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審決分類 審判 全部無効 1項3号刊行物記載 無効としない C25D
審判 全部無効 2項進歩性 無効としない C25D
管理番号 1114466
審判番号 無効2001-35531  
総通号数 65 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1986-10-03 
種別 無効の審決 
審判請求日 2001-12-07 
確定日 2005-03-22 
事件の表示 上記当事者間の特許第1608128号発明「表面処理鋼板」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 [1]手続の経緯
本件特許第1608128号は、昭和60年3月29日に出願され、平成1年11月17日に特公平1-54437号として出願公告され、平成3年6月13日に特許権の設定の登録がなされ、その特許について、平成13年12月7日付で新日本製鐵株式会社から無効審判の請求がなされたものである。
当事者の提出した書面は次のとおりである。
請求人(新日本製鐵株式会社)の提出書面
平成13年12月7日付審判請求書
平成14年5月27日付弁ぱく書
平成14年7月16日付口頭審理陳述要領書
平成14年8月30日付上申書
被請求人(日本鋼管株式会社)の提出書面
平成14年3月15日答弁書
平成14年7月5日付口頭審理陳述要領書
平成14年8月16日付上申書
平成14年9月17日付上申書


[2]当事者の主張並びに証拠方法
1.請求人の主張及び証拠方法
審判請求書、弁ぱく書の記載及び平成14年7月16日に行われた口頭審理における請求人の陳述によれば、本件審判請求の趣旨は、「本件特許第1608128号の明細書の特許請求の範囲に記載された発明に係る特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。との審決を求める。」というものである。
そして、請求人は、無効理由として、
「特許第1608128号の明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲に記載された特許発明(以下「本件発明」という。)は、本件特許に係る出願の出願前に頒布された刊行物である甲第1号証に記載された発明と同一の発明であって、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものであり、また、本件発明は、本件特許に係る出願の出願前に頒布された刊行物である甲第1〜8号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた発明であって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件発明に係る特許は、特許法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきものである。」
旨主張し、証拠方法として、次に示す甲第1〜9号証及び参考資料1〜14を提出している。
(なお、請求人は口頭審理において、甲第9号証(特開昭60-197884号公報)を参考資料8に読み替えることを同意したが、平成14年8月30日付上申書と共に特公昭43-12246号公報が参考資料8として提出されたので、証拠の混同を避けるため、以下、特開昭60-197884号公報を甲第9号証として、また、特公昭43-12246号公報を参考資料8として扱う。)

(1)甲第1号証;特開昭60-17099号公報
(2)甲第2号証;特開昭57-200592号公報
(3)甲第3号証;改訂2版金属データブック(昭和59年1月30日、平成2年4月30日第3刷、丸善株式会社発行)9頁
(4)甲第4号証;特開昭52-150749号公報
(5)甲第5号証;特開昭58-161794号公報
(6)甲第6号証;特開昭60-29484号公報
(7)甲第7号証;特開昭60-33362号公報
(8)甲第8号証;特開昭60-33384号公報
(9)甲第9号証;特開昭60-197884号公報
(10)参考資料1;(甲第1号証に同じ)
(11)参考資料2;特開昭60-208494号公報
(12)参考資料3;FIRST INTERNATIONAL TINPLATE CONFERENCE、LONDON、October 5th-8th、1976、「WOOD GRAIN ON TINPLATE-HOW IT DEVELOPS AND HOW ITCAN BE AVOIDED」
(13)参考資料4;特公昭54-20940号公報
(14)参考資料5;特公昭56-47269号公報
(15)参考資料6;特願昭59-063883号の特許異議の決定
(16)参考資料7;昭和62年特許出願公告第54399号(昭和59年特許願第63883号)に対する特許異議申立書
(17)参考資料8;特公昭43-12246号公報
(18)参考資料9;「鉄と鋼71(1985)、’85-S1247」
(19)参考資料10;「J.Iron&Steel Inst.(London),133,225(1936)」
(20)参考資料11;特許異議申立書と特許異議申立理由および証拠補充書
(21)参考資料12;特開昭60-184688号公報
(22)参考資料13;特許異議答弁書
(23)参考資料14;「川崎製鉄技報第16巻(1984)第4号、81〜87頁」(被請求人提出の参考資料3に同じ。)
(24)参考図面

2.被請求人の主張
答弁書、口頭審理陳述要領書の記載及び口頭審理における被請求人の陳述によれば、答弁の趣旨は、「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める。」というものであり、そして、被請求人は、証拠方法として、乙第1号証(「第3版 鉄鋼便覧VI 二次加工・表面処理・熱処理・溶接」(昭和57年5月31日 丸善株式会社発行)第401〜408頁)、参考資料1(「ぶりきとティンフリー・スチール」(1974年5月10日株式会社アグネ発行)、第226頁〜229頁、第254頁、第225頁)、参考資料2(「日本鉄鋼全書(第10巻)ブリキ」(昭和36年2月15日株式会社鉄鋼と金属社発行)第222頁〜第226頁)、参考資料3(「川崎製鉄技報第16巻(1984年)第4号」(1984年4月発行)第81頁〜第87頁。請求人提出の参考資料14に同じ。)を提出している。

3.甲各号証及び参考資料
請求人の提出した甲第1〜9号証及び参考資料1〜14の記載事項等は、次のとおりである。
(1)甲第1号証
記載事項(1a);
「鋼板上に重量比にてNi/(Fe+Ni)=0.02〜0.50の範囲の組成を有する厚さ10〜5000Åの鉄-ニッケル合金から成る第1層を形成する段階と、前記第1層上に0.1〜1g/m2の範囲の錫めっきを施した後熔錫処理により鉄-錫-ニッケル合金を含む第2層を形成する段階と、前記第2層上に電解クロメート処理によりクロム換算にて5〜20mg/m2の範囲の金属クロムとクロム水和酸化物から成る第3層を形成する段階と、を有して成ることを特徴とする電気抵抗溶接用表面処理鋼板の製造方法。」(8頁右上欄2〜11行)
記載事項(1b);
「電気抵抗溶接に適する缶用素材が具備すべき要件としては溶接性と塗装後の耐食性がすぐれたものであることが要求される。この要件を具体的に説明すると、溶接の際に十分の溶接強度があり、しかも溶接部にいわゆる「散り」などの溶接欠陥を生じない適正溶接電流範囲を有し、缶内容物に対して塗装して用いた場合、塗膜の有する耐食性を十分生かすことができる塗膜の密着性を有し、更に不可避的に生ずる塗膜欠陥部においては、素材自体のすぐれた耐食性によって腐食を防止できるものでなければならない。本発明の目的は、溶接缶用素材の上記従来の欠点を解消し、上記溶接缶用素材として具備すべき要件を兼備する食缶用素材を提供するにある。」(2頁右上欄5〜18行)
記載事項(1c);
「本発明によれば、鋼板表面に先ず鉄とニッケルとの合金から成る第1層を形成し、この第1層上に錫めっきを施した後溶錫処理により残留した錫のある、もしくは錫のない鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層を形成し、更に第2層上に電解クロメート処理によって金属クロムとクロム水和酸化物から成る第3層を形成する方法である。」(3頁左上欄13〜19行、及び、7頁左下欄10〜14行)
記載事項(1d);
「鉄-ニッケル合金層は、それ自体耐食性にすぐれたものであり、本発明による耐食性の向上にはこの第1層の耐食性がすぐれていることの寄与がある。しかし、第1層上に更に錫めっきを施した後溶錫処理により残留した錫のある、もしくは錫のない鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層を形成することにより、緻密な鉄-錫-ニッケル合金層によって第1層および地鉄を完全に被覆することによる耐食性の向上効果は一層すぐれたものとなる。」(3頁右上欄13行〜左下欄1行、及び、7頁左下欄15〜18行)
記載事項(1e);
「第2図の電子顕微鏡写真は耐食性の良い薄目付ぶりきの鉄-錫-ニッケル合金層の組織を示す。この耐食性の向上効果が、第1層の組成が重量比でNi/(Fe+Ni)=0.02〜0.50の場合に最適であることが判明した。Ni/(Fe+Ni)の下限を0.02としたのは、0.02未満では上記の耐食性の向上効果が顕著に現れず、上限を0.50としたのは0.50を越すと溶錫処理時の鉄-錫-ニッケル合金が疎な結晶となり、地鉄に対する被覆率が低下し、耐食性が不十分となるからである。」(3頁左下欄1〜11行)
記載事項(1f);
「而してこの第1層の厚さを10〜5000Åと限定したのは、10Å未満の厚さでは上記耐食性向上効果が顕著に現れず、また5000Åを越す厚さでは鉄-ニッケル合金は硬く脆いので缶胴のフランジ加工、ビード加工時に鉄-ニッケル合金層に亀裂を生じ、地鉄を露出し耐食性を害するからである。」(3頁左下欄15行〜右下欄1行)
記載事項(1g);
「上記錫めっきを施した後、溶錫処理により残留錫のある、もしくはない鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層を形成する。溶錫処理は、通電抵抗加熱、高周波加熱、外部加熱等いずれの方式を用いてもよく、必要な品質を得ることができる。」(4頁左上欄4〜8行、及び、7頁右下欄3〜7行)
記載事項(1h);
「溶錫処理によって形成される鉄-錫-ニッケル合金層は上記付着量の限定範囲内では必要かつ十分な量が形成されるのであって、錫付着量が0.1〜1g/m2の範囲内においては、錫めっき層の一部もしくは全部を合金化しても溶接性、耐食性には影響を生じない。
上記形成された鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層上に更に電解クロメート処理により金属クロムとクロム水和酸化膜から成る第3層を形成する。この第3層は最上層となるもので塗料との密着性を維持するために必要であるが、余り厚い場合には溶接性を害する。・・・本発明においては形成される金属クロムとクロム水和酸化膜の和をクロム換算で5〜20mg/m2の範囲に限定した。その理由は、5mg/m2未満の場合には塗料の密着性が不十分であり、・・・また20mg/m2を越して厚くなるとクロメート被膜は高抵抗であることから良好な溶接性を得ることができないからである。従って本発明により形成するクロメート被膜の第3層はクロム換算にて5〜20mg/m2の範囲に限定した。特に好ましき範囲としては7〜15mg/m2である。」(4頁左上欄15行〜左下欄3行)
記載事項(1j);
「本発明による電気抵抗溶接用表面処理鋼板は、鋼板上に鉄-ニッケル合金から成る第1層を形成し、その上に錫めっきを施し溶錫処理することにより残留錫のある、もしくはない鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層を形成し、更に該第2層上に電解クロメート処理によるクロメート被膜の第3層を形成して多層構成の表面構造を形成し、しかも第1層の成分組成ならびに厚さ、第2、第3の付着量を厳密に限定制御したので、その溶接性および塗装後の耐食性はきわめてすぐれており、塗膜の密着性にもすぐれ、本発明者らが、先に挙げた溶接缶用素材の具備すべき要件をすべて兼ね備えた溶接食缶用表面処理鋼板を提供することができた。」(6頁左下欄8行〜右下欄1行、及び、8頁左上欄9〜12行)
記載事項(1k);
「しかし通常の方法で製造したぶりきでは第1図の電子顕微鏡写真より明らかな如く、合金層が隙間が多く、そのため地鉄を保護する作用に乏しいことが明らかになった。」(2頁右下欄7〜10行)
(2)甲第2号証
記載事項(2a);
「しかるに、省資源の見地から錫目付量が大幅に少ないぶりき(錫めっき厚 片面0.2μ以下)を溶接缶用材料として用いることが要望されているが、この場合耐錆性が著しく劣化するので問題である。耐錆性が劣化する理由は次の通りである。ぶりきは通常リフロー工程を経て製造されるが、・・・錫目付量のすくないぶりきでは・・・錫を溶融することにより表面光沢と錫-鉄界面に合金層を生成せしめて耐錆性を向上させることに意味がある。しかし、目付量の少ないぶりきはリフローを行うと、錫層に多くのピンホールを発生させるだけでなく、合金の不均一な成長によりめっき層表層に部分的に合金が露出する。・・・錫めっき厚が0.2μ以下では・・・めっき層の欠陥が増大することがわかる。大気中のような中性環境では錫は鉄に対し貴な電位を示し、鉄の溶解を促進するので、このような欠陥が多いと非常に錆を生じ易く、耐錆性は劣化する。錆を生じた場合、外観を損うばかりではなく、塗装性、塗装後の耐食性、溶接性を害する。」(1頁右下欄6行〜2頁左上欄15行)
記載事項(2b);
「本発明は、鋼板の焼鈍前にニッケルめっきを施し、めっきされたニッケルの少なくとも一部を熱処理により素地鋼中へ拡散浸透させ、この後に錫めっきを施し、リフロー処理することにより、緻密な鉄-錫合金層と均一な錫層が形成され、このようにして得られる鋼板は従来より少ない錫付着量でも耐錆性が優れ、同時に溶接性、塗装性に優れた性質を有するという新たな知見に基づくものである。」(2頁右上欄16行〜左下欄4行)
記載事項(2c);
「本発明による表面処理鋼板の塗装性は同じめっき厚さのぶりきより優れている。その理由は、最上層の錫層は極めて均一であり、合金の露出もなく、最表面にはリフロー時に形成された錫の酸化物が均一に存在するからである。」(3頁左下欄3〜7行)
(3)甲第3号証
9頁「1・2・3 元素の密度」には、元素の密度について記載されている。
(4)甲第4号証
1頁右下欄8〜12行、2頁右上欄4〜10行、4頁左下欄2行〜右下欄10行には、塗装鋼板におけるフイリフォーム腐食とその評価試験法について記載されている。
(5)甲第5号証
3頁左上欄16行〜右上欄3行、同頁右上欄17行〜左下欄3行、同頁左下欄9〜12行には、一般食缶における塗装耐食性テスト、特に、耐硫化黒変テスト、について記載されている。
(6)甲第6号証
5頁右上欄15行〜左下欄3行、同頁左下欄10〜20行には、耐硫化黒変テスト、耐糸錆テストとその評価について記載されている。
(7)甲第7号証
3頁右上欄下から3行〜左下欄8行には、「溶錫処理を行う場合、Snメッキ量が片面当たり100mg/m2以下では、Sn層と下地との合金化により、光沢はあるが黒ずんだ外観となり、純Sn層がなくなる。・・・これに対して、100mg/m2以上のSnメッキ量であれば、溶錫処理後も、純Sn層が均一に残るため、鏡面光沢に近い外観となり・・・」と記載されるとともに、7頁右下欄6行〜8頁9行、8頁右上欄3〜13行には、塗膜下腐食試験、耐硫化黒変性及びその評価について記載されている。
(8)甲第8号証
9頁左上欄9行〜右上欄7行、同頁左下欄1〜11行には、塗膜下腐食試験、耐硫化黒変性及びその評価について記載されている。
(9)甲第9号証
4頁左上欄1〜13行には、耐硫化黒変性及びフイリーフォーム試験について記載されている。
(10)参考資料1(甲第1号証と同じにつき、内容省略。)
(11)参考資料2
3頁右下欄下から5行〜4頁左上欄11行には、シーム溶接缶用表面処理鋼板において、「金属錫を凸状もしくは凸凹状に分散して存在させる方法としては、例えば、
(1)任意の形状の・・・凸凹状に錫を電着させる方法
(2)平坦に電気錫めっきを施した後、フラックス(・・・)を表面に任意の分布状態に塗布した後、溶錫処理を行い、フラックスが塗布された所と塗布されていないところの溶融錫濡れ性の差を利用して、凸状もしくは凸凹状に錫を凝集凝固させる方法(3)表面に溶融錫の濡れに対する不活性化処理(Niの拡散処理等)を施した後、平坦に電気錫めっきを施し、溶錫処理を行い、錫を凝集凝固させる方法
等がある。」と記載されている。
(12)参考資料3
83頁要約の欄には、木目(84頁Fig2参照)模様は、少量の錫めっき(例えば、2.8g/m2以下)の場合に生成すること、また、錫の流れは、錫の表面張力、電解析出錫層の組織、溶融錫と鋼板表面間の境界表面張力のような種々のファクターに依存することが記載されている。
(13)参考資料4
「鋼板の表面に、Ni,CuおよびNi-Snのうち、いずれか一種類を厚さ0.005〜0.5μmの範囲で前めっきし、この鋼板を非酸化性雰囲気中において前めっき金属または合金成分が鋼板中に浸透拡散しめっき層としては実質的に消失するまで加熱し、その後に錫めっきを施すことを特徴とする高耐食性電気ブリキの製造法。」(特許請求の範囲))、「2.リフローを行なう電気ブリキの場合・・・めっき錫層の加熱溶融処理の結果として錫-拡散浸透層の界面に形成される新しい合金層は、模式的に第1図aで断面図を、また第2図aで10,000倍電子顕微鏡写真図をもって示されるようにきわめて微細かつ緻密に鋼板を被覆する。・・・しかるにめっき金属又は合金成分が事実上消失したと識別できぬ程度に残存している場合には、めっき錫層と素地鋼板との界面には第1図bに示されるように微細かつ緻密な合金層の上にルーズな組織の別な合金層が形成される。この合金はSnならびにめっき金属を成分に含む合金で、こすると容易に脱落する。」(2頁4欄27行〜3頁5欄4行)と記載されている。
(14)参考資料5
「光沢を付与された錫メッキ鋼板において、該鋼板面上の錫の一部を鉄錫合金として該鋼板面上に分散露出せしめ、かつ一部を表面錫として残存せしめた表面構造を有するもので、該表面における前記露出合金層の占める割合が全表面積に対し30%以上を占める塗料に対する付着力良好な錫メッキ鋼板。」(特許請求の範囲)が記載されている。
(15)参考資料6(特願昭59-063883号についての特許異議の決定の写しであり、その内容は省略。)
(16)参考資料7(昭和62年特許出願公告第54399号(昭和59年特許願第63883号)に対する特許異議申立書の写しであり、その内容は省略。)
(17)参考資料8
電解ブリキ板の耐食性を測定するATC(合金錫結合)試験について、「ATC試験では、試験パネルから「遊離」の錫層、すなわち、鉄と合金しなかった錫が剥離されて鋼ベースをおおっている鉄-錫合金を露出する。」(1頁右欄下から5〜2行)と記載されている。
(18)参考資料9
ニッケルを下地処理した極薄錫めっき鋼板の脱錫前後のめっき被膜の表面について、「空焼後の脱錫前後のめっき被膜の表面をphoto1に、その断面推定をFig.1に示す。photo1の(a)に白く島状に認められる約5〜6μmの物質がFreeSnであり、脱錫後は粒状の合金錫の集合体として観察される。」(43[’85-S1247]頁22〜25行)と記載されている。
(19)参考資料10
「単位体積当たり約3オンスの合金化錫を保持する全ての試験片は、亜鉛酸ナトリウム、または、電解法で脱錫処理した後、典型的な斑模様を示した(Fig.3,プレートXVIII.参照)」(232p1〜4行)と記載されている。
(20)参考資料11(本件特許に係る出願が出願公告された際の、特許異議申立書、特許異議申立理由および証拠補充書であり、その内容は省略。)
(21)参考資料12(本件特許に係る出願が出願公告された際に、特許異議申立書人が証拠として提出した刊行物(特開昭60-184688号公報)であり、その内容は省略。)
(22)参考資料13(本件特許に係る出願が出願公告された際の特許異議申立に対して、出願人(本件の被請求人)が提出した特許異議答弁書であり、その内容は省略。)
(23)参考資料14
「Ni拡散処理法による溶接缶用薄目付ブリキ「リバーウェルト」を開発した。これは、ニッケルめっきを行った鋼板を連続焼鈍して得られるNi拡散層を生成させた原板に錫めっきおよびリフロー処理で錫の一部の合金化を図った後、特殊クロメート皮膜を形成させたものである。Ni拡散層は錫と鋼板の電位差を小さくし、かつ均一で緻密なFe(Ni)-Sn合金層を形成することにより耐食性を改善する。リバーウェルトは塗装焼付後に十分な量の金属錫が残るので良好な溶接性を有し、金属クロムとクロム酸化物から成る特殊クロメート皮膜によってすぐれた塗料密着性を有する。」(81頁要旨の欄参照)、「めっき皮膜を各種分析装置により調査した結果からは、めっき皮膜はFig.3に示すように地鉄側から連続焼鈍で形成されるNi拡散層(Fe-Ni合金)、リフローで形成されるFe(Ni)-Sn合金層、金属錫層、金属クロムとクロム水和酸化物から成る特殊クロメート層により構成されていると考えられる。」(83頁左欄下から7行〜3行及び同右欄Fig.3)、「金属錫を剥離後Fe(Ni)-Sn合金層をナイタールにより剥離し、合金層を地鉄側からSEM観察した結果をphoto1に示す。」(84頁左欄9〜10行)、「Ni拡散処理した場合でも錫めっき後リフロー処理を行わないと塗装焼付時に錫の合金化が促進される。リフロー処理でできる緻密な合金層がその後の塗装焼付工程での錫の合金化を遅らせる効果を持つのでリフロー処理は必ず行う必要がある。以上のようにNi量を0.04〜0.10g/m2の範囲に適正にしリフロー処理を行った#7ブリキは、塗装焼付を経た後でも金属錫が0.1g/m2以上残るので表面抵抗が低く溶接性にすぐれたものとなる。」(85頁左欄16〜22行)、「Ni拡散処理することにより鋼板の電位は高くなり錫に近づいて、鋼板と錫の電位差は約10mVと小さくなる。したがって大気中の環境ではガルバニック腐食を生じにくくなる。」(85頁右欄14〜16行)、「リバーウェルトは加工部及び平坦部ともに硫化黒変性は、#25ブリキより格段にすぐれておりティンフリースチールと同等である。」(87頁左欄8〜10行)と記載されている。
(24)参考図面(記載内容省略)


[3]当審の判断
1.本件発明
本件発明は、明細書の特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである。
「鋼板面に下層側から
(i)鉄メッキ、ニッケルメッキおよびクロムメッキの1種または2種以上、または鉄メッキ、ニッケルメッキおよびクロムメッキの1種または2種以上と錫メッキとの複層メッキ、若しくは鉄-錫合金メッキ、ニッケル-錫合金メッキおよびニッケル-鉄合金メッキの1種からなるメッキ付着量10〜500mg/m2の下地メッキ層、
(ii)錫合金層、
(iii)錫合金層上に不連続状に形成される純錫層、
(iv)付着量2〜30mg/m2の金属クロムとクロム換算で付着量3〜23mg/m2の水和酸化クロムとからなるクロメート処理被膜
を有し、前記錫合金層および純錫層を合せたトータル錫メッキ付着量が500〜2000mg/m2であることを特徴とする表面処理鋼板。」

2.本件発明と甲第1号証に記載された発明との対比
甲第1号証の記載事項(1a)、(1b)、(1c)及び(1j)によれば、甲第1号証には、
「鋼板面に下層側から
重量比にて、Ni/(Fe+Ni)=0.02〜0.50の範囲の組成を有する厚さ10〜5000Åの鉄-ニッケル合金からなる第1層、
前記第1層上に、0.1〜1g/m2の錫めっきを施した後、溶錫処理により残留した錫のある、もしくは、錫のない鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層、
前記第2層上に、電解クロメート処理により形成した、クロム換算にて5〜20mg/m2の金属クロムとクロム水和酸化物から成る第3層
を有する表面処理鋼板。」(以下、「甲第1号証発明」という。)が記載されていることが認められ、そして、甲第1号証発明に係る表面処理鋼板は、溶接性、及び、塗装後の耐食性に優れ、さらに、塗膜の密着性に優れたものであることが認められる。
そこで、本件発明と甲第1号証発明とを対比すると、
甲第1号証発明の「鉄-ニッケル合金からなる第1層」、「鉄-錫-ニッケル合金」、「電解クロメート処理により形成した、金属クロムとクロム水和酸化物から成る第3層」、「0.1〜1g/m2の錫めっきを施し」は、
本件発明の
「鉄メッキ、ニッケルメッキおよびクロムメッキの1種または2種以上、または鉄メッキ、ニッケルメッキおよびクロムメッキの1種または2種以上と錫メッキとの複層メッキ、若しくは鉄-錫合金メッキ、ニッケル-錫合金メッキおよびニッケル-鉄合金メッキの1種からなる下地メッキ層、」(構成(i)の一部)、「錫合金層、」(構成(ii))、「(iv)金属クロムと水和酸化クロムとからなるクロメート処理被膜」(構成(iv)の一部)、「錫合金層および純錫層を合せたトータル錫メッキ付着量が500〜2000mg/m2」(構成(iv)の一部)にそれぞれ相当するから、
両者は、
「鋼板面に下層側から
鉄メッキ、ニッケルメッキおよびクロムメッキの1種または2種以上、または鉄メッキ、ニッケルメッキおよびクロムメッキの1種または2種以上と錫メッキとの複層メッキ、若しくは鉄-錫合金メッキ、ニッケル-錫合金メッキおよびニッケル-鉄合金メッキの1種からなる下地メッキ層、
錫合金層、
金属クロムと水和酸化クロムとからなるクロメート処理被膜
を有し、前記錫合金層および純錫層を合せたトータル錫メッキ付着量が500〜2000mg/m2であることを特徴とする表面処理鋼板。」
で一致し、以下の点で相違する。
(1)本件発明は、下地メッキ層の「メッキ付着量を10〜500mg/m2」としているのに対して、甲第1号証発明では、第1層(本件発明の「下地メッキ層」に相当。)は、「Ni/(Fe+Ni)=0.02〜0.50の範囲の組成を有する厚さ10〜5000Å」とされ、第1層の成分及び厚みは明らかにされているものの、その付着量については明らかでない点(以下、「相違点1」という)。
(2)本件発明は、「錫合金層上に不連続状に形成される純錫層」を設けるのに対して、甲第1号証発明では、「溶錫処理により残留した錫のある、もしくは、錫のない鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層」とされ、鉄-錫-ニッケル合金層上に不連続状に形成される純錫層が存在するか否か明らかでない点(以下、「相違点2」という)。
(3)本件発明は、クロメート処理被膜について、「付着量2〜30mg/m2の金属クロムとクロム換算で付着量3〜23mg/m2の水和酸化クロム」と、金属クロムと水和酸化クロムのそれぞれの付着量を特定しているのに対して、甲第1号証発明では、「クロム換算にて5〜20mg/m2の金属クロムとクロム水和酸化物」と、金属クロムと水和酸化クロムの合計量で付着量を特定し、金属クロムと水和酸化クロムのそれぞれの付着量については特定されていない点(以下、「相違点3」という)。

3.相違点について
上記相違点1〜3について検討する。
3-1.相違点1について;
本件発明では、下地メッキ層のメッキ付着量は10〜500mg/m2とされているが、甲第3号証の記載によれば、Feの密度は7.87(g/cm3)、Niの密度は8.9(g/cm3)であるから、仮に、本件発明における下地メッキ層がFeのみからなるものであるとすれば、最大付着量500mg/m2の場合に、下地メッキ層の厚みは500(mg/m2)÷7.87(g/cm3)=約635Åとなり、また、最小付着量10mg/m2の場合には、下地メッキ層の厚みは10(mg/m2)÷7.87(g/cm3)=約13Åとなる。同様に、本件発明における下地メッキ層がNiのみからなるものであると仮定すると、最大付着量500mg/m2の場合に、下地メッキ層の厚みは約562Å、最小付着量10mg/m2の場合には、下地メッキ層の厚みは約11Åとなる。
そうすると、本件発明における下地メッキ層がニッケル-鉄合金メッキである場合には、下地メッキ層のメッキ付着量10〜500mg/m2とは、下地メッキ層の厚さが約11Å〜約635Åであると言い換えることができる。
そして、下地メッキ層の厚さ約11Å〜約635Åという数値が、甲第1号証発明における第1層の厚さ10〜5000Åという数値範囲と重複するものであることは明白であるから、相違点1は、下地メッキ層(第1層)について、それを付着量で表現したか、厚さで表現したかという単なる表現上の相違にすぎず、実質的な相違とは認められない。
3-2.相違点3について;
甲第1号証には、クロメート処理被膜に関連し、「第2層上に電解クロメート処理により金属クロムとクロム水和酸化膜から成る第3層を形成する。この第3層は塗料との密着性を維持するために必要であるが、余り厚い場合には溶接性を害する。・・・本発明においては形成される金属クロムとクロム水和酸化膜の和をクロム換算で5〜20mg/m2の範囲に限定した。その理由は、5mg/m2未満の場合には塗料の密着性が不十分であり、・・・また20mg/m2を越して厚くなるとクロメート被膜は高抵抗であることから良好な溶接性を得ることができないからである。従って本発明により形成するクロメート被膜の第3層はクロム換算にて5〜20mg/m2の範囲に限定した。特に好ましき範囲としては7〜15mg/m2である。」(記載事項(1h)参照)、「本発明による電気抵抗溶接用表面処理鋼板は、・・・第1層の成分組成ならびに厚さ、第2、第3の付着量を厳密に限定制御したので、その溶接性および塗装後の耐食性はきわめてすぐれており、塗膜の密着性にもすぐれ、本発明者らが、先に挙げた溶接缶用素材の具備すべき要件をすべて兼ね備えた溶接食缶用表面処理鋼板を提供することができた。」(記載事項(1j)参照)と記載され、そして、甲第1号証のクロメート処理被膜に関するこれらの記載からみれば、甲第1号証発明では、第3層であるクロメート処理皮膜中の金属クロムとクロム水和酸化膜(本件発明でいう「水和酸化クロム」に相当)の合計付着量は、耐食性、溶接性、塗料の密着性を考慮して定められていることは明らかであり、その適正付着量が、金属クロムと水和酸化クロムの合計量で(クロム換算にて)5〜20mg/m2、好ましくは7〜15mg/m2、の数値範囲とされたものといえる。
一方、本件明細書には、クロメート処理被膜について、「クロメート処理被膜は耐食性に有利であるが、付着量が多過ぎると溶接性が劣化し、このためクロメート処理被膜は、金属クロムが付着量2〜30mg/m2、好ましくは5〜18mg/m2、水和酸化クロムがクロム換算で付着量3〜23mg/m2、好ましくは5〜15mg/m2とする。」と記載されており、この記載から見る限りにおいては、本件発明でクロメート処理被膜中の金属クロム、水和酸化クロムの各含有量を、それぞれ2〜30mg/m2、3〜23mg/m2と個別に定めたことに特段の技術的意義・理由は見出せず、クロメート処理被膜の付着量を定めるにあたり、クロメート処理被膜に必要とされる耐食性と溶接性とを満足するためには、被膜成分の含有量を数値として個別に表現すれば、上記の値となるという程度の意味合いの数値限定と認められる。
ところで、本件発明におけるクロメート処理被膜付着量を、金属クロム、水和酸化クロムの個別含有量ではなく、両者の合計量として表せば、最小合計付着量で5mg/m2、また、最大合計付着量で53mg/m2となるが、このクロメート処理被膜合計付着量は、甲第1号証におけるクロメート処理被膜付着量(5〜20mg/m2、好ましくは7〜15mg/m2)と重複する数値範囲であることは明らかである。
そうすると、甲第1号証発明におけるクロメート処理皮膜の付着量は、少なくとも耐食性、溶接性の観点を考慮して定められたものであって、しかも、甲第1号証発明のクロメート処理皮膜の付着量は、本件発明のクロメート処理皮膜の付着量(但し、金属クロム、水和酸化クロムの合計量として表した付着量)と一致しているのであるから、クロメート処理皮膜付着量(5〜20mg/m2、好ましくは7〜15mg/m2)の内訳として、金属クロム或いは水和酸化クロムのそれぞれを如何なる量にするかは、クロメート処理被膜が全体として耐食性と溶接性とを損なわない限りにおいて当業者が適宜に定め得ることといえる。
したがって、甲第1号証発明において、クロメート処理皮膜の金属クロム、水和酸化クロムの各付着量を、本件発明において定めた程度の数値範囲内のものとすることは当業者が容易になし得ることと認められる。
3-3.相違点2について;
甲第1号証の記載事項(1h)によれば、「溶錫処理によって形成される鉄-錫-ニッケル合金層は上記付着量の限定範囲内では必要かつ十分な量が形成されるのであって、錫付着量が0.1〜1g/m2の範囲内においては、錫めっき層の一部もしくは全部を合金化しても溶接性、耐食性には影響を生じない。」とされているから、甲第1号証発明における第2層の形態の一つとして、「錫めっき層の一部が合金化し、残留錫めっき層が存在する鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層」があり得ることは認められるにしても、甲第1号証には、錫合金層上に不連続状に形成される純錫層が存在するとされているわけではない。
そして、後記〈請求人の主張について〉で述べるように、請求人が提示した他の証拠(甲第2号証〜甲第9号証あるいは参考資料1〜14)の記載内容を考慮したとしても、甲第1号証発明において、残留錫めっき層が不連続状に形成されていると認めることはできないばかりか、甲第1号証発明における該残留錫めっき層を不連続状に形成することが、容易であると認めることもできない。
よって、相違点2は、本件発明と甲第1号証発明の実質的な相違であって、しかも、この相違点2は、当業者が容易に想到し得るものであるとすることはできない。

〈請求人の主張について〉
相違点2に関する請求人の主張は、大略次のとおりである。
主張A;
「甲第2号証の記載によれば、目付量の少ない錫メッキ層に溶錫処理を施すと合金が不均一に成長し、錫メッキ層の表層に部分的に露出するのであるから、甲第1号証鋼板の第2層も本件特許発明の錫めっき層と同様の態様(すなわち、錫合金層とこの錫合金層上に不連続状に形成される純錫層)であり、仮に、同じでないとしても、当業者が容易に想到できるものである。」(請求書20〜21頁「対応関係(y)」の欄参照)
主張B;
「甲第1号証の第2図には、溶錫処理により“鉄-錫-ニッケル合金層”が“鉄-ニッケル合金層”上に“不均一”な状態で形成されていることが示されており、また、その結果、“純錫”が“鉄-錫-ニッケル合金層”の全表面において“不連続状”に残存する場合があることは容易に想定できるから、甲第1号証の第2図は、甲第1号証発明において、“純錫”が“鉄-錫-ニッケル合金層”の全表層において不連続の状態で残存していることを示唆するものである。」(弁ぱく書4〜5頁「(ii)(ii-1)」の欄、請求人陳述要領書4頁14〜23行参照)
主張C;
「甲第2号証に記載される「合金の不均一な成長によりメッキ層表面に部分的に合金が露出する」は、下地めっき層の有無に拘わらず、合金の不均一な成長と錫目付量が少ないことに起因して生じる現象であって、「周知でかつ普遍的に適用できる技術的事実」である。したがって、この技術的事実と、参考資料2記載の“一般的な技術事項、技術水準又は従来技術”と併せ考えれば、“下地合金層”がある場合において、「溶錫処理は、常に、めっき層の表層に合金化しない平滑な層状の純錫層が残るように処理するものではない」及び「溶錫処理により、金属錫がめっき層の表層に不均一にもしくは不連続状に分散する場合があることは、本件特許発明の出願前の技術常識である」ということができる。」(弁ぱく書5頁8〜13行、同9頁16行〜10頁末行、請求人陳述要領書3頁12〜17行、同14頁17〜21行、同18頁4〜14行参照)

そこで、請求人の上記主張A〜Cの当否について、以下に検討する。
(1)主張Aについて
甲第2号証の記載事項(2a)によれば、「合金の不均一な成長によりめっき層表層に部分的に合金が露出する」という現象は、ピンホール(めっき層の欠陥)と同様、鋼板上へ薄目付の錫めっきを施しリフローを行う際の、従来技術における問題点として記載されたものであり、一方、甲第2号証の記載事項(2b)、(2c)によれば、甲第2号証に記載の発明は、従来技術における上記問題点を解消するためのものであって、鋼板にニッケルめっきを施し、ニッケルを素地鋼板中へ拡散浸透させ、その後錫めっきを施しリフロー処理することによって、緻密な鉄-錫合金層と均一な錫層を形成し、合金の露出がなく、耐錆性が優れ、同時に溶接性、塗装性に優れるという作用効果を奏するものであるとされている。
そうすると、甲第2号証の記載事項(2a)ばかりでなく、記載事項(2b)、(2c)をも考慮すれば、甲第2号証には、「合金の不均一な成長によりめっき層表層に部分的に合金が露出する」という現象は、鋼板上へ直接薄目付の錫めっきを行った際に生ずる現象であって、この現象の発生は、鋼板-ニッケルめっき層-錫めっき層の層構造と拡散浸透・リフロー処理により防止し得ること、さらに、この現象の発生を防止することにより、表面処理鋼板の耐錆性、溶接性、塗装性が改善されることが明らかにされているといえる。
ところで、甲第1号証発明は、鋼板上に第1層(鉄-ニッケル合金)を介して錫めっきを施すものであって、鋼板上へ直接錫めっきを施すものではないから、甲第2号証の記載からでは、甲第1号証発明のめっき層においても「合金の不均一な成長によりめっき層表層に部分的に合金が露出する」という現象が生じるとは直ちに言えない。
さらに、甲第1号証発明におけるめっき層構造(鋼板、鉄-ニッケル合金の第1層、鉄-錫-ニッケル合金の第2層)は、「合金の不均一な成長によりめっき層表層に部分的に合金が露出する」という現象の防止を目的とした甲第2号証記載のめっき層構造(鋼板、ニッケルめっき(拡散浸透)層、(リフロー処理した)錫めっき層)に類似する層構造を有することから、甲第1号証発明の表面処理鋼板においては、甲第2号証の記載を考慮すれば、寧ろ、“合金の不均一な成長による合金の露出”が生じにくいことが推測されこそすれ、「合金の不均一な成長によりめっき層表層に部分的に合金が露出する」という現象が当然に生じているとする技術的な根拠はない。
加えて、甲第2号証の記載事項(2b)によれば、「合金の不均一な成長によりめっき層表層に部分的に合金が露出する」という現象を防止することによって、表面処理鋼板の耐錆性、溶接性、塗装性の改善が図られるのであり、一方、甲第1号証発明も耐錆性、溶接性、塗装性の改善を目的としたものであるから、甲第2号証の記載を参酌すれば、甲第1号証発明においては「合金の不均一な成長によりめっき層表層に部分的に合金が露出する」という現象は、本来避けたい現象であるといえるから、甲第1号証発明の第2層において、「合金の不均一な成長によりめっき層表層に部分的に合金が露出する」という現象が生じているとすることは、発明の解決すべき技術課題という観点からも合理性に欠けるといわざるを得ない。
そうすると、甲第1号証鋼板の第2層は、錫メッキ層の表層に部分的に合金が露出し、本件特許発明の錫めっき層と同様の態様となっている旨の請求人の主張は失当である。
また、前述のとおり、「合金の不均一な成長によりめっき層表層に部分的に合金が露出する」という現象は、甲第1号証発明の目的からすれば、本来避けたい現象であるから、例え、甲第2号証にかかる現象についての知見があったにしても、この知見を甲第1号証発明に適用し、「合金の不均一な成長によりめっき層表層に部分的に合金が露出する」という状態を敢えて生じさせること、即ち、錫合金層上に不連続状に形成される純錫層を設けるということを、当業者が容易に想到し得るとすることはできない。
したがって、請求人の主張Aは採用し得ない。
(2)主張Bについて
甲第1号証の第1図に関する説明として、「通常の方法で製造したぶりきでは第1図の電子顕微鏡写真より明らかな如く、合金層が隙間が多く、そのため地鉄を保護する作用に乏しい・・・」(記載事項(1k)参照)と記載され、また、同第2図に関する説明として、「第2図の電子顕微鏡写真は耐食性の良い薄目付ぶりきの鉄-錫-ニッケル合金層の組織を示す。この耐食性の向上効果が、第1層の組成が重量比でNi/(Fe+Ni)=0.02〜0.50の場合に最適であることが判明した。Ni/(Fe+Ni)の下限を0.02としたのは、0.02未満では上記の耐食性の向上効果が顕著に現れず、上限を0.50としたのは0.50を越すと溶錫処理時の鉄-錫-ニッケル合金が疎な結晶となり、地鉄に対する被覆率が低下し、耐食性が不十分となるからである。」(記載事項(1e)参照)と記載されている。
そして、上記第1図、第2図及びその説明によれば、甲第1号証の第1図、第2図は合金層の疎密によるその下層の保護・被覆の違いを明らかにするための対比図面であることは認められるが、これらの図面からでは、第2図における合金層は、その下の層に対する被覆率が第1図との比較において大であることが理解されるにすぎず、合金層上に更に純錫層が存在するか否かが明らかでないばかりでなく、純錫層が存在すると仮定した場合でも、該純錫層が、連続状あるいは不連続状のいずれの状態で存在するのかは全く不明であると言わざるを得ない。
請求人は、甲第1号証の第2図に、“鉄-錫-ニッケル合金層”が“不均一”な状態で形成されていることが示されており、その結果、“純錫”が“鉄-錫-ニッケル合金層”の全表面において“不連続状”に残存する場合があることは容易に想定できるから、甲第1号証の第2図は、甲第1号証発明において、“純錫”が“鉄-錫-ニッケル合金層”の全表層において不連続の状態で残存していることを示唆するとも主張するが、甲第1号証の第2図に示されるものにおいて、仮に、合金層上に純錫層が存在するとしても、合金層が“不均一”な状態で形成されていることと、その上の純錫層が不連続状であるか否かは、技術的に直接的な関連性を有する事項であるとは言えない。つまり、純錫層が存在するか否か、あるいは、存在した場合に不連続状であるか否かは、少なくとも、トータル錫めっき付着量、合金化の進行度合、合金層の不均一性の程度等によっても左右されるものであって、合金層が“不均一”な状態であるからといって、その上の純錫層が不連続状であるとはいえない。
さらに、本件明細書の記載(本件公告公報6欄26行〜7欄5行参照)によれば、本件発明に係る表面処理鋼板の錫メッキ方法、その後のリフロー処理に際しては、特殊なメッキ工程を取り入れ、錫メッキそのものを不均一にする、あるいは、錫の不連続化を図るリフロー条件を採用することが記載されているところ、甲第1号証発明では、錫メッキそのものを不均一にする特殊なメッキ工程が採用されているわけではなく、また、錫の不連続化を図る特殊なリフロー条件が採用されているわけでもない。
そうであれば、甲第1号証の第2図及びそれに関連する説明ばかりでなく、甲第1号証の記載内容全体からみても、甲第1号証には、合金層上に純錫層が、不連続状に形成されている、あるいは、不連続状に形成することが、開示乃至示唆されているとすることはできない。
よって、請求人の主張Bは採用できない。
(3)主張Cについて
まず、請求人は、甲第2号証に記載される「合金の不均一な成長によりメッキ層表面に部分的に合金が露出する」という現象は、下地めっき層の有無に拘わらず、合金の不均一な成長と錫目付量が少ないことに起因して生じる現象であって、「周知でかつ普遍的に適用できる技術的事実である」旨主張する。
しかしながら、甲第2号証に記載の発明が、鋼板に直接錫めっきを施した場合に生じる合金の不均一な成長と部分的な露出という問題点を解決するため、少なくとも鋼中に拡散浸透させたニッケルめっき層を介して錫めっきを行うものであることは既述のとおりであり、そして、記載事項(2c)によれば、「本発明による表面処理鋼板の・・・最上層の錫層は極めて均一であり、合金の露出もなく・・・」とあるように、ニッケルめっき層の有無(即ち、下地合金層の有無)によって、合金の不均一な成長と部分的な露出という現象が影響を受けるものであることは、甲第2号証の記載からも明らかである。
さらに、請求人が提示する参考資料等について検討するに、参考資料3は、下地合金層がない錫めっき鋼板に関する“WOOD GARAIN”について記載されるにすぎず、参考資料4は、合金層を緻密にし、かつピンホールの発生を少なくした缶材料について記載されるにすぎず、また、参考資料5は、接着缶用材料において、錫層の表面の一部に意図的に鉄-錫合金を露出させ、最表面層との付着力を高めるものであるが、下地合金層を有しないブリキ材に生じる現象を利用したものであって、参考資料3〜5のいずれも、下地めっき層の有無に拘わらず、合金の不均一な成長と部分的な露出が生じること、あるいは、純錫層が不連続状になることを開示乃至示唆するものであるとはいえない。
また、参考資料14のFig.3(83頁)には、下層側から、Ni拡散層(鉄-ニッケル合金層)、リフロー処理で形成されるFe(Ni)-Sn合金層(鉄-錫-ニッケル合金層)、金属錫層(純錫層)を有し、そして、この金属錫層は「連続的な層状」に形成されているめっき鋼板の断面が図示され、また、甲第7号証の記載事項(7a)として、「溶錫処理を行う場合、Snメッキ量が片面当たり100mg/m2以下では、Sn層と下地との合金化により、光沢はあるが黒ずんだ外観となり、純Sn層がなくなる。・・・これに対して、100mg/m2以上のSnメッキ量であれば、溶錫処理後も、純Sn層が均一に残るため、鏡面光沢に近い外観となり・・・」と記載され、錫めっき鋼板では錫めっき量があるレベル以下であれば純錫層がなくなり、錫めっき量がそれよりも多ければ「純錫層が均一に残る」と明記されているのであるから、「「合金の不均一な成長によりメッキ層表面に部分的に合金が露出する」という現象は、下地めっき層の有無に拘わらず、合金の不均一な成長と錫目付量が少ないことに起因して生じる現象であって、「周知でかつ普遍的に適用できる技術的事実である」」旨の請求人の主張は、その根拠を欠くものであって採用できない。
次に、請求人は、参考資料2を提示し、「溶錫処理により、メッキ層表面に純錫が不均一又は不連続状に分散する場合があることは、本件特許の出願前から当業者の技術常識である」とも主張する。
そこで、参考資料2について検討するに、参考資料2には、シーム溶接缶用表面処理鋼板において、金属錫を凸状もしくは凸凹状に分散して存在させる幾つかの方法が記載されていることは認められるものの、参考資料2は本件特許に係る出願の出願後に頒布された刊行物であるから、かかる刊行物に記載された技術内容それ自体が、本件特許に係る出願の出願前から当業者の技術常識であったと直ちに認めることはできない。
ただ、仮に、参考資料2に記載の上記方法が、本件特許に係る出願の出願前から当業者の技術常識であったとしても、参考資料2の記載によれば、金属錫を凸状等に分散させるためには、特別の電着法、フラックス処理、溶錫処理が必要とされることが明らかにされているところ、甲第1号証発明では、少なくとも、金属錫の分散状態等を調整するために特別の電着法、フラックス処理、溶錫処理が行われているわけではないから、この点からも、甲第1号証発明においては、錫合金層上に純錫層が必ず不均一又は不連続状に分散されていると認めることはできない。
加えるに、参考資料2に記載される発明は、鋼板表面に多数の凸部を有する金属錫層を設ける点をその特徴の一つとするものであって、その具体化手段として前記電着法、フラックス処理、溶錫処理が例示されているのであって、甲第1号証発明においては、そもそも鋼板表面に多数の凸部を有する金属錫層を設けるべき技術的意義・必然性それ自体が存在しないのであるから、参考資料2に記載された技術手段が当業者の技術常識であるか否かに拘わらず、これを甲第1号証発明に対して適用すべき合理的な理由があるとは言えない。
よって、請求人の主張Cは採用できない。

4.まとめ
以上のとおり、相違点2は、本件発明と甲第1号証発明の実質的な相違であり、しかもこの相違点については、当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。
そして、本件発明は、相違点2をもその構成として備えることにより、「本発明によれば、特に溶接缶用素材として溶接性、耐食性を劣化させることなく錫の薄メッキ化を可能ならしめ、しかも耐FFC性及び耐硫化黒変性についても極めて良好な性質を有するものであり、優れた特性を有する溶接缶用素材を低コストで提供できる効果がある。」(本件明細書の〔発明の効果〕の欄参照)という明細書に記載される顕著な効果を奏するものである。
したがって、本件発明は、甲第1号証に記載された発明と認めることができないばかりか、甲第1〜8号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとも認められない。


[4]まとめ
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件発明に係る特許を無効とすることはできない。
そして、審判に関する費用については、特許法169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2002-12-25 
結審通知日 2003-01-06 
審決日 2003-01-17 
出願番号 特願昭60-63767
審決分類 P 1 112・ 113- Y (C25D)
P 1 112・ 121- Y (C25D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 酒井 雅英木梨 貞男  
特許庁審判長 影山 秀一
特許庁審判官 池田 正人
市川 裕司
登録日 1991-06-13 
登録番号 特許第1608128号(P1608128)
発明の名称 表面処理鋼板  
代理人 亀松 宏  
代理人 鶴田 準一  
代理人 石田 敬  
代理人 西山 雅也  
代理人 苫米地 正敏  

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