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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B41J
管理番号 1102099
審判番号 不服2002-8079  
総通号数 58 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1995-07-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2002-05-09 
確定日 2004-08-19 
事件の表示 平成 5年特許願第332040号「サーマルプリントヘッド」拒絶査定不服審判事件〔平成 7年 7月25日出願公開、特開平 7-186425〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯・本願発明の認定
本願は平成5年12月27日の出願であって、その請求項1〜3に係る発明(以下「本願発明1」〜「本願発明3」といい、これらをまとめて「本願発明」という。)は、願書に添付した明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲【請求項1】〜【請求項3】に記載されたとおりの次のものと認める。
「【請求項1】 支持基板と、この支持基板上に順に形成された保温層、抵抗体層および電極層をパターニングして形成されてなる抵抗体発熱部と、この抵抗体発熱部を少なくとも覆うように形成されてなる保護被覆層とを有するサーマルプリントヘッドにおいて、
前記電極層と前記抵抗体層とにおける線膨脹率の差および前記電極層と前記保護被覆層とにおける線膨脹率の差をそれぞれ4.5×10-6/deg以下とすることを特徴とするサーマルプリントヘッド。
【請求項2】 支持基板と、この支持基板上に順に形成された保温層、抵抗体層および電極層をパターニングして形成されてなる抵抗体発熱部と、この抵抗体発熱部を少なくとも覆うように形成されてなる保護被覆層とを有するサーマルプリントヘッドにおいて、
前記電極層は、層厚方向に傾斜特性を持つ線膨脹率を有し、前記電極層の最下層部と前記抵抗体層とにおける線膨脹率の差および前記電極層最上部と前記保護被覆層とにおける線膨脹率の差をそれぞれ4.5×10-6/deg以下とすることを特徴とするサーマルプリントヘッド。
【請求項3】 支持基板と、この支持基板上に順に形成された保温層、抵抗体層および電極層をパターニングして形成されてなる抵抗体発熱部と、この抵抗体発熱部を少なくとも覆うように形成されてなる保護被覆層とを有するサーマルプリントヘッドにおいて、
前記電極層は、Ag(銀)、Cu(銅)、Au(金)、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)、W(タングステン)、Ti(チタン)、Al-Mg-Si系、Al-Mg系、Al-Cu系、Al-Si-Cu系合金から選ばれた少なくとも一つの材料、これらの複合材料、またはAl(アルミニウム)と前記材料との複合材料であり、かつ前記電極層の最下層部と前記抵抗体層とにおける線膨脹率の差および前記電極層最上部と前記保護被覆層とにおける線膨脹率の差をそれぞれ4.5×10-6/deg以下とすることを特徴とするサーマルプリントヘッド。」

第2 当審の判断
1.引用刊行物の記載事項及びそこに記載の発明その1
原査定の拒絶の理由に引用された特開昭59-1276号公報(以下「引用例1」という。)には、以下のア〜エの記載がある。
ア.「絶縁性基板と、該絶縁性基板上に形成されたTa-SiO2サーメットの抵抗体薄膜と、該抵抗体薄膜上にCr層、Al層がこの順に密着して形成されてなる電極導体とを有するサーマルヘッド。」(1頁左下欄5〜8行)
イ.「抵抗体薄膜(2)上には電極導体(7)としてCr層(8)およびAl層(9)がこの順で密着して形成されている。・・・電極導体(7)のCr層(8)およびAl層(9)に写真製版蝕刻法などを用いて所望のパターンを形成し、」(2頁左下欄15〜20行)
ウ.「電極導体(7)のAl層(9)上に他の金属材料(たとえばCrやMoなど)の層を設けることにより、Al層(9)と後述する発熱抵抗体(10)の保護膜との密着性を増すようにしてもよい。」(2頁右下欄18行〜3頁左上欄1行)
エ.「発熱抵抗体(10)の周辺には、発熱抵抗体(10)を保護するために、従来と同様にSiO2やSi3N4などからなる酸化防止膜(5)およびSiC、Ta2O5、SiO2、Al2O3、TiC、TaC、BNなどからなる耐摩耗層(6)などの保護膜が形成される。」(3頁左上欄2〜5行)

記載ア〜エを含む引用例1の全記載及び図示によれば、引用例1には次の発明が記載されているものと認定できる。
「絶縁性基板と、前記絶縁性基板上に形成されたTa-SiO2サーメットの抵抗体薄膜と、前記抵抗体薄膜上にCr層、Al層及びCr層若しくは又はMo層がこの順に所望のパターンに形成された電極導体と、
前記電極導体上にSiO2やSi3N4などからなる酸化防止膜及び耐摩耗層がこの順に形成されてなる保護膜を有するサーマルヘッド。」(以下「引用発明1」という。)

2.本願発明と引用発明1との一致点及び相違点の認定
引用発明1の「絶縁性基板」、「抵抗体薄膜」、「電極導体」、「保護膜」及び「サーマルヘッド」は、本願発明の「支持基板」、「抵抗体層」、「電極層」、「保護被覆層」及び「サーマルプリントヘッド」にそれぞれ相当する。
本願発明の「順に形成された保温層、抵抗体層および電極層をパターニングして形成されてなる抵抗体発熱部」との構成について、本願の【図1】〜【図3】には抵抗体層と電極層が同一形状にパターニングされた図が示されており、段落【0011】にも「抵抗体および電極が所定の形状にエッチングする・・・電極層、抵抗体層を1つの大きな層としてとらえ、この2層を、所定の抵抗パターンとなるよう、レジスト配置部分以外の不要部分を、レジスト除去剤を用いてフォトレジストが除去される。」との記載があるが、これら記載又は図示において保温層はパターニングされていないし、保温層をパターニングすることは技術的にも不自然である。そうすると、本願発明の上記構成は、「保温層」と「抵抗体発熱部」が順に形成され、その「抵抗体発熱部」は「抵抗体層および電極層をパターニングして形成されてなる」と解するのが合理的である。引用発明1では抵抗体薄膜上の電極導体がパターニングされて、電極間の抵抗体薄膜を「抵抗体発熱部」としているから、「抵抗体層および電極層をパターニングして形成されてなる抵抗体発熱部」との本願発明の構成を備える。仮に、本願発明においてパターニングされるのが電極層だけでなく抵抗体層を含むと解するとしても、通常のサーマルヘッドでは抵抗体発熱部が複数存し、引用例1第1図及び第2図の紙面垂直方向に抵抗体発熱部が並んでいると解するのが自然である。実際、特開昭54-94347号公報第1図には引用例1第1図及び第2図と同方向から見た図が示されており、同第2図にはその紙面垂直方向断面図が示されているところ、その第2図は本願【図1】〜【図3】同様抵抗体層をもパターニングした図である。したがって、抵抗体層がパターニングされていることが本願発明と引用発明1の相違点になるとしても、進歩性を左右するほどの相違点にはなりえない。なお、ここで述べた解釈は、後記引用発明2との対比においても当てはまるが、そこでは再説しない。
引用発明1において、抵抗体薄膜はTa-SiO2サーメットであり、これは本願の実施例と異ならず(「抵抗体層3がTa-SiO2 膜」(段落【0011】等参照)、本願明細書にはこの線膨張係数について「抵抗体膜層が3.7×10-6/deg」(段落【0012】)と記載されているから、引用発明1の抵抗体薄膜の線膨張係数もそれと同程度と認めることができる。引用発明1において抵抗体薄膜と接する「電極導体」はCr層であるが、本願明細書の「電極層5が第1電極層5aとしてCr膜で、・・・第3電極層5cとしてCr膜」(段落【0013】)及び「第1および第3電極層のCr膜が4.9×10-6/deg」(段落【0014】)と記載があることからみて、引用発明1のCr層の線膨張係数は4.9×10-6/deg程度と認めることができる。そうすると、引用発明1において、電極導体(電極層)の最下層部と抵抗体薄膜(抵抗体層)とにおける線膨脹率の差が4.5×10-6/deg以下であることは明らかである。
引用発明1において保護膜と接する「電極導体」はCr層又はMo層であるが、Cr層の線膨張係数は上記のとおり4.9×10-6/deg程度である。また、本願明細書に「実施例1・・・電極層5がMo膜」(段落【0011】)及び「実施例1における各層の線膨脹率は、・・・単層構造の電極層が4.8×10-6/deg」(段落【0012】)と記載があることからすると、引用発明1のMo層の線膨張係数は4.8×10-6/deg程度と認めることができる。他方、引用発明1において電極導体と接する保護膜はSiO2やSi3N4である。これらSiO2やSi3N4の線膨張係数がCr層又はMo層のそれを4.5×10-6/deg以上上回ったり下回ったりするとは考えられない(例えば、特開昭62-66951号公報のSi3N4の熱膨張率(線膨張係数と同義と認める。)が2〜3×10-6/℃であると記載されている。)。すなわち、引用発明1において、電極導体(電極層)最上部と保護膜(保護被覆層)とにおける線膨脹率の差が4.5×10-6/deg以下であることは明らかである。
また、本願発明1の「電極層」を単層と解さなければならない理由はなく、複層の場合、抵抗体層とにおける線膨脹率の差はその最下層部について、同じく保護被覆層とにおける線膨脹率の差はその最上部について規定するものと解すべきである。
さらに、引用発明1の「電極導体」は、抵抗体薄膜側から順にCr-Al-Cr(若しくはMo)の構成であるから、本願発明2の「電極層は、層厚方向に傾斜特性を持つ線膨脹率を有し、」との構成、及び本願発明3の「電極層は、Ag(銀)、Cu(銅)、Au(金)、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)、W(タングステン)、Ti(チタン)、Al-Mg-Si系、Al-Mg系、Al-Cu系、Al-Si-Cu系合金から選ばれた少なくとも一つの材料、これらの複合材料、またはAl(アルミニウム)と前記材料との複合材料であり、」との構成をも満たす。
したがって、本願発明1と引用発明1とは、
「支持基板と、この支持基板上に形成された抵抗体層および電極層をパターニングして形成されてなる抵抗体発熱部と、この抵抗体発熱部を少なくとも覆うように形成されてなる保護被覆層とを有するサーマルプリントヘッドにおいて、
前記電極層と前記抵抗体層とにおける線膨脹率の差および前記電極層と前記保護被覆層とにおける線膨脹率の差をそれぞれ4.5×10-6/deg以下とすることを特徴とするサーマルプリントヘッド。」である点で一致し、
同じく本願発明2と引用発明1とは、
「支持基板と、この支持基板上に形成された抵抗体層および電極層をパターニングして形成されてなる抵抗体発熱部と、この抵抗体発熱部を少なくとも覆うように形成されてなる保護被覆層とを有するサーマルプリントヘッドにおいて、
前記電極層は、層厚方向に傾斜特性を持つ線膨脹率を有し、前記電極層の最下層部と前記抵抗体層とにおける線膨脹率の差および前記電極層最上部と前記保護被覆層とにおける線膨脹率の差をそれぞれ4.5×10-6/deg以下とすることを特徴とするサーマルプリントヘッド。」である点で一致し、
同じく本願発明3と引用発明1とは、
「支持基板と、この支持基板上に形成された抵抗体層および電極層をパターニングして形成されてなる抵抗体発熱部と、この抵抗体発熱部を少なくとも覆うように形成されてなる保護被覆層とを有するサーマルプリントヘッドにおいて、
前記電極層は、Ag(銀)、Cu(銅)、Au(金)、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)、W(タングステン)、Ti(チタン)、Al-Mg-Si系、Al-Mg系、Al-Cu系、Al-Si-Cu系合金から選ばれた少なくとも一つの材料、これらの複合材料、またはAl(アルミニウム)と前記材料との複合材料であり、かつ前記電極層の最下層部と前記抵抗体層とにおける線膨脹率の差および前記電極層最上部と前記保護被覆層とにおける線膨脹率の差をそれぞれ4.5×10-6/deg以下とすることを特徴とするサーマルプリントヘッド。」である点で一致し、本願発明と引用発明1とは次の点で相違する。
〈相違点1〉本願発明の抵抗体発熱部は、支持基板と抵抗体発熱部(抵抗体層)の間に保温層を形成したものであるのに対し、引用発明1が保温層を有するとはいえない点。
請求人は、「引用文献1(審決注;引用例1)記載の発明では、抵抗体薄膜と電極導体間では接触抵抗の低減を目的とし、電極導体と保護層間では密着性の向上を目的として、それぞれに層を配置しており、統一された目的はない。・・・引用文献1記載の発明には、線膨張率の差に着目して層の離層を防止するという技術的思想について記載も示唆もなく、また、電極層と保護層間および電極層と抵抗体層間の双方における線膨張率の差を所定値以下に抑えることについても記載も示唆もされていない。」(平成14年 8月21日付け手続補正書(方式)5頁6〜18行)と主張するが、本願発明と引用発明1の一致点を論ずるに当たり、本願発明と引用発明1の構成に一致する部分があればその構成は一致点となり、その構成を採用した目的が同一あるかどうかは関係がない。目的の相違は、本願発明と引用発明1の相違点を克服するに当たり、克服が困難となる可能性があるにとどまる(本件はそのようなケースではない。)。したがって、請求人の上記主張は採用できない。

3.相違点1についての判断及び本願発明の進歩性の判断その1
サーマルヘッドにおいて、支持基板と抵抗体層の間に保温層を形成することは周知である(例えば後掲引用例2を参照。後記のとおり「グレーズ層」は「保温層」に相当する。)。そして、引用発明1にこの周知技術を適用できない理由はないから、相違点1に係る本願発明の構成をなすことは設計事項程度である。
また、相違点1に係る本願発明の構成を採用したことによる格別の作用効果を認めることもできない。
したがって、本願発明1〜本願発明3は引用発明1及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4.引用刊行物の記載事項及びそこに記載の発明その2
原査定の拒絶の理由に引用された特開昭62-202754号公報(以下「引用例2」という。)には、以下のオ〜ケの記載又は図示がある。
オ.「熱絶縁層を有する下地基板に、高融点金属と硅素と窒素と酸素とを主成分とする発熱抵抗体薄膜を設け、その表面に耐摩耗性保護膜を形成し、さらに前記抵抗体に電力供給用電極を接続した、薄膜型サーマルヘッド。」(1頁左下欄5〜9行)
カ.「本発明の薄膜型サーマルヘッドの構成の概要は第1図に示されている。図中1はグレーズドセラミック基板であり、その表面にグレーズ層2が形成される。・・・グレーズ層2の上には例えば公知のスパッタ法により本発明の薄膜抵抗発熱体3が成膜され、さらに電力供給用電極(Ni、Cr、Al等、特にAl)4が蒸着またはスパッタなどで成膜され、最後に公知の耐摩耗性保護膜(例えばSi-O系、Ta2O5、SiC系等)6がスパッタ法等で成膜される。」(2頁左下欄14〜右下欄5行)
キ.「M、Si、O、Nの少なくとも2種を含有する耐摩耗保護層6を選択すれば、本発明の発熱抵抗体は耐摩耗保護層に良くなじみ、また熱膨張係数の差が少なくなり好ましい。」(3頁左上欄7〜10行)
ク.「耐摩耗保護膜にMo、Si、O、Nの少なくても3種を含有した材料を用いれば、相互間のなじみが良くなって密着性が向上し、熱衝撃等に強くなり、クラック・剥離等の発生が抑制される。」(3頁左下欄14〜17行)
ケ.第2図には、下から順にグレーズドセラミック基板1、グレーズ層2、発熱抵抗体3、電力供給用電極4及び耐摩耗性保護膜8が形成され、電力供給用電極4がパターニングされた図が示されている。

記載又は図示オ〜ケを含む引用例2の全記載及び図示によれば、引用例2には次の発明が記載されているものと認定できる。
「下地基板にグレーズ層、発熱抵抗体薄膜、電力供給用電極及び耐摩耗性保護膜がこの順に形成され、前記電力供給用電極はNi、Cr、Al等からなりかつパターニングされており、前記発熱抵抗体薄膜は高融点金属と硅素と窒素と酸素とを主成分とする、薄膜型サーマルヘッド。」(以下「引用発明2」という。)

5.本願発明と引用発明2との一致点及び相違点の認定
引用発明2の「下地基板」、「グレーズ層」、「発熱抵抗体薄膜」、「電力供給用電極」及び「耐摩耗性保護膜」は、本願発明の「支持基板」、「保温層」、「抵抗体層」、「電極層」を「保護被覆層」にそれぞれ相当し、引用発明2は「保温層、抵抗体層および電極層をパターニングして形成されてなる抵抗体発熱部」を有するといえる。
したがって、本願発明と引用発明2とは、
「支持基板と、この支持基板上に順に形成された保温層、抵抗体層および電極層をパターニングして形成されてなる抵抗体発熱部と、この抵抗体発熱部を少なくとも覆うように形成されてなる保護被覆層とを有するサーマルプリントヘッド。」である点で一致し、以下の点で相違する。
〈相違点2〉本願発明1では「前記電極層と前記抵抗体層とにおける線膨脹率の差および前記電極層と前記保護被覆層とにおける線膨脹率の差をそれぞれ4.5×10-6/deg以下」であるのに対し、引用発明2ではその点明らかでない点。
〈相違点3〉本願発明2では「前記電極層は、層厚方向に傾斜特性を持つ線膨脹率を有し、前記電極層の最下層部と前記抵抗体層とにおける線膨脹率の差および前記電極層最上部と前記保護被覆層とにおける線膨脹率の差をそれぞれ4.5×10-6/deg以下」であるのに対し、引用発明2の「電力供給用電極」はNi、Cr、Al等からなるだけであり「層厚方向に傾斜特性を持つ」とはいえず、発熱抵抗体薄膜、電力供給用電極及び耐摩耗性保護膜の線膨張係数の関係がどうなっているのか明らかでない点。
〈相違点4〉本願発明3では「前記電極層は、Ag(銀)、Cu(銅)、Au(金)、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)、W(タングステン)、Ti(チタン)、Al-Mg-Si系、Al-Mg系、Al-Cu系、Al-Si-Cu系合金から選ばれた少なくとも一つの材料、これらの複合材料、またはAl(アルミニウム)と前記材料との複合材料であり、かつ前記電極層の最下層部と前記抵抗体層とにおける線膨脹率の差および前記電極層最上部と前記保護被覆層とにおける線膨脹率の差をそれぞれ4.5×10-6/deg以下」であるのに対し、引用発明2の「電力供給用電極」は本願発明のものと一部重複するものの、発熱抵抗体薄膜、電力供給用電極及び耐摩耗性保護膜の線膨張係数の関係がどうなっているのか明らかでない点。

6.相違点2の判断及び本願発明1の進歩性の判断その2
引用例2の記載キ,クには、発熱抵抗体(抵抗体層)と耐摩耗保護層(保護被覆層)の関係ではあるが、両者の熱膨張係数(線膨張係数と同義と認める。)の差を少なくすることができ、密着性が向上し、熱衝撃等に強くなり、クラック・剥離等の発生が抑制されることが記載されている(記載キの「M」は「Mo」の誤記と認める。)。ところで、サーマルヘッドとは発熱抵抗体を発熱させて使用するものであるから、引用発明2の各層又は膜の積層順を考慮すれば、密着性、クラック・剥離等の発生を考慮すべき対象が発熱抵抗体と耐摩耗保護層間だけではなく、発熱抵抗体と電力供給用電極間、及び電力供給用電極及び耐摩耗保護層間にも及ぶことは当業者であれば直ちに看取できるところであるし、現実にもこれら層又は膜間の線膨張係数の差を小さくすることの必要性は特開平5-38832号公報及び前掲特開昭54-94347号公報にも記載されているから周知といいうる(傍論であるが、本願発明1及び本願発明2は、特開昭54-94347号公報記載の発明そのものである。)。
しかも、サーマルヘッドを構成する、抵抗体層、電極層及び保護被覆層のうち、通常最も線膨張係数が大きいものは電極層であるが、引用発明2の電極用金属として例示されているCrの線膨張係数は、2.で述べたとおり4.9×10-6/deg程度と相当程度小さいものであり、しかも、引用発明2の実施例では記載キにあるとおり、発熱抵抗体と耐摩耗保護層の線膨張係数の差を少なくされているのだから、発熱抵抗体と電力供給用電極の線膨張係数の差、及び電力供給用電極と耐摩耗保護層間の線膨張係数の差を小さくして4.5×10-6/deg以下とすることに困難性があるとはいえない。
百歩譲って、引用発明2の電極にCrを採用したとしても、引用発明2の発熱抵抗体と耐摩耗保護層では、発熱抵抗体と電力供給用電極の線膨張係数の差、及び電力供給用電極と耐摩耗保護層間の線膨張係数の差を4.5×10-6/deg以下にできないとしても、発熱抵抗体や耐摩耗保護層は引用例2に例示されるものだけではないし、電極も引用例2に例示されるNi、Cr、Alに限られない。本願発明の実施例として記載されているのは、抵抗体層はTa-SiO2膜、電極層はMo膜(実施例1)及びCr-Al-Cr膜(実施例2)、並びに保護被覆層はSi3N4-44mol SiO2膜であるが、これら実施例のものの線膨張係数と同程度の抵抗体層、電極層及び保護被覆層は個別にはすべて周知である。そうであれば、発熱抵抗体と電力供給用電極の線膨張係数の差、及び電力供給用電極と耐摩耗保護層間の線膨張係数の差が密着性、クラック・剥離等の発生等の点から問題のない程度に、4.5×10-6/deg以下とすることに技術上の問題がないことは明らかである。
以上のとおりであるから、相違点2に係る本願発明1の構成をなすことは当業者が容易に想到できたことである。また、相違点2に係る本願発明1の構成を採用したことによる格別の作用効果を認めることもできない。
したがって、本願発明1は引用発明2及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

7.相違点3の判断及び本願発明2の進歩性の判断その2
引用発明2を出発点として、発熱抵抗体と電力供給用電極の線膨張係数の差、及び電力供給用電極と耐摩耗保護層間の線膨張係数の差を小さくして4.5×10-6/deg以下とすることが容易であることは6.で述べたとおりである。
引用例2には、電極としてNi、Cr、Alが例示されており、特にAlが推奨されている。しかし、Alの線膨張係数が大きいことは技術常識である。ここで、発熱抵抗体と電力供給用電極の線膨張係数の差、及び電力供給用電極と耐摩耗保護層間の線膨張係数の差を小さくする上で問題となるのは、発熱抵抗体及び耐摩耗保護層と接する部分の電力供給用電極の線膨張係数であり、他方電力供給用電極を単層としなければならない理由はない。実際、引用発明1ではCr-Al-Cr(又はMo)の3層構成が採用されている。そうであれば、引用例2において電極材料として最も推奨されているAlを主たる電極材料とし、その両側に発熱抵抗体と電力供給用電極の線膨張係数の差、及び電力供給用電極と耐摩耗保護層間の線膨張係数の差を小さくできるような材料(引用発明1同様CrやMoでよい。特にCrは引用例2に例示されているのだから、当業者が採用することを妨げる理由は全くない。)を配して、相違点3に係る本願発明1の構成をなすことは当業者が容易に想到できたことである。また、相違点3に係る本願発明2の構成を採用したことによる格別の作用効果を認めることもできない。
したがって、本願発明2は引用発明2及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

8.相違点4の判断及び本願発明3の進歩性の判断その2
引用発明2を出発点として、発熱抵抗体と電力供給用電極の線膨張係数の差、及び電力供給用電極と耐摩耗保護層間の線膨張係数の差を小さくして4.5×10-6/deg以下とすることが容易であることは6.で述べたとおりである。
そして、その電極材料を「Ag(銀)、Cu(銅)、Au(金)、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)、W(タングステン)、Ti(チタン)、Al-Mg-Si系、Al-Mg系、Al-Cu系、Al-Si-Cu系合金から選ばれた少なくとも一つの材料、これらの複合材料、またはAl(アルミニウム)と前記材料との複合材料」とすることに技術的問題があると解すべき理由はない。ここに例示された材料中Cr(クロム)は引用例2にも例示されているのだからなおさらである。すなわち、相違点4に係る本願発明3の構成をなすことは当業者が容易に想到できたことである。また、相違点4に係る本願発明3の構成を採用したことによる格別の作用効果を認めることもできない。
したがって、本願発明3は引用発明2及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

第3 むすび
以上のとおり、本願発明1〜本願発明3は特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから、本願は拒絶を免れない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2004-06-17 
結審通知日 2004-06-22 
審決日 2004-07-05 
出願番号 特願平5-332040
審決分類 P 1 8・ 121- Z (B41J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 藤本 義仁  
特許庁審判長 小沢 和英
特許庁審判官 津田 俊明
番場 得造
発明の名称 サーマルプリントヘッド  
代理人 須山 佐一  

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