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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  H05B
管理番号 1151293
審判番号 無効2005-80300  
総通号数 87 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1998-09-02 
種別 無効の審決 
審判請求日 2005-10-18 
確定日 2007-02-07 
事件の表示 上記当事者間の特許第3288242号発明「有機エレクトロルミネッセンス表示装置およびその製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯

1.本件特許第3288242号の出願は、平成9年2月17日の出願であって、平成14年3月15日にその発明について特許権の設定登録がなされた。
2.これに対して、平成17年10月18日に請求人山田さつきより特許無効審判が請求された。
3.被請求人TDK株式会社より、平成18年1月10日に答弁書が提出された。
4.平成18年3月2日に口頭審理が行われ、同日付けで請求人及び被請求人より口頭審理陳述要領書が提出された。

第2 本件特許発明

本件特許第3288242号の請求項1ないし5に係る発明(以下、「本件発明1」ないし「本件発明5」という。)は、その特許明細書および図面の記載からみて、その特許明細書の特許請求の範囲に記載された以下のとおりのものである。
「【請求項1】有機エレクトロルミネッセンス積層構造体部分が、その基板とシールド部材とによって形成された気密空間内に配置され、かつこの気密空間内に実質的に不活性ガスのみが充填されている有機エレクトロルミネッセンス表示装置において、有機エレクトロルミネッセンス積層構造体部分の有機材料のガラス転移温度が140℃以下であり、前記シールド部材が、封入口を持たない連続部材で構成され、このシールド部材と前記基板とがカチオン硬化タイプの紫外線硬化型エポキシ樹脂接着剤で接着され、前記気密空間の水分含有率が100ppm以下であることを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス表示装置。
【請求項2】前記シールド部材が、平板状部材で構成され、前記カチオン硬化タイプの紫外線硬化型エポキシ樹脂接着剤中に微小粒子が分散されており、この接着剤で構成される層が上記気密空間を形成するためのスペーサとしても作用する請求項1の有機エレクトロルミネッセンス表示装置。
【請求項3】有機エレクトロルミネッセンス積層構造体部分が、その基板とシールド部材とによって形成された気密空間内に配置され、かつこの気密空間内に実質的に不活性ガスのみが充填されている有機エレクトロルミネッセンス表示装置の製造方法において、作業空間を、前記気密空間に充填する不活性ガスであって水分含有量が100ppm以下の不活性ガス雰囲気とし、この雰囲気内で、基板とシールド部材とをカチオン硬化タイプの紫外線硬化型エポキシ樹脂接着剤で貼り合わせることにより、前記気密空間内の不活性ガスを閉じ込めて、シールド部材に不活性ガス導入用の封入口を必要としない有機エレクトロルミネッセンス表示装置を得る有機エレクトロルミネッセンス表示装置の製造方法。
【請求項4】前記接着剤の硬化作業を、その硬化が完了するまで前記不活性ガス雰囲気中で行なう請求項3の有機エレクトロルミネッセンス表示装置の製造方法。
【請求項5】前記有機エレクトロルミネッセンス表示装置の各構成部材を前記不活性ガス雰囲気中に配置する前に、真空中で加熱し、残留水分を除去し、この状態を保ったままで前記不活性ガス雰囲気中に搬送し、前記構成部材を、その残留水分が前記不活性ガス雰囲気の水分と平衡状態に達するまで該不活性ガス雰囲気中に放置し、その後前記貼り合わせ作業を行なう請求項3または4の有機エレクトロルミネッセンス表示装置の製造方法。」

第3 請求人の主張の概要および証拠方法

請求人は、証拠方法として甲第1号証ないし甲第6号証を提示し、本件特許の請求項1および請求項2に係る各発明は、甲第1号証ないし4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件特許の請求項3および請求項4に係る発明は、甲第1号証および甲第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件特許の請求項5に係る発明は、甲第1号証および甲第3号証ないし甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許の請求項1ないし5に係る発明の特許は、特許法第123条第1項第2号の規定により無効にされるべき旨主張する。

[証拠方法]
甲第1号証:特開平 8-302340号公報
甲第2号証:特開平 8-259940号公報
甲第3号証:特開昭59-116778号公報
甲第4号証:特開平 5-117592号公報
甲第5号証:特開昭61-131394号公報
甲第6号証:特開平 8-111285号公報

第4 被請求人の反論の概要

(1)被請求人は、本件特許の請求項1ないし5に係る発明は、甲第1号証ないし甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、請求人の主張は理由がなく、無効にされるものではない旨主張する。

(2)被請求人は、請求人による甲第4号証における図1を用いた新たな主張は、審判請求理由の要旨を変更するものである旨主張する。

第5 甲各号証の記載事項

(1)甲第1号証には、次の事項が記載されている。
(a1)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、高分子蛍光体を用いた有機エレクトロルミネッセンス素子(以下、有機EL素子ということがある。)とその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】無機蛍光体を発光材料として用いた無機エレクトロルミネッセンス素子(以下、無機EL素子ということがある。)は、例えばバックライトとしての面状光源やフラットパネルディスプレイ等の表示装置に用いられているが発光させるのに高電圧の交流が必要であった。近年、Tangらは有機蛍光色素を発光層とし、これと電子写真の感光体等に用いられている有機電荷輸送化合物とを積層した二層構造を有する有機EL素子を作製した(特開昭59-194393号公報)。有機EL素子は、無機EL素子に比べ、低電圧駆動、高輝度に加えて多数の色の発光が容易に得られるという特徴があることから素子構造や有機蛍光色素、有機電荷輸送化合物について多くの試みが報告されている〔ジャパニーズ・ジャーナル・オブ・アプライド・フィジックス(Jpn.J.Appl.Phys.)第27巻、L269頁(1988年)、ジャーナル・オブ・アプライド・フィジックス(J.Appl.Phys.)第65巻、3610頁(1989年)〕。
【0003】これまでに、発光層に用いる材料としては、低分子量の有機蛍光色素が一般に用いられており、高分子量の発光材料としては、WO9013148号公開明細書、特開平3-244630号公報、アプライド・フィジックス・レターズ(Appl.Phys.Lett.)第58巻、1982頁(1991年)などで提案されていた。WO9013148号公開明細書の実施例には、可溶性前駆体を電極上に成膜し、熱処理を行なうことにより共役系高分子に変換されたポリ(p-フェニレンビニレン)薄膜が得られ、それを用いたEL素子が開示されている。また、特開平3-244630号公報には、それ自身が溶媒に可溶であり、熱処理が不要であるという特徴を有する共役系高分子が例示されている。アプライド・フィジックス・レターズ(Appl.Phys.Lett.)第58巻、1982頁(1991年)にも溶媒に可溶な高分子発光材料およびそれを用いて作成した有機EL素子が記載されている。しかし、これらの材料を用いて作成された有機EL素子は、発光効率が必ずしも十分に高くはなく、保存中にダークスポットと呼ばれる輝度の低い欠陥が発光面に生じ、表示品位を低下させていた。」
(a2)「【0026】該素子と該板またはフィルムとの間の空間、例えば該素子と該被覆体との間の空間は不活性な気体で満たされている。不活性な気体としては、窒素、アルゴン、ヘリウムまたは二酸化炭素が好ましく、アルゴン、窒素がさらに好ましい。なお、不活性な気体中の水分量は、素子の劣化を防ぐため1000ppm以下が好ましく、100ppm以下がさらに好ましい。」
(a3)「【0042】次に、本発明における有機EL素子の保護層の製造方法の1例について図1に基づいて説明する。以下の操作を不活性な気体中で行なうことにより、該有機EL素子と透明または半透明な板またはフィルムとの間の空間、すなわち該有機EL素子と被覆体との間の空間が不活性な気体9で満たされる。まず、前記のように透明または半透明な板またはフィルム1(基板を兼ねる。)上に作製した有機エレクトロルミネッセンス素子を囲むように、透明または半透明な板またはフィルム1(基板を兼ねる。)上に1μm以上2mm以下のスペーサー3を置き、この上から別の透明または半透明な板またはフィルム10をのせる。次に、スペーサー3と2枚のそれぞれの透明または半透明な板またはフィルムとの接合部を光硬化型または熱硬化型接着剤2で接合し、該接合部を光硬化または熱硬化させ、2枚の透明または半透明な板またはフィルムを接合する。これにより、有機EL素子は外気と遮断される。」
(a4)図1には、有機エレクトロルミネッセンス素子の1例の層構造を示す断面図が記載されていて、有機エレクトロルミネッセンス素子は積層構造体であって、この有機エレクトロルミネッセンス素子積層構造体部分は一対の基板とスペーサーとによって形成された空間内に配置されていることが見てとれる。
甲第1号証の前記記載事項(a1)ないし(a4)により、甲第1号証には、
「有機エレクトロルミネッセンス素子積層構造体部分が、その一対の基板とスペーサーとによって形成された空間内に配置され、かつこの空間内に不活性な気体が満たされている有機エレクトロルミネッセンス表示装置において、このスペーサーと前記一対の基板とが光硬化型接着剤で接合され、前記空間の水分量が100ppm以下であることを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス表示装置およびその製造方法。」が記載されていると認められる。

(2)甲第2号証
(b1)「EL装置において通常使用される幾つかの芳香族アミンの分子式をそれらのTgと共に以下に示す。」(第7頁右欄第25行?第27行)
(b2)第7頁?第9頁には、【化9】のTgは78℃、【化10】のTgは60℃、【化11】のTgは82℃、【化13】のTgは113℃、【化14】のTgは128℃、【化15】のTgは135℃であることが記載されている。

(3)甲第3号証
(c1)「まず第1図に示すように従来と同様の素子形成工程により、例えば透明ガラス基板1上に、インジウム錫酸化物(ITO)からなる下部透明電極2を形成し、その透明電極2を含むガラス基板1上にY2O3からなる第1の誘電体絶縁層3を被着形成する。次いで該絶縁層3上にMnを添加したZnSからなるEL発光層4を被着形成し、その上面にY2O3からなる第2の誘電体絶縁層5、さらにAlからなる上部電極6を順に積層形成する。このように形成されたEL素子10を図示しないベーキング炉中において数百度に加熱して所定時間熱処理を行い、吸蔵された不要なガス、水分等を排出除去する。引き続いて前記熱処理後のEL素子10を、第2図に示す密封チャンバ21内に収容し、該密封チャンバ21内に図示の如く例えば乾燥高純度窒素ガス(N2)、あるいは乾燥高純度アルゴンガス(Ar)を充満し、かつ流通させたガス雰囲気環境条件下で、前記EL素子10を動作させて所定時間エージングを行い、該動作によってEL多層膜構造中より放散する水分を前記流通ガスによって除去するとともに発光特性を安定化させる。この時EL素子10を適当な温度に上げてやれば水分の除去が効果的に行われる。また前記EL素子10を収容した密封チャンバ21内を、所定の真空度にして該素子10をエージングするようにするか、該真空中でさらに加熱して、エージングするようにしてもよく、同様な効果が得られる。しかる後、上記エージングが終了したEL素子10上に、第3図に示すように、そのEL多層多層膜構造を例えばシリコンオイル等からなる絶縁油31あるいは、窒素ガスなどからなる乾燥高純度不活性ガスで被包する形に、凹部を有する封着用ガラス板32によってオイル充填封止、あるいはガス充填封止を行うことにより、長時間にわたる発光動作における吸蔵水分の放散が著しく低減され、EL多層膜構造の層間剥離を防止することが可能となる。なお33は封着剤を示す。」(第2頁右上欄第8行?右下欄第4行)
(c2)第1図ないし第3図には、EL表示素子の製造方法の一実施例が記載されている。

(4)甲第4号証
(d1)「【請求項1】紫外線が照射されて硬化される接着剤において、ラジカル重合材料とカチオン重合材料を含有することを特徴とする接着剤。
【請求項2】前記ラジカル重合材料は、線状飽和ポリエステル樹脂、単官能と多官能(メタ)アクリル化合物及び光重合開始剤を含有するものであり、前記カチオン重合材料は、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、脂環式エポキシ樹脂及び光重合開始剤を含有するものであることを特徴とする請求項1記載の接着剤。」
(d2)「【請求項4】有機フィルムの液晶セルの注入口封止に用いることを特徴とする請求項1乃至3記載の接着剤。」
(d3)「【0002】
【従来の技術】従来のシール及び封止用の接着剤においては、アクリル、メタアクリル、変性アクリル、ビスフェノールエポキシ樹脂等を用いたものが知られている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、上記した従来の接着剤においては、次のような問題が挙げられる。
(1)PET(ポリエチレンテレフタレート)等有機フィルムとの接着力がほとんどない。
(2)揮発成分があるため、液晶セル内に気泡発生がある。
(3)液晶の配向膜、液晶中への溶出があるため、色調ムラの発生、液晶のNI点の劣化(温度が低くなる)が生じる。
(4)耐湿、耐水性が悪いため、信頼性の劣化が認められる。
(5)嫌気性材料であるため、ポットライフが短く、品質管理が必要である。
(6)接着力がないため、封止剤に使うことはあっても、シール材料に応用した報告はほとんどない。
(7)硬化後の接着剤が硬いため、割れ、剥がれが生じ、液晶セル内に気体流入があり、気泡が発生する。
【0004】なお、ガラス基板、液晶セルでは用いられているが、PF-LCDに応用した報告はほとんどない。以下、具体的に更に説明する。PF-LCDの開発上、有機フィルムの接着剤(シール接着、封止剤)の開発が必須であるが、現行2液エポキシ樹脂接着剤を用いているため、接着力が弱く、硬化後接着材料が硬くなるため、割れ、剥離が発生している。また、揮発性材料を含むため、気泡等の問題も発生している。更に、これ等の材料は硬い材料であるため、従来の欠点をそのままにしている。
【0005】メタアクリル、アクリル系においては耐水、耐湿性が悪く、接着力の低下が起こる。そして、これ等の材料は硬度の高い材料でガラス基板では実用化されているが、有機フィルムでは実用化されていない。低分子モノマーでは液晶中に溶解してNI点の劣化や配向膜のダメージを伴い、画像ダメージを与える。しかも、嫌気性硬化反応が強いため、保管中の劣化があり、管理が冷暗室で行わなければならず、鉄材料を使用できない等の制限がある。」(なお、上記(1)ないし(7)は丸に数字の代用である。)
(d4)「ラジカル重合材料とカチオン重合材料に更にSiO2 、SiON、SiNX 、BNの無機フィラーを混入させることで接着剤のチクソ効果を発揮させることができ、スクリーン印刷やディスペンサーノズルでの接着剤の糸引きを制御性良く行うことができ好ましい。また、φ1?10μmの無機フィラーを混入すると、液晶のセルギャップ(間隙)を保持することができるため、接着後、プレスUV硬化させることでギャップが均一なシール接着を行うことができ好ましい。」(第3頁右欄第3行?第11行)
(d5)「【0017】次に、本実施例で用いるカチオン重合材料を20?60重量%の下記に示す化学式2の如く構造のビスフェノールA型エポキシ樹脂と、80?40重量%の下記に示す化学式3の如く構造の脂環式エポキシ樹脂と、下記に示す化学式4の如く構造の0.1?8重量%の光重合開始剤(カチオン重合触媒)とから構成する。
【0018】
【化2】
【0019】
【化3】
【0020】
【化4】」
ここで、【化2】はビスフェノールA型エポキシ樹脂の構造式、【化3】は脂環式エポキシ樹脂、【化4】は光重合開始剤(カチオン重合触媒)の各構造式が記載されている。
(d5)「【0021】なお、ここでの光重合開始剤は、いずれも紫外線によって分解し、ルイス酸を放出し、このルイス酸がエポキシ基を重合するものである。そして、カチオン性光重合開始剤の内、芳香族ジアゾニウム塩、芳香族ヨードニウム塩、芳香族スルフォニウム塩、芳香族セレニウム塩のカチオン部分は、例えば上記化学式4の如く示されるものであり、対応するアニオンは、SbF6-、AsF6- 、PF6- 、BF4-等である。
【0022】次に、本実施例では、上記したように形成したラジカル重合材料とカチオン重合材料をスクリュー及びローラ攪拌機を用いて均一に混合するようにしたため、次のような利点を得ることができた。以下、具体的に図1を用いて説明する。図1から判るように、PETフィルムに対する接着力はラジカル系(ZA20)の値を越える点が4:1、3:1の混合比で確認することができる。また、1:1ではZA20単体と同等値である。しかしながら、カチオン系(EH 202)のみでは非常に弱い接着力である。また、ラジカル系のUV硬化では重合反応が二次元構造が主であり、硬化物が網目状であると考えられ、耐水、耐湿性が悪い。これに対して、本実施例のものでは透水性も大きく、湿度による膨潤が認められ、剥離し易く接着力を低下させることができる。そして、カチオン重合材料を添加することで耐湿性、耐薬品性(アルコール、ケトン系)を強くすることができる。これは架橋構造反応が進むためである。
【0023】また、接着剤の可撓性は線状飽和ポリエステル樹脂とビスアジペートによって保持されるため、硬化後もその可撓性を大きくすることができる。即ち、有機フィルムへの接着力の向上と信頼性の向上を確認することができた。更に、本実施例では紫外線(UV)照射時に反応速度が早いものは、カチオン系でルイス酸効果による架橋反応が、特に初期時進むと考えられる。ラジカル種はその寿命が5?10分間と長いため、照射後でも硬化反応が進む。更に50? 120℃に加温されるとルイス酸の残基により未反応材料を完結させることができる。即ち、UV照射量をできるだけ少なくしたい場合、プロセス工法を適正化することで、接着剤の反応完結をUV以外の方法で助長させることができる。」
(d6)図1には、接着剤のラジカル系とカチオン系の混合比に対する接着強度が記載されている。

(5)甲第5号証
(e1)「この製造方法において、作業箱(7)内は露点-30°C以下の乾燥窒素ガスが通流しているので、発光層(3)を構成する硫化亜鉛螢光体は新たに水分を吸収することがなく、また、作業箱(7)に収容される前において多少水分を含有したとしても収容中に放出されて、封止されたときには無水物になっている。また、基体(1)やその他の層(2)、(3)、(4)、(5)に極微量の水分が吸着されていたとしても、雰囲気と平衡な状態まで脱水される。したがって、封止後において、硫化亜鉛螢光体が他の層から水分を吸収することもない。」(第2頁左上欄第17行?右上欄第7行)

(6)甲第6号証
(f1)「【請求項1】 有機エレクトロルミネセンス素子の少なくとも一部の複数の層状部分を、真空槽の周辺に形成された複数の作業用真空室において順次成膜し、保護膜の形成後に外部に取出すようにしたことを特徴とする有機エレクトロルミネセンス素子の製造方法。
【請求項2】 その内部に保持搬送手段を有する真空槽と、この真空槽の周囲に、有機エレクトロルミネセンス素子を構成する層状部分を形成する複数の作業用真空室を設け、
前記作業用真空室において有機エレクトロルミネセンス素子の一層を形成したことを特徴とする有機エレクトロルミネセンス素子の製造装置。」

第6 当審の判断

(1)本件発明1について
1.対比
本件発明1と甲第1号証記載の発明とを対比すると、甲第1号証記載の発明における「空間」、「不活性な気体」、「空間内に不活性な気体が満たされている」、「接合」、及び「水分量が100ppm以下」は、本件発明1における「気密空間」、「不活性ガス」、「気密空間内に実質的に不活性ガスのみが充填されている」、「接着」、及び「水分含有率が100ppm以下」に、それぞれ相当する。
そして、甲第1号証記載の発明の一対の基板とスペーサーは気密空間を形成するものであるから、一方の基板に対して、他方の基板とスペーサーとがシールド部材として機能すると言える。
以上から、本件発明1と甲第1号証記載の発明は、
「有機エレクトロルミネッセンス積層構造体部分が、その基板とシールド部材とによって形成された気密空間内に配置され、かつこの気密空間内に実質的に不活性ガスのみが充填されている有機エレクトロルミネッセンス表示装置において、このシールド部材と前記基板とが接着剤で接着され、前記気密空間の水分含有率が100ppm以下であることを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス表示装置。」である点で一致し、以下の点で相違している。
[相違点1]有機エレクトロルミネッセンス積層構造体部分に関して、本願発明が、有機材料のガラス転移温度が140℃以下であるのに対して、甲第1号証記載の発明にはそのような限定がない点。
[相違点2]シールド部材に関して、本件発明1が封入口を持たない連続部材で構成されるのに対して、甲第1号証記載の発明は基板とスペーサーである点。
[相違点3]接着剤に関して、本件発明1がカチオン硬化タイプの紫外線硬化型エポキシ樹脂接着剤であるのに対して、甲第1号証記載の発明は光硬化型であるとの記載にとどまる点。

2.判断
[相違点1]について
有機エレクトロルミネッセンス積層構造体部分に関して、有機材料のガラス転移温度を140℃以下とすることは、甲第2号証に記載されているので、相違点1に係る構成は、当業者が容易に想到し得たものである。

[相違点2]について
封入口を持たない連続部材で構成されるシールド部材は甲第3号証に記載されているので、相違点2に係る構成は、当業者が容易に想到し得たものである。

[相違点3]について
甲第4号証の前記摘記事項(d1)、(d6)で、確かにカチオン硬化タイプの紫外線硬化型エポキシ樹脂接着剤について言及されている。
しかしながら、前記摘記事項(d5)において、「カチオン系(EH 202)のみでは非常に弱い接着力である。」、「カチオン重合材料を添加する」と記載されており、また、前記摘記事項(d6)を併せて判断しても、甲第4号証記載の発明の接着剤は、ラジカル系が主成分であって、カチオン硬化タイプの紫外線硬化型エポキシ樹脂接着剤は、単に添加されているにすぎないと理解すべきである。これに対して、本件発明1の接着剤は、カチオン硬化タイプの紫外線硬化型エポキシ樹脂接着剤である。してみると、甲第4号証記載の発明の接着剤は、本件発明1の接着剤とは異なるものである。
なお、請求人は、甲第4号証の図1に、エポキシ樹脂のみのものが開示されていると主張するが、上記のように接着剤として望ましくないものとして示されているにすぎず、技術事項としてエポキシ樹脂のみの接着剤が開示されているということはできない。
そして、甲第4号証記載の発明は液晶セルのシール剤に用いる接着剤であり、甲第4号証には、アクリル系樹脂のアクリルモノマーが有機エレクトロルミネッセンス積層構造体部分の有機材料を劣化させるという技術思想は開示されていない。
したがって、甲第1号証記載の発明の接着剤を甲第4号証記載の発明の接着剤に置き換えても本件発明1の構成とはならず、相違点3に係る構成は、甲第1号証および甲第4号証記載の発明に基づいて、当業者が容易に想到し得たものではない。

なお、請求人は、本件発明1の接着剤は、アクリル系樹脂を全く含まないものに限定するものではないと主張し、また、甲第4号証に記載された発明の接着剤は、上記したようにラジカル系が主成分であるが、本件発明1で特定されるカチオン硬化タイプの紫外線硬化型エポキシ樹脂接着剤をも含むものである。
そこで、本件発明1の接着剤が、アクリル系樹脂を全く含まないものに限定するものではないと解した場合に、甲第1号証記載の発明の接着剤に甲第4号証記載の発明の接着剤を適用することの容易性について検討する。
本件特許明細書の【0008】、【0014】、【0015】の記載により、本件発明1の接着剤の主成分は、カチオン硬化タイプの紫外線硬化型エポキシ樹脂接着剤であるのに対して、甲第4号証に記載された発明の接着剤は、上述したようにラジカル系が主成分であり、主成分が異なるものである。
そして、甲第4号証の前記摘記事項(d2)において、「揮発成分があるため、液晶セル内に気泡発生がある。」と記載されている。しかしながら、この揮発成分はアクリルモノマーによるものかどうか不明である上に、仮にこの揮発成分がアクリルモノマーによるものであったとしても、アクリルモノマーが有機エレクトロルミネッセンス積層構造体部分の有機材料を劣化させるという技術思想は開示されていない。しかも、甲第4号証記載の発明は液晶セルのシール剤に用いる接着剤であり、甲第1号証記載の発明とは属する技術分野が異なるものである。
したがって、甲第4号証に記載された発明の接着剤は本件発明1の接着剤とは主成分が異なり、しかも、甲第1号証記載の発明と甲第4号証記載の発明とは属する技術分野も異なるので、甲第1号証記載の発明の接着剤を甲第4号証記載の発明の接着剤に置き換えるという動機付けはなく、相違点3に係る構成は、甲第1号証および甲第4号証記載の発明に基づいて、当業者が容易に想到し得たものではない。

そして、相違点3に係る構成により、有機エレクトロルミネッセンス積層構造体部分の有機材料を劣化させないという本件発明1の作用効果を奏するものである。

さらに、甲第2、3、5、6号証のいずれにも、カチオン硬化タイプの紫外線硬化型エポキシ樹脂接着剤についての開示がなく、また、アクリルモノマーが有機エレクトロルミネッセンス積層構造体部分の有機材料を劣化させるという技術思想も開示されていない。

したがって、本件発明1は、甲第1号証ないし甲第6号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1におけるシールド部材について、「前記シールド部材が、平板状部材で構成され、前記カチオン硬化タイプの紫外線硬化型エポキシ樹脂接着剤中に微小粒子が分散されており、この接着剤で構成される層が上記気密空間を形成するためのスペーサとしても作用する」ことを限定した発明である。
そして、前記(1)で既述したように、本件発明1は、甲第1号証ないし甲第6号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないので、同様の理由により、本件発明2も、甲第1号証ないし甲第6号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明3について
1.対比
本件発明3と甲第1号証記載の発明とを対比すると、甲第3号証記載の発明における「空間」、「不活性な気体」、及び「空間内に不活性な気体が満たされている」は、本件発明1における「気密空間」、「不活性ガス」、及び「気密空間内に実質的に不活性ガスのみが充填されている」に、それぞれ相当する。
そして、甲第1号証記載の発明の一対の基板とスペーサーは気密空間を形成するものであるから、一方の基板に対して、他方の基板とスペーサーとがシールド部材として機能すると言える。
以上から、本件発明3と甲第1号証記載の発明は、
「有機エレクトロルミネッセンス積層構造体部分が、その基板とシールド部材とによって形成された気密空間内に配置され、かつこの気密空間内に実質的に不活性ガスのみが充填されている有機エレクトロルミネッセンス表示装置を得る有機エレクトロルミネッセンス表示装置の製造方法。」である点で一致し、以下の点で相違する。
[相違点1]本件発明3が、作業空間を、前記気密空間に充填する不活性ガスであって水分含有量が100ppm以下の不活性ガス雰囲気とし、この雰囲気内で、基板とシールド部材と貼り合わせることにより、前記気密空間内の不活性ガスを閉じ込めるのに対して、甲第1号証記載の発明にはこのような限定がない点。
[相違点2]接着剤に関して、本件発明3がカチオン硬化タイプの紫外線硬化型エポキシ樹脂接着剤であるのに対して、甲第1号証記載の発明は光硬化型であるとの記載にとどまる点。
[相違点3]本件発明3が、シールド部材に不活性ガス導入用の封入口を必要としないのに対して、甲第1号証記載の発明にはこのような限定がない点。

2.判断
[相違点1]について
甲第1号証記載の発明も気密空間内の水分含有量が100ppm以下の不活性ガスとするものであり、また、不活性ガス雰囲気中で発光素子を密封することは甲第5号証に開示されているように周知の事項であるから、相違点1に係る構成は、当業者が容易に想到し得たものである。

[相違点2]について
前記(1)2.で既述したように、前記(1)2.における相違点3に係る構成は、甲第1号証および甲第4号証記載の発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものではないから、同様の理由により、相違点2に係る構成も、甲第1号証および甲第4号証記載の発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない。

[相違点3]について
甲第1号証記載の発明のシールド部材は一対の基板とスペーサーとにより形成されたものであるから、不活性ガス導入用の封入口のないものであり、相違点3に係る構成は、当業者が容易に想到し得たものである。

そして、相違点2に係る構成により、有機エレクトロルミネッセンス積層構造体部分の有機材料を劣化させないという本件発明3の作用効果を奏するものである。

さらに、甲第2、3、5、6号証のいずれにも、カチオン硬化タイプの紫外線硬化型エポキシ樹脂接着剤についての開示がなく、また、アクリルモノマーが有機エレクトロルミネッセンス積層構造体部分の有機材料を劣化させるという技術思想も開示されていない。

したがって、本件発明3は、甲第1号証ないし甲第6号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)本件発明4について
本件発明4は、本件発明3における接着剤の効果作業について、「前記接着剤の硬化作業を、その硬化が完了するまで前記不活性ガス雰囲気中で行なう」ことを限定した発明である。
そして、前記(3)で既述したように、本件発明3は、甲第1号証ないし甲第6号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないので、同様の理由により、本件発明4も、甲第1号証ないし甲第6号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)本件発明5について
本件発明5は、本件発明3または4の有機エレクトロルミネッセンス表示装置の製造方法について、「前記有機エレクトロルミネッセンス表示装置の各構成部材を前記不活性ガス雰囲気中に配置する前に、真空中で加熱し、残留水分を除去し、この状態を保ったままで前記不活性ガス雰囲気中に搬送し、前記構成部材を、その残留水分が前記不活性ガス雰囲気の水分と平衡状態に達するまで該不活性ガス雰囲気中に放置し、その後前記貼り合わせ作業を行なう」ことを限定した発明である。
そして、前記(3)および(4)で既述したように、本件発明3または4は、甲第1号証ないし甲第6号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないので、同様の理由により、本件発明5も、甲第1号証ないし甲第6号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(6)被請求人の主張について

被請求人は、請求人の甲第4号証の図1に基づく新たな主張に対して、請求理由の要旨の変更である旨主張する。
これについて、平成17年10月18日付け審判請求書において各甲号証における摘記した事項が主要事実として用いられているので、請求人の前記主張は主要事実の差し替えや追加等に該当しない(特許庁編、「平成15年改正法における無効審判等の運用指針」、発明協会、平成15年12月26日、第49頁第26行?第28行を参照。)。
したがって、被請求人の前記主張は採用することができない。

第7 結び

以上、詳述したように、本件請求項1ないし5に係る発明の特許は、請求人の主張及び証拠方法によっては無効とすることができない。

審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により請求人の負担とする。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2006-04-05 
結審通知日 2006-04-07 
審決日 2006-04-18 
出願番号 特願平9-48427
審決分類 P 1 113・ 121- Y (H05B)
最終処分 不成立  
特許庁審判長 末政 清滋
特許庁審判官 秋月 美紀子
井口 猶二
登録日 2002-03-15 
登録番号 特許第3288242号(P3288242)
発明の名称 有機エレクトロルミネッセンス表示装置およびその製造方法  
代理人 松山 隆夫  
代理人 寺崎 史朗  
代理人 青木 博昭  
代理人 鳥居 洋  
復代理人 城戸 博兒  
代理人 長谷川 芳樹  
復代理人 沖田 英樹  

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