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審決分類 審判 査定不服 特36 条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1092209
審判番号 審判1999-7590  
総通号数 52 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1992-08-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 1999-05-10 
確定日 2004-02-04 
事件の表示 平成 2年特許願第504805号「インスリン抵抗性糖尿病のための食事用補添物」拒絶査定に対する審判事件[平成 2年 9月20日国際公開、WO90/10439、平成 4年 8月27日国内公表、特表平 4-504847]について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 (手続の経緯・本願発明)
本願は、1990年3月8日(優先権主張1989年3月8日、米国)を国際出願日とする出願であって、本願請求項1〜8に係る発明は、平成11年6月9日付け手続補正書によって補正された明細書の記載からみて、その請求の範囲請求項1〜8に記載された次のとおりのものである。
「1.インスリン抵抗性を呈するかまたはインスリン抵抗性の臨床症状の発生に遺伝的にかかりやすい個体における治療的レベルを提供するために充分な量のD-キロ-イノシトール(DCI)を含有する、インスリン抵抗性を呈する個体の処置またはインスリン抵抗性の臨床症状が遺伝的に発生しやすい個体におけるその臨床症状の発生の防止のための食事用補添物。
2.該DCIが25〜100ミリグラムの量で存在する請求項1に記載の食事用補添物。
3.該DCIが経口投与に適するかたちに調製されている請求項1に記載の食事用補添物。
4.DCIが経口投与以外の投与に適するかたちに調製されている請求項2に記載の食事用補添物。
5.(i)D-キロ-イノシトールの有効量および(ii)医薬的に許容可能な担体を含有する、インスリン抵抗性を呈する個体の処置またはインスリン抵抗性の臨床症状が遺伝的に発生しやすい個体におけるその臨床症状の発生の防止のための医薬組成物。
6.該有効量が25〜100ミリグラムである請求項5に記載の医薬組成物。
7.経口投与に適したかたちの請求項5に記載の医薬組成物。
8.経口投与以外の投与に適したかたちの請求項5に記載の医薬組成物。」
(原査定の拒絶理由)
これに対する原査定の拒絶の理由は、「この出願は、明細書の記載が下記の点で、特許法第36条第3項に規定する要件を満たしていない。」というものであって、下記の点を指摘している。
「本願の明細書の発明の詳細な説明には、請求項1乃至8に係る発明における有効成分であるD-キロ-イノシトールが、「インスリン抵抗性を呈する個体の処置またはインスリン抵抗性の臨床症状が遺伝的に発生しやすい個体におけるその臨床症状の発生の防止」に用いることができるとするその根拠となる薬理試験結果が、何ら具体的な数値等をもって記載されていない。したがって、本願発明を当業者が実施をすることができる程度に、その発明の構成及び効果が本願の発明の詳細な説明に記載されているものとは認められない。」
(当審の判断)
特許法第36条第3項の規定によれば、明細書には、その技術文献としての性格上、当業者が容易に発明の実施をすることができる程度にその発明の目的、構成とともに、その特有の効果を具体的に記載すべきところ、医薬についての用途発明においては、一般に、有効成分の物質名、化学構造だけからその有用性を予測することは困難であり、明細書に有効量、投与方法、製剤化のための事項がある程度記載されている場合であっても、それだけでは当業者が当該医薬が実際にその用途において有用性があるか否かを知ることができないから、明細書に薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をしてその用途の有用性を裏付ける必要があり、それがなされていない発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第3項に規定する要件を満たさないものであるといわなければならない。
これを本願明細書についてみると、本願請求項1〜8に係る発明は、D-キロ-イノシトール(以下、DCIともいう。)に特有の薬理効果を専ら利用する「インスリン抵抗性を呈する個体の処置またはインスリン抵抗性の臨床症状が遺伝的に発生しやすい個体におけるその臨床症状の発生の防止」という用途のための食事用補添物や医薬組成物の発明であるから、本願明細書の発明の詳細な説明に、DCIの薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をして上記用途の有用性を裏付ける必要がある。
そこで、本願明細書の記載を検討すると、まず、DCIの薬理データといえるものは、本願明細書の発明の詳細な説明には何ら記載されていない。
そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明に、DCIの薬理データと同視すべき程度の記載がなされているか否か、が問題となる。
この点に関し、請求人は、本願明細書の背景技術の項の記載(下記(a))、及び、その第5頁1行〜15行の記載(下記(b))を引用し、薬理データを開示する代わりに、生体内でのインスリンの作用機序におけるDCIの役割を教示することで、発明に係る組成物の治療用途を具体的に開示している旨主張している。
(a)
「背景技術
係属中のLarner,Kennington、HuangおよびShenらの米国特許出願第07/320、484号に開示されているように、特にピルピン酸デヒドロゲナーゼの活性化および他の酵素系の阻害に関して、インスリンの活性を媒介すると思われる少なくとも二つの物質の実質的に均質にまでの精製が成された。ピルビン酸デヒドロゲナーゼ(PDH)を活性化する生物学的活性を有するインスリンメディエイタの構造分析によって、驚いたことに、このメディエイタが光学活性を有する炭水化物であるD-キローイノシトールを含むグリコホスファチジルイノシトールのアンカー型(anchor‐type)分子からなるものであると同定された。米国特許出願第07/320,485号(発明者Larner,Kennington、およびShen)に開示されたさらなる研究によって、非糖尿病の対照個体群に見られるレベルと対照的に、タイプII、すなわちインスリン抵抗性糖尿病患者においてはD-キローイノシトールが存在しないかまたはきわめて低いレベルで存在することが示された。例えば、糖尿病患者では約900ナノグラム/mlである。タイプII糖尿病では一貫して約200ナノグラム以下である。この違いに基づいて、尿及び他の体液中にD-キローイノシトールが存在するかどうかを決定するために、スクリーニング診断が確立された。D-キローイノシトールが存在しないことは、タイプII糖尿病の臨床的症状の発生の遺伝的要因を有することの証明、またはいくつかまたはすべての古典的な臨床的症状を示している患者におけるタイプII糖尿病の存在の確認を与える。
さらなる研究によって、インスリン抵抗性糖尿病は、事実、PDHの活性化の要因となるインスリンメディエイタにおいて不可欠な炭水化物であるD-キローイノシトールのインビボ合成の遺伝的不能による可能性が示された。このキロ糖(chiro sugar)は、この化合物を合成してそれによってインスリンメディエイタを形成するために必要な合成経路における欠乏を補充しようとしても、従来の食事においてはその充分量を供給することができない。インスリンメディエイタが存在しない場合には、インスリンの投与はタイプII糖尿病の症状への対処にはならないだろう。
したがって、症候性のタイプIIインスリン抵抗性糖尿病の臨床的症状の発生の遺伝的因子を有する患者においてその発生を予防するための、およびタイプII糖尿病の臨床的症候を示している患者に対処するための効果的な方法を見出すことが、当業者の課題として残されていた。」
(b)
「インビボの治療有効レベルのD-キローイノシトールの供給のための食事用補添物のビタミン量での供給によって、この欠乏が克服される。上述したスクリーニングテストによって、インスリン抵抗性糖尿病の臨床症状の発生因子を遺伝的に有すると同定された個体へのD-キローイノシトールの投与により、インスリン抵抗性そのものの原因、すなわちメディエイタの合成の欠失を解消できるので、これら臨床症状の発生を予防するためにD-キローイノシトールの投与を用いることが可能である。同様に、メディエイタの欠如に依存する程度にまで臨床症状を示す個体は、この食事用補添物の簡単な投与処置で治療できる。最小限度、この食事用補添物の投与によって、インスリン抵抗性が除去され、糖尿病状態が従来のインスリン療法によって治療できるようになるはずである。」
そこで、(a)の記載をみると、まず、DCIがインスリンメディエイタ分子中に存在することが記載されているが、DCIがインスリンメディエイタ分子中に存在することは、インスリンメディエイタを分析してみてはじめて判明する事柄であるところ、インスリンメディエイタの分析方法や分析データ等、DCIがインスリンメディエイタ分子中に存在することを裏付けるに足る分析の具体的詳細については、何ら記載されていない。かかる具体的詳細は、米国特許出願第07/320、484号に開示されているとされているが、この米国出願は、本願優先権主張日と同日に出願されたものであって、その内容は、本願優先権主張日当時公知になっていたものではないから、その内容を本願優先権主張日当時の技術水準として参酌することはできない。次に、DCIがタイプII糖尿病患者の尿中に少ないことについて記載されており、約200ナノグラム以下であるとの数値も示されてはいるが、集めた患者の人数(ある程度以上の人数を集めて測定しなければ、尿中のDCI濃度の違いが診断に使用できるとはいえない)やDCIの測定法等、その具体的詳細については、何ら記載されていない。かかる具体的詳細は、米国特許出願第07/320,485号に開示されているとされているが、この米国出願も、本願優先権主張日と同日に出願されたものであって、その内容は、本願優先権主張日当時公知になっていたものではないから、その内容を本願優先権主張日当時の技術水準として参酌することはできない。続いて、さらなる研究によって、インスリン抵抗性糖尿病は、D-キロ-イノシトールのインビボ合成の遺伝的不能による可能性が示された、とあるが、どのような研究によってどのようにその可能性が示されたのか、何ら開示されていない。また、請求人は、糖尿病とDCIのインビボ合成能との相関についてのより詳細な研究結果が、本願出願後の学術論文において報告されている旨主張するが、本願出願後公知になった知見を本願優先権主張日当時の技術水準として参酌することはできないことはいうまでもない。
そうすると、これらDCIに関する知見は、いずれも、これを裏付ける実験・研究を経てはじめて明らかになるものであるにもかかわらず、その実験・研究の方法や結果はほとんど記載されておらず、また、これらの事項が本願優先権主張日当時公知となっていたものでもないこととなるから、当業者は、本願明細書の記載(a)に接しても、その内容を科学的に納得して理解することはできず、また、追試してみることもできない。
また、(b)には、DCIの投与によりインスリンメディエイタの合成の欠失を解消できるので、インスリン抵抗性糖尿病の予防、治療ができる旨記載されているが、DCIを投与、とりわけ、経口投与したときに、これが人体によって吸収され、インスリンメディエイタの生合成に有効に利用されることが本願優先権主張日当時公知の知見に基づいて科学的に説明されているなど、DCIの投与によりインスリンメディエイタの合成の欠失を解消できることを客観的に裏付け得る記載が伴っているわけではない。
してみれば、当業者は、本願明細書の記載(b)に接しても、その内容を科学的に納得して理解することはできない。
さらに、(b)の記載中、その末尾の「治療できるようになるはずである。」などの記載は、DCIによる治療・予防が推論段階にとどまることを窺わせるものである。
したがって、本願明細書の上記(a),(b)の記載は、DCIの薬理データと同様にDCIの薬理効果を当業者に科学的に納得して理解させ得る記載とはいい難く、発明の詳細な説明の他の部分にもそのような記載は見いだせないから、本願明細書の発明の詳細な説明には、DCIの薬理データと同視すべき程度の記載がなされているとはいえない。
また、請求人は、本願の状況で出願後の実験データを考慮しないことは、米欧の対応特許要件からの乖離をもたらし、特許制度の国際的調和に反すると主張する。
もとより、外国の特許庁の判断に当審の判断が左右されるべき理由はないが、明細書に薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をしてその用途の有用性を裏付ける必要があることは前示のとおりであるから、明細書にこれらの記載がないという記載上の不備が、出願後に提出された実験データによって解消するとすることはできない。
因みに、出願後の実験データのうち、唯一、ヒトに対する実験として示された、平成10年12月1日付け意見書に添付して提出されたものは、ヒトにDCIを300〜1200mg、又は、1200mg/日を7日から14日間投与した結果を示しているが、本願明細書には、DCIの投与量が25〜100ミリグラムの範囲であると記載されており(本願明細書第6頁第4行)、両者は投与量の点で全く一致しない。また、審判請求書に甲第10、11号証として添付された実験データは、いずれも、ラットやアカゲザルのような動物を用いたものであり、ラットやアカゲザルへの投与量からヒトへの投与量がどのように導かれるか、何ら明らかにされていないから、これらの実験データも本願明細書記載のDCIの投与量と合致するものとはいえない。これらのことからみれば、25〜100ミリグラムの範囲という投与量の記載を伴うDCIの用途が、上記実験データによって裏付けられたとはいえないし、換言すれば、本願明細書の25〜100ミリグラムの範囲というDCIの投与量の記載は、科学的根拠によって裏付けられていたものではなく、あえていえば、発明者の推測によってなされたものであるといわざるを得ないのである。
してみると、もとより、25〜100ミリグラムの範囲という程度の投与量の記載が、DCIの薬理データと同視すべき程度の記載であるとはいえないが、さらに、かかる記載は、上記のように、科学的根拠によって裏付けられていたものではなく、あえていえば、発明者の推測によってなされたものであるといわざるを得ないものであるから、本願明細書において、このようなDCIの投与量の記載があるからといって、これにより、DCIの薬理データと同視すべき程度の記載があるとすることはできない。
(むすび)
以上のとおりであるから、本願明細書には、当業者が容易に本願発明を実施することができる程度に、本願発明の目的、構成及び効果が記載されているとはいえず、本願は、明細書の記載が、特許法第36条第3項に規定する要件を満たしていないので、拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2000-09-29 
結審通知日 2000-10-10 
審決日 2000-10-23 
出願番号 特願平2-504805
審決分類 P 1 8・ 531- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 中田 とし子森井 隆信  
特許庁審判長 吉村 康男
特許庁審判官 内藤 伸一
宮本 和子
発明の名称 インスリン抵抗性糖尿病のための食事用補添物  
代理人 山本 秀策  

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