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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
管理番号 1134343
異議申立番号 異議2003-73401  
総通号数 77 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1998-03-10 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-12-19 
確定日 2006-01-23 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3478930号「高剛性高靱性鋼およびその製造方法」の請求項1ないし3に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3478930号の請求項1ないし3に係る特許を取り消す。 
理由 1.本件手続の経緯
本件特許第3478930号の請求項1乃至3に係る発明についての出願は、平成8年8月29日に特許出願され、平成15年10月3日にその特許権の設定登録がなされたものである。
これに対して、(株)豊田中央研究所より特許異議の申立てがなされ、取消理由通知がなされ、その指定期間内の平成17年6月6日付けで訂正請求がなされたものである。

2.訂正の適否
2-1.訂正の内容
本件訂正請求の内容は、本件特許明細書を訂正請求書に添付された訂正明細書のとおり、すなわち次の訂正事項a乃至cのとおりに訂正するものである。
(1)訂正事項a:請求項3を、「鉄または鉄合金からなるマトリックス中に、Tiの炭化物、ホウ化物またはその複合化合物を5〜50vol%分散させるに際し、鉄あるいは鉄合金中に、前記化合物を構成する元素が完全に溶解する、高剛性高靱性鋼を構成する元素の液相線温度+30℃以上の温度に加熱し、10K/分以上の冷却速度で冷却し、凝固時に前記化合物を晶出または析出させることにより、請求項1記載の高剛性高靭性鋼を製造する製造方法。」と訂正する。
(2)訂正事項b:特許明細書の段落【0018】の「鉄あるいは鉄合金中に、前記化合物を構成する元素が完全に溶解する温度に加熱し、冷却、凝固時に前記化合物を晶出または析出させることにより、」を、「鉄あるいは鉄合金中に、前記化合物を構成する元素が完全に溶解する、高剛性高靱性鋼を構成する元素の液相線温度+30℃以上の温度に加熱し、10K/分以上の冷却速度で冷却し、凝固時に前記化合物を晶出または析出させることにより、」と訂正する。
(3)訂正事項c:特許明細書の段落【0018】及び【0025】の「10K/分以下にすることが好ましい。」を、それぞれ「10K/分以上にすることが好ましい。」と訂正する。

2-2.訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
訂正事項aは、請求項3の「化合物を構成する元素が完全に溶解する温度」を「高剛性高靱性鋼を構成する元素の液相線温度+30℃以上の温度」に限定すると共に、「冷却、」を「10K/分以上の冷却速度で冷却し、」と限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮に該当する。また、訂正事項bは、訂正事項aの訂正に伴い、特許明細書の対応する記載を訂正するものであるから、明りょうでない記載の釈明に該当する。さらに、訂正事項cは、「10K/分以下」を「10K/分以上」とするものであるが、特許明細書の段落【0018】や段落【0036】の記載から、「誤記の訂正」に該当することが明らかである。
そして、上記訂正事項a乃至cは、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてなされたものであるから新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

2-3.まとめ
したがって、上記訂正は、特許法第120条の4第2項及び同条第3項において準用する特許法第126条第2項乃至第4項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

3.本件発明1乃至3について
訂正後の本件請求項1乃至3に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1乃至3」という。)は、上記訂正を認容することができるから、訂正明細書の請求項1乃至3に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】鉄または鉄合金からなるマトリックス中に、Tiの炭化物、ホウ化物またはその複合化合物を5〜50vol%分散させてなる溶製された高剛性高靱性鋼であり、前記高剛性高靱性鋼の1mm2の観察範囲内に、前記化合物の凝集体が2個以下であり、かつネットワーク状の前記化合物量が全化合物量の20vol%以下であることを特徴とする高剛性高靭性鋼。
【請求項2】前記化合物の粒径が10μm以下である請求項1記載の高剛性高靭性鋼。
【請求項3】鉄または鉄合金からなるマトリックス中に、Tiの炭化物、ホウ化物またはその複合化合物を5〜50vol%分散させるに際し、鉄あるいは鉄合金中に、前記化合物を構成する元素が完全に溶解する、高剛性高靱性鋼を構成する元素の液相線温度+30℃以上の温度に加熱し、10K/分以上の冷却速度で冷却し、凝固時に前記化合物を晶出または析出させることにより、請求項1記載の高剛性高靭性鋼を製造する製造方法。」

4.特許異議申立てについて
4-1.取消理由の概要
当審で通知した取消理由の一つは、訂正前の本件請求項1乃至3に係る発明は、引用例1及び引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、訂正前の本件請求項1乃至3に係る発明についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである、というものである。
4-2.引用例とその主な記載事項
取消理由において引用された引用例1及び2には、それぞれ次の事項が記載されている。
(1)引用例1:特開平7-188874号公報(甲第1号証)
(1a)「【請求項1】鉄または鉄合金からなるマトリックスと、該マトリックス中に分散させた4A族元素を主体とする硼化物の少なくとも一種以上とからなることを特徴とする高剛性鉄基合金。
【請求項2】炭素含有量が0.1重量%以下であることを特徴とする請求項1記載の高剛性鉄基合金。
【請求項3】マトリックス中の硼化物の含有量が、5〜50体積%であることを特徴とする請求項1記載の高剛性鉄基合金。」(特許請求の範囲)
(1b)「本発明にかかる硼化物は、4A族元素(チタン〔Ti〕、ジルコニウム〔Zr〕、ハフニウム〔Hf〕)を主体とする硼化物の一種以上である。該硼化物は、単体としてのヤング率が少なくとも 25,000 kgf/mm2 以上であれば、その分散により確かな高剛性化効果が得られるが、中でも化学式MB2 (M:4A族元素)で示される二硼化物はヤング率が特に高く、本発明の目的にとって特に好ましい。また、これら硼化物は、単体として安定で比較的に入手し易いので、本発明の製造方法の原料として用いるのに好適である。」(段落【0034】)
(1c)「また、硼化物の含有量は、5〜50体積%であることが好ましい。該含有量を上記範囲内とすることにより、十分な高剛性効果を発揮させることができる。なお、該含有量が5体積%未満の場合は十分な高剛性化効果が得られず、また50体積%を超えると硼化物どうしの凝集や合体が生じ、鉄基合金の機械的性質が著しく低下する虞がある。」(段落【0036】)
(1d)「得られた鉄基合金焼結体の金属組織を示す顕微鏡写真図(倍率:600倍)を、図1(試料番号:2)に示す。図1より明らかの如く、その組織は、SUS430ステンレスのフェライト相マトリックス中に、直径1μm〜数μmの微細な硼化物粒子が均一に分散した組織となっていることが分かる。また、該硼化物粒子の体積率を測定した結果を、表1に併せて示す。また、これら硼化物粒子中の各元素濃度を、EPMAにより局所分析を行った結果、鉄:1.0、クロム:0.2、チタン:69.0、硼素:29.7(重量%)であった。この結果から明らかなように、該硼化物粒子は、マトリックスの構成元素である鉄およびクロムをほとんど含まず、X線回折からもチタン二硼化物であることが確かめられた。以上より、原料粉末に配合したチタン二硼化物は、鉄合金中で熱力学的に安定で、高温での焼結および熱間加工を伴う本実施例の上記製造方法によっても、結晶構造変化および大幅な組成変化が起こっていないことが分かる。」(段落【0050】)
(1e)「本発明の高剛性鉄基合金においては、硼化物が該合金中で粒径100μm以下の微粒子となって均一に分散していることが好ましい。硼化物の粒径を100μm以下とすることにより、該鉄基合金全体に実用レベルの機械的性質(強度、靱延性)を確保することができる。なお、該粒径が20μm以下の場合は、より優れた機械的性質を有する合金を得ることができるので、より好ましい。」(段落【0035】)

(2)引用例2::「まてりあ」第35巻、第6号(1996)第716〜718頁(甲第2号証:なお、職権で調査したところ、この「まてりあ」は、1996年6月20日に(社)日本金属学会から発行されたものである。)
(2a)「そこで我々は、鋼のヤング率ならびに比ヤング率を飛躍的に向上させる研究に取り組んだ。その結果、最適な強化粒子とベース鋼との組合せにより、従来鋼の約2倍の比ヤング率を有する超高剛性鋼を開発することに成功したので、本稿にて概要を紹介する。」(第716頁左欄第19行乃至第23行)
(2b)「ベース鋼にはTiB2量に応じて2〜8mass%のTiを添加したFe-17Cr系フェライト鋼を選定した。
開発を意図する高剛性鋼は、実部品への適用を考えた場合、高ヤング率であるだけでなく、実用レベルの機械的特性を兼備することが必要である。また、TiB2粒子を複合化する手段として、急冷凝固やメカニカルアロイングなど、生産性の低い方法を利用することは現実的でない。そこで、安価なフェロチタン、フェロボロン粉末を原料とした焼結法、ならびに溶解鋳造法を検討し、これらの素材製造プロセスの中でTiB2粒子をIn-situに形成することとした。」(第717頁左欄第1行乃至第11行)
(2c)「図1に、焼結法および鋳造法で製造した開発鋼素材のミクロ組織を示す。・・・一方、鋳造材(b)には、10μm程度の六角状TiB2粒子および針状TiB2粒子が混在して晶出している。分析の結果、いずれの粒子においてもFe、Crの固溶量は1mass%程度であり、高剛性化のための強化相として、TiB2は優れた熱力学的安定性を有することが確認された。」(第717頁左欄「3.開発鋼の組織とヤング率」の項)
(2d)図1の(b)には、15TiB2/Fe-17Cr-3Ti(鋳造材)の組織が図示されている。
(2e)「図4は、TiB2=15vol%の鋳造材外観である。より低コストな素材製造プロセスである鋳造法では、TiB2が20vol%以下までは良好な鋳造性を示す。・・・大物素材を安価に提供するためには、焼結法よりも鋳造法の方が有利であり、今後の課題として、トレードオフ関係にある鋳造性と材料特性とが折り合う接点を向上させる方策が必要である。」(第718頁右欄第6行乃至第14行)
(3)参考資料1:特集「1999年秋期大会講演論文集、日本金属学会誌 第64巻、第5号」第331頁乃至第334頁
(4)参考資料2:特開平5-302137号公報

4-3.当審の判断
(1)本件発明1について
(1-1)引用例1を主引用例とした場合
引用例1の上記(1a)には、「【請求項1】鉄または鉄合金からなるマトリックスと、該マトリックス中に分散させた4A族元素を主体とする硼化物の少なくとも一種以上とからなることを特徴とする高剛性鉄基合金。
【請求項3】マトリックス中の硼化物の含有量が、5〜50体積%であることを特徴とする請求項1記載の高剛性鉄基合金。」と記載され、この「高剛性鉄基合金」の具体例について、上記(1d)に「得られた鉄基合金焼結体の金属組織を示す顕微鏡写真図(倍率:600倍)を、図1(試料番号:2)に示す。図1より明らかの如く、その組織は、SUS430ステンレスのフェライト相マトリックス中に、直径1μm〜数μmの微細な硼化物粒子が均一に分散した組織となっていることが分かる。・・・この結果から明らかなように、該硼化物粒子は、マトリックスの構成元素である鉄およびクロムをほとんど含まず、X線回折からもチタン二硼化物であることが確かめられた。」と記載されているから、これら記載を本件発明1の記載ぶりに則って整理すると、引用例1には、「鉄または鉄合金からなるマトリックス中に均一に分散させた直径1μm〜数μmの微細なチタン二硼化物粒子の含有量が5〜50vol%である焼結された高剛性鉄基合金」が記載されていると云える。また、この「高剛性鉄基合金」は、上記(1c)の「また50体積%を超えると硼化物どうしの凝集や合体が生じ、鉄基合金の機械的性質が著しく低下する虞がある。」という記載に照らせば、その硼化物の占める割合を50体積%までに制限することによって硼化物の凝集や合体が生じないようにしたものであると云える。そして、この硼化物の凝集や合体は、本件発明1の化合物の凝集体やネットワーク状化合物に相当すると云えるから、引用例1には、「鉄または鉄合金からなるマトリックス中に均一に分散させた直径1μm〜数μmの微細なチタン二硼化物粒子の含有量が5〜50vol%である焼結された高剛性鉄基合金であり、化合物の凝集体やネットワーク状化合物が(生じ)ない高剛性鉄基合金」という発明(以下、「引用例1発明」という)が記載されていると云える。
そこで、本件発明1と引用例1発明とを対比すると、引用例1発明の「鉄基合金」は、そのマトリックスとなる具体例が「SUS430ステンレス」であるから、本件発明1の「鋼」に相当する。また、本件発明1の「化合物の凝集体が2個以下であり、かつネットワーク状の前記化合物量が全化合物量の20vol%以下である」という特定事項における「以下」には、「0%」の場合も含まれると解されるから、本件発明1は、その化合物の凝集体の個数が「0%」で、かつネットワーク状の前記化合物量が「0%」の場合には、引用例1発明と同様に、「化合物の凝集体やネットワーク状化合物がない高剛性鋼」であると云える。
そうであるならば、両者は、「鉄または鉄合金からなるマトリックス中に、Tiのホウ化物を5〜50vol%分散させてなる高剛性鋼であり、前記高剛性鋼の1mm2の観察範囲内に、前記化合物の凝集体がなく、かつネットワーク状の化合物がない高剛性鋼。」という点で一致し、次の点で相違していると云える。
相違点:
(イ)本件発明1は、「溶製された」ものであるのに対し、引用例1発明は、「焼成された」ものである点
(ロ)本件発明1は、「高剛性高靱性鋼」であるのに対し、引用例1発明は、「高剛性鋼」であるものの「高靱性鋼」であるか明らかでない点
次に、これら相違点について検討する。
(i)相違点(イ)について
引用例2には、鉄または鉄合金からなるマトリックス中にTiのホウ化物を分散させてなる「ホウ化物分散型高剛性鋼」が焼結法又は溶解鋳造法(溶製法)の何れでも製造することができると記載され、しかも、図1の(b)には、溶解鋳造法で製造された「Tiのホウ化物を15体積%分散した分散型高剛性鋼」の組織が図示されている。そして、この組織図によれば、溶解鋳造法で製造された「Tiのホウ化物を15体積%分散した分散型高剛性鋼」でも、その組織中にTiのホウ化物の凝集体やネットワーク状のものが発生していないことが明らかであるから、「焼成法」によって製造した引用例1発明を「溶製法」によって製造した場合でも、その組織中にTiのホウ化物の凝集体やネットワーク状のものが発生しないことは当業者であれば容易に知見することができたと云うべきである。
そうであれば、その組織中にTiのホウ化物の凝集体やネットワーク状のものが存在しない「Tiホウ化物を5〜50vol%分散した分散型高剛性鋼」の製造法を引用例1発明の「焼結法」から「溶製法」に替えることも、引用例2の上記記載から当業者が容易に想到することができたと云うべきである。
(ii)相違点(ロ)について
本件発明1が「高靱性鋼」である技術的な根拠は、特許明細書の段落【0009】乃至【0011】等の記載によれば、その組織中に凝集した化合物(Tiのホウ化物)やネットワーク状の化合物(Tiのホウ化物)が少なく、化合物が分散している点にあると認められるところ、引用例1発明の製造法を「焼結法」から「溶製法」に替えて製造された「ホウ化物分散型高剛性鋼」も、その組織中にはTiのホウ化物の凝集体やネットワーク状のものがなく、Tiのホウ化物が分散している組織を有するものであるから、本件発明1に係る上記相違点(ロ)も、上記引用例2の記載から当業者が容易に想到することができたと云える。
してみると、本件発明1は、引用例1及び引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとするのが相当である。

(1-2)引用例2を主引用例とした場合
引用例2には、「ホウ化物分散型高剛性鋼の開発」と題して、その上記(2b)に「そこで、安価なフェロチタン、フェロボロン粉末を原料とした焼結法、ならびに溶解鋳造法を検討し、これらの素材製造プロセスの中でTiB2粒子をIn-situに形成することとした。」と記載され、上記(2c)及び(2d)には、溶解鋳造法によって製造された「15TiB2/Fe-17Cr-3Ti(鋳造材)」の組織図とその組織図に関し、「鋳造材(b)には、10μm程度の六角状TiB2粒子および針状TiB2粒子が混在して晶出している。」と記載され、さらに上記(2e)には、「図4は、TiB2=15vol%の鋳造材外観である。」とも記載されているから、これら記載を本件発明1の記載ぶりに則って整理すると、引用例2には、「鉄合金からなるマトリックス中に分散させた10μm程度のTiのホウ化物粒子を15vol%分散させてなる溶製された高剛性鋼」が記載されていると云える。また、引用例2の図1の(b)の組織図によれば、溶解鋳造法で溶製された上記「Tiのホウ化物粒子を15vol%分散した分散型高剛性鋼」でも、その組織中にTiのホウ化物の凝集体やネットワーク状のものが見られないから、引用例2には、「鉄合金からなるマトリックス中に分散させた10μm程度の六角状TiB2粒子及び針状TiB2粒子を15vol%分散させてなる溶製された高剛性鋼であり、化合物の凝集体やネットワーク状化合物がない高剛性鋼」という発明(以下、「引用例2発明」という)が記載されていると云える。
そこで、本件発明1と引用例2発明とを対比すると、本件発明1の「化合物の凝集体が2個以下であり、かつネットワーク状の前記化合物量が全化合物量の20vol%以下である」という特定事項における「以下」には、「0%」の場合も含まれると解されるから、本件発明1は、その化合物の凝集体の個数が「0%」で、かつネットワーク状の前記化合物量が「0%」の場合には、引用例2発明と同様に、「化合物の凝集体やネットワーク状化合物がない高剛性鋼」であると云える。
そうであるならば、両者は、「鉄合金からなるマトリックス中に、Tiのホウ化物を15vol%分散させてなる溶製された高剛性鋼であり、前記高剛性鋼の1mm2の観察範囲内に、前記化合物の凝集体がなく、かつネットワーク状の化合物がない高剛性鋼。」という点で一致し、次の点で相違していると云える。
相違点:本件発明1は、「高剛性高靱性鋼」であるのに対し、引用例2発明は、「高剛性鋼」であるものの「高靱性鋼」であるか明らかでない点
次に、この相違点について検討するに、本件発明1が「高靱性鋼」であるという技術的な根拠は、前示のとおり、その組織中に凝集した化合物(Tiのホウ化物)やネットワーク状の化合物(Tiのホウ化物)が少なく、化合物が分散している点にあると認められるところ、引用例2発明の「ホウ化物分散型高剛性鋼」も、引用例2の図1の(b)の組織図から明らかなように、Tiのホウ化物の凝集体やネットワーク状のものがなく、Tiのホウ化物が分散している組織を有するものであるから、本件発明1と同様に、「高靱性鋼」であると云える。
してみると、本件発明1は、引用例2発明と上記「高靱性鋼」の点でも実質的に差異はないと云える。
特許権者は、特許意見書において、本件発明1は、化合物の凝集体の個数やネットワーク状化合物量の上限を「前記化合物の凝集体が2個以下であり、かつネットワーク状の前記化合物量が全化合物量の20vol%以下である」と規制した点に進歩性があるとも主張している。
しかしながら、焼成法によって製造された「ホウ化物分散型高剛性鋼」において、化合物の凝集や合体が機械的性質を著しく低下させることは、引用例1の上記(1c)に「なお、該含有量が5体積%未満の場合は十分な高剛性化効果が得られず、また50体積%を超えると硼化物どうしの凝集や合体が生じ、鉄基合金の機械的性質が著しく低下する虞がある。」と記載されているように、既に知られた事実である。そして、この事実が溶解鋳造法によって溶製された「ホウ化物分散型高剛性鋼」においても共通していると云えるから、仮に、引用例1発明や引用例2発明の組織中に化合物の凝集体やネットワーク状化合物が発生するとしても、靱性等の機械的性質に悪影響を及ぼす化合物の凝集体の個数やネットワーク状化合物量の上限を規制する程度のことは当業者がその効果を確認しつつ実験を繰り返して容易になし得たことと云うべきである。
したがって、特許権者の上記主張は、採用することができない。
(1-3)小括
以上のとおり、本件発明1は、引用例1及び引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、また、引用例2に記載された発明であるか、又は引用例2及び引用例1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると云える。

(2)本件発明2について
引用例1発明も、その化合物(Tiホウ化物)の粒径が「直径1μm〜数μm」であるから、本件発明2は、その特定事項の点で引用例1発明と実質的な差異はない。
したがって、本件発明2も、引用例1及び引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると云える。
次に、引用例2発明との関係で検討すると、引用例2発明の化合物は、「10μm程度の六角状TiB2粒子及び針状TiB2粒子」であるから、針状TiB2粒子の大きさが明らかではない。
しかしながら、焼成法によって製造された「ホウ化物分散型高剛性鋼」において、引用例1の上記(1e)に記載されているように、分散させる化合物の粒径を20μm以下とすればより優れた機械的性質(強度、靱延性)を確保することができることは既に知られた事実である。そして、この事実が溶解鋳造法によって溶製された「ホウ化物分散型高剛性鋼」においても共通していると云えるから、引用例2発明の化合物を10μm以下とすることは当業者が引用例1の上記教示に基づいて容易に想到することができたと云える。
したがって、本件発明2も、引用例2及び引用例1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると云える。

(3)本件発明3について
引用例2の上記(2b)には、原料について、「ベース鋼にはTiB2量に応じて2〜8mass%のTiを添加したFe-17Cr系フェライト鋼を選定した。」と記載され、その製造方法については、「また、TiB2粒子を複合化する手段として、急冷凝固やメカニカルアロイングなど、生産性の低い方法を利用することは現実的でない。そこで、安価なフェロチタン、フェロボロン粉末を原料とした焼結法、ならびに溶解鋳造法を検討し、これらの素材製造プロセスの中でTiB2粒子をIn-situに形成することとした。」と記載されている。そして、この製造方法のうち、「溶解鋳造法」を採用した場合には、図1の(b)に図示された上記引用例2発明の「高剛性鋼」が製造されたと云えるから、引用例2には、「鉄合金からなるマトリックス中に、Tiのホウ化物を15vol%分散させるに際し、溶解鋳造法によって、その素材製造プロセスの中でTiのホウ化物をIn-situに形成する引用例2発明の高剛性鋼を製造する製造方法」が記載されていると云える。また、この製造方法における「Tiのホウ化物をIn-situに形成する」とは、「その場析出」とも称される「前の析出物の中に新しい別の種類の析出物の核ができて成長置換していく現象」(「図解 金属材料技術用語辞典」日刊工業新聞社発行、昭和63年11月20日、第310頁)を利用してTiホウ化物をマトリックス中に晶出または析出させる鋳造法である。また、この鋳造法は、「複合化鋳造法」の一つとして、「改訂6版 金属便覧」丸善(株)(平成12年5月30日発行)第975頁に「d.In situ生成複合化法(粒子晶出法) 凝固しつつある金属中での合金元素間の化学反応により、より融点の高い化合物を晶出、分散させて複合材料を得る方法であり、中江らにより提案された。」と紹介され、中江らによって1989年に「鋳物」に掲載されたものでもある。
そうすると、引用例2に記載の上記「Tiのホウ化物をIn-situに形成する」とは、In situ析出に係る上記記載を参酌すれば、化合物(Tiのホウ化物)を構成する元素を完全に溶解し、凝固時にその場で化合物(Tiのホウ化物)を晶出または析出させる鋳造法であると云えるから、引用例2に記載された上記「鉄合金からなるマトリックス中に、Tiのホウ化物を15vol%分散させるに際し、溶解鋳造法によって、その素材製造プロセスの中でTiのホウ化物をIn-situに形成する引用例2発明の高剛性鋼を製造する製造方法」については、「鉄合金からなるマトリックス中に、Tiのホウ化物を15vol%分散させるに際し、鉄合金中に、前記Tiのホウ化物を構成する元素が完全に溶解する温度に加熱し、冷却し、凝固時に前記Tiのホウ化物を晶出または析出させることにより、引用例2発明の高剛性鋼を製造する製造方法」(以下、「引用例2方法発明」という)と表現することができると云える。
そこで、本件発明3と引用例2方法発明とを対比すると、両者は、「鉄合金からなるマトリックス中に、Tiのホウ化物を15vol%分散させるに際し、鉄合金中に、前記Tiのホウ化物(化合物)を構成する元素が完全に溶解する温度に加熱し、冷却し、凝固時に前記Tiのホウ化物(化合物)を晶出または析出させることにより、高剛性鋼を製造する製造方法」という点で一致し、次の点で相違していると云える。
相違点:
(イ)本件発明3は、化合物を構成する元素が完全に溶解する温度を「高剛性高靱性鋼を構成する元素の液相線温度+30℃以上の温度」と限定するのに対し、引用例2方法発明は、この温度が明らかでない点
(ロ)本件発明3は、「10K/分以上の冷却速度で冷却」するのに対し、引用例2方法発明は、この冷却速度が明らかでない点
(ハ)本件発明は、「請求項1記載の高剛性高靱性鋼」を製造するのに対し、引用例2方法発明は、引用例2発明の「高剛性鋼」を製造する点
次に、これら相違点について検討する。
(i)相違点(イ)について
上記相違点(イ)の「高剛性高靱性鋼を構成する元素の液相線温度」については、個々の元素には融点は存在するが液相線は存在しないから、「高剛性高靱性鋼を構成する元素からなる合金の液相線温度」と解すべきであるところ、引用例2方法発明でも、高剛性鋼を構成する元素からなる合金はもとより、Tiのホウ化物を構成する個々の元素も完全に溶解されるのであるから、原料である個々の元素や合金が完全に溶解される温度という限りにおいて、両者に実質的な差異はないと云うべきである。
本件発明3は、その加熱温度を「高剛性高靱性鋼を構成する元素からなる合金の液相線温度+30℃以上の温度」と限定するが、この数値限定は、原料である個々の元素や合金を完全に溶解するという観点から単に数値限定した程度のものであり、この程度のことも当業者が容易に設計することができたと云うべきである。
(ii)相違点(ロ)について
本件発明3の「10K/分以上の冷却速度」について、特許明細書の段落【0036】に「次に、前記溶解した試験材を鋳型または水冷鋳型に注湯して、10kgの鋼塊を製造した。このようにして、試験材を製造したものである。このときも、真空中(真空度:0.13〜1.3Pa)で冷却を行い、前記試験材を冷却させ、凝固中に溶湯中より化合物を晶出させた。このときの、冷却速度は文献より、鋳型の場合は約10K/分程度、水冷鋳型の場合は約40K/分程度と推定される。この冷却中に、化合物を晶出または析出させる。」と記載されているから、この記載によれば、「10K/分以上の冷却速度」とは、通常の「鋳型」を使った鋳造法の場合の冷却速度に相当するものであって、その数値に格別の臨界的な意味はないと云うべきである。
してみると、本件発明3は、この冷却速度の点で引用例2方法発明と実質的な差異はないと云える。
(iii)相違点(ハ)について
請求項1記載の高剛性高靱性鋼(本件発明1)と引用例2発明との違い(高靱性鋼の点)については、上記(1-2)の項で言及したとおりである。また、本件発明3の製造方法に係る特定事項と引用例2方法発明との違いも前示のとおりであるから、プロダクトバイプロセスの観点からみても本件発明3に係る上記相違点(ハ)に実質的な差異はないと云うべきである。
してみると、本件発明3は、引用例2に記載された発明であるか、又は引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると云える。

5.むすび
したがって、本件請求項1及び3に係る発明についての特許は、特許法第29条第1項第3号又は同条第2項の規定に違反してなされたものであり、また、本件請求項2に係る発明についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
高剛性高靱性鋼およびその製造方法
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】鉄または鉄合金からなるマトリックス中に、Tiの炭化物、ホウ化物またはその複合化合物を5〜50vol%分散させてなる溶製された高剛性高靱性鋼であり、
前記高剛性高靱性鋼の1mm2の観察範囲内に、前記化合物の凝集体が2個以下であり、かつネットワーク状の前記化合物量が全化合物量の20vol%以下であることを特徴とする高剛性高靭性鋼。
【請求項2】前記化合物の粒径が10μm以下である請求項1記載の高剛性高靭性鋼。
【請求項3】鉄または鉄合金からなるマトリックス中に、Tiの炭化物、ホウ化物またはその複合化合物を5〜50vol%分散させるに際し、
鉄あるいは鉄合金中に、前記化合物を構成する元素が完全に溶解する、高剛性高靭性鋼を構成する元素の液相線温度+30℃以上の温度に加熱し、10K/分以上の冷却速度で冷却し、凝固時に前記化合物を晶出または析出させることにより、請求項1記載の高剛性高靭性鋼を製造する製造方法。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、高い剛性ともに高い靭性が要求される機械的構造用部材等に用いられる高剛性高靭性鋼およびその製造方法に関するもので、特に、ヤング率が220Gpaから350Gpaとなる高剛性高靭性鋼およびその製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
鉄鋼材料は機械的構造部材に最も多く使用されている。機械的構造部材は建築物、輸送用機器、各種機械等の構造物を維持するために用いられている。これら構造物を設計する際、機械的構造部材に求められる重要な特性として、剛性および靱性があげられる。剛性や靱性の高い材料を使用することにより、構造物の機械的強度がさらに高くなり、信頼性の高い構造物を得ることができる。また、剛性や靱性の高い材料を構造物に用いることにより、使用する材料を少なくすることができる。例えば、自動車、鉄道等の輸送車両に用いることにより、輸送車両の軽量化が達成でき、この結果、燃費向上による省エネルギー化、材料の節約による省資源化を図ることができる。
【0003】
鉄鋼材料の剛性や靱性の改善は、鉄鋼材料への合金添加、鉄鋼材料の組織改善等により実施されてきた。鉄鋼材料の靱性は、前記方法により飛躍的に改善されたが、剛性の向上はそれほど大きなものでなかった。剛性は材料が持つ物理的な値であるため、剛性の向上すなわちヤング率の向上は難しいものであった。しかし、鉄鋼材料のヤング率(約200GPa)を少なくとも10%以上高めることが望まれてきた。これにより、輸送車両の軽量化を始めとして、構造物の設計に際し、大きなメリットが得られることによるものである。
【0004】
このため、鉄鋼材料の剛性を高めるために種々の研究が行われ、多くの方法が提案されてきた。
近年、粉末冶金法による鉄鋼材料の剛性が数多く提案されている。これらの方法は、鋼のマトリックス中への高剛性の化合物を多量に添加するものである。例えば、特開平7-188874号公報や特開平7-252609号公報では、マトリックス粉末と高剛性の化合物粉末との混合粉を、成形し、その後焼結させることにより、高剛性の化合物を分散させた鋼が得られることを開示している。
さらに、メカニカルアロイング法を用いて、多量の高剛性の化合物をマトリックスに均一に分散させた鋼が得られることが報告されている(特開平7-188874号公報、特開平7-252609号公報および特開平5-239504公報等参照)。なお、メカニカルアロイング法は、粉末の混合法の一種で、マトリックス粉末と化合物粉末をより均一に分散させた混合物を作ることができ、さらにこれら粉末同志を合金化させた混合物を得ることができる方法である。
【0005】
一方、前記粉末冶金法より、安価な製造プロセスである溶製法による高剛性鋼の製造方法が提案されている。特開平4-325641号公報では、高剛性の化合物粉末を、熱間ダイス鋼や高速度工具鋼の溶湯に分散させて鋳造する方法を開示している。得られた高剛性鋼のヤング率は219GPaである。
【0006】
また、金型や工具の耐摩耗性の改善のために、VCやNbCを14vol%まで分散させた鋼が報告されている(P.A.BLACKMOREら:”Solidification and casting of metals”The Metals Society、London、1977年;P533〜P538)。この鋼は、マレージング鋼の溶湯中に、Cと、VまたはNbを添加して、VCまたはNbCを反応生成させ製造するものである。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、粉末冶金法では、多量の化合物粉末とマトリックス粉末をV型ミキサー等の混合器で混合する際に、粉末を均一に分散させた混合粉を得ることが困難な場合がある。このため、混合粉中で粉末間に偏析が生じることとなる。この混合粉は圧粉時の成形性が悪く、この混合粉を用いた焼結体は空孔が生じやすく、化合物粉末の凝集も生じやすくなる問題がある。このため、剛性を高めることができても、空孔の発生や化合物粉末の凝集により、靭性が著しく低下し、構造部材として使用できなくなる問題がある。
【0008】
また、メカニカルアロイング法では、多量の化合物粉末とマトリックス粉末を均一に混合することは可能であり、圧粉時の成形性は前記粉末冶金法より優れている。しかしながら、緻密化のために液相焼結をおこなう必要があり、焼結過程で、ネットワーク状の析出物が生じる場合や空孔が生じる場合がある。また,HIP(熱間静水圧プレス)により、メカニカルアロイング法で製造した混合粉を緻密化し、化合物が均一に分散した鋼を製造することは可能である。しかし、メカニカルアロイング法は製造コストの高いプロセスであり、HIPを用いることにより、さらに製造コストが高くなる問題がある。
【0009】
一方、高剛性の化合物粉末を、溶湯に分散させて鋳造する方法(特開平4-325641号公報参照)では、分散させる化合物粉末(TiN、TiC、TaC等)は金属溶湯との濡れ性が悪く、添加後の化合物は空孔を巻き込んだ凝集体となる場合がある。このため、空孔の存在や化合物粉末の凝集により、靭性が著しく低下する問題がある。
また、マレージング鋼中にVCまたはNbCを分散させた鋼(The Metals Society、London、1977年;P533〜P538参照)は、粒界にネットワーク状の炭化物が見られる、このネットワーク状の炭化物により耐摩耗性が改善されている。しかし、このネットワーク状の炭化物の存在により、靭性が著しく低下する問題がある。
【0010】
さらに、前記凝集した化合物やネットワーク状の化合物は、構造部材の材料に要求される機械加工性を著しく低下させ、構造部材として使用できなくする問題もある。
また、鋼マトリックス中に化合物量を増加させるほど、凝集した化合物やネットワーク状の化合物の発生頻度が高くなる。特に溶製法において、鋼マトリックス中の化合物量の増加とともに、靱性や機械加工性の低下が顕著である。
【0011】
そこで、本発明は、製造コストが安価な溶製法を用いて、高剛性の化合物を鋼中に均一分散させることにより、ヤング率が220GPa以上からなる高剛性高靱性鋼およびその製造方法を提供するものである。特に、高剛性の化合物を分散させたことによる靱性や機械加工性の低下を抑制し、靱性が高く、機械加工性に優れた高剛性高靱性鋼およびその製造方法を提供するものである。
【0012】
【課題を解決するための手段】
本発明のうちで請求項1記載の発明は、鉄または鉄合金からなるマトリックス中に、Tiの炭化物、ホウ化物またはその複合化合物を5〜50vol%分散させてなる溶製された高剛性高靱性鋼であり、前記高剛性高靱性鋼の1mm2の観察範囲内に、前記化合物の凝集体が2個以下であり、かつネットワーク状の前記化合物量が全化合物量の20vol%以下であることを特徴とするものである。
【0013】
Tiの炭化物、ホウ化物またはその複合化合物を鋼(鉄または鉄合金:以下、特にことわらない限り「鋼」を用いる)のマトリックス中に5〜50vol%分散させることによって、ヤング率が220GPaから350GPaとなる高剛性高靭性鋼を得ることができる。ヤング率が220GPa以上の高剛性高靭性鋼を得るために、前記化合物量は5vol%以上に分散させることが必要である。さらにヤング率を高めるために15vol%以上の前記化合物を分散させることが好ましい。さらに20vol%以上の前記化合物を鋼中に分散させることがより好ましい。
一方、前記化合物量が50vol%を越えて鋼中に分散させると、靱性が低下し、構造部材としての使用が困難となる。また、靱性と機械加工性の観点から、前記化合物量を40vol%以下にすることが好ましい。また、靱性の観点から、本発明の高剛性高靱性鋼は相対密度が98%以上あればよい。
【0014】
また、高剛性高靱性鋼の1mm2の観察範囲内で、化合物の凝集体が2個以下で、かつネットワーク状の化合物量が全化合物量の20vol%以下にすることにより、衝撃値が100J/cm2以上の高い靱性を持ち、機械加工性に優れた高剛性高靭性鋼を得ることができる。
【0015】
本発明の鉄合金には、構造部材に用いられている炭素鋼、低合金鋼を用いることができる。例えば、機械構造用炭素鋼(例えば、S-C材等)、ニッケルクロム鋼(例えば、SNC材等)、ニッケルモリブデン鋼(例えば、SNCM材等)、クロム鋼(例えば、SCr材等)、クロムモリブデン鋼(例えば、SCM材等)、マンガン鋼(例えば、SMn材等)、マンガンクロム鋼(例えば、SMnC材等)、バネ鋼(例えば、SUP材等)、高炭素クロム鋼(例えば、SUJ材等)等が限定例示される。本発明の高剛性高靭性鋼のマトリックスに、これら炭素鋼、低合金鋼を用いることにより、これら鉄合金が持つ特性に、高い剛性を付加できることになる。
【0016】
【0017】
また請求項2記載の発明は、請求項1記載の発明の構成に、化合物の粒径が10μm以下であることを加えたことを特徴とするものである。化合物の粒径を10μm以下にすることにより、高剛性高靱性鋼の靱性および機械加工性をさらに高めることができる。靱性および機械加工性の向上のため、化合物の粒径は5μm以下であることが好ましい。より好ましくは2μm以下である。
【0018】
また請求項3記載の発明は、鉄または鉄合金からなるマトリックス中に、Tiの炭化物、ホウ化物またはその複合化合物を5〜50vol%分散させるに際し、鉄あるいは鉄合金中に、前記化合物を構成する元素が完全に溶解する、高剛性高靭性鋼を構成する元素の液相線温度+30℃以上の温度に加熱し、10K/分以上の冷却速度で冷却し、凝固時に前記化合物を晶出または析出させることにより、請求項1記載の高剛性高靭性鋼を製造する製造方法である。
高剛性高靭性鋼を構成する鉄あるいは鉄合金と、化合物を構成する元素が完全に溶解する温度は、高剛性高靭性鋼を構成する元素の液相線温度以上の温度である。前記溶解する温度を液相線温度+30℃以上にすることが好ましい。これら高剛性高靭性鋼を構成する元素の液相線温度は、熱分析法や計算法で求めることができる。
また、前記高剛性高靭性鋼の溶解や凝固過程では、酸化防止のため、不活性雰囲気(減圧状態も含む)や真空雰囲気を用いることが好ましい。特に、真空雰囲気を用いることにより、鋼(鉄あるいは鉄合金)の溶湯の脱酸、さらに還元が容易にできる。このため、真空雰囲気の真空度は13Pa(0.1torr)以下であることが好ましい。
さらに、本発明の高剛性高靭性鋼を構成する化合物を均一に分散させるために、凝固時の冷却速度を速くするほうがよい。冷却速度を10K/分以上にすることが好ましい。
【0019】
次に、本発明の至った研究過程を説明する。
発明者らは、靱性および機械加工性を損なうことなく、鉄鋼材料のヤング率を220GPa以上にすることが可能な溶製法による高剛性高靭性鋼の製造方法を鋭意研究した。
まず、鉄鋼材料の剛性を高めるために、ヤング率の高い化合物を鋼中に分散させる溶製法による製造方法を研究した。次に、この溶製法により製造した高剛性高靭性鋼中に分散させることが可能な化合物の量および形態が、高剛性高靭性鋼の靱性におよぼす影響について調査した。さらに、機械的構造用部材に要求される機械加工性についても、化合物の影響について調査した。
これらの研究結果から、ヤング率が300GPa以上の4a、5a族元素の炭化物、ホウ化物またはその複合化物を、溶製法により鋼中に分散させ、ヤング率が220GPa以上となり、かつ靱性および機械加工性に優れた高剛性高靭性鋼の製造方法を見い出した。さらに、この高剛性高靭性鋼が優れた靱性および機械加工性を持つために必要な、最適な化合物の量および形態について知見を得て本発明を完成したものである。
【0020】
ヤング率の高い化合物を種々調査し、鋼に分散させる化合物の種類と量を検討した。表1に示すような4a、5a族元素の炭化物、ホウ化物が高いヤング率を持つことを確認した。化合物のヤング率は高いほどよく、ヤング率の高い化合物を使用することにより、少ない分散量で高いヤング率を得ることができる。特に、300GPa以上のヤング率を有するこれら4a、5a族元素の炭化物、ホウ化物(表1の○印)が鉄鋼材料の剛性を高めるのに有効である。特に、TiC、VC、TiB2、NbB2のヤング率が400GPa以上と高いので、これらの化合物を用いるにより、さらに効果的に剛性を向上させることができる。例としてTiCとTiB2を鋼に分散させた場合について、複合則により計算したヤング率を図2に示す。図2の結果より、220GPa以上の高剛性高靭性鋼を得るために、化合物量は5vol%以上に分散させることが必要であることを確認した。さらに、ヤング率を高めるために15vol%以上の前記化合物を鋼に分散させることが好ましい。さらに20vol%以上の前記化合物を鋼に分散させることがより好ましい。
【0021】
【表1】

【0022】
次に、鋼に化合物量を5vol%以上分散させる溶製法について検討した。
鋼への化合物の分散量の増加とともに、晶出する化合物粒子の平均粒子間距離が小さくなるため化合物凝集体(図2参照)ができやすくなる。また、ネットワーク状の化合物(図3参照)も多くなる傾向がある。
前記問題を解決するために、鋼と化合物の溶解方法と、これら溶解された溶湯の凝固方法について詳しく調査した。
【0023】
その結果、鋼と化合物の溶解方法は、鋼と化合物を構成する元素を完全に溶解する温度(液相線温度)以上に加熱することが重要であることを見いだした。
鋼へ分散させる4a、5a族元素の炭化物、ホウ化物は高融点である。従来の前述したマレージング鋼中にVCまたはNbCを分散させた鋼では、溶解温度が1873から2023K(1600から1750℃)であり、溶解中にVCまたはNbC等の晶出物が晶出して、再固溶せずに、溶湯に残ったまま鋳造されているおそれがある。また、前述した特開平4-325641号公報の高剛性鋼の溶湯中には化合物粒子が存在する。この結果、溶解中や凝固中に、溶解過程での晶出物や化合物粒子が凝集することになる。さらに、晶出物や化合物粒子を核にした成長により、ネットワーク状の化合物や巨大な化合物粒が形成されることとなる。
このため、本発明の鋼(鉄あるいは鉄合金)と化合物を構成する元素が完全に溶解する温度は、鋼と化合物を構成する元素の液相線温度以上の温度である。本発明の高剛性高靱性鋼の溶解は前記液相線温度以上にすることにより、高剛性高靱性鋼を構成する元素をより完全に溶かすことができる。
【0024】
さらに、前記高剛性高靭性鋼の溶解過程において、不活性雰囲気(減圧状態も含む)や真空雰囲気を用いる。不活性雰囲気や真空雰囲気を用いることにより、溶湯の酸化や溶湯への酸化物の晶出を防止する。酸化物は溶湯中からの前記化合物の晶出の核となる場合があるので、酸化物の晶出を防止することが望ましい。また、真空雰囲気を用いることにより、鋼の溶湯の脱酸をより効率的に実施できる。炭化物を鋼に分散させる場合は、Cにより、鋼や添加する4a、5a族元素を還元することができ、靱性がより優れた高剛性高靭性鋼を得ることができる。このときの真空度は13Pa(0.1torr)以下であることが好ましい。
【0025】
次に、溶解された溶湯の凝固方法を説明する。
本発明の高剛性高靭性鋼を構成する化合物を均一に分散させるために、凝固時の冷却速度を速くするほうがよい。冷却速度を速くすることにより、溶湯の過冷度を大きくして、化合物の晶出核を多く晶出させることができる。この結果、化合物の粒子径を小さくし、化合物の凝集を防止することができ、さらにネットワーク状の化合物の発生を防止することができる。このときの冷却速度は10K/分以上にすることが好ましい。これにより、化合物が均一に分散された高剛性高靭性鋼を得ることができる。なお、化合物は溶湯から晶出させた化合物だけでなく、凝固した鋼からから析出する化合物も本発明に用いてよい。鋼から析出した化合物は微細で鋼中に分散するので靱性への悪影響は少ない。この析出した化合物はヤング率の向上に寄与することはいうまでもない。
また、前記高剛性高靭性鋼の凝固過程において、不活性雰囲気(減圧状態も含む)や真空雰囲気を用いることが好ましい。理由は前述のように、溶湯の酸化防止と酸化物の発生抑制である。
【0026】
以上のように、鋼(鉄または鉄合金)からなるマトリックス中に、ヤング率が300GPa以上の4a、5a族元素の炭化物、ホウ化物またはその複合化合物を5〜50vol%分散させるに際し、鋼中に、前記化合物を構成する元素が完全に溶解する温度以上に加熱し、凝固時に前記化合物を晶出または析出させる製造方法により高剛性高靭性鋼を得ることができる。本発明の製造方法を用いることにより、図1に示すような、化合物の凝集やネットワーク状の化合物が存在しない高剛性高靭性鋼を得ることができた。
【0027】
最後に、剛性と靱性および機械加工性におよぼす高剛性高靭性鋼の化合物の量および形態の影響について、表2により説明する。表2は、ヤング率が300GPa以上の4a、5a族元素の炭化物、ホウ化物(TiC、VC、TiB2等)を1〜65vol%分散させてなる高剛性高靱性鋼を用いて剛性や靱性等の特性を試験した結果である。
【0028】
【表2】

【0029】
高剛性高靭性鋼のヤング率におよぼす高剛性高靭性鋼の化合物量の影響について、試験No.1〜9の試験材により説明する。試験No.9は化合物量が8vol%でヤング率が225GPaである。化合物量が8vol%以上となる試験No.2〜8の試料はさらに高いヤング率を示し、化合物量の増加とともに高いヤング率を示している。この結果より220GPa以上の高剛性高靭性鋼を得るために、化合物量は5vol%以上に分散させることが必要であることを確認できる。また、ヤング率を高めるために15vol%、さらに20vol%以上の化合物を鋼に分散させることにより、より高いヤング率が得られる。
【0030】
高剛性高靭性鋼の靱性および機械加工性におよぼす高剛性高靭性鋼の化合物の形態の影響について説明する。
靱性の評価は衝撃試験により行った。構造部材に要求される衝撃値は100J/cm2以上である。
機械加工性は切削試験により評価した。切削試験における切削工具の逃げ面摩耗幅は小さいほど、機械加工時の切削工具の摩耗量が少ないことを示し、良好な機械加工性を示すことになる。通常、逃げ面摩耗幅は1.0mm未満であることが要求される。なお、構造部材の多くは機械加工を施されることが多いので、機械加工性が向上することは実用上、大変意義のあることである。
【0031】
また、高剛性高靭性鋼の化合物の形態は、化合物の凝集の状態(図3参照)とネットワーク状の化合物の状態(図4参照)により評価した。すなわち、化合物の凝集の状態は、高剛性高靱性鋼の1mm2の観察範囲内での観察される化合物の凝集体の数により評価した。一方、ネットワーク状の化合物の状態は同じく高剛性高靱性鋼の1mm2の観察範囲内で観察される、ネットワーク状の前記化合物量の全化合物量に対する面積率を求め、体積率として評価した。
【0032】
まず、高剛性高靭性鋼の靱性(衝撃値)を説明する。
衝撃値が100J/cm2以上を得られる化合物の凝集の状態は、高剛性高靱性鋼の1mm2の観察範囲内での観察される化合物の凝集体の数が2個以下であり、かつネットワーク状の前記化合物量が全化合量の20vol%以下であることが判明した。試験No.6で、化合物の凝集体の数が2個で、ネットワーク状の化合物量が18vol%であることより明らかである。化合物の凝集体の数またはネットワーク状の化合物量が試験No.6の試験材より多い、試験No.7や試験No.11〜13の試験材は、衝撃値が100J/cm2未満となる。
【0033】
引き続き、高剛性高靭性鋼の機械加工性を、試験No.1〜9により説明する。切削工具の逃げ面摩耗幅は1.0mm未満となる化合物の凝集の状態は、高剛性高靱性鋼の1mm2の観察範囲内での観察される化合物の凝集体の数が2個以下であり、かつネットワーク状の化合物量が全化合量の20vol%以下であることが判明した。なお、試験No.7は、切削試験途中で、切削工具の摩耗量が以上に多くなったので、試験を中止した。高剛性高靭性鋼の機械加工性についても、高剛性高靭性鋼の衝撃値の結果と同様の結果となる。
【0034】
さらに、高剛性高靭性鋼の靱性および機械加工性の試験結果より、高剛性高靭性鋼の化合物の最適な量と粒径が明らかになった。
衝撃値が100J/cm2以上で、かつ切削工具の逃げ面摩耗幅は1.0mm未満になる高剛性高靭性鋼を得るために、高剛性高靭性鋼の化合物量は50vol%以下であることが必要である。より優れた靱性を得るためには、化合物量は40vol%以下にすることが好ましい。
同様に、高剛性高靭性鋼の化合物の粒径は10μm以下であることが必要であり、より優れた靱性を得るために、化合物の粒径は5μm以下、さらに好ましくは2μm以下であることが判明した。
【0035】
【実施例】
本発明の実施例を表2とともにさらにくわしく説明する。なお、表2は、本発明の実施例と比較例について、各試験材の製造条件と試験結果をまとめたものである。
まず、本発明の実施例の試験材の各種特性の測定方法を以下にまとめる。
1)化合物の量および粒径、化合物の凝集体の数、ネットワーク状の化合物量の測定方法
測定する高剛性高靭性鋼の試験材を中心部で切断し、断面を研摩後、高剛性高靱性鋼の1mm2の視野(各試料、10箇所)を、顕微鏡観察により検査した。
化合物の量および粒径については、化合物とマトリッスを識別して、例えば、画像解析装置により、化合物の量および粒径を測定した。
化合物の凝集体は図3(化合物の凝集体の模式図)に示すように、化合物の凝集体は2個以上の化合物粒子が、その粒径の0.02倍以下の粒子間距離で密接している数を数えた。
ネットワーク状の化合物は図4(ネットワーク状の化合物の模式図)に示すような、図a)のような、ネットワーク状の化合物の面積率を求めた。この面積率を、ネットワーク状の化合物の全化合物量に対する体積率と仮定した。
2)相対密度の測定方法
試験材の相対密度は、アルキメデス法により見かけ密度を求め、次式により計算した。
相対密度=(見かけ密度)/(真密度)×100%
なお、真密度は相対密度が100%であることを確認した試料、または文献値より求めた。
3)ヤング率の測定方法
ヤング率は試験材から引張試験片を加工し、引張試験により求めた。ヤング率は引張試験片に歪ゲージを張り付け、測定した応力-歪み曲線よりヤング率を求めた。
4)衝撃値の測定方法
試験材から衝撃試験片を加工し、常温で、シャルピー衝撃試験を行た。
5)切削工具の逃げ面摩耗幅の測定方法
機械加工性の試験のため、上述の各試験材について円筒切削試験を行った。切削試験条件は、TiNコーティング超硬チップを用い、切削速度150mm/min、送り速度0.2mm/rev、切り込み2mmで実施した。
逃げ面摩耗幅は、切削時間25分後に超硬チップの工具逃げ面の摩耗幅よりを測定した。
【0036】
本実施例の試験材は、1)溶製法を用いた本発明の方法(真空溶解、プラズマ溶解法)、比較例として、2)他の溶製法(化合物粉末を溶湯に添加し攪拌)、3)粉末冶金法(化合物粉末とマトリイクス粉末をV型ミキサーで混合)により製造した。以下に試験材の製造方法を説明する。
1)溶製法を用いた本発明の方法
・真空溶解法
試験No.2の試験材の製造方法により説明する。5.5mass%Ti、1.4mass%C、残部Feとなるように、Ti、C、Feを秤量した。真空誘導炉にFeとCを挿入し、真空中(真空度:0.13〜1.3Pa(10-2〜10-3torr))で2273K(2000℃)まで昇温した。2273Kで5分保持し、脱酸および還元処理を行った。なお、このときの試験No.2の試験材の液相線温度は約2073K(約1800℃)と推定される。つぎに低酸素含有量のTi(酸素含有量:100ppm以下)を添加し、真空中(真空度:0.13〜1.3Pa)で引き続き2273Kで15分保持し、脱酸および還元処理を行った。このとき、必要に応じて、前記試験材の成分になるように、Cを添加し、C量を調製してもよい。
次に、前記溶解した試験材を鋳型または水冷鋳型に注湯して、10kgの鋼塊を製造した。このようにして、試験材を製造したものである。このときも、真空中(真空度:0.13〜1.3Pa)で冷却を行い、前記試験材を冷却させ、凝固中に溶湯中より化合物を晶出させた。このときの、冷却速度は文献より、鋳型の場合は約10K/分程度、水冷鋳型の場合は約40K/分程度と推定される。この冷却中に、化合物を晶出または析出させる。このとき、冷却速度を速くするほど、晶出する化合物の粒径を小さくでき、化合物の凝集を防止できる。さらに、ネットワーク状の化合物の発生を防止できる。
・プラズマ溶解法
試験No.6の試験材の製造方法により説明する。30.9mass%Ti、7.7mass%C、残部Feとなるように、Fe、Ti、Cを秤量した。プラズマ溶解炉の水冷鋳型にFe、Ti、Cを挿入し、真空中(真空度:0.0013〜0.013Pa(10-4〜10-5torr))で約2873K(2600℃)まで昇温し、30分保持した。この過程で、脱酸および還元処理を行った。次に、前記溶解した試験材を水冷鋳型中で冷却を行い、凝固させて溶湯中より化合物を晶出させた。このようにして、試験材を製造した。このときの、冷却速度は前記真空溶解法の水冷鋳型より速くなる。
【0037】
2)他の溶製法(化合物粉末を溶湯に添加し攪拌)。
試験No.11の試験材の製造方法により説明する。試験No.2と同じ真空誘導炉を用い、真空雰囲気中、1873K(1600℃)で純鉄を溶解した。その後、TiC量が10vol%になるように、5μmのTiC粒子を純鉄の溶湯に添加し、添加後の溶湯を攪拌し、TiCを分散させた。この後、鋳型に注湯して、前記試験材を凝固させた。このようにして、試験材を製造した。なお、本製造方法も溶解および凝固過程も真空雰囲気中で行った。
【0038】
3)粉末冶金法(化合物粉末とマトリイクス粉末をV型ミキサーで混合)
試験No.13の試験材の製造方法により説明する。TiC量が10vol%になるように、約5μmのTiC粉末と約40μmのFe粉末をV型混合機で30分混合し、その混合粉を成形した。その成形体を真空中で、液相焼結することにより、試験材を製造した。
【0039】
次に、本発明の実施例を、表1とともに説明する。
(試験No.1:比較例)
5.5mass%Ti、0.14mass%C、残部Feを真空誘導炉で2000℃で溶解し、その後鋳型に鋳込み、冷却、凝固の過程でTiとCを反応させることによりTiCを生成させ、TiCを分散させた鋼を製造した。本比較例の鋼は、相対密度が100%で、生成したTiCの体積分率は1vol%となり、粒径は約1μmであった。本比較例の鋼は、ヤング率は210GPaで、高剛性を達成することはできなかった。
【0040】
(試験No.2:本発明)
5.5mass%Ti、1.4mass%C、残部Feを真空誘導炉で2273Kで溶解し、その後鋳型に鋳込み、冷却、凝固の過程でTiとCを反応させることによりTiCを生成させ、TiCを分散させた鋼を製造した。本発明の鋼は、相対密度が100%で、生成したTiCの体積分率は10vol%となり、粒径は約10μmであった。本発明の鋼は、ヤング率は230GPaとなり、目標のヤング率220GPaを越えることができた。また、衝撃値は147J/cm2で靭性にも優れていることを確認した。さらに、本発明の鋼は、切削試験での工具逃げ面摩耗幅は0.55mmであり、良好な機械加工性を有することを確認した。
従来の溶製法では困難と考えられている、TiCを多量に鋼中への分散させ鋼を製造することができた。従来、Cを含有するFe溶湯に、Ti多量に添加すると、Tiが含有しているO(酸素)とCが急激に反応し、ポーラスな鋳塊ができ、極端な場合は鋳型への鋳込みが不可能になる場合が生じていた。
【0041】
(試験No.3:本発明)
5.5mass%Ti、1.4mass%C、残部Feを真空誘導炉で2273Kで溶解し、その後水冷鋳型に鋳込み、急冷凝固を行いTiとCを反応させることによりTiCを生成させ、TiCを分散させた鋼を製造した。本発明の鋼は、相対密度が100%で、生成したTiCの体積分率は10vol%となり、粒径は約1μmであった。本発明の鋼は、ヤング率は230GPaとなり、目標のヤング率220GPaを越えることができた。また、衝撃値は166J/cm2となり、さらに靭性に優れていることを確認した。さらに、本発明の鋼は、切削試験での工具逃げ面摩耗幅は0.20mmとなり、機械加工性をさらに改善されることが判明した。
【0042】
(試験No.4:本発明)
17.0mass%Ti、4.2mass%C、残部Feを真空誘導炉で2273Kで溶解し、その後鋳型に鋳込み、冷却、凝固の過程でTiとCを反応させることによりTiCを生成させ、TiCを分散させた鋼を製造した。本発明の鋼は、相対密度が100%で、生成したTiCの体積分率は30vol%となり、粒径は約15μmであった。本発明の鋼は、ヤング率は260GPaとなり、ヤング率が著しく改善された。また、衝撃値は108J/cm2となり、靭性に優れていることを確認した。さらに、本発明の鋼は、切削試験での工具逃げ面摩耗幅は0.60mmであり、良好な機械加工性を有することが確認された。
【0043】
(試験No.5:比較例)
17.0mass%Ti、4.2mass%C、残部Feを真空誘導炉で1923Kで溶解し、その後鋳型に鋳込み、冷却、凝固の過程でTiとCを反応させることによりTiCを生成させ、TiCを分散させた鋼を製造した。光温度計より測定した溶解温度は約2873Kであった。本発明の鋼は、相対密度が100%で、生成したTiCの体積分率は30vol%となり、粒径は約30μmであった。本比較例の鋼は、ヤング率は255GPaとなり、目標のヤング率220GPaを越えることができた。しかし、衝撃値は78J/cm2で靭性を満足することができなった。さらに、本比較例の鋼は、切削試験での工具逃げ面摩耗幅は1.15mmとなり、難加工材であることが判明した。
このときの、TiCの凝集体の個数は0個/mm2であったが、ネットワーク状のTiCの量が25vol%であった。ネットワーク状のTiCの量が25vol%となったのは、溶解温度が1923Kであり、Fe、Ti、Cを完全に溶解できなっかたためである。
試験No.1〜4の試験材では、TiCの凝集体の個数は0また1個/mm2であり、ネットワーク状のTiCの量は10vol%以下である。本比較例の鋼は、ネットワーク状のTiCの量が多くなったために、靱性および機械加工性が著しく低下したものである。
【0044】
(試験No.6:本発明)
30.9mass%Ti、7.7mass%C、残部Feを水冷鋳型中で、プラズマ溶解し、その後、水冷鋳型中で急冷凝固を行いTiとCを反応させることによりTiCを生成させ、TiCを分散させた鋼を製造した。本発明の鋼は、相対密度が100%で、生成したTiCの体積分率は50vol%となり、粒径は約20μmであった。TiCの凝集体の個数は2個/mm2であったが、ネットワーク状のTiCの量が18vol%であった。本発明の鋼は、ヤング率は290GPaとなり、ヤング率をさらに著しく改善された。また、衝撃値は108J/cm2であり、切削試験での工具逃げ面摩耗幅は0.80mmとなり、本発明の目標より高い靱性と機械加工性を有することを確認した。
【0045】
(試験No.7:比較例)
37.0mass%Ti、9.5mass%C、残部Feをプラズマ溶解し、水冷鋳型中で、プラズマ溶解し、その後、水冷鋳型中で急冷凝固を行いTiとCを反応させることによりTiCを生成させ、TiCを分散させた鋼を製造した。光温度計より測定した溶解温度は約2873Kであった。本比較例の鋼は、相対密度が99%で、生成したTiCの体積分率は65vol%となり、粒径は約25μmであった。本比較例の鋼は、ヤング率は330GPaとなり、ヤング率をさらに著しく改善された。しかし、本比較例の鋼の衝撃値は78J/cm2であった。また、切削試験では工具摩耗が著しいため、切削試験を途中で中止した。このため、本比較例の鋼は構造用部材に用いることは困難であることが判明した。
しかし、TiCを65vol%も分散させた鋼が製造できたことは注目すべきことである。従来の溶製法では、このように多量に分散させた鋼を実現することができなった。なお、本発明の範囲であるTiCを50vol%分散させた鋼は十分な靱性と機械加工性を有している。
【0046】
(試験No.8:本発明)
5.3mass%Ti、2.4mass%B、残部Feを真空誘導炉で2273Kで溶解し、その後鋳型に鋳込み、冷却、凝固の過程でTiとBを反応させることによりTiB2を生成させ、TiB2を分散させた鋼を製造した。本発明ではフェロボロンの形でB(ボロン)を添加したが、純B(ボロン)のまま添加してもよい。本発明の鋼は、相対密度が100%で、生成したTiB2の体積分率は12vol%となり、粒径は約12μmであった。本比較例の鋼は、ヤング率は235GPaとなり、目標のヤング率220GPaを越えることができた。また、衝撃値は157J/cm2となり、靭性に優れていることを確認した。さらに、本発明の鋼は、切削試験での工具逃げ面摩耗幅は0.60mmであり、良好な機械加工性を有することを確認した。
TiB2を鋼中に12vol%分散することができたは、注目すべき点である。TiCの鋼中へ多量に分散させることより、さらに難しいものである。TiB2は熱伝導性が良く、耐凝着摩耗性(耐焼付き性)に優れており、TiB2を分散させた本発明の高剛性高靱性鋼は、さらに高温での使用で優れた性能を期待できる。
【0047】
(試験No.9:本発明)
5.5mass%V、1.4mass%C、残部Feを真空誘導炉で2273Kで溶解し、その後鋳型に鋳込み、冷却、凝固の過程でVとCを反応させることによりVCを生成させ、VCを分散させた鋼を製造した。本発明の鋼は、相対密度が100%で、生成したVCの体積分率は8vol%となり、粒径は約8μmであった。本発明の鋼は、ヤング率は225GPaとなり、目標のヤング率220GPaを越えることができた。また、衝撃値は157J/cm2で靭性にも優れていることを確認した。さらに、本発明の鋼は、切削試験での工具逃げ面摩耗幅は0.55mmであり、良好な機械加工性を有することを確認した。
【0048】
(試験No.10:比較例)
5mass%C、残部Feを真空誘導炉で2273Kで溶解し、その後鋳型に鋳込み、冷却、凝固の過程でFeとCを反応させることによりFe3Cを生成させ、セメンタイト、パーライト組織の鋼を製造した。本比較例の鋼は、相対密度が100%で、生成したFe3Cの体積分率は20vol%となった。本比較例の鋼は、ヤング率は200GPaであり、目標のヤング率220GPaを得ることができなかった。
【0049】
(試験No.11:他の溶製法での比較例)
純鉄を真空誘導炉で1873Kで溶解し、溶湯中に約5μmのTiC粒子を体積分率で10%となるように添加し、添加後の溶湯を攪拌することによりTiCを分散させた。この後鋳型に鋳込み、冷却、凝固を行いTiCを分散させた鋼を製造した。本比較例の鋼は、相対密度が96%であり、TiCの体積分率は8vol%であり、粒径は約3μmであった。TiCの凝集体は13個/mm2観察された。
本比較例の鋼はヤング率は230GPaとなり、目標のヤング率220GPaを越えることができた。しかし、衝撃値は78J/cm2で靭性の低下が著しかった。これは、本比較例の鋼の相対密度が96%であり、TiCの凝集体が13個あったことに起因する。
【0050】
(試験No.12::他の溶製法での比較例)
純鉄を真空誘導炉で1873Kで溶解し、この溶湯中に約12μmのTiC粉末を体積分率で8%となるように添加し、その後の溶湯を攪拌し TiC粉末を純鉄を溶湯中に分散させた。この後鋳型に鋳込み、冷却、凝固を行いTiCを分散させた鋼を製造した。さらに、このTiC分散させた鋼にHIP処理による緻密化を行った。得られた本比較例の鋼は、相対密度が97%となり、TiCの体積分率は7vol%であり、粒径は約10μmであった。TiCの凝集体は4個/mm2観察された。
本比較例の鋼はヤング率は230GPaとなり、目標のヤング率220GPaを越えることができた。しかし、衝撃値は88J/cm2で靭性の低下が著しい。これは、本比較例の鋼の相対密度が97%であり、TiCの凝集体が4個/mm2であったことに起因する。試験No.11と12の結果より、衝撃値が100J/cm2以上得るためには、鋼の相対密度は98%以上必要であることが判明した。
【0051】
(試験No.13:粉末冶金法での比較例)
TiC量が10vol%になるように、約5μmのTiC粉末と約40μmのFe粉末をV型混合機で混合し、その混合粉を成形した。その成形体を真空中で、液相焼結することにより、TiCを分散させた鋼を製造した。本比較例の鋼は、相対密度が95%であり、TiCの体積分率は10vol%であり、粒径は約10μmであった。TiCの凝集体およびネットワーク状のTiCは認められなった。 本比較例の鋼はヤング率は230GPaとなり、目標のヤング率220GPaを越えることができた。しかし、衝撃値は88J/cm2で靭性の低下が著しい。これも、本比較例の鋼の相対密度が95%であったことに起因する。
【0052】
以上の本発明の実施例で得られた結果について以下にまとめた。
本発明は、従来の溶製法では不可能であった、4a、5a族元素の炭化物、ホウ化物を65vol%(本発明の範囲は50vol%)まで鋼中に分散できることを示したものである。特に、溶製法でTiCを多量に鋼中への分散させることは不可能と考えられていたが、本発明では5〜50vol%TiCの高剛性高靱性鋼が得られた。また、TiCは硬質の化合物であるので、本発明の高剛性高靱性鋼は耐摩耗性の向上が期待される。同様に、他の4a、5a族元素の炭化物、ホウ化物の分散した鋼も耐摩耗性の向上が期待される。
なお、本実施の比較例である、他の溶製法(化合物粉末を溶湯に添加し攪拌)、粉末冶金法(化合物粉末とマトリイクス粉末をVミキサーで混合)では、満足な結果が得られなかった。
【0053】
また、TiB2を鋼中に30vol%分散することができることも、注目すべき点である。溶製法では、TiCの鋼中へ多量に分散させることより、TiB2を分散させることは、さらに難しいものである。TiB2は熱伝導性が良く、耐凝着摩耗性(耐焼付き性)に優れており、TiB2を分散させた本発明の高剛性高靱性鋼は、さらに高温での使用で優れた性能を期待できる。
【0054】
本実施例では、鉄中に各種4a、5a族元素の炭化物、ホウ化物を分散させたが、機械的構造部材に用いられている炭素鋼や低合金鋼中に前記各種4a、5a族元素の炭化物、ホウ化物を分散させてもよい。これら炭素鋼や低合金鋼を用いることにより、これら鉄鋼材料が持つ特性に、高い剛性を付加できる。
また、4a族元素の代表としてTiを実施例としたが、同様の性質を有するZr、Hfの炭化物、ホウ化物を、本発明の高剛性高靱性鋼に用いることができる。また、5a族元素の代表としてVを実施例としたが、同様の性質を有するNb、Taの炭化物、ホウ化物を、本発明の高剛性高靱性鋼に用いることができる。さらに、これら、4a、5a族元素の炭化物、ホウ化物の複合化物を本発明の高剛性高靱性鋼に用いることができる。
なお、4a、5a族元素の炭化物、ホウ化物の複合化物に、本発明の高剛性高靱性鋼を構成するFeが固溶していてもよい。通常、溶製法ではこれら化合物にFeが固溶される。また、同様に、前記炭素鋼や低合金鋼を構成する元素(例えば、Cr、Mo、Mn等)が4a、5a族元素の炭化物、ホウ化物の複合化物が含まれてもよい。
【0055】
本実施例では、溶解や凝固過程で真空雰囲気を用いたが、これに限定されることなく、不活性ガス雰囲気(減圧状態も含む)を用いてもよい。
【0056】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明は、従来の溶製法では不可能であった、4a、5a族元素の炭化物、ホウ化物またはその複合化物を5〜50vol%分散させてなる高剛性高靱性鋼を実現できた.さらに本発明は、高剛性高靱性鋼の化合物の凝集体およびネットワーク状の化合物量を、本発明の範囲に調製することにより、高い剛性に加え、靱性が高く、機械加工性に優れた、機械的構造用部材等に用いられる高剛性高靭性鋼を得ることを可能とするものである。この高剛性高靭性鋼を用いることにより、鉄鋼材料の剛性が制約になっていた輸送車両の軽量化をさらに進めることが可能となり、また構造物の設計に際し、大きなメリットをあたえることを可能とするものである。
【0057】
さらに本発明は、溶製法でTiCを多量に鋼中への分散させることは不可能と考えられていた、5〜50vol%TiCの高剛性高靱性鋼を得ることを可能とするものである。ヤング率の高いTiCを鋼に分散させることができ、より高いヤング率の高剛性高靱性鋼を得ることを可能とするものである。
また、TiB2の鋼中へ分散させた高剛性高靱性鋼は、さらに、TiB2が持つ良好な熱伝導性、耐凝着摩耗性(耐焼付き性)を持つ効果もある。
【図面の簡単な説明】
【図1】
本発明の実施例で得られた本発明の高剛性高靱性鋼の金属組織を示す顕微鏡写真図(倍率:50倍)である。
【図2】
複合則により計算したTiCまたはTiB2を鋼に分散させた場合のヤング率を示す図である。
【図3】
高剛性高靱性鋼の化合物の凝集体の模式図であって、図a)は化合物の凝集体の状態を示す図であり、図b)は化合物粒子径と粒子間距離を示す図である。
【図4】
高剛性高靱性鋼のネッワ-ク状の化合物の形態の模式図であって、図a)はネッワ-ク状の化合物を示す図であり、図b)は分散している化合物を示す図である。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2005-12-12 
出願番号 特願平8-228584
審決分類 P 1 651・ 121- ZA (C22C)
P 1 651・ 113- ZA (C22C)
最終処分 取消  
前審関与審査官 中村 朝幸  
特許庁審判長 沼沢 幸雄
特許庁審判官 綿谷 晶廣
平塚 義三
登録日 2003-10-03 
登録番号 特許第3478930号(P3478930)
権利者 株式会社神戸製鋼所
発明の名称 高剛性高靱性鋼およびその製造方法  
代理人 梶 良之  
代理人 梶 良之  

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