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審決分類 審判 判定 判示事項別分類コード:なし 属さない(申立て成立) C23C
管理番号 1130885
判定請求番号 判定2005-60012  
総通号数 75 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許判定公報 
発行日 1988-07-20 
種別 判定 
判定請求日 2005-03-10 
確定日 2006-01-30 
事件の表示 上記当事者間の特許第1626558号の判定請求事件について、次のとおり判定する。 
結論 本件方法説明書に示す「金属溶射被膜の作製方法」は、特許第1626558号発明の技術的範囲に属しない。 
理由 [I]請求の趣旨
本件判定請求の趣旨は、本件方法説明書に示す金属溶射被膜の作製方法(以下、「イ号方法」という。)は、特許第1626558号の技術的範囲に属しない、との判定を求めるものである。

[II]本件特許発明
特許第1626558号の特許請求の範囲第1項に係る発明(以下、「本件特許発明」という。)は、本件特許明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載されたとおりのものであり、その構成を符号を付して分説して記載すると次のとおりである。
「(A)ブラスト処理等の前処理を施さない被溶射基材上に、
(B)粒子径が5〜200μmの粒子を樹脂に対して25〜400容量%含有する組成物を10〜300g/m2の割合で塗布して表面粗さ(Rz)30〜250μmの被膜を得、
(C)次いでその被膜上に金属を溶射する
(D)ことを特徴とする金属溶射被膜の作製方法。」

[III]イ号方法
請求人が提出した、平成17年3月10日付判定請求書に添付の「本件方法説明書」(別紙参照)によれば、イ号方法は、次のとおりのものと認められる。
「(a)被溶射金属基材表面に対し、ブラスト処理、黒皮取り機による研削及びディスクグラインダーによる研削のうち少なくとも一つの方法による、機械的な素地形成を行う前処理であって、JIS B 0601に規定する表面粗さ(Rz)が40μmを超え100μm未満の、金属溶射被膜のアンカー効果をもたらす前処理を行った被溶射金属基材表面上に、
(b)粒子径が5〜200μmの粒子を樹脂に対して25〜400容量%含有する組成物を10〜300g/m2の割合で塗布して表面粗さ(Rz)30〜250μmの被膜を得、
(c)次いでその被膜上に金属を溶射する
(d)金属溶射被膜の作製方法。」
なお、(a)〜(d)は、分説のために付した符号である。

[IV]当審の判断
1.イ号方法の構成(b)〜(d)と本件特許発明の構成要件(B)〜(D)について

イ号方法が、その構成(b)〜(d)において、本件特許発明の構成要件(B)〜(D)を充足することは明らかである。

2.イ号方法の構成(a)と本件特許発明の構成要件(A)について

(1)請求人の主張
イ号方法の構成(a)と本件特許発明の構成要件(A)とに関する請求人の主張は、大略、次のとおりである(判定請求書第8,9頁(6)の欄参照)。
「本件特許発明は、溶射に先立って「ブラスト処理等の前処理を施さない」という要件を規定する。これに対し、本件方法は、「被溶射金属基材表面に対し、ブラスト処理、黒皮取り機による研削及びディスクグラインダーによる研削のうち少なくとも一つの方法による、機械的な素地形成を行う前処理であって、JIS B 0601に規定する表面粗さ(Rz)が40μmを超え100μm未満の、金属溶射被膜のアンカー効果をもたらす前処理を行った被溶射金属基材表面」を形成するものである。・・中略・・
特に、本件特許発明による目的、作用効果、及び実施例の記載に鑑みれば、本件特許発明における「ブラスト処理等の前処理を施さない」とは、被溶射基材に対する、少なくともブラスト処理等の「アンカー効果をもたらす」前処理を排除していると解するのが相当である。・・中略・・
以上のとおり、本件方法は、予め、被溶射金属基材表面に対し、ブラスト処理、黒皮取り機による研削及びディスクグラインダーによる研削のうち少なくとも一つの方法による、機械的な素地形成を行う前処理であって、JIS B 0601に規定する表面粗さ(Rz)が40μmを超え100μm未満の、金属溶射被膜のアンカー効果をもたらす前処理を行った被溶射金属基材表面を形成するものであるから、本件特許発明における(A)「ブラスト処理等の前処理を施さない」という要件を充足しない。」

(2)被請求人の主張
平成17年3月29日付の請求書副本の送達通知(答弁指令)に対し、被請求人である、大日本塗料株式会社及び株式会社パンアートクラフトから、答弁書等の提出はなかった。

(3)本件特許明細書の記載事項
本件特許明細書には、本件特許発明の目的、構成、効果、及び本件特許発明に対する比較例に関し、以下の事項が記載されている。
(3-1)本件特許発明の目的
「金属を溶射により、表面が平滑な鋼材やプラスチック等の表面に直接被覆する場合、基材と金属溶射被膜との間には親和性や化学的結合が期待出来ないため、基材への金属溶射被膜の密着性は極めて小さいものであることがさけられなかった。
かゝる欠点を改良するため、従来法は平滑な基材に対しサンドブラストやグリットブラストなどのブラスト処理を施し、基材と金属溶射被膜間にアンカー効果を持たせている(例えば特開昭50-65335号公報等)。
しかしながらこのような、前処理としてのブラスト処理作業は、非常に熟練度を要求され、かつ、作業時間が長くかかり、更にブラストにより多量に発生する粉塵は作業の安全、衛生上は勿論のこと環境汚染の問題があり従って何等かの予防処理を施さねばならずそのため加工コストの面でも好ましいものではなかった。
加えて、板厚が約1mm以下の薄板鋼板やプラスチックなどにブラスト処理を施すと、一般に研掃材の衝撃力により大きな歪みが生じたり、極端な場合基材が破損することが屡々あった。・・中略・・
又、無秩序に飛行する、跳ね返った研掃材や、処理により飛散する粉塵が各種の機械部品等の間に入り込み、それにより好ましくない各種問題を引きおこしていた。
更に、鋼材の溶接部に防食上金属溶射を行う場合にも、前もってブラスト処理が必要であるが、溶接部の硬さのためその処理は非常に困難であった。」(本件公告公報3欄5〜39行)、
「以上述べた通り、公知の金属溶射法においては、基材にブラスト処理を施さねばならないことが、溶射の適用範囲を極めて制限しており、従って、当業界においてはブラスト処理を施さずに金属溶射する方法の開発又は確立が強く望まれている。」(本件公告公報4欄19〜24行)、
「本発明は、前述の如き従来の金属溶射方法における各種問題点を改善又は解決することを目的とするものであり、勿論ブラスト処理等の前処理を全く施すことなく金属溶射被膜を作製する方法を提供しようとするものである。
さらに詳しくは、本発明の目的は、金属、プラスチック、無機材料等の各種基材の表面に、前処理を施すことなく、金属溶射を行なって、防食被膜、導電性被膜、電磁波シールド膜、耐久性被膜あるいは金属状外観を有する被膜を得ようとするものである。」(本件公告公報4欄26〜36行)
(3-2)本件特許発明の構成
本件特許明細書には、本件特許発明の具体的内容として、以下の事項が記載されている。
「本発明の方法において使用される「被溶射基材」(以下単に基材という)とは、ブリキ板、ダル鋼板、みがき鋼板、黒皮鋼板、ケレンした錆鋼板、溶接鋼板等の鉄素材;アルミニウム、亜鉛等の非鉄金属・・中略・・等、各種のものが挙げられる。」(本件公告公報5欄1〜9行)、
「本発明の方法においては、金属溶射被膜は樹脂組成物から得られた被膜の表面粗さにより強固な密着性が得られ」(本件公告公報8欄21〜23行)、
「実施例 5
3.6×100×200mmのSS41のさび鋼板をSIS05 5900-1967のDSt3程度まで電動ワイヤーブラシでケレンを行つた。ついで実施例2で作製した樹脂組成物Bをエアースプレーで80g/m2の割合で塗布し、表面粗さ(Rz)80μmの被膜を得、2時間乾燥した後、実施例1と同様の方法で亜鉛を膜厚150μmになるよう低温溶射した。
得られた亜鉛溶射膜の垂直引張強度は60Kg/cm2であり、密着性は非常に優れたものであつた。また、10mm巾の素地に達する溶射膜の剥離を行い、塩水噴霧試験を1000時間行つた。亜鉛の犠牲防食作用によつて、剥離部からの赤錆発生もなく、全体が亜鉛の白錆のみで耐食性も良好であつた。」(本件公告公報11欄37行〜12欄6行)
(3-3)本件特許発明の効果
「本発明の方法によれば、公知の方法に於けるが如くブラスト処理を行わなくても平滑な基材に対して適度の表面粗さを付与することができるので、板厚の薄いものあるいは形状が複雑なためブラスト処理が出来ない基材にも金属溶射が可能となる。また、従来金属溶射が不可能と考えられていた素材も利用することができる。しかも得られた溶射被膜の密着性は極めて優れている。
本発明の方法によれば、溶射された液状の金属粒子の可塑性を利用し、樹脂組成物から得られた被膜中の粒子の間に溶射金属粒子を充填せしめることによるアンカー効果により高付着力を発揮させることが出来る。
例えば、従来のブラスト処理面での金属溶射被膜の垂直引張強度は60kg/cm2前後であるが、本発明方法により得られた金属溶射被膜の垂直引張強度も50〜80kg/cm2であり、従来のものに比して優るとも劣らない密着性を示す。・・中略・・
加えて、本発明の方法においては、従来のブラスト処理における作業時間を1/10〜1/20以上削減出来、従って加工コストの著しい低下が期待出来る。
また、ブラスト処理時に発生する粉塵による各種の問題点、所謂公害も、一挙に解決出来る。」(本件公告公報14欄43行〜16欄9行)
(3-4)本件特許発明に対する比較例
「比較例 1
板厚の薄い(0.8×100×200mm)ダル鋼板にグリツトブラストを施し、表面粗さRzを100μmにした結果、鋼板は極端に湾曲して溶射試験に使用出来ない状態となつた。
3.6×100×200mmのSS41鋼板にグリツトブラスト処理を施し、表面粗さ(Rz)を100μmにした。グリツトブラスト処理工程は本発明の樹脂組成物塗布工程に比較し10倍以上の時間を必要とした。
このブラスト処理鋼板に亜鉛を実施例1と同様に膜厚200μmとなるよう低温溶射を行つた結果、得られた亜鉛溶射膜の垂直引張強度は70kg/cm2で、密着性は優れたものであつた。また、10mm巾の素地に達する溶射膜の剥離を行い、塩水噴霧試験を1000時間行つた。亜鉛の犠牲防食作用によつて、剥離部からの赤錆発生もなく、全体が亜鉛の白錆のみで実施例1と同様に耐食性も良好であつた。
比較例 2
0.8×100×200mmのダル鋼板にサンドブラストを施し、表面粗さRzを40μmにした結果、鋼板は少し湾曲したが、溶射試験には使用出来る状態であつた。
しかし、ブラスト処理工程は本発明の樹脂組成物塗布工程に比較し20倍以上の時間を必要とした。
このブラスト処理鋼板に亜鉛を実施例1と同様に膜厚200μmとなるよう低温溶射を行つた結果、得られた亜鉛溶射膜の垂直引張強度は45kg/cm2と比較的低かつたが、10mm巾の素地に達する溶射膜の剥離を行い、塩水噴霧試験を1000時間行つた、亜鉛の犠牲防食作用によつて、剥離部からの赤錆発生もなく、全体が亜鉛の白錆のみで実施例1と同様に耐食性は良好であつた。」(本件公告公報12欄37行〜13欄26行)

(4)本件特許発明の構成要件(A)における「ブラスト処理等の前処理を施さない」の技術的な意味
本件特許明細書の前記記載(3-1)及び(3-3)、並びに、前処理としてのブラスト処理が、被溶射基材を機械的に粗面化し、溶射被膜と基材とをアンカー効果によって密着・結合するものであることは広く知られている事項である点からみて、本件特許発明は、アンカー効果をもたらすブラスト処理等の機械的前処理を回避し、金属溶射被膜の作製方法において行われる当該前処理による問題点を解消することを目的としてなされたものであることは明らかである。
そして、この問題点を解決するための手段として、本件特許発明は構成要件(A)〜(D)を備えるものであるところ、本件特許明細書の前記記載(3-2)及び(3-4)を参酌すれば、本件特許発明の構成要件(A)における「ブラスト処理等の前処理を施さない」とは、被溶射基材に対する、金属溶射前の前処理の全てを排除するという意味ではないにしても、少なくとも、ブラスト処理又はそれと同等の「アンカー効果をもたらす」機械的前処理を排除するものと解するのが相当である。

(5)イ号方法の構成(a)と本件特許発明の構成要件(A)の充足性
本件特許発明における構成要件(A)は、前記(4)で検討したとおり、構成要件(B)の前工程として、ブラスト処理又はそれと同等の「アンカー効果をもたらす」機械的前処理を被溶射基材に施さないものである。
一方、イ号方法の構成(a)は、構成(b)の前工程(本件特許発明における構成要件(B)の前工程に同じ)として、ブラスト処理、黒皮取り機による研削及びディスクグラインダーによる研削のうち少なくとも一つの方法による機械的前処理を行うというものであり、該機械的前処理のいずれによっても同等の「アンカー効果をもたらす」ことになるものといえる。
してみると、イ号方法の構成(a)は、ブラスト処理又はそれと同等の「アンカー効果をもたらす」機械的前処理を被溶射基材に施すものであるから、本件特許発明における構成要件(A)を充足するとはいえない。

[V]むすび
以上のとおり、イ号方法は、本件特許発明の構成要件(A)を充足しないから、イ号方法は、本件特許発明の技術的範囲に属しない。

よって、結論のとおり判定する。
 
別掲 (別紙)


本件方法説明書


本件方法は、被溶射金属基材表面に対し、ブラスト処理、黒皮取り機による研削及びディスクグラインダーによる研削のうち少なくとも一つの方法による、機械的な素地形成を行う前処理であって、JIS B 0601に規定する表面粗さ(Rz)が40μmを超え100μm未満の、金属溶射被膜のアンカー効果をもたらす前処理を行った被溶射金属基材表面上に、粒子径が5〜200μmの粒子を樹脂に対して25〜400容量%含有する組成物を10〜300g/m2の割合で塗布して表面粗さ(Rz)30〜250μmの被膜を得、次いでその被膜上に金属を溶射する金属溶射被膜の作製方法である。
 
判定日 2005-10-18 
出願番号 特願昭62-7673
審決分類 P 1 2・ - ZA (C23C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 酒井 雅英  
特許庁審判長 城所 宏
特許庁審判官 市川 裕司
日比野 隆治
登録日 1991-11-28 
登録番号 特許第1626558号(P1626558)
発明の名称 金属溶射被膜の作製方法  
代理人 永井 義久  

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