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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H01J
管理番号 1087881
審判番号 不服2000-5170  
総通号数 49 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1995-04-21 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2000-04-12 
確定日 2003-12-04 
事件の表示 平成5年特許願第249165号「真空用動圧軸受装置」拒絶査定に対する審判事件[平成7年4月21日出願公開、特開平7-105885]について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 【一】本願発明
本願は、平成5年10月5日に出願されたものであって、その請求項1及び2に係る発明は、平成15年9月3日付けの手続補正によって補正された明細書、及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された次のとおりのものと認める。

「【請求項1】 金属潤滑剤としてのガリウムまたはガリウム合金に対して耐食性を有する金属材料でなる回転体と、上記金属材料からなり、上記回転体を回転可能に支持する固定体とを備え、上記回転体に対向する上記固定体の対向面または上記固定体に対向する上記回転体の対向面の少なくとも一方に動圧溝が形成され、上記回転体の対向面と上記固定体の対向面との間の隙間に金属潤滑剤が充填されて、真空容器の内部に設けられる真空用動圧軸受装置において、
上記金属潤滑剤に対して濡れ性を有する金属薄膜が、イオンプレーティングによって上記回転体の対向面および上記固定体の対向面に形成されており、上記金属薄膜の膜厚が上記対向面の少なくとも一方に形成される上記動圧溝の溝深さの略10分の1とされ、膜厚調整のための後加工を不要とし、上記金属薄膜を大気中でも酸化しがたい材料にて作成し、H2還元処理不要としたことを特徴とする真空用動圧軸受装置。
【請求項2】 請求項1に記載の真空用動圧軸受装置において、
イオンプレーティングによって上記金属潤滑剤に対して濡れ性を有する金属薄膜が形成される上記回転体の対向面および上記固定体の対向面がイオンボンバードされていることを特徴とする真空用動圧軸受装置。」

【二】引用刊行物に記載された事項
これに対して、当審において通知した拒絶の理由に引用した、本件出願前に頒布された刊行物である、特公昭60-21463号公報(以下、「刊行物1」という。)、特開平4-363844号公報(以下、「刊行物2」という。)、実願平3-74929号(実開平5-27951号)のCD-ROM(以下、「刊行物3」という。)、社団法人日本潤滑学会編集・発行「潤滑 JOURNAL OF JAPAN SOCIETY OF LUBRICATION ENGINEERS VOL.19 NO.11 1974」(株式会社養賢堂発売)第30〜31頁、第64〜67頁(以下、「刊行物4」という。)、特開昭55-8830号公報(以下、「刊行物5」という。)、特開昭62-30016号公報(以下、「刊行物6」という。)には、それぞれ以下の事項が記載されているものと認める。

(1)刊行物1〔特公昭60-21463号公報〕
刊行物1には、「回転-陽極X-線管」に関し、図面とともに次の記載が認められる。
(ア)「本発明の目的は、X-線管が大きな軸受雑音を発生せず、寿命が長い回転-陽極X-線管を提供せんとするにある。本発明は少なくとも1種類の金属でなめらかにした軸受によって真空-密閉外厘内に支承される回転陽極を具えている回転-陽極X-線管において、前記X-線管の作動中に金属潤滑剤が液相状態にあり、前記軸受を摺動軸受とし、該軸受における互いに対向する金属軸受面が前記摺動軸受内の前記潤滑剤によっては殆どおかされず、融解した潤滑剤が前記軸受面と分子湿潤接触するように構成したことを特徴とする。なおこゝに云う分子-湿潤接触とは軸受面の金属原子と潤滑剤として作用する例えばGaまたはGa合金の原子との間における直接的な相互作用の存在による湿潤接触のことを意味するものとする。」(2頁3欄7〜23行参照)
(イ)「第1図に示す本発明によるX-線管1はナット4によって軸5に回転子3と一緒に取付けられる回転陽極2を具えており、上記軸5は2個の軸受7および8によって真空-密閉外厘6内で回転し得るように支承される。軸受7は、軸5に堅牢に取付けられて、かつ球状にくぼんだ支持部材10内に収納される球状部分9をもって構成する。」(2頁4欄17〜23行参照)
(ウ)「球状部分9と支持部材10との対向面は軸受7の軸受面を成すと共に、軸受ギャップ11を包囲する。軸受ギャップ11には潤滑剤として作用し、かつモリブデン(MO)製の球状部分9と支持部材10との両軸受面を分子的に湿潤させるガリウム(Ga)合金を充填して、軸受7の負荷状態において球状部分9と支持部材10とを互いに完全に離間させるようにする。」(2頁4欄23〜31行参照)
(エ)「球状部分9には軸5の回転時にこの球状部分の軸受8から最も離間している方向に潤滑剤を押しやる条溝パターン12を設ける。球状部分9には第2条溝パターン13も設け、このパターンの条溝を第1条溝パターン12の条溝とは反対方向に延在させて、潤滑剤を別の方向に押しやるようにする。このような条溝パターン12,13によって軸受7は、半径方向および軸線方向に特別高い負荷能力を呈する以外に、軸5の回転時に高い動負荷安定性を呈する。支持部材10は、外厘6における鉢状凹所16内に真空-密閉連結部15によって取付けられる円筒構造部材14内に取付ける。」(2頁4欄31〜43行参照)
(オ)「軸受8は軸5に堅牢に取付けられ、かつ円錐状にくぼんだ支持部材19内に配置される円錐部分18をもって構成する。円錐部分18と支持部材19の対向面は軸受8の軸受面を形成すると共に軸受ギャップ20を包囲する。この軸受ギャップ20には潤滑剤として作用し、かつMO製の円錐部分18と支持部材19との両軸受面を分子的に湿潤させるGa合金を充填して、軸受8の負荷状態においてこれら円錐部分と支持部材との両軸受面を互いに完全に離間させる。円錐部分18には潤滑剤を軸受ギャップ20内に互いに反対方向に押しやる(球状部分9の条溝パターンに類似する)2つの条溝パターン21および22を設ける。」(3頁5欄3〜16行参照)
(カ)「金属41はW,MO,TaまたはNbのような金属の何れかとするのが好適である。その理由はこれらの金属はGa合金によって全く、または殆どおかされないからである。(3頁6欄12〜15行参照)
(キ)「本発明によるX-線管の軸受に使用するのに好適なものは第3a図に示す界面構造のものだけであり、……。或いはまた、金属表面41を例えば水素のような還元雰囲気中で或る時間にわたり800℃で加熱し、その後の金属表面に場合によっては十分に減圧した同じ還元雰囲気中にて約1μmの厚さのAu層を被着することもできる。Auは空気中では酸化しないため、金属表面は空気中にて十分低い温度で融解Ga合金に浸すことができる。」(4頁7欄11〜27行参照)
(ク)「軸受面にガリウム合金を適用する上述した方法には、空気中にて全て酸化しないか、またはごく僅かづつしか酸化しない金属または金属合金製の別の封止用外側層を使用し得ることは明らかである。」(4頁8欄8〜12行参照)

上記(イ)の記載のとおり、軸受7,8が真空-密閉外厘6内で使用されること、また、上記(エ)、(オ)の記載から明らかなように、軸受の球状部分9及び円錐部分18の表面に条溝パターン12、13、21、22すなわち動圧溝が形成されていることを考慮すると、前記軸受7,8は、真空用動圧軸受装置と認められる。
更に、上記(ア)、(ウ)、(オ)の記載から潤滑剤としてGaまたはGa合金が使用されること、上記(ア)、(カ)の記載から前記球状部分9、支持部材10、円錐部分18、支持部材19に、GaまたはGa合金に対して耐食性を有するW,MO,TaまたはNbのような金属材料が使用されること、上記(キ)の記載から潤滑剤に対して濡れ性を有する薄層として軸受面に約1μmの厚さのAu層が形成されることは明らかと認められる。

したがって、刊行物1には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているものと認める。
[引用発明]
軸受7,8に金属潤滑剤としてのGaまたはGa合金に対して耐食性を有する金属材料でなる球状部分9及び円錐部分18を備えた軸5を有する回転子3と、上記金属材料からなり、上記回転子3を回転可能に支持する支持部材10、支持部材19とを備え、上記支持部材10、支持部材19に対向する回転子3の前記球状部分9及び円錐部分18に動圧溝となる条溝パターン12、13、21、22が形成され、上記回転子3の球状部分9及び円錐部分18と上記支持部材10、支持部材19との間の隙間に金属潤滑剤が充填されて、回転陽極型X線管の真空容器の内部に設けられる真空用動圧軸受装置において、
上記金属潤滑剤に対して濡れ性を有する厚さ1μmのAu層が、上記回転子3の球状部分9及び円錐部分18並びに上記支持部材10、支持部材19に形成されている真空用動圧軸受装置。

(2)刊行物2〔特開平4-363844号公報〕
刊行物2には、「回転陽極型X線管」に関し、図面とともに次の記載が認められる。
(ケ)「一部に陽極ターゲットが固定された回転体と、この回転体を回転可能に保持する固定体と、前記回転体および固定体の嵌合部に設けられたらせん溝を有するすべり軸受部と、このすべり軸受部の軸受間隙に詰められた液体金属潤滑剤とを具備する回転陽極型X線管において、上記すべり軸受部の少なくとも一方の軸受面は、金属母材……の表面部に、該母材を構成している元素と、ガリウム、インジウム、ビスマス、および錫の中から選ばれた少なくとも1つの金属元素とを含む反応層が薄く形成されてなることを特徴とする回転陽極型X線管。」(2頁1欄2〜13行参照)
(コ)「そこで、回転体12及び固定体15は、その母材がMo又はMo合金(以下、単にMoと記す)で構成されている。そして、両者の軸受面となる回転体内表面、および固定体外表面に、軸受母材の金属元素であるMoと少なくともGaとを含む薄い反応層(以下、単にMo-Ga反応層)と記す)31、32がそれぞれ薄く形成されている。このMo-Ga反応層31、32は、予め、母材の表面に1〜100マイクロメートルの範囲の厚さに形成される。」(2頁2欄35〜43行参照)
(サ)「軸受部の母材は、Moの他、W(これにはW主体の合金を含む)、ニオブ(Nb、これにはNb主体の合金を含む)、又はタンタル(Ta、これにはTa主体の合金を含む)の単体または合金で構成することができる。」(4頁5欄29〜33行参照)
(シ)「軸受面となる反応層は、母材を構成している元素と、Ga、ビスマス(Bi)、In、あるいはSnから選択された少なくとも1つの元素とを含む反応層であればよい。」(4頁6欄9〜12行参照)
(ス)「潤滑剤は、Ga、Ga-In合金、又はGa-In-Sn合金のようなGaを主体とするものに限らず、例えばビスマス(Bi)を相対的に多く含むBi-In-Pb-Sn合金、あるいはInを相対的に多く含むIn-Bi合金、又はIn-Bi-Sn合金を使用し得る。」(4頁6欄19〜24行参照)
(セ)「すべり軸受面となる軸受母材表面部に、この母材を構成している元素と、ガリウム、インジウム、ビスマス、および錫の中から選ばれた少なとも1つとを含む反応層が薄く形成されてなるため、この軸受面に対する液体金属潤滑剤の濡れ性がすぐれ、動圧式すべり軸受の安定な動作を維持することができる。また、この軸受の組立てが容易で、信頼性の高い軸受動作性能をもつ回転陽極型X線管を得ることができる。」(4頁6欄30〜37行参照)
以上からみて、刊行物2には、
「Mo、W、W主体の合金、Nb、Nb主体の合金、Ta、Ta主体の合金の単体または合金で構成する回転体12と、上記金属材料からなり、上記回転体12を回転可能に支持する固定体15とを備え、上記回転体12に対向する固定体15の対向面または上記固定体15に対向する回転体12の対向面の少なくとも一方にらせん溝20,21が形成され、上記回転体12の対向面と上記固定体15の対向面との間の隙間に、金属潤滑剤としてGaまたはGa合金が充填されて、回転陽極型X線管の真空容器の内部に設けられる真空用動圧軸受装置において、上記金属潤滑剤に対して濡れ性を有するGa、Bi、In、あるいはSnから選択された少なくとも1つの元素を含む反応層31、32が、上記回転体12の対向面および上記固定体15の対向面に形成されている真空用動圧軸受装置。」
が記載されているものと認められる。

(3)刊行物3〔実願平3-74929号(実開平5-27951号)のCD-ROM〕
刊行物3には、「X線管用動圧軸受」に関し、図面とともに次の記載が認められる。
(ソ)「回転陽極を支持する円筒部と、上記円筒部内に所定の隙間を隔てて嵌合された軸部と、上記軸部と円筒部の少なくとも一方に形成された動圧発生溝と、上記軸部と円筒部との隙間に充填されたガリウムまたはガリウム合金の潤滑剤とを備えたX線管用動圧軸受において、上記円筒部と軸部は、タンタル素材の表面にガリウムを溶解もしくはイオン注入した金属材料で構成されていることを特徴とするX線管用動圧軸受。」(実用新案登録請求の範囲)

(4)刊行物4〔潤滑 JOURNAL OF JAPAN SOCIETY OF LUBRICATION ENGINEERS VOL.19 NO.11 1974〕
刊行物4には、「固体潤滑剤の応用」に関し、次の記載が認められる。
(タ)「潤滑剤として使用される金属は前述の金、銀、鉛のほかにインジウム、アルミニウム、錫、バリウムなどが用いられている.これら軟質金属はかたい試料面上に薄く被膜されて初めて潤滑性能を示すものであるから、薄く一様に被膜することが必要である.被膜方法としては電気めっき法、真空摩擦法、真空蒸着法、スパッタリング法およびイオンプレーティング法が用いられる.軸受へ被膜する場合軌道輪や玉の精度を低下しないように注意することが必要である.また被膜の付着強さは試料表面の清浄さに大きく影響されるので、試料表面の前処理を十分に行なう必要がある.その点イオンプレーティングとスパッタリングは被膜操作中に試料表面を清浄にする過程が含まれ、1回の操作で全面に一様に被膜できるので軸受に適した方法といえる.」(31頁右欄10〜23行参照)
(チ)「真空蒸着膜およびスパタリング膜の場合には基板材料の差異による付着性能の差がみられないが、イオンプレーティング膜の場合はバイアス電圧の増加とともにこの差が顕著となってくる.……良好な付着特性が得られた原因としては、高運動エネルギを持ったイオンが基板面へ侵入するイオンボンバードメント現象が起こっていることと」(66頁左欄10〜17行参照)

(5)刊行物5〔特開昭55-8830号公報〕
刊行物5には、「磁性体塗布装置における版胴ロール」に関し、図面とともに次の事項が記載されている。
(ツ)「イオンプレーティング法によって、チタニュームカーバイド層9を形成するから、熱歪が少く、胴周表面5のヘリカル溝8のパターンを損わない利点がある。」(2頁右上欄5〜8行参照)

(6)刊行物6〔特開昭62-30016号公報〕
刊行物6には、「耐食、耐摩スクリューヘッド」に関し、図面とともに次の記載が認められる。
(テ)「仕上加工後、イオンプレーティング……により、被覆処理を行なったが、変形量はともに10μm以下であり、スクリューヘッドに要求される精度を十分満足するものであった。」(4頁左上欄8〜12行参照)

【三】対比・判断
本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)と上記引用発明とを対比すると、後者における「支持部材10」及び「支持部材19」は、前者の「固定体」に相当し、また、本願発明の「金属薄膜」と引用発明の「Au層」は、いずれも金属潤滑剤に対して濡れ性を有する「金属薄層」であるから、両者の一致点、相違点は次のとおりである。

[一致点]
「少なくとも軸受面が金属潤滑剤としてのガリウムまたはガリウム合金に対して耐食性を有する金属材料でなる回転体と、上記金属材料からなり、上記回転体を回転可能に支持する固定体とを備え、上記回転体の軸受面に対向する固定体の対向面または上記固定体に対向する回転体の対向面の少なくとも一方に動圧溝が形成され、上記回転体の対向面と上記固定体の対向面との間の隙間に金属潤滑剤が充填されて、真空容器の内部に設けられる真空用動圧軸受装置において、
上記金属潤滑剤に対して濡れ性を有する金属薄層が、上記回転体の対向面および上記固定体の対向面に形成されている真空用動圧軸受装置。」

[相違点A]
本願発明は、「回転体」が金属潤滑剤としてのガリウムまたはガリウム合金に対して耐食性を有する金属材料でなるのに対して、引用発明では、回転体の軸受面を構成する「球状部分9」及び「円錐部分18」は上記金属潤滑剤に対して耐食性を有する金属材料から構成されるものの、回転体自体がそのような金属材料から構成されるものかどうか明らかでない点

[相違点B]
本願発明は、上記金属薄層が「イオンプレーティングによって」形成された「金属薄膜」であって、「上記金属薄膜の膜厚が上記対向面の少なくとも一方に形成される上記動圧溝の溝深さの略10分の1とされ、膜厚調整のための後加工を不要とし」ているのに対して、引用発明では、上記金属薄層(Au層)がどのようにして形成されたものか明瞭でなく、また、上記金属薄層(Au層)の厚さは、本件出願の請求項1に係る発明の実施例と同等の約1μmとなっているものの、動圧溝の溝深さとの相対関係が明瞭でない点

[相違点C]
本願発明は、上記金属薄層を「大気中でも酸化しがたい材料にて作成し、H2還元処理不要とした」のに対し、引用発明ではその点が明確にされていない点

そこで、上記各相違点について検討する。

(1)相違点Aについて
真空軸受装置の金属潤滑剤としてガリウムまたはガリウム合金を用いる回転陽極型X線管において、「回転体」を上記金属潤滑剤に対して耐食性を有する金属材料で構成することは、上記刊行物2及び3に記載されているように、本件出願前斯界において公知である。
したがって、真空軸受装置において、回転体の軸受部分のみならず、回転体自体を、金属潤滑剤としてのガリウムまたはガリウム合金に対して耐食性を有する金属材料で構成することは、上記刊行物2及び3に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得る事項とするのが相当である。

(2)相違点Bについて
引用発明においても、動圧溝による動圧効果を損なわないように考慮して金属薄層を形成することが技術上の必然的要請であって、金属薄層は、動圧溝の機能を損なわないように形成されているものと認められる。
請求人は、この点に関し、平成15年9月3日付け意見書において、単なる推測であって、根拠がない旨反論しているが、動圧溝表面に、後加工により動圧効果を損なうような厚さの層を設けることは動圧溝が動圧溝で無くなることであり、そのようなことが実際に採用されるとは到底考えられない。動圧溝表面に薄層を設ける場合には、その動圧効果を損なわない程度に実施されるとするのが当然のことである。
また、金属薄層の厚さに関し、出願当初の明細書には、実施例として、「固定体2の外周面2aおよび端面2bには、約10μmの深さの動圧溝が形成されている」こと(段落【0010】、本件出願に係る公開公報3頁3欄3〜5行参照)、「固定体2の外周面2a及び端面2bにイオンプレーティングすることによって、インジウムを含む金属薄膜10が約1μmの厚さに形成されている」こと(段落【0011】、同公報3頁3欄13〜16行参照)が記載され、また、「イオンプレーティングによれば、金属薄膜10、13の厚さを、動圧溝3,5の溝深さ10μmの10分の1程度の厚さに精密に管理できるから、動圧溝3,5に必要なミクロンオーダーの溝寸法精度を容易に確保できる。」(段落【0013】、同公報3頁3欄47行〜4欄1行参照)との記載がある。
これらの記載によれば、金属薄膜の厚さの数値が動圧溝の溝深さの数値の10分の1である実施例が示されているだけであって、動圧溝の溝深さの略10分の1の厚さとすることは、イオンプレーティングによればミクロンオーダーの寸法精度を確保できることの例として説明されているにすぎず、「略10分の1」の数値そのものに臨界的意義があるとの説明はされていない。
すなわち、出願当初の明細書からは、金属薄層の膜厚が動圧溝深さの略10分の1とする点に技術的意義があるものと解することができず、実施例の数値は、動圧溝に必要な溝寸法精度に応じて採用されたものとするのが相当である。
そして、上記引用発明の金属薄層(Au層)は、本件出願の実施例における金属薄膜と同等の厚さ(約1μm)に形成されるものである。
他方で、イオンプレーティングは、機械加工後に適用される寸法精度の高い成膜技術として、本件出願前より多くの技術分野で採用されている周知の技術と認められ(例えば、上記刊行物4〜6参照)、膜厚調整のための後加工を不要とすることはイオンプレーティングによる方法を採用したことにより得られる効果にすぎない。
このような技術背景にしたがえば、金属薄層を「イオンプレーティングによって」形成された「金属薄膜」とし、「上記金属薄膜の膜厚が上記対向面の少なくとも一方に形成される上記動圧溝の溝深さの略10分の1とされ、膜厚調整のための後加工を不要とした」点は、技術上の必然的要請及び周知の技術に基づいて当業者が容易に想到し得たとするのが相当である。

(3)相違点Cについて
引用発明のAu層は、「Auは空気中では酸化しないため、金属表面は空気中にて十分低い温度で融解Ga合金に浸すことができる。」(上記摘記記載(キ)参照)とあるように、それ自身「大気中でも酸化しがたい材料」の一つであり、その場合にはH2還元処理が不要となることは明らかである。また、刊行物1には「空気中にて全て酸化しないか、またはごく僅かづつしか酸化しない金属または金属合金製の別の封止用外側層を使用し得る」(上記摘記記載(ク)参照)との記載もあり、金属薄層を「大気中でも酸化しがたい材料」にて作成し、「H2還元処理不要」とする点の技術的思想は十分に示唆されているものと解される。
したがって、相違点Cに係る構成は、刊行物1の記載に基づいて、当業者であれば容易に想到し得ることである。

(4)まとめ
このように、本願発明は、上記刊行物1〜3に記載された発明及び本件出願前周知の事項に基づいて、当業者が容易にその構成を想到し得るものであり、その作用効果も、上記刊行物に記載された発明及び上記周知の事項から予測し得る程度のものであって格別のものとはいえない。

【四】むすび
以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は、その出願前日本国内において頒布された上記刊行物1〜3に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、その余の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は、拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2003-09-30 
結審通知日 2003-10-07 
審決日 2003-10-20 
出願番号 特願平5-249165
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (H01J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 杉浦 淳  
特許庁審判長 船越 巧子
特許庁審判官 内田 博之
前田 幸雄
発明の名称 真空用動圧軸受装置  
代理人 青山 葆  
代理人 山崎 宏  

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