子とする必要があり、そのときに結合させる位置や結合の仕方には様々な選択肢があり、また、結合しさえすれば必ず元の可変領域が有していた特異性が維持されるものとはいえないので、具体的裏付けを持って、キメラ遺伝子の調製方法が説明されていなければ、とうてい当業者が容易に実施し得ると認められない。
明細書には、ヒトの重鎖及び軽鎖のcDNAのクローニングも記載されていないし、また、ヒトとマウスの軽鎖及び重鎖それぞれの可変領域ドメインと不変ドメインの間に、cDNAに適当な制限酵素切断部位があるなどして容易にキメラ遺伝子を構築できるようになっていることも示されていないし、ましてや、キメラ抗体の性質については何ら明らかにされるところでない。
明細書には、きわめて簡単に定常領域を例えばヒト適合性を付与するように改変し得ることの説明があるだけであり、着想だけは全く記載されていないわけではないが、実現するために採用すべき手段などについて全く説明されていないのであるから、完成された発明として特許請求の範囲第1項に記載される組換えIg断片分子が明細書に記載されたものと認められないし、明細書の記載から当業者が容易に実施できるものと認められない。」

3. 当審の判断

(1)請求人の主張
請求人は、審判請求書において、(i)本願出願には本願発明1の抗体に関してきわめて明快な説明が提供されている、(ii)本願出願は、機能性抗体が酵母内で発現し生成することを示しており、この知識を得た後には、キメラ抗体の生成には何ら困難性はなかった、(iii)抗体のドメイン構造に関する知識から、当業者は、可変ドメインの抗原性と、不変ドメインのヒト適合性の維持を期待したと思われる、(iv)出願当時、一般に実行されていた操作のみを用いて、キメラ抗体を容易に生成させることを当業者に可能にする十分な情報が提供されていた、と記載し、本願発明1〜5は特許を受けることができるものであると主張する。

(2)本願の発明の詳細な説明の記載
本願発明1の抗体については、本願の発明の詳細な説明においては、
「【0027】Ig分子またはフラグメントの不変ドメインは、もしそれが存在するならば、可変域と同じセルラインに由来しうる。しかし、不変ドメインは特異的に改変されうる。あるいは、部分的にまたは完全に省略しうるし、または、異なるクラスのIgを生成するセルラインに由来するものとし、そうして、望む性質のIg分子またはフラグメントとなしうる。たとえば、望む特異性を有するモノクローナル抗体よりのものと同じ可変ドメイン(VHおよびVL)を有しそして望む性質、たとえばヒトへの適合性または補体結合サイトを提供するような、別のモノクローナル抗体よりの不変ドメインを有するIg分子を生成させうる。
【0028】不変ドメインのアミノ酸配列のそのような改変は、適当な変異または部分合成そして相当するDNAコード配列適切な領域の置き代えまたは部分的または完全な置換で達成されうる。不変ドメインの置換は、和合性の、組換えDNA配列により得られる。……」
と、わずか10行程度の一般的な課題及び手段が記載されるのみであって、本願発明1を実施するための具体的な手段は何ら開示されていない。また、明細書中の他の記載は、いずれも本願発明1を実施するための具体的な説明として記載されたものではなく、一般的なIg分子の説明或いは、その遺伝子工学的な製造について説明するものに過ぎない。

(3)本願発明1に係る技術分野の予測性
遺伝子工学等の生物、化学を対象とした技術分野においては、機械等の予測性の高い分野とは異なり、理論的には実施可能と思われる手法であっても、実際に適用してみると実施できないことがしばしばある。このため、「特許・実用新案審査基準」平成5年、第1章4.1.2(1)には、「一般に効果の予測が困難な分野(例.化学物質)において、当業者が容易にその実施をすることができるためには、通常、一つ以上の代表的な実施例が必要である。」と記載されている。
特に、遺伝子工学技術は,本願の出願当時においては、その開発からそれほど長い期間を経過しておらず、多数の研究者によって研究が進められているものの,その技術の性質上,未知,未解決の部分が多く,理論あるいは仮説に基づき,既存の技術にそれぞれの研究者による創意工夫を加え,試行錯誤による実験を繰り返している状況であった。しかも、遺伝子工学によるIg分子の生産に関しては、本願の出願当時は、やっとその遺伝子工学的生産が可能となった初期の段階にあり、本願発明1の技術分野については、特に予測性が低いと考えられる。

(4)本願発明1の抗体の製造
前述のように、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には,本願発明1についての具体例が全く記載されていない。そして、具体例が示されていない発明について、具体例が示されている発明と同様に、特許という保護を与えることを考慮すると、発明の詳細な説明の欄に,当業者が容易に本願発明1の実施をすることができる程度に本願発明1の構成が記載されているというためには,本願の出願時において,あえて具体的な実施例を記載するまでもなく、通常の技術常識を有する専門家(当業者)であれば、誰でも確実に本願発明1が実施できる必要がある。そこでこの点について検討する。
まず、当業者が本願の発明の詳細な説明の記載に基づき本願発明1の抗体を製造しようとする場合には、どのような工程を組み合わせるかを決定する必要がある。すなわち、審判請求人が審判請求書の「6.請求の理由」のV.で述べているように、
A.要求される特異性を有する抗体の選択
B.ヒト適合性を有する抗体の選択
C.要求される特異性を有する抗体の可変領域(VHおよびVL)のDNA配列の取得
D.ヒト適合性を有する抗体の不変領域(CHおよびCL)の全部または部分のDNA配列の取得
E.可変および不変DNA配列の相互ライゲーション
F.DNAの選択された領域を発現させる適当なベクターの同定
G.選ばれたベクターへの選択されたDNA領域のクローニング
H.上述のベクターを発現する適当な宿主細胞の選択、および調製されたベクターによる宿主細胞のトランスフォーメーション
I.生成した抗体の分析
という9つの工程の組み合わせを選択する必要がある。また、この各工程について、具体的にどのような材料を用いて、どのような手段を適用して、どのような条件で実施するのかを選択し、決定する必要がある。
本願明細書では、既に自然界に存在している可変ドメインと不変ドメインの組み合わせからなるIg分子については、酵母による発現により機能的なIg分子が得られたことが記載されている。しかしながら、本願発明1は、自然界には存在しない可変ドメインと不変ドメインの組み合わせ、すなわち本来の組み合わせとはアミノ酸配列や立体構造等が異なる可変ドメインと不変ドメインとを組み合わせたH鎖及びL鎖を有するIg分子に関するものであり、その発現したH鎖及びL鎖が、各々、適切に折り畳まれて、さらに両鎖が結合して、免疫学的に機能するIg分子が提供できることが確実であるとはいえない。
さらに、その結果、「異なるモノクローナル抗体に由来する不変ドメインを有し」ている組換えIg分子が得られたとしても、このIg分子は、「不変ドメインがヒト適合性を付与する」ものである必要がある。しかし、不変部の立体構造が変化すれば、ヒト免疫系において非自己タンパク質として認識される(すなわち、ヒト適合性を失う)ことになるから、上記と同様の理由により、ヒト適合性が付与されたIg分子が提供できることが確実とはいえない。さらに、本願発明1のIg分子の可変ドメイン部分はヒト適合性を有さないものであると認められるが、不変ドメインのみを他のモノクローナル抗体由来のものに置き換えることにより、Ig分子全体がヒト適合性を有するものとなることが確実であるということもできない。
したがって、「異なるモノクローナル抗体に由来する不変ドメインを有し」ており、「不変ドメインがヒト適合性を付与する」組換えIg分子を製造するための、具体的な手法や条件を決定するためには、負担上無視できない程度の試行錯誤が必要であり、明細書の記載から、当業者であれば確実に本願発明1が実施できるということはできない。
そして、発明の詳細な説明に全く記載のない各工程につき,具体的な手法としてではなく,抽象的な手法として成功の可能性がある方法が存在するとしても,現実の成功例が知られていない以上,当業者は,成功するか否かも分からない工程について,本願明細書に具体的な手法が開示されないままの状態で試行錯誤を繰り返さなければならないことになり,このようなとき,本願明細書に特許権という独占権を与えるに値する開示がなされているとすることは,明らかに不合理であるというべきである。

(5)本願発明1〜6についての判断
以上のとおりであるから、本願の発明の詳細な説明においては、本願発明1について、その実施上の裏付けを欠き、当業者が容易に本願発明1の実施をすることができる程度に本願発明の構成が記載されているということはできない。そして、本願発明の目的を達成するための具体的手段が不明であり、かつその課題が達成できるか否かも不確実であるから、本願発明1が実質的に完成した発明として発明の詳細な説明に記載されていたとはいえない。また、そのために、発明の詳細な説明に記載した発明について、その構成に欠くことができない事項が特許請求の範囲に記載されているということもできない
そして、本願発明2〜6に関しても、それらは本願発明1の抗体を製造するための物、又は該抗体を利用する物の発明であり、本願発明1と同様の不備を有するものである。

4. むすび
したがって、本願発明1〜6は、特許法第29条柱書きの規定により特許をすることができないものであり、また、本願は、特許法第36条第3項及び第4項に規定する要件を満たしていない。
よって、結論の通り審決する。
 
審理終結日 2003-05-29 
結審通知日 2003-05-30 
審決日 2003-06-10 
出願番号 特願2001-63448(P2001-63448)
審決分類 P 1 8・ 531- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 平田 和男田村 明照  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 佐伯 裕子
田村 聖子
発明の名称 マルチチェインポリペプチドまたは蛋白質  
代理人 浅村 肇  
代理人 浅村 皓  

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