• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
無効2009800076 審決 特許
無効2011800046 審決 特許
無効2007800196 審決 特許
無効2008800132 審決 特許
無効2008800249 審決 特許

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部無効 1項3号刊行物記載  A61K
審判 全部無効 2項進歩性  A61K
審判 全部無効 特29条の2  A61K
管理番号 1126879
審判番号 無効2004-80156  
総通号数 73 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1994-03-10 
種別 無効の審決 
審判請求日 2004-09-22 
確定日 2005-11-18 
事件の表示 上記当事者間の特許第3140776号発明「無細胞ワクチン」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3140776号の請求項1〜9に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 1.手続きの経緯
本件特許第3140776号に係る発明は、平成3年(1991年)9月27日に国際特許出願(パリ条約による優先権主張:1990年9月27日、英国)され、平成12年12月15日に特許権の設定の登録がされたものである。

2.本件特許発明
本件特許発明は、その特許請求の範囲の請求項1〜9に記載された、次のとおりのものである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】ボルデテラペルツシス(Bordetella pertussis)の69kDa抗原とボルデテラペルツシスのトキソイド化されたリンパ球促進因子との相乗的組合せ物を含むワクチン。
【請求項2】69kDa抗原が、組換えDNA技術を使用して得られた請求項1に記載のワクチン。
【請求項3】リンパ球促進因子が、ホルムアルデヒド、グルタルアルデヒド、過酸化水素またはそれらの組合せから選択される不活性剤を使用してトキソイド化された請求項1または2に記載のワクチン。
【請求項4】69kDa抗原とトキソイド化されたリンパ球促進因子の重量比が、約1:1である請求項1〜3のいずかに記載のワクチン。
【請求項5】さらに、非経口投与に適した薬学的に許容され得る液体賦形剤を含む請求項1〜4のいずれかに記載のワクチン。
【請求項6】抗原タンパク質の濃度が、0.03〜2mg/mlである請求項5に記載のワクチン。
【請求項7】さらに、佐剤を含む請求項1〜6のいずれかに記載のワクチン。
【請求項8】さらに、ボルデテラペルツシスのその他の抗原またはジフテリア若しくは破傷風の抗原を含む請求項1〜7のいずれかに記載のワクチン。
【請求項9】ボルデテラペルツシスの69kDa抗原とボルデテラペルツシスのトキソイド化されたリンパ球促進因子とを、その相乗的組合せを与えるような量で混合することを含む請求項1に記載のワクチンの製造方法。

3.当事者の主張の概要
(1)請求人の主張
請求人は、本件特許の請求項1-9の発明は特許法第29条の2の規定により、請求項1-5、7-8の発明は特許法第29条第1項第2号に該当するため、請求項1-3、5、8-9の発明は特許法第29条第1項第3号の規定に該当するため、請求項1-9の発明は特許法第29条第2項の規定により、それぞれ特許を受けることができないものであり、また、請求項1-9に係る本件特許明細書の記載は特許法第36条第4項及び特許法第36条第5項第1号および第2号の規定に違反するものであるので、本件特許は、特許法第123条第1項第2号及び第123条第1項第4号に該当し無効とすべきであると主張し、証拠方法として甲第1〜10号証を提出している。

(2)被請求人の主張
被請求人には、審判請求書の副本を送達し、期間を指定して答弁書を提出する機会を与えたが、指定期間を過ぎても何ら応答しない。

4.甲号証の記載
〈1〉甲第1号証:特開平4-368337号公報[特願平3-175819号(平成3年6月21日出願、パリ条約による優先権主張1990年6月21日、イタリア)の公開公報]
(〈1〉-1)「【請求項1】無毒の百日咳菌トキシン二重変異体、繊維状赤血球凝集素(FHA)、69キロダルトンタンパク質(69kd)及び薬剤学的に許容可能なベクター類からなり適宜ジフテリア及び/または破傷風アナトキシンと関連させた無細胞抗百日咳菌ワクチン類。
【請求項2】前記繊維状赤血球凝集素(FHA)及び前記69キロダルトンタンパク質(69kd)が、百日咳菌トキシン遺伝子を欠失している(B.ペルツシス(B.pertussis)△Tox)かまたは無毒のPTを産生するように改質されているボルデテラ・ペルツシス(Bordetella pertussis)から得られる請求項1記載の無細胞抗百日咳菌ワクチン類。
【請求項15】0.035%から0.7%(重量%/容量)ホルムアルデヒドによる処理によって安定化されている請求項13及び14記載の変異体類。」
(〈1〉-2)「先行技術において、1種以上の抗原タンパク質類からなる無細胞ワクチン類が提案されており、その中でもホルムアルデヒド・・・、グルタールアルデヒド・・・、テトラニトロメタン・・・、トリニトロベンゼンスルホン酸・・・、過酸化水素・・・のような範囲の化学的試薬によって百日咳菌トキシンは無毒化される。」(3頁左欄1-22行)
(〈1〉-3)「結論として、本発明にしたがってB.ペルツシス(B.pertussis)の変異株によって得られたPT変異体、FHA及び69kdタンパク質は、それらの高い免疫原性及び毒性の欠如のゆえに、所望の特性を示す無細胞抗百日咳菌一価または三価(DPT)のワクチンを開発するために選択された抗原類を示すことになる。」(5頁左欄15-21行)
(〈1〉-4)「抗百日咳菌ワクチン類として適切な免疫原性製剤は、本発明にしたがって、ヒトにおいて免疫原性材料の賦形薬として一般に使用されるものの中から選択された薬剤学的に許容される担体に対して前記抗原類を添加することによって調製できる。前記担体類の例は、生理食塩水である。抗原性産物は、担体中における溶液または懸濁物として存在することができる。」(4頁右欄30-36行)
(〈1〉-5)「前記製剤類は、さらに、免疫反応を刺激ししたがってワクチンの有効性を改良するためのアジュバンドからなることができる。本発明の目的のための適当なアジュバンド類として、例えば、リン酸アルミニウム(AlPO4 )、水酸化アルミニウム{Al(OH)3 }、インタロイキン-1または2またはそれらのペプチド断片類である。」(4頁右欄36-42行)
(〈1〉-6)「前記69kdタンパク質は、B.ペルツシス(B.pertussis)W28-9K/128GまたはB.ペルツシス(B.pertussis)W28-ΔToxの細胞抽出物を精製することによって得られる。」(8頁左欄38-41行)
「S1配列内部に2つのアミノ酸置換Arg9->Lys及びGlu->Glyを含有するPT-9K/129G二重変異体が、形質転換B.ペルツシス(B.pertussis)株W28-9K/129Gの培養物から得られる。」(5頁左欄25-29行)
「本発明による好適な抗原類は、アミノ酸残基類Arg9及びGlu129が欠失しそれぞれアミノ酸残基類Lys及びGlyによって置換されたことを特徴とする百日咳菌トキシン変異体(PT-9K/129G)、FHA及び69kdである。・・・、上述の抗原類を産生可能なボルデテラ(Bordetella)株は、(a)・・・、(b)段階(a)において得られた株において百日咳菌トキシンをコードする染色体遺伝子を異なるタンパク質をコードする遺伝子と相同組換えによって置換すること、(c)段階(b)において得られたPT遺伝子(ΔTox)を欠失したボルデテラ(Bordetella)株類を選択すること、(d)・・・、(e)ボルデテラ(Bordetella)において複製不可の適切に修飾されたプラスミド中に前記変異遺伝子を挿入すること、(f)段階(c)において選択されたボルデテラ(Bordetella)(ΔTox)株類中に前記プラスミドを結合によって導入すること、及び最後に(g)前記変異百日咳菌トキシンの遺伝子との相同組換えによって形質転換されたボルデテラ(Bordetella)株類を単離すること、からなる工程によって得られる。」(4頁左欄32行-右欄7行)
(〈1〉-7)「体重(約)16gの16匹の3-4週齢雄性CD1マウス群(チャールズリバー(Charles River)、カルコ(Calco) イタリア)に対してWHO規則にしたがって、アジュバンド上に吸着されたワクチンの剤形に応じて異なる量のPT-9K/129G、FHAおよび69kdからなる滅菌生理食塩水溶液0.5mlをi.p.注射する。」(11頁右欄37-44行)
(〈1〉-8)「本発明によれば、二重変異体PT-9K/129GまたはPT-13L/129GまたはPT-26I/29G及びFHAは無細胞培地から精製され、一方、69kdは細胞部分から精製される。」(4頁右欄8〜11行)
(〈1〉-9)実施例8には、二重変異体PT-9K/129G及び69kdを種々の重量比で含むワクチンが開示されている。特に、ワクチンロットI (DPT8/PFK/AF) は、二重変異体PT-9K/129G及び69kdを1:1の重量比で含むことが開示されている。表9には、二重変異体PT-9K/129G、69kd、FHAを含むワクチンの他、当該ワクチンを用いた生存率の結果について開示がある。(10頁右欄3行〜12頁表9)

〈2〉甲第2号証:特開平4-230328号公報[特願平3-192775(平成3年7月8日出願、パリ条約による優先権主張1990年7月11日、米国)の公開公報
(〈2〉-1)「百日咳菌により惹起される疾病を防止するのに有効なワクチンであって、百日咳抗原糸状赤血球凝集素(FHA)、無毒化されたリンパ球増多症因子(LPF)及び69キロダルトン外層膜タンパク質を含んで成り、一緒にして前記ワクチンを形成する前に、前記抗原を個々に精製することを特徴とするワクチン。」
(〈2〉-2)「本発明の好ましい態様では、最終ワクチンは、57:29:14(又は正確であるために4:2:1)のFHA:LPF:69K比率を有する。」(5頁左欄30〜33行)
(〈2〉-3)「個々の百日咳成分は、文献で知られておりそして下記に例示される精製方法を使用して生の百日咳菌から精製されるか、又は、個々の成分を発現する組換えDNA技術の使用の如き他の方法により精製される。抗原は、下記の属、ボルデテラ(Bordetella)、大腸菌(E.Coli)、・・・などのような適当な宿主生物中で発現される。」(3頁左欄49行-右欄8行)
(〈2〉-4)「LPF成分は、文献・・・に記載の如くして化学的無毒化方法を使用して無毒化される。或いは、LPFは、毒素の望ましくない生物学的活性・・・をなくする部位特異的突然変異の導入により遺伝学的手段により無毒化することができる。」(3頁右欄9-13行)
「実施例1に記載のいずれかの方法により生成されたLPFを、次いで無毒化して、最終ワクチンの副反応を引き起こすことがある所望されない活性を除去する。ホルムアルデヒド、過酸化水素、テトラニトロメタン又はグルタルアルデヒドによる処理のような種々の慣用の化学的無毒化方法を使用することができる。」(4頁左欄48行-右欄3行)
(〈2〉-5)「所望により、ワクチンは、アルミニウムゲル・・・の如き製薬学的に許容しうる補助薬も含むことができる。・・・補助薬として有用なアルミニウムゲルの例には、リン酸アルミニウム及び水酸化アルミニウムのような沈殿アルミニウム塩が包含される。・・・ワクチンが注射可能な形態にあることが望まれる場合には、免疫学的に許容し得る希釈剤又は担体を慣用の方法で含ませて液体溶液又は懸濁液を製造することができる。」(3頁右欄42行-4頁左欄5行)
(〈2〉-6)「非百日咳ワクチン成分と一緒に請求項1に記載の百日咳ワクチンを含んで成る多価ワクチン。」(請求項2)
「他の非百日咳ワクチン成分を、慣用の方法により加えて多価ワクチンを製造することができる。・・・このような他のワクチンの成分の例には、ジフテリアトキソイド、破傷風トキソイド、・・・が包含される。」(3頁右欄30-41行)
(〈2〉-7)「慣用の分離方法を使用して、百日咳菌培養物の培養上澄液からLPFを単離する。」(4頁左欄18-19行)
「69K外層膜タンパク質を、下記の方法を使用してバクテリア細胞から回収する。」(5頁左欄3-4行)
「本発明の最終ワクチン製品を製造するために、実施例1-4にしたがって、製造した精製され、無菌化された百日咳成分を、先ず最初に塩化ナトリウムとリン酸ナトリウムを含む水性媒体中で一緒にする。」(5頁左欄21-24行)
(〈2〉-8)武田ワクチンについて、【0015】に次の記載がある。
「武田ワクチンは、85:7:7:1のFHA:LPF:69K;凝集原(agglutinogen)比率を有する。この出願全体にわたり、比率は所定の用量のワクチン中に含まれる抗原のマイクログラムの比率に基づく。」(3頁左欄14-17行)

〈3〉甲第3号証:国際公開第92/05798号パンフレット(特許第3140776号における国際公開公報)

〈4〉甲第4号証:Pediatrics, p939-984 (1988)
(〈4〉-1)「日本で製造されているコンポーネントワクチンには、およそ当量のLPFとFHAとを含有するBタイプと、ほとんどFHAで少量のLPFと幾らかの凝集原を含有するTタイプの2タイプがある。」(972頁左欄「日本における非細胞性ワクチンの開発」の項、5-9行)
(〈4〉-2)「第1世代の非細胞ワクチンとしては、FHA、LPF、僅かな量のその他のタンパク質を含有し、且つエンドトキシンの量が低減された、現在日本で使用されているようなワクチンである。第2世代のワクチンは第1世代のワクチンとよく似ているが、ロットごとのばらつきが少ないより均一化されたもので、抗原の割合が固定化されていて、またエンドトキシンを有さないというものである。第3世代のワクチンでは、他の精製された防御的な抗原性コンポーネントを加えてもよい(凝集原2及び3、及び外膜タンパク質、ならびに可能性のある他のタンパク質が候補となる)。」(975頁右欄「将来的なワクチン開発」の項、2-13行)

〈5〉甲第5号証:American Journal of Diseases of Children, Vol.144, p899-904 (August 1990)
(〈5〉-1)「ジフテリアトキソイド及び破傷風トキソイドと組み合わせてアルミニウム塩に吸着させた、リンパ球増多促進因子、繊維状ヘマグルチニン、凝集原、及び69-kd 外膜タンパク質を含有する非細胞百日咳ワクチンの臨床効果を家族内感染試験で評価した。予めワクチンを接種した62名の小児における家族内感染7〜30日後の百日咳の発生率を、同様に曝露(expose)したワクチンを接種していない62名の小児における発生率と比較した。43名の免疫感作していない小児において典型的な百日咳が診断され、1 名のワクチンを接種した小児が5週間の疾病を経験し、これはおそらく百日咳であった(有効性, 98%; 95%信頼区間, 84% から99% )。各群の数名の小児は呼吸器疾患を発症し、これは軽症の変則的な百日咳を示していたかもしれない。これらの百日咳の可能性を含めると、ワクチンの有効性は81% であった(95% 信頼区間, 64% から90% )。ジフテリアトキソイド及び破傷風トキソイドと組み合わせたこの4成分百日咳ワクチンでの事前の免疫は百日咳の予防に非常に有効であると結論される。」(899頁左欄-中欄上の要約)
(〈5〉-2)「本研究は、武田薬品工業株式会社(大阪、日本)により製造された単一のTタイプ製剤(吸着)の臨床効果を決定するために計画された。このワクチンは、最近同定された69-kd 外膜タンパク質(このタンパク質に対する抗体が天然の百日咳及び全細胞百日咳免疫感作の後に見出される)も含有する。」(899頁右欄下から4行-900頁左欄5行)

〈6〉甲第6号証:「沈降精製百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン」についての医薬品添付文書

〈7〉甲第7号証:The Lancet, Vol.335, p1324-1329 (June 2, 1990)
(〈7〉-1) 「しかしながら、ic チャレンジで判定したように、PT単独では全細胞ワクチンより有効性が低い。1以上の他の抗原(例えば、69K タンパク質)を添加したときにのみ、非細胞ワクチンの効力は全細胞ワクチンの効力に接近する。これらの観察に基づいて、種々の非細胞ワクチンが提案され(表III)、それらのうちの幾つかの安全性及び有効性が小児で試験された。」(1327頁右欄6-12行)
(〈7〉-2) 「表III 提案された百日咳に対する非細胞ワクチン」には、トキソイド化PT(LPF)よ69K(69kDa抗原)を含むワクチンが記載されている。

〈8〉甲第8号証:The Journal of Experimental Medicine, Vol.171, pp.63-73 (January 1990)
(〈8〉-1)「非細胞百日咳ワクチン中の69-kD OMPの検出 抗69-kD OMP mAb BPE3 (5)を使用するイムノブロット分析により、武田非細胞百日咳ワクチンの製剤中に69-kD OMP が存在することが明らかとなった(図3A)。銀染色ゲルのデンシトメトリ分析により、この製剤中の総タンパク質のうち重量比で5%の69-kD OMPを含有することが明らかとなった。」(67頁下から2行-69頁3行)
(〈8〉-2)「我々はここで、武田により製造されたTタイプ非細胞ワクチン中にかなりの量の69-kD OMP が検出可能であることを示す。Tタイプワクチンは、ボルデテラペルツシス抽出物のショ糖勾配精製製剤であり、百日咳トキシン、繊維状ヘマグルチニン、及びフィムブリエを含有することが証明されている。精製されたFHA は簡単に分解され、通常アクリルアミドゲル上で69-kD 付近のバンドを含む数本のバンドとして移動するため、Tタイプ非細胞ワクチン中の69-kD OMP の存在はこれまで検出されずにいた。我々はこれらの抗原に特異的なmAbsを使用して、このワクチン中にFHA のみならず69-kD OMP も存在することをイムノブロット法によって証明した。」(71頁6-14行)
(〈8〉-3) 「我々の結果は、ボルデテラペルツシスの69kD OMPが、動物における防御抗原であり、また、ヒトに対し免疫原性であり、さらに、日本において広く用いられている非細胞百日咳ワクチン製剤中に存在することを示している。これらの知見は、69kD OMPが、抗原性が定義された非細胞百日咳ワクチンの新たな処方に含まれる候補として真剣に考慮されるべきであることを示している。」(72頁11-15行)

〈9〉甲第9号証:The Journal of Infectious Diseases, Vol.159, No.2, p211-218 (February 1989)
(〈9〉-1)「我々は、百日咳感染後あるいはワクチン接種後に、イムノブロッティング技術によってFHA、PT及びOMPに対する血清抗体が容易に検出されることを見出した。これらの結果は、ELISAを用いた他の実験の結果、すなわち、全細胞百日咳ワクチンを接種した患者における、FHA、PT及びOMPに対する抗体の検出[29]、及び百日咳菌患者における超音波で破砕された百日咳菌、FHA、PTおよび69KDタンパク質に対する抗体の検出と一致している。」(216頁左欄下3-右欄6行)
(〈9〉-2)「FHA及びPTを構成成分とする非細胞性ワクチンはマウスで、百日咳呼吸器感染に対して防御作用があることが示されてきたが、それらの小児における効力は現在利用されている全細胞百日咳ワクチンを用いた場合に比べ優れたものではない。このことはFHA及びPT以外の抗原に対する応答もまた感染後あるいはワクチン接種後の免疫性に貢献していることを示唆している。我々の研究は、全細胞ワクチンを用いた免疫化、及び程度は劣るが百日咳菌感染がFHA及びPT以外の百日咳菌コンポーネント、とくに、69KDタンパク質及び幾つかのOMPに応答する抗体を誘導することを示している。これらの抗体応答はワクチン接種あるいは感染後の免疫性に際立った貢献を示すかもしれない。」(217頁左欄4-17行)

〈10〉甲第10号証:百日咳菌に関する第6回国際シンポジウム (開催日1990年9月26-28日) の抄録集及びプログラムにおけるポスター番号76(発表日1990年9月26日)の抄録文

5.対比・判断
(I)特許法第29条の2
(I-〈1〉)<甲第1号証との対比>
[I-〈1〉-1]:請求項1について
i)甲第1号証の請求項1には、「無毒の百日咳菌トキシン二重変異体、繊維状赤血球凝集素(FHA)、69キロダルトンタンパク質(69kd)及び薬剤学的に許容可能なベクター類からなり適宜ジフテリア及び/または破傷風アナトキシンと関連させた無細胞抗百日咳菌ワクチン類」が開示されている。(「百日咳菌」は、ボルデテラペルツシス(Bordetella pertussis)と同義である。)
甲第1号証における「無毒の百日咳菌トキシン二重変異体」とは2箇所のアミノ酸置換によりトキソイド化された百日咳菌トキシンのことであり、「百日咳菌トキシン」(PT)は「リンパ球促進因子」(LPF)と同義語であるから、甲第1号証における「無毒の百日咳菌トキシン二重変異体」は本件特許の請求項1の発明における『トキソイド化されたリンパ球促進因子』である。
また、甲第1号証における「69キロダルトンタンパク質(69kd)」は、甲第1号証の請求項2より、ボルデテラ・ペルツシスに由来するものであることが明らかであるから、請求項1の発明における『ボルデテラペルツシス(Bordetella pertussis)の69kDa抗原』に一致する。
そして、本件特許明細書の『69kDa抗原対トキソイド化されたLPFの比は、例えば1:10〜10:1のような広い範囲内で変化することができるが、約1:1が好ましく、とにかくワクチン効能に相乗的効果をもたらすような比である。この比は重量比である。』(特許公報3頁左欄6〜10行)との記載からみて、69kDa抗原とトキソイド化LPFを10:1〜1:10の重量比で組合わせたものが請求項1の発明における『相乗的組合せ物』に該当することは明らかであるところ、甲第1号証にも、両成分を10:1〜1:10の重量比の範囲内で含むものが開示されている(〈1〉-9)。
してみれば、両発明は、『ボルデテラペルツシス(Bordetella pertussis)の69kDa抗原とボルデテラペルツシスのトキソイド化されたリンパ球促進因子との相乗的組合せ物を含むワクチン』である点で一致するから、請求項1の発明は甲第1号証に記載された発明である。

[I-〈1〉-2]:請求項2〜9について
請求項2について
甲第1号証のワクチンにおける69kDタンパク質は、B.ペルツシス(B.Pertussis)W28-9K/129GまたはB.ペルツシス(B.pertussis)W28-ΔToxの細胞抽出物より精製されたものであり((〈1〉-6)、69kDタンパク質を産生可能な上記の細胞も、組換えDNA技術により作製されたものである(〈1〉―6)。

請求項3について
甲第1号証には、百日咳菌トキシンの無毒化として、ホルムアルデヒド、グルタールアルデヒド、テトラニトロメタン、トリニトロベンゼンスルホン酸、過酸化水素などの化学的試薬による処理が記載され(〈1〉-2)、【請求項15】には特にホルムアルデヒドによる処理が記載されている(〈1〉―1)。

請求項4について
甲第1号証のワクチンロットI(DPT8/PFK/AF)は、二重変異体PT-9K/129G及び69kdを1:1の重量比で含むものである〈1〉-9)。

請求項5について
甲第1号証における薬剤学的に許容される担体である生理食塩水(〈1〉-4、〈1〉-7)は、「非経口投与に適した薬剤学的に許容される液体賦形剤」に相当する。

請求項6について
甲第1号証におけるワクチン容量は0.5mlであり(〈1〉-7)、実施例8の「B」3価のワクチンの処方」で開示されるワクチンロットI(DPT8/PFK/AF)では抗原タンパク質の含量が15μg、表9のワクチンロットC(一番上のもの)では抗原タンパク質の含量が27.5μg(いずれもPT-9K/129G、FHA及び69kdの合計)であるから、それぞれ、抗原タンパク質濃度が0.03mg/ml、0.055mg/mlとなるので、請求項6の濃度範囲に含まれる。

請求項7について
「さらに、佐剤(アジュバント)を含む」ことは、甲第1号証に記載されている(〈1〉-5)。

請求項8について
「さらに、ボルデテラペルツシスのその他の抗原またはジフテリア若しくは破傷風の抗原を含む」ことは、甲第1号証に記載された事項である(〈1〉-1、〈1〉-3、〈1〉-9)。

請求項9について
甲第1号証においては、PT-9K/129Gと69kdとは別個に精製されている(〈1〉-6)〈1〉-8)ことから、両抗原を含む甲第1号証のワクチンを製造するためには、これら各々の抗原を混合することは当然のことである。

したがって、請求項2〜9の発明は甲第1号証に記載された発明と同一である。

(I-〈2〉)<甲第2号証に記載された発明との対比>
[I-〈2〉-1]:請求項1について
請求項1の発明と、甲第2号証の特許請求の範囲1に記載された発明(〈2〉-1)を対比すると、後者における「無毒化されたリンパ球増多因子(LPF)」は前者における『トキソイド化されたリンパ球促進因子』に、また後者における「69キロダルトン外層膜タンパク質」は前者における『69kDa 抗原』に相当することは明らかであり、甲第2号証のものが百日咳菌即ちBordetella pertussis由来のものであることも明らかである。
そして、甲第2号証には、相乗的組合せ物に該当する69kDa抗原とトキソイド化LPFを10:1〜1:10の重量比の範囲内で含むワクチンが開示されている。(〈2〉-2、〈2〉-8)
してみれば、両発明は、『ボルデテラペルツシス(Bordetella pertussis)の69kDa抗原とボルデテラペルツシスのトキソイド化されたリンパ球促進因子との相乗的組合せ物を含むワクチン』である点で一致する。
したがって、請求項1の発明は甲第2号証と同一である。

[I-〈2〉-2]:請求項2、3、5、7〜9について
請求項2について
甲第2号証のワクチンにおける69kDタンパク質は、組換えDNA技術の使用により精製され、ボルデテラ(Bordetella)、大腸菌(E.Coli)などの適当な宿主細胞中で発現されたものである(〈2〉-3)。

請求項3について
甲第2号証には、請求項3の発明と同じ「ホルムアルデヒド、過酸化水素、グルタルアルデヒド」などによる処理のような慣用の化学的無毒化方法を使用できる旨が記載されている(〈2〉-4)。

請求項5について
『さらに、非経口投与に適した薬学的に許容され得る液体賦形剤を含む』に相当するものとして、甲第2号証に液体賦形剤を含む旨の記載がある(〈2〉-5)。

請求項7について
甲第2号証には、請求項7の発明と同じく佐剤を含む旨の記載がある(〈2〉-5)。

請求項8について
甲第2号証には、ボルデテラペルツシスのその他の抗原として百日咳菌抗原糸状赤血球凝集素(FHA)を含有すること、並びに、ジフテリア若しくは破傷風の抗原としてジフテリアトキソイド、破傷風トキソイドを包含する多価ワクチンの記載があり(〈2〉-1、〈2〉-6)、これは請求項8と同一のものである。

請求項9について
甲第2号証には各成分を別個に得、これを混合してワクチンを得るという、請求項9の発明と同一の発明が開示されている(〈2〉-1、〈2〉-7)。

(I-〈3〉):特許法29条の2の規定違反についての結論
以上のとおり、請求項1-9の発明は、いずれも、甲第1号証に記載された発明と同一である。また、請求項1-3、5、7-9の発明は、いずれも、甲第2号証に記載された発明と同一である。

(II)特許法第29条第1項第3号
(II-〈1〉)<甲第7号証との対比>
[II-〈1〉-1]:請求項1について
i)甲第7号証の表IIIには、抗百日咳菌ワクチンとして、ボルデテラペルツシスのPT(ホルムアルデヒドによるトキソイド化)と69kとの組合せ、PT(ホルムアルデヒドによるトキソイド化)とFHAと69kとの組合せ、PT(PT遺伝子の遺伝子操作によるトキソイド化)とFHAと69kとの組合せが記載されている。
ここに、甲第7号証における「PT(ホルムアルデヒドによるトキソイド化、PT遺伝子の遺伝子操作によるトキソイド化)」が、請求項1の発明にいうトキソイド化されたリンパ球促進因子であることは当業者に広く知られていることである。
甲第7号証には、「しかしながら、ic チャレンジで判定したように、PT単独では全細胞ワクチンより有効性が低い。1以上の他の抗原(例えば、69K タンパク質)を添加したときにのみ、非細胞ワクチンの効力は全細胞ワクチンの効力に接近する。これらの観察に基づいて、種々の非細胞ワクチンが提案され(表III)、それらのうちの幾つかの安全性及び有効性が小児で試験された。」(1327頁右欄6-12行)と記載され、LPFと69kDa抗原等の他の抗原との組合せにより、その効力が全細胞ワクチンの効力とほぼ同等になること、そのような知見に基づき、69kDa抗原とトキソイド化LPFを含むワクチン(表III参照)が実際に開発されたことが記載されており、全細胞ワクチンと同等の効力を示すものであるから、効果の点でも、請求項1の発明と異なるものではない。
したがって、甲第7号証には、請求項1の発明の構成成分を含むワクチンが記載されており、請求項1の発明は甲第7号証に記載された発明である。

[III-〈1〉-2]:請求項3、5,8及び9について
請求項3について
甲第7号証の表IIIには、PT(リンパ球促進因子)のトキソイド化として、請求項3の発明と同じホルムアルデヒド、グルタルアルデヒド、過酸化水素による処理が記載されている。

請求項5について
甲第7号証の表IIIには、請求項5の発明の要件である、ワクチンが非経口投与に適した薬学的に許容され得る液体賦形剤を含むことについての直接的記載はないが、この種のワクチンは通常非経口投与であるから、当該ワクチンが被経口投与に適した薬学的に許容され得る液体賦形剤を含むことは当然のことである。

請求項8について
甲第7号証の表IIIには、請求項8の発明の要件である、ボルデテラペルツシスのその他の抗原としてFHAをさらに含むワクチンが記載されている。

請求項9について
甲第7号証の表IIIに示される選択的なトキソイド化(即ち、LPF(PT)のみのトキソイド化)を実現するためには、ワクチンの製造に際し、LPFをトキソイド化した後、69kDaと混合するのは当然である。

(II-〈2〉):特許法第29条第1項第3号についての結論
以上のとおり、請求項1、3、5、8及び9の発明は、特許出願前に頒布された刊行物に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当する。

(III)特許法第29条第2項
(III-〈1〉)<甲第4、5,8及び9号証に記載された発明との対比>
[III-〈1〉-1]:請求項1について
甲第8号証には、武田により製造されたTタイプ非細胞ワクチンは、ボルデテラペルツシス抽出物のショ糖勾配精製製剤であり、百日咳トキシン[PT:リンパ球促進因子(LPF)と同義]、繊維状ヘマグルチニン及びフィムブリエを含有しており、重量比で5%の69-kD OMPを含有することが記載されており、毒性の強いL百日咳トキシンPFをトキソイド化することは、当該技術分野における周知の事項であるから、百日咳トキシン及び69kDa抗原を含むワクチンにおいて、毒性を低減させるために百日咳トキシンLPFをトキソイド化したものとすることは、当業者が容易になし得ることである。
また、甲第4号証には、LPF、FHA、及び少量のその他のタンパク質を含有する第1世代の非細胞ワクチンに対し、第3世代のワクチンでは、他の精製された抗原性コンポーネントを加えてもよいとして、その候補として、外膜タンパク質が指摘されている(〈4〉-2)。そして、甲第9号証には、百日咳菌感染による免疫形成に際し、FHA及びPT(百日咳トキシン:リンパ球促進因子と同義)以外の百日咳菌コンポーネント、特に、69kDタンパク質及び幾つかのOMPに応答する抗体を誘導するとの研究成果を踏まえて、これらの抗体が免疫形成に際立った貢献をするかもしれないとの推定がされている(〈9〉-2)から、LPF、FHA及び少量のその他のタンパク質を含有する第1世代の非細胞ワクチンに、さらに加える抗原性コンポーネントとして、外膜タンパク質である上記69kDaタンパク質を選ぶことは、当業者が容易に想到し得ることである。
以上のとおり、請求項1の発明は、出願前に頒布された刊行物である甲第8号証に記載された発明に基づいて、また甲第4号証及び甲第9号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

[III-〈1〉-2]:請求項2〜9について
請求項2について
69kDa抗原のDNA配列が決定されていたことは明らかであるので、69kDa 抗原の入手に際し、当該DNA配列に基づき組換えDNA技術を使用することは当業者であれば容易に想到し得るものである。

請求項3について
トキソイド化として、ホルムアルデヒド、グルタルアルデヒド、過酸化水素等による処理が可能であることは当該技術分野において周知の事項であるから、LPFに対し当該処理を行なうことは、当業者が容易に想到し得るところである。

請求項4について
請求項4の発明は、『69kDa抗原とトキソイド化されたリンパ球促進因子の重量比が、約1:1である請求項1〜3のいずれかに記載のワクチン』であるところ、両抗原の重量比は、当業者が任意に設定し得るものである。

請求項5について
請求項5の発明は、『さらに、非経口投与に適した薬学的に許容され得る液体賦形剤を含む請求項1〜4のいずれかに記載のワクチン』であるところ、非経口投与に適した薬学的に許容され得る液体賦形剤をワクチンに含ませることは周知の事項である。

請求項6について
請求項6の発明は、『抗原タンパク質の濃度が、0.03〜2mg/mlである請求項5に記載のワクチン』であるところ、当業者であれば抗原タンパク質の濃度を任意に適切に設定し得るものであり、また、該特定の濃度を選択したことによって、格別に顕著な効果を奏するべき根拠もない。

請求項7-8について
請求項7の発明における『さらに、佐剤を含むワクチン』である点、請求項8の発明における『さらに、ボルデテラペルツシスのその他の抗原またはジフテリア若しくは破傷風の抗原を含むワクチン』である点は、甲第5号証における「ジフテリアトキソイド及び破傷風トキソイドと組み合わせてアルミニウム塩に吸着させた、リンパ球増多促進因子、繊維状ヘマグルチニン、凝集原、及び69-kd 外膜タンパク質を含有する非細胞百日咳ワクチンの臨床効果を家族内感染試験で評価した。・・・」(〈5〉-1)との記載、及び上記アルミニウム塩が佐剤の一つであることから、当業者であれば容易に想到し得るものである。

請求項9について
請求項9の発明は、『ボルデテラペルツシスの69kDa抗原とボルデテラペルツシスのトキソイド化されたリンパ球促進因子とを、その相乗的組合せを与えるような量で混合することを含む請求項1に記載のワクチンの製造方法』であるところ、[IV-〈1〉-1] に述べた通り、請求項1の発明のワクチンは当業者が容易に想到し得るものである。したがって、そのようなワクチンの製造に際して、ボルデテラペルツシスの69kDa抗原とボルデテラペルツシスのトキソイド化LPFとを適切な量で混合することは当業者にとって容易に想到することができる。

(III-〈2〉):特許法第29条第2項の規定違反についての結論
以上のとおり、請求項1-9の発明は、いずれも、本件特許出願前に頒布された甲第4,5,8,9号証刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反する。

6.むすび
以上のとおりであるので、本件請求項1-9に係る発明の特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効にすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定を適用して、被請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2005-06-23 
結審通知日 2005-06-27 
審決日 2005-07-08 
出願番号 特願平3-517407
審決分類 P 1 113・ 121- Z (A61K)
P 1 113・ 113- Z (A61K)
P 1 113・ 16- Z (A61K)
最終処分 成立  
前審関与審査官 瀬下 浩一  
特許庁審判長 竹林 則幸
特許庁審判官 齋藤 恵
中野 孝一
登録日 2000-12-15 
登録番号 特許第3140776号(P3140776)
発明の名称 無細胞ワクチン  
代理人 高島 一  
代理人 品川 澄雄  
代理人 土井 京子  
代理人 谷口 操  
代理人 浅村 皓  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ