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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  G01S
審判 全部無効 特36 条4項詳細な説明の記載不備  G01S
審判 全部無効 4項(5項) 請求の範囲の記載不備  G01S
管理番号 1120796
審判番号 無効2004-80089  
総通号数 69 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1988-05-09 
種別 無効の審決 
審判請求日 2004-06-30 
確定日 2005-05-26 
事件の表示 上記当事者間の特許第2554477号発明「超音波探触子」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第2554477号についての手続の経緯の概要は以下のとおりである。
(1)昭和61年10月21日 特許出願
(2)平成 8年 8月22日 設定登録
(3)平成16年 6月30日 特許無効の審判の請求
(4)平成16年10月19日 答弁書の提出
(5)平成16年12月 6日 弁駁書の提出
(6)平成17年 2月 8日 第1回口頭審理
同日に被請求人より口頭審理陳述要領書の提出
(7)平成17年 2月14日 被請求人より上申書

2.本件発明
本件特許第2554477号発明は、特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである。
「【請求項1】圧電板の一方の主面に形成された音響整合層上に周波数依存性の伝送特性を有する音響レンズを取着した超音波探触子において、前記圧電板と音響整合層とによる伝送特性を、前記音響レンズの伝送とは所定の周波数領域において逆傾斜の伝送特性とし、前記音響レンズの伝送特性を補償して広帯域としたことを特徴とする超音波探触子。」(以下、「本件発明」という。)

なお、特許請求の範囲の請求項2には、以下の実施態様が併せて記載されている。
「【請求項2】第1項記載の特許請求の範囲において、前記音響整合層の厚みを超音波の波長λのλ/4以上としたことを特徴とする超音波探触子。」

3.請求人の主張する無効理由
(1)特許法第36条第4項違反について
本件発明の特許は、特許請求の範囲に発明の構成に欠くことができない事項が記載されていないので、特許法第36条第4項に違反しており、特許法第123条第1項第4号の規定によって無効とされるべきである。
(2)特許法第36条第3項違反について
本件発明の特許は、発明の詳細な説明に当業者が容易に実施できる程度に記載されていないので、特許法第36条第3項に違反しており、特許法第123条第1項第4号の規定によって無効とされるべきである。
(3)特許法第29条第2項違反について
本件発明の特許は、先行技術と慣用技術の単なる組み合わせであり、特許法第29条第2項の規定に違反しており、特許法第123条第1項第1号の規定によって無効とされるべきである。そして、証拠方法として以下に列記した甲第1号証〜甲第9号証を提出している(なお、審判請求書第2〜3頁の「7-2-2 特許法第29条第2項違反」の欄には、「特許法第123条第2項第1号の規定によって無効とされるべきである」と記載されているが、これは特許法第123条第1項第1号の誤記であると認める。)。

甲第1号証:特開昭61-90646号公報(昭和61年5月8日出願公開)
甲第2号証:特開昭56-168547号公報
甲第3号証:特公昭62-4973号公報
甲第4号証:特公平6-38679号公報
甲第5号証:特開昭57-72494号公報
甲第6号証:特開昭57-201400号公報
甲第7号証:医用超音波機器ハンドブック 47〜205頁
甲第8号証:特公平3-81359号公報
甲第9号証:特開昭57-176898号公報

なお、第1回口頭審理の場で、上記証拠方法について以下(ア)及び(イ)の事項が確認された。
(ア)甲第7号証が本件出願前に公知であることを被請求人は認めた。(第1回口頭審理調書の被請求人の1.を参照)。
(イ)甲第3号証、甲第4号証及び甲第8号証である特許公告公報の公知日が、本件特許出願後であるため、特許公開公報である特開昭57-11624号公報(甲第3号証に対応)、特開昭59-226600号公報(甲第4号証に対応)及び、特開昭58-106457号公報(甲第8号証に対応)と読み替える(第1回口頭審理調書の請求人の2.被請求人の2.及び審判長の1.を参照)。

4.請求人の主張の概要
(1)特許法第36条第4項違反について
請求人は、「請求項1に「所定の周波数領域において逆傾斜の特性」と記載されている。ここで「所定の周波数領域」が不明である。」(審判請求書9頁14〜15行)としたうえで、「本件特許の「所定の周波数領域において逆傾斜の特性」のように、周波数のうちで特定領域の周波数について得られた特許は、その特定された逆傾斜となる周波数領域が明確に特定されない限りは、発明が特定できない。本来特定されない限り発明を理解できない「所定の周波数領域」の具体的範囲が記載されていないことから発明の構成に欠くことができない事項の記載がないこととなり、請求項1記載の発明は、特許法第36条第4項に違反し、特許法第123条第1項第4号の規定により、無効とされるべきである。」(審判請求書10頁17〜23行)と主張するものである。

(2)特許法第36条第3項違反について
請求人は、「「前記圧電板と音響整合層とによる伝送特性を、前記音響レンズの伝送特性とは所定の周波数領域において逆傾斜の特性」にするための技術の一として、「音響整合層の厚みを超音波の波長λのλ/4以上」にすることが記載されている。そしてそれ以外の技術を用いて「前記圧電板と音響整合層とによる伝送特性を、前記音響レンズの伝送特性とは所定の周波数領域において逆傾斜の特性」とすることの達成手段としては、(他の事項)なお、上記実施例では、音響整合層の厚みを理論上の厚み(超音波のλ/4)から変化させて圧電板との伝送特性を音響ンズとは逆傾斜になるようにしたが、例えは音響整合層の厚みを理論上の厚みに設定して圧電板の厚みを異ならせてもよく、要は圧電板と音響整合層とによる伝送特性が音響レンズの傾斜とは逆になるようにすればよい。と記載されているのみである。ここの記載である「音響整合層の厚みを理論上の厚みに設定して圧電板の厚みを異ならせてもよく」とは、具体的に、「圧電板の厚みを薄くする」「圧電板の厚みを厚くする」のいずれの手段をとれば実現できるのか、あるいはどの程度薄くあるいは厚くすれば実現できるのかという点が全く記載されていない。」(審判請求書12頁3〜20行)という理由で、「請求項1記載の発明は、請求項2記載の発明の限定がない限り、いわゆる当業者にとって容易に実施できる程度に記載されていないこととなり、特許法第36条第3項に違反し、特許法第123条第1項第4号の規定により、無効とされるべきである。」(審判請求書12頁24〜27行)と主張するものである。

(3)特許法第29条第2項違反
請求人は、出願前から、超音波探触子として、「圧電板の一方の主面に形成された音響整合層上に周波数依存性の伝送特性を有する音響レンズを取着した超音波探触子、は周知であった。」(審判請求書13頁5〜7行)こと、「甲第5号証、甲第6号証に記載されているように、圧電板と音響整合層の電送特性としては、上部凸形状となることは周知である」(審判請求書13頁20〜21行)こと、「シリコンゴムを用いた音響レンズは、本件特許第6図(b)のような伝送特性を有することは周知であった」(審判請求書14頁11〜12行)こと、及び「甲第8号証に、「周波数帯域特性と整合層3の厚みdの関係を検討したところ、厚みのdが1/2〜1/6波長であれば特に上述の効果が大きいことも分かった。」と記載され、甲第9号証に、「所定の公称基準動作周波数において、第1のインピーダンス整合層が90/360乃至100/360波長に比例した厚さを持ち」と記載され、いずれにも、「音響整合層の厚みを超音波の波長λのλ/4以上とした」超音波探触子が記載されている」(審判請求書14頁14〜19行)ことをもって、「本件特許発明のうち請求項1記載の発明は、超音波探触子の技術を単に組み合わせたのみであり、進歩性がない。さらには、本件特許発明の実施例である「音響整合層の厚みを超音波の波長λのλ/4以上とすることによって、圧電板と音響整合層とによる伝送特性を、前記音響レンズの伝送特性とは所定の周波数領域において逆傾斜の特性とし、その結果、前記音響レンズの伝送特性を補償して広帯域とした(効果)」技術は、甲第8号証、甲第9号証に記載されている技術であることから、周知技術と、甲第8号証、甲第9号証に記載されている技術との単なる組合せであり、進歩性がない。従って、本件特許発明のうち請求項1記載の発明は、特許法第29条第2項の規定に該当し、特許法第123条第2項第1号(当審注:第1項第1号の誤記と認める。)の規定によって無効とされるべきである」(審判請求書19頁6〜16行)と主張するものである。

なお、請求人は、審判請求書において実施態様である請求項2について、特許法第36条第4項及び特許法第29条第2項に関する主張をしているが、請求項2に関する主張は第1回口頭審理の場で取り下げられている(第1回口頭審理調書の請求人の1.参照)。

5.甲第1〜9号証に対応する本件出願前に頒布された各刊行物に記載された事項
(1)甲1号証である特開昭61-90646号公報(以下、「刊行物1」という。)には、図面とともに以下の事項が記載されている。
(1a)「1は共振周波数に応じて決められた厚さtを有する圧電振動子である。圧電振動子1の表面には音響マッチング層2が接着剤等により接着固定され、音響マッチング層2の表面には超音波のビームを集束するための凸レンズ3が接着剤により接着固定されている。」(1頁右下欄14〜19行)
(1b)「すなわち、凸レンズ3は一般にシリコンゴム等で構成されており、圧電振動子1により発生された超音波は凸レンズ3を通過する時に大きくエネルギーを吸収される。このエネルギー吸収は、超音波の周波数が高くなる程、周波数にほぼ比例して大きくなる。」(2頁左上欄3〜8行)

(2)甲第2号証である特開昭56-168547号公報(以下、「刊行物2」という。)には、図面とともに以下の事項が記載されている。
(2a)「第1図には、本発明に係る超音波探触子の好適な第1実施例が示され、平行平板型の超音波振動子10の表面に固着面が平行であり他面が凸面から成る音響レンズ12が直接あるいは音響マッチング層を介して固着された状態が示され、音響レンズ12はその超音波伝播速度が生体中の超音波伝播速度より遅い組成を有するフッ素系シリコンゴムから成る。」(2頁左上欄14行〜右上欄1行)

(3)甲第3号証を特許公開公報で読み替えた特開昭57-11648号公報(以下、「刊行物3」という。)には、図面とともに以下の事項が記載されている。
(3a)「図において、1は超音波探触子、2は被検体、3は圧電振動子、4および5はそれぞれ圧電電振動子3(当審注:圧電振動子3の誤記と認める。)の前面に接合された第1および第2の音響整合層、8,10は接続線、9は電子スイッチである。」(2頁左上欄19行〜右上欄3行)
(3b)「本発明の特徴は、圧電振動子列の前面に設けられた音響整合層と被検体との間に、音響レンズを設けた点にあり、これによって走査角の拡大をはかっている。走査角の拡大には、例えば被検体が人体の場合には、シリコンゴムのように音速が人体より遅くしかも音響インピーダンスがほぼ等しい材質でできた音響レンズ21を、第2図のように、凸面状に配された圧電振動子列3と被検体2との間に、音響整合層4,5を介し被検体2との接触部がほぼ平面状になるように設ける。このようにすれば、超音波の走査角は更に拡大される。」(2頁右下欄9〜19行)

(4)甲第4号証を特許公開公報で読み替えた特開昭59-226600号公報(以下、「刊行物4」という。)には、図面とともに以下の事項が記載されている。
(4a)「第1図は、アレイ型超音波探触子の構成例を示したもので、圧電セラミック等を用いた圧電振動子1の被検体(図示せず)側に、音波を能率よく被検体に導くための1層もしくは2層の音響整合層2および方位分解能を向上させるための音響レンズ3が設けられている。音響整合層2の材料にガラス,エポキシ樹脂あるいは、エポキシ樹脂にシリコンカーバイト等を混合したものが用いられ音響レンズ3材料としてはシリコーンゴムなどが用いられている。」(1頁右下欄末行〜2頁左上欄9行)

(5)甲第5号証である特開昭57-72494号公報(以下、「刊行物5」という。)には、図面とともに以下の事項が記載されている。
(5a)「第1図は超音波圧電振動子のアドミッタンス特性を示す特性図であり、同図中のfr及びfaはそれぞれ共振周波数及び反共振周波数である。このような超音波圧電振動子は、その感度を向上させるため及び周波数帯域特性を広げてパルスの応答特性を良くするため、超音波圧電振動子の音響放射面に、超音波圧電振動子の音響インピーダンスと超音波を放射しようとする媒質の音響インピーダンスを整合するため、例えば両者の音響インピーダンスの幾何平均に近い音響インピーダンスを持ちかつ音響整合層の中の超音波の波長の1/4に相等する厚みを持った音響整合層を付けることが一般に行われている。さらに厳密に云えば、この音響整合層の厚みは、超音波圧電振動子の共振周波数又は反共振周波数に対して四分の一波長になるように決められている。・・・第2図(a)乃至(c)は音響整合層の厚みを、超音波圧電振動子の共振周波数frに対して四分の一波長に選び、パルス波を発生し、これを受信したときのアドミタンス|Y|特性図と、その位相角θの特性図、その送受波特性図であり、第3図(a)乃至(c)は音響整合層の厚みを、超音波圧電振動子の反共振周波数faに対して四分の一の波長に選び、パルス波を発生し、これを受信したときのアドミタンス|Y|特性図と、その位相角θの特性図と、その送受波特性図である。第2図(c)及び第3図(c)からもわかるように、送受波特性は非対象となると同時に、周波数帯域も狭くなるという欠点が生じる。」(1頁右下欄11行〜2頁右上欄12行)
(5b)「本発明は音響整合層の厚みを決定する周波数を圧電振動子の共振周波数と反共振周波数の間の周波数に選択し、かつ音響整合層の厚みを選択された周波数に対して、四分の一波長に設定しているので、超音波圧電振動子のアドミタンスの位相特性及び送受波特性が従来のものに比べて広い範囲にわたって一定となる。したがって、従来のものに比べて周波数帯域特性が広く、パルスの応答特性の良好で、かつその感度もよい超音波振動子を提供することができる。」(3頁左上欄14〜右上欄4行)
(5c)「第2図(a),(b),(c),第3図(a),(b),(c)はそれぞれ従来の超音波探触子のアドミタンス特性図、位相角の特性図及び送受特性図」(3頁右上欄7〜9行)
(5d)図面の第2図(c)及び第3図(c)には、それぞれ従来の超音波探触子の送受波特性が上部凸形状であることが示されている。

(6)甲第6号証である特開昭57-201400号公報(以下、「刊行物6」という。)には、図面とともに以下の事項が記載されている。
(6a)「現在実用化されているものは1/4波長の音響整合板を2層にしたものだけである。従って広帯域化に限度があるというのが実情である。そこで本発明はこの問題を解決し、広帯域の整合層を提供することを目的とする。次に本発明を図面を用いて詳細に説明する。第2図は本発明に係る探触子の断面を示す図で、図示するように圧電振動子11に電極15,16を装着しその電極15に放射超音波の1/4波長の厚さを持つ整合板と1/2波長の厚さを持つ整合板を重ね合せたものを装着して整合層を形成する。このように1/4波長厚の整合板と1/2波長厚の整合板を重ね合せた整合層の送受波利得の周波数特性について説明すると、1/4波長の厚さを持つ整合板を有する圧電振動子の周波数特性は第3図(a)に示すように中央部にピークの歪みを持った双峰特性を有し、1/2波長の厚さを持つ整合板を有する圧電振動子の波数特性(当審注:周波数特性の誤記と認める。)は第3図(b)のように中央部にピークを有するから、この両整合板を重ね合せた整合層の総合周波数特性は第3図(c)に示すようにリップルの少ないフラットでしかも1/4波長厚の整合板が有する帯域巾と同じ帯域の特性となる。従ってこのように1/4波長厚の整合板と1/2波長厚の整合板を重ね合せた整合層を超音波探触子の音響整合層として用いれば広帯域の周波数特性を有する超音波探触子が得られる。」(2頁左上欄8行〜右上欄14行)
(6b)「第3図は音響整合層の送受波利得特性を示す図で、(a)は1/4波長厚の整合層の、(b)は1/2波長厚の整合層の、(b)(当審注:(c)の誤記と認める。)は1/4および1/2波長厚の整合層を重の合せた(当審注:重ね合わせたの誤記と認める。)総合送受波利得特性を示す図である。」(2頁右下欄2〜7行)
(6c)図面の第3図(a)には、1/4波長厚の整合板を有する圧電振動子の周波数特性は、中央部にピークを持つ上部凸形状であることが示され、第3図(b)には、1/2波長厚の整合板を有する圧電振動子の周波数特性は、中央部にピークを持つ下部凸形状であることが示されている。

(7)甲第7号証である医用超音波機器ハンドブック(以下、「刊行物7」という。)には、図面とともに以下の事項が記載されている。
(7a)「(5)音響レンズとレンズ方向口径 音響レンズを用い超音波ビームを収束させることによって電子方向に直角な方向(レンズ方向)の分解能をあげることが行われている.生体内での音速が約1530m/秒であるので,レンズ形状を凸とし生体と接触しやすくするためには音速が生体より遅いものが必要で,一般には音速が約1000m/秒のシリコンゴムが使われる.シリコンゴムは音速の温度依存性,高周波における減衰が大きい等の問題を有するため十分に注意する必要がある。」(190頁左欄20〜30行)

(8)甲第8号証を特許公開公報で読み替えた特開昭58-106457号公報(以下、「刊行物8」という。)には、図面とともに以下の事項が記載されている。
(8a)「第1図は本発明の超音波探触子の一実施例構成図であり、第2図は本発明の超音波探触子の送受波利得特性図である。図中、1は両面に電極層1a,1bを有する圧電振動子であり、PZT等の電気-音響変換素子で構成される。2は超音波を放射すべき音響媒質である。3は圧電振動子1の音響媒質側に設けられる整合層である。さて、ここで従来整合層3は圧電振動子1と音響媒質2とを音響的にインピーダンス整合させるために、その音響インピーダンスZ1が圧電振動子1の音響インピーダンスZ0と音響媒質2の音響インピーダンスZMの幾何平均に等しくなる様に定め、そしてその厚みdは1/4波長となる様定められている。・・・本発明者はこの条件について種々の実験を試みたところ、整合層3の音響インピーダンス条件を変化させると、探触子が分離された複数の周波数帯域特性を呈することを見出した。・・・第2図の特性図では横軸に周波数f,縦軸に送受波利得を取り、送受波利得として、縦軸の上部程減衰が大きいことを示している。第2図から明らかな如く、整合層2が1/4波長になる周波数f0での送受波利得が低く、即ち減衰が大となり、この両側の周波数f1,f2に送受波利得が高いX、即ち減衰が小となる部分が表われている。即ち、周波数f0で山を周波数f1,f2で谷を形成する特性を呈する。・・・この特性を用いれば、1つの超音波探触子に複数の周波数帯域を所望の周波数間隔で持たせることができる。」(2頁左上欄11行〜左下欄19行)
(8b)「又、上述の周波数帯域特性と整合層3の厚みdの関係を検討したところ、厚みdが1/2〜1/6波長であればよく、特に1/3〜1/6波長であれば特に上述の効果が大きいこともわかった。」(2頁右下欄3〜6行)

(9)甲第9号証である特開昭57-176898号公報(以下、「刊行物9」という。)には、図面とともに以下の事項が記載されている。
(9a)「(1)変換器素子の高い音響インピーダンスを人体あるいは水の低い音響インピーダンスに整合させる音響変成器として作用する第1および第2のインピーダンス整合層(18,19)を結合した少なくとも1個の変換器素子(16)を有する前面整合変換器で構成され、所定の公称基準動作周波数において、第1のインピーダンス整合層が90/360乃至100/360波長に比例した厚さを持ち、変換器素子に隣接する第2のインピーダンス整合層が35/360乃至55/360波長に比例した厚さを持ち、前面整合変換器が狭帯域周波数スペクトルを有し且つ高感度であることを特徴とする単一周波数用超音波変換器。」(1頁左下欄5〜17行)
(9b)「第1図に示す前面整合フェーズドアレイは、広視野、高感度および比較的狭帯域の周波数スペクトルを有し、超音波放射中心周波数でほぼ半波長の幅を有した幅の狭い変換器素子を使用している。アレイは変換器素子及びインピーダンス整合層のユニット15を多数個有し、ユニット同士は互いに隔離され音響的に結合していない。アレイの各ユニットは長くて幅の狭い圧電セラミック変換器素子16を含み、該素子の両面には電極として作用する金属被覆17を有し、両金属被覆間の厚さは変換器素子が半波長共振子であるので基準周波数で半波長である。インピーダンス整合層18および19は各々異なった実効厚さを有し、音響インピーダンス整合変成器とした作用する。第1の整合層18は100°整合層であり、第2の整合層19は50°整合層である。・・・この発明においては、各整合層の厚みは、圧電セラミックが半波長の厚さ、すなわち位相で180°とした場合、基準周波数の位相(幅の広い素子の場合には放射中心周波数の位相)を用いて与えられる。したがって、1/4波長整合層は90°の位相であらわされる。アレイの前面には感圧マイラー(Mylar、登録商標)テープ20が配置され、このテープに比較的厚い人体に接触する接触板13が装着されている。接触板の外表面を湾曲させてこれをレンズとして作用させることもできる。接触版および/またはレンズは、好ましくは、充填シリコンラバー(代表的には、ゼネラル・エレクトリック社の商品名RTV-28)である。」(2頁右下欄末行〜3頁左下欄17行)
(9c)「異なった特性の変換器を得るためには、整合層の構成を変更するふたつの方法がある。第1は、整合層のインピーダンスを変えることである。しかし、この方法は材料に問題がある。と云うのは、計算された音響インピーダンスに適した材料を容易に見出すことができず、特別につくらなければならないからである。第2は、整合層の実効厚さを変えることである。変換器インパルス応答および周波数スペクトルの一次元モデルからこれらの可能性を解析した結果、第2の方法を選定した。この発明は、前述した音響インピーダンスZ1およびZ2を有したふたつの整合層を、一対の1/4波長整合層に代えて用いている。・・・この変換器の構成は高感度かつ主として単一共振モードを達成している。感度は1/4波長整合の変換器のものに匹敵し、信号損失で1.5dB以下であるが、スペクトル幅は極端に狭くなっている。」(4頁左上欄11行〜左下欄2行)

6.当審の判断
(1)特許法第36条第4項違反について
請求人は、本件明細書の特許請求の範囲に「所定の周波数領域において逆傾斜の特性」と記載されているうちの「所定の周波数領域」が不明であるとし、発明の構成に欠くことができない事項を記載しているものではない旨主張しているので、以下に検討する。

a.上記「所定の周波数領域」に関連する発明の詳細な説明の記載は、(問題点及び原因)として、「このような構成の超音波探触子では、音響レンズ5により超音波の帯域幅を狭めてしまう問題があった。すなわち、λ/4の音響整合層4を付着した状態では、第6図(a)の周波数特性図を示したように、中心周波数(f0)領域で超音波の放射レベルを最大(即ち、減衰量を最小)として平坦な所定の帯域幅が得られる。しかし、音響レンズ5内での超音波の伝送特性は周波数依存性の減衰特性を有し、第6図(b)に示したように、周波数が高いほど減衰量が大きくなる。従って、音響レンズ5を取着した超音波探触子の周波数特性は、音響整合層4と音響レンズ5とによる周波数特性を積算した合成になるので、第6図(c)に示したように、帯域幅を狭める問題があった。」(本件特許掲載公報第3欄13〜25行)と記載され、このような(問題点及び原因)を防止するために「音響整合層4の厚みdをλ/4から増減すると、第3図の曲線(イ)(ロ)を示したように、中心周波数(f0)領域で減衰量が増加し、厚みに応じた周波数領域での超音波レベルを最大(減衰量が0)とする。なお、同図の曲線(イ)は厚みdを減少した場合、曲線(ロ)は増加した場合を示し、横軸を周波数(MHz)、縦軸をエネルギーレベル(減衰量、dB)としている。すなわち、この図から明らかなように、音響整合層4の厚みにより中心周波数(f0)領域における伝送曲線の傾斜を変化させ得ることが理解される。従って、例えば第4図に示したように、音響レンズによる伝送特性を前述した減衰特性(曲線ニ)とし、音響整合層による伝送特性を所定の周波数領域内で前記減衰特性とは逆傾斜に設定(曲線ハ)すれば、両者の伝送特性が合成されて平坦な伝送特性(曲線ホ)となり、音響レンズによる減衰特性を補償できる。」(本件特許掲載公報第3欄45行〜第4欄10行)ことが記載されている。

b.本件明細書の上記記載によれば、本件発明は、音響レンズの周波数特性による傾斜によって超音波探触子の帯域幅が狭まるのを防止することを技術的課題とし、「前記圧電板と音響整合層とによる伝送特性を、前記音響レンズの伝送とは所定の周波数領域において逆傾斜の伝送特性とし、前記音響レンズの伝送特性を補償して広帯域とした」構成を採用したものであり、それにより、音響レンズによる伝達特性と音響整合層による伝達特性を所定の周波数領域内で逆傾斜の特性に設定し、平坦な伝達特性とすることで音響レンズのよる減衰特性を補償し、結果として広帯域とすることができるという作用効果を奏するものである。そうすると、本件発明の「所定の周波数領域」の範囲とは、その周波数領域内において音響レンズによる伝達特性と音響整合層による伝達特性を逆傾斜の特性に設定すれば、合成された伝達特性が平坦となり、その結果として帯域が広がる周波数領域であると解され、より具体的には、本件図面の【第4図】の曲線ハにおける中心周波数(f0)周辺の範囲を意味することは当業者であれば容易に理解し得るところである。そして、そのような範囲において音響レンズによる伝達特性と音響整合層による伝達特性を逆傾斜の特性であれば、【第4図】の曲線ホにみられるように中心周波数(f0)周辺の領域にて平坦な伝送特性が得られ、結果として広帯域となる。

c.したがって、本件発明の「所定の周波数領域」が特定する領域の範囲は、圧電板の周波数特性から特定し得るものであって、圧電板の周波数特性は圧電板の種類等によって異なることから、「所定の周波数領域」を具体的数値により特定することが適当でないことも明らかである。

以上のことから、本件発明の構成である「前記圧電板と音響整合層とによる伝送特性を、前記音響レンズの伝送特性とは所定の周波数領域において逆傾斜の特性とし、前記音響レンズの伝送特性を補償して広帯域としたこと」のうち、「所定の周波数領域」なる記載のみを捉えその特定する範囲が不明であるということはできず、特許請求の範囲に発明の構成に欠くことができない事項が記載されていないとすることはできない。

なお、請求人は、審判請求書において、「従来技術においても、第6図(a)の周波数特性を示した図の平坦部の左側にある左下がりの曲線部分を「所定の周波数領域」であると考えると、この従来例も、「前記圧電板と音響整合層とによる伝送特性を、前記音響レンズの伝送特性とは所定の周波数領域において逆傾斜の特性」となっていることとなる。」(審判請求書9頁末行〜10頁4行)と主張し、また弁駁書においても以下の不明確さがあると指摘している(弁駁書3頁5〜10行)。
・伝送特性中の平坦としたい周波数領域が「所定の周波数領域」であるとすると、「所定の周波数領域」は単なる課題の提示であり、構成となっていない。
・伝送特性の0dB値から6dB減衰した通過帯域幅である周波数領域が「所定の周波数領域」であるすると、伝送特性の0dB値から6dB減衰した通過帯域幅は山形となっており、音響レンズの伝送特性と同一傾斜の部分(頂点から右側)を含んでしまう表現であり、依然構成が特定されない。
しかし、上記b.に示したとおり、「所定の周波数領域」は、その周波数領域内において音響レンズによる伝達特性と音響整合層による伝達特性を逆傾斜の特性に設定すれば、合成された伝達特性が平坦となり、その結果帯域が広がるような周波数領域であると解され、この「所定の周波数領域」は使用する圧電板の周波数特性に応じて具体的に特定し得るものである。なお、本件図面の【第6図(a)】の平坦部の左側にある左下がりの曲線部分は、【第6図(b)】の音響レンズによる伝達特性と逆傾斜の特性となるが、平坦部の右側にある右下がりの曲線部分においては音響レンズによる伝達特性と同一傾斜となり、全体の伝達特性についてみれば音響レンズの伝送特性が補償された広帯域なものとはならない。このことから、「音響レンズの伝送特性を補償して広帯域とした」ことと無関係に「所定の周波数領域」を認定する請求人の上記主張には根拠がない。

(2)特許法第36条第3項違反について
請求人は、本件明細書の発明の詳細な説明には、「音響整合層の厚みを超音波の波長λのλ/4以上」にすること以外の技術を用いて「前記圧電板と音響整合層とによる伝送特性を、前記音響レンズの伝送特性とは所定の周波数領域において逆傾斜の特性」とすることの達成手段が全く記載されておらず、本件発明は、請求項2記載の限定がない限り、当業者にとって容易に実施できる程度に記載されていないと主張する。そこで、「前記圧電板と音響整合層とによる伝送特性を、前記音響レンズの伝送特性とは所定の周波数領域において逆傾斜の特性」とすることの達成手段について以下に検討する。
a.「前記圧電板と音響整合層とによる伝送特性を、前記音響レンズの伝送特性とは所定の周波数領域において逆傾斜の特性」に関連して、発明の詳細な説明には、「音響レンズ5を取着した超音波探触子の周波数特性は、音響整合層4と音響レンズ5とによる周波数特性を積算した合成になるので、第6図(c)に示したように、帯域幅を狭める問題があった。」(本件特許掲載公報第3欄22〜25行)、「音響整合層4の厚みdをλ/4から増減すると、第3図の曲線(イ)(ロ)を示したように、中心周波数(f0)領域で減衰量が増加し、厚みに応じた周波数領域での超音波レベルを最大(減衰量が0)とする。なお、同図の曲線(イ)は厚みdを減少した場合、曲線(ロ)は増加した場合を示し、横軸を周波数(MHz)、縦軸をエネルギーレベル(減衰量、dB)としている。すなわち、この図から明らかなように、音響整合層4の厚みにより中心周波数(f0)領域における伝送曲線の傾斜を変化させ得ることが理解される。従って、例えば第4図に示したように、音響レンズによる伝送特性を前述した減衰特性(曲線ニ)とし、音響整合層による伝送特性を所定の周波数領域内で前記減衰特性とは逆傾斜に設定(曲線ハ)すれば、両者の伝送特性が合成されて平坦な伝送特性(曲線ホ)となり、音響レンズによる減衰特性を補償できる。」(本件特許掲載公報第3欄45行〜第4欄10行)、及び「なお、上記実施例では、音響整合層の厚みを理論上の厚み(超音波のλ/4)から変化させて圧電板との伝送特性を音響ンズとは逆傾斜になるようにしたが、例えは音響整合層の厚みを理論上の厚みに設定して圧電板の厚みを異ならせてもよく、要は圧電板と音響整合層とによる伝送特性が音響レンズの傾斜とは逆になるようにすればよい。また、音響整合層を一層として説明したが、例えば二層以上としたものでも本発明を適用できる。但し、第一層目と第二層目とを接着して形成する場合には、接着層の厚みを考慮した音響的な厚みがλ/4波長より大きくなるようにする。・・・そして、中心周波数領域における音響レンズの周波数特性を右下がり、音響整合層を右上がりの逆特性として説明したが、これに限定されることなく各周波数特性が逆であってもよく、本発明はその趣旨を逸脱しない範囲内で適宜利用される。」(本件特許掲載公報第4欄39行〜第5欄8行)なる記載がある。

b.本件明細書の発明の詳細な説明の上記記載によれば、本件発明は、音響レンズ5の周波数特性により帯域幅を狭めるという問題を解決することを技術課題とするものであって、その技術的特徴は、圧電板と音響整合層とによる伝送特性を所定の周波数領域において音響レンズの伝送特性とは逆傾斜に設定し、音響レンズの伝送特性を補償して広帯域とすることにあると認められる。そして、このような技術課題を解決するための具体例として、音響レンズによる伝送特性が減衰特性である場合を例にとり、音響整合層の厚みを超音波の波長λのλ/4以上にすることで、圧電板と音響整合層とによる伝送特性を、前記音響レンズの伝送特性とは所定の周波数領域において逆傾斜の特性とすることができることが記載されている。このように上記した技術課題を解決するため技術的特徴を実現する具体例が開示されている以上、その他の具体例の開示がないことのみをもって、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明を容易に実施をすることができる程度に、本件発明の目的、構成及び効果が記載されていないとすることはできない。
なお、請求人は、審判請求書において「「音響整合層の厚みを理論上の厚みに設定して圧電板の厚みを異ならせてもよく」とは、具体的に、「圧電板の厚みを薄くする」「圧電板の厚みを厚くする」のいずれの手段をとれば実現できるのか、あるいはどの程度薄くあるいは厚くすれば実現できるのかという点が全く記載されていない。」(審判請求書12頁17〜20行)という理由で、「請求項1記載の発明は、請求項2記載の発明の限定がない限り、いわゆる当業者にとって容易に実施できる程度に記載されていないこととなり、特許法第36条第3項に違反し、特許法第123条第1項第4号の規定により、無効とされるべきである。」(審判請求書10頁24〜27行)と主張し、また弁駁書にて「本件発明には音響レンズとしてシリコンゴムしか例示がなく、また超音波探触子には一般にシリコンゴムが音響レンズとして用いられている。更に、請求人は、音響レンズの伝送特性として高周波における減衰が小さい材料を知らない(そのような材料は存在しないと考えている)。特許権者は、自ら特定できない材料を想定して、音響レンズの特性を右上がりとすれば問題がないと主張しているが、技術を無視し、かつ立証を全く行うことのない主張は、単なる感想文であり、請求人の主張の反論の体をなしていない。」と反論している。
しかしながら、発明の詳細な説明における「例えば音響整合層の厚みを理論上の厚みに設定して圧電板の厚みを異ならせてもよく、要は圧電板と音響整合層とによる伝送特性が音響レンズの傾斜とは逆になるようにすればよい。」の意味するものは、音響整合層の厚みを理論上の厚みに設定した場合には、圧電板の厚みを異ならせ、その中心周波数を変化させた結果として、音響整合層の厚みλ/4から増減させることを意味することは当業者にとって明らかである。したがって、「圧電板の厚みを薄くする」「圧電板の厚みを厚くする」のいずれの手段をとれば実現できるのか、あるいはどの程度薄くあるいは厚くすれば実現できるのかという点が全く記載されていないことをもって、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明を容易に実施をすることができる程度に、本件発明の目的、構成及び効果が記載されていないとすることはできない。
次に、音響レンズの伝送特性として高周波における減衰が小さい材料があれば、音響整合層4の厚みdをλ/4以下とすることで、圧電板と音響整合層とによる伝送特性を所定の周波数領域において音響レンズの伝送特性とは逆傾斜に設定できるとする点に誤りはなく、また、請求人の主張するように、たとえ音響レンズの伝送特性として高周波における減衰が小さい材料が知られていないとしても、伝送特性が減衰特性となる通常知られている音響レンズについて、圧電板と音響整合層とによる伝送特性を、前記音響レンズの伝送特性とは所定の周波数領域において逆傾斜の特性とするための具体例が、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている以上、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明を容易に実施をすることができる程度に、本件発明の目的、構成及び効果が記載されていないとすることはできない。

(3)特許法第29条第2項違反について
本件発明と刊行物1〜9に記載された発明とを対比すると、本件発明の構成要件である「圧電板と音響整合層とによる伝送特性を、音響レンズの伝送特性とは所定の周波数領域において逆傾斜の特性とし、前記音響レンズの伝送特性を補償して広帯域とした」(以下、「構成A」という)点について、刊行物1〜9に記載されておらず、また示唆もされていないことから、この点が容易になし得たものであるということはできない。
すなわち、刊行物1〜4は、「圧電板の一方の主面に形成された音響整合層上に周波数依存性の伝送特性を有する音響レンズを取着した超音波探触子」が周知であることを示す文献である(第1回口頭審理調書の確認事項の1.を参照)。しかし、刊行物1に記載された凸レンズ3は、本件発明の「音響レンズ」に相当するものであって、この凸レンズがシリコンゴム等で構成され、また超音波が凸レンズ3を通過する時に吸収されるエネルギーは、超音波の周波数が高くなる程、周波数にほぼ比例して大きくなることが記載されているのみで、この凸レンズの伝達特性を、圧電振動子1と音響マッチング層2とによる伝達特性で補償して広帯域とすることについて開示も示唆もされていない。刊行物2は、音響レンズ12がフッ素系シリコンゴムから成ることを開示するのみで、上記構成Aについて開示も示唆もされていない。刊行物3にも、音響レンズ21の材質をシリコンゴムとすることについて開示はあるが、上記構成Aについて開示も示唆もされていない。刊行物4にも、音響レンズ3の材料としてシリコーンゴムなどを用いることが開示されているが、上記構成Aについて開示も示唆もされていない。
刊行物5及び6は、いずれも圧電板と音響整合層の伝送特性が上部凸形状となることを示すものであり、また広帯域の超音波探触子を得るという点において本件発明と共通する。しかし、刊行物5及び6に記載された超音波探触子は、本件発明のごとく音響整合層に音響レンズを取着したものではないため、上記構成Aのごとく圧電板と音響整合層とによる伝送特性を、音響レンズの伝送特性とは所定の周波数領域において逆傾斜の特性とし音響レンズの伝送特性を補償する必要性がない。
刊行物7には、シリコンゴムを用いた音響レンズは高周波における減衰が大きいことが示されている。また、このことは刊行物1にも示されており、このようなシリコンゴム製の音響レンズの特性が周知であることは被請求人も認めるところである(第1回口頭審理調書の確認事項の2.を参照)。しかし、刊行物7には、このように高周波における減衰が大きいシリコンゴムを用いた音響レンズの特性を補償して広帯域とするために、圧電板と音響整合層とによる伝送特性を、前記音響レンズの伝送特性とは所定の周波数領域において逆傾斜の特性とすることについては開示も示唆もされていない。
刊行物8には、整合層3の音響インピーダンス条件を変化させることにより、探触子に分離された複数の周波数帯域特性をもたせることが記載され、この整合層の厚みdを1/2〜1/6、特に1/3〜1/6波長とすることが記載されている。しかし、刊行物8に記載された超音波探触子は、本件発明のごとく音響整合層に音響レンズを取着したものではなく、上記構成Aのごとく圧電板と音響整合層とによる伝送特性を、音響レンズの伝送とは所定の周波数領域において逆傾斜の特性とし音響レンズの伝送特性を補償する必要性がない。
刊行物9には、第1および第2のインピーダンス整合層(18,19)を結合した少なくとも1個の変換器素子(16)を有する全面整合変換器で構成され、第1のインピーダンス整合層が90/360乃至100/360波長に比例した厚さを持ち、変換器素子に隣接する第2のインピーダンス整合層が35/360乃至55/360波長に比例した厚さを持ち、全面整合変換器が狭帯域周波数スペクトルを有する単一周波数用超音波変換器が記載され、また、この超音波変換器の前面に接触板13を配置さし、これをレンズとして作用させること、及びこのレンズを充填シリコンラバーとすることが記載されている。しかし、刊行物9に記載された超音波変換器は、狭帯域とすることを目的としており、音響レンズの伝送特性を補償して広帯域とする本件発明とは、その目的を異なるものであり、上記構成Aについて開示も示唆もされていない。
そして、本件発明は、上記構成Aを有することで、本件明細書記載の効果を奏するものである。
したがって、本件発明は、刊行物1〜9に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

なお、請求人は、審判請求書にて、「本件特許発明の実施例である「音響整合層の厚みを超音波の波長λのλ/4以上とすることによって、圧電板と音響整合層とによる伝送特性を、前記音響レンズの伝送特性とは所定の周波数領域において逆傾斜の特性とし、その結果、前記音響レンズの伝送特性を補償して広帯域とした(効果)」技術は、甲第8号証、甲第9号証に記載されている技術であることから、周知技術と、甲第8号証、甲第9号証に記載されている技術との単なる組合せであり、進歩性がない。」(審判請求書19頁8〜13行)と主張し、また弁駁書にて「本件発明の構成と、引用文献の記載された構成とを比較するに際して、問題とされるのは構成そのものであり、その構成を採用した意図、動機が異なることは問題とならない。すなわち、意図、動機は主観的な見方であり、相違することは通常あり得ることである。」(弁駁書5頁8〜11行)としたうえで、「要するに、発明の技術上の意義を達成するために必要とされる構成は、単に出願前の周知技術の組み合わせにしか過ぎない」(弁駁書6頁25〜末行)と主張している。
そこで、上記主張について検討する。刊行物1〜4に記載された周知の「右下がりの伝送特性を持つシリコンゴム製の音響レンズと音響整合層とを備えた超音波探触子」において、音響整合層を、その厚みを超音波の波長λのλ/4以上として組み合わせれば、圧電板と音響整合層とによる伝送特性が音響レンズの伝送特性とは所定の周波数領域において逆傾斜の特性となる結果、前記音響レンズの伝送特性を補償して広帯域が得られるが、このような組み合わせが請求人の提示した甲第8,9及び5号証に示唆されているか否かについてみていく。
そこで、まず甲第8号証に対応する刊行物8についてみるに、上記摘記事項(8b)によれば、音響整合層の厚みを超音波の波長λに対しλ/2〜λ/6、特にλ/3〜λ/6とすることが記載されており、この厚みの範囲には、部分的にλ/4以上のものも含まれている。しかし、刊行物8に記載された超音波探触子は、音響整合層の音響インピーダンス条件を変化させることで、複数の周波数帯域を所望の周波数間隔で持たせたもので、このような超音波探触子に最適な音響整合層の厚みを、複数の周波数帯域を所望の周波数間隔で持たせる必要のない刊行物1〜4に記載された周知の超音波探触子に組み合わせ得るとする理由が不明である。しかも、刊行物8に記載された音響整合層の厚みの範囲であるλ/2〜λ/6またはλ/3〜λ/6のうち、特にλ/4以上のもののみを選択する根拠はなく、仮に刊行物1〜4に記載された周知の超音波探触子に刊行物8に記載された音響整合層を組み合わせたとしても、本件発明には至らないことは明らかである。
次に、甲第9号証である刊行物9についてみるに、第1のインピーダンス整合層は90/360乃至100/360波長に比例した厚さとされ、すなわちこの音響整合層の厚みは超音波の波長λのλ/4以上となっている。しかし、第2のインピーダンス整合層が35/360乃至55/360波長に比例した厚さとされ、すなわちこの音響整合層の厚みは超音波の波長λのλ/4以下であり、この第1および第2のインピーダンス整合層を結合することにより狭帯域周波数スペクトルとするものである。そして第1および第2のインピーダンス整合層を結合することで狭帯域という所望の特性を得るものにおいて、一方のインピーダンス層のみを分離する根拠はなく、この第1のインピーダンス整合層のみを、刊行物1〜4に記載された周知の超音波探触子に適用するとした請求人の上記主張は妥当でない。
なお、甲第5号証である刊行物5にも、1/2波長厚の整合板を用いることが記載されており、この整合板のみについてみれば、音響整合層の厚みは超音波の波長λのλ/4以上となっている。しかし、刊行物5に記載された超音波探触子は、1/2波長厚の整合板と1/4波長厚の整合板とを重ね合わせることで、広帯域の周波数特性を得るものであって、この重ね合わせた2つの整合板のうち1/2波長厚の整合板のみを分離して、刊行物1〜4に記載された周知の超音波探触子に適用し得たものとはいえず、また刊行物5の第3図(b)に示された1/2波長厚の整合板を有する圧電振動子の周波数特性を参照すると、この周波数特性では、所定の周波数領域において音響レンズの減衰特性と逆傾斜の特性とならず、前記音響レンズの伝送特性を補償して広帯域とすることはできないことも明らかである。

4.むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件発明の特許を無効とすることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2005-03-15 
結審通知日 2005-03-17 
審決日 2005-04-14 
出願番号 特願昭61-249849
審決分類 P 1 113・ 532- Y (G01S)
P 1 113・ 121- Y (G01S)
P 1 113・ 531- Y (G01S)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 松尾 淳一尾崎 淳史阿部 弘  
特許庁審判長 上田 忠
特許庁審判官 杉野 裕幸
福田 裕司
登録日 1996-08-22 
登録番号 特許第2554477号(P2554477)
発明の名称 超音波探触子  
代理人 油井 透  
代理人 田中 成志  
代理人 阿仁屋 節雄  
代理人 大川 晃  
代理人 黒田 博道  

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