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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H01M
審判 査定不服 特36 条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H01M
管理番号 1163352
審判番号 不服2004-18558  
総通号数 94 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2007-10-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2004-09-09 
確定日 2007-08-22 
事件の表示 平成5年特許願第67647号「固体高分子電解質型燃料電池」拒絶査定不服審判事件〔平成6年9月16日出願公開、特開平6-260185〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成5年3月3日の出願であって、平成16年8月5日付けで拒絶査定がされ、同年9月9日付けで拒絶査定に対する審判請求がされ、同年10月5日に手続補正がされ、その後、当審において、平成18年2月20日付けで拒絶理由が通知され、同年4月24日付けで手続補正書及び意見書が提出され、さらに同年同月26日付けで手続補足書によって参考文献1?5、実験成績証明書及び実験成績証明書2が提出されたものである。

第2 本願発明
本願発明は、平成18年4月24日付けの手続補正によって補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)は、以下に示したとおりのものである。

「スルホン酸基を有するパーフルオロカーボン重合体からなる陽イオン交換膜を固体高分子電解質とする燃料電池において、上記陽イオン交換膜の表面に密着されるガス拡散電極中に、イオン交換容量が1.1?1.6ミリ当量/g乾燥樹脂でありスルホン酸基を有するパーフルオロカーボン重合体が分散し含有されることを特徴とする固体高分子電解質型燃料電池。」

第3 当審の拒絶理由の概要
当審において通知した拒絶理由は、要するに、次の1及び2である。

1 この出願の請求項1?5に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において頒布された下記Aの刊行物1?3に記載された発明に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。(以下、「理由1」という。)

刊行物1:特開平5-36418号公報
刊行物2:特表昭62-500759号公報
刊行物3:特開昭61-67786号公報

2 本件出願は、明細書及び図面の記載が次の点で不備のため、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。(以下、「理由2」という。)
・本願発明1は、スルホン酸基を有するパーフルオロカーボン重合体のイオン交換容量が、「1.1?1.6ミリ当量/g乾燥樹脂」であることを規定しているが、本件明細書の発明の詳細な説明には、その数値範囲を選択することによる作用効果が充分に開示されているとはいえず、発明の詳細な説明は、その発明の目的、構成、効果が対応して記載されているとはいえない。

第4 理由1(進歩性)について
1 刊行物の主な記載事項
当審の拒絶理由において引用された刊行物1?3の主な記載事項は、次のとおりである。

(1)刊行物1:特開平5-36418号公報
(1a)「【請求項1】固体高分子電解質膜と電極とを有し、固体高分子電解質膜は含水してプロトン導電体となり、電極は、カーボン担体に貴金属の担持された触媒粒子と、前記触媒粒子表面に形成される固体高分子電解質被膜と前記触媒粒子を結着させるフッ素樹脂とからなり、前記固体高分子電解質膜の二つの主面に配置されるものであることを特徴とする固体高分子電解質型燃料電池。
【請求項2】請求項1記載の燃料電池において、固体高分子電解質膜はパーフロロカーボンスルホン酸膜であることを特徴とする固体高分子電解質型燃料電池。
・・・
【請求項4】第一の工程と,第二の工程と,第三の工程とを有し、第一の工程は、カーボン触媒担体に貴金属の担持された触媒粒子と液状高分子電解質とを混合して触媒粒子表面を、高分子電解質で被覆し、第二の工程は、第一の工程に引続き、フッ素樹脂を混合したあと成膜, 乾燥して膜状の電極を形成し、第三の工程は、前記電極を固体高分子電解質膜の主面に配置する工程であることを特徴とする固体高分子電解質型燃料電池の製造方法。」(特許請求項の範囲)
(1b)「【産業上の利用分野】この発明は固体高分子電解質型燃料電池の電極に係り、特に反応サイトの大きな電極およびその製法に関する。」(段落【0001】)
(1c)「固体高分子電解質膜は分子中にプロトン(水素イオン)交換基を有し、飽和に含水させることにより常温で20Ω・cm以下の比抵抗を示し、プロトン導電性電解質として機能する。飽和含水量は温度によって可逆的に変化する。アノードまたはカソードの電極においては反応サイトが形成され電気化学反応がおこる。アノードでは次式の反応がおこる。
H2 →2H+ +2e (1)
カソードでは次式の反応がおこる。
1/2 O2 +2H+ +2e→H2O (2)
つまり、アノードにおいては、系の外部より供給された水素がプロトンと電子を生成する。生成したプロトンはイオン交換膜中をカソードに向かって移動し、電子は外部回路を通ってカソードに移動する。一方、カソードにおいては、系の外部より供給された酸素と、イオン交換膜中をアノードより移動してきたプロトンと、外部回路より移動してきた電子が反応し、水を生成する。
図4は従来の固体高分子電解質型燃料電池の電極を示す断面図である。カーボン触媒担体上に白金の担持された触媒粒子2と、触媒粒子表面上の固体高分子電解質被膜3Bと、ポリテトラフロロエチレン4とから電極10Bが構成される。
電極10Bではポリテトラフロロエチレン4の撥水作用により細孔5の内部を反応ガスが拡散し反応サイトに到達する。反応サイトは含水状態の固体高分子電解質被膜3Bと触媒粒子2との界面であり、反応ガスは固体孔分子電解質被膜3B中を界面に向かって溶解拡散する。反応サイトにおいて前記反応式(1),(2)の反応がおこる。」(段落【0004】?【0006】)
(1d)「【発明が解決しようとする課題】しかしながら上述のような製造方法で得られた固体高分子電解質型燃料電池においては、反応サイトは電極表面からわずか10μm の深さの範囲に存在するに過ぎず電極中の触媒粒子はその大半が有効に働かず電流電圧特性は良好なものとは言い難い状況にあった。
この発明は上述の点に鑑みてなされ、その目的は電極中の触媒粒子を厚さ方向全体にわたり有効に活用するようにして、特性に優れる固体高分子電解質型燃料電池およびその製造方法を提供することにある。」(段落【0008】、【0009】)
(1e)「固体高分子電解質被膜と、固体高分子電解質膜(メンブラン)とは化学的安定性,導電性,機械的強度が良好であるかぎり、同一物質であると否とを問わない。」(段落【0010】)
(1f)「【作用】電極内の触媒粒子の全てを高分子電解質で被覆することにより反応サイトを増大させることができる。触媒粒子と液状高分子電解質とを混合したあと成膜して電極を形成するので触媒粒子は全て高分子電解質により被覆される。」(段落【0011】)
(1g)「実施例1
アセチレンブラックに10重量%の白金を担持した触媒粒子10gに脱イオン水約3mlを添加し、触媒を水で湿潤させる。このあとアルドリッチ社製のナフィオン(米国デュポン社の商品名)117の5重量%溶液12gを混合し、十分に混練する。できあがったペーストを液体窒素の中に入れ凍結した後に真空乾燥器に入れ約24時間凍結乾燥する。乾燥の後に、粉砕し、所定の大きさに分級する。得られた粉末を脱イオン水約5mlでぬらした後に、三井デュポンフロロケミカル社製のファインパウダ(粒子径約0.3μm の粉末状ポリテトラフロロエチレン)約5gを添加し、さらにイソプロピルアルコール約5mlを添加し十分に混練し、シート状に150μm 厚に成型する。出来上がったシートを乾燥して電極を得た。電極は固体高分子電解質膜に接合される。
図1はこの発明の実施例に係る電極10Aを示す模式断面図である。触媒粒子2は全て固体高分子電解質被膜3Aで被覆される。」(段落【0012】、【0013】)
(1h)「触媒粒子の表面は全て固体高分子電解質被膜で被覆されることとなり、その結果電極の反応サイトが増大して電流電圧特性に優れる固体高分子電解質型燃料電池が得られる。」(段落【0019】)

(2)刊行物2:特表昭62-500759号公報
(2a)「当業界の現状では、・・・DuPont製ペルフルオロスルホン酸ポリマーフィルムが、当量数が約1100?1200のフィルムとして用いられる。」(第3頁右下欄第17?19行)
(2b)「本発明に用いるのに好適なポリマーは、プロトン化した形、すなわち-SO3Hの形でのスルホン酸プロトン交換基を含む。・・・<中略>・・・本発明のポリマーフィルムは約1000未満の当量数を有する。低温(約100℃未満の)の燃料電池では、低い当量数(約600?約800)のポリマーフィルムが好ましいと思われる。しかしながら、高温の作動温度では、より高い当量数(約800?約1000)のポリマーが好ましい。一般的には、当量数が低くなればなるほど、イオン伝導度が良くなるということができる。しかしながら、当量数が減少すればフィルム特性が低下するのでこれら2者の間に妥協点を設定しなければならない。例えば、当量数が約500以下のポリマーはフィルム特性が不良となりがちであり、それらは通常は本発明には用いられない。ポリマーの当量数は出来るかぎり低くして、固体ポリマー電解質装置における抵抗動力損失を軽減すべきであるが、本発明の有利な物性は好ましく維持しなければならない。」(第5頁左上欄第18行?同頁右上欄第17行)
(2c)「本発明に用いるのに最も好適なポリマーには、少なくとも2個のモノマーであって、一つは第一のモノマーの群から選択され、第二のものは第二のモノマーの群から選択されるものを有するポリマーがある。・・・第一のモノマーはテトラフルオロエチレン・・・から成っている。
第二のモノマーは、一般式
Y-(CF2)a-(CFRr)b-(CFR'r)c-O-[CF(CF2X)-CF2-O]n-CF=CF2(式中、Yは-SO2Hであり、
aは0?6であり、
bは0?6であり、
cは0または1であり、但しa+b+cは0に等しくはならず、
Xはn>lのとき・・・F・・・であり、
nは0?6であり、
Rr,およびR'rは独立にF・・・から選択される)によって表される化合物から選択される1種以上のモノマーから成る。」(第5頁左下欄末行?第6頁左上欄第4行)

(3)刊行物3:特開昭61-67786号公報
(3a)「本発明は、燃料電池・・・に用いられるイオン交換樹脂膜-電極接合体の製造法に関するものである。」(第1頁左欄末行?同頁右欄第5行)
(3b)「電気化学反応は、電極と電解質との界面で起り、その電気化学セルの電流-電圧特性は、電極と電解質との接触面積に大きく影響される。・・・この問題を改善する方法のひとつに、例えば特公昭45-14220号に記載されているように、固体電解質としてのイオン交換樹脂膜と電極との間に、電極触媒粉末とイオン交換樹脂粉末と結着剤との混合物層を介在させ、イオン交換樹脂膜と電極との接触面積を増大させる方法がある。」(第2頁左下欄第1?13行)
(3c)「電極触媒粉末とイオン交換樹脂粉末と結着剤との混合物層におけるイオン交換樹脂粉末材料として、スルフォン酸化スチレン-ジビニルベンゼン共重合体が用いられているが、この材料もやはり耐熱性および化学的安定性に難点がある。」(第2頁右下欄第10?15行)

2 刊行物1発明
刊行物1には、「固体高分子電解質型燃料電池の・・・特に反応サイトの大きな電極・・・に関」し(1b)、「固体高分子電解質膜はパーフロロカーボンスルホン酸膜」(1a)であって、「電極中の触媒粒子を厚さ方向全体にわたり有効に活用するように」(1d)、「電極内の触媒粒子の全てを高分子電解質で被覆することにより反応サイトを増大させ」(1f)、その高分子電解質は「ナフィオン(米国デュポン社の商品名)117」(1g)であり、「電極は固体高分子電解質膜に接合される」(1g)ことが記載されている。
刊行物1のこれらの記載から把握される事項を、本願発明1の記載ぶりに則って整理すると、刊行物1には、「パーフロロカーボンスルホン酸を固体高分子電解質膜とする燃料電池において、上記固体高分子電解質膜の表面に密着される電極中に、触媒粒子を被覆する高分子電解質(ナフィオン117)が含有される固体高分子電解質型燃料電池」という発明(以下「刊行物1発明」という。)が記載されているといえる。

3 対比・判断
〔本願発明1について〕
(1)対比
本願発明1と刊行物1発明とを対比すると、刊行物1発明の「パーフロロカーボンスルホン酸」からなる「固体高分子電解質膜」は、「スルホン酸基を有するパーフルオロカーボン重合体からなる陽イオン交換膜」であるといえるし、刊行物1発明の「電極」、「高分子電解質(ナフィオン117)」は、それぞれ本願発明1の「ガス拡散電極」、「スルホン酸基を有するパーフルオロカーボン重合体」に相当し、刊行物1発明の「高分子電解質(ナフィオン117)」は「電極中」に分散しているといえるから、両者は、「スルホン酸基を有するパーフルオロカーボン重合体からなる陽イオン交換膜を固体高分子電解質とする燃料電池において、上記陽イオン交換膜の表面に密着されるガス拡散電極中に、スルホン酸基を有するパーフルオロカーボン重合体が分散し含有される固体高分子電解質型燃料電池」である点で一致し、次の点で相違している。
(2)相違点
本願発明1は、ガス拡散電極中に分散し含有されるスルホン酸基を有するパーフルオロカーボン重合体のイオン交換容量(IEC)が、「1.1?1.6ミリ当量/g乾燥樹脂」であるのに対して、刊行物1発明は、そのような限定がない点(以下、「相違点」という。)
(3)判断
上記相違点について検討する。
ア 燃料電池において、電池反応に関与するプロトン(水素イオン)及び電子の抵抗成分(過電圧)を低減させて高エネルギー効率とすべきことは、周知の課題であり、そのために燃料電池の構成部材(高分子電解質膜、電極等)ごとに材料・構造を工夫して、抵抗成分を低減させることも広く知られている。
イ たとえば、「高分子電解質膜」の抵抗成分を低減するために、プロトン(イオン)伝導性と関係する当量数EW(イオン交換容量IECの逆数の千倍)を最適化することは、刊行物2に記載されている。なお、この点は下記刊行物4、5にも記載されている。
ウ 具体的には、刊行物2によれば、スルホン酸基を有するポリマーは、一般的に、当量数(EW)が低くなればなるほど(イオン交換容量IECが高くなるほど)「イオン伝導度」が良く、ポリマーの当量数(EW)はできるかぎり低くして(イオン交換容量IECはできるだけ高くして)固体ポリマー電解質装置における抵抗動力損失を軽減すべきであるが、当量数(EW)が減少すれば(イオン交換容量IECが増加すれば)「フィルム特性」が低下するので、「イオン伝導度」と「フィルム特性」の2者の間の妥協点を設定しなければならず、高温作動の燃料電池では、従来から用いられているペルフルオロスルホン酸ポリマー(スルホン酸基を有するパーフルオロカーボン重合体)の当量数(EW)約1100?1200(IEC:約0.83?0.91ミリ当量/g乾燥樹脂)よりも低い、約800?約1000(IEC:約1.0?1.25ミリ当量/g乾燥樹脂)の当量数(EW)のスルホン酸基を有するポリマーが好ましく、低温作動の燃料電池では、約600?約800(IEC:約1.25?1.67ミリ当量/g乾燥樹脂)の当量数(EW)のスルホン酸基を有するポリマーが好ましいこと、すなわち、燃料電池の固体高分子電解質膜に用いる「スルホン酸基を有するポリマー」は、イオン交換容量が高い方が望ましいが、「イオン伝導度」と「フィルム特性」の妥協点から、燃料電池の作動温度に応じて「1.0?1.67ミリ当量/g乾燥樹脂」のイオン交換容量のものを選択することが好ましいことが教示されている(2b)。
エ 一方、電極の抵抗成分(過電圧)を、電極の構成部材の材料・構造により低減することも広く知られている。刊行物1発明は、電極内の触媒粒子の全てを高分子電解質で被覆し電極内の反応サイトを増大させ優れた電流電圧特性を得るものあるが(1f)(1h)、燃料電池の抵抗成分(過電圧)はプロトン伝導度と関係するから、さらなる電極内の抵抗成分の低減のためには、生成したプロトンが伝導する高分子電解質の「プロトン伝導性」が高い方がよいことは当然である。
オ そうであれば、刊行物1発明において、電極内の「プロトン伝導」に伴う抵抗成分をさらに低減するために、上記ウのように、従来のナフィオンよりも「イオン伝導性」(すなわち「プロトン導電性」)が高いとされる「イオン交換容量」が大きい「1.0?1.67ミリ当量/g乾燥樹脂」のものを用いること、すなわち、上記相違点に係る本願発明1の構成とすることは、刊行物2の記載及び周知の事項に基づいて当業者であれば容易に想到することができたことと認められる。
カ また、刊行物1には、「触媒粒子を被覆する高分子電解質」を「固体高分子電解質膜(メンブラン)」と同一物質とすること(1e)が開示されているから、刊行物1発明において、刊行物2の上記ウの教示にしたがって、「固体高分子電解質膜」を「1.0?1.67ミリ当量/g乾燥樹脂」のイオン交換容量のものとし、その際に「触媒粒子を被覆する高分子電解質」を「固体高分子電解質膜」と同一物質として、上記相違点に係る本願発明1の構成とすることは、当業者であれば容易に想到することができたことと認められる。
キ そして、上記相違点に係る本願発明1の構成(1.1?1.6ミリ当量/g乾燥樹脂)による効果は、本願明細書又は図面の記載を参酌しても、格別のものとは認めることができない。
ク したがって、刊行物1発明において、上記相違点に係る本願発明1の構成とすることは、刊行物1発明、刊行物2の記載及び周知技術に基づいて、当業者が容易に想到をすることができたものであるといえる。
ケ なお、請求人は、平成18年4月24日付けの意見書において、イオン交換容量の上限「1.6ミリ当量/g乾燥樹脂」の限定根拠は、本件明細書段落【0017】にて引用した「特開平2-88645号公報」(参考文献4)に記載された事項に基づく旨を主張している。しかしながら、参考文献4は「陽イオン交換膜」に関するものであり、請求人のこのような主張は、「触媒粒子を被覆する高分子電解質」として「陽イオン交換膜」のイオン交換容量のものを適用する阻害要因は特段にないことを証するものであるといえる。そうすると、上記オのように、刊行物1発明において、刊行物2の上記ウの教示にしたがって、「高分子電解質膜」として望ましいイオン交換容量のものを「触媒粒子を被覆する高分子電解質」に適用することの阻害要因はないといえるから、刊行物1発明において、上記相違点に係る本願発明1の構成とすることは、当業者であれば容易に想到することができたということができる。
コ また、刊行物1には、「高分子電解質被膜3Bと触媒粒子2との界面」に向かって高分子電解質被膜内を反応ガスが溶解拡散する(1c)ことが記載されているところ、イオン交換容量が「1.11ミリ当量/g乾燥樹脂(EW:900)」よりも高くなると、反応ガスである「水素」の溶解度が高くなることは本願出願前に既に知られていたことである(刊行物5の図5等)から、刊行物1発明において、「触媒粒子を被覆する高分子電解質」として、「水素の溶解度」が高い「1.11ミリ当量/g乾燥樹脂(EW:900)以上」のイオン交換容量のものを用いること、すなわち、上記相違点に係る本願発明1の構成とすることは、刊行物5の記載及び周知の事項に基づいて当業者であれば容易に想到することができたともいえる。

刊行物4:Proc Automot Technol Dev Contract Coord Meet, Vol.1991
p.229-231, Membrane and Electrode Optimization for
Transportation Applications,
GUNSHER J A(Dow Chemical Co.)
刊行物5:J. Electrochem. Soc.,Vol.139, No.7, July 1992,
p.1913-1917, Hydrogen Diffusion, Solubility, and Water
Uptake in Dow's Short-Side-Chain Perfluorocarbon
Membranes

第5 理由2(明細書の記載不備)について
ア 本願発明1は、スルホン酸基を有するパーフルオロカーボン重合体の「イオン交換容量」をパラメータとして、その範囲が「1.1?1.6ミリ当量/g乾燥樹脂」であることを規定している。その範囲の根拠となる具体例は、本件明細書の発明の詳細な説明に、実施例1(1.1ミリ当量/g乾燥樹脂)と比較例1(0.9ミリ当量/g乾燥樹脂)が記載されているのみである。
イ 請求人は、平成18年4月24日付けの意見書(4頁)において、「イオン交換容量」の上限値を定めた理由は、上限値がない場合、発明が不明確になるおそれを避けるためと、「スルホン酸基を有するパーフルオロカーボン重合体が分散し含有される」ことを満たすためである旨を主張している。さらに、本件明細書段落【0017】に、実施例1の製法方法として参照した「特開平2-88645号公報」(参考文献4)の記載に基づき、イオン交換膜の製造上の目安から、その上限値を定めた旨を主張している。
ウ また、請求人は、実験成績証明書2を提出し、本願発明1の範囲に含まれる「イオン交換容量1.33ミリ当量/g乾燥樹脂」のセル電圧測定の結果を示し、この場合も「イオン交換容量1.1ミリ当量/g乾燥樹脂」と同様に「セル電圧」が50mV程度上昇するという格別顕著な効果がある旨を主張している。
エ さらに、請求人は、参考文献3(Electrochimica Acta 50 (2005) 3347-3358)を提出し、その文献の理論では「電極内に分散した高分子電解質」のイオン交換容量からは「セル電圧」が50mV上昇することは予測することができない旨を主張している。
オ しかしながら、参考文献3は、本件出願後の文献であって、その理論によっても、本願発明1の「セル電圧特性」の向上を正確に評価できないのであるから、そもそも、そのような理論は「セル電圧特性」を評価するものとして適正を欠いているといえるのであって、請求人の上記エの主張は失当である。
カ 仮に、本願発明1が、参考文献3の理論によっても予測できない格別顕著な「セル電圧特性」の効果を奏するのであれば、本願発明1のイオン交換容量の全範囲にわたって「セル電圧」が50mV上昇することが出願当初明細書の発明の詳細な説明に記載されていてしかるべきである。
キ しかも、実施可能要件といわゆる裏腹の関係にあるサポート要件について、知的財産高等裁判所の2回目の大合議事件[平成17年(行ケ)第10042号特許取消決定取消請求事件(偏光フイルムの製造法)]には、次のように、出願当初から実験データに裏付けされた具体例を書く必要がある旨が判示されているのである。
「いわゆるパラメータ発明において,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するために,発明の詳細な説明に,特許出願時の技術常識を参酌してみて,パラメータ(技術的な変数)を用いた一定の数式が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要すると解するのは,特許を受けようとする発明の技術的内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという明細書の本来の役割に基づくものであり,それは,当然のことながら,その数式の示す範囲が単なる憶測ではなく,実験結果に裏付けられたものであることを明らかにしなければならないという趣旨を含むものである。そうであれば,発明の詳細な説明に,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる程度に,具体例を開示せず,本件出願時の当業者の技術常識を参酌しても,特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないのに,特許出願後に実験データを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって,その内容を特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで拡張ないし一般化し,明細書のサポート要件に適合させることは,発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反し許されないというべきである。」
ク そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明には、本願発明1に係る「1.1?1.6ミリ当量/g乾燥樹脂」の全範囲についての作用効果が十分に開示されているとはいえず、発明の詳細な説明は、その発明の目的、構成及び効果が記載されているとはいえない。

第6 むすび
したがって、本願発明1は、刊行物1発明、刊行物2の記載及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないし、本件出願は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないから、その余の発明について検討するまでもなく、本願は、拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2006-11-06 
結審通知日 2006-11-07 
審決日 2006-11-21 
出願番号 特願平5-67647
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (H01M)
P 1 8・ 531- WZ (H01M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 ▲高▼岡 裕美  
特許庁審判長 吉水 純子
特許庁審判官 高木 康晴
柳 和子
発明の名称 固体高分子電解質型燃料電池  
代理人 小川 利春  
代理人 山本 量三  
代理人 泉名 謙治  

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