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審決分類 審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  B24B
審判 全部無効 特174条1項  B24B
審判 全部無効 2項進歩性  B24B
管理番号 1116721
審判番号 無効2004-80086  
総通号数 67 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2001-08-21 
種別 無効の審決 
審判請求日 2004-06-25 
確定日 2005-02-28 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第3475271号発明「ワイヤソー用ワイヤ」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 特許第3475271号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯
(1)本件特許第3475271号の請求項1に係る発明についての出願は、平成12年2月16日に特許出願され、平成15年9月26日にその発明について特許権の設定登録がされた。
(2)これに対して、平成16年6月25日に、請求人は、「請求項1についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。」請求を行い、平成16年11月5日付けで弁駁書を、平成16年12月6日付けで口頭審理陳述要領書及び口頭審理陳述要領書(2)を、平成16年12月14日付けで上申書を、それぞれ提出した。
(3)一方、被請求人は、平成16年9月13日付けで答弁書及び訂正請求書を、平成16年12月3日付けで口頭審理陳述要領書及び口頭審理陳述要領書(2)を、平成16年12月27日付けで上申書を、それぞれ提出した。
(4)そして、平成16年12月6日に第1回口頭審理がなされた。

2.訂正の適否
(1)訂正の内容
被請求人の求めた訂正の内容は、以下のとおりである。
〈訂正事項1〉
設定登録時の願書に添付した明細書又は図面(以下、「本件特許明細書」という。)の段落【0012】に記載される「上記発明において、」を「さらに、」と訂正する。
〈訂正事項2〉本件特許明細書の段落【0014】に記載される「1.10〜0.40」を「0.10〜0.40」と訂正する。

(2)目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
訂正事項1は、平成15年3月26日付け手続補正で、請求項1及び請求項2を統合する補正を行った際に補正すべきであった表現を正すものであるから、明りょうでない記載の釈明又は誤記の訂正を目的とする明細書の訂正に該当し、また、訂正事項2は、真鍮メッキの最表面における銅/真鍮の比(重量比)が、本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1及び段落【0008】に「0.10〜0.40」と記載されているのに、それらとは異なり、しかも、下限値が「1.10」とそもそも銅/真鍮の比としてあり得ない段落【0014】の数値を、前記請求項1及び段落【0008】に記載の数値に正すものであるから、誤記の訂正を目的とする明細書の訂正に該当する。そして、訂正事項1、2は、いずれも新規事項の追加に該当せず、また、特許請求の範囲を実質上拡張、変更するものではない。

(3)むすび
したがって、上記訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書き、及び、同条第5項において準用する同法第126条第3項、4項の規定に適合するので適法な訂正と認める。

3.請求人の主張の概要
請求人は、証拠方法として以下に示す甲各号証を提示し、以下の無効理由1〜3を主張している。なお、請求人は、審判請求書の第2頁20行〜22行及び第11頁12行〜14行に記載の特許法第36条第5項違反の無効理由については撤回した(弁駁書第6頁12行〜14行)。
(1)無効理由1
本件発明は甲第1〜4号証記載の発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきである。
また、請求人は、無効理由1に関連して、以下の事項を主張している。
(i)甲第1、2号証には、真鍮メッキの最表面部及び最表面部から200〜300Åの深さでの銅/真鍮(重量比)を除く本件発明の構成が記載されており、一方、真鍮メッキの最表面部及び最表面部から200〜300Åの深さでの銅/真鍮(重量比)を除く本件発明の構成については、甲第3、4号証に記載もしくは示唆されている。(審判請求書第7頁22行〜第8頁10行)
(ii)本件発明の「ワイヤソー用ワイヤ」が「遊離砥粒式のワイヤソー用ワイヤ」のみに限定されることは、段落【0005】を含め、訂正明細書には記載されていない。(口頭審理陳述要領書(2)の第2頁4行〜7行、第1回口頭審理調書の「請求人 2.」の項)
(iii)弁駁書に添付した資料1〜3には、ワイヤソー用ワイヤにおいて、メッキ層に砥粒を固着することが記載されている。(弁駁書第3頁1行〜第4頁8行)
(iv)請求人提出の平成16年12月6日付け口頭審理陳述要領書に添付した「資料7」の段落【0003】、請求人提出の平成16年12月14日付け上申書に添付した「資料9、11、12」には、遊離砥粒式ワイヤソー用ワイヤにおいて、メッキ層に遊離砥粒を固着することが記載されている。(口頭審理陳述要領書第3頁25行〜27行、第1回口頭審理調書の「請求人 4.」の項、平成16年12月14日付け上申書第2頁11行〜21行、第3頁20行〜第4頁11行)
(v)「固定砥粒式ワイヤソー用ワイヤ」と「遊離砥粒式ワイヤソー用ワイヤ」とが、砥粒保持の作用、ワイヤの作り方、製造する際に使用する装置の各点で相違することを認める。(第1回口頭審理調書の「請求人 3.」の項)

(2)無効理由2
本件明細書は、以下の点で、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないので、本件発明についての特許は、特許法第123条第1項第4号の規定により無効とすべきである。
(i)真鍮メッキの最表面部の銅/真鍮(重量比)及び最表面部から200〜300Åの深さでの銅/真鍮(重量比)に関する数値限定の臨界的意義が具体的には記載されていない。(審判請求書第10頁21行〜第11頁14行)
(ii)真鍮メッキの最表面部の銅/真鍮(重量比)及び最表面部から200〜300Åの深さでの銅/真鍮(重量比)に関する数値限定を満たす方法が記載されていないから、本件明細書は当業者がその発明を容易に実施できるように記載されているとはいえない。(審判請求書第11頁15行〜28行)
(iii)本件発明で特定した数値限定の測定方法が記載されていないから、本件明細書は当業者がその発明を容易に実施できるように記載されているとはいえない。(審判請求書第12頁7行〜20行)
(iv)銅/真鍮(重量比)に関して、請求項1には「0.10〜0.40」と記載され、一方、段落【0014】には「1.10〜0.40」と記載され、請求項1の記載と発明の詳細な説明の記載には齟齬があるから、本件明細書は当業者がその発明を容易に実施できるように記載されているとはいえない。(審判請求書第12頁21行〜25行)
(v)段落【0012】の最表面部から200〜300Åの深さでの銅/真鍮(重量比)に意義があるかのような記載は当業者が理解できないから、本件明細書は当業者がその発明を容易に実施できるように記載されているとはいえない。(審判請求書第12頁26行〜第13頁9行)

(3)無効理由3
願書に最初に添付した明細書(以下、「当初明細書」という。)における「本発明」は、段落【0008】の「本発明によるソーワイヤは、請求項1に記載のとおり・・・」の記載からみて、当初明細書の請求項1に記載された発明であり、平成15年3月26日付けの手続補正により補正された後の「本発明」は当初明細書の請求項2に記載された発明である。このように「本発明」が上記手続補正前後で変化しているにもかかわらず、「本発明」の作用に関する段落【0009】の記載、「本発明」の実施例に関する段落【0015】〜【0019】の記載、「本発明」の効果に関する段落【0020】の記載は全く変化していないから、当初明細書の実施例に関する記載が実質的に変質したこととなり、当該実質的な変質は新規事項の追加に該当する。
したがって、平成15年3月26日付けの手続補正は、特許法第17条の2第3項の要件を満たしていないので、本件発明についての特許は、特許法第123条第1項第1号の規定により無効とすべきである。(審判請求書第13頁10行〜第17頁20行)

[証拠方法]
甲第1号証:特開平8-3787号公報
甲第2号証:特開平10-309627号公報
甲第3号証:「伸銅技術研究会誌」、1998.Vol.37、第162頁〜第167頁、日本伸銅協会、平成10年9月7日発行
甲第4号証:特公昭57-4753号公報
甲第5号証:本件特許出願に対する平成15年1月20日付け拒絶理由通知書
甲第6号証:本件特許出願における平成15年3月26日付け意見書
甲第7号証:本件特許出願における平成15年3月26日付け手続補正書
甲第8号証:本件特許出願における平成15年8月6日付け特許査定書
甲第9号証:特開2001-225255号公報(本件特許出願の出願公開公報)
甲第10号証:特開平5-9655号公報
甲第11号証:特許第2627373号公報(平成9年7月2日発行)
甲第12号証:日本金属学会編、「金属便覧」、第676頁〜第679頁、丸善出版株式会社、昭和27年12月20日発行

4.被請求人の主張の概要
(1)無効理由1について
(i)本件発明の「ワイヤソー用ワイヤ」が「遊離砥粒式のワイヤソー用ワイヤ」のみに限定されることは、訂正明細書の段落【0005】の記載、及び、訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1で特定されている真鍮メッキの厚さが「0.1〜1.0μm」と薄いことからみて、明らかである。(第1回口頭審理調書の「被請求人 1.」の項)
本件発明は、被加工物の表面粗度及び寸法精度を向上させ、かつ伸線性にも優れたソーワイヤを提供することを課題とするが、これに対し、甲第1号証記載の発明の課題は、ワイヤソーの線径を細くしかつ強靱で高い強度にすることであり、また、甲第2号証記載の発明の課題は、ワイヤの横断面に硬度分布を規定することで切断面の凹凸を低減することにあり、したがって、本件発明はその技術思想において甲第1、2号証記載の発明とは全く異なる。(答弁書第4頁28行〜第8頁8行)
(ii)甲第4号証の第7図(b)には、真鍮メッキの最表面の銅濃度が0.1以上であることが記載されていないし、自明でもない。本件発明の真鍮メッキの最表面部の銅/真鍮(重量比)及び最表面部から200〜300Åの深さでの銅/真鍮(重量比)を特定範囲にすることで、ソーワイヤの遊離砥粒の保持力が著しく高くなることは、甲第1、3、4号証のいずれにも記載されていないし示唆もされていない。(答弁書第10頁6行〜13行)
「固定砥粒式ソーワイヤ」における砥粒の固定は、人間の歯が歯茎の中に深く食い込んで抜けないようにしっかりと固定されているのと似た固定関係であり、一方、「遊離砥粒式ソーワイヤ」における砥粒の固着は、メッキに押付けられた砥粒が一時的に固定されているような状態であり、砥粒が真鍮メッキ層に引っ掛かってワイヤの動きに追従してワイヤと共に動く状態である。(口頭審理陳述要領書(2)第3頁13行〜20行)
「固定砥粒式ワイヤソー用ワイヤ」と「遊離砥粒式ワイヤソー用ワイヤ」とは、砥粒保持の作用、ワイヤの作り方、製造する際に使用する装置の各点で相違する。(第1回口頭審理調書の「被請求人 2.」の項)
遊離砥粒式ワイヤソー用ワイヤにおいて、メッキ層に遊離砥粒を固着することは、請求人提出の平成16年12月6日付け口頭審理陳述要領書に添付した「資料7」の段落【0003】には示されていない。(第1回口頭審理調書の「被請求人 3.」の項)
請求人提出の平成16年12月14日付け上申書に添付した「資料9」に、遊離砥粒を銅メッキ層に埋め込むことが記載されているが、この「埋め込む」は「固着する」の記載ではなく、「食い込む」と思量する。(平成16年12月27日付け上申書第2頁15行〜17行)
(iii)さらに、甲第3、4号証記載の発明は、タイヤコードにおける真鍮メッキしたスチールワイヤのゴム材との接着力を高める発明であって、甲第1号証記載の発明に甲第3、4号証記載の事項を適用することの動機付けがないから、当業者が容易に想到し得たことではない。(答弁書第10頁14行〜28行)
(iv)また、本件発明の作用効果は、甲第3、4号証から予測し得たことではない。(答弁書第10頁29行〜第11頁1行)
したがって、本件発明は、甲第1〜4号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明できたものではない。

(2)無効理由2について
(i)真鍮メッキの最表面部の銅/真鍮(重量比)及び最表面部から200〜300Åの深さでの銅/真鍮(重量比)に関する数値限定の技術的意義は、本件特許明細書の段落【0012】に記載されている。(答弁書第4頁5行〜9行)
(ii)真鍮メッキの最表面部の銅/真鍮(重量比)及び最表面部から200〜300Åの深さでの銅/真鍮(重量比)に関する数値限定を満たすことは、メッキ後に施す熱拡散温度および/又は時間によって制御でき、また、このことは段落【0017】に記載されている。(審査過程での平成15年3月26日付け意見書の(2)の項)
(iii)銅/真鍮(重量比)は、光電子分光分析装置あるいは走査型オージエ電子分析装置で測定可能である。(審査過程での平成15年3月26日付け意見書の(4)の項) そして、当該測定方法は従来周知のことである。(答弁書第4頁16行〜19行)

(3)無効理由3について
平成15年3月26日付けの手続補正は、請求項1を削除して、請求項2を請求項1にしたものであり、また、明細書又は図面に新たな技術事項を追加したものではない。(答弁書第4頁21行〜24行)

5.無効理由1(特許法第29条第2項違反)についての判断
(1)本件発明
上記2.のとおり、上記訂正は認められるから、本件特許の請求項1に係る発明(以下、「本件発明」という。)は、訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「線径が0.05〜0.25mmの炭素鋼鋼線の表面に真鍮メッキを施したワイヤソー用ワイヤであって、真鍮メッキの厚さが0.1〜1.0μmで、真鍮メッキ全体における銅/真鍮(重量比)が0.55〜0.75であるワイヤソー用ワイヤにおいて、真鍮メッキの最表面部の銅/真鍮(重量比)が0.10〜0.40で、かつ鋼線の中心部に向かって銅比率が増加し、最表面部から200〜300Åの深さでの銅/真鍮(重量比)が0.55〜0.75であることを特徴とするワイヤソー用ワイヤ。」

(2)甲第2〜4号証記載の発明(事項)及び甲第10、11号証記載の事項
(i)甲第2号証(特開平10-309627号公報)記載の発明
甲第2号証には、以下の事項が記載されている。
(イ)【特許請求の範囲】
「【請求項1】重量%で、C:0.60〜0.95,Si:0.10〜2.00,Cr:0.01〜1.00,Mn:0.10〜2.00,残部が実質的にFeからなり、線径が0.04〜0.35mmであるソーワイヤ用ピアノ線・・・
【請求項2】ワイヤ表面にメッキ層が形成され、このメッキ層は、厚さが0.04〜0.50μmで、メッキ材料が銅または銅を60重量%以上含んだブラスであることを特徴とする請求項1記載のソーワイヤ用ピアノ線。」
(ロ)段落【0006】
「上記のワイヤにはメッキ層を形成することで、伸線加工時の表面潤滑性を向上することができる。この場合、メッキ層の厚さは0.04〜0.50μmとし、、メッキ材料は銅または銅を60重量%以上含んだブラスとする。」
(ハ)段落【0019】
「ソーワイヤは、製鋼、圧延および2〜3回の熱処理、伸線の繰り返しで0.4〜1.7mmφの鋼線を得た後、場合によってはメッキを施した上で、最終伸線により製造される。・・・」
これらの記載事項からみて、甲第2号証には、
「線径が0.04〜0.35mmの、炭素を0.60〜0.95重量%含むピアノ線の表面に伸線加工時の表面潤滑性を向上するブラスメッキを施した上で最終伸線により製造されるソーワイヤ用ピアノ線であって、ブラスメッキの厚さが0.04〜0.50μmで、ブラスメッキ全体におけるCu比が60重量%以上であるソーワイヤ用線条体」の発明(以下、「甲第2号証記載の発明」という。)が記載されていると認められる。
(ii)甲第3号証(「伸銅技術研究会誌」、1998.Vol.37、第162頁〜第167頁、日本伸銅協会、平成10年9月7日発行)記載の事項
甲第3号証には、以下の事項が記載されている。
(イ)第163頁左欄24行〜30行
「最近では、黄銅めっきは、シアン浴を用いた共析めっきではなく、銅と亜鉛を順次めっきし、熱拡散させる「拡散めっき」法が用いられている。めっきの積層は、鉄地からCu,Znの順で行われるので、熱拡散処理後にも、表面には比較的Znを多く含むβ相が残りやすい。」
(ロ)第163頁右欄11行〜25行
「0.72mass%Cを含む高炭素鋼のワイヤ1.37mmに、電気めっき法にて・・・銅めっきを施し、・・・亜鉛めっきを施し、積層させた。その後、めっきしたワイヤは・・・熱拡散処理を行い、黄銅への合金化を図った。・・・拡散後のめっき組成%Cuは64.5mass%Cuであり、付着量は4.5g/kg*(1.36μm)である。また、β相比率は20%であった。」
(ハ)第165頁右欄10行〜14行
「また、XPSにて、表面のCuの存在比率を調べたものを、Fig.3に示す。通常の黄銅めっきの場合は、・・・表面のCu濃度は、バルクCu%が65%Cuでは、約30atom%Cu程度(当審注:Cuが約30重量%)である。」
(ニ)Fig.3
「黄銅めっきの最表面部は銅が約30重量%と比較的少なく、中心部に向かって銅比率が増大していること」
これらの記載事項からみて、甲第3号証には、
「高炭素鋼のワイヤに黄銅めっきを施すに際して、銅めっき、亜鉛めっき、ついで熱拡散を順次行う拡散めっき法で行うこと、及び、黄銅めっきの最表面部は銅が約30重量%と比較的少なく、中心部に向かって銅比率が増大していること」との事項(以下、「甲第3号証記載の事項」という。)が記載されていると認められる。
(iii)甲第4号証(特公昭57-4753号公報)記載の事項
甲第4号証には、以下の事項が記載されている。
(イ)第3欄1行〜18行
「さて従来のスチールワイヤのブラスめつきの方法としては、シアン浴を用いて銅と亜鉛を同時に電着させる方法(以下合金法という)と前記の拡散法とがともに用いられてきたが、合金法においては、シアン浴を用いる関係から公害や環境衛生上の欠点を有し、一方拡散法においては・・・電着により銅めつきを施し、引続きその上に・・・電着により、亜鉛めつきを施した上で熱拡散処理を必要とする複雑な製造工程を通るという欠点を有しながらも、主にシアンを用いない銅めつき方法の進歩により公害環境衛生面、ならびにゴムとの接着に対して大きな影響を与える要因たるめつきの合金比{Cu/Cu+Zn×100(%)、以下単にめつきの合金比という。}や、めつき付着量ないしは拡散条件(温度、時間)の制御により、めつきの均質性が容易に得られるという面から、相対的にその重要性をましてきた。」
(ロ)第5欄7行〜20行
「第7図は、イオンマイクロアナライザー(機種アプライドリサーチラボラトリーズ社製)によりめつきの厚み方向の・・・ブラスめつき層中の亜鉛量を測定した結果で、・・・第7図は母線を伸線したワイヤについての1例であり、ブラスめつき表面部に・・・亜鉛が多く存在していることを示している。・・・合金比の測定では1次ビームにO2+を加速電圧20KV、電流10nAで照射し、ビーム径10μm、照射領域100×120μmで計測した。」
(ハ)第7図b
「ブラスめつき層の表面付近の亜鉛量は90%弱、表面から200〜300Åの深さでの亜鉛量は40%前後であること」
これらの記載事項からみて、甲第4号証には、
「スチールワイヤのブラスめつきの方法としては、銅めつき、亜鉛めつき、次いで熱拡散処理を順次行う拡散法が多く用いられること、及び、拡散法でブラスめつきを行ったあと、最終伸線して、ブラスめつき層の表面付近の亜鉛量は90%弱、表面から200〜300Åの深さでの亜鉛量は40%前後であるスチールワイヤ」との事項(以下、「甲第4号証記載の事項」という。)が記載されていると認められる。
(iv)甲第10号証(特開平5-9655号公報)記載の事項
周知技術を示す例として挙げられている甲第10号証には、以下の事項が記載されている。
(イ)段落【0001】
「【産業上の利用分野】本発明は、タイヤコード、ベルトコード等のゴム補強材、プラスチック補強材、繊維補強材、電磁波シールド用材、針材、ワイヤソー、精密ばね、ワイヤロープ、ミニロープ、釣糸等に使用する高強度、高靱性を有する極細金属線に関するものである。」
(ロ)段落【0003】
「そして、これらの極細金属線に要求される性質は、極細径に仕上げられることと、前記利用分野での用途に耐え得るに十分な高強度を有すると共に靱性も備えていること、伸線加工性に優れていること及びコストの安いことである。」
(ハ)段落【0037】
「(実施例2)次に、実験番号6の本発明の高強度極細金属線をタイヤコードとして用いた実施例を示す。実験番号における最終伸線前に、その表面に0.8μのブラスメッキをして同様に伸線を行ない仕上げた。この素線を5本撚り合わせて1×5×0.20のタイヤコードを作った。・・・」
(ニ)段落【0039】
「(実施例3)精密部品、電子部品、各種半導体またはダイヤモンドダイス等の切削、溝切りまたは研磨加工等に採用されるワイヤソーとして、本発明の高強度極細金属線を用いても有効である。表面にブラスメッキを施した実験番号11の線を用いてシリコンウエハを切断した実施例を説明する。・・・」
これらの記載事項からみて、甲第10号証には、
「タイヤコードとともにワイヤソーはブラスメッキを施した高強度極細金属線の用途であり、高強度、伸線加工性は上記高強度極細金属線の課題である」との事項(以下、「甲第10号証記載の事項」という。)が記載されていると認められる。
なお、甲第10号証の特許公報である甲第11号証(特許第2627373号公報)にも、甲第10号証と同一の事項が記載されている。

(3)対比
本件発明と甲第2号証記載の発明とを対比すると、後者の「炭素を0.60〜0.95重量%含むピアノ線」が前者の「炭素鋼鋼線」に、後者の「ブラスメッキ」が前者の「真鍮メッキ」に、後者の「ブラスメッキを施した上で最終伸線により製造されるソーワイヤ用ピアノ線」及び「ソーワイヤ用線条体」が前者の「ワイヤソー用ワイヤ」に、それぞれ相当することは明らかである。そして、前者の「線径が0.05〜0.25mm」と後者の「線径が0.04〜0.35mm」とは、「線径が0.05〜0.25mm」の範囲で一致し、また、前者の「真鍮メッキの厚さが0.1〜1.0μm」と後者の「ブラスメッキの厚さが0.04〜0.50μm」とは「真鍮メッキの厚さが0.1〜0.5μm」の範囲で、前者の「真鍮メッキ全体における銅/真鍮(重量比)が0.55〜0.75」と後者の「ブラスメッキ全体におけるCu比が60重量%以上」とは「真鍮メッキ全体における銅/真鍮(重量比)が0.60〜0.75」の範囲で、それぞれ一致する。
そうすると、両者の一致点及び相違点は以下のとおりである。
〈一致点〉線径が0.05〜0.25mmの炭素鋼鋼線の表面に真鍮メッキを施したワイヤソー用ワイヤであって、真鍮メッキの厚さが0.1〜0.5μmで、真鍮メッキ全体における銅/真鍮(重量比)が0.60〜0.75であるワイヤソー用ワイヤ
〈相違点〉本件発明は、真鍮メッキの最表面部の銅/真鍮(重量比)が0.10〜0.40で、かつ鋼線の中心部に向かって銅比率が増加し、最表面部から200〜300Åの深さでの銅/真鍮(重量比)が0.55〜0.75であるのに対して、甲第2号証記載の発明は、真鍮メッキの最表面部の銅/真鍮(重量比)、最表面部から200〜300Åの深さでの銅/真鍮(重量比)が明らかではない点。

(4)当審の判断
本件発明のワイヤソー用ワイヤは、真鍮メッキの厚さが0.1〜1.0μmと固定砥粒式ワイヤソー用ワイヤのそれと比較して格段に薄いこと(ちなみに、固定砥粒式ワイヤソー用ワイヤにおけるメッキの厚さは、10μm(請求人が資料2として提示した実願平2-122645号(実開平4-79050号)のマイクロフィルム参照)、28μm(請求人が資料3として提示した特開平9-150314号公報参照)と少なくとも一桁相違する)、また、訂正明細書の段落【0005】の「・・・ソーワイヤを切断砥粒、一般的には炭素珪素粉、ダイヤモンド粉等の砥粒とともに被切断物に圧接しつつ走行させ行う。この切断時、真鍮メッキに砥粒が食い込みソーワイヤ表面に固着することが重要である。砥粒がソーワイヤ表面にしっかり固着していないと切断加工性が低下し、これにより表面粗度が低下したり寸法精度が低下したするのである。」との記載からみて、本件発明は、予め砥粒がワイヤソー用ワイヤに固定されている、いわゆる「固定砥粒式ワイヤソー用ワイヤ」ではなく、予め砥粒を固定させておくのではなく、切断時に砥粒を使用する、いわゆる「遊離砥粒式ワイヤソー用ワイヤ」であると認められる。
そして、真鍮メッキの最表面部及び最表面部から200〜300Åの深さでの銅/真鍮(重量比)(以下、「銅比」という。)に関して、訂正明細書の段落【0012】には、「さらに、真鍮メッキの最表面部の銅/真鍮(重量比)が0.10〜0.40で、かつ鋼線の中心部に向かって銅比率が増加し、最表面部から200〜300Åの深さでの銅/真鍮(重量比)が0.55〜0.75であることが好ましい。これは以下に示す理由による。すなわち、真鍮メッキの最表面の銅の割合が0.10未満であると亜鉛の割合が多くなりすぎて伸線性を低下させるばかりか砥粒の固着力が低下することにより、0.40を超えると逆に銅の割合が多くなりすぎメッキ表面層の硬度が低下して線同士の接触等で容易にキズが入りメッキの薄厚箇所が発生して砥粒の固着力を低下させることによる。また、鋼線の中心に向かって銅比率が増加し最表面から200〜300Åの深さでの銅/真鍮比率を0.55〜0.75としたのは、表層部からこの深さまでが砥粒の固着に大きく影響を及ぼすことにより、0.55未満では亜鉛の量が多くなりすぎ、硬くなって砥粒の固着力が低下し、0.75を超えると逆に軟らかくなりすぎ砥粒の固着力が低下してしまうことによる。」と記載されており、当該記載からみて、本件発明における真鍮メッキの最表面部及び最表面部から200〜300Åの深さでの銅比を特定の範囲内とすることの技術的意義は、良好な伸線性に加えて遊離砥粒の良好な固着力を得ることにある。
ところで、甲第3号証には、「炭素鋼のワイヤに真鍮メッキを拡散メッキ法で行うこと、及び、真鍮メッキの最表面部の銅比は約30重量%と比較的少なく、中心部に向かって銅比が増大していること」が、甲第4号証には、「スチールワイヤの真鍮メッキとしては拡散法が多く用いられること、及び、拡散法で真鍮メッキを行ったあと、最終伸線して、真鍮メッキ層の表面付近の亜鉛量は90%弱、表面から200〜300Åの深さでの亜鉛量は40%前後であるスチールワイヤ」が、それぞれ記載されており、したがって、当該相違点に係る本件発明の構成は甲第3、4号証に記載若しくは示唆されていると云い得るが、甲第3、4号証には、当該事項をワイヤソー用ワイヤに適用すること、また、遊離砥粒の固着力については一切記載がない。
そこで、甲第2号証記載の発明に上記甲第3、4号証記載の事項を適用することが当業者にとって容易になし得ることか否かについて検討するに、甲第10、11号証には、「タイヤコードとともにワイヤソーはブラスメッキを施した高強度極細金属線の用途であり、高強度、伸線加工性は上記高強度極細金属線の課題である」との事項が記載されていることからみて、タイヤコードに関する甲第3、4号証記載の事項とワイヤソーに関する甲第2号証記載の発明とは、高強度、伸線加工性という課題、及び、ブラスメッキを施した高強度極細金属線という技術分野を共通にするものである。
しかも、遊離砥粒式ワイヤソー用ワイヤにおいて、メッキ層が遊離砥粒を固着する作用のあることは、請求人がそれぞれ資料9、12として提示した特開平4-195706号公報、実願昭60-21620号(実開昭61-137421号)のマイクロフィルムに示されているように、従来周知の事項と認められる。
そうすると、甲第2号証記載の発明の真鍮メッキを甲第3、4号証記載の拡散メッキ法で設けること、及び、その際にメッキ層の遊離砥粒固着作用に着目することは、当業者が容易に想到し得ることであり、そして、遊離砥粒固着作用の最適範囲を示すメッキ条件を実験を通じて決定することは当業者が通常行うことであるから、真鍮メッキの最表面部及び最表面部から200〜300Åの深さでの銅比を、甲第3、4号証に示されているような数値とすることも、当業者が容易になし得ることと云わざるを得ない。
そして、本件発明の作用効果は、甲第2〜4号証記載の発明(事項)及び従来周知の事項から当業者が予測可能な範囲内のものであって、格別のものではない。
したがって、本件発明は、甲第2〜4号証記載の発明(事項)及び従来周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

6.無効理由2(特許法第36条第4項違反)についての判断
請求人が明細書の記載に不備があると主張する各事項について、以下検討する。
(1)請求人は、真鍮メッキの最表面部及び最表面部から200〜300Åの深さでの銅比に関する数値限定の臨界的意義が具体的には記載されていないことをもって、記載が不備であると主張するが、上述したように、上記数値限定の技術的意義は訂正明細書の段落【0012】に明記されている。
(2)真鍮メッキの最表面部及び最表面部から200〜300Åの深さでの銅比を本件発明で特定する範囲にする方法は、メッキ後に施す熱拡散温度および/又は時間を制御することによって実現可能なことは自明であり、また、訂正明細書の段落【0017】には、「仕上がったソーワイヤのメッキの厚み及び銅の比率は、メッキ工程(最終伸線加工前)での銅および亜鉛のメッキ厚みおよび拡散の条件(電流、線速等)により調整することができる。」と記載されているから、訂正明細書内には熱拡散条件の具体的数値が示されていなくとも、当業者であれば実施可能であるというべきである。
(3)真鍮メッキの最表面部及び最表面部から200〜300Åの深さでの銅比の測定は、被請求人が示す光電子分光分析装置、走査型オージエ電子分析装置によって実施可能であり、また、甲第3、4号証にも測定方法が示されているから、訂正明細書内には測定装置が示されていなくとも、当業者であれば実施可能であるというべきである。
(4)真鍮メッキの最表面部の銅比に関する、本件特許明細書の段落【0014】の記載不備は、訂正により解消した。
(5)請求人は、訂正明細書の段落【0012】の最表面部から200〜300Åの深さでの銅比に関する記載は理解できないと主張するが、上述したように、当該銅比が伸線性及び砥粒の固着性の点で技術的意義を有することは明らかである。
したがって、請求人の主張する特許法第36条第4項違反に関する無効理由は、いずれも認めることができない。

7.無効理由3(特許法第17条の2第3項違反)についての判断
平成15年3月26日付けの手続補正は、請求項1を削除して、請求項2を請求項1にしたものであり、また、明細書又は図面に新たな技術事項を追加したものではない。
したがって、請求人の主張する特許法第17条の2第3項違反に関する無効理由は認めることができない。

8.むすび
以上のとおりであるから、本件発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号に該当する。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
ワイヤソー用ワイヤ
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】線径が0.05〜0.25mmの炭素鋼鋼線の表面に真鍮メッキを施したワイヤソー用ワイヤであって、真鍮メッキの厚さが0.1〜1.0μmで、真鍮メッキ全体における銅/真鍮(重量比)が0.55〜0.75であるワイヤソー用ワイヤにおいて、真鍮メッキの最表面部の銅/真鍮(重量比)が0.10〜0.40で、かつ鋼線の中心部に向かって銅比率が増加し、最表面部から200〜300Åの深さでの銅/真鍮(重量比)が0.55〜0.75であることを特徴とするワイヤソー用ワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、半導体、セラミックス、超硬合金等の硬質材料の切断に用いるワイヤソー用ワイヤ(以下、「ソーワイヤ」という)に関する。
【0002】
【従来の技術】
ワイヤソーは、ソーワイヤを切断砥粒、一般的には炭素珪素粉、ダイヤモンド粉等の砥粒とともに被切断物に圧接しつつ走行させ切断を行う装置である。上記ソーワイヤには、切断時にかかる張力に耐えうる強度が必要なため、一般的には高炭素鋼線材やピアノ線材が使用されている。このソーワイヤは、5mm程度の原線から伸線加工とパテンチング処理を繰り返して製造されるが、高炭素鋼線材やピアノ線材は高強度で伸線加工しにくい材料であるため、伸線性の向上を目的として、最終伸線加工前に、ワイヤ表面に真鍮メッキが施すのが一般的である。この真鍮メッキはワイヤソーで切断を行う際、砥粒を固着させるという重要な役目も果たす。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
ところで、近年精密機器の著しい普及に伴い、より高精度でコンパクトな機器が求められ、この精密機器を構成する部品の表面粗度および寸法精度の更なる向上が要求されるようになった。これら部品の表面粗度および寸法精度に大きく影響を与えるのがソーワイヤである。すなわち、被加工物である部品の表面粗度や寸法精度にソーワイヤの引張強度やワイヤくせが影響するのは公知の事実であるが、ワイヤ表面のメッキも大きく影響することが本発明者等の研究により明らかとなった。
【0004】
真鍮メッキは最終伸線時の伸線性の向上を目的として施されるものであるが、1mm程度まで伸線加工された線材表面にまず銅メッキを施し、その上に亜鉛メッキを施したのち熱拡散させて真鍮メッキとし、次に0.05〜0.25mmに伸線加工されて製造される。
【0005】
このように製造されたソーワイヤによって半導体インゴットやセラミックス等を切断するのだが、その方法は、前述したとおり、ソーワイヤを切断砥粒、一般的には炭素珪素粉、ダイヤモンド粉等の砥粒とともに被切断物に圧接しつつ走行させ行う。この切断時、真鍮メッキに砥粒が食い込みソーワイヤ表面に固着することが重要である。砥粒がソーワイヤ表面にしっかり固着していないと切断加工性が低下し、これにより表面粗度が低下したり寸法精度が低下したするのである。
【0006】
また、ソーワイヤは通常数kgから数十kg単位でリールに巻き取り使用されるが、近年、切断作業の効率化からリールのラージ化の要求が強くなってきている。伸線性が低いことによる断線はソーワイヤの製造コストアップにつながり、表面キズは切断時の作業性および被加工物の精度にも影響を与える。本発明者等は、部品の表面粗度及び寸法精度を向上させ、かつ伸線性にも優れた最適なソーワイヤを見出すべく鋭意研究をおこなった結果、最適な真鍮メッキを見出したのである。
【0007】
よって、本発明は、被加工物の表面粗度及び寸法精度を向上させ、かつ伸線性にも優れたソーワイヤを提供することを課題とする。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明によるソーワイヤは、線径が0.05〜0.25mmの炭素鋼鋼線の表面に真鍮メッキを施したワイヤソー用ワイヤであって、真鍮メッキの厚さが0.1〜1.0μmで、真鍮メッキ全体における銅/真鍮(重量比)が0.55〜0.75であるワイヤソー用ワイヤにおいて、真鍮メッキの最表面部の銅/真鍮(重量比)が0.10〜0.40で、かつ鋼線の中心部に向かって銅比率が増加し、最表面部から200〜300Åの深さでの銅/真鍮(重量比)が0.55〜0.75であることを特徴とする。
【0009】
上記のごとく、真鍮メッキの厚みおよび真鍮メッキ中の銅の割合(重量比)を特定することで、砥粒の固着を確実にし、切断部の表面粗度が向上でき、部品の寸法精度を向上することができる。しかも最終伸線加工後の真鍮メッキ厚みおよび銅の割合を上記のようになるように伸線前のメッキを特定することで優れた伸線性が得られる。
【0010】
ところで、メッキの厚さを0.1〜1.0μmとしたのは、0.1μm未満では最終伸線加工前の真鍮メッキ厚が薄すぎて伸線性が低下し、しかも被切断物を切断した場合、砥粒の固着力が低下して被切断物の表面粗度が大きくなることによる。またメッキ厚は1.0μmを超えてもそれ以上の効果が得られず、かえってコスト高となることによる。
【0011】
さらに、真鍮メッキ全体における銅/真鍮の重量比を0.55〜0.75としたのは、0.55未満では亜鉛の割合が多くなりすぎ伸線加工性が低下し、0.75を超えると銅の比率が大きくなりすぎ、真鍮メッキ自身が軟らかくなりすぎて砥粒の固着力が低下することによる。
【0012】
さらに、真鍮メッキの最表面部の銅/真鍮(重量比)が0.10〜0.40で、かつ鋼線の中心部に向かって銅比率が増加し、最表面部から200〜300Åの深さでの銅/真鍮(重量比)が0.55〜0.75であることが好ましい。これは以下に示す理由による。すなわち、真鍮メッキの最表面の銅の割合が0.10未満であると亜鉛の割合が多くなりすぎて伸線性を低下させるばかりか砥粒の固着力が低下することにより、0.40を超えると逆に銅の割合が多くなりすぎメッキ表面層の硬度が低下して線同士の接触等で容易にキズが入りメッキの薄厚箇所が発生して砥粒の固着力を低下させることによる。また、鋼線の中心に向かって銅比率が増加し最表面から200〜300Åの深さでの銅/真鍮比率を0.55〜0.75としたのは、表層部からこの深さまでが砥粒の固着に大きく影響を及ぼすことにより、0.55未満では亜鉛の量が多くなりすぎ、硬くなって砥粒の固着力が低下し、0.75を超えると逆に軟らかくなりすぎ砥粒の固着力が低下してしまうことによる。
【0013】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
【0014】
図1は真鍮メッキを施したソーワイヤの横断面を示した概略断面図である。硬鋼線材1の表面に真鍮メッキ2を施したものである。線径Tが0.05〜0.25mmで、真鍮メッキの厚みtが0.1〜1.0μmである。また、真鍮メッキ2の最表面Sにおける銅/真鍮の比(重量比)が0.10〜0.40で、そこからワイヤの中心に向かって銅の割合が増加し、最表面Sから深さ200〜300Åの深さでの銅/真鍮の比(重量比)が0.55〜0.75である。本発明のソーワイヤは線径1mm程度の線材に銅メッキを施し、その上に亜鉛メッキを施した後、熱拡散にて真鍮メッキとして、これを線径0.05〜0.25mmに伸線加工して所望のソーワイヤを得るものである。
【0015】
【実施例】
以下、本発明の実施例を具体的に説明する。
【0016】
線径5.5mmの硬鋼線材をパテンチング、伸線加工を繰り返して、線径1.2mmの素線を製造し、この素線に銅メッキを施し、その上に亜鉛メッキを施した後電気抵抗を利用した加熱装置で熱拡散させて真鍮メッキとした。この真鍮メッキ素線を湿式伸線機により各種線径のソーワイヤをした。なお、比較例としてメッキ厚み及び銅/真鍮の比が本発明から外れる従来のソーワイヤも製造した。
【0017】
仕上がったソーワイヤのメッキの厚み及び銅の比率は、メッキ工程(最終伸線加工前)での銅および亜鉛のメッキ厚みおよび拡散の条件(電流、線速等)により調整することができる。
【0018】
そして、上記本発明のソーワイヤと比較例のソーワイヤにおいて、伸線加工時の伸線性と実際に半導体インゴットを切断して、切断されたインゴットの切断部表面粗度および寸法を比較した。
【0019】
比較の結果、本発明のソーワイヤは伸線性に優れ、切断部の表面粗度および寸法精度が非常に優れていることが判った。
【0020】
【発明の効果】
本発明のソーワイヤは前記のとおり構成されているので、本発明のソーワイヤをつかって半導体、セラミックス、超硬合金等の硬質材料を切断すれば、切断砥粒が確実にソーワイヤ表面に固着し、切断部の表面粗度及び寸法精度を著しく向上させることができる。また、本発明のソーワイヤは伸線性に優れ、ワイヤソー装置に組み込まれるソーワイヤの単位重量を増すことができるので、切断における作業性を著しく向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明のソーワイヤの一実施例を示した概略横断面図である。
【符号の説明】
1 炭素鋼鋼線
2 真鍮メッキ
T 線径
t 真鍮メッキ厚み
S メッキ最表面
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2005-01-06 
結審通知日 2005-01-07 
審決日 2005-01-18 
出願番号 特願2000-37944(P2000-37944)
審決分類 P 1 113・ 121- ZA (B24B)
P 1 113・ 55- ZA (B24B)
P 1 113・ 536- ZA (B24B)
最終処分 成立  
特許庁審判長 西川 恵雄
特許庁審判官 岡野 卓也
菅澤 洋二
登録日 2003-09-26 
登録番号 特許第3475271号(P3475271)
発明の名称 ワイヤソー用ワイヤ  
代理人 来住 洋三  
代理人 鈴江 武彦  
代理人 中村 誠  
代理人 来住 洋三  
代理人 河野 哲  

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