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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性 無効としない C25D
審判 全部無効 1項2号公然実施 無効としない C25D
管理番号 1119290
審判番号 審判1999-35360  
総通号数 68 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1987-08-29 
種別 無効の審決 
審判請求日 1999-07-14 
確定日 2005-04-11 
事件の表示 上記当事者間の特許第2140707号「スズ-鉛電気メッキ溶液およびそれを用いた高速電気メッキ方法」の特許無効審判事件についてされた平成14年 3月18日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成14年(行ケ)第0196号平成16年 6月 7日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 I.手続の経緯
特許第2140707号(昭和60年12月28日出願(パリ条約による優先権主張 1985年9月20日米国)。平成2年9月18日出願公告(特公平2-41589号)。平成11年5月21日設定登録)は、平成11年7月14日にその特許請求の範囲第1項、第6項に係る発明の特許について、請求人 石原薬品株式会社より無効審判が請求され、平成11年審判35360号として審理され、平成14年3月18日に、本件審判請求は成り立たない旨の審決(以下、「維持審決」という)がなされた。
該維持審決についての審決取消訴訟が東京高等裁判所に提訴され、平成14年(行ケ)第196号として審理され、平成16年6月7日に該維持審決を取り消す旨の判決言渡(以下、「高裁取消判決」という)がなされた。
該高裁取消判決確定前である平成16年7月22日に訂正審判が請求され、訂正2004-39173号として審理され、平成16年9月16日に「特許第2140707号に係る明細書を審判請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを認める。」との審決(以下、「訂正認容審決」という。)がなされた。
無効審判請求時の特許請求の範囲第1項、第6項に係る発明は、訂正認容審決により訂正が認められた明細書の特許請求の範囲第1項、第5項に係る発明に訂正されたので、平成16年10月13日付で当審から請求人に審尋を行ったところ、請求人から平成16年12月13日付で回答書が提出された。
請求人、被請求人から提出された書面は、それぞれ次のとおりである。
〈請求人から提出された書面〉
平成11年7月14日付「審判請求書」
平成12年9月1日付「上申書」
平成12年10月16日付「上申書」
平成13年1月10日付「口頭審理陳述要領書」
平成13年2月8日付「上申書」
平成13年9月19日付「上申書」
平成16年12月13日付「回答書」
〈被請求人から提出された書面〉
平成13年1月31日付「上申書」
平成13年5月21日付「上申書」


II.本件発明
訂正認容審決により訂正が認められた明細書(以下、「本件明細書」という。)の特許請求の範囲第1項及び第5項に係る発明は、以下のとおりである。
「1.改良されたスズの酸化に対する抵抗力を有するスズ-鉛合金の電気メッキ用電解質溶液であって、
水;所定量の可溶性二価スズ化合物及び可溶性二価鉛化合物;実質的に3以下のpHの溶液を与えるのに充分な量の可溶性アルキルスルホン酸;溶液中に全ての構成成分を溶液状に保持して実質的に32℃以上の曇り点を有する電解質溶液を与えるための湿潤剤としての、実質的に8モル以上の酸化アルキレンを有する可溶性酸化アルキレン縮合化合物と、これに加えて第四アンモニウム脂肪酸化合物;及び二価のスズから四価のスズへの酸化を防止し又は抑制するために充分な量のジヒドロキシベンゼンの位置異性体を含む前記スズ-鉛電気メッキ電解質溶液。」(以下、「本件発明1」という。)
「5.スズの酸化による実質的な量のスズスラッジの生成を抑制しながら、スズ-鉛合金を基材に高速で電気メッキする方法であって、
(1)可溶性二価スズ化合物及び可溶性二価鉛化合物と、実質的に3以下のpHを有する溶液を与えるのに充分な量のpH調整剤である可溶性アルキルスルホン酸を含む電気メッキ溶液を調整し、
(2)前記溶液に湿潤剤として実質的に8モル以上の酸化アルキレンを有する可溶性酸化アルキレン縮合化合物および可溶性第四アンモニウム脂肪酸化合物を加えて、実質的に32℃以上の曇り点を有する電解質溶液となし、
(3)前記電解質溶液に電気メッキによって形成された電着物の光沢を改良するのに充分な量の芳香族アルデヒド又はその誘導体を加え、
(4)前記電解質溶液に低電流密度範囲における電気メッキを改良するのに充分な量の可溶性ビスマス化合物、または高電流密度範囲の電気メッキを改良するのに充分な量のアセトアルデヒドを加えて電解質溶液を調整し、
(5)更に、上記電解質溶液に、二価のスズから四価のスズへの酸化を防止するか、もしくは四価のスズを二価のスズに還元するのに充分な量のジヒドロキシベンゼン化合物を加えて、スズ-鉛合金の電気メッキ溶液を調整し、上記電気メッキ溶液に、スズ-鉛合金の電気メッキを施す基材を浸漬し、所定の電流密度範囲に設定して、上記電気メッキ用液を加熱もしくは撹拌することにより、上記基材上に高品質のスズ-鉛合金メッキを高速で形成させることを特徴とする高速電気メッキ方法。」(以下、「本件発明2」という。)


III.当事者の主張および証拠方法
[1]請求人の主張および証拠方法
口頭審理における請求人の陳述(平成12年10月16日の「第1回口頭審理調書」、平成13年1月17日の「第2回口頭審理及び証拠調べ調書」参照)及び平成16年12月13日付回答書によれば、本件無効審判の請求の趣旨は、「特許第2140707号の特許請求の範囲第1項及び第5項に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。との審決を求める。」というにある。
そして、請求人は、本件発明1、本件発明2に係る特許の無効理由として、「本件発明1、本件発明2は、本件特許に係る出願の優先権主張日前に日本国内において公然実施をされた発明であるから、特許法第29条第1項第2号に該当し、また、本件発明1、本件発明2は、本件特許に係る出願の優先権主張日前に日本国内において公然実施をされた発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」旨主張し、そして、証拠方法として、甲第1号証〜甲第10号証、参考文献1〜参考文献4を提出し、また、証人 時澤元一、尾崎吉方、吉本雅一、滝下勝久、辻清貴の証人尋問を申請し、さらに、平成16年12月13日付で提出した回答書とともに、新たに公知文献1〜公知文献5を提示している。

[2]被請求人の主張および証拠方法
口頭審理における被請求人の陳述(平成12年10月16日の「第1回口頭審理調書」参照)及び平成13年5月21日付上申書によれば、被請求人の答弁の趣旨は、「本件審判請求は成り立たない、との審決を求める。」にあるものと認められ、そして、被請求人は、以下の参考資料1〜参考資料3を提出している。
参考資料1;フェノールのNMRチャート
参考資料2;レゾルシノールのNMRチャート
参考資料3;ハイドロキノンのNMRチャート

[3]請求人の提出した甲第1〜10号証、参考文献1〜4、公知文献1〜5の記載事項等
(1)甲第1号証(「鍍金の世界」1983年6月号、昭和58年6月15日東京鍍金材料協同組合発行、第26〜29頁、第72頁の写し);
昭和58年6月2〜5日東京流通センターでMETEC’83-表面技術総合展が開催されたことが記載され、そして、めっき薬品関連の新製品の紹介記事として、その第29頁には、「ソルダロンプロセス=ホウ弗化物を含まない半田めっきプロセスで、90対10あるいは60対40の錫-鉛合金皮膜が広い電流密度範囲にわたって得られる。ソルダロンNF(無光沢)、同BR(光沢)、同MHS(高速用無光沢)、同BHS(高速用光沢)の四種がある。(ジャパン・ロナール(株))」と記載されている。
(2)甲第2号証(Fred I.Nobelによる1987年1月27日付の「DECLARATION」の写し(及びその訳文));
1986年4月15日付の米国出願(シリアルナンバー852,063)についての、スズ、スズ-鉛メッキ浴におけるスズスラッジの低減に関する(発明者の一人である)Fred I.Nobelによる1987年1月27日付の宣誓供述書であって、その第5頁(審判甲2訳文第3頁参照)には、「Solderon(登録商標)プロセスとして業界で知られている出願人のプロセスは、メタンスルホン酸、メタンスルホン酸スズ及びメタンスルホン酸鉛、抗酸化剤としてのカテコールならびに好ましくは華氏90度以上の曇点(cloud point)を持つ酸化エチレン縮合物である湿潤剤とからなる浴を包含する。」と記載され、さらに、電気スズメッキ用のソルダロンプロセスの1981年〜1985年の販売実績について記載されている。
(3)甲第3号証(昭和59年8月18日付の表面処理グループ尾崎吉方及び倉科匡2名による「ソルダロンNF半田メッキ浴の検討 その1」と題する報告書);
「表-1 基本浴組成」には、ソルダロンアッシド、ソルダロンティンコンク、ソルダロンレッドコンク、ソルダロンNFが基本浴の成分であることが記載されている。
(4)甲第4号証(昭和59年9月3日付の表面処理グループ尾崎吉方及び倉科匡2名による「ソルダロンNF半田メッキ浴の検討 その2」と題する報告書);
ジャパンロナール(株)製のソルダロンNF半田メッキ浴を使用したサンプルの耐熱試験、ハンダヌレ性試験結果等について記載されている。
(5)甲第5号証(昭和59年6月26日付の中原化興株式会社から大和電機工業株式会社宛の見積書);
ソルダロンティンコンク、レッドコンク、アシッド、BRスターター、BRリプレ、NF、BHSスターター、BHSブライトF、MHSの数量、単価、建浴費等について記載されている。
(6)甲第6号証(ジャパンロナール株式会社技術第一課 田村隆昭名(S59.8.2,S59.8.9(2通),S59.8.10付)及び同須田和幸名(S59.8.9,S59.8.22付)のソルダロンNFプロセス、ソルダロンBRプロセスに関する文書);
第1頁、第5頁等には、ソルダロンNFプロセスの浴には、その成分として、ソルダロンアシッド、ソルダロンティンコンク、ソルダロンレッドコンク、ソルダロンNFを含むことが、また、その第3頁、第8頁等には、ソルダロンBRプロセスの浴には、その成分として、ソルダロンアシッド、ソルダロンティンコンク、ソルダロンレッドコンク、ソルダロンBRスターターを含むことが記載されている。
(7)甲第7号証の1(特開昭58- 42786号公報);(記載内容省略)
(8)甲第7号証の2(特開昭59-104491号公報);(記載内容省略)
(9)甲第7号証の3(特開昭59-182986号公報);(記載内容省略)
(10)甲第8号証の1(吉本雅一、辻清貴、滝下勝久3名による平成13年1月5日付中野修身弁理士宛「ソルダロンBRプロセスに関する報告書」);(記載内容省略)
(11)甲第8号証の2(吉本雅一、滝下勝久2名による平成13年1月5日付中野修身弁理士宛「ソルダロンBRプロセスに関する報告書の訂正」);(記載内容省略)
(12)甲第9号証の1(「光沢ハンダめっきプロセス ソルダロンBR」、「無光沢ハンダめっきプロセス ソルダロンNF」、「高速用ハンダめっきプロセス ソルダロンBHS」、「高速用ハンダめっきプロセス ソルダロンMHS」と題する文書);
「光沢ハンダめっきプロセス ソルダロンBR」、「無光沢ハンダめっきプロセス ソルダロンNF」、「高速用ハンダめっきプロセス ソルダロンBHS」、「高速用ハンダめっきプロセス ソルダロンMHS」について記載され、ソルダロンBRの浴組成は、「ソルダロンアシッド 240ml/l、ソルダロンティンコンク 75ml/l、ソルダロンレッドコンク3.5ml/l、ソルダロンBRスターター 40ml/l」であり、また、ソルダロンNFの浴組成は、「ソルダロンアシッド 140ml/l、ソルダロンティンコンク 75ml/l、ソルダロンレッドコンク2.2ml/l、ソルダロンNF 80ml/l」であると記載されている。
(13)甲第9号証の2(昭和60年8月12日付石原薬品(株)メッキ部開発課名の「ソルダロンBR浴の無電解経時試験」と題する文書);
第1頁「2.実験方法2-1.浴組成」の欄に、ソルダロンBR浴のカタログの基本浴はTM=10.6g/l(浴中Pb15%)となっていると記載され、さらに、「ティンコンク 75ml/l(Sn2+ 9g/l)、レッドコンク 3.5ml/l(Pb 1.6g/l)、(浴中Pb 15%)、アシッド 240ml/l、BRスターター 40ml/l」の浴組成のものが記載されている。
(14)甲第9号証の3(昭和59年8月8日付株式会社日東技術情報センター名の「分析結果報告書」);
依頼者(石原薬品)吉本雅一宛の昭和59年8月8日付株式会社日東技術情報センター名の、水溶液溶質成分分析に関する「分析結果報告書」であって、その第1頁には、「ジャパン・メタル サーディップ用ハンダメッキ液 No.2 ソルダロンレッドコンク 固形分 56%、主成分 メタンスルホン酸塩(Pb塩) No.3 ソルダロンSG comp ・・(中略)・・ No.4 Solderon SG make up ・・(中略)・・ No.1(Sn)No.5(光沢剤)未着手」と記載されている。
(15)甲第9号証の4(昭和59年8月31日付株式会社日東技術情報センター名の「分析結果報告書」);
依頼者(石原薬品)吉本雅一宛の昭和59年8月31日付株式会社日東技術情報センター名の、溶質の組成分析に関する「分析結果報告書」であって、その第1頁には、「LB レイタックA・・・・メタンスルホン酸(約 80%) 水、 JM ソルダロンA・・・・メタンスルホン酸(約50%) 水」と記載されている。
(16)甲第9号証の5(昭和59年9月17日付株式会社日東技術情報センター名の「分析結果報告書」);
依頼者(石原薬品)吉本雅一宛の昭和59年9月19日付株式会社日東技術情報センター名の、J-S,L-Sの定性分析に関する「分析結果報告書」であって、その第1頁には、「J-S ソルダロンティンコンク・・・・メタンスルホン酸塩(Sn,Pb塩)、メタンスルホン酸 ・120℃加熱残分約35%、・120℃真空加熱残分約27% L-S スロットレット-S」と記載され、また、第2頁には、J-SではPbも比較的少量であるが確認されたと記載されている。
(17)甲第9号証の6(「有機酸ハンダメッキ用光沢添加剤ソルダロンBOB(ジャパンメタル)成分分析」。但し、平成13年1月10日付提出の甲第9号証の6を一部修正し、平成13年2月8日付で再提出したもの。);
「有機酸ハンダメッキ用光沢添加剤ソルダロンBOB(ジャパンメタル)成分分析」と題する文書であって、その第1頁には、結果(成分)及び考察について記載されている。
(18)参考文献1(「界面活性剤の分析と試験法」(講談社サイエンティフィック)1982年3月1日発行);(記載内容省略)
(19)参考文献2(「界面活性剤分析法」(幸書房)昭和50年10月1日発行);(記載内容省略)
(20)参考文献3(「The Aldrich Library of Infrared Spectra EDITION III」(Aldrich Chemical Company, Inc.)1981);(記載内容省略)
(21)参考文献4(「The Aldrich Library of NMR Spectra EDITION II Volume 1」(Aldrich Chemical Company, Inc.)1983);(記載内容省略)
(22)公知文献1(特公昭42-22851号公報);
可溶性の錫塩、遊離の酸、非イオン湿潤剤および有効量の第一光沢剤および第二光沢剤を含有する酸性電気スズメッキ浴において、第二光沢剤として、イミダゾリン誘導体を含有させることが記載されている(第2頁左欄下から8行〜右欄下から7行、第4頁右欄下から8行〜第5頁左欄下から2行、第6頁右欄特許請求の範囲2等参照)。
(23)公知文献2(特公昭49-20703号公報);
第1スズイオン、硫酸根、表面活性剤、複素環式カルボキシアルデヒド、水素イオンを含む酸性電気スズメッキ浴において、表面活性剤として、アルキルフェノールとアルキレンオキサイドとの縮合物と混合されたイミダゾリン誘導体を含有させることが記載されている(第3頁5欄31〜35行、第6頁12欄5〜17行、第7〜8頁特許請求の範囲1等参照)。
(24)公知文献3(特公昭49-21212号公報);
第一スズイオン、硫酸根、表面活性剤、水素イオンを含む酸性電気スズメッキ浴において、表面活性剤として、イミダゾリン誘導体及びアルキルフェノールとアルキレンオキシドの縮合物を含有させることが記載されている(第3頁5欄17〜21行、第4頁7欄13〜29行、第8頁特許請求の範囲1等参照)。
(25)公知文献4(特公昭58-1195号公報);
錫イオン、硫酸およびフルオロほう酸からなる群のうち少なくとも1つの酸、光沢剤としてのナフタリンモノカルボキシアルデヒド、カップラ又は乳化剤を含む水性酸性錫鍍金浴において、乳化剤として、アルキルイミダゾリニウム塩のような陽性化合物、アルキルイミダゾリンカルボキシル置換体のような両性化合物、酸化エチレンによって凝縮されたアルキルフェノールを含有させること、また、浴中には鉛塩を含有させることができることが記載されている(第1頁特許請求の範囲1、第3頁5欄33〜40行、第5頁10欄33〜36行、第6頁11欄13行〜12欄1行等参照)。
(26)公知文献5(米国特許第3850765号明細書);
2価のスズ、2価の鉛、ホルムアルデヒド、アリール第一級アミン、芳香族アルデヒドと芳香族アミンの縮合生成物を含むスズ-鉛合金メッキ浴において、浴に添加すべき好ましい化合物は、スズおよび鉛のフッ化ホウ素酸塩であるがメタンスルホン酸塩を添加することもできること、及び、光沢ろう電着物を得るのに必要な表面活性剤化合物としては、両性表面活性剤である置換されたイミダゾリンを含有させることができることが記載されている(第2頁1欄47〜64行、第3頁3欄28〜52行等参照)。

なお、平成13年1月17日に行った証拠調べにおける証人4名の証言内容については、摘記を省略した。


IV.高裁取消判決の概要
平成14年(行ケ)第196号審決取消請求事件で言い渡された高裁取消判決では、つぎのように説示されている。
(1)ソルダロンNFの譲渡による公然実施の認定判断の誤りについて;
甲5記事(本件「甲第1号証」に相当)及び甲17カタログ(訴訟段階で提出された証拠)によれば,ソルダロンNFはソルダロンプロセスの一態様であることが認められ,A供述書(本件「甲第2号証」に相当)には,ソルダロンプロセスの主たる成分として,具体的に,メタンスルホン酸,メタンスルホン酸スズ,メタンスルホン酸鉛,抗酸化剤としてのカテコール及び好ましくは華氏90度以上の曇点(cloud point)を持つ酸化エチレン縮合物である湿潤剤の5化学物質を開示しているのであるから,本件第1発明(訂正前の本件特許明細書の特許請求の範囲第1項に記載された発明)とソルダロンプロセスとは対比することができ,両者が同一であれば,本件第1発明は,特許出願前(本件優先日前)において公然実施された発明として,新規性が否定されるものというべきである。
しかしながら,審決は,本件第1発明とソルダロンNFに係る発明との対比判断をしないまま,・・中略・・「ソルダロンNFの試験に当たり,ソルダロンNF発明の技術内容については全く不明であったといわざるを得ない。そうであれば,ソルダロンNF発明は,その技術内容を知り得る状態で実施をされたものであるとはいえない」と判断したものであるから,誤りというほかない。(判決書第23頁下から2行〜第24頁14行参照)
(2)本件第2発明(訂正前の本件特許明細書の特許請求の範囲第6項に記載された発明)に係る公然実施の認定判断の誤りについて;
審決は,「本件第2発明が,仮に,ソルダロンBR発明のメッキ浴を用いてメッキを行なったにすぎない電気メッキ方法であったとしても,ソルダロンBR発明が本件出願前に日本国内において公然実施をされた発明と認められない以上,本件第2発明は,本件出願前に日本国内において公然実施をされた発明であると認めることはできない」と認定判断したものであるところ,上記(1)のとおり,本件発明1に係る審決の判断が誤りである以上,これを前提とした審決の本件第2発明に係る上記判断も誤りである。(判決書第24頁16〜26行参照)


V.当審の判断
[1]本件発明1について
高裁取消判決の説示(1)によれば、“本件発明1とソルダロンプロセスを対比し、両者が同一であれば,本件発明1は,特許出願前(本件優先日前)において公然実施をされた発明として、新規性が否定されるものというべきである”とされているので、本件発明1とソルダロンプロセスとを対比し、その新規性進歩性について以下に検討する。

1.本件発明1の新規性について
本件発明1は、その成分として、少なくとも、水、可溶性二価スズ化合物、可溶性二価鉛化合物、可溶性アルキルスルホン酸、湿潤剤としての酸化アルキレンを有する可溶性酸化アルキレン縮合化合物及び第四アンモニウム脂肪酸化合物、;及び二価のスズから四価のスズへの酸化を防止し又は抑制するジヒドロキシベンゼンの位置異性体を含有するスズ-鉛電気メッキ電解質溶液である(「II.本件発明」参照)。
一方、ソルダロンプロセスは、主たる成分として,メタンスルホン酸,メタンスルホン酸スズ,メタンスルホン酸鉛,抗酸化剤としてのカテコール及び好ましくは華氏90度以上の曇点(cloud point)を持つ酸化エチレン縮合物である湿潤剤を含有するスズ-鉛電気メッキ浴である(高裁取消判決の上記説示(1)参照。)ところ、ソルダロンプロセスにおける「メタンスルホン酸」、「メタンスルホン酸スズ」、「メタンスルホン酸鉛」、「抗酸化剤としてのカテコール」及び「華氏90度以上の曇点(cloud point)を持つ酸化エチレン縮合物である湿潤剤」は、本件発明1の「可溶性アルキルスルホン酸」、「可溶性二価スズ化合物」、「可溶性二価鉛化合物」、「二価のスズから四価のスズへの酸化を防止し又は抑制するジヒドロキシベンゼンの位置異性体」及び「湿潤剤としての酸化アルキレンを有する可溶性酸化アルキレン縮合化合物」にそれぞれ相当する。
そうすると、本件発明1とソルダロンプロセスとは、その成分として、可溶性二価スズ化合物、可溶性二価鉛化合物、可溶性アルキルスルホン酸、湿潤剤としての酸化アルキレンを有する可溶性酸化アルキレン縮合化合物、及び二価のスズから四価のスズへの酸化を防止し又は抑制するジヒドロキシベンゼンの位置異性体を含有するスズ-鉛電気メッキ電解質溶液である点で一致する。
しかしながら、本件発明1では、湿潤剤としてさらに第四アンモニウム脂肪酸化合物を含有する点(「相違点1」)、可溶性アルキルスルホン酸の量について実質的に3以下のpHの溶液を与えるのに十分な量であるとしている点(「相違点2」)、湿潤剤の量について溶液中にすべての構成成分を溶液状に保持して実質的に32℃以上の曇り点を有する電解質溶液を与える量であるとしている点(「相違点3」)、可溶性酸化アルキレン縮合化合物について実質的に8モル以上の酸化アルキレンを有するとしている点(「相違点4」)、及び、ジヒドロキシベンゼンの位置異性体について二価のスズから四価のスズへの酸化を防止又は抑制するために十分な量であるとしている点(「相違点5」)を、その構成として備えるのに対して、ソルダロンプロセスでは、これらの構成を備えるか否か明らかにされていない点で両者は相違する。
そこで、上記相違点について検討する。
まず、相違点1について検討する。
甲第1号証によれば、ソルダロンプロセスには、ソルダロンNF(無光沢)、同BR(光沢)、同MHS(高速用無光沢)、同BHS(高速用光沢)の四種の態様があると認められるところ、メッキ浴成分の具体的な分析結果が示されている甲第9号証の2〜6の記載からみても、ソルダロンプロセスあるいはその各態様において、湿潤剤として第四アンモニウム脂肪酸化合物を含有するとはされていない。
また、甲第3号証〜甲第9号証の1、参考文献1〜4のいずれにも、ソルダロンプロセスあるいはその各態様において、湿潤剤として第四アンモニウム脂肪酸化合物を含有することについての開示はなく、さらに、証拠調べにおける証人4名の供述によっても、ソルダロンプロセスあるいはその各態様で、湿潤剤として第四アンモニウム脂肪酸化合物を含有している事実を認めることはできない。

請求人は、当審からの審尋に対する平成16年12月13日付回答書において、「請求人が示す公知文献からも、第四アンモニウム脂肪酸化合物が、スズ-鉛電気メッキの技術分野において、慣用の湿潤剤であることは疑う余地のない事実である。」(回答書第4頁10〜13行参照)、「これらの証拠(とくに公知文献4及び5)からも解るとおり、酸性電気スズ-鉛メッキ浴において、第四アンモニウム脂肪酸化合物を併用することは、当業者にとって、周知の慣用手段なのである。」(回答書第7頁8〜11行参照)旨主張するので、公知文献1〜5の記載内容とともに、前記主張の当否について検討する。
公知文献1〜3には、第二光沢剤として、特定のイミダゾリン誘導体を含有させること、あるいは、表面活性剤として、アルキルフェノールとアルキレンオキサイドとの縮合物と混合されたイミダゾリン誘導体を含有させることが記載されており、そして、イミダゾリン誘導体は第四アンモニウムに相当する化合物であると認められるが、公知文献1〜3は、いずれも“スズ”の電気メッキを行う酸性電気スズメッキ浴にイミダゾリン誘導体を含有させたものであって、公知文献1は硫酸塩、弗化硼素酸塩および芳香族スルホネートを基本浴成分とするもの、公知文献2、3は硫酸根を基本浴成分とするものであり、これら公知文献1〜3はいずれも、ソルダロンプロセスのようなアルキルスルホン酸を基本浴成分とする“スズ-鉛合金”の電気メッキを行うメッキ浴へのイミダゾリン誘導体の含有を開示するものではない。そして、電気メッキの技術分野においては、“スズ”の電気メッキに関する技術が、メッキの種類が異なる、例えば、“スズ-鉛合金”の電気メッキに対しても、また、基本浴成分が異なるメッキ浴に対しても、当然に転用可能な技術であるとして当業者が理解しているわけではないから、“スズ”の電気メッキを行うための浴中成分として、イミダゾリン脂肪酸化合物を含有させることが公知文献1〜3により知られていたとしても、このことによって、イミダゾリン脂肪酸化合物を、アルキルスルホン酸を基本浴成分とする“スズ-鉛合金”の電気メッキの浴中成分として含有させることが周知慣用の技術であるということはできない。
公知文献4には、“スズ”あるいは“スズ-鉛合金”の電気メッキにおいて、メッキ浴中の光沢剤(ナフタリンモノカルボキシアルデヒド)の乳化剤として、アルキルイミダゾリニウム塩、アルキルイミダゾリンカルボキシル置換体のような化合物を含有させることが記載されているが、公知文献4記載のメッキ浴は、硫酸、フルオロほう酸あるいはナフタリンモノカルボキシアルデヒドを少なくとも浴の基本成分とし含有するものであるのに対して、ソルダロンプロセスのメッキ浴は、アルキルスルホン酸(具体的には、メタンスルホン酸)を浴の基本成分とするものであって、硫酸、フルオロほう酸を基本成分とするものではなく、両者は、メッキ浴を構成する基本浴成分が相違する。
そうすると、公知文献4記載の技術は、“スズ-鉛合金”をメッキするという点でソルダロンプロセスと共通するが、そのメッキ浴は、ソルダロンプロセスとは全く別タイプの成分系のものであるといえるから、その成分としてイミダゾリンを用いているとしても、ソルダロンプロセスのメッキ浴において、第四アンモニウム脂肪酸化合物を含有させることが公知文献4の記載をもって周知慣用の技術であるとすることはできない。
また、公知文献5には、“スズ-鉛合金”の電気メッキ浴に対してイミダゾリン誘導体を含有させることが記載されているものの、公知文献5に記載されたメッキ浴は、好ましくはスズおよび鉛のフッ化ホウ素酸塩を含有し、さらに、ホルムアルデヒド、アリル第一級アミン、芳香族アルデヒドと芳香族アミンの縮合生成物を含むという特殊な成分系のメッキ浴であるから、公知文献5は、“スズ-鉛合金”の電気メッキ浴の成分として、第四アンモニウム脂肪酸化合物(イミダゾリン脂肪酸化合物)が通常添加される一般的な成分であることを開示しているわけではない。
したがって、公知文献5の開示をもっても、ソルダロンプロセスのメッキ浴において、第四アンモニウム脂肪酸化合物を含有させることが周知慣用の技術であると認めることはできない。

上記のとおり、公知文献1〜5の記載を参酌したとしても、ソルダロンプロセスのような“スズ-鉛合金”の電気メッキ浴に対して、第四アンモニウム脂肪酸化合物を含有させることが周知慣用の技術であると認めることはできないから、請求人の前記主張は採用しない。

よって、請求人の提出した各証拠によっては、ソルダロンプロセスが、第四アンモニウム脂肪酸化合物を含有している事実を認めることができないばかりか、ソルダロンプロセスのような“スズ-鉛合金”の電気メッキ浴に対して、その成分として、第四アンモニウム脂肪酸化合物を含有させることが、当業者にとって周知慣用の技術であるとも認められない。
したがって、相違点2〜5については検討するまでもなく、第四アンモニウム脂肪酸化合物を含有する本件発明1は、これを含有しないソルダロンプロセスと同一であるとすることはできない。

2.本件発明1の進歩性について
まず、前記「1.本件発明1の新規性について」であげた本件発明1とソルダロンプロセスの相違点1(即ち、本件発明1は、第四アンモニウム脂肪酸化合物を含有するが、ソルダロンプロセスは、これを含有しない点)を、当業者が容易に想到し得るかを検討する。
公知文献1〜3からでは、アルキルスルホン酸を基本浴成分とする“スズ-鉛合金”の電気メッキ浴中成分として第四アンモニウム脂肪酸化合物を含有させることが周知慣用の技術であるといえないこと、また、公知文献4は、ソルダロンプロセスとは全く別タイプの成分系のメッキ浴を開示するにすぎないことは前述のとおりであるから、公知文献1〜4の開示から、ソルダロンプロセスに対して、第四アンモニウム脂肪酸化合物を含有させることが容易であるとすることはできない。
公知文献5には、“スズ-鉛合金”の電気メッキを行う際に、特殊な成分系のメッキ浴を用い、その表面活性剤成分として、特定のイミダゾリン誘導体を含有させることが記載されているが、第四アンモニウム脂肪酸化合物が“スズ-鉛合金”の電気メッキ浴に通常添加される一般的な成分であることを明らかにしているわけではないから、公知文献5の開示から、第四アンモニウム脂肪酸化合物をソルダロンプロセスに適用することが、直ちに容易であるとすることはできない。
ただ、公知文献4、5は、いずれも“スズ-鉛合金”の電気メッキに関する技術であるから、ソルダロンプロセスに対して、公知文献4、5に示されたイミダゾリン脂肪酸化合物を併用すれば、本件発明1のメッキ浴成分が構成されることになるので、公知文献4、5の開示から、ソルダロンプロセスにおいて、第四アンモニウム脂肪酸化合物を併用することが容易であるか否かを、更に検討する。

本件発明1における第四アンモニウム脂肪酸化合物の含有に関し、本件明細書には以下の記載がある。
「現在、アルキレンオキサイド化合物の多くの物がアルキルスルホン酸のメッキ浴に商業的に使用できないことが発見された。約32℃以下の曇り点を有するこれらのアルキレンオキサイド化合物は減少した陰極効率を惹起し、又メッキ堆積物は、曇り点が約32℃より上のアルキレンオキサイド化合物を含む浴と比較してはんだ付着能力が貧弱である。・・・重要なのは水だけの中のアルキレンオキサイドの曇り点より、むしろ、使用されている特殊電解質溶液中でのアルキレンオキサイドの曇り点である。なぜなら、メッキ浴の環境条件が曇り点を変化させるからである。この現象は有害か有益かであり得る。メッキ浴環境が曇り点32℃以下に減ずる時は有害である。・・・これらの薬剤は、アルキレンオキサイドが水中で有するだろうところの曇り点をより高いか、より低い値まで変化させることができる。例えば、イミダゾリン化合物の添加は種々のアルキレンオキサイド界面活性剤を含むメッキ浴の曇り点を引上げよう。かくして、もしそうした場合には、水だけの中で32℃以下の曇り点を有するアルキレンオキサイド化合物は、もしも曇り点がイミダゾリンまたは他の類似の薬剤の添加により望むレベル(即ち、少なくくとも32℃以上)へ上げられない位に低くはないならば、そうした電解質内に使用されることができる。メッキ浴環境内で、適切な曇り点(すなわち、32℃以上)を有するか達成できるところのアルキレンオキサイド含有メッキ浴のみが、本発明により使用されることができる。これらのメッキ浴は低電流密度範囲(0.5〜2.2A/dm2)内で滑らかなつや消しのメッキ堆積物を生成するのに使用することができ、又、溶融後、堆積物表面は滑らかでより細かい粒になり光沢があり良好なはんだ付着能力を示した。高電流密度範囲では堆積物は暗色で、焼けた区域が30から50%あった。しかしながら、適切なアルキレンオキサイド化合物の使用はメッキ範囲を増大し、その上では有用なメッキ堆積物を得ることができる。」(第8頁最下行〜第9頁28行(特公平2-41589号公報(以下、「本件公報」という)第7頁13欄5行〜14欄10行参照))、
「以下の実施例においては下記の塩基性電解質浴を使用した。
第一スズメタンスルホン酸塩としてのスズ 18g/l
鉛メタンスルホン酸塩としての鉛 9g/l
メタンスルホン酸 150g/l
ハルセルパネルは以下の実施例のすべてにおいて1アンペア5分間の合計電流で操作した。
実施例 7
10g/lのポリオキシエチレンラウリルエーテル〔23モルのエチレンオキサイド縮合物〔Brij-35-Atlas)〕を塩基性電解質に添加した。
メッキ浴は、低電流密度範囲では滑らかでつや消しであり、高電流密度では約30から50%焼けがあるハルセルパネルを生じた。溶融後、メッキ堆積物表面は非常に滑らかで、光沢があり、平滑で、良好なはんだ付着能力を示した。
実施例 8
実施例7へ1g/lのカプリックジカルボキシイミダゾリン両性表面活性剤(AMPHOTERGE KJ-2-Lonza)を添加した。この浴はメッキ堆積物の焼けや暗色化の傾向が無い増大した高電流密度範囲を示した。溶融後、メッキ堆積物は非常に滑らかで光沢があり平らで、良好なはんだ付着能力を示した。」(第14頁下から4行〜第15頁13行(本件公報第10頁19欄10〜34行参照))
そして、本件明細書の上記記載によれば、イミダゾリン化合物の添加は種々のアルキレンオキサイド界面活性剤を含むメッキ浴の曇り点を引上げることが開示され、さらに、実施例7、実施例8により得られた結果の対比によれば、高電流密度範囲のメッキの場合には、実施例7(酸化アルキレンを有する可溶性酸化アルキレン縮合化合物を含有するが、第四アンモニウム脂肪酸化合物は含有しない)では一部焼けが生じるが、実施例8(酸化アルキレンを有する可溶性酸化アルキレン縮合化合物と共に、第四アンモニウム脂肪酸化合物を含有する)では焼けが生じず、暗色化の傾向もないとされていることから、酸化アルキレンを有する可溶性酸化アルキレン縮合化合物を単独使用(実施例7)したか、これに加えて第四アンモニウム脂肪酸化合物を併用(実施例8)したかにより、メッキ状態の違いが生じることが開示されているといえる。
つまり、本件明細書の記載によれば、本件発明1におけるメッキ浴中への第四アンモニウム脂肪酸化合物の含有は、酸化アルキレンを有する可溶性酸化アルキレン縮合化合物と併用することに技術的な意義を有すること、そして、湿潤剤として、酸化アルキレンを有する可溶性酸化アルキレン縮合化合物と第四アンモニウム脂肪酸化合物を併用することにより、メッキ浴の曇り点を引上げることができるとともに、高電流密度範囲のメッキを行っても、焼け、暗色化が生じないという作用効果が奏されることが理解される。
ところで、公知文献4、5は、“スズ-鉛合金”のメッキ浴へイミダゾリン脂肪酸化合物を含有させることを開示するものの、湿潤剤として、酸化アルキレンを有する可溶性酸化アルキレン縮合化合物とイミダゾリン脂肪酸化合物とを併用しておらず、さらに、酸化アルキレンを有する可溶性酸化アルキレン縮合化合物とイミダゾリン脂肪酸化合物とを併用することの技術的な意義或いはそれによる作用効果を明らかにしているわけではなく、また、これを推測させるに足る開示があるわけでもない。
そうすると、本件発明1は、酸化アルキレンを有する可溶性酸化アルキレン縮合化合物と第四アンモニウム脂肪酸化合物との併用を必須とし、しかも、これによって、前記作用効果(即ち、酸化アルキレンを有する可溶性酸化アルキレン縮合化合物とともに第四アンモニウム脂肪酸化合物を含有させることにより、メッキ浴の曇り点を引上げることができるとともに、高電流密度範囲のメッキを行っても、焼け、暗色化が生じない)を奏するのであるから、酸化アルキレンを有する可溶性酸化アルキレン縮合化合物と第四アンモニウム脂肪酸化合物との併用について何らの開示も示唆もない公知文献4、5から、ソルダロンプロセスにおける湿潤剤として、酸化アルキレンを有する可溶性酸化アルキレン縮合化合物と第四アンモニウム脂肪酸化合物とを併用することを、当業者が容易に想到し得るものとは認められない。

以上のとおり、公知文献1〜5の記載を考慮しても、相違点1を当業者が容易に想到し得るとすることはできない。
したがって、相違点2〜5について検討するまでもなく、本件発明1は、本件特許に係る出願の出願前(本件優先日前)に日本国内において公然実施をされた発明(ソルダロンプロセス)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると認めることはできない。

[2]本件発明2について
本件発明2は、基材上に高品質のスズ-鉛合金メッキを高速で形成させる高速電気メッキ方法であって、その技術的特徴の一つは、電気メッキ溶液中に、湿潤剤として“実質的に8モル以上の酸化アルキレンを有する可溶性酸化アルキレン縮合化合物および可溶性第四アンモニウム脂肪酸化合物”を含む点にあるといえる(「II.本件発明」参照)。
ところで、ソルダロンプロセスでは、電気メッキ用電解質溶液中に、湿潤剤として可溶性第四アンモニウム脂肪酸化合物を含有しておらず、また、ソルダロンプロセスのような成分系のメッキ溶液において、可溶性第四アンモニウム脂肪酸化合物を含有するは周知慣用の技術であるともいえず、さらに、ソルダロンプロセスにおいて、酸化アルキレンを有する可溶性酸化アルキレン縮合化合物とともに可溶性第四アンモニウム脂肪酸化合物を含有させることが当業者にとって容易であるともいえないことは、前記「[1]本件発明1について」で述べたとおりである。
そうすると、本件発明2は、湿潤剤として可溶性第四アンモニウム脂肪酸化合物を含有するという点において、少なくともソルダロンプロセスのメッキ溶液とは成分の異なるメッキ溶液を用いて電気メッキをする方法なのであるから、本件発明2は、ソルダロンプロセスと同一といえないばかりか、ソルダロンプロセスに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

よって、本件発明2は、本件発明1と同様、本件特許に係る出願の出願前(本件優先日前)に日本国内において公然実施をされた発明(ソルダロンプロセス)であるとすることはできないばかりか、公然実施をされた発明(ソルダロンプロセス)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。


VI.むすび
以上のとおり、本件発明1、2に係る特許は、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては無効とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2002-02-21 
結審通知日 2002-02-26 
審決日 2002-03-18 
出願番号 特願昭60-293667
審決分類 P 1 112・ 112- Y (C25D)
P 1 112・ 121- Y (C25D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 中嶋 清酒井 雅英岡田 万里  
特許庁審判長 影山 秀一
特許庁審判官 池田 正人
瀬良 聡機
登録日 1999-05-21 
登録番号 特許第2140707号(P2140707)
発明の名称 スズ-鉛電気メッキ溶液およびそれを用いた高速電気メッキ方法  
代理人 千田 稔  
代理人 中野 修身  
代理人 清永 利亮  
代理人 辻永 和徳  

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