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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G11B 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G11B |
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管理番号 | 1159341 |
審判番号 | 不服2004-3164 |
総通号数 | 92 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2007-08-31 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2004-02-18 |
確定日 | 2007-06-11 |
事件の表示 | 平成10年特許願第185719号「光情報記録媒体」拒絶査定不服審判事件〔平成11年 4月13日出願公開、特開平11-102538〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
1.手続の経緯 本願は、平成10年6月17日(優先権主張 平成9年8月1日)の出願であって、最初の拒絶理由通知に応答して平成14年8月30日付けで手続補正がなされたが、平成16年1月7日付で拒絶査定がなされ、これに対し、平成16年2月18日に拒絶査定不服審判が請求されたが、その後当審において、最後の拒絶理由が通知され、それに応答して平成18年8月9日付けで手続補正がなされたものである。 2.平成18年8月9日付けの手続補正についての補正却下の決定 [補正却下の決定の結論] 平成18年8月9日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。 [理由] (1)補正の概略 本件補正により、特許請求の範囲は、 補正前(平成14年8月30日付け手続補正書参照)の 「【請求項1】 透光性を有する基板と、 この基板上に設けるとともに、レーザー光による記録光を吸収する色素から構成した光吸収物質を含む光吸収層と、 この光吸収層上に設けるとともに、レーザー光を反射する光反射層と、を有し、 前記光吸収層に前記記録光を照射することにより情報を等速記録以上の高速で記録可能な光情報記録媒体であって、 前記光吸収層の前記記録光の波長における吸光度をA(Abs)としたときに、 0.13≦A≦0.21、であるとともに、 前記記録光の波長における、前記光吸収層の膜の複素屈折率の虚数部をk、該光吸収層の平均膜厚をdav(nm)としたときに、 6.0≦k・dav≦12.0、 であり、さらに、 前記記録光の波長における、前記光吸収層の膜の複素屈折率の虚数部kが、 0.1≦k≦2.0 となる長波長吸収剤を前記光吸収層に添加するとともに、 前記光吸収層の平均膜厚davが、 40nm≦dav≦85nm であることを特徴とする光情報記録媒体。 【請求項2】 前記光吸収物質は、図2に示した構造式を有するベンゾ系シアニン色素を80Mol%以上含むことを特徴とする請求項1記載の光情報記録媒体。」から、 補正後の 「【請求項1】 透光性を有する基板と、 この基板上に設けるとともに、レーザー光による記録光を吸収する色素から構成した光吸収物質を含む光吸収層と、 この光吸収層上に設けるとともに、レーザー光を反射する光反射層と、を有し、 前記光吸収層に前記記録光を照射することにより情報を等速記録以上の高速で記録可能な光情報記録媒体であって、 前記光吸収層の前記記録光の波長における吸光度をA(Abs)としたときに、 0.13≦A≦0.21、であるとともに、 前記記録光の波長における、前記光吸収層の膜の複素屈折率の虚数部をk、該光吸収層の平均膜厚をdav(nm)としたときに、 6.0≦k・dav≦12.0、 であり、さらに、 前記記録光の波長における、前記光吸収層の膜の複素屈折率の虚数部kが、 0.1≦k≦0.3となる、前記色素より長波長側に吸収ピークを有する長波長吸収剤を前記光吸収層に添加するとともに、 前記光吸収層の平均膜厚davが、 40nm≦dav≦85nm であることを特徴とする光情報記録媒体。 【請求項2】 前記光吸収物質は、下記構造式(化1)を有するベンゾ系シアニン色素を80Mol%以上含むことを特徴とする請求項1記載の光情報記録媒体。 【化1】・・・省略・・・」 と補正された。 上記補正前後の構成を対比すると、上記補正は、(a)請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「虚数部k」に関し、「0.1≦k≦2.0」を「0.1≦k≦0.3」と限定するものであり、(b)同じく「長波長吸収剤」に関し、「、前記色素より長波長側に吸収ピークを有する」との限定を付加するものであり、(c)請求項2に記載した発明を特定するために必要な事項である「色素」に関し、「図2に示した構造式」を「下記構造式(化1)」と訂正し、かつ図2に相当する【化1】を付加するものであるところ、(a)の点ついては数値範囲を狭めているので減縮に相当し、(b)と(c)の点については不明瞭な記載の釈明に相当するものであると認められる。 ところで、本件補正は、最後の拒絶の理由通知に応答してなされたものであるから、特許法第17条の2第1項第2号の『拒絶理由通知を受けた後更に拒絶理由通知を受けた場合において、最後に受けた拒絶理由通知に係る第五十条の規定により指定された期間内にするとき。』になされた補正に相当する。 そして、そのような補正は、特許法第17条の2第4項各号に規定する事項を目的にするものに限られているところ、同条第4項第2号の特許請求の範囲の減縮は、同条第5項において準用する同法第126条第5項の規定により、補正後の発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであることが必要である。 そこで、本件補正後の前記請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。 (2)引用例 当審での最後の拒絶の理由に引用された、本願優先権主張日前に頒布された刊行物である特開平7-47769号公報(以下、「引用例1」という。)には、図面とともに次のように記載されている。なお、下線は、便宜的に当審が付与した。 (1-i)「【0001】 【産業上の利用分野】本発明は、記録層への情報の記録・再生をレーザ光により行うヒートモードタイプの光記録媒体に関する。 【0002】 【従来の技術】追記型コンパクトディスク等のヒートモード光記録媒体の一例においては、透明性基板上に、記録層、反射層、保護膜が順次積層されて構成される。 【0003】ここに、光記録媒体を構成する記録層には、有機色素材料が含有されており、斯かる有機色素材料の中でも、インドリル環を有するシアニン色素は、成膜性が良好で、比較的高い反射率および高いC/N比が得られることから、従来より各種のシアニン色素化合物が好適に用いられている。 【0004】しかしながら、シアニン色素化合物は、耐光性が低く、光によって劣化しやすいという欠点を有している。このため、光記録媒体の記録層として用いる場合には、光安定剤を共存させることによってその耐光性を改良する必要がある。 【0005】色素化合物の耐光性を改良するための好適な手段として、例えば特開昭59-55794号公報において、ジチオールニッケル化合物等の有機金属錯体化合物を光安定剤として共存させる技術が知られている。 【0006】 【発明が解決しようとする課題】しかしながら、ジチオールニッケル化合物等、従来公知の有機金属錯体化合物は、シアニン色素化合物の耐光性を改良することには効果的であるものの、可視領域から近赤外領域(情報の記録・再生のためのレーザ光の波長領域)の光に対する吸収性が比較的大きいものである。そして、このような光吸収特性を有する化合物が光記録媒体の記録層に含有されている場合には、レーザ光における当該記録層の消衰係数k(複素屈折率の虚部)が過大となって反射率の低下を招き、この結果、反射光を利用する記録情報の再生を良好に行うことができない。 【0007】一方、レーザ光の波長領域における光吸収性が小さい有機金属錯体化合物では色素化合物の耐光性を十分に改良することはできない。 【0008】このように、可視領域における光の吸収性が小さいものであって、色素化合物の耐光性を十分に改良できる有機金属錯体化合物は知られておらず、シアニン色素本来の反射特性を損なうことなく、優れた耐光性を有する光記録媒体の提供が望まれていた。 【0009】本発明は以上のような事情に基づいてなされたものであって、本発明の目的は、<1> 有機金属錯体化合物が共存されていることによる耐光性の向上が十分に図れるとともに、<2> 波長領域700?900nmのレーザ光において、シアニン色素本来の高い反射率が維持されて、記録情報の良好な再生を行うことのできる光記録媒体を提供することにある。」(段落【0001】?【0009】参照;<1>や<2>は、○付き数字を意味するものとする。以下同様。)、 (1-ii)「【0010】 【課題を解決するための手段】本発明の光記録媒体は、基板上に形成された記録層を有する光記録媒体であって、前記記録層に、下記一般式(1)で示される少なくとも1種のシアニン色素化合物と、下記一般式(2)で示される少なくとも1種の有機金属錯体化合物とが含有されていることを特徴とする。 【0011】 【化3】 ・・・略・・・ 【0012】 ・・・略・・・」(段落【0010】?【0012】参照)、 (1-iii)「【0033】本発明の光記録媒体を構成する記録層は、<1> 特定のシアニン色素化合物および特定の有機金属錯体化合物が混合含有され、あるいは、<2> 特定のシアニン色素カチオンと、特定の有機金属錯体化合物のアニオンとのイオン結合体が含有されているので、レーザ光の波長領域における消衰係数kが光記録媒体の記録層として好ましいものとなり、記録のために好適な光吸収性と再生のために好適な反射率とを兼ね備えたものとなる。 【0034】ここに、レーザ光の波長領域における記録層の消衰係数kとしては0.01?0.25であることが好ましく、更に好ましくは0.02?0.20とされ、特に好ましくは0.03?0.15とされる。消衰係数kが過大である場合には、反射率の低下を招き、反射光による再生を十分良好に行うことができない。また、消衰係数kが過小である場合には、通常の記録パワーによって記録を行うことが困難となる。」(段落【0033】?【0034】参照)、 (1-iv)「【0036】なお、本発明の光記録媒体を構成する記録層には、他の種類の色素化合物、各種樹脂、界面活性剤、帯電防止剤、分散剤、酸化防止剤、架橋剤などが含まれていてもよい。」(段落【0036】参照)、 (1-v)「【0037】記録層は、基板の一面上に形成されていてもよく、基板の両面上に形成されていてもよい。また、記録層の厚さとしては、通常500?2000Åとされる。基板上に記録層を形成するための方法としては特に限定されるものではなく、例えばスピンコーティング法、浸漬コーティング法、スプレーコーティング法、ブレードコーティング法、ローラーコーティング法、ビードコーティング法、マイヤーコーティング法、カーテンコーティング法など各種の方法を適用することができる。また、記録層の形成にあたって用いる溶媒としては、例えばシクロヘキサノン等のケトン系溶媒、酢酸ブチル等のエステル系溶媒、エチルセルソルブ等のエーテル系溶媒、アルコール系溶媒、トルエン等の芳香族系溶媒、ハロゲン化アルキル系溶媒などを挙げることができる。」(段落【0037】参照)、 (1-vi)「【0038】記録層上には反射層が形成されていてもよい。反射層としては、例えばAu、Al-Mg合金、Al-Ni合金、Ag、Pt、CuおよびCu-Ag合金等の反射率の高い金属を用い、蒸着、スパッタ等の手段によって形成することができる。反射層の厚さは500Å以上であることが好ましい。」(段落【0038】参照)、 (1-vii)「【0047】上記の実施例によって得られる光記録媒体の耐光性および光吸収特性を評価するために、以下のようにして評価用試料を作製した。 【0048】〔実験例1-1〕実施例1-1の(1) と同様にして上記化6のに示す有機金属錯体化合物を得た。次いで、上記化5のに示すシアニン色素化合物1.7部と、得られた上記化6のに示す有機金属錯体化合物0.3部とをシクロヘキサノン98部に溶解し、記録層形成用塗布液を調製した。この記録層形成用塗布液を、スピンコーティング法によりガラス基板(厚さ1.1mm、直径80mm)上に塗布し、乾燥することにより当該ガラス基板上に厚さ700Åの記録層を形成した。 【0049】〔実験例1-2〕有機金属錯体化合物として、上記化6のに示す有機金属錯体化合物0.3部を用いたこと以外は実験例1-1と同様にしてガラス基板上に厚さ700Åの記録層を形成した。 【0050】〔実験例1-3〕有機金属錯体化合物として、上記化6のに示す有機金属錯体化合物0.3部を用いたこと以外は実験例1-1と同様にしてガラス基板上に厚さ700Åの記録層を形成した。」(段落【0047】?【0050】参照)、 (1-viii)「【0061】(2)光吸収特性 実験例1-2、実験例1-3、実験例2-1および比較例2における各試料について、分光光度計「日立U-3400」を用いて透過スペクトルを測定した。結果を図1?図4に示す。 【0062】図4に示すように、比較例2の試料においては、波長900nm付近に光吸収ピークが認められ、レーザ光の波長領域(760?820nm)における吸収が過大になって反射率の低下を招く。これに対し、図1?図3に示すように、実験例の試料ではそのような光吸収ピークがないため、レーザ光の波長領域における反射率は低下せず、かつ記録に必要な吸収は維持していることが理解される。」(段落【0061】?【0062】参照)。 (1-ix)図1において、レーザー光の波長領域760?820nmの中間値である790nmでの透過率が70%程度であると認められる。 (3)対比、判断 引用例1には、上記摘示の記載からみて、次の発明(以下、「引用例1発明」という。)が記載されていると認める。 「透明性基板上に、記録層、反射層、保護膜が順次積層されて構成され、 記録層には、有機色素材料(シアニン色素など)が含有され、 レーザ光の波長領域における記録層の消衰係数k(複素屈折率の虚部)としては0.03?0.15とされ、 記録層の厚さとしては、500?2000Åとされ、 記録のために好適な光吸収性と再生のために好適な反射率とを兼ね備えたものとされ、 波長領域700?900nmのレーザ光において、高い反射率が維持されて、記録情報の良好な再生を行うことのできる、 光記録媒体。」 そこで、本願補正発明と引用例1発明を対比する。 (a)引用例1発明の「光記録媒体」は、本願補正発明の「光情報記録媒体」に相当する。 (b)引用例1発明の「透明性基板上に、記録層、反射層、保護膜が順次積層されて構成され、」「記録層には、有機色素材料(シアニン色素など)が含有され」は、 該有機色素材料が、「記録のために好適な光吸収性」を有することに鑑み、「レーザー光による記録光を吸収する色素から構成した光吸収物質」であると認められ、また、そのような有機色素材料を含む記録層が「光吸収層」に他ならないから、 本願補正発明の「透光性を有する基板と、」「この基板上に設けるとともに、レーザー光による記録光を吸収する色素から構成した光吸収物質を含む光吸収層と、」「この光吸収層上に設けるとともに、レーザー光を反射する光反射層と、」「を有し」に相当する。 (c)引用例1発明の「記録のために好適な光吸収性」は、 本願補正発明の「前記光吸収層に前記記録光を照射することにより情報を」「記録可能な」に相当する。 (d)引用例1発明の「レーザ光の波長領域における記録層の消衰係数k(複素屈折率の虚部)としては0.03?0.15とされ」は、 該「消衰係数k(複素屈折率の虚部)」が「複素屈折率の虚数部のk」と同義(単に表現が異なるのみ)であり、該「記録層の消衰係数k」が本願補正発明の「光吸収層の膜の複素屈折率の虚数部をk」に他ならないから、 本願補正発明の「前記記録光の波長における、前記光吸収層の膜の複素屈折率の虚数部をk」としたときに、「前記記録光の波長における、前記光吸収層の膜の複素屈折率の虚数部kが、0.1≦k≦0.3」に対応し、kが0.1?0.15の範囲で一致する。 (e)引用例1発明の「記録層の厚さとしては、500?2000Åとされ」は、 該「記録層の厚さ」が光吸収層の平均厚さと本質的な相違があるとは認められないこと、及び、引用例1発明では、700Å(即ち70nm)の厚さの記録層を形成して耐光性や透過率を評価していること(摘示(1-vii)参照)を勘案すると、 本願補正発明の「該光吸収層の平均膜厚をdav(nm)としたとき」に「前記光吸収層の平均膜厚davが、40nm≦dav≦85nm」に対応し、平均膜厚が50nm?85nmの範囲で一致する。 してみると、両発明は、次の一致点と相違点を有する。 <一致点> 「透光性を有する基板と、 この基板上に設けるとともに、レーザー光による記録光を吸収する色素から構成した光吸収物質を含む光吸収層と、 この光吸収層上に設けるとともに、レーザー光を反射する光反射層と、を有し、 前記光吸収層に前記記録光を照射することにより情報を記録可能な光情報記録媒体であって、 前記記録光の波長における、前記光吸収層の膜の複素屈折率の虚数部をk、該光吸収層の平均膜厚をdav(nm)としたときに、 前記記録光の波長における、前記光吸収層の膜の複素屈折率の虚数部kが、 0.1≦k≦0.15 であり、 前記光吸収層の平均膜厚davが、 50nm≦dav≦85nm である、 光情報記録媒体。」 <相違点> (A)本願補正発明では、「記録可能」に関し、「等速記録以上の高速で」記録可能と特定しているのに対し、引用例1発明ではそのように表現していない点、 (B)本願補正発明では、「前記光吸収層の前記記録光の波長における吸光度をA(Abs)としたときに、 0.13≦A≦0.21、であり」と特定しているのに対し、引用例1発明ではそのように特定していない点、 (C)本願補正発明では、「6.0≦k・dav≦12.0」と特定しているのに対し、引用例1発明ではそのように特定していない点、 (D)本願補正発明では、「前記色素より長波長側に吸収ピークを有する長波長吸収剤を前記光吸収層に添加する」と特定しているのに対し、引用例1発明ではそのように特定していない点。 そこで、これらの相違点について検討する。 (A)の点について 本願補正発明では、「等速」とは何か明確な定義はない。 本願明細書の実施例2における「線速度4.8m/sで4倍速記録」との記載からみると、1.2m/sが等速と一応解される。そして、1.2m/sはCD(コンパクトディスク)規格の線速度1.2?1.4m/sと推測されるところ、本願明細書にはCDとの互換性についての言及があり(段落【0003】参照)、「「Itop」は、CDの再生信号における最大反射光量」(段落【0041】の実施例1参照)との記載などからみても、前記1.2m/sが等速との解釈が妥当である可能性が大きい。 しかしながら、実施例5を検討すると、幅0.4μmピッチ0.8μmのスパイラル状のプリグルーブを形成した基板を使用し、635nmのレーザーを用いている点でCD規格準拠とは到底解し難いものであるばかりか、本願補正発明ではCD規格準拠であることが特定されているわけでもないし、「等速」が格別に定義されているわけではない。 そうすると、「等速記録以上の高速で」とは対比する対象(基準)が不明な(判断すべき速度が定まらない)無意味な限定であるということもできるが、一応前記の様にCD規格準拠の「等速」と解して以下検討を進める。 本願補正発明の「等速記録以上の高速で」とは、文言上、等速で記録できれば足りるものと解され、加えて、実施例とされている実施例1、実施例3、実施例4では1.2m/sの速度の等速で記録することも説明されているから、等速を除き等速を超える高速の意味に限定して解する必要はなく、発明の詳細な説明の記載からみても、等速で記録できれば足りとの解釈に矛盾はない。 一方、引用例1発明では、記録可能な速度について言及されていないけれども、常識的に言って少なくとも等速(いわゆるCD-Rの色素記録層を有する記録媒体がCD互換を目途としていたことが知られている)で記録できると解するべきである。 したがって、(A)の点は、実質的な相違点ではない。 なお、仮に、本願補正発明が等速を超える高速である場合を含むとしても、例えば1.05倍速や1.1倍速でも等速を超える高速であって、記録に際しその程度の差異により、記録可能な記録媒体の構成として実質的な差異が必要とすべき理由もない。 (B)の点について 引用例1の700Å(即ち70nm)の膜厚で記録層を形成した試料の透過スペクトル測定データである図1を検討すると、レーザ光の波長領域760?820nm(記録光の波長と認めらる)の中間値の790nmにおける透過率が、70%程度と見積もることができる(摘示(1-vii)?(1-ix)参照)。 ここに、透過率とはI/I0(I0の入射光強度が、記録層によってIの透過光強度となる場合)であって、吸光度AとはA=log10(I0/I)を一般に意味するから、透過率70%程度であることは、吸光度Aが0.155[=log10(100/70)]程度であることを意味する。なお、このような算出に対して、意見書において請求人は、「本発明の内容と重複する範囲があるとしても」とするだけで、格別に反論をしていない。 そうであるから、引用例1発明において、前記吸光度A=0.155が多少前後しても、吸光度Aとして0.13≦A≦0.21程度の範囲は適宜採用されるものと言うほかない。 しかも、色素記録層(光吸収層)を用いる光記録媒体において、光吸収層の吸光度Aを0.2程度や、0.1?0.3程度にすることは適宜行われていることに過ぎない[例えば、特開平3-30988号公報(第7頁左上欄の実施例1の「吸光度は0.20」など参照)、特開平3-51183号公報(第9頁左上欄の実施例1の「吸光度は0.20」など参照)、特開平3-32885号公報(第4頁右上欄の「0.1?0.3の吸光度」、第8頁左下欄の「吸光度は0.20」など参照)]ことから、0.13≦A≦0.21程度の範囲を吸光度の目安とすることに格別の困難性はなく、むしろ適宜であるという他ないのである。 (C)の点について 引用例1において、「k・dav」は言及されていないけれども、透過率の測定に際しても採用されている膜厚70nmをdavとして採用し、kとして0.03?0.15を採用すると、k・davは2.1?10.5程度と算出でき、本願補正発明で特定する「6.0≦k・dav≦12.0」とは、6.0?10.5の範囲で一致している。 しかも、引用例1には、「消衰係数kが過大である場合には、反射率の低下を招き、反射光による再生を十分良好に行うことができない。また、消衰係数kが過小である場合には、通常の記録パワーによって記録を行うことが困難となる。」(摘示(1-iii)参照)とされているのであり、かかる説明は本願明細書の段落【0008】に記載された「前記光吸収層の膜の複素屈折率の虚数部をk、該光吸収層の平均膜厚をdavとしたときに、記録しようとする波長でkおよびdavが大きいと、反射率を十分に得ることができない。逆に、kおよびdavが小さいと反射率は十分に得ることができるが、記録感度が低下し、記録レーザーを最大パワーにしても、十分な記録を行うことができないという問題がある。」との課題と軌を一にするものと言え、また、光吸収層の膜厚が厚いほど記録パワーが必要とされることは自ずと明らかであるから、消衰係数に加え、光吸収層の膜厚も加味して反射率と記録パワーのバランスを採れるように検討し、設定することは当然のことであり、少なくとも当業者であれば容易に想い到ることであるから、そのための最適な範囲を規定することに格別の創意工夫が必要であったとは認められない。 なお、光吸収層の膜厚を50nm程度から採用し得ることは、引用例1発明の他、特開平3-281288号公報(第8頁右下欄など参照;500?2500Å)、特開平3-30988号公報(第3頁左下欄など参照;30?200nm)、特開平8-77598号公報(請求項1など参照;0.05?0.8μm)なども参照。そして、膜厚を薄くすると必然的に光吸収量が減少するから、その減少を担保するために光吸収層自体の光吸収量即ちk・davを必要な程度に維持することは当然のことである。結局のところ、k・davも前記吸光度Aも、薄い膜厚を採用する際に当然に配慮し検討設定すべき因子に過ぎないというべきである。 (D)の点について 本願明細書を検討しても、「長波長吸収剤」の用語は、説明もなく「長波長吸収剤」と記載されている段落【0024】と、「図3は波長に対する光吸収層3の吸光度Aのグラフであって、図示のように、一般的には波長の増加にともない吸光度は低下するが、記録光L1の波長におけるkが、0.1≦k≦2.0となるような長波長吸収剤を添加することにより吸光度を増加させることが可能であり(図中点線)、両者の合成による吸光度を調整し、記録光L1の波長全域において、k、dav、A(Abs)を上述の範囲内にすることができる。こうした添加材料としては、たとえば、・・・、もしくは図5に示すような、メチン鎖炭素数5のポリメチン色素、・・・などを用いることができる。」と記載されている段落【0036】の2箇所に見い出せるだけである。 該段落【0036】の記載は、「長波長吸収剤」の役割が単にkないし吸光度の増加にあるだけで、それ以上の技術的意義は示されていない。しかも、「色素より長波長側に吸収ピークを有する」のだから、その剤の添加によって長波長側における虚数部kないし吸光度Aの増加があるのは当然のことであり、その程度のことは当業者が容易に想い到る程度のことといって過言ではなく、むしろ自明であるという他ない。 一方、実施例にも「長波長吸収剤」の用語は見あたらないが、唯一実施例2において「図5に示したポリメチン色素」の配合が示されているので、前記段落【0036】の例示を勘案すると、該実施例2が長波長吸収剤添加の唯一の例と認められる(なお、他の実施例1,3?5,比較例1は、すべからく長波長吸収剤の添加が無い点で本願補正発明の実施例ではないことになる。)。 しかしながら、実施例2の図5に示したポリメチン色素を添加する前の状態と認められる実施例1においても記録層の虚数部kは0.1、吸光度Aは0.20であって、実施例2における図5のポリメチン色素の添加の有無にかかわらず、本願補正発明の他の条件は達成されているのであるから、単に虚数部kないし吸光度Aの増加があるだけで、それ以上の技術的意義は不明であるというしかない。 これに対し、当審での意見書(平成18年8月9日付け)において、請求人は、『本発明の実施例2では、4倍速での記録を行うにあたって、ポリメチン色素などの長波長吸収剤を添加することにより適正な記録が可能となることが判明した。すなわち、実施例1などにおける等速記録において長波長吸収剤が添加されていないことをもって、長波長吸収剤の添加を無意味と判断することはできないと考えます。』と主張する。 しかしながら、4倍速での記録を行なうにあたって、長波長吸収剤を添加してはじめて適正な記録が可能になったと理解すべき根拠はなにも示されていないし、前記摘示した本願明細書の技術説明と4倍速での記録可能性とが関連すると解すべき理由は何もないから、前記請求人の主張は失当であり、到底採用できるものではない。 なお、本願補正発明は、そもそも「等速記録以上」即ち等速で記録可能であれば足りるのであるから、4倍速での記録可能性を勘案すべき理由もない。 しかも、従来技術において、光吸収色素と異なる波長に最大吸収ピークを有する材料(色素など)を混合乃至添加することは適宜行われていて、その混合乃至添加する色素の最大ピークが光吸収色素の最大吸収ピークの波長よりも長波長側にあるものも知られている[例えば、特開昭59-78341号公報(特許請求の範囲など)、特開平3-32885号公報(特許請求の範囲、第2頁左下欄?第3頁右上欄など参照;第3頁の色素Iと色素IIはそれぞれ本願明細書の図2と図4の物質に相当することにも留意)、特開平2-2066号公報(第4頁右上欄など)、特開平3-281288号公報(第3頁の色素Aと色素Bの混合比など)参照]のであるから、そのような長波長側に吸収スペクトルを有する材料を更に添加することは当業者が適宜乃至容易になし得ることというべきである。 ちなみに、引用例1発明でも、他の種類の色素や各種添加剤などを記録層に含んでもよい旨が明示されている(例えば段落【0036】など参照)。 よって、(D)の点の「前記色素より長波長側に吸収ピークを有する長波長吸収剤を前記光吸収層に添加する」ことは、当業者が適宜乃至容易になし得ることという他なく、それによって格別予想外の作用効果を奏しているとも認められない。 以上のとおりであり、また、(A)?(D)の点を総合的に勘案しても、格別の創意工夫が必要であったとは認められないし、格別予想外の作用効果を奏しているとも認められないから、本願補正発明は、引用例1発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。 (4)むすび したがって、本件補正は、特許法第17条の2第5項で準用する同法第126条第5項の規定に違反するものであるから、特許法第159条第1項で準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。 3.本願発明について 平成18年8月9日付けの手続補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1,2に係る発明は、平成14年8月30日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1,2に記載された事項により特定されるとおりのものと認められるところ、そのうち請求項1に係る発明(以下、同項記載の発明を「本願発明」という。)は、前記2.(1)の補正前の【請求項1】に記載したとおりである。 (1)引用例 当審の最後の拒絶の理由に引用された引用例、およびその記載事項は、前記「2.(2)」に記載したとおりである。 (2)対比、判断 本願発明は、前記「2.」で検討した本願補正発明から「虚数部k」の限定事項である「0.1≦k≦0.3」」との構成を、「0.1≦k≦2.0」と数値範囲を拡大したものであり、また、「長波長吸収剤」に関する「、前記色素より長波長側に吸収ピークを有する」との限定を削除したものである。 そうすると、本願補正発明の構成要件を全て含み、さらに他の構成要件を付加したものに相当する本願補正発明が、前記「2.(3)」に記載したとおり、引用例1発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により、引用例1発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 (3)むすび 以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 それ故、他の請求項について論及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2007-03-23 |
結審通知日 | 2007-04-03 |
審決日 | 2007-04-17 |
出願番号 | 特願平10-185719 |
審決分類 |
P
1
8・
575-
WZ
(G11B)
P 1 8・ 121- WZ (G11B) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 蔵野 雅昭 |
特許庁審判長 |
山田 洋一 |
特許庁審判官 |
川上 美秀 小林 秀美 |
発明の名称 | 光情報記録媒体 |
代理人 | 池澤 寛 |