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審決分類 審判 全部申し立て 4項(5項) 請求の範囲の記載不備  B41J
審判 全部申し立て 判示事項別分類コード:533  B41J
管理番号 1098018
異議申立番号 異議2003-72107  
総通号数 55 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2004-07-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-08-18 
確定日 2004-03-17 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3379106号「液体噴射ヘッド」の請求項1ないし14に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3379106号の請求項1ないし11に係る特許を取り消す。 
理由 第1 手続の経緯
本件の優先権主張の基礎となる出願から、本決定に至るまでの主だった経緯を箇条書きにすると次のとおりである。
・平成4年4月23日 特願平4-104762号出願
・同年10月19日 特願平4-280091号出願
・平成5年2月18日 特願平5-29330号出願
・同年4月23日 上記3出願に基づく優先権を主張して本件出願
・平成14年12月13日 特許第3379106号として設定登録(請求項1〜14)
・平成15年8月18日 特許異議申立人鈴木俊孝より、請求項1〜14に係る特許に対して特許異議申立
・同年10月27日付け 当審にて取消理由通知
・平成16年1月6日 特許権者より特許異議意見書及び訂正請求書提出

第2 訂正の許否の判断
1.特許権者が求めた訂正の内容
[訂正事項1]請求項1の記載を、「インク滴を吐出するノズルと、基板に形成され該ノズルと連通する液室と、該液室の一部を構成する振動板と、該振動板上に形成された下電極、圧電膜、上電極より成る圧電素子とを具備する液体噴射ヘッドにおいて、前記液室の配列方向長さ、奥行き方向長さをそれぞれL、W、前記圧電膜の厚み、前記振動板の厚みをそれぞれtp、tvとした時、
1)0.012≦(tp+tv)/L<0.08
2)10≦W/L≦150
の関係を満たし、
前記液室の配列方向における上電極の長さ、圧電膜の長さ、下電極の長さをそれぞれLu、Lp、L1とした時、
Lu≦Lp<L1
の関係を満たし、
前記液室の配列方向の長さLと、液室の配列方向における上電極の長さLuとが、
L>Lu
の関係を満たし、
前記液室の奥行き長さをWとし、前記液室の奥行き方向における上電極の長さ、圧電膜の長さ、下電極の長さをそれぞれ、Wu、Wp、W1とした時、
W<Wu<Wp<W1の関係を満たすことを特徴とする液体噴射ヘッド。」と訂正する。
[訂正事項2]請求項2を独立形式に改めた上で、その記載を
「インク滴を吐出するノズルと、基板に形成され該ノズルと連通する液室と、該液室の一部を構成する振動板と、該振動板上に形成された下電極、圧電膜、上電極より成る圧電素子とを具備する液体噴射ヘッドにおいて、前記液室の配列方向長さ、奥行き方向長さをそれぞれL、W、前記圧電膜の厚み、前記振動板の厚みをそれぞれtp、tvとした時、
1)0.012≦(tp+tv)/L<0.08
2)10≦W/L≦150
の関係を満たし、
前記液室の配列方向における上電極の長さ、圧電膜の長さ、下電極の長さをそれぞれLu、Lp、L1とした時、
Lu≦Lp<L1
の関係を満たし、
前記液室の配列方向の長さLと、液室の配列方向における上電極の長さLuとが、
L>Lu
の関係を満たし、
前記液室の奥行き長さをWとし、前記液室の奥行き方向における上電極の長さ、圧電膜の長さ、下電極の長さをそれぞれ、Wu、Wp、W1とした時、
W<Wu<Wp<W1の関係を満たし、
前記下電極は、白金又は白金を含む合金の膜を有し、前記白金又は白金を含む合金の膜は、前記振動板上に密着形成されたチタン膜の上に形成されており、前記チタン膜の厚さは80オングストローム以下であることを特徴とする液体噴射ヘッド。」と訂正する。
[訂正事項3]請求項3を独立形式に改めた上で、その記載を
「インク滴を吐出するノズルと、基板に形成され該ノズルと連通する液室と、該液室の一部を構成する振動板と、該振動板上に形成された下電極、圧電膜、上電極より成る圧電素子とを具備する液体噴射ヘッドにおいて、前記液室の配列方向長さ、奥行き方向長さをそれぞれL、W、前記圧電膜の厚み、前記振動板の厚みをそれぞれtp、tvとした時、
1)0.012≦(tp+tv)/L<0.08
2)10≦W/L≦150
の関係を満たし、
前記液室の配列方向における上電極の長さ、圧電膜の長さ、下電極の長さをそれぞれLu、Lp、L1とした時、
Lu≦Lp<L<L1
の関係を満たすことを特徴とする液体噴射ヘッド。」と訂正する。
[訂正事項4]訂正前請求項5を削除し、訂正前請求項6を請求項5と改めた上で、引用する請求項を「特許請求の範囲第1〜5項のいずれか」から「特許請求の範囲第1〜4項のいずれか」に訂正する。
[訂正事項5]訂正前請求項7,8を削除し、訂正前請求項9を請求項6と改めた上で、その記載を「前記振動板のヤング率は1×1011N/m2以上であることを特徴とする特許請求の範囲第1〜5項のいずれかに記載の液体噴射装置。」と訂正する。
[訂正事項6]訂正前請求項10を請求項7と改めた上で、引用する請求項を「特許請求の範囲第9項」から「特許請求の範囲第6項」に訂正する。
[訂正事項7]訂正前請求項11を請求項8と改めた上で、その記載を「前記振動板が、ヤング率は1×1011N/m2以上の材料と、酸化珪素層の2層構造よりなり、該酸化珪素層は、下電極側に配置されていることを特徴とする特許請求の範囲第1〜5項のいずれかに記載の液体噴射ヘッド。」と訂正する。
[訂正事項8]訂正前請求項12を請求項9と改めた上で、引用する請求項を「特許請求の範囲第1〜11項のいずれか」から「特許請求の範囲第1項又は第3項」に訂正する。
[訂正事項9]訂正前請求項13を請求項10と改めた上で、引用する請求項を「特許請求の範囲第1〜12項のいずれか」から「特許請求の範囲第1〜9項のいずれか」に訂正する。
[訂正事項10]訂正前請求項14を請求項11と改めた上で、引用する請求項を「特許請求の範囲第1〜13項」から「特許請求の範囲第1〜10項のいずれか」に訂正する。
[ 訂正事項11]明細書の「このようにすることによって、液体噴射効率に優れると共に、ノズルの高密度化、液体噴射ヘッドの小型・高集積化を図ることができる。」(明細書5頁15行〜8頁16行についての補正を含む平成14年6月6日付け手続補正書2頁9〜10行、特許掲載公報7欄17〜19行)との記載を削除する。

2.各訂正事項についての当審の判断
訂正事項1〜10が、訂正前の特許請求の範囲を減縮することを目的とすることは明らかである(請求項削除、これに伴う請求項番号の変更、及び引用する請求項の限定はすべて、特許請求の範囲の減縮の一環である。)。
訂正事項2のうち、「前記液室の配列方向における上電極の長さ、下電極の長さをそれぞれLu、Lp、L1とした時」を「前記液室の配列方向における上電極の長さ、圧電膜の長さ、下電極の長さをそれぞれLu、Lp、L1とした時」と訂正することは、訂正前の「Lu、Lp、L1」という3つの長さに対して、「前記液室の配列方向における上電極の長さ、下電極の長さ」という2つしか指定されていなかったため、明りょうでなかったものを明りょうにすることを目的とするものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とするものと認める。
訂正事項5及び訂正事項7のうち、「ヤング率は1×1011N/m2以上、望ましくは、2×1011N/m2以上」を「ヤング率は1×1011N/m2以上」と訂正することは、明りょうでない記載の釈明を目的とするものと認める。
訂正事項11によって削除される記載は、「液室の配列方向長さをL、液室の奥行き方向長さをW、PZTの厚みをtp、振動板の厚みをtvとした時、以下の関係を満足することを特徴としている。
1)0.012≦(tp+tv)/L<0.08
2)10≦W/L≦150」(公報7欄12〜16行)との記載に続くものであるが、【表2】(公報8頁)によれば、この数値範囲内であっても「液体噴射効率に優れると共に、ノズルの高密度化、液体噴射ヘッドの小型・高集積化を図ることができ」ない場合があり、削除部分は誤った記載であることが明らかである(後記「第3 4」参照。)。そして、訂正事項11は、この誤った記載を削除するものであるから、誤記の訂正を目的とするものと認める。

そして、訂正事項1〜11が、願書に添付された明細書又は図面に記載された範囲内での訂正であること、及びこれら訂正事項が特許請求の範囲を実質上変更又は拡張するものでないことは明らかである。

3.訂正の許否の判断の結論
以上のとおり、本件訂正は平成15年改正前特許法120条の4第2項の規定に適合し、同条3項で準用する平成15年改正前特許法126条2項及び3項が読み替えられて準用される平成6年改正前特許法126条1項ただし書き及び2項の規定に適合する。
よって、平成16年1月6日付け訂正請求による訂正を認める。

第3 特許異議申立についての当審の判断
1.当審における取消理由
当審において通知した取消理由は、次のような理由を含んでいる。
訂正前請求項1〜14に共通の構成である「前記圧電膜の厚み、前記振動板の厚みをそれぞれtp、tvとした時、・・・(tp+tv)/L<0.08」(以下「本件構成」という。)につき、
(1)どこまでが振動板に含まれるのか明らかでないから、その厚みtpが明確に規定されない。その結果、本件構成も明確でないことになる。したがって、訂正前請求項1〜14の記載は発明の構成に欠くことができない事項を記載したとはいえず、平成6年改正前特許法36条5項に規定する要件を満たしていないから、訂正前請求項1〜請求項14に係る特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものである。(以下、この理由を「取消理由1」という。)
(2)本件構成は吐出不能なものを含むから、訂正前請求項1〜請求項14は発明の構成に欠くことができない事項を記載したものではない。また、訂正前請求項1〜請求項14に係る発明を実施するに当たり、当業者が容易に実施できる程度に記載されているとも認めることができない。したがって、訂正前請求項1〜14の記載は平成6年改正前特許法36条4項及び5項に規定する要件を満たしていないから、訂正前請求項1〜請求項14に係る特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものである。(以下、この理由を「取消理由2」という。)

2.特許請求の範囲の記載
訂正が認められるから、特許請求の範囲の記載は、訂正請求書に添付した訂正明細書の特許請求の範囲のとおりの次のものである。
【請求項1】インク滴を吐出するノズルと、基板に形成され該ノズルと連通する液室と、該液室の一部を構成する振動板と、該振動板上に形成された下電極、圧電膜、上電極より成る圧電素子とを具備する液体噴射ヘッドにおいて、前記液室の配列方向長さ、奥行き方向長さをそれぞれL、W、前記圧電膜の厚み、前記振動板の厚みをそれぞれtp、tvとした時、
1)0.012≦(tp+tv)/L<0.08
2)10≦W/L≦150
の関係を満たし、
前記液室の配列方向における上電極の長さ、圧電膜の長さ、下電極の長さをそれぞれLu、Lp、L1とした時、
Lu≦Lp<L1
の関係を満たし、
前記液室の配列方向の長さLと、液室の配列方向における上電極の長さLuとが、
L>Lu
の関係を満たし、
前記液室の奥行き長さをWとし、前記液室の奥行き方向における上電極の長さ、圧電膜の長さ、下電極の長さをそれぞれ、Wu、Wp、W1とした時、
W<Wu<Wp<W1の関係を満たすことを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項2】インク滴を吐出するノズルと、基板に形成され該ノズルと連通する液室と、該液室の一部を構成する振動板と、該振動板上に形成された下電極、圧電膜、上電極より成る圧電素子とを具備する液体噴射ヘッドにおいて、前記液室の配列方向長さ、奥行き方向長さをそれぞれL、W、前記圧電膜の厚み、前記振動板の厚みをそれぞれtp、tvとした時、
1)0.012≦(tp+tv)/L<0.08
2)10≦W/L≦150
の関係を満たし、
前記液室の配列方向における上電極の長さ、圧電膜の長さ、下電極の長さをそれぞれLu、Lp、L1とした時、
Lu≦Lp<L1
の関係を満たし、
前記液室の配列方向の長さLと、液室の配列方向における上電極の長さLuとが、
L>Lu
の関係を満たし、
前記液室の奥行き長さをWとし、前記液室の奥行き方向における上電極の長さ、圧電膜の長さ、下電極の長さをそれぞれ、Wu、Wp、W1とした時、
W<Wu<Wp<W1の関係を満たし、
前記下電極は、白金又は白金を含む合金の膜を有し、前記白金又は白金を含む合金の膜は、前記振動板上に密着形成されたチタン膜の上に形成されており、前記チタン膜の厚さは80オングストローム以下であることを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項3】インク滴を吐出するノズルと、基板に形成され該ノズルと連通する液室と、該液室の一部を構成する振動板と、該振動板上に形成された下電極、圧電膜、上電極より成る圧電素子とを具備する液体噴射ヘッドにおいて、前記液室の配列方向長さ、奥行き方向長さをそれぞれL、W、前記圧電膜の厚み、前記振動板の厚みをそれぞれtp、tvとした時、
1)0.012≦(tp+tv)/L<0.08
2)10≦W/L≦150
の関係を満たし、
前記液室の配列方向における上電極の長さ、圧電膜の長さ、下電極の長さをそれぞれLu、Lp、L1とした時、
Lu≦Lp<L<L1
の関係を満たすことを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項4】前記圧電体膜の厚み、前記振動板の厚みをそれぞれtp、tvとした時、tp≧tvの関係を満たすことを特徴とする特許請求の範囲第1〜3項のいずれかに記載の液体噴射ヘッド。
【請求項5】前記液室が形成された基板が、面方位(110)の単結晶珪素から成り、前記液室の奥行き方向を<112>(決定注.2番目の「1」は斜体文字である。)又は<112>(決定注.1番目の「1」は斜体文字である。)方向としたことを特徴とする特許請求の範囲第1〜4項のいずれかに記載の液体噴射ヘッド。
【請求項6】前記振動板のヤング率は1×1011N/m2以上であることを特徴とする特許請求の範囲第1〜5項のいずれかに記載の液体噴射装置。
【請求項7】前記振動板は窒化珪素、窒化チタン、窒化アルミニウム、窒化ホウ素、窒化タンタル、窒化タングステン、窒化ジルコニウム、酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化アルミニウム、炭化珪素、炭化チタン、炭化タングステン、炭化タンタルの少なくとも1種を主成分とする材料であることを特徴とする特許請求の範囲第6項記載の液体噴射ヘッド。
【請求項8】前記振動板が、ヤング率は1×1011N/m2以上の材料と、酸化珪素層の2層構造よりなり、該酸化珪素層は、下電極側に配置されていることを特徴とする特許請求の範囲第1〜5項のいずれかに記載の液体噴射ヘッド。
【請求項9】前記振動板と前記下電極の間に、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化錫、酸化亜鉛、酸化チタンの少なくとも1種を主成分とする材料層が具備されていることを特徴とする特許請求の範囲第1項又は第3項に記載の液体噴射ヘッド。
【請求項10】前記圧電膜がチタン酸ジルコン酸鉛であることを特徴とする特許請求の範囲第1〜9項のいずれかに記載の液体噴射ヘッド。
【請求項11】特許請求の範囲第1〜10項のいずれかに記載の液体噴射ヘッドを具備して成ることを特徴とする液体噴射記録装置。

3.取消理由1についての判断
特許請求の範囲は上記のとおり訂正され、独立形式で記載の請求項が【請求項1】〜【請求項3】の3項に増加したが、すべての請求項が「前記圧電膜の厚み、前記振動板の厚みをそれぞれtp、tvとした時、・・・0.012≦(tp+tv)/L<0.08」との本件構成を備えることには変わりがない。
そして、本件構成のような数値限定によって発明の構成を表現する場合には、その数値が明確に規定される必要があることは当然である。
独立形式で記載の【請求項1】〜【請求項3】をすべて択一的に引用する【請求項8】に「2層構造よりなり」とあることからみても、振動板が単層構造に限られないことは明らかである。
ところで、【請求項2】には振動板と下電極間に「チタン膜」が存することが記載されており、【請求項2】を引用する請求項はいうに及ばず、引用しない請求項にあっても、振動板と下電極間に「チタン膜」が存しない旨の限定はないから、振動板と下電極間に「チタン膜」が存する「液体噴射ヘッド」を包含すると解すべきである。また、【請求項9】には、振動板と下電極の間に、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化錫、酸化亜鉛、酸化チタンの少なくとも1種を主成分とする材料層が存する旨記載されており、【請求項9】が引用する【請求項1】及び【請求項3】、並びに【請求項9】を引用する【請求項10】及び【請求項11】だけでなく、それ以外の請求項にあっても上記「材料層」が存しないものに限定解釈することはできない。そして、これら「チタン膜」又は「材料層」は、【請求項2】又は【請求項9】の記載振りからみて、振動板とは別部材として記載されている。
以上を総合すれば、振動板は2層以上であってもよく、振動板と下電極間には振動板以外の層が存在してもよいことになる。ここで、「振動板」は「液室の一部を構成する」ものであるから、液室(インクが収容される空間部)と下電極間が1層で構成されている場合は、振動板の厚さは明確であるといえるが、液室と下電極間に2層以上存する場合、液室に接する層が振動板の一部又は全部であることはいえるものの、液室に接しない層が振動板の一部になるのかならないのかによって、振動板の厚さが異なることになる。
とりわけ、【請求項9】記載の「材料層」についていうと、【請求項9】に例示された材料層のうち、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化チタンの少なくとも1種を主成分とする層が振動板自体の層となりうることは、【請求項7】において振動板を構成する材料として例示されていることから明らかである。そうすると、液室と下電極間に2層以上存し、下電極に近い層が酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化チタンの少なくとも1種を主成分とする層である場合に、この層が振動板の一部であるのかないのか判然としないことになる。これら以外の層であっても、振動板の一部とみなすのかみなさないのかの明確な指針は、特許請求の範囲はいうに及ばず訂正明細書全体をみても与えられていない。
そうであれば、液室と下電極間に2層以上存する場合(すべての請求項がこの場合を含む)に、振動板の厚さは明確に規定されていないことになる。振動板の厚さが明確でない以上、本件構成も明確でなく、特許請求の範囲の記載(全請求項に共通)は「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載」との平成6年改正前特許法36条5項2号の規定に適合しないといわなければならない。
すなわち、請求項1〜請求項11に係る特許は、平成6年改正前特許法36条5項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものである。

4.取消理由2についての判断
訂正明細書の発明の詳細な説明には、
ア.「本発明は上記従来技術の問題点に鑑みてなされたものであり、以下の点を目的とするものである。
(1)効率的な液体噴射動作をさせることを可能とし、ノズル数を増やしても平面的に小型で、ノズル高密度化の図られた液体噴射ヘッドを提供すること。
(2)表面の突起密度の少ない下電極を実現し、耐電圧の大きなPZT膜を実現し、液体噴射特性の向上が図られた液体噴射ヘッドを提供すること。
(3)液室や液体流路の形状、深さを制御することを容易とし、気泡溜まりや液体噴射特性ばらつきがなく、更にはその設計の自由度を向上することができる液体噴射ヘッドを提供すること。」(訂正明細書8頁4〜12行)
イ.「液室の配列方向長さL(単位μm)、液室の奥行き方向長さW(単位μm)、PZT膜厚みtp(単位μm)、振動板厚みtv(単位μm)をパラメータとして、ノズル109から5mm離れた部分で液体噴射速度(単位m/sec)を測定した。」(同15頁本文9〜12行)
ウ.「tp=3μm、tv=5μmの時、液体は噴射しなかった。これは、振動板103が厚くなってその剛性が高まり、液体を噴射させるだけの量の変形をしなくなるためである。従って、振動板103が厚くなりすぎるのは望ましくなく、・・・(tp+tv)/L<0.08とすることが必要となる。」(同16頁15〜22行)
との各記載があり、【表2】(訂正明細書15頁)には、5番目の実験結果として、L=100(単位は「μm」と認める。以下同様。)、tp=3及びtv=5としたときに、「噴射せず」とあり、これが記載ウ冒頭の実験結果である。ここで、L=100、tp=3及びtv=5とすると、本件構成における(tp+tv)/Lの上限値0.08に一致することは明らかであり、この上限値を採用した場合には、液体が噴射しないこととなり、記載アの目的を達成できないことも明らかである。そして、本件構成はその上限値を数値範囲に含むものではないが、上限値よりもわずかに小さい数値は本件構成の数値範囲に含まれる。そして、上限値を採用した場合に液体が噴射しないのであれば、上限値よりもわずかに小さい数値を採用した場合にも液体が噴射しないか、仮に噴射しても噴射特性が良好でないことも明らかである。
以上述べたとおり、本件構成は課題を達成するに足りる構成であると認めることはできないから、特許請求の範囲の記載(全請求項に共通)は「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載」との平成6年改正前特許法36条5項2号の規定に適合しないといわなければならない。また、請求項1〜11の記載された範囲において、課題を達成でない場合((tp+tv)/Lが上限値に極めて近い場合)であっても、(tp+tv)/Lの数値以外の構成を適宜工夫することで、良好な吐出特性となる可能性があることまでは否定しないが、どのような工夫をすればよいのか訂正明細書及び添付の図面からは明らかでないので、発明の詳細な説明は請求項1〜11に係る発明を当業者が容易に実施できる程度に記載したものということもできない。
すなわち、請求項1〜請求項11に係る特許は、平成6年改正前特許法36条4項及び5項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものである。

この点、特許権者は、「請求項1,2,3・・・における数値限定(0.012≦(tp+tv)/L<0.08・・・)は、良好な吐出特性を達成するために必要となる条件の一部のみを規定したものであるが、このように良好な吐出特性を達成するために必要となる条件の一部が請求項1,2,3において欠落しているからといって、それをもって請求項1,2,3に係る発明・・・の構成が不明確であるとは言えないし、また本件明細書において上記数値限定(0.012≦(tp+tv)/L<0.08・・・)との関係で良好な吐出特性を達成するために必要となる条件の一部が開示されていないとしても、このことをもって請求項1,2,3に係る発明・・・の実施が当業者にとって容易ではないと言うこともできない。」(特許異議意見書11頁1〜10行)と主張する。しかし、数値限定による発明とは、幾多の実験等により、課題を達成できる数値範囲を定めたことで、従来奏しえなかった作用効果を奏するような発明であってこそ、その進歩性が評価されて特許され得るのであって、限定した数値範囲の内外で劇的な作用効果の差異があることまでは要求されないとしても、数値範囲の内であれば、すべからく課題を達成できるものでなければならない。したがって、特許権者の主張は採用できない。

第4 むすび
以上のとおり、平成15年1月6日付けの訂正請求は認められるものであり、訂正後の特許請求の範囲(請求項1〜11すべて)及び発明の詳細な説明には記載不備があるから、請求項1〜11に係る特許は、平成6年改正前特許法36条4項及び5項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされた特許である。
よって、特許法等の一部を改正する法律(平成15年法律第47号)附則2条7項が「この法律の施行前に請求された特許異議の申立て・・・については、・・・なお従前の例による。」との規定、及び特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律116号)附則14条の規定に基づく特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令205号)4条2項の規定により、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
液体噴射ヘッド
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
インク滴を吐出するノズルと、基板に形成され該ノズルと連通する液室と、該液室の一部を構成する振動板と、該振動板上に形成された下電極、圧電膜、上電極より成る圧電素子とを具備する液体噴射ヘッドにおいて、前記液室の配列方向長さ、奥行き方向長さをそれぞれL、W、前記圧電膜の厚み、前記振動板の厚みをそれぞれtp、tvとした時、
1)0.012≦(tp+tv)/L<0.08
2)10≦W/L≦150
の関係を満たし、
前記液室の配列方向における上電極の長さ、圧電膜の長さ、下電極の長さをそれぞれLu、Lp、Llとした時、
Lu≦Lp<Ll
の関係を満たし、
前記液室の配列方向の長さLと、液室の配列方向における上電極の長さLuとが、
L>Lu
の関係を満たし、
前記液室の奥行き長さをWとし、前記液室の奥行き方向における上電極の長さ、圧電膜の長さ、下電極の長さをそれぞれ、Wu、Wp、Wlとした時、
W<Wu<Wp<Wl
の関係を満たすことを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項2】
インク滴を吐出するノズルと、基板に形成され該ノズルと連通する液室と、該液室の一部を構成する振動板と、該振動板上に形成された下電極、圧電膜、上電極より成る圧電素子とを具備する液体噴射ヘッドにおいて、前記液室の配列方向長さ、奥行き方向長さをそれぞれL、W、前記圧電膜の厚み、前記振動板の厚みをそれぞれtp、tvとした時、
1)0.012≦(t+tv)/L<0.08
2)10≦W/L≦150
の関係を満たし、
前記液室の配列方向における上電極の長さ、圧電膜の長さ、下電極の長さをそれぞれLu、Lp、Llとした時、
Lu≦Lp<Ll
の関係を満たし、
前記液室の配列方向の長さLと、液室の配列方向における上電極の長さLuとが、
L>Lu
の関係を満たし、
前記液室の奥行き長さをWとし、前記液室の奥行き方向における上電極の長さ、圧電膜の長さ、下電極の長さをそれぞれ、Wu、Wp、Wlとした時、
W<Wu<Wp<Wl
の関係を満たし、
前記下電極は、白金又は白金を含む合金の膜を有し、前記白金又は白金を含む合金の膜は、前記振動板上に密着形成されたチタン膜の上に形成されており、前記チタン膜の厚さは80オングストローム以下であることを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項3】
インク滴を吐出するノズルと、基板に形成され該ノズルと連通する液室と、該液室の一部を構成する振動板と、該振動板上に形成された下電極、圧電膜、上電極より成る圧電素子とを具備する液体噴射ヘッドにおいて、前記液室の配列方向長さ、奥行き方向長さをそれぞれL、W、前記圧電膜の厚み、前記振動板の厚みをそれぞれtp、tvとした時、
1)0.012≦(tp+tv)/L<0.08
2)10≦W/L≦150
の関係を満たし、
前記液室の配列方向における上電極の長さ、圧電膜の長さ、下電極の長さをそれぞれLu、Lp、Llとした時、
Lu≦Lp<L<Ll
の関係を満たすことを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項4】
前記圧電体膜の厚み、前記振動板の厚みをそれぞれtp、tvとした時、
tp≧tv
の関係を満たすことを特徴とする特許請求の範囲第1〜3項のいずれかに記載の液体噴射ヘッド。
【請求項5】
前記液室が形成された基板が、面方位(110)の単結晶珪素から成り、前記液室の奥行き方向を<112>又は<112>方向としたことを特徴とする特許請求の範囲第1〜4項のいずれかに記載の液体噴射ヘッド。
【請求項6】
前記振動板のヤング率は1×1011N/m2以上であることを特徴とする特許請求の範囲第1〜5項のいずれかに記載の液体噴射装置。
【請求項7】
前記振動板は窒化珪素、窒化チタン、窒化アルミニウム、窒化ホウ素、窒化タンタル、窒化タングステン、窒化ジルコニウム、酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化アルミニウム、炭化珪素、炭化チタン、炭化タングステン、炭化タンタルの少なくとも1種を主成分とする材料であることを特徴とする特許請求の範囲第6項記載の液体噴射ヘッド。
【請求項8】
前記振動板が、ヤング率は1×1011N/m2以上の材料と、酸化珪素層の2層構造よりなり、該酸化珪素層は、下電極側に配置されていることを特徴とする特許請求の範囲第1〜5項のいずれかに記載の液体噴射ヘッド。
【請求項9】
前記振動板と前記下電極の間に、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化錫、酸化亜鉛、酸化チタンの少なくとも1種を主成分とする材料層が具備されていることを特徴とする特許請求の範囲第1項又は第3項に記載の液体噴射ヘッド。
【請求項10】
前記圧電膜がチタン酸ジルコン酸鉛であることを特徴とする特許請求の範囲第1〜9項のいずれかに記載の液体噴射ヘッド。
【請求項11】
特許請求の範囲第1〜10項のいずれかに記載の液体噴射ヘッドを具備して成ることを特徴とする液体噴射記録装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、液体噴射記録装置に好適に用いられる液体噴射ヘッドに関する。
一般に液体噴射記録装置は、液室、ノズル、液体流路を有する液体噴射ヘッド、並びにインク供給系とを具備し、液室内に充満しているインクにエネルギーを与えることにより、液室内のインクが液体流路に押し出され、その結果ノズルからインク滴が噴射され、これにより文字・画像情報の記録が行われるものである。
インクにエネルギーを与える手段としては、圧電素子を用いて液室内を加圧する手段、またはヒータを用いて液室内インクを加熱する手段が広く利用されている。
本発明は、特に圧電素子を用いて液室内を加圧する手段をもつ、液体噴射ヘッドに関する。
【背景技術】
上述したような液体噴射ヘッドや、本発明に関わる構成要素の従来技術としては、特公昭62-22790号、特開平2-219654号、米国特許4312008号、鳥居他(ジャパニーズジャーナルオブアプライドフィジックス、Vol.30、No.12B、1991年12月、3562〜3566ページ)、特公平4-43435号、特開平3-124450号に開示されたものがある。
特公昭62-22790号においては、液室に対応した個所の厚さを薄くした基板上に電極形成し、スパッタリング・印刷等の薄膜形成方法により、前記液室に対応した個所にPZT薄膜を形成する、液体噴射ヘッドの製造方法が開示されている。
特開平2-219654号においては、ノズルが設けられた半導体基板上に積層形成した薄板に液室並びに液体流路が形成され、液室上部に積層形成された振動板、前記振動板上部に設けられた圧電振動子よりなる液体噴射ヘッド、及び、ノズルを半導体基板に形成し、前記半導体基板上にドライフィルムを接着し、前記ドライフィルム上に振動板、下電極、圧電膜、上電極と積層し、前記ドライフィルムを除去して形成する液体噴射ヘッドの製造方法が開示されている。
米国特許4312008号においては、基板表面に形成された液体流路及び基板を貫通する液室を具備し、前記基板の両表面に基板を接合し、圧電体を備えて成る液体噴射ヘッドが開示されている。
鳥居他(ジャパニーズジャーナルオブアプライドフィジックス、Vol.30、No.12B、1991年12月、3562〜3566ページ)においては、PZT薄膜の下電極に白金を用いることが開示されている。
特公平4-43435号においては、絶縁性薄膜上に下地金属薄膜、白金膜を形成し、前記白金膜の表面が結晶粒成長によって凹凸状となる温度で熱処理する、圧電性薄膜用の電極形成方法が開示されている。
また、特開平3-124450号は本発明者らによるものであるが、単結晶珪素基板の一表面からノズルを形成し、前記単結晶珪素基板の別表面にp型単結晶珪素をエピタキシャル成長させ、更に圧電素子を形成し、その後前記p型珪素層及び単結晶珪素基板をエッチングし、液室及び片持ち、両持ち振動板を形成する液体噴射ヘッドの製造方法が開示されている。
しかしながら、前記従来技術による液体噴射ヘッド、その構成要素、それらの製造方法においては、以下に示すような解決されるべき問題がある。
特公昭62-22790号においては、クレーム中に構成要素の厚み設定はないものの、実施例中のPZT厚みtpが50μm、振動板厚みtvが50〜100μm程度と設定されていて、tp+tvが10μm程度以下の領域について念頭におかれていないことが明確である。tp+tvが100μm程度であれば、これがまだ厚すぎるためPZTに電圧を印加した時の振動板の変形量が小さく、液体噴射可能なほど液室の体積を変形させるためには、同実施例中にも記載されているように、円形で直径2mm程度の大きさの液室が必要となる。この時、解像度を向上させようとすると、同実施例に示されている如く、液室ピッチ>ノズルピッチの平面構成となり、面積的な効率が悪い。すなわち、ノズルが7個ある液体噴射ヘッドの平面サイズが20mm×15mmにもなってしまう。更にノズル数を増やそうとすれば、平面サイズが飛躍的に大きくなるのみならず、液室とノズルを結ぶ液体流路が長くなり、その流路抵抗が大きくなり、液体噴射動作の速度が極端に低下する。
更に同従来例においては、液室に対応した個所に薄い振動板を形成し、その上にPZTを形成する製造方法があるが、本発明者らの実験によれば、液室、振動板を形成した後にPZTを形成する方法において、前記tp+tvを更に薄くした場合、例えばtpを3μm、tvを1μmにした場合、製造工程中に振動板にたるみ、しわ、破壊等の現象が起こり、液体噴射ヘッドの製造歩留まりが極端に低下した。
特開平2-219654号においては、ノズルが面方位(100)のSi基板を加工することにより形成されている。例えば厚さ300μm程度の(100)Si基板を異方性エッチングしてノズル形成する場合、エッチングレートの遅い(111)面との角度関係により、ノズル寸法を30μm角としても、これと反対側の基板表面の開口部が不可避的に400μm角程度になる。このため、ノズルピッチは400μm以下にならず、せいぜい60dpi(dot per inch)程度の解像度にしかならない。すなわち、液体噴射ヘッドのノズル高密度化が不可能である。
更に、同従来例中の実施例においては、圧電膜及び上下電極が共に液室より大きく形成されており、そのような構成では、圧電膜への電圧印加の際に効率的に振動板を変形させ、液体を噴射させることが不可能である。また、効率的に液体を噴射させるための圧電膜、上下電極、液室の大きさ関係や厚み関係について言及されていない。
更に、同従来例中の実施例においては、振動板にSiO21層が用いられている。SiO2は、ヤング率が1010N/m2台と小さく、その上部に圧電薄膜を形成し電圧印加して前記圧電薄膜が横方向に変形する時、同時に横方向に大きく伸びてしまい、縦方向への変形がそれほど大きくならない。すなわち、振動板にSiO21層を用いた場合も、圧電膜への電圧印加の際に効率的に振動板を変形させ、液体を噴射させることが不可能である。また、効率的に液体を噴射させるための振動板特性や材料については言及されていない。
米国特許4312008号においては、そのクレーム中に、圧電結晶が振動板上に取り付けられる構成との記述がある。またその実施例中においてもインジウムをベースとした半田で取り付ける記述があり、前記特公昭62-22790号に示される以上の厚みの圧電体を対象としているのが明白である。従って、前記特公昭62-22790号同様実質的にノズル高密度化ができない。また、この米国特許4312008号において、異方性エッチングを用いて液体流路を形成する場合にあっては、Si基板の面方位により流路形状が決定されてしまい、その自由な選択が不可能であった。例えば、(100)Siを用いた場合、液体流路の断面形状は逆三角形となり、一方(110)Siを用いた場合は長方形となる。液体流路が逆三角形の場合は、気泡が溜まりやすくなり、トラブルの原因となる。また、(110)Siに長方形となる液体流路を形成する場合、その深さの制御が困難であり、出来上がりの深さが不均一になるため、液体噴射特性にばらつきを生じる。
更に液体流路と液室との接点においてアンダーカットエッチングが不可避的に生じ、このため接点形状がまちまちとなり、液体噴射特性が一定しない。更に加えて、同従来例においてはSi基板封止用の基板を2枚必要とし、2回の接着工程を要するため、製造工程が繁雑化し、製造コストにおいても不利を伴う。鳥居他(ジャパニーズジャーナルオブアプライドフィジックス、Vol.30、No.12B、1991年12月、3562〜3566ページ)においては、PZT膜の下電極として、SiO2上に直接白金膜が形成されている。しかしながら、このような構成とした場合、酸化珪素と白金との密着性に問題があることは周知の事実であり、本発明者の実験においても、PZT膜形成時またはその後の熱処理時や、完成後の動作時に酸化珪素と白金の間に剥がれが生じた。また、以上の如き問題点を解決し、酸化珪素等の絶縁材料と白金との密着性を向上させるため、特公平4-43435号に示されるように白金と絶縁材料の間にチタンを挿入すればよいことが知られているが、PZT膜形成時やその後の熱処理時に、白金表面に突起が生じ、これがPZT膜の耐電圧を低下させていた。
特開平3-124450号においては、単結晶珪素基板の異方性エッチングを行う時に圧電素子側の面に自動的にエッチング液が回り込む構成であり、この時単結晶珪素基板の異方性エッチング液、例えば水酸化カリウム水溶液により、圧電素子がサイドエッチングされる現象が起こり、これが液体噴射ヘッドの歩留まりを低下させていた。
本発明は上記従来技術の問題点に鑑みてなされたものであり、以下の点を目的とするものである。
(1)効率的な液体噴射動作をさせることを可能とし、ノズル数を増やしても平面的に小型で、ノズル高密度化の図られた液体噴射ヘッドを提供すること。
(2)表面の突起密度の少ない下電極を実現し、耐電圧の大きなPZT膜を実現し、液体噴射特性の向上が図られた液体噴射ヘッドを提供すること。
(3)液室や液体流路の形状、深さを制御することを容易とし、気泡溜まりや液体噴射特性ばらつきがなく、更にはその設計の自由度を向上することができる液体噴射ヘッドを提供すること。
【発明の開示】
本発明の液体噴射ヘッドは、圧電膜としてPZT(チタン酸ジルコン酸鉛)を用い、液室の配列ピッチをノズルの配列ピッチと同一にし、さらに、液室の配列方向長さをL、液室の奥行き方向長さをW、PZTの厚みをtp、振動板の厚みをtvとした時、以下の関係を満足することを特徴としている。
1)0.012≦(tp+tv)/L<0.08
2)10≦W/L≦150
また、液室の配列方向における上電極の長さをLU、液室の配列方向におけるPZTの長さをLp、液室の配列方向における下電極の長さをLlとし、これらの関係を
Lu≦Lp<Ll
となるように構成している。このことにより、製造プロセス上の問題がなく、かつリーク電流が抑えられた圧電素子を構成することが可能である。
また、液室の配列方向の長さLと液室の配列方向における上電極の長さLuとの関係を
L>Lu
となるように構成している。このことにより、振動板を効率的に変形させることができるので、液体噴射を効率的に行うことができる。
また、圧電体の厚み、振動板の厚みをそれぞれtp、tvとしたとき、
tp≧tv
の関係を満たすように構成している。このことにより、液体噴射ヘッドの平面的な小型化、高速動作化を図ることができる。
また、液室の奥行き長さをWとし、液室の奥行き方向における上電極の長さ、圧電膜の長さ、下電極の長さをそれぞれ、Wu、Wp、Wlとした時、
W<Wu<Wp<Wl
となるように構成している。このことにより、製造プロセス上の問題がなく、かつリーク電流が抑えられた圧電素子を構成することが可能である。さらに、上電極からの電極の取り出しを容易に行うことができる。
また、液室が形成された基板が面方位(110)の単結晶珪素から成り、液室の奥行き方向を<112>または<112>方向となるように構成している。このことにより、液室寸法の高精度化が可能になる。
また、下電極が、振動板上に密着膜を介して積層され、且つ下電極が白金または白金を含む合金で構成してもよい。このことにより、電極材料の白金と振動板との密着性を高めることができる。
また、密着膜が膜厚80オングストローム以下のチタンで構成することが望ましい。このことによりPZT膜の耐電圧を向上させることができる。
また、振動板のヤング率が1×1011N/m2以上となるように構成している。このことにより、振動板の変形量が増大し、余裕を持った液体噴射動作が可能となる。特に振動板のヤング率が2×1011N/m2以上であれば、振動板の変形量が格段に増大し、液室の奥行き方向長さWを減少させることができ、液体噴射ヘッドの小型化・高速化が可能となる。
振動板として好適な材料としては、窒化珪素・窒化チタン、窒化アルミニウム、窒化ホウ素、窒化タンタル、窒化タングステン、窒化ジルコニウム、酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化アルミニウム、炭化珪素、炭化チタン、炭化タングステン、炭化タンタルの少なくとも1種を主成分とする材料が挙げられる。
また、振動板を、ヤング率が1×1011N/m2以上、望ましくは2×1011N/m2以上の材料層と、酸化珪素層との2層構造とし、該酸化珪素層は下電極側に配置するように構成することが望ましい。このことにより、下電極あるいは基板との密着性が強化されるので、製造上の歩留まりを向上させることができる。
また、振動板と下電極の間に、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化錫、酸化亜鉛、酸化チタンの少なくとも1種を主成分とする材料層を挿入して構成してもよい。このことにより、PZT膜の圧電特性を向上させることができる。
また、上記の液体噴射ヘッドは液体噴射記録装置に具備されている。
[図面の簡単な説明]
第1図は、本発明の実施例における液体噴射ヘッドの斜視図であり、第2図(a)ないし(c)は、第1の基板101に圧電素子及び液室を形成するまでの製造工程を示す断面図である。
第3図(a)は、基板101の異方性エッチング時に圧電素子側の面を保護するための治具の構成図、同図(b)は基板101を治具に固定した状態の断面図である。
第4図は、本発明の液体噴射ヘッドの実装構造の概念図である。
第5図は、振動板を積層構造とした液体噴射ヘッドにおける、圧電素子、液室を形成した基板の断面図であり、第6図は、振動板と下電極の間に酸化アルミニウム層を挿入した液体噴射ヘッドにおける、圧電素子、液室を形成した基板の断面図であり、第7図は、液室内表面に親水性材料層を形成した液体噴射ヘッドにおける、圧電素子、液室を形成した基板の断面図である。
第8図(a)は、本発明の第2の基板107にノズルを形成した液体噴射ヘッドにおける平面図、同図(b)はその断面図である。
第9図は、本発明の液体噴射ヘッドを用いた液体噴射記録装置の概念図である。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、本発明の実施例について図面を参照しながら説明する。
(実施例1)
第1図は、本発明の実施例における液体噴射ヘッドの斜視図である。
図において、液室102上に形成された振動板103、及び下電極104、圧電膜105、上電極106から構成される圧電素子が形成された第1の基板101と、液体流路108が形成された第2の基板107を接合して成る構成となっている。109は第1の基板101と第2の基板107を接合した断面の開口部に形成されたノズルである。ここで、液室102とノズル109は、同一のピッチで複数個配列されている。
この液体噴射ヘッドの動作を簡単に説明すると、下電極104と上電極106の間に電圧を印加し、下電極104、圧電膜105、上電極106よりなる圧電素子、及び振動板103を変形させ、液室102の体積を減少させ、液室102内に充満しているインクを液体流路108へ押し出し、ノズル109よりインクが噴射される動作となる。
以下、製造工程に従って本発明の液体噴射ヘッド及びその製造方法を詳細に説明する。
第2図(a)、(b)、(c)は、本発明の実施例における、第1の基板101に圧電素子及び液室を形成するまでの製造工程を示す断面図である。なお、この断面図において、紙面に垂直な方向が液室の奥行き方向となる。
面方位(110)の単結晶珪素による第1の基板101を1200℃で熱酸化し、基板101の両面に酸化珪素層201を厚み5000Å形成する。そして、基板101の片面に振動板103を形成する。振動板103は、例えば窒化珪素をPECVD法(プラズマ化学気相成長法)により厚み1μmに形成し、窒素雰囲気中800℃で熱処理を行い形成する。更に、基板101の両面にフォトレジストを形成し、振動板103を設けた側と反対側の表面に開口部を設け、酸化珪素層201を弗酸と弗化アンモニウムの水溶液でパターニングし、開口部202を形成し、第2図(a)に示す断面図となる。この時開口部202の奥行き方向、すなわち紙面に垂直な方向を<112>または<112>方向としておく。
そして、振動板103上に、下電極104をスパッタリング法でチタンを厚み50Å、白金を厚み2000Åと、この順に形成し、そのパターニングを王水の水溶液で行う。次に、圧電膜105としてPZTを厚み3μmにスパッタリング形成し、塩酸の水溶液でパターニングする。PZT膜の形成方法は、近年いろいろな方法が試みられているが、本発明者らは、ニオブを混入した変性PZTに酸化鉛を過剰に加えた焼結体ターゲットを用いて、アルゴン雰囲気中基板加熱なしで高周波スパッタリングを行い形成した。前記PZTのパターニング後、酸素雰囲気中700℃にて加熱処理を行い、更に上電極106をスパッタリング法でチタンを厚み50Å、金を厚み2000Åと、この順に形成し、ヨウ素とヨウ化カリウムの水溶液でパターニングし、第2図(b)に示す断面図となる。
その後、保護膜203を感光性ポリイミドで厚み2μmに形成し、図示しない電極取り出し部の保護膜を現像により取り除き、400℃で熱処理を行う。次に、保護膜203を形成した圧電素子側の面を、第3図に示す治具により保護し(詳細は後述する)、水酸化カリウム水溶液に浸せきし、酸化珪素層201の開口部202から単結晶珪素基板101の異方性エッチングを行い、液室102を形成する。この時単結晶珪素基板101の面方位が(110)であり、更に開口部202の奥行き方向が<112>または<112>方向であるから、液室102の奥行き方向の辺を形成する側壁の面を(111)面とすることができる。水酸化カリウム水溶液を用いた場合、単結晶珪素の(110)面と(111)面のエッチングレートの比は300:1程度となり、300μmの深さの溝をサイドエッチング1μm程度に抑えて形成することができ、液室102が形成される。そして、基板101を前記治具に固定したまま、振動板103に接している酸化珪素を弗酸と弗化アンモニウムの水溶液でエッチング除去し、第2図(c)に示す断面図となる。
本実施例においては、保護膜203を付けない状態で液室102を形成した後、再び酸素雰囲気中700℃にて熱処理を行なうようにし、更に保護膜を形成するようにしてもよい。これは、圧電膜(PZT膜)105に対して2度の熱処理を行なうことにより、圧電特性をさらに向上させることができるためである。この効果の詳細な理由は明確ではないが、圧電膜を構成するPZTの焼結が進んでその結晶粒径が大きくなり、その結果圧電ひずみ定数が上昇するものと推定される。
第3図(a)、(b)は、前述の如く、本発明の実施例における、基板101の異方性エッチング時に圧電素子側の面を保護するための治具を示した図であり、同図(a)は治具の構成図、同図(b)は基板101を治具に固定した状態の断面図である。
片側に開口部を有し、その内壁面にネジ山が切られた円筒状の固定枠301に、Oリング302、基板101、Oリング302の順にはめ込み、その外壁面にネジ山が切られた固定リング303を前記固定枠301の内壁にねじ込み、固定する構成となっている。この時、基板101のエッチングを行う側の面を固定枠301の開口部側にしておく。第3図(b)に示される状態で水酸化カリウム水溶液等のエッチング液に浸せきされるわけであるが、この時、固定リング303、Oリング302、及び基板101のエッチングを行う面とで封じられるため、エッチング液は基板101の圧電素子側へ回り込まないようにすることができる。治具の素材としては、本発明者らはポリプロピレンを用いた。
第4図は、本発明の実施例における、液体噴射ヘッドの実装構造の概念図である。
図において、圧電素子及び液室が形成された第1の基板101と液体流路108が形成された第2の基板107を接合し、ノズル109と液体導入孔404が形成される。液体導入孔404側を基材401で囲み、液体室403が形成される。この液体室403には外部から液体が供給されるようになっている(図示せず)。基材401は実装基板402に取り付けられる。第2の基板107は、プラスチックを射出成形することにより、液体流路108と一体形成した。
以上が本発明の液体噴射ヘッドの概要である。
次に、液室・電極の寸法、圧電膜の厚み・寸法、振動板の厚みなどの関係について述べる。本発明者らは、上述した液体噴射ヘッドを用いて液体噴射実験を行ったところ様々な知見を得た。
本発明者らはまず、液室102、下電極104、PZTによる圧電膜105、上電極106の平面的な位置関係を設定した。
まず、下電極104と圧電膜105、上電極106に関して、前記製造工程に従って上電極形成工程まで行い評価してみた。
下電極より上電極が大きい場合と、その逆で上電極より下電極が大きい場合とを比べてみると、前者は上下電極間のリーク電流が2桁程度後者に比べて多くなることがわかった。これは、下電極端部におけるPZT膜のリーク電流が大きいことによるものと考えられる。
更に、上電極より下電極が大きい場合において、PZT膜が下電極より大きい場合と、PZT膜が下電極より小さい場合においては、前者はPZT膜端部が下地の窒化珪素からめくれ上がってしまったのに対し、後者は膜剥がれ等なく形成できた。これは、PZT膜と窒化珪素層の密着性が不十分であるためと考えられた。従って、以下の結果から、
上電極≦PZT膜<下電極
の大小関係とすること、すなわち、液室の配列方向における上電極長さをLu、液室の配列方向におけるPZT長さをLp、液室の配列方向における下電極長さをLlとした場合、
Lu≦Lp<Llという大小関係にすること、及び、液室の奥行き方向における上電極長さをWu、液室の奥行き方向におけるPZT長さをWp、液室の奥行き方向における下電極長さをWlとした場合、
Wu<Wp<Wl
という大小関係にすることにより、製造プロセス上の問題がなく、かつリーク電流が抑えられた圧電素子を構成することができた。
更に、上電極106からの電極取り出しを行うため、前記製造工程に従い、液室102まで形成した後、上電極106にワイヤボンディングをしたみた。そうしたところ、液室102真上の上電極106にワイヤボンディングを行った場合、圧力で振動板103が破壊してしまった。これに対して、液室の奥行き方向に上電極106を引き伸ばした場合、すなわち液室の奥行き方向の長さをW、液室の奥行き方向の上電極長さをWuとし、
W<Wu
という大小関係にする。そして、上電極106下に基板101が存在している部分(液室102が存在していない部分)にワイヤボンディングを行なったところ、問題なく実施できた。従って、以上の結果から、
W<Wu
とすることにより、上電極106からの電極取り出しが容易となることがわかった。
次に、前記Lu≦Lp<Llという条件のもとで、液室102の配列方向長さLとの関係について、液室中央部における振動板103の変形量を調べることにより最適化実験を行った。なお、振動板、下電極、PZT、上電極の材料、厚みは前述のものとした。そして、液室配列方向の辺の中央に圧電素子の中央を配置し、左右対称となるようにした。また上下電極間の印加電圧は30Vとした。L=100μm固定とし、Lu、Lp、Llをそれぞれ変えたときの結果を以下の表1に示す。
【表1】


以上の表1に示されるように、配列方向における、液室102とPZT膜105や下電極104の大小関係は、振動板変形量にはあまり影響を与えない。しかし、液室102と上電極106の大小関係は、振動板変形量に影響を与え、液室102より上電極106が大きくなれば、振動板変形量が低下する。この結果により、圧電素子の変形部分が液室内部に収まるようにすれば、効率的な振動板変形をさせることができるものと考えられる。そのような状態にする平面的な位置関係は、液室配列方向において、液室の配列方向長さL>液室の配列方向の上電極長さLuである。
以上述べた平面的なサイズ関係のもとで、次に液体噴射実験を行った。液体としては、水系インクを用いた。液室の配列方向長さL(単位μm)、液室の奥行き方向長さW(単位μm)、PZT膜厚みtp(単位μm)、振動板厚みtv(単位μm)をパラメータとして、ノズル109から5mm離れた部分で液体噴射速度(単位m/sec)を測定した。PZT膜への印加電界は5V/μmとした。なお、振動板材料、下電極材料及び厚み、上電極材料及び厚み、保護膜材料及び厚みは前述のものとした。結果を以下の表2に示す。
【表2】

以上の結果について考察してみる。
まず、L=100μm、W=15000μm、tv=0.4μmという条件において、tp=0.8μmの場合は液体は噴射し、tp=0.7μmの場合は液体は噴射しない。これは、液室内の液体に与える圧力がtp=0.7μmにおいては不足のためであると考えられる。材料力学の教えるところによれば、一般的に液室内の液体に与える圧力は、おおむねtp+tvの3乗に比例し、Lの3乗に反比例する。従って、この条件に上記の実験結果をあてはめると、
(tp+tv)3/L3≧1.7×10-6、
すなわち、
(tp+tv)/L≧0.012
と範囲設定すれば、液室内液体に与える圧力としては、液体を噴射させるだけのものを与えることができる。また、前記不等式の左辺が大きくなれば、液体噴射特性は向上することが期待され、実際、tp=tv=3μmの時、液体噴射速度17m/secを記録している。
ところが、tp=3μm、tv=5μmの時、液体は噴射しなかった。これは、振動板103が厚くなってその剛性が高まり、液体を噴射させるだけの量の変形をしなくなるためである。従って、振動板103が厚くなりすぎるのは望ましくなく、前記不等式に数値条件を当てはめると、
(tp+tv)3/L3<5.12×10-4、
すなわち、
(tp+tv)/L<0.08
とすることが必要となる。この不等式の意味するところは、液室の配列方向長さLを短くして、液体噴射ヘッドのノズル高密度化を行うためには、PZT厚みtpと振動板厚みtvの和を小さくすることが必要ということである。逆に言えば、tp+tvを小さくすることにより、Lを小さくすることができ、ノズル高密度化が可能となる。
さて、この状態(tp=3μm、tv=5μmの状態)で液体を噴射させるための手段として、液室の奥行き方向長さWを更に大きくすることが考えられる。しかしながらそのような構成にすれば、液体噴射ヘッドが平面的に非常に大型化してしまい、実用的な範囲を逸脱してしまう。また、Wが大きくなった場合、液室内の流路抵抗が大きくなり、液体噴射ヘッドの動作速度が低下する。従って、液体噴射ヘッドの平面的な小型化、高速動作化に対しては、上記の実験結果から、tp≧tv及びW/L≦150とするのが望ましい。
また、L=200μm、tp=4μm、tv=2μmにおいて、W=2000μmでは液体噴射し、W=1000μmでは液体噴射しない。これは、W=1000μmでは、液体噴射させるだけの液室の奥行き長さが短すぎるためである。従って、L=200μm以下として高密度で液室を配列し、ノズルを高密度化する場合、W/L≧10とすることが必要であることがわかった。
以上述べた液体噴射ヘッドの特徴をまとめると、以下のようになる。
圧電膜105にPZTを用いることにより、液体噴射効率がよい。PZTは、圧電材料の中でも圧電ひずみ定数が大きく、本実施例におけるPZTにおいてもd31=150pC/Nが達成されている。本発明におけるPZTは、その組成や、上述した実施例において添加されている添加物の種類、量、更に固溶させることのできる化合物の種類、量を上記実施例において限定されているものではない。また、その形成方法も上記方法に限定される必要はない。
液室102の配列ピッチを、ノズル109の配列ピッチと同一にしているため、前記液室とノズルを結ぶ液体流路108を引き回すスペースが不要となり、液体噴射ヘッドの小型化が可能となり、更にはノズル数を増やしても液体噴射ヘッドの大型化を招くことがない。
10≦W/L≦150かつtp≧tvかつ0.012≦(tp+tv)/L<0.08とすることにより、薄い振動板103及びPZT膜105を用いて狭い幅の液室を形成しても液体噴射が可能となり、液体噴射ヘッドの小型化、そのノズル高密度化が可能となる。
基板101を面方位(110)の単結晶珪素とし、液室102の奥行き方向を<112>または<112>方向とすることにより、液室102の奥行き方向の辺を形成する側壁の面を(111)面とすることができるため、300μmの深さの液室を配列方向のサイドエッチング1μm程度に抑えて形成することができ、液室寸法の高精度化が可能となる。
Lu≦Lp<Llとすることにより、製造プロセス上の問題がなく、リーク電流が抑えられた圧電素子を構成することが可能となる。
L>Luとすることにより、振動板の変形を効率的に行なうことができるようになり、その結果効率的な液体噴射が可能となる。
W<Wu<Wp<Wlとすることにより、製造プロセス上の問題がなく、リーク電流が抑えられた圧電素子を構成することが可能となると共に、上電極からの電極取り出しが容易となる。
圧電素子及び液室102が形成された第1の基板101と液体流路108が形成された第2の基板107を、液室と液体流路が連通するように接合一体化する構成としたことにより、液体流路の形状、深さを制御することが容易となり、また、液体流路と液室との接点形状を一定とすることが可能となり、その設計上の自由度を向上させることが可能となると共に、気泡溜まりや液体噴射特性のばらつきの原因を除去することが可能となる。
第1の基板101と第2の基板107を接合した断面の開口部をノズルとしたことにより、別部品として必要であった高価なノズル板が不要となる。
圧電素子を形成した後、この側の面を保護する手段を設けて、反対側の面から液室を形成する製造方法としたことにより、薄い振動板及びPZTを用いても歩留まり良く液体噴射ヘッドが形成可能となる。本実施例においては、圧電素子側の面を保護する手段は治具によるものであるが、その手段はこれに限定されることなく、フォトレジストを厚く塗布する等、他の手段を用いても良い。
液室が形成された第1の基板101の液室開口部側に、液体流路が形成された第2の基板107を接合する製造方法としたことにより、基板101の封止用に1枚の基板(第2の基板)を用いて1回の接着工程で済ませることが可能となり、液体噴射ヘッドの低価格化が可能となる。
基板101上に酸化珪素層201を形成し、液室102を形成する工程と同一工程またはその後に液室102に接して成る酸化珪素層201を除去する製造方法としたことにより、製造プロセス中における振動板103の割れや剥がれを防ぐことが可能となり、液体噴射ヘッドの製造歩留まりが向上する。更に振動板振動時に残留する酸化珪素層201の影響を除去することが可能となり、液体噴射特性の向上が可能となる。
(実施例2)
振動板103の材料についての知見を得るため、第2図(c)の構造において、振動板材料を変え、液室中央部における振動板の変形量を調べた。下電極104は全くパターニングを行わず、基板101全面に存在する構成とした。条件としては、L=100μm、Lp=94μm、Lu=88μm、W=15mm、tp=3μm、tv=1μmで上下電極間の印加電圧は30Vとした。
振動板103の材料としては、上述の実施例1で使用した窒化珪素に加え、熱酸化法により形成した酸化珪素、ホウ素を1021cm-3熱拡散させた珪素、スパッタリング法により形成した酸化ジルコニウム、及び酸化アルミニウムの5種類を用いた。結果を以下の表3に示す。
【表3】

以上の結果より、振動板103のヤング率が大きいほど振動板変形量は大きくなる。これは、振動板103のヤング率が小さいと、圧電薄膜が横方向に変形する時、同時に横方向に大きく伸びてしまい、縦方向への変形がそれほど大きくならないことを示しているものである。効率的に振動板を変形させ、液体を噴射させるためには、ヤング率の大きな振動板を用いることが必要である。
上記結果より近似的に振動板103による液室の排除体積を見積もってみると、酸化珪素を用いた場合1.5×10-13m3となり、水系インクを用いて液体噴射を行う場合に対して必要な排除体積ぎりぎりのところである。従って、振動板のヤング率を1×1011N/m2以上とすれば、余裕を持って液体噴射させることが可能となり、更には、2×1011N/m2以上とすれば、振動板変形量が格段に増大し、液室の奥行き方向長さWを減少させることができ、液体噴射ヘッドの小型化、動作の高速化が可能となる。
以上の結果によれば、振動板材料として、ヤング率の大きい酸化ジルコニウム、窒化珪素、酸化アルミニウムが望ましいことがわかる。この他に、窒化チタン、窒化アルミニウム、窒化ホウ素、窒化タンタル、窒化タングステン、窒化ジルコニウム、酸化チタン、炭化珪素、炭化チタン、炭化タングステン、炭化タンタルは、ヤング率が2×1011N/m2以上であり、望ましい振動板材料といえる。
更に、前記材料を主成分として他の成分が添加されていても良いし、前記材料を2種類以上含んだ材料でもよい。例えば、炭化タングステンが主成分で、炭化チタン、炭化タンタル、コバルトを微量添加した超硬合金や、炭化チタンや炭化窒化チタンを主成分とし、不純物を微量添加したサーメットを振動板に用いて良い。
(実施例3)
第5図は、本発明の実施例における、振動板を積層構造とした液体噴射ヘッドにおける、圧電素子、液室を形成した基板の断面図である。
同図において、501はヤング率が1×1011N/m2以上、望ましくは2×1011N/m2以上の材料層であり、前記(実施例1)と同様窒化珪素を用いた。502は酸化珪素層であり、窒化珪素層501を形成したPECVD装置において、窒化珪素層501を形成した後に連続形成した。これ以外の要素は実施例1と同様である。
この酸化珪素層502を設けることにより、下電極104と振動板との密着性が強化された。また、製造プロセス中の熱処理時に起こるPZT膜105に加わる応力を緩和することができるので、製造歩留まりを向上することが可能である。窒化珪素層501を1μm、酸化珪素層502を1000Åとした時の液体噴射特性は、実施例1中の表2に示すものと変わらず、酸化珪素層502を設けることによる液体噴射特性の劣化はなかった。
本実施例は、PZT膜形成時またはそれ以降の処理温度を710℃以下として適用するのが望ましい。これは、PZT膜中の鉛が下電極104を通って振動板の酸化珪素層502へ拡散することによるものである。通常、酸化珪素はこの温度領域では固体状態であるが、鉛が拡散された酸化珪素は714℃以上で液体となってしまい、これが外部に噴出して液体噴射ヘッドを破壊してしまうためである。
(実施例4)
第6図は、振動板と下電極の間に酸化アルミニウム層を挿入した液体噴射ヘッドにおける、圧電素子、液室を形成した基板の断面図である。
図において、窒化珪素層501、酸化珪素層502より成る振動板上に、酸化アルミニウム層601をスパッタリング法により厚み1000Åで形成し、その上部から下電極104を形成する。それ以外は実施例3と同様である。
酸化アルミニウム層601を形成することにより、上記実施例3中において述べたPZT中の鉛の振動板への拡散が抑えられる。このことにより、710℃以上の高温熱処理を行なっても、酸化珪素層502の外部噴出による液体噴射ヘッドの破壊を防止することができ、液体噴射ヘッドの製造歩留まりを向上させることができる。更には、710℃以上の高温かつ効率的な熱処理が可能となるため、PZT膜の圧電特性を一層向上させることが可能となり、液体噴射特性の向上を図ることができる。
酸化アルミニウム層601を設けたことによる効果は他の材料を用いても得られることが判明した。実験の結果、上記酸化アルミニウム以外では、酸化ジルコニウム、酸化錫、酸化亜鉛、酸化チタンを用いてもその効果は同様に確認された。また、これらを主成分とし添加物を加えた材料や、これらの材料を2種以上含むものを主成分とする材料も同様に適用可能である。さらに、この効果は、表面に酸化珪素層を設けた振動板構成のみならず、ホウ素を混入した単結晶珪素振動板においても確認された。
(実施例5)
本発明者らは、下電極104の構成を決定するため、以下の実験を行った。
酸化珪素層を設けた単結晶珪素基板上に、下電極104としてチタンと白金をスパッタリング法でこの順に連続形成した。白金の厚みは2000Å、チタンの厚みは50Åから1000Åまで変化させた。なお、チタンは、電極材料の白金と振動板材料の酸化珪素層との密着性を高めるために必要なものである。
その上から、実施例1中に示す方法でPZTを膜厚1μmに形成し、酸素雰囲気中で600℃の熱処理を4時間行い、更に上電極としてアルミニウムを3mm角の大きさにマスク蒸着して形成した。
このサンプルにおいて、上下電極間に電圧を印加し、PZT膜の耐電圧特性を評価した。ここで、PZT膜の耐電圧の定義としては、リーク電流が100nA流れたときの印加電圧とした。その結果を表4に示す。
【表4】

以上の結果より、チタン膜厚とPZT膜の耐電圧には相関関係があり、チタン膜厚が薄くなれば耐電圧が増すことがわかる。また、本発明者らの観測によれば、白金表面に微小な突起が生じていて、この突起の密度がチタン膜厚を厚くすると共に大きくなっていた。例えば、チタン50Åにおいては20000個/mm2程度であったものが、チタン200Åにおいては210000個/mm2程度となっていることが観測された。このことから、熱処理によって形成される白金表面の微小な突起が、PZT膜の耐電圧を低下させているものと考えられる。
チタン膜厚を100Åから80Åに下げることにより、PZT膜の耐電圧は18vから30vへと大きく向上した。PZT膜の耐電圧が向上すれば、印加電圧を高くすることができるようになり、液体噴射ヘッドにおける、液体噴射特性を向上させることが可能となる。また、PZT膜を薄くした状態においても液体噴射が可能となり、製造上の生産性も向上させることが可能となる。
この耐電圧値としては、10V以下では実用には耐えられず、20V程度でもまだ不十分であるが、20Vを大きく越えれば実用領域とみなすことができる。上記の実験結果によると、チタン膜厚が80Å以下になるとPZT膜の耐電圧が格段に向上しているのがわかる。従って、チタン膜厚を80Å以下とすることが望ましく、本発明者らは、上述した実施例においてもチタン膜厚を50Åとしている。
以上の本実施例においては、厚み80Å以下のチタン上に設ける電極材料を白金としているが、これは、白金を含む合金としてよい。本発明者らは酸化珪素層を設けた単結晶珪素基板にチタンを50Å、更に白金70at%-イリジウム30at%の合金をスパッタリング法で連続形成し、酸素雰囲気中で600℃の熱処理を4時間行ってみた。熱処理後のこの合金表面を800倍で顕微鏡観察してみたところ、前記表面の微小突起は全く観察されなかった。前記実施例と同様にPZT膜を形成し耐電圧を測定したところ、70Vという結果が得られ、更に特性の向上がみられた。
また、振動板の材料としても酸化珪素層を設けた単結晶珪素に限られたわけでなく、上述した実施例で挙げられた材料であれば適用可能である。
(実施例6)
第7図は、液室内表面に親水性材料層を形成した液体噴射ヘッドにおける、圧電素子、液室を形成した基板の断面図である。
同図において、701が親水性材料層である。本実施例における製造方法は実施例1に示すものとほぼ同一であるが、保護膜203の形成前に単結晶珪素基板101の異方性エッチングを行い、その後800℃程度の温度で基板101表面を熱酸化することにより、親水性材料層701として酸化珪素を形成する点が実施例1と異なっている。その後、圧電素子側の面に保護膜203を形成する。
親水性材料層701の形成方法としては、SOG(Spin On Glass)法等で振動板103下も覆うように酸化珪素を形成してもよいし、更には、液体噴射ヘッド組立後に親水性材料粒子を混ぜた液体を液体流路や液室を通し、液体流路や液室表面に親水性材料粒子を残すようにしてもよい。
このような構成とした場合、液体に水性インク等の、水をベースとした材料を用いた時、液室や液体流路と液体の濡れ性が向上し、気泡の発生が少なくなる。同時に、第2の基板107にもガラス等の親水性材料を用いれば、更にこの効果は向上する。
(実施例7)
第8図(a)、(b)は、第2の基板107にノズルを形成した液体噴射ヘッドにおける、平面図及び断面図である。
図において、液体流路108を形成した第2の基板107に、ノズル801を形成し、第1の基板101と接合した構成となっている。ノズル801は、エキシマレーザーを照射することにより形成すればよい。
このような構成とすることにより、第8図(a)に示すように液室102を千鳥状に配置し、しかもノズル801を一直線上に配置することが可能となる。従って、ノズル801の配列ピッチを液室102の配列ピッチの半分とすることができ、液室寸法を上述した実施例1と同様に100μmとした場合、ノズル801を400DPI程度の密度で配置することが可能となる。すなわち、ノズル801の更なる高密度化が可能となる。また、一直線上に配置できるので、インク等の液体を紙などの媒体上に記録する場合、ドットずれが起こらず高品位の印字が可能となる。
(実施例8)
第9図は、本発明の液体噴射ヘッドを用いた液体噴射記録装置の概念図である。
図において、複数のノズルを有する液体噴射ヘッド901は、図示しない制御回路と接続されており、この制御回路によって液体噴射ヘッド901が適切に駆動され選択的にインクが噴射されるようになっている。そして、この液体噴射ヘッド901と対向した位置にある記録用紙909上に、文字・画像などの情報がインク滴によるドットの集合体として記録されるように構成されている。
また、液体噴射ヘッド901には、インクを貯蔵しているカートリッジ902が接続形成されており、更にガイドレール903及び送りベルト904がカートリッジ902に接続されている。送りローラ905が回転すると、送りベルト904が駆動され、ガイドレール903に沿って液体噴射ヘッド901及びカートリッジ902が移動する仕組みになっている。
一方、記録用紙909は、挟持ローラ907と紙送りローラ908にりプラテン906に密着するようになっている。液体噴射ヘッド901を主走査方向(ガイドレール903により液体噴射ヘッド901が移動する方向)に走査し、記録を終えたら紙送りローラ908をステップ回転させ、再び液体噴射ヘッド901からインクを噴射し、次の記録を始めるようになっている。
この記録装置は、以上説明してきた液体噴射ヘッドの特徴や効果をそのまま有するものとなる。
本実施例においては、インクが噴射される媒体として記録用紙を用いたが、もちろんこれに限られるわけでなく、布地等であってもよい。また、金属・樹脂・木材等の立体物を用いてもよい。
【産業上の利用可能性】
以上説明したように、本発明の液体噴射ヘッドは、紙・金属・樹脂・布地等の記録媒体上にインクを用いて文字・画像情報を記録する液体噴射記録装置に好適に用いられる。
さらに、小型、高密度、改善された特性という特徴を活かし、小型かつ高性能の液体噴射記録装置に用いられる記録ヘッドとして最適である。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2004-01-27 
出願番号 特願平5-516880
審決分類 P 1 651・ 532- ZA (B41J)
P 1 651・ 533- ZA (B41J)
最終処分 取消  
前審関与審査官 藤本 義仁  
特許庁審判長 小沢 和英
特許庁審判官 津田 俊明
清水 康司
登録日 2002-12-13 
登録番号 特許第3379106号(P3379106)
権利者 セイコーエプソン株式会社
発明の名称 液体噴射ヘッド  
代理人 勝沼 宏仁  
代理人 名塚 聡  
代理人 永井 浩之  
代理人 名塚 聡  
代理人 岡田 淳平  
代理人 岡田 淳平  
代理人 吉武 賢次  
代理人 吉武 賢次  
代理人 勝沼 宏仁  
代理人 永井 浩之  

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