• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B41J
管理番号 1128927
異議申立番号 異議2003-73494  
総通号数 74 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1999-08-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-12-26 
確定日 2005-10-17 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3442299号「インクジェット式記録ヘッド及びその製造方法」の請求項1ないし13に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3442299号の請求項1ないし12に係る特許を取り消す。 
理由 第1 手続の経緯
本件出願は、特許法第41条に基づく優先権主張を伴う平成10年11月16日(優先日平成9年11月25日)に出願したものであって(以下、平成9年11月25日を「本件優先日」という。)、その出願から本決定に至るまでの主だった経緯を箇条書きにすると次のとおりである。
・平成10年11月16日 本件出願
・平成15年 6月20日 特許第3442299号として設定登録(請求項1〜13)
・平成15年12月26日付け 特許異議申立人山口雅行より全請求項に係る特許について特許異議の申立て
・平成16年 8月31日付け 当審にて取消理由の通知
・平成16年11月 8日付け 特許権者より特許異議意見書及び訂正請求書の提出
・平成17年 4月20日付け 特許異議申立人山口雅行宛て審尋
・平成17年 7月 5日付け 特許異議申立人山口雅行より回答書の提出
・平成17年 7月 6日付け 特許異議申立人山口雅行より上申書の提出

第2 訂正の適否についての判断
1.訂正の内容
平成16年11月8日付け訂正請求書により特許権者が求めている訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1の記載を、
「【請求項1】 インクを吐出させるための圧力室が形成された圧力室基板と、この圧力室基板上に形成され、上記圧力室を加圧する振動板と、上記振動板の加圧源となり、上部電極及び下部電極に挟まれた圧電体膜から構成され、上記振動板の圧力室に対応する領域に設けられた圧電体素子と、を備えるインクジェット式記録ヘッドにおいて、上記下部電極と上記圧電体膜の間に、上記下部電極とは異なる材質からなり、IrOXを主成分とする膜を少なくとも含む導電性の膜を備えるインクジェット式記録ヘッド。」
から、
「【請求項1】 インクを吐出させるための圧力室が形成された圧力室基板と、この圧力室基板上に形成され、上記圧力室を加圧する振動板と、上記振動板の加圧源となり、上部電極及び下部電極に挟まれた圧電体膜から構成され、上記振動板の圧力室に対応する領域に設けられた圧電体素子と、を備えるインクジェット式記録ヘッドにおいて、前記下部電極が白金電極であり、上記下部電極と上記圧電体膜の間に、上記下部電極とは異なる材質からなり、IrOXを主成分とする膜を少なくとも含む導電性の膜を備えるインクジェット式記録ヘッド。」
に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3の記載を、
「【請求項3】 上記導電性の膜は上記圧電体膜と同一のパターンに形成されている、請求項1又は請求項2に記載のインクジェット式記録ヘッド。」
から、
「【請求項3】 上記導電性の膜は上記圧電体膜と同一のパターンに形成されており、上記下部電極は上記圧電体膜及び上記上部電極とは同一のパターンに形成されていない、請求項1又は請求項2に記載のインクジェット式記録ヘッド。」
に訂正する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項6乃至請求項12の記載を、
「【請求項6】 上記第1の導電性の膜が圧縮性の応力を受ける膜である、請求項4又は請求項5に記載のインクジェット式記録ヘッド。
【請求項7】 上記下部電極が引張性の応力を受ける膜である、請求項1乃至請求項6のうち何れか1項に記載のインクジェット式記録ヘッド。
【請求項8】 上部電極及び下部電極に挟まれる圧電体膜から構成される圧電体薄膜素子により振動板を加圧してインクを吐出するインジェット式記録ヘッドの製造方法において、上記下部電極と上記圧電体膜の間に、上記下部電極とは異なる材質からなり、IrOXを主成分とする膜を少なくとも含む導電性の膜を形成する工程を備える、インクジェット式記録ヘッドの製造方法。
【請求項9】 上記導電性の膜を形成する工程は、上記下部電極の上にIrOXを主成分とする膜である第1の導電性の膜を形成する工程と、上記第1の導電性の膜の上に第2の導電性の膜を形成する工程を備える請求項8に記載のインクジェット式記録ヘッドの製造方法。
【請求項10】 上記第1の導電性の膜を形成する工程は、上記下部電極上にIrを主成分とする金属膜を形成する工程と、この金属膜を熱酸化してIrOXを主成分とする金属酸化膜とする工程と、を備える請求項9に記載のインクジェット式記録ヘッドの製造方法。
【請求項11】 上記振動板上に上記下部電極、導電性の膜、圧電体膜及び上部電極となる層を順次積層後、上記下部電極が露出するまで上記導電性の膜、圧電体膜及び上部電極とからなる層をエッチングする工程を備える、請求項8乃至請求項10のうち何れか1項に記載のインクジェット式記録ヘッドの製造方法。
【請求項12】 上記圧電体膜を形成する工程は、上記導電性膜上に圧電体膜前駆体を形成する工程と、この圧電体膜前駆体を圧電特性の高い圧電体膜に焼成する工程と、を備える請求項8乃至請求項11のうち何れか1項に記載のインクジェット式記録ヘッドの製造方法。」
から、
「【請求項6】 インクを吐出させるための圧力室が形成された圧力室基板と、この圧力室基板上に形成され、上記圧力室を加圧する振動板と、上記振動板の加圧源となり、上部電極及び下部電極に挟まれた圧電体膜から構成され、上記振動板の圧力室に対応する領域に設けられた圧電体素子と、を備えるインクジェット式記録ヘッドにおいて、前記下部電極が白金電極であり、上記下部電極と上記圧電体膜の間に、上記下部電極とは異なる材質からなり、IrOXを主成分とする膜を少なくとも含む導電性の膜を備え、上記導電性の膜は上記下部電極上に形成される第1の導電性の膜と、この第1の導電性の膜上に形成された第2の導電性の膜とから構成され、上記第1の導電性の膜はIrOXを主成分とする膜であり、上記第2の導電性の膜が白金、イリジウムのうち何れか1つを主成分とする膜であり、上記第1の導電性の膜が圧縮性の応力を受ける膜であり、上記下部電極が引張性の応力を受ける膜である、インクジェット式記録ヘッド。
【請求項7】 上部電極及び下部電極に挟まれる圧電体膜から構成される圧電体薄膜素子により振動板を加圧してインクを吐出するインジェット式記録ヘッドの製造方法において、前記下部電極が白金電極であり、上記下部電極と上記圧電体膜の間に、上記下部電極とは異なる材質からなり、IrOXを主成分とする膜を少なくとも含む導電性の膜を形成する工程を備える、インクジェット式記録ヘッドの製造方法。
【請求項8】 上記導電性の膜を形成する工程は、上記下部電極の上にIrOXを主成分とする膜である第1の導電性の膜を形成する工程と、上記第1の導電性の膜の上に第2の導電性の膜を形成する工程を備える請求項7に記載のインクジェット式記録ヘッドの製造方法。
【請求項9】 上記第1の導電性の膜を形成する工程は、上記下部電極上にIrを主成分とする金属膜を形成する工程と、この金属膜を熱酸化してIrOXを主成分とする金属酸化膜とする工程と、を備える請求項8に記載のインクジェット式記録ヘッドの製造方法。
【請求項10】 上記振動板上に上記下部電極、導電性の膜、圧電体膜及び上部電極となる層を順次積層後、上記下部電極が露出するまで上記導電性の膜、圧電体膜及び上部電極とからなる層をエッチングする工程を備える、請求項7乃至請求項9のうち何れか1項に記載のインクジェット式記録ヘッドの製造方法。
【請求項11】 上記圧電体膜を形成する工程は、上記導電性膜上に圧電体膜前駆体を形成する工程と、この圧電体膜前駆体を圧電特性の高い圧電体膜に焼成する工程と、を備える請求項7乃至請求項10のうち何れか1項に記載のインクジェット式記録ヘッドの製造方法。」
に訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項13の記載を、
「【請求項13】 前記導電性の膜は、圧電体膜に接する部分の膜厚が接しない部分より厚くなっている、請求項1に記載のインクジェット式記録ヘッド。」
から、
「【請求項12】 インクを吐出させるための圧力室が形成された圧力室基板と、この圧力室基板上に形成され、上記圧力室を加圧する振動板と、上記振動板の加圧源となり、上部電極及び下部電極に挟まれた圧電体膜から構成され、上記振動板の圧力室に対応する領域に設けられた圧電体素子と、を備えるインクジェット式記録ヘッドにおいて、上記下部電極と上記圧電体膜の間に、上記下部電極とは異なる材質からなり、IrOXを主成分とする膜を少なくとも含む導電性の膜を備え、前記導電性の膜は、圧電体膜に接する部分の膜厚が接しない部分より厚くなっている、インクジェット式記録ヘッド。」
に訂正する。

2.訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
上記訂正事項1は、訂正前の請求項1に記載された「下部電極」を、「下部電極が白金電極であり」と下位概念に限定するものである。また、これに関連する記載として、本件の願書に添付した明細書又は図面の段落【0021】には「下部電極(例えば、白金)」、段落【0028】には「下部電極は白金で成膜する」、段落【0033】には「下部電極12は白金電極からなり」、段落【0038】には「下部電極12となる白金」、段落【0048】「下部電極12となる白金電極」と記載されている。
したがって、上記訂正事項1は、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において、「下部電極」を「下部電極が白金電極であり」と技術的に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とし、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

(2)訂正事項2について
上記訂正事項2は、訂正前の請求項3で引用する請求項1に記載された「下部電極」を、「上記下部電極は上記圧電体膜及び上記上部電極とは同一のパターンに形成されていない」と下位概念に限定するものである。また、これに関連する記載として、本件の願書に添付した明細書又は図面の段落【0049】には「この工程では、第1の導電性膜13aが表面に露出するまで上部電極15、圧電体膜14及び第1の導電性膜13bをエッチングする。」、段落【0051】には「この工程では、第2の導電性膜13bが表面に露出するまで上部電極15及び圧電体膜14をエッチングする。」と記載され、上部電極及び圧電体膜がエッチングによりされるのに対し、下部電極はエッチングされないことが明らかである。さらに、本件の願書に添付した明細書又は図面の【図2】、【図3】、【図6】及び【図8】には圧電体膜及び上部電極の平面方向において圧電体膜及び上部電極とは異なる平面方向領域を有していることが看取できる。
したがって、上記訂正事項2は、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において、「下部電極」を「上記下部電極は上記圧電体膜及び上記上部電極とは同一のパターンに形成されていない」と技術的に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とし、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

(3)訂正事項3について
上記訂正事項3は、訂正前の請求項6を削除し、以下項数を繰り上げ、訂正前の請求項5に従属する訂正前の請求項6に更に従属する訂正前の請求項7の「下部電極」を「下部電極が白金電極であり」と限定した上で独立請求項(繰上げ後、すなわち訂正後の請求項6)に訂正し、訂正前の請求項8に記載された「下部電極」を「下部電極が白金電極であり」と下位概念に限定し、繰上げ後、すなわち、訂正後の請求項7とするものである。
訂正後の請求項6及び請求項7における「下部電極」を「下部電極が白金電極であり」と訂正することは、上記「(1)訂正事項1について」で述べたとおり、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において、特許請求の範囲の減縮に該当するものである。
したがって、上記訂正事項3について、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において、特許請求の範囲の減縮を目的とし、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

(4)訂正事項4について
上記訂正事項4は、訂正前の請求項13が引用する請求項1の内容が、上記訂正事項1により減縮されたことによって新たな請求項1となり、引用できなくなったため、訂正前の請求項13を従属請求項から独立請求項に訂正しようとするものである。
したがって、上記訂正事項4は、訂正事項1に伴う訂正であるから、明りょうでない記載の釈明を目的とし、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

3.むすび
したがって、本件訂正は、平成11年改正前の特許法第120条の4第2項及び同条第3項において準用する特許法第126条第2項から第4項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

第3 特許異議の申立てについての判断
1.本件発明の認定
上述したように、本件訂正が認められるから、本件の請求項1乃至請求項12に係る発明(以下、請求項順に「本件発明1」乃至「本件発明12」という。)は、訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1乃至請求項12に記載されたとおりの次のものと認める。
「【請求項1】 インクを吐出させるための圧力室が形成された圧力室基板と、この圧力室基板上に形成され、上記圧力室を加圧する振動板と、上記振動板の加圧源となり、上部電極及び下部電極に挟まれた圧電体膜から構成され、上記振動板の圧力室に対応する領域に設けられた圧電体素子と、を備えるインクジェット式記録ヘッドにおいて、前記下部電極が白金電極であり、上記下部電極と上記圧電体膜の間に、上記下部電極とは異なる材質からなり、IrOXを主成分とする膜を少なくとも含む導電性の膜を備えるインクジェット式記録ヘッド。
【請求項2】 前記導電性の膜は、膜を形成するべき面において全面的に所定の膜厚を有する膜である、請求項1に記載のインクジェット式記録ヘッド。
【請求項3】 上記導電性の膜は上記圧電体膜と同一のパターンに形成されており、上記下部電極は上記圧電体膜及び上記上部電極とは同一のパターンに形成されていない、請求項1又は請求項2に記載のインクジェット式記録ヘッド。
【請求項4】 上記導電性の膜は上記下部電極上に形成される第1の導電性の膜と、この第1の導電性の膜上に形成された第2の導電性の膜とから構成され、上記第1の導電性の膜はIrOXを主成分とする膜である、請求項1乃至請求項3のうち何れか1項に記載のインクジェット式記録ヘッド。
【請求項5】 上記第2の導電性の膜が白金、イリジウムのうち何れか1つを主成分とする膜である、請求項4に記載のインクジェット式記録ヘッド。
【請求項6】 インクを吐出させるための圧力室が形成された圧力室基板と、この圧力室基板上に形成され、上記圧力室を加圧する振動板と、上記振動板の加圧源となり、上部電極及び下部電極に挟まれた圧電体膜から構成され、上記振動板の圧力室に対応する領域に設けられた圧電体素子と、を備えるインクジェット式記録ヘッドにおいて、前記下部電極が白金電極であり、上記下部電極と上記圧電体膜の間に、上記下部電極とは異なる材質からなり、IrOXを主成分とする膜を少なくとも含む導電性の膜を備え、上記導電性の膜は上記下部電極上に形成される第1の導電性の膜と、この第1の導電性の膜上に形成された第2の導電性の膜とから構成され、上記第1の導電性の膜はIrOXを主成分とする膜であり、上記第2の導電性の膜が白金、イリジウムのうち何れか1つを主成分とする膜であり、上記第1の導電性の膜が圧縮性の応力を受ける膜であり、上記下部電極が引張性の応力を受ける膜である、インクジェット式記録ヘッド。
【請求項7】 上部電極及び下部電極に挟まれる圧電体膜から構成される圧電体薄膜素子により振動板を加圧してインクを吐出するインジェット式記録ヘッドの製造方法において、前記下部電極が白金電極であり、上記下部電極と上記圧電体膜の間に、上記下部電極とは異なる材質からなり、IrOXを主成分とする膜を少なくとも含む導電性の膜を形成する工程を備える、インクジェット式記録ヘッドの製造方法。
【請求項8】 上記導電性の膜を形成する工程は、上記下部電極の上にIrOXを主成分とする膜である第1の導電性の膜を形成する工程と、上記第1の導電性の膜の上に第2の導電性の膜を形成する工程を備える請求項7に記載のインクジェット式記録ヘッドの製造方法。
【請求項9】 上記第1の導電性の膜を形成する工程は、上記下部電極上にIrを主成分とする金属膜を形成する工程と、この金属膜を熱酸化してIrOXを主成分とする金属酸化膜とする工程と、を備える請求項8に記載のインクジェット式記録ヘッドの製造方法。
【請求項10】 上記振動板上に上記下部電極、導電性の膜、圧電体膜及び上部電極となる層を順次積層後、上記下部電極が露出するまで上記導電性の膜、圧電体膜及び上部電極とからなる層をエッチングする工程を備える、請求項7乃至請求項9のうち何れか1項に記載のインクジェット式記録ヘッドの製造方法。
【請求項11】 上記圧電体膜を形成する工程は、上記導電性膜上に圧電体膜前駆体を形成する工程と、この圧電体膜前駆体を圧電特性の高い圧電体膜に焼成する工程と、を備える請求項7乃至請求項10のうち何れか1項に記載のインクジェット式記録ヘッドの製造方法。
【請求項12】 インクを吐出させるための圧力室が形成された圧力室基板と、この圧力室基板上に形成され、上記圧力室を加圧する振動板と、上記振動板の加圧源となり、上部電極及び下部電極に挟まれた圧電体膜から構成され、上記振動板の圧力室に対応する領域に設けられた圧電体素子と、を備えるインクジェット式記録ヘッドにおいて、上記下部電極と上記圧電体膜の間に、上記下部電極とは異なる材質からなり、IrOXを主成分とする膜を少なくとも含む導電性の膜を備え、前記導電性の膜は、圧電体膜に接する部分の膜厚が接しない部分より厚くなっている、インクジェット式記録ヘッド。」

2.引用刊行物記載の発明
当審が平成16年8月31日付けで通知した取消理由に引用した刊行物1乃至刊行物5には、以下の記載事項が認められると共に、以下の発明が把握できる。
(1)刊行物1(特開平9-232644号公報)
記載事項1-a:「【請求項1】基板上に形成された二酸化シリコン膜と、当該二酸化シリコン膜上に形成された白金下部電極と、当該白金下部電極上に形成された圧電体膜と、当該圧電体膜上に形成された上部電極と、を備えてなる圧電体薄膜素子であって、前記白金下部電極の膜厚(X)と、前記二酸化シリコン膜の膜厚(Y)との関係が、0.5≦X/Y≦4であり、かつ3000Å≦X≦2μmである圧電体薄膜素子。」
記載事項1-b:「【請求項9】インク室が形成された基板と、当該インク室の一方を封止するとともに、表面にたわみ振動モードの圧電体薄膜素子が固定された振動板と、前記インク室の他方の面を封止するとともに、インク吐出用のノズル口が形成されたノズル板と、を備えてなるインクジェット式記録ヘッドであって、前記圧電体薄膜素子が、請求項1ないし請求項8のいずれか一項に記載の圧電体破棄膜素子からなるインクジェット式記録ヘッド。」
記載事項1-c:「【0015】ここで、前記X/Yが4を超える(X/Y>4)と、圧電体膜の焼結後における白金下部電極膜の引っ張り応力と、二酸化シリコン膜の圧縮応力とのバランスが崩れ、白金下部電極膜の引っ張り応力によって、白金下部電極膜が剥離しやすくなる。」
記載事項1-d:「【0021】また、前記圧電体膜は、チタン酸ジルコン酸鉛から構成することができる。さらにまた、前記圧電体膜の化学式は、PbTiαZrβ(Mg1/3Nb2/3)γO3+δPbO但し、α+β+γ=1であり、前記化学式中の α、β、γ及びδは、0.35≦α≦0.55、0.25≦β≦0.55、0.1≦γ≦0.4、0≦δ≦0.3の範囲内であることができる。このようにすることで、この圧電体薄膜素子の圧電歪み定数を大きくすることができる。したがって、これをインクジェット式記録ヘッドに用いた場合、インクを高密度で吐出させることができる。また、前記圧電体膜はゾルゲル法により形成することができる。」
記載事項1-e:「【0030】ここで、実施の形態1に係るインクジェット式記録ヘッドは、圧電体膜105が、インク室102に対応する領域のみに形成されており、配列方向のインク室102が形成されていない領域には、圧電体膜105が形成されていない構造を備えている。この構造を備えたインクジェット式記録ヘッドは、電圧を印加してインク室102を変形させる際に、インク室が形成されていない領域にも圧電体膜が形成されているインクジェット式記録ヘッドに比べ、印加される電圧が小さくても大きな変位量が得られることになる。」
記載事項1-f:「【0031】次に、このインクジェット式記録ヘッドの製造方法を図2に示す工程に沿って説明する。…【0041】次に、図2(b)に示す工程では、上部電極形成用膜106上の、上部電極が形成される領域に対応する部分に、フォトマスク(図示せず)を形成する。次いで、このフォトマスクをマスクとして、イオンミリングにより上部電極形成用膜106A及び圧電体膜形成用膜105Aをエッチングし、上部電極106及び圧電体膜105を形成する。次に、下部白電極形成用膜104Aをパターニングして白金下部電極104を得る。このようにして、上部電極106、圧電体膜105及び白金下部電極104からなる圧電体薄膜素子110を形成した。」
記載事項1-g:「【0046】次に、二酸化シリコン膜201及び202の膜厚と、白金下部電極104の膜厚を変化させて、圧電体膜105の浮きや剥離、白金下部電極104の剥離について、各々の発生頻度について評価した。この結果を表1に示す。」
記載事項1-h:「【0054】(白金下部電極の膜厚)/(二酸化シリコン膜の膜厚)>4である場合には、圧電体膜の焼成後における白金膜の引っ張り応力と、二酸化シリコン膜の圧縮応力のバランスが崩れ、白金膜の引っ張り応力によって、白金下部電極が剥離してしまう傾向にある。」
記載事項1-i:「【0060】なお、実施の形態1では、インク室102に露出した二酸化シリコン膜201をエッチングにより全て除去したが、これに限らず、インク室102に露出した二酸化シリコン膜201の一部を除去してもよく、または除去しないで全てを残してもよい。この場合であっても、インク室102を形成する際に二酸化シリコン膜の圧縮応力を支えていた単結晶シリコン膜が除去されるのは同じなので、同等の効果が得られるのは、いうまでもない。」
記載事項1-j:「【図1】及び【図2】(c) 図1及び図2(c)からは、上部電極及び圧電体膜とは同一のパターンに形成されていない下部電極が看取できる。」
したがって、上記記載事項1-aから1-jを含む刊行物1の全記載及び図示によれば、上記刊行物1には、次の発明が記載されていると認めることができる。
「インク吐出用のノズル口108が形成されたノズル板107と、インク室102が形成された単結晶シリコン基板101と、この単結晶シリコン基板101上に形成された振動板と、上記振動板の表面に固定され、上部電極106及び白金下部電極104に挟まれた圧電体膜105から構成され、上記振動板のインク室102に対応する領域に設けられ、上記インク室102を加圧する圧電体薄膜素子110と、を備えるインクジェット式記録ヘッド。」(以下、「引用発明」という。)

(2)刊行物2(特開平7-245237号公報)
記載事項2-a:「【請求項1】 少なくとも酸化イリジウム層を有する下部電極、下部電極の上に形成され、強誘電体または高誘電率を有する誘電体によって構成される誘電体層、誘電体層の上に形成された上部電極、を備えた誘電体キャパシタ。」
記載事項2-b:「【請求項8】 請求項1の誘電体キャパシタにおいて、前記下部電極は、イリジウム層およびその上に形成された酸化イリジウム層によって構成されていることを特徴とするもの。」
記載事項2-c:「【0004】【発明が解決しようとする課題】しかしながら、上記のような従来の強誘電体キャパシタには、次のような問題点があった。…【0008】【課題を解決するための手段】なお、この発明において、「キャパシタ」とは絶縁体の両側に電極が設けられた構造を指すものであり、電気の蓄積に用いられると否とにかかわらず、この構造を有するものを含む概念である。」
記載事項2-d:「【0040】従来例の図30に示すように、白金は柱状の結晶であるため、強誘電体膜8中の酸素を透過してしまう。この実施例では、酸化イリジウムを下部電極12として用いている。この酸化イリジウム層12は、柱状結晶でないため酸素を透過しにくい。したがって、強誘電体膜8の酸素の欠乏を防ぐことができる。上部電極15についても同様である。これにより、強誘電体膜8の強誘電性が向上した。この点については、後に実験データとともに詳述する。」
記載事項2-e:「【0044】次に、この下部電極12の上に、ゾルゲル法によって、強誘電体層8としてPZT膜を形成する(図4C)。出発原料として、Pb(CH3COO)2・3H2O,Zr(tーOC4H9)4、Ti(i-OC3H7)4の混合溶液を用いた。この混合溶液をスピンコートした後、150度(摂氏、以下同じ)で乾燥させ、ドライエアー雰囲気において400度で30秒の仮焼成を行った。これを5回繰り返した後、O2雰囲気中で、700度以上の熱処理を施した。このようにして、250nmの強誘電体層8を形成した。なお、ここでは、PbZrxTi1-xO3において、xを0.52として(以下PZT(52・48)と表わす)、PZT膜を形成している。」
記載事項2-f:「【0057】なお、酸化イリジウム層の上に、白金を設けた場合と、イリジウムを設けた場合とでは、上記のような残留分極Pr、抗電界Ecの経年変化特性に違いはなかった。しかしながら、強誘電体層8に一定方向のパルスを連続的に印加したり、一定方向の分極状態のまま長時間保持すると分極特性がかたよってしまうインプリント特性において差が生じた。」
記載事項2-g:「【0063】図19に、上記の実験に用いた強誘電体キャパシタの各層における元素の含有量を分析した結果を示す。図19Aが酸化イリジウムの上に白金を形成した場合であり、図19Bが酸化イリジウムの上にイリジウムを形成した場合である。横軸は上部電極の表面からの深さを示し、縦軸は各元素の含有量を示している。…【0066】なお、上記実施例では、接合層30としてチタン層を用いたが、接合性を改善する材料であれば、どのようなものでもよい。例えば、白金層を用いてもよい。」
記載事項2-h:「【0072】図24に、この強誘電体キャパシタの製造工程を示す。シリコン基板2の表面を熱酸化し、酸化シリコン層4を形成する(図24A)。ここでは、酸化シリコン層4の厚さを600nmとした。次に、イリジウムをターゲットとして用いて、イリジウム層11を、酸化シリコン層4の上に形成する(図24B)。次に、O2雰囲気中で800度、1分の熱処理を行い、イリジウム層11の表面に酸化イリジウム層13を形成する。このイリジウム層11と酸化イリジウム層13を、下部電極12とする。ここでは、下部電極を、200nmの厚さに形成した。」
記載事項2-i:「【図19】図19からは、IrO2層上にPt層、PZTが形成されている構成及びIrO2層上にIr層、PZTが形成されている構成が看取できる。」

(3)刊行物3:特開平9-116111号公報
記載事項3-a:「【0011】【発明の実施の形態】(第一の実施の形態)図1に、本発明の第一の実施の形態に係る半導体装置である強誘電体薄膜キャパシタの断面図を示す。図1において基板1はシリコンあるいはガラスからなり、その表面には、熱酸化して形成したSiO2 、もしくはCVDによるBPSG,PSG,NSG,Si3N4等の絶縁膜、あるいはPoly-Siが形成されている。その上に、低抵抗金属もしくは低抵抗金属を含有した合金で形成された第二電極22と、第一電極21の順で下部電極2を成膜する。…【0014】さらに、その上に第一電極41、第二電極42の順で上部電極4を成膜する。ここで、第一電極41と第二電極42は、それぞれ下部電極2の第一電極21と第二電極22と同じ構成で良い。次に、半導体工程で一般的に用いられる、フォトリソグラフィ技術と、反応性イオンエッチング(RIE)あるいはイオンミリングとによって、上部電極4、強誘電体薄膜3、下部電極2の順に所定の形状を形成し、最後に600℃以上の熱処理を行う。」
記載事項3-b:「【0017】第一の実施の形態との違いは、第二電極22,42が、第一電極21,41と接する反応防止導電層222,422と、低抵抗金属もしくは低抵抗金属を含有した低抵抗金属層221,421との二層からなること、及び第一電極21,41が、強誘電体薄膜の熱処理温度において反応を起こさない、例えばPt、あるいはRh,Ru,Os,Irのうち少なくとも一種の元素を含有するPtからなることである。その他、基板1、強誘電体薄膜3は、第一の実施の形態と同様なので説明は省略する。また、低抵抗金属層221,421は第一の実施の形態の第二電極22,42と同様の材料で形成される。…【0019】次に、強誘電体薄膜3を成膜し、その後、600〜800℃の熱処理を行う。さらに、その上に第一電極41、反応防止導電層422、低抵抗金属層421の順で上部電極4を成膜する。ここで、第一電極41、反応防止導電層422、低抵抗金属層421は、それぞれ下部電極2の第一電極21、反応防止導電層222、低抵抗金属層221と同様に構成する。次に、半導体工程で一般的に用いられるフォトリソグラフィ技術と、RIEまたはイオンミリングとを用いて上部電極4、強誘電体薄膜3、下部電極2の順に所定の形状を成膜し、最後に600℃以上の熱処理を行う。」

(4)刊行物4(特開平8-153854号公報)
記載事項4-a:「【0039】以上の結果から本発明の効果が明らかであることが示される。(比較例2)従来プロセスによるPb(Zr0.4 Ti0.6 )O3薄膜を形成してキャパシタを構成しこれを比較例2とした。」
記載事項4-b:「【0041】上記比較例2と同じ溶液を用いて以下の実施例を作成した。特に記載されていないプロセスパラメータは比較例2と同一である。(実施例5)急速昇温熱処理を125℃/秒の昇温速度、保持温度750℃、保持時間30秒間の条件で行い膜厚300nmの3層膜を作成し、酸素気流中で750℃、60分間のアニールを行った。上部白金電極を成膜しイオンミルを用いてエッチングを行ってキャパシタを形成した。最後に基板全体を酸素気流中で750℃、30分間の2次アニールを施してこれを実施例5とした。」
記載事項4-c:「【0043】なお、本実施例5中では下部電極層及び上部電極層を構成する電気伝導性金属が白金である場合について説明したが、強誘電体薄膜の仮焼、焼成温度に耐える高融点を有し、かつ強誘電体構成元素と相互に合金化反応などの化学的相互作用を有しないロジウム、パラジウム、ルテニウム、ルビジウム、イリジウム、オスミウムなどの貴金属元素のいずれかまたはそれらの合金であってもよく、さらには酸化性雰囲気中で安定であり、かつそれ自体が酸素の規則的配列を結晶構造中に有して酸化物強誘電体との界面整合性を優れる酸化インジウム-酸化錫の複合化合物または酸化ルテニウム、酸化ルビジウム、酸化イリジウム、酸化オスミウムの貴金属元素の酸化物のいずれかであってもよい。またこれら金属と酸化物の積層構造で構成されてもよい。」
記載事項4-d:「【0076】(構成)前記内容に準ずる。(作用)本発明に係わる仮焼処理を施す対象の薄膜は0.05〜1μmの膜厚であることが好ましい。0.05μm未満の膜厚では、積層による工程が長くなり、薄過ぎて連続膜を形成しにくく膜欠陥も増加して高品質な薄膜が得られない。また、1層が1μmを越えると、乾燥及び急速昇温加熱処理過程での膜体積の収縮によって基板からの剥離現象が発生したり、クラッキングが起こりやすく、溶媒が蒸発する際に形成される細孔が焼成によっても縮潰せず多孔質膜になり易い。さらに、膜厚が1μmを越えると通常の半導体デバイスの駆動電圧である5V以下では強誘電体の分極反転に有効な電界が印加できない。」
記載事項4-e:「【0080】(効果)薄膜を多層形成して本発明の成膜プロセスに適用することで1μm以上の厚膜でも容易に形成することが可能となる。12.多層膜を形成する各層の構成元素比が異なることを特徴とする前記第11項の強誘電体薄膜キャパシタの製造方法。」

(5)刊行物5(特開平6-293999号公報)
記載事項5-a:「【0029】そこでチタン基材表面に真空中でイリジウムを被覆し、その上に酸化イリジウムを被覆することとした。」
記載事項5-b:「【0034】イオンプレーティング法により酸化イリジウム皮膜を成膜する場合、酸化イリジウムは圧縮応力に、また、金属イリジウムは引っ張り応力を生ずることが本発明者らの研究の結果判明した。」
記載事項5-c:「【0036】そこで、基材表面に、引っ張り/圧縮/引っ張り/圧縮の順番に応力を分布させ全皮膜の内部応力を緩和をさせ、密着力を向上させた。」

3.本件訂正後の請求項1に係る特許についての当審の判断
(1)本件発明1と引用発明との一致点及び相違点の認定
引用発明の「インク室102」、「単結晶シリコン基板101」、「振動板」、「上部電極106」、「白金下部電極104」、「圧電体膜105」、「圧電体薄膜素子110」及び「インクジェット式記録ヘッド」は、本件発明1の「圧力室」、「圧力室基板」、「振動板」、「上部電極」、「下部電極」、「圧電体膜」、「圧電体素子」及び「インクジェット式記録ヘッド」に相当する。
また、上記記載事項1-eより、引用発明の圧電体薄膜素子110は振動板の加圧源となって、結果として振動板が圧力室を加圧していることは、明らかである。
したがって、本件発明1と、引用発明とを比較すると、両者は、
「インクを吐出させるための圧力室が形成された圧力室基板と、この圧力室基板上に形成され、上記圧力室を加圧する振動板と、上記振動板の加圧源となり、上部電極及び下部電極に挟まれた圧電体膜から構成され、上記振動板の圧力室に対応する領域に設けられた圧電体素子と、を備えるインクジェット式記録ヘッドにおいて、前記下部電極が白金電極であるインクジェット式記録ヘッド。」
である点で一致し、以下の点で相違する。
<相違点1>
本件発明1が、下部電極と圧電体膜の間に、下部電極とは異なる材質からなり、IrOXを主成分とする膜を少なくとも含む導電性の膜を備えているのに対し、引用発明は、該導電性の膜を備えていない点。

(2)相違点についての判断及び本件発明1の進歩性の判断
上記「2.引用刊行物記載の発明(2)刊行物2」で認定したとおり、刊行物2には、圧電体素子を包含する上部及び下部電極間に強誘電体膜を配した誘電体「キャパシタ」において、白金下部電極は酸素を透過しやすいために、強誘電体(P Z T)内の酸素の抜け出し、経年変化および分極反転の繰り返しによって強誘電性が低下する点(上記記載事項2-c参照。)及び強誘電体層中の鉛成分が下部電極の白金に浸透することにより分極特性がかたよってしまう点(上記記載事項2-f及び記載事項2-g参照。)を問題点とし、下部電極として酸化イリジウムまたはイリジウム層上に酸化イリジウム層を形成し、強誘電体膜に酸化イリジウム膜を接触させることにより解決を図っている点が記載されている(上記記載事項2-d及び記載事項2-g参照。)。
してみると、本件発明(段落【0010】参照。)と同一の課題である圧電体膜の鉛の下部電極への拡散及び圧電体膜からの酸素の抜け出し防止の為に、酸化イリジウム層上に強誘電体層を設けた点が刊行物2に記載されているから、刊行物2の圧電体技術と同じ技術分野の引用発明において、白金下部電極と圧電体膜との間に、酸化イリジウム層を設けることにより、相違点1に係る本件発明1の発明特定事項を採用することは、当業者が容易に想到しうるものである。

(3)むすび
以上のとおり、引用発明において、相違点1に係る本件発明1の発明特定事項を採用することは、当業者が容易に想到したことである。
また、その技術的効果は、当業者が容易に予測できる程度のものである。
したがって、本件発明1は、上記刊行物1及び刊行物2に基づいて当業者が容易に発明することができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

4.本件訂正後の請求項2に係る特許についての当審の判断
本件発明2は、本件発明1の発明特定事項のすべてを、その発明特定事項の一部とすると共に、導電性の膜は、膜を形成するべき面において全面的に所定の膜厚を有する膜であることを、その発明特定事項の残余の部分としているものである。
上記「2.引用刊行物記載の発明(2)刊行物2」で認定したとおり、刊行物2の酸化イリジウムは全面に所定の厚さで形成されていることが明らかである(上記記載事項記載事項2-h参照。)。
したがって、引用発明において、白金下部電極と圧電体膜との間にIrOXを主成分とする導電性の膜を設ける際に、上記全面的に所定の膜厚を有する膜を引用発明に付加することは、当業者が容易に想到し得たことである。
また、その技術的効果は、当業者が容易に予測できる程度のものである。
したがって、本件発明2は、上記刊行物1及び刊行物2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

5.本件訂正後の請求項3に係る特許についての当審の判断
本件発明3は、本件発明1又は本件発明2の発明特定事項のすべてを、その発明特定事項の一部とすると共に、導電性の膜は圧電体膜と同一のパターンに形成されており、下部電極は圧電体膜及び上部電極とは同一のパターンに形成されていないことを、その発明特定事項の残余の部分としているものである。
上記「2.引用刊行物記載の発明(1)刊行物1」で認定したとおり、刊行物1には白金下部電極は圧電体膜及び上部電極とは同一のパターンに形成されていないこと記載されている(上記記載事項1-j参照。)。
したがって、本件発明3は、上記刊行物1及び刊行物2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

6.本件訂正後の請求項4及び請求項5に係る特許についての当審の判断
本件発明4は、本件発明1乃至本件発明3の何れかの発明特定事項のすべてを、その発明特定事項の一部とすると共に、導電性の膜は下部電極上に形成される第1の導電性の膜と、この第1の導電性の膜上に形成された第2の導電性の膜とから構成され、第1の導電性の膜はIrOXを主成分とする膜であることを、その発明特定事項の残余の部分としているものである。
また、本件発明5は、本件発明4の発明特定事項のすべてを、その発明特定事項の一部とすると共に、第2の導電性の膜が白金、イリジウムのうち何れか1つを主成分とする膜であることを、その発明特定事項の残余の部分としているものである。
上記「2.引用刊行物記載の発明(2)刊行物2」で認定したとおり、刊行物2には、下部電極として、酸化イリジウムの上にイリジウムを設け、その上に強誘電体膜を形成した点が記載されている(上記記載事項2-g及び記載事項2-h参照。)。したがって、引用発明において、白金下部電極と圧電体膜との間に導電性の膜を設ける際に、酸化イリジウムを主成分とする膜の上に導電性膜を引用発明に付加することは、当業者が容易に想到し得たことである。
また、その技術的効果は、当業者が容易に予測できる程度のものである。
したがって、本件発明4及び本件発明5は、上記刊行物1及び刊行物2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

7.本件訂正後の請求項6に係る特許についての当審の判断
上記「2.引用刊行物記載の発明(5)刊行物5」で認定したとおり、刊行物5には、多層膜において引っ張り/圧縮の順番に応力を分布させて内部応力を緩和させ、密着力を向上させる点及び圧縮応力を生ずる膜として酸化イリジウム膜を採用している点が記載され(上記記載事項5-b及び5-c参照。)、また、上記「2.引用刊行物記載の発明(1)刊行物1」で認定したとおり、引用発明の白金下部電極は引っ張り応力を受ける点が記載されている(上記記載事項1-c参照。)。
してみると、引用発明において、引っ張り応力を受ける白金下部電極と、白金下部電極上に形成された圧電体膜との間に、導電性の膜を設けるに際し、刊行物5を参酌して、刊行物2の酸化イリジウム層とその上に形成されたイリジウム層から成る導電性の層を設けることは、当業者が容易に想到し得たことである。
また、その技術的効果は、当業者が容易に予測できる程度のものである。
したがって、本件発明6は、上記刊行物1、刊行物2及び刊行物5に基づいて当業者が容易に発明することができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

8.本件訂正後の請求項7及び請求項8に係る特許についての判断
引用発明において、下部電極と圧電体膜の間に、下部電極とは異なる材質からなり、IrOXを主成分とする膜を少なくとも含む導電性の膜を備えること(請求項1)、また、上記導電性の膜は上記下部電極上に形成される第1の導電性の膜と、この第1の導電性の膜上に形成された第2の導電性の膜とから構成され、上記第1の導電性の膜はIrOXを主成分とする膜であること(請求項4)、いずれも、当業者が容易に想到し得たことは、上述したとおりであるから、その製造方法に、上記下部電極と上記圧電体膜の間に、上記下部電極とは異なる材質からなり、IrOXを主成分とする膜を少なくとも含む導電性の膜を形成する工程を備えること(請求項7)、また、上記導電性の膜を形成する工程は、上記下部電極上にIrOXを主成分とする膜である第1の導電性の膜を形成する工程と、上記第1の導電性の膜の上に第2の導電性の膜を形成する工程を備えること(請求項8)、いずれも、当業者が容易に想到し得たことである。
また、その技術的効果は、当業者が容易に予測できる程度のものである。
したがって、本件発明7及び本件発明8は、上記刊行物1及び刊行物2に基づいて当業者が容易に発明することができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

9.本件訂正後の請求項9に係る特許についての判断
本件発明9は、本件発明8の発明特定事項のすべてを、その発明特定事項の一部とすると共に、第1の導電層の膜を形成する工程は、下部電極上にIrを主成分とする金属膜を形成する工程と、この金属膜を熱酸化してIrOXを主成分とする金属酸化膜とする工程と、を備えることを、その発明特定事項の残余の部分としているものである。
上記「2.引用刊行物記載の発明(2)刊行物2」で認定したとおり、刊行物2には、イリジウム層11を、酸化シリコン層4の上に形成し、次に、O2雰囲気中で800度、1分の熱処理を行い、イリジウム層11の表面に酸化イリジウム層13を形成する点が記載されている(上記記載事項2-h参照。)。したがって、引用発明において、白金下部電極と圧電体膜との間の導電性の膜のうち、白金下部電極上の第1の導電性の膜を設ける際に、Irを主成分とする金属膜を形成し、この金属膜を熱酸化してIrOXを主成分とする金属膜化することは、当業者が容易に想到し得たことである。
また、その技術的効果は、当業者が容易に予測できる程度のものである。
したがって、本件発明9は、上記刊行物1及び刊行物2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

10.本件訂正後の請求項10に係る特許についての判断
本件発明10は、本件発明7乃至本件発明9のうち何れかの発明特定事項のすべてを、その発明特定事項の一部とすると共に、振動板上に下部電極、導電性の膜、圧電体膜及び上部電極となる層を順次積層後、下部電極が露出するまで導電性の膜、圧電体膜及び上部電極とからなる層をエッチングする工程を備えることを、その発明特定事項の残余の部分としているものである。
上記「2.引用刊行物記載の発明(1)刊行物1」で認定したとおり、刊行物1には、上部電極形成用膜106A及び圧電体膜形成用膜105Aを下部白金電極104が露出するまでエッチングし、上部電極106及び圧電体膜105を形成する点が記載されている(上記記載事項1-f参照。)。ここで、導電性の膜をエッチングすることにつき、上記「2.引用刊行物記載の発明(1)刊行物1」で認定したとおり、刊行物1には、エッチング対象は種々選択可能なこと(上記記載事項1-j参照。)及びエッチングの制御が容易なこと(上記記載事項1-f参照。)が記載されている。したがって、引用発明において、白金下部電極と圧電体膜との間に、刊行物2の酸化イリジウムとイリジウムから成る導電性層を設けるに際し、白金下部電極が露出するまでエッチングを行うことは、当業者が容易に想到し得たことである。
また、その技術的効果は、当業者が容易に予測できる程度のものである。
したがって、本件発明10は、上記刊行物1及び刊行物2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

11.本件訂正後の請求項11に係る特許についての判断
本件発明11は、本件発明7乃至本件発明10のうち何れかの発明特定事項のすべてを、その発明特定事項の一部とすると共に、圧電体膜を形成する工程は、導電性膜上に圧電体膜前駆体を形成する工程と、この圧電体膜前駆体を圧電特性の高い圧電体膜に焼成する工程を備えることを、その発明特定事項の残余の部分としているものである。
上記「2.引用刊行物記載の発明(1)刊行物1」で認定したとおり、刊行物1には、圧電体膜形成用膜を白金下部電極形成用膜上に形成後、圧電体膜を焼成により形成する点が記載されている(上記記載事項1-f参照。)。したがって、引用発明において、圧電体膜の形成に際し、圧電体膜前駆体を形成し、焼成することは、当業者が容易に想到し得たことである。
また、その技術的効果は、当業者が容易に予測できる程度のものである。
したがって、本件発明11は、上記刊行物1及び刊行物2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

12.本件訂正後の請求項12に係る特許についての判断
インクを噴射するノズルと、このノズルと連通するインク溜まりと、このインク溜まり内のインクを加圧する振動板と、この振動板上に圧電体薄膜と、この圧電体薄膜に対する電極と、を備えたインクジェット式記録ヘッドにおいて、共通電極の圧電体薄膜に被着されていない部分の厚みが、圧電体薄膜に被着されている部分の厚みより小さいインクジェット式記録ヘッドは、特開平9-286104号公報にみられるように、本件優先日前に周知の技術(以下、「周知技術」という。)である。
してみると、引用発明において、白金下部電極と圧電体膜との間に、刊行物2の酸化イリジウムから成る導電性層を設けるに際し、圧電体膜に接する部分の膜圧が接しない部分より厚くすることは、上記周知技術を熟知した当業者が容易に想到し得たことである。
また、その技術的効果は、当業者が容易に予測できる程度のものである。
したがって、本件発明12は、上記刊行物1、刊行物2及び上記周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

第4 むすび
以上のとおり、本件発明1から本件発明12は、上記刊行物1、刊行物2、刊行物5、及び上記周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、本件発明1から本件発明12についての特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
よって結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
インクジェット式記録ヘッド及びその製造方法
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】インクを吐出させるための圧力室が形成された圧力室基板と、この圧力室基板上に形成され、上記圧力室を加圧する振動板と、上記振動板の加圧源となり、上部電極及び下部電極に挟まれた圧電体膜から構成され、上記振動板の圧力室に対応する領域に設けられた圧電体素子と、を備えるインクジェット式記録ヘッドにおいて、前記下部電極が白金電極であり、上記下部電極と上記圧電体膜の間に、上記下部電極とは異なる材質からなり、IrOXを主成分とする膜を少なくとも含む導電性の膜を備えるインクジェット式記録ヘッド。
【請求項2】前記導電性の膜は、膜を形成するべき面において全面的に所定の膜厚を有する膜である、請求項1に記載のインクジェット式記録ヘッド。
【請求項3】上記導電性の膜は上記圧電体膜と同一のパターンに形成されており、上記下部電極は上記圧電体膜及び上記上部電極とは同一のパターンに形成されていない、請求項1又は請求項2に記載のインクジェット式記録ヘッド。
【請求項4】上記導電性の膜は上記下部電極上に形成される第1の導電性の膜と、この第1の導電性の膜上に形成された第2の導電性の膜とから構成され、上記第1の導電性の膜はIrOXを主成分とする膜である、請求項1乃至請求項3のうち何れか1項に記載のインクジェット式記録ヘッド。
【請求項5】上記第2の導電性の膜が白金、イリジウムのうち何れか1つを主成分とする膜である、請求項4に記載のインクジェット式記録ヘッド。
【請求項6】インクを吐出させるための圧力室が形成された圧力室基板と、この圧力室基板上に形成され、上記圧力室を加圧する振動板と、上記振動板の加圧源となり、上部電極及び下部電極に挟まれた圧電体膜から構成され、上記振動板の圧力室に対応する領域に設けられた圧電体素子と、を備えるインクジェット式記録ヘッドにおいて、
前記下部電極が白金電極であり、上記下部電極と上記圧電体膜の間に、上記下部電極とは異なる材質からなり、IrOXを主成分とする膜を少なくとも含む導電性の膜を備え、
上記導電性の膜は上記下部電極上に形成される第1の導電性の膜と、この第1の導電性の膜上に形成された第2の導電性の膜とから構成され、上記第1の導電性の膜はIrOXを主成分とする膜であり、
上記第2の導電性の膜が白金、イリジウムのうち何れか1つを主成分とする膜であり、
上記第1の導電性の膜が圧縮性の応力を受ける膜であり、上記下部電極が引張性の応力を受ける膜である、インクジェット式記録ヘッド。
【請求項7】上部電極及び下部電極に挟まれる圧電体膜から構成される圧電体薄膜素子により振動板を加圧してインクを吐出するインジェット式記録ヘッドの製造方法において、前記下部電極が白金電極であり、上記下部電極と上記圧電体膜の間に、上記下部電極とは異なる材質からなり、IrOXを主成分とする膜を少なくとも含む導電性の膜を形成する工程を備える、インクジェット式記録ヘッドの製造方法。
【請求項8】上記導電性の膜を形成する工程は、上記下部電極の上にIrOXを主成分とする膜である第1の導電性の膜を形成する工程と、上記第1の導電性の膜の上に第2の導電性の膜を形成する工程を備える請求項7に記載のインクジェット式記録ヘッドの製造方法。
【請求項9】上記第1の導電性の膜を形成する工程は、上記下部電極上にIrを主成分とする金属膜を形成する工程と、この金属膜を熱酸化してIrOXを主成分とする金属酸化膜とする工程と、を備える請求項8に記載のインクジェット式記録ヘッドの製造方法。
【請求項10】上記振動板上に上記下部電極、導電性の膜、圧電体膜及び上部電極となる層を順次積層後、上記下部電極が露出するまで上記導電性の膜、圧電体膜及び上部電極とからなる層をエッチングする工程を備える、請求項7乃至請求項9のうち何れか1項に記載のインクジェット式記録ヘッドの製造方法。
【請求項11】上記圧電体膜を形成する工程は、上記導電性膜上に圧電体膜前駆体を形成する工程と、この圧電体膜前駆体を圧電特性の高い圧電体膜に焼成する工程と、を備える請求項7乃至請求項10のうち何れか1項に記載のインクジェット式記録ヘッドの製造方法。
【請求項12】インクを吐出させるための圧力室が形成された圧力室基板と、この圧力室基板上に形成され、上記圧力室を加圧する振動板と、上記振動板の加圧源となり、上部電極及び下部電極に挟まれた圧電体膜から構成され、上記振動板の圧力室に対応する領域に設けられた圧電体素子と、を備えるインクジェット式記録ヘッドにおいて、上記下部電極と上記圧電体膜の間に、上記下部電極とは異なる材質からなり、IrOXを主成分とする膜を少なくとも含む導電性の膜を備え、前記導電性の膜は、圧電体膜に接する部分の膜厚が接しない部分より厚くなっている、インクジェット式記録ヘッド。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明はインク吐出の駆動源に圧電体膜を用いたインクジェット式記録ヘッド、及びその製造方法に関する。具体的には、製造工程において生じる各層間の残留応力を低減することができ、且つ、製造工程が容易なインクジェット式記録ヘッド、及びその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】インク吐出の駆動源である電気・機械変換素子としてPZT(ジルコン酸チタン酸鉛)からなる圧電体素子がインクジェット式記録ヘッドに使用されている。
【0003】この従来技術を図13を参照して説明する。同図はインクジェット式記録ヘッドの主要部断面図である。この断面図は細長い形状の圧力室の幅方向に切断した状態を図示している。
【0004】インクジェット式記録ヘッドの主要部は圧力室基板PSとノズルプレートNPを貼り合わせた構造となっている。圧力室基板PSはシリコン単結晶基板SI上に振動板膜VP、下部電極BE、圧電体膜PZ及び上部電極TEが順次形成されている。シリコン単結晶基板SIには圧力室PCがシリコン単結晶基板SIの厚み方向に貫通するようにエッチング加工されて形成されている。ノズルプレートNPの圧力室PCに対応する位置にはノズルNHが形成されている。
【0005】次に、このインクジェット式記録ヘッドの動作原理を説明する。インクを吐出させたいときには上部電極TE及び下部電極BE間に電圧が印加される。この電圧は圧電体膜PZの分極方向と同じ方向である。これにより圧電体膜PZは厚み方向に膨張するとともに、幅方向に収縮する。この収縮で圧電体膜PZと振動板膜VPの界面に圧縮応力が働き、振動板膜VP及び圧電体膜PZは体積変化を起こす。この体積変化より圧力室PCの体積が変化し、ノズルNHからインク滴が吐出する。これにより印字が可能となる。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、上記従来技術ではインクジェット式記録ヘッドを製造する際に各層間に残留応力が生じるおそれがあるため、構造上不安定になるおそれがあった。
【0007】この点を図14を参照して説明する。同図は二酸化珪素膜及び白金電極がシリコン単結晶基板から受ける応力を模式的に図示したものである。同図(A)に示すようにシリコン単結晶基板上に形成された二酸化珪素膜はシリコン単結晶基板から圧縮応力を受けることが経験的に知られている。この圧縮応力は二酸化珪素膜を形成する際の製造過程において受ける力を表したものである。同様に、シリコン単結晶基板上に形成された白金電極は引張応力を受ける(同図(B))。このように、一般的に振動板VPは圧縮応力を受け、下部電極BE、圧電体膜PZ及び上部電極TEは引張応力を受ける傾向にある。
【0008】このため、図13に示す構造では、振動板VPの領域D(圧電体膜PZとシリコン単結晶基板SIの間に位置する領域:以下、「腕部」という場合がある。)においてはそれぞれの膜厚を調整することにより残留応力を低減することができるものの、圧電体素子の部分では残留応力が生じていた。特に、下部電極BE上に圧電体膜PZを形成する過程において圧電体膜PZに応力が働き、製造過程においてクラックが生じる等の不都合が生じるおそれがあった。
【0009】また、図13に示す構造を改良した従来技術として、下部電極のうち、圧電体素子の位置する領域の厚みを異なるように形成することもあった。かかる構成により振動板のコンプライアンスが一定値になるように設計した場合に、同駆動電圧にて変位量を向上させることができるのであるが、下部電極の製造工程が複雑となり、歩留まりが低下する欠点があった。
【0010】さらに、図13に示す構造では、下部電極BE上に形成された圧電体膜PZの前駆体を焼成する際に圧電体膜PZの鉛が下部電極BEに拡散し、下部電極BEと振動板VP間の密着力を低下させるおそれがあった。また、下部電極BEとして白金電極を用いた場合、白金電極は酸素を透過しやすいため、圧電体膜PZから酸素が抜け出し、圧電体膜PZの強誘電性を低下させるおそれがあった。
【0011】また、本発明者が下部電極BE内のεY分布を調べたところ、図11、図12に示す結果が得られた。ここで、εは膜の残留歪みであり、Yは膜のヤング率である。残留応力をσ、ポアソン比をνとすると、εY=σ(1-ν)の関係がある。図11に示すεY分布は、図13に示すように下部電極BEと圧電体膜PZの界面を原点とし、振動板方向を深さ方向として測定したものである。測定に用いた下部電極BEの材料は膜厚500nm、750nm、900nmの白金であり、それぞれのεY分布は同図(A)、(B)、(C)に示される。また、測定は約100nmの膜厚を単位とし、この膜厚内のεY分布の平均値を採った。例えば、同図(A)に示すεY分布では、0〜94.5nmの平均値、94.5nm〜191.3nmの平均値、191.3nm〜286.2nmの平均値を測定し、この値をそれぞれ、94.5nm、191.3nm、286.2nmの値としている。これらの図から、圧電体膜PZとの界面付近における下部電極BEには高い残留応力が生じていることがわかる。
【0012】下部電極BE内のεY分布をより詳細に測定した結果を図12に示す。測定に用いた下部電極BEは膜厚500nmの白金である。圧電体膜PZと下部電極BEとの界面から20nm付近までの距離において特にεYの値が大きいことがわかる。下部電極BEにこのような残留応力が生じていると、インクジェット式記録ヘッドの駆動特性上好ましくない。
【0013】本発明はこのような問題点に鑑み、製造工程において各層間に生じる残留応力を低減するインクジェット式記録ヘッド及びその製造方法を提案することを第1の目的とする。
【0014】また、製造が容易で、振動板のコンプライアンスが一定値になるように設計した場合に、同駆動電圧にて変位量を向上させることができるインクジェット式記録ヘッド及びその製造方法を提案することを第2の目的とする。
【0015】さらに、圧電体膜から下部電極への鉛の拡散を防止し、下部電極と振動板間の密着力を向上させるインクジェット式記録ヘッド及びその製造方法を提案することを第3の目的とする。
【0016】さらに、下部電極に生じる残留応力を除去し、駆動特性に優れたインクジェット式記録ヘッドを提供することを第4の課題とする。
【0017】
【課題を解決するための手段】上記の目的を達成するべく、本発明のインクジェット式記録ヘッドは、ノズルからインクを吐出させるための圧力室が形成された圧力室基板と、この圧力室基板上に形成され、上記圧力室を加圧する振動板と、上記振動板の加圧源となり、上部電極及び下部電極に挟まれた圧電体膜から構成され、上記振動板の圧力室に対応する領域に設けられた圧電体素子と、を備えるインクジェット式記録ヘッドにおいて、上記下部電極と上記圧電体膜の間に、上記下部電極とは異なる材質からなり、IrOXを主成分とする膜を少なくとも含む導電性の膜を備える。
【0018】この導電性の膜は連続した膜であることが好ましい。連続した膜とは、膜を形成するべき面において全面的に所定の膜厚を有する膜のことをいい、部分的に厚みをもたない膜を除くことを意味する。部分的に厚みをもたない膜とは、例えば、150Å(0.015μm)程度の膜厚を有する膜のように、膜が薄いために部分的に膜が形成されていない領域をもつ膜のことをいう。このため、導電性の膜は、膜厚0.02μm乃至1.0μmの範囲で成膜することが好ましい。この範囲で成膜することで、導電性の膜を連続した膜とすることができる。さらに、この導電性の膜は上記圧電体膜と同じパターンで形成することが望ましい。または、この導電性の膜は上記圧電体膜に接する部分の膜厚が接しない部分より厚くなっていることが望ましい。
【0019】特に、この導電性の膜は上記下部電極上に形成される第1の導電性の膜と、この第1の導電性の膜上に形成された第2の導電性の膜とから構成され、上記第1の導電性の膜はIrOXを主成分とする膜であることが望ましい。また、上記第2の導電性の膜は白金、イリジウムのうち何れか1つを主成分とする膜であることが望ましい。
【0020】本発明の好適な形態として、上記第1の導電性の膜は圧縮性の応力を受ける膜であることが望ましく、特に、酸化金属膜であることが望ましい。更には、上記圧電体膜に含まれる鉛の拡散を防止する材質から構成される膜であることが望ましい。具体的には、IrOX、ReOX、RuOXのうち何れか1つを主成分とする膜であることが望ましい。また、上記下部電極は引張性の応力を受ける膜であることが望ましい。
【0021】特に、第1の導電性の膜をIrOX層とすることで、PZT(PbZrXTi1-XO3)を焼成する際にPZTから第1の導電性の膜を介して鉛が下部電極へ拡散するのを防止することができる。これにより、下部電極(例えば、白金)と振動板(例えば、二酸化珪素膜)の界面における両者の密着力の低下を防止することができる。また、PZTと下部電極の間にIrOX層を介在させることで、PZTから下部電極への酸素の抜け出しを防止することができ、PZTの強誘電性の低下を防止することができる。
【0022】第1及び第2の導電性層を上記の組成とすることで、製造工程において各層間に生じる残留応力を低減するインクジェット式記録ヘッドを提供することができる。また、上記導電性の膜を下部電極と圧電体膜の間に挿入することにより振動板のコンプライアンスが一定値になるように設計した場合に、同駆動電圧にて変位量を向上させることができるインクジェット式記録ヘッドを提供することができる。さらに、本発明によれば、製造過程において生じる残留応力を低減することができるため、歩留まりが向上し、コストを下げることができる。
【0023】本発明に係わるインクジェット式記録ヘッドの製造方法は、上部電極及び下部電極に挟まれる圧電体膜から構成される圧電体薄膜素子により振動板を加圧してインクを吐出するインジェット式記録ヘッドの製造方法において、上記下部電極と上記圧電体膜の間に、上記下部電極とは異なる材質からなり、IrOXを主成分とする膜を少なくとも含む導電性の膜を形成する工程を備えるものである。
【0024】この導電性の膜を形成する工程は、上記下部電極の上にIrOXを主成分とする膜である第1の導電性の膜を形成する工程と、上記第1の導電性の膜の上に第2の導電性の膜を形成する工程を備える工程であることが望ましい。
【0025】また、上記第1の導電性の膜を形成する工程は、上記下部電極上にIrを主成分とする金属膜を形成する工程と、この金属膜を熱酸化してIrOXを主成分とする金属酸化膜とする工程と、を備える工程であることが望ましい。
【0026】また、本発明のインクジェット式記録ヘッドの製造方法は、上記振動板上に上記下部電極、導電性の膜、圧電体膜及び上部電極となる層を順次積層後、上記下部電極が露出するまで上記導電性の膜、圧電体膜及び上部電極とからなる層をエッチングする工程を備えることが望ましい。かかる工程により、複雑な工程を経なくても容易にインクジェット式記録ヘッドを製造することができるため、歩留まりが向上する。
【0027】また、上記圧電体膜を形成する工程は、圧電体膜前駆体を形成する工程と、この圧電体膜前駆体を圧電特性の高い圧電体膜に焼成する工程と、を備える工程であることが望ましい。この場合、ゾル・ゲル法で圧電体膜前駆体を成膜し、この成膜した圧電体膜前駆体を焼成して圧電体膜としてもよい。この工程は、圧電体膜を金属成分の水酸化物の水和錯体、即ち、ゾルを脱水処理してゲルとし、このゲルを加熱焼成して無機物酸化物を調整する工程である。この他、スパッタ成膜法、CVD法、MOD法、レーザアブレーション法等で圧電体膜を形成してもよい。
【0028】本発明のインクジェット式記録ヘッドは、圧力室が形成された圧力室基板の少なくとも一方の面に、上部電極と下部電極に挟まれた圧電体膜から成る圧電体薄膜素子をインク吐出駆動源として配置したインクジェット式記録ヘッドにおいて、表面に露出している下部電極の表面近傍を、下部電極の圧力室側に存在する残留応力の2倍の残留応力を有する範囲を深さ方向に所定量エッチングしたものである。このような構成により、下部電極内に生じる残留応力を低減することができるため、インクジェット式記録ヘッドの駆動特性が向上する。また、下部電極は白金で成膜することが好ましい。また、上記所定量は深さ方向に約20nm程度が好ましい。
【0029】本発明のインクジェット式記録ヘッドは、圧力室が形成された圧力室基板の少なくとも一方の面に、上部電極と下部電極に挟まれた圧電体膜から成る圧電体薄膜素子をインク吐出駆動源として配置したインクジェット式記録ヘッドにおいて、下部電極は圧電体膜側に成膜される第1の導電性膜と、圧力室側に成膜される第2の導電性膜とから構成されており、表面に露出している第1の導電性膜の表面近傍を所定の深さにエッチングしたものである。
【0030】本発明のインクジェット式記録ヘッドは、圧力室が形成された圧力室基板の少なくとも一方の面に、上部電極と下部電極に挟まれた圧電体膜から成る圧電体薄膜素子をインク吐出駆動源として配置したインクジェット式記録ヘッドにおいて、下部電極は圧電体膜側に成膜される第1の導電性膜と、圧力室側に成膜される第2の導電性膜とから構成されており、表面に露出している第2の導電性膜の表面近傍を所定の深さにエッチングしたものである。この第1の導電性膜はIrOX、ReOX、RuOX、イリジウム(Ir)、ロジウム(Rh)、オスミウム(Os)、ルテニウム(Ru)、レニウム(Re)のうち何れか1つを主成分とすることが好ましい。また、上記第2の導電性膜は、白金又はイリジウムのうち何れか1つを主成分とすることが好ましい。また、上記所定の深さは膜内部の圧力室側の残留応力の2倍の残留応力を有する範囲に相当する深さが好ましい。
【0031】
【発明の実施の形態】発明の実施の形態1.次に、本発明の最良の実施の形態を図面を参照しながら説明する。本実施の形態は下部電極と圧電体膜の間に圧縮応力を受ける膜を少なくとも1層設けることによって圧電体素子全体に生じる残留応力の低減を図るものである。図1乃至図3を参考にインクジェット式記録ヘッドの構成を説明した後、図4乃至図6を参考にその製造工程を説明する。尚、以下の説明においては同一の参照番号は同一の名称を表すものとする。
【0032】<インクジェット式記録ヘッドの構成>図1に、本発明に係わるインクジェット式記録ヘッドの全体構成の斜視図を示す。ここではインクの共通通路が圧力室基板内に設けられるタイプを示す。同図に示すように、インクジェット式記録ヘッドは圧力室基板200、ノズルプレート100及び基体300からなる。圧力室基板200は本発明に係わる製造方法によりシリコン単結晶基板上に形成された後、各々に分離される。圧力室基板200の製造方法の詳細については後述する。圧力室基板200は複数の短冊状の圧力室201が設けられ、全ての圧力室201にインクを供給するための共通通路203を備える。圧力室201の間は側壁202により隔てられている。圧力室基板200の基体300側には振動板膜及び圧電体薄膜素子が設けられている(詳細については後述する)。また、各圧電体薄膜素子からの配線はフレキシブルケーブルである配線基板400に収束され、基体300の外部回路と接続される。ノズルプレート100は圧力室基板200に貼り合わされる。ノズルプレート100における圧力室基板200の対応する位置にはインク滴を摘出するためのノズル101が形成されている。基体300は金属等の鋼体であり、圧力室基板200の取付台となる。
【0033】図2は、本実施の形態のインクジェット式記録ヘッドにおける主要部の断面図である。この図は圧力室の長手方向に直角な面で当該主要部を切断した断面形状を示している。同図中、図1と同一構造については同一記号で示し、その説明を省略する。シリコン単結晶基板から構成される側壁202上には振動板11及び下部電極12が形成されている。振動板11は二酸化珪素膜からなり、シリコン単結晶基板を熱酸化処理することにより形成する。また、下部電極12は白金電極からなり、スパッタ装置を用いて成膜した。下部電極12上には圧電体薄膜素子が薄膜プロセスにより一体的に形成されている。符号15,14及び13はそれぞれ上部電極、圧電体膜及び導電性膜であり、具体的な成膜工程については後述する。
【0034】導電性膜13は本発明に係わり、下部電極12とは異なる導電性の膜である。この膜は、図10で示したように、圧縮応力を受ける膜であることが望ましい。また、圧電体膜14と反応性に乏しい膜(好ましくは、PZTの鉛が拡散しないような膜)であることが望ましい。これらの事情を考慮すると、導電性膜13は酸化金属膜であることが好ましく、具体的には、IrOX、ReOX、RuOXのうち何れか1つを主成分とする膜であることが望ましい。
【0035】このような構成によるインクジェット式記録ヘッドの各層間に生じる応力関係を図3に示す。上部電極15、圧電体膜14、下部電極12には引張応力が働くが、導電性膜13、振動板11には圧縮応力が働く。かかる応力関係により、インクジェット式記録ヘッド全体としては各応力が相殺されるため、残留応力による全体的歪みを低減することができる。
【0036】このような理由により、本実施の形態によれば、インクジェット式記録ヘッドの振動板を駆動したときの耐久性が向上する。また、本実施の形態によれば、下部電極と圧電体膜の間に導電性膜を介在した構造であるため、インクジェット式記録ヘッドの製造工程において、下部電極が露出するまで導電性膜をエッチングする場合には、導電性膜と下部電極のエッチング選択比の大きいエッチングガスを適当に選択すれば、制御性よくエッチング停止をすることができる。例えば、プラズマモニターを用いてエッチングする場合には、エッチング終点制御が容易になる。従って、インクジェット式記録ヘッドの製造の歩留まりが向上し、大量生産に好適なインクジェット式記録ヘッドを提供することができるため、コストを下げることができる。
【0037】<インクジェット式記録ヘッドの製造工程>以下に本発明のインクジェット式記録ヘッドの製造方法について図面を参考に説明する。図4乃至図6の(a)〜(i)は圧電体薄膜素子を備えた加圧室基板の製造工程における断面図を示している。
【0038】下部電極形成工程(図4(a))
所定の大きさと厚さ(直径150mm、厚さ600μm)のシリコン単結晶基板10上にその全面に熱酸化法により二酸化珪素からなる酸化膜11を形成する。後述する圧電体膜14側に形成された酸化膜11は振動板として機能するものである。この酸化膜11の表面上にスパッタ成膜法等の薄膜形成法により下部電極12となる白金を、例えば、0.1μm乃至0.5μmの厚さで成膜する。
【0039】導電性膜形成工程(図4(b))
下部電極12の表面上にIrOXからなる導電性膜13をスパッタ法等の成膜法を用いて0.02μm乃至1.0μm形成する。この範囲の膜厚で導電性膜13を成膜することで、導電性膜13を連続した膜とすることができる。IrOXに圧縮応力を残留させるめにIr金属膜をスパッタ成膜後、酸素中でアニール処理をするとより好ましい。
【0040】圧電体膜形成工程(図4(c))
導電性膜13の表面上に圧電体膜前駆体を積層する。この工程はチタン酸鉛とジルコン酸鉛のモル混合比が48%:52%となるようなPZT系圧電体膜の前駆体をゾル・ゲル法にて0.8μm乃至2.0μmの厚みとなるまで10回の塗工/乾燥/脱脂を繰り返すことにより成膜する。但し、この方法に限られず、高周波スパッタ成膜法やCVD法、MOD法、レーザアブレーション法等を用いてもよい。この圧電体膜前駆体を成膜後、圧電体膜前駆体を結晶化させるために5回目と10回目の脱脂後に基板全体を加熱する。この工程は赤外線輻射光源を用いて基板の両面から酸素雰囲気中で650℃で5分保持した後、900℃で1分加熱し、その後自然降温させることにより圧電体膜前駆体の結晶化を行う。この工程により圧電体膜前駆体は圧電体膜14となる。
【0041】上部電極形成工程(図5(d))
圧電体膜14上に上部電極15を形成する。この工程では0.1μmの白金をスパッタ法成膜法により形成する。
【0042】ドライエッチング工程(図5(e))
上部電極15、圧電体膜14及び導電性膜13に対し、圧力室201が形成されるべき位置に合わせて適当なエッチングマスク(図示せず)を施す。その後、所定の分離形状にドライエッチング法を用いて形成する。この工程により、従来のように圧電体素子部分の下部電極の膜厚を、他の部分と異ならせる必要がない。即ち、制御性の悪いエッチング工程を経なくても、下部電極12と圧電体膜14の間に導電性の膜を形成するだけで本発明のインクジェット式記録ヘッドを形成することができるため、製造が容易となり、歩留まりが向上する。したがって、従来のように、時間で管理しながらエッチングをストップさせる必要がなくなった。また、ドライエッチング法を用いれば、選択性のあるガスを用いて容易にエッチング選択比を制御することができる。また、プラズマモニターでモニターし、終点を決定すればなお、制御性に優れる。次いで、下部電極12に対して適当なエッチングマスク(図示せず)を施し、イオンミリングを用いて所定の形状に形成する。更に、この基板10の圧電体膜14が形成されている側に後述の工程で浸される種々の薬液に対する保護膜(図示せず)を形成後、基板10の圧力室側の面の、少なくとも圧力室201或いは側壁202を含む面に酸化膜11を弗化水素によりエッチングし、窓16を形成する。
【0043】ウエットエッチング工程(図5(f))
その後、異方性エッチング液、例えば80℃に保温された濃度10%の水酸化カリウム水溶液を用いて窓16の領域のシリコン単結晶基板10を所定の深さまでエッチングする。この工程は平行平板型イオンエッチング等の活性気体を用いた異方性エッチング方法を用いてもよい。この工程により基板10に凹部17が形成される。
【0044】酸化膜形成工程(図6(g))
次に、凹部17を形成した基板10の圧力室側にCVD等の化学的気相成長法により酸化膜11aをエッチング保護層として形成する。
【0045】圧力室形成工程(図6(h))
次いで、異方性エッチング液、例えば80℃に保温された濃度10%の水酸化カリウム水溶液を用いて基板10を圧力室側から能動素子側に向けて異方性エッチングし、圧力室201及び側壁202を形成する。
【0046】ノズルプレート接合工程(図6(i))
以上の工程により形成された圧力室基板にノズルプレート100を接合する。尚、上記の説明では、図5(e)に図示したように、下部電極が表面に露出するまでエッチングする例を説明したが、本発明は上記の構造に限られるものではなく、酸化膜又は第1の導電性膜或いは第2の導電性膜が表面に露出するまでエッチングしてもよい。以下、この点を説明する。
【0047】(1)下部電極が表面に露出するまでエッチングする場合主に、図7を参照して説明する。図4(a)乃至図5(d)に示したように、基板10の表面に酸化膜11を形成した後、この酸化膜11上に下部電極12、導電性膜13、圧電体膜14及び上部電極15を順次形成する。次いで、圧力室201が形成されるべき位置に合わせて適当なエッチングマスク(図示せず)を施す。その後、ドライエッチング法を用いて所定の分離形状に形成する(図7)。この工程では、酸化膜11が表面に露出するまで上部電極15、圧電体膜14、導電性膜13及び下部電極12をエッチングする。更に、この基板10の圧電体膜14が形成されている側に後述の工程で浸される種々の薬液に対する保護膜(図示せず)を形成後、基板10の圧力室側の面の、少なくとも圧力室201或いは側壁202を含む面に酸化膜11を弗化水素によりエッチングし、窓16を形成する。以下、図5(f)乃至図6(i)に示す如く、基板10に圧力室を形成し、ノズルプレート100を接合してインクジェット式記録ヘッドの主要部を製造する。インクジェット式記録ヘッド主要部の構成を上記の構造とすることで、振動板のコンプライアンスが一定値になるようにした場合に同駆動電圧における変位量を向上させることができる。
【0048】(2)第1の導電性膜が表面に露出するまでエッチングする場合主に、図8(A)及び図8(B)を参照して説明する。図8(A)に示したように、基板10の表面に酸化膜11を形成した後、この酸化膜11上に下部電極12、第1の導電性膜13a、第2の導電性膜13b、圧電体膜14及び上部電極15を順次形成する。この工程では、シリコン単結晶基板10の前面に熱酸化法等により二酸化珪素からなる酸化膜11を形成した後、スパッタ法等の成膜法で下部電極12となる白金電極を、例えば、0.2μmの厚さで形成する。次いで、下部電極12上にIrOXからなる第1の導電性膜13aをスパッタ法等の成膜法で、例えば、0.5μmの厚さで成膜する。この工程は上述の工程の他、下部電極12上にイリジウムをスパッタ法等の成膜法で形成した後、熱酸化法等で処理してIrOXを形成してもよい。次いで、第1の導電性膜13a上にスパッタ法等の成膜法で第2の導電性膜13bとなる白金を例えば、0.2μmの厚さで形成する。この第2の導電性膜13b上に圧電体膜14を上述のゾル・ゲル法にて膜厚1.5μmで形成し、この上に上部電極15となる白金を膜厚0.1μmで形成する。
【0049】次いで、圧力室201が形成されるべき位置に合わせて適当なエッチングマスク(図示せず)を施す。その後、ドライエッチング法を用いて所定の分離形状に形成する(図8(B))。この工程では、第1の導電性膜13aが表面に露出するまで上部電極15、圧電体膜14及び第1の導電性膜13bをエッチングする。
【0050】更に、この基板10の圧電体膜14が形成されている側に後述の工程で浸される種々の薬液に対する保護膜(図示せず)を形成後、基板10の圧力室側の面の、少なくとも圧力室201或いは側壁202を含む面に酸化膜11を弗化水素によりエッチングし、窓16を形成する。以下、図5(f)乃至図6(i)に示す如く、基板10に圧力室を形成し、ノズルプレート100を接合してインクジェット式記録ヘッドの主要部を製造する。
【0051】(3)第2の導電性膜が表面に露出するまでエッチングする場合主に、図8(A)及び図8(C)を参照して説明する。上述のように、基板10の表面に酸化膜11を形成した後、この酸化膜11上に下部電極12、第1の導電性膜13a、第2の導電性膜13b、圧電体膜14及び上部電極15を順次形成する(図8(A))。次いで、圧力室201が形成されるべき位置に合わせて適当なエッチングマスク(図示せず)を施す。その後、ドライエッチング法を用いて所定の分離形状に形成する(図8(C))。この工程では、第2の導電性膜13bが表面に露出するまで上部電極15及び圧電体膜14をエッチングする。更に、この基板10の圧電体膜14が形成されている側に後述の工程で浸される種々の薬液に対する保護膜(図示せず)を形成後、基板10の圧力室側の面の、少なくとも圧力室201或いは側壁202を含む面に酸化膜11を弗化水素によりエッチングし、窓16を形成する。以下、図5(f)乃至図6(i)に示す如く、基板10に圧力室を形成し、ノズルプレート100を接合してインクジェット式記録ヘッドの主要部を製造する。
【0052】[実施例]図2に示す構造のインクジェット式記録ヘッドの実施例を従来のインクジェット式記録ヘッドと比較した。本実施例におけるインクジェット式記録ヘッドの各層におけるパラメータは以下のものである。上部電極15の材質は白金で、厚みは100nmである。圧電体膜14の圧電歪定数は150pC/Nで厚みは1000nmである。上部電極15と圧電体膜14の幅は40μmである。導電性膜13の材質はIrOXであり、膜厚は0.7μmである。下部電極12の材質は白金であり、膜厚は0.2μmである。酸化膜11の厚さは1.0μmである。圧電体膜14に印加される電圧は25Vである。この条件下で酸化膜11の最大変位量は195nmであった。
【0053】上記と同じ条件での従来技術(導電性膜13を設けない場合)ではコンプライアンスを同じにしたとき、最大変位量は150nmであった。これにより、本実施の形態の構成では従来技術と比べて30%も大きな変位を得ることがわかる。
【0054】従って、下部電極12と圧電体膜14の間に圧縮応力を受ける導電性膜13を入れることにより、圧電体膜14自体の圧電特性が良くなり、振動板の変位量が増加する。故に、コンプライアンス一定の下で圧力室の体積変化が大きくなるので変位効率が上がり、従来より多くのインクを吐出させることができ、より鮮明な印字品質を可能とする。
【0055】また、振動板の変位量が増加するため、単位体積あたりの圧力室の体積変化が大きくなるのでインク吐出量が同じならば、従来より小さな体積の圧力室を設ければよいのでコンパクトなインクジェット式記録ヘッドを提供することができる。
【0056】発明の実施の形態2.本実施の形態は圧電体膜との界面付近における下部電極の表面をエッチングすることで、圧電体薄膜素子の成膜時にいて下部電極内に生じる残留応力の低減を図るものである。本実施の形態のインク式記録ヘッドの製造工程について実施の形態1と異なる点を中心に説明する。まず、基板10上に酸化膜11、下部電極12、圧電体膜14及び上部電極15を成膜する。次いで、図9(A)に示すように、上部電極15上に所定のパターンにレジスト(図示せず)を塗布し、これをマスクとして上部電極15、圧電体膜14を深さ方向に全てエッチングする。下部電極12を表面に露出させた後、下部電極12を所定の深さd1だけエッチングする。このとき、下部電極12のエッチングの深さは、下部電極12の圧力室側のεYの値の2倍の値を有する深さまでエッチング除去することが好ましい。例えば、白金を材料として下部電極12を成膜する場合、下部電極12のエッチングの深さd1は、20nm程度が好ましい。図12に示すように、下部電極12の表面から20nm付近で膜内部の残留応力が特に強いからである。但し、エッチング量が多すぎると、強度がもたなくなるので圧電体膜側の表面層のみエッチング除去することが望ましい。
【0057】次いで、図9(B)に示すように、圧力室201を形成し、これにノズルプレート100を貼り合わせてインクジェット式記録ヘッドの主要部を得る。インクジェット式記録ヘッドをこのような構成にすることで、腕部の残留応力を低減することができる。従がって、腕部が見かけ上柔らかくなり、インクジェット式記録ヘッドの変位量を向上させることができる。
【0058】また、本実施の形態のインクジェット式記録ヘッドの主要部は下部電極12と圧電体膜14の間に導電性膜13を介在させてもよい。この導電性膜13は実施の形態1で既述したものであり、IrOX、ReOX、RuOX、イリジウム、ロジウム、オスミウム、ルテニウム、レニウムのうち何れか1つを主成分とするものである。この導電性膜13と下部電極12の金属薄膜が圧電体薄膜素子の下部電極として機能する。10(A)に示すように、基板10上に酸化膜11、下部電極12、導電性膜13、圧電体膜14及び上部電極15を成膜し、上部電極15上に所定のパターンにレジスト(図示せず)を形成する。このレジストをマスクとして上部電極15、圧電体膜14を深さ方向に全てエッチングし、導電性膜13を表面に露出させた後に、導電性膜13の表面を所定の深さd2だけエッチングする。深さd2は導電性膜13の表面における残留応力が強い範囲(例えば、導電性膜13の圧力室側のεYの2倍の値をもつ範囲)をエッチングするために必要な深さとする。また、同図(B)に示すように、基板10上に酸化膜11、下部電極12、導電性膜13、圧電体膜14及び上部電極15を成膜した後、上部電極15、圧電体膜14及び導電性膜13を深さ方向に全てエッチングし、下部電極12を表面に露出させた後、下部電極12の表面を所定の深さd2だけエッチングする。この深さd2は導電性膜13の表面から測定した値である。深さd2は導電性膜13と下部電極12内に生じる残留応力の強さを考慮し、例えば、下部電極12の圧力室側のεYの2倍の値をもつ範囲をエッチングするために必要な深さとする。
【0059】以上、説明したように本実施の形態によれば、表面に露出した下部電極12又は導電性膜13の表面近傍をエッチングすることで、下部電極12又は導電性膜13内に生じる残留応力を低減することができる。この結果、腕部が柔らかくなり、インクジェット式記録ヘッドの駆動特性が向上する。
【0060】
【発明の効果】本発明によれば、製造工程において各層間に生じる残留応力を低減するインクジェット式記録ヘッド及びその製造方法を提供することができる。従って、製造工程において各層に生じるクラック等の発生を防止することができるため、歩留まりが向上し、コストを下げることができる。
【0061】また、残留応力を低減することにより圧電歪定数を向上させることができるため、振動板のコンプライアンスが一定値になるように設計した場合に、同駆動電圧にて変位量を向上させることができる。特に、制御性の悪いエッチング工程を経なくても、下部電極と圧電体膜の間に導電性の膜を形成するだけで本発明のインクジェット式記録ヘッドを形成することができるため、製造が容易となり、歩留まりが向上する。
【0062】さらに、圧電体膜と下部電極の間にIrOX層を介在させることで、圧電体膜から下部電極への鉛の拡散を防止し、下部電極と振動板間の密着力を向上させることができる。また、圧電体膜から酸素の抜け出しを防止することができるため、圧電体膜の経年変化を防止することができる。
【0063】また、下部電極や導電性膜を構成する金属層の表面近傍をエッチングすることで、これら金属層内に生じる応力を低減することができ、インクジェット式記録ヘッドの駆動特性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】実施の形態1におけるインクジェット式記録ヘッドの分解斜視図である。
【図2】図1におけるインクジェット式記録ヘッドの主要部の断面図である。
【図3】実施の形態1におけるインクジェット式記録ヘッドの各層間における応力の状態を図示したものである。
【図4】実施の形態1におけるインクジェット式記録ヘッドの製造工程図である。
【図5】実施の形態1におけるインクジェット式記録ヘッドの製造工程図である。
【図6】実施の形態1におけるインクジェット式記録ヘッドの製造工程図である。
【図7】酸化膜が表面に露出するまでエッチングする工程を示した製造工程図である。
【図8】図8(A)は下部電極上に第1及び第2の導電性膜等を順次積層する製造工程断面図である。図8(B)は、第1の導電性膜が表面に露出するまでエッチングする工程を示した製造工程図である。図8(C)は、第2の導電性膜が表面に露出するまでエッチングする工程を示した製造工程図である。
【図9】実施の形態2におけるインクジェット式記録ヘッドの主要部の断面図である。
【図10】実施の形態2におけるインクジェット式記録ヘッドの主要部の断面図である。
【図11】下部電極内に生じるεY分布のグラフである。
【図12】下部電極内に生じるεY分布のグラフである。
【図13】従来技術におけるインクジェット式記録ヘッドの主要部の断面図である。
【図14】基板から受ける応力を図示したものである。
【符号の説明】
10 基板
11 酸化膜
12 下部電極
13 導電性膜
14 圧電体膜
15 上部電極
100 ノズルプレート
101 ノズル
200 圧力室基板
201 圧力室
202 側壁
203 共通流路
300 基台
400 配線基板
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2005-09-01 
出願番号 特願平10-325587
審決分類 P 1 651・ 121- ZA (B41J)
最終処分 取消  
前審関与審査官 湯本 照基  
特許庁審判長 番場 得造
特許庁審判官 藤井 靖子
藤本 義仁
登録日 2003-06-20 
登録番号 特許第3442299号(P3442299)
権利者 セイコーエプソン株式会社
発明の名称 インクジェット式記録ヘッド及びその製造方法  
代理人 稲葉 良幸  
代理人 稲葉 良幸  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ