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審決分類 審判 査定不服 特17条の2、3項新規事項追加の補正 特許、登録しない。 B41J
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B41J
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 B41J
管理番号 1133283
審判番号 不服2003-15389  
総通号数 77 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1998-10-06 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2003-08-08 
確定日 2006-03-17 
事件の表示 平成 9年特許願第 91560号「インクジェット式記録ヘッドのキャッピング装置」拒絶査定不服審判事件〔平成10年10月 6日出願公開、特開平10-264402〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は平成9年3月26日の出願であって、平成15年6月30日付けで拒絶の査定がされたため、これを不服として同年8月8日付けで本件審判請求がされるとともに、同月29日付けで明細書についての手続補正(平成14年改正前特許法17条の2第1項3号の規定に基づく手続補正であり、以下「本件補正」という。)がされたものである。

第2 補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成15年8月29日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1.新規事項追加
本件補正は【請求項1】の補正を補正事項に含んでおり、補正後の請求項1には「前記有孔板は、周縁部全体を前記キャップ部材の内周に気密的に弾接され」(以下「本件補正事項」という。)と記載されている。
ここで「気密的に弾接され」とある以上、単なる「弾接」以上に気密となっているものと解する余地がある。請求人はこの補正の根拠を、願書に最初に添付した明細書(以下、添付図面と併せて「当初明細書」という。)の段落【0009】に求めている。
確かに、当初明細書の段落【0009】には、「4は、本発明が特徴とする有孔板で、外周がキャップ部材2の内周に気密的に弾接するようにキャップ部材2に、キャップの底面2cに平行に収容されている。」との記載があり、「気密」との文言は当初明細書にはこの1箇所存在するだけである。
段落【0009】は、「図1(イ)乃至(ニ)は、それぞれ本発明の一実施例を示すもの」(段落【0007】)についての説明であり、図1(イ)乃至(ニ)によれば、断面コ字状の有孔板の外周がキャップ部材の内周に弾接する様子が描かれており、有孔板をキャップ部材に固定する部材は格別描かれておらず、さらに「上述の実施例においては有孔板4を周縁でのみ支持している」(段落【0015】)と記載があるから、キャップ部材内周と有孔板外周間の摩擦力により、有孔板がキャップ部材に固定されていると理解でき、少なくともその可能性を否定することはできない。そして、摩擦力により有孔板とキャップ部材を固定するのであれば、その摩擦力をある程度以上大きくする必要があることは自明であり、摩擦力を大きくすることは強く弾接させることであるから、結果的に「気密的に弾接」といえるであろう。ところが、本件補正後の【請求項1】には、有孔板が断面コ字状であることも、コ字状の鍔部がキャップ部材に弾接することで有孔板とキャップ部材が固定されることも記載されていない。
当初明細書には、図1(イ)乃至(ニ)以外にも実施例が記載されており、「図3(ロ)に示したようにキャップ部材2の内面に溝2dを形成してここに周縁をはめ込んで支持させたり、さらに図3(ハ)に示したようにキャップ部材2の内面に突起2e、2fを形成してこれにより支持させるようにしてもよい。」(段落【0015】)との記載もあるところ、図3(ロ)又は図3(ハ)の実施例では、有孔板がキャップ部材の溝又は凹部にはめ込まれているから、さほど摩擦力を大きくしなくとも、有孔板とキャップ部材を固定できる(ここで「固定」とは、有孔板がみだりにキャップ部材から外れないという意味である。)ものと理解でき、このような実施例においてまで本件補正事項が採用されていると理解することはできない。なぜなら、後記2(3)でも述べるように、有孔板には複数の通孔があるのだから、有孔板とキャップ部材を気密に保つ技術的意義を認めることができないからである。
したがって、本件補正事項は、図1(イ)乃至(ニ)の実施例を離れた一般的な発明特定事項として当初明細書に記載されていると認めることはできず、当初明細書の記載から自明な事項でもないから、本件補正は当初明細書に記載した事項の範囲内においてされたものではない。すなわち、本件補正は特許法17条の2第3項の規定に違反している。

2.独立特許要件欠如その1
(1)本件補正は、【請求項1】における有孔板とキャップ部材の関係につき、「前記キャップ部材の内周に弾接される有孔板を、前記キャップ部材の底面に対して空間を形成するように収容した」を「前記有孔板は、周縁部全体を前記キャップ部材の内周に気密的に弾接され、また前記キャップ部材の底面との間に空間を確保する支持部が形成されている」と補正するものであるから、特許請求の範囲の減縮(特許法17条の2第4項2号該当)を目的とするものと認める。そこで以下では、本件補正後の請求項1に係る発明(以下「補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるかどうか検討する。

(2)補正発明は、本件補正後の明細書の特許請求の範囲【請求項1】に記載された事項によって特定される次のとおりのものである。
「インクを吐出するノズル開口を備えた記録ヘッドのノズルプレートに密着する弾性材料からなるキャップ部材を枠体に収容し、前記キャップ部材に前記ノズル開口からインクを排出させる負圧を供給するインク吸引口を備えたキャッピング装置において、
前記キャップ部材の底面と前記キャップ部材の開口面との間に、前記キャップ部材の長手方向の圧力分布を調整する複数の通孔を有する有孔板が配置され、
前記有孔板は、周縁部全体を前記キャップ部材の内周に気密的に弾接され、また前記キャップ部材の底面との間に空間を確保する支持部が形成されているインクジェット式記録ヘッドのキャッピング装置。」

(3)まず「前記有孔板は、周縁部全体を前記キャップ部材の内周に気密的に弾接」の技術的意義につき検討する。有孔板には複数の通孔があり、吸引する際にはこれら通孔により有孔板両側の空気は連通する。そうであれば、有孔板周縁部全体をキャップ部材の内周に弾接させれば、その気密度の如何にかかわらず、有孔板周縁部からの空気の漏れはほとんどないと考えられるから、単なる「弾接」以上に「気密的に弾接」させることの技術的意義を理解することができない。この技術的意義については発明の詳細な説明に記載されていないから、「経済産業省令で定めるところにより」記載されたと認めることはできず、平成14年改正前特許法36条4項に規定する要件を満たしていない。

(4)周縁部全体をキャップ部材の内周に弾接すれば、程度はともかくとして、気密性は実現できる。そうである以上、「気密的に」との限定が、単なる弾接を含むのか、それとも弾接の度合いを限定するものなのか不明確である。そして後者であれば、どの程度であれば「気密的に弾接」といえるのか、どの程度であればいえないのか不明である(そのため、後記3は、前者であるとした場合の判断である。)。したがって、【請求項1】の記載は明確でなく、特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。

(5)以上のとおり、本件補正後の明細書は、平成14年改正前特許法36条4項及び6項2号に規定する要件を満たしていないから、補正発明は特許出願の際独立して特許を受けることができない。

3.独立特許要件欠如その2
(1)引用刊行物の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された特開平7-195712号公報(以下「引用例」という。)には、以下のア〜タの記載が図示とともにある。
ア.「一般に、インクジェット装置は、一列に配列され先端部が全体でオリフィス面を構成する複数の吐出口と、このすべての吐出口と連通しかつ上記吐出口にインクを供給する共通インク室と、この共通インク室にインクを供給するためのインク供給口を有するタンク部とを含むインクジェットヘッドを有している。」(段落【0003】)
イ.「従来より、記録ヘッドに対して・・・記録ヘッドの吐出口で構成されるオリフィス面に密着してオリフィス面を含む密閉空間を形成するキャップ部材と、このキャップ部材に取り付けられ、かつ、上記密閉空間を負圧にする吸引ポンプと、この吸引ポンプの吸引力により密閉空間内に吐出されるインクを排出するためのインク排出口とからなる吐出回復処理手段が用いられている。」(段落【0005】)
ウ.「キャップ手段としてのキャップ2の上面2aの周縁部には、キャップが後出の可動機構により上昇して記録ヘッド1のオリフィス面1dに密着した後に、記録ヘッド1のオリフィス面1dの縁部を全周にわたって押圧する周壁部2bが形成されている。このキャップのうち、少なくとも記録ヘッド1に当接する周壁部2bについては記録ヘッドとの当接時の衝撃に吸収およびその当接後の密着性の向上等の条件を考慮してゴム等の弾性部材から形成されている。」(段落【0009】)
エ.「従来のインクジェット装置における吸引回復動作について説明する。・・・記録ヘッド1のオリフィス面1dをキャップ2の上面2aに対向させる。・・・ホルダ5上のキャップ2の周壁部2bを記録ヘッド1のオリフィス面1dの周縁部に適当な加圧力をもって当接させることによってオリフィス面1dの前方の空間を密閉空間とする。ここで、吸引ポンプ4を作動させると、上記密閉空間が負圧となるから、各吐出口を通してインクIkが吸引され、各吐出口内または共通インク室1c内の増粘インクや気泡が上記密閉空間内へ除去され、同時に共通インク室1cから各吐出口内へ適正状態のインクIkが充填される。」(段落【0013】〜【0014】)
オ.「従来のインクジェット装置では、記録ヘッド1のインク供給口1bとキャップ2のインク排出口2cとが上下間で対向しているため、両者が対向する吐出口列の中央部分とその周辺部分とでは各ノズル中を流れるインクの流れ方が異なり、ノズルの位置によって吸引回復状態に差が出て良好な画像品位を維持できないという欠点を有していた。」(段落【0016】)
カ.「図13に示すように吐出口群の中央付近のノズル群1e近傍におけるインクは、インク供給口1bとインク排出口2cとを結ぶ線上付近であるため、大きな吸引力を受けることができ、その間にインク吸収部材6の介在による圧力損失もわずかであることから、その流れ(図中矢印Pで示す)は非常にスムーズで流速も大きく、ノズル群1eの各ノズル内の増粘インクや気泡の排除を効率的に行うことができる。これに対し、吐出口群の端縁部分のノズル群1fおよび1g近傍におけるインクは、インク供給口1bとインク排出口2cとを結ぶ線から離れているため、大きな吸引力を受けることができず、さらにインク吸収部材6の介在による圧力損失も相対的に大きくなることから、その流れ(図中矢印QおよびRで示す)は緩やかで流速も小さく、ノズル群1fおよび1gの各ノズル内の増粘インクや気泡の排除を十分に行うことができない。」(段落【0017】)
キ.「本発明の目的は、吐出回復処理後に全ノズルに対し均一な吐出特性を回復させ得る構造を有するインクジェット装置を提供することにある」(段落【0019】)
ク.「[実施例5]図6は、本発明のインクジェット装置の第5の実施例における記録ヘッドとキャップの構成の要部を示す断面図である。」(段落【0060】)
ケ.「本実施例の特徴は、・・・キャップ22の上面22b上の複数の突起群22e上に特定構成のインク吸収部材26が配設されている点にある。」(段落【0061】)
コ.「インク吸収部材26は、図6に示すように密度の漸次異なる第1,第2および第3の吸収部26a,26bおよび26cから構成され、これら各吸収部は一体成形されている。本実施例においては、インク供給口21bに対向する第1吸収部26aの密度が最も細かく、第2吸収部26b、第3吸収部26cの順で密度が粗くなっていくように配置されている。」(段落【0062】)
サ.「右端のノズル群1g近傍では密度の細かい第1吸収部26aにより流抵抗が大きくインクの流れを抑制し、左端ノズル1f近傍では密度の粗い第3吸収部26cにより流抵抗が小さくインクの流れを妨げないように作用し、実施例3の構成による作用効果であるインクの流れの均一化に加え、全体のインクの流れをさらに均一化できる。」(段落【0064】)
シ.「[実施例6]図7は、本発明のインクジェット装置の第6の実施例における記録ヘッドとキャップ手段の構成の要部を示す断面図であり、・・・本実施例の特徴は、・・・キャップ2の上面2a上の複数の突起群2e上に図4および図に示した実施例4における流れ規制部材25が載置されている点にある。」(段落【0067】〜【0068】)
ス.「[実施例7]図9は、本発明のインクジェット装置の第7の実施例における記録ヘッドとキャップ手段の構成の要部を示す断面図であり、図10は、図9に示したキャップ手段を図7に示した矢印C方向から見た平面図である。」(段落【0071】)
セ.「流れ規制部材27は、図10に示すように略矩形状の平面形状を有する板体である。この流れ規制部材27の周縁部とキャップ2の周壁部2bとのギャップは全周にわたって同一である。流れ規制部材27の中央部分には、1群の小径の孔27aが形成され、両端部分には孔27aよりも大径の1群の孔27bが形成され、孔27aと孔27bとの間の部分にはそれぞれ孔27aと孔27bとの間の径を有する1群の孔27cが形成されている。最小径の孔27aは広い間隔で形成され、最大径の孔27bは狭い間隔で形成され、中間径の孔27cは孔27aと孔27bの形成間隔で中間寸法の間隔で形成されている。」(段落【0073】)
ソ.「本実施例においては、このような構成の流れ規制部材26により、中央ノズル1e近傍からのインク排出口2cに向かう流抵抗を大きくし、インクの流れを抑制し、端部ノズル1fおよび1g近傍からインク排出口2cに向かう流抵抗を小さくし、インクの流れを妨げないように作用し、結果としてインクの流れを均一化することができる。」(段落【0074】)
タ.「[実施例8]図11は、本発明のインクジェット装置の第8の実施例における記録ヘッドとキャップの構成の要部を示す断面図である。・・・本実施例の特徴は、図12および図13に示した従来の構成を有し、かつ、キャップ2の上面2a上の突起群2e上に密度の異なる3種類のインク吸収部を含むインク吸収部材28が載置されている点にある。」(段落【0076】〜【0077】)

(2)引用例記載の発明の認定
引用例記載の実施例7(【図9】及び【図10】図示の実施例)において、従来技術(記載ウ参照)同様、記録ヘッド1に当接するキャップ2(キャップ部材と表現されていることもある。)の周壁部がゴム等の弾性部材から形成されていること、及びキャップ2がホルダ5上にあることは自明である。実施例7において、流れ規制部材27が、キャップ2の開口面と上面間に存することも自明である(【図9】参照。)。
したがって、引用例記載の実施例7におけるキャッピング装置は次のようなものと認めることができる。
「ホルダ上にキャップ部材を備えたキャッピング装置であって、
キャップ部材の周壁部はゴム等の弾性部材から形成され、適当な加圧力により前記周壁部が記録ヘッドのオリフィス面に当接させることによってオリフィス面の前方の空間を密閉空間とし、吸引ポンプを作動させることにより前記密閉空間を負圧にできるように構成されており、
キャップ部材上面には複数の突起群が形成され、前記突起群に接して前記キャップ部材開口面との間に流れ規制部材が設けられており、
流れ規制部材の周縁部とキャップ部材周壁部には全周にわたって同一のギャップが形成されるとともに、流れ規制部材には中央部分には小径の孔群、両端部分には大径の孔群、及び中間部分には中径の孔群が形成されているキャッピング装置。」(以下「引用発明」という。)

(3)補正発明と引用発明との一致点及び相違点の認定
引用発明の「ホルダ」は補正発明の「枠体」に相当し、「ホルダ上にキャップ部材を備えた」(引用発明)ことと「キャップ部材を枠体に収容し」た(補正発明)ことに相違はない。
補正発明は「インクを吐出するノズル開口を備えた記録ヘッドのノズルプレートに密着する弾性材料からなるキャップ部材」との限定を有しているが、ノズルプレートを含む記録ヘッド自体はキャッピング装置の構成ではない。引用発明において、キャップ部材の周壁部が当接する対象がノズルプレートとはいえないかもしれない(但し、「インクを吐出するノズル開口を備えた記録ヘッド」であることは自明である。)が、そのことは補正発明と引用発明との相違点にはならない。百歩譲って相違点としても、記録ヘッドのノズルプレートに密着するキャップ部材は周知であるから、設計事項程度の相違でしかなく、独立特許要件(進歩性)の判断には影響を及ぼさない。そのため、以下では「インクを吐出するノズル開口を備えた記録ヘッドのノズルプレートに密着する弾性材料からなるキャップ部材を枠体に収容し、前記キャップ部材に前記ノズル開口からインクを排出させる負圧を供給するインク吸引口を備えたキャッピング装置」は、補正発明と引用発明との一致点として扱う(引用発明が「負圧を供給するインク吸引口を備え」ることは自明である。)。
引用発明の「流れ規制部材」には、小径、中径及び大径の孔群が形成されているから、「有孔板」ということができ、小径、中径及び大径の孔群の配置状況から見て、これら孔群(補正発明の「複数の通孔」に相当する。)が「キャップ部材の長手方向の圧力分布を調整する」機能を有することは自明である。
引用発明の「複数の突起群」は、それが存在することによって、キャップ部材上面(補正発明の「キャップ部材の底面」に相当する。)と「流れ規制部材」との間に空間を確保するものであり、その点補正発明の「支持部」に相当する。ところで、補正発明の「前記有孔板は、周縁部全体を前記キャップ部材の内周に気密的に弾接され、また前記キャップ部材の底面との間に空間を確保する支持部が形成されている」との構文につき、「また」との接続詞が接続する対象が、「前記有孔板は、周縁部全体を前記キャップ部材の内周に気密的に弾接され」と「前記キャップ部材の底面との間に空間を確保する支持部が形成されている」であるのか、それとも「周縁部全体を前記キャップ部材の内周に気密的に弾接され」と「前記キャップ部材の底面との間に空間を確保する支持部が形成されている」である(すなわち、「前記有孔板は、」は2つの述語の共通主語である。)のかについて、前者であるとすると、キャップ部材の底面とどことの間に空間を確保するのか不明となるから、後者解釈を採用する。同解釈のもとでは、補正発明の「支持部」は「有孔板」に所属することになり、他方引用発明の「複数の突起群」は「キャップ部材」に所属するから、これは補正発明と引用発明との相違点となる。
したがって、補正発明と引用発明とは、
「インクを吐出するノズル開口を備えた記録ヘッドのノズルプレートに密着する弾性材料からなるキャップ部材を枠体に収容し、前記キャップ部材に前記ノズル開口からインクを排出させる負圧を供給するインク吸引口を備えたキャッピング装置において、
前記キャップ部材の底面と前記キャップ部材の開口面との間に、前記キャップ部材の長手方向の圧力分布を調整する複数の通孔を有する有孔板が配置され、
前記キャップ部材の底面と前記有孔板の間に空間を確保する支持部が形成されているインクジェット式記録ヘッドのキャッピング装置。」である点で一致し、以下の各点で相違する。
〈相違点1〉補正発明では「前記有孔板は、周縁部全体を前記キャップ部材の内周に気密的に弾接され」ているのに対し、引用発明では有孔板(流れ規制部材)周縁部とキャップ部材周壁部には全周にわたって同一のギャップが形成されている点。
〈相違点2〉補正発明の「支持部」は有孔板に所属するのに対し、引用発明のそれはキャップ部材に所属する点。

(4)相違点についての判断
〈相違点1について〉
引用例には、引用発明以外の実施例も記載されており、実施例5(【図6】)及び実施例8(【図11】では、「流れ規制部材」に代わるものとして、密度分布を有するインク吸収部材が採用されている。そして、【図6】及び【図11】によれば、インク吸収部材とキャップ部材内周間に隙間があると認めることはできない。インク吸収部材とキャップ部材内周間に隙間がない以上、インク吸収部材には空気通路となるものがあり、従来技術として「インク吸収部材6の介在による圧力損失」(記載カ)があげられていたところ、従来技術における「圧力損失」の大きい部分において、密度を粗くし、結果的に全体のインクの流れを均一化したものが実施例5及び実施例8と理解すべきである。
そうである以上、キャップ部材の底面と開口面間に位置する部材(実施例5及び実施例8ではインク吸収部材であり、実施例7(引用発明)では流れ規制部材である。)内部の空気通路に分布を持たせることだけで、全体のインクの流れの均一化を達成できることは、引用例に接した当業者には明らかというべきである。すなわち、引用発明では流れ規制部材周縁部とキャップ部材周壁部にギャップを設けているけれども、このギャップをなくすことは当業者にとって想到容易である。そして、ギャップをなくするに当たり、有孔板周縁部全体をキャップ部材に弾接させることは、ギャップをなくす上での設計事項というよりない。
ところで、「気密的に弾接され」の気密の程度が不明確であることは2.で述べたとおりであるが、有孔板周縁部全体をキャップ部材に弾接させれば、気密の程度はともかくとして、ある程度気密となることは疑いの余地がない。
したがって、相違点1に係る補正発明の構成を採用することは当業者にとって想到容易である。

〈相違点2について〉
補正発明と引用発明に共通して、キャップ部材の底面と有孔板の間に空間を確保するために支持部が設けられているのであるが、そのような場合、その支持部をキャップ部材の底面と有孔板のどちらに所属させるかは設計事項というべきである。

(5)補正発明の独立特許要件の判断
相違点1及び相違点2に係る補正発明の構成を採用することは、設計事項であるか当業者にとって想到容易であり、これら構成を採用したことによる格別の作用効果を認めることもできない。
したがって、補正発明は引用発明及び引用例記載のその他の実施例に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。

[補正の却下の決定のむすび]
以上のとおり、本件補正は平成15年改正前特許法17条の2第3項の規定及び同条5項で準用する同法126条4項の規定に違反しているから、同法159条1項で読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下されなければならない。
よって、補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本件審判請求についての当審の判断
1.本願発明の認定
本件補正が却下されたから、本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、平成15年3月24日付けで補正された明細書の特許請求の範囲【請求項1】に記載された事項によって特定される次のとおりのものと認める。
「インクを吐出するノズル開口を備えた記録ヘッドのノズルプレートに密着する弾性材料からなるキャップ部材を枠体に収容し、前記キャップ部材に前記ノズル開口からインクを排出させる負圧を供給するインク吸引口を備えたキャッピング装置において、
前記キャップ部材に前記キャップ部材の底面と前記キャップ部材の開口面との間に、前記キャップ部材の長手方向の圧力分布を調整する複数の通孔を有し、かつ前記キャップ部材の内周に弾接される有孔板を、前記キャップ部材の底面に対して空間を形成するように収容したインクジェット式記録ヘッドのキャッピング装置。」

2.本願発明の進歩性の判断
本願発明と引用発明とは、
「インクを吐出するノズル開口を備えた記録ヘッドのノズルプレートに密着する弾性材料からなるキャップ部材を枠体に収容し、前記キャップ部材に前記ノズル開口からインクを排出させる負圧を供給するインク吸引口を備えたキャッピング装置において、
前記キャップ部材に前記キャップ部材の底面と前記キャップ部材の開口面との間に、前記キャップ部材の長手方向の圧力分布を調整する複数の通孔を有する有孔板を、前記キャップ部材の底面に対して空間を形成するように収容したインクジェット式記録ヘッドのキャッピング装置。」である点で一致し、次の点で相違する。
〈相違点1’〉本願発明の有孔板は「キャップ部材の内周に弾接される」のに対し、引用発明では有孔板(流れ規制部材)周縁部とキャップ部材周壁部には全周にわたって同一のギャップが形成されている点。
この相違点1’について検討するに、「第2[理由]3(4)〈相違点1について〉」で述べたと同様の理由により、相違点1’に係る本願発明の構成を採用することは当業者にとって想到容易である。また。この構成を採用したことによる格別の作用効果を認めることもできない。
したがって、本願発明は引用発明及び引用例記載のその他の実施例に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

第4 むすび
本件補正は却下されなければならず、本願発明が特許を受けることができない以上、本願の請求項2に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶を免れない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2006-01-12 
結審通知日 2006-01-18 
審決日 2006-01-31 
出願番号 特願平9-91560
審決分類 P 1 8・ 121- Z (B41J)
P 1 8・ 575- Z (B41J)
P 1 8・ 561- Z (B41J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 後藤 時男  
特許庁審判長 津田 俊明
特許庁審判官 藤井 勲
藤本 義仁
発明の名称 インクジェット式記録ヘッドのキャッピング装置  
代理人 木村 勝彦  

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