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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B41J
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B41J
審判 査定不服 特174条1項 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B41J
審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B41J
管理番号 1163780
審判番号 不服2004-20879  
総通号数 94 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2007-10-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2004-10-07 
確定日 2007-09-05 
事件の表示 平成10年特許願第364973号「印刷装置、印刷方法および記録媒体」拒絶査定不服審判事件〔平成12年 7月 4日出願公開、特開2000-185415〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は平成10年12月22日の出願であって、平成16年8月26日付けで拒絶の査定がされたため、これを不服として同年10月7日付けで本件審判請求がされるとともに、同年11月4日付けで明細書についての手続補正がされたものである。
審判請求後の平成17年2月8日付けで審査官は新たな拒絶理由を通知し、これに対し請求人は同年4月20日付けで意見書及び手続補正書を提出した。
そして、当審においてこれを審理した結果、新たな拒絶理由(いわゆる最後の拒絶理由)を通知したところ、請求人は平成19年5月16日付けで意見書及び手続補正書を提出した(この手続補正を、以下では「本件補正」という。)。

第2 補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成19年5月16日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1.補正事項
本件補正は特許請求の範囲を補正するものであり、請求項数については補正前の6から4に減少している。請求人は、補正後の請求項1?4が、補正前の請求項1,2,5,6に対応する旨主張しており、当審も請求項の対応関係については請求人が主張するとおりであると認める。補正前の請求項3,4は削除されたことになり、それは平成18年改正前特許法17条の2第4項1号に該当する。
そして、独立形式で記載された補正後の請求項1,3,4については、補正前の「前記各色のドット形成要素から1回に吐出されるインク滴の量が同じであることを前提として、」及び「インク滴の総量」を「前記各色のドット形成要素から1回に吐出されるインク滴が同一の波形を有する1つの前記駆動信号によって吐出されることを前提として、」及び「インク滴の数」と補正(以下「補正事項1」という。)するとともに、補正前の「n倍」及び「1/n倍」をそれぞれ「2倍」及び「1/2倍」と補正(以下「補正事項2」という。)している。

2.補正目的
請求人は、請求項の補正(補正事項1,2)が限定的減縮(平成18年改正前特許法17条の2第4項2号)を目的とする旨主張していており、補正事項2については当審もそのことを認める。
しかし、補正事項1が限定的減縮に該当すると認めることはできない。補正事項1のうち「1回に吐出されるインク滴の量が同じ」を「1回に吐出されるインク滴が同一の波形を有する1つの前記駆動信号によって吐出される」と補正することが限定に該当するためには、補正後の「同一の波形を有する1つの前記駆動信号によって吐出される」インク滴の量が同じでなければならない。
しかし、「インク滴の量」は駆動波形のみで定まるのではなく、ノズルサイズ並びにインクの粘度及び表面張力等さまざまの要素によって定まるものであるから、駆動波形が同一であることが「1回に吐出されるインク滴の量が同じ」であることを限定することにはならない。仮に、駆動波形が同一であれば「1回に吐出されるインク滴の量が同じ」であるとすると、「インク滴の総量」と「インク滴の数」には実質的な相違がないから、「インク滴の総量」を「インク滴の数」に補正する必要がなく、かかる補正を行うということは、請求人自身、駆動波形が同一であっても、1回に吐出されるインク滴の量が同じとは限らないことを認めたことにほかならない。
したがって、補正事項1は平成18年改正前特許法17条の2第4項2号の限定的減縮に該当せず、補正前の記載が誤記であるとも、明りようでないとも認めることができないので、同項3号,4号にも該当しない。すなわち、補正事項1を含む本件補正は平成18年改正前特許法17条の2第4項の規定に違反している。

3.独立特許要件欠如
補正事項2は特許請求の範囲の減縮に該当するから、本件補正後の請求項1に係る発明(以下「補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるかどうか検討する。
(1)補正発明の認定
補正発明は本件補正により補正された明細書の特許請求の範囲【請求項1】に記載された事項によって特定される次のとおりのものと認める。
「駆動信号に応じて多色のドットを形成可能なヘッドを印刷媒体の一方向に相対的に往復動する主走査を行いつつ、各画素ごとに3値以上にハーフトーン処理された印刷データの階調値に応じたドットを形成することで該印刷媒体上に画像を印刷する印刷装置であって、
ドットを形成するためのドット形成要素を色毎に備えるヘッドであって、前記多色のうち少なくとも1色の特定色のドット形成要素の数は他の色のドット形成要素の数の2倍に設定されている、前記ヘッドと、
前記階調値と前記各色のドット形成要素によって形成されるべきドットとの対応関係を記憶する記憶手段と、
前記主走査中に前記ヘッドに前記駆動信号を出力して、前記対応関係に応じた形成態様で、各画素ごとに前記多色の階調表現を有するドットを形成させる駆動手段とを備え、
前記対応関係は、前記各色のドット形成要素から1回に吐出されるインク滴が同一の波形を有する1つの前記駆動信号によって吐出されることを前提として、1つの画素に対してインク滴を2回以上吐出することによってドットが形成される階調値において、前記特定色のドットが、前記他の色のドットが形成される場合の2倍のドット形成要素を用いて形成され、かつ、前記特定色のドットを形成する各ドット形成要素から1つの画素に対して吐出されるインク滴の数が、前記他の色のドットを形成する各ドット形成要素から1つの画素に対して吐出されるインク滴の数の1/2倍となるよう設定されている印刷装置。」

(2)引用刊行物の記載事項
当審における拒絶の理由に引用した特開平8-290588号公報(以下「引用例」という。)には、以下のア?クの記載が図示とともにある。
ア.「3原色及び黒色インクを記録ヘッドから記録媒体にインク滴として吐出し印字するカラーインクジェット記録装置において、
3原色のインクを吐出するノズルとこの3原色のインクを吐出するノズルよりも多くの黒色インクを吐出するノズルとを装備した記録ヘッドと、前記記録ヘッドを記録媒体に対して相対的に主走査及び副走査させる走査手段とを有して構成され、
カラー印字の際、黒色インクの1ドットを、黒色インクに対応する複数のノズルから吐出するインク滴よって形成する吐出制御手段を備えて構成されたこと特徴とするカラーインクジェット記録装置。」(【請求項3】)
イ.「カラー印字の際、黒色インクによって形成される1ドットに打ち込まれるインク総重量が、モノクロ印字で打ち込まれるインク重量の100?180%であることを特徴とする請求項3記載のインクジェット記録装置。」(【請求項4】)
ウ.「特公平5-83375号公報と、特開昭61-104856号公報と、特開昭61-255869号公報とには、黒色インクと、これに対応するノズルを他のカラーインクに対応するノズルよりも多く有した記録ヘッドとを用いたカラーインクジェット記録方法及び記録装置が提案されている。これらのカラー記録方法及び記録装置では、黒色インクによるモノクロ印字の場合、カラー印字の時よりも高速に記録するすることができる。・・・これらの従来技術では、カラー印字の場合、黒色インクに対応するノズルが他のカラーインクに対応するノズルよりも多いために、他のカラーインクに対応するノズル数に合わせて、黒色インクに対応するノズルを選択している。これにより、カラー印字において、黒色インクに対応するノズルの状態は、印字に関与しているノズルと休止しているノズルとに分かれてしまう。従って、黒色インクに対応したノズルの中で、印字に関与しているノズルと休止しているノズルとで、インクの吐出信頼性に差が生じてしまうという問題があった。」(段落【0002】?【0003】)
エ.「黒色インクに対応したノズルから吐出するインク滴のインク重量は、モノクロ印字よりもカラー印字で少なくしたことを特徴とする。」(段落【0006】)
オ.「図2は、本発明に用いた記録ヘッド2のノズル配列を示す図である。イエロー、マゼンタ、シアンの3原色に対応するノズル列11Y、11M、11Cと、黒色インクに対応するノズル列11B、12Bとが順次配列され、ノズル列11Y、11M、11Cと黒色インクに対応するノズル列11Bとは、主走査方向の同一ライン上に1走査でインク滴を着弾できるようにノズルの位置を一致させて構成している。黒色インクに対応するノズル列は2列で、ノズル列12Bは、ノズル列11Bに対して副走査方向に1ドットピッチずれて構成されている。また、ノズル数は、Y、M、Cの3原色がそれぞれ8ノズル、黒色インクは16ノズル有しており、各ノズル列のノズル間隔は2ドットピッチで構成している。」(段落【0012】)
カ.「図3は、本発明の第1実施例のインクジェットプリンタのブロック図を示す図である。コンピュータ等の外部装置20から印字指令及び印字データ26が転送されると、コントローラ22が印字指令に合わせて印字データ26を画像メモリ21へ展開する。画像メモリ21に展開された印字データ26は、印字モードに合わせ、吐出制御手段23によって読み出され、ヘッド駆動手段24に転送される。ヘッド駆動手段24は、読み出された印字データ26に基づいて、記録ヘッド2の各ノズルからインクをインク滴として吐出させる。・・・モノクロ印字の場合は、11B、12Bの各ノズルから吐出するインク滴のインク重量が0.1μgになるように電圧、駆動波形を設定した駆動条件1を選択する。カラー印字の場合は、11B、12Bの各ノズルから吐出するインク滴のインク重量が0.07μg、3原色の11Y?11Cから吐出するインク滴のインク重量が0.1μgになるように電圧、駆動波形を設定した駆動条件2を選択する。また、コントローラ22は、以上の動作及びプラテン駆動モータ7とキャリッジ駆動モータ8とヘッド駆動手段24によるインク吐出のタイミングを制御し、記録紙上に所望の画像を印字する。」(段落【0015】)
キ.「カラー印字モードについて説明する。黒色インクのドットの周囲にイエローインクのドットが隣接している場合を示している。記録紙に対する記録ヘッド2の相対位置関係はS1?S3を用いて示し、この相対位置における印字の様子をS1’?S3’で示している。S1の位置において、イエローインクに対応するノズル列11Yは、副走査方向に1ドット間隔でインク滴を吐出しインクドット30を形成する。一方、黒色インクに対応するノズル列11B、12Bは、副走査方向に連続してインクドット31を形成する。ここで、駆動条件は、駆動条件選択手段27によって駆動条件2が選択されるため、ノズル列11B、12Bから吐出されるインク重量は他の3原色のインクよりも少なく、従ってインクドット31のドット径も他のインクに比較して小さく、それぞれ分離したドットの状態で着弾している。記録ヘッド2はS1の位置に対して副走査方向に相対的に1ドットピッチ移動したS2の位置において、ノズル列11YはS1で形成したインクドットの間にインク滴を着弾させるとともに、ノズル列11B、12BはS1で形成したインクドット31の上に再びインク滴を着弾させて、イエローのインクドット30とほぼ同じ大きさのドット32を形成する。この2回の走査で(1)行?(16)行に至る領域の印字を終了する。続いてS3では記録ヘッド2の先頭のノズルを(17)行目に一致させて、先に述べた走査を繰り返し、記録紙全体の印字を行なう。」(段落【0016】)
ク.「黒色インクに対応するノズル数は、3原色インクの1インクに対応するノズルの2倍のノズル数を有しているが、先に述べた駆動条件選択手段27によって駆動条件2が選択され全てのノズルを用いて印字するために、3原色のインクにノズル数を合わせて休止するノズルがない。このため、特定のノズルに限って、吐出信頼性が悪くなったり、寿命が短くなったりすることがなく、吐出信頼性を確保し、さらに各ノズル間で寿命の均一化を図ることができる。また、また、黒色インクによる印字は、1ドットを2つのノズルから吐出するインク滴で形成しているために、ノズル間の吐出バラツキや、インク重量のバラツキによる画像の劣化を防止でき高画質の印字を実現できるという効果を有する。」(段落【0017】)

(3)引用例記載の発明の認定
「黒色インクを吐出するノズル」数と「3原色のインクを吐出するノズル」数の関係につき、実施例(記載オ等参照)では前者が後者の2倍である。また、カラー印字モードでの黒色インク1滴は3原色インク1滴よりも小さい。
したがって、引用例には、カラー印字モードに着目した次のような発明が記載されていると認めることができる。
「3原色及び黒色インクを記録ヘッドから記録媒体にインク滴として吐出し印字するカラーインクジェット記録装置において、
黒色インクを吐出するノズル数は3原色のインクを吐出するノズル数の2倍であって、
前記記録ヘッドを記録媒体に対して相対的に主走査及び副走査させる走査手段とを有して構成され、
3原色のインクの1ドットを、3原色インクに対応する1つのノズルから吐出する1つのインク滴によって形成し、
黒色インクの1インク滴を3原色のインクの1インク滴よりも小さくするとともに、黒色インクの1ドットを黒色インクに対応する2つのノズルから吐出する2つのインク滴によって形成する吐出制御手段を備えて構成されたカラーインクジェット記録装置。」(以下「引用発明」という。)

(4)補正発明と引用発明との一致点及び相違点の認定
引用発明の「記録ヘッド」は、3原色及び黒色インクを記録媒体(補正発明の「印刷媒体」に相当)にインク滴として吐出し印字するのであるから、補正発明の「駆動信号に応じて多色のドットを形成可能なヘッド」に相当し、「駆動信号に応じて多色のドットを形成可能なヘッドを印刷媒体の一方向に相対的に往復動する主走査を行いつつ、各画素ごとに印刷データに応じたドットを形成することで該印刷媒体上に画像を印刷する印刷装置」であることは補正発明と引用発明の一致点である。
引用発明の「ノズル」(又は「ノズル」ごとに付随して当然存在するインク吐出機構)は補正発明の「ドット形成要素」に相当し、同じく「黒色」及び「3原色」が補正発明の「特定色」及び「他の色」にそれぞれ相当するから、「ドットを形成するためのドット形成要素を色毎に備えるヘッドであって、前記多色のうち少なくとも1色の特定色のドット形成要素の数は他の色のドット形成要素の数の2倍に設定されている、前記ヘッド」及び「前記主走査中に前記ヘッドに駆動信号を出力して、各画素ごとに前記多色のドットを形成させる駆動手段」を備えることも補正発明と引用発明の一致点となる。
補正発明の「前記特定色のドットが、前記他の色のドットが形成される場合の2倍のドット形成要素を用いて形成され」との発明特定事項については、補正発明が「1つの画素に対してインク滴を2回以上吐出することによってドットが形成される階調値において」との条件付きである点は相違点となるが、1つの画素を形成するに当たり、「他の色のドットが形成される場合の2倍のドット形成要素」を用いることがあるとの限度で、補正発明と引用発明に相違はない。
したがって、補正発明と引用発明とは、
「駆動信号に応じて多色のドットを形成可能なヘッドを印刷媒体の一方向に相対的に往復動する主走査を行いつつ、各画素ごとに印刷データに応じたドットを形成することで該印刷媒体上に画像を印刷する印刷装置であって、
ドットを形成するためのドット形成要素を色毎に備えるヘッドであって、前記多色のうち少なくとも1色の特定色のドット形成要素の数は他の色のドット形成要素の数の2倍に設定されている、前記ヘッドと、
前記主走査中に前記ヘッドに駆動信号を出力して、各画素ごとに前記多色のドットを形成させる駆動手段とを備え、
1つの画素を形成するに当たり、特定色のドットが他の色のドットが形成される場合の2倍のドット形成要素を用いて形成されうる印刷装置。」である点で一致し、以下の各点で相違する。
〈相違点1〉補正発明が「各画素ごとに3値以上にハーフトーン処理された印刷データの階調値に応じたドットを形成」し、「前記階調値と前記各色のドット形成要素によって形成されるべきドットとの対応関係を記憶する記憶手段」を備え、駆動手段が「前記対応関係に応じた形成態様で、各画素ごとに前記多色の階調表現を有するドットを形成させる」としているのに対し、引用発明の「印刷データ」は2値化データと解され、当然そのような記憶手段を備えるとはいえず、「各画素ごとに前記多色の階調表現を有するドットを形成させる」ともいえない点。
〈相違点2〉補正発明では「前記対応関係は、前記各色のドット形成要素から1回に吐出されるインク滴が同一の波形を有する1つの前記駆動信号によって吐出されることを前提として、1つの画素に対してインク滴を2回以上吐出することによってドットが形成される階調値において、前記特定色のドットが、前記他の色のドットが形成される場合の2倍のドット形成要素を用いて形成され、かつ、前記特定色のドットを形成する各ドット形成要素から1つの画素に対して吐出されるインク滴の数が、前記他の色のドットを形成する各ドット形成要素から1つの画素に対して吐出されるインク滴の数の1/2倍となるよう設定されている」と特定されているのに対し、引用発明では、1インク滴についての特定色(黒色)と他の色(3原色)の関係及び、1ドットを3原色は1インク滴で、黒色は異なるノズルからの2インク滴で形成することが特定されている点。

(5)相違点についての判断及び補正発明の独立特許要件の判断
〈相違点1について〉
本件出願当時、インクジェット記録の技術分野においては、個々の画素を複数のインク滴で形成し、インク滴の個数により階調表現を行ういわゆるマルチドロップレット方式が周知(例えば、特開平6-15846号公報(以下「周知例」という。)参照。)であり、同方式では個々の画素の印字データは、吐出すべきインク滴数で定まり、その最大値は2以上であるから、必然的に「3値以上にハーフトーン処理された印刷データ」である。
引用発明は、画素ごとにハーフトーン処理された印刷データを記録するものではないが、個々の画素を階調表現すれば、それだけ階調性が良好な画像が得られることは自明であるから、マルチドロップレット方式採用を妨げる要因がない限り、同方式を採用することは当業者にとって想到容易である。
マルチドロップレット方式では、最大2以上のインク滴で1ドットを形成するから、1インク滴は相当程度小さくなければならない。ここで引用発明を検討するに、黒色ドットについては、1ドットを2インク滴で記録しているのだから、1インク滴のサイズはマルチドロップレット方式を採用するに十分なサイズである(仮にそうでなくとも、サイズを小さくすることに困難性はない。)。3原色ドットについては、1つのインク滴で記録しているが、そのサイズはモノクロ印字の場合の黒色インク滴と同サイズである(記載カ参照)。そうであれば、カラー印字の際に黒色ノズルに対して採用した駆動波形を3原色インクノズルに採用すれば、2インク滴で1ドットを記録するに適したサイズとなることは明らかである。加えて、引用例の記載イ及びカによれば、黒色インクによって形成される1ドットに打ち込まれるインク滴2個分の重量が、3原色によって形成される1ドットに打ち込まれる1個のインク滴重量の100%であることが許容されており、これは3原色のインク滴を、1個の黒色インク滴の2倍とすることと等価であるから、黒色インクノズルに対する駆動波形を3原色インクノズルに採用すれば、1個のインク滴は半分になるはずである。すなわち、引用発明の3原色インクノズルは、駆動波形さえ適切に選択すれば、マルチドロップレット方式で記録するだけの能力を備えており、引用発明にマルチドロップレット方式採用を妨げる要因は見あたらない。
そうである以上、引用発明を出発点として、マルチドロップレット方式を採用、すなわち「各画素ごとに3値にハーフトーン処理された印刷データの階調値に応じたドットを形成」することは当業者にとって想到容易であり、補正発明の「3値以上」が「3値」を含むことはいうまでもない。
そして、マルチドロップレット方式においては、各画素を3値化以上に多値化されているが、それは吐出すべきインク滴数を定めるだけであるから、個々の駆動波形に対しては、インクを吐出するかどうかの2値データに変換しなければならないことは当然である。そのことは、周知例に「多値データを印字する際(すなわち、階調性印字を行う際)には、図示しない上位装置において所定形式の多値データに予め変換し、その多値データを1ビットずつ読み出し、印字指令パルスを複数回ぶん印加するという複雑な構成としなければならなかった。」(段落【0007】)と記載されているとおりであり(「所定形式の多値データ」とは、「1ビットずつ読み出」すことからみて、2値データが最大インク滴数分並んだデータである。)、2値データに変換するに当たり「前記階調値と前記各色のドット形成要素によって形成されるべきドットとの対応関係を記憶する記憶手段」を備えることは設計事項というべきである。
また、駆動手段が「前記対応関係に応じた形成態様で、各画素ごとに前記多色の階調表現を有するドットを形成させる」ことは、上記記憶手段を採用した必然的結果にすぎない。
以上のとおりであるから、相違点1に係る補正発明の構成を採用することは当業者にとって想到容易である。

〈相違点2について〉
引用発明を出発点として、マルチドロップレット方式を採用することの容易性は前示のとおりである。
そして、マルチドロップレット方式においては、1画素を最大2以上のインク滴で表現するのであるが、個々のノズルから吐出される個々のインク滴を同一サイズとすることが一般的であると同時に最も簡便である。個々のドット形成要素については、1回に吐出されるインク滴が同一の波形を有する1つの駆動信号によって吐出されることは設計事項であり、当然同一色であれば、異なるノズルであっても「1回に吐出されるインク滴が同一の波形を有する1つの前記駆動信号によって吐出される」ことも設計事項である。
異なる色のインクに対応するノズルについては、インク濃度等の関係もあり、必ずしも「1回に吐出されるインク滴が同一の波形を有する1つの前記駆動信号によって吐出される」ことが最適な画像形成に結びつくとはいえないものの、すべての色を同一駆動信号で駆動することが簡便であることはいうまでもない。周知例に「各色ごとの記録ヘッドに対して本実施例(図1参照)の駆動回路を適用することにより、フルカラーの多値記録が可能となる。」(段落【0037】)とあることからみても、「各色のドット形成要素から1回に吐出されるインク滴が同一の波形を有する1つの前記駆動信号によって吐出されること」は設計事項というべきである。
ところで、引用発明は「黒色インクに対応したノズルの中で、印字に関与しているノズルと休止しているノズルとで、インクの吐出信頼性に差が生じてしまうという問題」を解決するために、「黒色インクの1ドットを黒色インクに対応する2つのノズルから吐出する2つのインク滴によって形成する吐出制御手段」を備えたものであるから、マルチドロップレット方式を採用した場合にも、印字に関与しているノズルと休止しているノズルが極力生じないようにする必要があることは当然である。
引用発明を出発点として、各画素を3値化してマルチドロップレット方式を採用する場合、黒色インクは1画素に対して、0個、1個又は2個吐出されることになり、0個の場合には問題にする必要がなく、1個の場合には個々の画素について印字に関与しているノズルと休止しているノズルが生じることを回避しようがない(画像全体としては、画素ごとにノズルを割り振ることにより相当程度回避できる。)。これに対し、2個吐出する場合(最大インク滴数が2の場合「1つの画素に対してインク滴を2回以上吐出することによってドットが形成される階調値」に該当するのはこれだけである。)には、もともと引用発明が有していた「黒色インクの1ドットを黒色インクに対応する2つのノズルから吐出する2つのインク滴によって形成する」との構成、すなわち、各ノズルからは1インク滴のみを吐出するとの構成を引き継ぐことにより、印字に関与しているノズルと休止しているノズルが生じることを回避できるのだから、そのようにすることは設計事項というよりなく、同じ階調値(インク滴数が2)に対して3原色の場合には、各ノズルから2インク滴が吐出されるだから、結局のところ「1つの画素に対してインク滴を2回以上吐出することによってドットが形成される階調値において、前記特定色のドットが、前記他の色のドットが形成される場合の2倍のドット形成要素を用いて形成され、かつ、前記特定色のドットを形成する各ドット形成要素から1つの画素に対して吐出されるインク滴の数が、前記他の色のドットを形成する各ドット形成要素から1つの画素に対して吐出されるインク滴の数の1/2倍となるよう設定されている」との補正発明の構成に至ることは設計事項というべきである。
すなわち、相違点2に係る補正発明の構成を採用することは、マルチドロップレット方式採用を前提とした上での設計事項であり、引用発明を出発点とした場合には当業者にとって想到容易である。

〈補正発明の独立特許要件の判断〉
相違点1,2に係る補正発明の構成を採用することは当業者にとって想到容易であり、これら構成を採用したことによる格別の作用効果を認めることもできない。
したがって、補正発明は引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。
すなわち、本件補正は平成18年改正前特許法17条の2第5項で準用する同法126条5項の規定に違反している。

[補正の却下の決定のむすび]
以上のとおり、本件補正は平成18年改正前特許法17条の2第4項の規定に及び同条5項で準用する同法126条5項の規定に違反しており、同法159条1項で読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下されなければならない。
よって、補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本件審判請求についての判断
1.特許請求の範囲の記載
本件補正が却下されたから、平成17年4月20日付けで補正された明細書及び図面に基づいて審理する。特許請求の範囲の記載【請求項1】の記載は次のとおりである。
「駆動信号に応じて多色のドットを形成可能なヘッドを印刷媒体の一方向に相対的に往復動する主走査を行いつつ、各画素ごとに3値以上にハーフトーン処理された印刷データの階調値に応じたドットを形成することで該印刷媒体上に画像を印刷する印刷装置であって、
ドットを形成するためのドット形成要素を色毎に備えるヘッドであって、前記多色のうち少なくとも1色の特定色のドット形成要素の数は他の色のドット形成要素の数のn倍(nは2以上の自然数)に設定されている、前記ヘッドと、
前記階調値と前記各色のドット形成要素によって形成されるべきドットとの対応関係を記憶する記憶手段と、
前記主走査中に前記ヘッドに前記駆動信号を出力して、前記対応関係に応じた形成態様で、各画素ごとに前記多色の階調表現を有するドットを形成させる駆動手段とを備え、
前記対応関係は、前記各色のドット形成要素から1回に吐出されるインク滴の量が同じであることを前提として、1つの画素に対してインク滴を2回以上吐出することによってドットが形成される階調値において、前記特定色のドットが、前記他の色のドットが形成される場合のn倍のドット形成要素を用いて形成され、かつ、前記特定色のドットを形成する各ドット形成要素から1つの画素に対して吐出されるインク滴の総量が、前記他の色のドットを形成する各ドット形成要素から1つの画素に対して吐出されるインク滴の総量の1/n倍となるよう設定されている印刷装置。」

2.新規事項追加その1
当審における拒絶理由では、「各色のドット形成要素から1回に吐出されるインク滴の量が同じであることを前提として」との記載が新規事項追加に該当することを指摘した。
願書に最初に添付した明細書(以下、添付図面を含めて「当初明細書」という。)には、上記文言又は同旨の文言は記載されていない。当初明細書には「駆動波形W1?W4は同一の波形」(段落【0033】)及び「カラー印刷モードにおいては、画像データの階調値に応じた形成パターンが、ブラックインク(K)と有色インク(C,LC,M,LM,Y)とで異なる対応関係に設定されている。有色インクについては、画像データの階調値1に対して形成パターンD1、階調値2に対して形成パターンD2、階調値3に対して形成パターンD3が対応するよう設定されている。」(段落【0038】)等の記載があり、1つのノズル又は特定色に対して同一画素にドット形成するためのn個のノズルから吐出される「1回に吐出されるインク滴の量が同じ」ことが記載されていることは認める。
また、当初明細書には、「制御回路40には駆動波形を出力する発信器51、および発信器51からの出力をヘッド61?66に所定のタイミングで分配する分配器55も設けられている。」(段落【0041】)との記載があり、【図7】においては、1つの発信器51から分配出力器55に1本の矢印が示されているだけであるから、ヘッド61?66(全体ですべての色に対応するヘッドになる。)に同一駆動波形が供給されることが当初明細書に記載されていることも認める(拒絶理由では「当初明細書からは、「駆動波形W1?W4」がすべての色に共通であることすら記載されていない」と述べたが、これが誤りであることは認める。)。
しかし、「1回に吐出されるインク滴の量」はノズルサイズ並びにインクの粘度及び表面張力等さまざまの要素に依存するから、「各色のドット形成要素から1回に吐出されるインク滴が同一の波形を有する1つの駆動信号によって吐出される」ことが当初明細書に記載されているからといって、「各色のドット形成要素から1回に吐出されるインク滴の量が同じであることを前提」とする発明が当初明細書に記載されているわけではないし、そのような前提は自明でもない。
したがって、「各色のドット形成要素から1回に吐出されるインク滴の量が同じであることを前提として」との記載は、拒絶理由で指摘したとおり新規事項追加に該当し、特許法17条の2第3項に規定する要件を満たさない補正がされている。

3.新規事項追加その2
当審における拒絶理由では、「少なくとも1色の特定色のドット形成要素の数は他の色のドット形成要素の数のn倍(nは2以上の自然数)に設定されている」及び「1つの画素に対してインク滴を2回以上吐出することによってドットが形成される階調値において・・・前記特定色のドットを形成する各ドット形成要素から1つの画素に対して吐出されるインク滴の総量が、前記他の色のドットを形成する各ドット形成要素から1つの画素に対して吐出されるインク滴の総量の1/n倍」との記載も新規事項追加に該当することを指摘した。
上記によれば、「1つの画素に対してインク滴を2回以上吐出することによってドットが形成される階調値において」は、特定色の場合、同階調値の総インク滴数はnの倍数とならなければならない。当初明細書の【図6】には、階調数を4とし、吐出されるインク滴数を0個(これは図示されていない。)、1個、2個、4個とする例、すなわちインク滴数を3個とする階調値が存在しない例が示されており、2個及び4個は2の倍数であるから、n=2に限って上記記載に該当する事項が記載されていることは認める。
しかし、n≧3の場合であれば、1画素のインク滴数を必ずnの倍数とすること(1インク滴は除く。)、換言すれば、nの倍数を除くインク滴数(例えば、2?(n-1)個のインク滴)で1画素を形成しないことが当初明細書に記載されているとも、当初明細書の記載から自明であるとも認めることができない。
したがって、「少なくとも1色の特定色のドット形成要素の数は他の色のドット形成要素の数のn倍(nは2以上の自然数)に設定されている」及び「1つの画素に対してインク滴を2回以上吐出することによってドットが形成される階調値において・・・前記特定色のドットを形成する各ドット形成要素から1つの画素に対して吐出されるインク滴の総量が、前記他の色のドットを形成する各ドット形成要素から1つの画素に対して吐出されるインク滴の総量の1/n倍」との記載は、拒絶理由で指摘したとおり新規事項追加に該当し、特許法17条の2第3項に規定する要件を満たさない補正がされている。

4.進歩性欠如
(1)本願発明の認定
請求項1に係る発明はn=2の場合を含むから、請求項1においてn=2と特定したものを、以下では「本願発明」という。本願発明は次のとおりのものである。
「駆動信号に応じて多色のドットを形成可能なヘッドを印刷媒体の一方向に相対的に往復動する主走査を行いつつ、各画素ごとに3値以上にハーフトーン処理された印刷データの階調値に応じたドットを形成することで該印刷媒体上に画像を印刷する印刷装置であって、
ドットを形成するためのドット形成要素を色毎に備えるヘッドであって、前記多色のうち少なくとも1色の特定色のドット形成要素の数は他の色のドット形成要素の数の2倍に設定されている、前記ヘッドと、
前記階調値と前記各色のドット形成要素によって形成されるべきドットとの対応関係を記憶する記憶手段と、
前記主走査中に前記ヘッドに前記駆動信号を出力して、前記対応関係に応じた形成態様で、各画素ごとに前記多色の階調表現を有するドットを形成させる駆動手段とを備え、
前記対応関係は、前記各色のドット形成要素から1回に吐出されるインク滴の量が同じであることを前提として、1つの画素に対してインク滴を2回以上吐出することによってドットが形成される階調値において、前記特定色のドットが、前記他の色のドットが形成される場合の2倍のドット形成要素を用いて形成され、かつ、前記特定色のドットを形成する各ドット形成要素から1つの画素に対して吐出されるインク滴の総量が、前記他の色のドットを形成する各ドット形成要素から1つの画素に対して吐出されるインク滴の総量の1/2倍となるよう設定されている印刷装置。」

(2)本願発明と引用発明との一致点及び相違点の認定
本願発明と引用発明とは、「第2[理由]3(4)」で述べた一致点において一致し、相違点1及び次の相違点2’において相違する(相違点1については、「補正発明」を「本願発明」と読み替える。)。
〈相違点2’〉本願発明では「前記対応関係は、前記各色のドット形成要素から1回に吐出されるインク滴の量が同じであることを前提として、1つの画素に対してインク滴を2回以上吐出することによってドットが形成される階調値において、前記特定色のドットが、前記他の色のドットが形成される場合の2倍のドット形成要素を用いて形成され、かつ、前記特定色のドットを形成する各ドット形成要素から1つの画素に対して吐出されるインク滴の総量が、前記他の色のドットを形成する各ドット形成要素から1つの画素に対して吐出されるインク滴の総量の1/2倍となるよう設定されている」と特定されているのに対し、引用発明では、1インク滴についての特定色(黒色)と他の色(3原色)の関係及び、1ドットを3原色は1インク滴で、黒色は異なるノズルからの2インク滴で形成することが特定されている点。

(3)相違点についての判断及び本願発明の進歩性の判断
相違点1については「第2[理由]3(5)」で述べたとおりである(「補正発明」を「本願発明」と読み替える。)。
そこで相違点2’について検討する。相違点2に係る補正発明の構成を採用することの容易性は「第2[理由]3(5)」で述べたとおりである。各色のドット形成要素から1回に吐出されるインク滴が同一の波形を有する1つの駆動信号によって吐出されることを前提としても、インク滴の量は駆動波形以外にも、ノズルサイズ並びにインクの粘度及び表面張力等さまざまの要素によって定まるものであることは再三指摘したことであるから、必ずしも「各色のドット形成要素から1回に吐出されるインク滴の量が同じである」ことにはならない。しかし、ノズルサイズについては、すべてのサイズを共通化することが簡便であるし、インク物性についてもインク滴の量を大きく左右するほど異ならせる積極的理由は見あたらない。そうであれば、相違点2に係る補正発明の構成を採用した結果として、「各色のドット形成要素から1回に吐出されるインク滴が同一の波形を有する1つの前記駆動信号によって吐出される」との前提に至ることは設計事項というべきであり、その場合「1つの画素に対して吐出されるインク滴の総量」を「1つの画素に対して吐出されるインク滴の数」と実質的に同一視できるから、相違点2に係る補正発明の構成を採用した場合に、相違点2’に係る本願発明の構成に至ることは設計事項である。
そうである以上、引用発明を出発点として相違点2’に係る本願発明の構成に至ることは、当業者にとって想到容易である。
そして、相違点1,2’に係る本願発明の構成を採用したことによる格別の作用効果を認めることもできない。したがって、本願発明は引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができず、本願発明を含む請求項1に係る発明も同様である。

第4 むすび
本件補正は却下されなければならず、本願においては特許法17条の2第3項に規定する要件を満たさない補正がされているとともに、請求項1に係る発明が特許法29条2項の規定により特許を受けることができない以上、本願のその余の請求項に係る発明の進歩性について検討するまでもなく、本願は拒絶を免れない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2007-06-28 
結審通知日 2007-07-03 
審決日 2007-07-17 
出願番号 特願平10-364973
審決分類 P 1 8・ 572- WZ (B41J)
P 1 8・ 575- WZ (B41J)
P 1 8・ 121- WZ (B41J)
P 1 8・ 55- WZ (B41J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 後藤 時男大仲 雅人  
特許庁審判長 津田 俊明
特許庁審判官 島▲崎▼ 純一
長島 和子
発明の名称 印刷装置、印刷方法および記録媒体  
代理人 特許業務法人明成国際特許事務所  

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